第6話「懺悔室ではサボれない」
俺、ユウマは「懺悔室のプロ」と呼ばれている。
と言っても俺自身が懺悔に行くのではなく、司祭自ら懺悔室に入って、信徒の懺悔を聞く任を請け負っている。
主にとあるシスターに「サボれる」という悪魔の囁きを聞いたがために、この数ある談話室の中で、教会の入り口側の一番手前の懺悔室を間借りしたのだ。
実際を言おう。
入り口側から一番手前の懺悔室であるがゆえ、なかなかサボれません。
言い訳をさせてください。
俺は方向音痴である。
空間把握なんて実際あったものではないし、この自分の庭みたいなものである教会の中でも度々迷い子になってしまうレベルである。
べ、別にそれを盾に使うわけじゃ無い。
普通、教会にある懺悔室は教壇側から入れる入り口があり、主にそちら側にある裏の通路を通って、シスターなどの導者が懺悔室の窓口側に立つのだ。
つまりは「サボるために一番奥の席を取ったら、客からすると一番入りやすい席であった」というかなりバカバカしいボケを繰り出してしまったのだ。
ちなみに俺はそれに気付くまで多くの時間を費やしてしまい。もはやシスターたちに席を代わってくれとも言いづらいくらいの実績をあげてしまった。むしろシスターたちには感謝されたのだが、俺としてはそれが詰めの一声になってしまった。
そしてついた称号が「懺悔室のプロ」だ。
本末転倒とはこういうことを言うのだろう。
俺は逆に仕事を増やしただけになった。
懺悔室の勤務はあまり難しいものでも無い。
基本的には相手が後悔してることに対して「あーはいはい、辛かったですねー」とオブラートに塩対応してたら勝手に終わるレベルの業務だ。流石窓口業務。
それゆえか。現在、大司祭が懺悔室を切り盛りしているとはシスター以外の信徒には誰も知られていない。
というのも、懺悔をしにきた信徒のプライバシーを保護するため、懺悔室は導者側と懺悔者側を隔てる鏡によって両者の正体がバレないようにしている。
俺が入っていて、塩対応していてもバレないし、相手の話を聞くだけ、あとはサボり。相手は自分の話を聞いてもらえて嬉しいというまさにwin-winの関係だ。
俺が懺悔室にいることは一部のシスターを除いて、ニナや知り合いの冒険者ですら知らない。
ニナは案外生真面目なので、俺がサボろうとすると大層怒る。それはもう結構怒るので、後々に面倒な要求を何度か叩きつけられることなどあるため、結果的に疲れるハメになる。
それはいけないとシスターさん達のたっての厚意により、こうして俺の秘密は保たれているわけだが……。
まぁ、俺のこの称号から言えるように休めていないし、結果サボれていない。
「すみません…失礼します」
「迷える子羊よ。貴方の懺悔をお聞かせください」
鏡の向こう、俺が映し出される向こうからドアを開閉する音と共に声が響く。
鏡越しであるはずなのにとてもクリアな声だ。声室から女性の方だとわかった。
今日はこれで14人目。
時間帯的にはまだお昼を少し過ぎたぐらいなのだが、本当にこの教会には訪問者が多い。
まぁ国営なわけではあるから利用者が増えると予算も増えるからありがたい。
俺の飯のグレードも訪問者の数によって良くなるわけだし。
さて、俺は鏡で隔てられる向こうの女性は何を語ってくれるのだろう……一呼吸する間の沈黙のあとに、女性は決意するように声をあげた。
「わたし、やってしまったのです」
「はい……」
こういった切り口の相談は数多い、普段の俺だったら「何を?」って聞き返すのだが、今の俺は「懺悔室のプロ」である、普段の俺とは一味もふた味も違う。
「如何したのでしょうか?」
見たか!
「何を?」を完全にオブラートしたこの達人級の受け答え!これが俺のこの長い期間サボれていないという結果得られた俺の社交性だ!
リア充も真っ青だぜ!
日本ではリア充ではなかった俺もかなり自分の言動に気持ち悪さを感じて、絶賛心の中で記憶を燃料に焼畑農業真っ最中だ。
俺の返答を聞いた信徒は、やがてポツポツと語り出した。と言っても俺は此処から半分以上聞いているフリだけするつもりだ……
「実は夫を殺してしまいまして……」
前言撤回。
これはちょっとシャレにならない案件だ。
ちょっとサボるとかそうゆうことできるようなレベル超えてるんじゃないかな?とりあえず自暴自棄になったら何をするかわからないので、落ち着いて話をすることにしよう。
こういう時は多少の興奮状態にあるだろうし、とりあえずは腰を落ち着けるように…。
「お、お乳突いて話してください」
待って!俺の方が落ち着こう!
