著・神無月世界 その1
前の三つの章とは少し違う感じに進んでいく第四章。
前々からやってみたかった事を、今回やっております。
ドイツ。フランクフルト。ドイツの経済の中核を担うこの街のとある建物に二人の男がいた。建物の名はバルトロメウス大聖堂。多くの観光客がいる中、その二人だけはカメラも地図もパンフレットも持たずに立っている。
「たぶんこれはお前にしかできないことだ。」
汚れの一つも見当たらない真っ白なスーツを着た金髪の男、サマエルは左右で色が違う瞳でもう一人の男を見る。
「やってくれるか?」
「それが自分の道のためならば。」
もう一人の男は神父だった。ただし首から下げているのは十字架だけではない。古今東西、あらゆる宗教の象徴がぶら下がっている。
「……頼んでおいてなんだが……勝算はあるか?」
「自分には使命があります。それを果たすまで、世界は自分に生きろと言います。ただ……」
「ただ?」
「苦戦は確実ですね。」
神父はゆっくりと出口に向かって歩いていく。その姿を見たサマエルは思わず呟いた。
「……あと少しってとこで……発動はすぐそこなのにな。」
「はっはっはーっ!誰に向かって口をきいてるんだ?おれは力を持っているんだぞ?お嬢ちゃんはとっとと家に帰りやがれ!」
完全雑魚敵やられ役のセリフを吐く男を、私はあきれ顔で眺めていた。隣ではルーマニアが半目になってため息をついている。
「見ろよこれを!」
男が拳をギュッと握って高くあげる。すると男のまわりに無数の水滴が出現する。
ここは私の通学路の途中の二車線道路の歩道。時刻は夕方。ここを歩いている人も少なくないのだが……その道の真ん中で男は力を使った。通行人の邪魔極まりない。
「ルーマニア……こいつは?」
「んー……ここまでくると言いたくないんだが……《水》のゴッドヘルパーだな。」
「ちょっと前なら「強敵だなっ!」って言って身構えるところなのに……なんだろう、この脱力感。」
「昔、《水》のゴッドヘルパーは第三段階になって炎すら操ったっつーのに。オレ様もなんだか悲しいぜ。」
リッド・アークとの戦いからしばらくして、私たちの仕事は急激に増えた。だがだからと言って毎回先輩と戦った時みたいな戦闘が起きるわけではなく、言ってしまえばほとんどが余裕の一言なわけなのだが。
サマエルが何かに対して焦っている。ルーマニアはそう言った。
あの後、サマエルは世界各地に出現するようになった。そして、呪いによってゴッドヘルパーという戦力を集めると同時に、《常識》のゴッドヘルパーを発動させるために第二段階以上のゴッドヘルパーを増やすという行為が行われなくなったのだ。
それはそれで一安心なのだが、新たな問題を生んだ。
サマエルが今までしてきたことはこうだ。神を倒すための戦力になりそうなゴッドヘルパーに声をかけ、共感してくれる奴はそのまま、そうでない奴は呪いをかけて戦力とした。そしてある程度戦力がそろったところでゴッドヘルパーの存在を公にし、第二段階のゴッドヘルパーの絶対数を一気に増やそうとした。今までそれをしなかったのは強力な力を確実に自分の側に置くためだ。勝手に自覚された場合、サマエル側に引き込みにくくなる可能性があるのだ。
ゴッドヘルパーの存在を公にするという行為はリッド・アークとの戦いが初めてだった。つまりそれ以前に行っていた呪い等は、前提として「ゴッドヘルパーの存在をやたらめったらに広めない」ということがあったのだ。だから呪いを受けたゴッドヘルパーは暴れるにしても基本的に活動は夜だったのだ。
だがサマエルが忙しいせいか呪いの統制がなくなり、呪いを受けたゴッドヘルパーが昼間っから暴れるようになったのだ。
そもそもゴッドヘルパーの存在を公にすることで何故自覚するゴッドヘルパーが増えるのか。その行為の目的は、不思議な力が使われる光景を目にした人に「もしかしたら自分にも。」と思わせることだ。その考えは大きなキッカケとなり、私のように何かに対して特別な気持ちを持っている人なら確実に自覚する。サマエルがあの戦いを街のど真ん中でやったのはそのためだ。
リッド・アークとの戦いで私たちが勝利したことでサマエルの計画は失敗したわけだが……真昼間に暴れるゴッドヘルパーが出てきたことで公のものにするということが実現してしまったのだ。
結果、ゴッドヘルパーの「ゴ」の字も知らない第二段階が急増し、私たちが走りまわっているわけだ。ゴッドヘルパーの具体的な仕組みを知らないような第二段階……それは今まで戦った相手とは比べ物にならないくらい……弱い。なぜなら自分のイメージを《常識》までに昇華させるという行為をしないので実に単純な現象しか起こしてこない。というか自分の出来ることを増やせるということを知らないので最初に出来たことしかしてこないのだ。
もちろんその「真昼間に暴れている呪いを受けたゴッドヘルパー」も敵として現れる。だがその数はゴッドヘルパーの「ゴ」の字も知らない第二段階に比べると圧倒的に少ない。
たまに呪いを受けた奴と戦うと「そうだよなぁ、ゴッドヘルパーってこれくらい厄介だよなぁ……」とか思うぐらいだ。
「こいつの相手するよりも後始末の方が大変ってどーゆーこったっつー話だぜ。」
真昼間から暴れる呪いを受けたゴッドヘルパーと何も知らずに力をふるうゴッドヘルパー。この二つのせいで周囲の人の記憶の消去が大変なのだ。
ルーマニアによると、天界は「止むを得ない」と言ってだいぶ強引な手段を使い、この状況を打破するゴッドヘルパーを探し出して手伝わせているとか。《情報》や《忘却》や《脳》と言った、「記憶を消せるゴッドヘルパー」が天使と一緒に頑張っているらしい。あの《情報屋》、《記憶》のゴッドヘルパーが見つかるのも時間の問題だとか。天使たちが手段を選ばずに探せば見つからないこともないのだとか。
「んまぁとりあえず……こいつをぱぱっと気絶させて、ちょっとでもあいつらの仕事量を少なくすっか。」
「そうだな。」
私とルーマニアはため息をつく。それを見た《水》のゴッドヘルパーは突然声を大きくしてわめいた。
「ま……まさかお前ら!仲間内から聞いたぞ……確かおれらみたいに魔法を使える奴らを始末してる連中がいるって!それがお前らだな!言え!目的はなんだ!」
「……こいつ今「仲間内」っつったか?」
「その人達も倒さないと……うわぁ、メンドクサイ。」
「しかもこいつ今「魔法」っつったか?」
「そう思いたくなるのはわからないでもないけど……」
実際はそれよりも高度で強力なものだ。なぜならゴッドヘルパー一人一人が世界を変える力を持っているのだから。
「わかったぞ!お前らはこの力を独占しようとしてい」
「なぜだーっ!今のオレ様はクリスやリッド・アークの記憶を消したことを軽く後悔してんぞ!」
「それは後悔しちゃいけないけど……きっとルーマニアはすごい力の持ち主で、かつて数多の強敵と戦ったから……物足りなさを感じてるんだよ……」
ルーマニア。本名ルシフェルはかつて悪魔の王だった。天使たちと激戦を繰り返した最強の悪魔であり、最高位の天使だった。
私は……第三段階の《天候》のゴッドヘルパー。私の中には空がいて、私の望む《天候》を実現させてくれる。この世のものとは思えない災害を引き起こすことができ、イメージを確固たるものにすることでビームも撃てる。……自分の強さを羅列するとは私らしくないけど……なんだかそんな気分になる。
言葉が悪いが……重ねて私らしくないが…………こんな雑魚と戦う気力はない。
「この水でお前の鼻と口をふさいでやるぜ!」
……《光》を完璧にコントロールし、姿を消したり結界を作ったり光の球体を生んだりした先輩の存在を教えてあげたい。
「ウォーター……」
《硬さ》を操り、空気を固めて武器にしたりビルを片手で倒したり雷を防いだり地面を底なし沼みたいにしたクリス・アルガードの実力を教えてあげたい。
「ショットォ!」
《反応》の力を極め、ありとあらゆる攻撃を無効化したリッド・アークの圧倒的な力を教えてあげたい。
「……」
決して速くない速度で飛んできた水玉を私は横からの風で吹き飛ばす。
「なっ……!?」
「……逆に何の攻撃ならケガせずに気絶してくれるんだろう……」
「おれのウォーターショットが……!」
なにがウォーターショットだ。ジュテェムさんのグラビティ・ボールを見習うといい。
私は自覚している生まれつきの半目をさらに半分にしながら片手をあげる。
「くっそー!おれがやられても他のメンバーがぁぁぁ!エレメンツ・フォーがぁぁぁっ!」
《水》のゴッドヘルパーは私の四分の一目状態横方向強風によって壁に軽く叩きつけられ……気絶した。
「……えれめんつふぉー?」
私が八分の一目で言うとルーマニアが記憶を消す輪っかを男につけながらやる気なく言う。
「目撃者の記憶消去は他にまかせる……こんなアホのために動く天使たちが哀れでならねーぞ、オレ様は。」
「それ、自分も入ってるだろ。」
「当り前だ!(くわっ!)」
俺私拙者僕はインターホンを鳴らすのだよ。
「アザゼルなのだよ。」
『しばしお待ちを。』
キリリッとしたおじいさんの声がそう言うと目の前のでかい門がゴゴゴと開いたのだよ。
ここはクロアちゃんのお家。と言っても門からお家の扉まで車で一〇分かかるという広さなのだよ。無駄に広いっていう言葉がぴったりなのだよ。
一〇分後、俺私拙者僕は扉の前に立つのだよ。
「ようこそいらっしゃいました、アザゼル様。」
さっきのおじいさんが扉を開けてくれるのだよ。……アザゼル様って言われるとどうも昔を思い出すのだよ。まだルーマニアくんがルシフェル様って呼ばれてたあの頃を。ルーマニアくんがどう思ってるかはわからないけど、俺私拙者僕は今みたいにみんなが「おい、アザゼルー。」って気楽に呼んでくれる方が嬉しいのだよ。
「こんのバカゼル!」
うん?そんな呼ばれ方は初めて……
「なに堂々と正面から来てるのかしら!?」
扉の先にあるのは広ーい……何て言うのかな、目の前に階段がどーんってあって左右に階段が分かれているのだよ。こーいう場所はなんていうのだよ?まぁとにかく、扉をくぐったらクロアちゃんが超ダッシュで現れてなんだか高そうな壺を投げてきたのだよ。
「んまぁたまにはなのだよ。」
壺を受けとめながら俺私拙者僕が言うとクロアちゃんはこれまた超ダッシュで階段を降りてきて俺私拙者僕の手をつかんで引っ張るのだよ。
「とりあえずこのアタシの部屋に来るのですわ!!」
引っ張られて放り込まれたのはクロアちゃんの部屋なのだよ。いやー、俺私拙者僕の部屋の三倍はあるのだよー。
「俺私拙者僕の存在は既にロウ家には知られているのだよ。神様を信じる人っていうのは今じゃ珍しいのだよ。アザゼルの名前を出して反応したのは雨上ちゃんとこの家の人ぐらいなのだよ。」
「あなたのせいでこのアタシはお父様に変に応援されているのですわよ!?「神から使命を受けるとは素晴らしい!」とか言われて!平民からならともかくこのアタシが尊敬するお父様から応援されるなんて……」
「あっはっは。クロアちゃんはファザコンなのだびょうっ!?」
殴られたのだよ。
「それで?一体何の用なのかしら?」
「うん……」
俺私拙者僕はほっぺをさすりながら答える。
「ちょっとした緊急事態だな。」
俺が壁によっかかり、クロアがベッドに腰掛ける。この形がいつもの形だ。俺はマキナから借りた資料をぺらぺらとめくりながら話すことをまとめている。するとクロアが眉間にしわを寄せながらこう言った。
「アザゼル……あなた、ずっとその口調と表情でいることはできないのかしら?」
「ん~……これは俺の性分というか性格というか……生き方だからな。」
「生き方?」
「人生は……天使の俺が人生はおかしいかもしれんが、人生は楽しむもんだ。死ぬ時に「いい人生だった。」って言うことを俺は目指してる。だから本気にならないとやばい事とかが無い限り、俺は楽しむようにしてるんだ。」
そう言うとクロアは顔をふせて小さな声で何か言った。
「このアタシはこのアザゼルに協力しようと思ったのに……」
「何か言ったか?」
「いいえ!用件を聞きますわ!」
「この前の顔合わせで会った……」
「このアタシは行ってませんわ。」
「そうだったな……ようは俺らと同じイギリス担当のゴッドヘルパーの中にな、《物理》のゴッドヘルパーがいたんだ。」
「《物理》……?」
「《重力》とか《速さ》とか……物理的事象を操るゴッドヘルパーだ。」
「それ……このアタシの明晰な頭脳でも理解ができないのだけれど。どうして管理するシステムが重なる存在がいるのかしら?《物理》がいるなら《重力》も《速さ》もいりませんわよね?」
「管理してる場所が違うんだ。」
「場所?」
「そうだな……クロアはパソコンわかるか?」
「このアタシを誰だと!」
「よし、んじゃあフォルダとファイルをイメージするんだ。今ここに《物理》っていう名前のフォルダがある。そしてその中には《重力》や《速さ》などのファイルが入っている。さらに、そのファイルをクリックすると《重力》なら《方向》や《加速度》、《大きさ》などのファイルが入ってるとしよう。」
「それで?」
「《物理》のゴッドヘルパーは《物理》フォルダを、《重力》のゴッドヘルパーは《重力》のファイルを管理しているんだ。」
「……具体的に話してくれないかしら?」
「それじゃこうしよう。《物理》のゴッドヘルパーと《重力》のゴッドヘルパーが同時期に自覚、つまり第二段階になったとしよう。自覚したての頃にできるクリック回数は一回。」
「ふんふん。」
「《物理》のゴッドヘルパーのスタート地点は《物理》フォルダだから一回クリックすると《物理》に分類される多くの事象を操れるわけだ。対して《重力》のゴッドヘルパーのスタート地点は《重力》ファイルだから一回クリックで《重力》の深い所まで操れる。ここでこの二人を《重力》という立場で見てみよう。」
「……」
