RED&BLUEハリケーン その4
第三章 その3の続きです。
俺私拙者僕は変な光景を見ている。火がそこにあると明るい。そんなことは当たり前なのだよ。だがしかしバット、辺りは燃えているのに暗いというのが現状だったりするのだよ。
黒い炎は辺りを暗くする炎なのであーる。
「ぜああああああああっ!!」
ファルファレロが剣を振るうのをヒョイヒョイとかわしながら黒い炎をぶちまけるルーマニアくん。傍から見れば墨汁を撒き散らかしてる謎の人なのだよ。
「おらおらどうーしたぁ!そんなもんかよ!」
そんなもんかよとか言ってるけんども、振るわれる剣は三メートル程の大剣でその速度は軽く音速を超えているのだよ。振るうたんびにチュドーン、バコーンって衝撃波が!
「ファンタジーな人々なのだよ。」
「よそ見してる暇があるのかアザゼル!!」
そんなハチャメチャな人々を眺める俺私拙者僕に向かって振り下ろされる幅五メートルはあるバカみたいな拳。その光景はまるでメテオなのだよ。
「暇があるからよそ見をしているのだよ。」
俺私拙者僕は片手でちょちょっと魔法陣を空中に描いてアザゼルスペシャルを発射!地球を木っ端微塵にしようとした隕石は消滅!俺私拙者僕は地球を救った英雄となりました。めでたしめでたし。
「がぁぁぁああああぁぁっ!」
さっきまで腕があった場所をおさえながら呻く悪魔その一さんは俺私拙者僕を睨む。
「くそ……これがアザゼルの実力か!」
その時悪魔その一さんの横に降り立った悪魔その二さんはスライム状の身体でとても気持ちよさそうだったのだよ。
「こちら側に来た時はなんてすごい奴が味方になったのかしらと感動したわ。それを……あんな裏切り方!」
どーやら女性のようなのだよ。ボンッキュッボンのナイスバディを自由自在とは御見それしました。
「『ルシフェルくんについて来ただけだからルシフェルくんが帰るなら俺私拙者僕も帰るのだよ。』とか言って!ふざけた奴よ!」
「んん?でもでも俺私拙者僕が堕天した理由として表向き言ってたことはあながち間違いではないのだよ?」
俺私拙者僕はルシフェルくんを見守るべく、一緒に堕天したわけだけども……ルシフェルくんについてきまーすってのはカッコ悪いかな?と思って表向きにちゃんと理由をつけたのだよ。
ずばり、「人間の女の子って可愛いよねー。」であーる。
人間の女の子に人気者になるために俺私拙者僕は天界の知識をそれはもうたくさん教えたのだよ。いやーウハウハでした。
……まじめな話、神様は人間に知識を与えたくなかったみたいだけど……俺私拙者僕が与えてあげたいと思ったのは確かなのだよ。知識を得たら彼らはどういう風に進化するのか。それが知りたかったのだよ。
んまぁそのおかげで彼らは素晴らしいものを作り出してくれました!マンガ万歳!アニメ万歳!ゲーム万歳!ありがとう人間!
「でも……俺私拙者僕が当時所属してたグリゴリのみんなが「人間の女の子って可愛いよねー。」って言った時に「実は俺も……」とか言った時はびっくりしたのだよ。まぁみんな堕天してから幸せそうだったからいいけどもねー。」
「そんな思い出話は聞いてないわよ!」
悪魔その二さんが口(どこが口だかわからないけども?)からビームを発射。俺私拙者僕は軽くデコピンをしてビームを砕く。
「みんなは大丈夫かな……?」
まわりを見るとみんな頑張っていたのだよ。ジオくんが悪魔たちを殴り飛ばして、ランドルトくんが光の雨を降らして同時にたくさんの悪魔を攻撃して、セイファちゃんがにこにこしながらサーベル状の光で悪魔を切り刻んで、ナガリちゃんがムチをビシバシ振りまわして悪魔を弾けさせている。いやーすごいすごい。
ムーちゃんはネズミみたいにちょこまかと走りながら目にも止まらぬスピードのパンチとキックをぶちかましながらバッタバッタと悪魔をなぎ倒してる。
「すごいのだよー。俺私拙者僕も頑張るのだよー。」
「バカにしやがってぇぇっ!」
さきほどの腕なし悪魔その一さんがもう片方の腕を振る。んでもってスライムの悪魔その二さんが全身からトゲをはやして突っ込んでくる。
「ううぅん……いい加減気付くのだよ……」
さっきよりちょこっと複雑な魔法陣を描いてスーパーアザゼルスペシャルを発射。悪魔その一さんとその二さんはそこで消滅した。
「力の差にさ。」
ファルファレロは強い。
オレ様の脳裏に浮かんだのはそんな言葉だった。
昔々。まだオレ様が悪魔の王として君臨していた頃。神様率いる天使軍はそれはそれは規律のとれた陣形で戦っていた。どこの所属のなにがし天使さんがどういう時にどういう攻撃をするのかということがきっかりと決まってて、当初悪魔軍は苦戦を強いられた。
しかし元々天使軍だったオレ様はその陣形の弱点を知っていた。
実は陣形を形作っている天使はその全てが下級の天使だ。まぁそもそも一騎当千の天使なら陣形なんぞ組まずに一騎当千すりゃいいわけだし。ようは天使軍はその陣形で倒せる悪魔はそれで倒してしまって、後に控える猛者を一騎当千の天使が叩くという戦法だったわけだ。雑魚相手に力は使いたくないっつう天使らしい考えだ。
このままやっていっては結果として悪魔軍の中では弱いとされる悪魔たちが先に死んでゆき、全力の天使に猛者がボコされるという展開しかない。そこでオレ様は考えた。
開戦と同時に天使軍の陣に突っ込んで下級の天使を殲滅する役割を。これを実行することで悪魔軍の全員が天使軍の上級天使に挑めるようになり、勝率はグンと上がる。突然陣形を崩されるわけだしな。実際これをやった最初の頃は全戦全勝だった。
だがしかし、その役割を任される奴は相当な危険を伴う。下級とは言え、ものすごい数の天使を同時に相手にするわけだからな。だから、その役割を担うのは必然的に「強い奴」になった。
この役割に選ばれるということは即ち強さの証。悪魔軍の中ではだんだんとその役割が名誉あるものとなり、その役割になったものを全ての悪魔が尊敬の眼差しで見た。
そしてその役割は《シュバイロス》と呼ばれるようになった。
しかもこの《シュバイロス》は思いもよらない効果をもたらした。
悪魔にも階級的なものがある。簡単にそいつが持つ魔力量で下級、中級、上級、最上級に分けられていた。なぜなら魔力量が強さに比例することが多いからだ。ちなみに最上級っていうのは指揮官クラスで戦闘に参加する時は相手が大天使とかの時のみでオレ様やアザゼルがそれだった。んまぁ……だから《シュバイロス》にも最初は上級悪魔がなってたんだが……ちょっと違うんじゃないか?という意見が出た。
大量の魔力を持っているけど上手く使えない奴と少ない魔力を補う高い戦闘技術がある奴。どっちが良いかっつうと後者になるわけで。ようは《シュバイロス》とは真の実力者がなるものだと。つまり……階級なんぞかんけーない。実力があれば《シュバイロス》になれる。そういう感じになった。これにより、下級悪魔たちもその誉れ高い《シュバイロス》になって一旗あげようと頑張りだした。戦闘において、全ての悪魔が勝利を求め、互いに競い合う。そんな状況になったもんだから悪魔軍は天使軍がビビるぐらいに強くなっていった……
ファルファレロは強い。なぜならこいつは《シュバイロス》だから。しかも階級は上級。つまり、魔力の量を過信せず、確実な戦闘技術を磨いてきた真の猛者。
ファルファレロは強い。そんなことはわかっていた。わかっていた……んだがなぁ……
オレ様は片膝をついている。全身には無数の切り傷。
「さっきまでの余裕はどうしたんだ?ルシフェル。」
オレ様の放つ黒い炎の威力はそんじょそこらの魔法とはわけが違う。受けた瞬間にこころと身体が一瞬で黒く染まる。肉体の破壊と精神の破壊を同時に行う攻撃。なんとも傲慢な技なわけなんだが……その全てをこいつは避けやがった。
オレ様もこいつの剣は避けた……避けたはずなんだがいつのまにか斬られてる。たぶんそういう特殊な魔法を使ってたりするんだろうが……
「あえて言ってやろうか?ルシフェル。お前、腕が落ちたな。」
「……一度見についた技術っつうのは忘れねーもんだがな。戦闘技術然りよぉ……」
「時間が経ち過ぎてんだよ。お前が前線から離れてから何百年経ってると思ってんだ?ブランクがあり過ぎんだアホ。」
「お前は……そうじゃないみてーだな?」
「ああ。お前を殺すために日々、鍛錬を欠かさなかったからな。」
ファルファレロは剣をクルクル振りまわしながら言う。
「まずいな。あれをやるしかねーか?」
「うぅりゃりゃりゃりゃりゃあぁぁ!」
リッドの砲弾が飛び交う。あたしはさっきの一撃で動きの鈍くなった愛川をサポートしつつ、リッドの言ったことを整理する。
青葉 結。《仕組み》のゴッドヘルパーである彼女はあらゆる技術の《仕組み》と呼ばれる部分を省くことでその技術を原因と結果のみで完結させることができる。それゆえの超技術。それゆえの……
「リッドのあの装備……身体ってわけね……」
リッドたる肉体は眼球と脳だけであとは全部機械……か。
「でもそれってどうなのかしらね……」
マグマ、銃撃、岩による対空砲火は続いてる。あたしたちの作戦は何もこれが全てってわけじゃあないけど、次のステップに進むために必要な行為。
そう、音切勇也から合図が来るまでは。
それまでなんとかしてこの状態を維持しなきゃいけない。
音切勇也の方をちらりと見たあたしは横にいる愛川に聞く。
「ケガ、大丈夫なの?」
「そんな大けがでもねぇよ……つかよ、さっきのことを音切勇也に伝えなくていいのかよ。」
「伝える以前に……もう知ってると思うわよ?今、音切勇也がしていることを考えるとね。」
「それもそうか……」
それはそれとして……少し困ったことになっているわね。大丈夫そうにしてるけど愛川はだいぶ辛そう。あたしたちはゴッドヘルパーであるだけで体をすごく鍛えてるとかそういうわけじゃないから実際すごく痛いと思うし。
……ある程度時間稼ぎをするか……
「リッド!あんたは何かしてるわけ!?」
「はぁ?」
リッドは質問の意味がわからないという顔であたしを見る。同時に砲撃は止まる。
あたしは対空砲火をしている面々に目配せをして少し手を止めてもらう。
「あんたの身体も、その武器も、全部青葉の作品っていうならあんたは何をしたのって訊いてんのよ。だってあんたたち恋人同士なんでしょ?女から一方的にしてもらうってのはどうなのよ!」
「言っておくが今の俺という存在は俺とマイスウィートエンジェルとの愛の結晶だ。互いの力があってこそのこの形だ。」
「あんたが実験動物よろしく身体を差し出したって言いたいわけ?それがあんたの愛?」
リッドは聞き捨てならないという顔であたしを睨みつける。やっぱり青葉関連の話には食いついてくるか。
「マイスウィートエンジェルは……結は天才的な技術者だ。その力と頭脳でたくさんの技術を実現させた。そして結は一つの目標でもあった「人と機械の融合」に手を出し始めた。しかし、そこで大きな壁にぶつかった。」
さっきまでの表情豊かなバカ面とは違う真面目な顔でリッドは語る。
「結にとっては人の身体と同等の精度で動く物を作るなんて朝飯前だった。だがな……お前、人間が突然眼球と脳以外を機械に変えられてまともに動けると思うか?寝たきりだった奴が動くのにもリハビリがいる……元から持っている身体でさえしばらく使わないとそのザマなのにいきなり機械だ。動かすのは不可能に近い。」
最近じゃぁ腕の無い人のために電気信号で動く義手があるとかっていう話だけど、それだってつけた瞬間に自由自在に動かせるわけじゃない……
「よって、徐々に身体を機械化する必要があるわけだ。今回は腕を機械にしましょう。次は脚を機械にしましょうってな具合にな。だがここに結にとっての壁があった。その壁を取り除くことができたのが俺というわけだ。」
「壁……?あによそれ。」
「腕とかならまだいい。だが臓器とかとなると問題が生じる。他の器官とつなぐために、機械と細胞の接続がいる。……神経とかなら使用するのが電気信号だから結にとっては問題にならないんだが細胞ともなるとどうしても生じるある問題が壁となる。」
「問題?」
「拒絶反応だ。」
拒絶……《反応》……
「身体は体外から来たものを嫌う。例え同じ人間の細胞であっても拒絶することがあるんだから機械ならなおさらだ。結は工学系の知識なら右に出る者がいないぐらいだが生物学となるとそうはいかない。拒絶反応の正確な《仕組み》がわからないから結の力でもどうしようもなかった。」
「なるほど……そこであんたってわけ?」
「そうだ。俺なら拒絶反応を抑えることが可能だ。この《反応》のゴッドヘルパーならな。ゆっくりと身体を機械化していき、拒絶反応も抑え、長い年月をかけて完成したのが俺、リッド・アークだ。」
「……あんたはそれで満足なわけ?人とは違う存在になってさ……」
「満足だ。愛する人の願いを叶えることになんの不満がある?」
イチャイチャしてるだけのバカップルじゃない。なんか変に悔しいけど……こいつらは本物ね。少なくともこのリッドは……青葉が死ねば死ぬ。《仕組み》を操っている奴が消えたらこいつは崩壊する。もしかしたら青葉の方もリッドが死んだら死ぬような《仕組み》を体内に埋め込んでるかもしれない。そんな気がした。
「敵ながらあっぱれっていうやつね。感心したわ。」
「そりゃぁよかった。」
そういうとリッドはキャノン砲を空へと向ける。砲身の真ん中あたりがまた膨らむ。
「折角対空砲火が止まってるからな。大技いくぜ?」
あたしはビクッとしてから全員に砲火を促す。
「メガ・ミリオン!」
まるで花火のように、一発の砲弾が空へと放たれた。
視界に軌道が見える。だけどその軌道は一つじゃなかった。
「……!あの砲弾、散弾かよ!」
愛川がわめくと同時に空の一点で小さな爆発が起きる。そして、雨のように小さな何かが落ちてくる。
銃弾のごとき速度で。
「オレが!」
あたしたち全員のちょうど真ん中にあたる場所に速水が移動、空に向けて目にも止まらぬどころか目にも映らないアッパーを放った。
ボッ!という音とともに降り注ぐ何かを跳ね返した。
「やっ―――」
たーと言う前に跳ね返った何かはその場で爆発した。
ドドドドドドドッ!!
小さな衝撃が重なって大きなものになり、あたしたちを吹き飛ばした。
「いったぁ……」
あたしは手のひらを少しすりむいた。たぶん速水が跳ね返さなかったらそれどころじゃなかったと思う。要は小型の爆弾が降り注いだんだから……
「ほほー!《速さ》のゴッドヘルパーはすげーんだな。今のは衝撃波かぁ?」
リッドは少し上昇した所であっはっはと笑う。
時間稼ぎのために話をしたけど……こっちがちょっとでも手を休めるとこれか。やってらんないわね。
その時、戦いが始まってからしばらく経った時点から聞きたくてしょうがなかった声が耳に聞こえた。
「準備完了だっ!」
まるで真横にいるんじゃないの?と思う程近くから聞こえる声。
音切勇也の声。
たぶん《音》を操って耳元に直接声を送ってるんだろうけど……なんだか得した気分だわ。
「いよっしゃあ!」
全員に声を送ったらしく、力石が雄たけびをあげた。
「こっからが本番ですね!」
速水が足首をぐりぐりとまわす。
「このアタシの真価の発揮ですわね!」
クロアは唯一何のダメージも負っていない状態で不敵に笑う。
作戦は次のステップへ移行した。
「んだ?急に元気に―――」
リッドのセリフが終わる前に上空に瞬間移動した力石がパンチを放った。
リッドのほっぺにめり込んだパンチはリッドをとんでもないスピードでふっとばし、地面へと叩き落とした。地面にヒビがいくつも走って瓦礫がとび散る。
ま、力石が実は隠れマッチョでしたーってわけはないわけで。リッドに触れた瞬間に運動エネルギーを与えて勝手に飛んでってもらったんでしょう。
「んあ!?いきなりなん―――」
軽く陥没した地面から起きあがったリッドの目の前にはいつのまにか拳を振った後の状態で立っている速水がいて。
ズドオォッ!という音が速水の拳とリッドの間で爆発みたいに響いたと思ったらリッドがこれまたとんでもない速度で横に飛んで行って一つのビルに突っ込んだ。ガラスとか売り物の服とかをぶちまけながらビル……っていうか店の中に突っ込んでいった。
「おーっほっほっほっほっほーっ!」
クロアがリッドの突っ込んだ店内に向けて銃を乱射する。速水の力でバカみたいな威力になってる銃弾が壁とかをまるで豆腐みたいにやすやすとえぐりながら店内を破壊していく。
「こーんのアタシに何度も何度も敗北を味あわせてくれましたお礼はた~っぷりとさせてもらいますわよ!後悔なさい!今まで勝利してしまったことを!理解なさい!あなたが敵にまわした相手が誰なのかを!優しいこのアタシはあなたの申し訳程度の脳みそに今一度刻んであげますわぁ!このアタシの名前は!クロア・レギュエリスト・セッテ・ロウ!偉大なるロウ家の未来を担うものですわ!そもそもロウ家の歴史は今からざっと千年前から始まり―――」
年表の端から端までをつらつらと読むみたいにロウ家の歴史を叫びながら銃を撃ちまくるクロアはなんか気持ちのいい笑顔だった。
「一発一発はそれほど脅威じゃねーんだがよぉ……」
この銃声と破壊の音が渦巻く中で妙にはっきりと聞こえる呟きは店の中から聞こえた。無数の弾丸をその身に受けつつゆっくりと歩いてくるのはもちろんリッド。
「うっぜぇんだよぉ!!」
また砲身がふくらんだ。さっきまでの膨らみ方とは規模が違う異様な膨らみ。今まで肩腕で撃ってたのに今は空いている方の手をキャノン砲に添えてる。
「ギィガ・ビリオォォンッ!!!」
漫画みたいにバカバカしい大きさの砲弾が発射される。底の直径だけでかるくリッドの身長の三倍はある超巨大砲弾がクロアに向かって飛来する。
「それがどうしたのですわぁぁ!」
砲弾はクロアに直撃。だけど砲弾はクロアを吹っ飛ばしたり粉々にしたりはしないで……クロアに当たった瞬間に砕けた。
無傷。世界トップクラスの大富豪のお嬢様は完全無傷。
「くっそ!ふざけた力―――」
リッドが砲弾を発射した状態から普通の立ち姿に戻る途中、リッドのキャノン砲があたしの視界の中でぶれた。ブーブー震えるケータイみたいに。
「あん?」
リッドが自分のキャノン砲に視線を落とした瞬間、キャノン砲は粉々に砕けた。
目を見開くリッドはキャノン砲のなくなった右腕を見る。
「は……?」
そして背中のウイングもキャノン砲同様に震え……砕けた。
「…………何をした?」
冷めた声がリッドの口からもれる。
「俺の仕業さ!」
音源がどこかよくわからない感じにあたしたちがいるあたりに音切勇也の声が響く。
「俺が雨上くんから受けた指令は「リッド・アークの武器破壊」だ!どういう理屈でその武器が存在し、稼働しているかは不明だが破壊することに損はないからな!」
リッドはキョロキョロとまわりを見まわした後、遠くの方で清水と立ってる音切勇也を睨む。
「全ての物体には固有振動数というのが存在する。物体はその振動数を受けると理論上、振幅が無限大となる!つまりは粉々に砕けるのさ!」
音切勇也は《音》のゴッドヘルパー。望んだ振動数を持つ《音》を作るくらい朝飯前。
《金属》のゴッドヘルパーの鎧があのキャノン砲がどういった《金属》でできてるかを調べればもっと早かったんだけど……まぁ、鎧に《金属》の知識なんてないからわからないわけで。
だから音切勇也は戦線からは離れた所にいて、そこからいろんな振動数の《音》を飛ばしてキャノン砲とウイングの固有振動数を調べてたってわけ。なんかそのためにとか言ってカスタネットを持ってたけど……口笛とかじゃダメだったのかしら?
