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今日の天気  作者: RANPO
第四章 ~著・神無月世界~
9/15

著・神無月世界 その2

第四章 その1の続きです。

 私は考える。《天候》のことを。

 上から何かが降ってくることをそう言うのなら……新しい《天候》とは今までにないものが降ってくるということになる。

 私はまわりを見る。しぃちゃんが活気づけた我らが正義のチームは奮闘しているようだ。逃げ出す敵兵も見える。だが……

「僕はそこらの魔法使いとは違うんだよ!」

 ハイパーゴッドのなにがしさんがあっはっはと笑いながらこちらのメンバーを叩き伏せている。さっきから見ていると彼は相手を地面に叩きつけるという攻撃しかしていない。自分の手で触れたり触れなかったりだが、攻撃方向は一定に下というわけだ。

「まぁ……そういう《常識》を使っているんだろうな……」

「うおおおおおおっ!」

 勇ましく雄たけびをあげているのは女の子のしぃちゃんだ。勝又さんとの戦いで見せたワイヤーを張ってそこを走るという技で空中を駆けている。両の手には日本刀。

「……刀……剣が降ってくる《天候》ってのはどうだろうか……?」

 私はイメージする。剣の雨を。

「…………って、雨は私の管轄じゃないぞ……」

 剣の雨は《雨》のゴッドヘルパーのすること……あ、でも私は第三段階だから関係ないのかな?

 どんなにありえない《天候》も空が実現してくれる。……こういうめちゃくちゃなことでも出来るのだろうか?

「どうかな?」

 私が尋ねた相手は……私の中の空だ。

『ちょっとむりかなぁ。』

 空が困るのは初めてだが……当たり前か。

『あくまでわたしはてんこうのしすてむをつかっているだけだから。』

 うーん……そりゃそうだ。んじゃあ……どんな新《天候》を……

「……あ。」

 そこで私は思いだした。私が第三段階として目覚めたあの時、クリスによって地面に沈められた時のことを。

 確か私は初っ端に雷を放ってビルを消し炭にしたんじゃなかったか?あんな威力の雷、もはや新しい災害なんじゃ?

 ……いや、違うか。あれはただの「高威力の雷」だ。

「あれは……またできる?」

『できるよ。でもたてものをすみにしちゃうかみなりってむずかしいね。どれくらいのかみなりならすみになるのかしらないから。』

 ということは……あの時私が撃った雷がたまたまビルを消し炭にするぐらいの威力だったってことかな?

 …………なんか違ったような……?

「あの時私は……自分の持った力の大きさを感じた。だからあれ以上戦うのは無駄だと思ったから……クリスを……」

 そう、クリスに力を見せつけたかったんだ。私があの時望んだことは……「力を示す」ということだった。その手段として雷を使って……ビルを……

「……考え方が違う……?」

 『ビルを消し炭にするために雷を放ってそれを実現させる』ということと『すごい威力の雷を放つことでビルを消し炭にする』ということは似ているけど違う。

 前者の目的は『ビルを消し炭にする』ことだ。それに対して後者は『すごい威力の雷を放つ』ことだ。後者はその結果としてビルが消し炭になったってだけで……別に他の対象に放ってもいいわけだ。でも前者はビルを消し炭にするためだから……

「そうか……そうか!なんかわかってきたぞ!」

 雲の中で水蒸気が色んな理由で水滴になって降ってくることを雨と呼ぶんじゃなくて、水滴が降ってくることが雨なんだ。外を歩いている時に突然上から水滴が降ってきたら、例えそれが雲から来たものでなくても人は「雨かな?」と思う。それが雨であると認識するために雲の状況を調べる人はいない。

 そう、極端な話……飛行機にのって雲の下から水をばらまこうが、本当に雲から水滴が降ってこようが、下にいる人からすればどっちも雨だ。

 もっと言うなら、晴れた日の次の日、同じように晴れているのに路面が濡れていたりしたら「あれ?夜に雨がふったのかな?」と思う。この場合は濡れているだけで雨とされている。

 さっきも思ったことだ。上から氷が降ってくれば雪で電気が降ってくれば雷だ。

 《天候》とは結果を指すものなんだ。

 私がかつて消し炭にしたビルは……強いて言えば『ビルが消し炭』っていう《天候》だったわけだ。ただその手段として雷が使われたってだけなんだ。

 例えば……『相手が動けなくなる』っていう《天候》を起こしたいと思ったのなら、空は風や雨、雷、雪、お日様などあらゆる《天候》の要素を使ってそれを実現させるんだ。

『空』

『なに?』

「たぶんだけどね。ビルを消し炭にする雷を撃とうとすると空がその雷の威力を値として雷に与えなきゃいけないから難しいんだよ。単純に『ビルを消し炭』っていう《天候》を空がこっちの現実の空に命令すればそれをしてくれるんじゃないかな。」

『むずかしい……』

「過程じゃなくて結果を命令する。『やりかたは雷さんに任せるからあれを消し炭にして』って感じかな……」

 ……ん?言ってて気付いたが……これだと雷とか風に人格があることになるか……それぞれの大きさや規模を決めるのはあくまで空だ。結果が同じなら目的が違っても過程は同じか……

『……』

「あ……ごめん。たぶんこれじゃダメだ。こうじゃない……もっと違う方法が……」

『うん?そうなの?できるとおもうけど。』

「え?」

『だってじっさいにまえはできたんだしね。』

「そうだけど……」

『それに……うん、やっぱりできるよ。』

「だってさっきの考え方じゃ雷とかに人格が必要で……」

『ふふふ。はるかはいがいとまがぬけてるね。』

「?」

『わたしはそらがじんかくをもってできたそんざいなんだよ?』

 その言葉で私ははっとした。私が今会話しているのは……空。私が「《天候》とは空の表情なのだ」と思ったから生まれた存在。

『かんがえかたをかえてみたら?てんこうがわたしのひょうじょうとおもうんじゃなくてひとつのいしをもったいきものだって。』

「……それはできないよ。だって私が表情と思っているのは確かだし、心の底で思っていたからこそ空が生まれたんだよ……この考えを否定はできないし、もししたら空の存在が消えてしまうよ。」

『じゃあこういうのは?』

 この後に空が言った言葉……イメージが私をおっそろしいゴッドヘルパーにした。


 わたしは刀をふるう。己が正義を貫くために。

 なぜだろうか。妙にこころが軽い。変な言い方だがこれしか適当な言い回しが思いつかない。常日頃からわたしはわたしの正義を貫いて生きている。だが今は……なんと言うか、普段は自分一人の胸の内の覚悟にすぎないのに……世界がわたしにそれをしろと、後押しをしてくれているような感じだ。

つまり、わたしは過去最高に正義なのだ。

「正義の下に戦うわたしに敗北はなぁぁいっ!」

 迫りくる悪。多彩な力を使ってくる彼らには残念ながらコンビネーションというものがない。いくらすごい力を使おうとも、互いが互いを邪魔してしまうような動きではこの金属魔法の使い手、鎧鉄心は倒せない!

「にゃーはっはっは!」

 わたしは動きを止める。目の前の敵が道を開き、その道を一人の女が歩いてきたのだ。

「にゃっはっは。なかなかやるじゃにゃいか。」

「ふむ。見たところ……リーダー格の登場と言ったところかな?」

「その通り。ハイパーゴットの一角、アブソリュート・シュレディンガーにゃ!」

 ビシッといかしたポーズをとるシュレ……シュ……?

「ハイパーゴッド……もう一人いたのか。」

 まぁハイパーゴッドが一人しかいないというのはこちらをなめすぎとは思っていたが……

「それでも二人か。過小評価し過ぎの気がするぞ?」

「ふん。本来ならわっち一人でもいいくらいにゃ。」

 その女の不敵な笑みは確かな自身に満ちていた。

「わっちは……確率魔法の使い手にゃ!」

「確率だと!?」

 ……かくりつってなんだっけ?

「単純なこと、わっちがいれば『そっちが勝利する確率』をゼロにできるにゃ。」

 ああ……確かいろんなことの起きる可能性を数字で表した奴だ。

「……嘘だな。」

「にゃに!?」

 わたしが一体何種類の「悪者」を見てきたかわかっていないようだな。そしてそれに勝利するヒーローを何人見てきたか!

「それができるのなら……本当にこんな人数はいらない。こういう……えぇっと……たくさんの人……そう、集団の確率は操れないんだろう?せいぜい自分の確率だけなんじゃないか?」

「くっ!」

 女は悔しそうにしている。やっぱりな。だいたいパターンが決まっているのだ。あとから出てきて偉そうにしている奴は大抵弱い。自分を大きく見せているに過ぎないのだ。……まぁ、たまに例外もあるが。

「そ……そう言うお前も嘘の塊じゃにゃいか!」

「何がだ?」

「正義とか言っていたが……その武器はなんにゃ!それは人を殺せる道具じゃなにゃいか!この人殺しめ!この戦いで何人―――」

「あっはっは。見くびってもらっては困るな。わたしの刀はな、折れることも刃こぼれもせず、常に最高の切れ味を保つと共に、殺生をしないという性質がわたしの力によってついているのだよ。」

 わたしは刀を女に向けた。

「これはわたしの正義を貫くために存在している。わたしの正義に反することはしない!さぁ、そなたも大人しくここで負けるがいい!」

「にゃっはっは!確かにわっちは大きな確率を操ることはできにゃいが……自分のことは自由自在にゃ!」

 女は手を挙げて高らかに宣言する。

「『わっちがお前に負ける確率』はゼロにゃ!」

 特に変化はない。女の身体が光ったりしたわけでもないが……恐らく今の魔法は実行されたのだろう。

「これでおまえがわっちに勝つことはありえにゃいにゃ!おまえはわっちに傷一つつけられにゃい!」

「……試してみようか?」

 わたしは刀を構えた。女は余裕な表情で腕を組み、にやりと笑う。防御する必要などないと言っているようだ。

「いざっ!」

 わたしは刃を走らせる。刃先が女の右肩に触れ……ななめに一閃。

「愚かな。」

 刀を鞘にしまう。その瞬間、女の服が、皮膚が斬れ、鮮血が吹き出した。

 もちろん致命傷ではない。動けなくなる程度だ。

「んにゃぁ!?そんにゃバカにゃー!」

 女は倒れる。女もそのまわりの奴らも皆、信じられないという顔だ。

「な……なんで……」

「……中学生の時、国語の時間に先生がこんな話をした。」

 わたしは勉強で他人に勝ったことはないが……その時だけは「みんなバカだなぁ」と思ったことを覚えている。

「とある商人の話だ。どんなものも貫く矛とどんなものでも防ぐ盾を売るその商人に一人の客が言ったそうだ。『その矛でその盾を突いたらどうなる?』と。この疑問にクラスのみんなが頭を抱えていたよ。だが、わたしからすれば単純なことだ。」

 女は意味がわからないという顔をしている。

「矛を操る者の技量が盾を操る者より上なら矛が、逆なら盾が勝つ。一人の人間が片手に矛、片手に盾を持ってやったとしたら、矛と盾……それぞれの構造上もっとも最適な突き方、防ぎ方を偶然でもした方が勝つ。」

「……互いに最適にやったらどうなるにゃ。」

「利き腕で持った方が勝つ。引き分けなんてものがあるのはスポーツやゲームだけだ。」

 わたしはまだ戦っている仲間の方へ歩き出す。

「君は確率という最強の盾を持った素人。そしてわたしは剣術の心得を持っており、わたしの刀に斬れないものはない。」

「くっ……だけど、こちらにはまだハイパーゴッドが……!」

「ああ……あれのことか?」

 わたしが指差した先にいるのは……

「おぇえええぇぇ……」

 地面に四つん這いになって吐しゃ物を撒き散らしているハイパーゴッド、デッドメイカー・マイケルと……

「汚いなぁ……」

 右手に水晶―――いや、あれはクリスとの戦いでわたしをコンクリートの底なし沼から救った青い球体―――を持って嫌な顔をしている晴香だった。

「く……くそぅ……この僕が……こんなおえぇぇええ……」

「あれだけグルグル回ればね……どうする?降参する?」

「ま、まだどうぅわっ!」

 口から何やら汚いものを垂らしながらも勇ましく立ちあがったデッドメイカー・マイケルは突然バク転をはじめる。いや……あれはバク転というか……空中でグルングルン回転しているって言った方がいいか。縦横グルングルンと、竜巻の中にいるみたいだ。

「こんのおおおぉぉっ!」

 デッドメイカー・マイケルは回転しつつも地面に狙いを定め、魔法を放つ。デッドメイカー・マイケルの真下の地面が陥没し、回転は止まる。

「くらえ!圧殺魔法、ダウンバースト!」

 次の瞬間、晴香の頭上の空気が歪み、魔法が晴香に放たれた。

 ズドォオッ!

「晴香!?」

 すさまじい砂煙。それだけ大きく地面が削られたということだ。

 まずい!晴香は自分自身を強化する術を持っていな―――

「危ないなぁ……」

 わたしが魔法が落ちた場所を見ながら名前を叫んでいると隣から晴香の声がした。んん?

 あの至近距離で放たれた攻撃をかわした!?天候の魔法はそんなことができたのか!?

「くっそ!また外れたか!なんで当たらない!」

 デッドメイカー・マイケルは晴香を睨みつける。どうやら全ての攻撃をかわしているらしい。

「なんでって……そういう天気だからね。」

 そう言うと晴香は右手の青い球体を上に挙げ、こう言った。


「今日の天気は……『敵が動けなくなる』でしょう。」


 瞬間、デッドメイカー・マイケルの動きが止まる。プルプル震えているところを見るとそれなりの力で動こうとしているようなのだが……ピクリとも動かない。


「その後、『敵が気絶する』でしょう。」


 晴香の言葉に応えるように、デッドメイカー・マイケルの頭上に黒い雲が一瞬で出現し、そこから一筋の光が放たれた。

「あばっ!?」

 戦隊物の悪役でもしないぞ、という声を発してデッドメイカー・マイケルはその場に倒れた。

「……雷……か。」

「ああ、しぃちゃん。そっちは片付いたんですか?」

 何食わぬ顔ですごいことをやった我らがリーダーはこれまた何食わぬ顔でそう尋ねたのだった。



 よくわからないことが多いっす。重力方向の変更、急停止・急カーブが可能な高速移動、空気の圧縮……そこまでは《方向》という予想が当てはまるっす。でも、空間を把握しているあっしに気付かせない攻撃、痛みの繰り返し、そしてなにより……死なない。

 あっしの予想では説明ができない現象の数々。

「……でも……」

 あっしはディグを睨みつけるっす。ディグの顔には余裕があるっすね……まったく、あっしはわけがわからなくてテンテコマイだというのに。

「やってみないとわからないっすからね!」

 あっしは空間の亀裂を放つっす。空間を把握しているあっしにしか認識することが不可能な最強の斬撃。その斬撃の間をジグザグと丁寧に抜けながらあっしに迫るディグ。その両の拳には圧縮空気。

「空気よ!」

 あっしの一言でディグの拳から空気が消えるっす。だがそれを気にせずに高速で殴りかかるディグ。空気がなくなれば壁を抜けることは不可能。つまり、単に堅い壁に拳を叩きつけて自滅するだけっす!

「空間の壁!」

 あっしは両手を前に出して壁を出―――

「!?」

 壁が出ない!?

「もらいました。」

 迫る拳。あっしはとっさに叫ぶっす。

「方向、変わるっす!」

 言った直後、ディグの腕が変な所で折れ曲がり、ディグはあっしから逸れて後ろの地面に激突したっす。

「……」

 ……効果があったということは《方向》でもないということっすか……まぁ、この場合は効果があってよかったと言うべきっすか……

 後ろに飛んで行ったディグを見ようと身体を後ろに向けると、そこには信じられないものがあったっす。

「!?空間の壁!?なんであっしの後ろに―――」

 まさか……さっきのは出現しなかったんじゃなくて……出る場所が違っただけっすか……?いや、それでもおかしいっす。なんで前に出したはずの壁がうしろに?

「なるほど。《方向》ですか。」

 瓦礫の中から出てきたディグは、服は汚れているものの、折れたはずの腕は治ってるっす。

「そうですね……惜しいと言っておきましょう。」

「惜しい?」

「ほら、《方向》って基本的に矢印で示すでしょう?上、下、右、左、前、後ろ。全て矢印で示せます。自分の《常識》も矢印で示すことができるものなんですよ。」

 ……《方向》以外に矢印で表すようなものなんて……あるんすか?

「そしてもう一言、残念ですよ?」

「何がっすか?」

「折角この空間……場でしたね、ここを支配しているというのに自分がびっくりするような攻撃が今のところ出ていません。あのお二人も言っていましたが……全てを支配できると、逆に選択肢が多くて使いこなせないのでは?」

 ……そういえばさっきから気になるっすね……あっしの力の使い方を予想したらしい二人。

「その二人ってのは……誰なんすか?いい加減気になってきたっす。」

「あなたもご存じの二人です。」

 そう言うとディグはポケットからまた紙切れを取り出す。

「えぇっと……お名前は……雨上晴香さんと音切勇也さんですね。」

 !?……《天候》と《音》!?

「自分が出会ったのは本当に偶然ですけどね。あえて言えば神のお導きでしょうか。」

 ディグは少し楽しそうに話すっす。

「日本の文化を見てまわり、夕食を食べに入った中華料理のお店でばったりと。自分の力でもないというのにあの想像力……特に雨上晴香さんはすごいです。あなたの攻撃のほとんど予測しています。今はまだあなたや自分が立つステージに並び立つ力はありませんが……化けるかもしれませんね。考え方一つで変わるのが我々ですので。」

「そうっすか……その二人もよくこんな怪しいカッコの奴と会話したっすね。」

 神父さんが中華料理屋で食事。ギャグにしか見えないっす。

「いえ、その時は……街の若者が来ているような服装でしたよ。」

「は?」

「この服を着て歩いていたところ、小さな女の子……いえ、あの場合は淑女ですかね。その人がアドバイスしてくれたのですよ。『街をありゅくなら違う服の方がいいにょよ』って。」

 !……そのしゃべり方は……

「なるほど……そういうことっすか。」

 こんなにあっしが苦戦しているのはあれのせいっすか。さすが《時間》……未来の改変方法も知っているということっすか。


 オレは下で戦う二人のゴッドヘルパーを眺めている。ともにオレが最強だと思うゴッドヘルパーだ。鴉間もディグもまだ全力じゃない。切り札としてディグを投入したにはしたが……絶対に勝てるとは思っていない。少なくとも、一対一の構図では。

「……お前も参加するか?この最強決定戦に。」

 オレがいるのは建物の屋上。そこにはオレしかいないはずだったんだが……いつの間にかそいつはオレの横に立って下を見ていた。

「久しぶりだな、メリー。」

 ガキの姿をしたその女、メリーはオレの方を見ようとはせずに話しかける。

「しゅごいやちゅを見つけたにょね、サマエル。」

 聞き取りにくい発音でしゃべるメリーを横目で見ながらオレは呟く。

「お前とオレが会うのはこれが三回目だが……お前にとっては何回目なんだ?」

「どーゆーことかにゃ。」

「少なくとも……オレがお前に初めてあった時、つまり一回目の出会いはお前にとっては二回目だったんだろう?そしてオレにとっての二回目がお前にとっての一回目。ややこしいなぁ?タイムトラベラーは。」

「ちゃんと忠告を聞くにゃんて……ちょっとびっくりだよ。」

「あの時のオレはゴッドヘルパーの力で神を殺すっていう作戦を考えたばかりの頃だったからな。そんな時に《時間》が現れてこう言った……『お前はいずれ強大な戦力を手に入れる。だけどそれはお前の敵にまわることになる。対策を打っておくのね。』ってな。」

 オレはメリーの方に身体を向ける。

「……鴉間がお前らの障害になるからオレに対策を打たせるってのはどうなんだ?お前ならあいつが赤ん坊の頃に……いや、母親を殺すでもいい。方法はいくらでもあっただろう?」

「それじゃあ鴉間がお前にょ傘下にはいりゃないでしょ。鴉間がいたからこそお前の作戦はこの速度で進んだにょよ?自覚しているゴッドヘルパーを増やすっていうにょはあちゃしたちもしたい事だけど……それなりに大変だかりゃ……お前にやってもらわにゃいとね。」

