閑話「異世界転移させられたんだけど」
閑話「事の発端」
俺、ユウマはゲームオタクである。
正しくは格闘ゲームやFPSといったゲームしかしない、対戦系ゲーマーだ。
カードゲームにも精通している生粋の「何かを競うことに全力を出せる」タイプのゲーマーオタクだ。
中学生の頃に親のパソコンを勝手に遊んで、FPSゲームを一生懸命やっていたのが始まりと言えば始まりか……。
それからは高校2年生になるまでにいろんな
ゲームをやってきた。
寿司同士が回転するフィールドの中で互いに醤油をぶっかけあって生死を争うワサビツゥーン……ゾンビがパルクールするプレイヤーに陸上選手ばりの走りっぷりで迫ってくるランニングデッド……。
心の中に点在するすべてのFPSに感謝をしている。
逆に嫌いなのはRPGだ。
レベル上げやアイテム収集なんて退屈なこと、こちとら戦場(ゲームの中)で慣らした激しさから比べればあくびが出てきてそのまま寝る。
どっちかと言うとRPG感を楽しむのであれば主観視点で使える武器全て銃ぐらいの爽快感が欲しくなる。
それぐらい俺は飽きっぽい。
と言っても。
「フルダイブRPGなんて聞いてない」
なんで俺はゴブリンが徘徊して、獰猛な狼が襲ってくるような森の中に居るのだろうか。
「ガチのデスゲームなんて聞いてない」
食べ物も自主的に見つけないといけない。
自分の周りはバケモノだらけ。
そんな状況で人一人生きられる余地なんてこれっぽっちもない。
俺は先ほどまでVRFPS型のクトゥルフTRPG体験型ゲーム「COCVR」でムーンビーストと互角の戦いを繰り広げて、ショゴスに導かれてバールのようなものでダークマターを砕いていたはずだった。
俺のSAN値が実際に吹き飛んだか?
なんて考えていたら思考が落ち着いた。
というかここ三日間ほど、森を彷徨い歩いて居るのだが、人の気配がしない。
居るのは猛獣と呼ぶにもおぞましいバケモノたちばかり。生命力が感じられる動き方をしている分、ゲームのシステム的な動きしかしないムーンビーストよりも恐怖感を煽られる。
俺は普通の人間だ。
間違ってもRPGのように都合よく武器を見つけても扱えないし、命の取り合いなんて実際にやったことなんてない。
やはりRPGは嫌いだ。
実際にその世界に入って仕舞えば、今の俺のように洞窟や小さな穴倉に潜り込んで、木の実を漁り、夜が過ぎるのを待つしかない。
成長なんて、できるはずがない。
すでに穴倉に潜り込んで身を潜めて何時間かしている。空腹でお腹は減るし、力が抜けてしまう。水を飲もうにも川の水は清浄ではあったが、獣が用を足したりもするため、飲むこともできない。
少しでも生存確率を上げるために獣がマーキングした場所に行き、動物の小便を顔や手に塗りつけた。動物は匂いで敵味方を判断するため、衛生上はとてつもなく悪いのだが、生きるためには潔癖ではいられなかった。
「眠るわけにはいかない……朝にはココから移動しないと……」
ひどい刺激臭が鼻を刺激するため、眠気覚ましにはちょうど良い。
一瞬でも気を抜いたら倒れそうになるのを必死に我慢する。
「死にたくない……死ねない…死ねない」
なんで俺は生きたがるのだろう……という曖昧な疑問が湧く、それを振り払うようの被りを振るのを数回にわたって繰り返し繰り返し反芻する。
彷徨って5日ほど時が流れ、そこで俺に転機が訪れた。
力が尽きて穴倉でウトウトしていると、なにやら物音が聞こえてきた。
カシャンカシャンと何かが揺れる音。
もう目も霞んできた俺が最後に見たのは、いかにもRPGに出てきそうな白髪の女性の姿だった。
「ちょっとアンタ大丈夫……ってクサッ!」
俺の痛い妄想かなとも思ったが全くそんなことないな。
今のがショックすぎて目が覚めたわ。
女性は自分の鼻をつまみながら話しかけてくる。その挙動かなり傷つくんですが?
