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今日の天気  作者: RANPO
第三章 ~RED&BLUEハリケーン~
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RED&BLUEハリケーン その1

これまた文字数がおさまらなかったので分割しました。


また、少々……いえ、かなり複雑な戦いが展開されるこの第三章。

「??」という事も多々あるでしょうが、勢いだけでも感じて頂ければ幸いかと。

 桜が満開である。新しい生活が始まることを祝うかのようにこの時期に花開く彼らもどこかの誰かのイメージのもとにこういう形になっている。


 ゴッドヘルパーという存在がいる。神様がこの世界を構築するあらゆる法則を管理するために作りだしたシステム、それの観察対象としてその身にシステムをつなげる存在を天界の住人はそう呼んでいる。ゴッドヘルパーは自分がそうであると自覚した瞬間にそのシステムを自分の管理下におく。つまり、一つの法則……《常識》を支配するのだ。


 私はいつもの通学路を歩いている。いつもと言っても昨日まで春休みだったのでとても久しぶりの道だ。ふとまわりを見ると私と目的地を同じくする人が見える。制服を軽く着こなしている人と妙に制服がピカピカしている人がいる。後者は新入生であるわけだ。

「……力石さんも来るわけだ……」

……年下に「さん」は変か?しかし、最初に使った呼び方というのはなかなか変えられないもんだ。

私はなんとなく空を見る。私の友達、空。最近は雲の上にのって誰かと話す夢ばかり見る。そして私はその誰かを空なのでは?と思い始めている。私は《天候》のゴッドヘルパー……故に空への強い気持ちがある。それに空が答えてくれているのでは?うん、そういうことにしよう。その方が嬉しい。


 学校につくと昇降口の横にある掲示板に人が集まっているのが目についた。

「ああ……クラス割りか。」

はてさて、私は何組かな。見に行こうとしたら突然後ろから制服の襟をつかまれ、私は首がしまった。

「晴香はあたしと同じクラスよ。」

私の首をしめたのは親友、花飾 翼だった。あの会議……というか顔合わせから、ほぼ毎日、みんなで遊んでいたので久しぶりという感覚はない。だが、翼の制服姿は久しぶりである。メガネをかけた委員長キャラの外見は健在であった。

「二年一組。鎧もいっしょよ。やったわね!」

「そうか……それはよかっ……あれ?翼……それは……」

翼が手にしているのはメモ帳。またあっちこっちから情報を得ようとしているのか。新聞記者のようだな。

「新入生、編入生、新しい先生!新学期はネタの宝庫ねぇ~。」

「なんに使うネタだよ。」

「別になんにも。ただあたしが知りたいだけ。」

翼と一緒にこれから一年間お世話になる教室、二年一組に向かう。この学校は一年生から順に、上から階が決まる。ここは五階建てなので去年までは五階までえっちらおっちら階段をあがっていたのだが、今年からあがる階が一つ減るわけだ。よかったよかった。

 クラスに入ると知った顔と知らない顔が見える。うんうん、新鮮だなぁ。

「おはよう、晴香。」

一人の女子生徒があいさつしてきた。はて?誰だったかな……

「……」

「は……晴香?どうしたんだ?」

「……ああ!しぃちゃんですか!」

「ひどいな!!」

いやいや……わからなくて当然。しぃちゃんは遊ぶ時も常にあの……道着というか袴というか巫女さん服というか……とにかくあれを着ているので今の格好はあまりに新鮮なのだ。

「いえ……しぃちゃんが制服着てるの初めて見たので……一瞬、誰だかわからなかったんです……というかなんで制服着てるんですか?」

「いくらわたしでも校則は破らん!」

「ああ……制服着用って校則だったんですか。あまりに当たり前に着てるから知らなかった。」

「あたしと晴香の中じゃ……鎧=袴なのよねぇ……うっわ、すんごい違和感!このあたしが言うんだから相当よ?この《変》のゴッドヘルパーがね!」

「……どうすればいいんだよ……」


 わいわい話していると担任の先生が入ってきた。去年と同じ先生だ。みんなが席についたのを確認して先生は口を開く。

「えー……君らの担任になった有馬だ。詳しい自己紹介は後にして、とりあえず……始業式がすぐに始まっから、廊下に並んでくれ。今は適当でいいから。」


 始業式というのは実に疲れる。ただ立って話し聞くだけなのだが……それだけだから非常に退屈なのだ。何かその時だけの楽しみを見つけないとやってられない。

「では、校長先生の話です。」

「え~……とりあえず新入生に、ご入学おめでとう。え~……そして今年新たな学年になったみなさん……」

よし、今日は校長先生が何回「え~……」と言うか数えよう。ちなみに……ちらりと後ろを見ると、翼は自分のメモ帳を眺めてうんうん唸っていた。しぃちゃんは……立ったまま寝るという芸当をしていた。

 校長先生の長々とした演説が終わり、各クラスの担任、教科ごとの先生、新任の先生等が紹介される。今回はいなくなる先生はいないようだ。ちなみに有馬先生は数学の先生である。

私は数学好きじゃないので毎回フツーの点数を取っている。テストと言えば……翼は実は頭がいい。ただ、基本的に勉強以外のことに全力を注いでいるのであまり目立たない。いつも中間テストではひどいありさまなのだが期末は馬鹿みたいに高得点を取るという勿体無いことをしている。

「ふんふん、社会の新任はきっとあれね……生物の先生はなんか雰囲気変わったわね……この春の間に何かあったと見た!」

その翼はぶつぶつ言いながらメモ帳に何か書いていた。楽しそうだが……そのエネルギーを最初から勉強に使おうとは思わないのだろうか。

しっかし……ゴッドヘルパーのことを知ってからというもの、色んなことをゴッドヘルパーとつなげて見てしまう。国語の先生は《国語》のゴッドヘルパーじゃないのか?といった感じに。きっと校長は《退屈》のゴッドヘルパーだろう……あんなに退屈な演説ができるのだから。うん?《演説》のゴッドヘルパーかもしれないな……

 そんなことを考えている間に始業式は終わった。


 始業式の日は早く帰れるので良い。まぁ……逆にこのためだけに来るのはどうなんだろうとも思うのだが。簡単な自己紹介と明日の予定が軽く伝えられるだけで今日は終わった。翼は早速情報を集めるとか言ってどこかへ消えてしまった。そしてしぃちゃんは部活に行った。剣道部は始業式から活動するのかと聞くと、「早い新入生はもう見学に来るんだ。」とのこと。

私は一人で帰路につく。本格的に学校が始まったら力石さんを探してみようかな……何組だろうか。先輩は何組だろう?そんなことを考えながら歩いていると、とある光景が目に入った。曲がり角である。春休み前、ここを曲がった時に……ルーマニアに出会った。真っ黒な怪しい男……そんなに日も経ってないのに懐かしく思う。それだけルーマニアと出会ってからの日々が密度の濃いものだったのだなぁ……口元に笑みを浮かべながら角を曲がると、危うく人にぶつかりそうになった。

「あ……すみません。」

軽く頭を下げてからその人を見た。

「よう、雨上。」

……ルーマニアだった。あの時とは違い、ちゃんとした服……怪しくはない服を着ている。相変わらず髪はとんがっているが。

「何してるんだ?」

「ああ……ちょっとこいつらにな、お前との出会いを話してたんだ。」

ルーマニアが指差した所には一人、女性が立っていた。短く切りそろえられた髪、青い瞳、お洒落な服。ルーマニアより少し背の低い……きれいな人である。

「紹介すんぜ、オレ様の同僚のマキナだ。」

「よろしく。」

どこかムスッとした声でマキナさんは答えた。どうも機嫌があまりよくないらしい。

「どうも……雨上 晴香です。」

ルーマニアの同僚……つまりは天使か。ルーマニアに用でもあったのかな?

「マキナは……雨上、お前を調べに来た。第三段階になったお前を。」

ルーマニアが少し真剣な顔で言った。そういえばそんなことを言ってたな。……あれ?さっきルーマニア「こいつら」って言わなかったか?

「んで……こいつは何か知らんがここにいる。」

「やっほー!あーたーしだよ?」

ムームームちゃんがルーマニアの背中にへばりついている。見えなかった。

「……」

あ、なんだかマキナさんがムスッとした雰囲気をさらに悪くしている!

「あの……調べるって……具体的に何するんですか?」

きっと忙しい中来ているのだろう、あまり時間を取らせても悪いと思って本題に戻す。

「あなたの……中を見る感じ。大丈夫、ちょっと頭に手をのっけるだけ。ちょっと時間がかかるけど……」

「それじゃ……うちでやりますか?この時間親はいないですし。」

「そうしましょう。」


ルーマニア(+ムームームちゃん)とマキナさんを連れて家に入る。ルーマニアから世界の仕組みを教わったリビング、今回はソファに座る。隣にマキナさんが座り、ルーマニアとムームームちゃんは立って眺めている。

「それじゃ……パパッとやっちゃいましょ。」

マキナさんは例の通信機のような腕輪をはめ、私の頭に手をのせる。なんかドキドキしてきた。

「行くわよ。」


 オレ様は二人を眺めていた。マキナは目をつぶって雨上の解析に集中している。

マキナはオレ様の頼み通り雨上の調査に立候補し、見事のその役目をゲットしてきた。あとで例を言わなくちゃな。しっかし……マキナのやつはオレ様が雨上の話をすると不機嫌になる。さっきも雨上が帰って来るまでの時間潰しにと思ってオレ様と雨上の出会いを話していたんだが、「ふーん」とか「あっ、そう」とかしか言わなかった。よくわからん。

前に雨上に嫉妬してるみたいだったからオレ様のこと好きなのかとからかったことがあったが……はてさて。オレ様はそういう恋愛に関しては疎いからなぁ。今度アザゼルにそういう感性を伝授してもらおう。この前、「俺私拙者僕は数多くの女の子のルートをクリアした!だからもう恋愛の達人なのだよ!」とか言ってたし。

「それはまちがいだと思うよ?ルーマニア♪」

隣に立つムームームが突然話しかけてきた。

「んな!?ムームーム、お前また勝手に心を……」

「「はてさて」あたりからしか読んでないけどさっ、恋愛のことをアザゼルに聞くのはどうかと思うよー?」

「なんでだよ。」

「だぁって……アザゼルの経験って全部ゲームじゃん♪」

「いや……そうだがよ……」

「ゲームでの攻略と現実の恋愛を一緒にしちゃぁいかんぜよ!」

にゃははと笑うムームームはてこてこ歩いて勝手にキッチンに入り、ジュースを飲みだした。

 ……さて……マキナの調査によって何がわかるのか。第三段階になる条件というものが判明するのだろうか……?したらしたで今より面倒なことになりそうだよなぁ……



 プルプル♪

電話がかかってきた。全身を赤で統一した赤い男はポケットで鳴るケータイを取り出す。

「うぃ。」

『うっす。こちら鴉間っす。元気っすか?』

「元気ですよ。」

赤い男がいるのは高度一万メートル、たまたま飛んできた飛行機の上に寝っ転がっている。とんでもない速度で飛行しているはずなのだが、赤い男は平然としている。

「さすがは俺の女が作ったケータイ!どこでも電波がはいるぜ!」

『ホントっすね。そっちはどんな感じっすか?』

「とりあえず……《すごいぞ強いぞ頼りになるぞスーパーハイパーアルティメットジャスティスな私たちはみんなの笑顔を守るため悪い奴らをバッタバッタとなぎ倒し平和で愉快な世界を作ろうとがんばる絶対無敵の救世主だぜいぇい》の連中にあいさつをば。一発ぶち込みましたけど……まぁ、生きてるでしょうね。」

『なかなか大胆っすね。ま、君には大抵の力が効かないっすから……でも、油断は禁物っすよ?あそこのリーダーはすごく強いっす……って、要らぬお世話っすね……』

「いえいえ、鴉間さんに心配されるなんてうれしいですよ。うちらの中で最強のゴッドヘルパーにね。んで……まさかこっちの健康状態を聞くために電話くれたわけではないんでしょう?」

『一応、伝えておかないとと思ったんすが……君がこっちで手を焼いていた天使側のゴッドヘルパー……どこにもいないんすよ。』

「いない?でもあいつらはイギリスのその辺りを担当してるから……いるはずですけど?」

『見つからないんすよ。もしかしたらなんすが……君を追いかけてそっちへ行ったかもしれないっす。』

「ああ……やりそうだなぁ……あのお嬢様なら……うげぇ、まじですか。」

『ははは、頑張るっす。それじゃ。』

赤い男は鴉間との電話を切り、ため息をつく。

「ったく……イギリスにいろっつー話だぜ……」

ただでさえ今回の任務は厄介なのだ。話によれば例の《天候》と《金属》はクリスを圧倒したとか。油断のできない相手……できればそちらに集中したいところである。

「……」

赤い男はケータイの液晶を見て、登録された番号にかける。相手はコール音一回で出た。赤い男はいつものセリフを口にする。

「やぁ、マイスウィートエンジェル。」



 五分ぐらい経っただろうか。マキナは変な顔で雨上に「もういいわよ」と告げてため息をもらす。

「おう、終わったか。おつかれ、マキナ。雨上は何ともないか?」

「ああ……私としてはただ座って目をつぶってただけだから。」

ちゃんと使ったコップを洗ったムームームがわくわく顔でマキナに尋ねる。

「それでそれで?どんなことがわかったのぅ?」

オレ様も視線でマキナに聞く。

「えっと……それは……」

何となくバツの悪そうな顔をしたマキナを見てオレ様とムームームはとっさに目配せをする。

「あ、そーだ♪雨上ちゃんはプラモデルが趣味だって聞いたよ?見せて見せて♪」

「えっ……でも……」

「ほらほら♪」

ちらりとオレ様に何か言いたそうな視線を送ってきたがムームームに服を引っ張られ、雨上はムームームを連れて二階にあがる。

「……良くない話なのか?」

「もしかしたら……ね。」

マキナがソファーに座っているのでオレ様もソファーに座る。マキナはまじめな顔で話し始めた。

「ゴッドヘルパーは……システムとつながっているから……時々システムに干渉する。そして自覚したなら、そのシステムはゴッドヘルパーの制御下に置かれることとなる。」

「あぁ?んだよ突然……んな、今さらのことを。」

「あんたの報告によると……雨上 晴香……彼女は自覚する前から……感情によって天候を変えていた、そうよね?」

「ああ。悲しくなったりしたら雨が降った。怒ったら雷が鳴った。それがどうした?感情の変化でシステムに影響を与える自覚してないゴッドヘルパー……第一段階なんていくらでもいるだろう?」

「そうなんだけど……彼女は少し特殊な場合なのよ……」

「?」

「確かにね、ゴッドヘルパーってのはシステムとつながってるから……そのシステムが管理する《常識》に対して特別な感情を持つ。彼女もその口なんだけど……彼女が特別な感情を持ったのは天候ではなく空。別にこれは不思議でもなんでもない……天候を空の顔として見ている人なんていくらでもいる。でもね、それはあくまで比喩。でも……彼女は《天候》のゴッドヘルパーだった。人とは違う空に対する感性を持つ彼女は自分の感情に反応してその顔を変える空を……一つの生き物として認識していたのよ。」

「ああ……そういや「私が空を泣かせた」とか言ってた時もあったな。」

「そこが問題なのよ。」

「……どうして?」

「いい?彼女にとって、空は生き物だったの。いつ頃からそう思い始めたのかは知らないけど、たぶんずっと長い間。それがね……あんたによってそうではないと教えられてしまったの。空の顔はただ単にシステムが自分のこころに反応して作ったものだと。」

