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今日の天気  作者: RANPO
第二章 ~管理者パレード~
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管理者パレード その2

第二章、その1の続きです。

「このアホめ!なんて奴を入れてんだよお前さんは!」

とある銀行に面したビルの屋上、世に「超怪力強盗」と呼ばれる男は傍に立つスーツの男に怒鳴る。

「いやいやいや。そんなことを言われましてもねぇ……」

鴉間 空はにやけながら頭をかく。その顔を見た超怪力強盗はさらに怒りのボルテージをあげた。

「お前さんは一体何のためにあそこにいたんだ!?あぁっ!?誰の邪魔も入れないようにして天誅切り裂き魔との戦いを慎重にやるためだろうが!」

「天誅切り裂き魔……《金属》ってとこっすかね、あの戦いを見る限りは。こちら側に落としたゴッドヘルパーをことごとく潰していくから……はてさて困ったやつだ、何とかせんと。そんなところでしたけど……あのゴッドヘルパーの参戦は予想外だったんすよぅ。」

「《天候》がか?別に予想外でもお前さんの力にはカンケーねぇだろうが。」

「やれやれ……あっしの力……ちゃんと理解できてないんすねぇ……」

「あぁっ?《空間》だろ?四次元を作って完全に隔離された世界を作る……」

「完全ではないんっすよ。」

鴉間は屋上の柵によりかかる。超怪力強盗は腕組みをして問いかけた。

「どのへんが完全じゃないんだ?」

「……あなたは……疑問に思ったことないんっすか?何であっしの作った空間に空気があるのか。」

「……・?」

「トンチンカンって顔してるっすね。つまりっすよ?あっしは《空気》とか《気体》のゴッドヘルパーでないのにどうしてあっしが作った空間に空気を充満させることができるのかってことっす。」

「ああ……言われてみれば……」

「あっしの思う隔離された空間っていうのはこっちにある建物とか、空気とかはそのまま存在していて、でも誰もいない……そういう世界なんす。」

「それがお前さんのイメージってわけか。……だから何なんだよ。」

「普通の世界にもあってあっしの作る空間の中にもあるもの……なかでも影響力の高いものを操るゴッドヘルパーはあっしの空間に入れるんすよ……簡単にね。」

「例えば?」

「だから《天候》とかっすよ。《金属》みたいに個々の物体を操るタイプは入れないっすけど《天候》みたいに操る対象が世界に直接影響を及ぼすものだと入れるっす。」

「はぁん……なるほど。それで《天候》が入ってきた理由はわかったが……お前さんが撤退したワケはなんなんだ?」

「あれっすか。なんせそういう世界に影響を及ぼすゴッドヘルパーが《天候》に加えて二人もやってきたんすよ。」

「あの場にか!?何もんだ……」

「片方は知ってる顔でしたっすね。あのバカみたいに長い名前の組織の奴っす。」

「そこんとこのか……ちょっとあいさつしとくか?」

「そんな時間ないっすよ。次……ここ狙うんすよね?」

鴉間は正面の銀行を指差す。

「……ていうか何でこんなことしてるんすか……そりゃあの方からは特に命令を受けてはいないっすが……」

「お金の風呂に入ってみたくてな。やりたいようにやれってのが命令だろう?」

「屁理屈っすねぇ……まぁいいっすけど。」

「今夜……あの《金属》も来るだろうし《天候》もいっしょにいるだろう。不安な芽を一気につめるチャンスだぜ?今日も頼むぜ。」

「今日っすか。時間的には深夜っすから明日でしょうけどね。」

そう言うや否や、鴉間はその場から幻のように消えた。

「便利だよな……《空間》」


 鴉間は森の中にいた。そして目の前にはジュテェムがいた。

「……びっくりしましたよ、まったく……突然目の前に現れるんですから。」

「久しぶりっすね。……いや、昨日会ったといえば会ったっすけど。」

ジュテェムは背中にかごを背負っている。中にはキノコやら草やらが入っている。

「今日は何のようです?」

「いえいえ……昨日はよくも邪魔をしてくれやしたね。もう少し《天候》と話すことがあったというのに。」

「どうせそっちに入らないかとかそんなでしょう?残念ですけどこっちも《天候》さんには目をつけていましてね……そちらのボスを倒すカギになるかもですので。」

鴉間とジュテェム、二人はにこやかに会話しているように見えるがそれぞれ内では臨戦態勢である。

「軽くあいさつと……思ってたんすがね……「軽く」はならなそうっすね?」

「せっかく現れた敵を見逃しはしませんよ。」

ジュテェムは背負っていたかごをおろすと同時に鴉間に鋭い視線を送った。鴉間は背後にふっとび、木に激突した……かのように見えたが木の中に吸い込まれるように消えた。

「何もそんな狭いとこで戦うことないっすよ。」

ジュテェムは上を見る。十メートルほど上空に立っている鴉間を確認し、ジュテェムは体を浮き上がらせて鴉間と同じ高度に止まる。

「お互い空中にいることはできますが……大変ですからね……下がいいかと思いますけど。」

ジュテェムはゆっくりと両腕を広げる。それを見ていた鴉間は一拍遅れて両の目を見開く。

「……・!以前よりもだいぶ強くなったんすね!」

鴉間が少し焦りを含んだ表情を見せ、瞬時にそこから消える。

「……見誤りましたね、《空間》!」

ズンッ!

その声を合図に、ジュテェムの下に広がる地面に突如として直径百メートルほどのクレーターが出現する。木々は折れたり潰れたりして大きな音をたてて崩れてゆく。クレーターのまわりの地面は隆起し、それに合わせて亀裂が走る。静かな森に一瞬にして爆撃の跡のようなものが出現した。

「があああ!」

そのクレーターの端っこ、ちょうどクレーターとそうでない地面の境目に鴉間は倒れていた。ぎりぎりクレーターの範囲に入ってしまった両脚があらぬ方向を向いている。

「両脚が折れましたか……いやしかし、潰れていないのはさすがと言うべきか……」

ジュテェムは空からゆっくりと降下して鴉間の横に立つ。

「ま……まさかここまで成長しているとはびっくりっすね。こんな広範囲に力を……敵ながらあっぱれっすよ……《重力》!」

《重力》のゴッドヘルパー、コードネーム:ジュテェムは《空間》のゴッドヘルパー、鴉間 空を見下ろした。

「範囲で言ったらあなたの方が断然上でしょうに。以前のわたくしと今のわたくしの力の差を読み誤ったのが敗因ですよ、《空間》。その気になれば一瞬で何十キロと移動できるのに……」

「ははは……長距離移動には集中力がいるんすよ……ぐぅ……」

「このままあなたを潰すこともできますが……やはり捕虜にするべきですかね。」

ジュテェムが軽く笑うのを見て鴉間は呟いた。

「……もう勝った気でいるんすね……そこは成長していないようっす。」

ジュテェムは背後からの殺気に気付き、目にも止まらぬ速さで上昇する。何かがジュテェムのつま先をかすめ、ジュテェムの正面にあった木を真っ二つにした。

「……・靴が……」

数メートル上空でジュテェムは自分の靴を見てごくりと唾を飲んだ。指には届いていないものの、靴の先端はきれいに切り取られている。

「今のは……」

靴から目を離して顔を上げた瞬間、ジュテェムの顔面に衝撃が走る。

「ぐっ!?」

痛みで埋め尽くされる顔を抑えつつ、目の前の光景に驚愕する。そこには蹴りを放った後の姿勢で浮いている鴉間がいた。

「甘いっすね……」

態勢を立て直して地面に着地したジュテェムは信じられないという顔で鴉間を見る。

「蹴り……!?そんなバカな!ついさっき両脚が折れたというのに……」

「ふふ、実はあっし、操れる《常識》は一つじゃないんすよ。」

「なっ!?」

「あはは、冗談っす。」

鴉間は余裕の表情を見せ、瞬間的に消えてジュテェムの横に移動した。

「……!!」

とっさに飛ぼうとしたジュテェムの左腕を鴉間が右手で掴んだ。

「もらったっす。」

その言葉をいい終わると同時に、ジュテェムの左腕は鴉間の左手に移った。

「あああっ!!!」

ジュテェムはさっきまで左腕があった場所から鮮血を吹き出しながら膝をつく。鴉間はジュテェムの左腕をポイッと捨ててポッケに手を突っ込んで立つ。

「空間の交換っす。ジュテェムの左腕があった空間とあっしの左手のまわりにあった空間を入れ替えたんす。おもしろいでしょう?」

鴉間はケラケラと笑うと目を細めてジュテェムを見下ろす。

「殺しはしないっす。なんと言っても《重力》、仲間にできればこれ以上のことはないっすから。他のメンバーもっすよ?こっちに来る気はないっすか?まだあっしらのボスが動くまで時間があるっすから……それまでは生かしておいてやるっす。それまでに……頑張って心変わりして下せぇ。」

「鴉間ぁ!!」

ジュテェムが叫ぶと同時に先ほど折れた木が鴉間へ飛んでくる。それを瞬間移動でかわし、空中で止まる。

「悪あがきっすよ?ジュテ」

コン。

セリフの途中で鴉間に石ころが飛んできておでこにぶつかった。

「……何すかこの攻撃は……」

そこまで言って鴉間は自分の置かれた状況を把握した。眼下に散らばる木、石、岩、土、ありとあらゆるものが鴉間に向かって飛んできたのだ。

「……っ!」

連続で瞬間移動をしてかわしていくが、数があまりに多くだんだんと避けきれなくなっていく。

「今……あなたは地球以上の引力を持っているんですよ……」

ジュテェムが痛みに顔をゆがめながら呟く。

「本来なら物体が落ちていく方向は地球の中心……しかし今は違う。今は……あなたが物体の落ちる方向を決めているんです!かわしても無駄ですよ、どこまでも物体はあなたに向かって落ちていきますからね!」

ズウンッ!!

ものすごい音とともに、空中に木や土でできた球体ができあがる。みしみしと音をたてながら球体を形作っている物は中心に向かって潰れてゆく。

「……なるほど……こんな使い方もあるんすね。」

次の瞬間、中心へ向かって落ちようとしていた物が見えない壁に押されて広がった。

「次元の壁……!」

中心に立つ鴉間は深くため息をつく。

「このままやりあうと……今夜のことに支障がでかねるっすね。こっちから仕掛けておいてなんっすが……退散させてもらいやす。」

そう言って鴉間はその場から消えた。

「……まったく……何をしにきたのやら……」

ジュテェムはあたりを見まわす。そしてさっきまで背負っていたかごが無残にも潰れているのをみてため息をついた。



 鎧家の一室、しぃちゃんの部屋で私とルーマニアとしぃちゃんは輪になって座っていた。(三人しかいないから輪とは言わないのかもしれないが……)

「すまないな、おじいさまとの話が長くなってしまって。」

結果だけ言うと、しぃちゃんのおじいさんはゴッドヘルパーのことを聞いて喜んでいた。《雨傘流》を世のために役立てる時がついにきたとか、今度の敵は鬼じゃないが十分じゃとか、そんなことを言って騒いでいた。弟さんはもしかしたら自分もと思ったのか、部屋にこもってなにやら叫んでいる。……果たしてどの家庭もこんな風に理解があるのだろうか?

「とりあえずよ、お互いに何ができるのか知るべきだな。共同戦線で行くわけだし。」

「共同戦線ではない、友達として戦うのだ!そんな元は敵みたいな言い方はよしてくれ、ル……ルーマニア殿(?)。」

「なぁルーマニア、その……上の連中はしぃちゃんのこと、何か言ってたか?」

「こちらの味方になるのなら構わないとさ……現金な奴らだよまったく。」

「よかった。よし、ならまずは……ルーマニアの言う通り、できることを知ろう。……で、早速質問なんですけどしぃちゃん。」

「なんだ?」

「あの遠くの物を切ったり、一振りで「天誅」とかの文字を刻んでいるのはどうやっているんですか?」

「あれか。なに、簡単なことさ。見えない刀的な物を作って飛ばしているんだ。見えないと言っても透明だからとかそういうわけじゃなくて、極薄の刀をだね……えぇっとだな……こう……つまりだな……細くて鋭い線状の金属を作って飛ばしているんだ。」

「なんとなくわかりました。つまり……別に刀そのものが増えているわけじゃなくて……刀を形作っている金属を少し分裂させてその線を作っているってかんじですか。」

「そんな感じだ。」

話を聞いていたルーマニアが呟く。

「しかし金属か……いろいろな形を作れて便利だな……戦略の幅が広がるってもんだぜ。」

「いや……いろいろな形にはできないんだ……」

私とルーマニアは驚きの表情でしぃちゃんを見た。

いろいろな形にできないってどういうことだ?