「《物理》のゴッドヘルパーができるのはせいぜい《重力》の強さを大きくするぐらいだ。だが《重力》のゴッドヘルパーは強さはもちろん向きも範囲も操れたりするわけだ。」
「……そのかわり《重力》のゴッドヘルパーはそれしかできない。だけど《物理》のゴッドヘルパーはそれ以外にも操れるものがあるわけですわね。」
「それが違いさ。そしてこの違いの意味を無くしてしまうのが第三段階。」
「鉄心の友人のことですわね?」
「鉄心?……ああ、鎧か。そうだな。雨上は《天候》だから本来なら《天候》フォルダの管理で止まる。雨上が降らす雨と《雨》のゴッドヘルパーが降らす雨とじゃその性能やできることが違うはずなんだ。だけど第三段階はクリックできる回数が普通より多い。だから本当なら《雨》のゴッドヘルパーじゃないと出来ないことも出来てしまうんだ。」
「ふぅん……それでそれが何か?」
「……質問したのはクロアだった気がするが……まぁいいか。さっき言った《物理》のゴッドヘルパーはな、あともう少し時間をかければ第三段階になると言われていたほどのゴッドヘルパーだったんだ。」
「だった?」
「雨上と同じように何回もクリック出来る力を持っていた……だからめちゃくちゃ強かった。だけど……」
「だけど?」
「昨日殺された。」
「こ……!?」
「ああ……ん?心配するな、俺たち天使も協力してくれた人間を「あー死んじゃった」で終わらせないよ。天界の秘術を使って生き返らせてる。今までの生活に一切の支障はでない。」
「生き返らせることができるなんて初耳ですわ!ならこのアタシたちは死を恐れることなく敵に向かって行けるわけですわね?」
「いや、死なれたら困るよ。」
「……?」
「死ぬとシステムは他の生物に移ってしまう。だからその人はゴッドヘルパーじゃなくなる。言い方は悪いが……例えば雨上が死んだとすると、折角第三段階にまでなった戦力を失うことになる。」
「育てて、芸まで仕込ませたペットが死んだら……またゼロからその芸を他のペットに教えないといけないわねって感じかしら?このアタシたちを物か何かと勘違いしているんじゃなくって?」
「そんな考えはないよ。でも実際そういう状況だから嫌だね。」
俺は軽くため息をつく。
「《物理》のゴッドヘルパーはサマエルとの戦いの際に大きな戦力になる。そう思っていたんだが……昨日殺されてしまったんだ。」
「誰に?」
「わからない。サマエルの傘下のゴッドヘルパーなのかどうかも不明だ。パートナーだった天使も何が起きたかわからなかったらしい。文字通りの瞬殺だったとか。」
「それが……どうして緊急事態なのかしら?」
「そういう恐ろしく強い奴がここ、イギリスにいるってことさ。」
クロアは《ルール》のゴッドヘルパー。それにクロア自身の性格が合わさって「相手の攻撃を否定する」という力を持っている。いや、持っていたか。
あの戦いの後、クロアに能力の詳細を教えた。やはりしばらくの間はまったく力が働かなくなったりするという事態が起きた。あれは実にこころに影響されやすい力だからだ。だが時間もある程度経ち、徐々に元に戻りつつある。完全に戻った時、クロアは傷一つつけることのできない最高の防御力を持つゴッドヘルパーとなるだろう。
ここイギリスでリッド・アークと戦ってるときは戦いと戦いの間がそれほどなかったから出来なかったが、現在、少なくともイギリスは安泰。ゆっくりと時間をかけて力をものにして……と思っていたのだがそこに起きたのが今回の事件だ。
「今のクロアにかつての無敵さはない。今狙われると一番危ないんだよ。」
「……事実ですから……認めますわ。それでその問題の解決策はあるんでしょうね?」
「それはね……」
俺私拙者僕はにこやかに言うのだよ。
「俺私拙者僕が四六時中クロアちゃんの傍にいることなのだぶぅぉわっ!」
枕をぶつけられたのだよ。
あれからだいぶ経った。「あれ」というのはリッド・アークとの戦いのことだ。
私がルーマニアと出会ったのが一年生最後の期末試験が終わった辺り……つまりは春休み前。
私がしぃちゃんと出会い、クリス・アルガードと戦ったのが春休み中。
私がリッド・アークと戦ったのが二年生、一学期の最初の方。
まとめると一連の出来事は二月~四月に起きたことということになる。
そして今はと言うと……六月だ。もう夏が近い……というかもう気温は夏だ。暑い。
五月の間はサマエルがあちこち飛び回り、何もわかってない素人ゴッドヘルパーがうじゃうじゃ登場したぐらいで大きな戦いは起きていない。
そして六月という時期は二年生最初の中間テストの時期でもある。意味がわからないのだが、中間と期末の間は実に短いのだ。
「なんのために二回にわけてるのやら……」
私は一人、席で呟いた。
下敷きでパタパタと風を送っている人が目立つ私のクラス。ちなみに今は授業中である。
「おーい、下敷きがパタパタとうるさいぞー。」
先生が扇いでいる人を注意する。
「だったらクーラー付けて下さいよー!」
注意された人が文句を言うと先生はにこやかに答えた。
「なんだこのくらいの暑さ!まったく最近のやつはクーラー部屋にこもり過ぎだぞ?外で運動しろ。先生がガキの頃はなぁ……」
言うことだけをピックアップすると体育の先生だが……今私たちが受けているのは国語だったりする。
私は窓際なのでオープンされた窓から風を受けているのである程度は涼しい。……というかその風は私が起こしているのだが。
昼休み、今日は購買で買ってきたパンを教室で食べている。しぃちゃんはおにぎりを持ってきたらしく、それを食べている。
「おお、このおにぎり、中にアイヨリが入ってるぞ。」
「……あんたのおじいさん、なんかのゴッドヘルパーじゃないの?」
《情報屋》が言ってたように、しぃちゃんのおじいさんは今フランス料理にはまっているらしい。
ちなみにアイヨリとはにんにく+マヨネーズである。
「しぃちゃんは料理はできるんですか?おじいさんがあれですし。」
「いやいや。わたしに出来るのは和食だけだよ。」
「和食は作れるんですか……」
「うん、ある程度は。」
「肉じゃがとか……?」
「作れるぞ。」
「……翼は?」
「あたし?そーねー、お弁当に入れるようなものなら作れるわよ。」
「なんでお弁当限定なんだ?」
「二年ぐらい前につきあってた奴が「おれ、彼女の手作り弁当が食べたい。」とか言うもんだからその時にあらかた勉強したのよ。」
「んなっ!?花飾にはか……か……彼氏がいたのか!!」
意外と女の子なしぃちゃんが食いつく。
「まーね。」
「い……今までにお付き合いした男性は……?」
「う~ん……一〇人ぐらい?」
「おおっ!晴香は知ってたのか!?」
「ええ……その全てが破局したことも。」
「だぁって全員あたしの話についてこれないんだもの。しまいにゃぁあたしの趣味にケチつけんだから。」
翼の話はあっちこっちに飛ぶのでついていくには相当なスキルがいる。そして翼の趣味とは……この場合はどういったものを好むかという意味だが……変だから。
「あ、そーいえばねー、晴香は料理の天才なのよ?」
翼がニヤニヤしながら言う。
「そうなのか、晴香。」
「私は料理できません。天才でもありません。」
「うそ言わないのよ、晴香。カレー作ろうとしてポテトチップス作るのは世界広しと言えども晴香だけよ。」
「しょ……しょーがないんだろ……ジャガイモを薄く切り過ぎたんだから……」
「なんでそこで揚げちゃったんだい?」
しぃちゃんが大真面目な顔で聞いて来た。うう……
「そういやさ、この本知ってる?」
話が飛んだ。というか翼が飛ばした。ありがたや。
「今注目の作家なのよ。」
翼がとりだしたのは一冊の本。読書なんかしない(その外見に反して)翼が本を持ってるとは珍しい。
「おもしろいのか?それ。」
私が聞くと翼は難しい顔をした。
「あたしはおもしろいとは思わなかったわね。でも好きな人はめちゃくちゃはまる……そんな感じ。なんかこれ書いてる人、色んなジャンルの話を書いててさ、この人の本を読んでいくと必ず自分好みの作品に出会えるとかなんとか。一定の年齢層とかじゃなくて、全ての人に対してウケる文章を書けるっていうらしいのよ。」
「全ての人にウケる?それは魔法のようだな。」
しぃちゃんがもしゃもしゃとおにぎりをほう張りながら言うと翼が否定する。
「そう言うと語弊があるわね……一つの本が全ての人にウケるんじゃなくて……つまり、あたしにウケる文章も書ければ晴香にウケる文章も書けるし、鎧にウケる文章も書けるってこと。」
「なるほどなるほど。でもやっぱりすごいな。」
「あたしはこの作者がゴッドヘルパーなんじゃないかと思ってんだけどね。」
キラッとメガネを光らせながら翼はニンマリとする。
「《文章》のゴッドヘルパーとかかしらね。文章に魅力を持たせることができる感じ?」
ちょうど……音切さんみたいな感じだ。でも私はゴッドヘルパーの力で人気だからと言って否定はしない。そもそも害は無いのだから。人を喜ばせたり感動させたりできるのならそれでいいと思うのだ。
「ちなみなんて名前なんだ?その作者。」
「かみ……かみなし……?」
翼はその作者の名前が読めないのか、隣のしぃちゃんに見せる。
「ああ、旧暦だな。今の十月にあたる。読みは「かんなづき」だ。」
「やっぱこういうことには詳しいわね。ということはこの作者の名前は神無月世界ね。」
「神無月世界……か。」
オレ様は上の連中に呼び出されてこう言われた。
「よいな!……いいですか?……貴様は奴と接触したことがあるからこそ、この仕事を与えるのだ!……与えるの……です。ミスは……しないようにお願いします。」
「……どっちかに決めろよ。」
「ひぃっ!すみません!」
上の連中から与えられた仕事は《情報屋》を連れてくること。どーやら技術部が場所を特定したとか。んで会ったことのあるオレ様が行けと。
そして教えてもらった場所には確かに《情報屋》がいた。紙袋を被って偉そうに椅子に座っている。
「久しぶりじゃのう、ルーの字。」
「……誰だお前は……」
「わしはじゅげむじゅげむごこうの―――」
「だぁっ!長そうだから聞かねーぞ!」
「無礼なやつじゃな……」
会うたびに別人になるこの男(たぶん男)は今回はじじいになっているらしい。
「《情報屋》……《記憶》のゴッドヘルパー。悪いが力づくでもつれていく。オレ様たちに協力しろ。」
「喜んで。わしはそのためにわざわざお主らに場所を教えたのじゃからな。」
「あぁん?」
こいつはまた予想外な。《情報屋》はオレ様たちとサマエルの戦いに巻き込まれるのが嫌で逃げ回っていたはずだ。
「突然協力的になったな。何をたくらんでやがる?」
「別に。ただわしは状況に合わせた行動をとっているだけじゃ。いや……違うな。わしは怖いのじゃ。じゃから保護してもらいたいのじゃ。」
「怖い?何がだ?」
「知ってしまった。その存在を知ってしまった。サマエルの頭は《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーの力で覗けなかった。だが今のあやつはとある事柄の対処に忙しい。そのすきをついて……わしは覗いてしまった。」
「とある事柄?何だ……何を見た?」
「少なくともわしの知る限りは……いや間違いなくあやつは……」
オレ様は《情報屋》の胸ぐらをつかみ、紙袋に顔を近付ける。
「はっきり言え!全て教えろ!サマエルは何を焦ってる!?そしてお前は何を見た!」
「あやつは……」
《情報屋》の声が震えている。あらゆる人間の《記憶》に触れてきたこの男はそれこそ無限の経験をしてきたはずだ。世界中の善意と悪意を知っている。そしてそんなものにはもう慣れたと言っていたはずだ。そんな男が本気で怯えている……?
「おい、《情報屋》!あやつって誰だ!サマエルか!?」
「サマエル?あんなやつとるに足らない。《空間》のゴッドヘルパーも《時間》のゴッドヘルパーも赤ん坊じゃ!あやつは……あやつは……」
紙袋に空いている穴の向こうに目が見えた気がした。いっぱいに見開き、恐怖する目が。
「あやつは間違いなく史上最強のゴッドヘルパーじゃ!」
放課後、久しぶりに本屋さんに来てみた。私はあんまり本を読まないから本当に久しぶりだ。まぁ、たまにプラモデルを扱ってる雑誌を立ち読みしたりするが。
「神無月世界……」
見ると専用のブースが出来ていた。今話題というのは本当らしい。
「へぇ……たくさんあるな。」
ずらっと並んだ神無月世界の本を一つ一つ手にとってパラパラと見る。
「これは恋愛モノ……こっちはSF。ファンタジー、推理モノ、ノンフィクションまで。すごいんだなこの人。」
普通、一人の作家さんは一つのジャンルを書くものだ。それがここまで……びっくりだな。
神無月世界の本を一通り眺めた後、顔をあげると見慣れた人の顔があった。
「あ、音切さんだ。」
別に音切さんがその場にいたわけではない。音切さんが表紙の雑誌があったのだ。
「……そうだよなぁ、人気歌手なんだよなぁ……実感ないや。」
なんとなくその雑誌を手に取る。ページをめくっていくと音切さんのインタビュー記事があった。題して『音切勇也大解剖』だ。
「好きな食べ物は中華料理全般。嫌いな食べ物は漬物全般。へぇ……」
「あの独特の香りというか……あれがな。」
「そうですか?私は……まぁ好き好んで食べはしませんけど。」
「だろう?あれが大好物っていう人はいるのか?」
「さぁ。」
漬物は……和食か。しぃちゃんは作れるんだろうな。なんの根拠もないけどしぃちゃんの漬物はおいしそうだ。
…………ん?
「……」
私はゆっくりと振りかえる。すると私の真後ろに人が立っていた。そしてその人は今私が読んでいるページにデカデカと写真で載っている。
「いやぁ、雨上くん。」
「音切さん……」
本人登場である。
「なんでこんなとこに……?」
「俺だって本くらい読むさ。そのインタビューでも答えたが恋愛モノに目が無くてな。」
音切さんはサングラスと帽子で顔を隠している。そして小脇に本を一冊抱えている。これから買うのかな?