「……」

「たぶん、表には出さなかっただろうけどこころの奥底……本人も自覚しないレベルですさまじい葛藤があったと思う。そして最終的に……やっぱり空は生き物という結論になったの。」

マキナが困惑を顔に浮かべてオレ様を見る。

「さっきマキナはね、彼女の中を覗いてるときに「あなたはだぁれ?」って声をかけられたの。彼女とは異なる声……「あなたこそだれ?」って聞いたら何て答えたと思う?」

「「私は空です。」……か?」

「そう……その声の主は自分を「空」と呼んだのよ……信じられないでしょ?空っていうのはただの空間を指す言葉なのよ?」

「なんとなく理解できてきたぞ……つまり……ゴッドヘルパーであることを自覚して、システムにより強く干渉できるようになった雨上が……「空は生き物」と結論付けたから……「空」が生まれたのか。でも何でだ?雨上はあくまで《天候》のゴッドヘルパーだぞ?」

「彼女にとって天候は空の顔……表情なのよ。表情だけで存在するものなんてイメージできる?彼女の「天候という表情を持つのは空」というイメージ……いや、当たり前という考えの下に「空」は生まれたのよ。」

「なるほどな……んでその「空」は……どこに存在してんだ?」

「存在しているのは彼女のこころの中……って感じかな。」

「ふん……それで……「空」の誕生が生む問題はなんなんだ?ただいるだけなら特に問題じゃねーだろ?」

「マキナは「空」にね、彼女のことをどう思っているのか聞いたの。そしたら「空」はこう答えたの……「雨上 晴香は私の《親友》であり《神》だ」ってね。」

「親友……神……?」

「「空」はね、彼女を「自分を生んでくれ、かつ友達になってくれたすばらしい存在」と思っているのよ。」

「……そういや空を友達だと思ったらどうだって言ったのはオレ様だな……」

「……「空」は……彼女のためなら何でもすると言った。神様のお願いとして、親友のお願いとして。たぶんこれが第三段階の条件なんだわ。」

「はっ?何でそこがそうつながるんだ?」

「あのねぇ……《天候という表情を持つ「空」という存在》と《天候を生みだすシステム》は同じ意味なのよ?今やシステム=「空」なの。彼女がそういう風にシステムを変えたの。」

「はぁ!?んじゃなにか、雨上の願いを受けてシステムが自分自身の存在を書き換えたってのか!?」

「そうよ。そして「空」と名を変え、姿を変えたシステムは彼女のためになんでもすると言ったのよ?ピンチになれば全力を持って彼女を助け、彼女が力を望むなら喜んで与えるの。親友だから。神だから。それが意味すること……わかるでしょ?」

「……!……システムが持つ全ての力を使えるってことか……!」

「本来ならすさまじいイメージ力や集中力がないと起こせないような現象も……システムが喜んで起こしてくれる。彼女のために。」

「つまり第三段階っつーのは……システムの持つ可能性を完全に掌握した存在……」

「そういうこと……そりゃ強いに決まってるわよ……システムは神様が作ったもの、それを完全完璧に掌握したってことは神の力を行使できるってことに等しいんだから。システムに影響を与えて現象を引き起こす程度の第二段階なんかとはレベルが違う。」

なんつーことだ。第三段階とは神の作った事象を完璧に支配する存在なのだ。そう、自由自在に。どんなゴッドヘルパーでもこころの中の《常識》が邪魔をして「できること」と「できないこと」が生まれる。

《光》のゴッドヘルパーが屈折という現象を体験して上手く光をコントロールできなくなったように。

《硬さ》のゴッドヘルパーが複雑な硬め方をする時には手を使わないとそれができなかったように。

いかにその《常識》を操れると言っても他の操れない《常識》が邪魔をするからだ。その邪魔を押しのけるのは想像力。自分の強烈な思い込みを《常識》にまで昇華させた時、初めて邪魔をはらえる。それを通り越し、もはやシステムの方が事象を与えてくれるレベルにまで深くつながったゴッドヘルパー……それが第三段階。

「……なんにせよ……この「空とは生き物」という《常識》は影響力が絶大よ。第三段階のゴッドヘルパーが決めたことだからね。人間はいろんな物質を空にばらまいてるでしょう?そのうち「空」が怒って人間に攻撃してくるかもよ?」

「……それはそれで人間が反省するいい機会になるかもしれねーがな……」

普通、ゴッドヘルパーは自分にとっての常識しか操れないが……第三段階ともなれば、つまりシステムを完全に掌握したなら、世界の常識でさえ変えることができるわけだ。

「……一応……このことは包み隠さず上に報告するわよ?」

「ああ……構わん。とんでもなくメンドクサイことが起きそうだがな……」

オレ様は今のことを雨上にも伝えなくてはならない。きちんと第三段階としての力を制御してもらわんといかんしなぁ……とりあえず、ムームームを呼び戻すか。

オレ様は階段を上り、雨上の部屋の前に立つ。

「雨上?入るぞ?」

扉を開き、オレ様が目にしたのは……いろいろなプラモデルを誇らしげに見せる雨上と目をキラキラさせてそれを見ているムームームだった。

「ルーマニア!あーたーしは知らなかったよ!こんなにすばらしい世界があったなんて!」

「わかってくれますか、ムームームちゃん!」

「師匠と呼ばせて下さい!」

ムームームがプラモデルワールドへと旅立つ瞬間を、オレ様は目撃した。



 翌日、始業式の次の日から早速授業を始める我らの学校にみんなが文句をぶーぶー言っているお昼休み。私はしぃちゃんと翼と一緒に学食にいた。

「なぁ、花飾。」

「あに?鎧。」

二人はまだ互いを名字で呼んでいる。まぁ、この二人は私を通してここに集まっているようなものだからな……時間をかければすぐに名前で呼ぶような関係になるだろう。

「空手部の部長について知っていることはあるか?大会実績とか。」

「んん?あんでそんなことを知りたがるのよ?」

翼の問いかけにしぃちゃんはため息交じりに答える。

「うん、実は昨日な、我ら剣道部は新入部員を得るために勧誘活動をしていたんだ。わたしが道場に直接見学に来る新入生の対応をし、副部長と何人かが外に出てチラシを配ったりしていたんだが……副部長たちが空手部とぶつかってしまったんだ。」

「ぶつかる?」

私が理解できていないのを見て翼が説明する。

「ぶつかるってのはつまり……チラシを配る場所の取り合いってことよ。やっぱりさ、そういう勧誘活動をするのに向いている場所ってのがあるのよ。正門前とか、下駄箱前とかね。」

「うん、そういう場所で勧誘活動をしようとしたら……ちょうど空手部もそこを狙ってやってきたわけだ。そして……まぁ、ケンカになったんだ。そして誰が提案したんだか、剣道部と空手部で勝負をして勝った方がそのポジションを使えるということになってしまったんだ。」

「勝負ですか……」

「わたしはそんなことやめようと言ったんだが……部員全員がね、「そんなんじゃダメですよ!」って怒るんだ。」

「空手部の部長はそのことを……?」

「あっちの部長もその時は道場で新入生の対応をしていてな……現場にはいなかったし、わたしと同じように反対したそうなんだが……やはり部員に押されたんだと。」

「ははーん。つまり、互いの部の部長は乗り気じゃないのに他の部員がヒートアップしちゃってどうしようもなくなったわけね。」

「そうだ。しかも勝負は部長がすることになってな……」

「一番乗り気じゃない二人が勝負するわけですか……」

「うん……だがこうなった以上、負けることはできない。だから少しでも情報をと思ってな。」

「まさか……「剣道」対「空手」をするわけ?」

「さぁ……どうなるかは決まってない。」

「ふぅん……まぁ、どちらにしても面白そうね!ちょっと待ってねぇ……」

翼が鞄の中をがさごそとかき分ける。

「あぁ、あったあった。これに部長に関する情報は書いてあんの。」

一体どれだけのメモ帳を持っているんだ?というか過去のやつを常に持ち歩いているのか?

「空手部部長……勝又 匡介……あれま、あたしたちと同学年だわ。こいつも入部そうそう暴れたのかしらね?書いてない……」

翼が過去の自分を責めるように目を細める。

「大会実績は?」

「ん~とね……ありゃ、こいつもあんたと同じ全国レベルだわね。小学生の時に日本一になってる。中学でも出る大会全てにおいて全国にあがってる。残念ながら高校の実績は調べてないみたいね。というかこれから調べる予定。」

「いや、そこまでわかればいい。」

なんとなく……しぃちゃんの顔がわくわくするそれになった。やっぱり強い人と勝負するのには燃えるのだろうか。


 放課後、気になったので私はしぃちゃんについて(もちろん翼もいる)道場に行く。すると人がたくさんいた。どうも剣道部と空手部の部員以外もいるようだ。……というかそっちの方が多い?

「あ、部長。」

「……これはどういうことだ?副部長。」

副部長と呼ばれた男子生徒は誇ったように語る。

「いや~、この勝負はいい宣伝だと思いましてね。昼休みに一年の教室をまわって言ったんですよ。「剣道部と空手部が勝負する」って。案の定一年がいっぱい来ましたよ。これでうちらが勝てば部員も増えるってもんです!」

しぃちゃんは副部長に軽くチョップをいれた後、ため息をついた。

「ま……来てしまったものはしょうがないか。それで?空手部は?」

しぃちゃんがそう言うと人ごみの中から男子生徒が一人出てきた。

「……勘弁してくれ……こんなに人を集めて……」

「君は?」

「オレは勝又 匡介。空手部の部長。」

「そうか、わたしは鎧 鉄心。剣道部部長だ。……お互いに面倒な部員を持ったな……」

「ホント。まじで勘弁して欲しい。鎧さんのうわさは聞いてる……勝てるわけないでしょ。」

別に戦うわけではないだろうに(たぶん)……しかし、勝又と名乗ったその男子生徒はなかなかがっしりとした体であり、強そうだ。だいぶだるそうな顔をしているが。

「ふぅ……それで?副部長、わたしたちは何をするんだ?」

「……何をしましょうかね。」


 結局、まわりにいた新入生とかの意見も聞き入れた結果、戦うわけにもいかないから純粋な体育競技で競うこととなった。

「そーんじゃ、第一種目は~《百メートル走》!」

いつのまにかこの勝負の進行役となった翼が叫ぶ。

グラウンドの端っこ、陸上部が練習をしているその場所を一時的に借り、部長二人は白線の手前に立つ。「やっぱり道着着ないと!」と言われて道着に着替えた二人がスタートラインに立っているのだから変な光景だ。うん、服装的には……どっちも走りやすいとは言えない服だな。

「よ~い……ドン!」

次の瞬間、二人はすさまじい力で地面を踏み込み、風のように私の視界を駆け抜けた。えっ?あの二人実は陸上部じゃないの?と思うほどの速さだ。


 クリスとの戦いの後、私とルーマニアで一応、しぃちゃんが無意識に行っている行為を教えてあげた。しぃちゃんは《金属》のゴッドヘルパー。故に血中の鉄分をコントロールできてしまう。しぃちゃんは激しく動く時、無意識に鉄分を引っ張ることで血液の流れるスピードをあげ、驚異的な運動能力を実現させていたのだ。しかしそれはもちろん体に負担をかける。しぃちゃんとしてもそこは望まないとこだったので「うん、了解した。必要な時以外は使わないよう気をつけるようにしよう。」と言ってくれた。だから今のしぃちゃんはめったなことがないとあれを発動させない。


 「なのに……」

私の目に映るしぃちゃんは十分人間離れした速さだった。もともとの運動能力が高いのだ。……ちょっとその能力をわけてほしいとこである。

「ゴールッ!結果は……おおぅ、鎧の勝ちぃ!」

翼がストップウォッチ片手に騒ぐとまわりの人もざわつく。

「ほらほらぁ!やっぱり剣道部ですよみなさん!」

「まだだ!次の種目では勝つ!」

その後も、あんまり運動には向かない服を着た二人の部長は平均台の上を逆立ちで歩いたり(この場合歩くと言うのか微妙だが)、幅跳びしたり高跳びしたり、馬鹿みたいに高く積まれた跳び箱を跳んだり……体育でやるようなことは全てやった感じだ。しかし……

「う~ん……実力拮抗とはこのことね。勝ったり負けたり……今んとこ結果は互角よ。」

「翼、どうするんだ?」

「そうね~やっぱり戦うのが一番なのかも。」

「剣道対空手をやるのか?いくらなんでも……そもそもルールが違うだろう?」

「どっちのルールも採用しなけりゃいいのよ。「剣道」対「空手」ではなく!「刀」対「徒手空拳」と考えるのよ!ようはどっちが強いのか、それがみんなの知りたいこと。」

そう言うと翼はどっから出したのか、竹刀をしぃちゃんへ投げる。

「戦うのよ!」

「竹刀を投げるな……まぁ、わたしもなんだかそれが一番のように思えてきたがな……」

しぃちゃんがちらっと勝又さんを見る。勝又さんもそう思ったのか、軽く頷いて道場へ向かって歩き出す。

 かくして、ここに「剣道」対「空手」……もとい、「刀」対「徒手空拳」の戦いが実現した。

「手加減は無用。わたしは君が防具をつけていないことをきにせずに刀を振るう。君も寸止めにはせず、撃ちこんでこい。」

「……勘弁してほしいなぁ……でもまぁ、おもしろそうではあるかな。」

 先生に見つかったら止められだな、この戦い。

互いに思い思いの姿勢で構える。しぃちゃんの構えは……たぶん《雨傘流》のそれだ。勝又さんは……自然体というやつだろうか?あんまり詳しくないからよくわからないが余裕のある姿勢を取っている。

「んじゃぁ……始めぇ!!」

翼の合図で先に動いたのはしぃちゃんだった。クリス戦で見せた動き……ぴょんと相手の方へ跳んで空中で一回転しながら竹刀を振るう。勝又さんはすっとしゃがんでそれをかわし、しぃちゃんの着地を狙って鋭い蹴りを繰り出す。空中では自由に動けない……はずなのだが、しぃちゃんは柔らかい動きで竹刀を蹴りの向きに合わせ、それをいなす。そして……ああ、だめだ。もう説明できない。とにかくよくわからない……戦いがそこで起きている。アニメのワンシーンを見ている気分だ。とりあえず……二人ともすごい速さで攻撃し、防御している。

「でたらめな奴らねぇ……」

翼が呟く。いやまったく。


数分後……二人の部長は互いに「やるなぁ!」などと言い合い、握手を交わした。素人の私たちにはわからないが……この二人の達人は相手の実力をきちんと理解したらしい。「勝敗を決めるのは無粋だよ。」などとしぃちゃんが言うものだから……結局勝負は引き分けとなった。各部の部員は納得のいかない顔をしているが見学していた新入生は満足しているようだ。

「ま……どっちの部に入ってもすごい人の下でその技術を学べるとみんな理解できたし、結果オーライなんじゃないかしら?」

「そうだな。私はあの二人が同じ高校生だっていうことにびっくりしたよ。」

「今さらねぇ……ま、残念なことにこれで一つ、面白いことが終わったのよね。さみしいわ。もっといろんなことを誰かやってくれないかしら?あたしは存分に学生を楽しみたいのに。」