「……前にバトった時は正直びびったぜ?助言をくれたやつが突然現れてオレを倒そうとするんだからな。オレは一回目の出会いからお前を探し続けていたんだぞ?」

「……あのゴッドヘルパーは勝てゆの?」

「わからんな。少なくともオレは勝てない。というか……お前はもう結果を知ってるんじゃないのか?」

「あちゃしが知ってるのは『今現在の未来』。『改変後の未来』を知るには『今現在』が十分な『過去』にならないとでゃめなにょ。」

「ほう……つまりこの戦いの行く末は不明と。」

「……本来なりゃ、鴉間の独壇場で世界はあいつのものになっていちゃ。でもお前が頑張って対策を打って……現在になった。それを無駄にしにゃいためにあちゃしはここにいりゅのよ。」

 そう言った瞬間に……まるで今までそこにメリーはいなかったとでも言うかのようにメリーは消えた。

「……《空間》対《時間》か……」

 下を見ると鴉間とディグの間にメリーが立っていた。

「うわさをすればってやつっすか?まったく。」

「おひさしぶりにゃにょよ。」

「おや、あなたは自分にアドバイスをくれた……」

 ……頂上決戦もいいところだ。

「……ここであの二人が鴉間に勝てなかった場合、オレがあいつを……」

 いや、無理だな。あの二人を倒した時点でオレは勝てない。

 神に挑むために集めた神に等しい力を持つ存在、ゴッドヘルパー。神に勝てないオレがゴッドヘルパーに勝てる道理が無い。例え《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーであろうとも……オレが第三段階でない限り無理だ。

 仮に、《常識》のゴッドヘルパーの力を手に入れても……そこに入っているのは神を倒すための力であって万能の力じゃない。つまり、オレが鴉間に勝つにはオレが神を殺して神になるしかないわけだ。

「…………ああ……そういえば……」

 いるか、鴉間に勝てる恐ろしい存在が。

 ルシフェル様と《天候》のコンビ。

「よく考えたら……あれ以上に強いコンビはいない気がするな……」

 ルシフェル様がいる時点で負けは無いしな……


「ということは……あなたは自分の味方ですか?」

「一時的ににゃにょよ。あちゃしの味方は四人だけ。それ以外は共闘の人員よ。」

「……メリー?あなたは何の目的でここに来たんすか?」

 ディグに説明をするメリーはディグの横に立ち、鴉間に身体を向ける。

「あちゃしの……あちゃしたちの目的の達成のためにはサマエルを利用することが必要にゃにょよ。サマエルが神を倒した後にどんな世界を作るかは知らにゃいけど、過程はちゅかえりゅの。もしもサマエルの作る世界があちゃしたちの目的とはんしゅるならサマエルを倒す。」

 そこでメリーは肩をすくめる。

「サマエルにゃりゃ……なんとか倒せるの。でもね、あにゃたは倒せないにょよ、少なくともあちゃしらだけじゃ。だからサマエルに策を打たせてこの神父さんを用意させたにょ。これで確実ってわけじゃにゃいけど……あちゃしだけでやるよりは勝率が上がるでしょう?」

 オレを倒せる……か。最強クラスの力の使い手だしな、ありえる。しかし……オレを利用して鴉間を倒す戦力を手に入れるとはな……恐ろしい奴だ。

「これじゃ……あっしも本気を出さざるをえないっすね。サマエル様に力を知られるのは《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーの力的にまずいんすけど……」

 鴉間はなんでオレのことをサマエル様と呼ぶんだか……バカにしてやがる。

 だがまぁ……あいつの本気が見れるのなら……対策を打てるチャンスってやつか。この戦いは最後まで見ていくとしよう。

 鴉間はこちらをちらりと見た後、サングラスに手をのばす。

「今までのあっしは第二段階……でもこれからは第三段階っす。」

 そして、サングラスをとった。

 視覚的には変化がない。だが《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーであるオレには鴉間の支配領域がとんでもない速度で広がるのがわかる。

 こいつ……場の支配を全世界に広めやがった。

 全世界……それはつまり……完全完璧に全てのゴッドヘルパーの力を手にしたということだ。場の中ではあいつは全てを支配する。だが、本家本元のゴッドヘルパーを前にするとそいつの管理する《常識》だけ完全支配ができない。それはあいつが一定空間しか支配していなかったからだ。それが全世界に及んだということは……

「これで……あっしの支配の上を行くことは敵わなくなったす。今のあっしは《時間》も完璧に操れるっす。仮にメリーとあっしが同時に《時間》に働きかけたら……おそらくどちらの願いもかなえられるっす。勝敗をわけるのは……戦略と技術っす!」

 直後、鴉間がさっきまで広げていた『場』が爆発した。まわりの建物は強烈な爆風で木端微塵になり、すべてが塵と化した。

「あぶねーだろ、バーカ!」

 見ると立ちこめる粉塵の中から巨大な鳥が出てきた。その上にはチョアンとルネットがいる。どうやらディグの仕掛けた攻撃を鴉間がキャンセルしたらしい。

「できるだけ遠くにいるっす……巻き込まれたくなければ。」

 鴉間のそんなセリフが聞こえたと思ったら粉塵が一気に晴れた。

 鴉間が立ち、その前にディグとメリーが立っている。当然のように二人とも無傷。

「……意味がわからないっすね?その《常識》でなんで死なないなんてことが?」

 鴉間が眉をひそめる。……どうやらディグの力がわかったらしい。全世界を支配したんだからな……当然と言えば当然。

「んん?にゃんだ、今まで知りゃにゃかったにょ?場の支配だっけ?それをしたのなら《記憶》でもなんでも使ってわかりしょうにゃにょに。」

「扱えるレベルが違うんすよ。さっきの場の支配じゃあ全ての力を使えると言ってもせいぜい『第二段階・初級者』程度のことしかできないっす。でも今は……『第二段階・中級者』。」

「上級者はないんですか?」

「そこに至るにはやっぱり力を使いこまないといけないんすよ。システムが全部で何個あると思ってるんすか?それを全部上級者クラスにするのは時間がかかるっす。」

「《時間》も操れるのに?この状態にゃらあにゃたは不老不死もいいとこじゃにゃい。」

「…………この状態は……第三段階状態は長く続けたくないんすよ……」

 鴉間の顔が少し曇る。


 全世界を支配する……?確かあいつを見つけたのはあいつがガキの時……あいつが第二段階になったのはそれよりも前ってことになる。ということは……

「……あいつがオレを裏切った理由ってのはまさか……」


「というか……今、あっしを不老不死って言ったっすね。もう負けを認めたんすか?」

「不老不死もいいとこって言ったにょよ。殺せば死ぬでしょう?」

「あっしが『あっしが死なない空間』という設定を空間に施したら?」

「それが出来るのならとっくにやってゆにょよ。なんの原理もにゃい概念、空想。そんにゃことを実現させることの難しさは知ってるはず。特に《空間》なんていうもっともイメージし難いもにょならね。」

 ……確かに。もしそんなことができるのなら場の支配をやった時点であいつは無敵だったはず。

 ただの設定。ただの後付け。『一撃で敵を殺す炎』とか、『不老不死になる水』なんてことは実現がとんでもなく難しい。例え第三段階でもだ。

……まぁ……《金属》はそれを可能にしてしまっているがな。

 基本的に、そういうのはある程度の原理が必要となる。それが現実のものであれ、脳内だけの現象であれ。

「お二人ほどの使い手っすもんね……そういうことは熟知してるっすか。ならまぁ……全力ガチンコ勝負ってことで。」

鴉間が指を鳴らす。ディグとメリーが立っているあたりに高重力がかかる。

グシャッ!

 メリーはいつの間にか鴉間の背後にまわっている。その手には鎖に繋がれた懐中時計。

 ディグは……潰れて肉塊となっている。だがすぐに再生する。潰れた肉は腐敗し、骨は塵となり、その場には何も無くなるのだが瞬きするとそこにはぴんぴんしているディグがいる。

 何度見てもあいつの復活の仕方は意味不明だ。

 メリーが腕をふる。それに連動して懐中時計がふりまわされ、鴉間の方へ向かう。こころなしか淡く光っているその懐中時計は鴉間にぶつかる手前でその軌道を急激に変えた。いや、変えられたか。だがあらぬ方向へ向かう懐中時計は一瞬で元の軌道に戻り……鴉間の腕に直撃した。

「おわっ。」

 直撃を受けた鴉間は驚きながら一歩後ずさる。

 速度はたいしたことない。だから衝撃だけで言えば誰かとすれ違った時に肩がぶつかる程度の威力しかない。だが懐中時計の直撃を受けた鴉間の腕はその部分だけが……いや、そこから広がり、結果肘より下の部分が……ミイラになっていた。

「……なんすかこれは……」

 鴉間が手をかざすとその部分はみるみる生気を取り戻し、普通の腕に戻った。

「あっしの腕の時間だけを……一気に進めたんすか。なるほど。」

「顔面を狙っておけばよかっちゃ。」

 メリーは懐中時計をふりこのようにぶらぶらさせながらため息をつく。

「……というかあっしとしてはそれよりも前の現象が驚きなんすがね。あっしは確かにその時計の軌道を変えたはずなんすが?」

「変えられてしまっちゃのにゃら変えられる前の状態に戻しぇばいいだけだよ。」

「あんな一瞬の出来事を、しかもその時計だけの《時間》を操るとは……伊達に百年その力を使ってないっすね。あっしにはできなさそうっす。」

「でしょーね。そりぇに……あにゃたは《時間》をちゅかいなれていにゃいでしょ?いくら《空間》の力で全ての力をちゅかえても、そんな全力を出すようにゃ相手はなかなかいにゃかったはず。そもそも《空間》だけで脅威にゃんだから。」

 出来ることと使えることは違う。全ゴッドヘルパーの力を手にし、その力で第二段階中級者並のことができようとも、それをうまく使いこなすかどうかは鴉間次第だ。

「ひとちゅ忠告してあげゆ。『自分以外の時間停止』はやらない方がいいよ。」

「ほう?なんでっすかねぇ?」

「……やってみればわかりゅけど……あちゃしに攻撃のチャンスを与えるだけだよ。」

「別にやらなくてもいいんす。あっしはあなたの頭を覗けるっすから。」

 鴉間は片手をメリーの方に向けた。そして……驚愕した。

「……覗けない?……」

「《情報屋》に《記憶》の概念を聞いておいてよかっちゃにょよ。思考とは短期記憶にゃにょ。言ってしまえば過去の出来事。あにゃたがしているのは……過去を覗くというこちょにゃにょよ。……《時間》のゴッドヘルパーであるあちゃしがそれをさせるとでも?」

「時間の壁……とでも表現するっすかね。なるほど……あなたの頭は覗けないみたいっすね。」

 鴉間はふぅと息をはいた。そして、

「なら……やってみるっす。」


「時よ、止まるっす。」


 ……静寂。戦いの余波で崩れていた建物の崩壊が止まる。もやのようにかかっていた砂ぼこりが止まる。何人かいた野次馬も止まる。メリーと鴉間のいる方へテクテクと歩いていたディグが止まる。

 全てが死んだかのような世界。そんな表現がぴったりだろう。

 ちなみにオレにはゴッドヘルパーの力による現象が効かないので動ける……と思ったが……こりゃ動けないな。しかも肉眼じゃ何も見えない。こっちの眼じゃないと見えやしない。なるほどな……確かに、言われてみれば当たり前だ。自分以外の時間停止とはつまり……こういうことだ。

「…………!?」

 鴉間も気付いたようだな。時間を止めた本人も身動きがとれないとは傑作だ。この世界で唯一動いているのは……《時間》のプロ、メリーだけだった。

 メリーは懐中時計をぶんぶんまわしながら鴉間に近づく。だが……そこは《空間》か。身動きがとれず、何も見えず、何も聞こえずの世界であろうと、あいつは感じ取れる。

 次の瞬間、時は停止をやめた。

「っつ!」

 間近に迫っていたメリーの懐中時計を紙一重でかわし、瞬間移動で距離をとった鴉間は肩で息をしていた。

「ど……どういうことっすか……」

「驚いてばっかりだね。あにゃた以外の時間を止めたんだから……あにゃたじゃない空気や光だって止まるでしょ?空気はただの壁となり、光は進むのをやめる。動けるわけがにゃいし、何かを見れるわけがにゃい。」

「……言われてみればっすね。というかそれ以前になんであなたは動いてるんすか……」

「《時間》を操るんだもの、自分だけの基準時間をもってゆのは当然でしょ?」

 メリーが懐中時計を指差す。

 時間を操る存在にとって大事なのはもとの時間に戻ることだ。そのために、時間を操作しても干渉を受けないようにした基準となる時間が必要になる。メリーにとってはそれがあの懐中時計なわけか。絶対的な基準時間を持つ者はまわりの時間がどのように変化しようともその影響を受けることはない。確かとんでもなく正確な体内時計を持つ者には時間操作が効きにくいはずだ。

「わざわざグリニッジ天文台にまで行ってこの日のためにこの時計を調整しちゃんだかりゃ。すくなくともこにょ戦いの最中は狂わにゃいよ。」

 世界の時間基準の一つ、グリニッジ天文台。確かイギリスのロンドンにある……ん?まさか……

「おかげで変にゃやつに見ちゅかってめんどくさい事に……」

 それを聞いた鴉間が何かを思い出したかのように呟く。

「ということは……《物理》を殺したのはあなたっすか?」

「《物理》?さぁ……相手が力をちゅかうまえに殺しちゃったかりゃ。」

「あっはっは。これじゃどっちが悪者なんだか……というかこの場合はどっちが正義でどっちが悪者なんすかね?」

「知りゃない。あちゃしはあちゃしの目的が達成できればそれでいい。」

「あのー。」

 鴉間とメリーが話しているところにディグが割り込む。メリーが来てからまったく目立ってない。

「二人して時間を使わないで欲しいんですが……自分がまったく動けないです。」

「……いいじゃないっすか。動けなくして殺したところで死なないんすから。」

 そこでやっとディグに質問する気になったのか、鴉間は腰に手をあてて呟く。


「意味わからないっすよね?《回転》のゴッドヘルパー?」


 ディグがため息をつく。

「自分としては戦いの中でヒントを集めて「そうか!わかったぞ!」みたいな感じに暴かれて欲しかったですね……」

「あなたの頭は覗けるっす。……なるほど、《回転》を要素で捉えてるんすね。それであんなことができるんすか……」

 ディグは《回転》という現象を回転軸、半径、角速度で考えている。要は位置と距離と速さだ。

 この星に立っている時点でそいつはすでに自転という回転に関わっていることになる。そいつとこの星の回転軸の関係をずらすことで重力方向を操る。

 高速のジグザグ移動は単に曲がる時に驚異的な角速度、つまりは曲がる速度を発揮しているだけ。また、回転と聞くとその軌道を曲線と考えがちだが……そもそもこの星に立って見ている地面だって平らに見えて実は曲線だ。星が丸いんだから。でかすぎる半径を持つ回転は直線運動に見えるわけだ。よってディグは高速移動を実現させることができる。

 竜巻は風を回転させればいい。圧縮空気は回転させながら徐々に半径を小さくすればいい。

「物理的な現象はともかくとして……それ以外が意味不明っすね。痛みを繰り返したり死ななかったり。あっしの攻撃をよけたり、あっしに悟らせない攻撃を放ったり。頭を覗いても……なんか漠然とし過ぎていて理解できないっす。」

「見ただけで理解出来たら苦労はしませんよ。」

 ディグは首から下げている宗教の象徴の一つをとってこう言った。

「自分は、少なくとも前者を理解するのに一世紀はかけているので。」

 さて……また語られるわけか。ディグの不可思議な力の理由。それを得るためにディグがかけた時間……一般人には理解できない思想。

 一言で言えば……ディグは世界を救おうとしている。

 ディグの穏やかな表情が真剣なものとなる。

「自分は生まれてから今まで、ありとあらゆる宗教に身を投じてきました。人々を救う方法を求めて。中には一生をかけてやっと教えを理解できるようなものもありましたからね……時間がかかりましたが……そのおかげで自分は理解したのです。」

 ディグは両腕を広げ、声を大きくする。

「今現在、神として崇められているあらゆる存在に我々を救う力はない。我々が救われるには新しい世界が必要なのですよ。新しい世界のルールが。」

 初めて会った時、ディグは天使や神をただの飾りと言った。気取っているだけで眺めることしか出来ない存在だと。

 死後、素晴らしい世界に行く。修行を積んで悟りを開く。そんなものが何になるのか。ディグの言う救いとは幸せな毎日のことだ。ディグが求めるのは長い年月をかけてやっと手に入るようなものや死後の世界に望みをたくすような教えではない。今すぐに世界に幸せをふりまけるような……そんな都合のいい教えだ。

 都合のいい教え。オレがそう言ったとき、ディグは言った。『何かをかけたり、失ったりしないと手に入らない幸せとはつまり選ばれた者しか手にすることのできない幸せです。自分は全てを救いたいのです。』と。

 今のまま……つまり、今現在神と呼ばれている存在が神である限り、世界は救われない。この世界が生まれてから多くの「教えを説く人間」が出現したが、そのどれでもディグの欲しい救いは手に入らない。これだけ多くの時間をかけたのに一つもないということはつまりこの世界では無理なのだと……ディグは思ったのだ。

 だからディグはオレに言った。神になれと。今の神やそれに従うものではこの世界は救えない。だからそれに反する考えを持つオレのような存在が神になれば何か変わるかもしれないと。

 オレがなっても何も変わらなかったら?と聞くと……ディグは何食わぬ顔で言った。


『その時はまた違う存在を神にする。あらゆる可能性を試し、全ての確率が失われた時は自分が神になる。それでもダメだった時、自分は初めて絶望するのです。』


「輪廻転生をご存知で?」

「ちゃしか……死んだ後に別の生き物になって生まれるってやちゅ?」

「ええ。前世の記憶を失い、また生きてゆく。ある宗教ではこれを苦痛と考えていましてね、そこから抜け出て真なる世界、苦しみなんて一つもない世界に行くことこそが救いと考えているのです。」

「……それがなんなんすか。」

「自分はそこに自分を縛りつけました。輪廻転生における救い、真の世界を自分の理想世界と定義したのです。」

 メリーも鴉間もよくわからないという表情だ。

「ちゅまり……どーゆーこちょ?」

「今は『真の救いのある世界』が存在していませんので輪廻転生は確実に起きてしまいます。しかしそんな世界があるのなら、自分が死んだ時にその世界に行く資格があるかどうかの審議が行われるはずです。つまり、今の輪廻転生とは違うルートを通るはずなのです。違うルートを通った瞬間、自分の理想世界が出現したことを自分は知ることができ、そこで初めて具体的な救いを探ることが出来るのです。」

 つまり、今はディグの求める世界がどこにもないから輪廻転生をしてこっちの世界に戻ってしまう。だが、その世界が出現すると輪廻転生が起きずにその世界へ旅立つというパターンが生まれるわけだ。ディグはそれを理想世界出現の合図とし、その合図を得たのなら、その世界に行く方法を探って人々に教えようとしているのだ。

 そして、ここまで聞くと一つの疑問が生じる。

「それ……あなたが輪廻転生で確実にこっちに戻ってくるってことが前提っすよね?」


「死んで、生まれ、死んで、生まれ……死ぬというポイントと生まれるというポイントをつなぐ道をグルグルとまわる……これは《回転》ですよね?」


 鴉間とメリーが驚愕する。無理もない。ディグの言っているのはただの思想、何の実感も根拠もないような空想をゴッドヘルパーの力で実現させているということなのだから。

「輪廻転生における回転の軌道を把握し、そこに別の道ができた時、自分は救いを求めて動き出すのですよ。」

 死と生の回転を実現させたゴッドヘルパー。だからディグは死んだ時に「死に至った傷を治す」とか「時間を戻す」ということを必要としない。ただ死んだということ受け入れ、道を辿り、生のポイントへ進めばいいだけなのだ。

 ディグが完全な死を迎える可能性があるのは……ディグの求める『真の救いのある世界』が実現したときだけ。つまり……少なくとも、今の世界でこいつは殺せない。

「そ……そんなバカなことができるわけがないっす!第一、本当に輪廻転生しているのなら……さっきあなたが言ったように、記憶が無くなっているはずっす!それ以前に人になるかも怪しいし……なんで死んだのに《回転》のシステムがあなたについたままなんすか!」

 ゴッドヘルパーが死ぬとシステムはそこから離れ、別のゴッドヘルパーをランダムに選ぶ。そういう仕組みだ。

「それは……自分にもよくわかりません。以前、サマエル様から説明を受けましたが……複雑でして。確か矛盾がどうとか。」

 前例のない難しい現象だが理由はある。

 ディグは輪廻転生を《回転》のゴッドヘルパーとして定義した。だから輪廻転生はディグに対して確実に起きる。だが輪廻転生はそもそも死んだ時に起きる現象だ。そしてシステムは死んだ時にゴッドヘルパーから離れる。この時、どちらが優先されるのかという話なわけだが……システムの存在理由を考えると答えは出る。

