ひー2 事情聴取にて
たまたま出てきた自警団のおじさんが事件の概要を話してくれた。自警団はみんなカーキの上下にバラクラバと似たような恰好をしているからよくわからないが、いつもこのおじさんのような気がする。ふいに9がほほ笑んだ。
「9?」
スーツ姿の中年男性が寝ている間に喉を果物ナイフで刺されて死んでいた事件のどこにも笑う要素はなかったと思う。気になってその顔をのぞき込んだ。
「いいや、何でもない」9はそう言って笑みを深くした。それから、わざとらしいくらいあどけなく、『少女らしい』声色を出す。「ねーおじさーん、死んじゃった人のお隣にいた子は?」
ちらりとトシを見る。頭は単純なくせに複雑な顔をしている。その気持ちはひじりにもわかる。いつもの9とはまるで違うこの態度、何度も見たがやはりいつまでたっても慣れない。
何なんだ、もう。「あれあれ~?」だの「こわーい」だの「やったー!」だの、砂糖菓子にジャムでも塗りたくったような声で甘えて見せる。あんなのいくら小学生でも言わない。
言わないのだが、大人はそうは思わないらしい。みんなこの微妙な演技に騙されている。
「トシ、トシ?捜査は始めないのか?」
今回もいい感じに教えてもらえたのだろう、9はそう言ってこちらを見た。
確かに深く暗く沈んだ声音にも枯れたような口調にもまったく9歳の少女らしさはない。大人からするとこちらのほうがおかしいんだろう。ただ、9は子供でも女の子でもない。やはり変な気分だ。
「え?あ、うん!」
トシは行き先を決めない。9を信頼しているというよりは、自分でどこへ行くべきかわからないのだ。そのくせ走りたがる。
馬と鹿を足して馬鹿だが、その強靭な脚だけはある状態なのだ。誰かが頭脳になって行き先を決めてやらねばならない。探偵団に頭脳とはいい皮肉だが、頭脳の役はずっと9だ。
「まずは被害者の隣の席にいたという少女に話を聞くぞ。何か見ているとすれば彼女だ。二人ともついてきなさい」
しぐさだけは幼い少女のように、軽やかに歩き出す。体を動かすのが別の回路になっているのだろう。
「わかった!捜査のドージョーってやつだな!」
「ははっ、それを言うなら常道だな」
ひじりは歩き出した二人のあとを、少し遅れて追う。何でもないと言った時のあの笑みが気になる。優しい笑み。あの時感じたざらついた不快感。
まだそれは腹の底にわだかまっている。許さない許さないとよくわからない呪詛を吐きながら、黒い獣のようにうずくまっている。
この後会う少女には……周りの人とは仲良くしなさいというのが神様の教えだが、果たしてこんな気持ちで優しくできるだろうか。仲良くできなかったら、ただでさえ穢れた自分はさらに罪を犯すことになるだろうか。
僕を見捨てないで、神様。
その少女は、これといって特徴もない普通の女の子だった。なのに、妙に9は気に留めているようだ。気に入らない。
9がみーに覆い被さるようにして何事か囁いたとき、ひじりはやっとこの重苦しい感情の正体に気づいた。嫉妬だ。トシに引っ張られていくその背中を睨みつける。
「ふふ、どうしたんだい。怖い顔だ」振り向かなかった。低い声と体温だけが伝わってくる。「どうやら彼女には、私が少女漫画の女の子のように見えたそうだよ……かわいい子だね」
「ふうん。気になるんだ?」
冷淡な声を作って関心のない風を装った。背後にいる相手の姿はひじりの中でゆっくりと組み替えられ、均整の取れた体つきの大人の男性がもやもやと描き出される。
「気になるか、ならないか、といえば気になるな」
あの子は少し特別なところがあるようだ――やめてくれと叫びそうだった。今すぐに振り向いて厚い胸に顔をうずめたかった。一握りの意地がそれを止める。
ひたと冷たい手がひじりの手を握った。弾かれたように振り向く。少女の矮躯がそこにある。
「行こうか、ひじり」
題名のわりに聴取してませんね。いやまあ、担当じゃないってことで一つ。