「……翼から起こそうとは思わないのか?」

「あたしが起こすことは全て……変……なんでしょ?」

「私はもう慣れてるから……存分に起こしていいぞ。」

翼はほほ笑む。私も笑う。うん……今年も楽しくなりそうだな。


ちなみに、今年度の「剣道部」と「空手部」の新入生の数は例年の倍になった。



 数日後、新しいクラスにも慣れ、ゆっくりと空を眺めることができるようになった私のもとにハイテンションの翼がやってきた。朝のことである。

「神様はあたしに楽しみを大売り出ししてるみたいよ!」

「……なにか買ったのか?」

「ノンノン。お約束よ、お・や・く・そ・く!」

しぃちゃんが教室に入ってきたのを見るや否や、翼は私としぃちゃんの腕をつかんで走り出した。

「な?なんだ、おい!花飾!」

「翼?」

「見なきゃ損よ!?高校では小説とか漫画の中でしか登場しない伝説の存在がやってきたんだから!」

二年三組の教室の前、男子女子問わず、多くの生徒がクラスの中を覗いている。「かっこいいー!」「外人さんかな?」などと言っているのが聞こえる。ははぁ、なるほど。

「転校生か。」

「そうよ!あの伝説の転校生よ!」

小学校、中学校はともかくとして、高校に転校生が来るというのはなかなか無い。なぜなら、高校は義務教育ではないので編入試験を受ける必要があるからだ。それに、高校は基本的に入りたいと思ったところに入る。めったなことがなければ転校はしないのだ。

「はいはい、しつれ~い。」

翼が教室の入り口からこそこそと中を覗いていた生徒を押しのけてずかずかと入っていく。ああいう遠慮のないところは一種の才能だよなぁ……残念ながら私にはそんな才能はないので外から眺めることにする。

「晴香、花飾のやつは一体どうしたんだ?」

「転校生ですよ……外人さんらしいですね。こっからはちょっと見にくいですけど……」

「転校生で騒ぐのは漫画の中だけだと思っていたが……」

ごもっとも。私は軽く背伸びをして中を覗く。翼がなんの躊躇も無く机の上につっぷしている転校生に話しかけている。

長い銀髪である。眠そうにあげた顔はものすごくだるそうだ。……だるそうだったのだが、翼を見て一瞬目を見開いた。緩慢な動作でまわりをキョロキョロする。すると私と目が合った。そしてその転校生はにっこりとほほ笑んだのだった。

「……?」

翼がメモ帳片手に何か聞こうとした瞬間、チャイムが鳴った。


 一時間目の授業は数学。担任の有馬先生が担当だ。先生は「とりあえず君らの実力を見せて欲しい」とか言っていきなりテストを始めた。まぁなんとかなるかなと思って何気なくしぃちゃんを見る。……顔面蒼白。もしくは絶句という表現がぴったりの顔をしていた。大丈夫かな……


 テストが終わると、つまり一時間目が終わると翼は目にも止まらぬ速度で教室から姿を消す。この一時間目と二時間目の間の短い休みに情報収集をしに行ったのだ。私はしぃちゃんのところへ行く。

「どうでした?」

「……晴香……インスウブンカイってどこの国の言葉なんだ?」

「……それ本気で言ってます?」

「……半分冗談だ。」

しぃちゃんの学力は計り知れない。

「次は……英語か……わたしは英語はきらいだ。」

「苦手を通り越して嫌いですか。英語のどこが嫌いなんですか?」

「文字が二十六個しかないところ。」

なんて微妙な……

「考えてみろ晴香!我々は五十……いや、漢字を入れれば数千という数の文字を使ってやりとりしてるんだぞ!?それでもまだ完全なる意思疎通ができないというのにたった二十六で何ができるんだ?意味がわからん。」

……残念ながらしぃちゃんが何を言っているのか理解できなかった。とりあえず何だか論点が違うということは感覚でわかったが。

 短い休み時間が終わる数秒前、翼が帰って来た。なんだか……非常に楽しそうな顔だった。


 お昼休み、みんなで食堂に行く。そこで当然のように翼が収集した情報をしゃべりだす。

「あの銀髪の転校生のことがある程度わかったわ!」

あの数分で……すごいなぁ……翼は。

「やっぱり外国人だったわ。イギリスから来たんだって。名前はなんだか変わっててね……その名もアザー・ゼルくん!」

……なんだって?今、アザゼルと言ったのか?

「へんちくりんな名前だな。外人ということは……ゼル家のアザーさんということだろう?」

アザゼル……私は知っている。軽く神話に首をつっこめばすぐに出てくる名前だ。アザゼル……かの有名なあの天使と並ぶ……堕天使だ。

「アザゼル……か。」

「んん?違うわよ晴香。アザー・ゼルよ。」

「さすがルーマニアくんのパートナーなのだよ。」

「「「!」」」

三人で反射的に声のした方を見る。なぜかというと、ものすごく近くで聞こえたからだ。

「ははは。いい反応なのだよ。」

銀髪の転校生……アザー・ゼルは……私のとなりに座っていた。

「ばかな……このわたしがこの距離で気づかないわけが……」

しぃちゃんが心底驚いている。別にしぃちゃんみたいな達人でなくても……隣に人が座ったことくらいはわかったはずだ。しかし……まったく気付かなかった。

「ふふふ。この技術部開発の特性指輪の効果はすごいのだよ。さすが!」

この感じ……独特の人間離れした気配というか、なんというか……

「……天使……」

私の呟きに二人は目をまんまるにする。アザー・ゼルはにこにこしている。

「正解なのだよ。俺私拙者僕の名前はアザゼル。天使なのだよ。」

「……なんで天使がここにいんのよ……」

「まぁまぁ。それを話すのにはだーいぶ時間を必要とするのだよ。俺私拙者僕も俺私拙者僕で君たちに言いたいことがあるし……放課後にまた会うのだよ。うん……屋上がいいのだよ。」

「……屋上は普段開いてないですよ……?」

「えぇっ!?そんなバカななのだよ!俺私拙者僕は数々のゲームをやってきたのだよ!?どのゲームでも学校の屋上は常に開いていたのだよ!そしてそこは主人公とヒロインが人目を気にせず、いいムードでお話ができるすばらしく、かつゲーム進行には必要不可欠なところなのだよ!そこが開いていないなんてありえないのだよ!」

……なんだろう……やっぱりというかなんというか……この人は変だ。

「なに?こいつオタク?」

翼が変なものを見る目でアザゼルさんを見る。

「うう……じゃあ……いや!やっぱり屋上がいいのだよ!憧れなのだよ!俺私拙者僕がどんな手を使ってでも開けるから放課後は屋上に来るのだよ!」

……今さらだがすごい一人称だ。



 力石 十太はそわそわしていた。先日の顔合わせで出会った三人の先輩。雨上 晴香、鎧 鉄心、花飾 翼。同じ高校に行くということは彼女たちも知っている。だが……

「やっぱ……挨拶とかするべきだよなぁ……ううだめだ、緊張する。」

お昼休み、一年四組、教室の隅っこの席で力石は買ってきたパンをかじりながら考えていた。共に戦うこともあるであろう先輩方に改めて挨拶をする。なにも難しいことはないのだが問題は相手が全員女子だということ。

「うう……もしも話してるとこをクラスの奴に見られたら……絶対変なうわさがたつ……!どーしよう……かといって挨拶しないのはやっぱり礼儀がなってないような気がするし……「礼儀がなってないな。」とか絶対鎧さん言うし!怒られる!オレはどうすれば……!」

外見はちびっこいが頼りになる相棒、ムームームは今はいない。

「校門で待ち伏せるか……?いやいや、それじゃ先輩に思いを告げる後輩だ!くっそぅ……こういう時に……このマイナスな感情を前へ進むエネルギーに変えたい……!でも今のオレは物理的なエネルギーしか操れない……もっと修行しとけばよかった……」

うんうん唸っているとクラスのまだ名前も覚えていない女子生徒が力石を呼ぶ。

「力石くーん。お客さんだよー。」

「お客……?」

顔をあげ、扉を見ると鎧 鉄心が立っていた。

「うぎゃぁ!迷ってる間にお叱りがきたぁ!」

……とこころの中で叫んだ力石はおどおどと歩き、鎧の前に立つ。

「えぇっと……なんでしょうか……」

「花飾の情報力はすごいんだな……ホントに一年四組にいた……やあ、力石くん。鎧だ。」

「はい……」

「ん?なんでそんなにおどおどしてるんだ?」

「あ……いえ……そんなことは……」

「しゃきっとしろ、男の子。」

「は、はい!」

「よし。えぇっとだな……一番脚の速いわたしがこうしてお昼を抜けて君へ知らせる係になったわけだ。わたしはさっさと戻ってみんなとご飯を食べる。いろいろと伝えることがあった気もするがお昼を優先しよう。力石くん。」

「はい!」

「放課後、屋上に来るんだ。では。」

そう言って鎧は瞬く間に力石の視界から消えた。横を見るとすごい速さで駆け抜ける後ろ姿が見える。

「……なんだったんだ……?」

クラスの面々から奇異の目で見られながら自分の席に戻る。

「屋上……はっ!まさか!」


「力石 十太!君は先輩に挨拶に来ることもできんのか!その貧弱な精神、わたしが叩きなおす!」

「え……なんですかこれ……うわっ、木刀!?」

「構えろ!行くぞ!!」

「う、うわあああああ!」


「的なことに……?やばい、殺される!」

力石の持つ鎧のイメージはそんな感じなのだった。



 放課後。屋上。アザゼルさんが何かしたのか、鍵は開いていて普通に屋上に出ることができた。私としぃちゃんと翼は柵によりかかるアザゼルさんに近づく。隣にはしぃちゃんが呼んだ力石さんもいる。力石さんはなぜかびくびくしている。はて?

「うんうん……とりあえずゴッドヘルパーは揃ったのだよ。あとは天使なのだよ。」

「まだ誰か来るんですか?」

「うん……とりあえず君たちのパートナーは来るのだよ……っと、うわさをすればなのだよ。」

私たちが立っているところから少し離れた場所に突如として三つの人影が現れる。

「うっす。待ったか?アザゼル。」

「いやいや。」

「つーか……ぷっ!だっはっはっは!アザゼル!良かったなぁ!ひひひ、制服が似合ってるぜ!あははは!」

「好きで着てるわけではないのだよ……」

アザゼルさんがやるせない顔になる。

「あーたーしはうらやましいなぁ♪制服ってなんか憧れるの!」

「けっ!てめぇみたいなちんちくりんが着ても面白くねーよ。やっぱ似合う人が着るべきさ!ねぇ、つ・ば・さ。」

「……」

「あ……あのぅ、翼さん?無視されるの結構悲しいんですけど……」

ルーマニアとムームームちゃんとカキクケコさんがそろって登場する。ムームームちゃんはなぜかまたルーマニアの背中にへばりついている。

「うんうん、みんな揃ったのだよ。ではでは、このアザゼルが説明しましょう!今起きていることを!なのだよ。」

今起きていること……?

「まず……俺私拙者僕がここにいる理由から。もともと俺私拙者僕はイギリスのとある地域担当なのだよ。それが俺私拙者僕のパートナーのちょっとしたわがままで日本に来たのだよ。ルーマニアくん達はクリスと戦ったのだよね?」

「ああ。」

「クリスは……今回の事件の《犯人》の一味。この騒ぎを起こしている奴の思想に共感し、協力するゴッドヘルパーがいるわけだね。そいつらは各地に散らばり、《犯人》が与える情報をもとにゴッドヘルパーに接触、自覚させるという仕事を担っているのだよ。自覚させるには実際にゴッドヘルパーの力を見せるのが手っ取り早いからね~。」

なるほど……そうやって自分に従う部下に自覚させるという作業をやらせてるから……《犯人》を捕まえられないのかもしれないな。姑息なやり方だ。

「ここ日本にクリスという《犯人》の一味がいたように、イギリスにもいたわけなのだよ。実際、俺私拙者僕たちはそいつと何度も戦っているのだよ。だけどこの前、そいつは突然……イギリスから姿を消し、日本に現れたのだよ。おそらく目的は……雨上ちゃん、君なのだよ。」

「え……私ですか?」

「《犯人》側からすれば天使側に第三段階がいるというのは非常にやりにくいこと。だから……その力が定着する前に潰しに来たのだと思うのだよ。」

「私を……」

「……そのイギリスからこっちに来たやつは……めちゃくちゃ強いのだよ。だからそいつに君を倒す任務が下りたのだと思うのだよ。うん……そこまではまぁいいのだよ……」

「まぁな。こっちに来たなら来たでオレ様たちがそいつを倒すだけだからな。お前が来る必要がない。つーか逆にそいつがいない間に自覚して暴れてるゴッドヘルパーを全員やっつけちまえばとりあえずイギリスに平和が訪れるだろうに。」

「うん……でぇぇぇもねー……俺私拙者僕のパートナーが負けず嫌いでねー。「このままでは何だか勝ち逃げされた気分ですわ!完全勝利しなければ気がすみませんわ!」とか言ってねー……こっちまでそいつを追うこととなったわけなのだよ。」

「なるほど?んで……お前が制服着てる理由は?」

「……そのことを上に言ったらさぁ……「そいつはどうせ《天候》を狙うのだからお前は《天候》の傍にいることになる。ならば……しばらくの間お前に監視役の任を与える」とか言ってね……学校に潜入して監視するはめになったのだよ……」

つまり……アザゼルさんがこうなったのは私のせいか……

「……何かすみません……」

「いやいや……雨上ちゃんが謝ることではないのだよ……」

「つーか……上の連中はよっぽど雨上を信用してないんだな……仕方ねーとは言え、むかつくぜ。」

そこでしぃちゃんがすっと手をあげる。

「結局の問題はなんなのだ?」

「うん……そのイギリスからの刺客が強いということなのだよ。世界中に散らばる《犯人》一味のゴッドヘルパーのなかじゃ……《空間》に次ぐ実力を持つと思うのだよ。」

「《空間》……?ああ、あれか。カラスか。」

しぃちゃんは話で聞いただけで会ったことはない。それでも名前は聞いているはずなのだが……「鴉」の部分しか覚えていなかったらしい。まったく、歴代の戦隊の必殺技は全て覚えているのに……

「鴉間 空ですか……やっぱり《空間》はトップクラスの力なんですね。」

「《空間》に次ぐ力って……いったい何なのよ、そいつの……操る《常識》は?」

翼の問いにアザゼルさんは深くため息をついた。

「それが……不明なのだよ。何か……こう、未来の兵器というか、腕にキャノン砲をつけて背中からはウイングをはやしてる奴なのだよ。ジェットで空を飛ぶのだよ。」

「あによそれ……?」

「確かに……なんだそれ?」

ルーマニアがあごに手を当てながらうーんと唸る。

「その……未来の兵器を作るような力がそいつの操る《常識》なのか?」

「うん……普通はそう考えるよねぇ。でもね、戦うとそうは思えなくなるのだよ。その二つの兵器を除いてもかなり強いのだよ。」

「?」

「こちらの攻撃を……まるでそれがゆっくりに見えてるかのように華麗にかわすのだよ。人間には視認すらできないような攻撃をね。」

「それって……」

そこまでずっと黙っていた力石さんが発言する。

「そいつの力って……《時間》なんじゃないですか?」

「何でそう思うのだよ。」

「未来の兵器っていうなら未来に行ってとってくればいいし……時間をゆっくりにすれば攻撃をかわすことなんて……」

「おおぅ……一理あるのだよ。」

「でもよー……それだと相手側に《時間》と《空間》の二柱があることになるぜ?絶望的だなぁ……考えたくねぇ……」

《時間》と《空間》……そういう力を操る存在はどんなゲームでも漫画でも「最強」として扱われる。そんな存在がダブルで敵?いやだなぁ……

「まぁ……明確な答えはあいつしか持ってないのだよ。だから考えたってしょうがないのだよ。」

「そうだな……ひとまずそいつの話は置いといて……つーか……名前は知らねーのか?」

「知ってるのだよ。」

「……それを最初に言うのが普通じゃね?」

「……言われてみればそんな気がするのだよ。そいつの名前はリッド・アークなのだよ。全身を赤色で包んだ男なのだよ。」

リッド・アーク……その人が今回の……敵……か。

「ねぇねぇアザゼルゥ♪」

「なんなのだよ、ムーちゃん。」

「《ム》が二個足りないよ?うんとね、アザゼルのパートナーはどこにいるの?」

「……いいホテルを探してる頃だと思うのだよ。彼女は気まぐれわがままお嬢様なのだよ。」

「……お嬢様だと!?」

変なとこにカキクケコさんが反応した。

「アザゼルのくせにそんないいパートナーを……!?うらやましい……!」

「……」

翼が人を殺せそうな目をする。

「うん?あ、いや、翼!べ、別に君に不満を持ってるわけでは……」

「うっさい。」

翼のその言葉の後、突然カキクケコさんは額を地面にこすりつけるほどに深い……土下座をした。普通に翼に謝っているのだと思ったが……カキクケコさんは何も言わない。変に思って翼を見る。