 システムはその時代を生きる生き物から情報を収集し、その時代のニーズに合わせて《常識》を調整していくものだ。であるなら、ゴッドヘルパーから得た情報を優先するのは当然。よって輪廻転生が起きる。だがここでまた問題が生じる。

 輪廻転生を定義したのは誰か。それはディグだ。だから少なくとも、輪廻転生が発動して終わるまでの間はディグがゴッドヘルパーである必要がある。具体的な定義内容はディグの頭の中だからだ。

 輪廻転生のスタートは死ぬことでゴールは生まれること。だから生まれたときもディグがディグである必要がある。つまり……生まれた時、ディグの記憶が無い状態じゃ輪廻転生が完全に終わらない。だから記憶を失わないのだ。

 そして、記憶を失わないということは脳がそのままということ。大きさや種類が変わってしまってはそもそもディグが輪廻転生という考えを定義することになった経験や知識が失われてしまう。だからそのまま。となると輪廻転生後の身体は人である必要があり、死んだ時のディグと同等の成長をしている必要がある。そこまで来てしまったら……もともとの身体を再利用する方が早い。

 かくしてディグは死んだ時と変わらぬ姿で輪廻転生するわけだ。

「まぁなんにせよ、あなたは自分に勝てないのです。勝利条件がないのですから。」

「……はぁ……」

 鴉間は深々とため息をつく。

「あっしの敵は……《時間》のエキスパートである百歳のおばあちゃんと死なない二千歳のおじいちゃんすか。まったく……」

 三人の中で唯一見た目通りの年齢の鴉間はその目を鋭くさせ、両手を広げる。

「あっしはヘルパーさんじゃないっすよ!」

 ゴッドヘルパーではあるがな。

 鴉間によって一度に複数の《常識》が操作される。鴉間の両サイドにエネルギーの塊が出現し、そこから極太のビームが放たれた。ビームはまわりの瓦礫や地面はもちろんのこと、空気さえも巻き込み、削り取りながらディグとメリーに迫る。

 時間が止まる。メリーは時間の止まったビームをよけて鴉間の方に走り、懐中時計を振りかざす。鴉間がそれを防ぐための壁を出現させる。もちろん、この間ディグは動いていない。というか動けない。ディグからすればいつの間にかメリーが移動し、鴉間が防御姿勢に入っているように見えるわけだ。

「空気や光の時間は止めずにまわりを停止させる……さすがっすね!」

「あなたが時間を操る力を持っていなければそれに気付くことなく殺せるにょにね!」

 壁に跳ね返る懐中時計。すかさず鴉間が斬撃を放つがメリーがその時間を止め、止まった斬撃を足場にしてさらに襲いかかる。

 これではディグの出番がないな。そう思っていると……さすがな現象が起きた。

「!?時間が動き出しちゃにょ!?」

 止まっていた時間はいつの間にか動いていた。

「だから……二人して時間を使わないでくださいよ。」

 ディグがのろのろと歩いている。ちなみにビームはよけている。

「なんで……」

「いえ、別に自分は時間の停止をキャンセルしたわけではないですよ。よく見てください。」

 まわりを見ると、そこには先ほど鴉間が広げていた……まわりよりも一段階色が落ちた『場』が広がっていた。

「!?あっしは何もしていないっすよ!なんで『場』が……」

「自分は先ほどのあなたの場の支配というものから空間というものを学びましたので。この空間の中の時計を回転させているのですよ……」

 ……まわりよりも一段階色が落ちている空間というのがまずかった。前に空間の亀裂をあいつが使ったのも同じ理由だが……ディグは基本的に何でも回転させることができる。対象物を認識出来れば。空間なんていう見えないし触れないものにわざわざ形や色を与えたのは鴉間だ。鴉間が行ったいくつかの空間攻撃でディグは空間というものを理解したわけだ。よって、ディグは空間を回転させることができるようになった。

 特定の空間を回転させる。それは中にいる者をディグの支配する《回転》というものの中に入れることに等しい。これによってメリーのしている時間停止から一部の空間を部分的に切り取ることができる。あとはその空間内の時間をもとに戻せばいい。

 時計なんて……回転というイメージの最たるものだからな……輪廻転生すら実現できるゴッドヘルパーがその程度のイメージを実現できないわけがない。止まってしまった長針、短針を自分で回転させているだけだ。

「また概念的な……理解できないっすね!」

 空間の亀裂が飛ぶ。だがそれをかわすディグ。

「それも回転の力っすか!」

「……鴉間……あにゃたまさか気付いてにゃいの?」

 メリーがバカなものを見るように鴉間を見た。

「あなた……自分で外したにょよ?」

 その言葉に鴉間は動きを止めた。

 そう、別にディグは避けていない。空間を認識できるようになった今でも見えないものは見えない。だから避けれるはずはない。

 攻撃は基本的に敵に向かって放つもの。ならば、敵に向かって攻撃しているその人物の位置をちょこっとずらすだけで攻撃は自動的に外れる。

 ディグは軸の操作によって鴉間の姿勢を少し傾けたり、位置を移動させたりしていただけだ。本人が気付かない程度に。

 空間を把握できる鴉間がたまに迫ってきた攻撃に気付かないのも似たような理由だ。色がついて認識できるようになった空間ごと鴉間の位置をずらしていたのだ。だから鴉間の把握している空間とはズレが生まれた。

 なめてもらっては困る。ディグはゴッドヘルパーであることを自覚してから二千年も経っているんだからな。まぁ……宗教に力を入れ過ぎているが故に第三段階ではないが、力を使う技術で右に出る者はいない。

「さて。これでここにいる三人は誰も時間が止まらなくなりましたね。ここからはきちんと二体一ですよ。」

「……しょうね。折角あにゃたを用意したにょに使わにゃいのはダメよね。」

 メリーとディグがなにやらごにょごにょ内緒話をし出した。

「敵の目の前で作戦会議っすか。まぁいいっすけど。」

 鴉間はため息をつきつつも二人を待っている。

 現時点では鴉間はまだ余裕を保っている。あれほどのゴッドヘルパーを二人も相手にしているというのに、奴の底が知れない。

 だが……オレは思う。

 鴉間は全力を出さないんじゃなくて出せない……出したくないのだと。オレが見ているからではなく、あいつ自身の個人的な問題で、だ。

「とりあえず……この戦いのあと、鴉間が無傷でピンピンしているということはないだろう。」



第五章「決戦」   著・神無月世界


 …………

 ……ん?

「あれ……?」

 いつの間にか、私は椅子に座っていた。

 確かついさっきまでハイパーゴッド率いる敵勢力とぶつかっていたはず。

「前にもあったな、こんな感覚。」

 そう、いつの間にか事が進んでいるのだ。私はアザゼルさんの言った『RPG』という言葉を思い出す。プレイヤーからすれば一瞬のことなのだがゲームの中では一日経っている。小説なんかでよく出てくる『数日後』とか『数年後』も同じようなものだ。

 おそらく、この誰かが作った世界は時間の進み方まで自在なのだ。プレイしている人間や読んでいる人間を飽きさせないための処置。

「ホントにここはRPGなんだな……」

 そういえばここはどこなんだ?

 まわりを見る。私と同じように椅子に座っている人がたくさんいる。椅子というよりは座席か。席の並び方からすると……ここは飛行機の中か?

「いよいよだな、晴香。」

 後ろの席に座っているらしいしぃちゃんが話しかけてきた。

「……今どの辺ですか?」

 当たり障りのない質問でどこに向かっているのかを聞き出す。うん、我ながらいい作戦だ。

「なんだ、寝てたのか?折角の景色なのに。いや……そうか、晴香はこの戦いの要だもんな。休養は必要か。……ここは……うん、窓の外を見るといい。」

 ふと横を見るとそこは壁で、窓らしきものにカーテンがかかっていた。ここは端の席だったみたいだ。私はカーテンを開けて外を見る。

「…………はっ?」

 真っ先に飛び込んできたのは黒色。夜の空を飛んでいるのかと思ったが……それにしては星が輝き過ぎだ。そして右を見ると……青いものがあった。

「地球ってホントに丸かったんだな、晴香。」

 ああ……私の見間違いじゃないんだな……

 地球が見えるのだ。テレビなんかで見る衛星からの写真そのままの姿がそこにあった。そして驚くべきは……その地球の姿が窓の中に収まるということだ。

「……ここどこ……っていうかどれだけ地球から離れたんだ?」

 上手く状況を整理できない私へさらに追い打ちが来た。

『ピンポンパンポーン。である。』

 どっかで聞いたしゃべり方が聞こえてきた。

『前方に敵戦艦を確認した。のである。数は一。である。事前に撮影された写真と比較した結果、ナナカンソバ星人の戦艦と認識した。のである。』

 どうやら……物語が一気に進み、敵本拠地にまで来たらしい。《カルセオラリア》に乗って。宇宙に。

『はいはーい。情報を伝えるわよん。』

 青葉の声だ。

『とりあえずいきなりの宇宙戦艦バトルにはならないわん。ナナカンソバ星人は地球のそれを遥かに超える技術力が売りの連中。だけどあったしの《カルセオラリア》も負けてないわん。あちらからしたら楽に勝てる相手ではないというわけねん。ということであちらは……あったしたちを戦艦に招き入れて、そこで倒す腹みたいねん。かと言ってあったしたちも中に入らないことには何も始まらないわん。』

 宇宙人の作った戦艦に迫る出来栄えってことなのか。《カルセオラリア》は。

『あっちの戦艦にいるのは……スーパーメカで武装したナナカンソバ星人とザ・マジシャンズ・ワールドの連中よん。ちなみにあの戦艦にいる魔法使いは全員が相当の使い手ねん。そしてもちろん、リーダーであるアルティメットゴッドもいるわん。』

 ここが最後のステージってことか。果たしてラスボスは……宇宙人なのか魔法使いなのか。

「晴香。」

 ふと上を見るとしぃちゃんが後ろから乗り出していた。

「晴香は真っすぐにアルティメットゴッドの所に行ってくれ。たぶん晴香でないと勝利はできないだろう。他の魔法使いやナナカンソバ星人はまかせてくれ。」

「……無理しないで下さいね。」

 その時、戦艦がガクンと揺れた。

『あちらのトラクタービームに捕まったわん。さ、最終決戦よん!』

 とらくたーびーむってなんだ?


 《カルセオラリア》の外に出る。そこはだだっ広い何もない空間だった。そして私たちを迎えてくれたのは……一つのバカでかいスクリーンだった。

『ようこそ下さいました。おいで。』

 ……順番が違うが意味はわかる。画面に映ったのは……タコみたいなイカみたいな姿をした小学生でも今時そうは描かないだろうという宇宙人だった。たぶんこれがナナカンソバ星人。ホントに宇宙人だった。どうやらこの世界を作った奴はちゃんとオリジナルなものも作れるみたいだ。

『折角のラスト戦い。奇襲や罠や天丼などは失礼しました。私と私たちはゼーゼードードー戦いをするでございますぜ。』

 個性あふれるしゃべり方だこと。

『目の前にある扉。入ってすぐにわかれ道があったりするのか?右は私と私たちが、左は魔法使いがお出迎え。お好きなメニューをお選びするのだぜ。』

 ……結局こっちを分断させてるな。あんまりゼーゼードードーじゃない気がするが……まぁいいか。

「晴香……どうする?」

 しぃちゃんが尋ねてきた。

 ふと視界の中に青葉がいるのが見えた。あの妙にカッコイイスーツを着ている状態だ。彼女も戦いに参加するらしい。ならば……

「私が魔法使いを。しぃちゃんと青葉でナナカンソバ星人を担当しましょう。魔法使いはともかくとしてナナカンソバ星人の技術を解析できるのは青葉だけでしょう。青葉が未知の技術と対峙するのに必要だと思う人材をそちらにわりふって……残りを私のチームとしましょう。」

 数分後、私率いる『対魔法使いチーム』としぃちゃん&青葉率いる『対ナナカンソバ星人チーム』が出来あがった。

「ぞれじゃ……行きますか。」

「雨上くん。オレが必ず君をアルティメットゴッドのもとに辿り着かせるよ。」

 音切さんは私のチームだ。

『では……始めるよ?』

 ナナカンソバ星人の姿がスクリーンから消えるのと同時に目の前の扉が開いた。別に急ぐこともないのだが何となく全員が走って突入する。すぐにわかれ道に出たのでチームはそこでそれぞれの道へ進む。

「また後でな、晴香!」

「そうですね!」

 道なりに進んでいると反対側から雄叫びが聞こえてきた。さっそくの敵のお出ましだ。道がだいぶ広いので大勢の人間がドドドと走ってくる光景はなんだか迫力がある。

「スーパーゴッド、フレイムマスター・大竹!」

「ハイパーゴッド、ゴールデンパワー・クラウド!」

「ハイパーゴッド、ノーモアクライ・毒島!」

 うわぁ……なんかあっちの人たち全員名乗りながら走ってくるぞ。

「スーパーゴッド、キャトリュっ!いて、噛んだ!」

「ハイパーゴッド、ジェネシス・サイモン!」

「スーパーゴッド、ディープキス・ジェニファー!」

 結構気になる名前の人もいるが……私が戦うべきはアルティメットゴッドのみ。

「よろしくです!」

「まかせてくれ!」

 私の呼びかけのたくさんの仲間が応え、迫りくる敵軍団に向かっていった。

 集団と集団がぶつかる。戦国時代の合戦みたいになった戦場の中を潜り抜け、私は一人先へ走る。

 アルティメットゴッド。ルーマニアによるとそいつは第三段階クラスなのだとか。多くの天使とゴッドヘルパーが返り討ちにあったらしい。何だか今までは敵がおもしろおかしい人たちばっかりだったから気楽に構えていたが……こればっかりは気を引き締めないといけないな。


 そう思っていたのだが、この世界を作った奴がなかなか粋なことをしてくれたおかげで私は一気に気が抜けるのだった。


「ありゃりゃ。久しぶりだね、晴香。」

 道なりにずっと進んだ先にあった重々しい扉。いかにも「ここがラスボスのいる部屋ですよー」という感じだったので迷わず中に入った。そこはバカみたいに広い所だった。学校の校庭ぐらいの広さがあるんじゃないかと思うくらいの広さ。そして体育館ぐらいの天井の高さ。なのに何も置いてない。あるのは世界を滅ぼす大魔王が座るような玉座のみ。そしてそこに座っていた人物が私の気を抜いたのだ。

「相変わらず眠そうな顔。このボクでさえ晴香の目が全開したのを見たことないよ?」

 親からの遺伝だという茶色の髪を左右で結んでいる髪型。おしゃれよりも機能性を重視した元気いっぱいの服装。そして相変わらず短いスカート。

「……音々……」

「ありゃりゃ?何をあらたまってるの?」

 中学時代の親友、遠藤音々がそこにいた。


 遠藤音々。性別は女。私と同じで天文部に所属していた。音々とはいろいろな思い出があるが、一番印象に残っているのは二つの特徴だ。

 一つ目、音々はいつもスカートをはいていた。しかも膝上何センチというよりは脚の付け根から測った方が早いんじゃないかと思うぐらいに短いやつを。制服のスカートも短くしてはいていた。

 本人が言うには動きやすいからだとか。だがそれほどに短いスカートをはいているからと言って別に羞恥心がないわけではない。男子がいるところではパンツが見えないように頑張っていた。おかげでモヤモヤとした気分にされた男子の数は計り知れない。速水くんもその一人。

 しかし、同性の前、特に私の前ではなんの遠慮もなく脚を広げたりするものだから私は音々と会うたびに音々のパンツを見ていた。おかげで音々の持っているパンツを全部知っているというおかしな状況になったりした。

 二つ目、音々はいつも首にイヤホンをかけていた。もちろんポケットには音楽プレイヤー。一人でいる時は常に音楽を聴いているような奴だった。聴く音楽はさまざまでクラシックからJPOP、はたまたどっかの民族の音楽まで聴いていた。

 中学卒業後は確かなかなか賢い高校に通っている。電車通学なので基本的に登下校の時に私と出会うことはない。

「うーんと……何年ぶり?」

「……一年とちょっとだ。」

「ありゃりゃ。そんなもん?もっと経ったように思うよ?」

 短いスカートで脚を組んでいる音々はやはり首からイヤホンをさげている。

「そういえば晴香は携帯買った?連絡が取れなくてボクはすごい寂しいよ?」

「買ったよ……あとでアドレスとか教える。」

「よかった!これでまた晴香と遊べるね。」

 ……この世界を作った奴の気持ちはなんとなくわかる。ラスボスが主人公の知り合いだとか、師匠だとか、友達だとかいうのは確かに熱い展開だ。でもこの場合はどうするんだ?音々は私のことを覚えている。なら……一体どういう設定で私と戦わせるつもりなんだ?

「実はね、晴香のことは真っ先に迎えに行くつもりだったんだよ。」

「私を?」

「うん。ボクがボクの力に気付いた時、すぐに思ったんだなーこれが。晴香も魔法使いだってね。でなきゃ観測会の時が全部快晴ってすごすぎるもん。ボクはお天気を操る魔法は使えないから……消去法で晴香になるわけ。」

 ……お天気を操る魔法は使えない……か。魔法という形ではあるが、音々はこの力……システムとゴッドヘルパーの本質を理解しているようだ。

「なのに晴香はそっちについちゃった。その時ボクは気付いたよ。これは《オキラククエスト2》だってね。」

 ……《オキラククエスト》……何作もシリーズが出ている三大RPGゲームの一つ。そういえば音々は結構ゲーマーだったな……戦闘シーンのBGMとかも聴いてた気がする。

「最後の敵は親友ってね。あれは燃えたよー。この状況は神様がボクに出した試練なんだよ。晴香を仲間にするには戦って勝つしかないって。ボクの考えが正しいと気付かせることだってね。」

 音々は玉座から立ち上がり、首からさげているイヤホンを耳にはめる。

「というわけで晴香。ボクはラスボスを倒し、魔法使いの理想郷を作るよ。」

 ……理想郷。そんな単語を口にするような奴だっただろうか?どうも私の知っている音々とは微妙に性格が違う。しゃべり方とかは同じだが……他がちょっとズレてる感じだ。この世界を作った奴が『設定』という形でそうしたのかもしれない。

 だがまぁそれはそれで良かった。完全完璧に私の知ってるの音々だったら割りきれなかったかもしれない。少し違うから考えを改めることができる。

 目の前にいるのは音々という名のラスボスだと。

「ん~んん~~」

 音々が鼻歌を歌い出す。音楽を再生したのだろう。私には聞こえないが。

 さて……問題は勝利条件。倒すということは……殺すということなのか。それとも音々が「やられた~」と言うことなのか。

「……とりあえず気絶させてみるか……」

「ん~思いだすね~~ん~~んん~」

 音々が片手を挙げる。そしてこう言った。

「『これが余の力よ!』」

「……?」

 なんのことかわからず頭の上に疑問符を浮かべた私は次の瞬間目撃した。

 音々の頭上に巨大な魔法陣が出現したのを。

「『メテオスコールッ!』」

 魔法陣が輝き、その中心から……無数の隕石が発射された。

「!……今日の天気は!」

 私はとっさに手の平に《箱庭》を作る。

「『私がどんな攻撃もよける』でしょう!」

 降り注ぐ隕石。真っ赤に光る巨大な岩の塊は地面に遠慮なく亀裂を生じさせ、また砕いていった。私は隕石の雨の中をまるで決められた道がそこにあるかのようにスイスイ移動し、かわしていく。ちなみに少し浮いている。

「ありゃりゃ。さすが晴香だね。なら……ん~ん~ん~」

 指揮者のように両手をふりながら鼻歌を歌う音々。それに連動するかのように、音々の背後にさっきとは違う魔法陣が出現し、そこから巨大な剣が出てきた。

「これはどうかな!『アルティメットスラッシュッ!』」

 高速でふるわれた巨大な剣。それも私には当たらない。

 ……いや……そうじゃなくて……当たる当たらない以前にだ……

 何だこの力は?魔法陣?技名?これじゃぁまるで……

「本物の魔法使いじゃないか……」

「ありゃりゃ。晴香ともあろう人がなぁにを今さら。でも疑問に思うのも無理ないね?魔法使いは一種類の魔法しか使えないからね。さて、ボクは一体どういう応用をしているんだろうね?」

 つまりは……何の《常識》をどんな考えのもとに使っているかということだ。

「ありゃりゃ?きたよきたよ!ん~ん~~」

 指揮者みたいに手をふっていた音々がなにかを構えるような格好になった。あれは見たことあるな。しぃちゃんがやるような構えだ。

「……刀?」

「『神の太刀を見よ。』『千刃っ!』」

 音々は叫ぶと同時に腕をふる。いつのまにか握られていた刀(バカみたいに長い)が空を斬る。

「……?」

 一拍置いて、私の身体が強風を受けて動く。この風は私がさっき言った天気による風だから……攻撃が来たということなのだが……何も見えな―――

 ズババババババババッ!