「わたしが金属と聞いて思いつくのは刀だ……幼いころから師匠とかが振るう真剣を見てきたせいか、わたしの頭には金属=刃物というイメージがあるらしくてな……変形させるとしたら「切る」形にしかならないんだ。」

「全部が刃物になるってことですか……でも刃物には向かない金属だってありますよね?それもなんですか?」

「ああ。例えその金属が金だろうが銀だろうがアルミニウムだろうが……わたしが変形させて刀にするとそれは刀を作るのに使用する鋼へと無条件にその性質を変えるんだ。逆に言うと……どんなものでも最高の切れ味を誇る刀へと変形させるってことだな。」

「《金属》っつうよりは《刃物》のゴッドヘルパーだな……そんなゴッドヘルパーいねーけどよ……ん?もしかしたらいる……か?」

「あ、でも基本的な変形ならできるぞ。伸ばしたり曲げたりすることなら刀にすることなくできる。」

「なんだ、それなら問題ないぜ。別にオレ様は金属を変形させて芸術的作品を作れと言ってるわけじゃねーから。」

あっはっは、はっはっはと二人は笑い合う。案外とウマが合うのかもしれないな……

「そういえばルーマニア、何でしぃちゃんが《金属》って断定できたんだ?」

ルーマニアは目をパチクリして「ああ……」と言う。

「《金属》のゴッドヘルパーってのは最近現れるようになったゴッドヘルパーでな……ここ最近の出現が多いから《金属》だけはその気配を覚えていたというかなんというか。」

「最近出現が多い?わたし以外にもいるもんなのか?」

「いや……違うと思いますよしぃちゃん。こいつの「最近」っていうのがどういう基準か……」

「ああ……ここ五百年くらい。」

「やっぱりか……でもなんで《金属》がそんなに……自覚してしまうようになったんだ?」

「人間の文明が発達して武器とか機械を作るようになったりしてきたろ?それで金属に触れる機会が極端に増えたんだ。だから自覚する確率がぐんと上がったんだよ。」

「……ちなみにルーマニア殿は何歳なんだ?」

「雨上にも言ったが……もう数えてない。そういう……ええっとしぃちゃん……?はいくつなんだ?雨上よりは年上だろう?」

「……やっぱりわたしは老けてみえるのか……」

がっくりとうなだれるしぃちゃん。私はあわてて訂正にかかる。

「しぃちゃんは私と同い年だよ。あと呼びにくいなら私と同じように名字で呼べばいい。」

「同い年!?いやぁ……大人びたオーラが……こう、な。すまんすまん。……でこいつの名字は何なんだ?」

「……そういえば名乗ってなかったな、わたしは鎧 鉄心という。」

しぃちゃんが漢字でどう書くかを説明しようとするのを横目にルーマニアはあごに手をあてて何やらぶつぶつ言ったかと思ったら突然、合点がいったような表情になった。

「あぶみ……?ああ、そうか。ここは《雨傘流》だったな。」

私としぃちゃんは首をかしげた。なんだその前から知ってるかのような言い方は……?

「鎧のとこの剣士は強かったな……はは、おかしな運命を巡らせるなぁ……神様は。いや、これは向き合えということか?」

「ルーマニア殿……?」

「まぁ……あれだ、ちょっとばかし知ってるだけだ。長く生きてるからな……」

……まただ。ルーマニアの触れてはいけない領域。隠している何か。ところどころでその影をちらつかせる……

「そ……それよりあれだ雨上。お前のできることを教えなくていいのか?」

「おお、そうだぞ晴香!」

「……そうですね……じゃ一度外へ。」

私、ルーマニア、しぃちゃん、しぃちゃんの部屋のドアに耳をあてて私たちの会話を聞いていてしぃちゃんにどやされながらも何食わぬ顔でいるしぃちゃんのおじいさんと弟さんは庭に集まる。

「今は……晴れてますね。」

「うん、快晴だな。」

「じゃあはいこれ、どうぞ。」

「……傘?」

「さしておいた方がいいですよ。」

とりあえず言われた通りにするみなさんを横目に私は空を見る。

この家の上にだけ雲を発生させ、私は雨を降らした。

「は……晴香!?雨が突然……って晴香の立ってるとこだけ雨が降ってない!?」

しぃちゃんは何とも面白い顔でいいリアクションをしてくれた。

「私は《天候》のゴッドヘルパーなんです。」

「《天候》……!?「雨」上 「晴」香って……名が体を表し過ぎだな、晴香!」

そして何とも面白いツッコミをしてきた。

「《天候》かぁ……これからは布団とか洗濯物を干すときに晴香を呼ぶとしよう。」

「そんなことで呼ばないで下さい。」

「……!晴香、もしかして雷を起こせたりするのか……?」

「えぇ……まぁ……」

「竜巻とかもか!?」

「……はい……」

「君は特撮ものの特殊スタッフになるべきだ、晴香!知っているかい?戦隊もののロボットが必殺技を放つ時には必ずと言ってもいいほど背景にかっこいいエフェクトが発生するんだ!稲妻がピカピカ光ったり、不思議な魔法陣が出たり!それをCGじゃなくて実際に発生した自然現象に変えられたら……すごいいいものになるぞ!そうは思わないか!」

しぃちゃんはそう言って私の腕を掴む。……キラキラした目で。

「是非、実際に見てみてくれ!まずは……そうだな、六代目の戦隊の……」

私はしぃちゃんに引っ張られて再び部屋に戻る。そしてかっこいい必殺技のシーンをたくさん見せられた。



 「あれあれあらあら、マキナちゃんジャマイカ。こんなとこに来るなんて珍しいのだよ。」

天界、天使たちが住むとある建物の一室、アザゼルの部屋。

「アザゼル……仕事は?」

マキナはある程度答えを予想できる質問をあえてした。なぜならある程度はアホな答えが返ってくるが、「ある程度」に入らない答えが返ってくることもあるからだ。

「今……大空 ゆかり子ちゃんっていうキャラクターのルートをやるのに忙しいのだよ。」

アホな答えが返ってきた。

「ちゃんと仕事しなさいよ?……ルーマニアのバカはいる?」

「ルーマニアのバカは二通りの意味を持つのだよ、マキナちゃん。一つはルーマニアに住む人間の中でバカという部類に入る存在のこと。もう一つは今やルーマニアで定着してしまった、マキナちゃんから見るとバカなルーマニアくんのこと。」

「……ルーマニアに住むバカってだれよ……」

「イモイモストイルコビッチ・ステップバーグ・バ・カ・インルーマニアさん?」

「疑問形にされても困るんだけど……てかテキトーな名前ねぇ……」

「パブロ・ディエーゴ・ホセー・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピーン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソさんには敵わないのだよ。」

「誰よそれ……とりあえずあんたにも関係あることだから伝えるわね……」

「むむ?食堂のハンバーグがついに値下げしたのだね!」

「……今、一つの地域に何人かの天使が派遣されてるでしょ?そろそろ協力者との関係も深まったころだから……一度その地域を担当している天使と協力者が他の天使とかと顔を合わせるべきだろうって指令。」

「つまり……いざという時に助けてくれるであろう同じ地域担当の人にあいさつをってことだね。それは楽しみなのだよ。」

「仕事していないあんたが何を楽しみにするのよ……」

アザゼルはそこでにやりと笑う。

「ふーっふっふ。今はここにいるけども……実は!すでに協力者はいるのだよ!」

「報告書を提出しなさいよ。」

「いやぁ……ルーマニアくんとマキナちゃんをびっくりさせようと思ってね……誕生日まで待とうかなって。」

「プレゼントじゃないんだから……まったく。どんな《常識》を……?」

「秘密なのだよ。……というかその協力者との契約なのだよ。天界の事情のために協力するわけじゃなく、俺私拙者僕のために力をかす。それが条件だったのだよ。」

「こっち側には情報を渡すなって?」

「そんな感じ。」

「ふざけた人間ね。まぁいいわ、あんたなら大丈夫でしょ。でも顔合わせには出なさいよ?」

「たぶん俺私拙者僕だけが行くことになるのだよ……」

マキナはため息をつき、アザゼルの部屋をあとにした。手に持ついろいろな書類を眺めながら考える。

アザゼル……今や下っ端の天使として任務をこなしているが……その昔はマキナなんぞその顔を見ることすらできなかった地位にいた天使である。そしてそれはルーマニアも同じ……かつて神の傍らに立っていた天使が今では人間といっしょに下界を走りまわっている。

「ルーマニアが《天候》という強力なゴッドヘルパーを仲間としたのと同じように、アザゼルの協力者も相当なものでしょうね……腐っても……って感じねぇ。」



 夜。とある銀行の前に鴉間は立つ。まわりの空間を通して伝わってくる情報……そのとんでもない状況にびっくりしていた。

「……まさかっすね……この感じ……ジュテェムっす。そしてそのまわりに四人……おそらく組織のメンバー。あっしらが確認しているのはジュテェムを除くと三人だけ……知らない奴がいるっすね。もしかしてボスかも知れねぇっすな。そしてあっちには一匹狼がいるっすね。最近あっしらの邪魔ばかりする……何故あいつがこの場に……昨日と今日とで異なる点は……《天候》が天誅切り裂き魔の仲間として参戦すること……それほどの存在というわけっすか、《天候》は。さらに興味がわいたっすねぇ。すごいっすすごいっす!今夜この場にあなたとあっしを入れれば十人ものゴッドヘルパーがそろうことになるんすよ?」

鴉間の隣に立つ男も多少緊張した声で答える。

「そうだな……ワクワクするっつーか、ドキドキするっつーか。ただ単に俺の邪魔をする切り裂き魔を倒そうと思って始めた戦いなのにな……《天候》が加わるだけでこの大盤振る舞い。半端ねぇな。」

「……やばくなったら助けるっすよ?」

「心にもないことを言うな。……余計なお世話だ。お前さんは空間を作っとくだけでいいんだよ。」

「……本当に助けないっすよ?というか助けたくないっす。この戦いを見ている方々に怒られるのだけはいやっすから……そもそもあっしだけじゃ勝てる気もしないっす……」

「《空間》が何を言うかねぇ。最強に近い力のくせに。」

「せめて他のメンバーがいたら……よかったんすけど。」

「今はほとんどが海外だからな……お前だけなんだよ一瞬であっちこっちいけるのは。」

「……おう、どうやら来たみたいっすね。それでは……グットラックっす。」

鴉間はその言葉を残してその場から消え、同時にまわりの景色が一瞬ぶれる。四次元に入った。

「さてと……よく来たな……切り裂き魔。」

「成敗してくれるぞ、超怪力強盗!」

背後に立つのは剣士、鎧 鉄心。その傍らには《天候》雨上 晴香と天使ルーマニア。

一つの混乱の序章がここに始まる。



 私は目の前の男を見る。超怪力強盗……私の予想では《鉄》のような硬い何かを操るゴッドヘルパー……正確な能力を知ることは勝利にはかかせない。

基本的な運動能力はしぃちゃんの方が上……だから今回はルーマニアと二人でしぃちゃんをサポートしながら敵の力を暴く!というのがとりあえずの作戦である。

「超怪力強盗か……そういや名前を言ってなかったな。」

目の前の男はふふっと笑って遅い自己紹介をする。

「俺の名前はクリス・アルガード。とある方の思想を支持し、その方に仕えるゴッドヘルパーだ。」

「クリス……アルガード。わたしの名前は鎧 鉄心!いざ、参る!」

しぃちゃんはグッと踏み込み、クリスのもとへ跳んだ。空中で一回転してクリスに一太刀あびせようと刀を振る。

「その動きは昨日見たな!」

ガキィン!という音が響き、クリスは一歩下がる。やはり刀は見えない何かに阻まれたようだ。

「ほれ行くぜぇ!!」

クリスは昨夜と同じように空中で何かを掴む動作をし、何かを投げる。

「むん!!」

しぃちゃんが刀を振るって飛んできた何かを弾く。クリスはそれを驚いた顔で見た。

「見えないものをよくもまぁ……さすがだな。……何がさすがかわかんねぇが。」

「空気を切る音でわかる!もうそれは効かないぞ!」

しぃちゃんは姿勢を低くしてクリスの方へと走る。

「雨傘流二の型……」

「これはどうだ?」

クリスは手に何かを持つかのような格好でバットを振るような動きをした。

「!」

しぃちゃんが横に刀を構えなおすと同時に何かにぶつかられて横に飛ぶ。

「しぃちゃん!」

地面に転がったしぃちゃんは受け身をとって立ちあがる。

「くっ……見えない……棒みたいなもので飛ばされた。」

「ははっ!まだまだー!」

見えない何かをブンブン振りまわすクリスにしぃちゃんが刀で受けたりかわしたりして応戦する。キンッ、ギィンッと音が響く。

私から見ると何が起きているのかよくわからない状況である。クリスの武器が見えない以前に二人の攻防が速いのだ。しぃちゃんはともかくクリスは……どこであの戦闘技術を得たのだろうか?

