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今日の天気  作者: RANPO
第三章 ~RED&BLUEハリケーン~
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RED&BLUEハリケーン その3

第三章 その2の続きです。

 両陣営、交差点の隅へ行く。真ん中で相対するのは……しぃちゃんと勝又さん。勝又さんは《優しさ》の力の影響なのか……うつろな表情で立っている。道着を着ているが構えもしていない。まるで人形だ。

「操られる者というのは大抵こんな感じさ。でも、彼は武の道を行く人だから。心弾む相手には感情を抑えられないに違いない。まずはそこからだ。」

と、しぃちゃんは言っていたが……なにか解決策があるのだろうか。私も含めてしぃちゃん以外は誰も勝又さんの戦いを見ていない。前回、どのように負けたのかも知らない。だからこの戦いは純粋に……しぃちゃんのものなのだ。

 解決策のひとつなのか、しぃちゃんは何故か鉄パイプを何本か抱えている。どんな戦いが起きるのか。私にはまったく予想できない。

「では……ゆくぞ、勝又君!」

しぃちゃんは持っていた鉄パイプを上に放り投げる。あんなにたくさんの鉄パイプ……重いはずなのに軽々と投げたな……

「むん!」

しぃちゃんの掛け声と同時に、宙を舞う鉄パイプは一瞬で刃へとかわる。ちょうど……日本刀の「持つ」部分がない状態……ホントに刃だけの状態だ。そしてその無数の刃は地面に突き刺さっていく。まるでしぃちゃんのまわりにいくつもの墓標が立ったかのようだ。

「勝又君。わたしは真剣を使うが……君の命を奪おうとかは思っていないから安心してくれ。」

と言ってしぃちゃんは日本刀を取り出す。その一本だけ感じが違う。どっかで見たかな?……ああ、しぃちゃん家の道場に飾ってあったやつだ。

「……か……はめ……る……」

しぃちゃんが構えると勝又さんが何か言った。

「《型》に……はめる。」

瞬間、しぃちゃんが何の予備動作もなく、とんでもないスピードで勝又さんの方に跳んでった。

「甘い!」

そう叫ぶと同時に、しぃちゃんが勝又さんが立っている所よりも二~三歩手前で突然止まった。何だかよくわからないな。自分で跳んだわけではなかったのか?

突然停止したしぃちゃんはダンっと地面を蹴り、勝又さんとの間合いを詰める。勝又さんはそれに対応できず、しぃちゃんの一閃をその身に受けた。

「……!?」

無表情ながらも少し驚きつつ、勝又さんはポンポンとステップを踏んで後ろにさがる。道着の胸辺りが切れて素肌が覗いている。

「ふっふっふ。もう君の《型》は通用しないぞ!」

《型》……一体どういう戦法で戦っているんだ?勝又さんは。

「……」

勝又さんがゆらりとゆれ、キッとしぃちゃんを睨む。するとしぃちゃんがまたもやすごい速さで跳ぶ。そして……途中でしぃちゃんは停止した。今度は斬りかかることなく、停止した場所で優雅に構えている。

「……な……んで……」

勝又さんの顔には困惑の表情。信じられないという顔だ。恐らく……あのしぃちゃんが跳んで行く動きが勝又さんの仕掛けた攻撃なのだろう。動きの意味はよくわからないが……


「……ちっ……」

かすかな声が聞こえた。ふと前を見ると、敵陣営にいる加藤の表情が歪んでいる。はて?


「簡単なことだよ、勝又君。」

しぃちゃんは私たちをちらっと見る。そしてふふんっ♪と腰に手をあてて説明し出した。なんだか犯人を言い当てようと自分の推理を語る探偵みたいだ。

「勝又君は《型》のゴッドヘルパー。わたしを空手の《型》にはめ、攻撃を一〇〇パーセントの威力と命中率でもって当ててくる。一瞬で勝又君の間合いに移動させられ、わざわざ攻撃を打って下さいという格好にさせられるわけだ。勝又君は空手の実力者だから……そんなことをされるとどうしようもなく一方的にやられてしまう。」

ああ……わざわざ私たちに説明してくれている……きっと自分たちの攻撃の意味とかをぺらぺらとしゃべる戦隊ものの悪役の影響なんだろうなぁ……

「なんとかして《型》を攻略しなければならないわけだが……わたしは気付いたのだ!《型》にはめられた時、わたしはなにも瞬間移動して勝又君の前に移動するわけではないことに!だったら話は簡単だ!《型》にはめられる前に何かほかの物に体を固定すればいいのだと!」

しぃちゃんは片腕を広げ、まわりに立ちならぶ刀を指す。

「その刀からは極細……目には見えない極薄の刃がのびていて……わたしにからみついている。」

極細極薄の刀。確かしぃちゃんが離れたところを攻撃する際に飛ばすやつだ。

「君の方に移動させられても、この刀が私を引き止めるのだ。もちろん刃の向きを調節してわたしにふれるのはみねの部分だからわたしが斬れることはない。」

つまり……勝又さんの力で強制的に移動させられるのを……極細の刀、言ってしまえばワイヤーで体を固定することで回避しているわけだ。

「まぁ?もちろんまわりに刺さっている刀をどうにかすればこの作戦は破られるわけだが……どうにかできるわけもない。なぜならあの刀は《金属》。わたしの……管理下にあるのだ。外見を変えるだけの《型》よりも、そのものの本質を管理しているわたしの望むことを形にしようとするはずだ!だからあの刀は決して「形が変わる」ことも「地面から抜ける」こともない。わたしがそう決めたのだから!」

クリス戦の時よりも……ゴッドヘルパーの力のコントロールが上手くなっている。……しぃちゃんはああいう性格だから、ゴッドヘルパーのことを理解すれば強くなるとは思っていたけど……すごいな。

「さぁ!どうする?君は自分からこちらに来なければなくなった。しかし君の腕の長さよりもわたしの刀の方がリーチは長い。その分間合いも広い。普通に来れば確実にわたしの方が攻撃が速いぞ?」

そもそも……徒手空拳と武器有りでは武器有りが圧倒的に有利なのだ。それを今までくつがえしていた手段が封じられたとあっては……勝負ありではないか?

「……は……あははは。」

勝又さんの無表情が崩れ、笑顔になった。

「さすがだなぁ……いやー、わくわくする。」

さっきまでの無反応がうそのようだ。《優しさ》の支配が弱まったのか?……そうか、これがさっきしぃちゃんの言っていたことか。「心弾む相手には感情を抑えられないに違いない。」


 「くそ……」

「なんだよ、加藤。お前の支配が弱まってんぞ?」

「……所詮は《優しさ》を上書きしたに過ぎないからな……私のお願いをきく《優しさ》。かなり奥の方まで支配したんだがな……あいつの湧き上がってきた感情を抑えられなかった。」

「んじゃ支配が解けんのか?」

「そこまでは至ってない。支配率が下がっただけだ……」


 わたしは強い。そう言われてきた。大会で出会った人たちは言う。「強いね。」「すごいね。」と。だがわたしは知っている。大会に出場していないだけで、わたし以上の強さを持つ者なんていくらでもいることを。目の前の男もそうだ。「道」は違えど、純粋な優劣を考えるなら……彼はわたしより強いかもしれない。だけどきっとそれは彼も思っていることだ。自分よりもこの女は強いかもしれないと。

武道の道には極稀に、こういう相手と巡り合うことがある。というか、そういう出会いを求めてわたしは修行しているのかもしれない。だからわたしは嬉しいのだ。彼と戦うことが。例え武道にはないゴッドヘルパーという力が混ざっていようとも、もとから志す武道が違うのだから気にしない。わたしは全力で……目の前の達人に挑む……!


「確かに。オレのこの戦法は封じられたね。でもさ、オレも……オレの出来る事を鎧さんに全て見せたわけではないからさ。」

「それはもちろんだろうな。奥の手、切り札というのは最後に初めて出すからそう呼ばれるんだし。」

さて、どう来る?わたしなりに考えた結果、勝又君はわたしの……体の一部だけを《型》にはめるようなことはできないようだ。できるのなら初めて会った時……あ、いや、初めてゴッドヘルパーとして対峙した時に腕とかを折りにきたはずなのだ。それをしなかったということはできないのだ。つまり……《型》っていうのにはめる「元の形」っていうのは……それ一つで……えぇっと……そう、独立していなければならないんだろう。まぁ、そんなこんなで勝又君にできることはわたしとわたしが作った刀と……その他の金属以外の物の形を変えることだけだ。だけど他の形を変えようとも、空手の力が発揮される状況を作ることはできない!……はず。

「それじゃ……行くよ!」

瞬間、わたしの視界は勝又君の姿で埋まった。

「なっ!?」

放たれる蹴りを刀の腹で受け流し、すかさず反撃。しかしわたしの攻撃は空を斬る。いつの間にか勝又君はさっき立っていた場所に戻っている。

「そんな!君の《型》にはめる行為は封じたはず……!」

「違う。鎧さんが封じたのはあくまで「鎧さんを《型》にはめる」ことだけだ。自分の立っているところを良く見なよ。」

わたしは足元を見、まわりの風景を見る。……あれ?移動していない?わたしが立っている場所は……変わっていない?ならば今のは……

「一体……」

視線を勝又君の方へ向ける。しかしそこに彼はいなかった。

「《型》にはめられた時ってさ……すごい速さで移動するでしょ。」

真横から声が聞こえる。勝又君が横にいるのだが……待て待て、一体いつ移動した?気配も何も感じられなかったぞ?

「それを応用してさ。自分の移動方法として使っているだけだよ。」

わたしの視界内で、勝又君が高速移動した。右に移動したと思ったら後ろ、前、左と……あまりの速さに勝又君が複数に見える。もはや瞬間移動だ。

「そこまでの距離は移動できないけど……すごいでしょ?」

「……自分を《型》にはめているわけか。」

《型》にはめる。物の形を好きに変えられるという能力。形が変わる途中の過程を移動方法として利用する……か。

 勝又君の姿が消え、わたしの横に現れる。急所めがけて放たれる拳をかわし、刀を振るう。刀は再び空を斬る。わたしの背後に移動した勝又君が蹴りを放つ。軌道を読み切れず、わたしは脚に衝撃を受ける。態勢を崩して倒れるわたしの正面に移動した勝又君が鳩尾に拳を放つ。

「くっ……!」

とっさにわたしに巻きついている刃を操作し、後ろへ引っ張る。わたしは勝又君から少し離れた場所で刀を構えなおす。

「ああ……そういえば鎧さんには刀?が巻きついてるんだっけか。」

「……瞬間移動か。厄介極まりない。でも……たった今、いい作戦を思いついたよ。君の技をマネしよう。」

勝又君の方へと走る。油断なく構える勝又君の手前、的確な狙いと速度で迫る拳を真横に移動して避ける。

「……!?」

勝又君がわたしを追って繰り出した蹴りを真上に跳んでよける。

「ここだ!」

私が着地する場所へ攻撃を仕掛ける勝又君。だがわたしは空中で方向を転換し、勝又君の後ろに着地、出来る限りの威力のみね打ちを勝又君の横っ腹に叩きつけた。

「ぐぅあ!?」

勝又君はごろごろ転がるが、瞬間移動でわたしから十分に離れたところに移動して態勢を立て直した。

「はっはっは。わたしに巻きつく刃を引っ張って、移動手段としたよ。」

「……なるほど。」


 私の目にはすごい光景が映っている。二人の人間が物理法則を無視した戦いをしているのだ。《型》にはめるという行為で瞬間移動をする勝又さんとまわりに刺さっている刀からのびる極細の刃を操作することでヘンチクリンな動きをするしぃちゃん。地上から跳び、空中でも動きまわる二人の戦いはなんともバカバカしいものだった。しばらく攻撃を仕掛ける、かわす、仕掛ける、かわすの繰り返しが続き……二人は停止した。

「……どうやら……わたしに利があるようだな。」

「く……」

勝又さんは道路の上に立って上を見上げる。しぃちゃんは空中に静止している。

「わたしは……刀からのびる刃を硬くしたり曲げたりすることで……空中に足場を作れる。だが君は空中に跳んで行っているにすぎない。空中戦では……満足な踏み込みもできまい。」

この世に生みだされてきた数々の武術。その全ては……地面があることを前提としているはずだ。当たり前のことだが……今回はそこが影響したようだ。空手は、先人が感覚的に、科学的に得た形でもって拳や蹴りを放つから威力があるわけで。ただ振りまわすだけではそんなに威力はない。だけど刀はただ振りまわすだけでも脅威だ。……んまぁ、空中なんかで戦わなければ関係のないことだけど。

「それに。わたしは断言しよう。勝負はついた。わたしの勝ちだ……」

……あれ?なんかしぃちゃんの声のトーンが落ちた……?

「……?鎧さんともあろう人がそんなことを。勝負は最後の一瞬までわからないよ。」

しぃちゃんは構えていた刀をおろす。

「!……このっ!」

勝又さんがしぃちゃんを睨む。何度目かの……《型》にはめる攻撃。しぃちゃんが再びなんの予兆もなく跳んで行く。そして途中で止まる。

「無駄だよ、勝又君。」

しぃちゃんは停止している。だが体が少しゆれている。勝又さんの方を見ると、まだしぃちゃんを睨みつけている。どうやら《型》にはめると言う行為をし続けているらしい。だがしかし、しぃちゃんは極細極薄の刀が巻きついている状態なので引き寄せる事が出来ない。

「その様子だと……もう何の策もないんだな。降参するんだ、勝又君。」

なんだろう……なんだかしぃちゃんがすごく冷めている。至極つまらないものを見るような……そんな目。さっきまですごく楽しそうだったのに。

「……能力を使って戦うのもいいかなと思ったけど……こんな興ざめになるとはなぁ。やはり己の技のみで戦うのが良いんだなぁ……うん、一つ学んだよ。」

「勝ちを確信するのは……オレが倒れてからにして欲しいなっ!!」

勝又さんが両腕を前に出す。さらに力をこめる。

「っっつああああぁぁぁああっ!!」

ビキィッ!!

「え……?」

私は思わず声をもらす。しぃちゃんが立っている辺りの地面に亀裂が入ったのだ。

ビキビキ……

「《型》に……はめる!」

勝又さんの叫びと共に、しぃちゃんが何本もの刀を刺した地面が砕けた!

地面に刺さった刀は金属。しぃちゃんが付加した性質はおそらく実現している。「形が変わる」ことも「地面から抜ける」こともない……それは確かだ。だが、刺さっている地面は金属ではない。ならば……地面ごと引っぺがしてしまえばいい。地面の形を《型》にはめることで砕いたのだ!

「しぃちゃん!」

刀を構えてもいないしぃちゃんは《型》にはめられ……今度は止まることなく勝又さんの方へ飛んで行く。だめだ……地面が砕けて、刺さっていた刀が浮いている状態では巻きつく刃を短くしようとも意味がない……!固定されていないのだから……

「でぇああぁぁああっ!」

驚異的な速度で放たれる蹴りがしぃちゃんを襲う。しぃちゃんは無防備。しぃちゃんがやられる…!?