 床、壁、天井に無数の斬り込みが入る。どうやら無数の斬撃が飛来したらしい。

「ありゃりゃ、すごいね!これをよけるなんてね?」

 そう言いながら音々は両手を高くあげる。またもや魔法陣が出現した。それもいくつも。

「『ジャッジメントブラストッ!』」

 出現した大量の魔法陣の中心が光ったと思ったらそこからビームが放たれた。まるで光の雨だ。私は例によってスイスイかわす。

 ……しかし……避けれると言ってもこれを思いついたのはついさっきだ。どんな弱点があるかもわかっていない。これに頼りきりで勝利を求めるのはだいぶ危ないだろう。

「ゴッドヘルパーの戦いにおいて一番大事なのは……相手の操る《常識》を知ること。」

 考えるんだ。音々の力を!


 私がさっき設定した天気。『私がどんな攻撃もよける』は全自動だ。だから私は考え事をしながらも敵の攻撃を避けることができる。

 そう……『空』との会話によって得た私の新しい考え方。『空』はこう言った。

『わたしのひょうじょうがてんこうでそれをやってくれるのがてんき。』

 私は空というものを生き物として見ている。その空の表情こそが天候なのだと考えていたからこそ、『空』は生まれたのだ。『空』は天候を一つの生き物と見ればすごいことができると言ったが、それでは『空』が消えることになる。そこで『空』はこう言ったわけだ。

 空にいる『空』という存在が怒ったり悲しんだりしたら、天気と呼ばれる存在が下にいる生物……人間とかに『『空』が怒ってるぞー』とか『『空』が泣いてるぞー』という感じに教えるのだと。

 『空』の表情が《天候》ならそれを表現し、私たちがわかるようにしてくれているのが天気というわけだ。

 言葉遊びだが……これはいいアイデアだと私は思った。私たちが感情を表すときに現れるのが表情なわけだが……『空』には顔がない。だからその感情を具体的な表情にするために働くのが天気。私たちに感動を与えたり、実りを与えたりする偉大な『空』だから……そんな『空』に仕える存在がいてもおかしくはないだろう。それが天気。

 天気という存在を定義するのなら……『空』や私が考えたりイメージしたりしなくても、起こしたい結果を起こしてくれるのだ。雷や風の威力を調節する必要はない。なぜなら雷や風自身が自分でやってくれるからだ。

 つまりだ。例えば私が『相手が動けなくなる』という天気を……結果を求めたのなら、それは天気の皆さんに伝わり、それを引き起こしてくれるのだ。風で動けなくしてもいいし、視界を悪くして動けなくするのもいい。求めた結果を出してくれさえすればいいのだから、出来ると思う天気がそれをやるわけだ。

 具体的な結果を出すためにどんな天気が必要でどんなイメージが要るのかが分からなかったから、私は今まで過去にあった現象しか引き起こせなかった。そのイメージなんかを実行部隊である天気に全て任せてしまえば色んなことが出来る。そう、結果さえ同じならなんだっていいのだから。

 ……『今日の天気は―――』と言うと矛盾が生じるが……『今日の結果は―――』と言うのがなんだか違う気がしたから天気と言っている。

 ちなみに、『私がどんな攻撃もよける』という天気はこんなふうに起きている。

 最初に『空』が周辺の空間を把握する。これはチェインさんの言ったイメージのおかげだ。チェインさんは言った。『あなたはこの地球という星を包む、地面と宇宙との間にある空間の支配者なのよ?』と。なるほどと思った。空はどこから始まるのかという質問に対し、『地面からちょっとでも離れたらそこからが空。』と答えているわけだ。私たちにとって空は何十メートルも上というイメージかもしれないが小さな虫とかからすれば地面から一メートルでも離れれば空だ。

 『空』が空間を把握し、攻撃が来たら次に動くのは「風」。『空』からリアルタイムで状況を受け取りながら私を攻撃の当たらないところへと運んで行くのだ。


「ん~ん~んん~ん~んん~ん~んん~」

 音々が鼻歌を歌いながら技名を叫んだりポーズをとったりする度に魔法が放たれる。

 無数の剣が飛来し、氷柱がせり上がり、炎の蛇がうねり、竜巻が巻き起こる。

 パッと見て、勝てる気はしない。だって普通に魔法使いだし。だが……どんなに強力ことを起こそうとも、どんなに色々な事をやろうとも、それはたった一つの《常識》で説明できる。クリスやリッド・アークとの戦いで私はそれを知った。

 考え一つで激変するのがゴッドヘルパー。音々がどんな考えをしているのか……私はわかるはずだ。私は音々の親友なのだから。

「ありゃりゃ。ボクの攻撃を避けながら考えてるね?まずいね。なら……これはどーかな?」

 音々はポケットに手を突っ込み、鼻歌を止める。

「えぇっと……うん、これだね。」

 鼻歌が再び始まる。同時に巨大な魔法陣が出現する。

「『さぁ出でよ!我が願いを聞き入れ、我が眼前の悪を滅せぃ!漆黒のアラガミよ!』」

 魔法陣から……ニュウっと長い首が出てきた。やがて身体や腕、翼が出てきて……最終的に私の目の前にいたのは……

「……ドラゴン……」

 ルーマニアみたいなドラゴンが立っていた。

「『カオスフレアッ!!』」

 そのドラゴンが炎をはいた。私と音々の間に炎の壁ができ、それが迫ってきた。例えるなら密室に閉じ込められて壁が迫ってくる感じ。つまり逃げ場がない。

「っつ!」

 私はとっさに《箱庭》を突きだして正面に竜巻を放つ。迫りくる炎の壁を吹き飛ばそうと思ったのだが……はかれ続ける炎がそれを許さない。

 そんなこんなで私は炎の壁に飲み込まれた。



 ……二人がなかなかのコンビネーションを見せつけている。

「……!」

 鴉間がありとあらゆる《常識》を駆使して防御にまわっている。

 ディグがその圧倒的な技術と力を使って鴉間に攻撃を仕掛ける。頭の中を覗けて次の行動がわかっているはずの鴉間が必死の防御をするほどの連撃。もはや視認できる速度を超えた速さで縦横無尽に飛び回りながら、破壊を撒き散らす竜巻を放ち、それで舞い上がった瓦礫の全てをこれまた超高速で鴉間にとばしている。そんなことをしながらも空間を回転させて鴉間の空間把握を狂わせている。

 そして……そんなディグの攻撃の中でも驚くべきは……

「……!これまたでかいっすね!!」

 鴉間が上を見ると……どでかいビルが落ちてきていた。大質量の落下に対し、鴉間は空間の破裂をぶつける。亀裂と同じで理論的に砕けないものはない。だが砕けたとしてもその瓦礫はディグの新しい武器になるわけだ。今現在、オレが確認できるだけでも数百個の瓦礫が超速で飛びまわっている。しかも一つ一つが数百キロクラス。

 ディグはこの場にどんどん瓦礫となるものを運んでいる。さっきのビルは……一体どこから持ってきたのやら。もはや地球の直径なんぞ軽く超える半径を持つ《回転》を操れるディグは……この地球上にある物ならどこにあろうと運んでこれる。それこそ地球の裏から建物を運ぶ事だってできる。

 この地球上のもの全てがディグの武器となり得る。そしてそんな大量大質量の物体を一度に操るということがそもそも化け物じみている。

 そんな化け物の繰り出す攻撃の中、後ろで突っ立っているのがメリーだ。ディグがその無数の攻撃で鴉間の動きを一瞬でも止めたのなら、メリーが接近して一撃必殺の時間攻撃を叩きこむという作戦なわけだ。今の鴉間の再生能力は計り知れないが……ディグと違って死ねば死ぬ。脳天にあの時間が急速に進む攻撃をぶち当てれば、自分を治す前に鴉間は死ぬ。

「くっ……調子に乗るなっす!」

 鴉間も防御だけしているわけではない。魔法じみたビームにエネルギー弾。そこに加えて空間の亀裂、空間の破裂、空間振動、空間圧縮。普通なら全てが一撃必殺なのだが……ディグには通用しない。どちらかというとメリーの方を倒そうとしているようだがディグがそれをさせない。

 そして……

「!?」

 防御が間に合わず、鴉間に瓦礫が一つ直撃する。痛みなどはすぐに無くなるのだろうが……崩れた姿勢はすぐには戻らない。

「ここです!」

 ディグが叫ぶと鴉間の身体が硬直した。

「はぁあああああああああああっ!」

 ディグが腕を振ると、それに連動して鴉間の身体がふりまわされる。建物……あ、いや。もはやただの瓦礫と化したそれらの中をドカドカと突き進み、地面に叩きつけられる。叩きつけられた場所はもちろん―――

「しゅきあり!」

 メリーが自分の目の前に落下した鴉間に向けて懐中時計をふりまわす。狙いは鴉間の顔面。

「させるかぁっ!!」

 間一髪……というか惜しいところで鴉間がそこから消える。瞬間移動か。

「……?ありぇ?どこいっちゃっちゃにょ?」

「……上……ですね。」

 そうぽつりと言ったディグも……一瞬でそこから消えた。

 オレは魔法をかけた目で上を見る。二人が今いる場所は……

「はぁ……はぁ……やばいっすね……」

 宇宙だ。

「だいぶ切羽詰まっているみたいですね。」

 鴉間はひとまず態勢を整えるために宇宙に移動したのだろうが……ディグも普通に来れるようだ。

 鴉間は空間の支配者。酸素や圧力を操るのは朝飯前。

 ディグは自分のまわりで地球から持ってきた空気を高速で回転させて散るのを防ぎつつ呼吸している。

「さっき一瞬……その口癖が無くなりましたものね。」

「やかましいっす。というか……罠にかかったすね?」

 鴉間が両手を広げた。……宇宙空間なのに普通に会話している。

「ここにはあなたの武器になるような物は無いっす。武器が無ければあなたはクルクル回るしか脳のない存在になるっす。」

 鴉間が片腕を突きだす。そこから放たれるのは超高密高圧縮されたエネルギー弾。だがそれは二人の横から飛来した何かにぶつかってディグに当たる前に弾けた。

「んなっ!?」

「武器がない?むしろ地上よりありますよ。」

 鴉間は横を見る。そこにあったのは……高速で飛来する隕石群。

全力で防ぎ、隕石群を砕く鴉間はその隙をつかれ、ディグに再び捕捉される。

「ぐっ!?」

「とりあえずあの辺まで飛んで下さい。」

 ディグが言うと鴉間がとんでもない速度でディグから離れていく。というよりは地球からか。

「なんのつも―――」

 瞬間移動ですぐにでも戻ろうとした鴉間は直後視界に飛び込んできた物体に一瞬頭の中を白くした。

 それは……一つの星だった。もちろん惑星クラスではない。だがその大きさは月ぐらいあるかもしれない。それが数値にするのもバカバカしくなるぐらいの速度で鴉間に飛来した。とっさのことに反応できなかったのか。あまりにバカバカしい攻撃に唖然としたのか。鴉間は瞬間移動ではなく、空間の壁やその他の《常識》による防御を行った。

 つまりは星が鴉間に直撃した。

「……あ。」

 数秒後、地表で待つメリーの下に高速で落下する鴉間とディグが落ちてくる。ディグは華麗に着地し、鴉間は地面に叩きつけられる。メリーが慌てて鴉間のもとに行こうとしたがディグが止める。

「すみません。あなたの目の前に落とせませんでした。無理に近づけば反撃があるでしょう。本当にベストなタイミングの時だけ攻撃して下さい。」

「……しょうね。年長者の言うことは聞くこちょにしゅりゅわ。」

 ふぅとため息をつき、ディグは鴉間の方を見た。

「いやいや……まいったっすね。まったく……」

 巻き上がるほこりの中から出てきた鴉間はボロボロだった。服も髪も。両の腕をダランとし、うつむきながらボソボソと呟く。

「強いっすね……攻撃手段の数ならあっしの方が上なんすけどね……まったくまったく……」

 深いため息のあと、鴉間は顔をあげた。そして……


「ざけんなよクソがぁあぁああぁああああああああああああああああああっっ!!!!」


 キレた。圧倒的な威圧感をぶちまけながら、鴉間がキレた。爆発でも起きたみたいに周囲の物が吹っ飛ぶ。荒く息を吐きながら鴉間は乱暴にしゃべりだす。

「わかってねぇなぁ!わかってねぇよっ!俺が!どういう人間なのか!理解しやがれ!」

 ゆっくりと歩きながら喚く。

「俺が第二段階になったのは五歳の時だぞ?わかるか?物心がついたばかりのガキに把握出来ちまうんだ!壁の向こうで起きていることが!聞こえちまうんだ!扉の向こうで行われる会話が!」

 雰囲気が一変した鴉間をディグとメリーは油断なく睨みつけている。

「そして他のガキとの交流で気付く!それが特別だとなぁ!時間が経つごとに強力になっていく力……誰も俺に隠し事が出来ない!となりの家で起きてる夫婦喧嘩も数キロ先で言われる悪口も聞こえる!把握できる!なら思うよな?感じるよな?俺が!この世界の!中心だと!」

 空間を把握するということは……そういうことだ。そんなことがガキの頃から出来てしまったら……誰だってそう思うだろう。それこそ……自分が神だと。

「ガキの頃、俺にとっての世界は住んでる町だけだった。だが成長し、他の町のこと、この国のこと、海の向こうのことを知る度に俺の世界は広がり、把握できる範囲が拡大していった。こんな能力をもった奴がどういう性格になるかわかるか?わかんだろう?」

 全てを把握できることが当たり前。常に自分が世界の中心。その結果生まれる性格―――

「そう、超自己中だ!」

 自己中心的性格。自分を視点に全てを考える性格。

「俺が中心であることが当たり前!俺がメイン!俺が主役!世界は俺を中心にまわってんだ!何逆らってんだてめぇら!俺が神だぞ!」

「神……ですか。」

「そうだっ!これは俺の世界だぞ?俺の世界で俺に反発してんじゃねぇっ!俺の思い通りにならないでいるんじゃねぇぇぇええぇええぇえええええっ!」

 子供のわがままにしか聞こえない鴉間のセリフ……だがこれはそんなレベルのものではない。これは鴉間の生き様。これこそが鴉間なのだ。《空間》のゴッドヘルパーであるが故のものなのだ。

 鴉間がオレを裏切った理由はこれにある。オレに従っているとは言え、実質的なリーダーは鴉間だった。世界を我がものにしようとしている組織のリーダー。これは鴉間の性格を満足させていた。だがリッド・アークの戦いのあたりから、オレが前面に出るようになっていった。天使たちも倒すべき敵を鴉間からオレに変えた。その優先順位を変えてしまった。だから鴉間は裏切った。自分が中心になるために。

 脇役ではなく主役でいたかった。中ボスではなくラスボスでいたかった。だからこその裏切り。いや……そもそも裏切りとすら呼べないかもしれない。

「なるほど……だからあなたはこうして戦っているわけですか。サマエル様を……倒そうとしているわけですか。」

 ディグは一度ため息をはき……おもしろいことにミスター・マスカレードと同じことを言った。

「そんな理由でこんなことを。」

「そんな……?そんなだと!これが俺だ!これが鴉間空だ!否定してんじゃねぇよクソ神父がぁっ!」

 鴉間が両の手を握り締める。力を溜めているような……そんな構えになる。

「殺す!何一つ残さねぇっ!輪廻転生?新しい世界?んなことさせねぇし、作らせねぇよ!てめぇは今ここで滅んで行きやがれぇぇぇっ!」

 ……これでようやく決着がつくだろう……



 わたしは戦う。正義を胸に刀をふるう。

「世界を救うのだっ!」

 迫りくるナナカンソバ星人。

「今頃サイコロあなたさまのお仲間の半分は全員負けて敗北しているでしょう!あなたさまもだんだんとあきらめてそろそろ?」

 私の前にいるのはゴリラみたいなメタルのアーマーに身を包んだ奴だ。両腕がガトリングになっていてバカスカと撃ってくる。……ときどきチクワとかタマゴも飛んでくる。

 だが残念、仲間の一人がバリアー使いなので一つもあたりはしない。

「スキあり!」

 一瞬のスキをつき、わたしは渾身の一撃を叩きこむ。ゴリラアーマーは真っ二つになり、中からタコみたいなイカみたいなのが出てくる。ナナカンソバ星人だ。

「なんてことだ!私と私たちのヨロイが!シラァホイ合金のヨロイだっちゅーのに!」

 いける。相手の超技術の数々も青葉がその場で解析、弱点を指示。それに従って全力を出す。こっちは大丈夫だぞ晴香!

「ふぅん。だいたい片付いたかしらん?」

 まわりにはまだ敵がいるがわたしたちの力に恐れをなしたらしい。その場から動こうとしない。

「わたしたちの勝利か?」

 わたしが青葉に聞くのと同時にものすごい音がした。なにか重たいものが降ってきたような音だった。

「おおっ!提督のど登場だ!あなたたちもこれでシシマイだ!」

 これでおしまいか。提督……ラスボスの登場か!

「ふがしない。私たちは本当にほこりまみれのナナカンソバか?」

 ……ダメだ、わからない。

「……青葉、通訳してくれないか。」

「たぶん……『ふがいない。お前たちは本当に誇り高いナナカンソバか?』だと思うわん。」

 部下よりもひどい。だがそれでみくびってはいけない。相手はナナカンソバのトップだ!……確か提督ってそういう感じの意味だった気がする。

 提督と呼ばれたそいつはとても強そうだ。さっきのゴリラよりも頑丈そうなアーマーを身につけ、背中にマントをつけている。頭部にはこれまた強そうな顔のマスクと兜。むむむ……さすが敵のトップ。なかなかにカッコイイじゃないか!

「ふっふっふ。知っているぞ?あなたさまがそちらの副ダーリンだということをなぁ……あなたさまを私が倒し、エンドウ豆がダーリンを倒せば全ての肩がとれる!」

 ……だめだ、わたしの頭じゃ解読できないや。晴香ぁ、助けてくれぇ。

「ラケットパーン!」

 提督の右腕が伸びた。いや飛んできた。

「!」

 わたしのまわりには仲間が作ったバリアーがあったのだが……一発防いだだけでヒビが入った。

「副リーダー!あれヤバイ威力です!」

 ロケットパンチ。なんてイカした攻撃なんだろうか。ともかくその威力は大きいらしい。威力の大き過ぎるものはさすがに刀で流せない。刀が折れることはないがわたしの腕がもたないからだ。さっきまであれだけのガトリングを防いでいたバリアーが一撃で壊れる……さすが提督。

「私のパンは星をも砕く!その威力たるや全宇宙の中でも上位一〇〇〇位には入る威力だ!」

「……それはすごいのか?」

 思わず呟いたわたしだが……そんなことを疑問に思ってもしょうがない。あの威力は確かなのだからな!

「青葉!解析を!」

「もうやってるわよん!時間を稼ぐのよん!」

「よしみんな!息を合わせるんだ!」

 わたしの掛け声の下、多くの仲間が動く。互いが互いを守るように、サポートするように攻撃、防御する。

「無駄無駄!私の攻撃はそんなコンビニでは防げない!」

 提督の身体から無数のレーザーが放たれる。グネグネと複雑な軌道を描くそれをなんとかかわしながらわたしは叫んだ。

「晴香……リーダーの方のチームも頑張っている!わたしたちが足を引っ張るようなことはあってはならないのだぁっ!」



 オレの放つ音。これは人間にはなかなか耐えられないものだ。

「ぐぅぅううっ!貴様《音》使いか!」

「耳なんか塞ぐなよ!悲しいだろう?折角なんだからオレの歌を聴け!」

 仲間が持ってきてくれたギターとアンプの下、オレは歌う。その歌を攻撃力のある音へと変換しながら。

「音切さん!この調子で行けば……!」

 仲間の一人がグッと親指を立てている。ああ……これならイケる!