「やっぱ見えないってのは辛いだろう?えぇっ?」

クリスは余裕を含んだ笑みでしぃちゃに問いかける。事実、しぃちゃんはクリスの武器の形状とか長さとかがまったく把握できないためか、徐々にダメージを受けている。このままはまずい……!

「しぃちゃん!あれをやります!」

「心得た!」

しぃちゃんは刀を大きく振り、クリスとの距離をとった。

「あん?なんだ?」

私はクリスの頭上に意識を集中させる。一瞬にして分厚い雲がクリスの頭上を覆った。

「また竜巻か!?」

「今回はこれだよ!」

水がなみなみ入ったバケツをひっくり返したような文字通りの「集中」豪雨がクリスに降り注いだ。

「おわっ!?」


 ……仮にクリスが見えない何かを使って一連の攻撃を行っているとするならば、クリスのまわりには見えないだけで、何らかの物体が存在していることになる。であるならば、この雨の影響を確実に受ける。つまり、そこには何もないように見えるのに不自然に雨が途切れるはずなのだ。これだけの雨を降らせれば確実に見つけられるはず……!


「……!晴香、だめだ!何もおかしいとこはない!あの男のまわりでは素直に雨が降っている!」

「……!ということは……一体!?」

クリスのまわりに不自然に途切れて降っている雨はない。つまりあいつのまわりには本当に何もないということだ……!

「くぅ、予想が外れた!ならあいつの操る《常識》ってなんなんだ!?」

「そういうことかよ!」

降り注ぐ豪雨の中、クリスがこちらに何かを投げる動作をする。一拍遅れて私は体の前面に衝撃を受けて後ろに飛ぶ。

「雨上!」

ルーマニアがとっさに跳んで私を受け止めて地面に転がる。

「……ありがとう。」

「いいってことよ……オレ様はホントにサポートしかできねーからな……それよりどうする?」

今の衝撃を受けたせいで集中が途切れ、クリスの頭上の雲は消えた。

「はん……検討違いだな。まぁ確かに、ゴッドヘルパーの戦闘において大事なのは相手の力を知ることだからな……その行動自体はほめてやるよ。」

クリスがすたすたと私の方へ歩いてくる。すると私とクリスの間にしぃちゃんが入る。

「晴香には……わたしの友達には手は出させん!」

「ほぅ……んじゃあ……これならどうだ?」

クリスは向きを反転し、道路を挟んで私たちの正面に建つ建物に近づいていく。

「……超怪力強盗の怪力を見せてやろう……」

そう言ってクリスは建物の横にまわり、壁に手をつく。そして……

「おぅりゃぁああああぁぁぁああ!!!」

壁を引っ張るような動作をした。すると信じられないことにその建物は私たちの方へ傾いてきた。

「まずい!こっちに倒す気か!」

ルーマニアはそう叫ぶと同時に私を抱きかかえ、横に飛んだ。しぃちゃんもルーマニアの飛んでいく方向へと駆ける。数秒後、さっきまで堂々と建っていた一つの建物が倒れ、崩壊した。すさまじい轟音とともに砂ぼこりが舞い、瓦礫が飛んでくる。ルーマニアが私としぃちゃんを背にして障壁を出してそれらをガードした。

「……」

私はちょいと手を横に振り、風を起こして砂ぼこりをはらう。

「……なんてことだ……」

しぃちゃんが呟く。本当に、なんてことだ。一人の人間が一つの建物を力づくで倒壊させたのだ。まさに超怪力。

「く……力がわからないまま戦うしかないか……晴香、サポートを頼む!」

しぃちゃんは再びクリスへと駆けだす。先ほどと同じようにしぃちゃんの刀とクリスの見えない何かの撃ち合いが始まる。

「やべぇな……鎧の奴はあんまり長く戦うことはできない……」

ルーマニアが呟く。

「どういうことだ?」

「……言ったとこでどうにかなるものでもなかったからあえてあいつには言わなかったんだが……言ったろ?あいつは血液の流れる速度を速くしているって。恐らく完全な無意識……血中の鉄を引っ張って血液の流れを速くしているんだ。だがそれはもちろん体に負担をかける……」

「なっ……!?どうして言わない!」

「だから言ったとこでどうにかなることでもねぇんだよ。無意識に行っていることを指摘したら逆にそれを意識しちまって動きが鈍る。」

私はしぃちゃんを見る。クリスと戦うその動きは確かに尋常ではない。それがあるからこそ見えない攻撃にも反応できているのだろう……

「どうすれば……やっぱりクリスの力を暴かないことには……」

私は立ち上がり両手を前に出す。

「……いろいろ試してみる他ないか…!」

クリスの頭上に再び雲を作る。それに気づいたしぃちゃんは高速のバックステップでクリスとの距離をとった。

「先輩の時と同じことをする!」

あの時と比べて段違いのスピードで竜巻が発生し、クリスを飲み込んだ。

「……!竜巻だぁ!?何のマネ……」

クリスは自分のまわりを高速で駆ける風を確認し、上を見る。

「!!雷雲……・!!」

「くらえぇぇぇっ!」

黒い雲から放たれた雷は竜巻の中に落ち、凄まじい音と光を生んだ。

「晴香……君の力はホントに特撮向けだよ……」

しぃちゃんがぼそっと呟いた。私は竜巻をといて中心となっていたところを見る。

「さ……さすがに危なかったぜ?」

予想通りというかなんというか、そこには無傷のクリスが立っていた。


「……助けに言っていいですか?」

とても辛そうな顔で頼んでくるジュテェムを見てメリーさんはため息をついて答える。

「ここでちゃすけたら実力を見にきちゃ意味がにゃいにょよ、ジュテェム。がみゃんしゅるの。」

「しかし……予想通り、ハーシェルの力はすごいわぁ……」

チェインはその隣で持ってきた折りたたみ椅子に座りながら呟く。

 鴉間の作った四次元空間の中、雨上たちの戦いが繰り広げられている場所から少し離れたところにある建物の屋上に五人のゴッドヘルパーが集まっていた。

「ああ……《天候》……ハーシェルの苦しむ姿がこころに痛いです。クリスの力だけでも教えてあげたい……!!」

「バカかてめぇは……つかあんなチンチクリンのどこがいいんだよ?おりゃはまったく魅力を感じねぇが……」

「ホっちゃん、宇宙にでも行きます?」

ジュテェムがにこやかに言った。

「……メリーさん、気付いておるかの?」

リバじいが雨上たちの戦いを眺めながら呟く。

「あっちとそっちにいるゴッドヘルパーにょこと?片っぽは一人でもう片っぽは天使といっしょね。どっちもしりゃないやつ……」

「あらあら。やっぱりハーシェルは注目のゴッドヘルパーなのねぇ。でも先に目をつけたのはあたくし。渡さないわよぅ?」


「誰が誰のものになるかは見つけた順番で決まることじゃないっすよ?」


五人は突然うしろから聞こえた声に振り向く。全身を黒で染めた男、鴉間がそこにいた。

「あなた方は招待してないっすよ?まぁ……そちらのボスに会えたので良しとしますが。」

「鴉間……」

ジュテェムはキッと鴉間を睨む。それを見て鴉間が驚く。

「ジュテェム……あなたはいつからヒトデの仲間に……?」

そこにいるジュテェムには左腕があった。

「……再生……そこのボスの力っすか。」

「しょう……あなたがジュテェムの腕を……」

メリーさんはすぅっと一歩踏み出し、鴉間の正面に立つ。

「……おしおきが必要ね。かりゃすまさん?」

「こんな小さい子が……ボス。一体どんな力を使うのか……楽しみっすね?」

「メリーさん、戦うのならあたくし達に被害の及ばないとこで戦ってね。」

チェインはメリーさんと鴉間の睨みあいを他人事のように言う。

「ふふっ、ずいぶんと冷たい扱いっすね。それとも信頼しきっているんすか?」

「……戦えばわかりゅのよ。」

そう言った瞬間、メリーさんと鴉間はその場から消えた。


 「刹那!天誅切りぃっ!」

鋭い軌道で迫る刀を見えない壁で受け止め、クリスはしぃちゃんにこれまた見えない何かを投げつける。しぃちゃんはそれを常人離れした動きでかわし、クリスと距離をとる。

「それは昨日見た!二度も同じ技が通ると思うな!」

「ならば!」

しぃちゃんは先ほど崩れた建物の瓦礫の中へと走る。壁などが崩れたせいでむき出しとなっている鉄筋に手を置き、目をつぶった。

「……来い……」

しぃちゃんの呟きに呼応するかのように、鉄筋と呼ばれる《金属》はコンクリートの壁の中からまるで蛇のように出てきてしぃちゃんの刀に巻きついた。そして一瞬の後に巻きついた鉄筋は刀の中へと吸い込まれていった。

「今、わたしの刀の……えっと……ほらあれだ、一定のうつわの中にどれだけものが入っているかを表す……あれ……」

何かかっこいいことでも言いそうな雰囲気だったのに台無しである。サポートせねば。

「もしかして密度のことですか?」

「そう!それだ!今、わたしの刀の密度を上げた。より硬くなったこの刀から繰り出される「初見」の技は恐らくお前の壁を貫く。二度目が通らないのなら一度で決めるまで!」

……最初にそのセリフをすらすら言えていたらかっこよかったのに……

「丈夫にしたとこで意味はないと思うがな……やってみろ。」

「臨むとこ!」

しぃちゃんは刀をビリヤードをする人みたいな構えで持ってクリスへと駆けだした。そして叫ぶ。

「晴香!追い風を!」

私はしぃちゃんのしようとすることをとっさに理解し、全力でしぃちゃんに風をぶつける。

「……!」

瞬間、しぃちゃんは鳥のように宙を駆け、ものすごい速度でクリスへと迫る。

「!突きか……!」

クリスはとっさにボクサーがガードする時みたいに両腕で顔と胸を覆う。

「雨傘流四の型!攻の一!《川蝉》!」

しぃちゃんが突き出した刀は白い線を空中に描き、まっすぐにクリスへと向かい……貫いた。

「うがああああ!」

刀は両腕に隠れていない腹の部分、走ると痛くなる「横っ腹」に突き刺さった。

クリスは反射的に後ろに下がり、手で傷口を抑えながら膝をつく。しぃちゃんがざざっと地面に着地した。

「……晴香、わたしは今ものすごいスピードというのを体験したよ……」

「でしょうね。とっさのことだったんで力加減が難しくて……普通に竜巻クラスの風をぶつけてました。」

「……わたしでなければバランスを失っていたな。」

「ほら……しぃちゃんは何かさっきからすごい動きしてますし……」

しぃちゃんはふふっと笑ってクリスの方を見る。

「急所でないとは言え、人体を貫く傷だ……動けば出血がひどいことになるぞ。降参するんだ。そしてルーマニア殿に記憶を消してもらうのだ。お前がもう悪事を働けないようにする。」

だがしかし、クリスは突然笑い出した。

「出血?はは、もう止まったよ。」

私としぃちゃんはむくりと立ちあがったクリスを見て驚愕した。確かに傷口はある。服に穴が開いていてそこに血が染みている。だが……そこまでなのだ。血の痕はそれ以上広がらないのである。つまりそれは……

「血が……止まっているだと!?バカな!あれだけの傷がそう簡単に塞がるわけ……」

「もしかしたら見えない何かで抑えているのかも……落ち着きましょう、しぃちゃん。いくらなんでも傷自体は治ってないみたいですし……痛みがあるのは事実……!」

クリスは余裕の笑みを浮かべてはいるが脂汗が目立つ。痛がっている証拠だ。

「確かに……このまま攻撃して……あいつを動けなくすればこちらの勝ちだ。」

「油断するなよ……あいつが自分のできること全てを見せているとは限らねぇーぞ。」

ルーマニアは油断なく構えて私の横に立つ。

「ぐぅ……久しぶりだぜ……痛い思いすんのはよ!」

血は止まっているように見えるが痛みはある。クリスは片手で傷口を抑えながらこちらにもう片方の手を突き出す。そして呟く。

「止まれ。」

その瞬間、私は息苦しさを感じた。そして気付く……体が動かない。

「何だこれは……!?」

しぃちゃんも体の自由が効かないらしい。ルーマニアも固まっている。

「もうちっと楽しみたかったが……しょうがねぇ……このまま窒息死させてやるよ!」

窒息……?私はその言葉とさっきの息苦しさをつなげた。……心なしか息がし辛い?何が起きているんだ!?