「……すまないな。」

迫りくる蹴りを気にせずにぼそりと呟くしぃちゃん。

ザシュッ

「!?」

完璧な角度で放たれた蹴りは空を切った。突然……勝又さんの軸脚……蹴りの態勢を支えているもう一方の脚がガクンと崩れたのだ。そして……地面に赤い液体が落ちる。

「後で天使に治してもらってくれ。」

しぃちゃんが着地すると同時に……勝又さんが倒れた。

「姿勢を保つのに必要な筋肉を切断した。」

「な……どうやって……」

勝又さんは心底驚いているようだ。

「どうやってか。わたしもこの事態を予測していたわけではないんだ。」

刀を鞘におさめながらしぃちゃんはつまらなそうに言った。

「君の《型》にはめる攻撃の攻略のために用意し、張り巡らせた極細極薄の刃。刀が刺さっていた周辺はその刃だらけなわけだ。……君が自分を《型》にはめてこっちに移動した時にね……君にも刃が巻きついたんだよ。」

ああ……そうか。しぃちゃんとしては《型》にはめる攻撃をクリアするためのものだったのに……勝又さんが瞬間移動を始めた瞬間に……刃が勝又さんにも巻きつき……その瞬間に勝負が決まってしまったのか。そもそもあの刃はしぃちゃんがコントロールしているからこそ、しぃちゃん自身は斬れないんだ。本当なら勝又さんは瞬間移動でしぃちゃんに接近した時点で切り刻まれたはずなのだ。

「あっけないというか……結果としては最悪だろう?だから君に巻きついた刃もコントロールして君が斬れないようにし、体を引っ張らないように伸ばしたり縮めたりしたんだけど……途中でね……つまらなくなって。」

たぶんしぃちゃんは同じ武道家として戦いたかったんだろう。できれば楽しみたいと思って勝又さんが斬れないようにしたんだ。でもやっぱり……相手を気遣いながら戦うのはつまらないと感じたんだ……

「この勝負は無かったことにしよう、勝又君。わたしは純粋な戦いをしたいと思う。だから……ここで君は退場だ。」

しぃちゃんがすっと手を振る。すると勝又さんが一瞬びくんとして……気絶した。

「……こっちに運ぶ。」

ルーマニアがすたすたと歩いていき、勝又さんを抱えて戻ってくる。

「ムームーム、頼む。」

「うん。」

ルーマニアが勝又さんを床に横たえ、ムームームちゃんが傷の治癒を始めた。

「……何をしたんですか、しぃちゃん。」

「首に巻きついていた刃で首をきゅっと絞めた。ようは……「落ちた」状態だな。」

ムームームちゃんが勝又さんのお腹をバシバシ叩いている。勝又さんは何度かせき込んで動かなくなった。…………あれ?

「ちょ……ムームームちゃん?」

「うん。眠ってるだぁけ。」

あ……よかった。


 「あーあ。けがの一つでも負わせられると思ったのになぁ。おい加藤、お前の支配が深すぎて考える頭もまひしてたんじゃねーのかぁ?」

「……」

「?どうした。考える人のポーズなんかして。」

「かっこつけねん。」

「静かにしてくれ。今……頭痛がやばいんだから……」


 「あれ?」

ふと向こう側を見ると《優しさ》のゴッドヘルパー……加藤が頭を抑えている。

「何があったんだ?」

「ああ……感情系の弱点よ。」

翼が隣に立って教えてくれる。

「こう……現在進行で感情のコントロールをしている奴が……あんな感じで突然気絶とかするとね、なんていえば言いかなぁ……え~っとねぇ……」

ほっぺに人差し指をあてて首を傾げる翼。……こんなヘンチクリンな格好でなければ絵になるんだが。

「例えるなら……電話中に突然コードを引っこ抜かれる感じ?ブツンって感じの音というか……感覚が頭に来るのよ。あたしも一回だけなったことあるんだけどさ、あんま気分いいもんじゃないわよ。」

「へぇ。なかなか理解できない感――」

「次はオレだぁ!!」

私の言葉を遮って力石さんが叫んだ。

「鎧先輩に続くぜ!前回はほとんど何もできなかっけど今回は違う!勝負だ、大石先輩!」

「ははは。威勢がいいね。」

力石さんの呼びかけに応じて、大石さんがこちらに向かってきた。それに対するように、力石さんも前に出る。

「おい!支配力が弱まってんじゃねーか!」

「だから静かにしろと……こんなに頭痛がひどいとは。ちょっと集中が続かないんだ。」


大石さんは……すごいなぁ。なんだあのかっこいい格好は。動きやすそうなユニフォームに何だかイカしたシューズに……手袋みたいなのして……肘あたりに……サポーターだったかな?そんなものをつけている。プロ!って感じだ。

「頑張ってね、十太。」

「おう!」

力石さんが腕をあげて気合を入れる。するとルーマニアが変な顔をした。

「あぁ?あれは……」

ルーマニアの視線は……どうやら力石さんの腕についてる腕輪に向いているようだ。別に変なものには見えないが……

「おい、ムームーム。あれはお前が渡したのか?」

「そうだよ。十太は《エネルギー》のゴッドヘルパーだからね♪」

「?あれはなんなんだ?ルーマニア。」

ルーマニアがどこか懐かしそうに言う。

「あれは《ルゼルブル》、昔、天使が何か強大な存在……例えば大暴れしてるドラゴンとかと戦う時なんかに使用した装備品でな。あれにはオレ様たちの力……魔力とかそういうものを溜めておけるんだ。負傷したときなんかに使用する治癒魔法のための魔力をあらかじめ溜めておいて万全な状態で戦うために作られたんだ。」

「あっはっは。でもルーマニアくんはもっぱらパワーアップのために使ってたのだよ。戦いの前日とかにルーマニアくんの全魔力の五〇パーセントを溜めておいて、一晩寝て魔力を回復させて……結果的に一五〇パーセントの力で戦ったりしていたのだよ。」

アザゼルさんもどこか懐かしそうにしゃべる。……この人たち……もとい天使たちが懐かしそうにするってことは相当大昔なんだろうな。

「十太が操れる《エネルギー》は今のところ位置エネルギー、運動エネルギー、熱エネルギーの三種類。とりあえずあの《ルゼルブル》には熱エネルギーが入ってるの。」

「……ちなみにどれくらいの量が入ってんだ?」

「技術部の魔力炉に三日間放り込んでおいた。」

「魔力炉ぉ!?あそこの温度ハンパねーだろ!そこに三日間!?」

ルーマニアが軽く青ざめた。

「一体どれだけのエネルギーが入ってんだよ……」


 「オレは一つの結論に達した!大石先輩、あなたの放つシャトルは今のオレには捉えられない。少なくともオレ一人ではな。だから……オレはシャトルの運動エネルギーを利用しての反撃をやめ、全力で避けることにした!」

「……そうか。でも、避けてばっかりじゃ……攻撃できないんじゃないかな!」

大石さんが慣れた手つきでシャトルを放り投げる。流れるようにラケットを構え……

シュパンッ!

空気を突き破って飛んでくるシャトル。もちろん、私の目には見えないスピードだ。地面に突き刺さったシャトルを見て初めて飛んできたということを理解する。

「……あれ?力石さんは……」

力石さんが消えた。

「!」

大石さんが何かに気付き、ちょっと人間にはあり得ない速度で横に移動した。一瞬大石さんのスピードに私の頭はビックリする準備をしたが、直後、さっき大石さんが立っていた場所に力石さんが出現したことで私の頭は停止した。……なんだこれ?

「……勝又先輩のせいで二番煎じだ、くそぅ。」

力石さんがため息をつく。

「大石先輩。あんた今……とんでもない動きしましたよねぇ……?」

「青葉さんのおかげだよ。」

あおば?誰のことだろうか。ふと疑問に思っていると敵陣の中に動く影があった。

「あったしのおかげで今やそいつの脚の速さは世界記録をも上回っているのよん。」

発言したのはフルフェイスヘルメットらしきものをかぶったライダースーツの人物だった。

「各種サポートツールで強化されたそいつが己の能力でもってバドミントンをするなら……そこに生まれるのはどこに出しても恥ずかしくない戦士よん。」

言い終わると同時に、大石さんが走りだした。片手にシャトルを三つ持ち、同時に放り投げると、目にも止まらぬ速さでラケットを振るった。銃弾といっても過言ではない速度のシャトルが力石さんを貫くかと思った瞬間、再び力石さんが消えた。

「そこ!」

大石さんがシャトルを上空に向かって打つ。その先には……なぜか空中にいる力石さんがいた。

「おっと」

力石さんが……消え、先ほどよりも高い位置に移動した。シャトルは何もない空間を駆けた。

「瞬間移動……」

さっきも聞いた単語を私は呟いた。その呟きを聞いてか、ムームームちゃんが言った。

「正確には位置エネルギーの操作だよ。」

「位置エネルギー……?」

「どこかの位置を〇として、そこからいくらか離れた高さにあるものには位置エネルギーが与えられる。位置エネルギーは質量と重力加速度と高さで決まる。十太の体重と重力加速度は変化しないものだから……位置エネルギーが変化すると……自然と十太のいる高さが変化するの。」

……それで瞬間移動か。流行ってるなぁ……実は全てのゴッドヘルパーがやりようによっては瞬間移動ができたりするのかな……?いや、それはないか。

「……なるほどな……これは一瞬で勝負が着くタイプか。」

ルーマニアが呟く。確かに……そうかもしれないなぁ。力石さんは大石さんを捕まえてそれなりの高さに移動して大石さんを落とせばいい。大石さんは一発でも当てれば……ほぼ勝負は決まったも同然だ。あんなバカみたいなスピードで飛んでくるシャトルだし。

「加速!」

力石さんが地面から少し浮いた状態で大石さんの方に飛んで行く。位置エネルギー+運動エネルギーかな?それに対して……

「はぁっ!」

大石さんはさっきからどこから出してるのか不明だが、シャトルを数個放り投げてラケットを振る。そしてラケットを振った慣性で回転し、タイミング良く再びシャトルを投げ、打ち、投げ、打ちと……クルクルまわっている。

ものすごい数飛んでくるシャトルを瞬間移動や急激な加速で回避しつつ、力石さんは大石さんに迫る。

「……なんかああいう戦い方ってかっこいいなぁ。私も空ぐらい飛びたいな。」

「おま……何言ってんだ雨上。」

「生まれた時から飛べる種族にはわからないと思うよ……空を飛びたいってのは。」

「別に力石は飛んでるわけじゃねーだろーが。」

「似たようなもんだ……」

「ふぅん。つか……オレ様が思うに、《天候》は空と密接なカンケーがあるし、今や空はお前の中にいるんだろ?やり方さえわかりゃぁお前も飛べる気がすんだがな。」


 「十太。この前はどーして負けたか理解してる?」

大石先輩に手も足も出せずに敗北した(敗北っつってもあっちが勝手にやってきて勝手に退却したから微妙だが……)あの日の翌日。いつもの特訓場でオレはムームームから戦い方を教えてもらった。

「オレが……あのスピードで飛んでくるシャトルを捕らえられなかったから……」

「違うよ。十太は《エネルギー》のゴッドヘルパーなんだよ?どんな速度であろうと、どんな重さであろうと、どんな物質であろうと、それが《エネルギー》を持って運動しているのなら十太の障害にはならないんだよ。昨日の敗因は……十太の力不足。システムの力を出し切れていないってところにあるんだよ。」

「確かに……今のオレは手で触れないと《エネルギー》の操作ができない。もっと頑張れば……体のどこに触れようとも……もっと言えば触れなくても……ってことか?」

「それもあるけどね。今何とかしたいのは……十太の考え。さっき「捕らえられなかった」って言ってたけど……あーたーしの記憶によれば……昨日、十太は一度も飛んでくるシャトルに手を向けていない。手を開いて、その手に触れたシャトルの《エネルギー》を操る……そういう行為をしようとしてなかったよね?どーしてかな?」

ルーマニアさんによるとムームームはかつて、ものすごく強い天使だったとか。あ、いや、今もか。言ってしまえば戦闘のプロ。ルーマニアさんとかが内に秘める強大な力を使って戦い、恐れられていたのなら、ムームームはそのずば抜けた戦闘技術で恐れられたんだとか。実際、特訓中のムームームは「鬼教官」とか呼ばれそうな厳しさだ……外見とのギャップがすごい。

「……それは……」

「怖かったんだよね。あんな速度で飛んでくるものに手が触れても、《エネルギー》のコントロールを始める前に手のひらを貫くんじゃないかって。」

その通りだった。オレには不安があった。どんな速度で飛んでこようとも、運動エネルギーを奪えば止まる。手に触れた瞬間に奪えばいい。理屈はわかるが……怖い。

「たぶん今の十太じゃぁ……勇気を出して触れても貫かれるだろうね。「触れた瞬間に《エネルギー》を奪える、操作できる」っていう確信がないから。きっと奪えないし、コントロールも出来ない。十太、きみがそう思っているのだからね。」

「わかってるよ……でもさ、それはもうどうしようもないっていうか……訓練とかで治るもんじゃないだろ?」

「十太のそれは恐怖というよりは体の防衛本能だからね……感覚がマヒした戦闘バカじゃないとその考えは塗り替えられないだろうね。」

「んじゃぁ……どうすんだよ……」

「防御も反撃もできないなら回避するしかないよ♪」

「避けろってか!?あのスピードを!?」

「出来ない話じゃないよ。実際、卓球とかテニスとかじゃぁ相手のフォームや腕の角度とかでボールの軌道を推測するんだから。」

「それは長年やってる人だからだろう?一朝一夕で身に着くわけねーじゃん。」

「難しい言葉知ってるんだね十太は。……プロの人たちはその方法を体で覚えたから時間がかかってるだけだよ。あのバドミントンくんと再戦するかはわからないけど……少なくともバドミントンとかならコツを覚えればなんのことないよ。それに……何も普通に回避しろとは言ってないよ。」

「?」

「十太にしかできない回避方法……手段があるでしょ?」


 「腕の角度やフォーム……ねぇ。」

オレの目の前でバドミントンしてるやつはクルクルまわってるわけだが。

今のオレには自信がある。ムームームがくれた《エネルギー》の倉庫、ムームームが教えてくれた移動方法。二つの武器に裏打ちされたオレの動きには迷いはない。視界に入ったシャトルを無意識化で判断し、シャトルの飛んでこない空間に移動する。きっといつものオレなら、

「いやぁ……無理だろ。」

とか言ってるだろう。まったく……こころ持ち一つでここまで変わるなんてな。ゴッドヘルパーの強さっていうのはこころの強さにつながるんじゃねぇかな。自分の信じる《常識》を、相手の作りだす《常識》に飲み込まれずに《常識》とする。

「っと……」

顔の横を半端ねぇスピードのシャトルが通過した。あぶねーあぶねー。

しかし……実際どうするべきか。相手を気絶させる方法が思いつかない。オレは鎧先輩みたいに人のおとし方は知らないし……首をチョップして気絶させる光景は映画とかで見るけど……オレには無理だろう。仮に……相手をこ……殺すことが目的なら大石先輩の背後にまわって一〇〇メートルくらい上に移動させればいい。だが殺すのはまずい……というか嫌だし。

「さっきも言ったけど!逃げてばかりじゃ……勝てないよ!」

さらに加速する大石先輩。シャトルの弾切れを考えたりしたが……さっきから止まる気配がない。あの青葉とかいうのが……なんとかしたんだろう。きっとシャトルに制限はない。バカバカしい話だけどな。

「じゅーたぁー!」

ふと耳に聞き慣れた声が入ってきた。視界の隅でムームームが何やら叫んでいる。

「きみにできることはなんだい?きみが操れるのはなんだい?思い出すんだよぉ!」

妙にニコニコした顔と間延びした声で叫ぶムームーム。オレにできること……?

「オレは……おっと……《エネルギー》の……よっ……ゴッドヘルパー。」

と言ってもオレが今操れるのは運動エネルギー、位置エネルギー、熱エネルギーだけ。この三つは実体がない。目に見えない。だからとてもイメージしやすい。《エネルギー》なんてもともと見えないものだから……逆に見えるものはどうしても余計な考えをしてしまう。


電気エネルギー?やっぱりあのビリビリバチバチした雷みたいなものを想像してしまう。電気エネルギーを手に入れるってことはどういうことなんだ?オレが感電すんじゃないか?