「さらに激しく行くぜぇっ!」


「余の鼓膜を無駄に震わすな愚か者。」


 オレ達が倒そうとしていた魔法使い達。そいつらが突然オレ達の方に飛んできた。

 正確には全員吹き飛ばされた。

「まったく……この程度の存在も滅せぬのか。役に立たんな。」

 奥から男が現れた。いや……男と言うよりはまだ少年と言った方が近いか。中学生ぐらいの少年が黒い服に赤いマントをつけて登場した。

「これ……お前が?」

 オレが問いかけるとそいつは見下すような目で笑った。

「役立たずをどうしようと余の勝手だろう?」

「お前……自分の仲間を!」

「仲間などではない。余は完全。余は絶対。余こそが最強。こやつらなど余の足元にも及ばぬわ。」

 なるほど……自分が一番と思ってるおバカさんってわけか。だけど……一撃でこれだけの人数を吹き飛ばす力……実力は確かなようだぜ。

「余の平穏を乱す不届きな輩よ、余の断罪の一撃にて冥府に送ってやろう。」

「お断りだ!お前が行きやがれ!」

「往生際の悪い。それでは冥府で迷おうぞ!」

 少年が片手を突きだす。それだけでオレ達は後方へ大きく吹き飛んだ。……違う……吹き飛んだというのは誤りだったらしい。どっちかと言うと……押されたに近いな。

「神よ、天上の支配者よ!余の眼前の不義に冥府への道を開くため、余の両の腕に力を!神聖なるマナの加護を!エェイメン!!」

 少年の腕に模様が浮かびあがる。

「集え、大地に眠りし力よ!余の意思に従い、敵を潰せ!」

 通路を形作っていた壁や床がベリベリと剥がれ、少年の手の前で一つの球体へと収束する。

「音を穿つ超速の破壊・テンペストクラッシャー!」

 放たれる球体。そのままオレ達を貫くかと思われた球体だったが、超速で迫ったそれはオレの前で砕け、周囲の飛び散り壁に穴を開けた。無論……やったのはオレだが。

「む?」

「ふん、前置きがなげぇよ。それにさっきからオレはここで戦ってんだからな……壁や床を形作ってる物質の固有振動数は調査済みだ。」

 少年が不敵に笑う。

「器用なことだ。少しは楽しめそうだな。ならば……これはどうだ!」

 両腕の模様が輝きだす。

「世界に散りし神の力よ!余の願いを聞き入れたまえ。神聖にして絶対。その光の一撃にて余の敵を撃ち滅ぼしたまえ!」

 少年が両腕を掲げるとそこに巨大な光の剣が出現した。

「絶対光帝・エクスカリバァァァァッ!!!」

 オレはギターを構え、弾く!

「望む所だぁぁぁっ!」



私は……なんで生きてるんだ?

「ん~んん~やっぱり全体魔法は威力が小さいよね。」

 炎に包まれたはずだ。逃げ場は無かったはずだ。なのに……

「なんで服が焦げただけなんだ?」

 炎に包まれた私は……服の端っこが少し黒くなっているだけであり、身体にはなんのダメージも無かった。

 私は音々を見る。驚いてはいない。つまりこれは……音々にしたら別に不思議なことじゃないってことだ。

 考えろ……これは大きなヒントのはずだ!

「でもああいう魔法は避けられないってことがわかったんだよね。全体魔法で動きを封じて強力な単体魔法で倒すよ!」

 音々が鼻歌に合わせて腕を振る。それだけでいくつもの魔法陣が出現し、そこから稲妻や炎が放たれる。

「もう一回いくよー。」

 巨大な魔法陣が出現。そこからさっき見たドラゴンが再び姿を現した。

「『カオス―――』」

「今日の天気は!」

 私はドラゴンを指差す。

「『ドラゴンを倒す』でしょう!」

 次の瞬間、私の後方に雷雲が出現、そこからまっすぐに竜巻が伸びていってドラゴンに直撃。よろけるドラゴンを……その竜巻の中を通って一筋の光が貫いた。

 ドゴォォォ!!ゴロゴロゴロ……

 雷鳴が響くと同時にドラゴンがうめき声をあげて消滅した。

「ありゃりゃ。すごいね今の……雷ビーム?」

 音々が目をパチクリさせている。だが顔は笑っている。そしてひるむことなく腕をふる。

「『フロストボムッ!』」

 私と音々の間に氷の塊が出現、破裂した。

 私は風を駆使して飛んでくる氷の破片を吹き飛ばしながら天気の力でよけていく。

「晴香が雷ならボクも雷だよ?ん~んんん~」

 気付けば私の頭上に剣みたいなものが円状に浮いていた。

「『エンジェルシャイン!』」

 剣一つ一つから白い雷が放たれる。囲まれた状態なので……私はそれを避けられなかった。

「うわっ!」

 『雷』は痺れるとかそういうレベルの電気ではない。普通なら私の身体はバラバラになってもいいくらいだ。だけど―――

「……またか……」

 少しは痺れたしだいぶまぶしかったが……それだけだった。

「一体どういうこと―――」

 考えている時間はなかった。私はダメージが無いことに油断していたのだろう。またもや気付けば、私のまわりに四本の柱が突き刺さっていた。そしてそこから虹色の光が放たれて私はそれに包まれた。

「っつ!?動けない!」

「ふっふっふー。油断だよ?」

 見ると音々が両手を挙げて立っていた。その手の先には巨大な魔法陣。

「『収束!圧縮!さらに収束!』」

 魔法陣の中心に光が集まっていく。おそらくさっき言ってた強力な単体魔法だ。

「卑怯だよね。こっちのHPを一撃で1にしちゃう技ってさ。」

 ……なんだって?

「『アースブレイカァァァァッ!!』」

 ものすごい太さのビームが放たれた。『空』のおかげでこの辺の空間を把握している私だからビームとわかったようなものだ。正面から見ようと横から見ようとただの光にしか見えない……そんな魔法の一撃が私を飲み込んだ。

 視界が戻る。あまりに強い光だったから数秒間何も見えなかったのだ。例によって、私には何の痛みもない。ただまぶしかっただけの攻撃。そう思ったのだが……

「んなっ……!?」

 立てない。何て言えばいいのだろうか……例えるのなら何時間も歩きまわった後のような疲労感。脚が負傷して立てないのではなく、単純に力が入らないのだ。私はその場に寝転んでいた。脚の方に音々がいるのだが首を少しあげるだけでも辛い。

「ん~んん~……残念だったね晴香。ここにはアイテムはないよ?」


 HP……アイテム……全体魔法に単体魔法。これはなんに出てくる用語だ?私は知っている。それはゲームだ。それもRPG。今私がいるこの世界はRPGだとアザゼルさんが言った。それのラスボスが音々で魔法をバンバン撃ってくる。はは……確かにRPGだ。

 ここまで揃って……今の私の状況を考えると一つの答えが見えてくる。この疲労感。音々が言ったように、今の私のHPは1なんだろう。

 音々はRPGに出てくるような魔法を使っているが……それの本質もRPGなんだ。つまり、その魔法を受けてもHPが減るだけなのだ。普通に考えて、隕石が直撃したり炎に包まれたりしたら人は死ぬ。でもそれを忠実に表現していたらゲームにならない。だからこそHPという制度が使われているわけだ。

 じゃあなんで音々はそんな攻撃をしてくるのか?今までの音々の発言や行動を考える。確かに音々は音楽が好きだったが……人と話している時とかにまで聴くような奴ではなかった。前提として一人でいる時だけだったはず。多少性格が変わってはいるようだがスカートの件もあるし……癖とか趣味とかは変わっていないのだろう。だとすると音楽を聴きっぱなしというのは変だ。理由は?そうしなければならないからだ。

 ゲームに出てくるような魔法。HPという設定を実現してしまっている現状。音楽。これらを統合するとこんな答えが出てくる。


 音々はゲームのBGMを聴いてそのイメージを実現させている。


 多少無理やりだがそう考えると色々とつじつまが合う。

 鼻歌を歌うのはそのBGMのイメージに深く入り込むため。HPという設定が実現しているのはあくまでこの攻撃がゲームのものだから。その魔法が実際に起きた場合どうなるかということをイメージできないから。

 「このBGMを聴くとあのバトルを思い出す。」「この音楽と言ったらあの場面だよね。」そういった音楽に対するイメージ。結婚式の音楽と言えばほとんどの人が同じ音楽を思い浮かべる……そういった音楽とイメージの関係を操作して音楽から現象を引き出す力。


 遠藤音々は《音楽》のゴッドヘルパーだ。


「……《音楽》か……」

「ん?何か言った?」

 ……何て言えばいいのか……自分で予想しておいてなんだが、《音楽》ってなんだ?

楽譜とか楽器なんかには確かに《常識》と呼ばれるものはあるだろう。だけど《音楽》そのものには《常識》は無い。音さえあれば《音楽》になり得る。《音楽》そのものに《常識》があったらこんなに多種多様な《音楽》は生まれていない。感情系の力とかそんな感じの言い方をするのなら、《音楽》は芸術系だ。イメージを具体的にし、その人にとっての《常識》にまで進化させることでゴッドヘルパーは非常識な現象を引き起こす。だというのに《常識》そのものがそもそもイメージの世界のもの。

 その《常識》に対する一般的な考えがない。それはつまり……リッド・アークが言っていたような生まれた瞬間の人間の頭だ。ゴッドヘルパーはそれまでの人生で色々な《常識》を身につけているからこそ、できないことがあったりする。リッド・アークは自分の脳を一時的に別の物に切り替えることで知識や経験がない純粋な脳を実現させ、《反応》の力を最大限に引き出していた。それを普通に行えてしまう《常識》。

 今はたまたまああいう形になってるが……もしも音々が「風の音こそが音楽」とか考えたりしたら、音々は少し走るだけで魔法の発動が可能になる。

 魔法だなんだというこの世界だからこそこの程度におさまっているだけだ。音々が私の知るいつもの世界でゴッドヘルパーとして存在していたのなら……しぃちゃん並にデタラメな現象を引き起こすゴッドヘルパーとなるだろう。もしかしたらそれ以上。

 しかも天使たちが見たところ音々は第三段階並だという。間違いなく最強だ。

「晴香?」

「はは……強いなぁ音々は。」

「ありゃりゃ?降参?ボクの方が正しいってわかった?」

 音々がニコニコと笑いながら近づいてくる。……それ以上近づくと私の今の姿勢からして音々のパンツが丸見えになるので私は少しあわてて答える。

「強いけど……もうわかっちゃったから。音々の弱点が。」

 音々が立ち止まる。

「ありゃりゃ。でも大丈夫じゃないかな。晴香はあと一撃で終わり。対してボクのHPは十分たっぷり。こんな状況で一発逆転するの?」

「するよ。」

「ふふふ。どんなお天気にするのかな?」

「雷だよ。」

「ありゃりゃ。でもそれぐらい防げる魔法はあるよ?準備は万端。」

 音々の片手がポケットに入っている。たぶん音楽プレイヤーのスイッチに指が触れているのだろう。そこからピッという音が聞こえた。すると音々をバリヤーが包む。

 音々はにっこりと笑う。

「ほら、これで大丈夫。この状態で晴香を攻撃する。ボクの勝ちだね。」

「どうかな……」

「ありゃりゃ。あきらめが悪いね。晴香ってそんなにガンバリ屋さんだったっけ?」

 「今日の天気は」と言わなくても雷は落とせる。たぶん雷を落とそうとも今のバリヤー状態の音々には効かないのだろうが……そんなことは関係ない。

「……でっかい雷雲だね。」

 余裕の顔で上を見上げる音々。私は力の入らない腕を何とか動かす。

「?晴香?なにしてんの?」

「私の勝ちだ、音々。」

 私は力を振り絞って両耳をふさいだ。


 次の瞬間、ものすごい轟音が響いた。


「!?」

 音々のバランスが崩れた。それほどの轟音。地面や身体がビリビリ震えているのがわかる。この部屋は私が入ってきた扉以外に出入り口がなく、その扉は今は閉まっている。つまり密室なのだ。そんな中で特大の雷が落ちたらどうなるか。

 答え、大音量の雷鳴が轟くことになる。

「―――」

 音々が口をパクパクさせている。何かを言っているのだろうけど……私には聞こえない。ものすごく大きな音を聴くと一時的に音が聞こえなくなる。耳をふさいでいた私でさえこうなっているのだから音々はもっと何も聞こえない。

 そして耳が聞こえなければ《音楽》は聴けない。

 音々のバリヤーが消えた。音々と目が合う。

『空』がいるのは私の中。こころでの会話が可能な所にいる。耳が聞こえるかどうかは関係ない。

私はにっこりと笑いながら自分でも聞こえない言葉を呟く。


 今日の天気は『相手が気絶する』でしょう。



 「ああ……そういうことだったんですね。」

 怒り狂う鴉間を前にディグはぼそりと呟いた。

「にゃにが?」

「サングラスの意味ですよ。」

 鴉間はサングラスをとることで第三段階の力を使えるようになる。実のところオレもその理由を知らない。

「さっき言ってましたよね、壁の向こうで起きていることが把握でき、扉の向こうで行われる会話が聞こえると。子供の頃なら面白いの一言で片付くかもしれませんが、大人になるにつれてその力は鬱陶しくなるでしょう。自分でやろうとしてやっていることではないから止められもしない。下手をすれば発狂しかねない力です。」

 言われてみればそうだな。何がどこで何をしているのかを常に把握してしまう力……具体的に言えば悪事や悪口なんかが常に頭の中に入ってくるわけだ。普通なら……確かに狂うな。

「そこでサングラス。サングラスをかけると視界が暗くなりますよね。それによって『ここは自分の知っている空間ではない』と頭……いや、システムに思わせるのです。一種のフィルターのようなものなのでしょう。」

 なるほど。鴉間が把握するのはあくまで鴉間が知っている空間……この世界だ。その世界よりも一段階暗い世界を『知らない世界』ととるのは可能だろう。

 ……それであいつはあんまり第三段階の力を使いたくないようなことを言っていたのか。


「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!俺がここにいんだから俺が中心だろうが!何かしゃべんなら俺の許可をとれ!」


 叫びながら周囲に破壊を撒き散らす鴉間はさながら竜巻。オールバックの髪が顔に降りてきていてなんか違う人間みたいだな。

「てめぇらは俺の世界にいらねぇ!殺す!消す!」

 鴉間は両の手に拳をつくり、天を仰ぐ。

「この世界には!数え切れねぇほどの《常識》がある!だが割合で考えた時に一番のパーセンテージを叩きだすのはなんだ!?《空間》だ!あらゆる《常識》は《空間》があって初めて存在する!《時間》でさえ生物がいなけりゃその概念は存在しなかった!なら俺は?《空間》のゴッドヘルパーである俺には何が出来る!?」

 鴉間を中心に円状の空間が広がる。真っ暗な……何も感じられない空間。例えるならブラックホールか。

「俺は!一つの世界を作り出すことが出来る!《空間》以外の《常識》が欠落した世界だが、確かに一つ、新世界を作ることが出来る!そんな世界がこの『多くの《常識》で満たされた世界』に出現したらどうなると思う!?」

 《空間》以外の《常識》が存在しない世界?そんなものは……ただあるだけの世界だ。その世界が何かをするわけはない。《空間》しかないんだか―――

「!まさか!?」

 その新しい世界は何もしないが……元からあるこの世界は?

 《常識》はこの世界の至る所で同じようにある。こっちでは重力が下にかかるのにあっちでは上にかかるなんてことはない。いや、無いようにしている。

 もしも……《常識》がキチンと行きわたっていない場所があったなら?《常識》は真空に流れ込む空気のようにその場所を埋めようとする。

 鴉間の作りだした世界は……それこそ《空間》のゴッドヘルパーが作りだしたんだから広さに限界は無い。

つまり、無限の広さを持つ世界、《空間》という《常識》しかないその場所に他の《常識》が流れ込むことになる!

 簡単に言えば……こっちの《常識》が吸い込まれる!

 流れ込む《常識》はもちろん近いものから順番にだ。《常識》とはつまりシステムのこと。ならば一番最初に吸い込まれるのは鴉間の目の前にある《回転》と《時間》!

 オレはあわてて叫んだ。

「ディグ!そこから逃げろ!鴉間の奴はお前の力を―――」

「おっせぇんだよぉっ!!」

 鴉間を中心に広がっていたブラックホールが止まる。……完全にこの世界に存在を固定した。

 次の瞬間、すさまじい暴風が吹き荒れた。風の行く先はもちろんブラックホール。だが物理的に何かを吸いこんでいるわけではない。この風も普通の風とは成分が違う。

「んにゃぁ!?」

 最初に変化があったのはメリーだった。メリーの身長が徐々に伸びていく。

「俺のこれは《常識》を吸いこむ《空間》だ!真っ先に吸い込まれんのはてめぇらの《常識》!特に、後から上書きされた内容からなぁ!」

 システムは《常識》をより良くするために上書きを繰り返している。最新の更新から順々に吸い込んでいき、最終的には本体を吸いこむ。

 最新の更新事項……それはもちろんゴッドヘルパーが個人的に設定した《常識》。

 今……メリーからは『自分の時間を止める』という内容が吸い込まれているわけだ。結果としてメリーは本来の年齢に身体が変化していく。

「……!こにょままじゃ……」

 人間で言う所の小学校低学年あたりの身長から高学年あたりの身長になったメリーはディグに片手を向けた。外面的にはそれだけだが―――

「……自分に基準時間を設定しましたか……なるほど。おもしろいことを考えますね。」

「理解が早くて助かりゅよ。」

「ではやりますが……自分が戻せるのは宇宙誕生あたりまでですので。」

 ……何だ……あの二人は何をしようとしている……?

「時間を巻き戻しゅ!」

 そう言ってメリーは鴉間を見た。対する鴉間は嫌な笑みを浮かべる。

「俺がこの技を出す前に戻すのか?無駄だ!言っただろうが、上書きされた内容から吸い込むってよぉ!」

「でも一瞬じゃにゃい。あちゃしの時間が徐々に進んでいるのを見ればわかりゅ。一瞬にして吸い込むにょにゃりゃあちゃしはすでに骨だもの。」

「……はっ……それがどうした!?例え時間を巻き戻せても俺はまだここにいるんだからな、もう一度やるまでだ!少しずつでも確実にてめぇの《常識》は吸い込める。何度だってやってやるぞ!俺はてめぇらを消すと決めたぁ!」

 その通りだ。時間を巻き戻した所で意味はない。それに鴉間は第三段階の力で《時間》を操れる。鴉間自身の《時間》だって戻せない。完全に詰んでいるはずだ。

「何度もやりゃないよ。疲れるもにょ。あちゃしはこの一回の巻き戻しであにゃたを倒す。」

「はぁ?何を言って―――」

 次の瞬間、ディグが空間を切り離した。正確に言えば空間を回転させることでオレがいるこっちの空間とあいつらが戦っている空間の間に隔たりを作った。

「今さら空間を分離して何を―――」

 空間が切り離された場合、普通ならオレの所からあいつらは見えないのだが……オレは魔法で見ている。そんなオレの目に驚愕する鴉間の顔が映る。

「まさか……てめぇら……」

 声を震わせる鴉間を中学生くらいになったメリーが見ている。

「世界を原初まで巻き戻すつもりかぁ!」

 ……原初……?

 原初だと!?ばかな!何を考えている!?

「さあ……どっちが早いかにゃ?」

 メリーとディグはとんでもないことをしようとしている!あいつらはあの隔離した空間内の時間を……《空間》という概念が生まれる前に戻そうとしているのだ!

 確かに、システムが管理している《常識》、その概念、考えが生まれる前に行けばそのゴッドヘルパーは無力になる。操る対象が無いのだから。

 だが《空間》に限っては話が別だ。鴉間が言っていたように、大部分の割合を占めているのは《空間》だ。それもそのはず、一番最初に生まれた《常識》なのだから。それが生まれる前まで戻すというのはつまり……世界に神しかいなかった時まで戻すということ。如何なる《常識》も存在しない時まで……!