「自分が土下座をしていないことに強烈な違和感を持たせたわ。」

……つまり土下座しているのが普通という感情を持たせたのか……恐ろしい。

「……とりあえず……雨上ちゃんは気をつけるのだよ?」

アザゼルさんの言葉でその場は解散となった。



 赤い男……リッド・アークはとある建物の屋上から隣のビルの中の一人の男を見ていた。男は英会話教室で中年の男に英語を教えている。男の名は……クリス・アルガード。

「《硬さ》のゴッドヘルパー……そうか、こいつは自覚する前はこういう仕事をしてたのか。なるほど、それで日本にいたのか。」

リッドは視線をクリスから空へ移す。

「……俺はああはならねぇ……そうだろ?マイスウィートエンジェル?」

一人ごとを呟きながら懐から数枚の写真を取り出す。

「ゴッドヘルパーってのはこの世の《常識》の数だけ存在する。つまりたくさんいるわけだ。ただこういう……「戦い」に向くか否かでその強さが決まってしまうという話。しょうもないものを支配してもしょうもない。だからあまり重視されない。」

写真に写るのはどれも若者。学生服を着ている者もいる。

「だがそれは高ーいお空の上から見ている神共の考え。現場の天使や俺たちはわかっている。一つの《常識》を支配することがどういうことなのか。」

数枚の写真から三枚引き抜き、他をしまう。

「この俺がそうであるように……どんなにしょうもない力でも、応用の仕方によっては……化け物となる。」

リッドは両手を空へ向けて広げる。その手にはキャノン砲はなく、ただただ世界に伝えようとしている。

「ふふっ!さぁさぁ、かき回すぜ?散らかすぜ?暴れるぜ?我らの偉大なボスのため!世界征服をするため!俺は邪魔ものを蹴散らすぜ!そして同時に見せてやる、教えてやる、示してやる!如何なるゴッドヘルパーも……最強の称号を手にすることができるということを!!見ていてくれよマイスウィートエンジェル!」

リッドの叫びに応じるように、あたりの地面から異形の存在が姿を現す。黒い体に黒い翼。赤い目を爛々とさせ、低く唸るその存在は……俗に言う悪魔そのものだった。

「わりぃな!今回はちっとばかし力を借りるぜ!」

合計で三体出現した悪魔はリッドからそれぞれ一枚ずつ写真を受け取り、軽く頷くと……幻のようにその場から消えた。

「ふふっ……ふふふっ!笑いが止まんねぇ!こんなにでかいランチキ騒ぎは初めてだ!楽しむぜ?遊ぶぜ?はーっはっはっは!イッツァショウタァイム!」



 次の日からアザゼルさんは私たちの友達としてふるまうようになった。なぜ外国からの転校生が突然ここの生徒と仲良くなったのか、まわりの目は不思議なものを見るそれだがアザゼルさんはまったく気にしない。

「雨上ちゃん、ここにはミスコンがないっていうのは本当?」

「普通はありませんよそんなもの……」

「なんてこったなのだよ!屋上の件といい、ミスコンといい……ゲームは嘘ばっかりだったのだよ!うぅ……俺私拙者僕の想像がことごとく破壊されていくのだよ。」

「まぁ、そんなもんよねー。ゲームとか漫画の世界にあるような学校なんて実在しないんじゃない?」

「むむむ?いやいや……少なくともここにそんな存在がいるのだよ?」

「……何のことですか?」

「メモ帳片手に走る情報屋さんとサムライガール。」

「サムライガール……なんだかかっこいいな……わたしは気にいったぞ。」

「あんたの存在が漫画みたいって言われたのよ?」

「かっこいいからいい。」

みたいな会話を休み時間にする。ううむ、短い間に話す友達が増えたな。今までは翼とだけだったからなぁ……だからか、なんとなく翼と話す時と他の人と話す時では言葉遣いが変わってしまう。

「あ。そういえば何か伝言をルーマニアくんから頼まれていたのだよ……」

がさごそと胸ポケットから紙を取り出すアザゼルさんを見て……私は思い切って聞いてみた。

「アザゼルさん……」

「ん?」

「その……ルーマニアの本名ってなんですか?」

言った瞬間、アザゼルさんは普段のおちゃらけた態度からは想像ができないような表情になったが、すぐにいつもの笑顔になった。

「気になる?」

「……まぁ……」

「確かに。ルーマニアって国名だもんね。あたしも気になるわ。」

「む?本名じゃなかったのか?」

アザゼルさんはふふふと笑って私を見据える。

「雨上ちゃんに一つの真実を教えてあげるのだよ。」

「真実……?」

「今……人間界で語られている「神話」っていうのは……九割方……事実なのだよ。」

「え……」

「神話に詳しい……というか俺私拙者僕の名前がわかる雨上ちゃんならこの意味がわかるよな?」

アザゼルさんの……雰囲気が変わった。

「アザゼル……確か……堕天使の名前ですよね?」

「だてんしってあによ、晴香。」

「……神様に反逆した天使のことだ。」

「反逆!?アザゼル殿が!?」

「ああ。俺はむかーしむかしに……神に反逆し、一時悪魔の力を手にした存在だ。今はその罪を償うためにこうして働いている。本来なら……こんな現場に送られるような位じゃないんだがな。」

「ふむ……神話が本当ということは……ヤマタノオロチとかも実在したのか?」

「ああ……いたと思うぜ?担当したのは俺じゃないから見たわけじゃないが。」

「おおぉ……」

「鎧……もっと他に聞くことがあるでしょう?」

「……なんだ?」

「見てたらわかります……アザゼルさんとルーマニアは友達なんですよね?」

「ああ。親友だ。いつも一緒に行動してきた。」

「つまりルーマニアも堕天使……」

「ルーマニア殿も!?」

「……ルーマニアは名乗る時に「オレ様の名前はル……」って言って少しつまったんだ。ルから始まる名前の堕天使で……アザゼルさんクラスとなると……一人しか思い浮かばない……」

「な……なんなのよ……」

「ルシフェル。神話だと……諸説あるけど……神に反逆して地獄に落とされて……悪魔の王となったとも言われる存在だ。」

「悪魔の王だと!」

しぃちゃんが勢いよく立ちあがった。信じられないという顔だ。

「まぁ……詳しいことはルーマニアくんに聞くのだよ。」

アザゼルさんが元に戻った。いや、皮をかぶったというべきなのか……

「あーあぁ……この話の元凶が俺私拙者僕と知ったらルーマニアくん怒るだろうなぁ……」

アザゼルさんは紙を広げる。

「うん……ちょうどいいのだよ。ルーマニアくんが仕事の話をするそうなのだよ。今度の土曜日に鎧ちゃんの家に集まっておいてってさぁ?」


 土曜日。まぁ……天界には曜日なんてないが……オレ様はマキナから渡された資料を片手に鎧の家へと向かう。何か知らんがアザゼルのやつが「頑張るのだよ?」とか言ってきたが……あれはどういう意味なんだ?

「よっと……」

姿を消す魔法を解いてオレ様は鎧家の庭に姿を現す。縁側には雨上、鎧、花飾がいた。

「……花飾はカキクケコの協力者だから別に来なくても良かったんだが……」

「ん~っとね……大事な話があるからいるのよ。」

「?」

「ルーマニア……」

なんだ?雨上が暗い顔してる……

「そろそろ話してくれないか?……お前の……ルシフェルのことを。」

……最近めっきり聞かなくなったオレ様の本名を雨上の口から聞くとはな……

「アザゼルめ……こういうことかよ。」

オレ様は目の前の三人のゴッドヘルパーを見る。真剣な顔だ。まったく……

「ま、アザゼルがお前らと絡みだしてから……こうなるとは思ってたがよ。」

「ルーマニア……私は……その、無理に聞こうとは……」

「いや……構わねーよ。オレ様たちの敵が敵だからな……いずれ話さなきゃならん話だったんだ。いいぜ……話してやるよ。オレ様の……堕天使ルシフェルの物語を。」

「……ああ。」


 私たちは縁側に、ルーマニアは私たちの正面に腕を組んで立った。おそらく……これから語られる物語は一部の人間が必死に探しているであろう真実だ。私は一言も聞き逃すまいとルーマニアを見つめる。

「昔、オレ様は天使の中じゃ最上級の位で神の傍に立っていた。そして……当時の人間は……雷とか嵐とか……疫病とかを神の怒りとして捉えていた。だから人間はそういうのが続く時は神に生贄をささげて怒りを鎮めようとしていた。まぁ実際はそういうもののゴッドヘルパーの影響なわけだが。」

「私みたいな……か。」

「そうだな。……そういう風に神を人間が捉えていたあの時代のとある日、一人の人間が現れた。その人間はその力や思想から「神の使い」とされ、人間の中でも特別な扱いを受けていたんだが……そいつが言ったのさ……「神は我々を愛して下さっている。神が我々にこんな苦難を与えるわけがない」……とな。」

……神の使い……愛……おそらくその人間というのはたぶんあの人なんだろうなぁ……

「当時の人間は安心した。なんだ、神は怒ってはいないのか。よかったよかった。……だがここで人間達の頭に疑問が浮かぶわけだ。じゃあ一体誰の仕業なのかと。そこで犯人にされたのが……オレ様だったんだ。」

……神の怒りに見えたその行為が神の仕業でないとするなら同等の力を持つ誰かということになり……神の傍に立つほどの存在だったルーマニアが注目されたのだろうか。

「正確な理由は知らんがとにかく人間達はオレ様の仕業とした。……今のオレ様なら……いや、今の世界なら、オレ様も「ははっ、何言ってんだこいつら」ですませただろう。だがあの時代はそうもいかない時代だった。」

「どういうことよ?」

「あの時代は……今の人間達が「ファンタジー」として扱うような存在、現象が闊歩している時代だった。だからオレ様たち天使も多くの仕事があった。暴れ出した竜の鎮圧とかそんなんがな。だからオレ様達には……戦う為の力が必要だったんだ。……戦うっていう行為はすさまじくエネルギーを使う。いつもは必要としないような能力も発動させたりするからな。……当時のオレ様達は「信仰の力」を戦う力に変えていた。」

「信仰の力って……?」

「《信仰》……ゴッドヘルパーもちゃんと存在する世界の法則の一つだ。当時の《信仰》は「自分を信じるものが多ければ多いだけ力が増す」というものだった。」

「そういうものにもゴッドヘルパーはいるのだな……」

「無論、神はみなから崇められている。故に絶対的な力を持っていた。オレ様も同様に、多くの信仰するものがいたからすげぇ力を持っていたんだがな……その、オレ様が雷とか疫病を起こす犯人とされてからはどんどん力が減っていった。自分たちに辛いことを課すような存在を信仰するやつはいねぇからな。当時のオレ様は焦ったさ……みるみる力が減ってくんだからな。このままでは神の傍という地位も失うかもしれない……そう思ったオレ様は……そりゃぁイライラしていた。んで……その内にこんな考えが浮かんだ。「何故神はそこまで絶対的に信じられているんだ?」ってな。」

その時……ルーマニアの顔はいつか見た苦い顔だった。堕天使ルシフェルの物語は……この瞬間から始まる……

「一度思ってからはもう止まらなかった。全てのイライラが神に向いた。なぜてめぇばかりこうなんだ?不公平じゃねーか!……そしてオレ様は初めて神に意見をし、反抗した。その時神は言った……「余を信じるのです」ってな……その一言だけで片付けられてしまった。オレ様のイライラは溜まるばかり……そんな時に一人の天使が声をかけてきたんだ。「実は俺も神に対して怒りを覚えている」ってな。」

「……天界も一枚岩じゃなかったってことね……」

「ああ。集めてみたら結構な数がいた。その時オレ様は思った。「なんだ。神も大したことないな。天界の住人ですらまとめきれていない。だったら……その神っていう役割……オレ様がやってもっと世界を良くしてやろう」って……な。」

ルーマニアは軽く鼻で笑う。まるで自分を馬鹿にするかのように……

「オレ様は……同じ意見を持った奴を集め、天界で史上初の……「反逆」を起こした。力を失っているとはいえ、オレ様はそこまでの地位にいた天使だ。その辺の天使はゴミのように消すことができた。多くの天使を殺し、血を浴び、オレ様は神の前に立った。そして……オレ様は神に敗北し、一緒に戦った奴らと共に地獄に落とされた。」

神話によると……神は片手で……軽くルシフェルを地獄に落としたとか。

「あっけなかった。一瞬だった。だからこそオレ様の怒りはさらに膨れ上がった。そしてその怒りを……地獄の連中は歓迎してくれた。オレ様は地獄でそいつらの持つ邪悪な力を得て……全員を統率し……地獄の王……最強の悪魔となった。」

「悪魔……」

「そして地獄の底から指示を出し、神の部下である天使たちを殺してまわった。「神よ、オレ様はお前には勝てないのかもしれん。だから……お前のまわりを消していくことにした。お前の作ったものは全て消してやる。」ってな。」

「……」

「だが神も……オレ様たちが殺したら殺した分だけ新たに作る。殺し、作り……そんなことが延々と続いていた。本当に……延々と。だが、そんなことは気にすることなく……人間は進化していった。そして……いつのまにか、技術を手に入れていた。」

「技術……?」

「ああ……信仰に変わる新たな人間の拠り所だ。その技術が発達すればするほど、信仰の力は無くなっていった。天使はもちろん……悪魔にもその影響はあった。悪魔は人間が恐れ、その存在を信じるという《信仰》を力に変えていた。そう、神側もオレ様側も……戦う力が無くなっていったんだ。そして……《信仰》を管理するシステムが……時代に合わせて大きな変革を起こした。「信じるという行為が力になることはない」という改革をな。」

今の人間社会を見ればわかる。昔は神様が信じる人間が多かったが今は逆が多い。システムが《常識》を時代に合わせるものなら……それは当然の結果だ。

「戦う力を失い、地獄で怠惰にすごしていたオレ様は気付いたんだ。「オレ様はなにをしているんだ?」って。ずいぶんと……バカなことをしているなぁと思ったんだ。最初に思うべきことを……そこでやっと思ったわけさ。」

