◆ 1話 ◆
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翌朝、いつものようにPCを立ち上げた翔太は自分の目を疑った。
いや、視力はいいのだが幻が見えたのかと思った。自分の小説に滅多に書かれることがない感想が、しかもとても丁寧な感想がびっしりと書き込まれていたのだ。
「あや」という名のその投稿者はまだ会員になったばかりのようで、翔太以外の作品にはブックマークをつけていなかった。いくら鈍感で貧乏な翔太、いやここでは「くりいむぱん」でもそれが誰かはすぐに分かった。そう、ゴージャスの君が有言実行、昨日の脅し文句の通りに翔太の秘密を綾名に暴露したのだ。
過去に翔太が貰ったネット小説の感想は大別してふたつ。ひとつは誤字脱字の指摘で、もうひとつは素っ気なく「面白いです」と褒めてくれるもの。それでも稀に訪れるそのハッピーイベントは翔太に凄くありがたく、両手を合わせて合掌し、浮かれてサンバを踊るほどだった。しかし綾名の感想はもっと細かく丁寧で、小説の文を抜き出しては「ここでドキドキした」とか「ここは笑えました」とか「ここはちょっとうるっときました」とかとか。誤字脱字の指摘も含め400字詰め原稿用紙に3枚分は書かれていた。夏休みの感想文じゃないのに。
翔太はたっぷり一時間を掛けてその読書感想文に返信を書き込むと、もう一度彼女の文章を読み返す。実のところ翔太は自分の小説がおそらくは面白くないだろうと思っていた。それは皆無に近い反響からも分かるし、自分で読み返してみても何となく感じるところがある。しかし、だったらどうしたらいいのかと言われると、さっぱり分からない。そう、鍋につきもののポン酢のようにさっぱりなのだ。取りあえず売れてる本を読んでみだり、文章の書き方みたいな本を借りてきてはお勉強するのだが、成長した実感は湧かない。これなら毎晩牛乳を飲んだ方がよっぽど成長するのではないか、と最近投げやりになっているところだ。
さて、「あや」はいいところばかり教えてくれた。誤字もちゃんと指摘してくれた。
でも、本当のところが知りたい……
その日、いつもよりやる気100%増量で次回作のラブコメ「コロッケ畑でつかまえて」を書き進めた翔太は、しかし10時過ぎにはパソコンを閉じた。今日は4月1日、晴れて高3になった翔太は学校で仲のよい友達とカラオケ屋に行く約束をしていたのだ。勿論エイプリルフール抜きで。出費は正直きついけど、高校生活ってこう言うことも大切じゃなかろうか。って言うか、翔太はカラオケが大好きなのだ。今日はみんなと徹底的に歌って騒いで胸のもやもやを吹き飛ばそう……
電気をチェック、ガスもチェック、最後に戸締まりを確認した翔太は軽い足取りで家を出た。