「ふざけんな!バカかてめぇは!《空間》が最初なんだぞ!そこまで戻す前にてめぇらの《時間》と《回転》が先に無くなる!」

 そうだ……そもそも《空間》の考えがなければ《回転》も《時間》も存在しない。先に自分たちが無力になる。

「わかってにゃいなぁ。」

 そろそろ高校生になろうかというメリーが笑う。だいぶ服がきつそうだ。

「確かに《時間》っていう考え方が生まれたのは生物……主に人間が誕生してからだよ。でもねぇ、《空間》と違って《時間》は数値で表せりゅんだよ。例えその存在が確定したのが最近であってもマイナスっていう符号をちゅかってその前を表せる。」

「んな屁理屈が世界に通用するとでも思ってんのか!」

「しょうかにゃ?考えてもみなよ。どんな《常識》も存在しない、神様しかいない世界。そんな世界を言葉で表現するとどうにゃる?『ずっと昔の世界』でしょ?そう表現できちゃう時点であちゃしの領分にゃんだよ。」

 《回転》はさしゅがにダメだけどね、と言いながらメリーは腰に手を当てる。

「もちろん《回転》とかの前に《人間》とか《意思》とか……そういうあちゃしたちを形成する《常識》が無くなりゅけど……それは大丈夫。すでにあちゃしとディグの時間はそうならないように止めたかりゃ。あにゃたも時間を使える存在だからそれは問題にゃいけど……《空間》が消えたら時間を操れなくなりゅから……あにゃたは消滅する。」

 つまりこういうことか。メリーとディグは自分たちの時間を操ることで《人間》とか《意思》の《常識》が無くなっても存在していられるようにし、あの隔離された空間の時間を原初に巻き戻すことで鴉間の存在を消滅させようとしている。

ディグがやった空間の隔離自体はこっちの世界で起きていることだから中の《回転》という概念が無くなっても隔離は続く。

 鴉間は《空間》の力で時間をある程度操れるがそれは所詮《空間》に起因する力。《空間》の《常識》が無くなってしまえば操れなくなる。

 《空間》はそれが生まれた時までしか操れない。だが《時間》は生まれた時からさらに遡り、究極的には神が生まれた瞬間までその範囲が及んでいる。その本質が数値であるが故に。《数》の《常識》が消えようと関係ない。操っているメリー本人が《数》とい概念を持ったまま時間を止めているのだから。

 これはスピードの勝負。鴉間がメリーの《常識》を吸いこんで老衰させるのが先か、メリーたちが世界を巻き戻して鴉間を消滅させるのが先か。

「って……なにぃっ!?」

 がらにも無く思わず叫んでしまった。見ればあの隔離された空間内の時間は相当巻き戻っている。すでに宇宙空間なのだ。

それもそのはず、今巻き戻しているのはディグだ。時計の針を回転させるというイメージのもと、あの空間内の時間を超速の角速度で巻き戻している。

 ……《回転》という概念が生まれたのは……星がまわりだしてからだ。いや、宇宙を作る時に何かを回転させていたかもしれないが……とにかくそのあたり。ディグが言った宇宙誕生あたりまでとはそういうことか。とりあえずそこまではディグが巻き戻し、そこから先はメリー。メリーはほとんど第三段階。故に体力を消耗する。最初からメリーがやってはもたないのだろう。

「くそがぁぁ!その前に吸い込んでやる!!」

 鴉間のブラックホールが《常識》の吸い込みを加速させる。


 巻き戻る世界。吸い込まれる《常識》。

 ディグの巻き戻しが終わった。今あの世界に宇宙は無い。それ以前の……『無』。

 メリーの巻き戻しが始まった。ディグほどでは無いがそれでも早い。

 オレの目に何も映らなくなる。おそらくあの隔離された空間の中から《魔法》が無くなったのだろう。今のオレには変に歪んだ場所があるようにしか見えない。


そして数秒後、その歪みすら無くなった。


 さっきまでの戦いが嘘のように……辺りが静寂に包まれる。

「……どっちが勝ったんだ?」

 オレはビルから降り、さっきまで三人がいた場所に立つ。

 例えあの三人が死のうとも世界に支障はない。この世界からシステムが無くなったと認識されたらすぐさま新しいシステムが発行される。

オレが殺そうとしている神が作ったのだ。世界は矛盾や崩壊を徹底的に防ぐように出来ている。

「ディグは正直惜しいが……これで鴉間とメリーがいなくなったのなら……オレの障害はないも同然なんだがな。」



 あとがき


 ……どこだここは?

 私は……そう、音々を倒した。それで……どうなったんだ?

 いつのまにか私は椅子に座っていた。真っ白な椅子。目の前には同じ色のテーブルと同じ形の椅子が二つ、私と向かい合うように置いてある。

 まわりには何もない。真っ暗な空間が広がっている。


「見事だったのである。」


 どうしたものかとキョロキョロしていると正面の暗闇から人が現れた。人数は二人。

「終わった後になんだが……これもモノ書きとしてのけじめみたいなものでな、付き合ってもらうよ。」

 二人はこちらにやってきて空いていた椅子に座った。

 向かって右に座ったのは……なんだか怖い男だった。妙に迫力のある顔は……例えるのならフランケンシュタイン。それに加えてなかなかガッシリとした身体。椅子に座るときに下ろしたリュックはパンパンに膨らんでいる。一体何が入っているのか。

 左に座ったのも男。こちらはそんなに怖くない。どちらかと言うとカッコイイ部類に入るだろうか。ただ服装が地味過ぎてなんだかもったいない。

 そして二人とも明らかに外国人だ。

「《天候》のゴッドヘルパー、雨上晴香。お疲れさまだったのである。小生は《物語》のゴッドヘルパー、アブトル・イストリア。」

「オレは《反復》のゴッドヘルパー、メリオレ・モディフィエル。」

 《物語》と《反復》?なんだそれは?突然なんなんだ?

「すでに小生の《物語》は幕を閉じた。ここはあとがきである。あとがきは作者が読者にちょっとしたネタばらしをしたり心境を吐露したり……編集者にお礼を言ったりするところである。」

「オレらは一つの物語をやるたんびに出演者をここに招いて話をしてんだ。今後のためにな。」

 ……何を言っているんだ?物語?出演者?あとがきって……

 私が呆けているとメリオレさんがそれに気付いてため息まじりに呟いた。

「……おいアブトル。まったくわからないって顔してんぞ。」

「当り前であるな。質問も内容をわかっていないとできない。まずは……小生らが君にどういったことをしたのかを話そう。」

 アブトルさんは慣れた感じで話し始める。

「小生は小生が決めた世界設定で小生が設定したキャラクターを小生が書いた《物語》通りに動かすことができるのである。」

 ……それが《物語》のゴッドヘルパーであるこの人の力か。

「……すごいですね……」

「ありがとう。今回の世界設定はもちろん魔法使いと宇宙人が存在しているということだね。時間があればきちんとした魔法使いと宇宙人を用意したのだが、なにぶん急ぎの用だったのでな。ゴッドヘルパーに魔法使いを演じてもらい、宇宙人はありきたりなデザインになってしまったよ。」

「演じる?」

「元々存在している人や物の設定だけ変えて《物語》に登場させることだ。もしも魔法使いを完全に小生のオリジナルにするのなら綿密な設定が必要になる。どういった原理で魔法を使うのか。なぜそんな存在がいるのか等。構想を練る時間が無かったのでゴッドヘルパーを代用した……そんなところだな。」

 元々いる人を物語に合わせて登場させる……か。

「青葉もそういう類ですか?」

「うむ。青葉結はすでに記憶を失い、ゴッドヘルパーであることを忘れているがそれでなくても彼女は優秀な技術者だ。《物語》上必要な技術提供者は青葉に演じてもらった。確か現実の世界ではリッド・アークと派手に楽しく暮らしているとか。」

 そこまで聞いて私は疑問に思った。現実にいる人でもキャラクターの設定を変えるという形で操ることが出来るのなら……なんで私は音々に勝ったんだ?それ以前になんで私が勝つ《物語》を書いたんだ?全てはこの人の思うがままなのに……

「……なんで私を倒さなかったんですか?」

「うん?」

「好きな設定で好きな《物語》を進めることができるのになんで私に勝たせたんですか?」

「ああ……君は勘違いしているな。」

「え?」

「小生の力で誰かを倒すこと……まして傷つけることはできないんだよ。」

「……どういう……?」

「ある人物……例えば君、雨上晴香を倒そうと思い、圧倒的な設定で圧倒的な敵を作り出して君を倒したとしても……そこで倒されたのは雨上晴香が演じている雨上晴香なのだ。《物語》の中の雨上晴香を倒しただけで実際の雨上晴香を倒したわけではない。映画を思い浮かべてみるといい。スクリーンの中でとある人物が死んだとしてもそれを演じている役者まで死ぬわけではないだろう?小生の領分はあくまで《物語》なんだ。」

「それじゃあ……」

「さらに言うと小生は君が勝つ《物語》を書いたわけじゃない。小生が書いたのは遠藤音々と雨上晴香が戦うという所までだ。勝敗は書いていない。勝っても負けてもそこで《物語》は終了する。」

「なら……あなたたちの目的はなんなんですか。」

「足止めだ。」

 そこで今まで黙っていたメリオレさんが口を開く。

「とある戦いをするためにお前の介入を防ぐ。それがオレらの目的だ。」

「戦い……?」

「鴉間対メリーだ。」

 鴉間とメリーさんの戦い!?

「この先オレらの障害になるであろう第三段階のお前と《時間》のメリーは倒しておきたい。だが同時に相手すんのは厳しいものがある。だから各個撃破するために片方を足止めする必要があった。」

 ということは私がこの《物語》にとらわれている間に《空間》対《時間》の戦いが起きていたってことか!

「まっ、それももう終わったみたいだがな。」

「……当り前ですよ……そんな何日も戦いませんよ。」

「あん?……ああ、お前はまたも勘違いしてるぞ?」

「え?」

「小説とかで見ねーか?『数日後』とか『数年後』っていうのを。何度か感じなかったか?いつのまにか時間が進んでる感じ……いつのまにか事態が展開してる感覚を。」

 そういえば何度かあったなそういうの。そうか……やっぱりか。《物語》を操るんだから時間の進み方も自由自在なんだな。なら……実際にはそんなに時間が経っていないわけか。

 メリーさんが負けるとは思えないけど鴉間が負ける姿も想像できないなぁ。んまぁ終わってしまったのなら今さら何かしても仕方がないか。

 私は……とりあえずこの二人の力を完全に把握しておくとしよう。

 整理すると……アブトルさんは自分の好きな世界、好きなキャラクターを好きな設定で動かし、好きな結末に持っていくことができる。ただしそれはあくまで《物語》なので現実世界に影響はない。あるとすれば……《物語》に引き込むことでその人を一定時間閉じ込めることができるってことぐらいか。

 ……あれ?私がさっきまでいた世界の説明がこれだけで出来てしまった。それじゃあ……メリオレさんは何をしたんだ?《反復》って……?

「あのぅ……」

「あん?」

 なんだかしゃべり方がルーマニアなメリオレさんに聞いてみる。

「あなたは何をしているんですか?」

 するとメリオレさんはため息をつき、アブトルさんがクスクスと笑った。……アブトルさんが笑うと恐怖しかないな。顔が怖すぎる。

「メリオレはね、小生の《物語》の編集を行ってくれるんだ。」

「《反復》でですか?」

「そうだよ。小生はモノ書きを仕事にしているんだがね、一回の執筆でその《物語》が満足行くことはなかなか無い。文章を眺めていると『ここはこっちの方がいいな。』と思う時がよくある。普通は普通に書き直せばいいのだが……この力ではそうはいかない。」

「?」

「もちろん予めストーリーは決まっているよ?脚本とでも呼べばいいかな。オリジナルのキャラクターは小生の書いた通りに動くけど……誰かが演じているキャラクターには……アドリブを行う可能性があるんだ。操ると言っても、『こころも身体も完全支配』というわけではないからね。そういった予期せぬアドリブが起きた時はもちろんそれを修正しなければならないんだが……あいにく小生にはそれが出来ないんだ。」

 私が首を傾げるとメリオレさんが続ける。

「アブトル自身のせいなんだがな、こいつは《物語》を始まったら終わるモノと考えている。それがこいつの《物語》に対する《常識》。だからな、例え本人の思惑とはずれた《物語》が展開されようと、その《物語》は必ず終わらなければならないんだ。」

「つまり……間違いが起きてもその『間違いが起きた《物語》』を一度終わらせないと次の《物語》……本来の《物語》になるように修正した《物語》を始められない……ってことですか?」

「そういうことだ。」

 なんだろう……最初に聞いた時はなんてすごい力と思ったけど……実際には欠陥だらけだ。ここまで来るとどうしてサマエルがこんな力の持ち主を仲間にしたのか疑問になってくる。

「そこで役に立つのがオレの力というわけだ。」

「《反復》がですか?」

「大抵の奴はそういう反応……つぅかその反応しか見たことねーな。まぁ確かに複雑な関わり方してるからな。」

 いいか?と前置きをするメリオレさんはめんどくさそうにしながらも楽しそうに話し始める。

「《反復》に必要なのはスタートとゴールだ。スタートからゴールへ行ったら再びスタートに戻して再度ゴールを目指す。これが《反復》だ。」

 この人、もしかしたら説明好きなのかもしれない。

「オレがこの場合《反復》させているのはもちろん《物語》。スタートは『間違いが起きた場所』ゴールも『間違いが起きた場所』だ。」

「……?」

「間違いが起きた《物語》がそのまま進んだ場合の結末を迎えた後に再びその間違った結末を迎える《物語》を開始させ、『間違いが起きた場所』に戻す。オレがしているのはこれだけだ。」

「……いや、意味がわかりませんよ。」

「だよな。どこがわからない?」

 やっぱり楽しそうだ。どうでもいいことだがこうやってゴッドヘルパーとしての力を行使する前、この人たちにも普通の人と同じ日常があったわけだ。たぶんメリオレさんは先生みたいな職業だったんだろうなぁ。

 んまぁとりあえず、わからないことは聞いていくとしよう。

「そもそも……間違ったまま進んだ場合の結末ってなんですか。それって完全に未来のことで……わかるわけがないじゃないですか。」

「普通ならな。だが今回の舞台は《物語》だ。始まった時点ですでに結末が決まっている世界だぞ?その中で起きたアドリブだ、そこまで大きく結末を変えはしない。それにここにはその《物語》を書いた人間がいるんだぞ?『こうなった場合こうなる』なんてことは誰よりも把握している。間違ったら間違った瞬間にその場合の結末が少なくともアブトルの脳内には浮かぶわけだ。それを使えばいい。」

「いやいや……何ですか脳内って。」

「《物語》は一度始めたら終わらなければならない。それを決めているのはアブトルだ。なら……アブトルに、正確にはシステムに『この《物語》は一度終わりました』っつう情報を与えればいい。つまりな、実際に展開させている世界を一度終わりにしなくても認識させれば終わったことになるんだよ。」

 認識させることで何が起きるんだ?一度終わったところで……また繰り返されるんだから何の意味も……

「よし……《物語》のスタートをAとして間違いが起きた場所をBとすんぞ?今、間違いに気付いた……つまりBにいる。オレはそこから《反復》を始めて、間違った結末……Cまで《物語》を進める。《反復》なんだから再びAに行き、そこからまたBを目指すわけだ。だがCまで行った時点ですでにその《物語》は一度終わったことになる。だからCに行った瞬間にアブトルが『間違いが起きないように修正した《物語》』をスタートさせる。」

「それじゃぁ《反復》が……」

「修正したことによって《物語》が変わるのはもちろんB地点からだ。だから少なくともAからBまではきちんと《反復》しようとする。だがBに着いた瞬間、《反復》が繰り返そうとしている《物語》とは違う《物語》が始まる。修正された《物語》がな。だからその時点でオレの《反復》はストップすることになる。すると……ほれ、見事に編集されたわけだ。ちなみの今言った現象はシステム上の出来事だから時間にすればほんの一瞬だ。」

 えぇっと?つまり……?

「つまり……メリオレさんは『間違いが起きた瞬間から間違った結末』までと『スタート地点から間違いが起きた場所』までの《物語》の進行を一瞬で終わらせることができると。」

「アブトルの力の性質上避けることのできない編集過程を一瞬で終わらせる。それがオレの仕事だ。」

 ……なんだ、意外と仕事してるなぁメリオレさん。

「他に質問は?」

 アブトルさんがいつの間にかコーヒーをすすりながら聞いてきた。気付けば私の前にも同じものがある。特に疑う必要もないと思ったので私もコーヒーを飲む。

 うえぇ、ブラックだ……

「……記憶はどうなるんですか?《物語》の中で起きた事に対する記憶は。」

「小生が設定したとは言え、完全に『素』がないわけではない。いつもしているようなこと、会話などは記憶されるだろう。だが《物語》の中だったからこそ起きたことに対しての記憶は無くなる。小生がその《物語》を閉じてしまうからね。」

 ナナカンソバだなんだということは忘れるが……普段でもするような日常会話は覚えてるって感じか……

「……なら私はここで話したことを忘れるんですか?さっきここはあとがきって言ってましたし。」

 あとがきなんて丸っきり《物語》の領分だ。

「それは無いだろうね。そもそも君は魔法使いの概念を変に思っただろう?それはつまり小生の《物語》の力が効かなかったということなんだよ。」

「えっ?」

「君だけが普通だった、そうだろう?それはね、小生が第三段階相手に《物語》を発動させたのが初めてだからなんだ。第二段階と第三段階とじゃシステムとの関係に大きな違いがあるから……今まで通りのやり方では君に通じなかったんだ。だから君だけは全てを覚えているだろう。」

 私を主人公にして一つの《物語》の中に閉じ込めようとしたとこまでは良かったが……なんと私には効かなかったと。だからたぶん……ルーマニアとの連絡を一回だけ許したんだな。普通なら《物語》に沿ってなんの疑いもなく行動するのに私には効かなかったから……状況説明をする係が必要になったんだ。

「……そういえば翼と先輩にこ……告白されたのは……」

「うん?ちょっとした実験だね。小生はモノ書きだから。やってみただけだよ。」

 くそぅ、そんなことであんな目にあったのか。

 さて……あらかた情報は聞き終えたかな……?

「あ。」

「うん?」

 そうだ、これを聞かないと。

「なんで音々がラスボスなんですか?展開的におもしろいからですか?」

「いいや……それもあるんだが一番はその力だ。ザ・マジシャンズ・ワールドにはリーダーが必要だったんだが……それに最も適した力と実力を持っていたのが彼女だった。」

 確かに魔法使いのボスとしては最適な力だった。

 ん?待て待て。『最も適した力と実力を持っていたのが彼女だった』?ということは《物語》が始まる以前に音々は第二段階……いや、第三段階に近いゴッドヘルパーだったということなのか?