「なるほど……《音》が戦いに参加してないのは気になってたんだが……まさかそんなことをなぁ。」
「いやしかし俺もビックリした。なんせお前の身体が人間ではありえない《音》の反射をするもんだからな。身体の方はあまりにいろいろな《金属》……部品があったから固有振動数っていうのを調べられなかったけど。」
あたしはリッドを見る。キャノン砲の中にはちゃんと右腕があって、動きを確かめるように手を開いたり閉じたりしてる。
キャノン砲とウイングがきれいに無くなったリッドは普通以外の何物でもなかった。街を歩けばどっかで出会いそうな赤い髪で赤いアロハの男。とても機械とは思えない。
「いきなり元気に攻撃してきたのは俺の動きを止めるためか。特定の固有振動数をぶつけるなんてなかなかデリケートだろうからなぁ。……でかい一発なんか撃たなきゃよかったぜ。」
そういうとリッドは何故か脱ぎ出した。
特徴的な真っ赤なアロハがポイッと脱ぎ捨てられると、リッドのかなり立派な上半身があらわになった。細マッチョってやつね。
「へぇ……いい身体してるわね……って言いたいとこだけど、それが青葉が作った身体ならそういうとこも自在だもんね?」
「言っとくがマイスウィートエンジェルは筋肉大好き女の子じゃねーからな。かと言って俺自信がマッチョな身体を求めたわけでもない。」
「突然の筋肉自慢かと思ったらそうじゃないって?じゃああんで脱いだのよ。そういう趣味なのかしら?」
「ちょっと頭ぁひねればわかると思うがな。」
リッドがケタケタ笑う。
「青葉もリッドも別に筋肉好きじゃないってことはさ……」
力石が軽く身構えながら呟いた。
「あの筋肉に見えるふくらみの下には筋肉じゃないものがあるってことだよな……」
「……武器でも入ってるのかしら?」
「正解。」
次の瞬間、リッドの両の二の腕あたりから何かが発射された。それはあたしの目の前を通り過ぎてブーメランみたいな軌道を描いてリッドの手元に収まった。
「な……」
あたしは混乱した。だって……全然見えなかったから。何かが飛んできたことはわかったけど……問題は軌道が視界に表示されなかったということ。今のあたしたちに見えないって一体どういう……
「ああ……見えねーのか。これは予想外だな。」
リッドの手を見るとそこには輪っかがあった。確かチャクラムとかいう名前の武器だったかしら?ただ、刃の部分はなんか青く光ってるけど。
そして同時に、あたしの「1990」メガネが鼻あての部分で真っ二つになった。そんでもってあたしの髪を結んでたゴムも全部切れた。ようはあたしはいつもの顔と髪型になったわけ。
「変な格好だからあれだったが……やっぱお前美人だな。もったいない奴。」
リッドはチャクラムをくるくる回しながら告げる。
「俺の武器は何もキャノン砲だけじゃない。地上戦だってできるように出来てんだ。今までは遠距離攻撃で攻撃してたからお前らも避けれたろうが……こっからは近距離、白兵戦。どこまでやれるか楽しみだな?」
するとリッドの全身に電流が走りだした。どっかのアニメでありそうな紫電を帯びた状態。んでもってリッドの両脚のふくらはぎあたりがシャコンと開いて内側から数枚のフィンがのぞき、飛行機のエンジンの音みたいなカン高い音がし出す。
「飛ぶことはできねーが……音速ぐらいは超えられるぜ?」
近距離戦。それってつまり戦う技術が必要になる戦いってこと。あたしたちの中に戦う技術を持ってる奴なんていない。速水ならついていくことはできるだろうけど……相手は戦いのプロ。対する速水はついこの前まで下着泥棒してただけのただの中学生。無理があるわ……
「でも……」
飛びまわってる時はうまくできなかったけど……今ならあたしの感情操作ができる!
キッとあたしがリッドを見るとリッドはあたしが何をしているのかを理解したのか、フッと鼻で笑った。
「俺に感情操作はきかねーぞ?」
「……は?」
「おいおい……俺らの組織にだって感情系のゴッドヘルパーはいるさ。加藤も含めてな。そんな状態で……マイスウィートエンジェルが感情系の感情操作の《仕組み》を調べないわけがねーだろ?」
「……まさか……」
「マイスウィートエンジェルは感情操作の《仕組み》を教えてもらい、それを理解した。感情領域という概念、陣取り合戦という方法。そしてマイスウィートエンジェルが《仕組み》を理解してるっつーことは……わかるよなぁ?」
「《仕組み》のゴッドヘルパーだもんね……それを理解したなら対抗策も万全ってわけ?」
「そのとーり。」
「……教えてもらうことで理解できるなら拒絶反応も克服できそうだけど……」
「言っただろう?理解することが大事なんだ。お前は先生の言ったことを一発で理解できるのか?国語も数学も全部よ。マイスウィートエンジェルにとっては生物分野は意味わからんらしいぜ?機械みたいに単純な《仕組み》で動いていないくせにやってることは単純なことってとこが理解できないらしい。俺にはさっぱりだがな。」
「ふぅん。そのくせ空間は理解できんのね。」
あたしのその言葉にリッドは軽く驚く。
「んん?気付いたか。そ、俺らが最初にお前らを襲ったときに使った「隔離された空間」はマイスウィートエンジェルが鴉間さんから《仕組み》を教わって理解したからできたことだ。……だけど……瞬間移動とかは理解できないって言ってたな。何が違うんだかな。空間には違いないと思うんだが……」
リッドはあごに手をあてて唸る。……要は余裕ってわけ。こっちに策がないからこんな会話にも参加してくれる……むかつくけど実際万事休すなのよね……どうしたら……
「どうやらこのアタシの出番のようですわね!」
あたしがどうしようかとだいぶ焦ってるとクロアがゆっくりと歩いてきた。
「お嬢様か。」
「今までは……あなたがハエのようにブンブン飛びまわっていたから一方的に攻められていましたけど……あなたは飛べなくなりましたわ!この時点でこのアタシの勝利が確定しているのですわ!さぁ、負けるために戦いなさい!」
クロアは……アザゼルによるとどんな攻撃も通用しない。正確に言えばクロアが「これを受けたら死んでしまう」「これは避けなければ大けがをする」とか思った攻撃だっけか。まぁ……今のリッドから繰り出される攻撃は全部そういうものになりそうだし……もしかしたら余裕かも。
「下々はこのアタシのためにステージを整える係になりなさい!」
「要は援護ね。でもさ、クロアの銃弾じゃあリッドには傷すらつけられなかったじゃない。」
「同じ地平に立って初めて狙える場所というのがありますわ。確か……眼球と脳だけは機械じゃないんでしたわよね?」
あたしたちは一歩下がり、クロアは前に出た。リッドもなかなか倒せない敵とこういう場でぶつかりあえるのが嬉しいのかもしれない……なんかニヤニヤしてる。
「今日こそ地獄に送ってやんよ、お嬢様!」
「おバカね!このアタシが行くとしたら天国以外ありえませんわ!」
四刀流。カッコよすぎないか?とも思ったけどやっぱり刀は二刀流がマックスだとわたしは思う。
「なぜなら今までの戦隊ものにはそんなヒーローもロボットもいないからだ!」
わたしは刀の長さを変えつつ、血液を加速させつつ、青葉の連撃に応戦する。さすがに四つの刃が同時に襲いかかるというのは恐ろしいものだ。なんだか四人と戦ってる気分になってくる。
「あなたは変なことに楽しい意見を持つのねん?」
青葉は青葉ですごい動きをしている。さっきまでもすごかったのだが今はもっとすごい。何か今は……飛んだり跳ねたり空中でクルクルまわったりカポエラみたいに逆立ち状態で剣を振るったり。サーカスの人ですか?と聞きたくなるようなアクロバティックな動きだ。
そういえばこんなすごい動きでヒーローを翻弄する敵が第十二代目戦隊の―――
「あったしの攻撃にここまで耐えたのはあなたが初めてじゃないかしらん?でも、あったしの底はこれじゃないのよん。」
そう言うのと同時に青葉の光の剣が伸びた。これでもかってぐらいに。
「……長すぎると思うんだが……」
「光の重さなんて無いも同然だもの、どれだけ長くしようと攻撃のスピードは変わらないわん。」
ざっと……五メートルぐらいあるか?視界の隅にちらちらと映る黒い炎の中で戦ってる西洋の甲冑が持ってる剣より長そう……というか何だ?あのカッコイイ奴は?
青葉は長すぎる光の刃が地面に触れることも気にせずに四本の剣をブンブン振りまわす。
あれが例えばわたしの刀みたいに《金属》なら地面に食い込んでしまうことはだいぶまずいことなんだが、あの剣には関係がないみたいだ。
「ふふん。この剣は「斬る」んじゃなくて「溶かす」だからねん。さっきも言ったでしょん?この剣を「阻む」ことができるってことはイレギュラーだって。あなた実感してないからあれだけどこれはどんなものでも一瞬で溶かせるのよん。」
……武道の道を歩む者としての目で見ると……あんな長い武器を操る時の難点は……「自分を攻撃してしまう」ことだ。それを……
「はぁっ!」
青葉はさっきと同じように動く。手……というか武器の軌道は同じ。ただ、自分に剣が向かってくる時は身体をぐりんぐりん捻って曲げて自分の攻撃を避けている。
達人と呼ばれる領域に達した者の動きというのはあんな感じだ。だけど青葉には決まった型はない。つまり……完全に独学というか、自然に身についた動きという印象だ。
一体どれだけの敵を葬ってきたのか……
「あなたの《雨傘流》っていうのはすごいのねん。刀を持つ所を変えたりするのは見ればわかる。すごいのは的確なフェイントや攻撃を繰り出すことでこっちに無意識に足を一歩踏み出させたりすることで間合いを支配することねん。」
なんてことか。《雨傘流》の極意を見抜くとは。
「でもん?間合いを支配することで有利になるのは相手の武器が「普通の間合い」を持っている場合だけよねん?」
「確かに……そんなバカみたいな長さのものにはあまり意味がないな。」
わたしの腕を斬り落とす軌道で迫る剣をいなしながら答える。
「しかし!そんなお前にぴったりの技がある!」
わたしは全力で後ろに下がる。一瞬で青葉との距離が一〇メートル程になる。
「正義の力!ヒーローの技を受けるがいい!」
「クリスを倒した技のことかしらん?でもそれは《天候》がいないとできないんじゃないかしらん?」
青葉はわたしがとった距離を縮めようとはしない。こちらの動きを待っているようだ。
「はっはっは!確かに特殊なエフェクトが弾ける必殺技はできないな。だが晴香が教えてくれたのだ。そういうものが無い技ならば!ヒーローはわたしに力を貸してくれると!」
わたしは刀を鞘におさめ、呼吸を整えつつ自然体で立つ。
目の前に立つ青葉を視界の真ん中にとらえ、叫ぶ。
「七代目戦隊ヒーロー〈武者戦隊 サムライジャー〉!第二三話「武士とは」より!」
わたしは思い出す。ヒーローの雄姿を。
「敵の名前は超獣・ネバグモラー。手が六本ある怪人で、六種類の武器を使って攻撃してくる強敵だった。」
わたしは思い出す。勇者のこころを。
「五人のメンバーの内、四人がやられてしまった状態でサムライブルーのみが立っている。そこで放たれた技!」
わたしは思い出す。正義のカッコよさを。
「一瞬で六本の腕を全て斬り落とした一撃!」
わたしは思い出す!サムライブルーの技を!
「『武の道はさまざまだ。故に武器もさまざま。近くで斬るためのもの、遠くから撃つためのもの。それぞれにそれぞれの長所があり短所がある。だからオレは他人の武道に対して否定的な感情を抱いたりはしない。』」
「それは……セリフなのかしらん?」
「『だが!お前には言わせてもらおう!お前は六つの武器を……その武器の攻撃力をあてにして振りまわしているだけに過ぎない!武器を持って戦うものならばその武器の真価を引き出せるようになるまで精進するのが武人というものだ!』」
「敵に説教するのがヒーローなのん?」
「『適当に使われてきた貴様の武器……貴様には見えないのか!?そいつらの涙が!』」
「涙って……」
「『このオレが見せてやろう……武人と武器の完成形を……武士というものを!』」
「武人なのか武士なのかどっちかにして欲しいわねん。」
「『瞬雷絶刀!』」
「あ。やっと構えたわ―――」
「『蒼斬!』」
わたしは刀を鞘におさめる。同時に後ろから音が響く。
わたしの一撃が青葉の肩から出る機械の腕を切断した音。
機械の腕が地面に落ちる音。
「……え……?」
そして青葉の声。
「さすがに生身の腕を斬らないさ。だが、これで二刀流にはなったな。」
わたしが得意げにふりかえると青葉はわなわなした声で言った。
「あなた……今、何をしたのん……?」
青葉がこちらを見る。カッコイイヘルメットみたいなので顔は見えない。だが、その声は「驚愕」そのものだった。
「……あったしのこれにはそんじょそこらのカメラとはわけが違う超高性能カメラが付いているわん。相手の動きを一瞬で分析して先読みをする……どんなに速く動こうが見逃すわけがないわん。」
「へぇ。すごいんだな。」
「でも。今あなたの動きは見えなかった……なにもとらえることが出来なかった……瞬間移動なんてもんじゃない……これは時間を止めて移動したとしか思えないような動きよん?どういうことかしらん?そしてなんていう皮肉かしらん?あなたの今の攻撃には過程……《仕組み》がまったくない……あなたの今の動きには原因と結果しか見えなかったわん。」
「《仕組み》と言われてもな……こういう技なんだよ。こうな……画面の左にサムライブルーが立ってて、中央にネバグモラーがいて。技名を叫んだ時にはネバモグラーの後ろにいるんだよ。カッコイイだろう!」
「そんな……まさか……」
青葉が驚き過ぎたのかなんなのか、光の剣を落とした。そして空いた手で頭を抱える。
「なんてこと……ふふっ、あははははははは!」
「……わたし、今何か面白いこと言ったか?」
「面白いなんてもんじゃないわん!どんだけ強いイメージ力なのん?どんだけ戦隊ものが好きなのん?ばかばかしいったらありゃしないわん!でもそう、あなたのやっていることこそがゴッドヘルパーの真価よねん?あはははは!」
「そんなに面白いことなのか?〈瞬雷絶刀 蒼斬〉が。カッコイイことは確かだけど……」
「撮影され、編集されたことによって映像となった「例えゴッドヘルパーの力でも実現が難しい現象」を実現させる。」
青葉はわたしをビッと指差す。
「あなたは恐ろしい存在ねん。戦隊ものの技を刀を使うということだけで《金属》とつなげて実現させてしまう。あの、悪者を問答無用で倒してしまう技を。そのままの性質で。そりゃクリスも負けるはずよん。クリスがあなたにとって敵として認識された時点で勝敗は決まっていたようなものねん。」
青葉は落とした剣を拾いながら呟いた。
「だってそれはもはや「空想を現実に変える力」だものねん。」
青葉が言っていることの半分も理解できなかった気がする。あとで晴香に聞いてみよう。
「でも……あなたはあったしが倒すわん。あなたがあっちに加勢に行ってしまったら、マイダーリンでも苦しくなると思うからん。」
わたしは青葉があっちと言った方を見る。
リッド・アークとクロアが激しくぶつかり合っていた。
リッド・アークにはいつの間にかキャノン砲とウイングがなかった。今は上半身裸になって、全身から紫電を発している。手にしているのは……確かチャクラムという名前の武器だ。それをブーメランみたいに投げたり、持ったままパンチしたりしている。脚からはジェットが出ていてすごいスピードで動いている。
クロアは二丁の拳銃で戦っている。晴香が教えてくれたんだがクロアには……よくわからないが何も効かないらしい。でも本人は知らないとか。何も効かないのなら何もしなくていいと思うのだが、クロアは飛んでくるチャクラムを撃ち落としたり避けたりしている。そして……何故かリッド・アークの顔ばかり狙っている。
よくわからないことばかりだが……とりあえず、
「うん、晴香の作戦は上手くいったみたいだな。」
わたしは自分の役割をこなすため、今一度刀を強く握った。
「わたしもがんばらねば。」
「こっちとしてはあまり頑張って欲しくないわねん。」
青葉はさっき落とした二本の光の剣を拾い上げ、片方のスイッチを切った。そして、切った方を未だ光の刃を出し続けている方の下にくっつけた。
「……持つところを増やした……?」
「違うわよん。」
青葉は下にくっつけた方のスイッチを再度入れた。すると、伸びていた光の刃の輝きが増し、刃の幅が倍になった。さっきまで真っすぐに伸びていた刃は揺らぎ、燃え盛る炎のような形状になる。
「出力をあげたわん。さっきまでとは比べ物にならないわよん?」
武器のパワーアップか。カッコイイなぁ。
「そしてもう一つん。」
カシュッという音がした。その後、青葉の着ているスーツから一回、煙のようなものがあちこちから吹き出す。プシュウという音がし、青葉は光の剣を構えた。
「さぁ……行くわよん!」
青葉が踏み込む。瞬間、バキィッ!という音と共に地面に亀裂が入った。
「!」
わたしがビックリした時にはすでに目の前に青葉がいた。
「つああああああああああっ!」
青葉の咆哮。とんでもない速度で振り下ろされる光の刃。わたしはとっさに刀で受け止める。
「っつ!?」
次の瞬間、わたしは手にものすごい高温を感じた。まるであつあつの鉄板に肌をこすりつけているような熱さ。そして同時に、わたしの腕からはビキィっという音が聞こえた。
「くっ!」
わたしは即座に攻撃を受け流す。方向を変えられた青葉の攻撃はわたしの横を通り過ぎ、光の刃は地面に叩きつけられる。
全力で距離をとったわたしの目に映ったのはどろどろに溶けた地面から剣を抜く青葉。
さっきまでとは段違いだ。剣の打ちあいの中、青葉の剣が近付くと確かに、ある程度の熱は感じた。だがそれはせいぜい焚火に手をかざす程度の熱さだったはずだ。
手の方を見ると真っ赤になっている。確実に火傷している。
身体能力もハンパない。移動速度も力も倍以上だ。もしもさっき、受け止めた状態があと一秒でも続いていたらわたしの腕はぐしゃぐしゃになっていただろう。
でも何で突然……?
