◆ 2話 ◆
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夜7時、時はまさしくファミレスのゴールデンタイム。
店は結構混んでいたが幸い帰る客も多くて、ほとんど待つこともなくエプロン姿のウェイトレスが案内に来た。
「どうぞ、こちら禁煙席です」
眺めのよい窓際の4人席、奥の席へ金髪少女が腰掛けると、翔太は手前の席に座り、綾名は翔太の隣を選んだ。
窓の外には黄色いヘッドライトがひっきりなしに行き交っている。
「でもおかしいわね、アヤってご兄弟いないって言ってなかったかしら?」
あだ名の通りにゴージャスな巻き髪をかき上げながら少女は言う。
「あ、紹介するわね。こちらは青柳翔太さん。わたしの幼馴染みで後天的お兄さま」
「後天的お兄さま? って、元々はお姉さまだったわけ?」
ちが~う! と心で叫んだ翔太は自己紹介をする。勿論「後天的お兄さま」って意味は、単に幼馴染み程度の意味だと言うことも。
聞き終わると「なあんだ、それって単なる友達じゃないの」と綾名に抗議したゴージャスの君。彼女も翔太に自己紹介をする。3年間綾名と同じクラスだったという彼女は松友瑠璃花。驚いたことにかの松友グループのご令嬢なのだという。
松友グループ、それは古くから続く大財閥で銀行や商社、保険、重電機械や化学工業など数多の上場企業を抱える巨大コンツェルンだ。翔太が持ってる銀行口座も松友銀行。悪いけど一条のアイファンドグループとは規模も格も段違い平行棒、松友がクシャミをすればアイファンドなんか母屋ごと消し飛ぶだろう。
3人はめいめい好きなものを注文するとドリンクバーからジュースを取ってくる。松友のご令嬢もファミレスには何度か来たことがあるらしく、迷うことなくひとりでドリンクバーのオレンジジュースを取ってきた。
「さあ、それじゃあ学校辞める件、きっちりと説明して貰うわよ」
「わかったわよ」
綾名はウーロン茶を一口啜り、すう~っとひとつ深呼吸をする。そうして翔太の時と同じく明るく元気にハッキリと、でもまるで他人事のように銀嶺院を辞めた経緯を語り始めた。
説明は綾名の家が一億円近い借金を背負ったことから始まった。そして資産家からの縁談が綾名に舞い込んだこと、その縁談の結納金が1億円であること…… と、ここまで聞いたゴージャスの君はテーブルに手をつき言葉を挟んだ。
「ちょっと待ちなさいよ! 何それ、まさかアヤは結婚するって言うの? その借金の形に!」
「いやいやいやいや話は最後まで聞いて! それでその相手というのがすっごいお金持ちの御曹司で……」
しかし、翔太の時と違い、相手が一条家の嫡男で、この縁談が玉の輿だとの説明にも瑠璃花は全く納得しない。
「一条か二条か朝昼晩一日三錠かどうだか知らないけどアヤはどうなの? アヤはその人が好きなの?」
「だから色黒の長身でイケメンでテニスはインターハイにも出て国立K大の秀才で……」
「あのねえ、そんなこと聞いてないわ! アヤはそいつを好きなの? 愛してるの?」
「それは、これから少しずつきっと……」
「イエス様に誓える? マリア様に誓える? 瑠璃花様に誓える?」
「……」
黙ってしまった綾名、それを見ると瑠璃花も口をつぐんだ。
無言で何かを考える瑠璃花はゴージャスなお嬢さまオーラに満ちていた。その上に凄い美形だから声が掛けにくい。時々ちょっとアレなことを言うけれど、これが本当に中学生か? ってくらい風格がある。一方、ズバリ核心を突かれた綾名も口を真一文字に結んで、その瞳は前方50センチの何もない宙を見つめている。表情が消えた万華鏡は氷のように無機質で、瑠璃花にも負けず劣らず近寄りがたい。翔太はドリンクバーのアイスコーヒーをゴクリと飲んで窓の外に目をやった。車のヘッドライトが行き交う風景は少しもの悲しげに写った。
やがて食事が運ばれてくると最初に口を開いたのは瑠璃花だった。
「分かったわ。この私が一肌脱ぎましょう! 物理的に、じゃないわよ!」
しばらくの沈黙。
「物理的に、じゃないわよ」
「「…………」」
誰も突っ込まないと見るや瑠璃花は「先ずは腹ごしらえね」、と両手を合わせた。
瑠璃花は鉄板でジュウジュウ音を立てるハンバーグステーキを、綾名はスパゲティボンゴレを、そして翔太は案外安いチキンステーキを食べながら。
「ねえアヤ聞いてる?」
「あ、うん勿論」
「私ね、アヤのためにパーティを開いてあげるわ。合コンみたいなやつね。だからその一条ってヤツよりいい男を探して乗り換えなさいよ」
「えっ?」
「ちゃんと金持ちのいい男ばかり選んで上げるから」
「ええっ?」
「安心なさい! 瑠璃花のグローバルIOネットワークは凄いんだから」
何そのグローバルIOネットワーク? って綾名が尋ねれば、IOは『イケメン御曹司』の略らしい。要は綾名にお似合いのイケてる御曹司を紹介しようと言うのだ。彼女の話によると、松友家には瑠璃花をはじめ娘ばかりが三人いるが男子はいない。だから瑠璃花の元には気の早い縁談じみた情報が山と来るのだそうだ。それはひとつにお節介な彼女のおばあさまが果たしている役割も大きいらしいのだが、松友のご令嬢であればさもありなんと頷ける。銀嶺院の友達との会話の中でもあの子には許嫁がいるとか、わたしは将来、政略結婚させられるとか、そんな話題は枚挙にいとまがなかった。さすがは超が付く箱入りお嬢さま学校だ。
「私に兄がいれば一番なのだけどね。そうしたら絶対にアヤとくっつけてあげるのに。だいたいアヤがたったの一億円だなんて安すぎよ。女の私が見ても貴女みたいにいい女はいないもの。ねえ、青柳さん、あなたも立候補するなら今よ!」
瑠璃花の言葉に翔太と綾名は顔を見合わせる。
しかし。
翔太はただただ寂しそうに笑っただけだった。