「アンタ、ヒュム……よね?」
ヒュム?
なんだかわからないけど、とりあえず反応を示さなければ。
喉が枯れて声が出ないので首を縦に振る。
すると彼女は、背負っていたバッグを地面に下ろしてこっちに向かって何かを差し出してきた。その白磁の手のひらに乗っているのはなにやら寿司っぽいような食べ物。
「食べなさい。元気が出るわ」
俺は一瞬「いいのか?」と躊躇っていると、女性は俺の煮え切らない態度に痺れを切らして口に突っ込んできた。
寿司っぽいなと思ったが、それはまるでパンのような食感をしたサクサクの食べ物。
極限状態であった俺の食欲を刺激するそれに夢中でガッついて食べた。サバイバルをすると食べ物一つに対しての想いが違ってくると聞いたことがあるが、まさにそれなのだろう。
俺は涙を流しながら彼女に感謝しつつ完食した。
「さてと……ってかアンタ臭うわねぇ……あぁなるほど?遭難したから獣に襲われないようにしてたのね?」
俺の体臭に合点がいった様で、女性は首を縦に振って感心していた。
そして彼女は花をつまみながら「でも」続ける。
「その精神力には感心するけど、アタシが助けてあげるんだから、もう川に行って臭いを取って来なさいよ」
というと、彼女はなにやら含みのある声で、自信満々に胸を突き出して偉そうに言った。
その一方で俺の方は違和感を覚えながらも、極度の疲労でまともな思考ができず「助けが来た」と考えて、素直に従った。
side:オルメティ
一人でゴブリン狩りをしていたら、少年を発見してしまった。
ゴブリンは洞窟などを自分たちで掘って、その穴倉に巣を作る習性を持つ。今回もその要領で中に入ったのだが、そこにはビックリしたことに、絶滅寸前の危機に瀕しているヒュム……それも男の子が倒れていた。
どうやらかなり衰弱しているようで、思わず私は声を掛けた。
「ちょっとアンタ大丈夫……ってクサッ!」
なにこの刺激臭!?
あまりにもクサすぎて鼻をもごうとしたわ!
当の本人はショックを受けてるらしいが、こっちもショックだ。第一印象が最悪で出会いまで最悪というワーストルッキングガイだ。
仕方ないので鼻をつまんで話しかける。
「アンタ、ヒュム……よね?」
ヒュムは140年前の亜空戦争時代に一大文明が滅んで、絶滅寸前の種と呼ばれている。
繁殖力が高く、この世界の全ての種族との交配が可能、さらにはウィッチ族の能力に欠点を取り除いたような強力なスキル。古代技術や魔法技術を運用できる明晰な頭脳を持つというかなり反則なほどの特徴を持つ種族だ。
正直言ってアタシのご先祖様は一体どうやって勝ったというのだろう。
ちなみに、現在国によってはヒュム族を発見し、謁見させた場合、多額の感謝金をもらうことができるらしい……。
ヒュム族は全ての種族との交配が可能ということなので、ハーフを産ませることができれば強い子孫を残すことができるゆえだろう。
個人のスキルは基本親の交配した時のスキルに関連して、上位互換や混合して強力なスキルになる。
この世界においてはスキルは個人の強さをより際立たせるアイデンティティである。
ゆえに親のスキルが強ければ強いほど、子に与えられるスキルは大幅に強くなる。
例えばドラグ族と呼ばれる竜の特性を持つ種族との交配に臨んだ場合、子供は「ドラグの特徴をそのままに強力なスキル」を持つことになる。
そのあたりでヒュム族は、ユーゴスアウエナにおいて一大の資産となっているわけだ。
種馬としても申し分はないし、ヒュム族は基本的に大規模な文明を作り出す唯一の種族だ。
だからこそ。
アタシはナップザックを下ろすと、中身を漁る。確か食べ物は余るほど持って来たはず。
あった。
「食べなさい。元気が出るわ」
アタシはスシパンと呼ばれる穀物パンを遠慮する少年の口の中に押し込み、食べさせると、一瞬で男の子はパンに食らいついた。
必死に食べる姿を見ながら微笑みを投げると、男の子は少し照れる様に顔を背ける。
アタシがこの男の子を助けようと思った理由はただ一つ。そう、たった一つのシンプルな答えだ。
多額の金と引き換えに、この少年を国に売り飛ばすつもりだからだ。
100年ほど前なら奴隷として扱われていたが、現在はとても扱いが良くなっている。
売り飛ばされたとしても王族の種馬として裕福にくらせるだろうしそれがいいだろう。
アタシはゲスではない。
この子のためを思っているだけよ。
後は綺麗な服装をしていることだ。私の身内にも遠目からでも上質に見える生地の服だ。きっとこの子は貴族の生まれの子には違いがないでしょうし、この子の親からも礼金が……ふふふ、アタシの未来、明るいわね。
その為にはキレイにしてから、キチンと守ってあげなければいけない。ようこそ私の黄金延べ棒。磨いて純金にしましょうね。
「さてと……ってかアンタ臭うわねぇ……」
そこでアタシの嗅覚はある知識を呼び起こした。この鼻に鉛を突っ込んだ様な重苦しい臭いがおそらく……モンスターの尿?