「はぁぁああっ!!」
爆発的な加速。急接近しつつの横なぎの一撃。それを刀で受け流しつつ後退する。
「受け流すだけでもこの衝撃かっ……!」
おそらくそう何度も受け流せないだろう。今ので腕がしびれているのがわかる。
わたしがかわしたことで青葉はわたしの横を通り過ぎた。そのものすごい速度を止めるためか、両脚で踏ん張りながら地面を滑っていく。
その時変なことがおきた。
「っつあ……」
青葉は止まった。そして肩で息をしている。よく見ると脚が震えている。
「(……そうか……)」
良く考えれば確かにそうだ。いくらすごい技術で身を固めても中身は人間だ。わたしが身体に負担をかけているのと同じように、青葉も身体にダメージをためながら戦っていたんだ。あんなアクロバティックな動きで武器を振りまわしているのだから当然と言えば当然。
もしも青葉がリッド・アークと同じように身体を改造しているのなら話は別だっただろうけど……それならそもそもあんなスーツを着る必要が無い。
そして今、そのスーツの……出力?を上げたんだろう。わたしを倒すために。
青葉は短期決戦をしかけてきたのだ。
「(どうするか……)」
再び青葉が地面を蹴る。超速でふるわれる光の剣はそこらの地面をどろどろにしながらわたしに迫ってくる。
「!」
連撃。あのアクロバティックな動きをさっきよりも速く、強くして行われる攻撃は凄まじいの一言につきる。少しでも油断すればどろどろになるのはわたしだ。
腕の感覚がなくなっていく。そして手の皮膚の色も変わっていく。ジュウという音が聞こえる程にわたしの手はひどいことになっていった。
青葉のこの状態があとどれだけ続くかはわからない。あと数秒かもしれないし、数分かもしれない。でも青葉は頭のいい人間だ。残り時間を考慮した攻撃をしていると思う。だからわたしがこの攻撃を耐え続けるのはきっと無理だ。
「ならばわたしも覚悟を決めねば!!」
距離をとる。全力のバックステップで後ろにさがり、刀を構えなおす。
あの攻撃はもう受け流せないし、防げない。手が限界だ。だから……この一撃であの武器をなんとかする!
「あああああああああああっ!!!」
地面を蹴る青葉。その後ろには砕けた地面が舞っている。
突き出された光の剣。攻撃の部類は「突き」。
超速で迫る光の剣と青葉はもはやレーザービームだ。わたしの視界には光しか見えない。
あの剣が届くまで一秒もない。
ゴッドヘルパーの力は想像する力、イメージする力、考える力。
「わたしの刀は折れない。」それは実現している。
なら……ならば……!
「わたしの刀にぃっ!」
迫りくる光の剣に意識を集中。攻撃の直線上から右に一歩ずれる。
「斬れないものはぁっ!」
しかし、すさまじい速度の攻撃はわたしの回避を許さず、わたしを貫く。肩にものすごい高温が突き刺さる。だがそれを無視して光の剣の横にまわる。
「なぁぁああぁいっ!!」
わたしは刀を振り下ろした。
刃が光に触れる。バキィンッ!!という音が響く。
そして、砕けた光がわたしの視界を埋めた。
「っつ!?」
青葉から声が漏れる。その時、彼女がどんな表情をしていたかはヘルメットで見えない。
「はあああああああああああっ!」
身体があげる悲鳴を聞きながら、わたしは身体を捻って青葉に全力の峰打ちを叩きこんだ。
ミシミシと刀が青葉の身体に食い込む。
そして青葉はくの字に曲がりながら、数メートルとんで地面にごろごろと転がった。
光の剣は青葉がとんで行った衝撃で手から離れ、地面を溶かしながら転がっていった。
「……はぁ。」
青葉は動かない。
峰打ちとは言っても鉄の棒で思いっきり叩かれたに等しいから……それなりのダメージを負っているはずだ。……致命傷になりそうな所は避けたから生死には関わらない。
「終わったか……」
一息ついた瞬間、手から刀が落ちた。手に……腕に力が入らない。火傷の痛みも酷い。左肩からもものすごい痛みを感じる。見ると皮膚が黒く焼けていて、ブスブスと煙をあげていた。たぶん、穴があいている。だがだんだんと痛みが遠のいていく。マヒしてきたらしい。
「……服が黒焦げだ……」
あまりに現実離れした傷跡で逆に冷静になるわたし。
わたしは身体のあちこちを動かして現状を確認する。
「……火傷は天使に治してもらえるからいいけど、少なくともこの戦いの中では治してもらえないだろう。あっちも戦っている。」
両腕が動かない。血液の加速のせいか、どっと疲労も襲う。
わたしはその場に倒れ込んだ。
空を見ると晴香がでかいロボットと戦っていた。
「……応援には行けないな。あとはみんなにまかせよう。わたしはここでリタイアだ。」
「結っ!!」
突然リッドが叫んだ。あたしはリッドの視線を追う。するとそこには倒れている青葉がいた。
「鎧が勝った……のかしら?」
少し離れたところには鎧も倒れている。勝敗はわからない。だけどたぶん、青葉は動けなくなったと思う。鎧がきちんと自分の役割を果たしたんだ。
「……っつ。」
リッドの背中から鉛筆くらいの長さの四本の棒が飛び出し、青葉の方へ飛んで行った。
棒は青葉を囲むように地面に突き刺さると、上部が花みたいに開く。すると青葉は青い光に包まれた。
「……バリアー?」
「……どんな流れ弾が飛んでいくかわからねーからな。」
今すぐにでも傍に駆けよりたいんだろう、今まで見せたことのない苦悶の表情だ。
「……行かないの?」
「勝ったにせよ負けたにせよ、青葉は《金属》を足止めした。それを無駄にはできない。」
……んま、ここで駆けよるのがいいのか駆けよらないのがいいのかはあたしにはわからないけどさ。
「このアタシを前にして他人を守る余裕を見せるとはね?いい度胸ですわ。」
不機嫌そうな声だけど顔は笑っているクロアが二丁の拳銃をリッドに向ける。
「お前も愛する人を見つけりゃわかると思うぜ!」
投げられたチャクラムはグネグネと蛇行しつつクロアに迫る。それをかわし、撃ち落としてクロアは連射する。リッドの顔面……もっと言えば外から狙える唯一のリッドの生身、「目」に向けて。
「お嬢様は俺の弱点に気付いたわけだが……」
仮にも銃弾。しかもだいぶ加速されているにもかかわらず、リッドはそれを避ける。
そして……もっとも恐れていたことを口にした。
「俺も、お嬢様の違和感に気付いたぜ?」
まるで映画の中の宇宙戦争だと私は思った。
《カルセオラリア》の中国の達人もびっくりな徒手空拳はともかくとして、同時に放たれるミサイルやビーム。それを高重力を駆使して上空へと受け流すジュテェムさん。
そして同時に、ジュテェムさんは私の攻撃のサポートもしてくれている。
私が雹を降らせる雲を私の隣ぐらいに作り出せば、重力を操って真横に飛ぶ雹を実現させてくれる。おかげで直接的に狙った場所に打ちこむことができている。
腕や脚の関節、ミサイルを放つ時に開く場所、砲台の根元。いろいろな「弱そうな所」にものすごい速さで飛来する雹をぶつけている。だけどぜんぜん意味がないみたいだ。
「……違う方法で攻めないとダメかもしれないな……」
『なんども言わせるな。である。策など無い。のである。お前たちに勝ち目はない。のである。』
ジェットで加速されたパンチを放つ《カルセオラリア》。それを重力で引っ張って跳ね返すジュテェムさん。
「……それなら……」
ジュテェムさんが瞬間移動と言ってもいいような速度で私の横に来た。
「雨上。少しだけあれの足止めをお願いできますか?」
「……やってみます。」
イメージする。《カルセオラリア》が嵐の中にいるのを。
「はぁあっ!」
瞬間、《カルセオラリア》を暴風が襲った。一つの大きな竜巻の中に《カルセオラリア》が閉じ込められ、その中にさらに小さな竜巻が五、六個渦巻く。そして同時に雨と雪と雹が吹きあられ、雷がその中を引き裂く。
大きな竜巻の中で起きていることなので外には漏れない限定的な嵐。だがもしもその中に人が入れば数秒ともたずにズタボロになるだろうし、建物は崩壊するだろう。そんな嵐を起こした。
だけども。
『うわわ。である。バランスがとりづらい。である。姿勢の制御が大変!である。』
バランスを崩すだけの《カルセオラリア》だった。
しかしそのちょっとした時間で十分だったみたいだ。
「グラビティ・ボールッ!」
私より少し上の所にいるジュテェムさんは両腕を高くあげていて、そこには中心部分が真っ黒でそのまわりが紫色をしたバスケットボールぐらいの球体が浮いていた。
「健康に悪そうな色ですね……」
「面白い感想ですね、雨上?」
ちょっと笑ったジュテェムさんはその球体を嵐の中の《カルセオラリア》に向けて投げつけた。
『む。である。』
嵐の中を物ともせず進むジュテェムさんの攻撃は《カルセオラリア》の左腕に当たった。
ベコォッ!
ものすごい音がした。ドラム缶を一息でぺちゃんこにしたらこんな音がするんじゃないかと思うような音。
《カルセオラリア》の左腕はジュテェムさんの攻撃が当たった場所を中心にしてグシャリと潰れた。それはもう原形をとどめないというのはこういうことを言うんだろうというぐらいに。
『……左腕損傷。である。』
何もなかったかのように告げる《カルセオラリア》は潰れた左腕を切り離す。瞬間、ジュテェムさんがそれを空の彼方へと飛ばした。
『ちょっと驚いた。のである。』
微妙に声のトーンが落ちた気がする。
「高重力は一瞬しか出せないとわたくしは言いましたね。」
ジュテェムさんが私の横に来る。
「ではそれを超える重力は?答えは簡単、一瞬でも出したらその辺の地面という地面が建物ごとめくれます。それは困りますから、超高重力を起こす時はまわりを同等の重力場で包んで攻撃したいところ以外への被害を防ぐ必要があるんですよ。」
「それがあの球体ですか……」
「ええ。あの球体の中心にはそれはそれは数に表せば小学生が口にするようなバカみたいな桁数の数字になる程の重力がかかっているんですよ。」
「すごいですね……ともかく、片腕を奪いましたよ。」
「雨上が足を止めてわたくしが攻撃。こっちの方がいいかもしれませんね。というか雨上が本気で足止めをするとああなるんですね……最初からこの方法で攻めていればよかったかもしれません。」
「私はあれほどのことを起こしてもバランスを崩すだけのあいつにびっくりですけどね。」
「あはは。雨上がそんな態度ですからわたくしもついつい《天候》を過小評価してしまいました。最初に出した四本の竜巻が全力なのかと思ってましたよ。」
戦いの最中に世間話でもするように会話をする私たちを気にも留めず、《カルセオラリア》は呟く。
『ふぅむ。である。《天候》の攻撃はそれほど脅威ではない。のである。だから攻撃目標はさっきと変わらず《重力》だが……脅威でないとは言え、《天候》も野放しは危険。である。』
《カルセオラリア》が残っている右手をあごにあてて何かを考えている。
『切り札というのは最後の最後まで取っておくもの……しかしこの場をそれとすれば問題はない。である。』
……切り札……?
『出撃。である。』
《カルセオラリア》の両脚の側面がパコパコと開いた。そして、中から小型の何かがたくさん出てきた。一つ一つは小さい……とは言っても一つが私の身長ぐらいある。
それは戦闘機を小さくしてデフォルメした感じの子どものおもちゃみたいなデザインの飛行機だ。ただし、その両翼には小さい砲身が見える。
そして、それらはその小さい砲身からビームを一斉に放った。
「っつ!!」
ジュテェムさんが両腕を前に突きだす。ジュテェムさん自身に向かってくるビームも私の方に向かってくるビームも全て曲げる。
『この小型機にはそれほど高度な頭脳は無い。のである。だからフェイントとかはできない。のである。だが……数で勝負。である。』
《カルセオラリア》が攻撃を再開する。左腕がなくなってもおとろえない徒手空拳の嵐。ミサイルにビームの雨あられ。それに加えて今は小型機のビーム。
「はああああっ!」
ジュテェムさんはその全てを《重力》を使って防ぐ。私に飛んでくるものも全て。今ジュテェムさんの頭の中はどうなっているのか。どれだけの速度で情報を処理しているのか。目に映る数を数えるだけでも大変な攻撃の嵐に対処している。それがどれほどすごいことか。
これが長い時間を生きて経験を積んできたゴッドヘルパーってことなのか……?
「……っつ、しっかりするんだ私!」
攻撃はジュテェムさんが防いでくれている。フリーなのは私だけ。そしてさっきまでやってきた《天候》の使い方では《カルセオラリア》に効果が無い。
今ここで新たな攻撃方法を考えなくちゃいけないわけだ。
「どうすれば……空。」
『わたしははるかのそうぞうをぐげんかするよ。いくらでもちからをかすよ。でもあたらしいことをかんがえることはにがてかな。』
「……そうだ。私は第三段階っていうやつなんだ。なんでもできるはず。あとはイメージするだけ。思いつくだけなんだ。」
考えるんだ。ジュテェムさんがもちこたえている間に。
イメージのヒントは?何かないか…………
「……ビーム……」
ジュテェムさんが軌道をずらしているビームが目に留まる。
「ジュテェムさん!そのビームをそのままあいつに返せますか!?」
攻撃の対処に集中しているからだろう、途切れ途切れ答えが返ってくる。
「ちょっと……できませっ、んね。一八〇度向きを変えるにはっ……さっきの超高重力以上の重力が必要ですっ……それを安全な状態で発生させるにはさっき……のようにボールを作らないと……いけ……ませんからすごく時間がかかって……結局無防備になります……ざっと一分はいりますから……。」
私の嵐で稼げた時間はせいぜい一五秒ぐらいだったと思う。そもそもこの猛攻撃の中そんな時間を作る余裕はない。
ロボット戦の基本として、自身が装備する武器は相手を破壊するためにあるからそれはもちろん自分自身も破壊できる。(と、とある主人公が言っていた。)
「あれをはね返すことができればてっとり早かったんだけど……」
そこまで考えて私は思った。
私も頑張ればビームが撃てるんじゃないか?と。
「そうだ……目の前に本物のビームがあるんだからイメージはし易い……雷を真っすぐに、真横に飛ばすイメージだ……さっきジュテェムさんのおかげで雹が真横に飛ぶ光景を見たから……本来なら「降ってくる」ものが「横に飛ぶ」イメージは出来るはずだ……!」
折れ曲がる軌道を真っすぐに。
上から下を右から左に。
「上にある空を横に寝かせるイメージ……いや、そうするよりは……」
そう、私は前に手の中に収まる小さな空を感じたことがある。クリスとの戦いで私が目にしたのは手の平サイズの青色の球体から雷が発射される光景だ。あれも上から下ではなく下から上だったし、途中で曲がったりもした。軌道も操れるはず。
「あれを……もう一度……!」
『わかったよ、はるか。』
あの時の感覚を思い出す。あの空をこの手につかむ感覚……いや違う。切り取る感覚。決して支配じゃない。すこし分けてもらう感じ。
全ての《天候》を内包する球体。感情の宝箱。
「名前をつけるなら……」
名前。それの持つ意味の大きさはジュテェムさんが教えてくれた。少し違う使い方だが名前をつける。名前をつけることでイメージを明確にする。私がこの手の平に出現させたいのは……
「空の……空だけの……《箱庭》……」
すると右手に温かみを感じた。とても穏やかで、優しい風が私の手の平の中心に集まる。風が渦を巻き、球体へと変わり、色が付く。
風が解けると、そこには青い球体があった。
手の平から一センチほど浮いた状態で固定されたそれは、やはりというか何というか、とても不安定だった。
「安定……しない……」
大きくなったり小さくなったり、時に消えてしまいそうになる球体を安定させるため、私は集中する。これは当たり前なのだと。それほど特別なことではないと。
友達が消しゴムをかしてくれたくらいの……ことなのだと。
その時、わたくしはとても落ち着かないプレッシャーを受けました。一瞬、《カルセオラリア》の攻撃を防ぎ損ねてわたくしに攻撃が飛んできたのかと思いましたが……そうではありませんでした。
《カルセオラリア》の攻撃はおとろえる気配がなく、このままではわたくしが疲労し、処理が鈍って決着してしまう。そう考えているところでした。雨上が何か打開策を見つけてくれないだろうかと期待していました。そう考えた瞬間のこのプレッシャー。
この感じは以前にも経験があります。わたくしがこころを奪われた女性が底なし沼のようになったコンクリートに沈んだとき。助けに行こうと思った瞬間、地面をつきやぶる雷が放たれ、そこから出てきた青色の球体。中には彼女がいました。その時に感じたものと同じでした。
気配の大きさで言えばその時の方が大きかったですが質は同じ。確か、このプレッシャーをメリーさんはこう表現していました。
『まりゅで魂がふりゅえていりゅみたいだね。』
その力に対する恐怖なのか、憧れなのか、敬意なのか。内容はわかりませんが確かに感じるこのプレッシャー。
この気配こそが……第三段階。
横向きの空は用意できた。あとは真っすぐに雷を撃つだけ。だけど球体自体が不安定でとても雷の軌道を制御できるとは思えなかった。
「雨上!」
なんとか制御しようと四苦八苦している私をジュテェムさんが呼ぶ。見ると、ジュテェムさんが肩越しに私を見ていた。そして目が合うとジュテェムさんはコクンと頷いた。
ジュテェムさんがタイミングを決めてくれるのか、それともこちらに合わせるのかは分からなかったがこれだけはわかった。私にその力を放てと言っていると。
「……!」
放つ。これで決める。そうだ……私には雷を落としたい場所に落とす方法がある……!