一時の感情で起きた戦いが……冷静になった瞬間に冷めるのはよくあることだ。ルーマニアの場合……それの規模が大きかった。ただそれだけだ。

「そしてオレ様は……神に……人間の言うところの「自首」というか「投降」?をしたんだ。そして言った、もう一度チャンスをくれってな。」

「……そうしてルーマニアは……神の傍という立場から……今の立場になって……頑張っているんだな。」

「そうだ。……以上が堕天使ルシフェルの物語だ。」

「アザゼルさんは……?」

「あいつは……というかあれだ、オレ様には親友が二人いてな。オレ様が神に反逆する道を選んだ時、一人は傍で見守ってあげるっていってついてきて、もう一人は帰る場所を残しておいてあげるっていって神側に残った。ついてきたのがアザゼルで残ったのが……ムームームなんだ。」

「……いい……友達だな。」

「ああ……感謝してる。」

「いやーはずかしいのだよ。」

「照れるなぁー♪」

私たちとルーマニアは突然耳に入ってきた声に驚き、あたりをキョロキョロする。するとルーマニアの立つ位置から少し離れた所に唐突に二人が現れた。

「……!?おめぇーら……まさかずっと……!?」

「「隠れてましたー(♪)(のだよ)」」

ルーマニアはみるみる顔が赤くなっていく。

「いやいや……ちょっと心配でね、見に来ちゃったのだよ。」

「うんうん……んでんで?そちらの三人は今のを聞いてどう思う?」

ムームームちゃんがわたしたちを見る。にこにこしているのだが……その目は真剣だった。

「私は……別に。どちらかというとやっとルーマニアの話が聞けてスッキリです。」

「あたしはイマイチぴんときてないのが本音ねぇ。だってあたしの前にいるのはこのルーマニアなんだもの。」

「わたしは深く感動した!一度悪の道に入って……改心して戻ってくるパターンの話が現実にあるなんて!実は四代目戦隊の」

「いい人たちで良かったね♪」

軽くしぃちゃんの話をさえぎり、ムームームちゃんがルーマニアに飛びつく。少し悲しそうな顔のしぃちゃんは哀愁たっぷりだ。

「うるせぇ……」

「めっちゃ喜んでるくせに♪」

「おま!またこころを!」

「こころ……?」

私が聞くとアザゼルさんが笑って答えた。

「ふふふ……ルーマニアくんはね、神様に反逆した時にムーちゃんが敵にまわったと思ってね、「もうオレ様とお前は友達じゃねぇ!見ろ!」っていってムーちゃんに自分のこころの中を見せたんだよ。怒りに満ちたこころをね。おかげでムーちゃんはルーマニアくんのこころの覗き方を知ることができてしまったんだよ。」

「そうなの。あーたーしにはルーマニアのこころの中が手に取るようにわかるの。」

「あー!!うるせーうるせー!この話終わりだ!おーわーりー!」

ルーマニアが暴れる。なんだろう、やっと……素を見ている気分だ。

「つーかもういいだろ!ルーマニア言うな!オレ様は!ルシフェル!」

雨:「もういいんじゃないか?」

翼:「あたしはルーマニアって呼びたいなー」

鎧:「そうだ!ルーマニアとして過去の自分と決別して新しい一歩を!」

ア:「だってマキナちゃんが……」

ム:「だぁってマキナが……」

「……もう……いい……」

肩をがっくりと落とすルーマニア。だがその顔には笑みがこぼれている。

「ええぇい!うるさい!……オレ様がここにきた本来の目的を言う!」

なんだかもうやけくそだ。

「ムームームとアザゼルは帰れ!自分のパートナーのとこに行きやがれ!」

「ふっふっふー。了解なのだよ~」

「はーい♪」

言うや否や、二人はその場から消えた。

「ったく……んじゃ……仕事の話をすんぞ……」

「うん……よし。切り替えよう。うん、いいぞルーマニア。」

「今度はどんな悪党なのだ、ルーマニア殿。」

「……一応あたしも聞いとくね、ルーマニア。」

「…………・・前回の超怪力強盗みてぇに……すでにこっちで騒がれてる奴が相手だ。」

「騒がれてる?ん~っとぉ……ここらで騒がれてたのは「超怪力強盗」と「天誅切り裂き魔」と……ああ、「エロウィンドウ」ね。」

「それだ。そのエロウィンドウが今回の相手だ。」

「エロ……不埒な。何をしているのだ?そいつは。」

「下着泥棒。」

「破廉恥な!」

「……どの辺にゴッドヘルパーの力を使っているんだ?それ。」

「下着を干そうとしている最中でもお構いなしに盗っていくんだ。突然風が吹いたと思ったら下着がなく、ふと見ると遠くに下着を持ったやつが走ってる……そんな感じだ。」

「《風》のゴッドヘルパー……か?」

「かもしれねぇな。だとすると、雨上以上にこまかく風を操れるから……厄介かもしれん。」

「う~ん。とりあえず……どうやって見つけるんだ?そいつを。」

「残念ながらオレ様には下着泥棒の心理はわからんからな……主にそれを話し合おうと思ってきたんだ。今日は。」

「ん~……そうねぇ……これはおとり作戦しかないわね。」

「誰かの下着をさらすってのか?」

「別に誰かのでなくてもいいわよ。その辺で買ってくればいいじゃない。」

「……うまく行くとは思えねぇなぁ……その作戦。」

ルーマニアがあごに手をあててうなる。確かに、誰を狙うのかは犯人の気まぐれだ。

「ルーマニア、前みたいに事件の起きた場所を地図にマークしてみたらどうだ?犯人の傾向とかがわかるかもしれないぞ。」

「ああ……そういやそんなことしたな。よし、やってみるか。」



「めんどくさいなぁ、もう。なんで私がこんな島国に。」

「こんなって……お前の国だろが。」

リッドは目の前に座る男に突っ込みを入れる。ここは喫茶店エクスカリバー、隅っこの席に赤い男と暗い男が座っている。赤い男はリッド。暗い男は……

「だいたいな、俺はこの仕事を鴉間さんから頼まれたんだぜ?うちで最強のあの人に。人材は惜しむことなく使うことができんだよ。お前に否定する権利はないぜ?」

「めんどくさいなぁ……」

暗い男は深くため息をつく。リッドとは対照的に全身を暗い色の服で包んでおり、眼鏡をかけている。色だけ見れば鴉間と同じような感じなのだが、その雰囲気は異なっている。

「私はただただのんびりとしたいのに……力だって戦いに向かないのに……いつだって背後に潜んでいるのに……なんで今回はこんな前線に……」

「ちょっといろいろあってな。お前の力が必要なんだ。」

「めんどくさいなぁ……」

「めんどくさがってても決まったことはくつがえらんぜ?あきらめろよ加藤。」

「はぁ……わかりましたよ……何をすれば?」

「こいつらの感情を操ってくれ。」

「……三人も……?リッド、一体何をするつもりなんですか?」

「……俺に下った任務は《天候》を倒すことだが……俺もこのチームに入って長いからな、この任務の意味がわかるんだよ。」

「意味もなにも倒すんでしょう?」

「チッチッチ。考えてみろよ、第三段階なんだぜ?できればこっちに引き込みたいじゃねーか。でも《天候》は天使側についてるからこっちに引き込むとなると俺らにもそれなりの被害がでる。だからな……はたして《天候》はそうまでしてこっちに引き込む価値があるのかどうかを俺らのボスは知りたいのさ。だから俺をぶつけようとしてるんだ。」

「なるほど……」

「へへっ、嬉しいじゃねーの、俺はそれほどの実力者として見られてるんだぜ?」

「……逆にいらないと思われてるのかもしれないですよ?」

「んなわけあるか。あの鴉間さんが直々に頼みにきたんだぞ?」

「へぇ。」

「んまぁ、だからな、できれば《天候》と一対一でやりたいわけだ。」

「……了解しました。この三人は私が管理しますよ。……力の最適化はするんですか?」

「ああ。そろそろマイスウィートエンジェルが必要なものを持ってきてくれる。」

「こわいこわい。」

暗い男……加藤と呼ばれた男は笑いながら席をたち、《エクスカリバー》から出て行った。

「……加藤……こわいと言えばお前もこわいんだがな。俺らの中で最悪の感情系のゴッドヘルパー……」

そしてリッドは目の前の二つのコーヒーカップを見る。

「……さりげなく俺におごらせるとこもな……」



「てんでバラバラだな……」

みんなで赤い印がついた地図を睨む。どこかに集まることなく、印はバラバラに広がっている。私の住むこの町を含めて広範囲で下着泥棒をしているようだ。

「……地道に探すしかないのか?めんどくせぇなぁ……」

みんなの顔が暗くなったとき、私は一つの情報を思い出す。

「あ、そうだ。なぁ、ルーマニア、《情報屋》に聞いてみたらどうだ?」

「んん?《情報屋》のこと、誰から聞いたんだ?」

ルーマニアが少し驚いた顔で聞いてくる。

「えぇっと……最初に聞いたのはチェインさんからで……この前は音切さんから。《情報屋》って天使も御用達なんだろう?」

「まぁな……」

「あにそれ?」

翼が初めて聞いたという顔で尋ねる。

「《記憶》のゴッドヘルパー……他人の記憶を覗き、つなげ、連鎖的に莫大な情報を一瞬にして手に入れる力を持つ奴だ。」

「すごいじゃない。何でそいつのことを言わないのよ。」

「……《情報屋》はな……今回のゴッドヘルパーの事件が始まった直後に姿を消したんだ。以来、どこにいったか不明だ。」

「行方不明ということだな?ふむ、天使が見つけられないのをわたしたちが見つけられるとは思えないな。」

しぃちゃんが難しい顔で呟き、ルーマニアと翼がため息をつく。

「……それは変だな……だって音切さんはつい最近その《情報屋》から情報を得てるんだ。」

「あぁ?まじか!?」

「その情報をもとに私たちとクリスの戦いを見たって言ってたし。」

「オレ様たちが見つけられないのに音切が……?いや、《情報屋》が故意にオレ様たち天使を避けてんのか?」

「とりあえずさ!どうして見つけらんなかったかはともかくとして、音切勇也は居場所を知ってんでしょ?今んとこ手はそれだけだし……晴香、聞いてみたら?」

「そうだな。……音切さんも土曜日は休みかな?」

私は携帯を取り出し、登録されている番号に電話をかける。しばらくのコール音の後、さわやかな声が耳に入る。

『もしもし』

「もしもし、雨上です。」

『おおぅ、雨上くんか。どうしたんだ?』

「音切さんが前に言ってた《情報屋》についてなんですが……今大丈夫ですか?」

『今俺がなにをしているかというと、いい歌詞を思いつければと思って山を登っているんだ。』

「……頑張って下さい。」

『《情報屋》……安藤のことか。』

「……安藤っていうんですか?」

『いや、呼び名は毎回変わるな……この前は《こめかみ》と呼んでくれと言ってたし、その前は《納豆》だった。』

「……変な人ですね。」

『変というか……仕方ないんだ。』

「仕方ない……?」

『安藤は《記憶》のゴッドヘルパー……その力を存分に発揮して《情報屋》をしているわけなんだが……一度に膨大な情報量を得るから安藤自身の趣味とか性格とか思考の仕方とかにも影響が出るんだ。会うたびに別人さ。』

「それでよく仕事できますね。」

『それが不思議なとこだ。一応俺だってことはわかるし、お得意さんということで認識してくれるし。んで安藤がどうかしたのかい?』

「実はその……《情報屋》の情報が必要になりまして……どうも天使たちは居場所をつかんでいないようで。」

『そうなのか。うん、構わないさ。ただ場所はね……口で説明できないから……そうだな……二日待ってくれるかい?山下りてそっちに行くから。』

「はぁ……わかりました。連絡下さい。」

私は電話を切る。瞬間、翼のチョップが私の頭を直撃した。

「……なんだ……」

「なんで晴香が音切勇也の電話番号知ってのよぅ!あたしにも教えなさい!」

ああ……そういえば音切さんは歌手だった。



 夕方、私と翼は家に向かって歩いていた。とりあえず音切さんが山から下りてこないと話にならないので今日は帰ることとなった。まぁ、本来の目的であったルーマニアの過去を聞くことはできたので良しとしよう。そのルーマニアは例のごとく、天界で情報を集めると言って飛んでった。……天界の情報っていうのはどんな人が管理しているのだろう?

「二日っていうと月曜日になるわね~。」

「そうだな……確か授業は……五限まであるな。」

「大変だわ……ま、楽しいからいいけどさ。」

翼は悪だくみをする子どもみたいに笑う。

「んじゃ、月曜日ね。」

「ああ。またな。」

翼と交差点でわかれる。私は一人暗くなりつつある町を行く。だんだんと日が伸びているとはいえ、それなりに暗い。

「……日の長さって……私は操れるのかな……?さすがに天候じゃないか。となると……どういう《常識》の管轄なんだろう。」


「《自転》とか《時間》じゃねーかな。」


……なんというか……突然声をかけられことが最近とんと増えた。さすがに慣れた私はゆっくりと振り返る。

「でもまぁ……第三段階となったお前なら……コントロールできるかもな。」

異形だった。漫画の中から出てきたのではないかと思う姿の男がそこにいた。片腕に大きなキャノン砲をつけ、背中から機械的な翼をはやしている。派手な赤いアロハを着た赤い男。

「……リッド・アーク……!」

「んん?なんだ、もう俺のこと知ってんのか。ああ、あのお嬢様だな……ったく。」

リッド・アークはキャノン砲の付いていない方の腕……左腕を空にかかげる。

「んまぁ……とりあえず。」

パチンと指を鳴らす。瞬間、私はめまいを覚える。以前にもこんな感じのものを経験したような……?

「おお!さすがマイスウィートエンジェルの作ったメカ!鴉間さんの力のままだぜ。」

鴉間……そうだ、この感じは鴉間の言う四次元空間に入った時の感覚と同じだ。

「これで……今この空間には俺とお前だけだな。」

鴉間の《空間》の能力が……鴉間のいないこの場で発動してるってどういうことなんだ……?

「……何かようですか……」

「強気だねぇ?ま、おどおどびくびくされるよりは話しやすいがな。」

リッド。アークははっはっはと笑う。私を倒しに来たのだろうか。いや……それよりも私には気になることがあった。クリスとの戦いの後、なんとなく疑問に思ったことがリッド・アークを目の前にして急に気になってしょうがない疑問へと昇華した。

「リッド・アーク……あなたは……日本人じゃないですよね。」

「……?ああ。俺はイギリス人だが……それがどうした?」

「クリスと戦った時も思ったんですけど……あの人も日本人じゃないですよね?なんでそんなさも当たり前のように日本語ペラペラなんですか……?」

リッド・アークは目を丸くする。

「……この状況でそんな質問ができるのか……すげぇな。」

いい加減私もこういう状況に慣れつつある。

「えぇっとだな……鴉間さんは知ってるよな?《空間》のゴッドヘルパーの。鴉間さんは……俺らの中じゃ最強だから……まぁ、なんとなくリーダーみたいになってるんだ。あの方は滅多に姿を現さないし。」

あの方……というのがたぶんこの事件の元凶だな。ルーマニアも過去を話してくれたから元凶の心当たりも話してくれるかもしれないな。今度聞いてみよう。

「しかも《空間》の力って瞬間移動ができるから俺らは結構お世話になるんだ。あっちこっち移動するからな。だから鴉間さんと絡む機会が多い。そしてその鴉間さんは……まぁ名前からわかるように日本人。鴉間さんは日本語しかしゃべれないから……俺らの仲間になったやつはとりあえず日本語を学ぶんだ。」

……結構しっかりとした理由があった。てっきり《言語》のゴッドヘルパーとかがいるものだと思っていた。……というか「学ぶ」って……この人たち実は真面目な人たち?