化学エネルギー?イメージは化学反応で生まれるエネルギー。実は違うかもしれないがオレにはそういう風にしかイメージできない。となると反応する物質がないと始まらないんじゃ?これを操るってことはその物質も操ることになんのか?

光エネルギー?光るのか?オレが発光するのか?


「運動、位置、熱……」

運動エネルギーと位置エネルギーは物理攻撃的な手段になる。それは無理だしわからんということがわかってる。となると熱エネルギーを使えと?大石先輩を温めろとでも言うのか?よし……熱で思いつく言葉を考えるんだ。

「風邪。」

……病気かよ。意味わかんね。

「フライパン。」

うお!何でこんなもんが思い浮かんだ?料理しろってか?

「熱帯魚。」

文字入ってるだけじゃねーかぁ!落ち着けオレ!落ち着け力石十太!

「……温度!」

うーん……当たり前すぎるなぁ……だからなんだという話になるし……

うん?温度?温度と言えば……

「サーモグラフィー。」

温度を視覚化する機械。温度計よりも温度の差がよくわかる機械だな。温度の高い所が赤くなって低いところが青くなる。……あっ。

「そういえば……!よしこれだ!」


 避けてばかりだった力石さんの動きが変わった。

「おりゃぁぁあああ!」

飛来するシャトルを避けながら前進、大石さんの背後に移動し、

パァンッ!

大石さんの背中を叩いた。

「……!?」

大石さんは前に倒れそうになるもダメージはほとんどなく、すぐにラケットを振るう。

「……何をしてるんだろう?」

その後も何度か大石さんに接近しては体のどこかを叩いていく力石さん。

「くっ……なんのつもりだ!」

大石さんもわけがわからずにラケットを振るう。同じくわけのわからない私が眉をひそめる横でムームームちゃんが呟いた。

「その調子♪」


 「あららら。」

「?どうしたんだマイスウィートエンジェル?」

「加藤ちゃん。もうすぐあのバドミントン少年は気絶するわよん。んん?気絶とは違うかなん?」

「……はぁ?」

「この青葉結特性バトルスーツにはいろんな機能がついているのよん。今あったしが見ているのはサーモグラフィーによる映像なのん。」


変化が起きた。いや……変化というよりは……ミスが起きた。大石さんがシャトルを落としたのだ。その光景に力石さんはニッと笑い、大石さんは驚愕する。

「なんだ……これ。手が震える?」

手と言うよりは……全身が震えている。大石さんは今震えている。とても……寒そうに。

「グルグル回って疲れたでしょう?先輩。」

力石さんが大石さんに肉薄し、肩を叩いてまた元の場所に戻る。

「うっ……寒い……もっと寒くなった。な……何をしたんだ……」

ラケットすら落とし、大石さんは両腕で自分の体を抱く。

「イマイチ割合がわからなかったら何回にもわけたんだけど……うん、こんなもんか?」

力石さんは腕を組んで棒立ちになる。もう戦う必要はないと言わんばかりに。

「オレは先輩から……熱エネルギーを奪った。要は……体温を。」

体温を奪った?大石さんが寒そうにしているのは……何のことはない、実際に寒いから?それに何の意味が……

「ほら、よく言うでしょ。「寝たら死ぬぞ」って。」

寝たら死ぬ。それは……例えば雪山で遭難した人とかが言うセリフだ。ドラマや映画で寝そうになっている仲間を揺すって寝かせまいとするシーンはよくある。

「いやー、今回は偶然でした。よくもまぁ覚えていたなって自分を褒めたい。オレ、あの言葉の意味を調べたことがあるんです。人間は……いや、全ての生物に言えるのかな?忘れたけど、とりあえず人間はね……体温が下がると眠くなるんですよ先輩。随分とグルグル回ってましたから……疲労も重なって心地よい睡魔が先輩を襲ってるでしょ?」

見ると大石さんは何度もまばたきをしている。眠気をこらえる人みたいに。

「雪山とかだとですね、一度眠ってしまうと体温の低下が止まることなく起きるから死に至るんです。それで言うわけだ。「寝たら死ぬぞ」って。」

言うや否や、そこで大石さんは倒れた。つまりは……寝た。

「……」

力石さんが目線を加藤に向けた。私もつられて見る。そこにはさっきのように頭を抱える加藤がいた。

「ふぅ……」

力石さんは眠った大石さんに触れる。するとその体が五センチほど浮き、ゆっくりとこちらに向かって移動し出した。それに合わせて力石さんもこちらに来る。

「んふふふ♪よくできました、十太。」

「いや……さっきの助言がなかったらどうなってたか。というか気絶じゃなくて睡眠だからな……ちゃんと支配が途切れるか不安だったんだけど……よかったよかった。」

「まぁ……夢とかを見てる時はともかく、寝た瞬間は何の感情も存在しないはずだからね。操りようがないんだよ。」

これで……勝又さんと大石さんは戻った。あとは石部さん。

「あたしの出番ね。」

翼が得意そうに笑う。ヘンチクリンな格好なのでとても変だが……

「ま……石部との勝負はもうついてるのよね……問題は加藤。」

翼が不思議なことを言いながら前に出る。あちらからはもちろん石部さんが出てくる。さっきの大石さんみたいに腕とか脚とかにサポーターみたいなものをつけて歩いてくる。きっと恐ろしい運動能力を手に入れている。翼はどう戦うつもりなのだろうか。

交差点の真ん中で二人は対峙した。


 「この前は逃げてばっかりだったけど……今日はどうなのかな?何を見せてくれるのかな?」

石部さんがそう言いながら身をかがめる。ラグビーのタックルでもしそうな構えだ。だが翼は腰に手をあてて立っているだけだ。

「この前は……なんの準備もなしに戦ったから逃げる事しかできなかったけどねぇ……今回は違う。既にあんたは負けているのよ、石部。」

「何を言って……」

「あんた、あたしの格好を見てどう思う?」

「まぁ……変な格好だ。」

「はい、あんたの負け。」

「は?」

「……ねぇ石部。なんであんたは戦おうとしてるの?それって……《変》じゃない?」

瞬間、石部さんがビクッとなり……かがめていた腰を戻し、腕をぶらんとさげて……要は直立した。

「……そうだな……なんで戦いなんか?《変》だなぁ……」

《変》のゴッドヘルパー、花飾翼。翼の手にかかれば……どんなことにも違和感を覚えさせることができる。今その人がしようとしていることは《変》なことだと思わせることができる。翼が操るのは《変》という感情だ。翼は言った。予め《変》という感情を植え付けておけば……操るのは簡単だと。そのための変な格好。これが翼の戦い方。

「……すごい……」

私がそう言うとしぃちゃんが反応した。

「確かに。戦意を奪うという行為は……戦いそのものを否定することだからな。花飾は……感情系のゴッドヘルパーというのは……恐ろしい存在なんだな……」

一瞬で勝利した翼は私たちの驚きをよそに、静かに呟いた。

「……こっからが本番ね。」


 接続。感情領域に侵入。成功。意識を移動。

風景が変わった。白い空間。ドーム状の天井には時折電流が走り、床には……世界地図のように、いくつもの線が走り、丸い床をいくつかに分割している。

「……なるほど。」

あたしの目の前に男が一人。石部ではない。全身を暗い色と雰囲気で包んだ……《優しさ》のゴッドヘルパー、加藤優作がそこにいた。

「私が支配している石部の頭に侵入して……直接私と戦いに来るとはね。」

「この石部の頭をハブにしてあんたの感情も操ってやるわ。」

「それにはまず……石部の頭の中における感情の支配領域を私より大きくしなければならない。きみは自覚してから少ししか経っていないが……私はこの力を随分と長く使っている。いわば素人とベテランの戦いだ。勝ち目があるとでも?」

線によっていくつかに分断されている床がそれぞれ光り出す。色は……黄色。最終的には床の総面積の半分以上が黄色く光っている。

「感情系にしかわからない感覚。対象の脳内に存在する感情領域という概念。きみには理解できるだろう?この光る床の意味が。」

……あたしのような感情系のゴッドヘルパーが主に操作するのはこの、感情領域と呼ばれる空間だ。「対象を支配する」とは「感情領域を自分の操る感情で半分以上うめる」ということだ。だが、さっきのように少し感情を操作する程度なら五パーセントほどをうめれば可能だ。つまり、今現在、この石部の感情領域における私の陣地は五パーセント。それに対し、今現在石部を支配している加藤の陣地は……みたところ七〇パーセントほど。おそらく勝又が最初に見せたあの無反応の状態が一〇〇パーセントなのだろう。《優しさ》のみで動く状態。加藤のお願いを叶える《優しさ》に支配された状態。

あたしが今からすべきことは……石部の感情領域を《変》で半分以上うめ、一度石部をあたしの支配下に置くこと。そうすることで気絶させることなく、石部を加藤から引き離せる。そしてその後に加藤の感情領域に侵入して、加藤も支配する……!

「どうするんだ?きみの陣地は五パーセント。私の陣地は七二パーセント。圧倒的に私が優勢。このままきみに侵入してきみを支配してあげようか?」

「確かに……あたしの陣地は小さいわね。でも……あんたの陣地はそれ以上広げられないでしょう?完全支配なんて片手間にできることじゃない。相手の目を見てじっくりと行うものよ。だけどあんたは今石部からだいぶ離れたところに立っている。だから完全支配のやり直しは不可能。同じ理由でこの石部に《優しさ》という感情を起こさせて領域を広げるという行為もできない。」

「広げられない。だが小さくなることもないぞ?」

加藤が両腕を広げる。すると加藤の足元から何かがせり上がって来た。

「感情領域は脳内の領域。すなわちイメージの世界。RPGで言えば……陣地はMP。陣地が大きければ大きいほどに、イメージの具現化が強力になる。さぁ……戦いの始まりだ。」

せり上がってきた何かは……いくつもの砲台。あたしはとっさに両手を前に出す。すると一瞬であたしの前に壁ができる。

「発射。」

凄まじい轟音が幾重にも響き、あたしが作りだした壁に直撃する。

「……!!」

だけど、砲弾を受ける度に壁は崩れて行き、二~三発防いだところで壁は完全に砕けた。

「きゃぁあああっ!」

あたしは飛来した砲弾を受けて後ろに吹っ飛び、壁に叩きつけられた。

「へぇ……すごいじゃないか。」

あたしは立ち上がる。そもそもここはイメージの世界。あるのは意思の強さのみ。だけどダメージがないわけじゃぁない。事実、あたしはものすごい頭痛を覚えた。そう……脳内の話、脳内の現象なのでダメージは脳に行く。だからあまりダメージを受けると……意識が保てなくなる。脳が破壊されるなんてことはないけど、気絶ぐらいはすると思う。

「もともと……ここで戦いをするつもりはあんまないのよね!」

あたしは陣地をほぼ全て消費して壁を作った。

「うん?いいのか?陣地が随分小さくなったぞ?それが壊れたらきみの支配領域は〇となり……石部の支配は継続され、しかもきみの頭に侵入するための道を開くことになるぞ?」

「どうかしら?」

そう言ってあたしは意識を外へ戻した。残念ね、加藤。《変》と《優しさ》じゃぁ……はなから勝負にならないのよ。


 目をつぶったまま微動だにしなかった翼が目を開いた。なんだ?今まで何が起きていたんだ?そんでこれから何が起きるんだ?

「すぅー……はぁー……」

翼が深呼吸をする。そして叫んだ。

「石部!!」

うつろな目をしていた石部さんの目に光が戻る。

「な……なんだよ……」

何が起きているのかよくわからないという感じの石部さんに向かって翼は真剣な顔で……再び叫んだ。


「あんたは実は宇宙人なのよっ!」


…………なんだって?

「あんたの母親はトラブル星のナンテコッタ星人の女王様!父親はハラペコ星のハラヘッタ星人の平民!」

突然のことに翼の変さに慣れている私でさえ思考が停止する。石部さんなんか「へっ?」って感じの顔をしている。

「種族の違い、身分の違いを乗り越えて!互いが互いの星を捨て!たどり着いたこの地球で暮らすことを決意したのが今から四〇〇年前!」

「つ……翼……?」

「種族の違いから子どもが母親の胎内にできるまで時間がかかり、あんたの大元である受精卵が完成するまでに三〇〇年!胎内で外に出れるようになるまでに八〇年!ナンテコッタ星人専用の出産機器を取り寄せるのに三年!そうしてあんたは生まれたのよ!」

最早その場にいる人間+天使の全員が唖然としていた。

「途中、父親であるハラヘッタ星人を主食とするボーイン星のボーショク星人に襲われたり、トラブル星の王様が母親を取り戻しに来たりと多くの事件があったわ!それでも二人は耐えて耐えて……今の幸せを手に入れたのよ!」

「……何言ってんだ……お前……」

石部さんが大いに呆れた顔で翼を見た。


「な……!?なんだこれは……!」

加藤は心底驚いていた。陣地の力を全て消費して作られた強固な壁をもう少しで破壊というところで……相手の陣地が急速に広がったのだ。一〇……二〇……三〇!?

「バカな!こちらの陣地も侵略されている……!?何が起きている!?」

止まらない……相手の陣地の広がりが止まらない……!?


「これがあんたとあたしの差よ。」

あたしは作った壁を砕いて登場する。なかなかイカした登場ね。

「おまえ!何をした!」

「何って……石部に《変》という感情を抱かせたのよ。」

「こんなに急激に陣地が広がるわけ……」

「やれやれねぇ……まったくさ、あんた基準で考えないで欲しいわね。あんたが使うのは……《優しさ》でしょう?」

あたしの言葉に加藤が目を見開く。

「さて問題です。初対面のAさんとBさんが会話をします。Aさんは何かしらの行動をしてBさんに感情を抱かせるとします。その場合、Bさんに抱かせやすい感情は……《優しさ》と《変》の二つならどちらでしょう?」

「!!そ……そんなことの差で……!?」

「この差は大きいわよ。《優しさ》を抱かせるにはその人とある程度の付き合いが必要になる。もしくは優しくしたくなるような外見や言動を持っている必要があるわ。でも《変》は違う。《変》なことを言えばいいだけ、すればいいだけ。感情系のゴッドヘルパーとしての経験や技術なんかじゃ埋められない差。その感情が抱かせやすいものか否か。この点で考えるとねぇ……あんたとあたしじゃ勝負にならないのよ。さらに追い打ちをかけるならね……全ての感情と呼ばれるもののなかでトップクラスの「抱かせやすさ」を持つのは……そうね、《恐怖》とか《面白い》あたりでしょうけど……《変》は別格だと思うのよ。だって……道行く知らない人にさえ抱かせることが出来るんだから。」

「そ……そんな……」

「あーらま。あんたの陣地……一〇パーセントぐらいになったわね。あたしは……うん、六〇パーセントくらいか。さっきの《変》な言葉で《疑い》や《憐れみ》とかの感情も生まれちゃってるわね。何であんなこと言ったのかという《疑い》と……頭がおかしい人に向けられる「かわいそうな人……」っていう《憐れみ》……なんかむかつくわね。」