これが……私の、私だけの《天候》!
「はぁっ!」
私は青い球体……《箱庭》を《カルセオラリア》の方へ突きだし、私から《カルセオラリア》へ、横方向に伸びる竜巻を放つ。
竜巻の直径は五メートル程。《箱庭》というよりは私の身体のまわりから放たれた竜巻。それを合図にしてか、ジュテェムさんが行動に出る。
「ふんっ!」
その時放たれていた全ての攻撃を防ぎつつ、《カルセオラリア》を《重力》で引っ張って竜巻の伸びて行く直線上に誘導する。
『おう?である。』
突然場所を移動させられた《カルセオラリア》のちょうど胸あたりに竜巻がぶつかる。
その瞬間、世界が止まった気がした。
コンマ数秒の世界がひどく鮮明に見える。
その程度では揺らぎもしないと、不思議そうに自分の胸にぶつかる竜巻へとその赤く光る目の視線を移動させる《カルセオラリア》。
《カルセオラリア》を移動させた後、真横に伸びる竜巻に目を丸くしているジュテェムさん。
ああ、なるほど。
第三段階……なるほどなるほど。
そういえばチェインさんが言っていたなぁ。
『あなたはこの地球という星を包む、地面と宇宙との間にある空間の支配者なのよ?』
空の下で起きることを全て《天候》と定義するなら……確かに私は支配者たりえるんだな。
でも……それはなんかいやだな。
苦笑いをしながら私は右手の《箱庭》にお願いを送り、漫画の主人公のように叫んだ。
「くらぇぇぇぇぇぇぇえっ!!!」
《箱庭》から青白い光が音も無く放たれる。雷の通り道として用意した竜巻を……中を通るどころか飲み込みながら突き進んだ光は《カルセオラリア》の胸に直撃する。
そして何の抵抗もなく貫いた。
一拍遅れて響く轟音。雷鳴と呼ぶにはあまりに強大な破壊力を持った音。
光によって膨張する空気が爆発し、私は宙を舞う。
視界がグルグルと回る中、私は確かに見た。
赤く光っていた《カルセオラリア》の目が……消えるのを。
ぐらりと、突然糸を切られた操り人形のように後ろへ倒れていく《カルセオラリア》。そのまま下のビル等を破壊しながら落下するかと思ったところでぴたりと落下が止まる。
風とかを使ってなんとか体勢を立て直した私の目に映ったのは肩腕を前に突き出しているジュテェムさんと空中で止まる《カルセオラリア》。《重力》で止めているのだろう。
「……宇宙旅行を楽しんできて下さいね。」
ジュテェムさんがそう言った瞬間、《カルセオラリア》は瞬間移動でもしたんじゃないかと思うスピードで空の彼方へと飛んで行った。それはまるで空から降ってくる隕石が逆向きに飛んでいるかのような……そんな光景だった。
「……狙ったんですか?雨上。」
ジュテェムさんはゆっくりと降下しながら同様に下りていく私に尋ねる。
「なにがですか?」
貫いただけであっさりと終わった戦いに若干呆けている私は特に考えもせずに答える。
「重力制御装置ですよ。あの貫いた場所がちょうどそこだったみたいでしたよ?穴が開いた瞬間にわたくしの《重力》が全体的に効くようになりましたから。」
「うぇっ!?いやぁ……偶然ですね。完璧に。」
地面に立つ。なんだか久しぶりに……こう言うと変だが身体に《重力》を感じる。
「やっぱり……《重力》ってすごいですね。」
今回は相手が重力制御なんてことをしてきたからあれだったけど……普通の敵なら相手にすらならない。だって一瞬で空の彼方へと飛ばされるのだから。
「そう思うのは現象がシンプルだからですよ。」
ジュテェムさんは真っすぐに私を見る。
「わたくしの力なんて……物理の世界では「g」の一文字で表されるような簡単なものなんです。シンプル故に扱いも簡単。だからすぐに扱えるようになり、強くなりますが……そこで終わりなんですよ。根本的にはたった一文字の現象ですからね。でも雨上、あなたは違います。《天候》を式で表すなんて不可能です。その分、可能性が広がっています。今のビームのような雷のように。真横に飛びだす竜巻のように。」
「でも……私は空の彼方に飛ばされたらそれで終わりですよ?」
「そうでしょうか?宇宙に飛び出す前にあらゆる《天候》を駆使してあなたは地上に戻って来る気がしますけどね。」
ジュテェムさんはゆっくりと言う。
「あなたが戦う理由はわかりませんが……もっと自分の力に自信を持ってもいいと思いますよ?《天候》はその昔、人が神の所業と思った程の物なのですから。」
強くなれる可能性……か。友達を守るためには強い方がいいことはわかる。今後、いつかどこかで自分の非力に涙する時だってくるかもしれない。そのために私は強くなる必要が……ある。
強くなること自体は歓迎するべきことだろうけど……抵抗があるのは何故だろうか?
私は《天候》を……空をそんな風に使いたくないのかもしれないな。
「……なにはともあれ……勝利しました。それに、《天候》の力を間近で見れました。わたくしは満足です。しかし戦いはまだ終わっていません。雨上は……あちらの方の所へ行ってあげては?」
「あちら?」
ジュテェムさんが指差す方を見るとそこにはしぃちゃんが倒れていた。
「しぃちゃん!」
私はあわてて走り出した。
「……なんだかんだで何もなかったな。」
「何かあって欲しかったの?ホっちゃんは。」
「そうじゃぞ。もしものための備えなど使わないのが一番なんじゃからな。」
「ホっちゃんのこちょだからもにょ足りないって思ってりゅんでしょ?」
わたくしがてくてく歩いているとそんな声が聞こえてきました。
「おちゅかりぇ、ジュテェム。」
弾ける笑顔でメリーさんが迎えてくれました。
「ジュテェムのおかげで……こっちには何も落ちてこなかったわよ。」
「こういう時、物理法則系の力はいいよなぁ。」
メリーさんに何かあってはこと。そういう理由で今までここにいた皆さん。
「これで……こちら側に何かが飛んできたりする可能性はほとんど無くなりましたね。これからどうしますか?援護に行きますか?」
わたくしの質問に答えたのはチェイン。
「そうね。ここで突然の伏兵って言うのはちょっと考えにくいものね。」
「そうとは限らねーぜ?ホントに最後の最後まで出てこねー奴がいる可能性はあんだろ?例えばメリーさんを倒すことだけが目的の奴とかな。」
「そうじゃなぁ……援護に行きたいのは山々じゃが……もしもという可能性がのう。まぁ、そんなことを言っていたら何も出来んのじゃがな……」
「手はだしゃなくていいよ。」
わたくしたちが迷っているとメリーさんが言いました。
「だって……しょんにゃ必要がにゃいもにょ。」
「《カルセオラリア》が負けたか……」
クロアの銃弾を防ぎつつリッドがそんなことを言ったからあたしは空を見た。
「あのでかいのがいなくなってるわ。なんかさっき青い光が一瞬光った気がしたし……きっと晴香がすごい雷を撃ったんだわ。」
ま、《天候》は伊達じゃないわよね。さすが晴香。
「どういうことですの!!」
クロアはリッドのさっきの一言を聞いてからだんだんとイラついているみたい。
「言ったろ?違和感に気付いたって。」
リッドはさっきまでとは違う攻撃の仕方をしてる。クロアに直接チャクラムを投げたりはしないで辺りの建物の看板とかを切断してクロアの頭上に落としたり、地面にすごい力でパンチして瓦礫を飛ばしたりしてる。
「さっきから!このアタシをなめているんですの!?」
「いんやぁ?」
たぶん、クロアの力に……《常識》に気付きつつある。かなりヤバイ状況。あたしたちが援護をしたいんだけど……
「あんで?あんでリッドの武器の動きが見えないのよ!」
砲弾とは違ってパンチとかは放ってからこっちに来るまでの時間がめちゃくちゃ短い。だからたとえ軌道が見えても避けられない。でもあのチャクラムは遠距離攻撃。あれは避けれる範囲の攻撃。
クロアを援護するにはあのチャクラムを避けれないと話にならないんだけど……なぜかあれは軌道が見えない。
「南部!」
「……たぶんぼくのイメージのせいだね……」
「あんたのイメージ?」
「《世界方眼紙計画》は視界に物の軌道とか、物体の重さとかを一度に表示するもの。それを行うにあたって……ぼくが参考にしたイメージっていうのがある。」
今あたしの視界に見えてる世界の元……イメージの柱……
あたしは感情系だからイマイチわからないけど、晴香とか鎧が言うにはイメージっていうのが大事なんだとか。何かこう……非常識なことを起こすには。
「ぼくのイメージは……コクピットなんだよ。」
「コクピット?」
「ロボットアニメとかでさ、主人公たちが乗るロボットのコクピットには敵の位置だとか残りの弾数とかが表示されてるモニターがあるだろう?」
「ああ……敵をロックオンしたりすると十字マークが出たりするあれ?」
「そう。だから……ぼくのイメージはズバリ機械の目なんだよ。そして、見えないっていうことはつまり機械の目では見えないような何かがあれにはあるってことなんだよ。」
「もしかして……前に晴香の部屋で見たステルスとかいう飛行機みたいな感じ?」
「たぶん。なまじ機械の目をイメージし過ぎたからそんなことまで忠実に再現しちゃってるんだ。きっとぼくにとっても無意識の、それでいてぼくにとっては《常識》であるこの現象を。」
ゴッドヘルパーの力が裏目に出た感じね……
私はしぃちゃんの横にしゃがむ。
「しぃちゃん!?大丈夫ですか!?」
「晴香か。大丈夫だ。」
「いや、でも、肩に……穴が……」
目を背けたくなる痛々しい傷。すごい嫌なにおいがしている。
「うん……痛すぎてマヒしてる感じだな。それよりも伝えることがあるぞ。」
そこで私は青葉の力をしぃちゃんに教えてもらった。
《仕組み》のゴッドヘルパー。
なるほど。あの未来の技術かと思うしかなかったあれはそういう経緯で存在していたのか。
私はリッド・アークを見る。
作戦通りに武器を失っている。でも新たな武器を出して……なんかロボットみたいに脚からジェットを出している。なんだあれは?あれも青葉の力……?
「雨上くん!」
振り向くと音切さんと清水さんが横に立っていた。
「作戦通りに武器を破壊した。でも見ての通りだ。想定されてなかった事態が起きた。」
「あれは……どういうことなんですか?」
そして私は音切さんからリッド・アークの身体のことを教えてもらった。
機械の身体。
それであんなことになっている訳か……
「でも……一番大事なのは……」
「ああ。それは大丈夫そうだ。《音》を拾って会話を聞いたりしてわかったことだが、どうやらあいつ、脳と目が機械じゃないらしい。」
脳と……目。
私は清水さんを見る。
もともと大人しい性格だからか、この状況にびくびくしているみたいだった。でも、清水さんこそが私の考えた作戦の要。
考えてた時と状況が違うけどそこは変わらない。
私は翼たちの方を見る。クロアさんがリッドと戦っている。たぶん、目を狙ってるんだろう、クロアさんが……と言うよりはリッド・アークが顔を守りながら戦っている。
たぶん、あのままじゃあたらない。アザゼルさんの話によれば銃弾を避けていたとのことだから……いくら速度が上がってもあたらないと思う。身体が機械なら全身が銃弾を防ぐ盾になるわけだし。仮に腕とかをかいくぐっても、目を閉じるだけで防がれる可能性だってある。
やっぱり必要なのは清水さんの力。
問題は……タイミング。
俺私拙者僕はルーマニアくんを見ていたのだよ。
「あれま。なんだか苦戦してるのだよ。このままじゃ……あれになるかもしれないのだよ。うぅん……あれをやるならこの辺に防壁を張らないといけないのだよ。」
この辺一帯が……たぶん《空間》のやった空間遮断も粉砕してクロアちゃんたちがいる辺りにも被害が出るのだよ。
「でもまぁ……あれを見ればみんなあきらめれてくれそうなのだよ。」
「アザゼルゥゥゥ!!」
久しぶりに攻撃を避ける俺私拙者僕。超圧縮された炎の塊が槍のように飛んできたのだよ。
「おやおやまあまあ。サタナエルくんジャマイカ。おひさなのだよ。」
「おひさじゃない!裏切り者めぇ!」
彼は堕天使サタナエルくん。俺私拙者僕が所属してたグリゴリのメンバーの一人なのだよ。
「お前が……お前が「人間の女の子って可愛いよねー。」と言った時!おれは……おれは涙が止まらなかった!わかってくれる奴がいたかと感動したものだ!」
「いやいや。実際可愛いと思っているのだよ?ただ……俺私拙者僕はクロアちゃんくらいの年齢が好みなのだよ……」
「くっ!そのことでお前と何度も議論したことはおれにとってはいい思い出だ!しかしお前は裏切ったぁ!」
「だぁって……小学生くらいの女の子捕まえて「おれをお兄ちゃんと呼ぶがいいあっはっはー」とか言ってる人と一緒にいたくなくて……」
「そこじゃねぇ!おれが言ってんのはお前が神の側に戻ったことだ!お前の人間に対する愛は偽物だったのだろう!」
「むむ?聞き捨てならないのだよ?俺私拙者僕の愛は本物なのだよ。彼らが好きだからこそ、毎日彼らの文化に触れているのだよ!アニメ万歳!」
「そっちでもねぇ!おれたちを捨てて戻ったことを言ってんだ!」
「……きみたちは幸せそうだったのだよ。天界にいるよりも。天使として生まれたから神の命令を機械のように聞くなんて全然幸せじゃないのだよ。きみたちはきみたちの幸せをつかむために動いたのだよ。それでいいんのだよ。ただ……俺私拙者僕にとっての幸せは友達と一緒にいることだった……それだけなのだよ。」
「うっ……」
「言葉よりも戦いで示すのだよ。感情任せの行動こそが本質を表すのだよ。さぁ、前みたいにぶつかり合おうジャマイカ!このロリコンめ!」
「やかましい!おれらから見れば人間なんか全員年下だろうが!」
自らの信念を通すため。
俺私拙者僕は一つの山ぐらいなら消し飛ばせるほどの光を。
サタナエルくんは世界一の湖ぐらい一秒で蒸発させられる炎を。
それぞれの右手にまとい、ぶつける!
