プロローグ
軽妙なラブコメになる予定です。
お楽しみいただければとても嬉しいです。
貴石の如く美しい瞳が、強く真っ直ぐに訴える。
「お父さまお母さま、ひとつだけお願いがございます」
武家屋敷を思わせる堂々とした御殿。
茶室から望む庭園、池のほとりには春の花・フリージアが咲いている。
ここは江戸初期より続く旧華族にして関西の名家・春日家。
しかし、その台所事情は火の車で当主は起死回生を賭けた事業に失敗した。
僅か15歳のひとり娘・綾名に舞い込んだ縁談は、そんな事情を知った資産家の御曹司からだった。それは一億円の結納金が付いた破格のもの。
まさしく絵に描いた玉の輿、だけど綾名は若すぎる……
当主は悩むが背に腹は替えられなかった。
結局、春日家は苦渋の決断をする。
面会すら経ることもなく16の誕生日に一億円と引き替えに婚約することになった綾名。
彼女は生まれて初めての我が儘を両親にぶつけた。
「わたしが16になるまでの間、自由を認めていただきたいのです」
自らが招いた失態である、父は黙って頷くしかなかった。
かくして翌朝。
大きく茶色い高級ブランドのボストンバッグを抱えた綾名は、小さな商店街の外れに建つ朽ちた2階建てアパートを訪ねる。1階奥の表札は彼が昔のままそこに住んでいることを告げていた。
「よしっ!」
小さなかけ声ひとつ、綾名は素っ気ない呼び鈴を押した。