「いやしかしいい所で会った。雨上くん、お願いを聞いてくれないか?」
「なんですか?」
「これを買ってきて欲しいんだ。俺はほれ、一応歌手だから。いつもなら人に頼むんだが、たまたま誰もいなくてな……それでいて俺はこの本を早く読みたい。だからつい来てしまったんだが……良かった良かった。」
音切さんの代わりに本を買ってくると音切さんはあっはっはと笑いながら言う。
「お礼にご飯をおごるよ。いい店を知ってるんだ。」
「そんな……私そんなことされる程のことは……」
「友人を食事に誘うのに理由がいるのか?」
私は軽くため息をつく。一応お母さんに確認をとらなければ。もうご飯を作ってしまってる可能性もある。
「もしもし、お母さん?実は―――」
『大変よ晴香!音切様って近所に住んでるんだって!友達のお母さんがね、表札を見つけたって!』
軽く半狂乱した感じの声でそう言うお母さんはだいぶテンションが高いらしい。
「今の声はお母さん?」
音切さんが聞いてきたので私は頷く。お母さんの声が大きすぎて音切さんにまで聞こえたらしい。
「お母さん?聞いてる?ちょっとー。おーい。」
『どーしましょ!ばったりすれ違ったりしたら……ああもう!!』
「ダメだこりゃ。」
私がそう言って耳からケータイを離すとそれをひょいと音切さんが取る。そして、
「もしもし、こちら音切勇也です。」
とんでもないことを言いだした。
『!!!???!??ちょっ!今の声!私が聞き間違えるなんてことは!??!??』
「どーも。実はそちらの娘さんと俺は友達でして。これから一緒に食事をしようと思うのですが……いいですか?」
『ぶぅへぇっ!?こんなことって!!?!?!?!』
「ご心配なく。晴香ちゃんはこの俺、音切勇也が責任を持ってご自宅までお送りしますので。」
『晴香ちゃん!!?!?!』
「それでは奥さん、また今度。」
『また今度!?晴香ちゃん!?ちょちょちょーっ!?』
ピッ。
音切さんが何食わぬ顔で私にケータイを返す。
「さぁ、行こうか!」
「……私は今日帰ったらお母さんに何をされるのやら……」
中華料理のお店だった。コジンマリとしたお店で、チェーン店ではない。たぶん知る人ぞ知る的なお店なんだろう。
「おおぅ、勇也!また来たのか!」
「今日は友達を連れてきた。いつもの頼むぜ?」
「まかしとき!」
そして常連さんらしい。
私と音切さんは店内を見渡す。人気があるのか、満席だった。
「悪いね、勇也。相席でよけりゃー座れんだけどよ。」
「俺は構わないよ。雨上くんは?」
「別にいいですけど……」
お店の人……音切さんと気さくにしゃべるおじさんが指差す席はテーブルだった。四人分の椅子があるのだが今は一人しか座っていない。
「お隣いいか?」
音切さんがその人に話しかける。大学生くらいの男の人で、ギョーザを頬張りながらコクンと頷く。一瞬、私たちを見て驚いたようだったが……たぶん音切さんにびっくりしたのだろう。
「ここはなんでもウマい!全てがおすすめだ!好きなものを頼んでくれよ。」
「はぁ。それじゃぁチャーハンを……」
その後、それぞれが頼んだ料理が届くと、私たちは当然のようにプラモデルの話をしながら食事をした。
「今月に出るあの戦艦、ちょっと気になっているんだが……雨上くんはどー思う?」
「かっこいいとは思いますけど……あれですね、ちょっと遊べなそうというか……」
「同感だ。こう……俺らが改造しにくい形というか、設計なんだよな。」
「戦艦と言えば……最近私はあの戦いで現れた奴が気になっちゃって。」
「俺も俺も!雨上くんが倒したあの戦艦だろう?なかなかイカした変形したよなー。」
「あれ、なんとか作れないですかね。」
「んー……写真とかがあれば。でも確か《時間》が巻き戻ってるから……ないんだよなぁ。」
「ちょっと残念ですよね。」
「ああ。」
やっぱり盛り上がる。同じ趣味の人との会話は楽しいなぁ。
「あの……」
その時、隣の大学生らしき人が話しかけてきた。
「その……お二人にちょっと意見を聞きたいのですが……」
私と音切さんが首を傾げるとその人はぺこぺこしながら言った。
「いえ……実は自分、小説を書いていましてね。今度書く話がSFものでして。ちょっとお二人に自分のアイデアを聞いてもらえたらなって……お二人の会話を聞いてて思いまして。」
音切さんを見るとちょうど目が合った。音切さんは嬉しそうに笑うと大学生らしき人に言う。
「俺らで良ければいくらでも。こうやって相席になったのも何かの縁だろうしな。」
「そうですね。聞かせて下さい。」
「あ、ありがとうございます。」
そう言うとその人はポケットから一冊のメモ帳を取り出した。
「えぇっとですね……」
その人の話すストーリーはこんな感じだ。
宇宙に進出した人類は他の惑星の住人と出会ったことで多くのオーバーテクノロジーを手に入れた。その中に、自由に空間と空間をつなげることのできる技術があって、それを使うことで、人類はさらに遠くの宇宙に行けるようになった。しかしこの技術に目をつけた悪者がいて、それを悪用するのだとか。
「そこまで考えたのは良かったんですけど……空間を自由にコントロールする技術は一体どんな悪事に使えるのかアイデアがなかなか出なくて。」
「なるほどなぁ。空間か。俺らにはちょっと縁があるな。」
「そうですね。」
《空間》のゴッドヘルパー、鴉間 空。サマエルを倒すにはあの人も倒す必要がある。つまりこれは鴉間がどんな風に《空間》を操るかということを考えることに等しい。
「例えば……こんなんはどうですか?」
それからしばらくの間、私と音切さんとその人は《空間》について話し合った。
雨上と音切が食事をしている時、とある集団が《ハラヘッタ》という名前のファミリーレストランにいた。六人の男女が少し狭そうに座っている。
「ここのチョコパフェがおいしいんすよ。」
真っ黒なスーツに身を包むサングラスをかけた男……鴉間がニコニコしながら他の五人にチョコパフェをすすめる。
「なんであたしらがこんなとこで飯食ってんのよ、バーカ。」
鴉間とは対照的に真っ白な女が愚痴をこぼす。女はこの暑い中、ワンピースに厚手のジャケットを羽織っている。共に真っ白なのだが、身体に巻き付く無数のひもにぶら下がる色とりどりのメガネが女をカラフルにしている。
「それよりもお前のその格好が問題だろうが、ルネット。そのメガネの携帯の仕方には問題があるだろう。オレはその運び方に改善を求める。」
今度はカラフルな女と対照的な男が目を細くしながら呟いた。どこが対照的かと言うと、この男の服は完全無地なのだ。一言で言えば「地味」である。男はスラリと細く、立ち上がればそれなりの身長になると思われる。美系の顔立ちと身体を地味な服が台無しにしている。
「メリオレ……あんたあたしに喧嘩売ってんの?身の程を知れっつーんだよ、バーカ。」
「はっ、お前がオレにそれを言うか。身の程?お前が知れ。」
「よさないかこんな所で。小生は恥ずかしいぞ。」
二人の仲裁に入ったのはフランケンシュタインのような顔の男だ。ゴツイ顔に似合わぬ落ち着いた口調がなんとも印象的である。
「おいおいアブトル。お前はオレの味方をしろよ。なに第三者ぶってんだよ。」
「あらら~?偉そうなメリオレちゃんはアブトルがいないとなにもできないの~?カッコ悪すぎだっつーのよ、バーカ。」
「あぁん?」
「サーちゃんはハンバーグが食べたいなー。」
険悪な雰囲気をまるで無視したのは子供だった。男か女か判断がつかない中性的な顔立ちのその子供は半袖半ズボンというワンパク小僧のような格好でメニューを眺めている。
「そうアルね。たまにはお肉もいいアル。でもバランスを考えると……こっちのサラダのセットがいいのココロネ?」
子供と一緒にメニューを眺めているのはエセ中国人のようにしゃべる美女だ。出るとこが出て、引き締まる所はキュッと細いというナイスバディのその美女はチャイナドレスを着ており、とても艶めかしい。ミス・○○で優勝と言われてもなんら違和感のない美人なのだがそのしゃべり方がこれまた全てを台無しにしている。
「サリラとチョアンはマイペースっすね。ちなみにあっしはこのステーキを食べるっす。」
鴉間の一言で険悪な雰囲気がひとまずおさまり、全員が料理を注文する。料理が来るまでの間を無駄にしまいと、フランケンシュタインのような男……アブトルが口を開いた。
「して鴉間殿。小生は日本が大好き故にここに来ること自体はさして問題でもないのですが……実際の目的を教えていただきたい。」
「そうっすね。」
鴉間は水を一口飲み、話を始める。
「ミスター・マスカレードやバベル。道化師にクイーン。彼らは残念ながらこちらには来なかったっす。惜しい人材を無くしたっす。結果として集まったのはあっしもいれてこの六人っす。それは同時に、少なくともあっしが「強い」と思うゴッドヘルパーがサマエル様の下にはもういないということを意味するっす。」
「残るはサマエルだけということであるか。して、そのことと小生らが日本にいることになにか関係が?」
「ここには……あっしの次に強いと言われていたレッド&ブルー……リッド・アークと青葉結のペアを打ち破ったゴッドヘルパーがいるっす。」
「《天候》だっけか。確か第三段階の。サマエルの前にそいつを倒しちまおうってか?」
「いいえ。あっしがしたいのは足止めっす。」
「サーちゃん、わかんなぁい。」
「ここには《時間》もいるっす。そしてあっしはサマエル様を先に倒したいと願っているっす。それがあっしの第一目標っすからね。もしもサマエルと戦っているときに、それに気付いた天使たちがゴッドヘルパーを連れて横やりを入れてきたら?ってことっす。」
「どういうことアル?《天候》や《時間》の横やりが目ざわりなら日本で戦わなければいいアル。」
「《時間》がネックなんす。世界のどこで戦おうとも、《時間》を止めて移動すれば実質一瞬っすからね。さすがのあっしもサマエル様と《天候》、《時間》を同時に相手にはしたくないっす。出来れば各個撃破したいんす。そしてさっきも言ったようにあっしはサマエル様から倒さなくちゃいけないっす。」
「よーは《時間》と《天候》を一時的に足止めして、その間にサマエルを倒すっつー話なんだよなぁ?わっかりにきーんだよ、バーカ。」
「そこで……小生の力というわけですな。」
「そうっす。頼めるっすか?」
「了解だ。では……早速明日から。少々準備をせなばな。今夜は忙しいぞ、メリオレ。」
「みてーだな。……つーかよぉ、鴉間。」
「はい?」
「オレとアブトルなら……その《天候》も《時間》もボコせるぜ?」
「できる可能性があるというだけであるよ、メリオレ。小生らの力は絶対ではない。」
「気付かれたら終わりだもんねぇ?ホントに使えねーんだよ、バーカ。」
「ぶっ殺すぞクソアマァ!」
メリオレの大声にまわりの客がざわつく。
「落ち着くっす。まったく、二人はケンカばっかりっすね。」
メリオレとルネットが互いに顔をそむけるのを苦笑いしつつ眺めた鴉間は料理を運んできたのだが険悪な雰囲気にどうしようかと立ち尽くしている店員さんに笑顔を向ける。
「料理が来たアル。」
チョアンが全員にフォークなどを配る。
「とりあえずやることはっすね……」
鴉間がステーキを頬張りながらまとめる。
「アブトルとメリオレはその力で一時的に《天候》と《時間》……ついでにこの辺のゴッドヘルパー全員を足止めしてくれっす。あっしとルネット、チョアン、サリラは街をぶらぶらしてるっす。その内サマエル様の方が見つけてくれると思うっす。」
ステーキを飲み込み、ニンマリと笑う鴉間にその場の全員が寒気を覚えた。
「鬼ごっこはもう終わりっす。」
第一章「魔法使いの組織」 著・神無月世界
夕方、私は昨日の夜のことを窓辺に浮いているルーマニアに話していた。
「それで家に帰ったら久しぶりにお母さんのお説教さ。あ、いや……お説教ではないか。一方的に私が説明してお母さんが発狂する感じだったし。」
「ぷっくっく。んで?」
「とりあえず出会ったところから話し始めたんだがな、『私が音切さんと出会ったのは……』って言った瞬間に『音切「さん」っ!?!?!まるで知り合いみたいにぃぃっ!』って言って五分くらい気絶した。」
「ぶぁっはっはっは!」
「結局、普通に話せば十分で終わる話を二時間もかけて話すはめになったよ……もちろんお前のことやゴッドヘルパーの話はしてないぞ。」
「別に話してもいいんだがな。お前のお母さんはゴッドヘルパーじゃないし。」
「私がメンドクサイ。最終的には今度音切さんを連れてくるっていうことでこの話は終わったよ。」
「んまぁまとまって良かったじゃねーか。……残念ながらオレ様の話はチョーメンドクサイぞ。」
ルーマニアは見るからにゲンナリした顔で話し始めた。
「この前の《水》のゴッドヘルパーが言ってたエレメンツ・フォーのことなんだがな。」
「ああ……メンバーがわかったのか?」
「多すぎてわからねー。」
「は?フォーなんだからあと三人だろう?」
「確かにエレメンツ・フォーはあいつもいれて四人だった。だがな……エレメンツ・フォーはとんでもなくでかい組織の末端に過ぎなかった。」
「えっ?」
「実はエレメンツ・フォー以外にもこういう四人グループがたくさんあるんだ。ジャスティス・フォーとかアース・フォーとかな。」
「まじか。」
「さらに、その四人グループの上司的な位置に……オレ様たちをバカにしてんのかエンジェルズっつー奴らがいんだ。そしてそのエンジェルズの人間を四人まとめたもんをゴッドっつー奴らが管理しててな……」
「……まさかまだ上があるとか言わないよな?」
「残念だが言うぞ。ゴッドの上にはスーパーゴッド。その上にはハイパーゴッド。そしてその上にこの組織の全てを支配する一人の人間……アルティメットゴッドがいる。」
「どこのお約束だよ、それ。……でも組織のことがそこまでわかったってことはその頂点に君臨するアルティメットゴッドが誰かも?」
「もちろん。今のオレ様たちには《情報屋》がいるからな。」
「ん?見つかったのか?」
「ああ……そのことについても後で話があるが……とりあえずこっちを話しちまうぞ。んでな、そのアルティメットゴッドを昨日から今日にかけて近くにいた天使&ゴッドヘルパーが倒しに行ったんだが……全員返り討ちにあった。」
「えぇっ!?だってそいつらは何も知らないゴッドヘルパーなんだろう?できることも……ショボイことだけで……」
「ゴッド以上は仕組みに気付いてるらしいんだ。ある程度……すごいことをしてくるんだとよ。そしてアルティメットゴッドは……へたすりゃ第三段階クラスだとよ。」
「ゴッドヘルパーのことを知らないでも第三段階ってなれるもんなのか?」
「前に話した炎を操った《水》のゴッドヘルパーは五歳で第三段階だったわけだが……もちろんゴッドヘルパーのことなんか知らなかった。正確にシステムとゴッドヘルパーのことを知らなくてもなれないわけじゃねーよ。」
「そうか……んじゃそいつは……」
「ああ。オレ様たちが相手をすることになるだろうな。《物理》もやられたって話だしな……」
「《物理》?」
「いや、こっちの話だ。次にさっきもでた《情報屋》なんだがな、変なことを言ってたんだな、これが。」
「いつも通りじゃないか。」
「まぁそうなんだがな。どーも……メリーや鴉間なんかを軽く凌駕する力を持ったゴッドヘルパーが出現したらしい。」
「《時間》と《空間》を!?」
「サマエルが焦ってるせいで《情報屋》の奴、サマエルの頭の中を覗けたんだと。そこで見た情報の中にそういう奴がいたんだと。どーやらサマエルの切り札って感じらしい。」
「なんの《常識》を……?」
「それがわかる前に《記憶》を覗くのをやめたんだとよ。そいつの強さの《記憶》やイメージだけであの《情報屋》が恐怖したってことだ。あらゆる《記憶》の覗いていろんなことを知ってきた奴がな。」
「そんなゴッドヘルパーが……」
「んまぁ……今はサマエル側の状況が良くわかんねーっつーのが現状だな。とりあえずは目の前の問題……アホみたいな組織の始末だな……」
「……その組織に名前はないのか?」
「…………ザ・マジシャンズ・ワールドだ。」
「…………へぇ。」
あたしとカキクケコは晴香みたいに半目になった。
「ナイトメア山田!」
「ポイズン鈴木!」
「ブラック田中!」
「エグゼキュっ……エグゼキューター白鳥!」
「「「「我ら、セイント・フォー!」」」」
「なーにがセイントよこのノータリン共が!ナイトメアは悪夢!ポイズンは毒!ブラックは黒!エグゼキューターは処刑人!どこがセイント、聖人なのよ!あんたら何年生よ!しかも最後の奴噛んでんじゃないわよ!」
「「「「俺らは中学三年生だ!」」」」
「あんたらが受かる高校は存在しないわっ!!」
「つばさ、抑えるんだ……こんなアホは相手にしちゃいけねーよ……」
盛大にツッコンだあたしは息を切らし、カキクケコは涙をうかべてあたしの肩に手をのっける。その手をひっぱたいてあたしは目の前のガキ共を睨みつける。
放課後、帰る途中でカキクケコに会って……今、あたしは空き地でガキ共の相手をしてる。
サマエル側に何かあったとかで……いろいろあってこういうアホ共が増えた。ああ、ムカツク。こんなガキなんかにあたしの時間がとられるなんて!