「大人と子供の境目という絶妙なポジションにいる時、曖昧なこころが存在することでツンとかデレとかが発生し!そこに世界最強の女の子を生むのだよぉぉ!!」
「汚れを知らないピュアなハートこそが!その先に待ち受ける苦難を乗り越えるために力を蓄える時こそが!一番輝く女の子を生むのだぁぁ!」
オレ様はどこからともなくアホな会話を聞いた気がして力が抜けた。
「……この力の抜け具合はアザゼルだな……」
「グリゴリの連中はふざけたやつばかりだな。」
ファルファレロがあきれた感じで呟く。
オレ様の首を片手でつかみながら。
オレ様を地面から三〇センチぐらい浮いた場所に固定しながら。
「苦しいんだが?」
「自分の弱さを呪えルシフェル。」
目の前に剣先が突きつけられる。
「三メートルはある剣の剣先が見えるって、一体ファルファレロはどこを持ってんだよ!」って突っ込まれそうだがオレ様の言っていることは間違ってない。三メートルある剣は今もファルファレロの手の中だ。ただ、オレ様には向けられてない。オレ様に向けられてんのは……どっからか出現したバカでかい剣だ。その辺に建ってるビルくらいはある剣。
完璧に負けた奴の構図だぜこりゃ。
「グリゴリと言えば……シェミハザはどーしてんだ?」
「サマエルに忠誠を誓っている。ようは……お前を今も待っている連中の一人となっている。馬鹿げてるよなぁ?本人がこの様だっつーのによ?」
バカでかい剣が黒いオーラをまとう。かなりの量の魔力が剣に注がれていくのがわかる。
「……その剣でオレ様を殺そうと?」
「そうだ。首一つですむとは思うなよ?身体は塵すら残らない。」
オレ様は剣先を見る。……はっ、何度も見た光景だぜ……
「懐かしい奴を思い出したぜ。オレ様と幾度となくやり合った相手。宿敵ってやつだな。」
「状況を理解出来ているか?突然思い出話とはな。いよいよ狂ったか。」
「まぁ聞けよ。《シュバイロス》が出来あがってからは天使との戦いもそれなりに有利になったが……やっぱり強い天使は強い。オレ様達が大天使を相手にすること自体は変わらなかったよな。」
「それがどうした。」
「オレ様は悪魔のトップ。そんなオレ様を相手にするんだから神でなくちゃ釣り合いがとれねーよと思ったが……神はあの戦いには一切顔を出さなかった。代わりにオレ様の相手をしたのは大天使中の大天使。天使のトップ。かつてオレ様の隣に座ってた奴だった。」
「何が言いたい?」
「わざわざ思い出しやすいようにしてやったのに……思いださねーのか?そいつとオレ様の戦いをよ。」
「……?」
首を傾げるファルファレロ。
「んん?まさか見たことねーのか?オレ様の本気。たぶん雨上だって知ってんぞ?」
「何の……ことだ……」
「ああ!そうかそうか。確かあいつ、オレ様と戦う時はいつも強力な結界を作ってオレ様を閉じ込めた後にその中で戦ってたな。そうかそうか。それじゃぁ……上級悪魔ごときじゃ入れなかったか。たぶんサマエルは知ってるぜ?」
「何のことだっつってんだ!」
ファルファレロがオレ様をさらに上へ持ち上げる。それに連動してか、バカでかい剣が少し後ろに下がってオレ様を突く態勢に入る。
「んあぁ……要はな。」
オレ様は笑う。ニンマリと。
「オレ様を殺したいならミカエルの奴でも連れてくんだな。」
サタナエルくんをやっつけた(足元に転がっているのだよ)俺私拙者僕は感じ慣れた凶悪な気配を感じたのだよ。
「!!っ、ルーマニアくんのアホォォ!!」
残りの魔力の全てを使って結界を作る。事態に気付いたムーちゃんも協力してくれたのだよ。
「ルーマニアの奴、あれになったのね。」
「まったく、自分の力の強大さをわかって欲しいのだよ。成るだけで世界に亀裂が走るとさえ言われたモードなのに。」
実際、俺私拙者僕たちだけじゃ力不足なのだよ。やっぱりミカエルくんクラスの結界は作れないのだよ……
ルーマニアくんを中心に黒い衝撃が広がったのだよ。まわりで戦っていたランドルトくんとかその他の悪魔の皆さんが吹っ飛んだのだよ。
俺私拙者僕とムーちゃんも踏ん張らないと飛んでいっちゃうくらいのバカげた量の魔力の奔流なのだよ。
「ルーマニアくん……本気モードなのだよ。」
空を覆いつくすかと思うほどの大きな二枚の翼。
ちょっと振るだけで天使の軍が吹き飛ぶ尻尾。
一本の武器を除いてあらゆる攻撃をはね返す絶対硬度の身体。
天使のあらゆる武装を引き裂く爪。
目にしたものの精神を崩壊させると言われる紅の瞳。
人間たちが記した神話の中に登場するミカエルくんはよく竜と戦う姿を描かれるのだよ。
人間の皆さんはその竜を悪魔の象徴として扱っているのだよ。
しかし、人間の皆さんだってわけも無く悪魔を竜として描くことはないのだよ。つまり、その竜にはちゃーんとモデルがいるのだよ。
さてさて、じゃあ実際はその竜が一体誰なのかというお話なのだよ。
大天使ミカエルくんと死闘を繰り広げた存在。
またの名をサタンとする大悪魔。
悪魔の王・ルシフェルが黒き竜となって俺私拙者僕らの眼前に現れたのだよ。
「うわぁぁああぁぁっ!!」
情けない子どもみたいな叫び声はルシフェルくんの足元から聞こえたのだよ。
ものすごく大きな剣を振りまわすファルファレロくん。
振るわれた剣はルシフェルくんの首を切断しようと迫ったのだよ。
でも、あっけなく砕けたのだよ。
さらに振りまわされる三メートルくらいの剣も砕けたのだよ。
ルシフェルくんが吠えたのだよ。
それだけでその甲冑をひびだらけにしながら飛んで行くファルファレロくん。
例え《シュバイロス》であっても関係ないのだよ。戦闘技術程度では埋められない絶対的な力の差というものがそこにはあるのだよ。
「悪いなファルファレロ。」
ルシフェルくんが呟くのだよ。
「悪魔を裏切ったのは確かだ。オレ様がその時信じた幸せに向かって突き進んだ結果だ。オレ様の幸せで振りまわしちまって悪いと思っている。だがな、悪いと思ってもやめる気はない。オレ様は……傲慢だからな。」
ルシフェルくんの口から黒い炎が放たれたのだよ。その炎はファルファレロくんを飲み込み、消滅させたのだよ。そして。
「あ……あれがルシフェル……!」
「勝てるわけがねぇよ!くそっ!」
「に……逃げろォ!!」
さっきまでこちらを攻めていた悪魔の皆さんが一斉に逃げていくのだよ。一体が魔界への扉を開いたと思ったらそこに悪魔が殺到したのだよ。
一分も経たない内に、この場にいた悪魔はいなくなったのだよ。
「最初っからこうしてくれればよかったのにね♪」
ムーちゃんがため息をつく。
黒い竜は黒い炎に包まれ、いつの間にかいなくなり、いつものとんがり頭のルーマニアくんがそこに立っていたのだよ。
スタスタとルーマニアくんはこっちに向かって歩いてきてこう言ったのだよ。
「できればやりたくなかったんだけどな。あれやると大変だから。」
「わかってるのなら一言声をかけてからにして欲しかったのだよ。」
「何とかなったからいいんじゃない?」
俺私拙者僕、ルーマニアくん、ムーちゃんがあははと笑っているのを他の天使が呆然と見ているのだよ。
そして、嬉しそうに笑う堕天使が一人。
「素晴らしい!!」
ずっと宙に浮いて下を眺めてたサマエルくんが叫んだのだよ。
「そのお姿!一体いつ以来か!私は感動のあまりに涙が出てしまいましたよルシフェル様!」
サマエルくんは狂気ともとれる嫌な笑顔をしているのだよ。
「圧倒的!ああ、私などが今は悪魔の王として君臨しているのが恥ずかしいです!やはり貴方でなくてはいけません!ああ……」
サマエルくんはとても嬉しそうなのだよ。
オレ様は笑うサマエルを無視する。
「んで、今はどういう状況なんだ?」
オレ様が訊くとムームームが答えた。
「ルーマニアが変身したおかげで空間の隔離みたいのは解けてるよ。今なら援護に行けるね♪」
「ただまぁ……見たところ援護もいらなそうなのだよ……」
さっきまで空に浮いてた戦艦(途中でロボットになってた気がしたが……)はいなくなってるし、青葉だったか、あいつも倒れてる。ただ、なんかバリアーみたいのが張られてっからこっそり記憶消去もできなさそうだ。リッド・アークの仕業か?
「ルーマニア!!」
オレ様が辺りをキョロキョロと見てると雨上の声が聞こえた。見ると鎧が倒れてる横にしゃがんでる。どーも鎧がケガをしてるみてーだ。
だいぶ危険な傷と見たのか、ムームームがそれに気付くと超ダッシュで近付いて治癒に入った。
オレ様は雨上に近づいて状況を尋ねた。
「ご覧の通りだ。残す敵はリッド・アークのみってとこだな。これ以上の敵が現れなければ。」
「無いとは思うんだがな。」
「とうかルーマニア。さっきドラゴンになってなかったか?真っ黒な。」
「んあぁ。なったが。」
「そうか……んじゃぁ神話を書き換える必要があるな。」
「そうなのか?ミカエルとオレ様の死闘が違う形で書かれてのか?」
「……そもそもミカエルが竜と戦うっていうイメージが生まれた大元は……ミカエルとサマエルの死闘ってことになってたはず。少なくとも私が読んだ神話はな。」
「ひでぇなぁ……」
オレ様はまだ笑ってるサマエルに話しかける。
「おいサマエル!お前の自慢のゴッドヘルパーはリッド・アークだけになったぞ?こっちの数は言わなくてもわかるよなぁ?まだ勝ち目があると思ってんのか?」
「リッド・アークだけ……ですか。いえいえ、まったく問題ありませんよ。むしろこの状況を待っていた感じですので。」
「なに……?」
「ゴッドヘルパーの脅威。青葉の技術もそうですけど……もっとわかりやすい圧倒的な力がリッド・アークにはあるんですよ。」
満面の笑みのサマエルはオレ様達にオレ様達の考えの根底を覆す一言を放った。
「リッド・アーク一人でここにいるゴッドヘルパー全員を倒せますので。」
オレ様達は花飾たちの元へと走る。
「晴香!応援に来てくれたのね!」
翼が嬉しそうに私を見る。つまりは……今、苦戦しているということだ。
「やばいのよ……リッドのやつがクロアの力に気付きつつあんの。」
クロアさんの力。《ルール》のゴッドヘルパーの力。
クロアさんの場合は《ルール》、《当たり前》を否定する力を指す。
砲弾をその身に受けたら人は死ぬ。そんな《当たり前》をクロアさんは否定できる。でも同時に、デコピンなんか受けても死なない、そんな《当たり前》も否定してしまう。
本人に話してしまうと逆に危険度が上がるからアザゼルさんも話せていない力。
もしもリッド・アークがそれに気づいてしまったら逆に利用される可能性は高い。下手したらデコピンしかしてこなくなるかもしれない。そうなったらクロアさんはわけもわからず大ダメージを受けることになる。
そうなる前に、クロアさんの力が有効な内に、援護をして一緒にリッド・アークを倒さなくちゃならない。
「でもね、ちょっとした偶然が重なって……南部の力じゃ見えない攻撃があんのよ。それであたしたちは近付けなくてさ……」
「あの輪っかのこと?」
「そうよ。」
あの武器は遠距離武器っぽい。私たちが遠くから援護をしようとして、それに気付いたリッド・アークがあれを飛ばしてきたら……下手したら避けれずにまともに受けることになる。なにせ《視力》の力が無ければ速く動けるだけのただの人なのだから。それにまだ隠してる武器がある可能性もある。
「それなら心配ないんじゃねーか?」
ルーマニアが両手を前に出して私に笑いかけた。
「オレ様達天使が動けるようになったんだ、それぞれがパートナーについて障壁を張れば……」
「そうは行きません。」
サマエルの声がした。と思ったら突然ルーマニアに鎖が巻きついた。
「ルーマニア!?」
「これは……《グレイプニール》か!」
なんだ、聞いたことある名前だな……なんだったかな……
「天界のとある獣を動けなくするときに使われた鎖なのだよ。」
同様に縛られているアザゼルさんが言った。見ると他の天使も縛られている。
「これを破るのはちょっと俺私拙者僕らじゃ無理なのだよ……」
「ルーマニア、さっきの変身をすれば。」
「いやだめだ……あれはまわりに被害を抑える結界を張らねーと……変身しただけでお前たちが死ぬことになる。そういう凶悪な力なんだあれは……」
「すみませんルシフェル様。これも私の今日の目的のため。お叱りは後で受けます故。」
「くそっ!」
ルーマニアたちの援護も受けられない。どうすれば……
「援護なんて必要ありませんわ!」
クロアさんの声が響く。
「こんなガラクタ、このアタシだけでどうとでもなりますわ!!」
「さぁてどうかねぇ、お嬢様?」
ジェットで加速された鋭い回し蹴りがクロアさんの横っ腹を打つ。クロアさんは数メートル飛んだ先で何事もなかったように立ち上がる。
「こうやって近くでぶつかるとよ、空からじゃ気付かなかったことが見えてきてよ。んでもって今までの戦いをふりかえると……違和感を感じるわけだ。」
「イラつきますわね!一体何が違和感なのか言って御覧なさい!ガラクタの言葉でも理解しようと努力してあげますから!」
バンバンと放たれる銃弾をかわす(たぶんかわしてる。なにぶん私には銃弾が見えないから)リッド・アークは輪っかを投げつつ語り始める。
「最初に会った時、俺はお嬢様に砲弾をぶちまかました。とりあえず動けなくするかってな具合で脚に……こう、軽くかする感じで撃った。もしかしたらいい人材の可能性もあるからな。引き抜くことも考えてあんまり重傷は負わせないようにしたんだが……まさかの無傷ときた。」
投げられた輪っかがクロアさんに迫るが、きれいに撃墜され、またリッド・アークの手元に戻っていく。
……クロアさんが……わざわざ撃ち落としているってことは……クロアさんはあの攻撃をさほど脅威に思っていないってことなのか?脅威と思っているなら何もせずに立っていればいいわけだから。いや、違うか。クロアさんは自分の力の詳細を知らないはずだ。
完全無敵と信じているのなら防御なんてしないはず。そう自分で言っていたのにそうしないということは……無意識下で防げる攻撃とそうでない攻撃を判別してることになる。つまり、自分に大ダメージを与えるものかそうでないかを。
今私が思ったことをたぶんリッド・アークも感じたのだろう。だとすれば、クロアさんの天邪鬼な力を攻略されるのも時間の問題……
やっぱりなんとかして援護をしないとダメだ。でもどうしたらいいんだ?
身体能力が超人並でも中身は普通の人。だから攻撃を避ける技術とかはない。それを補っていたのが南部さんの《数》の力だ。それが使えないとなると援護はできなくなる。この問題を解決しないと……
「いや……まてまて……」
そうか。避けなきゃいいんだ。
「俺はとりあえず離れて砲弾を乱射した。その時……ん?」
にやにやしながらしゃべってたリッド・アークが身構えた私を見る。
「おいおい《天候》。理解は追いついてるか?お前の作戦は破綻したんだ。この武器の軌道が見えないんだろ?」
例の輪っかをクルクルまわしながらリッド・アークが言う。
「俺はそこらの軍隊なら一人で潰せるくらいの力を想定してマイスウィートエンジェルに作られたんだ。砲弾は攻撃力と連射性を重視した結果何もしてないが、その他の俺の武器は全てレーダーに映らないような《仕組み》がついてる。それが影響して見えない。だろ?」
クロアさんの銃撃を横目で見ながら避けながら説明するリッド・アークは余裕の一言だ。
「援護をするようなら俺はお前にも攻撃をするぞ?それをお前は避けられない。だからちょっと待ってろよ。折角のお嬢様との決着なんだからよ。」
「クロアさんが戦っているのに凡人平民の私たちが見てるだけは失礼ですよ。」
私が笑いながら言うとクロアさんがニンマリと笑った。
「何か策があるのかしら?あるなら惜しみなくこのアタシのために働きなさい!」
「もちろんですよ。それにね、リッド・アーク。」
「あん?」
「もう、その武器は避ける必要が無いんですよ。」
リッド・アークが眉間にしわをよせるのを無視して私は叫ぶ。
「行きますよクロアさん!」
私は風を起こしてクロアさんを後ろから押す。クロアさんはそれに即座に対応し、ものすごい加速で飛びながらリッド・アークに銃弾を撃ち込む。
「ちっ!」
リッド・アークは両腕で銃弾を弾きながら輪っかを投げる。
片方はクロアさんに。もう片方は私に。
私は自分を中心に竜巻を発生させる。飛んできた輪っかは私の直前で曲がり、どこかへ飛んでった。
「!……そういうことか!」
クロアさんの方に飛んでった輪っかが撃ち落とされたことを確認すると、リッド・アークは背中から同じ輪っかを取り出しながらジェットを噴射させて加速、クロアさんに迫る。
「はっ!」
私はリッド・アークに向けて風を放つ。リッド・アークは突然の強風にバランスを崩す。
「!!」
一瞬のすきをついてクロアさんが銃口をリッド・アークの顔面に叩きつけ、それと同時に銃を発射する。
ガンッ!という音と共に飛んで行くリッド・アークは二、三回転がった後、ガバッ起きあがる。それを見たクロアさんが軽く舌打ちした。
「相変わらずの人間離れした精密さですこと……」
立ちあがったリッド・アークの手から銃弾が落ちる。
「とっさに顔と銃口の間に手を挟むなんてね?」
「こちとらリアルに人間離れしてるんでな。」
リッド・アークが左腕を前に突きだす。すると左腕が肘あたりでポッキリと折れ、中から砲口が伸びる。
「くらえ!」
リッド・アークの上半身に帯電していた紫電が一瞬でその左腕に収束し、一発の電気のかたまりが放たれた。
「平民!」
そう叫ぶとクロアさんがその電気のかたまりに向かって走り出す。私はその背中に何の手加減もしていない全力の風を叩きこむ。
さっきよりも高速で飛ぶクロアさんは電気のかたまりに突っ込み、反対側から目にも止まらないスピードで飛びだす。
「ぐっ!?」
「もらいましたわ!!」
身体を横へ傾けるリッド・アークと銃を構えた状態で飛来するクロアさん。
銃声と共に交差する二人。
「ぐああああっ!」
がりがりと地面を削りながら着地したクロアさんの後ろでリッド・アークが片眼を抑えて呻いた。
「惜しいですわね。」
この戦いで初めて……リッド・アークが血を流した。
左目から血が流れている。
「まぁ?真正面から撃ちこむと脳みそまでぶち抜いてしまいますので……横にかすらせる形ではありますけど……それで左目は潰れましたわ。」
この戦いが始まる前にみんながそれぞれのパートナーである天使に言われたこと……
殺さないように倒せ。
根本的な話として、天使の使命は暴れるゴッドヘルパーを協力者と共になんとか行動不能にして記憶を消すということがある。
クロアさんも銃を振りまわしてはいるけど……急所をダイレクトに狙うことはしていない。
「両目が潰れれば……何も見えなくなりますもの。勝ち目は無くなり、このアタシの勝利になりますのよ?」
おーほっほっほと笑いそうな立ち方と表情でクロアさんがリッド・アークを見る。
「今みたいな攻撃には迷わず突っ込むのに対し……チャクラムは撃ち落とすってか……」
リッド・アークが左目を抑えながら呟いた。
「砲弾を乱射した時も……飛んでくる瓦礫とかは頑張って避けるし、転んで膝をすりむいたりしてたのに……いざ真正面から狙って撃つと効果が無いときた。」
今リッド・アークが言っている内容……これはクロアさんの能力に関することだ。
リッド・アークが正解を言った瞬間、クロアさんの力が不安定になる可能性がある……!
「クロアさん!構わずに攻撃を―――」
言い終わる前にリッド・アークの背中から無数の輪っかが発射され、私に向かって飛んできた。
「っ!!」
慌てて竜巻を起こす。しかし今回飛んできた輪っかはリッド・アークが手で投げた時よりも速かった。だから……
「いっつ!」
多少は方向が変わりはしたが、何個かが吹き飛ばされずに私を斬った。
「晴香!」
翼が悲鳴にも似た叫び声をあげて駆けよってくる。
それほど深くはないが……右腕と左脚に赤い線がスゥッと入っている。
「……お嬢様のその力……万能じゃねぇんだろう?」
「なにを言っているのやら。このアタシは無敵ですわ。」
「ならなんで避ける攻撃がある?なんでダメージを受ける時がある?」
「……?そういえば何でかしらねぇ?」
クロアさんが首を傾げる。それを見たリッド・アークは驚愕した。
「……ふざけんなよ?まさか……ホントにわかんねーのか?んなわけあるか。自分が何のゴッドヘルパーかを考えれば無意識下の行動にも説明ができるはずだろが……」
「やかましいガラクタですわね。このアタシは自分が何のゴッドヘルパーかなんてわからなくても無敵ですのよ?アザゼルがそう言いましたもの。」
その一言が決定打となった。
「ぶっ……はっはっはっは!!」
リッド・アークが大笑いし出した。
「なんてこった!お嬢様は自分が何のゴッドヘルパーか知らないってか!それを本来伝えるはずの天使がそれをしていない?それはつまり……言ってしまうと面倒なことになるからだろう?天使の目的は協力者の力を借りてゴッドヘルパーを倒すことだ。ってことは……言ってしまうとお嬢様の戦う力が無くなるってことだよなぁ!」
まずい……!リッド・アークが完全に気付いた……!
