ひー1 ポリティカルコレクトなんかない
ポリティカルコレクト。政治的に正しいこと。また、その選択。ってところでしたっけね。
神薙ひじりは馬鹿が嫌いだ。
まず知能が欠けているという点でわけがわからない。人間なんか知能があってなんぼだろうに。
それでいて叫んだり暴れたりエネルギッシュなのも嫌いな理由のひとつだ。奴らの持つ『馬鹿リョク』とでもいうようなものに引っ張られて、相手をすると自分まで馬鹿になる気がする。
そういうひじり自身が馬鹿かどうかというと、やはり馬鹿なのだろう。本当に賢い人ならきっと救いのない馬鹿どもでもうまいことどっかに活用して馬鹿と思わずに済むはずだ。
「あのさあ!やっぱりさあ!今度怪しいの添乗員のおねーさんだろ!間違いない!」
それでも目の前のこの馬鹿と比べればいくらか賢いほうだと思う。しかし、同じく目の前には次元の違う賢人がいる。そうすると一気に自分が馬鹿に見えてくるのだ。
ここでもう一度馬鹿が目に入る。やっぱりマシなほうだと思う。そしてもう一度賢いほうを視界に入れて、結局きりがない。
いつも最後に自分の人間関係が偏りすぎなんだという結論にひじりはたどり着く。最小の目盛りが一メートルの物差しでは二ミリや三ミリは見られない。
「そうか。聞いてやるから落ち着きなさい。根拠をわかりやすく、ひとつひとつ説明するのだよ。何といっても、一同集めてサテと言ったところで推理を披露できない探偵ほどみじめなものはないだろう」
だから馬鹿という存在が嫌いなのだが、目の前のこいつに限っては別らしい。なんだかんだ親しくしているし、同じ組織内にいる。
「うん!」
やすやすと乗せられて、馬鹿は話し始めた。
曰く、動いてる船の中を歩き回るのは不自然だ。歩き回っておかしくないのは添乗員のねーちゃんしかいないッ!
頭が痛くなってくるような推理だった。胃も痛かった。主にこいつのせいでひじりは若干小学三年生にして胃痛が悩みだ。
「なるほど、なくはない話だ。しかし、実際には乗客も船内を歩く。それに彼女は被害者となんの関係もなかったようだよ。これはどう説明するのかな」
「むっ……でもさあ!同じ国の中にいるんだぞ!ちょっとくらい関わりがあったかもしれないじゃんかあ」
もう限界だ。水筒を開けて胃薬を飲んだ。
日本本土からの船が着く北港は今少し騒がしい。乗っていた人間が一人死んだのだ。それ自体は別に珍しいことじゃないが、島には娯楽が少ない。野次馬が集まっている。自警団が止めても聞かない。
そろそろ威嚇射撃が来るかもしれない。そしたら最悪銃撃戦だ。また死体が増える……。
こんな連中と一緒にしてほしくはないが、いっそ野次馬だったらもうちょっと楽だろうなとひじりは思うのだった。
野次馬ならあの修羅場へわざわざ向かわなくて済む。手前で踵を返して帰ってくればいいだけだ。
「君は一つ誤解している。そもそも日本という国は、我々の住むこの島の何十倍も広いのだよ。
「警察があるから、警察屋を雇う必要も自警団を作る必要もない。外交を行うのも政府が組織されていて、それ以外の人間というのがいっぱいいる。つまり人同士の関わりが少ないんだ。
「だから多くの場合、関係がないと言ったらそれは本当にないのだよ……わかるかな?」
わかるかなも何も、普通はそうなんだけどな。ひじりはため息をついた。
変わっているのは、おかしいのはこの島のほうだ。ただそれがわかってなさそうなのはうちの馬鹿もとい網谷十四男の頭が悪いせいではない。真実頭は悪いが。
トシはこの島で生まれ育った。しかも島外に出ることもなかったという。単に知らないのだ。メキシコなど南米の国と島を行き来している兄たちから話はいろいろ聞いているはずだが、想像しにくいものがあるのだろう。
「『9』、もう行こう。このままじゃトシが納得する前に銃撃戦になる」
9はトシと話すのをやめてこちらを、今初めて口を開いたひじりのほうを振り向いた。それから小首をかしげて港の入り口を覆い隠す人の群れを見た。
「そのようだね。では、トシ。余計な死人が出る前に、我々も現場に入るとしよう。話はそれからでも遅くないだろう?」
「うん」トシは素直にうなずいて、9とひじりの手を握った。その素直さと人懐っこさはなんちゃって賢人のひじりにもまさしく賢人の9にも見習うべき点である。「行くぜっ、カルト探偵団!」
ただ、このセンスの欠片もなければ政治的にも正しくないえげつない頭おかしい組織の名称だけはいい加減勘弁してほしいと思うのだった。
「おー……」