「瞬殺するわよ、カキクケコ!」
「殺さないでくれ、つばさ。」
あたしの言葉に目の前のガキ共が反応する。
「瞬殺だってさ。鈴木、ぼくらがどういう存在なのかこの女に教えてあげてくれよ。」
「そーだね。おねーさん、おれらはさぁ……選ばれた人間なんだよ。」
「あたしって実は宇宙人だから正確には女じゃないんだけど。」
「は?おい、田中。こいつ変人だぜ。」
「ほんとだ。イタイ人だったんだ。ごめんなさーい。」
「あんたら何で服着てんの!?何で踊ってないの!?何で歌ってないの!?それって変じゃない!?」
あたしは素っ裸で踊りながら歌うアホガキ四人をカキクケコに任せて帰路についた。
「まったく!なんなのかしらね!いきなりこんなに雑魚が増えちゃって!」
プンスカしながら歩いてると、あたしの家が見えてきた。んでもって玄関の前に人が立っているのが見えた。
「あらら?相楽先輩じゃない。」
「やぁ、ちょうど一年前の君のインタビュー以来だね。」
相楽先輩は学生服のまま。ってことは学校からあたしの家に直接来たってこと……ん?なんであたしの家を知ってんのかしら?
「実は君に聞きたいことがあってね……」
「あたしに?」
「雨上くんの……好きなものとかを……教えて欲しくてね……」
あたしの脳に電流が走った。
これは間違いなく……「好きな人に告白なりなんなりしたいのでその人の友人にその人の好みを聞く」っていうベッタベタの展開だわ!
「晴香のこと好きなんですか?」
とりあえず直球で聞くと相楽先輩はだいぶびっくりした後に目を逸らしながら呟く。
「はは……臆病者と思ってくれて構わないよ。でもね、ぼくは本気なんだ。最高の場所と物で雨上くんに告白したいんだ!」
うわぁ……本気の目だわ。こーゆー場合どーすればいいのかしら?それなりの数の男と付き合ったけどこんなことは初めてなのよね……
「まぁ……別に教えること事態は嫌でもないんですけどね……」
「そうか!ありがとう!」
「でも、あたしは晴香の友達なんで。先輩が本当にふさわしいかきちんと調べたいと思います。晴香に男女関係の傷跡なんか残したくないんで。」
あたしは自分でもびっくりするくらいに冷えた表情と声でそう言った。
あらら?こんな気持ちになるって……どーゆーことなのかしら?
あたしってばもしかして晴香のこと……?
これは何かの間違いだ。
「この悪党め。どーせお前らは力を独占しようって腹なんだろ?僕らは違う。平和のためにこの力を……魔法を使う!」
オレは珍しく驚愕してるムームームと顔を合わせる。ムームームもオレと同じ感情を抱いてるらしい。
「十太……たぶんこれが……報告にあったゴッド以上の連中だよ。」
「……ある程度は《常識》の上書きが可能になったっつー奴か……でもよ、いくらなんでも強すぎんだろ……」
意味がわからない。昨日までにもこういう奴らはたくさんいた。でも大抵は雑魚そのものだった。そして今日、ムームームから組織の全貌を聞かされ、近くに出現した組織の人間を倒しに出かけたら……逆に追い詰められてるという現状。
「くらえ!」
車が飛んでくる。
ここは道路の真ん中。目撃者の数がハンパないがそんなことは気にしてられない。
相手はなんのゴッドヘルパーなのかわからねーが……とにかくそこらの物を浮かせて飛ばしてくる。
「エネルギー吸収!」
オレの手の平が触れた瞬間、車は止まる。吸収した《エネルギー》を使って相手に接近を試みる。
「お前も魔法を使えるんだろう?ならどうしてそれをみんなのために使おうとしない!」
それなりの速度で接近したオレのパンチを軽くかわして相手は宙に移動し、そこで止まる。
「まるでサイコキネシスだね。正確な仕組みを知らないからこそ、純粋なイメージを具現化させやすいのかな。」
「くっそ!なんか本物が偽物に負けてる気分だぜ。」
「しかも……なんであーたーしたちが悪者みたいになってるんだろうね。」
「これでフィニッシュだ!」
近くの電柱が数本引っこ抜かれる。それを見たムームームが悲しそうな顔で呟いた。
「ああ……あれの修復がどれだけ大変かわかってるのかな……」
「後のこと考えてる場合かよ!」
高速で飛来する電柱。残念ながら今のオレは一度に複数の《エネルギー》は操れない……!
位置エネルギーの操作で上に瞬間移動しようとしたオレは突然誰かに抱えられてムームームと一緒に真横に移動した。
「うぉ!?」
道の隅に移動させられたオレ達は一拍遅れて地面に突き刺さる電柱を見た。その視界の中、電柱の間を高速で駆け抜け、それを足がかりに宙に浮く奴に跳びかかる奴がいた。
「っ!?お前も敵―――」
相手がセリフを言い終わる前にそいつはぶん殴られて地面に落下し、そこで気絶した。
「……大丈夫でしたか?」
「……速水……だったっけか?」
オレの前に現れたのは速水駆。《速さ》のゴッドヘルパーだ。雨上先輩の後輩だとかで、この前の戦いに参加した奴で……確か今はパートナーとなる天使待ち……だったはず。
「なんかすごい騒ぎだったので来てみたら……ゴッドヘルパーでしたか。」
「速水くん……君はすごいんだね♪あーたーしが見てもいいセンスだと思うよ?戦いの。秘密の特訓でもしてるの?」
ムームームがそう言うと速水は照れながら答える。
「まぁ……あの戦いの後からっすけど。雨上先輩の力になりたいなーって思って。」
「あらあら?もしかして恋心~?」
ムームームがニヤニヤしながら聞くと速水は苦笑いで返す。
「好きかどうかはわからないです。ただ、あの人と遠藤先輩のやることに間違いはないんです。一年間の部活動でオレはそう思ったんです。」
一体何があったのやら。まぁ確かに雨上先輩はどこか不思議な雰囲気の人だ。ただの不思議ちゃんではない何かを持っている。それが第三段階としての素質とかそういうものなのか、まったく関係のない性格の問題なのかはわからねーが。少なくとも……あの人はあの人だから第三段階なんだろうなぁ。それを速水は感じたのかもしれない。
「んま、とりあえず助かったぜ。サンキューな。」
「ええ。でも……なんで突然こんな奴らが増えたんですかね。仕組みというか、こうなった理由は雨上先輩から聞いたんですけど、イマイチわからないというか……今日になって違和感を感じたというか。」
違和感か……オレが感じてるのもそれに近いな。
「もしかしたら……」
ムームームが難しい顔で気絶した組織の奴の記憶を消しながら呟いた。
「すでに敵の攻撃が始まっている……?」
「メリオレ。ちょっとここを。」
「ああ……やっぱ急激過ぎたか?」
「そうかもしれぬ。やはり下ごしらえは大事なのだな。」
「んま、進んじまえばオレらの思うがままだがな。」
「マキナちゃん?もう一回言って欲しいのだよ。」
俺私拙者僕のお部屋でマキナちゃんとお話中なのだよ。最後のボス、魔王ユニバースマスターとの戦いを中断するぐらいにびっくらこく事をマキナちゃんが言ったのだよ。
「だから……宇宙人が来たって言ったのよ。」
神様はこの世界を作ったのだよ。そして世界とは全宇宙も含んでるのだよ。それなのに俺私拙者僕らはこの地球だけを管理してるのはどーしてなのか。それは単純に一番面白いからなのだよ。
神様だって作った物の中に「お気に入り」っていうのがあるのだよ。それが地球だから神様はシステムとかを使ってこの地球をよりよくしようとしているのだよ。
ではでは他の星は?答えはホッタラカシなのだよ。まぁこれも一つの楽しみで、何も手を加えずに勝手に育つ世界は神様にも未知数だからどんな風になるのかワクワクなのだよ。
しかし、神様が直々に管理しているからこそ地球はここまで来たのであって……他の星が地球並に育つっていうのは考えにくいのだよ。まー……生物ぐらいは生まれるとは思うけんどもぉ。
「遠くの星から遥々とね。これってどうすればいいのかしら。」
「……なんでそれを俺私拙者僕に聞くのだよ。」
「上の連中はメンドクサイんだもの。それに比べてあんたは元大天使。こっちの方がいいわよ、そりゃあ。」
「うぅん……どうしようと言われてもなー……こっちはそれどころじゃないのだよ。《空間》や《時間》を超えるゴッドヘルパーの出現、何も知らないゴッドヘルパー達が作り上げた組織、サマエルの動向。てんてこまいなのだよー。」
「そうよねー。いろいろなことが同時に起きすぎよねー。急展開にもほどがあるわ。」
「……急展開……?」
言われてみれば……あれ?なんで違和感を感じなかったのだよ?いや……なんで今、違和感を感じたのだよ?
「なにか見落としてるよーな気がするのだよ……」
第二章「恋」 著・神無月世界
翌日、教室に入るやいなやしぃちゃんが質問してきた。
「リーダーに必要なものって何だと思う?晴香。」
ヤブカラボーな質問だなぁ……
「突然なんですか?」
「いやな、この前ふと考える機会があったんだ。リーダーとはなんなのか。何ができなければいけないのか。」
「リーダーですか。でもそれこそしぃちゃんの得意分野じゃないんですか?」
「まぁそうなんだけど……」
なにやら難しい顔をするしぃちゃん。とりあえず私の意見を言うとしよう。
「そーですね……リーダーって二種類あると私は思うんですよ。」
「二種類?」
「司令官なのか隊長なのかってことです。後ろから的確な指示をとばすのか、先陣をきるのか。」
「なるほど……うん、わたしは先陣をきるタイプだな。」
「なら必要なのは……そのグループの人から信頼されるような強さとか勇気とかじゃないですか?」
「おおぅ、なるほど!ありがとう晴香!」
しぃちゃんは満足したのか、ぶつぶつと独り言を言いながら自分の席に歩いていった。しぃちゃんらしいと言えばらしいが……不思議な質問だったなぁ。
「晴香!」
しぃちゃんを眺めていたら突然目の前に翼が現れた。
「……びっくりした。どうしたんだ?」
「晴香は……その、あたしのことどう思う?」
「……変なやつ。」
「あー……えっとそうじゃなくてさ……あたしを……そう!一人の女として!」
「……変な女。」
「ん~、だからそうじゃなくてぇ……」
日頃から変な翼が今日はいつもの三割増しで変だ。なぜか私を見ようとはせずに目をそらし、顔を赤らめている。こんな気持ち悪い翼は初めて見た。
「外見のことを聞いてるか?なら……翼は美人だと思うぞ。」
「ふぇっ!?」
さらに真っ赤になる翼。これはいよいよ病気か?
「んもーっ!晴香のえっち!」
「どうしてそうなるんだ?」
顔を手で隠しながらイヤンイヤン身体をくねらせながら翼は自分の席へと去っていった……
「わけがわからん……」
そしてさらにわけがわからない。朝のホームルーム、担任の有馬先生が私を見るやいなや目に涙を浮かべたのだ。
「雨上……頑張ってこいよ!」
「はい?」
同時にクラスの面々が(会話をしたこともないんじゃないか?っていう人も)私に気持ちの悪い視線を送ってくる。
「応援してるよ!」
「勝ってこいよな!」
なんだなんだ?私は何をすることになってるんだ?
気持ちの悪い一日を過ごした。お昼になるとクラスのみんながパンをくれたり、掃除当番を代わってくれたりと妙に親切だ。それになんだか……今日は一日が早い。さっき登校したばかりじゃなかったか?
「絶対おかしい。ゴッドヘルパーの仕業に違いない。ルーマニアに聞いてみよう。」
翼としぃちゃんは用があると言って先に帰ってしまったので今日は一人で帰宅だなぁと思いながらゲタ箱を開けると何かが中から落ちた。
「……手紙だ。」
まさかラブレター?いや、敵からの挑戦状かもしれないな。
とりあえず拾い上げ、その場で封を切る。
「……先輩からだ。」
『あの公園で君を待つ。』
ただ一言そう書いてあった。あの公園って……まぁあの公園だろう。先輩が私を呼び出す理由として考えられるのはなんだろうか?
私は手紙をポッケにいれて歩きだす。時間の指定がないってことは今日って可能性が高い。とりあえず私は公園を目指した。
「……なんか今日はいろいろなことがいっぺんに起こるなぁ。」
先輩が私を呼ぶ。あの公園を指定するってことは少なくとも学校の廊下で気軽に出来る話ではないんだろう。となると……?
「まさか……ゴッドヘルパーのことか?」
記憶は消去された。だが、もしも誰かが「あなたはゴッドヘルパーなんですよ。」ともう一度教えてしまえば……あ、いや……確かルーマニアがそうなってもいいようにシステムとのつながりを多少いじってるって言ってたな。仮に第二段階になったとしてもこの前みたいな光の球体を作れはしない……はずだ。
「なんだかんだであれが一番怖かったなぁ……」
そんなに前の出来事ではないのになつかしく思う。ゴッドヘルパーとして過ごすこの日常は密度があるからかな。
そんなこんなで公園に到着した。……あれ?公園ってこんなに近かったかな?
夕方。まだ子供が遊んでいてもおかしくない時間帯なのだが不思議と誰もいない。いるのは……先輩だけだ。
「先輩。」
ベンチに座っていた先輩に声をかけながら近付く。
「やぁ、雨上。好きだ。」
そして告白された。
私は数秒動けなくなった。
「最初に会った時から……ぼくは君のことを運命の人だと思っていたよ。好きだ雨上……いや、晴香!」
そう言いながら先輩は私の手を取り、どこから取り出したか指輪をはめようとする。
「えっ?はい?いやいやいや、何をしてるんですか!?」
あわてて手を先輩の手から引っこ抜く。
「晴香。ぼくはね、君が―――」
先輩が何かを言う前に、突如現れた翼がとび膝蹴りを先輩に決めた。
「なーにしてんのよ!」
華麗に着地する翼に私はとりあえず質問する。
「帰ったんじゃなか―――」
「もう時間が無いんだ!」
私のセリフを遮って先輩が叫んだ。
「もっと準備をしたかったけど……テレビを見ただろう!?晴香は行ってしまうんだ!」
私が?どこに?
「あたしが言ってるのはそーゆーこっちゃないわ!」
翼は私の方に向き直り、両の手を肩に乗せてきた。
「晴香!」
「な……なんだ?」
「愛してるわ!」
「は?」
翼は再び先輩の方に身体を向けて叫んだ。
「晴香はあたしのよ!」
何を言ってるんだ?
「何を言っているんだ!君たちは女同士……」
「愛に性別なんて関係ないわ!」
大いに関係あると思うんだけどなぁ……っていやいや、冷静にツッコンでる場合じゃないぞ。
「翼。一体何を言ってるんだよ。なんかのドッキリなのか?」
「冗談でこんなこと言いやしないわよ!」
冗談であって欲しかったのに……
「くっ!まさか恋敵に相談してしまうとはね。でも負けないぞ!」
「望む所よ!かかってきなさいよ!」
何がどうなって……
「うおおおお!光よ、ぼくに力を!」
そして……先輩の後ろに数個の光の球体が出現した。
「なっ!?」
そんなバカな!先輩は……もう自分が《光》のゴッドヘルパーであることを知らないはずだ。それに……もうああいうことはできないんじゃ……
「くらえ!」
光の球体が高速で翼に迫る。迫ったのだが……
「ふんっ!」
翼が驚異的な運動能力でそれをかわした。速水くんとかの補佐があればあれぐらいはできるだろうけど……今この場にはいない。翼はなにをどう応用したんだ??
意味不明だ。私は混乱する。もう見なかったことにして帰ろうかとも思えてきた。
「こっちだ雨上くん!」
そしてどこから出てきたのやら、突如出現した音切さんが私の手を引いて走り出した。
「もうじき出発だよ!」
なにがなんやら……
どうして音切さんが私の家を知っているのか不明だが、とにかく私と音切さんは私の家に到着した。
「そろそろ来る頃だな。」
「な……なにが……ですか?」
息も切れ切れに私は問いかける。
「車さ。一緒に地球を救おうじゃないか!」
地球!?急展開にも程があるぞ!