「本人が知ってしまうだけで影響が出る力ってことは思い一つで変化を生む力ってことだ。それに今までの矛盾した行動を考えれば……お嬢様の弱点がわかるってもんだぜ!」
クロアさん自身は首を傾げたままだ。
「クロアさん!リッド・アークの言うことを何も聞かないで下さい!」
「どういうことなのかしら?」
クロアさんが私を見る。その一瞬でリッド・アークがクロアさんの目の前に移動する。
「!」
「ようお嬢様?ビンタって知ってか?」
決して人間離れした速度ではない、普通の速さでリッド・アークの右手がクロアさんの左のほっぺに向かう。
ぺち。
この戦いの中で放たれた数ある攻撃の中で……最弱であろう攻撃。なんの迫力も無いただのビンタがクロアさんに当たった。
次の瞬間、放たれたビンタの威力や迫力を全て否定するかのようにクロアさんがとんでもないスピードで横に飛んだ。
十メートルは飛んだクロアさんはその場に倒れた。
「あっはっはっはっはっ!傑作だな!今まで見てきたゴッドヘルパーの中で一番おもしろいぞ、お嬢様!俺が言えたことじゃねーかもしれんが……何をどうしたらそうなるんだ?」
だめだ……今の現状、リッド・アークとまともにやり合うことが出来たのはクロアさんだけなのに。そのクロアさんの弱点がばれた。
リッド・アークの弱点は目。そこは生身。両目を潰せばリッド・アークには何も見えなくなる。たぶん予備の感覚器官はない。でなければあそこまで必死に目を守ろうとはしないと思う。
それに……「痛み」を感じているようだった。
全身に武器を仕込んでいる完全戦闘型の身体に「痛み」なんて必要ない。
「痛み」は人間の身体が発する救難信号みたいなものだってテレビで見たことがある。機械の身体にしてまでそういうものを「痛み」にする必要はないはずなのだ。
それでも「痛み」を感じるってことは……目だけは特別ってことなのだ。
弱点はわかっている。なのにそこを的確に攻撃できる人がやられる……
「ビンタ一発でこれか。今まで全力の砲弾をぶっ放してきた俺はなんなんだよ……」
しかめっ面のリッド・アークは残りの敵を確認するかのようにまわりを見渡す。
……残りは右目。そうだ、残りは右目だけだ。それなら……なんとかなるかもしれない。
たった一度だけ使える作戦。あれを使えば……
「みんな!」
私が叫ぶと呆然と立ち尽くしていたみんなが私を見た。
「私にもあれを!《視力》と《速さ》と《数》を!」
言うと、速水くんが一瞬で私の横に移動する。速水くんの手が肩に触れた瞬間、身体が軽くなる。
続いて愛川さんがやってきて私の目の横辺りに触れる。一気に視界が鮮明になり、いろいろな数値が視界の中を舞う。
「いいねぇ。まだ何かしてくれんのか。飽きさせねーな、《天候》。」
リッド・アークが手を開いたり閉じたりしながら私の方に身体を向ける。
「しぃちゃん。」
さっき倒れていた場所からルーマニアが運んでくれたのでしぃちゃんは縛られて動けないルーマニアの足元に寝っ転がっている。ムームームちゃんの治療のおかげか、肩の穴はふさがっている。それでもやっぱり疲労はとれないらしく、まだぐったりとしている。
その場所まで一瞬で移動した私は自分の作戦の効果を今さらながら実感しながらしぃちゃんに話しかける。
「しぃちゃんの刀……借りていいですか?」
「別にいいけど……どう使うにしても初心者にはちょっと重いし長いかな。」
そう言いながらしぃちゃんが自分の刀を鞘から引き抜く。すると中から出てきたのは包丁よりも少し短いぐらいの長さになった刃だった。
「ありがとうございます。」
私は刀を受け取る。
これで……リッド・アークの右目を斬る。
始めて実感することになる「人を傷つける」という行為。
私は刀を握り締める。
「ほう、それで俺の右目を潰そうってか。だがそれをするには俺と近距離でぶつかる必要があるな。いくら目がよくても近距離で飛んでくる攻撃には反応出来ない。砲弾とはわけがちがう。お前は俺を斬ることなく俺に殴られることになるが?」
「どうでしょうかね。」
私はリッド・アークを正面に捉える。
「それにぶつからずともこのチャクラムを飛ばせばお前は避けられずに切り刻まれる。さっきみたいなかすり傷じゃすまないぜ?」
「どうでしょうかね。」
「はっ、上等だ。」
リッド・アークが態勢を低くする。
「お手並み拝見だ!」
ジェットが噴射される。リッド・アークの背後でものすごい量の煙があがる。
私の目には超速で迫るリッド・アークが見えている。ほとんど身体が地面と水平になっている。
背中が数箇所、ゆっくりと開いていく。
おそらくあの輪っか(チャクラムとか言ってたか)を飛ばそうとしている。
私はイメージする。一つの《天候》を。
発動する。最後の作戦を。
「快晴っ!」
度重なる砲弾、その他の大きな攻撃のせいで舞っていた砂煙が一瞬で吹き飛ばされる。
空に浮かんでいた全ての雲がいなくなる。
空にあるのは太陽のみ。
急激に明るくなった戦場で私は刀を構える。
リッド・アークは目を見開いている。驚愕の表情というよりは何が起きているのか理解できないという顔だ。
私の方に飛ばすはずだったチャクラムが全てあらぬ方向に飛んで行く。目に軌道が映らなくてもわかる。あの向きで飛んで行ったら私には当たらない。
そしてリッド・アーク本人も真っすぐに私の方に向かっていたはずなのに左に逸れていく。
右目を狙う私としてはちょうどいい方向に。
例え放たれる攻撃の全てを避けることができなくとも、それが自分の方に来ないのなら何もしなくても当たらない。
「はぁぁぁぁああっ!!」
すれ違いざま、私はリッド・アークの右目を斬った。
「がぁぁぁぁあああぁぁっ!!」
そのままの速度でビルに突撃したリッド・アークからはそんな声が聞こえた。見ると両目を抑えて呻いている。
「くそぉ!何をした《天候》!!」
抑えていた両手を離し、血の涙を流しながら両腕をふりまわすリッド・アークはまわりの瓦礫を砕きながら叫んだ。
「何だあの光はぁ!」
「はは……何も見えなかったでしょう。」
ちらりと清水さんを見ると「わたし、やりましたよ!」というような顔をしていた。私は笑みを返し、リッド・アークの方に身体を向ける。
「そっちは私たちの側にどんなゴッドヘルパーがいるかを把握していた。だから援護としては最適な力……《明るさ》をうまく使えないと思ったんです。」
相手にとっての《明るさ》を操る力は何をするにしても有効な力だ。だけどその存在が知られているのなら「突然《明るさ》が変わっても気にしない。」と意識するだけで攻略されてしまうようなモロイものでもある。それに清水さん本人には戦う力がないからそれを鬱陶しいと思われれば真っ先にやられてしまう。
「だから……私はこの戦いの中で《明るさ》のゴッドヘルパーの存在を忘れさせることにしました。」
徹底的に清水さんには何もしないでもらう。最後の最後、ここぞというタイミングで活躍してもらう。清水さんは私の作戦の切り札的な存在だったのだ。
リッド・アークたちが真っ先に清水さんを潰そうとしなかったのは幸いというかなんというかだが。一応音切さんを傍につけておいたがここだけは幸運だった。
「実際、あなたは《明るさ》のゴッドヘルパーの存在を知っていたのに今、それの影響を受けて攻撃をはずしました。その存在を忘れていたからですよ。」
私が清水さんにお願いしたのは……私が《天候》を快晴にしたら相手にとっての「お日様の《明るさ》」を操作して相手に何も見えない状況を作ること。
《明るさ》の認識を逆転させて真っ暗と認識させても、その《明るさ》を最大限まで上げて明るすぎて見えないと認識させてもどちらでも良かった。どうやら清水さんは眩しくする方を選んだみたいだったが。
「まぁ……この心理的な作戦の考案者は私じゃないですけどね。」
私がちらりとルーマニアを見ると「やったな!」という顔でにんまり笑っていた。
ルーマニアは天使の軍と戦っていた悪魔のトップだった。こういう戦略とかそういうものは意外とお手の物だったりするのだ。
「なにはともあれ……これであなたには何も見えない。替えの目もないでしょう?」
私がそう言うと……目を閉じているので読み取りづらいがリッド・アークは驚いた。
「どうしてそう思う?」
「全身機械なのに目だけは生身って変ですよ。」
「人間の目って案外と高性能なんだぜ?」
「それでも……機械にした方が見えるものが増えるはずですし、こう言うのもあれですけどメンテナンスも簡単なはずです。それなのにそうしないってことは……目だけは特別ってことです。」
そう言うとリッド・アークはふっとため息をつき、頭をかきながら呟く。
「…………俺は機械の身体になったことで……人間の五感っつうものを失うことになったんだが……目だけは俺のものがいいと思ったんだ。」
リッド・アークは暴れるのを止め、私の方を向く。声で私の場所を捉えているのだろう。
「人間は外部の情報の大部分を目から得ている。機械の身体になること自体は嫌じゃなかった。だが、そうなると……俺はマイスウィートエンジェルを感じられなくなる。触れた時の感覚、声、臭い……そういうものが全て機械を通したただの情報とでしか俺は認識できなくなる……だから俺は……せめてその姿だけは俺の目で見たいと思ったんだ。」
苦笑いをしながらリッド・アークは腕をあげ、自分の左耳をつかむ。
そして左耳をとった。
「なっ!?」
私が驚くのをまるで気にせずに……とれた左耳をポイッと投げる。そして左耳のあった場所に人差し指を突っ込んだ。
指の付け根まで深々と差し込まれる人差し指。気分が悪くなってきた私にようやくリッド・アークが話しかけてきた。
「なぁ《天候》。《常識》っていつ頃身についたんだと思う?」
「いつ頃って……」
「お前だけじゃない。多くのゴッドヘルパーが感じたであろうジレンマ。自分の頭の中には明確なイメージがあるっていうのに頭の奥底にある《常識》が邪魔をするせいで引き起こしたい現象が引き起こせない。」
もっと小さな雲で雷とかを起こせないかと頑張っていた時、確かにそれを感じた。
自分の中に昔からある《常識》が邪魔をする感覚。何とも言えない感覚だ。
「そういう《常識》ってさ、もし無かったらどんなゴッドヘルパーも無敵になれるよな。知ってるか?かつて炎を操る《水》のゴッドヘルパーがいたんだとよ。」
指を突っこんだまま、ふらふらとおぼつかない足取りでリッド・アークが歩いてくる。
「資料を読んだぜ?お前が最初に戦った……《光》のゴッドヘルパー。あいつみたいにその《常識》について知りつくし、完璧にそれを操ってくる奴ってのは確かに厄介だ。でもやっぱり……何の《常識》にも縛られないゴッドヘルパーが最強だよな。そこでさっきの質問。」
リッド・アークが近付くにつれて音が聞こえてくる。まるでドリルがまわっているような……キュイーンという音。
「答えは生まれた時からだ。生まれてから今まで、俺たちは色んな《常識》を持ってしまった。もう今の俺らにはたどり着けない境地ってのがあるわけだが……それを覆すことができるのがマイスウィートエンジェルの力。」
仮に形容するのなら……「頭のねじを締めているかゆるめている」……そんな感じの音と光景だ。
「本来なら俺の身体は俺の脳からの命令で動く。その接続を一時的に切断し、別の脳に切り替える。その別の脳ってのは……USBみてーな記憶媒体でな、好きなプログラムを組み込めるんだ。」
私の五メートル手前で立ち止まるリッド・アーク。
「人間みたいな……感情とかの表現は出来ねーが、命令を忠実に実行するような脳を作ることができるんだな。今俺はそこにプログラムを書き込んでる。」
「……ご覧ください、ルシフェル様。」
「内容はこの場のゴッドヘルパーの殲滅。もちろん結や加藤は除く。」
「あれがお見せしたかったものです。」
「使用するのは俺の身体と……《反応》を管理するシステム。」
「ルシフェル様に気付いてもらうために起こしたこの戦いの締めくくり。」
「あんまり長く本来の脳と切り離すとまずいんで……切り替え時間は五分。」
「あれが……ゴッドヘルパーの真の力です。」
「これが俺の全力。今から五分間。俺は最強になる。」
言い終わると同時にリッド・アークの頭ががくんと下を向く。突き刺していた指も抜け、だらんと腕が垂れる。
まるでゾンビのような格好。
カチリ。
音がした。何かが斬り変わるような……スイッチを入れたかのような音が。
リッド・アークが顔をあげる。目は閉じたまま。そこには何の表情も無い。
ただ一言、小さく開いた口からこんな言葉を発した。
「プログラム開始。」
次の瞬間、リッド・アークの全身がパカパカと開く。そして無数の兵器が発射された。
「!!」
後ろに跳んだ私を追ってくるのはクレヨンのような小さいロケット。
『はるかっ!』
空が私のお願いを待たずに強力な竜巻で私を包む。ロケットは風に流され、竜巻の渦にそって上へ昇っていき、そこで爆発した。
爆風も吹き飛ばす竜巻の中にいる私は自分に影響がないことを確認して、あわててまわりを見た。
誰も倒れていない……いや、死んでいないと言うべきか。そんなことが奇跡に思える光景だった。全員が思い思いに避けたりかわしたりした結果、辺りが惨状となった。
無数の刃が地面に突き刺さり、いたるところにクレーターが出来ており、アスファルトは剥がれている。
「あによ今の!!」
翼がしぃちゃんを抱えて走っていた。動けなかったしぃちゃんの安全を確認し、そこで天使たちも動けないということに気付く。
「ルーマニア!」
「大丈夫だ!動けないだけで自分を守る障壁ぐらいは張れる!心配すんな!」
砂煙で見えないがルーマニアの声が聞こえたのでほっとする。
「……今ので全部だといいな……」
私が呟くと隣に速水くんが来た。
「先輩……あれはどういうことなんですか!?」
「私に聞かれてもわからないよ。ただ……あれが全力と言ったからには今まで以上に強いってことだよ……」
「目標を検索。発見。」
リッド・アークがぼそりと呟く。
発見ってどういうことだ?見えないはずなのに!
そう思うのもつかの間、リッド・アークは超速で砂煙から飛びだし……メリーさんたちの方へ飛んで行った。
「なっ!?」
何故今になってメリーさん達を!?
突如迫ったリッド・アークにリバースさんが反応し、メリーさんの前に移動して両手を前に出す。
リバースさんは《抵抗》のゴッドヘルパー。バリアーのようなものを作れるらしい。
確かに迫りくるリッド・アークはリバースさんの直前で何かにぶつかったかのように止まった。
だが、その停止も一瞬だった。
驚愕するリバースさんを飛び越え、リッド・アークは拳を振り下ろす。
狙いはメリーさん。
だがその拳が届く前にリッド・アークとメリーさんの間の空気がグニャッ歪み、リッド・アークが吹き飛ばされる。それと同時にメリーさんたち五人が何かに引っ張られるように私の真横に一瞬で移動してきた。
「っつ!なんなんですかあれは!」
たぶん《重力》を使って全員を移動させたのだろう、ジュテェムさんが息を荒くしている。
「わしのバリアーが……無効化された……」
リバースさんは自分の両手をわなわなとふるえながら見ている。
「はりゅかちゃん。」
メリーさんが私に話しかける。
「あちょこだと聞こえにゃかったんだけど……あいちゅはなんて言ってたにょ?」
「なんてって……脳を切り替えるだとか……最強になるだとか……」
「あいちゅは機械の身体なにょよね……脳を切り替えりゅ……なりゅほど。考えたわにぇ。」
「えっ……メリーさん、まさかあのゴッドヘルパーは前に《細胞》がやったあれを……!?」
チェインさんが目を見開いてメリーさんに尋ねる。《細胞》?