あたしはさっき加藤がしたように両腕を広げる。あたしの足元からせり上がるのは……

「へぇ……そっくりだわね。」

晴香だ。

「さぁ晴香!親友のお願いを聞いてちょーだい♪」

「あいつを倒せばいいのか?」

「お願いね。」

「ああ。」

晴香は片手を上に挙げる。瞬間、黒い雲が出現し、帯電する。

「ちっ!」

加藤が自分の体に意識を元に戻そうとする。が、

「遅いわよ。」

電光石火、刹那の瞬間に轟いた雷は加藤を貫いた。


 意識を戻したあたしの視界に写るのは呆けた顔の石部。

「……しまった。加藤を操ろうと思ったのに……気絶させちゃったか。」

石部の後方、倒れている加藤が見えた。まぁ……操った所でなんもできないか。リッド・アークにパンチの一つくらいはできたかもしれないけどね。

「えっと……自分はここで何を……?」

……起こしとくのもめんどうね。

「石部石部。」

「誰……?あ、見たことあるな。確か……」

「あんた、どうして起きてんの?どうして寝てないの?それって《変》じゃない?」

「うん?そうだな。《変》だな。」

バタリ。

石部は眠りについた。しばらく起きないでねぇ♪


 「加藤の奴……気絶しやがった。」

「ん~……感情系独特の感覚とかはよくわからないけど……きっとあっちの感情系とやり合ったんでしょ。そんで負けたのよん。」

「ふぅ……んじゃ。こっからは俺たちだけだな、マイスウィートエンジェル。」

「そうねん。」

「……場は整ったようだな、リッド。まわりを見てみろ。」

「……おお。野次馬がたくさん。サマエル様の言う通りですね。」

「しかし……面倒なのも来たな。先にあれを片付けるとしよう。」

「あったしにまかせてん。」


 「すごいな、翼。」

「ふふふ。まぁ、ざっとこんなもんよ。でも……こっからが本番よね……」

これで相手は……サマエルとリッド・アークと青葉とかいう人。でも……サマエルはきっと見ているだけだろう。ルーマニアに「ゴッドヘルパーの力を使えば神様を倒せる」と気付かせるためにこの戦いを起こしているわけだから……本人が出て行ったらゴッドヘルパーの力のアピールにならない。

「こっちは……メリーさんたちも入れればゴッドヘルパーだけでも十六人。対してあっちは二人。でも……油断はできない。」

「そうだな……でもな雨上。実際お前の考えた組み合わせ……作戦はすごいと思うぜ?あれでひと泡ふかせられることは確実だ。」

「……ああ。……あれ?なんだあれ。」

私は視界に多くの人を確認した。どうやら……リッド・アークの砲撃で一度は散った人たちが戻ってきたみたいだ。そうか……さっきまで一対一の戦いだったから……自分たちに被害がこないと思ったんだな……

「まずいな……あれ見ろ雨上。」

ルーマニアが指差す方向には……白と黒と赤色の光が並んでいた。サイレンである。つまりは……警察だ。


『全員両手を頭の上に!君たちが行っているのは犯罪だぞ!器物破損だけではない!このような公共の場所で……映画の撮影か何かでもしているのかもしれないが――』


「なんなのかしらあれ。何の事情も知らない一般人がこのアタシを犯罪者呼ばわりですの!?この国の警察はバカの集まりなのかしら!?」

「まぁまぁ。彼らも彼らなりの正義を行っているのだよ。というか逆に事情を知ってたら困るのだよ。」

私はリッド・アークを見る。警察が邪魔とか言って砲撃しやしないかと思ったのだが……何もせずに突っ立っているだけだ。となりに青葉もいる。あっち側は何かをする気はないのかな……

「……おいおい、んだありゃ……」

ふとルーマニアが空を見上げる。見るとそこには……

「えぇっ!?」

巨大戦艦が浮いていた。真っ黒な……宇宙が舞台のアニメに出てきそうな砲台がハリネズミのようにあちこちの装備された戦艦。

『あーあー。警察の皆さんに警告するわよん。』

スピーカーでもついているのか、巨大戦艦から声が響く。声の主は青葉だろうか。

『そこで見てる分には構わないわん。でーもー……こっちに来て手を出そうというのなら……全員痛みを感じる暇も無くぶっ殺すわよん。』

『な……なんだと!』

警察の方にもプライドはある……というか事情を知らない人には意味不明だから……反論する。

『ふざけたことを言ってないでおとなしく――』

警察の人の言葉が終わる前に、巨大戦艦の砲台がひとつ稼働し、一筋の光が発射された。

音は無い。光は正確に一台のパトカーを包みこみ……消滅させた。

『ひぃっ』

バリケードっていうんだったか。そんな感じの陣形をとっていた警察の皆さんがばらけた。

『お分かりですかなん?次は当てんぞ、このクズどもが。』

辺りが静まりかえる。

「リッド・アークのキャノン砲といいウイングといい……仕舞いにゃ巨大戦艦だぁ!?ふざけんのもいい加減して欲しいぜ……」

ルーマニアのボヤキはもっともだ。馬鹿げている。恐れるべきはそのバカげた科学力なのやら《常識》なのやら……何に対して怒ればいいんだか。とりあえず……青葉という人間……ゴッドヘルパーが一番厄介なのかな……?



 私たちは横二列に並ぶ。前にゴッドヘルパー。後ろに天使。交差点の真ん中。相対するは二人のゴッドヘルパー。二人の後ろにはサマエル。

「……ちょっと違うな。」

サマエルが呟いた。私たちの視線はそちらに向く。

「ルシフェル様。私はルシフェル様に身を持ってゴッドヘルパーの有用性を知って欲しいわけではありません。あくまで……ルシフェル様には戦いを見て欲しいのです。ルシフェル様ならそれを見るだけで理解できます。それに……ルシフェル様に攻撃の手を向けたくありません。また、この戦いには他の天使の手出しもいらない。ゴッドヘルパー同士の戦いを見ていただきたい。故に……天使の相手を用意しました。ああ、ご安心を。ルシフェル様ならあいつらの相手など片手間にできましょう。戦いを見るのに支障はありません。なぜならあいつらは……ルシフェル様を「裏切り者」とよぶゴミどもです。事のついでとして……ルシフェル様に処分をして頂こうという気持ちもあります。どうかあのゴミどもの命に終幕を。」

「オレ様への怒りをえさに……悪魔をオレ様達にぶつけるってわけか。つーか……思うにオレ様を裏切り者って考えてる奴の方が多いんじゃねーのか?」

「いえいえ。全体の七割はルシフェル様の偉業を胸に、尊敬の念を忘れずに、今もルシフェル様の帰還を待っております。」

「……悪魔全体の三割をここでぶつけるってか?」

「ルシフェル様なら余裕でしょう。アザゼルもいますしね。」

「俺私拙者僕も認められているのだよ……びっくりなのだよサマエル。」

「お前とオレ。それこそがルシフェル様の左右を固める形だ。」

サマエルが片手を上にあげ……指を鳴らした。すると、サマエルの背後に……俗に言う魔法陣が展開された。巨大な……光の輪っか。そして……

「―――――――――――――――――」

言葉に表現できない雄たけび。次の瞬間、輪っかの中からまるでそれを出口にするかのように……異形の存在がにじみ出た。

どうも今まで実感がなかった。天使や悪魔が実在すると知っても……ルーマニアら天使は人の形をしている。だから……実感がわかなかった。だけども……これで実感した。ああ……そうか。これが……

「ルシフェル!この反逆者がぁ!」

「最早首の一つですむと思うなよ!」

「全身を切り刻み、砕き、溶かし、その全てを我々で喰らってくれようぞ!!」

ルーマニアに罵声を浴びせる存在の姿は……まるで空想の世界の住人。脚が何本もあるもの。眼球が体の外にあるもの。顔がいくつもあるもの。雷をまとうもの。炎をまとうもの。異形、異形、異形。ゲームやアニメ、漫画にしか登場しない異形のオンパレードである。

「そして……このためだけに来た奴。」

サマエルが再び指を鳴らす。するとサマエルの横に突然人が現れた。真っ黒なスーツに身を包み、サングラスをかけ、オールバックの髪型に耳にピアス。

「お久しぶりっすね。初対面の人は始めましてっす。んん?初対面の方が多いっすかね?まぁいっか。《空間》のゴッドヘルパー、鴉間空っす。」

鴉間は一礼をした後、楽しそうに言った。

「あっしもこの戦いは見たいんすが……あっしはあっしでやることがありましてね……今回やることはこれだけっす。」

鴉間が指をパチンと鳴らした。四次元空間か!?

「……?」

しかし、何も起こらなかった。

「んじゃ、あっしはこれで。頑張ってくださいっす。」

そう言うと、鴉間はその場から姿を消した。

「……まさか……」

隣に立つルーマニアが私を見る。ルーマニアは手を伸ばして私の頭に触れ……あれ?

「なるほどな……オレ様達とお前らを別々の空間に置きやがった。」

ルーマニアの手は確かに私の頭に触れている。触れるどころかルーマニアの手は私の頭の中に入ってしまっている。しかし私には何の感覚もない。試しにルーマニアにパンチしてみたが、それも見事にルーマニアの体をすり抜けた。

「それでは……開戦と致しましょう。ルシフェル様、どうぞお楽しみ下さい。」

サマエルは宙に浮き、さらに後ろにさがり空中の一点で静止する。

「……みんな……作戦通りに。」

私の言葉にみんなが頷いた。

「いいか?いいな?いいよな?んじゃあ始めんぞ。歴史を変える一戦をよ!」

ウイング展開。リッド・アークは一気に上昇し、その右腕のキャノン砲を構える。

「ファイヤッ!!」



 聞こえた発射音は一つ。しかし発射された砲弾の数は十六。一人に一つずつ砲弾が撃ち込まれた。

ズドドドォッ!!

一瞬で視界が砂煙で埋まる。私は風を起こし、それをはらう。

……いやはや……私が考えた作戦だが……すごいな。

「まじか。」

空中のリッド・アークが呟いた。そして面白そうに叫ぶ。

「この初撃で終わるのもつまんねーなぁとは思ってたんだが……実際、その能力じゃどうにもならないっていう奴がいるのも確かだった。避ける奴、防ぐ奴は数人かなーなんて思ってたんだがよ……まさか、全員避けるたぁな……」

「すごいわねこれ。晴香、あたし今なら何でもできそうだわ。」

「私も正直驚いてるよ……」



 みんなは何ができるのか。それを聞いてまわっていた時のこと。


《視力》のゴッドヘルパー・愛川透の場合

「動体視力?」

『んああ。おれは《視力》だからな。バカみたいに動体視力を上げることができんだ。パチンコのスロットなんかが止まって見えるぐらいに。たぶん銃弾とかも視認できるようになると思うぜ。』

「すごいじゃないですか。それならどんな攻撃も愛川さんには当たりませんね。」

『いや。あくまでおれが上げるのは《視力》だけだぜ?例え見えたとしてもそれを避けるだけの運動能力がおれにはねぇからな……無理。』

「それは……惜しいですね。」


《数》のゴッドヘルパー・南部カズマの場合

「世界……なんですか?」

「《世界方眼紙計画》。ぼくの必殺技?みたいなものだよ。』

「なにが起きるんですか?」

『測定や計算でその数値を割り出すことのできるものを全て視界内に表示するんだ。目の前に大きな岩があるとして、その岩の重さ、体積、密度なんかが一瞬でわかるんだよ。』

「へぇ。《数》のゴッドヘルパーはそんなことができるんですか。」

『《数》で表されるものなら何でもわかる。投げられたボールの軌道でさえ見えるんだ。計算で割り出すことのできるものだからね。』

「……リッド・アークの砲弾とかも避けれるようになったりするのかな……」

『砲弾か……そうだね……もしかしたら避けれるかもしれないね。でも……軌道が見えたとしても避けれるかはわからないし……それに《世界方眼紙計画》はぼくにしか作用しないからね……みんなの力になるかどうか。』

「そうですか……」


《速さ》のゴッドヘルパー・速水駆の場合

『あ、先輩。何ですか?んでもってずばり今日の下着は何色ですか?』

「無色でないことは確かかな。実は速水くんに聞きたいことがあってね。」

『オレには彼女いませんよ。』

「そうだろうとは思ってたよ。速水くんは《速さ》を操ることで何ができる?この前も聞いたけど……改めて。」

『そうですね……この前は自分の能力アップを話しましたから……んじゃ今回は他人にできることを。オレはオレ以外の人の加速度も操れます。運動が苦手な雨上先輩でも一〇〇メートルを五秒ぐらいで走れるようにできたり。』

「……その場合も慣性は無視されるのか?」

『無視ですね。オレがそう決めたんですから。』

「ふぅむ……その加速度の操作って脚にしかできない?」

『いえいえ、《速さ》を持つのなら何でも。全身を対象にすればものすごく素早く動く人の誕生です。』

「つまり……運動能力が上がるってことか。」

『まぁそうですね。』



 「南部さんが《世界方眼紙計画》を発動させる。そして南部さんの見ている世界を愛川さんの《視力》の力で全員に共有させる。同時に全員の動体視力もアップさせて……速水くんが全員の運動能力を上げる。これでこの場にいる全員は飛んでる砲弾がゆっくりに見えるし、その軌道も見える。そしてそれを避けることもできるようになる。」

「戦うための基本能力はゲットしたってわけね。」

「まぁ……後日、ものすごい目の疲れと筋肉痛が襲うみたいだけどな。」

「それは考えないようにしましょう?そんじゃ……あたしも作戦を発動させるわね。」

「ああ。頼む。」

翼は一瞬で移動し、山本さんの所へ行く。

「山本のおじさん、やるわよ!」

「よしきた!やってくれ!」

《山》のゴッドヘルパーである山本さんは本来この場では完全な無力だ。だってここは街中。山なんてない。しかし……

「答えなさい!ここには山はある?」

「ないです!」

「ホントにない?」

「ないです!」

「あれまぁ……それは《変》ね。」

そもそも山の定義なんてあいまいだ。日本で一番低い山は五メートルくらいだし。つまり、この街中……この交差点が山だと思わせることはそんなに難しいことではない。翼の手にかかれば。



 「《山》の力は生かしたいな。」

ルーマニアは教えてくれた。《山》のゴッドヘルパーが如何に強大な戦力になるかを。

「感情系みたいにゴッドヘルパーはいくつかに分類されるんだが……その中に場所系と呼ばれるものがある。特定の場所、名前がつけられている空間の《常識》を管理するシステムを持つゴッドヘルパー。《山》はもちろん、《海》とか《森》とか《砂漠》とかな。ちなみにお前もこれに当たる。」

「えっ?私も?」

「第三段階となった今となってはあんまり関係ないんだが……オレ様と会ったばかりの頃はたぶん、お前は屋外でないとシステムを操れなかったはずだ。《天候》には空の存在が必須だからな。」

「んん?それなら《空》もいるんだよな。」

「いるんじゃねーかな。」

「会ってみたいな……」

「まぁ……それは置いといてだな。とりあえずこの場所系の特徴なんだが。」

「んなの言われなくてもわかるよ。その場所にいないとまったくの無力なんだろう?」

「そのとーり。だが逆に言うと……その場所にいるとありえないくらいに強い。《山》を例にしてみるか。」

ルーマニアはポケットから手帳を取り出し、何も書かれていないページに山の絵を描く。

「これが《山》。」

「……ひらがなの「へ」を書いただけだろう……」

「やかましいっ。とにかくだ……これを支配するということは同時にいろいろなものを支配するということだ。」

言いながらルーマニアは《山》に木を描く。

「《山》にあるもの……と言うよりは《山》を構成する要素か。こういった木とかの植物はもちろん、地面を操って一瞬で落とし穴作ったり、岩雪崩を起こしたり。」

「へぇ……」

「その《山》に住んでいるのなら動物も操れる。」

ルーマニアが《山》に動物を描き足す。

「……それは何だ?」

「……狼だ。」

「そうか。私には芋虫に見えるけどな。」

「…………仮に《山》のゴッドヘルパーがお前の敵にまわって、そいつが「山の天気は変わりやすい」という考えを当然のものにしていた場合……お前は《天候》を操れなくなるかもしれない。」

「うへぇ……すごいなぁ。」

「とにかくマルチにいろいろできるわけだ。お前が風とか雷とか雨とかいろいろできるのと同じように。これを使わない手はない。なんとかして使えるようにしてぇなぁ……」

「……仮にだけどさ。使えるようになったとして……山本さんはすごく強くなるんだろう?サマエルも倒せたりしないかな。」

「前も言っただろ?あいつは《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパー。ゴッドヘルパーじゃあいつには勝てない。「ゴッドヘルパーは自覚した瞬間にシステムをコントロールできる」っていう《常識》を否定されたら終わりだ。」

「何か勿体無いなぁ。折角敵の親玉が出てくるのに。」

「しょうがねーんだよ……今のあいつは強すぎる。現役の悪魔の王であり……今もまだ神を呪って日々精進している……」

「精進って……」

「あいつは神を殺すためには何も惜しまない奴だからな……天界でうだうだしてたオレ様なんとは……実力が違いすぎる。直接会って会話が出来るだけラッキーってもんだ。今回はリッドらを倒すことだけ考えろ……」



 「行きますよー!!」

ルーマニアの忠告を思い出し、サマエルの方を見ていた私は山本さんの声で我に帰る。

翼にお願いしたのは山本さんにこの場所を《山》ではないと思うのは《変》であるという感情操作。つまり、今山本さんはここを《山》として見ている。するとここは《山》になる。形に変化がなくとも、《山》のゴッドヘルパーがそう思っているのだからそうなるのだ。

「噴火っ!!」

山本さんがそう叫ぶと、コンクリートでできた道路に亀裂が入り、そこからマグマが噴出した。

「うおわっ!?」

突如地表からそそり立った真っ赤な柱を空中であわててよけるリッド・アーク。

そう、山本さんはどんな山でも火山に変えることができるのだ。

「まだまだっ!」

ドンドンドンドンッ!