「へっ、貴重な死に方だぜ?空気の中で窒息するなんてな。」

空気の中?どういうことだ……こいつは私たちを何かで縛ったりしているんじゃないのか?その言い方ではまるで……


 私はそこで一つの違和感を感じる。クリスを睨みつけていたら気付いた。

あれ?こいつどうして……?服が……


 まずい。息ができなくなっていく。オレ様は呼吸なしでも五分くらいは大丈夫だし、鎧の奴もどうやら現状に気付いて無駄に酸素を使わないようにしている……だが雨上は……!

いや、どの道このままでは全滅だ。どうすれば。と、そこでオレ様は雨上の腕についているものを見る。そうか!通信機!

「おい、雨上!聞こえるか!大丈夫か!」

「ルーマニアか……悪い、今ちょっと集中してるんだ。空気もそう無いみたいだし……」

「はぁ?集中ってなにを……」

オレ様はクリスへと視線を移す。そして奴の頭上……いや、オレ様たちの頭上を覆う黒い雲を見つけた。……雷雲……?

「雷をあいつに落とすのか!?だがさっき効いてなかったじゃねぇーか!それにお前、雷は竜巻を使わないとまだ落としたいとこに落とせないんだろ!」

「……大丈夫……今回は雨で落とす。風には違うことをやってもらうんだ……見てろ。」

雨上の言葉の後、再びクリスに集中豪雨が降り注いだ。

「またかよ……言っとくがこんなんじゃ俺は攻撃を止めな」

ピシャァッ!!!

オレ様はあまりの眩しさに目をつぶる。クリスの真横に雷が落ちた……!そして上空の雲はまだまだと言わんばかりにゴロゴロいっている。

「……雷……を?……・!!!《天候》、てめぇ!」

意味がわからないことにクリスが突然あせりだした。さっき軽く雷を防いだ男がどうしたことか。

「ルーマニア、目をつぶっとけよ。」

言い終わると同時に、無数の雷がクリスのまわりに落ちだした。電撃のほとばしる音、地面が砕ける音、雷鳴。いろいろな轟音とものすごい光がクリスめがけて……いや、雨の降っている場所めがけて降り注ぐ。

「……・ん?」

一拍遅れてオレ様は体が自由になったのを感じる。なんだ?あいつがこの攻撃を止めた?

同様に鎧も雨上も動けるようになったらしい。そして雨上は軽く腕を振る。すると雷が収まり、煙の中に立つクリスが見えた。

「《天候》……!やってくれるぜ!」

クリスは雨上を睨んでいる。雨上はにやりと笑う。

「やっぱり、集中するには手を使わないと……ですよね。」

その言葉にオレ様と鎧は驚く。

「わかったのか!こいつの……こいつに繋がっているがシステムが管理する《常識》が!」

雨上はこちらを一瞥してクリスの方を向いて淡々としゃべりだす。

「さっきね……変なことに気付いて……それで全てがつながったんだ。よく見ろよ、こいつの服……濡れてない……いや、正確には服に水が染みてない。」

オレ様は改めてクリスを見る。そう言えば……さっきあれほどの雨を浴びておいて……今も。なのにこいつの服は湿ってない。

「服に水が染みないってことは……服が雨を弾いたってことだ。そういう服もあるにはあるが限度がある。こいつの服はまったく濡れていないんだ。そして一連の見えない攻撃……あれはあいつがあらかじめ持ってきたものではない。この場でひろったものなんだ。その名も空気。」

「空気……?それを飛ばしてきたってのかぁ?刀にぶつかってキンキン音がすんだぞ?そんな硬さは空気に……」

…………そんな硬さは……ない…………?

「気づいたかルーマニア。そうだ、こいつ……クリス・アルガードは《硬さ》のゴッドヘルパーだ!」

クリスはにやりと笑みをこぼした。雨上は説明を続ける。

「服が雨を弾くのは服を硬くしているから。さっきから飛ばしたり振りまわしたりしているのは硬くした空気。空中を歩くのも空気を硬くしているに過ぎない。しぃちゃんの攻撃をガードしているのも空気。今私たちを動けなくしたのは、私たちのまわりの空気の硬さをあげて空気が動かないようにしただけ。硬い空気は吸えないから私たちは苦しくなった。さっき建物を倒したのは逆に一番底の部分を順番にうまく端っこから柔らかくして自重で倒れるようにしただけ。壁を裂くのもそう、一度柔らかくしてから壁を破り、破った状態でもとの硬さに戻した。だからコンクリートや金属があんな裂け方したんだ。血が止まったのは血を硬くしてかさぶたみたいにしたから。」

「……なるほど。それで晴香、今の雷の意味は何なんだい?」

「……基本的にはこいつは物を見るだけで硬さをコントロール出来るみたいなんです。でもちょっと複雑な硬め方になると手を使わないとできないんですよ。私たちのまわりの空気を……私たちの体にそって上手く硬めるのは難しいはずです。ちょっとでも隙間を作ったら意味がないですからね。空気を使ってるということがばれてしまいますから。だから手を使っていたんです。だから私はあいつに逆に両手を使わないといけないような状況に追い込むことにしたんです。雷だけなら自分のまわりの空気を硬くすることで防げるでしょう、現にさっきはそれで防いだ。でも私は雷と同時に風も起こしていたんです。あいつのまわりをデタラメに駆けまわる風をね。するとどうなるか。いざ空気を硬くしようとしても硬くしようとした空気が風に押されてすぐにどこかに行っちゃうんです。あくまで硬くするのは「空気」ではなく「そこにある空気」ですから。次から次へと硬くしようとした空気があっちこっちに行ってしまう状況……とても目だけでは対処できない。だけど雷は防がなくてはならない。だから手を使わざるを得なかったんです。傷のせいで集中力の途切れやすい状態でしたから……確実に両手を使うと思ったんです。」

雨上の説明を聞いていたクリスが吹き出す。

「あっはっは!やるじゃねぇーの。お前さんはなかなか賢いな。確かに……まんまとお前さんの作戦にはまって……攻撃を解いて防御に全力を注いじまったよ。」

「硬くできるのなら……何故時折……鎧の攻撃が決まるんだ?」

「硬さっていうのは実はあいまいなんだ。何をもって硬さとするのか……それがまた諸説あるんだ。だからイメージで補う必要がある。見た目だけじゃ攻撃の威力は判断できない。かと言っていつも全力じゃあ……たぶんあいつにとって不都合なんだろう……だからこれぐらいの硬さで防げるかな?という見積りで最適な硬さにするんだろう。その見積りを誤った時……攻撃を受けてしまうわけだ。だけど一度受ければどの程度がいいのかわかる。それで二度目は無いんだ。」

「まさかそこまで……その通り……俺は服とか体を硬くする時、ある程度なら硬さを保ったままで動けるんだが……どうしても硬くし過ぎると「硬い=動かない」のイメージが邪魔してな……服はまるで鉄板を着ているような感覚になっちまって動きづらくなり……体の場合はまったく動けなくなるんだ。かと言って空気を最大級に硬くしようとしても……所詮は空気っつうイメージが邪魔して……せいぜい鉄ぐらいの硬さにしかできないんだよ。」

クリスはハハッと自嘲気味に笑う。

「……いいのか?弱点をそうペラペラとしゃべっちまって?」

ルーマニアがクリスを睨む。……クリスにはまだ余裕がうかがえる。

「……ふぅ……《天候》か。なかなかの逸材なのかもな。鴉間の奴が興味を持つのもわかる。もっと早くに殺しにかかっとくべきだったか。まぁ……今からでも遅くねぇがな。」

そう言うとクリスはしゃがみこんで片手を地面につく。

「……もう一度言うぜ?窒息死させてやるよ!」

瞬間、体が宙に浮いたような感覚を覚える。まるで地面が突然なくなったかのような……

「……!!!なっ!?」

気付いたときには……私は地面の中に沈んでいた。

 まるで水の中にいるかのような感覚……だが色んな点が異なる真っ暗な世界に私は沈んでいく。目を開けると激痛が走り、とっさに目を閉じる。口の中には今まで感じたことのない味が広がる。私は口の中の物を外に追いやり、手で口と鼻を抑えた。沈んでいく……どこまでもどこまでも。

足をバタつかせるが水とは違いものすごく重たい。何も出来ずにただただ沈んでいく。

このまま……死ぬのか?嫌だ……そんなのはまっぴらゴメンだ!しぃちゃんとも仲良くなったばっかだ!一緒にしたいことがあった!翼はどうなる?私しか話についてこれないって言ってたじゃないか!嫌だ!私は……死にたくない!


『そんなことはさせないよ。』


 一瞬の出来事だった。オレ様は自分が回避するので精いっぱいだった。今、オレ様のまわりにはクリスしかいない。

「俺はな……物の硬さを鋼鉄以上から豆腐並の硬さまでコントロールできる。今頃二人はコンクリの海の中だ。そして……」

地面についていた手を離し、クリスは立ち上がる。

「今硬さを戻した。完全完璧に身動きが取れない状態になったわけだ……死ぬのにそんなに時間はかかんねぇだろうな。よかったなぁ天使?飛べてよ。」

「てめぇっ!!!!」

オレ様はクリスを睨む。だがどうすることもできない。天使に課せられたルール……地上のものに危害を加えてはならない……無視をすれば自動的にオレ様たちの体は天界へと強制的にワープさせられ、罰を受けることとなる。くっそっ!どうして二人を助けられなかった!!

「勝負はこれで終わりだな……俺の勝ちだ。」

クリスはポッケに両手を突っ込み、オレ様に背を向ける。

「さて……鴉間はどこ行ったかねぇ……」

ルールなんて……関係ない!今ここでこいつを逃がすことはオレ様の魂が許さねぇ!!

「待てコラァッ!!!」

そう叫んでクリスに飛びかかろうとしたその時、地面に亀裂が入った。その音にクリスが気付く。

「あぁ?」

刹那、亀裂は広がり、地面から一筋の光が轟音と共に天めがけてとびだした。

「な……これは……雷か!?」

クリスの驚きに呼応するかのように、何本もの雷が地面から空へ向かって落ち、コンクリートを砕いていく。

オレ様は全力で回避運動をとり、距離をおいて空中に静止する。オレ様にはわかる……これは雨上の雷……!