「まずいことになったわよ、ハーシェル。」
その呼び方はちょっと引退したいのだが……そんなことを考えてる場合じゃない。
「何か知ってるんですか?」
「あれと似たような状態を、あたくしたちは前に見たことがあるのよ。」
「状態……?」
「自分の頭の中にある《常識》をリセットすることで、何にも縛られない自由な発想とイメージを実現させる状態。人工的な第三段階……いえ、あれはもはやそれ以上……第四段階と言った方がいいのかもしれないわね。」
「じゃ、じゃあ今のリッド・アークは……」
「どんな現象であろうと、それが《反応》という言葉で示すことのできる現象なら……自由自在にコントロールできる状態ってところかしら?いつもなら頭の中の《常識》が邪魔して出来ないんでしょうけど……今はそれが可能になっている。」
「わしのバリアーも……それで消されたのか……」
「ええ……たぶん、「バリアーに自分がぶつかる」という行為の《反応》として起きる「自分の前進が止まる」という現象を「バリアーを打ち破る」という現象に変えたんでしょうね……」
「な……なんですかそれ!むちゃくちゃじゃないですか!」
「そうね……でも《反応》なんて突きつめればそういうことなのかもしれないわ。Aという現象が起きたらBという現象が起きる。それが《反応》でしょう?」
なんの皮肉なのか。いや、最高のパートナーと言うべきなのか。青葉が原因と結果の間の《仕組み》を支配するなら、リッド・アークは結果の部分を支配できるのだ。《反応》という形で。
吹き飛ばされて地面に叩きつけられたリッド・アークが立ちあがる。だらんと腕を垂らして立ちあがるその姿に私は恐怖する。
まるで目の前に獰猛な獣がいるかのような。
「ここはわたくしたちがおさえます!」
そう言うとジュテェムさん、リバースさん、ホットアイスさんが駆けだす。
「爆ぜろ!」
ホットアイスさんがそう言うとリッド・アークのまわりの空気が歪み、ドッという音が連続して響く。
空間のある一点の《温度》を急激に上昇させることで引き起こす爆発。その爆風に吹き飛ばされグルングルン回転するリッド・アーク。だが脚からのジェット噴射で姿勢を正す。
「はっ!」
リッド・アークが着地した所にジュテェムさんの《重力》が圧し掛かる。リッド・アークを中心に地面に放射状の亀裂が走る。
高重力に抗うようにリッド・アークが脚を踏ん張った瞬間、リバースさんが地面に触れる。すると氷の上にいるかのようにリッド・アークの脚が滑った。
バランスを崩したリッド・アークに何かが飛んでくる。凸レンズを覗いた時に見えるような丸い歪みがボールのようにリッド・アークに当たる。するとその歪みがまるでシャボン玉が割れるように消滅し、轟音と共にすさまじい威力の衝撃波でリッド・アークを吹き飛ばす。
「たたみかけんぞ!」
「了解です!」
ホットアイスさんがパチンと指を鳴らす。すると宙を舞っているリッド・アークを中心に五メートルくらいの空間が一気に歪む。そのまま爆発すれば私も吹き飛ばされていただろうその攻撃はジュテェムさんがパンと手を叩くことで、一瞬で圧縮された。
爆発しようとしている……正確には膨張しようとしている空気を《重力》で押さえつける。力尽くで押さえつけられた爆発は圧縮されたことでその威力を増し、さらに強力な爆発となる。
「今じゃ!」
リバースさんが両腕を前に出して叫ぶ。それを合図にジュテェムさんとホットアイスさんがリッド・アークから離れる。
次の瞬間、鼓膜が破れるかと思うぐらいの大音量が響き渡った。だが、その大規模爆発は私たちの方へは衝撃波を飛ばしてこない。まるで見えない壁に遮られているかのように、爆発はドーム状に起き、一定のラインから先には被害を出さなかった。
ただ、その中にいるリッド・アークだけを爆破した。
「す……すごい……」
私は思わず言葉が漏れる。
三人がそれぞれ強力な力を持っていることはもちろんだが、やはり驚くべきはそのコンビネーションか。
やはりこの人たちは強い。あれではリッド・アークもひとたまりもないだろう。そう思ったのだが……
「……ふざけた奴だぜ……」
ホットアイスさんが舌打ちしながら呟く。
爆心地のど真ん中にいたはずのリッド・アークが完全無傷で粉塵の中から出てきたのだ。
「厄介ね……」
私の隣に立つチェインさんが苦い顔をする。
「《反応》の力と本人の強度。あれじゃあ……」
「ど……どうすればいいんですかあんな化け物……」
私が少し上ずった声で言うとチェインさんが私を見る。
「策が……無いわけでもないのよ。」
「え……?」
「突くべき弱点は二つ。」
ものわかりの悪い生徒に教える先生のように、ゆっくりとチェインさんはしゃべる。
「一つは人間的思考が出来ない……機械的な思考しかしないために行動が単純だってこと。さっき、全方位に発射された攻撃があったでしょう?あれを何で全員が避けられたと思う?」
私の方に飛んできたのはクレヨンみたいなロケットミサイル。もちろん、その軌道は見えなかった。
「答えは簡単。まっすぐ飛んできたからよ。さっきまで投げてたチャクラムとかはそれなりにトリッキーな動きをするからあれだったけど……まっすぐ飛んでくるなら話は別でしょう?」
そうか。別に軌道が見えないだけで、何が飛んでくるかは確かに見えている。その飛んでくるものを投げたのが戦闘のプロであったから予想もつかない軌道を描いた。そのために素人である私たちには避けられなかったのだが……ただまっすぐ飛んでくるだけなら避けるのは簡単だ。
つまり、今のリッド・アークは何の考えもなしに武器をふりまわすぐらいの思考能力しかない……というわけだ。
「もう一つは……《反応》のゴッドヘルパーであることね。」
「え?」
「さっきも言ったけど……Aという現象が起きたらBという現象が起きる。それが《反応》よ。つまり、《反応》の力を使うには必ずAという現象が必要なのよ。ホっちゃんの爆発もね、例えば爆発が一秒続くものとすると……〇・一秒はもろに受けて、残りの〇・九秒を《反応》で打ち消した……そんな感じ。」
「……《反応》で無効化するにしても……一回はその攻撃をまともに受ける必要があるってことですか。」
「そういうこと。銃弾を撃ちまくっても倒れない。なぜなら最初の一発を耐えれば残りは無効化できるのだから。ならば倒す方法は一つ。」
「……一撃で倒す……ですか。」
「先輩。」
隣で話を聞いていた速水くんが提案する。
「山本さんのマグマならイケるんじゃないっすか?あれだけは必至で避けてましたし。」
「……マグマ自体は山本さんの管理下ではないから制御ができない。飛んでいる時はまだしも今リッド・アークは地面に立っているから狙いも正確にできない。」
「?なんの話ですか?」
「リッド・アークを……殺しかねないってことだよ。地面に立っているってことはマグマって言う銃弾の発射口に立っているに等しいから正確に……脚だけとか腕だけとかを狙えないと思う。」
マグマの噴火、その火柱の太さって言うのは山本さんの火山のイメージが強いから突然細くしたりはできないだろう。
つまりは大砲で遠くにいる人の腕だけを狙うのと砲口の目の前に立っている人の腕だけを狙うのとでは後者に無理があるって話なのだ。
「じゃあ……先輩の雷は?オレ見ましたよ?ほら、さっきあのでかいのを貫いたビームみたいなあれは?あれを細くしてお腹を貫けば……」
「今の私じゃ……あれをするには竜巻で照準を決める必要があるんだ。その照準を決めるための竜巻を標的にぶつけてから雷を撃つまでにラグがあるから……竜巻を無効化されて雷があらぬ方向に飛んでくのがオチだね……」
あれは……強いて言えば相手が《カルセオラリア》だったから当たったようなものなのだ。
「じゃ……じゃあどうすれば……」
一撃で……あの高重力や爆発を一瞬とは言え防いでしまうような身体を一撃で砕く攻撃……?そんなものがあるわけが……
私は自分の脚が震えるのを感じた。作戦は上手くいっていた。というか全て成功した。それでもまだリッド・アークは倒れていない。私の力では無理なのだ。《金属》や《変》、《エネルギー》に《ルール》、《山》、《明るさ》、《視力》、《数》、《音》……これだけそろえば敵はいないと思っていた。なのに倒せない敵。それどころか……《重力》のような圧倒的な力でも倒せない。
「私たちじゃ……勝てないのかもしれない……」
私がそう呟くとチェインさんがぷっと吹き出した。
「な……なにがおかしいんですか!」
「あはは。ごめんなさい。だってあたくしは既に勝利を確信しているから。」
私の頭の中を完全否定するセリフだった。
「だってあなたがいるものね。」
「っ……買いかぶりすぎです。私は……」
「ハーシェルこそ、自分を過小評価しすぎよ?」
チェインさんが余裕のあるにこやかな顔で私を見る。
「そもそも……そうね、ハーシェルはちょっと間違えていると思うのよ。」
「何をですか……」
「力の使い方。」
力……私に繋がっている《天候》を管理するシステム……それの使い方が違う……?
「あなたは第三段階なのに第二段階として力を使ってるでしょう。」
「……はい?」
「やっぱり。理解してないわね?あなたの相方はこんな大事なことを教えてないの?」
ちらりとルーマニアを見たチェインさんは視線をリッド・アークと戦う三人に向ける。
「この場にいるゴッドヘルパーはあなた以外は第二段階。あたくしたちが《非常識》なことを起こすやり方っていうのは……自分の中でその《非常識》を《常識》と認識し、そのことをシステムに読み取らせることで、システムに「ああ、これは《常識》なのか。」と思わせ、《常識》を上書きさせるというもの。」
チェインさんが私の方に視線を戻す。
「対して第三段階は……まぁメリーさんから聞いた話だけど……ゴッドヘルパー=システムという構図。」
もはやシステムと同義となったゴッドヘルパー。それが第三段階と呼ばれる状態。
「この二つには大きな違いがある。第二段階は管理者にお願いすることで《非常識》を引き起こすのに対して第三段階は管理者そのものってわけなのよ。だからね、第三段階であるハーシェルは第二段階とは違う方法で《非常識》を引き起こすのよ。仕組みが違うの。」
空は言った。私の願いを具現化すると。
「で……でも私は……まだイメージとかがちゃんとなってないと《天候》を操れませんし……さっきだって……」
「それはあなたがそう思っているから。意識を変革するのよハーシェル。あなたは《天候》を操るんじゃなくて《天候》なんだから。」
「私は……」
「《天候》は最早あなたにとっては身体の一部みたいなもの。手を動かすのにイチイチ強いイメージが必要?違うでしょう?」
そう言うとチェインさんがリッド・アークの方に歩きだす。
「じゃあ、あたくしたちが何とかしてる間にお願いね?」
「チェインお姉ちゃん、ちゃぶんあいつは……」
「わかってるわ、メリーさん。だからあたくしがいい援護になるのよ。」
にっこりとメリーさんに笑いかけ、視線を前に戻すとチェインさんはよく通る声で叫んだ。
「三人とも!ちょっと離れて!」
チェインさんがそう言うとジェテェムさん達はその場から後退する。
「タネはわかってるのよ、リッド・アーク!」
チェインさんが両手をバッと横に広げる。だが、特に何も起きない。
《食物連鎖》のゴッドヘルパー。その力は基本的に生物のいる所じゃないと真価を発揮しない。一体何をしたのかと私が疑問に思っていると突然リッド・アークがキョロキョロし出した。まるで道に迷った人のように。
「グッジョブだぜ、チェイン!」
「気休め程度よ。せいぜいちょこっと狙いをそらす程度。」
「いえいえ。十分な援護ですよ。それに、わたくしたちがトドメをさすわけではありませんし。」
「というかできんしのう。」
四人は四人しかわからない現象をきっかけに再び攻め始めた。
「……どうして私にそんなに期待するんだろう……」
私はどうしようもなく立っている。何をすればいいのかわからない。意識の変革と言われてもそんな突然はできないだろうし……何を何に変革すればいいんだ……
「むじゅかしく考えにゃくてもいいと思うにょよ。」
微妙に聞き取り辛いしゃべり方のメリーさんがボソッと言った。
「やり方とか、ぐちゃいてきな攻撃ほーほーとかは置いておいちぇ……しょうね、とりあえじゅ片手にかんがえりゃれる悪天候をちゅめこんでみちゃら?」
考えられる悪天候。片手に詰め込む。
……ええぃもう、こなったらやけくそだ。私は第三段階!それだけで理由は十分!
「空、私の想像を頑張って具現化してくれる?」
『あは。なんでもいいよ。どんとまかせてね。』
さっき《カルセオラリア》にぶつけた嵐以上のものをぶつけてやる。
風速はカテゴリー5。
雷は十億ボルト、五十万アンペア。
雹嵐、吹雪、何でもござれ。
「地球をひっくり返す《天候》をこの手に!空!」
『あはは。』
《箱庭》が私の右手に生まれる。ただその色は青ではなく、どんよりとした黒だ。
「……しゅごいにょ作ったね……」
メリーさんが目をまんまるにしている。作れと言った本人が。
まったく、なんで私はそんなに期待されているんだ?第三段階っていうのがどれほどすごいのかなんて私にはわからない。そんなに戦いの経験があるわけじゃないし。でも、適当にイメージした嵐は確かに右手に出来た。きちんとしたイメージなんかしてないのに。
さっきまでうんうん考えて雷とか落としてた私はなんだったんだか。
いや……違うか。あれはたぶんきちんとしたイメージがないとできないんだろう。でも今のこれはただ単に悪天候を詰め合わせただけだ。内容で言えばこっちのほうがはるかに単純だ。
しっかし……こんなにやけくそになったのは久しぶりだなぁ。どうとでもなれというやつだな。小さい子が腕を振りまわして突撃するようなもんだ。だけど……今の私にはそれぐらいしか出来ることが残ってない。
なら……みんなの期待通り、ぶつかってあげましょう!
その分みんなは私を助けくださいね!
「行きますよーっ!」
私はありったけの声で戦う四人に向かって叫んだ。そして四人の反応を待たずに走る。
四人が動く。その絶妙なコンビネーションでリッド・アークが私の走る直線上に出る。
リッド・アークは突然走ってきた私に気付き、四人に押されるまま私に向かって走り出す。いや、走るというよりは跳ぶか。
単純な機械的思考しかできない。そのせいなのか、強化された私の目には何の構えもせずに突っ込んでくるリッド・アークが見える。さっきまでと同じように、一発目を自分の硬さで防いで《反応》で反撃するつもりなのか。
「だけど。」
そんなことは許さない。一発で終わる。
「これは。」
なぜならこれは私の考え得る全ての悪天候。
「たぶん。」
未だに予報しかできない《天候》の……
「史上最悪の、」
私の本気。
「災害だから。」
私の右手が。《箱庭》が。黒い球体が。
一瞬ぐらいなら防げるとやってきたリッド・アークのちょうどお腹に触れる。
破裂した《箱庭》から放たれる雷が触れた部分を消し炭にし。
黒くなった部分を超高速で回転する氷の粒がやすりのように削る。
それの繰り返し。
結果として。
リッド・アークの胸から下は消滅した。
「俺は……負けたのか。」
私の足元には上半身だけのリッド・アーク。そして、私たち二人を囲むようにみんなが集まっている。ケガを受けている人はそれぞれのパートナーから治療を受けつつ眺めている。
リッド・アークの横には青葉と加藤もいるが共に意識はない。
「サマエル……」
ルーマニアが呟く。
サマエルは……よくわからない。リッド・アークが倒れた時は確かにいた。リッド・アークの名前を叫んでいた。負けたのが信じられないというような表情だった。
そのままサマエルとも戦うことになるかと私は身構えたのだが……突如その表情をさらなる驚愕に変え、そこには何もないのにサマエルには見えているかのように、数秒私たちから視線を外し、横を見た。そして忌々しそうに顔を歪め、リッド・アークをちらりと見た後に……その場から消えた。
「最初っから最後まで……」
サマエルのことも気にはなっていたのだが、リッド・アークがぽつぽつとしゃべり出したので私の意識はそちらに向く。
「お前にかき回されっぱなしだったな……《天候》。」
「私は途中から驚きの連続でしたけど……」
「今回の戦いは……ゴッドヘルパーの存在を世間に知らしめ、サマエル様が尊敬するルシフェルとかいう天使にゴッドヘルパーの力を見せつけることだった。だからよ、後者はただ戦えばいいからいいとしても……前者を実行するには《時間》を真っ先に倒す必要があったわけだ。」
《時間》のゴッドヘルパー。メリーさんの力でこの大騒ぎを無かったことにする。それが私たちの最終的な目的。
「開戦と同時に《時間》を攻撃しようとしたら……俺の方に大人数がやってきて、対空砲火されたわけだ。何とかお前らの能力を解明して避けられない攻撃とかを撃ったら……キャノン砲とウイングが木端微塵。あげくお嬢様が本気でぶつかって来た。結はバカみたいに《常識》を捻じ曲げる剣士にやられ、《カルセオラリア》は宇宙旅行。本戦前に加藤は倒れるし……何一つ上手くいかなかったぜ。」
「それで……あの状態を?」
「五分間。俺は最強になれる。仲間が全員やられた時点で作戦を完遂させようとしたらあれしかねーわけだ。とりあえず《時間》だけは消そうとしたんだが……ほっといた《天候》にやられた。まったく……」
「ああ……聞きたいんですけど、両目が見えないのにどうやって?」
「普段はわからねーが……あの状態になると感じ取れる《反応》があんだ。生活反応って知ってるか?生きてるだけで生き物は《反応》してるんだよ。」
生活反応。そんなものがあるのか……
「んで……?この後は?」
「てめーのゴッドヘルパーとしての記憶を消す。《仕組み》も《優しさ》もな。」
ルーマニアが例の輪っかを片手にやってくる。だがそれをリッド・アークはなんとも楽しそうに見ている。
「最後の反撃だ、《天候》。」
私はドキッとしながらリッド・アークを見る。
「俺はこんな状態になっても生きてるが……それは結の力があってこそだ。仮に俺の身体を修理したとしても結の《仕組み》の力がないと俺は死ぬ。」
「死っ……」
「対して結も、身体の中にとある異物を埋め込んでいる。俺の力なしには拒絶反応が起きて死んでしまうようなものが相応の場所にな。」
「なんでそんなことを……」
「俺が機械になった時に気付いたんだよ。ほれ、愛し合う者としては死ぬ時も一緒が良いだろう?結が死ぬと俺は死ぬがその逆は違うわけだ。結もな、俺が死ぬ時に死にたいって言ってそうした。」
「狂ってやがるなお前ら……」
ルーマニアの意見には賛成だが……そういう愛の形っていうのもあるのかもしれない。私にはまだわからない世界だ。
「さぁ、どうする?天使的にも人間的にも人殺しは気分悪いだろ?」
「あちゃしは。」
私とルーマニアが何か言う前にメリーさんが言った。
「天使の協力者じゃにゃいから……別にあんちゃらが死んでみょ構わにゃいんだけど。」
メリーさんがリッド・アークに手をかざす。
「ここで殺しちゃらそこの《天候》の気分が悪くなって世界中雨になりかねにゃいからこうすりゅ。」
メリーさんが手をかざしたと思ったら……リッド・アークの身体が元に戻りだした。まるでビデオの巻き戻しのようにみるみると。
「メリーさん!?」
「大丈夫よ《天候》。もっと戻すかりゃ。」
五体満足の状態になったと思ったら赤いアロハが突然出現し、右腕にキャノン砲、背中にウイングが装着される。そして……
「まさか……《時間》、てめぇ……」
装着されたキャノン砲とウイング。それらが再び消えて。そして……いきなり右脚が消えた……と思ったらすぐに出現。そんな現象が身体のあちこちで起き始めた。
「……これで終わり。」
メリーさんがふぅと息をつく。目の前にはただの赤毛で赤いアロハの男が一人。
「……まさかな……俺を人間に戻すたぁな……」
その言葉の意味する所は……つまり機械の身体じゃなくなったということだ。リッド・アーク本来の肉体に戻されたわけだ。
「ふん。みんにゃが頑張ったからそんなに《時間》を巻き戻す必要が無くなったかりゃ……特別にゃにょよ。」
そういうとメリーさんは青葉の方にも歩いていく。その異物が埋め込まれる前に戻すのだろう。
「……最初っからメリーさんが戦ってれば良かったんじゃ……」
私が呟くとジュテェムさんが答えた。
「さすがのメリーさんもあんな風にびゅんびゅん空を飛びまわれたら《時間》を戻すのに狙いが定まらないんですよ。」
私がなるほどーという顔をするとリッド・アークが鼻で笑った。
「ったく……せっかくの元気な身体なのにな……この人数相手にして勝てるわけねーしなぁ……くっそ、だまって記憶消されるだけかよ……」
「でも……ゴッドヘルパー関連の記憶だけですから青葉さんの事は忘れませんよ。」
「まぁ……それだけで十分……か?夢はかなわねーがな。」
「夢?」
「俺らがサマエル様の下についた理由だ。」
「聞いてもいいですか?」
「死ぬ時は一緒っつったが……できれば死にたくはない。長く長く愛し合っていたい。そこに立ってる天使らの年齢は知ってっか?サマエル様は《常識》のゴッドヘルパーになったら天使とかのそういうバカ長い寿命を俺らに適応させてやると約束してくれたんだ。」
「……最初っから最後まで愛ですか。」
私が笑うとリッド・アークは真面目な顔で言った。
「愛こそが全て。そう感じる時がお前にも来るだろうぜ。」
その言葉を最後に、リッド・アークの記憶の消去が始まった。
「さて……ちょっとの間このままだ。」
青葉と加藤にも同じような輪っかが乗っけられている。
「それじゃあちゃしの仕事もやっちゃうね。」
メリーさんはポケットから子どもの手に収まる程度の大きさの懐中時計を取り出した。
「世界の巻き戻し。開始。」
めまいとか吐き気とか……違和感すら感じない。ただ目で見てわかるのは亀裂の入った地面や建物が修復され行くこと。そしてまわりに大勢いた野次馬の皆さんが突如後ろ歩きし出したことだ。
「ホントに巻き戻しなんですね……」
ぎゅんぎゅん巻き戻る世界。あっという間に戦いの前の状態に戻る交差点。そしてある時点で巻き戻しが止まり、世界が止まった。
「それじゃ……かいしゃんだね。」
このまま《時間》が動き出すと交差点のど真ん中に変な集団がいるという構図になる。とりあえず全員がばらけた方がいいわけで、それが自然と解散になるわけだ。
「メリーさん……?お前らには世話になったな。」
ルーマニアが話しかけるとメリーさんは少し厳しい顔で答えた。
「……根本的に、あちゃしらとあにゃたらは考え方が違う。こんどは敵かもしれにゃいね?」
メリーさん達はいい形でゴッドヘルパーの存在を公にしたいと願っている。今回はたまたま利害が一致しただけ……か。
「まぁ……こっちとしてもそっちちょは戦いちゃくないけどね。さっきの《天候》、あれがそれなりの大きさになっちゃら一つの国を滅ぼせるものね。」
そう言いながら私を笑顔で見るメリーさんは少し怖かった。
その後、《時間》は動きだし、交差点には始めの人混みが戻る。
私たちに近づいて何か言う人も、写真を撮ろうとする人もいない。全てがなかったことになったのだ。
ぐったりとしているしぃちゃんと私と翼はしぃちゃんの家の広い畳の部屋に寝っ転がった。
「……疲れた。」
大きな戦いが一つ終わった。わからないことは多いし、謎だらけなこともある。それでもとりあえず、私たちはそこで眠りに落ちた。
一週間後、私が戦艦のプラモを《カルセオラリア》のことを思い出しながらいじっているといつものように窓辺にルーマニアが現れた。
「事後報告だ。」
あの後、私はネットや新聞なんかを注意して見ていたのだがあの戦いのことはこれっぽっちもなかった。メリーさんが《時間》を巻き戻したのだから当然なのだが……あれだけのことが世間的には「なかったこと」っていうのがやっぱり信じられない。
「とりあえず……全て元通りにはなった。」
ルーマニアの言う元通りというのは私たちのことだ。一時的に終結した関東担当のゴッドヘルパーと天使は再びそれぞれの持ち場に戻った。ルーマニアの言う通り、担当者がいない間に事件が起きた所はなかった。サマエルの性格とは言え、これはありがたい。
私たちの高校に転校してきた(別に他の学校にいたわけではないから転校とは言わないのかもしれないが)アザゼルさんは……転校した。先生の所に突然電話がかかってきて、「転校するのだよ。」の一言で切れたそうだ。まぁ実際はクロアさんと一緒にイギリスに帰ったわけなのだが。
「別にイギリスに住んでるわけじゃねーがな。今までイギリスで暴れてたリッド・アークがいなくなったからか、あいつ暇そうにゲームしてたぞ。」
クロアさんと言えば、しぃちゃんと仲良くなったらしく、しぃちゃんが「海外にようかんを送るにはどうすればいいんだ?」とか聞いてきた。
クロアさんの力……こうなったからにはアザゼルさんも何のゴッドヘルパーであるかは教えただろうけど……どうなったかな。
「……少し気になってたんだけど。」
「何がだ?」
「クロアさんがあんなデタラメな力を持ってたから納得しちゃってたけど……南部さんの《数》の力が効かないあの輪っか……チャクラムだっけ?なんであれを正確に撃ち落とせたんだろう?」
軌道は見えないはず。元々銃を使って戦ってたからそれぐらい朝飯前ですわとか言われたらそれまで……ってそんなわけない。
そもそもイギリスでリッド・アークと戦ってた時はどうやって戦ってたんだ?クロアさん自身はただのお嬢様じゃ……?まさか最近のお嬢様は戦闘技術まで!?