地面を突き破ってくるマグマは正確に空中のリッド・アークをとらえ、その方向に噴出していく。

「くっそ!いくら俺でもこんな高温のものを被ったら死ぬ!」

とんでもない攻撃をバカみたいな機動性で避け、リッド・アークは一気に上昇した。

「さすがにこの高さにはってうおっ!」

リッド・アークは突然飛来したでかい物体をかわす。

「……岩……?あんなんどっから……」

ふっふっふ。なかなかに驚いているな。作戦はうまく行っているみたいだ。


マグマは噴火すると冷やされて火山灰やら火山ガスやらにその姿を変える。山本さんが前に言っていたように、マグマ自体は《山》の管理の外にある。マグマの噴出による攻撃はすごい威力なのだが後にはこっちが不利になるようなものが多く残ってしまうのだ。それを解決しているのが……

「熱エネルギー、吸・収!」

力石さんが噴出するマグマに片っ端からタッチしていく。噴出した後、重力に引かれて落ちるはずのマグマは一瞬で冷えて固まって岩の塊と化していく。火山灰とかになる前に瞬間的に熱エネルギーを奪っているのだ。そして、

「エネルギー変換!発射!」

吸収した熱エネルギーを運動エネルギー+位置エネルギーに変換して固まったマグマに返す。すると固まったマグマはもともとの温度が温度なだけにすごいスピードで飛んで行く。もちろん狙いはリッド・アーク。

「へっへーん。スゲー速さのものをとらえることにはまだ恐怖が残るけどよ、熱に関しては完璧なんだなーこれが!」

触れた瞬間に奪う。一口に言ってもいろいろと難しいことらしい。だけど熱エネルギーだけはもう慣れているとのこと。どうやらムームームちゃんの厳しい指導があったらしい。エネルギーとして一番扱いやすく、イメージしやすいのが熱らしく、それだけは真っ先に慣れさせられたとか。


「なるほどな……対俺用の対空射撃は完璧ってか?」

「このアタシを忘れないで欲しいですわね!」

ガンッ!

「っつ……!?なっ!?」

リッド・アークは衝撃を受けてよろめく。前の二つの攻撃よりも今のクロアさんの攻撃に一番驚いているようだ。それもそうだろう。なにせクロアさんとリッド・アークは何度も戦っている。相手の攻撃力は理解しているはず。だが……今の攻撃は過去の対戦では一度も受けたことのない威力だったのだ。

「おいおいお嬢様。一体いつから得物を銃から大砲に変えたんだ?」

「あなた目が悪いのね。いつものやつと同じですわよ?」

「……まじか?今まではハエの体当たりくらいの威力しかなかったのによ。今のはプロ野球選手の投げる球ぐらいはあったぞ……」

「このアタシは常に進化しているのですわ。」

……というのはまぁ嘘であり……実際は速水くんの力のおかげなのだ。銃弾のスピードを上げて音速を超える速度を実現。そして……速水くんの勘違いというか勉強不足というか……衝撃波が物体の前方に出るという現象がプラスされ、クロアさんの撃ち出す弾丸はクロアさんの力も加わることで百発百中+砲弾並の威力を可能にしている。


《数》+《視力》+《速さ》で戦うために必須な能力を手に入れる。

《山》+《変》+《エネルギー》、《速さ》+《ルール》で対空射撃。

うん、我ながら上出来だ。……速水くんが仲間になってくれてよかった。下着泥棒も捕まえてみるもんだ。


「っつ!」

まるで空を行く小型飛行機を一つの軍事基地からの一斉射撃で撃ち落とそうとするかのように、地表から放たれるマグマと巨大な岩と砲弾並の銃弾はリッド・アークを飲み込む。

「なかなかねん。」

自分の作戦の効果を見て満足していた私は甘ったるい声を聞いた。

「あなたでしょん?この作戦を考えたのはん。」

とてもかっこいいフルフェイスヘルメットと所々プロテクターみたいのがついているライダースーツ的なもの装備している人が私の横、一〇メートルぐらい離れたところに立っている。

「どーもん。あったしは青葉 結。よろしくねん。」

青葉 結。さっきの発言を聞く限り……この人はあの空に浮かぶ戦艦を操っているようだ。一体なんの《常識》を……

「晴香。」

しぃちゃんが私の横に並び、刀を構える。大量の鉄パイプは見当たらない。全部凝縮して一本の刀にしたのだろう。

「……どうして私がこの作戦を考えたと思ったんですか?」

「だってあなた、クリスが何のゴッドヘルパーであるかを見破ったんでしょう?それだけでも高い評価に値するのよん。」

クリス・アルガード。刀で斬りつけても無傷、空中を歩き、見えない武器を振りまわし、仕舞いにはビルを片手で倒壊させた男。その正体は《硬さ》のゴッドヘルパーだった。

「クリスは組織のなかでも上位に入る実力者だったのん。あいつと戦って、その不可解な攻撃に振り回されて敗北する奴は多かったわん。」

「……そうですか。」

「あんまり関心ないみたいねん。んじゃあ一つおもしろいことを教えたげるわん。」

青葉は片手を腰に当てて話し出す。

「クリスはあと少しで……この世界に存在する如何なるものをもってしても傷をつけることのできない存在になれたのよん。」

「……?」

「硬いという言葉に結びつくイメージってなぁに?それは「傷つかない」でしょん?ということは……最高硬度っていうのは何をされようとも傷のつかないことを意味するわん。クリスのイメージがもっと強いものだったなら……あいつの最高硬度は例えヒーローの必殺技でも破れなかったと思うわよん?目の前で核爆弾が爆発しようと、超新星爆発が起きようとも無傷でいられるんだからん。」

それはある意味クロアさん状態だ。……いや、それよりも上位の状態か。まさに最高の防御力。

「しかし、あいつはわたしたちに敗北した。それだけが事実だ。」

しぃちゃんが青葉を睨む。

「まぁねん。」

青葉はあははと笑いながら腰の後ろに手を回し、懐中電灯みたいな棒を取り出す。

「話を戻して……あったしは実際あなたの作戦を警戒しているのよん、《天候》。だってまだ何もしていない人がいるものねん?」

私はぎくりとなる。青葉は指を指しながら淡々と語る。

「実際……あなたが事前に戦うと知っていたのはマイダーリンと加藤と加藤の手駒。もちろん、新たな敵が来ることは予想していたでしょうねん。つまり、今何もしていな人間がその新たな敵のための戦力と考えることが出来るわん。でぇもぉ?変よねん?あなたと《金属》はここにいるからいいとして……問題はあの二人。」

青葉がリッド・アークと翼たちが交戦している場所から離れたところに立っている二人を指す。《音》のゴッドヘルパーの音切さんと《明るさ》のゴッドヘルパーの清水さんだ。

清水さんは音切さんの後ろに隠れるようにして立っており、音切さんは真剣な顔でカスタネットを鳴らしている。

「あの二人だけ……戦う気がないように見えるのよねん。恐らくぅ……あの二人がこの作戦の最後のかなめとなる……そうでしょん?」

「……答えるわけないじゃないですか。」

「まぁそうよねん。現状、あの程度の攻撃じゃあマイダーリンは苦戦もしないわん。だからあの二人の存在が心配なのよねん。《明るさ》はともかく……あのカスタネット鳴らしてるのは《音》でしょん?そんな強力な《常識》を操るゴッドヘルパーがカスタネット鳴らしてるだけなんて変でしょん?」

私は横目で音切さんを見る。カスタネット……鳴らすのは五秒に一回といったところか。真剣な顔でじっとあるものを見ている。

私の作戦通りのことをしてくれているわけだが……成功させるには音切さんに敵を向かわせてはいけない。いや……むしろ……音切さんの後ろの清水さんに向けてはならない。音切さんの役目として、あの作業と同等の意味を持つのが直接的な攻撃力を持たない清水さんを守ることがある。

「ふぅん?反応を見る限り……やっぱりあの二人が重要みたいねん?となるとあったしがやることはあの二人の殲滅ねん。そしてそれを邪魔するのがあなたたちってわけねん。」

青葉は懐中電灯みたいな棒を振る。すると棒の先端から光が出現した。光は一定の長さで停止する。

私「……ライトセーバー……」

しぃちゃん「ビームサーベル!?」

同時に呟くと(しぃちゃんは叫んだに近い)青葉はそれをクルクルまわしながら言う。

「この武器の説明は不要のようねん?でも……さすがのあったしも二人を同時には相手できないからん……」

青葉はライトセーバーを持っていない方の手を高くあげる。


「コマンド:オートモード!」


私としぃちゃんが困惑していると青葉があははと笑う。

「これで……あれはあったしが命令を送らなくても動くようになったわん。」

「あれ……?」

「あったしとマイダーリンの愛の巣、《カルセオラリア》。」

青葉が指差したのはあの戦艦だった。

「あったしとマイダーリンの家よん。」

「家!?あれが!?」

思わずツッコム私。

「内装はそこらの高級ホテルを凌駕する最高級!広いお風呂に多機能なキッチン!運動場やプールなんかもあるわん。そして一番の注目はあったしとマイダーリンの部屋。もちろんいっしょの部屋よん。そ・し・て……ふかふかのベッドん。」

……マイダーリンというのはリッド・アークのことらしいから……そうか……そういう関係なのかこの二人は。

「ベッド……」

何故かしぃちゃんが鼻血を垂らしている。

「《カルセオラリア》の標的はあなたよん、《天候》。」

「なっ……」

「これであったしは《金属》と一対一で戦えるわん。」

私はあの戦艦と一対一!?いや……でも実際、あんなのと戦えるのは私くらい……なのか?いやでもいくらなんでもあんなのと……


「手を貸しますよ。ハーシェル。」


ふと後ろをみるとジュテェムさんが立っていた。

「あらん?そっちの奴らは今回手を出してこないと思ったんだけどなん?」

「今回の戦いではメリーさんを死守する必要がありますからわたくしたちはメリーさんを守ることに専念します。未だ姿を見せない敵がいるかもしれませんからね。……とは言ってもですよ、さすがに何もしないのは気分が悪いですし。特にあの戦艦の攻撃は広範囲っぽいですから……メリーさんを守るという意味でも破壊する優先度は上ですよ。」

「あ……ありがとうございます。」

ジュテェムさんはふふっと笑う。

「そもそも……天使たちと分断されることは予想外でしたからね。天使たちの力を借りれないのなら代わりに誰かが行動しなくては。」

「わかりました。よろしくです。」

「え……ええ。こちらこそ、ハーシェル。」

「……その呼び方、なんだか恥ずかしくなってきたんですけど。」

チェインさんに何て呼べばいいか(コードネームとして)を聞かれた時に言ったのはまぎれもなく私なのだが……実際に呼ばれると恥ずかしい以外の何物でもない……ということをこの前チェインさんに呼び出された時に思った。

「そ……そうですか。じゃ、じゃあ……あ、あ、あま……雨上……さん?」

「呼び捨てでいいですよ。」

「……!!」

「……?ジュテェムさん?」

「……イキマショウカ……・あ…………あま……・・雨上。」

「はい(?)」

私と何故か顔の赤いジュテェムさんは空中の戦艦を睨みつける。


「予想外ねん……まぁ、あったしがとっとと終わらせればいいだけよねん。」

「わたしを甘く見るなよ。」

「……《金属》ねぇ。《硬さ》もうらやましく思ったけど《金属》も魅力的ねん。」

「?」

「ねぇあなた……今からでもこっち側に来る気はないかしらん?」



 「くっそ……雨上たちは大丈夫か……」

「心配ないのだよ。みんな強いのだよ。それよりも問題はこっちなのだよ。」

オレ様たちの前にいるのは見慣れたかつての同胞。悪魔。

「実際、戦闘というものを一番経験してんのはルーマニアとアザゼルとムームームだからな。お前らの指示で動くぜ?」

カキクケコがなんとなく不満そうに腕を組みながら言う。

ここにいる面々は別に弱くない。ジオ、セイファ、ナガリ、ランドルト、カキクケコの五人だってそれぞれに得意な魔法や技がある。だが確かに実戦を多く経験してんのは……オレ様とアザゼルとムームームだ。

「どうすっかねぇ……」

「とりあえず……元悪魔の王さん、こいつらの中では誰が一番強いのよ。」

ナガリがさらりとそう言った。

「おま……その呼び方……」

「いいじゃない。事実でしょう?」

くすくす笑いながら言われてもなぁ……バカにしてるようにしか聞こえねぇ……

「元悪魔の王、ぶっちゃけこいつらにオレらは勝てんのか?」

「ランドルト……」

「んあぁ?わかったよ……んじゃルーマニア、こいつらにオレらは勝てんのか?」

「勝てる勝てないじゃなくて勝つんだよ……つかてめぇ!何だその必死で笑いをこらえてる顔は!」

「はっはっは。仕方ないと言えば仕方ないのではないか?」

「ジオ!てめぇまで!」

「ふふふ。だって……あのルシフェルがそう呼ばれているんですよ?人間に。」

セイファがニコニコしながら言う。

「いくら悪魔側から戻ったとはいえ、やっぱり私は怖かったです。たぶん、みんなそう思っていたと思いますよ。天使の裏切り者とか思う以前にその圧倒的な力に恐怖していたのです。」

「それが気がつけばルーマニアだもんね。みんなマキナから言われたときはびっくりしたんだよ♪」

「なるほどなのだよ。ルーマニアという名前が親しみ易さを生んだのだよ!」

「そーかよ……」

この場合、誰に感謝すりゃぁいいんだぁ?ま、いっか。


「我々を前にして……余裕だな。ルシフェル。」


オレ様たちの前に立つ悪魔の面々。その先頭に立つ悪魔が言う。……聞き覚えのある声だ。

「ファルファレロ……」

異形の中では目立つ比較的普通の姿。西洋の甲冑がそこに立っている。ただし、その甲冑には中身が無い。刀身が三メートルはある剣を肩に担いでユラユラと揺れている。

「裏切り者。これはお前のための言葉だな。」

「……そういう反応が普通だよなぁ?」

「理解しているわけか。お前がしたことの意味を。」

「……はっきり言ってやろうか……」

「ああ。言ってみろ。それぐらいは覚えておいてやる。」

オレ様は深呼吸する。

「オレ様がしたことはなぁ……神に対して怒りを覚え、一時の感情で反逆して、悪魔と呼ばれる種族を巻き込んで、神と戦って、反省して、神に謝って、今……罪を償うために働いているってだけだ。」