「あ、来たぞ。」
黒塗りの長い車……リムジンというやつが私の前に止まった。ホントに来たぞ……
「お待たせいたしました。どうぞ。」
映画なんかで見るようなスーツにサングラスの強そうな人が出てきた。服だけ見れば鴉間だな。
車の中を覗くと……それなりに見慣れた人がいた。
「この度の協力には……感謝しております。」
見慣れた人……日本で一番偉い人がそこにいた。なんだこれ?
「アブトル。主人公が一番流されてんぞ。」
「ふぅむ……第三段階……だからかもしれんなぁ。」
「あぁ?なんかカンケーあんのか?」
「ゴッドヘルパーは一つの《常識》を管理している。つまりそれは世界の設定クラスのアイデンティティーなのだ。確固たる自己というものを持っている。第一段階ならそれほど影響はないんだがな、第二段階になると途端に小生の力が効きにくくなる。」
「しっかり効いてんぞ?」
「それはほれ、小生だって自覚してからそれなりに経っているからな。取り込む腕も上がるというものだ。今の小生なら……とんでもなく強大な《常識》を操る奴でなければ取り込める。だが第三段階は別だ。なんせ取り込んだことが無いからな。」
「根本的なやり方は同じだろう?」
「それが違うのだ。第三段階と第二段階の力の使い方は大きく異なる。だから……そうだな、確固たる自己を避けて取り込むやり方がわからないのだよ。」
「はぁん。」
「まぁ問題はないだろう。まわりがあれだからな。人間はまわりがAと言う中でBとは言えない生き物だから。」
第三章「真実」 著・神無月世界
本来なら私は緊張してガチガチになっているんだろうけど……今の私は急展開な世界について行けずに頭がゴチャゴチャなのだ。だから普通にお話しできた。
「どういうことですか?」
「どういうって……宇宙人だよ、雨上くん。」
音切さん……というかクラスの人もそうだったが、何故か私は何かをすることを承諾していてそれはとてもあぶないことなのらしい。まさか宇宙人が出てくるとは思わなかったが……とりあえず話を合わせることにした。
「いえいえ、詳細を聞きたいというか……改めてこの人から聞きたいというか。」
私は日本で一番偉い人を指差す。
「そ、そうですな。キチンとわたくしの口から話すのが道理というものでしょう。なにせ貴方はチームのリーダーですから。」
私は何かのリーダーらしい。
「ここ最近……魔法と呼ばれる不思議な力を扱う者が続出しています。」
ああ……あのマジカルなんたらか。ん?マジシャンだったかな?
「彼らはその力で世界を救うと言っておりますが……簡単に言ってしまえば魔法を扱う者、魔法使いが世界を引っ張っていくという発想ですので……有体に言えば世界征服ですな……」
世界征服は最近の流行りらしい。
「それに対抗するべく、世界のあちこちから集められたのが……彼らと同じ魔法使いである貴方がたです。」
……ゴッドヘルパーの話と対して変わらないな。
「そして……雨上晴香さん。あなたは少なくともあちら側に落ちていない魔法使いの中で……最強。」
……第三段階っていう肩書きが変化しただけだな。
「だからあなたはチームのリーダーとして抜擢されました。そして……そしてやっと世界征服をしようとしている魔法使い達と戦えるぐらいに組織が出来あがり……これからという時に!」
ははぁ……つまり私は何故か……突然世界に出現した世界征服を目的とする魔法使いの連中を倒すためのチームのリーダーとして任命されたと。そしてつい最近、やっとこさチームが組織としての形を成し、これから悪者退治だーという段階が今なわけだ。だけども何かが起きたと。
「奴らが……ナナカンソバ星人がやってきたのです!」
宇宙人のご登場ってわけか。
「奴らは我々人類を下等な生き物と見ています。しかし、魔法使いだけは別だと……自分たちと共存するに値すると……そう考えております。」
「だからナナカンソバとザ・マジシャンズ・ワールドが手を組んだのか。」
バカみたいなカタカナ言葉を平然と羅列する音切さんだった。
「そうです。宇宙人と魔法使いが同時に敵となったのです。しかし、今現在ナナカンソバの技術力を上回る武器などは存在せず……こっちもやはり対抗できるのが魔法使いしかいないと。」
「私に宇宙に出ろと言うんですか……」
「ええ。」
なんてこった。勘違いしたゴッドヘルパー集団が登場したと思ったら先輩と翼に告白されて終いには宇宙に行って宇宙人と戦えとは。おっそろしい展開だな。漫画のようだ。
……なんで私はこんなに冷静なんだろうか?
「あ、着きました。」
窓から外を見るとそこは国会とかではなく、どこかの研究施設のようだった。
「ここは……?」
「魔法使いと言いましても、身体は生身の人間ですから……身を守るための装備がここにあるのです。」
装備?青葉が着てたような……戦闘服という奴かな?
研究施設の中は真っ白で色が無かった。いかにもという感じの廊下をしばらく歩き、一つの部屋に通された。そこには何十人という数の人間がパイプ椅子に座っている。
「これがチームのメンバーか!」
音切さんがそう言った。……こんだけなのか。
「晴香~。」
メンバーを眺めていると聞き慣れた声が聞こえてきた。声の方を見ると……しぃちゃんがいた。
「しぃちゃん!?何やってるんですか!」
「何って……地球を救いに来たのだ!」
「そうだぞ雨上くん。それに彼女は副リーダーじゃないか。」
「うえぇっ!?」
なんと私がリーダー、しぃちゃんが副リーダー。それで学校であんなことを聞いてきたのか。
「頑張ろう、晴香!」
いつも以上に輝くしぃちゃんはまぶしかった。
「では……装備の開発主任から説明等を受けて下さい。それでは。」
そういって一番偉い人は帰って行った。
「おっ、説明が始まるようだ。」
部屋の照明が少し暗くなった。音切さんが手近の席に座ったので私はその隣に座る。
パイプ椅子が並ぶ先には教卓のような机が一つあり、後ろの壁にプロジェクター用の白い奴がぶら下がっている。おそらくあそこでその主任とやらが説明をするのだろう。
……流されるままにここまで来たが……明らかに全てがおかしい。それは確実だ。ゴッドヘルパーの力なんだろうが……今の所私に直接的な被害は出てない。攻撃が目的じゃないのか?それともこれが攻撃の準備なのか?まぁなんにせよ、相手の力を理解しなければどうにもならないだろうなぁ。一体どんな《常識》なんだろうか。私以外の人……いや、私のまわりの世界を操る?そもそもこれは現実なのか?実は夢や幻でしたってことは……?
だがしかし、そんな私の疑問と今日の驚きを全て吹き飛ばす驚きがここに来た。
「では、説明を始めるわん。」
青葉結が壇上に立ったのだ。
「―――ってことでこの機構がこう働くから大丈夫って話ねん。」
《仕組み》の力を使って《仕組み》を省くにはその《仕組み》をきちんと理解する必要がある。つまり、青葉はゴッドヘルパーの力抜きでも十分天才技術者なのだ。
「だからってこの場面で出てこなくてもなぁ……どうなってるんだ?」
私は青葉が話している意味不明な専門用語を聞き流しながらそう呟いた。この調子じゃリッド・アークも出てきかねない。
もしもこの世界が誰かの手によって意図的に作られたものだとしたら……その創造主はいい趣味してるな。魔法使いやら宇宙人やら……ファンタジーなことで。
『おい。』
その時、頭の中に声が響いた。乱暴な口調のそれはだいぶ聞き慣れているすぐにわかる。私は腕につけているリングを見ながら頭の中で呟いた。
「ルーマニアか?」
『おお!やっと連絡が取れたか!』
ああ……そういえばこれでルーマニアに連絡するという行為をするのを忘れてたな。
『ええっとなぁ……お前はこれをどこまで理解してんだ?』
「何も。これは一体何なんだ?頭がおかしくなりそうだぞ。助けてくれ。」
『悪いがそりゃ無理だな。この連絡だってやっと取れたんだからな。そっちとこっちは完全に切り離されてんだ。』
どうや相当大規模な攻撃らしい。
「そうか……それで……何が起きたんだ?」
『よし、んじゃ……まずはそっちとこっちの現状からな。さっきも言ったようにそっちとこっちは完全に切り離されてる。オレ様はそっちに行けないし、お前からの通信も……本来ならこっちへは届かねぇ。』
「そっちとこっちって何を指してんだ?」
『天界と下界だ。』
「え……じゃあこの現象は全世界を?」
『飲み込んでる。まぁ一番騒ぎが起きてるっつーか変なことが起きてんのはお前のいる所だがな。』
「一体どういう《常識》を?」
『わからねー。確かなのは、お前が見てるその世界は確かに現実だということだ。幻とかではないい。』
「世界を巻き込むってことは第三段階か?」
『幸いなことにそうじゃない。もしもそっちの世界が一人のゴッドヘルパーによって完全自由自在にできるのなら確かにそいつは第三段階だが……この世界には終わりがあるんだ。』
「終わり……?」
『つまりこうなのだよ。』
頭に響く声が突然変わった。この気の抜ける声は……
「!……アザゼルさん?」
『ここは俺私拙者僕が説明した方がわかりやすいのだよ。雨上ちゃん、その世界は……言うなればゲームなのだよ。RPG!』
「と言いますと?」
『ゲームの中だとさ、一応プレイヤーはその中を自由に動き回れるのだよ。でもやっぱりイベントは強制的に発生するのだよ。あ、ちなみにこの場合のプレイヤーは雨上ちゃんなのだよ。』
「……私はゲームの主人公で……いろいろなイベントを経験するってことですか?」
『そうなのだよ。そしてどんなゲームにも……ラスボスがいるのだよ!』
「ラスボスですか……」
『そいつを倒せば長い旅は終わり、そこでエンディングの後にスタッフロール!よーするにその世界はラスボスを倒せば終わるのだよ。』
「それはどいつのことですか?」
『わからないのだよー。でもね雨上ちゃん、わからなくても問題ナッシング!さっきも言ったよーにその世界はゲームなのだよ。だから、状況に流されまくれば自動的にラスボスにたどり着くのだよー。』
「なるほど。」
『ただし!その世界にコンティニューはないのだよ!途中でリタイアしたら終わりなのだよ。』
つまり、私がこれからするべきことは……話に流されるということだ。そして最終的にラスボスを倒す。それで私はこのおかしな世界から……あ、いや、ここは戻るわけだ。ただし、リタイアはできないと。……この世界で言う何がリタイアということになるのかはわからないが、とりあえず全力で……流されるのだ。
『あー、オレ様だ。やることはわかったか?』
「ああ。……一つ疑問なんだが……これは私を倒すための攻撃……なんだよな?」
『それもイマイチわかんねーんだよな。結局ラスボスでお前を倒すことが目的なのか、オレ様たちとお前らを切り離すことが目的なのか……はたまたオレ様たちがこれの対処をしている間に何かをしようとしているのか。謎だらけだ。』
「そうか……とりあえず私は……頑張ってラスボスを倒せばいいんだな。」
『ああ、頼むぜ。』
オレ様は雨上との通信と切る。まわりにはリッド・アークとのバトルで一緒に戦った面子がいる。あとマキナ。
「とりあえず今わかってることは伝えられたな。これから先、新しい事がわかる度に連絡が取れればいいんだが……できるか?」
「無理そうね。」
マキナがため息をつく。
「だってもう接続が切れたもの。この世界が確立された瞬間に下界の天使を全員天界に強制転送できるぐらいの実力者がこの通信を見逃すわけないわ。たぶんこの一回の通信は……アザゼルの言うプレイヤーへの説明でしょうね。説明役がマキナたちってわけ。」
「くっそ……いいように使われたな。オレ様たちにできることはもうねぇーのか?」
「ないと思うのだよ。少なくともラスボスがやられるまでは。」
人々が宇宙人の話で持ちきりになっている日本のとある高速道路にあるとあるサービスエリア。そこの外においてあるテーブルに四人のゴッドヘルパーがいた。
「なんで……ここなんだよ、バーカ。」
「ここのホットドッグがおいしいんす。」
「つーか、結局こっち来んなら最初っからこっちにいりゃあ良かったじゃねーか、バーカ。」
サンドイッチをバクバク頬張りながら文句を言っているのはルネットである。
「あの二人をあっちに送る必要があったっすからね。現段階の第三段階の状況も感じておきたかったすから……」
「あぁん?サングラスとりゃあ一発なんだろ?わざわざ行かなくてもよかったっつーんだよ、バーカ。」
「でもなんで離れる必要があるアル?」
上品にコーヒーを飲んでいるチョアンが尋ねる。
「あの二人の力は……メインパーティーのいる場所を中心に構成されるものっす。そしてもちろん中心に近ければ近いほど影響が強いっす。だから面倒なことが起こりやすいんすよ……あっしらにとって。」
「なら地球の裏側に行くとどうなるアル?」
「たぶん、取り込まれているは取り込まれているけど普段とさほど変わらぬ日常が展開されていると思うっす。」
「だったらそこに行きゃあいいじゃねーか、バーカ。」
「ある一定の距離以上離れればさほど違いはないんすよ。それに……ほら、あっしは日本人っすから。サマエル様も探す可能性が大きいわけっすよ。」
「なるほどアル。」
再びコーヒーを飲むチョアンとふくれっ面でモグモグ口を動かしているルネット。鴉間はホットドッグを食べながら二人を見てふと呟いた。
「よく考えたら……今のあっしって両手に花状態なんすねー。美女二人とお食事っすから。」
ルネットが半目で鴉間を睨む。
「……あたしをそーゆー目で見てたのかてめぇは……気色悪いんだよ、バーカ。」
「まぁまぁルネット。美女と呼ばれたアルヨ、もっと喜ぶアル。」
「つーかサリラも女だろーが、バーカ。」
サリラはテーブルに広げたジグソーパズルとにらめっこしている。
「サリラは……不明っすよ。」
「そうなのアル?ワタシはてっきり女の子だとばかり……」
「そもそも……性別のある生き物なのかどうか。今は人間の姿っすけどね。」
「意味わかんねーんだよ、バーカ。」
「ゴッドヘルパーって別に人間だけじゃないっすからね。それこそその辺の雑草がなることだってあるっす。確か《空間》の前任者はたぬきっすしね。」
「そうなのアル?びっくりアル。」
「すげーんだな……サリラの《常識》の―――」
「ヘイ!」
鴉間たちが座っているテーブルから少し離れたところからそんな声が聞こえた。
「……誰っすか?」
そこにいたのは一人の男。百人中百人が「ブサイク」と呼ぶであろう顔に、堂々と出た腹。そこにお洒落なサングラスや服を装着したそいつは不思議とかっこいいポーズで鴉間たちを見ていた。
「YOUが鴉間空かい?」
「Iが鴉間空っす。」
「はっはっは、見つけたぜぃ!俺の標的!」
男は違うかっこいいポーズにポーズを変え、話を続ける。
「鴉間……最強のゴッドヘルパーって聞いたからどんなやつかと思いきや……そのサングラスはかっこいいけどその髪型はかっこ悪いぜ?今時オールバックって……」