「リッド・アークの戦いの後に起きた第二段階以上のゴッドヘルパーの急増……そんな中で自覚したのが彼女。おそらく普通ならゴッドヘルパーとしてのその強大な気配に天使がすぐに気付いただろう。だがあちこちで暴れるゴッドヘルパーの対応に追われたせいで……これといった騒ぎも起こしていなかった彼女は誰にも気付かれなかった。ひっそりと自分の部屋で不思議な現象を起こす程度だった。」

 そうか……あんなどーでもいいようなゴッドヘルパーの相手をしている間にそんなことが。他にもいるんじゃないか?そういう人……

「着々と腕をあげていく彼女なのだが……本人はその力がどれほどすごいものなのかを理解していなかった。気付いたら……第三段階クラスの実力者になっていたわけだ。小生が特に設定を加えなくとも天使とゴッドヘルパーを返り討ちにしていたよ。もちろん《物語》の中でだが。」

 そこでメリオレさんがふと思いついたように呟いた。

「完璧に第三段階ではないとは言え……システムとの繋がりは深いわけだし……もしかしたら何らかの形でこの《物語》を記憶してるかもしれねーな。」

「んな……」

「うむ……うん?そろそろ切りあげるのである。予定の時間が近い。」

「ああ……そういや集合時間を決めてたな。」

 どうやらこの質問コーナーもそろそろ終わりらしい。なら最後に……

「アブトルさん。」

「うん?」

「あなたは神無月世界ですか?」

「ほぉ?知っているのか。確かに最近は日本での出版が多いが。」

 やっぱりか。《物語》のゴッドヘルパー……売れるわけだ。

「小生は日本が好きでな。古今東西、ありとあらゆる《物語》を読んできたが……あれほど種類が豊富な国はない。」

「種類?」

「こういうのだよ。」

 するとアブトルさんはリュックを開けた。パンパンに膨らんでいたその中に入っていたのは……気持ち悪いくらい大量の本だった。その中から比較的薄い本を何冊か取り出した。表紙のデザインとか題名から察するに……

「ライトノベルという奴だ。」

 ……アザゼルさんが喜びそうな表紙だなぁ。

「恋愛、SF、推理、時代モノ……さまざまなジャンルがこの世界には存在し、多くの作家がいろんな《物語》を書いてきたが……日本はとてもユニークだ。そういうジャンルにさらにおかしな要素を加えていく。萌えと呼ばれるモノにバトル……個性的なキャラクターに素晴らしい世界観。日本のアニメ等の文化が世界に評価される理由もわかる。絵がきれいだとかアニメーションの技術が高いなどというのももちろんだが……何より他に類を見ない《物語》だ。他の国でこういった《物語》を書くと変な目で見られることもあるだろうが……この国ではそれがない。故に作家はどんどん個性を出せる。《物語》に対する《常識》が少ないのだよ。決まりが無く、枠が取り払われた素晴らしい環境だ。」

 ははぁ……そういう見方もできるわけか……

「なんで神無月世界っていうペンネームなんですか?」

「……小生が《物語》を展開させるとそこからは小生の世界だ。そこには神様はいなく、小生がそのポジションに収まることになる。だが小生はメリオレがいないと満足に力を使えない第二段階である。とてもじゃないが神とは名乗れないのだよ。だから……小生の展開した世界には神がいなくなるわけだ。その昔、日本では神様のいなくなる月を神無月と言ったのだろう?だから神無月世界。」

 アブトルさんがそう言った瞬間、アブトルさんとメリオレさんは私の視界から消えた。

 周囲を包んでいた暗い空間にひびが入り始めた。そのうち私は元の世界に戻るのだろう。

 しかし……その前に気付いてしまった。

 もしもアブトルさんが足かせになっている自分の《常識》を上書きしたなら。

 もしもアブトルさんが第三段階になったのなら。

 その時は完全完璧な神の誕生だ。

「……やっぱりサマエルの下にはろくでもないゴッドヘルパーが揃ってるなぁ。」



 数日後、例によってルーマニアが事後報告をしにやって来た。

「つってもオレ様は今回出番なしだったからなぁ……ホントに報告しかねーや。カッコわりぃ。」

 いつものように窓辺に浮いているルーマニアを私は眺める。地上にいる天使を全員天界に強制送還させたアブトルさん。それだけでも脅威か……

「《物語》の影響で起きたことは……特にない。そいつの言った通り、《物語》に関する記憶を持つ奴はお前以外いなかった。情報屋が確認したから間違いない。」

「そうか。ってことは終わってみれば今回は何も無かったことになるのか?」

「そうでもない。勢力の大きな変化があった。」

「鴉間とメリーさんの戦いのことか?」

「ああ……つーかビックリの事態が起きてやがったのさ。知らないとこでな。」

 深呼吸した後、ルーマニアはだいぶ真剣な顔でしゃべりだす。

「鴉間がサマエルを裏切った。数人のゴッドヘルパーを連れてな。」

「え?」

「リッド・アーク戦の後かららしいんだがな、鴉間の奴はサマエルの下についてるゴッドヘルパーの中でも高い実力を持つ奴らに声をかけてまわってたらしい。頷いた奴は仲間にし、拒否した奴は殺していたんだとよ。」

「殺……」

 私が息を飲むとルーマニアが軽く肩を落として言う。

「……なんだかんだ言ってお前はまだ死を見たことないんだよなぁ……だがこれで再確認できるってもんだ。オレ様たちの敵は……正真正銘の凶悪犯罪者だってことがな。」

 鴉間……最初に会った時は気さくな感じで面白い印象を受けた。でも……あの人は……人殺し……

「……」

 私が沈んだ顔になるとルーマニアはどこから取り出したのか、傘をさしながらこう言った。

「天使の協力者となった奴ならこっちの秘術で生き返らせることができるが他はそうはいかない。これ以上犠牲者を出すことは許されねぇ。サマエルもそうだ。あいつも自分の野望のためにはいかなる犠牲もいとわない。気合を入れろよ。」

 私は……というか普通の人なら『死』を目にするのは家族が死んだ時ぐらいだ。それに対してルーマニアは……多くの『死』を見てきたし起こしてきた。ここが私とルーマニアの違いだな。

 人殺しと相対する事態になった時、人はどう考える?これ以上被害を出させまいと勇気をふるう?素直に恐怖して逃げる?被害者に代わって怒りをあらわにする?わからない。

「……悩むんなら……とりあえず考えるの止めるんだな。」

「え……」

「考えたってしょうがねーって言ってんだ。人を殺したことのある存在との接し方なんか考えんな、めんどくせぇ。真剣に考える時はな、そいつと腹を割って話せるくらいに仲良くなった時だ。今は敵とだけ認識してればいい。今考えようと後で考えようと過去は変わらねーんだ。なら後でゆっくり考えたらいいじゃねーか。」

「……そうだな。今考えてもしょうがないよな。後にするよ。」

 軽く空を見上げてルーマニアは傘をたたんだ。

「さて……重要なのはこっからだ。」

「……二人の対決の結果だろう?」

「正確には三人だ。二体一の戦い。サマエルが鴉間を倒すために刺客を送り込んだ。情報屋は史上最強のゴッドヘルパーと言ってたな。」

「……その最強の人とメリーさんが鴉間と戦ったってことか?」

「ああ。結論から言うと……よくわからん。」

「なんだそりゃ。」

「三人とも行方不明なんだよ。でもなんとなく想像つかねーか?《時間》と《空間》のバトルだったんだぜ?全員空間の狭間とかそんな感じのとこに行っちまったんじゃねーか?」

 適当な……だけど一理あるところが恐ろしいとこ。

「こう言っちゃなんだが……鴉間がサマエルのとこのゴッドヘルパーをだいぶ倒したおかげで今サマエルは戦力が不十分だ。このチャンスを逃す手は無い。」

「……ついにサマエルと戦うんだな……」

「そうなるな。つってもサマエル側の戦力はゼロじゃないからな……総力戦もあり得る。今は正確な戦力分析をしてるとこだ。」

 ちょっとした一段落ってところか。

 サマエル側は大幅な戦力低下。あっちもあっちで戦力の補充だとか新しい作戦だとかをするためになにかしらの行動を起こすだろう。

 鴉間側はリーダーの鴉間が行方不明ということで大人しくなるか。それとも鴉間の意思を継いで仕掛けてくるか。

 ……そうか。今気付いたけどアブトルさんとメリオレさんは鴉間側のゴッドヘルパーだったんんだな。

 メリーさん側は……どうするんだろうか。もしもメリーさんが死んでいるのなら他のメンバーの時間が元に戻ることになるからその確認は簡単だ。でも生きていたとしても行方不明の状態で何かするだろうか?あのチームはメリーさんに絶対の信頼を置いていた。どうなるやら……

「とりあえず急いで《すごいぞ強いぞ……》のメンバーに会ってメリーさんの生死の確認だな。」

「そうか。他のメンバーはメリーの力を受けてるんだったな。少なくともメリーは利害が合えば協力してくれる奴だ。調べておくか。」

「あ……そうだルーマニア。」

「あん?」

「ちょっと聞きたいんだが……」



 「これからどうするのである?」

 アブトルがぽつりと呟いた。

 ここはとあるホテルの一室。他にメリオレ、ルネット、チョアンがいる。

「どうもしねーよ、バーカ。鴉間の帰りを待つに決まってんだろーが、バーカ。」

「その鴉間の行方がわからねーんだぞ?なんか考えでもあんのか?あ?」

 ルネットとメリオレが睨みあう中、チョアンが何気なく呟いた。

「大丈夫だと思うアル。」

 その言葉に全員の視線がチョアンに集まる。

「《空間》のゴッドヘルパーが《空間》に閉じ込められてやられるなんて間抜けなことはしないアルヨ。その内「いやぁ、まいったっす。」って言いながら帰ってくるアル。それに……待つ以外選択肢がないアル。」

「……それもそうであるな。」

 ふぅとため息をつくアブトル。そして静かに読書を始めた。

「ああん?ならよ、わざわざ暇にしてることもねーだろ、バーカ。鴉間の帰りを待ってる間によぼよぼのババァになるっつーんだよ、バーカ。」

「どこ行くんだルネット。」

 全身にぶら下がったメガネの中から黒いサングラスを取り出し、それをかけながら楽しそうに言った。

「遊びにだよ、バーカ。」

 大きな音を立てながら部屋を出ていくルネットを眺めていたアブトルがふと呟いた。

「そういえばサリラはどこに?」



 「びっくりしましたね。」

 ジュテェムがコーヒーをいれながら呟く。

「そーだな、一瞬時間が進んだもんな……あのまま行ってたらおりゃどうなってたんだ?」

 ソファにどっかりと座っているのはホっちゃん。

「そうね。ホっちゃんは『いいお父さん』ってぐらいの年齢、ジュテェムは中年オヤジ、リバじいは仏様であたくしが二歳老ける。」

「仏様言うな……」

 リバじいがチェインの後ろでがっくりとなる。チェインは雑誌を読んでいる。

「さてと……メリーさんはいつ帰ってくるのかしら?あんまり長いとあたくしたちの資金がつきるのだけれど。」

「切実ですね。バイトでも始めますか?」

「ジュテェムが出来るアルバイト……工場でプレス機の代わりでもやるか?ぶははは!」

「そういうホっちゃんは……歩くエアコンとでも名乗ります?」

「傑作じゃな!」

「リバじいは確実に執事さんですね。」

「わしだけ力とカンケーない!?」

 騒がしい四人がマンションの一室で何気ない会話をしていた。



 土曜日。《物語》事件から最初の休日に、私はとある場所を目指して歩いていた。

「この辺も久しぶりだな……」

 学校で出会った翼としぃちゃんは元に戻っていた。先輩も普通だったし……よかったよかった。ただまぁしぃちゃんだけは何故か宇宙人の話をしていたなぁ……

「ここ……だよな。」

 大きくもなく小さくもない普通の一軒家。私は表札を確認して呼び鈴を鳴らした。

『はいはいどちら様?』

「えぇっと……お久しぶりで―――」

『あらあら!その声は晴香ちゃんね!あらあら久しぶりー!今開けるわね。』

 そう言ってから一秒もたたない内に扉が勢いよく開く。

「あらあら!すっかり大人になっちゃって!って言っても一年しか経ってないわね?でも相変わらず眠い顔してるわねー。」

 この人も相変わらずのテンションだ。もうそれなりの年齢のはずなのに姿もオーラも二十代というこの人はきっと何かのゴッドヘルパーだ。

「ねぇーねぇー!お客さんよぉー!」

 ちなみに今のは誰かに『ねぇねぇ』と呼びかけたわけではない。この人は今、自分の娘を呼んだのだ。

「ありゃりゃ?今日は誰か来る予定だったかなぁ……」

 奥から出てきたその人はこの前とさほど変わらない格好で歩いてきた。

「やぁ音々。」

「……晴香?」

 そう、私は遠藤音々の家に来たのだ。とあることの確認と約束を守るために。


 音々の部屋は……例えるのならCDショップだ。膨大な量のCDがところ狭しと並んでいる。中にはレコードなんかもあったりする。そしてこの全てを十回以上は聞いているというのが音々である。

「……変わってない……というか増えたな。」

「そりゃまぁね。一年も経てばね。」

 音々は自分の机の椅子に、私はベッドに腰掛ける。

「……本当なら久しぶりなんだろうけどね、ボクは最近晴香の夢を見たんだよ?晴香と魔法でドンパチやんの。面白いよね。ちょっとした予知夢だったのかな?」

 やっぱり……記憶という形ではないけど……残っている。情報屋も夢までは検索をかけなかったのか?

 とりあえず私はてっとり早く話を進めることにした。

「そうだな。音々はゲームの魔法をバカスカ撃ってきたな。強すぎだ。あれじゃぁラスボスと言うよりはクリアした後に出てくる隠しボスだ。」

 私のその言葉に音々が目をパチクリさせる。

「あ……ありゃりゃ?晴香?あれは……夢……なんだよね……?」

「それを説明しに来たんだよ。それと……」

 私はケータイを取り出す。

「番号とかの交換にな。」


 「ゴッドヘルパー?」

 まず何から話すべきなのか。とりあえず私はあの日ルーマニアに教わった通りに世界の仕組みを教えた。神様、天使、システム……普通の人が聞けば相手にしないような内容だが音々は真面目に聞いてくれた……アブトルさんによれば音々はすでに力を使えるらしいから当然と言えば当然か。

 あらかた話終わって私が音々のお母さんが持ってきてくれたウーロン茶を飲んでいると音々は驚愕の表情でこう言った。

「晴香がこんなにしゃべってるの初めて見たよ?」

「ってそっちか!」

 思わずツッコンでしまった。

「ごめんね?でもボクには難しい話だったから。世界のことなんて大きすぎて教えてもらっても実感がわかないんだよ。だから……ボクが晴香に聞くべきことはこっちなんだと思うんだよ。」

 音々は部屋に置いてあるCDプレイヤーのスイッチを入れる。どこかで聞いたことのある音楽が流れたと思った瞬間、音々の手の平に炎が出現した。

「ボクは……そのゴッドヘルパーなんだよね?ボクが知りたいのはこのことだけだよ。それと……今の晴香のこと。」

「……もっと困惑するかと思ったんだが。」

「だって晴香が言うことだもんね?嘘なわけが無いよ。晴香がついた嘘なんて明らかにポテトチップスを作ってるのに『カレーを作ってるんだ。』って言ったことぐらいだよ?」

 どうでもいい恥ずかしいことを覚えてるなぁ……

「自分でも実感してるかもしれないけど……音々は《音楽》のゴッドヘルパーだ。一応ルーマニアにも確認してもらったから間違いない。耳に入ってくる音楽からイメージできる現象を現実のものにする……それが音々の力の正体だ。」

「ルーマニアって……晴香のパートナーの天使だっけ。そっか……《音楽》か。うん、納得だね?それで晴香は……お天気だっけ?夢だと雷とか落としてたよね?」

「よく覚えてるな……私は《天候》のゴッドヘルパーだ。」

「なるほど!それで観測会の時はいつも晴れだったんだね?」

「速水くんもそうだけど……そんなに印象に残ることなのか?」

「速水?あのエロス大王がここで出てくるってことは……まさか?」

「ああ、彼もゴッドヘルパー。《速さ》の。」

「ありゃりゃ。意外とあっちこっちにいるんだね?」

「あっちこっちにな。第二段階はそんなにいないと思うけど。」

「段階……晴香は第三段階っていう奴ですごい強いんだよね?」

「すごい強いかと聞かれると微妙だけど……そうだな。」

「晴香よりも強い敵がいっぱいいるってこと?」

「ああ。《空間》を操る人とかいる。」

「そういうのと晴香は戦ってるんだ?」

「そうだ。」

「なんで?」

 そこで私は気付いた。音々の表情が真剣になっていることに。

 当たり前か。突然訪ねてきた友人が『いやー、実は私は超能力者ですごい能力者と日夜戦ってるんだー』なんて言ったようなもんなわけで。

 普通なら冗談で終わるけど……音々はすでに力のことを知っているし理解している。たぶん音々は誰よりも理解しているんだろう……ゴッドヘルパーの力を戦いに使うとどういうことになるのかを。音々は限りなく魔法に近い力を持っているから。

「……それを聞かれるのは二回目だな。」

 だが……一回目があったからこそ、今ちゃんと答えられる。あの真っ赤っかの男に感謝だな。

「友達が……私と同じゴッドヘルパーでな。その友達はすごい理由で戦ってるんだ。一人面白いから。一人は自分の正義のために。なんの運命なのかわからないけど……私の大切な友達がそんな危険な場所にいて、私にはその場所に入る力があった。」

 私は深呼吸し、音々を真っすぐに見て答えた。

「私はな、そんな危険な場所で騒いでいる友達にケガをして欲しくないから戦ってるんだ。それに私だけ仲間はずれは嫌だしな。」

 私もそれなりに真剣に答えた。これが私の答え。音々は数秒間私の目をみつめ、そしてため息をついた。

「……わかったよ。ボクも晴香の友達として……聞きたかっただけだから。」

 そして音々は椅子の上であぐらをかき、私に聞いた。

「それで……晴香。ボクはどうすればいいんだろうね?」

「パンツ丸見えだぞ……別にどうも。音々が戦いたいって言うなら止めはしないけど……できればこんな危険な世界には来て欲しくない。だけど音々のその第三段階に近い力を敵に利用されたりしないようにこちら側についておいて欲しいと思いもする。」

 実際私には判断できない。こんな強力な力を戦力不足のサマエルが放っておくとは思えないし、アブトルさん達も音々の力は知ってるから天使側につく前になんとかしようとするかもしれない。

天使というパートナーは実際素晴らしい護衛だと思う。だけどその反面、音々を戦いに巻き込みたくもないとも思うわけで。

「ボクは……この力を戦いに使おうとはあんまり思えないよ。何となくあるボクだけの秘密。日常をちょっぴり楽しくする力。それぐらいにしか思ってないし……思いたくないよ。」

「そうか。ならいいさ。」

 でも何かしらの対策は取らないといけないな。ルーマニアに相談してみよう。

「でもねぇ晴香。」

「うん?」

「晴香がピンチになったなら……ボクは晴香を助けるためにこの力を使いたいとも思うんだよ?」

「……ありがとう。最後の切り札ってことにしておくか。」

「ありゃりゃ。なんかカッコイイポジションだね?」

「……さてと……話さなきゃいけないことは話したけど……」

「メアドの交換がまだだよ?」

「ああそうか。」

「赤外線で送ってね。」

「……なんだそれ?」

 未だにケータイを使いこなせない私。

「ありゃりゃ。かして。」

 音々にケータイを渡すとピッピといじりだす。すると突然―――

「ありゃりゃりゃりゃ!?!?」

 初めて聞く種類の音々の『ありゃりゃ』が部屋にこだました。

「どうしたんだ?」

「どーしたって……これ!ど……同姓同名とかだよね?」

 音々が突き出した私にケータイの画面には音切さんのアドレスが映っていた。

「どの音切さんを言っているのか判断しかねるが……その音切さんは歌手の音切さんだ。」

「なにそれ!ボク大ファンなんだよ?あの音切勇也のアドレスがなんで晴香のケータイに!?」

「一緒に戦う仲間なんだよ。音切さんは《音》のゴッドヘルパーですっごく強―――」

「晴香は時々こうだよね!みんなからしたらすごいことなのに『?』って首かしげながらやっちゃうんだよね!」

「……同じことを翼にも言われたことがあるなぁ……」

「つばさ?」

「高校の友達だ。」

「ああ、そっか。そうだよね?晴香にもボクにも新しい友達が出来たんだよね?知りたいな、晴香の新しい友達。」

「花飾翼っていう変な奴と鎧鉄心っていう正義の味方が友達だ。」

「変な奴?どの辺が変なのかな?」

「全部。」

「存在を変って言っちゃったよ?……ひどいね。正義の味方さんは?」

「戦隊モノが大好きなんだ。過去の作品を全部ビデオに撮ってる。そんでもってとある流派の達人だ。運動能力がすごい高いんだけど勉強は芳しくない感じ。」

「濃いキャラクターしてるね?」

「音々もなかなか濃いと思うが……」

「晴香には負けるよ?」

「……うーん……」

「あんまり女の子らしくなくってプラモデルが好きでいつも眠そうで空ばっかり見てる不思議ちゃんだよ?ボクなんてまだまだだよ。」

「短いスカートをいつもはいていて音楽ばっか聞いてて……あれ?なんか音々って普通の女の子か?」

「そこまで普通じゃないよ?友達に持ってるパンツを全て知られてる女の子なんていないよ?」

「……それは別に私のせいじゃないだろう……それにあの頃より増えたり減ったりしてるだろ?」

「まーね?見る?」

「見ないよ。」

「ん~……でもこうやって連絡をとれるようになったから遊ぶ機会も増えるよね?そのたんびに見られて結局全部知られそうだよ?」

「その言い方だと会う度に私がスカートの中を覗いてるみたいじゃないか。」

「半分あってて半分あってない感じだよね?」

「まったくあってない。」

「そうかな……あ、ボクの友達の紹介がまだだったね?ボクの友達にはね―――」


 毎日会っていてそれなりに毎日会話がはずんだ相手と一年ぶりに会ったのだ。話のネタは尽きることが無い。結局話しこんでしまったので私は音々の家に泊ることになった。

 今日は寝れないだろうな。



 エルサレム。イスラエル東部に位置する都市。そこにある聖墳墓教会。とある偉人が死を迎えた場所として有名なその場所に一人の神父が立っていた。

 若い男だった。身につけている神父さんの服はボロボロで、首には古今東西あらゆる宗教のシンボルがぶら下がっている。

 時刻は真夜中。昼間なら観光客もいるところだが……今は誰もいない。こんな遅い時間、本来なら入ることはできないはずなのだが男はそこにいる。なぜなら彼は入り口から入ったわけではなく、突然この建物の中に現れたからだ。