「《天候》なのか!?バカな!地面の中だぞ!?雲を発生させるスペースもないはずだ!」

雷が地面から落ちるのが止まり、砕けたコンクリートの中から青色の大きな球体が二つ出てきた。その内の一つが近くの地面に降下し、弾けた。中から鎧が出てくる。

「ゲホッ!……な……何が起きたんだ……」

そしてもう一つの方も遅れて降下し、クリスの正面に降り立つ。

「な……何だこれは……」

クリスが一歩下がる。

……何てきれいな青色なのだろう……まるで青空を切り取ったかのようだ。だがその美しさとは裏腹にその球体からは何か……圧倒的な威圧感を感じる。この独特の感じ……まさかこれは……

「《天候》……なのか……」

クリスが呟くと同時に、球体が弾け、中から雨上が出てきた。

「……うん……ありがとう。」

雨上はそう言うとクリスを睨みつけた。それに圧倒されたのか、クリスは大きく尻もちをつく。

「な……何なんだてめぇはぁ!」

その時、オレ様はかつてない興奮を感じていた。


 オレ様達天界の住人はゴッドヘルパーを三つの段階に分類をしている。

第一段階、自覚はしておらず、ただのシステムの観測対象として存在しているだけのゴッドヘルパー。

第二段階、ゴッドヘルパーであることを自覚し、システムの管理する《常識》をコントロールできるようになったゴッドヘルパー。

そして第三段階……完全な討伐対象となったゴッドヘルパー。地上のものへ危害を加えることを許されない天使たちもこの第三段階の前ではそのルールが免除される。詳しい基準があるわけではない。だが明らかに第二段階とは異なる威圧感、操る力のエネルギー量。特定の周期を持って現れるわけではなく、完全なランダム性で歴史に登場する第三段階。出現条件も明らかではない……なぜなら詳しく調査したことがないから……いや、正確には調査をしている余裕など無いほどに強力だから。その第三段階のオーラを持ったゴッドヘルパーが……ここに現れた。


「雨上……お前……」

雨上は天に向かって片腕をあげ、手を開く。すると、先ほどの青い球体の小さい奴が手のひらに現れた。

「雷。」

雨上が呟く。瞬間、雨上の手のひらの青い球体から何本もの雷が天へ向かって走り、途中で方向を変えてオレ様達のまわりの建物に一本ずつ雷が落ちた。建物は一瞬で黒焦げになり、崩れる。

「風。」

その言葉に答えるように、雨上を中心に……いや、雨上やオレ様、クリス、鎧のいるあたりを中心にして巨大な竜巻が発生し、崩れた建物、その瓦礫という瓦礫を全て吹き飛ばした。結果として、オレ様達のまわりには何も無くなった。

「まだ……やりますか?」

雨上が静かに言う。圧倒的。まさに《天候》の支配者。

「ふ……ふざけるな!」

クリスはバタバタと立ちあがり、雨上から少し離れる。

「最大硬度!」

そう叫んでクリスはどっしりと構えた。

「は……ははは!《天候》!どうやら今の俺じゃお前さんには勝てねぇみたいだ!だから逃げに入る!今、俺は自分の体をできる限り硬くした!そしてまわりの空気を硬くして空気の壁を作った!何重にも重ねた絶対的な壁さ!お前さんの雷でも貫けない!仮に貫いたとしてもその瞬間にまた新たな壁を作る!俺は動けないがお前さんたちも俺には手を出せなくなった!悪いが鴉間が来るまでこうさせてもらう!」

鴉間……《空間》のゴッドヘルパー。瞬間移動で逃げる気か!

雨上はそれをじっと眺めた後、鎧の方へ向かって歩き出す。

「しぃちゃん、大丈夫ですか?」

「ああ……晴香が助けてくれたんだな。ありがとう。」

「……しぃちゃん、やっぱり悪者を最後にやっつけるのは正義の味方です。」

「……?何を言ってるんだ?」

「何も考えず、クリスに《勧善懲悪!剣の舞!》をお見舞いしてやって下さい。」

「……何か策があるんだな。わかった。わたしは深く考えるのは苦手だから晴香に任せるよ。」

鎧は刀に片手を添える。刀が分裂し、二本になった。

「何をする気だ?雨上。」

「しぃちゃんが史上最強の技を披露するんだ。」

そう言って雨上は何やら構えている鎧の後ろに立った。そして両手をあげた。

「どうぞ!やっちゃって下さい!」

「うん!」

鎧は頷き、刀をゆっくりと動かし始める。

「いつの時代、どんなとこでも、必ず悪と呼ばれる存在が現れる。それは自然の理、誰にもそれをどうにかすることはできない。だからその時々に必要なのだ!正義が!」

同時に、雨上が上空に雷雲を作ってゴロゴロと鳴らす。

「人々を脅かす悪め!この《真・ダイケンゴー》の刀で成敗してくれようぞ!必殺!」

そう叫んだ瞬間、雷が鎧の持つ二本の刀に落ちた。

鎧は一瞬驚いたが、すぐに目を輝かせる。なんだろう……こう……欲しいおもちゃを買ってもらった子供のようだ。

雷が落ちた刀は何故か白く輝き、強烈な光を放つ。

「勧・善・懲・悪!」

鎧がクリスへ向かって駆ける。それに合わせて輝く刀から電撃がほとばしり始めた。風が起こり、鎧を後押しする。

クリスは意味がわからないといった顔をしながらもグッと力をいれて構えた。

「クリス・アルガード!お前は強かった!だが!正義の前には如何なる悪も永遠を得ることはないのだあああぁぁぁ!」

クリスの直前でぐるぐると鎧が舞う。

「《剣の舞》ぃぃぃいいいぃいいっ!!!」


 信じがたいことが起きた。鎧の振るった刀はそこにあるはずの空気の壁を物ともせずに切り裂き、すさまじい硬さになっているはずのクリスの体をやすやすとたたっ切ったのだ。

「ぐ……ぐわああああああああああ!」

クリスが叫ぶ。クリスの横を切りながら通りすぎ、クリスの後ろの方でいつのまにか腰についている鞘に二本の刀をしまう鎧。

「滅!」

鎧が叫ぶと……どういうわけか……クリスが爆発した。体が爆発したわけではないが……何かが爆発したようだ。爆風にとばされてクリスは地面に叩きつけられ、そこで動かなくなった。

「き……決まった……」

鎧はがっくりと地面に両手をつく。何かを残念がっているわけではなく……あまりの嬉しさに感動しているようだ。

「……雨上?今……何が起きたんだ?」

「やっぱり……さすがしぃちゃん。」

雨上がにんまりと笑いながら説明する。

「さっき……ここに来る前にいろいろな戦隊の必殺技のシーンを見せてもらったわけだけど……《武者戦隊 サムライジャー》の《真・ダイケンゴー》の必殺技、《勧善懲悪!剣の舞!》のエフェクトはな……二本の刀に雷が落ち、それで白く光った刀を持って相手を切るっていうものなんだ。あれを再現するのに必要なのは雷と《勧善懲悪!剣の舞!》の正確な動作。ポーズと言ってもいい。ポーズの方は完璧だからあとは雷を落としてあげれば……ここに《勧善懲悪!剣の舞!》が実現するんだ。」

オレ様には意味がわからない。だからなんだと言うんだ?

「しぃちゃんは《金属》のゴッドヘルパーだ。だからイメージさえあれば金属にどんな性質も追加できる。あれほどまでに戦隊ものが好きなしぃちゃんにとってはな、「二本の刀に雷が落ちる」という現象は《勧善懲悪!剣の舞!》の始まりであり、それ以外のなにものでもないんだよ。平たく言うと……しぃちゃんがあの瞬間に刀という《金属》に付加した性質はこうだ。「金属が刀の形をしていてそれが二本あり、それぞれに雷が落ちたなら、その二本の刀は白く輝いて、その時に《勧善懲悪!剣の舞!》の動きをすれば、それを受けた相手は問答無用でその技をくらって爆発する」戦隊ものの必殺技は絶対当たるし、絶対爆発するからな。」

「なんだその超限定的な性質は!!」

つまり……この瞬間、史上で最も《常識》を捻じ曲げたゴッドヘルパーが誕生したわけだ。


 私は正直びっくりしている。まさかこうも上手くいくとは。いや、自信はあったのだが。

ルーマニアが倒れているクリスに近づいて例の記憶を消す輪っかを頭につけている。

……それにしてもさっきのは何だったんだろうか。暗いコンクリートの中で響いたあの声……いきなり体が青い球体に包まれて……気づいたらクリスの前に立っていて……さっきは何気なく手のひらにあの青い球体を出せたけど……もう作れる気がしない。ものすごい力の塊だった。まるで手のひらに小さな空を持っているような感覚だった。あれはいったい……


「す……すごい……すごいですよ!見ましたかホっちゃん!」

「んだよあれ……おっそろしいパワーだったぜ?あれが《天候》の……?」

「あれが天使たちの言う……第三段階……!あたくしはすごいゴッドヘルパーを見つけたのね……」

「第三段階……なるほど、あれがそれなのか。これは何としても仲間になってほしいところじゃな。」

「リバじい……あんなのが仲間になったらおりゃたちに敵はいないぜ!?」

「メリーさんがいる時点でだいぶ無敵じゃがな。……そういえばメリーさんの方はどうなったかのう?」


 鴉間は混乱していた。意味がわからない、あり得ない。そんな言葉が頭の中をぐるぐる回っている。まるで攻撃が当たらない。こっちの攻撃は空間を使った攻撃だというのに。全てをよけられる。そしてこちらは一方的に蹴られたりぶたれたりしている。

メリーさん自身は見た目通りの少女であるので子供っぽく攻撃しているだけなのだが……これだけやられるとさすがに辛い。

「こうしゃんすりゅ?」

舌っ足らずのしゃべり方をしながらこちらを見ている。無邪気な無表情とでも言うような顔だ。

「な……何者なんすか……あんたは……」

《空間》の力は絶対的な力だ。故に戦いにおいては常に優勢を保ってきた鴉間だが、今初めて……苦戦している。

「にゃにものねぇ……あちゃしはメリーさんだよ?」

今現在、鴉間とメリーさんはもちろんのこと、雨上などの面子がいる空間は鴉間の作ったものだ。だから鴉間にはクリスと雨上たちの戦いのようすがある程度わかる。

「クリス……」

先ほど突然現れた凄まじい力……それが消えたかと思えば今度は爆発が起き、クリスの意識が途絶えた。クリスは負けたのだろう……恐らくは記憶を消されている頃だ。

鴉間はメリーさんを睨む。凄まじい力を感じたとき、クリスのもとへと瞬間移動をしようとした……だがそれは何故か叶わなかったのだ。クリスの所へ移動したと思った瞬間、何故かさっきと同じ場所にいるのだ。何度やっても結果は変わらない。要因はメリーさん以外あり得ない……メリーさんさえいなければクリスを救えたはずだった。

「恨むっすよ?貴重な戦力を失ったっす。」

「うりゃむ相手が違うにょよ?うりゃむべきはあにゃたの弱さよ。」

「言ってくれるっすね……」

「あにゃたたちの目的は知っていりゅ。自覚したゴッドヘルパーを増やすことで「あれ」を起動しゃせ……手に入れる……でしょ?」

「……」

「あにゃたたちのボスは……また神様に挑むちゅもりにゃのね……」

「そうっす。そして今度こそ世界を手に入れるんす。あっしらの目的は……そう、世界征服っす。」

「今度はゴッドヘルパーを仲間にして……そりぇで勝てると思っていりゅの?」

「もともとシステムは神様が作ったんすよ?言うなれば神の力っす。十分戦力になるっす。」

鴉間はメリーさんが立っているあたりの空間に亀裂を発生させ、それをメリーさんへと飛ばす。本来ならその亀裂に触れた瞬間に触れた部分が切断される。理論上、切れないものはない。だがしかし、亀裂はメリーさんをすり抜けた。

……さっきからずっとこの調子である。攻撃がまるで当たらない。空間ごとどこかへ瞬間移動させたと思ったら何食わぬ顔でそこにいるし、空間を振動させて衝撃波をぶつけてもすり抜ける。

こちらの瞬間移動も封じられるし……まったく理解できない。

鴉間の頭の中の結論として……そんなことができるのは《空間》のゴッドヘルパーだけだ。つまりメリーさんは《模倣》、《マネ》、《コピー》といった類のゴッドヘルパーなのではないか。一つの《常識》を管理するシステムが複数あるなんてことはあり得ない。故に自分以外が空間の力を使うのなら……それはコピーである他ない。

「……クリスが敗北した今……あっしはここにいる理由がないっす。あなたと戦ったのも力が何か知れればいいなぁぐらいの気持ちだったっすし。だからおいとまさせてもらいたいんすが……」

「あちゃしは……別にあにゃたをどうにかすりゅ気はにゃいの。ただジュテェムのお返しがしゅこししたかっただけ。そりぇと……今後あちゃしたちの目的を達成させる過程であにゃたたちが壁とにゃるなら……全力で潰す……そういうことを理解してもりゃいたかっただけにゃにょよ。」

言うや否や、メリーさんは視界から消えた。

「……とんでもない奴がいたもんす……」

鴉間は両手を胸の前でパンと叩く。すると四次元空間は瞬く間に消滅した。


 「んん?元の空間に戻ったみたいだな。」

ルーマニアがクリスの頭から記憶を消す輪っかを外しながら呟いた。

「なぁ……それで記憶を消したあとにさ、あなたはゴッドヘルパーなんですよって教えたらどうなるんだ?」

「どうにもならないようになってる。これで記憶を消されると……システムとのつながりが完全にシステムからの一方通行になるんだ。まぁ多少システムがゴッドヘルパーの情報を得るのに支障が出るが……自覚するよかマシだろ?」

私はそんなもんかねと思いながらしぃちゃんを見る。ルーマニアの言う血液操作のせいか、それとも疲れのせいか、壁に寄りかかって肩で息をしている。

「大丈夫ですか、しぃちゃん?」

「うん……少し疲れた……まぁ一晩寝れば良くなるだろう。……礼を言うよ、晴香。わたしに……《勧善懲悪!剣の舞!》をやらせてくれて……一生の思い出にするよ……」

「そ……そうですか。」

「どちらかと言うとお前の方が大変な状況になってるぞ、雨上。」

私はルーマニアの方を見る。似合わないことに眉間にしわを寄せている。

「さっきの力……あれはゴッドヘルパーの第三段階と呼ばれる状態なんだ。歴史上、その状態になったゴッドヘルパーはオレ様たち天使の討伐対象になっている。問答無用で戦いになっているわけではないが……第三段階になったゴッドヘルパーは自分の力を失いたくない一心で攻撃してくるからな……大抵そうなっている。んで……毎回毎回戦いになるから第三段階のゴッドヘルパーのことはまったくわかってないんだ……どうしてその状態になるのかとかがな。今……お前はオレ様の協力者として行動してるからいきなり記憶を消しには来ないだろうが……初めてじっくりと調べられる第三段階と来れば……面倒くさい奴らがお前を調べに来るだろうな。オレ様も出来るだけ努力するが……少し厄介な奴らが来るってことは覚悟しといてくれよ?」

「第三段階……でも今はもうあの力を使える気配がまったくないんだけど……」

「それでも……な。」

ルーマニアは心底面倒くさそうな顔をする。

第三段階か……あの声の主がわかるのなら……調べられるのも嫌ではない……かな?