「そうっすか?髪の毛後ろにやるだけっすから楽でいいんすよ。」
「かっこ悪い理由だぜ。んまっ、いいけどさ。」
男はサングラスを頭に移動させる。顔の面積と比較してあまりに小さい目が現れた。
「サマエル様から命令を受けた!裏切り者に死を!ホウッ!」
かっこいいポーズでズビシッと鴉間を指差す。
「サマエルの刺客だってよ……サマエルじゃねーのが来てんじゃねーか、バーカ。」
「……それよりも……驚きっすね。あっしもサマエル様の傘下に入ったゴッドヘルパーの全てを知ってるわけじゃないっすけど……まるで知らない奴っす。」
「当り前だぜ。俺はサマエル様の切り札、最終兵器だからな!」
いちいちかっこいいポーズをする男を横目で見ながらチョアンが呟く。
「なるほどアル。最後までその存在を隠し続けることで、天使側に対策を取られないようにしておいたゴッドヘルパーがいたってことアルね?」
「その通りです、レディ。ああなんたること!俺はあなたのようなエンジェルをこの手に!」
男はかっこよく悩む。
「うぜぇっつーんだよ、バーカ。」
ルネットが身体に巻き付くメガネからレンズの青いメガネを取り出してかける。
「死ね、バーカ。」
ルネットは男を見た。なんてことないただそれだけの動作。そして何が起きたかと言えば当然何も起きなかった。だが―――
「へぇ……少しはやるわね。こりゃ楽しめそーだわね、バーカ。」
ルネットの予想とは違う現象が起きたらしい。
「そうなんすか?」
今度は鴉間が男を見た。すると今度は男の後ろ、駐車している車が数台真っ二つになった。
「おお。ホントっす。」
突然のことにまわりがざわつき、逃げ出す人もいた。しかしこの四人と一人は睨みあっている。
「俺にかっこ悪い攻撃は効かないぜ?」
かっこよく悩んでいた男はかっこいい立ち姿に戻り、出た腹をよりいっそう前に出す。
「俺は《かっこよさ》のゴッドヘルパー、グルービー!よろしくぅ!」
「自分からバラしたアル。」
声は驚いているがコーヒーを優雅に飲み続けるチョアンの横、サリラはジグソーパズルから男へと視線を向けた。
「デブだー。」
そして見たままのことを口にした。
「はっはっは、お嬢ちゃん。《かっこよさ》ってのは外見じゃないんだぜ?そいつが何を言い、何をするか……それがかっこいいかかっこ悪いかを決めるのさ!そして、俺が言うことすることは全てかっこいい!俺がそう決めた!」
男……グルービーはかっこよく鴉間を指差す。
「俺にはかっこいい攻撃しか通用しない!かっこ悪い攻撃はその存在すら否定する!俺を倒すには俺の《かっこよさ》の基準を理解する必要があるのさ!だが残念、俺は君たち四人の能力、戦い方をかっこいいとは思っていない!よって勝ち目はない!」
「サーちゃんたちのこと知ってるんだー。」
「でもそれじゃぁあなたはどうやって攻撃するんすか?」
「俺は見た目通り、格闘家なのさ!」
鴉間、ルネット、チョアンが黙りこくった中、サリラは素直に尋ねた。
「おすもうさん?」
「ノンノン、俺はボクサーなのさ!」
男はかっこよくファイティングポーズをとる。
「このバカどーすんだよっつーんだよ、バーカ。」
「うん?サリラにお願いするっす。」
「はーい。」
そう言うとサリラはぴょんと椅子から下り、グルービーの前に立った。
「ヘイヘイ、お嬢ちゃんの力は知ってるぜ?それはかっこ悪いぜ?だから俺には効かないぜ?」
「お嬢ちゃん?あれあれ?サリラ、今女の子なんだっけ?」
サリラは自分のお腹をさする。
「あ、子宮がある。そーか、サーちゃんは今女の子か。それならお嬢ちゃんで正解だね。」
「不思議な確認方法だぜ……」
グルービーがかっこよく半目になる。
「チョアン、お洋服お願いねー。」
「はいアル。」
サリラはポケットから丸っこいものを取り出し、それを地面に落とした。するとすさまじい閃光が丸っこいものから放たれた。
「んん?めくらましかい?それが何だってい―――」
グルービーの顔から余裕が消え、驚愕で埋め尽くされた。
グルービーの前、さっきまでサリラがいた場所に一人の男が出現していた。それは百人中百人が「ブサイク」と呼ぶであろう顔に、堂々と出た腹。そこにお洒落なサングラスや服を装着した男だった。
「んな……俺……」
言いかえれば、グルービーの前にグルービーが出現したのだ。体型はもちろん、服装もまったく同じ。鏡に映った姿を左右反転させたように、グルービーの前に立つグルービーは立っている。
「あっはっは。あんたの負けっつー話だよ、バーカ。」
「な……何を!俺はお嬢ちゃんの力を知っている!だからこんなことでは俺は……」
「もう遅いのアル。」
「そうっすね……だってあなた、その目の前に立っている存在を「俺」と呼んだっすからね。」
「だからなんだというんだ!俺には攻撃できな―――」
そこでグルービーが言葉を詰まらした。
「気付いたっすか?さっき言ってたじゃないっすか。俺のやることは全てかっこいいって。」
「そ……その程度!俺になったからと言ってそのルールが適応されるわけじゃない!」
グルービーの前に立っていたグルービーがすたすたと歩いてグルービーに近づく。グルービーは一瞬身構えたがあわててかっこいい余裕のポーズをとった。
「ふ、ふん!何をしようとも俺には―――」
グルービーの言葉はグルービーの前にいるグルービーが放った拳がグルービーの身体を貫くことで止まった。
「がぼぉっ!?……そ……そんなバカな……」
突き刺さった拳を引き抜いたグルービーの前にいるグルービーがにやりと笑ってこう言った。
「はっはっは!君が俺を君と一瞬でも認識してしまったことが問題なのさ!もっと熟練のゴッドヘルパーだったなら即座に認識を改められただろうけど……君は未熟だったようだね!」
崩れ落ちていくグルービーの顔面にグルービーの前にいるグルービーの膝蹴りが直撃し、グルービーの頭部はスイカのようにぐしゃりとつぶれた。
「能力にかまけて精進を怠っちゃいけないぜ?俺。」
もはや血の噴水と化したグルービーの前にいるグルービーが鴉間たちの方に向き直った瞬間、そこにはサリラがいた。
「「「きゃぁぁぁぁっっ!!」」」
悲鳴がこだました。パーキングエリアはパニック状態となり、急いで車を出すものや建物に逃げる人であふれ返った。
「どうするアル?だいぶ騒がしくなったアル。」
「心配ないっす。どうやら目的は達成されていたみたいっすから。」
鴉間がふと空を見た。つられて他の三人も鴉間の見ている方を見た。
「やはりダメだったか。」
汚れの一つも見当たらない真っ白なスーツを着た金髪の男、サマエルがそこに浮いていた。
「あれでも切り札の一つだったんだがなぁ……能力的には申し分なかったが……本人が怠けていたか。」
「自分でかかってきたらいいっすよ。《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーの力なら余裕じゃないんすか?」
鴉間はポケットに手を突っ込んでニヤリと笑いながらそう言った。対してサマエルは極めて無表情である。
「そうもいかない。あえて言えばオレこそが最終兵器だからな。お前の底を見てから出ることにするさ。」
「ということはまだいるんすね?残しておいた切り札が。」
「ああ……次はそいつだ。」
次の瞬間、鴉間の目の前で電光がほとばしり、すさまじい衝撃波が発生した。
「……びっくりっすね。」
電光と共に、鴉間の手前数センチのところに電気をおびた拳を突き出す一人の人物が出現したのだ。
「……わしの一撃を受けるとは……やるのう。」
そういって一瞬で鴉間から距離をとったのは朝の公園で太極拳でもやってそうなおじいさんだった。そのおじいさんをちらりと見て、サマエルは呟く。
「オレの切り札は三つ。一つは「相手の能力を使用不可能にするゴッドヘルパー」……グルービーがそれだった。二つ目は「純粋に強大な攻撃力を持つゴッドヘルパー」……それがそいつだ。」
「的場じゃ。よろしくのう?」
的場と名乗ったおじいさんは何かの武術の構えをし、体に電気を帯びていた。
「わかりやすいアル。《電気》アル。」
「ふぅ……また雑魚じゃ困るっすよ?」
鴉間が一歩前に出る。
「あっしをご指名みたいっすから……相手するっす。」
そう言いながら鴉間は右腕を大きく横に振るう。
「バレバレじゃ!」
的場はぴょんと軽く二メートルは飛びあがった。すると的場の後ろ、グルービーの時に真っ二つになった車がさらに二つに分かれた。
「ほほー、あっしの空間の亀裂をかわすとは。見えないはずなんすけどね。」
「うわ……気持ち悪い世界アル。」
鴉間の後ろにいるチョアンがいつのまにかメガネをかけ、まわりを見ている。
「すごい数と密度の電波が飛び交ってるアル。これで周囲の空間を把握してるアル。」
「あとねー、そのおじいちゃん、全身に筋肉を刺激する電流を流してるよー。それと神経を流れる電流も高速にしてるー。だからあんな動きができるんだねー。」
「なるほどっす。」
「ふぉっふぉっふぉ。優秀な仲間じゃのう!」
そう言うと的場はポケットから袋を取り出し、中身を宙にばらまいた。出てきたのは数十個のパチンコ玉だ。それらは地面に落下することなく、的場のまわりを衛星のようにまわり出す。
「むん!」
的場が手をくるくる動かすと、パチンコ玉はきれいに一列にくっついた。二つを残して。
「くらうのじゃ!」
残っていた最後の二つの内の一つがまるで磁石に引っ張られたかのように列の最後尾に連結すると、先頭のパチンコ玉がとてつもない速度で撃ち出された。
「うわわ。」
鴉間たち四人は思い思いの方向に散る。撃ち出されたパチンコ玉は地面や壁に直撃後、一瞬で列の最後尾に戻って再び連結する。これの繰り返しにより、超高速のパチンコ玉がマシンガンのように乱射された。
的場の狙いは鴉間だからか、パチンコ玉は鴉間めがけて撃ち出される。よって他の三人は少し離れた所に移動しただけとなった。
鴉間は連続瞬間移動をしながら楽しそうに言った。
「ガウス加速器っすね。電磁石ってわけっすか。でもこれだけの威力っすから……そのパチンコ玉、普通よりも強度あるっすねー。」
「ふぉっふぉっふぉ!逃げてばかりでは勝てんぞ!」
「んまぁ……実は逃げる必要ないんすけどね。」
鴉間が瞬間移動を止めた。即座にパチンコ玉が高速で飛来したが、それらは鴉間の手前ではね返された。
「次元の壁っす。物理的に物体は……というか三次元の物体は通れないっすよ?」
全てのパチンコ玉が的場の下に戻る。的場はニンマリと笑った。
「それは間違いじゃな。確かお主の四次元空間はこの世界と隔離されたものだというのに通れるゴッドヘルパーがいたりするんじゃろう?」
言ってしまえば弱点を言われたに等しいのだが、鴉間は余裕の表情を崩さない。
「よく知ってるっすね。」
「その壁も所詮はお主が作ったものじゃからな、それと同じ原理で通してしまうものがあるんじゃろう?空気とかの。」
「そこまで見破られているとは驚きっす。なら……そろそろあっしが驚かさないとっすね。」
鴉間が肩腕を上にあげる。瞬間、鴉間たち四人とサマエルと的場はどこかの街中にいた。
「道路の真ん中じゃねーか、バーカ。」
もちろん、突然路上に出現した人間を避けることのできるドライバーはいないので車が突っ込んでくるのだが。
「めんどくせーっつーんだよ、バーカ。」
ルネットがその場でグルンと一回転しただけで迫ってくる車が全て吹き飛んだ。
「どうっすか?街中じゃぁ関係ない電波も飛び交ってるっすけど。」
「ふぉっふぉっふぉ。この程度じゃわしの電波結界は崩せんよ。むしろ好都合じゃよ、街中は。」
的場がその場で腕を大きく振る。すると鴉間の足元にひびが入り、そこから金属の管が飛びだしてきた。
「おっと。」
飛び出した管は的場の手前で止まる。
「……気付いたかのう?今、お主の足元から引っこ抜いた故に……次元の壁を通ったぞい?」
含みのある言い方に鴉間は不思議そうな顔をする。
「つまり……どういうことっすか?」
「お主の異次元の考え方は既に把握しておる。お主の四次元の中に入れるものはお主が四次元にもあって当然と思うものじゃ。それは逆に言えば……四次元空間の中から出したものなら次元の壁を通れるということじゃ。普通に考えればその壁で隔たれた空間のうち、お主側が内側でわし側が外側じゃ。つまりのう、その壁を内側から一度通ったものは外側からもう一度入れることができるというわけじゃ。」
「なるほど。つまりその管はあっしに届くわけっすね。」
「正確には水道管じゃがな。」
すると的場が槍投げのような態勢になる。的場の頭上に浮かぶ水道管のまわりを、輪っか状に並んだパチンコ玉が回転する。ちょうどパチンコ玉の輪っかを水道管がくぐっているような形だ。
「かっこいいっすね。EML……レールガンってやつっすか?」
「強力な電磁力であってローレンツ力じゃないからのう……レールガンと言うよりはマスドライバー……リニアモーターガンが近いかのう。」
的場が腕を勢いよく振るとバカみたいな速度で水道管が鴉間に発射された。そのまま鴉間を貫くかと思われたが、鴉間の一歩手前で水道管はひしゃげながら弾かれた。
「盾が使えないなら攻撃っす。」
「ほぅ、空間の振動か。」
「正解っす!」
鴉間が両の腕を前に出すと同時に的場がジャンプする。その刹那、的場がいたところに隕石でも落ちてきたかのようなクレーターが轟音と共に生まれた。
「ふぉふぉ!」
笑いながらパチンコ玉を撒き散らす的場。するとパチンコ玉が驚異的な速度で帯電し、パチンコ玉の数倍の大きさに電気の塊が膨張した。
「放電!」
パチンコ玉を核にした電気の塊から雷のように電流がほとばしる。
「あっしはすでにあなたの電波結界の中……電気は通しちまうっすね。」
的場と鴉間。彼らが腕を振るたびに電流が走り、地形が変わる。まさに地獄絵図だった。だが、なんともたくましいことにこんな時でも野次馬というのはいる。
「ふぉふぉ、ギャラリーが増えたのう。これは退屈させてはいかんの。」
そう言うと的場は自分の正面に電気の塊を集結させた。
「くらえぃ!!」
一つの大きな電気の塊となったそれから一直線に閃光が走った。それは超速で鴉間に迫ったが、これまた一歩手前で止まる。だが止められてもその閃光はそこにあり続け、鴉間を押す。
「……これはもう……ビームっすね。」
目の前で見えない壁にぶち当たったかのようにスパークする一筋の光を眺めて鴉間は呟く。
「空間を振動させて防いでいるのじゃろうが……いつまでもつのかのう?」
「……なるほどっす。これが……違いってやつっすか。」
「?何を言っておる?」
「《天候》の雷と《電気》の雷。その違いは……放電時間っすね。《天候》は一瞬だけの放電すけど、あなたはしばらく出来るというわけっすね。」
「わしを前にして他のゴッドヘルパーのことを考えるとはのう?甘く見られたもんじゃ!」
「いえ、別にそういうわけではないっすよ?ただ……」
「?」
「あなたじゃあっしには勝てないんすよ。」