「……だけだと?」

ファルファレロが震える。言葉からにじみ出る感情は怒り。

「お前の事情に悪魔の全てを巻き込んで!気がすんだから捨てたことが!その程度の言葉で表現されるような些細なことだと言うのか!ふざけるのも大概にしろ!」

「あんだよ……捨てられた女みたいなこと言いやがって。残念ながら……オレ様自身はその経験のおかげで今とても楽しく生きてんだ。オレ様としては……まぁそうだな、あれはいい思い出だ。」

「ルゥシィフェルゥッッ!!」


ファルファレロがルーマニアくんに斬りかかる。ルーマニアくんは片手を前に出す。すると久しぶりに見るものがその手から噴出し、ファルファレロを元いた場所に押し戻す。

「怒んなよ。オレ様はオレ様が満足してるからいいんだよ。オレ様が人間に何て呼ばれてるか知ってるか?「傲慢の悪魔・ルシファー」だぜ?」

ルーマニアくんの手にあるのは……炎。ファルファレロはその炎で押し戻されたわけだけど……うんうん、いつ見ても「いつ見ても」って言いたくなる炎なのだよ。


天使の中に「七大天使」って呼ばれるお方がいるのと同じよーに、悪魔にもそういう存在がいるのだよ。いや……「いた」かな?ただただ、悪魔の方はちょこっと違う感じで分けられてるのだよ。

七大天使は簡単に言えば「すごいことしたからすごい感じにまとめとこう」みたいな感じなんだけどもぉ……悪魔でいうそれは「悪魔の力の源を具現化した存在」であーる。人間の皆さんが「七つの大罪」と呼ぶものがそれにあたるのだよ。傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲の七つが人間の罪であり、悪魔の力となる要素なのだよ。その七つの内のどれか一つの感情を持ちすぎて、もしくは世界がそうと認めるくらいな生き方をしている悪魔が七つの力をそれぞれ宿したのだ!うん、似た感じ……それぞれの罪のゴッドヘルパーとなってしまったみたいな勢いである。そうしてこうして、「神に逆らう」という何様っぷりをみんなに見せつけたルーマニアくんは傲慢の力を宿したのでした。


「傲慢はプライド。んまぁ一人称が「オレ様」な時点で納得なのだよ~」

「アザゼル……お前は一人で何を言ってんだ?」

「いやいや、相変わらずの炎だねぇって話なのだよ。傲慢の象徴。絶対的な支配、その具現化。いつ見てもすごいのだよ……その「黒い炎」は。」

ルーマニアくんの手にあるのは赤でも青でも黄色でも緑でもない……黒色の炎。その黒さは漆黒の宇宙を凌駕するほど。見ていると吸い込まれてしまうんジャマイカと感じるほどにヤバイ感じなのだよ。そして……外見のインパクトに劣らない攻撃力を持っているのだよ。

「さてと、ファルファレロ。オレ様はオレ様の仕事をするぜ?オレ様の過去から出てきたゴミ掃除をよ。」

「殺す!!」

ファルファレロの一言を合図に悪魔たちが襲いかかる。

「おいこらルーマニア!結局どいつに警戒しろだとか聞いてないぞ!」

カキクケコのわめき声を聞きながらルーマニアくんは笑う。

でもでも……俺私拙者僕にはわかりんす。今ルーマニアくんはとても悲しい顔をしているのだと。

「無茶しちゃって♪こころにも無いこと言っちゃってまぁ。」

ムーちゃんがボソッとルーマニアくんに呟く。

「これでいいんだよ。万の言葉を並べても所詮は言い訳にしかなんねぇ。だったらオレ様は微妙な雰囲気を作るよりはあいつらの敵としてありてぇんだ。」

「あっはっは。何様なのだよルーマニアくん。」

「オレ様だ。」


オレ様たちのもとに迫る悪魔たち。いや……正確にはオレ様のもとにか。その数はとんでもない。悪魔全体の三割っつうのは数字に表せばバカみたいな桁数になる。視界を埋め尽くすほどだ。

「ルーマニアくん。俺私拙者僕たちはこの悪魔たちを……」

「……言いたいことはわかる。神の考えは「とりあえず大丈夫」だ。今現在悪魔を率いているのはサマエルであり、サマエルに従う悪魔たちはきちんと統率がとれているからサマエルがしようとしなければ神に挑んだり、下界で騒いだりもしない。そしてそのサマエルは神の力を十分に理解している。そもそもサマエルは今のままじゃ勝てないとわかっているから《常識》のゴッドヘルパーになろうとしてるわけだしな。だから……サマエルの言葉を借りるのなら、「全体の七割」はやたらめったらに殺さなくていいわけだ。だが……残りの三割、つまりは目の前のこいつらは統率のとれていない厄介な連中。サマエルが王になってから今まで起きた悪魔絡みの事件はこいつらの仕業。だから……」

「殺していいっていうことだね。俺私拙者僕は彼らも救いたいと思ったりなんなり。」

「……強欲なやつだな。」

「マモンほどじゃないのだよ。」

アザゼルが迫りくる悪魔に右手を向ける。

「安らかに。」

ゴオッッ!!

アザゼルの右手から一筋の光がのびる。

そして次の瞬間、視界を埋めていた悪魔の二割ほどが消滅した。

遅れてやってきた轟音に、こちらに迫っていた悪魔が全員驚愕し、目の前の現実に戦慄した。

「カキクケコ。」

アザゼルがカキクケコの方を見る。カキクケコはばか面でアザゼルを見ている。

「警戒すべきはあいつらなのだよ。」

視界を埋め尽くすほどの悪魔たち。ファルファレロの一言でほとんどの悪魔が襲いかかってきたが……そうしない奴もいた。ただただじっとこちらを見ている。流されず、静かにたたずむ悪魔たち。数は十体。

「あれが本当の猛者なのだよ。ついでに言えば……一番最初に襲いかかってきた如何にも雑魚のやられ役みたいなファルファレロが……この中では一番強いのだよ。」

「へ……へぇ……そうかよ……」

「ルーマニアくん。俺私拙者僕がうしろの雑魚を一掃するのだよ。」

「わかった。」

「……始めて見たぜ……これがアザゼルの二つ名の由来か……」

カキクケコがばか面+あほ声で呟く。他の面々も息をのんでいる。ムームーム以外は。

「《ホルンいらずのアザゼル》だね♪」

いつからそう呼ばれ出したのかは分からないが、アザゼルはそう呼ばれている。


《ホルンいらずのアザゼル》。ここで言うホルンとは《ギャラルホルン》のことだ。確か……んん?何年前だったか忘れたな。ま、とにかくめっちゃ昔に《ラグナロク》っつう平たく言やぁ上の連中の大喧嘩があった。その大喧嘩の開幕を知らせたのが《ギャラルホルン》っつう笛。《ラグナロク》は「この世の終わりの戦い」だとか「最終戦争」だとか呼ばれるくらいに激しいものだった。つまり、《ホルンいらずのアザゼル》というのは《ギャラルホルン》なしで《ラグナロク》を起こすぐらいすごいアザゼルさんという意味。なんの合図も無しに突然世界の終わりの戦いを引き起こすほどの力を持つってことなわけだ。ちなみにオレ様はもうひとつの二つ名《一人でラグナロク》がお気に入りだ。


「んじゃやんぜお前ら。あの一〇体から好きなの選んで倒してくれ。」

「適当ねぇ、ルーマニア。」

「数があいませんしね。」

「余ったのをオレ様が担当する。」


「お前に選択権はないぞルシフェル!」


ファルファレロが迫る。オレ様は黒い炎を両手から出し、その形を剣にして迎え撃つ。

「オレ様に勝てると思ってんのか?あぁ?オレ様を誰だと思ってやがる!」

「裏切り者だろうがぁ!!」

「元・てめぇらのトップだボケェッ!!」



 あたしは拍子抜けしていた。晴香の考えた作戦がとても上手くいってる証拠なんだけども……なんというか、レベルを十分に上げて装備も充実させて準備万端でボスに挑んだのにそのボスがとっても弱かった……みたいな。

 一言で言えばリッドは逃げ回っている。飛んでくる銃弾と岩は少し受けたりしているけどマグマだけは完璧に避けてる。逃げながらあたしたちに砲撃をしてくるけど今のあたしたちには当たらない。

「……時間の問題ってやつかしら?」

 そんな優勢でも……というか優勢だからこそかしらね、あたしは不安を感じる。何かを狙ってるんじゃないかって。チャンスをうかがっているんじゃないかって。

 だからあたしは次のステップに進めることにした。

「南部!」

 あたしの声に反応して南部が近づく。

「花飾くん……ぼくは一応きみより年上なんだけどなぁ……」

「知らないわよそんなこと。それよりも。例のやつを頼むわ。」

「追い打ちをかける気かい?」

「……あんたは思わないの?あまりに拍子抜けだって。うまく行きすぎって。」

「なるほど。相手の出方を見るわけだ。了解。」

 南部は両手を前に出して表情を強張らせる。


 晴香が南部に頼んだことは二つ。一つは《世界方眼紙計画》を発動させること。もう一つは手で触れなくても物の個数を操れるようになること。

 あの顔合わせで見せた「ストローを一本から三本に増やす」という行為の応用。リッドへの集中砲火、銃弾と岩とマグマの個数を増やすっていう作戦のために。

 触れずに個数を操るっていうのはそこまで無理難題ではないみたい。力石みたいに操るのがそもそも目に見えない《エネルギー》とかじゃなくて目に見える光景の話だしね。


「今のぼくじゃぁ一を四に変えるのが限界だよ?」

「良いわよ。それでも単純に攻撃が四倍に増えんだから。」

「それじゃいくよ!」

南部の声と同時に、視界いっぱいに飛び交っていた銃弾やらなんやらが一瞬でその個数を四倍に増やした。

「なぁっ!?」

リッドの驚愕はすぐにかき消され、大量の銃弾と岩がその身に注がれた。

岩が砕ける音、銃弾が金属に当たったような音が響く中、リッドはウイングからジェットを噴射させて飛びまわる。どうもマグマを避けることを最優先にしているみたいで、それだけは全て避けている。でも代わりにその他は全てくらっている。

「いい様ですわねぇ!このアタシを敵にまわしたことを後悔なさい!」

「このまま押し込むぜーっ!」

 クロアと力石が撃ちまくり、飛ばしまくる。

 あたしの考えすぎだったのかしら?リッドは見た目通り、追い詰められていたの?

 あたしは飛びまわるリッドを目で追う。砕けた岩の中を粉塵を引きながら飛んでいる。その顔は……苦戦している感じの顔だった。

「やっぱり考えすぎ……」

 瞬間、あたしが言うのもあれだけど……あたしは違和感を覚えた。あれれ?変……よねぇ?うん?何が変なの?考えてあたし。絶対的におかしい部分があるわ。でもそれが何なのかわからない?

「……落ち着くのよ……」

 あたしは《変》のゴッドヘルパー。《変》という感情を引き起こす原因を探すのなんかわけない。記憶を検索、常識を参照、光景を認識。照らし合わせて結論を……

「あ。」

 あたしは思わず声をだす。それに反応したのは南部。

「どうしたの?」

「……あたしってばなんて勘違いをしてるのかしら。」

「勘違い?」

「……あたしたちって……本当に優勢なの?」

「えっ?」

「だってさ……リッドは無傷じゃない。」

 そう……そうなのよ。ウイングで飛んだりキャノン砲撃ったりしてくるから常識がうやむやになってたけど……銃弾や岩が直撃してるのになんで無傷なのよ?アザゼルが言ってた。イギリスで戦ってる時も銃弾が当たってもピンピンしていたって。

「《反応》の力?《反応》の力でダメージを無くしてる?それならなんでマグマは必死に避けんのよ。ダメージの種類で対応できるものとできないものがあるってわけ?」

「そう言われると……確かにおかしいね……あれだけの攻撃で無傷……」

「それに無傷ってことは効かないってことでしょ?マグマだけは効くとしてもその他は完全に無視できる……だったら銃弾も岩もお構いなしにもっとガンガン攻めてこれるはずよ。それこそ……あんな上からじゃなくてもっと近づいてから至近距離で砲弾を撃てるはず……!」

「それもそうだね……それに、ぼくとしてはこの音もおかしく思うよ。」

「音?」

「ほら、弾とかがリッドに当たった時の音だよ。」

 岩が砕ける音、銃弾が金属に当たったような音。

「別にぼくが銃弾飛び交う戦場に言ったことあるわけじゃないけど、イメージというかなんというか……弾が当たった時の音がさ、まるで金属の塊にぶつかったみたいな音でしょ。」

「しかも岩は当たったら砕けてる……」

「そう・・まるでリッド・アークがすごく「硬い」かのような……」


「そのとーりだぜ!」


 リッドが突然叫び、あたしたち一人ずつに砲弾を撃ちこむ。もちろん全員がそれを避けたけど、その瞬間にこっちの集中砲火は止まった。

「そっちの頭脳は《天候》だけかと思ってたんだけどなぁ!キレる奴が他にもいたか。」

「……よくあたしたちの会話が聞こえたわね。随分すてきな地獄耳を持ってるようねぇ?」

「ほめても何もでねーぞ?」

さっきまで必死に逃げ回っていた奴とは思えない余裕の笑みで、リッドは空中でホバリングしてる。

「だがまぁ……気付くのが遅すぎたな。俺の目的は達成されちまったぜ。」

「目的……?」

「お前ら、いろいろと力をかけ合わせてその目と運動能力を手に入れてんだろ?そして……その手に入れた力の内、どれかひとつでも欠けるとお前らは無力となる。だがしかしだ、どれかひとつを俺が使えなくするにしてもやっぱり攻撃があたらねーと意味ねぇーわけだ。だからよ、俺は攻撃をあてる方法を考えたわけだ。」

リッドはあたしたち、ひとりひとりを見る。

「砲撃をした時の避け方。砲弾の見方。いろんなものを観察し、お前ら全員に共通する項目をピックアップした。結果、お前らの視界には砲弾の軌道が映っているということがわかった。」

「な……そんなことを観察しただけでわかるわけないでしょ!」

「お前のものさしじゃわかんねーかもな。だが俺のならわかる。経験と性能の差だな。」

 リッドはキャノン砲をあたしたちに向ける。すると、キャノン砲の砲身が真ん中あたりで膨らんだ。まるで……蛇が得物を丸のみした時みたいに。

「そういう視界を持っている場合、こういうのに弱いと思うぜ?」

砲身の膨らんだ部分がゆっくりと砲口に移動してく。そして、


「キロ・サウザントォ!!」


 今まで放たれていた砲弾の一〇倍はある砲弾が発射された。

 軌道は見えた。砲弾は誰にも当たらないポイントに向かっていくことがわかる。視界に砲弾が描くであろう軌跡が見えるからだ。でも……問題はそこじゃなかった。

 あたしの視界に映っている軌道はひとつじゃない。今まではあまり問題にならなかった「砲弾が地面に当たった時に飛んでくる瓦礫」の軌道も見えちゃっている。砲弾が大きくなった分、瓦礫も大きくなるから、この《世界方眼紙計画》があたしのことを守るために視界に表示しているのだろうけど……瓦礫の数が半端じゃないから視界に映る軌道も半端じゃない。つまり、視界が「予測される軌道」で埋まってしまっているわけで……だから……その……少なくとも……今見ている視界の中には逃げ場がないということをあたしの目は言っているわけで。