「ああ、それか。どーもそれもクロアの力らしい。」
「というと?」
「リッド・アークに初めて会った時、クロアの奴はこう言われたらしい。『か弱いお嬢様が戦闘ねぇ……なんかの漫画の設定でありそうだな。』って。」
「……それを否定したのか……」
「その瞬間、か弱くないお嬢様が誕生したってわけだ。」
「デタラメだなぁ……」
それじゃぁリッド・アークは自分でわざわざ強力な敵を作ったってことになる。なんてこった。
「次に速水と音切だが……」
天使から協力者になってくれないかと頼まれたわけではないのに戦ってくれた二人。特に速水くんなんかは突然の突然であの戦いだったから、我ながらキツイことお願いしたなと思った。思っていたら速水くんが「それじゃあこう……可愛い子を紹介して下さいよ。できれば胸が大きい……」なんてことを頼まれてしまった。
「速水はまだだが……音切にはパートナーがついたぞ。」
「芸能人はいざって時に動けないから面倒って言ってたよな?」
「それでもいいって奴が……というか歌手っていう仕事に興味を持った奴がいてな。聖歌隊ってわかるか?」
「アーメンアーメン言いながら教会とかで歌う人達のことか?」
「アーメンアーメン言いながら歌う聖歌隊は見たことねーな。まぁそんなとこだ。その人間達の聖歌隊っていう文化の大元はオレ様達でな。」
ルーマニアが言うに、どうやら天使たちの戦いをサポートするために力の込められた言葉を歌う天使たちっていうのがいるらしい。
「その中の一人が人間の歌に興味があるとか何とか言ってな。」
なるほど、歌手ペアか。どんな人……天使なんだろう?楽しみだな。
「リッド・アークたちは無事記憶を無くして……普通に生活してるな。」
「無事記憶をなくしてって……変な話だな。」
「そんで……メリーさんたちはな……」
《すごいぞ強いぞ頼りになるぞスーパーハイパーアルティメットジャスティスな私たちはみんなの笑顔を守るため悪い奴らをバッタバッタとなぎ倒し平和で愉快な世界を作ろうとがんばる絶対無敵の救世主だぜいぇい》(メモを見ながら)の人々は姿を消したとか。天使たちに見つけられないって時点でやっぱりすごいなぁ。敵になるかもとか言ってたが、私だって嫌だ。
ちなみに《情報屋》も消えたらしい。音切さんとのつながりもなくなった今、もう二度と会うことはないかもしれない。紙袋の下の素顔を見たかったなぁ。
「最後にサマエル。」
リッド・アークを置いて急にいなくなったサマエル。どうやら世界各地に出現しているらしい。何をしているのかはわからないが今まで以上に見つけやすくなったとか。
「何を焦ってんのかわかんねーが……身を隠す魔法の一つも発動させずに来るからな、何度か天使の軍とぶつかったらしい。だがまぁそこは現役の悪魔の王。天使軍はボコボコだとよ。」
サマエルがそんなんだからか、世界各地で起きていた「ゴッドヘルパーにゴッドヘルパーであることを教えて、呪いをかけたりして操る」という行為が減ってきているとか。逆に今までに自覚した奴が暴れるのを見て、自分で気付いてしまう奴が多くなっているらしい。
「もしかしたらサマエルの傘下じゃないゴッドヘルパーが興味半分で暴れて、オレ様らの仕事になるかもな。」
「面倒だな。」
「面倒だ。」
ルーマニアがふぅとため息をつきながら思いついたように聞いてきた。
「おう、そういやお前のとこの生徒だっつーあの三人はどうなったよ。」
「勝又さんたちか?何もないよ。普通に戻った。」
「そうか。そりゃよかった。」
「……私も「そういえば」で聞いておきたいんだが。」
「んん?」
「ほら、確かあの戦いでルーマニア、ドラゴンになったじゃないか。あれについては怒られたりしなかったのか?」
改めて神話を調べてみると「黒い竜」はそうとうな大物……ルーマニアの言う「上の連中」が文句を言ったりしないんだろうか?
「ああそれか。下であれになるのは確かにまずいかなーとは思ってたんだがな、どーもあれになったことで上の連中がオレ様っつう存在の恐ろしさを思い出したみてーでな、なんか突然敬語になったりしたぞ。」
「それは……よかったな。」
所変わり、ロシア。
辺り一面銀世界。そこには大地を覆う雪しかない。
その大雪原を駆け抜ける者達がいた。
その数は千人。老若男女問わず駆ける彼らは個々に走っているわけではない。
横に二〇人並んだ列が五〇列。きれいな長方形を少しも乱さずに走っている。見ればその足並み、手の振りからあごの角度から呼吸まで、ありとあらゆるものがそろっている。
どこかの軍隊のような彼らの前方には数人の人影。
こちらは協調性の「き」の字も見られない程に個々が独特な格好をしている。
その中の一人が迫りくる千人の方へ一歩踏み出す。
そいつは女だった。年齢は二十代後半あたりか。腰のあたりまで届く長い銀髪はまったく手入れをしていないのか、髪の毛の一本一本が思い思いの方向に伸びており、正面から見ると扇子を広げたように広がっている。水色の瞳がきれいな顔に収まっており、白い肌が美しさを引き立てている。
着ているのは足首まで隠れる白いコート。そのままなら彼女は保護色としてこの場所では雪の中にまぎれて姿を見つけられないだろう。だがそうはならない。
女にはひもが巻きついている。たすきのようにかかっているもの、腰に巻きついているもの、首にかかっているものと色々だ。そしてそのひもには尋常じゃない数のメガネがかかっている。それらはカラフルなレンズをしており、サングラスのように黒いものもあれば左右で色が違ったり、レンズに変な模様が入っているものもある。そんなメガネが身体のあちこちにかかっているので白いコートは適当に絵具をぶちまけたような色合いになっている。
女は身体に巻きつくメガネの中から一つを乱暴に掴み、それをかけた。
レンズの色は赤。
女は迫り来る彼らを見た。すると突然、先頭の五列が雪を舞いあがらせつつきれいに吹き飛んだ。
そのことも異常だが、それよりも異常なのが後列の彼らだ。吹き飛ばされた百人など見向きもせずに走る彼らのペースはまったく落ちない。
だがそんな彼らも女が軽く首を傾げるだけで前列と同じように吹き飛ぶ。
十数秒後、女の前には千人の老若男女が横たわっていた。
「バカ正直に突っ込んでくるバカがいるぅ?バーカ。」
その容姿からは想像できない乱暴な口調で女が一人呟くと後ろに立っている人物が口を開いた。
「その「バカ正直」を実行させてしまうのが彼の実力。と、小生は思っているが如何に?」
その人物は頑固そうな厳しい顔をした男だった。強いて言うならフランケンシュタインのような顔である。それに加えて屈強そうな身体もより一層、男をフランケンシュタインに近付けている。
これで上半身が裸だったりすると化け物感が増すのだがさすがにそれはなく、いたって普通の格好で、厚手のコートにマフラーをしている。それだけなら少し図体のでかいだけの男性だが、男はリュックを背負っている。漫画に出てくるような「家財道具一式詰め込みました」的にまるくふくらんだリュックである。何が入っているのかはわからないが明らかにリュックの許容量を超えている。
「あぁん?んなことあたしに聞いてどうすんだよ、バーカ。」
「言い争いをしてる場合か?」
凛とした声で会話に入った来たのは細い男だ。
「まわりを見ろ。操り人形が立ち上がりつつある。」
男の指摘でまわりを見る銀髪の女の目に映ったのはさきほど宙を舞った彼らが無言で立ちあがる光景だった。
「従順。いい力だよなぁ?殺しちまうのが惜しいっつーんだよ、バーカ。」
「その「バーカ」は誰に対するものなんすか?」
銀髪の女、リュックの男、細い男、その他数人の面々の中心に立っていた男が笑いながら言う。
真っ黒なスーツに身を包み、サングラスをかけた男。髪はオールバックで耳にはピアス。この極寒の地でピアスをするという命知らずの名前は……鴉間 空。
「んん?あたしらとあのバカに対してに決まってんじゃん、バーカ。」
「今のはあっしにっすね。」
特に気にしていないのか、にっこりと笑いながら鴉間は前を見た。そこには千人の彼ら。彼らは鴉間たちをきれいに円形に囲み、じっとしている。
そしてそこに、千一人目が歩いて来た。
「説明はあるんでしょうね?」
ヨーロッパの貴族が着ていたような派手な装飾が目立つ服を身にまとい、仮面をつけた人物が千人の彼らの後方に現れた。顔は見えないが、その声でこの人物が男であるとわかる。
「目的はなんですか?」
その男がつけている仮面は目の所に穴があいているだけの真っ白なものであり、見る側に恐怖を与える。
「はん!あえて言うなら、あんたの素顔を見に来たんだよ、バーカ。」
「そうっすねぇ。あっしも気になる所っすよ。」
「鴉間。貴方が何故こんなことを……」
仮面の男は銀髪の女のことなど眼中にないかのように、鴉間だけをじっと見ている。その態度に気付いた銀髪の女が舌打ちと共に首を鳴らす。すると仮面の男のいた所が吹き飛ぶ。
「舐めた態度とってんじゃねーぞ、バーカ。」
「貴女こそ、ここで私に勝てるとでも?」
仮面の男はいつのまにか千人の彼らを飛び越え、鴉間たちの目の前に移動していた。
「《仮面》のゴッドヘルパー。通称、ミスター・マスカレード。あなたもこちらに来ないっすか?」
鴉間のその言葉を合図にしたかのように、千人の彼らが一斉に跳びかかる。仮面の男はこれまたいつのまにか移動し、千人の彼らの後ろにいた。
「人海戦術はあっしには効果ないっすよ?」
鴉間がそう言った瞬間、千人の彼らの身体が一人残らず上半身と下半身に切断された。
雨のように降り注ぐ鮮血はなぜか鴉間たちを避けて降り、銀世界を赤く染めた。
「ちょっと、グロイんだよ、バーカ。」
「そうっすね。」
鴉間がくいっとあごを出すと、内臓と血液を巻き散らかす肉塊は一瞬で消えた。
「とりあえずサメの名所に捨ててきたっす。サメたち大喜びっすね。」
残ったのは赤い雪のみとなった。
「《仮面》をつける理由は何か?自分であるということを隠すため?別の何かになりたいがため?理由はいろいろっす。でもこれだけは言える……《仮面》をつけるということは特定の集団の中で一つの統率された集団の下に入るということ……確かそう言ってたっすよね?」
「……人間は社会に属している時点で《仮面》をつけている。社会に適応するために自分の本能を押し殺し、がまんにがまんを重ね、自分を偽りながら生きている。その偽りという名の《仮面》は社会によって統率されている。故に……全ての人間が他人と同じように生まれ、育ち、食べ、眠り、働き、生み、死ぬ。《仮面》とは隠す、だますの代名詞であり、かつ統率された集団というモノの象徴だ。」
「それがあなたの力……何であろうと、一つの集団ならば同じ《仮面》をかぶせることで統率し、コントロールしてしまう……すごいっすよね。同時に千人もの人間を操れるんすから。」
「同時に千人殺せる貴方も十分すごいと思うが。さて、もう一度問う。何故こんなことを?」
仮面の男……ミスター・マスカレードの質問に鴉間は笑いながら答えた。
「あっしは《空間》のゴッドヘルパーっす。そしてゴッドヘルパーという存在はシステムが管理する《常識》の影響を受けてその性格や思考パターンが作られるっす。」
「何をいまさらな……それが何か?」
「生まれた時からまわりの《空間》を感じ、把握出来てしまう《空間》のゴッドヘルパーは一体どんな性格になると思うっす?」
「……?」
「答えは―――っすよ。」
「っ……!」
雪が動く。降り積もった雪は一つの集団と見なされ、ミスター・マスカレードによって統率された。
「そんな理由でこんなことを!!」
ミスター・マスカレードの立っていた雪が盛り上がり、一瞬で数十メートルはある雪の巨人が出来あがる。
「まさか他のメンバーも……!」
「そこまではしてないっすよ。仲間にすると心強い力を持っているゴッドヘルパーに声をかけているだけっす。」
「断ったメンバーはどうしてきたんですか!」
雪の巨人の拳が振るわれる。拳は鴉間たちが立っていた場所に突き刺さった。
「どうしたって……」
当然のように避けた鴉間たち。そして鴉間は瞬間移動し、ミスター・マスカレードと同じ高さにいた。
「死んでもらったに決まってるじゃないっすか。」
鴉間が腕を横に振る。ただそれだけで雪の巨人は粉々に砕け散った。
「なんてことを……」
ミスター・マスカレードは巧みに雪を操って着地する。が、その目の前にはすでに鴉間がいた。
「こんなことをしても……無駄だと思いますが。」
「なぜっすか?」
「サマエル様は《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパー。貴方が如何に強くともそれはあの方の前では意味を持たない。」
その時、鴉間は笑った。その笑みを見たミスター・マスカレードは動けなくなる。鴉間の口がゆっくりと開いた。
「いくら《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーと言っても……所詮は第二段階っすよ。」
鴉間がサングラスに手をのばし……外す。
雪が舞った。鴉間とミスター・マスカレードを中心として雪が吹き飛び、そこだけ茶色い地面が覗く。
「そ……そんなことが……バカな……」
ドサッと地面に座り込んだミスター・マスカレードは鴉間を見上げる。
「別にカッコつけるためにこれしてるわけじゃないんすよ。」
鴉間の顔がミスター・マスカレードに近づく。互いの息が届く距離だ。
「あっしがしているのはあなたを誘うということっす。」
あまりの圧力、存在感にミスター・マスカレードの仮面にひびが入る。
「さぁ……返事を聞かせてくれっす。」
友人に読んでもらった際、「まさかこいつが裏切るとは……」という感想をいただきました。
いきあたりばったりで書いていた私としては、彼にはとある立場であって欲しかったわけでして、その為の裏切りなのですが……
読んで下さった方々は、どう感じたのでしょうか。