「さて。本題に戻ろうか。まず先に言っておくが、お前の仲間……《金属》、《変》、それと一応エネルギーのもとには刺客を放ったからお前を助けには来れない。」

「なっ!」

「お前の相方の天使も同様だ。何が言いたいかっていうと、助けは期待すんなってこと。」

「なんでそんなことを……!」

「全てはお前とゆっくり会話するためさ……《天候》?」



「隔離された。」

こういう状況は何度か……戦隊シリーズでもあった。味方との連絡が遮断される。例えば八代目の戦隊の《猛獣戦隊 ガオレンジャー》では……ああ、いやいや!それを考えるのは後にしよう。わたしは油断なく周囲を警戒する。

鎧家の庭。みんなが帰った後、かるく素振りをしていたら突然めまいを覚えてここに来た。いや、庭から移動したわけではないのだがさっきまでいた庭とは明らかに異なる空間だった。

「……そこにいるな。」

視線を送ったところに幻のように一人の人間が出現する。

「!君は……!」

「勘弁して欲しい。よりにもよって鎧さんなんて。でもオレは優しいから、鎧さんと戦うよ。」

道着でも制服でもなく、普段着なんだろうか。上にシャツ、下にジャージを着た……先日わたしと戦った空手部部長、勝又 匡介がそこにいた。

「……君の仕業なのか……これは。ということは君はゴッドヘルパーなのか?」

勝又君は黙ったまま、拳を構える。

「くっ!」

わたしは振っていた木刀を構える。この庭には金属はない。

「鎧さん……あなたはオレには勝てないよ?」

「どうかな?」

事情はわからないが構えた勝又君から発せられる「攻撃の気配」は本物だ。

先手必勝!わたしは踏み込み、勝又君の方へ跳ぶ。だが跳んだ瞬間、わたしの視界は勝又君の姿で埋まった。

「!?」

そしてものすごい衝撃が腹部に走った。

「がはっ!?」

何だ!?何が起きた!?勝又君との距離は五メートル以上はあったはず。跳躍によって今まさにわたしが縮めようとしていた距離。それが……一瞬で勝又君の拳の届く距離に縮まった。

「わたしは……動体視力はいい方なんだがな……」

まったく見えなかった。なんという速度だ。これが勝又君の能力なのか……?

「空手に先手なし……知ってる?」

勝又君はこの前見た構えでさっきと同じ位置に立っている。……うん?さっきと同じ位置?

「空手は……いや、全てに当てはまるんだけど……武術ってさ、防御から入るんだよ。」

わたしはわたしが立っている場所を見る。おかしい……腹に勝又君の拳を受け、少し後ずさったはずなのに……さっきの位置よりも前にいる。

「そもそも武術は弱い人が強くなろうとして作ったものだから。当たり前なんだけど。だってそうだろう?弱い人から先に仕掛けるなんて無謀だ。武術は、強い人が繰り出す攻撃の間をぬってわずかな勝率をつかむものなんだ。」

勘違いしていた。今の一瞬、移動したのは……高速で移動して距離を縮めたのは勝又君ではなく……わたしだ。

「こういう攻撃が来たらこうする。あれが来たらこの動き。そういう……《型》が空手にはある。」

「型?演武のことか?」

わたしは晴香みたいに賢くない。だから相手がわざわざ話してくれている情報は確実に頭に入れなければならない。能力については後回し……というか勝又君の発する言葉からヒントを探す……!

「そういう意味もあるけど……オレが言いたいのはこういうこと。」

勝又君がわたしを見る。瞬間、わたしの視界が瞬く間に変化し……いつの間にかわたしは勝又君の前に立っていた。そして……

「!?なんだこれは……!?」

何故かわたしは……木刀を振り上げている。力を入れれば木刀は勝又君の頭を直撃する。

「《型》に……はめさせてもらった。」

わたしは即座に離れる。型にはめる?どういうことだ?

「さっきも言ったけど……空手に先手はない。なら先手を取ろうとしたら何をすればいいのか。簡単なこと、相手にこっちが技を入れやすいポーズを取ってもらえばいい。」

取ってもらえばいい……?確かに、相手がわざわざそんなポーズを取ってくれるなら……空手における全ての技が最大の威力を持って相手に入ることに……なる……まさか!

「オレは《型》のゴッドヘルパー。ものの形なんかをオレの望む型にはめて変形させることができる。四角を丸に。星型を三角に。そして……相手をこっちの攻撃のしやすい形に……!」

再び、わたしの立ち位置は勝又君の目の前に移動し、知らぬ間に木刀を振るい……

「っつ!」

流れるような動作で勝又君の攻撃を受けた。

「は……ははは。これは……反則だな。全国クラスの空手家がこんな力を持っている……無敵じゃないのか?」

防御なんかしてる暇はない。何せ気付いた時には相手の攻撃が始まっているのだから。防御は相手の攻撃が始まる前にするものだ。相手のちょっとした動作を見逃さず、動きを予測し、対処する。それが基本、それが鉄則。なのに勝又君はそれを……させてくれない。

「オレがお願いされたのは……鎧さん、あなたを行動不能にすること。同じ武道家としてなんだか嫌だけど……オレは優しいから……お願いをきく。指や腕の骨を折れば……刀は振れなくなるだろう?」

まずい……つまりわたしは……型にはめられたその瞬間に自分のとっている格好と勝又君の構えを確認し、そこから繰り出される攻撃がわたしに届くよりも先に……攻撃しなければならないわけだ。防御は無理だが……幸い、あれだけ近くに移動すれば当然ながらわたしの間合いでもある。

「速さが……いるな。」

今は使う時だ。わたしは血液を加速させる。そうだ、もしかしたら……型にはめるのにもなにかしらの条件が必要かもしれない。例えば勝又君の視界に入っているとか。

「何だ……意外と希望はあるじゃないか。逆に喜ぶべきかな?空手の真髄……真の威力、速さを知ることのできるチャンスだと……!」

勝又君が少し笑う。ふふふ、そちらが見せるなら……わたしも見せよう、《雨傘流》の全てを!



 「誰よあんた。」

晴香と別れて少し歩いたところで……あたしはめまいを覚えた。んで、突然目の前に男が現れた。

「あら……?あんたどっかで見た……ような気が。」

「自分も覚えがある。随分前に取材だとか言って話した気がする。」

取材したのか。なら名前を聞けば……

「あんた、名前は?」

「石部。石部 渓太。」

「……ああ。ラグビー部の部長。」

ラグビーと聞くとがっしりとした男が体をぶつけあう競技というイメージがある。だけどこの部長はどちらかというと細身で水泳とかしてそうな体だ。そんな男が部長である理由は確か……

「花飾 翼。《変》の力は相手を見ることで発動するとか。失明でもさせればお願いを聞いたことになるかな。でもまぁ……目を狙わなくても体をボロボロにすればいいか。自分は優しいから、それですますよ。」

「……!?あに言ってんのよあんた。《変》って……あんた、ゴッドヘルパー!?」

「《太さ》のゴッドヘルパー。加藤さんのお願いであんたを行動不能にする。」

「加藤?加藤って誰よ。四組のデブ女?六組のロン毛のキザ?それとも三年のアホ?加藤なんてたくさんいるのよね~。」

「……たぶんあんたの知らない加藤さん。」

「てか……《太さ》?随分弱そうな《常識》ね。ダイエットしてる女相手に商売したら?一瞬で細身に!みたいに。」

軽く相手をからかいながらあたしは考える。さっきのめまいは知ってる。《空間》のつくった四次元に入る時に感じたやつだ。ということはここは四次元空間。たぶん……カキクケコも来れない。何て役に立たない天使だろう。晴香ならたぶん入れるだろうけど……あたしだけをこうやって襲っているとは考えにくい。たぶんみんながこんな感じで襲われているだろう。つまりここはあたしだけの力でなんとかしないといけない。

ゴッドヘルパー戦において重要なのは相手の管理する《常識》を知ること。幸いこいつはさっき《太さ》とばらした。これで幾分か作戦を考えられるはず。まずは相手がどういう攻撃をするかを見なければならない。

「どうしたの?あたしを行動不能にすんでしょ?」

「ああ。」

さぁて……どんな攻撃を……

「よっ。」

ボコッ。

「……はぁ!?」

石部が何をしたかと言うと……傍にあった電柱を引っこ抜いたのだ。

「ちょっ!?あんたさっき《太さ》って言ったじゃない!」

「……《太さ》だけど。」

言うや否や、石部は電柱片手に身を低くし、ものすごい速度で走りだす。

「……!」

必死で石部の目を見て違和感を起こそうとするが石部はジグザグに動いてそれをさせない。

この細身の男がラグビー部の部長である理由。それは、抜群の加速力、脚の速さ、そして瞬発力と敏捷性。フィールドを走るこの男は誰にも止められない。ある意味、あたしの能力的に一番の天敵となる。目を合わせられない。


あたしの能力、《変》は基本的に発動の条件がない。相手を視界に入れるだけで発動はする。ただ、そいつが今まさにやっている行動に違和感を与えるとなると……かなり大きな違和感を相手に与える必要がある。いつもならカラーコンタクトをつけたり、変な格好をしたりして相手にあらかじめ変という感情を与えた上でやるから問題はないんだけど、普通の状態からそこまで持っていくとなると……相手と時間にして一秒以下だが見つめ合う必要がある。


 「ふんっ!」

石部が電柱を勢いよく振る。死んだと思ったけど道幅を考えないで振ったせいで壁に当たって電柱は止まる。

「あはは!ばーか!」

あたしは必至で走る。とりあえず考える時間が欲しい。今のままじゃ勝てない。



「十太。あーたーしのことは見える?」

「?見えるよ。どうかしたの?」

「……気付かないのぉ?鈍いなぁ……」

「えっ?えっ?何だよ。」

オレとムームームがいるのはとある山の中。家からだいぶ離れたとこにあるのだが「力の練習にはもってこいだよ♪」とかいってムームームが見つけてきた。最近はどうも誰かが使っているようで時々草が妙に荒れていたり、雨なんて降ってないのに濡れていたりする。今日もいつもの日課で力を使う練習をしていた(ムームームは外見からは想像できないほどに厳しい)のだが、突然ムームームが周囲を警戒しだしたのだ。

「今あーたーし達はさっきと違う空間にいるのよ。」

「なにをファンタジーなことを……」

そこまで会話して、オレは少し離れたとこに誰かがいるのに気付いた。

「……誰だ?」

すらっとした細身の男。筋肉がシュッと引き締まった感じのアスリートみたいな体で、片手にラケットを持っている。あれは何の競技で使うラケットだったかな?

「?あいつもここで練習してんのか?」

「気をつけて十太。あいつゴッドヘルパーだよ。」

敵……!オレは身構える。(といっても何か構えが必要な能力ではないのだが)

「うん……写真の人と一緒だ。力石さんだね?俺は大石、大石 竜我。同じ高校の二年生だ。」

「オレと同じ高校?んでその大石さんがオレに何の用なんだ?」

「ちょっとしたお願いをされてさ……力石さんを行動不能にしてくれって。」

「!……なるほど……敵からの刺客ってわけか。でも……果たしてあんたにオレが倒せるかな?そのラケット……どのスポーツかわからんけど、オレは《エネルギー》のゴッドヘルパーだぜ?何を打ってこようと無駄だ。運動エネルギーはオレのコントロール下にある!」

「……何自分から能力バラしてるのよ……知らないかもしれないでしょう?」

ムームームがため息をつく。……そういやそうだ。やっちまったか?

「確かに。普通なら力石さんの力でどうとでも出来てしまうだろうけど。でも……これならどうかな?」

大石さんがすっと構え、何かを上に投げる。ボールじゃないな……あれは確かバドミントンで使う……なんだっけ。

「ほっ!」

キュンッ!

ビシッ!

「……」

……何だ?今……打ったのか?残念ながらオレには何も見えなかったな……

「……十太。後ろ。」

ムームームが後ろの木を指差す。見ると先ほど宙に投げられたあれが木に突き刺さっていた。

「……はぁ!?」

「バドミントンのシャトルってさ。初速は四〇〇キロを超えることがあるんだ。まぁ俺はそんな速度だせないけど。今なら出来るんだ。」

「それがあんたの力……?」

「いや、それは加藤さんがくれた機械の力で出してる。」

加藤さん?そいつも同じ高校の奴か?

「……でもさっき初速って言ったよね?初速が四〇〇でも……あんな風には刺さらないよ……」

ムームームが呟く。

「そこが……俺の力ってわけさ。」

大石さんがシャトルを手に笑う。

「俺は優しいから、教えてあげるよ。俺はね、《自我》のゴッドヘルパー。物に自我を与えることが出来るんだ。」

物に自我……?なんか聞いたことあるな。


 オレは自分の管理する常識が《エネルギー》であるため、物理に関しては人並み以上に興味を持つ。中学の時はそこまでやらなかったが、高校に入ってから物理という教科が出てきたのでオレは習うことを夢中で覚えている。そんな中、この前先生がこんな話をしていた。

「万有引力……重力の考えが確立される前。人々は物が下に向かって落ちる理由をこう考えていた。『物体は地面に落ちて、安定したい、安息したいと思うから下に落ちる。』ってね。」


物に自我を与えるとはつまりそんな感じのことなのか?

「俺は……このシャトルに『速さを保つ』という自我を与えた。だからこのシャトルは初速を保とうとする。……初速の四〇〇キロを。」

……四〇〇キロ。単純計算で秒速一一〇メートル。……そうか、いくらオレがエネルギーを操るゴッドヘルパーでも、オレ自身がそれを捉える事が出来なければ……無意味。

「どうしたらいい?ムームーム……」

オレは小声で小さな相棒に問いかける。

「十太はまだ……手で触れないとエネルギーをコントロールできないから……厄介だね。見えないんじゃどうしようもないもん。」

「ど……どうしよう……」

「……あーたーしが障壁で何とか防ぐから……その間に解決策を考えてね。」

ムームームが両の手を前に出す。大石さんはラケットを構える。どうしよう。マジでどうしよう……



 「《天候》、お前、こっち側に来る気ねーか?」

無駄だとはわかっているが……ケータイで翼とかに連絡を入れるがつながらない。一応例の腕輪は持ち歩いているのでルーマニアにも連絡を入れようとするが、応答はない。そんな私の無駄な行為を意地の悪い笑みを浮かべて眺めていたリッドが言った。

「俺が受けた命令はお前を倒すことだ。第三段階の能力を完全にものにされたら厄介だからな。でも本音を言えば……その強大な力をこちら側に引き込みたいわけだ。つーか……なんでお前はそっち側についているんだ?」

「……わかり切ったことを。私がルーマニア……天使たちに協力しているのはお前たちが世界を混乱に」

「違う。世界を乱す悪者を倒すため?ゴッドヘルパーの力が人間には有り余る力だから広めちゃいけない?自分は何とか出来る力を持っているからしなくちゃいけない?違う違う違う!そんな建前はいらねーんだよ。人間はな、純粋な欲のためにしか動かねーんだよ。聞かせろよ。お前がそっち側にいる理由を。本当のわけを。お前は何がしたくてそっちにいるんだ?」

「だ……だから私は……」

「お前のことはある程度調べた。最初の敵が《光》……お前の知り合いだったそうだな?呪いでおかしくなった……そんな知人を助けるために戦った。最初の戦いはそれでいいさ。ホントの理由なんて知らねぇ。大事なのはその後から今までだ。クリスと戦った理由は?そして今俺に敵対する理由は?言ってみろ。」


最初……私は何て言ってただろうか。

「別に私は非日常を求めてはいない。静かに平和であるのが一番さ。でもそれが今崩れようとしてるんだろう?」

「きっと私にしかできないことあるんだろう?」

自分にしかできないことがある……そんな使命感で動いていた。そしてその後、先輩と相対した。止めなくてはと思った。いけないことだと教えてあげなくてはと思った。


しぃちゃんと出会った。とても面白い……楽しい人。友達になった。しぃちゃんは正義に満ち満ちたこころを持っていた。超怪力強盗を捕まえると言った。そしてそいつはゴッドヘルパーとわかった。しぃちゃんもゴッドヘルパーだった。その時私は…………そうだ、しぃちゃんといっしょに事件を解決して平穏を町に取り戻すと……そう思ったんだ。


違う。


戦いの後、翼もゴッドヘルパーとわかった。翼は……非日常を求めて戦っていた。しぃちゃんはこの先も正義を胸に戦うと言った。顔合わせでたくさんのゴッドヘルパーと出会った。その時私は……世界を平和に戻す仲間がこんなにいるのだと知った。私もやらなくては……


違う。


第三段階というものになった。すごい力だとルーマニアは言った。私はそれを手に入れた。この騒ぎを越している者たちを倒すことのできる力……やらなくてはと……思っ……た……


違う!