「ゴルゴタの丘ですか。あの方の死は今も焼き付いていますが……まさかここにとばされるとは。世界の一つも救えない神ですが、なかなか面白い事をしてくれる。」

 彼……ディグ・エインドレフは建物の中のさらに奥へと進む。

「……あなたに会った時に受けた衝撃は口では言い表せないほどです。あなたの導きによって自分はこの道を歩んでいる……自分はあなたのように純粋に神を信じれなくなってしまいましたが志は同じです。自分は人々を救うためにここにいます。」

 ディグはキョロキョロとまわりを見まわし、そして何かに気付いたのか、柱の一つに近づく。

「……妙に新しい……ですね。百年くらい前に戻ったような……?」

「正確には百五十四年だよ。」

 静かな建物の中にもう一人の声が響いた。声のした方を見るとそこには一人の女性が大の字に倒れていた。

「あなたもここにとばされたのですか……メリー。」

 それはメリーだった。ただし小学生の姿ではなく、高校生くらいの身長だ。和服を着たら和服美人と呼ばれそうな顔立ちに長い黒髪。身体の方も女の子から女性になっていてなかなかに色っぽい。

「ずいぶん大きくなりましたね……服はきつくないんですか?」

「これくらいのこちょを想定しないあちゃしじゃにゃいよ。ビヨンビヨン伸びる服にゃにょ。」

「しかし……出る所が出ていてだいぶセクシーですね。」

「そんな無表情で言われちゃら身の危険も感じにゃいね。」

「ははは。二千年も生きていれば性欲も薄れるものですよ。睡眠も別にとってもとらなくてもいいかなって気分になってますし。それでも食欲はずっとありますがね。」

 そう言いながらディグは倒れているメリーの横に座る。

「……《時間》のゴッドヘルパーであるあなたに尋ねましょう。現状は?」

「しょうね……まず、ここはあちゃし達がさっきまでいた時代から百五十四年前。つまり過去にゃにょ。運が良かったにょよ。百年以内だったりゃあちゃしが生まれてたかりゃ。」

「どういうことです?」

「うーんと……ディグ、あにゃた今《回転》の力ちゅかえる?」

「?」

 そう言われてディグは手の平を開いたり閉じたりし出した。

「……使えませんね。」

「理由はね、この時代には百五十四年前のあにゃたがいるかりゃにゃにょ。《回転》のシステムが二つでゴッドヘルパーも二人……今この時代はそういう状態にゃにょ。でもそんな異常事態を世界が認めるわけはにゃい。世界は崩壊を防ぐためにあらゆる対策が取られていりゅから。」

「なるほど?つまりこの時代で優先されるのはもちろんこの時代を生きている存在。つまりこの自分ではなく百五十四年前の自分が《回転》のゴッドヘルパーとして存在している以上、自分はその力を使えないと。そうか、あなたも百年以内に移動してしまっていたらその時代の自分がいたわけですか。」

「しょういうこちょ。ただ、現段階のあちゃしはちょっと違う。この時代にも《時間》はいるだろうけど……なぜかあちゃしの方が優先されていりゅ。第一段階だからか……そもそも人じゃにゃいかりゃか。」

「結果……自分は力を使えず、あなたは使える。しかしまぁ、自分は力を使えたとしても一定空間の時間操作しかできませんからどちらにせよ自分の力では元の時代に戻れませんでしたが。」

「ホントに運が良かったにょよ。あの時、あちゃし達は勝利した。でもそれを感じた鴉間はとっさに瞬間移動をしようとしちゃ。《常識》が渦巻き、時間が高速で動くあんな不安定な場所でやったもにょだかりゃ……空間が暴走して、あちゃし達はこんにゃ場所にとばされた。もしもあにゃたとあちゃしが離れ離れだったら互いに危なかっちゃ。」

「そうですか?自分は……極端な話百五十四年待てばあの瞬間には戻れますし……あなたは時間を操作して……」

「わかってないなぁ。」

 メリーは軽くため息をして説明をする。

「過去に戻った時点であにゃたは『過去の人間』に分類されたにょよ。例え今から百五十四年待ったとしてもその時あにゃたが本来いた時間軸は百五十四年進んでいるにょ。どうやったってあにゃたは『過去の人間』にゃにょ。あにゃたはもう二度と本来の時間軸に干渉できなくなっていちゃにょ。」

「確かに……自分がいくら頑張った所で自分がいるのは過去。本来なら自分で描ける未来が既に確定してしまっているわけですか。それは嫌でしたね。」

「そして……限定的な空間とは言え、世界を始まりまで巻き戻しちゃんだからあちゃしのエネルギーはスッカラカンにゃにょ。今のあちゃしは手も足も動かせにゃいにょよ。」

「どれくらいで力が戻りますか?」

「ざっと一カ月。」

「自分がいなければあなたは一カ月も倒れたままだったわけですか。それは危なかったですね。」

「しょういうこちょ。あにゃたはここでは普通の神父さん。あちゃしは一カ月動けにゃい。あちゃしの世話をしてくれりゅかしりゃ?」

「それはもちろん。あなたは自分にとってのタイムマシーンなわけですしね。それと自分は神父ではありませんよ。多くの宗教に身を置きましたから。」

 言いながら自分の胸元を指差すディグ。

「ま、大丈夫でしょう。力が使えなくとも自分はそれなりに強いですし。」

「しょうにゃにょ?」

「ええ。色んな格闘技を身につけましたからね。」

「にゃんでまちゃ。」

「戦う技術を教えているところでは高みになればなるほどこころの強さを必要とするもの。日本で言えば武道ですか。健全な精神は健全な肉体にあり。己を磨くために自分は色々学んだのです。世界を救うためにね。」

「へぇー。かりゃてとかできりゅにょ?」

「古今東西あらゆる武術を心得ている……と言っても過言ではないでしょう。」

「頼もしいにょよ。」

「とりあえず……移動しますか。一カ月もどこで過ごしますかね。」

「お金もにゃいかりゃね。頑張って。」

「頑張りますよ。」

 今のメリーは高校生くらいであり、ディグは大学生くらい。身長にさほど差は無い。しかし、実のところメリーは百歳を超え、ディグは二千歳を超えている。そんなおじいさんはおばあさんを背負って出口へと歩いて行った。

「ああ……言い忘れてちゃ。」

「なにをです?」

「……もしかしたらあちゃし、第三段階になっちゃかもしれにゃい。なんだか時間の掴んだ感じが違うにょよ。システムとの距離感もにゃいし……」

「『時間を掴む』……ですか。不思議な言い方ですね。確かに、世界を始まりまで巻き戻すなんて大技をしましたからね。より一層システムとのつながりが深くなっても不思議ではありません。よかったですね。」

「しょうでもにゃいにょよ。第三段階は疲労を感じるって知ってりゅ?」

「《常識》の上書きの際にシステムが受ける負荷を受けてしまう……っていう話ですね。」

「しょう。元々疲れを感じるぐらいのつながりにはなってたけど……たぶん、第三段階はしょの比じゃにゃい。疲れも増すと思うにょ。」

「……第三段階になってより複雑な時間操作が可能になった反面、感じる疲労は絶大というわけですか。」

「ヘタすれば……元気いっぱいの時でも一度にできりゅ時間操作は一回、二回かも。」

「鴉間との戦いの時のような戦闘は行えなくなったというわけですね。」

「かもしれにゃい。」

「まぁ、一カ月後のお楽しみですね。」



 日本。何年か前に原因不明の現象によって滅んだ村、その跡地にスーツの男が倒れていた。

「よりにもよってここっすか。」

 廃屋が並ぶ道のど真ん中に倒れている男……鴉間空はまわりも見てなつかしさを感じていた。

「あっしが最初にぶちこわした場所っすね。懐かしいっす。」

 鴉間は大の字に倒れている。しかし、左右対称とは言い難かった。

「……右腕と左脚っすか。まぁ、メリーとディグは時間が止まっていたから……というか《時間》の加護を受けていたっすけどあっしは所詮付け焼刃の《時間》。あれだけの巻き戻しを受けたんすからこれくらいは当たり前っすね。」

 そう、今の鴉間は五体満足ではない。右腕と左脚がないのだ。鋭利な刃物で切断されたかのようにスッパリと無いのだが血は一滴もたれていない。まるで最初から無かったかのように。

 そんな不完全な鴉間の横に、いつの間にか人が立っていた。

「ずいぶんとまぁ……こっぴどくやられたっすね?」

「……サリラっすか。」

 鴉間の横に立っているのは鴉間だった。ただしこっちの鴉間は五体満足だ。

「空間の接続は切れているはずっすが……よくここがわかったすね?」

「なに、簡単なことっす。自分の鼻を犬の嗅覚……その数千倍のものにして探しただけっす。」

 鴉間……いや、鴉間の姿をしているサリラはしゃがみこみ、鴉間の無くなった腕や脚の切断面を眺める。

「これはこれは。切断されたとかそういうことじゃないっすね?時間を巻き戻して……無かったことにされてるっす。これはあっしの力でも再生は無理っすね。たぶんあなたの第三段階の力でも不可能。なぜならそんなものは無かったことにされているっすから。」

「そうっすか……」

「でも。」

 言いながらサリラは自分の左腕を鋭利な刃物に変え、右腕を切り落とした。だが血は流れず、切り口からはすぐに新しい右腕が生えてきた。

 切り落とした右腕を、サリラは鴉間のかつて右腕が合った場所にあてがった。するとぴったりとくっついた。

「これは……まぁ強いて言えばあなたの腕を完全完璧にコピーして作った義手っす。多少違和感はあるっすけど日常生活はできるはずっす。」

 同様に左脚も切り取って鴉間にくっつける。

「おお……ありがたいっす。」

 新しい腕と脚を軽く動かし、ふらふらしながら鴉間は立ちあがった。

「でもこれは……完全にあっしの力のたまもの。あっしが死ねばその腕と脚は消えるっす。」

「なるほど。これからはあなたをすぐ近くに置いておくことにするっす。」

 ぐぐっと伸びをした後、鴉間はサリラに問いかける。

「しかし……何でここまでしてくれっるっすかね?つまりは常に力を発動させているに等しい行為っすよね?これ。」

 その言葉を合図にするかのように、サリラはいつもの姿に戻った。

「サーちゃんにとって、あなたとの『取引』はとっても大切なの。あなたにとっては日常を快適にする程度の問題かもしれないけどサーちゃんにとっては死活問題なんだよ。」

「ははは。いや、あっしにとっても死活問題っすよ。サリラには感謝してるっす。おかげであっしは発狂せずに絶対でいられているっす。」

「……これからどうするの?」

「もちろん、メリーとディグを殺すっす。あの戦いで確信したっす。あの二人さえ倒せばあっしに敵はいないっす。」

「……サーちゃんはそう思わないな。」

「なんでっすか?」

「ほら……第三段階はもう一人いるよ?」

「《天候》っすか?メリーほど厄介ではないっすよ。」

「でもね?アブトルが言ってたんだよ……」

「……何を?」

「物語の中で、《天候》はさらに強くなった。扱う《天候》の力もそうだが何より……あいつはあいつが空と認識している《空間》を把握できるようになったって。」

「……ほぅ……」

 その時の鴉間の表情はどう例えればいいのか。それは面白いという笑みなのか……絶対の力をマネされていることに対する怒りなのか。

「さて……どうするっすかねぇ?」



 オレ様はアザゼルの部屋にいた。

「ぷぷー。まったく活躍しなかったのだよ、ルーマニアくん。」

 アザゼルはその長い銀髪を床に広げ、ニヤニヤしながらゲームをしている。オレ様は部屋の隅っこによっかかって座っている。

「やかましい。好きで活躍しなかったわけじゃねーよ。お前だっていつのまにか天界に移動させられたんだろうが。クロアの護衛だってできてねーじゃねーか。」

「うっ……それを言われると痛いのだよ。」

 ちなみにアザゼルは現在クロアの護衛ということでクロアの家に住んでいるらしい。だがそこではゲームができないっつーことで時々ここに戻ってくる。ホントにゲームが好きだなぁこいつは。そのゲームとか《萌え》とかのゴッドヘルパーを探しに行きそうだ。

 アザゼルはゲームを一時停止させてオレ様の方を向いた。

「でも真面目な話、あれはやばいのだよ。能力そのものはそれほど危険じゃないけど俺私拙者僕たちを一瞬でゴッドヘルパーの傍から引き離すことができるなんて……サマエルくんとの戦いでやられると困るのだよ。」

「そういう使い道で鴉間も目をつけたのかもな。厄介だぜ。」

「……折角集めていた戦力を失ったサマエルくんは……今後どう来ると思うのだよ。」

「なりふり構わず《常識》のゴッドヘルパーを発動させようとするんじゃねーかな。自分の敵になる可能性も無視してとりあえず第二段階の絶対数を増やしにかかるかもしんねー。ま、情報屋を含むいろんな力の持ち主がインターネットやニュースなんかを常に監視してるからそっち方面の攻めはできねぇ。となると本人が暴れる可能性が高ぇな。」

「……下で魔法のオンパレードは勘弁なのだよ……」

「この前魔法を撃ちまくってた奴が言うかね。」

「ドラゴンに変身した誰かさんには負けるのだよ。」

「あれー?負けちゃった。」

「にゃあああああああ!?」

 いつのまにか侵入していたムームームが一時停止されていたゲームを勝手にプレイ、ものの見事にやられ、(アクションゲームだったらしい)それに気付いたアザゼルが絶叫した。

「こ、ここまで来るのに一体どれだけの……」

 がっくりとうな垂れるアザゼルをしり目にムームームがオレ様に話しかけてきた。

「ルーマニア。」

「なんだ?」

「マキナちゃんが呼んでるよ。」


 アザゼルの部屋を出てオレ様はマキナがいる資料室に向かう。

「おーい、来たぞー」

 入るとマキナ以外の天使も何人かいた。別に資料室で働いてるのがマキナだけってわけじゃねーから不思議じゃないんだが……なんか雰囲気が暗いな……

「……ルーマニア。これ。」

 マキナがあんまり元気のない声で紙を一枚よこした。

「……なぁ、前にも言ったかもしんねーがよ、オレ様はこういう数字だらけの資料は苦手なんだよ。なんだこれ?」

「……サマエルのかけた呪いがサマエルの管理不届きによって暴走、呪いを受けていたゴッドヘルパーが暴れ出し、それの影響を受けた第一段階も第二段階になったりしている……」

「ああ?それがどーした。今オレ様たちが全力で動きまわってるじゃねーか。」

「……でも……つい最近、マキナたちはどういう状況になった?」

「?……《物語》の力のせいでこっちの強制的に移動―――」

 そこまで言って気付いた。オレ様達があれだけ動きまわってなんとか抑えていた第二段階の急増。だが《物語》が展開していた数時間、オレ様達は身動きが取れなかった!

「おい、まさか!」

「……マキナたちがこっちで何も出来ずにいたあのわずかな間に……第二段階の数が……」

「んなバカな!あれぽっちの時間ででか?」

 マキナが黙って頷く。

「まてまて!あとどれくらいだ?どれくらいで《常識》が発動する!」

「あと数パーセントで《常識》が発動するレベルに達する。この前のマキナたちのタイムロスは致命的だった……もう……止められない……!」

「まじかよ……」

「数千年ぶりに《常識》のゴッドヘルパーが発動する……」

「……あん?今回が初めてじゃねーのか……?」

 オレ様がそう言った瞬間、シリアスな雰囲気に包まれていた資料室とマキナの表情が文字で表すのなら『ポカーン』という感じになった。

「……はい?」

「あ?」

「ルーマニア……あんた今の本気で言ったの?」

「……すまん、本気なんだが……え?」

「何よそれ!一回目の発動の原因はあんたでしょーが!」

「なにぃっ!?」

「まさか知らなかったの……」

「……何を?」

 マキナは大きなため息をつき、資料室にある本だなから一冊の書物を持ってきた。

「……悪魔の王・ルシフェルと神様の戦いは知ってるわよね?」

「当り前だ!」

「へぇーそう。ルーマニアくんは勉強熱心なんだねー。」

 なんかすげぇ冷たい目がオレ様を刺している。

「……圧倒的な力を持つルシフェルと神の戦いは永遠に続くとさえ言われたけど……それに終止符を打ったのは一人のゴッドヘルパーだった。」

「……《信仰》だろう?」

 基本的に地上の生活を快適にするためのものであるシステムは地上にしか影響しないのだが……その性質上、地上の《常識》の中で唯一天界にまで影響を及ぼす《常識》、それが《信仰》。オレ様たちはその《信仰》の力で大きな力を得ていた。

 だが人間が《信仰》から《技術》へと信じる物を変えていく過程でオレ様たちの力は弱まった。そのせいでオレ様と神の戦いは自然消滅という形で終わりを迎えたわけだ。

「《信仰》が《技術》に取って代わられたから……確かにそれは正しいけど本当は違う。」

「?」

「ルシフェルとの戦いのせいでゴッドヘルパーを管理していた天使たちもその手がおろそかになった。そのせいで……第二段階の数が急増した。」

「んな!?」

「そしてとうとう……《常識》が発動し、全ゴッドヘルパーはリセットされた。その影響で《信仰》の力が一時的に弱まったの。その頃の《信仰》のゴッドヘルパーは宗教関係の仕事をしてる人間だったんだけどリセットによって……確か殺人鬼かなにかになったのよ。そうして弱まった《信仰》の代わりに力をつけたのが《技術》ってこと。」

「……オレ様のせいで人間がここまで発展したわけだな。」

「……ソーカモネー」

 なんてこった。まさかオレ様がねぇ。

「……真面目な話だけど、一回のリセットでそこまでの変化が起きたってことなのよ。ルシフェルのせいで起きた変化は結果として良かったけど……今回はどうなるのかわからない。なんとしても阻止しなきゃいけなかったのに。」

「……いーんじゃねーの?」

「はぁ?」

「だってよ、今頑張ってんのはオレ様たちだけじゃねぇ。大いに変化する可能性を持っている人間も頑張ってサマエルを止めようと動いてたわけじゃねーか。その結果変化してしまうのならそれはそれで人間の行動の結果だろう?」

「そりゃそうだけど……それじゃあんまりでしょう……」

「なんだよ……さっき発動するって断言したくせに。もうあきらめてんのかと思ったぜ?」

「んなわけないでしょ!折角ここまで発展した世界なんだもの……マキナだってこの先が見たいわよ。でももう打つ手がないって―――」

「……別に手が無いわけじゃねーぞ。《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーであるサマエルに《常識》を手に入れさせて……そのあとサマエルをボコして言うこと聞かせればいい。例えば《常識》が発動する条件である『第二段階の数の限界値』を引き上げてみるとかな。その後ゆっくりと数を減らしていって戻せばいいんじゃね?」

「そんなことできるわけないでしょ!だいたいそれじゃぁ問題がたくさん―――」

「ああ、たくさんあるだろうな。今思いついただけのアイデアだからな。だがまだ《常識》は発動してないんだぜ?もっといいアイデアをひねる時間はあるさ。」

 オレ様たちにはもう手が無いのかもしれない。今さらもう遅いっていうラインなのかもしれない。だがあきらめてはいけない理由がある。


「ったく……オレ様たちが先にあきらめてどーすんだよ。オレ様たちは『天使』なんだぜ?」



 どことも言えない空間。魔法で作りだした結界の中、サマエルは苦笑いしていた。

「鴉間の奴に戦力を奪われたのは困ったもんだったが……あいつが裏切ったおかげでオレの呪いの管理が甘くなって、ゴッドヘルパーが暴れて、第二段階が急増しだし、仕舞いにはアブトルの力で天使の皆さんご退場。その間にさらに増えた……少し鴉間に感謝だな。」

 《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーであるサマエルは自然と感じていた。第二段階の急増する感じを。

 ふぅとため息をつきながら、サマエルは自分のお腹をさすった。

「……お前もあと少しで死ねるなぁ。今回のことで一番苦労かけてんのはお前なんだろうな。ま、憐れみもなにも感じないが……お前の存在がオレの要だったからな……」

 左右で異なる色を持つその目をギラリと光らせ、サマエルは呟いた。

「神よ、貴様は感じているのか?死の到来を。」

幻の世界。

抜け出せない無限の世界。


ちょくちょく物語の主人公たちをとりこむ、物語の中の物語。

雨上さんたちが、きっと自分たちを「登場人物」とは思っていないように、

もしかしたら私も何かの「登場人物」かもしれない。


そんな空想から、この第四章は生まれたのでした。

それが絵空事とは証明できないことが恐ろしいですね。

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