そこで一つ、少年に対して合点がいった。
「あぁなるほど?遭難したから獣に襲われないようにしてたのね?」
アタシは思わず一人でに感心していた。
意外にも少年は温室育ちっぽいのにこういう生存に対する執念は凄まじい。
この臭いからしてマーナガルムと呼ばれる狼の尿の臭いだろう。
マーナガルムの縄張りを示すマーキングはそれこそかなりの臭いを噴出する。この森ではマーナガルムは唯一ゴブリンの天敵であるため、それで難を逃れていたのだろう。
「その精神力には感心するけど、アタシが助けてあげるんだから、もう川に行って臭いを取って来なさいよ」
「………っ。」
少年は声が出ないのか首を縦に振った。
少年がフラフラとした足取りで近くにある川の方へと歩いていったのを見やり、アタシも後ろからついて回る。
「ふふふっ、ゴブリン狩りのつもりがとんでもない捕り物が舞い込んで来たものね」
彼の姿を後ろから見やりながら、私は一人でに暗く微笑むのだった。
side:ユウマ
「(なんかこの人メッチャ怖いんですけどぉおおおお!?)」
え?なに?「とんでもない捕り物が舞い込んで来た」ってなに!?俺なんか変なことされるやつこれ!?
後ろから聞こえて来た謎の呟きに動揺を隠せなかったが、凄まじい不穏な雰囲気を感じて俺は後ろを振り向けないでいた。
背筋に悪寒を感じるが恐らくは体調の問題とかではないし、気のせいではないだろう。
とりあえず川辺に着いた。
周りにバケモノの姿は見えない。
ひとしきり周りを確認した白髪の女性は、ホッと息を吐いて僕に言った。
「アタシが見てるから裸になりなさい」
この人は痴女かな?
俺がその言葉に動揺していると、彼女は自分の言ったことを自覚した様で顔を急速に赤らめ始めた。
「い、イヤね!アタシがアンタの貧相な体で興奮するわけがないじゃない!周りを!周りを見ていてあげるから!まずそこに服を脱いで裸になりなさ……この言い方もダメだ!」
俺が何も喋っていないのに勝手に感情シェイクされている様子の白髪の女性は、ワタワタと忙しなく言葉を探しては頭をブンブンと振り乱し、それを繰り返していた。
そんな様子の彼女を見やりつつ、俺の心の中は……
「(コイツ、俺の貞操を狙っている……!?)」
めちゃくちゃに疑いまくっていた。
「(でも、言う通りにしないと……)」
それでもここで拒否をすると命はないかもしれないと思い、恥ずかしながら服を脱ぎ始める。
「え!?あ!?ま、まだアタシがいるって!待ってストップタンマタンマ!!!」
「(うぅ…めっちゃはずかしい…!)」
女性は俺の服がみるみる脱げていくのに対して、手で顔を覆って、かなり動揺していた。
ただその指の間から上半身だけ裸になった俺をチラチラと見ている。すごい見ている。
恥辱で血が上っている俺に、彼女がなんて言っているのかはわからなかった。
あれ?なんて言った?……と思いながらもすでに半ケツを晒しているので脱ぎかけのズボンをそのまま下げる。
「ちょ!あ……あーっと!………………じゃあアタシは向こう向いてるから!終わったら声かけてね!じゃ!」
完全に全裸になった俺をおいて、何か不満なことでもあったのかそそくさと離れていってしまった。
待っているとのことなので、とりあえずは体をサッパリさせて、声が出せる様に喉も潤すことにしよう。
「どうも、ありがとうございました」
「え?あぁ……もう上がって来たのね。服は……着てるわね。あーよかった」
臭いが取れたようで安心している女性。