私はそんな大それた理由でここにいるんじゃない!最初はそうだったかもしれない。でも今は違う!違う!違う!私は……私はただ……

「私がこっち側にいるのは……」

「うん?」

「……友達が……こっち側にいるからだ。」

私はリッド・アークを睨む。リッドは鋭い目で私を見ていた。

「私の友達は……あなたの言う純粋な欲に従ってこっちにいる。正義を行うために。非日常を楽しむために。」

しぃちゃんの正義に従えば明らかにこっちが正義だから、しぃちゃんはこっちにいる。翼が非日常を楽しむためには日常が必要だから……常に非日常となるあっちにはつかない。

「私はただ……その友達を失いたくないんだ。」

先輩の力を見た時、ものすごく恐ろしかった。しぃちゃんと出会ったとき、しぃちゃんがあんな世界に入るのが嫌だった。でも止まらない……そういう目をしていた。だってしぃちゃんは正義の味方だから。だから私は……しぃちゃんを助けたくて戦ったんだ。翼もそうだと知った時、私はこの二人を失いたくない一心で……こちら側で頑張ろうと思ったんだ。

「これが……私がこっち側にいる理由です。」

「……」

「……」

「……くっ!」

しばらくの沈黙の後、リッドは腹を抱えて笑いだした。

「はっはっはっは!友達がいるからか!はっはっは!傑作!まるで小学生、いや幼稚園児か!?ぶははは!」

リッド・アークは大笑いしているが私は真面目だ。そうだ、なんだかうやむやだったが今ここでこころの整理がついた……!

「だが!それでいい!それがお前の……戦う理由というわけだ!よかったぜ、それなら俺も全力でやりあえるってもんだ!」

リッド・アークは両腕を空に向けて突き出す。

「ああ!ああ!こりゃぁ無理だわ!お前はこっちには来ない!絶対に!はっ、命令の裏を読み取って話してみても結局は命令どおりのことをするわけだ!」

すごく楽しそうだ。まるで……これが望んでいた結果のような……?

「こうやって改めて考える機会を私に与えたのは……なぜですか?」

私が最初に言おうとした理由を否定しなければ……もしかしたら私はそちら側に行ったかもしれないというのに。

「俺はな、あやふやなもんが嫌いなのさ。はっきりと!明確なものを!俺は好む。一+一=二!酸素と水素で水!原因と結果がなんの寄り道もからまわりもなく直列する!すばらしい!そうは思わねーか?」

「……そのあなたの考え方は……あなたの管理する《常識》が影響してるんですか?」

「おお!まじかまじか!そういう見方が既に身についてるのか!確かに、ゴッドヘルパーの戦いにおいて大事なのは相手の管理する《常識》を知ることだかんな。どんなファンタジーな現象であろうと、それが一つの《常識》で成り立つのなら対処の方法はいくらでも見えてくるってもんだ。」

なんだか……突然じょう舌になったな……

「その通り!俺のこの性格はシステムの影響だ。さぁ、当ててみろよ。俺の管理する《常識》をよ!」

リッド・アークはまた両の腕を開き、楽しげに言う。

「お前の選択肢は二つだ。俺に捕まって……こっち側で働くか、俺から逃げるか。」

「……?矛盾してますよ?あなたさっき……私はそっちに行かない。無理だって……」

「矛盾はしていないぜ?俺はただ……このままではお前はこっちに来ないと言ったんだ。なら無理やり連れて行くしかないわけで、俺は結果としてお前を一度倒す必要がある。ほれ、命令通り。」

「命令を随分回りくどく解釈したんですね……洗脳でもしようってわけですか……」

「ん~……ちょっと違うな。洗脳って俺らのいいなりにする感じだろう?違う違う。人が何かをする時、自分の意思で何かしようとしてやるのと、誰かに命令されてするのじゃ「すること」の質が異なるだろう?そもそもお前は第三段階、そんな真似したらいつ能力が暴走するやら……気が気じゃねーよ。」

「なら……」

「こっち側にはな……最高にして最悪の感情系ゴッドヘルパーがいるのさ。ちょこちょこっとその人間の《常識》をいじって……善意で俺らに協力するようにするんだ。」

なるほど……感情系のゴッドヘルパー……戦いを戦わずして終わらせる最強に近い《常識》……そういう使い方もあるのか。

「ほんじゃ……始めっか?俺とお前の戦いをよ。」

リッド・アークがこちらに右腕のキャノン砲を向ける。見るからに威力の高そうな武器。でも……残念ながら、私には心強い仲間が……友達がいる。

「行くよ……」

『はい。』



 あの日、マキナさんが私を調べてムームームちゃんがプラモデルに目覚めた……あの日。二人が帰った後、私はルーマニアから全てを聞いた。

「雨上。お前は「空」という存在を創造した。《天候》の力で。」

私は無意識に、「空」という存在を作りだした。そしてその「空」が私のために力をふるってくれる。それが第三段階だということらしい。

「まぁ……これはあくまで雨上の場合であって全部が全部そうとは限らんがな。」

「そうか……じゃああの夢の人は……きっと「空」なんだな。」

「夢に……?なるほど、マキナの言った通り、「空」はお前の中にいるんだな……」

「でも……いいのか?その、勝手に……「空」を……その……」

「創造したことか?いいんだよ別に。」

「い……いいのか……」

「そもそもゴッドヘルパーの役割っていうのはシステムの観察対象。その時代を生きる生物がそうあることを望む傾向が強いなら、《常識》をできるだけそっち方向に変革する……それがシステムの仕事。今、《天候》のゴッドヘルパーはお前だからいいんだ。ほれ、考えてもみろよ。「空」が感情を持つ一つの生命として存在するんだぞ?大気汚染とかに「空」本人から文句を言われたりしたら人間の環境意識も一歩良くなるってもんだ。ま、まだ世界中の《常識》を変革するには至ってないが……いずれはそうなるだろう。」

「そ……そうか……」

「お前が心配するべきことは一つ。力の制御だ。」

「制御……?」

「今は……さっきも言ったが「空」はお前を友達であり、神として見ている。お前がピンチとなればその力をおしみなく使うだろう。結果お前は救われるだろうが……相手を殺してしまうかもしれない。それは雨上、お前の望むところでもないだろう?」

「ああ。」

「だから、「空」と対話するんだ。力の加減を教え……できれば神という概念を除いてやるんだ。友達……きっとそれが一番平和だ。」



 あの日、ルーマニアが帰ったあと。私は「空」と会話した。強く呼べば……いや、呼んだらすぐに出てきてくれた。頭の中に声が響く。瞼を閉じるとそこには一人の女性が立っていた。青空色の長い髪。晴れた日の雲のような真っ白なワンピースに身を包んだ……きれいな人。私と彼女は友達になった。いや……会話する前から……すでに親友。なぜなら「空」は……私にとっては随分前から……

「力を借りるよ、空。」

『はい。はるか。』

「あ。」

私と「空」が臨戦態勢に入った瞬間、リッドが何かを思い出したみたいに声をあげた。

「いやー……今回は……ほら、なるだけお前にはケガをさせたくないわけよ。こっちに引き込みたいわけだしな。さっき全力で戦えるって言ったがよ……すまねぇな。だからお前に降参をしてもらいたいわけで。」

「……まだ何もしてないのに降参するなんて……」

「まぁまぁ。俺はな……お前の弱点を知ってるんだ。」

「!?……私の……弱点……」

「ああ……そうだなぁ……よっし。俺によ、出来るだけ早く雷を落としてみろ。」

「……後悔しないで下さいよ……」

私は「空」と友達なのだ。雷を発生させるスピードも格段に上がっている……!

「はっ!」

リッド・アークの上空に意識を送る。一瞬で黒い雲が発生し帯電、そして雷が……

ドン!

「……えっ……?」

落雷の……音ではない。雷は……発生していない。なぜなら……

「どうよ。俺の早撃ち。」

『はるか……いま……その……』

「空」が驚いている。私も驚いている。リッドは……雷が発生する前に……雲をキャノン砲で撃ち貫いたのだ。一秒もなかったと思うのだが……

「これがお前の弱点だ。《天候》。」

キャノン砲を上に向けて、発射する。その動作をまばたきの時間程度でやってのけたのだ。

「お前は……相手を攻撃する時……何かを準備しなくちゃいけないんだよ。《電気》とかのゴッドヘルパーなら直に発生させられるだろうが……お前は《天候》……雲を作るという動作が必要になってくるんだ。風もそう。風を起こすための状況を一度作ってからじゃないと発生しないんだ。気圧とかさ。まぁこっちの場合は《風》のゴッドヘルパーも同じことだが、それが専門でない分、やはりいくらか遅い。」

「遅いって言っても……」

「確かに。普通の奴なら与えられてもまばたきぐらいしかすることが見つからねー微少の時間。だが俺は……その時間をまばたき以外に使うことのできる能力を持っている。」

実際にやってのけられてしまったのだから何も言えない。何てことだ。たぶん……しぃちゃんとかがいればリッドも私に集中できずに雷をくらうだろう。でも今は……そういったサポートをしてくれる人がいない。「空」はあくまで私の中の存在……リッドをかく乱させることはできない。

「お前の攻撃は……全て、起こる前に止められる。チェックメイトだと思うがなぁ?」

……どうしよう。

『どうしようか。』



 見たくない顔だ。かつてのオレ様を知っている奴ら。天使の側に戻った……ある意味で裏切り者であるオレ様を……こいつらは尊敬の眼差しで見てくる。

 上空。雨上の住む町に……同時に四次元空間が四つも出現した。鴉間かと思ったが……情報をくれたマキナによると「《空間》が作ったなら察知できなかったわよ。なんか今回できた空間はね……粗いの。」だそうで。まぁ緊急事態には変わりない。すぐに雨上のとこへと向かったのだが……こいつらに捕まった。

「お久しぶりです。ルシフェル様。」

「かつての貴方様のご活躍……今もこの胸に。」

「我々は我々の改革者……ルシフェル様を永遠の英雄としております故、そちら側にいたとしても我々の尊敬の念はついえることありませぬ。」

三体の……悪魔。位にして中級というところか。そこそこの戦闘力があり……こう囲まれるとどうしようもない。

「お前らが出てくるってことは……この事件の首謀者は……やっぱり……」

「そうです。かつて貴方様の右腕と呼ばれたあの方。」

「あの方は貴方様のご帰還を望んでおります。今、我々がここにいるのは貴方様を足止めする目的よりもこちらの方が主でございます。ルシフェル様、こちらに……戻ってはくれませぬか。」

「……言っとくがな、オレ様はこっちに戻ったとは言えまだ……あの頃の力は使えるんだぞ?オレ様はあいつより強い。そっちに戻ると嘘をついてそっちにもぐりこむとか考えねーのか?」

「杞憂でございます。今のあの方は……ルシフェル様以上の力を得ております故。」

「なにっ!?」

「あの方は……今やゴッドヘルパーの一角です。」

……?なにを言ってるんだこいつは。ゴッドヘルパーは……というかシステムはその時代時代で求められる《常識》の性質を出来るだけ求められる形に変えようという考えのもとにある。よって下界の生き物を観察対象として存在する……故に下界の生き物以外が……天使や悪魔がゴッドヘルパーになることはありえないはずだ。それがなったということは……

「ちょっと待て……まさか……奪ったのか!システムを!ゴッドヘルパーから!」

「正確には取り込んだに近いですが……」

「おい、少ししゃべりすぎだ。」

「あぁ……いや、しかし……ルシフェル様が目の前にいると思うとどうも……」

システムを奪う……その考えは……発想は……!



 「……あっれぇ?」

俺私拙者僕は屋根の上にいる。もちのろんろんで魔法をかけて誰にも見えない状態であるので誰かに見られて「きゃー、しょうけらよー!」なんて騒がれる心配はないのだ。

「というかしょうけらを知っている人はそんなにいないと思うのだよ……」

なぁんてひとりツッコミしてみたり。俺私拙者僕は日々成長しているのだ!もうルーマニアくんと漫才もできるのだよ!

「……とにもかくにも豚の角煮。」

俺私拙者僕のパートナーを見失ったのだよ。彼女はとっても脚が速い……わけではない。ただ単に俺私拙者僕が途中で「あれは未確認飛行物体か!?」って飛行機を眺めていたら先に行ってしまったのだよ。

「せっかくマキナちゃんが連絡をくれたっていうのに……俺私拙者僕は何もできない……」

ボケっと空を眺めていると視界のすみに何か動く物を見つけた。んまぁ夕方だから人がいてもおかしかないけんども……

「……ゴッドヘルパーなのだよ……」

何となく気になったから追いかけることにしたのだよ。後ろ髪を引かれたわけではないのだよ?どうも男の子みたいだし。ただ……俺私拙者僕は一時悪魔側にいた。だから悪いことをしようとする雰囲気というか、オーラ?気?そんな感じのものがわかるのだよ。

「まぁ……あっちはルーマニアくんが何とかすると思うのだよ……」

……しっかし……さっきから……なんなんだろうな?

