第3話「愛は情熱ですわ」
」
「哀れな子羊よ。汝に祝福を……」
「どうもありがとうございました」
「本当に気をつけて…」
今日もこの大聖堂には人が絶えない。
というかみんな死にすぎだと思う。
今蘇生したモンテクリスという男性の死因なんかもう、本当にバカなんじゃないかと思ったぐらいである。
なんだよ「禁忌再生術」を自分に使おうとしたら死んだって。
てっきり俺と同じ能力かと思ったら「殺してから生き返す能力」じゃねえか。
生きてるやつだったらいいけど死んでるやつ相手には意味ないのに、一度ナイフで自殺してからスキルを使用しようとして死んだらしいのでスキルで生き返るのはまず無理だ。
大家さんが様子を見に来なかったらそのまま骨になるところだったぞ。
「はぁ…疲れる」
なんだか今日も気苦労が絶えない。
割とマジでどうにかならんかこのRPG世界。
「ご主人様。お茶の時間ですわ」
「ん? ニナか。ありがとう」
「はい、今日は珍しいお菓子も見つかったんですの」
大聖堂の横の小部屋から、茶菓子を持って現れたのは、この教会のビショップのニナだ。
ビショップとは教会に属する高級神官のことを指す。基本的には僧兵といったところだ。
神様の逸話を教えて来れたりするのでシスターさんの上位版だと思えばいい。大きな違いは戦える能力の有無ぐらい。
柔らかい物腰、お淑やかな態度、そして優雅な立ち振る舞い。エルフの容姿と合わさって至高の美を表現していると言ってもいい。
神官というよりも女神のようだった。
そんな彼女は職業柄、普段戦いに出ることはないので、こうして俺の身の回りの世話をしてくれている。
……のだが。
「あれ?また増えてる?」
「「えぇ…お恥ずかしながらまた転んでしまいまして……」」
ニナの隣には同じ格好、同じ口調、同じ容姿をしたもう一人のニナがいた。
ニナの種族はエルフである。
エルフのスキル特徴は「倍加」
つまりニナ自身のスキルは「自分個人を増やす能力」である。
条件は即死以下のダメージを受けること。
2人になっているのは先ほど転んだ拍子に頭をどこかにぶつけたからだろう。
取り敢えず俺の蘇生スキルを施せば、2人を1人に戻すことができる。
どうゆう原理かは知らない。
「「はい、召し上がってくださいまし」」
「ふ、2人同時攻撃……!」
そんなこんなでケーキを頂こうとすると、いつの間にやら両脇を2人のニナで埋められて、さらには体をグイグイ寄せて攻めてくる。
体が触れ合うたびに、ニナのスレンダーで慎ましやかだけど柔らかい体がプニプニと修道服越しに当たるからドギマギしてしまう。
「ちょっと離れては貰えないかな?」
「「あぁ…!そんなご主人様ったらご無体な……お預けですか?お預けでございますのね……ダブルニナはなおさら恋しくなってしまいますわ……!」」
「どうすりゃいいんだよ…」
「「ニナを心ゆくまでお楽しみいただきとうございますわ。仕事で疲れたご主人様を癒すのも妻の務め……さぁめくるめく官能の世界の扉を……!!」」
「夫になった覚えなんてないんだけど」
どうやら俺はニナに過剰なぐらい愛されてしまっているらしい。
というのも貧乏冒険者だったニナをビショップに雇ったのは俺な訳だから、その辺に恩義を感じているのはなんとなくわかる。
だが愛とか、妻とか、恋愛とか色々とぶち抜いて訳のわからないことを言っているのはわからない。本当にわからない。
取り敢えず蘇生魔法をかけて2人を1人に戻すと、ニナはブー垂れながら元に戻った。
「ああん、もう……せっかくご主人様に私を二倍楽しんで下さろうと思ったのに」
「もう君を十分に堪能したからいいよ。味を占めるのは好きじゃないんだ」
「それはもっと刺激的な私をお求めになるということの天啓ですわね!承りました。ニナは布団を温めて待っておりますので……」
「もうお腹いっぱいです」
まだエッチなことすらしていないのに相変わらずの良妻アピールが凄まじい……俺本当に何かしたっけ?
「ご主人様は死の淵に沈んだ私を拾って頂いだだけでなく、その親身のお側で仕える立場に置いていただき、そして凍っていた私の心をそれはそれは甘く、そして包むように溶かして、愛という一つの感情をお与えになったのですわ!」
心を読まれた……。
5割ほどは合ってる。残り5割の「私の心を〜」の下りは俺にはわからん。
「これぞ神のお導き!愛のままに生まれ!愛のままに生きよと!ニナはご主人様のことを神より、何より愛しておりますわ〜!」
いつもの独壇場が終わり、ニナはその目をギンギラに光らせるのをやめて、こほんと咳払いを一つ。
「ニナの愛を再確認してくれましたか?」
「俺は君の愛に殺されそうだ」
主にストレス方向で。重い。
「あぁ!この身を引き裂くまでの激しい愛でご主人様を殺すなんて、私はなんと罪深き愛の信奉者なのでしょう!」
大げさに慄いてニナは崩れ落ちる。
いつの間にやらニナの周りにバラが舞っているように見えた。
いや、疲れて死にそう……これ以上、キャラ濃度の過剰暴力はいらない…。
普段来る人たちも相当にアホだから、疲れるんだよ。
「って……あら、お顔の色が優れませんわ……今日はもうお休みしてはいかがでしょう」
っとそんな俺を心配したのか、ニナが気づいて、顔を寄せて、覗き込んで来る。
思わず吸い込まれそうな瞳にドキドキさせられながら、俺は首を横に振った。
「いや、大丈夫だ。多少疲れたぐらいでなんともない」
俺は頬に触れようとするニナの手を掴んだ。
ーーパンッ。
という乾いた音が響き、瞬時に俺は悟った。
「しまった」
「「ご主人様♡」」
気づいたらニナが2人になっていた。
ダメージを受けたら増えるので、なかなか扱いが面倒で困る。
俺の疲れは全然取れそうもない。
「「あぁ、ニナが2人に!これでは与えられる愛が2人分……与えていただける愛も二人分!なんと素晴らしい寵愛の奇跡!」」
「ていっ」
「あうっ」
増えたら丁寧に戻す。
蘇生すれば元に戻るのはとても便利でイイ。
「もう、いけずですわね」
「お前の推しが強すぎるんだよ」
「当然です。誰よりも大好きですから」
「…………効いたぜ」
愛という言葉の中にサラッとそうゆう言葉を流されるとやはり、童貞の青春男子の心臓に悪かった。
陰鬱とした気持ちを吹き飛ばしてくれる……彼女のそんなところがいつまでも嫌いになれないのだ。
いつか本当に彼女の愛で、この俺の心臓が止まるかもしれない。