「ルーマニア殿。そのクリスという男はどうするのだ?」

しぃちゃんが思い出したかのように訊く。

「……その辺に転がしとくか……」

まぁそうする他ないよなぁ……


「いぃ~っやっほぅ~。」

とりあえず道の真ん中にいるのはまずいと思い、ルーマニアがクリスをひきずって道の脇に移動させていた時、なんだか軽い声がした。

「久しぶりだなぁ~ル……ルーマニア(笑)。」

見るとそこには白い人がいた。ヴァチカンにいる教皇とかが着ているような白い服をきた……チャラい男である。

……あれ?どこかで見たような……?記憶の検索をかけようとした時、ルーマニアが呟く。

「カキクケコ……」

「誰がカキクケコだ!俺の名前はカルバリオキクケゴールだ!」

かるばり……なんだって?

「たく……まぁいいや、とりあえず紹介するぜ?俺の愛しいパートナー!」

すると男の背後から女性が出てきた。影になっていて見えなかった。黒い髪を左右で結んでいる……ツインテールだっけかな?そんな髪型で……目が青い。

「うん?お前は……ああ、あの雨の時にあった子じゃないか。」

「?知り合いなのか?ルーマニア。」

「この前の《光》の事件の時に……穴を調べているときに会ったんだ。ほら、話したろ?」

「……そういえばゴッドヘルパーに会ったとか言ってたな。」

そんな会話をルーマニアとしているとその女性が私を睨んできた。なんだ?何か気に障る事でも言ったかな……

「なんだよ……もう会ってたのかよ。じゃあ紹介する必要ないじゃんか……」

カキクケコさん(とりあえずこう呼ぶことにした)がため息をつく。……私は誰か知らないんだが……

「ちょっと晴香!ひどいじゃないのよ!」

女性が私に話しかけてきた。

……私を晴香と呼ぶのは両親としぃちゃんと翼だけなのだが……まさか初対面の人にそう呼ばれる……あれ?

「……?」

私はその女性をじっと眺める。頭の中でその姿を変換してみる。

……ツインテールを解いて……メガネをつける……あ。

「翼?」

「そうよ!あによあによ!誰だと思ったのよ!」

私の親友、花飾 翼は見たこともない格好で私の前に立っていた。

……なんで?どうしてここに?

「つーかなんでお前がここにいんだ?カキクケコ。」

「……マキナから聞いてないのか?」

私は私で、ルーマニアはルーマニアで、互いの疑問に首をかしげた。



 時間は深夜……二時。いい加減眠くなる時間のはずだがいろいろあっておめめはぱっちりだ。カキクケコさんと翼に連れられ、私とルーマニアとしぃちゃんはあの公園にやってきた。

……なにかと縁があるなぁ……この公園。まだ立ち入り禁止のテープが貼ってあるのだが、

だからこそ余計な人目はないだろうとのことだ。どっちにしてもこんな夜遅くに人がいるとは思えないが……

私としぃちゃんはベンチに腰掛け、他の三人はベンチの前に立つ。

「んで?どうしてお前がここに?」

「マキナ……というか上からの命令でな、同じ地域を担当してる天使は一度顔を合わせておけってよ。」

「……お前がここの担当だってのか?」

「でなきゃここにいねぇよバカ。」

私は少し気になったのでカキクケコさんに訊いてみる。

「この……関東地域を担当しているのは何組ぐらいいるんですか?」

「えぇっと……って、あ!晴香ちゃん、まだ君には俺との出会いの記念をしていないね!」

カキクケコさんはすっと私の手をとり、唇を近付け……

「死いいいぃぃぃねえええぇぇええええ!!!!!!!!!!!」

翼の高速の蹴りを受けてとばされた。

ああ、思い出した。《エクスカリバー》に翼といっしょだった……翼の言うところの「バイトの先輩」か。まぁ……天使なんて言えないからなぁ。

「あたしが説明するわ……」

翼は頭をかきながら話す。

「とりあえずこの関東に派遣されている天使は七人。つまりは七組になるんだけど……あたしと晴香とあと一人以外の力はそうでもない力でね……って晴香!あんたいつからゴッドヘルパーを自覚したのよ!」

いつものことだが話が飛ぶなぁ……

「私は……ついこの間だ。春休みに入った時ぐらい。そういうお前は?何の《常識》を?何で目の色が青いんだ?」

「う……質問がたくさんきたわね……いいわ、この際だし……全部白状するわ。正直晴香に隠し事してるのつらかったのよね……」

さらりと嬉しいことを言ってくれる。

「あたしが自覚したのは……ちょうど期末に入る少し前ね。あの……アホ天使に出会ってことの事情を知った。んで協力者になってくれってね……まっ、あたしは……その、正義感にあふれて引き受けたわけじゃない。ただ面白そうだったから。」

「ん?そんなに早くに自覚してたってことは……あの公園の惨状を見て楽しそうにしてたのは演技だったのか?」

「まさか。ホントに楽しかったのよ。こう言うのもなんだけどね……その頃のあたしの相手ときたら雑魚ばっかでね。あんな現象を引き起こす奴もいるんだって興奮してたの。」

「……もうずいぶんな数のゴッドヘルパーと戦ったのか?」

「戦うに入らないわよ……あんな雑魚共。まぁ人数でいったら十人ぐらいは倒してるかな。」

「そんなにか!すごいな!」

「初っ端から《光》とやりあった晴香には負けるわよ……」

「私のことはいつ知ったんだ?」

「さっきよ!例の《光》の事件をなんかすごいゴッドヘルパーが解決したって聞いて興味をもってさ、今回ちょうどよく上?からの命令で会えることになって……んでそいつは今夜「超怪力強盗」と戦うみたいな情報を得て……来てみたら晴香がいたってわけよ……ホントびっくりしたわよ!」

「私もお前がいてだいぶびっくりしてるよ……それでお前の力は?」

「あたしは……《変》のゴッドヘルパーよ。」

変?変ってなんだ?つまりは何を……

「……!感情系か!」

そこで突然ルーマニアが入ってきた。

「そ、あたしは……違和感とかそういうものをコントロールできるの。今までの戦いは……全部相手に「自分がゴッドヘルパーであることを自覚していること」に対して違和感を与えて……終わらせてきたわ。」

《変》……か。実に翼に合った力……いや、《変》のゴッドヘルパーであるが故に会う人全てに変と思われてきたのか?だから翼は人とはズレた感性を好むのか?

「……最強の部類に入るな……《変》とは。」

ルーマニアがかなり真剣に呟く。確かに、何かの物質とか現象を操るよりも感情を操る方が戦いには有利だ。

「目を青くしてる理由はね、まぁカラコンだけど、これをつけることでより相手に《変》という感情を起こしやすくするの。黒髪の人の目の色がこんなんだと違和感を感じるでしょ?」

「なるほど……つまり、問答無用で相手に違和感を感じさせることができるわけじゃないんだな。」

「そう。ちょっと口じゃ説明し難い……あたしにしかたぶん理解できない駆け引きがあるのよ……」

「《変》のゴッドヘルパー独特の感覚なんだな。私もたぶん他人には理解できない感覚で雨とか降らせるし。」

「……まぁ……いくらやっても……たぶん、晴香にはあたしの力は効かないと思うわ。」

「?どうして?」

「あたしとの付き合いが長いから……というか……あたしの……自分で言うのもなんだけど、変さに慣れてるから。あたしの引き起こす変という感情になんら違和感を覚えずに受け止めてしまうから。晴香が味方で良かったわ。」

「敵にまわるわけないだろう……さて、翼の力とかはわかった。それじゃ……話を本筋に戻そう。」

「えぇっと……どこまで話したかしら?七人ってとこかしらね。うん、とりあえずあたしと晴香を除くと五人の協力者がいるんだけど……実質使い物になる力を持ってるのは一人だけって話。」

「全員に会ったのか?」

「ううん、二人だけ。他は戦いの記録とかを見せてもらっただけ。」

「まぁ……どの道会うことになるわけか。ちょっと楽しみだな。」

「……そういえば……鎧、あなたはこれからどうするのよ。」

興味深そうに話を聞いていたしぃちゃんが突然自分の話になってびくりとした。

「わたしは……どうしたらいいんだ、晴香?」

「どうしたらいいんだ、ルーマニア?」

「この事件の解決に協力してくれる気は……あるのか?」

「ある!悪者を倒すのは使命を背負ったヒーローだからな!わたしは頑張るぞ!」

「ならまぁ……上からの判断が下るまで保留だな。」

「……ひ……ひどいじゃないか……つばさ……」

カキクケコさんが帰ってきた。

「……カキクケコ……お前大変な協力者を選んだんだな……」

「俺は!カルバリオキクケゴールだ!」

ル:「カキクケコじゃねーか。」

雨:「覚えにくいな……」

翼:「めんどい名前……」

鎧:「覚えられない。(キッパリ)」

「お前らぁぁあああ!」

「……とりあえず……他の担当と会うのはいつなんだ?」

ルーマニアはカキクケコさんの嘆きを軽く流し、話しを進める。

「……三日後の予定だ……他の奴らと話し合って……場所を決める。決まったら連絡する……」

「了解。んじゃ今日はもう帰るか。夜も遅いし……オレ様は寝たい。」

さっきまでそうでもなかったのに他人が「寝たい」とか言うと眠くなるのは何故だろうか。私だけだろうか。

「それじゃあ……晴香。帰るとしようか。」

しぃちゃんが立ちあがる。私は昼間にお母さんに連絡を入れて泊っていくと伝えたのでしぃちゃんについていく。

「ちょちょちょ!晴香の家はあっちでしょ!」

翼があわてて言う。

?……ああ、そうか。

「私は今夜はしぃちゃんの家に泊るんだ。」

言った瞬間、翼の顔がなんだかおもしろい感じになった。

「な……あたしとだってそんなことしたことないのに……鎧とお泊まり会するなんて……」

「?成り行きだ。そっちの方が家に心配をかけることなく今夜の戦いをすることができたからな。」

「じゃああたしも成り行きで今夜は鎧の家に泊るわ!!」

……どうしたんだ、翼のやつは。

「おぉ!複数人数でお泊まり会!女の子っぽいなぁ……」

しぃちゃんがうっとりとする。……疲れている私はたぶんしぃちゃんが今脳内に展開しているような夜の遊びはできないなぁ……

「雨上……お前の友達は変な奴ばっかだな。」

「……知ってる。」


 鎧家、しぃちゃんの部屋に三人……というわけにはいかなかったので何だか無駄に広い広間(?)に布団を並べて寝た。あまりに広くて落ち着かない……

「畳の上で寝るのは久々ねー」

翼はなんだか上機嫌だ。私は二人に挟まれる形で寝っ転がっている。翼とは反対の方を見るとしぃちゃんがビシッとした姿勢で夢の中に落ちていた。

武芸をたしなむと寝るときの姿勢まで良くなるのかだろうか?

