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お兄さま、綾名は一億円で嫁ぎます  作者: 日々一陽
ゴージャスとソレイユ
16/71

◆ 4話 ◆

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 翌朝。


「うほっ、すっげー美味い! 綾名すごいや!」


 ひとり暮らしの貧乏アパートでパンに語りかける翔太。

 今朝はいつもの「たっぷり美味しいクリームパン」ではない。昨夕、綾名が作ってくれたカスタードクリームを食パンにたっぷり乗せて頬張る。それは子供の頃、母が作ってくれたシュークリームの味に似て、安い食パンと組み合わせても優しい美味しさがあふれ出す。


 目の前のタッパにはまだまだたっぷり残っているカスタードクリーム、ちょっと固めで甘すぎず、でもしっかりした風味があって、明日も明後日も朝食はこれで決まりだった。


「はあ~っ」


 2枚を食べ終えると大きなため息ひとつ、翔太は昨日のことを想い出し、その人の名を呼んでみる。


「綾名…… さん」


 昨日は朝から晩までずっと彼女と一緒だった。彼女の縁談相手をのぞき見したり、彼女とふたりでぶらぶら繁華街を見て回ったり、彼女の「ゴージャスな」お友達とファミレスに行ったり。一日がまさに春日綾名デーって感じ。そしてその一日で翔太は骨の髄まで彼女に魅了されてしまっていた。


「ダメだダメだ!」


 彼女には決まった縁談相手がいる。名乗りを上げるにも1億円が必要だ。もはや翔太なんかの出る幕はない。


 翔太はとっくに気付いていた、綾名とは住む世界が違うってことに。出会ったときは知らなかったけど、彼女が住む家の立派さを見て、彼女が元華族の家柄だと知って、彼女が名門の銀嶺院女子中に通うのを見てハッキリ理解した。身分が違う。21世紀のこの時代に身分なんて言葉はどうかと思うけど、その言葉が一番しっくりくる。

 それ以来、翔太は彼女を遠ざけていたのかも知れない。惹かれるのが怖かったのかも知れない。しかし昨日その苦労は水泡に帰した。風鈴のように心地よい声、万華鏡のように目を釘付けにして離さない笑顔、いつも翔太を気遣ってくれるさりげない優しさ、そして甘く清潔な彼女の匂い。翔太は綾名に魅了された。一緒にいてものすごく楽しかった。胸がどくどく騒ぎ立てて困り果てた。いつまでも一緒にいたいって思った。繋いだ手の、あの柔らかな感触がまだここに残っている。


「綾名……」


 今頃、彼女は何をしているのだろう。

 翔太は2枚仲良く貼り付けてある宝くじに向かって両手を合わせると、「よしっ」と一言、気持ちを切り替えノートパソコンを開いた。


「さあ、今日も頑張るか」


 昨日、綾名には進学しない、いや出来ないと言った。

 けれども翔太は諦めてはいない。

 その切り札がこのパソコンに書き連ねているネット小説だ。

 もし、もしもだけど、このネット小説が大ヒットして売れたなら…… 大学に行くお金が稼げる知れない、勉強しながらでも続けられるかも知れない。勿論それは簡単なことじゃないくらい翔太にも分かっている。ラノベやマンガにはよくある展開だけど小説は所詮小説だ。現実とは違う。でも彼にはこれが最後の頼みの綱なのだ。いや、綱なんて太いものじゃなく、頼みの手芸糸、くらいに細いかもしれないけれど。


 いつもの自分のページを見る。今日も異変は起きていなかった。即ち誰も相手にしてくれてないってこと。ブックマークは全然増えてないし感想もこない。こんなことじゃ小説家デビューなんて夢のまた夢。


「ダメかあ……」


 それでも話の続きを書く。諦めが悪いのか単なる惰性か、それとも純粋に書くのが楽しくなったのか。一心不乱に打ち込み始めた。


 せっせせっせと。

 カタカタ、カタカタと。


 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 携帯の着信音。

 誰からだろう? もしかして綾名?

 でもそれは登録されていない番号からで。


「はい青柳ですが」

「もしもし、松友だけど」

「まつとも…… って、ゴージャスの人?」

「違うわ失礼ね、ゴージャスのよ!」


 自ら自分をゴージャスであると認めた松友瑠璃花に翔太は遠慮なく。


「えっと、そのゴージャスの君が何かご用で?」

「そうよ、ゴージャスな私からゴージャスな提案があるのよ」

「ゴージャスな提案?」

「そうよ、とってもゴージャス。だから今から私と会ってくれない?」


 時計を見ると10時過ぎ、特に用事もないことだし相手は綾名の親友だし。


「分かったよ、どこへ行ったらいい?」

「どこにも行く必要はないわ。家の前で待っていてくださる」

「家の前で? いつ?」

「1分後、かしら」

「1分後?」

「さあ、カウントダウンよ。59秒、58秒、57秒 とんで 40秒……」

「飛ぶなよ! 電話切るよ!」


 慌てて服を着て髪の毛を整えて、念のためパソコンを落としてアパートの前に出てみると、ちょうと黒塗りの高級車が狭い通り走ってきているところだった。



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