ひー3 やっと謎解き
やっと捜査が始まりましたね。
「なるほど……」
話を聞き終えた9は眉間にしわを寄せた。今回の事件は難しいのだろうか。
まず、犯行は夜中の二時に行われたらしい。そして二時どころか夜の間、被害者を含め客は誰一人として席を立たなかった。こちらは当たり前だ。客はたぶんみんな寝る。
さらに果物ナイフは意外に浅く刺さっていた。これが首の動脈を切ったことによる失血死だが、ギリギリ失血死というところだ。もう羽毛一枚分力がかかっていなかったら、舟の揺れで傷口が広がらなかったら誰も死ななかっただろう。
「わからないの?怪しい奴は誰?僕が鎌をかけてこようか」
「いや、そういう問題ではない。トリックは至極単純だ。……ただ」言い淀んで、9は整然と並ぶ座席の列に目をやった。シートは三列に並んでいて、被害者の席は最後尾だ。
「これは誰にでもできる。彼より前の席に座って、いや、立っていたとしてもおそらく、できるんだ」
「それほぼ全員じゃねえか」
わかりきったことを言うトシを小突く。だからわからないんだよわかれよ。
「自警団が持ち物を調べても直接の証拠にはなりえんだろう。証拠は見つかるだろうが……いくらでも言い訳はできる。それに動機の調べようがない。本土は遠すぎる」
本土ならDNAやら何やらの方法があるだろう。しかしこの島でできる科学捜査はせいぜい血液型と指紋と足跡くらいだ。トリックを再現して実証するなんて面倒なことを自警団がやるとも思えない。
人間関係から裏を取るにしても本土に行かねばならない。一往復で簡単に24時間を消費する船で。そして、生きている乗員乗客は37名だ。みーはいいとして、あとの36人。
そんな人数をいつまでも魚市場に押し込んでおくわけにもいかない。遅かれ早かれ捜査を打ち切って、みんなを解放するしかない――犯人ごと。それこそが犯人の計算だ。
つまり。
「残念ながら手詰まりだ、諸君。このまま行くと真犯人がこの島に解き放たれてしまうが、少なくともきゃつの思い通りにはならんだろう。しびれを切らした自警団に全員射殺されるだろうからな。一つ安心だ」
引き上げよう、と9が言おうとしたその時、空気を読まないヤツの一言が割って入った。
「いや、わかるぜ!犯人」
トシは満面の笑みでそう言った。目を見開く9を通り過ぎて襟首をねじりあげる。にこにこしているその顔が神経を逆なでする。
「何言ってんのお前?わかんないって今9が言ったろ?お前にわかるかよ」
「うん、俺にはわからないけどわかる!わかるやつならいるだろ!そこに」
そこ?
振り向くと、中腰の姿勢で何やら手を合わせるみーの姿があった。なるほど、テレパスなら全員を集めて心を読めばあとは自白に持っていけるだろう。トリックは割れているのだから、ざっくりそれを披露すればいい。それどころかすでに犯人を知っている可能性がある。
しかし、とひじりは考える。
「でもあいつは探偵団じゃないだろ。部外者使っていいのかよ?」
「なら探偵団にすればいいじゃんか」目から鱗が落ちる思いだった。手から力が抜けて、トシの服にしわだけを残す。
「探偵団作るとは神様に誓ったけど、俺たち三人だけでとは誓ってないぜ。それに誓いを破っても神様はお許しになるんだろ」
何にも問題ないぜ。何も言い返せなかった。
「なあ、9」
「そうだね。今私たちの使える捜査方法ではここまでが限界だし、今回あったのなら次からも彼女の力は必要になるだろう」
しかし、しかしとひじりは思うのだ。
「そんなことできるの?」
「ああ」
9は静かに応じてみーの顔をのぞき込む。また嫉妬の獣が身じろぎした。
「彼女は洗礼を受けていないが、今できないということはない。神聖な場所が社のみであるものか。この島のどこであろうとも私がいればそこは聖域だろう?」
「でも」
自分で言っておいてわからなくなった。でも、でも何だろう?妥当かどうかは9自身が言うのだから間違いないじゃないか。
「頼んだよ、今代の『カンナギ』」