「ねぇ晴香……あたしね。」

翼はねむくないのか、嬉々として話しかけてくる。

「ゴッドヘルパーだからいざって時のことを考えてこの春休み、晴香と遊ぶのを我慢してたのよ。一般の人にはゴッドヘルパーの存在を明かしちゃ駄目だからさ……でもその晴香もゴッドヘルパーならもう心配いらないよね。」

「……どっか行きたいのか?」

「もちろん!いろんなとこに晴香と……新たに鎧とね。」

今気付いたが翼の目の色が元に戻っている。カラーコンタクトとやらを外したのだな……髪もほどいていつもの髪型だ。……つまりは今目の前にある姿が何の装飾もない素の翼なのだ。いつも変な格好をしているからとても新鮮だ。

「……春休みも残りわずかか……」

休みがあけたら二年生である。



 ……クリスが負けたか。


「申し訳ないっす……あっしが苦戦してなければ……」


いや……あの場合は仕方あるまいよ。それよりも……第三段階……じつにまずいな


「ええ……あの力が安定してしまったらかなりまずいっす。早めに倒さないと……」


それもあるが……こちらに引き込めればとてつもない戦力……でもある……


「仲間にするんすか?あっしもそれはいい考えとは思いますが……難しいっすよ……」


まだ登場していない役者がいるしな。もう一回ぐらい刺客を送りこむか……


「今度は誰を?」


あのコンビを


「!あいつらっすか!?でもいいんすか、あいつらの担当してるとこは……」


お前に頑張ってもらうとしよう


「マジっすか!?やめて下さいっす!死んじゃうっす!」



 洒落た街が眼下に広がっている。日本とは真逆の時間、夕日が美しいなぁなんて思ったり。

アザゼルは時計台のてっぺんに立って下を見ている。確かビッグベンとかいう名前の時計台だ。

ズドォン!バコォン!ドドドッ!

激しい戦いが起きている。とてつもない速度で撃ち出された砲弾がいい感じの雰囲気を持つ歴史ある建物を貫き、破壊する。

「……ラスボスを倒してから出現してほしかったのだよ……めんどくさい敵なのだよ……」

相変わらずやる気のないアザゼルはさっきまでプレイしていたゲームに思いをはせる。

「あのラスボス……やっぱり最初に出してくる技は回避不可能なのだよ。あれのダメージを考慮した上で作戦を考えるのだよ……うーむ。」

「ちょっと!なんでボスの倒し方なんか考えているのですか!援護しなさい!」

下で砲撃をかわしつつ、相手に近づこうと頑張るアザゼルの協力者はボケっとしているアザゼルを見て叫ぶ。

「援護って言ってもなぁ……俺私拙者僕は痛いのいやなのだよ。」

「堂々と言うことですの!あなた、何しに、キャアアァア!」

「おぅ?大丈夫?」

「大丈夫ですわよ!!」

アザゼルは自分のかわいい協力者を攻撃する敵を見る。

背中から機械的な翼……ウイングを広げ、ジェットを噴射しながら空中を高速で駆けまわり、右腕に装着しているキャノン砲みたいなものから砲弾を飛ばしている。

あんな感じのキャラクター、何かのアニメにいたなぁ……というかいつの時代の人なんだろう?確実に未来の人だよなぁ……あのメカ。

「……ちょっと俺私拙者僕たちじゃ火力不足なのだよ……一度退くのだよ。」

「負けを認めろと!?いやですわそんなの!」

アザゼルの協力者……金髪の女の子は両手に持った拳銃に弾を装填し、敵に向かって走る。

「負けず嫌いなのだよ……」

いい加減助けてあげないとやばいかな……そう思ってアザゼルが下に降りようとしたその時、空を飛んでいる敵の動きが止まる。耳に手をあてて何やらしゃべっている。通信機でもついているのだろうか?

しばらくすると敵はこちらをちらりと見た後、向きを変えてアザゼルたちとは反対の方へすごい速さで飛んでった。

「あれあれ?敵が退いたのだよ。」

「恐れをなしたわけではないでしょうから……何かしらの予期せぬ事態でも起きたのでしょう……」

金髪の女の子は悔しそうに顔を歪めている。勝ち逃げされたとでも思っているのだろう。

「追うわよ!アザゼル!」

「えー。」

「えー、じゃありませんわ!負けっぱなしは癪にさわりますの!あいつの逃げた先を突き止めなさい!」

「えー。」

メンドクサイなぁ……



 翌日(寝た時既に翌日ではあったが)、起きると翼が私の布団の中で足と頭の位置を寝た時と逆にして寝ていた。つまりは私の目の前に翼の足があったわけだ。

「……すごい寝相だな。」

しぃちゃんは……寝た時と同じ位置に同じ姿勢で寝ていた。

「……すごい寝相だな。」

私は二人を起こさないように部屋から出て洗面所を探す。この家は広いからどこに何があるのかさっぱり見当もつかない。

「……ここは……物置きか。こっちは……ああ、お風呂か。」

うろうろしていると近くの部屋から声が聞こえる。

「鉛筆よ、浮け!……ドアよ、開け!……手から電流流れろ!」

しぃちゃんの弟さんの声だ。……ゴッドヘルパーであることを信じていろいろ試しているらしい。

「ルーマニアは違うって言ってたんだがなぁ……これは言うべきなのかな……」

というか……電流はともかく鉛筆を浮かしたりドアを開けたりするのは一体何のゴッドヘルパーなんだ?弟さんは何か勘違いをしていないか?

またしばらく歩くといい匂いがしてきた。キッチンが近いのかな?

うん?この匂いは……少なくとも朝に嗅いだことはないなぁ。

「こっちから匂ってくるな……」

とんとんとんとん。包丁の音が聞こえてくる。こっそり覗くとしぃちゃんのおじいさんが朝ごはんを作っている。まな板の上にのっている食材は……マッシュルームだった。

「う~ん、よく煮込めておる。」

いい匂いの正体はハヤシライスだった。朝からハヤシライスって……まぁピザじゃなくてよかったが。

「おぅ?何じゃ、どうした?」

おじいさんが私に気付いて笑いかける。

「いえ……洗面所はどこですか?」

「?お前さんが寝とった部屋から出て左に行ってすぐのとこにあるんじゃが……」

残念、私は右へ進んでいた。


朝カレーならぬ朝ハヤシを食べ、私たちは縁側でしばらく話す。

「とりあえず……三日後だっけ?その顔合わせで今後のことも決まりそうだな。」

「あんま期待しない方がいいわよ?たぶんこの地域じゃ……晴香が最強だろうから。」

「……喜ぶべきなのか?」

「あんま喜ぶべきじゃないわね。ほら、基本的に同じ地域の中じゃ助け合うからさ……やばい敵がきたら強い奴が呼ばれるのが当然だし。実際晴香が《光》と戦ってる間はあたし、あっちこっち駆けまわったもんよ。」

「しぃちゃんにも天使が来てこの地域担当になればだいぶ楽になるんじゃないか?……というかルーマニアの協力者二人目ってことでいいと思うんだが。」

「ほう!そうなると晴香と共に戦うこととなるのだな!うん、わたしもそれがいい。」

「あたしもできるならルーマニアの協力者ってことになりたい……あいつうっとうしいのよねぇ……」

カキクケコさんは相当嫌われているらしい。

「戦力の集中はあんま好ましくねーがな。」

突然の声に驚いて声のした方を見た。気付くとルーマニアが庭に立っていた。

「鎧の件だがな、オレ様の協力者ってことになった。いやな理由だが。」

「なんの前ぶれもなく現れるなよ……それは良かったけど……いやな理由って?」

「天誅切り裂き魔としての活躍を考慮して……要は悪い方向、敵にまわらないように友達の雨上に監視させるんだと。」

「いやな理由だな。」

「それと雨上の……第三段階だが……報告したらだいぶびっくりしてな。情報を上の方にまわすだの、会議を開くだの……すぐには何も起きなさそうだ。」

上の連中はこれだから……とぼやきながらルーマニアは肩をすくめる。

「まぁ……今のとこ何の事件も起きてないし、三日後まで待機だな。折角《変》がいるわけだし、お前ら三人、互いにできることを教えて知ってもらっとけよ。んじゃな。」

……ホントに必要な報告だけしてルーマニアは姿を消した。なかなか忙しいんだな……今度ねぎらってやろう。



 その後、翼は遊びに行こうと言ったが私としぃちゃんが微妙に疲れが抜けないのでもう一日はゆっくりしたいと言い、それじゃ仕方ないという感じで解散となった。

私はとりあえず家に向かって歩く。(今度は迷わないように地図を描いてもらった。)なんだか家に帰るのが久しぶりに思えるから不思議である。

「スローンを作らないと……あぁ、音切さんに連絡を入れよう。」

考えながら歩いているといろいろとやることが出てきた。まぁ……のんびりやるとしようかな。

「雨上!」

ふと後ろから声がした。振り向くと……ジョギングをしてるのか、ジャージを着ていい汗を流す先輩……相楽 光一がいた。

「先輩……何してるんですか?」

ルーマニアによって消されて記憶はゴッドヘルパーに関することのみ。だから私と知り合ったことは覚えているのだ。

「う~ん……気分転換かな。」

「ああ……受験勉強のですか。」

「受験?ああ……ぼくは受験しないんだ。」

驚愕の事実である。先輩は二年生だったからこの休みがあければ三年生……大学受験をするものだとばかり思っていた。

「え……じゃあ……働くんですか?」

「それも少し違うな。ぼくは……研究者になるんだよ。とある研究室から誘われてね、そこは光学の最先端をゆくとこなんだ……」

先輩はこと光に関しては大学生以上の知識を持っている……なんてことをそういえば翼が言っていたな。まさかそんな研究所からお声がかかる程とは……やはりすごい人である。


 ルーマニアが言っていたことだが……普通、呪いを受けて本来の性格とか、ものの考え方を捻じ曲げられて強制的に攻撃的にさせられたゴッドヘルパーは単純な攻撃しかできないものらしい。イメージする力がガタ落ちなのだとか。

また、知識を使おうとはしない……というか使えないらしい。基本的に冷静にものを考えられる状態ではないからだそうだが……先輩は違った。イメージによって生み出した光の球体を飛ばしつつ、屈折やらなんやらを操ってとても高度なことをしていた。つまりそれだけ……光に関しての知識や考えが当たり前なのだろう……知っているだけではなく、きちんと理解しているわけだ。


「先輩は何をしたいんですか?その研究所で。」

「あはは……何をしたいんだろうね……今のとここれといった目的がないんだ。光についてもっともっと知りたい……その一心なんだけどそれじゃ研究者とは言えない気がするんだ。光で何がしたいのか……目標なしに新しい発見はありえないから。この高校最後の一年でそれを見つけたいと思ってるよ。」

……こう考えるのはなんだかおかしい気がするが……先輩が普通に自覚してゴッドヘルパーの力を使っていたら……どれほど強力な力を操ったのだろう。それこそ……第三段階とやらになるんじゃないか?……………いや……何を考えてるんだ私は。それは先輩の意思に反する……きっと何もしないにちがいない。

「おっと……そろそろ行くよ、ちょっと用事があってね。」

「……その格好で行くんですか。」

ジャージで行く用事って……?

「まさか。一度家に帰って……友達に勉強を教えにいくんだよ。」

「……物理ですか?」

「うん。光の屈折とかニュートンリングらへんを。」

先輩以上の先生はそうはいまい。

「それじゃ。」

先輩はタッタッタッと走って行く。走る……か。

「先輩なら光速で走れそうだ……」


 家につくとお母さんがなにやらあたふたしながら迎えてくれた。

「ああ!お帰り、晴香!」

「……どうしたの?」

「商店街のね!福引がね!当たったのよ!」

文節で区切りながらお母さんは言う。私はね、お母さんにね、尋ねたね。

「何が?」

「チケット!」

「何の?」

「音切様のライブのチケット!」

「……様……?」

なんということか、私のお母さんは音切さんのファンだったらしい。

「晴香は……ま、こういうのには興味ないわよねー。二枚あるから……お父さんと行こうかしら。」

無論、今お母さんが言ったお父さんとはお母さんにとってのお父さんではなく私にとってのお父さんだ。夫婦仲が良いのはいいことだ。是非楽しんできてもらいたい。私はCDで十分だ。

ピロリロピロリロ~♪

「!」

私の携帯が鳴る。はて、この音楽の時は誰だったかな?あまり聞き慣れない音楽に首をかしげながら画面を見る。

「うわさをすれば……だな。」

音切さんからである。めったに電話はかけてこないのだが……どうしたんだろうか?