「なんじゃと!?」
「あっしは《空間》のゴッドヘルパーっす。《空間》っていうのはこの世界そのものっすよ?あっしはね、世界を内包する器の支配者なんす。だから……理論的にこの世界に存在するモノならあっしの《空間》でどうとでもできるということなんす。」
鴉間は何でもないように話しているがもちろん攻撃は続いている。的場の額に汗が見える。
「あっしに攻撃したいのならこの世界にはないモノでないと……あまり効果はないんす。つまり、ゴッドヘルパーが生みだすそいつだけの《常識》。他の誰にも作れないそいつだけの現実。それこそがあっしに効果のある攻撃っす。この世界に存在したことのないモノへの対処はやっぱり難しいんすよ。」
「わしの攻撃はそうでないと?」
放電を続ける的場は忌々しそうに鴉間に尋ねた。
「そうっす。だってあなたの攻撃はその全てが電気の性質を応用しているだけっすから。んまぁこれは電気だからっていう話でもあるんすけどね。」
「なに?」
「人間が今一番使っているエネルギーじゃないっすか。長い歴史で……電気の可能性は発掘されつくしてしまったんす。だから完全オリジナルの電気の現象っていうのは作りにくいんすよ。」
「サーちゃんわかんなーい。」
鴉間と的場の戦場から少し離れた所にいるサリラが呟いた。
「そうアルね……つまりこういうことアル。」
隣に立つチョアンが人差し指をぴんと立てて説明する。
「人間は電気が便利っていうことをだいぶ早くに知ったある。だから「電気を使えば何ができるんだろう?」っていう思考が幾度となく繰り返されてきたのアル。それはワタシたちが「自分の支配する《常識》は何ができるんだろう?」って考えることと同じ行為なのアル。」
「うん。」
「つまりアル。ワタシたちゴッドヘルパーが自分のイメージを《常識》にして引き起こす不思議な現象が、《電気》の場合は不思議でもなんでもないということアル。過去にあまりに多くの科学者が実験をしたものアルからどんなにすごいことをしても遡ればどこかの誰かがやったことある現象でしたーっていう感じになるのアル。」
「あー。だから鴉間には効かない……というか対処できちゃうんだね。一度はこの世界、《空間》に存在したものだから。」
「そうアル。」
「身近にあり、イメージがしやすく、強力。そんな《常識》はたくさんあるっす。確かにそういう《常識》を操るゴッドヘルパーは強いっすけど……同時にオリジナリティーに欠けてしまうんすよね。」
鴉間が軽くため息をつくと、均衡状態にあった電流と空間の振動がバランスを失った。突然力が増したかのように、空間が電流を完全に弾き飛ばしたのだ。
「んなっ!?」
的場は一歩後ずさる。
「さぁ……あっしに勝とうというのなら、あなただけの《電気》を見せて下さいっす。」
鴉間が一歩、足を出す。
「待てよ、バーカ。」
二歩目を出す前にルネットが鴉間の肩をつかんだ。
「もういいだろ?これ以上はやんなよ、バーカ。」
ルネットがにっこりと的場に笑いかける。恐怖が遠のいたことに安堵したのか、的場は軽く息をはく。
「こっからはあたしの番だよ、バーカ!」
言いながらルネットはレンズが緑色のメガネをかけた。それだけで的場の右脚に穴があいた。
「ぐぅおわぁっ!?」
その場に倒れる的場に笑いながら近付くルネットは首を鳴らしながら言った。
「よく考えろよ鴉間!こいつは《電気》ってだけでここまで強くなったんだよ、バーカ!んなすぐにイメージを昇華できるわけねーんだよ、バーカ!」
「んまぁ……そうっすね。並のゴッドヘルパー相手なら最強で通ったかもしれないっすけどね。」
「よ……よすんじゃ……」
「……バーカ。」
ルネットがそう言うと今度は的場の左脚に穴があく。呻く的場を眺めながらメガネを変える。レンズの色は青色。
「がぁぁぁっ!!」
的場の右腕が肩から切断された。
「バーカ、バーカ!今さら命乞いかっつーんだよ、バーカ!」
的場の左肩に深々と見えない何かが斬りこまれる。まわりの野次馬もさすがにと思ったのか、逃げようとするが―――
「てめーらも今さらなんだよ、バーカ!」
目にも止まらぬ速さでメガネを変える。色は紫。それだけでまわりの野次馬の動きが止まった。
「う……動けねー!」
「なんだこれぇっ!」
「うわぁぁああ!」
理解できない状況に放り込まれた野次馬たちはそれぞれに喚く。
「いいからいいから。そこの血だるまを見なさいっつーんだよ、バーカ。」
すると、逃げようとしていた野次馬全員がこちらに向き直って的場を凝視し始めた。
「な……なにをする気じゃ……」
「折角の野次馬なんだからさ、最後まで野次馬でいろっつー話だよ、バーカ。」
再びメガネが変わる。色は黒。
一瞬何かか瞬き、次の瞬間、的場は爆死した。
骨も何も残さずに消滅した的場……その場所からは嫌なにおいがしている。
野次馬たちは動けるようになったのに気付くと一目散に逃げ出した。だが彼らは気付いていない。的場を爆発させたのは自分たちであることに。
「……まだやるっすか?」
誰もいなくなった街のクレーターだらけの道路のど真ん中。鴉間、ルネット、チョアン、サリラは浮かんでいるサマエルを見ている。
「確か……三つって言ってたっすよね?切り札。」
「ああ。三つ目は「どんな攻撃を受けても大丈夫なゴッドヘルパー」だ。……思うにな、鴉間。」
サマエルは感情のこもらない声と表情で告げた。
「たぶん、お前はこいつに勝てない。」
「そりゃまたどうしてっすか?」
「そいつはな、オレが《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーじゃなかったなら……死力を尽くそうとも勝てないからだ。」
「へぇ……サマエル様が勝てない相手っすか。」
サマエルは鴉間から目をはなし、まわりを眺める。
「……いるんだろ?出てきていいぞ。」
サマエルの呼びかけに応えるように、道路沿いの本屋さんから人が出てきた。
それは神父さんだった。黒色のダボッとした服を着て、首から古今東西あらゆる宗教のシンボルを下げたその神父さんはサマエルの下まで来て立ち止まった。
「どうだった?下見ついでに一足早く日本に来て……なんかあったか?」
ものすごい威圧感があるわけでもなければ屈強な肉体を持っているわけでもない。ただの神父である。二十歳かそこらという感じのその神父はあごに手をあててやんわりと口を開く。
「ええ。ここは……神を信じている人がとても少ない。無信教というものですかね。しかし、これこそが救いの道なのかもしれません。いやはや、興味深いです。」
どうでもいいことを語る神父を指差し、鴉間は尋ねる。
「……そいつっすか?」
「ああ。オレの切り札、三つ目。前の二つと同じとは思うなよ。」
「それは楽しみっすね。」
「ああ……そう言えば……」
サマエルがふと思い出したように言った。
「なんで裏切った?」
本当に感情のこもらない声だった。もはやどうでもいいけど気が向いたから聞いてみた……そんな感じである。
「……この神父さんを倒した後にでも教えるっすよ。」
「そうか。それじゃあ一生理由が聞けないな。」
その言葉を最後に、サマエルはさらに上へと上昇し、まわりに建っているビルの一つの屋上に降り立った。
「さってと……サマエル様があれだけ言うあなたの力……見せてもらうっすよ?」
「さっきのじじいよりは骨があるのかっつーんだよ、バーカ。」
「見た目じゃないアル。実はこーゆーなんでもなさそうな人が強いのココロネ。」
「サーちゃん楽しみー。」
四人のゴッドヘルパーを前に、神父さんはポケットから一枚の紙切れを取り出した。
「自分の使命は……サマエル様を裏切ったゴッドヘルパー……鴉間空、アブトル・イストリア、メリオレ・モディフィエル、ルネット・イェクス、サリラ・シュレル、チョアン・イーフ……この六名に死を与えること。」
紙切れをポケットにしまい、今度は逆のポケットに手をいれる。そこから出てきたのは六色のカラフルな立方体……ルービック・キューブだった。
「やはり……まずはあなたですかね……鴉間さん。」
揃っている色をゆっくりとくずしながら神父さんは呟く。
「他の皆さんは後ろで見ていて下さい。ああ、ご心配なく。全員きちんとお相手しますので。」
「ずいぶん余裕っすね?」
「余裕?いえ、恐怖でいっぱいですよ。自分はあなた方を無限の繰り返しに送ろうというのですから。でも大丈夫です。自分が必ずやそこから救い出してみせますので。」
よくわからない言葉を並べる神父さんは大まじめにルービック・キューブの色をくずしている。
「ふぅ。やっと完成です。」
バラバラの配色になったルービック・キューブを手に満足そうにしている神父さん。それに対して何か言おうと鴉間が口を開いた瞬間、変化が生じた。
「……なんだこれはっつーんだよ、バーカ!」
鴉間が振りむくと、さっきまでいた三人はそこにはいなかった。正確に言えば……いるのだがさっきとは違う場所に立っているのだ。
「これは……なんすか?」
ルネットとチョアンはビルの壁に、サリラは信号機にさかさまに立っていた。まるで三人の重力の向きが変わったかのように。
「気をつけて下さい。そちらのメガネの方と美人さんは横方向に重力がかかっておりますので、そのビルから一歩でも外に出ると横方向に落ちることになります。そこの小さい方は上方向ですのでそこから動くと空に落ちることになります。」
なんてことのない顔で告げる神父さんを鴉間は目を丸くして見る。
「《重力》……はジュテェムっすから……一体?」
「ああ……これはこれは自己紹介が遅れましたね。」
神父さんはルービック・キューブを片手ににっこり笑ってこう言った。
「ドイツから来ました。自分はディグ・エインドレフ。以後、お見知りおきを。」
第四章「襲撃」 著・神無月世界
なんかしらないけどリーダーとして一言言うはめになった。
「えーっと……こんにちは。雨上です……」
私以外の皆さんはこの世界に……「流されている」ので現在のキテレツな世界を当たり前に捉えているが私は違う。私がこうやって壇上に立つことも彼らにとっては当たり前なのだろうが、当の本人は困惑のまっただ中なわけだ。……何を言えばいいんだろうか?
「えーっと……その、あまり大勢の前でしゃっべたことが無くてですね……」
うわーどうしよう。
「ではわたしが!」
そんなわたしを救ったのは副リーダー、しぃちゃん。
「我らがリーダーはどちらかと言えばおとなしい性格なのでな。だが安心してくれ!晴香が強いということは確かだ!」
私が壇上から一歩下がると、マイクの前にしぃちゃんが拳をグッと掲げながら立った。
「諸君!我々が相手にするのは我々と同等の力を持った魔法使い集団、ザ・マジシャンズ・ワールド!そしてその戦闘力は完全未知数の宇宙人・ナナカンソバ星人だ!彼らの利害は一致し、我々が生きるこの星を手に入れようとしている!」
いやぁ……しぃちゃんはこういうの好きだなぁ……
「敵は待ってくれない。おそらくすぐにでも戦闘が始まるだろう。地球史上、もっとも激しい戦いが!我々は戦う!人種の違いや宗教の違いで争うわけでもなければ国土を増やすためでもない!我々人類が、この星を代表し……この星の生き物全ての生活を……命を守るために戦うのだ!」
しぃちゃん……あなたは開戦前に演説する大統領ですか?
「敵の魔法使いは……我々と同じ人間だ。彼らもこの星で育ち、生きてきた。だが!手をゆるめてはいけない!彼らは彼らを育ててくれたこの星を支配しようとしているのだ!」
よくもまぁ台本なしにあんなセリフが……
「歴史が教えてくれている!支配が何を生むのかを!我々がするべきなのは支配ではない、共存だ!」
そこまで言ってしぃちゃんは拳を下ろし、ふぅとため息をついた。
「……とまぁ……ここまでが建前だな。わたし自身、何を言っているのかよくわかっていなかったりする。だいぶ支離滅裂だったんじゃないかな?」
そんなしぃちゃんの言葉に笑いが起きる。それを眺め、しぃちゃんは声をより大きくして叫んだ。
「言葉で飾り立てられた理由など簡単に崩れてしまう!本当に大切なのはそれを見てどう感じているかだ!自分のこころに正直に動くことこそがその者にとっての正義だ!」
胸に手を当てながらしぃちゃんは叫ぶ。
「逃げたくなったら逃げてもいい!命を捨ててでも戦いたいと言うのならそれでも構わない!ただ、後悔だけはするな!」
しぃちゃんの言葉を聞いている皆さんの目に涙が見えたり、すごい決意が見えたりしてきた。
「自分の正義を成し、自分の正義を貫け!それこそが世界を救うヒーローに必要なこころだ!もしもこの中にそのこころを持ち、戦おうという者がいるのなら、真のヒーローがいるのなら―――」
イマイチこの世界の流れに乗れていない私でさえ胸が熱くなってきた。
「共に……世界を救おうじゃないか。」
「「「おおおおおおおっ!!」」」
すさまじい歓声。みんなが腕を振り上げて声を出している。士気が上がるとはこういうことなんだな……
その時、かん高い音……サイレンのようなものが鳴り響いた。
「敵襲ー!」
誰かが叫んだ。大声を張り上げていた皆さんをしんと静まる。そして全員がしぃちゃんを見る。
「行くぞぉっ!」
しぃちゃんの一言で、全員が外に走り出した。敵を倒すために……いや、己の正義を成すために。
しっかし……いいタイミングだこと。全員の士気がマックスのときに攻めてくる敵。映画とかアニメとかじゃ燃える展開だ。なんだろうなぁ……この感覚。一本の映画を座って観てるような感じだ。
建物の外に出る。この建物はちょっとした森の中に建っているので魔法使いの皆さんがまわりの木の枝なんかに立っているのが見える。
「僕はハイパーゴッドの一人、デッドメイカー・マイケル!自分の価値がわからない愚かな魔法使いを駆除しにきた!」
ハイパーゴッドって……上から何番目なんだっけ?まぁいいか。
しかし良く考えると……この魔法使いの組織もこの世界を作ったとあるゴッドヘルパーが作った組織ってことだよなぁ。こんな大掛かりな組織がそうそうすぐに出来るもんじゃないし。
「……少しわかってきたな……」
このヘンチクリンな世界。だいたいが既存の存在を利用している。「魔法使い」は「ゴッドヘルパー」を、私の「最強クラスの魔法使い」っていうのは「第三段階のゴッドヘルパー」を上書きしてる。完全オリジナルの存在を作れないと決まったわけではないが……少なくとも利用できるものは利用している感じだ。もしかしたら「宇宙人」と呼ばれている存在もそう定義されただけの良く知っている存在かもしれないし、ヘタすれば「ラスボス」が私の知り合いってこともあったりするわけだ。
「俺が先手を入れる!」
私が考えていると音切さんが横に立つ。ギターを持って。
「俺の前に立つなよみんな!」
良く見るとギターは後ろのアンプに繋がっている。どっから持って来たんだか……
「くらえぃ!」
音切さんがジャーンとギターを弾く。それが増幅されてアンプから発せられた。
ズドォンッ!