「っ!?」

刹那、砲弾が地面に着弾した。今までとは比べ物にならない轟音が響き、予測通りに瓦礫がとび散る。

「こっちだ!」

南部があたしの肩をひっぱってうしろに倒す。いくつもの瓦礫があたしの頭をかすめていき、一拍遅れて砂埃が舞った。


「……いいねぇ。」

 リッドが呟きとも叫びともとれる音量で言った。あたしは髪についた砂埃を掃いながら立ち上がる。目の前にはいつだったか、晴香と相楽先輩が戦ったときに道に出来たのの三倍はあるクレーターがあった。

「やられましたね……」

山本のおじさんが片手で頭を抑えながら立っている。顔の半分が赤く染まっていた。

「ちょっ……」

「ああ、大丈夫ですよ。ちょっとかすめただけですから……」

 まわりを見ると愛川と力石がそれぞれお腹と肩をおさえている。瓦礫が当たったみたいだ。

「ふつーなら。」

リッドがニヤニヤしながら言う。

「目の前に何かでかい物が落ちてくる場合、後ろに逃げるよなぁ?影響を受けないようによ。だがしかし?今のお前らはその目に頼っていた。その目があれば大丈夫ってなぁ。それが突然……どうだ?軌道で埋まったら?今まで信頼していた物が回避不可能を告げる。そりゃあ立ちつくしちまうよなぁ?うしろに引きゃあよかったのにな。お前らの今の運動能力なら余裕だったのに。」

 あたしたちの作戦を逆手に取った攻撃。特に、愛川がダメージを受けたのは深刻だ。あのダメージで動きも鈍るだろうから、リッドの攻撃を受けやすくなった。《視力》の力が消えたとき、あたしたちは軌道が見えなくなる。

「お前らの致命的な欠点は、一度でも攻撃を受けると行動に大きな支障が出るっつう素人っぷりさ。」

「あんたはプロってわけ?だからいくら攻撃を受けても無傷ってわけ?」

「んん?さっき答えたじゃねーか。そのとーりって。」

 さっき?……あいつが「そのとーり」って言う寸前に言っていたことは……

「……あんたがすごく硬いって?」

「ああ。」

「それも《反応》の力ってわけ?いろんな応用ができんのねぇ?」

「遠まわしに言えば正解だが……たぶんお前が思っていることははずれだ。硬いことそのものに俺の力は関係ないぜ?」

 ……何を言っているんだこのおもしろ未来人は。

「そうだなぁ……そこで腹おさえてる《視力》に聞くといいぜ?」

 あたしは愛川を見る。愛川はなんのことやらという顔で叫ぶ。

「おれが何を知ってるってんだよ。」

「俺のことをじっくり見るとわかるぜ。お前ならな。」

 リッドの言葉に怪訝な顔をしつつ、愛川は目をカッと開く。お得意の透視でもしているのかしらと思っていると愛川は突然その顔を驚愕の表情で埋めた。

「……!?……はっ?……んだ、お前……!?」

「愛川!なにが見えたのよ!」

 愛川は信じられないと言う顔であたしを見た。

「こいつ……人間じゃねぇ!!」

「はぁ?何言ってんのよ!ちゃんと説明しなさいよバカ!」

「こ……こいつ……こいつの体……機械で出来てるんだよ……・」

 ……なんだって?機械でできてる?

「ほほう、さすがだなぁ、《視力》。女の裸も見放題ってわけか。うらやましいかぎりだぜ。」

 愛川は女性の透視はできないんだけど……てかそんなことはどうでもいいのよ!本人が認めた!?こいつは機械!?

「正確には眼球と脳みそ以外だがな。脳みそは俺が俺であるために、眼球はその性能から残してる。知ってっか?人間の目って実はすんげー高性能なんだぜ?ただその性能に頭がついてこれねーんだとよ。だから脳みそと眼球をつなぐ回線をちょちょっといじれば最高性能のカメラになんだなぁ、これが。」

「……何言ってんのあんた?ジェットで空飛んでキャノン砲を撃ったと思ったら今度は自分はサイボーグですって?バカにすんのも大概にしなさいよ!」

「だが理解できるだろう?俺の体は鉄よりも硬い物質で出来てんだ。だから銃弾も岩石も気にしない。ただまぁ、マグマの高温だけはどうなるかわからねーから避けたけどよ。」

「本格的にあんたは……未来から来たのね……」

「違う違う。俺はちゃんとこの時代の人間だし、俺の体を形作る技術も現代のものだぜ?」

「どの口が言うんだか……」

「ま、驚くのも無理はないか。でもこれは事実。これこそがマイスウィートエンジェル、青葉結の力なんだからな。」

「力……?」

「んあ?教えてやろうか?マイスウィートエンジェルの操る《常識》はなぁ―――」



火花が散る。わたしの刀と青葉の光の剣。撃ち合う度にバチバチッという音が響く。

「あは。あはははは!すごいわねん、あなたの刀はん!」

「そういうお前の剣もかっこいいな。だがしかし、そういう輝く武器は正義が持つべき武器だ!お前に持つ資格はない!」

「おもしろいわねん。この、見る人が見ればよだれがでちゃう程の技術を正義の武器とはねん。」

 正直、青葉は強い。あの光の剣には切っ先がない。棒状に伸びる光、その全てが刃となっている。だから角度も向きも関係なく振りまわしてくる。青葉自信も相当な手だれのようで、戦う術を身につけている。

「やっぱりこっちに来なさいよん。あったしがその力を有効に使うからん。」

 わたしの刀を弾いて距離を取った青葉は腰に手をあてながらそう言った。

「使う?」

「そうよん。あったしは技術者よん?《金属》を操る力なんて魅力的過ぎるわん。」

「そうか……お前があの空に浮かぶ戦艦やリッド……なんとかの武器や翼を作ったのだな。」

「リッド・アークねん。覚えてちょうだい、あったしのダーリンなんだからん。」

「お前は……何のゴッドヘルパーなんだ?《技術》か?それとも《漫画》か、《アニメ》か。」

「ふぅん……あなたにはこの技術が全て漫画やアニメにしか出てこないようなものに見えるのねん?」

「当り前だ!あんなもの見たことない!」

「それはまちがいよん。」

 青葉は構えていた光の剣を下げて剣を持っていない方の手を上げて人差し指をくるくるまわしながら言う。

「人間が考えることの全ては実現可能なのよん。ただ、それを現実のものにするには莫大なエネルギーやバカみたいな性質をもつ物質が大量に必要だったりするだけ。揃うものが揃えば人間に作れないものはないのよん?」

「……だから、その莫大なエネルギーとかが現実的じゃないって言うんだろう……」

「そこを補うのがあったしの力よん。」

「お前の……力。」

「ねぇ……あなたはこういう「技術」っていう概念が結局どういう形に収まるか知ってるかしらん?」

「……わたしは頭が悪い。簡単に言ってくれ。」

「あらそう?じゃ答えを言うわねん。正解は原因と結果よん。」

「原因と結果……?」

「そうよん。例えば今あったしが持ってるこの剣。光の刃を出現させる方法。形の維持の方法。エネルギーの貯蔵方法。いろいろな技術が入っては来るけど結局は「スイッチを入れ」たら「光の刃が一定の長さまで伸びる」ってだけでしょん?」

「まぁ……そこだけ見れば……」

「原因である「スイッチを入れる」と結果の「光の刃が一定の長さまで伸びる」の間にあるのは何であろうと全て……「過程」としてまとめられるわん。そして、技術者的に言えば……それはつまり、《仕組み》よん。」

「《仕組み》……」


「あったしは《仕組み》のゴッドヘルパーよん。」


「《仕組み》?そんなものに常識があるのか?」

「今言ったじゃない、「《仕組み》は原因と結果の間にある」これがひとつの常識でしょん?」

「ああ……そっか。」 

 わたしは青葉の剣を見る。つまりあの剣は《仕組み》の力で機能している現代の技術の塊であるわけで……ってあれ?

「……それで結局お前は《仕組み》を使って何をしているんだ?」

「うん?《仕組み》を無くしているだけよん。」

「……わ、わかりやすく言うと?」

「そうねん……簡単に言うと原因、《仕組み》、結果の三段階を二段階にしているのよん。だから莫大なエネルギーだとかがいらないのよん。」

「……もう一息……」

「えぇっとねん。ゴッドヘルパーっていうのはシステムに干渉できるからこそこういう非常識なことができるってことはわかるわよねん?」

「もちろんだ。」

「あなたを例にするとねん、あなたは《金属》王国の王様で、その国の国民である《金属》はあなたの思い通りにできるのよん。生死でさえもねん。」

「生死?……まさか!」

「気付いたかしらん?そ、あったしたちはその《常識》をコントロールできると同時にそんなものはなかったって定義することもできるのよん。まぁ、システムそのものの破壊は出来ないけど、一時的にシステムを停止させることはできるってわけよん。」

「えぇっと……つまりお前は《仕組み》っていう《常識》をなかったことにしているってことか?」

「正確には省いているのよん。あったしはその技術の全貌を完璧に理解して、何がどうなってそうなっているのかを理解できたならその《仕組み》を省略できるのよん。あったしは《仕組み》のゴッドヘルパーだから《仕組み》という概念そのものを消せるのよん。」

「《仕組み》を省くと……そんな剣が作れたりするのか……?」

「そうよん。」

「そうなのか…………?」

「例をあげましょうかん?今あったしの目の前に電池と導線とスイッチと豆電球があるとするわねん?」

「ああ。」

「これらを接続して、「スイッチを入れると豆電球が光る」回路を作ったとするわねん。なんで豆電球が光るかわかるかしらん?」

「……スイッチを入れると電気の通り道がちゃんとつながって電気が豆電球に流れることができるから……?」

「正解よん。ではこの場合の原因と結果は何か。答えは「スイッチを入れる」ことと「豆電球が光る」ってことよねん?それ以外の「導線の中を電流が走る」だとか、「電池内部の電気エネルギーが消費される」だとかいうことはつまり《仕組み》。あったしはそれを省くことが出来るのよん?」

「じゃ……じゃあお前はスイッチと豆電球があれば豆電球を光らせることができるっていうのか!?」

「そうよん。」

 そうか。やっと理解できたぞ。リッドが装着しているキャノン砲もウイングも、あそこで浮いてる戦艦も光の剣も。現代の技術で作ろうと思えば作れるんだけど、実際に作ったらエネルギーとか強度だとかの問題でものすごく巨大なものになっちゃたり、一度しか使えないような物になってしまったりするんだ。そう言った「問題となる《仕組み》、めんどうな過程」を青葉は省略できるわけか。

「ま、《仕組み》のシステムとあったしの頭脳があって初めて実現可能な現象よん。なんにせよ、一度は完全に理解しなくちゃいけないんだからねん。」

「なるほどなるほど。わかりやすい説明だった。学校の教師もこれくらいわかりやすい説明ならなぁ……」

「教師っていうのは全体的に教えていかなきゃいけないからねん……もしもあなたと一対一で教えることが出来たらその教師はあなたを素晴らしい生徒だと思うにちがいないわよん?」

「?なんでだ?」

「あったしの話もきちんと考えながら聞いていたでしょん?わからないことはわからないと言うし、飲み込みもなかなか早い。教えがいのある生徒よん。実際あったしもあなたのその態度に釣られてついつい全部しゃべっちゃったものねん。能力をばらすなんて不利な状況にしかならないのにん。」

知識のある人間はその知識を披露する機会を常にうかがっているのよねん、と言いながら肩をすくめる青葉は嬉しそうなため息をついた。

「さぁてとん?こんだけ教えたんだから……こっち側に」

「そっちには行かないぞ。わたしの正義はこちらにあるのだ。」

 わたしは刀を構える。青葉もやれやれという感じに剣をかまえる。

「むん!」

 わたしは踏み込む。青葉との距離は一〇メートルといったところだがそのぐらいなら一瞬で縮められる。刀の柄を持つ手の位置をずらし、つま先から脚を回転、遠心力と慣性で青葉に斬りかかる。

「雨傘流一の型、攻の三!《扇》!!」

 青葉がわたしの攻撃を後ろに倒れる形で避け、同時に鋭い蹴りを放つ。あごを狙った一撃だがわたしは顔を横に軽くずらすことでそれを避ける。横に振るった刀の慣性で一回転し、わたしはさっきより低い位置に刀を走らせたが、青葉は後ろに倒れる流れでバク転をして刀を避けて距離を取る。

 わたしが刀を振るった態勢からいつもの構えに戻る前に、青葉は距離をつめて来る。気付いたときには眼前に光の剣による「突き」がわたしの体に向かって放たれていた。わたしはとっさに刀を横にし、それを防ぐ。

弾ける火花で一瞬目が眩むわたしに、間髪いれずに青葉は縦、横、ななめ、あらゆる軌跡で剣を振る。防ぐ度に火花が散る。時折顔に飛んでくる火花に熱さを覚えるがそんなことにかまっている余裕がないほどのラッシュが青葉から放たれる。

「このぉっ!」

 わたしはノーモーションで刀の刃から極薄の刃を発射する。青葉は突然射出されたワイヤー状の刃に押されて後ろにさがる。

「ふぅん。《金属》の力って便利ねぇん。」

 絡まる極薄の刃を光の剣から振りほどく。

 何かの「型」があるわけではない。わたしから見れば完全にデタラメな動きなのだが、とにかく攻撃が速く、一発目を許すとそこから途方もない手数が叩きこまれる。わたしはまだ血液の加速を行っていないのだがそれをしてもついて行けるかどうかという速度だ。この速度はあのなんだかカッコイイ服装のおかげなのかな……

「というかん……そもそもこの剣を弾いている時点ですごいんだけどねん。」

「……刀と剣がぶつかっているのだから当たり前じゃないか。」

「それは互いが《金属》で出来ている場合よん。あったしの剣の主成分は光よん?高出力のレーザーを最高の反射率の鏡で反射させてそれをまた反射させることで二つの鏡の間に出現させたのがこの光。《仕組み》を省いてるからわかりにくいかもしれないけどこれはただの光。光子よん?それが《金属》とぶつかることができているっていうのはだいぶぶっとんだ現象なのよん?」

「よくわからないが……光だって鏡で反射できるんだからぶつかることもできるだろう……?」

「限度があるって話よん。あなたは快晴の日に道路で「うっ、太陽光がぶつかってくるから車が前に進まない!」なんていう光景を見たことあるぅ?」

「……ないなぁ……」

「本来ならこの超高温の光に触れた瞬間に刃の部分の《金属》は溶けるはずなのよん。それをさせないっていうのはつまりあなたの力なわけねん?」

「よくわからないが……わたしの刀は絶対に折れないし曲がらない!溶けもしない!この形を保ち、最高の切れ味をここに実現させ続けるのだ!」

「……《金属》のゴッドヘルパーがそう思っているのだからそうなる……か。あったしが《光》のゴッドヘルパーだったならその刀も溶かせたかもねん。」

 青葉は剣を持っていない方の手を腰の後ろにまわす。そこから取り出されたのは懐中電灯のような棒状の物。

「!まさかお前!」

 新たに出てきた懐中電灯のような棒から同じ光の剣が出現する。

「残念ねん。」

 突然青葉の肩辺りについていたプロテクターのようなアーマーのようなものから腕が出てきた。

人間の腕ではなく……機械の腕が両肩から一本ずつ伸びる。機械で出来た腕、その手が「パー」の形に開かれると手の平からも光の剣が伸びた。

「二刀流じゃなくて四刀流でしたん。」

「……すごく「悪役」っぽくていいんじゃないか?」



《カルセオラリア》は空中に浮いている。それに対して私は地面に立っている。

「……私、飛べないんで下から援護しますね。」

 隣に立つジュテェムさんに呟く。《重力》を操れるのだから飛べるのだろう、うらやましい。

ジュテェムさんはにっこりと笑って私を見る。

「御心配なく。」

 確かに。《重力》のゴッドヘルパーなら援護はいらないかもしれない。なにせあの《重力》なわけだし。私の《天候》よりも強力な《常識》だ。

「あま……雨上も飛べるようにしますから。」

 確かに。《天候》のゴッドヘルパーなら飛べるかもしれない。なにせあの《天候》なわけだし。…………うん?