今なんかとんでもないセクハラしたような気がする!
「すいません。産後なので胸が張って痛いので……」
「そうですか。ご自愛なさってくださーーーなんでそっちも真面目に受け取ってんの!?」
いや!だから落ち着こう俺!
口調が砕けて鏡の向こうの人が動揺してる気がする!
「ごほん、オゥアァーゴホンゴッホ!!! ………取り乱して申し訳ありません」
「神父さん風邪ですか?」
「いえ、咳払いです」
「リアルな咳じゃなかったですか?」
「気のせいです」
俺は一度仕切り直してから質問する。
「蘇生には行かれたのですか?」
「いえ、生き返った夫に拒絶されるのが怖くて……まだ行っていません」
まぁ……愛する相手を殺めてしまったのだから当然か……というかどうゆう動機だったのだろうか。
それとなく聞いて見た。
「許してくださるかどうかは……状況によります。なので何故殺めてしまったのか、経緯を教えていただいてもよろしいでしょうか」
女性は鏡ごしにゴクリと息を呑み、そして何かを躊躇するように息を吐いたり吸ったりを繰り返し、そして決意するように一際強い語気を持って語り始めた。
「実は、夫が食べ物を好き嫌いをするのをやめさせようと大声を発したら……家の壁ごと夫を吹き飛ばしてしまって……」
………………。
………。
……?
………………!?
「どうゆうこと!?」
驚きのままに俺は吠えた。
「私、ドラグでして……喉に龍体を持ってるんです。なので叫べば衝撃波、息を吐けば火が、歯を鳴らせば雷鳴が轟くような困った体質なのです……」
これは、おそらくドラグ特有のスキルの一つだろう。
ドラグという種族は体の一部が竜体と呼ばれる厚い鱗の生えた皮膚に包まれており、その部位によって個々の能力に変化が出る。
例えば「腕が竜体」なんかだと、空間を切り裂くような一撃を繰り出せるスキルなどの、自身強化のスキルが手に入る。
よくよく考察してみればすごい能力だ。
というのも光都にあった図書館で得た知識だ。
「えっと……それで旦那さんは……」
「はい、慌てて駆け寄ったんですが、すでに息を引き取っていて……」
「そうでしたか……」
俺は思わず目を伏せ、しきりに頷くしかできない。我慢の限界に達したところで心の中で叫んだ。
「(またこのパターン…!?)」
結局、また生活と噛み合わないスキルが勝手に発動したわけだ。いちいちこの世界を作った神様は生活面などを度外視でスキルを付与して来る。
おかげでスキルに悩みを持ってる人や、それで併発する事故や事件が絶えない。
本当に余計すぎる。こんなんだったら普通に剣と魔法でいいじゃないか。なんでこんな余計な設定ばかりが盛り込まれた世界なんだよ……。
「こんな行い……きっと女神様もお許しになりません……なので、懺悔し、夫を蘇生し、おとなしく罰を受けるために参った次第です……」
やばい。そんなこんなしているうちに、お話がかなり佳境な方向へ向かっている。
このままでは事故で出頭する羽目になって一家が崩壊するのは忍びないので、俺は提案をすることにした。
「そうゆうことであれば、大司祭様の方へ一度お越しになられてから、後々のことを決めてはどうでしょう!えぇ!それが良い!では蘇生のため、大聖堂へお越しください!大丈夫!神は全てを見ており、全てを許してくださいます!」
「えっ?え、えぇ…」
早口でまくしたてると俺は足早に大聖堂へ赴く。
「あれ?ニナ?」
すると、なにやらニナが膨れた面でお澄まし立ちしていた。ツインテールが揺れて、その視線がこちらへ向く。
「ご主人様……今まで一体どちらへ?」
やばい。笑顔で怒ってる。
多分探してくれてたんだろう。
「すまん。ちょっとトイレが長引いてな」
「あらそうですの?言ってくれればよかったですのに」
「急にお腹痛くなってさ……じゃあ仕事しようか」
つづく
7話もこの話で続きます