その人は改めて見ると、かなりの美人で凄まじく通る声をした女性だった。
かなり気の強そうな印象を受けるつり目の金色に光る瞳がとても印象的だった。
「助けていただき、ありがとうございます。
僕はユウマと言います……えっと」
「アタシはオルメティ。本名はオルメティ=アウリツ=ステグナよ」
俺が礼を言いながら自己紹介すると、オルメティと名乗った白髪の美人は握手を求めてきた。
俺も友好を示すために握手した。
「(あれ、案外硬い……)」
その手は女性的な柔らかさとは皆無で、どっちかと言うと男のような触り心地を感じさせる……かなりしっかりした手だった。
「(あれ!?まさか『そっち』!?)」
こんなに可愛い顔立ちしてるのに実は男だった!?それが真実だったら俺今後人間不信になっちまうぞ!
ってかやっぱそういうこと!?
俺のケツを狙っているってこと!?
い、いやいや……確かめないことには断定できないよな。確かめないことには。
「な、なに?アタシのことじっと見て…」
「いやもしかして男なんじゃないかと思って………………あっ」
しまった口に出てしまった。
「……もっぺん言ってみ?」
俺死んだか?
「生きてたわ」
「いっぺん死ねば良かったのに……いや、よくないわね」
もう周りも暗くなり、夜の帳が下りた後の森の中。オルメティさんは不機嫌な様子で焚き火を作って野宿の準備を終わらせて、何処から狩ってきたのか肉を丸焼きにしていた。
どうやらあの後、オルメティさんに強力な右を叩き込まれて沈んでいたらしい。
今はもうオルメティさんは魔女みたいなローブを脱いで、タンクトップシャツとレギンスというラフな格好になっていた。
薄着ゆえか、体のラインがくっきりと映し出されており、そこから女性的で蠱惑なラインがど迫力の魅惑を主張していた。
オルメティさん……疑ってごめん。めっちゃ魅力的です……逆に抱かれたいわ…。
「それで?あんたは一体どこの国から来たのよ?行き先次第じゃ送ってやるわよ」
言われて俺は口籠る……ここは恐らく自分のいた世界とはまるで違う場所なんじゃないかという疑惑。
その疑惑を払拭させたいがために、俺はとりあえず嘘を吐いて、情報を得ることにした。
「すみません……わかりません。ここがどこなのかもわからないです」
「……そう、家族とかは?」
「……思い出せません」
「忘却スキルに当てられたのね……かわいそうに」
そういって目を伏せて哀れむように言ってくれるオルメティさん。とても残念そうなことが声色から受け取れた。
「(あぁ……なんていい人なんだろう)」
見ず知らずの俺にここまで親切をしてくれるなんて日本でもあまりいないと思う。
一方でこんなことも気がついたので質問を投げかけてみる。
「えと、すみません……スキルって聴こえたんですが……それって?」
「スキルのことも忘れたのね。じゃあ説明してあげる」
オルメティさんは小一時間くらいかけてスキルのことを教えてくれた。どうやらオルメティさんも持っているらしく、その内容がどんなものなのか気になった。
「オルメティさんのスキルって……」
「え、えぇ……アタシのスキルは………おいそれと人には言えないわ。秘密にしないといけないの……とにかく戦闘になったらいち早く逃げてくれればいいわ」
「はい……」
なにか裏の暗い設定持ちなのだろうか渋って、オルメティさんは沈黙してしまった。
俺はそんなミステリアスさに惹かれはじめており、思わずじっと見つめてしまっていた。
これが俺の異世界に来て最初の出来事だった。