「わたくしの力でね。」

 そう言うとジュテェムさんは私の頭にポンと手を置く。

「はい、これで雨上は飛べます。」

「え……えぇっ!?」

「雨上が飛びたい方向に《重力》が働いてひっぱるようにしました。姿勢の制御等も《重力》でしますから安心して飛んで下さい。では行きましょうか。」

 私がジュテェムさんの言葉を咀嚼しようと頑張っている横でジュテェムさんはふわりと浮いた。そして一気に加速し、《カルセオラリア》と同じ高度に達する。

「えぇっと……うんと……と……飛べぇ~……?」

 私は両手を上に上げてつま先立ちする。

 すると突然浮遊感が私を襲う。気付いたら私はとんでもない速度で上昇していた。

「うわわわわわわわわわわわ????!!!」

 がらじゃない声をあげて飛んでくる私をジュテェムさんが捕まえて同じ高さに立たせて(立っているわけではないが)くれた。

「ゆっくり慣れて下さい。」

「慣れるって!浮いてる!私が!」

「あはは。」

「笑いごとじゃ……」

 イマイチ感覚がわからない。ふらふらしながら私は正面を見る。

 ちょうど《カルセオラリア》の砲台の一つが私たちに向いた所だった。

「ちょっ!」

 私が背中にゾッとしたものを感じた瞬間、視界が光で埋まった。

「大丈夫です。」

 放たれたビームは私たちに直撃するかと思われたが、手前で直角に曲がり、空の彼方へと飛んで行った。

「ええぇ……何ですか今の……」

 私が目をパチクリしながら聞くとジュテェムさんは笑いながら答えた。

「ビームのちょっと上あたりに高重力を発生させただけですよ。」

 さも当然のように言われてしまった。

 ジュテェムさんは《カルセオラリア》を見る。たっぷり一〇秒ほど視線を送ると私の方を困った顔で見てきた。

「これは厄介ですね。」

「何がですか?」

「今、高重力を上下からかけて潰そうとしてみたり、重力を切って宇宙の彼方に飛ばそうとしてみたりしましたけどびくともしませんでした。」

「この一瞬にそんなことが!?」

「どうやらあっちも重力を制御して浮いているみたいですね。それを応用することで重力操作を無効化しています。」

 確かに……この戦艦にはジェットもなければプロペラもないのでどうやって浮いているのか疑問だったのだが……まさか重力を制御しているとは。一体どういう仕組みなんだ?

「とりあえずこいつの重力制御さえ止めてしまえばわたくしが宇宙まで飛ばすのでまずはそれを目標にしますが、その際にひとつ注意事項があります。」

 ジュテェムさんがしゃべっている間もビームは放たれる。だがそれらは直前で直角に曲がって宇宙へ向かう。

「注意事項ですか。」

「ええ。こちらの攻撃にせよ、相手の攻撃にせよ。さらにはあいつを破壊した時の破片でさえも、決して下には落とさないようにして下さい。」

「そ……そうですね。下にやってしまうと集まった人に当たってしまいますしね……」

「まぁ……そうなんですけど。正確にはできるだけ元に戻さなければいけないものを増やさないようにして欲しいのです。」

「?」

「例えばですけど……メリーさんがある人の時間を一分間巻き戻すとした時、その人が一分間ぼけっと立っているだけの場合と一分間全力疾走している場合ではメリーさんにかかる負担が違うのです。」

「え……そうなんですか。」

「戻す対象が増えますからね。今の例で言えば全力疾走した場合はその人の体力とか移動距離とかですね。ただでさえ体力を使う「全世界の時間操作」ですから……できるのなら怪我人、死人とかは出さない方がいいわけなのです。だから下には。」

「わ……わかりました。」

 ふと前を見ると《カルセオラリア》の砲台は全てこちらを向いていた。

「……あま、雨上はとりあえずいろんな《天候》を試してみてください。わたくしがサポートしますので。」

「了解です。」

 私は《カルセオラリア》の上に視線を送る。今の私は一つの《天候》を起こすのに一秒もかからない。

「雷!」

 一瞬で雷雲が広がり、《カルセオラリア》に雷が落ちた。

 ピシャアッ!という音とゴロゴロという雷鳴が重なって轟音となる。

 クリス戦で放ったような「一撃でビルを一棟消し炭にする」ような雷は放てないものの、それなりに威力のある一撃だった。だが《カルセオラリア》は少しの帯電もせずに雷を弾く。

「なら!」

 《カルセオラリア》を四方向から囲む竜巻を発生させる。それぞれの風向きのベクトルは異なり、全てを受ければその物体は粉々になる。

 だが《カルセオラリア》は少し揺れた程度でそこにあり続ける。

 《カルセオラリア》の上部についたいくつかの箱のようなものが開き、そこから煙を尾に引くいくつものミサイルが発射された。

「お……同じことです!」

 飛来するミサイルは全弾軌道を変更し、遥か上空へと飛んで行き、ある一か所で互いにぶつかって爆発する。

「さすがですね。」

「いえ……雨上の《天候》に比べたら微々たるものですよ……」

 信じられないものを見るような目でジュテェムさんが私を見てくる。

「あんな速度であんなものを放たれたらどんな力を持っていても対処できない気がしますね……」

「そんなすごいものを見るように言わないで下さい……私からすればジュテェムさんの《重力》の方がよっぽどすごいんですから……」

 しっかしどーすればいいんだか。私の雷も風も効かないとなると……あとは……

「ジュテェムさん、ちょっと力を貸して下さい。」

「ええ。」

「あいつを中心に出来るだけ大きな重力をかけてください。」

「かけるのはいいですけど……かけたままにすると下にあるものとかが超速であれにぶつかることになるので一瞬ですよ。」

「それでいいです。」

 私は再び《カルセオラリア》の上に雲を発生させる。

大きさは《カルセオラリア》よりも小さくし、雲の温度を下げる。

「はっ!」

 私の声を合図に雲から雹がこぼれ出す。

大きさは五センチ程。本来ならその落下速度は一〇〇キロを超える程で、かなりの被害を生む威力を持っているがそれは対象が家屋や生き物である場合だ。相手があんな戦艦ではこころもとない威力しかないが……

「ジュテェムさん!」

「はい!」

 ジュテェムさんが片手を落下する雹に向ける。すると雹の落下速度が一瞬で視認できないレベルにまでなった。

 ドガガガガガガガガッ!!

 銃が乱射されたような音が響く。

 見ると雹のほとんどは《カルセオラリア》に当たった瞬間に粉々に砕けていく。だが、いくつかはその艦体にめり込んでいる。《カルセオラリア》を包む装甲にも不完全な部分があるようだ。

「設計上、どうしても装甲を薄くしないといけないような場所ですね。これだけ現代の科学を無視したものにもそういうものがあるとは!」

 ジュテェムさんは笑いながら弾かれたり砕けたりして下に落ちようとしている氷を空の彼方へと飛ばしている。おそらく再び落ちてくることがないくらいに高度な所へ飛ばしているのだろう。

「行けそうですね!」

 私が勝機に喜んでいると、《カルセオラリア》がビームを放った。

 さっきまでと同様にジュテェムさんが曲げるかと思った。だがなぜかジュテェムさんは焦り顔で私にものすごい速度で近付き、手を引っ張って横に移動させた。

 ビームは直進して行った。幸い、ビルとかが壁となるような高度ではなかったので何も壊さずに行ったが……

「ジュ……ジュテェムさん?」

「なんてことだ……」

 ジュテェムさんは驚愕でその顔を埋めている。

「さっきも言いましたけど、高重力は長い間発生させると他の物も引き寄せるので一瞬しか発生させられません。だからあれの砲身が光った瞬間からタイミングを測って発生させていたのですけど……今あいつ、フェイントをしてきました。」

「フェイント?」

「撃つふりをして一瞬わたくしの重力を発生させるタイミングとずらしてきたんです。」

 撃つふり?それはつまり……あの戦艦がかなりの頭脳を持っているということであり、学習したということだ。

「これはだいぶ忙しくなりますね……あのビームを避けつつ、さっきみたいな雹を喰らわせていく……今のとこ策はこれだけですし。」


『策など無い。のである。』


 突如耳にくぐもった低い声が聞こえた。ジュテェムさんを見るとジュテェムさんも首を傾げている。今の声は……?

『こっちこっち。である。』

「……まさか……」

 私はおそるおそる《カルセオラリア》を見る。するとその黒い艦体の上部、上から見ればちょうど真ん中あたりに頭が出現していた。

 四角と三角を上手い具合にかっこよく組み合わせたような頭。その中心には赤い目が一つ光っている。

「「しゃべった!」」

 私とジュテェムさんが息をぴったり合わせて驚くとその頭……《カルセオラリア》は言う。

『もう一度言う。のである。策など無い。のである。装甲の薄い部分は我が創造者のロマンを実現させるためのもの。である。故に、そのロマンを起動させた時、その装甲の薄い部分は弱点にはならない。のである。』

「ロマン……?」

 私はそのロマンが少しわかってしまう故に訊き返した。

 こんな大きな戦艦だもの……あれをしないわけがない……

『そう。である。いざ、変形!である。』

 予想通りに《カルセオラリア》は変形し出した。

 戦艦の後部が真ん中で分かれ、真横に折れる。そして戦艦前方部が少し伸びると同時に横に折れた後部が回転して腕になっていく。伸びた前方部は先端で折れたり回転したりして脚に。ちょうど胸の位置にあたる場所にあったいくつかの砲台もその場所を移動してその下から実に頑丈そうな胸板が出現する。その後細かい部分が緻密に変形し、最後に頭が来るべき場所に移動した。

『完成。である。』

 さっきまでそこに浮いていた威圧的な戦艦はこどものおもちゃみたいなロボットへと変形した。

「……創造者……青葉か。なかなかのデザインセンスだなぁ……」

「雨上、何を感心してるんですか……」

 かっこいいはかっこいいのだが……この変形は実用的じゃない。こんな大きなロボットと同等の大きさを持ったロボットなんて要るわけがないから人型にした所で肉弾戦もできないし。

「だがしかし……それがロマンだもの。」

「雨上?」

『行くぞ!である。』

 《カルセオラリア》がパンチを放つ。ゆっくりと迫ってくる……と思ったら肘のあたりからジェットが噴射され、一気に加速する。

「うわっ!」

 私はとっさに避けようとしたがわたわたするだけで体が移動しない。

「グラビティ・シールド!」

 私が謎の踊りをしている横でジュテェムさんが両腕を前に出してなにやらかっこいい技名を叫んだ。すると迫っていた《カルセオラリア》の拳がまるで壁に向かって投げつけたスーパーボールのように跳ね返った。

 《カルセオラリア》は『おう?である。』と言いながら突然跳ね返った拳のせいで崩したバランスを直している。

「かっこいい技名ですね。」

「……雨上もこういう物を一つや二つは作るといいですよ?」

「技名をですか?」

「ええ。わたくしのグラビティ・シールドの内容は「こちらに向かってくる物体の進行方向とは逆方向に力がかかるように重力を発生させる」というものです。今のように飛んでくるものが一つならいいですが複数の物が異なった方向から飛んでくる時に今の内容をそれぞれ個別に考えるのは無理ですからね。ですから一つのプログラムとして作動させるのです。」

「その技名を叫んだらその現象が起きるように頭に叩きこむというか……それを当たり前と思う必要がありますよね?それ。」

「そうですね。でもこの先も多くの戦いがあるでしょう、作っておいて損はないと思いますよ。」


 戦い。そう、戦いだ。私が戦う理由はリッド・アークとの会話によって明確になった。

 私の大切な友達がそういうのが好きだから。友達のいる側にいたいから。もっと言えば……友達にかかる負担の軽減というかなんというか……要はけがして欲しくないから。

 最初がどうであれ、今の私はそういう目的で戦う。そしてサマエルを倒すまで戦いは続く。


 私の今までの戦いは戦いとは呼べないと思う。なぜなら私がしてきたのはとある《天候》を起こすという一言で尽きるからだ。なまじ《天候》そのものの力が強大だからなんの戦闘技術も学ぶことも無く今までこれた。そもそも言うほど戦ってもいないし。

 だけどこれからはそうもいかないかもしれないわけだ。何をどうしたらそうなるんだよっていうぐらいにおかしなことになっているリッド・アーク。《天候》なんて相手にならないかもしれない《空間》。そんな強敵が確実にいるのだから。

 私が起こす《天候》は言ってしまえば過去の現象だ。私が起こす《天候》……さっきのような四つの竜巻とかは全て過去にあった《天候》の災害を参考にしている。

ちょっと調べればゴロゴロと出てくる災害の記録。それに目を通して「へぇ、こんな《天候》があったんだ。」と理解すれば私はそれを起こせる。それだけでもすごい威力であることは確かだ。町を瓦礫に変える竜巻、人間が動くことを許さない吹雪、死人さえ生む雹、回避も予測も不可能な落雷。

 そこからもう一歩踏み込んでみませんか?とジュテェムさんは言っている。私だけの、私だからこそイメージできる《天候》。そんなものを。


 『うむ。である。さすが我が創造者の所属する組織を幾度となく邪魔してきた組織のメンバー。である。さきほどは失礼をした。のである。並のゴッドヘルパーならば戦艦形態でも十分だった。のである。しかし相手は《重力》。である。軽いフェイントなどでどうにかなるとは思わなかった故に変形した。のである。だが片手間程度の攻撃をしてしまった。のである。すまんがきちんと準備運動をするまで待って欲しい。のである。』

「フェイントだけでも結構びくびくしてたんですがね……」

 ジュテェムさんの独り言をよそに《カルセオラリア》は横を向いてボクサーのように両腕を構えた。

『むん。である。』

 一回、二回、両腕を前に出したり戻したりする。

「……ずいぶん遅いワン・ツーだなぁ。」

 と、私が呟いたのを合図にしたかのように、突如腕の出し戻しが加速した。ジェットの噴射、逆噴射を絶妙のタイミングで行い、驚異的な速度でジャブ、ストレートがその巨体から繰り出される。 

まるでプロボクサーのシャドーを超巨大スクリーンで見ているかのようだ。

『ほあ!である。』

 しまいには蹴りまで繰り出す始末だ。

「……ジェットを使っているということは腕や脚そのものには重力制御がないわけです。ただ質量がさっきのビームとは段違いですから《重力》でそらすことはできません。ですから全てを防ぐことになるでしょう。わたくしはあれを防ぐのに専念しつつ反撃のチャンスを伺います。雨上はさっきの雹などを使って攻撃を。合図をくれれば《重力》によるサポートもしますので。」

「……ジュテェムさん、同時に色々なことをやってません?」

「わたくし、これでも第二段階になってからうん十年と経ってますから。それと、飛ぶ時は行きたい方向を思い浮かべればいいだけですよ。軌道をイメージするのがコツです。」

『準備運動終了。である。』

 《カルセオラリア》が両腕を構えてこちらに向き直る。

『あたたたたたたぁ!である。』

「グラビティ・シールド!」

 跳ね返す……いや、引っ張るか。それ自体では音はでない。ただジェットの噴射の音がボボボボボボボッ!とすごい連続で響いている。襲いかかる無数の拳と蹴りを防ぐジュテェムさん。

 私は両腕をあげ、語りかける。

「行くよ、空。」

『はい、はるか。』

第三章 その4へ続きます。

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