「ルシフェルくんのいる方になつかしく、思い出そうとは思わない気配がするんだがなぁ?」



 ちょっと何が起きたのかわからなかった。私と「空」は目の前で起きた不思議現象にあっけにとられている。リッド・アークが《天候》の弱点を言い、どうしようかと思っていたら突然……リッド・アークの後ろの空間に亀裂が入り、それに気付いたリッド・アークが後ろを向いた瞬間、高速でとんできた何かがリッド・アークに当たって今度は私たちのいるこの空間全体に亀裂が入って砕けた。そして私は……四次元ではなく三次元に戻った。

「あぁ!?なんだなんだ!今めっちゃ大事なところだったのに!」

リッド・アークが何か壊れた機械を手にしてわめいている。亀裂からとんできた何かはどうもあの機械に当たったらしい。


「見つけましたわ!リッド・アーク!!」


アニメとかでしか聞いたことのない口調が聞こえた。声のした方を見るとそこには……あれは拳銃?を両手に持った金髪の女の人がいた。きつい釣り目でキッ!とリッド・アークを睨んでいる。口調に合ったフリフリのお人形さんみたいな服を着て、髪型はこれまたアニメでしか見たことのない……こう……竜巻みたいなのが左右についてる。確か翼があの髪形の名称をいつか教えてくれたな……なんだっけか。

「リッド・アーク、勝ち逃げは許しませんのよ?カンネンしてこのアタシに敗北しなさい!」

え~っと……なんだったかなぁ……のど元まで出かかってるのに……

「こんなとこまで追いかけてくるとは……さては俺に惚れたな?あいにくだが俺にはこころに決めた女がいるんでな。」

食べ物の名前だった気がする。確かパンだった気がする。

「あらあら、自信過剰ですのねぇ?このアタシがあんたみたいなビックリおもしろ人間に心ひかれるなんて全宇宙の星が直列に並ぶ以上にありえませんわ。」

「あぁ、クロワッサンだ。」

そうだそうだ。クロワッサンだ。ふう、すっきりだ。

あれ?金髪の人が不思議そうに私を見ている。

「……あなた誰ですの?どうしてこのアタシの名前を知っているのかしら?」

「……えっ……?」

「はい?」

互いになんだか噛み合ってない。私が言ったのはクロワッサンのはず……そんな面白い名前なのか?この金髪の人は。

「このアタシの名前はクロア・レギュエリスト・セッテ・ロウ!あなた今「クロアさん」って呼びましたでしょう?」

「……えっと……」

『ふふふ。そういうことにしておくといいとおもいますよ?』

「空」がくすくす笑っている。確かに……ホントのこと言ったら怒られる気がするな……

「ま、あなたのことはとりあえず置いておいて……今はリッド・アークですわ!」

「いちいちフルネームで呼ぶなよ……お前はじゅげむさんもフルネームで呼ぶのか?」

「誰ですのそいつ。そんな奴知りませんわ。」

イギリス人のリッドさんは何でじゅげむを知っているのでしょうか?

「ったく……お前が来たから台無しだぜ。《天候》、また今度仕切り直しとしようぜ。」

「ちょっ」

クロアさんが手をのばしてリッド・アークをつかもうとしたが、リッド・アークの背中のウイングが瞬間的に爆発のような炎を噴き、リッド・アークの姿は一瞬にして視界から消えた。

「なんて加速力……」

と、私が呟くとクロアさんが私の方を見る。リッド・アークと何かしらの因縁があるみたいなのにいなくなったらいなくなったで今度は私に興味が向いたらしい。切り替えの早い人だ。

「あなた誰ですの?あなたもゴッドヘルパーですの?どこでこのアタシの名前を?」

「えぇっと……」

ものすごく……高圧的に尋ねられた。なんだか答えなければいけないと思ってしまう。いや別に答えたくないわけでもないが。

「私はあま」

「あなたまさか!この事件を追っているゴッドヘルパー!?このアタシの名前は……アザゼルから聞いたのですね!?」

「アザゼル?アザゼルさんと知り合」

「あの馬鹿天使!このアタシとの約束を破るなんて!信じられませんわ!!このアタシのことは秘密にと言ったのにぃぃぃっ!!」

だめだ。一人で会話しているぞ、この人。

ピッピロリ♪

「!」

電話だ。ポケットのケータイが鳴っている。

「はい、もしもし。」

『晴香!?あんた、大丈夫!?』

「翼か。大丈夫って……そっちは大丈夫なのか?」

リッド・アークによると刺客を送ったらしいし。しぃちゃんと力石さんも気になるところだ。

『なんか知んないけど、突然石部のやつの攻撃が止めてさ。気付いたらもとの空間にいるし、石部もいないし……一体何だったのよ、あれ。』

「いしべ?とりあえず……合流するか。さっき解散してなんだけど……」

『そーね……』

私は翼との会話を終え、しぃちゃんに連絡を入れようとする。正確には鎧家。しぃちゃんはケータイをもっていないのだ。

「しぃちゃん家の電話番号は……」

「ちょっと!」

登録されている電話番号を見つけたとこでクロアさんが怒鳴った。

「このアタシが話しているのよ?なんで電話なんかしているの!」

「なんでって言われても……」

「とにかく!まずこのアタシの話を聞きなさい!そしてこのアタシの質問にさっさと答えなさい!」

「さっき答えようとしたんですが……」

「はぁ!?何でやめたの!」

「あなたが遮ったんですが……」

「このアタシがそんなことするはずないでしょう?あなた意外と脳が小さいのね?」

「するはずないって言われましても……私はあなたのこと知りませんし……」

「さっき名前を知っていたじゃない!」

「それは聞き間違いです。」

あっ。しまった、ばらしてしまった。

「こ……このアタシが聞き間違いなんて……するわけありませんわ!」

「いえ……現にさっき聞き間違いを……」

「してませんわ!」

「……そうなるとあなたの名前がクロワッサンになりますけど……」

「ほーら!クロアさんて言っているじゃないの!」

「クロアさんじゃなくてクロワッサンです。」

「……えっ?」

「クロワッサン。」

「……!!」

「ほら、聞き間違いですよ。」

「ち……違いますわ!聞き間違いなんてしてませんわ!このアタシがそんな年寄りみたいな行為をするわけありませんわ!」

「……じゃあ……あなたの名前はクロワッサンなんですね……」

「そ……そうよ!このアタシの名前はクロワッサンですわ!」

「へぇ、それは知らなかったのだよ。」

突然違う声が入りこんで来た。独特なだるそうな声の主はアザゼルさん。私の背後にいつの間にかいた。

「アザゼルっ!!」

クロアさん……クロワッサンがアザゼルさんに殴りかかった。

「うわわわ、何するのだよ!」

なんか柔らかい動きでさらっとかわすアザゼルさん。

「なんでこのアタシの名前をこの女が知っているのですか!!」

「?教えた覚えはないのだよ?というか君の名前を今初めて知ったのだよ、クロワッサン。クロア・レギュエリスト・セッテ・ロウは偽名だったのかぁ……」

「なっ……いえ……それはこのアタシの本名……」

「やっぱり聞き間違いしたんじゃないですか。」

「だ……だから、このアタシがそんなことを……」

「ということはやっぱりクロワッサンなのだよ。」

「ちが……でも……それは……」

クロワッサン(クロアさん)があたふたし出した。私とアザゼルさんは目が合ってふふふと笑う。

「……!何を笑っていますの!!もう、今日は疲れましたわ!帰りますわっ!!」

ぷんぷん怒りながら顔を真っ赤にしてクロワッサン(クロアさん)はスタスタと行ってしまった。

「ちょっといじめすぎたのだよ。雨上ちゃん、詳しいことはまた今度話すのだよ。」

「わかりました。」

アザゼルさんの姿が幻のように消える。魔法を使ったのだろう。

「さて……私は……」

お母さんに少し遅くなることを電話で伝えながらしぃちゃんの家へと急ぐ。



突然あいつらが撤退をした。追いかけようとも思ったがやはり例の空間が気になったのでとりあえず雨上のところへと向かったのだが、途中その雨上から連絡をもらった。ざっとことのあらましを聞き、ムームームに連絡を取って……今、オレ様を含めた全員が鎧家にいる。

「つまり……こういうこと?晴香の力が目当てでリッド・アークやって来た。二人っきりで話すため、あたしと鎧、力石にゴッドヘルパーを差し向けた。晴香と二人っきりになったリッドはいろいろと話をしていたが、突然あらわれた……アザゼルのパートナーに邪魔をされてやむなく退いた。そうなるとあたしたちを足止めする理由もないから刺客も退散した……って感じ?」

「オレ様のとこには悪魔が来たぜ。アザゼルのパートナーについては……まぁ、あいつから話がくるだろう。問題はリッド・アーク。」

オレ様は鎧を見る。今回の襲撃で一番のダメージを受けたのは鎧だ。ムームームが治療の魔法を使って傷をいやしている。パッと見てダメージは無いように見えるが、人間の急所……正中線辺りを丁寧に打たれている。内臓にダメージがあるのだ。ついさっきまで息が苦しそうだったが魔法のおかげでだいぶ楽になってきたようだ。

「不覚だ……わたしが……武道で負けるなんて。これでも自分の剣術はなかなかの域に達していると思っていたんだがな……鍛錬が……足りなかったようだ。」

「勝又 匡介……しっかしなんなのかしらね?今回の刺客とやらは……全員うちの生徒だわ。」

「あぁ?まじかそれ。」

「まじよ。鎧を襲った勝又は空手部部長、力石を襲った大石はバドミントン部の部長、あたしのとこに来た石部はラグビー部の部長よ。」

「《型》、《自我》、《太さ》……か。それ単体なら大したことない《常識》なんだがな……」

「大したことない?あに言ってんのよ、あたしは大苦戦よ?結局《変》の感情を引き起こせなかったし……逃げっぱなしよ……」

「相性だね。」

ムームームがオレ様からのパスを受け取って説明する。

「《型》、《自我》、《太さ》の三つと《金属》、《エネルギー》、《変》の三つ。これだけ見たらそりゃ後者の方が強いよ?でもね、前者の三つは……自分の力を存分に発揮できる状態を作り上げて、自分の力が最も効果を発揮するであろう相手を選択しているの。」

「そうか……剣士のしぃちゃんが《金属》であるのと同じようなことなんだ。空手を学んだ人間が《型》……スピードを持続させる《自我》でバドミントン……あれ?ラグビーはなんなんだ?」

「あたしの情報によると……」

花飾がメモを開く。

「石部はね、その抜群の……瞬発力で部長の座にいるの。ただ、そのスピードの変わりにぶつかり合いはあんま得意じゃないらしいわ。筋肉っておもりになるしね。……でも、そのスピードだけの男が電柱を軽々と引っこ抜くほどの筋力を有したのよ……たぶん《太さ》の力で。」

「つまり石部という男は……ゴッドヘルパーの能力で自分の欠点を補っているのだな。」

今度は鎧がしゃべりだす。

「ゲームじゃないから……人体の能力というのは全てのパラメータをマックスにすることはできない。スピードを作りだすには筋力が必要だが、筋肉をつけ過ぎて体が重くなるということもある。だからバランスが大事で……何かのパラメータをマックスにすると他の何かがダメになる。それが欠点というものだが……それが欠点でなくなるとなると……言いたくはないが……最強という称号を手に入れることになる。」

「でも……《太さ》で筋力が上がるってどういうことなんですかね?」

力石が首をかしげる。それはオレ様も気になる所だ。オレ様は雨上を見る。なんだかんだ言って雨上は賢いからな。

「う~ん……あれかな。筋繊維とか……そういうものの《太さ》を変えて……筋肉の量はそのままで発揮される力を急増させてる……とか?」

「……頭いいですね……雨上先輩。」

変なひらめきがあるオレ様の協力者である。

「しっかしよー……下着泥棒どころじゃなくなってきたな……音切の奴は山から下り損になるんじゃねーか?」

「いいんじゃないか?リッド・アークの操る《常識》を情報屋に教えてもらえるかもしれないし。」

雨上がさも当たり前という顔でオレ様を見る。

確かに……実際に見てはいないが雨上によるとリッド・アークはだいぶおかしな力を使っている。なんの《常識》かわかれば今後、だいぶ楽になるだろう。

「そんでそんで?どうするの?この後は♪」

「そうだな……ちょうどいいことに学校にはアザゼルがいるしな。いくらなんでも学校にいる時に狙ってはこないと思うが……」

「でもさ、先の刺客はみんな雨上ちゃんたちの学校の生徒なんでしょ。大丈夫かな……」

「こっちから接触しなければ無理には来ない……と思う。」

正直、自身はない。相手はどういう仕組みなのか、鴉間の四次元を発生させることができるからあまり場所の制限がない……というか……それ以前の問題として、花飾たちをおそった面々はどうも変らしい。特に鎧が言うには「以前手合わせした時とは何か違う。」だそうで。全員が雨上の学校の生徒というのも偶然とは思えない。仮に雨上たちに「同じ学校の人だから戦うのはなんだか嫌だ」という感情を与えるために仕組んだのだとしたら……今回の刺客は誰かに操られている可能性が高い。

「よっし。こうなったら……あーたーしたちも学校に入りこもう♪」

「……転校生になんのか……?」

「姿消すんだよ……このタイミングで転校したら怪しすぎるでしょ……」

「それぞれのパートナーの天使がついててくれるってわけ?やーよぉ!あたし、カキクケコと学校でも会うなんて……」

「……そういやカキクケコの奴はどこにいんだ?」

「いいわよ、いなくて。」

「……なんかさ、ルーマニアが雨上ちゃんと鎧ちゃんと花飾ちゃんのパートナーになりつつあるじゃなぁい♪」

「……やめてくれ……三人なんて大変すぎる……」

「あによそれー!あたしがそんなにメンドクサイの!?」

「そうじゃねーが……一つの事件が終わるごとにな、協力者の能力の状況を詳しく報告しなきゃなんねーんだよ……ただでさえ雨上の《天候》は強力で報告大変なのに《金属》が加わってその上感情系だぁ?無理だ。オレ様が過労死する。」

「うぅ……なんかあたし疎外感を感じる……」


「翼ー!!」


噂をすればなんとやら。鎧家の庭にカキクケコが突然現れた。

「ごめんよー!マキナちゃんから連絡は受けてたんだがよー!セレンちゃんがね、俺ともっと話してたいって言うもんだからぼぅわぁぁ!」

花飾のとび膝蹴りがカキクケコの顔面をえぐった。



 「失敗した?何やってるんですか。」

暗い雰囲気の男が暗い服を着て壁に寄りかかっている。場所は先ほどリッド・アークと雨上が相対した路地から少し離れたところ。ケータイで電話をしている。

『いやいや……あれは予想外だ。』

「三人も同時にコントロールさせておいて……まったく。」

『おう、それについては感謝だ。毎度毎度……恐ろしく思うぜ?加藤。お前の力。』

「恐ろしいのはあなたの力でしょう、リッド……空飛んで大砲撃って。」

『これはマイスウィートエンジェルと俺の愛の結晶さ!』

「……今どこですか?」

『どこでしょう。』

「……それで?三人のゴッドヘルパーはどうするんですか?まだ使うんですか?」

『使う。あのお嬢様が参戦したってことは俺のできることがだいぶあっちに伝わるってことだからな……少しでも戦力は欲しいとこだ。……つか俺の居場所についてはいいのかよ。』

「じゃあまだコントロールしとかないといけないんですね……了解です。学校には行かせていいですよね?というか行かせないと三人の親とかが出てきて面倒ですし。」

『ああ。……何を隠そう俺の場所は』

「ではまた。」


 「……切りやがった。」

リッド・アークはケータイをしまい、辺りを見回す。とても美しい……目の前にはバカでかい青色の球体。他は黒色で塗り潰された空間。しかしその黒の上には所々に光がある。残念ながら地上で見るものと違ってまたたいてはいないが。

「《天候》……空を統べるゴッドヘルパー。あの青が全てお前の支配下か……」

目の前にある青色の球体に手をかざす。

「……ん?いや、あれは海か。くそ、かっこいいセリフなのに台無しだぜ。」

あたりには誰もいない。セリフを聞いているのは本人のみ。

「……空……か。はっ、あの青よりも多いじゃねーか。地面から少しでも離れればそこは空だ。そしてそれは宇宙との境目まで続く。支配するもののでかさが……規模が……力が違う。俺とお前。強者と弱者。いや?違うよな。俺の方が……強い。」

いつもの六分の一ほど軽い体を起こして立ち上がる。

「うさぎは寝てんのかね?てっきり俺にもちを出してくれると思ってたんだがな。」

軽いジョークをひとりで呟き、なんだか悲しくなったのでリッド・アークは黒い空間へジャンプする。

「さって……日本は……ああ……あれか。」

ジェットを噴射し、流星のごとく飛んで行く。満ち欠けの衛星から青い惑星へ。

第三章 その2へ続きます。

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