……音切さんの正面の森が吹っ飛んだ。
「厄介な奴がいるようだね!」
さっきしゃべってたハイパーゴッドのなにがしさんが横に跳びつつ叫んでいる。
この前は武器破壊をお願いしたから直接的に戦闘はしていない音切さん。やっぱり《音》は強力なんだなぁ……
ふとまわりを見るとなかなかにおもしろい光景が広がっていた。地面からトゲがにょきにょき生えてたり、炎が飛び交っていたり、空を飛んでる人が見えない何かにぶつかったり……こりゃぁそこらの特撮よりずっとすごいな。
ちょうどいい。しぃちゃんのおかげでみんな元気いっぱいだから私が今すぐ攻撃をしなくちゃってことにはならないだろう。これを機に、オリジナルの《天候》っていうのを考えるんだ。
ジュテェムさんは言った。戦うための技の一つや二つは持っていた方がいいと。きっとこの先に待っているであろう鴉間やサマエルとの戦いの時、そういうものが必要になるかもしれない。そう……友達を傷付けないように、私も努力するんだ。
今一度、《天候》と言うのを考えてみる。調べてみたところ、《天候》とは天気と気候の中間なのだとか。天気はその時々の、《天候》は数日の、気候は一年の空模様のことらしい。でもまぁ、一時間でも一日でも一年でも雨が降ればそれは雨なのだから内容に変わりはない。
じゃあ空模様とは?晴れてるだとか雨降ってるだとかそんなんだ。そこから風とかを抜けば……基本的には「上から何かが降ってくる」っていうことになるのか?太陽光が強く降るなら晴れ、水が降るなら雨、電気が降るなら雷、氷が降るなら雪だ。
上……空から何かが降ってくる。これを大元に置いて私は《天候》を考えるとしよう。
あっしは久しぶりにびっくりしてるっす。高速で移動するゴッドヘルパーは結構見てきたっすけど、こいつは別格っす。過去の誰よりも速いというわけではなく……機動性が高いんす。
「なるほどなるほど。」
神父……ディグはそんなことを呟きながらあっしの目の前に一瞬で移動したかと思えばそこから直角に曲がり、小さな弧を描いてあっしの背後に移動し、強烈なパンチを打ち込んできたっす。
見た限りはただのパンチっすがとんでもない威力っす。何かの力を使ってるんだろうっすけど……それがわからないっす。しかも何故かそのパンチはあっしの空間の壁をすり抜けるっすから空間振動での対応を迫られてるっす。
「このわけわかんない感覚はメリーさんと戦って以来っすね。」
瞬間移動で距離をとってあっしは空間の亀裂を飛ばすっす。その物体がなんであれ、物理的に斬れないものはないこの不可視の攻撃。そのはずなのにディグは華麗にかわすっす。
「ならこれはどうっすかね!」
あっしの周囲三百六十度全方位に空間振動による衝撃波を発生させたっす。逃げ場はないっす!
「いえいえ、逃げ場はありますよ。」
それなりのスピードで広がる衝撃波とまったく同じ速度で一定の距離を保ちながら下がるディグ。数十メートル行った所で衝撃波は止まったっす。
「まさか地球を一周する衝撃波を放ったわけではないでしょうからね。後ろに下がればいいんですよ。」
「簡単に言ってくれるっすね。」
ディグは下がった分の距離を一瞬で戻し、あっしの前方五メートルくらいに立つっす。
「それにしてもおかしいですね。自分が思っているほど攻撃にバリエーションがないですよ?これではあのお二方に申し訳ない。」
誰のことを言っているのかわからないっすが……やたらめったらにあっしのカードをさらすのはいただけないっす。まずはディグの操る《常識》を知るっす。手始めに……まわりの空間を把握するっす。
「まずはトリックを解くっすよ。」
「そうはさせません。」
あっしがまわりを把握しようとした瞬間、あっしは地面に真横に倒れたっす。
「!?」
「行きますよ。」
再び高速で迫るディグ。寝っ転がって見ると……こいつ、走らずに跳んでるっすね……
「ってそうじゃないっす!」
瞬間移動。あっしはちょっと距離をとったっす。
「そこですね。」
移動した瞬間、腹に衝撃を受けたっす。見るとディグが目の前にいて拳をあっしの腹にめり込ませてるっす。
「ぐっ!?」
殴り飛ばされて吹き飛ぶあっしは空間をコントロールして着地したっす。
「……よくあっしの移動先がわかったすね……」
「ええ……まぁ。」
そんな一言で片づけられるとは……びっくりっす。あっしの知らない所にこんなに強いゴッドヘルパーがいたとはね……
……さっきのあっしを横に倒したのは……何だったすかね?ルネットたちを移動させたのと同じ現象っすかね……
「把握をさせてくれないのなら、ボロが出るまでやるだけっす!」
息はつかせないっす!
「はぁっ!」
あっしの声と共に発生する無数の空間に亀裂。それは列をなしてディグを襲うっす。
「む。これは無理ですね。」
するとディグはそれをさっきみたいに華麗にかわすことはせずに大きくジャンプしたっす。さっそくのヒントっすね。
「まだまだっすよ!」
細切れになっていく建物をよそにディグは大きくかわすっす。だけどそんな大きな動きじゃいずれ!
「あ……」
「そこっす!」
ズドドドドドッ!
避けきれず、ビルを背にしてディグはあっしの攻撃を受けたっす。まきあがる粉塵で見えてはいないっすが斬った感覚はあるっす。あのビル同様にディグも細切れ―――
「痛かったです。」
粉塵の中から何食わぬ顔で出てきたのは……傷一つついていないディグだったっす。
「しかし……一度受けてわかりましたよ。なるほど、空間とはこういうものなんですね。」
そういえばサマエル様は言ってたっすね……「どんな攻撃を受けても大丈夫なゴッドヘルパー」って。一体何をしたっすか……
「ありがとうございますね。」
「何がっすか?」
「自分はまた一つ力を手に入れました。」
刹那、あっしの真横を空間の亀裂が通り過ぎたっす。もちろん、あっしが放ったものではないっす。あっしは後ろの建物が崩れる音を聞きながら驚愕したっす。
「……なんであなたが空間を操ってんすか……」
「?さきほど言いましたよ?あなたの攻撃を一度受けたからどういうものなのか理解できたと。それに、まだその……斬撃しかできませんよ?」
ディグは自分の肩をトントンと叩きながら呟く。
「自分はこれでもだいぶ長く生きてましてね。たくさんの「攻撃」というものを感じてきました。そのせいか、一度受ければそれがどういうものなのか感覚でわかるようになったのです。」
「へぇ……ちなみにおいくつっすか?」
「数えるのは途中でやめましたが……二千と……なん百歳か……ぐらいですかね。」
「……冗談っすか?」
「いえいえ。本当ですよ。」
なんてことっすか……
「鴉間!この、バーカ!」
ビルの壁に立ってるルネットが声を荒げるっす。
「んな奴にまさかやられるとかありえねーぞ、バーカ!とっとと殺せ、バーカ!」
……ルネットの言う通りかもっすね……ディグはたぶんまだ本気じゃないっす。今の内に一気にやっちまった方がいいかもしれないっす。
「それじゃ……あなたに《空間》の真髄を見せるっすよ!」
あっしは右腕を挙げ、パチンと指を鳴らしたっす。瞬間、まわりの風景の色を一段階暗くした《空間》が広がり、あっしとディグを包んだっす。
「これは……?」
「《空間》の真髄は……「場」の支配にあるっす。」
「「場」……ですか。」
「真夜中の学校、病院、墓場。そういうとこって、何か出そうで……わけも無く怖いっすよね。もしくは……試験会場。受験とかなら、例え休み時間であっても全員参考書を開き、ノートを見て勉強するっす。そこにはゲームしたり、友達とぺちゃくちゃおしゃべりしたりする奴はいないっす。」
あっしは両の手をポッケに入れ、ゆったりと構えるっす。
「誰かが決めたわけでもないのに、何かの力が働いているわけでもないのに、人はその「場」の空気、雰囲気によってその行動、思考を支配されるっす。」
「それが「場」ですか。それの支配と言うと……」
「お察しの通り。その《空間》の全てを支配することに等しいっす。」
あっしはあごでまわりの《空間》を指すっす。
「あっしとあなたが戦っているこの「場」は……今やあっしの支配下。もうこの戦いはその性質を大きく変えたっす。あなたは《空間》のゴッドヘルパーと戦うのではなく、全システムのゴッドヘルパーと戦うことになるんっす。」
「なるほど……しかし良いんですか?」
「何がっすか?」
「ゴッドヘルパーが自分の起こしている不可思議現象の原理を説明するってことは相手に攻略のヒントを与えるってことに等しいはずですが?」
「あっはっは。最早そういう問題じゃないっすから。あっしはこの「場」の支配者っすよ?言うなれば神っす。攻略も何も勝とうとすることが間違いっすよ。」
あっしはディグを見るっす。ディグはこの戦いの中、その表情をまったく変えていないっす。どこか達観した……余裕のある表情。でもさすがにこの状況になれば少しはあせり顔になったっすかね?
「神……と?」
瞬間、すさまじいプレッシャーを感じたっす。胸を圧迫するような……思わず一歩下がってしまうような……そんな迫力。焦りではなく……これは……怒り?
「たかがこの程度のことで……神を名乗りますか。身の程知らずにもほどがありますね。」
その表情は……親の仇でも見たかのような……恐ろしいものっす。
「もし神だと言うのなら……自分を救って見てください。」
「救う?あなたを?殺すの間違いじゃないっすか!」
恐れることはないっす。ここは既にあっしの世界。全てが思うがまま!
「望み通りにしてやるっすよ!」
今のあっしは……言葉一つで命を奪えるっす!
「死ぬっす!」
言った瞬間、ディグは糸の切れた人形のように倒れたっす。
あっしにはわかるっす。心臓停止、血流停止、細胞の活動停止……生命反応……消失。
誰が見たってわかることっす。今まさにこの瞬間、ディグ・エインドレフという男は死―――
「ほら救えない。」
倒れたディグが……立ちあがっ……!?
生……命反応……が!?細胞が再び活動!?な……なんすかこれ!
「そ……そんなバカなっす……今確かに……」
「高が知れますね……《空間》。」
回復?治癒?時間の巻き戻し?いや……これはそうじゃないっす……ダメになった部分を元に戻したと言うよりは……先に進んだ?何っすかこの感覚は!?
「し、死ね!」
心臓停止……ま、間違いないっす。ディグは死ん―――
「何をそんなに驚いているのです?」
また動き出す!?なんすかこれ、なんすかこれ!なんすかこれ!!
しかもなんすかこの感覚は!?時間が巻き戻ったと言うよりは進んだ感覚!意味がわからないっす!死体が時間経過で復活?バカな!
「「場」の支配……その弱点をあなた自身が知らないのですか?」
「な……なに?」
「そうですね……例えばこの「場」に《火》のゴッドヘルパーがいたとしましょう。そして目の前には燃え盛る火。そこであなたは願う、『火よ、青色になれ』。《火》のゴッドヘルパーは願う、『火よ、緑色になれ』。どちらの願いが届くのか……答えは明白、《火》のゴッドヘルパーです。あなたはこの「場」だけを、《火》のゴッドヘルパーは全世界を管理している……当たり前ですよね?本家本元に敵うわけはありません。」
ディグは何事もなかったかのように説明するっす。しかしこの男は二度死んでいるっす。なのになんなんすかこの光景は!?
「……つまり……あなたの支配する《常識》があっしの支配より優先されるから……死なないと?」
「そうではありません。死ぬ所まではあなたの支配に従っています。その後の現象が自分の《常識》なのです。」
死後、生き返ることが《常識》?何をどう応用すればそんなことになるっすか……
「正直残念ですね。この使い方もあのお二人が考えてくれたものにありました。」
この「場」ではディグの《常識》が優先される……なら予想されるディグの《常識》で攻撃した時にディグの攻撃の方が優先された《常識》が……ディグの操る《常識》!
何をしているのかは《常識》を見破ってからっす!それさえわかれば対処の仕方もわかるはずっす!
「そろそろ自分も本気を出しますよ。」
先ほどとは比べ物にならない高速移動。さらにジグザグに動くことであっしの目で捉えられないっす。
だけどあっしは《空間》。見えなくても把握出来るっす!
「はっ!」
空間の亀裂。それをかわして拳を撃ちこんでくるディグ。空間振動で防いで……あれ?
「これは……」
拳を防ぎつつも飛ばされるあっしは空間を把握したっす。
よくよく見ればディグの拳は触れていないっす。触れているのは……何故か圧縮されてディグの拳を包んでいる空気!
「それであっしの壁が……」
ということはディグは《空気》のゴッドヘルパー!?
「考えながら戦うのは大変そうですね。」
その時、ディグのいる方向とは真逆の方に何かを感じたっす。
「っ!?」
紙一重でかわしたそれはビルの瓦礫。なんでこんな近くに来るまで気付かなかったすか!?
「くっ!空気よ、あっしに従うっす!」
するとディグの拳を包んでいた空気がなくなったっす。効果があったということは……《空気》ではないっすね。
「ふふ、かすりもしていないですよ。」
ディグがパチンと指を鳴らしたっす。すると一瞬で「場」の中の空気が渦を巻き、竜巻を生んだっす。
「!?《風》……!?」
「ほらまた。」
腹に衝撃が走ったっす。見るとでかい瓦礫の塊があっしの腹にめり込んでるっす。
「っぐぁ!?」
「空間の壁は常に出しておけばいいのにそれをしないということは……何か不都合があるんですね……」
くっ……ディグはあっしの力の全てを理解しようとしているっすね……なかなか面倒なことになったっす……
「例えば……自分自身を空間の壁で包んでしまうとまわりの空間が把握できなくなる……とかですかね。」
……正解っすよ……
「それはどうっすかね?」
竜巻の中、あっしは飛ばされまいと空間で固定するっす。空中で停止したあっし目がけて風にのった無数の瓦礫が飛来するっす。
「振動っ!」
瓦礫を全て弾いたと思った瞬間、
「さらに、あんまり振動させ続けることをしないのも同じ理由ですかね?」
振動が終わると同時に圧縮空気をまとったディグの蹴りがあっしの腹に直撃したっす。
なまじ空間固定で動けないようにしてたから吹っ飛ばされることなくダメージをもろに受けたっす。
「がぁっ!」
身体をくの字にしたあっしに向けてさらに拳をふるうディグ。あっしは瞬間移動で竜巻の中心に移動したっす。
「風よ、止まるっす!」
言った瞬間、竜巻は止まったっす。
「……空間の力に頼った人かと思っていましたけど……案外と丈夫なのですね。」
「今にも死にそうっすよ……」
《風》……でもない。いや、そもそも最初っから考えるっすよ。最初にディグがしたのはルービック・キューブっす。《空気》や《風》は関係ないっす。もっと別の物……《重力》はジュテェムっすから……人を壁に立たせるには……
「おや、そうですか。」
……重力の……《方向》を変える!空気は一つの中心《方向》に向けて移動させれば圧縮でき、竜巻も一定《方向》にまわせば作れるっす!あの直角に曲がったりする高速移動も《方向》なら可能っす!
死んでからの復活は……何か……応用が……
「ではこういうのはいかがですか?」
次の瞬間、あっしの腹に激痛が走ったっす。驚いて視線を向けてもそこには何もないっす。見えない何かが当たっているわけでもないっす。そんなものは把握していないっす。
まるでさっき受けた痛みがもう一度再生されたかのような……
「痛いでしょう。」
また激痛。さっきとまったく同じ痛みが同じ場所に走ったっす。
「な……なんすか……これは……」
「ちなみにですが……」
その場でうずくまるあっしの方にディグはテクテクと歩いて来てこう言ったっす。
「自分の《常識》がわかったところで何の対策もできませんよ?それこそ……あなたがこの世界の神にでもならない限りね。」
「冗談じゃねーっつー話だ、バーカ。」
「そうアルね……鴉間が膝をつく所なんて初めて見たアル。」
「それどころかダメージ受けるとこも初めて見るっつーんだ、バーカ。」
「ん?おい、アブトル。ここが良く見えねーぞ。」
「そこは今、鴉間殿がいるとこだな。小生たちが心配するようなことは何も起きていないであろう。」
「「場」でも作ったのか?でなきゃオレらに見えねーわけねーもんな。」
「サマエルと今まさに戦っているやもしれんな。直接見れないのが残念だ……そうは思わないか、メリオレ。」
「まぁな……あいつがサングラスとったとこはなんだかんだでミスター・マスカレードの時だけだしな。ガチ本気っつーのは確かに見てぇな。」
この章は二分割です。
第四章 その2へ続きます。