「はい、雨上です。」

私は自分の部屋に向かいながら電話に出る。お母さんの前で「音切さん」なんて言ったら何を聞かれるか……別に隠しているわけではないがいろいろと面倒だ。

『雨上くん……突然すまない。』

「いえいえ。どうしたんですか?」

『助けて欲しいんだ……』

「はい……はい?」

『雨上くんは……《ヘクトべルゼルガ》を知っているか?』

「えぇ……最近ちょっとした話題になってますね。」

『その話題を作ったのは俺なんだ……・』

一瞬音切さんが何を言っているのかわからなかったが、すぐに話がつながる。

「えぇっ!?じゃ……じゃあ五百……うん万で《ヘクトべルゼルガ》を買った人が……」

『俺……だ。何かカッコイイプラモデルはないかなとネットオークションを覗いていたら……ちょうど《ヘクトべルゼルガ》が出てて……このシリーズは知らないんだけど……一目惚れしてしまってな……気づいたら五百五十万で落札してたんだ。』

これが一般人の発言ならだいぶ大変な状況だが……幸い音切さんは売れてる歌手さんだ。お金の心配は……ないだろう。とすると何が問題なのだろうか。

『それで……昨日届いたんだ。見たことも無い大きさの箱にワクワクして作りだしたまでは良かったんだが……途中で止まってしまったんだ。これ、今の俺には難しすぎる。それで雨上くんの力を借りようと思ってな……』

「なるほど……まぁ手伝うのは……私も《ヘクトべルゼルガ》には興味があるので全然構わないんですよ。」

『そうか!良かった!それでな、電話やメールだと大変だから……雨上くん、家に来てくれないか?』

「いいですよ。」

……あれ?今軽くOKしたけど……これって実はすごいこと……?

『よし!それじゃあ……明日は空いてるか?ちょうど仕事がない日でね。』

「わかりました……家は……どこですか?」

『あー……いや、迎えにいくよ。あの喫茶店……《エクスカリバー》で会おう。時間は……』

「え、いや、ちょっと待って下さい。あんな目立つとこで大丈夫なんですか?その……いろいろと。」

『抜かりはない!お昼頃で大丈夫か?』

「ええ……まぁ……はい。」

『うむ、では明日な!』

……おかしいな、戦いは終わったっていうのに……なんかとんでもないことになってないか?


 その日は《スローン》をいじって終わった。やはり疲れているらしく、その夜はすぐに眠りに落ち……私は夢をみた。

真っ青な空の中、私は雲の上に寝っ転がっている。隣には長い髪を風にゆらす白い服をきた女の人が座っている。私は彼女と親しげに話す。見たことも無い人なのだが……古くからの友人のように……笑い合う。なんだろう……この人の雰囲気……あたたかさ、どこかで……。


 オレ様は確信した。……明日はきっと世界の終りだ。なぜって?それはだな……

「う~……疲れたのだよ。」

自室でいろいろとやっていたオレ様のところにアザゼルがやってきて床に転がっているのだ。傍から見るとただの怠け者のアザゼルだが、やるときはやる奴……ではあるのだが……面倒くさがり屋であることには変わりない。そのアザゼルが「いや~、今日の仕事は疲れたのだよ。」と言ったのだ。こいつが疲れるまで仕事をしたとこなんて見たことない。

「アザゼル……何があったんだよ……お前がそんなになるまで仕事するなんてよ。」

「……ルーマニアくん、協力者の選択は慎重にしないといけないのだよ……」

「知ってるわ。お前……一体どんな奴を……?」

「それは言えないのだよ……それが約束なのだよ……ただ……」

「ただ?」

「かわいいのだよ。」

「……そうかよ……」

「それより……聞いたのだよ?ルーマニアくんの協力者……《天候》が第三段階になったって。」

「ああ……おかげで上の連中にいろいろ訊かれたよ。この先めんどくさそうだ。」

「……相手にとっては相当な脅威なのだよ……」

「まぁな。……お前の協力者は何の《常識》を?それぐらい教えろよ。」

「う~ん……んじゃあヒントだけ。俺私拙者僕の協力者は二丁拳銃を使うのだよ。」

「拳銃!?んだよそれ……」

「ふっふっふ……想像するのだよ、考えるのだよ~~にょほほほ。」

そんな感じでだべっているとノックもなしに扉が勢いよく開いた。

「ルーマニア!いる!?」

マキナだ。めずらしく何も持ってない。オレ様の部屋にこいつが来るなんて何かの報告をしに来るくらいのもんだから、なんとなく「マキナはいつも資料を持っている」というイメージがある。

「なんだよ……」

「聞いたわよ!?第三段」

「あらあらあらあらあれあれあれあれ!なんと!マキナちゃんはルーマニアくんの部屋に通っちゃうほどに急接近!?おおぅ、これは失礼したのだよ。お邪魔虫は退散するのだよ。」

そそくさと部屋を出て行こうとするアザゼルの髪をオレ様とマキナが掴む。アザゼルはバランスを崩してうしろから倒れた。

「痛いのだよ……何をするのだよ。」

「「……」」

オレ様とマキナは黙ってアザゼルを睨む。

「もー……わかったのだよ……まったく、照れ屋さんなのだよ……」

ぶつぶつ言いながらアザゼルはさっきまで寝っ転がっていたとこに再び寝っ転がった。

「……第三段階……とんでもない奴を協力者にしたわね。」

マキナがだいぶ真剣な表情で言う。過去の記録とかを知っているマキナがそう言うのだから相当大変……というかすごい状況なのだ。

「確かに……な。おかげでいろいろと面倒……」

その時、オレ様はひらめいた。

恐らく調査のためとか言って誰かが雨上を調べることになるだろう……オレ様はその「誰か」が誰になるかを一番心配している。ただの研究対象としか見ないような奴はご免こうむりたいわけだ。その「誰か」……マキナがいいんじゃねーか?と思ったわけだ。

マキナは多くの知識をもっている……調査する者としては問題あるまい。それにオレ様の知り合いとなれば雨上の不安も減るだろう。

「マキナ……頼みがあるんだが。」

「……なによ。」

「お前が……雨上を調べる係になってくれねーか?どーせ誰かに調べられるんだろう?だったらオレ様はお前がいい。」

「な……・」

マキナは少し顔を赤くして一歩退く。……そんなにびっくりすることか?

「ま……まぁ……確かに、誰を行かせるねぇって上の連中が言ってたけど……」

「やっぱりな。それに志願してくれねーか?」

「なんとなく理由はわかるけど……志願しても確実になれるわけじゃないわよ?」

「オレ様からも言えばいいだろう。マキナがいいってな。」

「……!わ……わかったわよ!か……覚悟しなさい!」

バタン。扉を閉めてマキナは出て行った。……オレ様は何を覚悟すればいいんだ?

「おおぅ、恐ろしい恐ろしい。きっとマキナちゃんはその係になったあかつきにはものすごい「お礼」を要求するつもりなのだよ。「マキナ、油田が欲しいな~」とか言われたらどうするのだよ、ルーマニアくん。」

「何でマキナが油田を欲しがるんだよ……」

「これから寒くなるからねぇ……必要なのだよ。」

「どんなストーブを使うつもりなんだよ!つーか寒くなんねーよ!」

天界は常に一定の気候なので春夏秋冬は存在しない。

「……実はマキナちゃんは石油で動くロボットなのだよ。」

「原油で動くのか?」

「ハイオク?」

「ガソリンかよ……」

マキナはエンジンで動くロボットらしい。


 朝起き、私は時計を見て少しびっくりした。

「……ずいぶん疲れてたんだな……」

いつもより遅い朝ごはんを食べる。今日は……音切さんの家に……行くんだよな。きっと世間一般では「音切=歌手」なのだろうが私にとっては「音切さん=プラモデル仲間(歌手)」なのであんまり……その、「やばい!」っていう感じがしない。

 朝食の後、なんとなく私は音切さんのことを調べた。名字で検索をかけるだけでいろんなサイトが出てくる。「雨上」で調べてもよくわからないサイトのオーナーしか出てこないしなぁ……

「中学二年から路上ライブを始め……一か月後にはデビュー!?すごいな。えぇっと、歌の世界において、ときたま現れる……本当に「心に響く」歌を歌う人物。うん……確かに。音切さんの歌は心にすっとしみ込むんだよな……ん?これは……」

音切勇也の武勇伝……?なんだこれ……

「たまたま通りかかった火事現場において、中にまだ人がいると聞くや否や、水をかぶって燃え盛る建物に入り……見事逃げ遅れた人を救出した……これはすごい。ひったくり犯を捕まえる、強盗に勇敢に立ち向かう。なんだかすごいな……ってさっきからすごいしか言ってないや。」

音切勇也……正義の味方みたいな人だな……しぃちゃんと話が合いそうだ。


 十二時ちょっと前、私は《エクスカリバー》の前にいた。

お昼時…無論、人は大勢いる。こんなとこに音切さんが来たら大騒ぎになるなぁ。

「失礼、雨上さんですか?」

突然、見知らぬ女性に声をかけられる。ラフな格好をしているのだが、ビシッとした雰囲気の女性である。チェインさんみたいな感じだ。

「勇也の頼みで来ました。こっちへどうぞ。」

「勇也」……?ああ、音切さんか。

名前で呼び捨てることを少し不思議に思いながら、私はその女性に連れられ、《エクスカリバー》から少し離れた路上に止まる車の所に来た。どこにでもあるような普通の車である。

「乗って下さい。」

「はぁ……」

私はすすすっと女性が開けてくれたドアから中へ入る。

「やっ。」

中には音切さんがいた。

「抜かりはないって……こういうことですか。」

「ああ。紹介しよう、彼女は……俺の姉だ。」

「えっ!?お姉さん!?」

てっきりマネージャーか何かと思っていた……

「本来なら車で《エクスカリバー》の近くに行ってケータイに連絡を入れて、という感じの作戦だったんだがな……」

「勇也が友達を呼ぶとか言うから……どんな人か聞いたら「女子高生」って言うもんだから。何か変なことをしてるんじゃないかと思っちゃってね。」

お姉さんはふふふと笑って運転席に座る。

……そうか、そういえば私は女子高生か。一体お姉さんは何を想像したんだ?

シートベルトを私たちがしめたことを確認し、お姉さんは車を出す。お店やデパートとかが並ぶ街中を抜け、住宅街に入る。巷では「高級住宅地」と呼ばれる所だ。クリスマスになると各家が競うようにライトアップするので時々それを見に来る。それぐらいでしかこない所だ。

「さっきの話からすると……音切さんはお姉さんと暮らしてるんですか。」

「そういうことだ。ちょっと大きな家を買ってしまってな、一人で住むのはさみしいから。」

ちょっと大きいTシャツ買っちゃったみたいなノリで言われてしまった。

「実際は勇也が仕事で帰らないことが多いから……家の管理をさせられてる感じよ。」

「はっはっは!姉さんにはお世話になってるよ。」

仲がいい姉弟だ……何て思ってると車が止まった。別に信号は見当たらないのだが……

「到着よ。」

「近いですね……」

軽くツッコミながら外に出る。そこには確かに、大きな家が建っている。表札には「音切」の文字。(どうでもいいが本名なんだなぁ)

音切さんの後について家へと入る。玄関には大きなクマのぬいぐるみがいた。おそらくお姉さんの趣味だろう……と思いながらふとクマの横を見るとそこには大きな船のプラモデルが置いてあった。

「ふふふ、アンバランスな光景でしょ?勇也はプラモデル、私はぬいぐるみが趣味だからね……家の中はなかなかおもしろいことになってるわよ。」

リビングに入ってお姉さんの言葉を理解する。テレビの横ではロボットとうさぎが握手をし、天井からはムササビと戦闘機が釣り糸が何かでつられて鬼ごっこし、壁にはカッコイイポスターとかわいい絵が並んでいる。……互いに趣味を自分の部屋から出し過ぎじゃないか?

「雨上くん、こっちだ。」

案内され、音切さんの部屋に入る。男の人の部屋というのは初めて……なのだが特に「男性っぽい」と感じるものはない。特筆すべき点は……広い部屋をたくさんのプラモデルが闊歩していることか。悪く言えば……プラモデルが散らかっている。だが無造作に置かれているわけではなく……一つのジオラマのようになっている。そうしたくなる気持ちがわかるのがなんだかおもしろい。

「悪いな、少々散らかっている。」

「音切さん……ここ本当に歌手の部屋ですか?」

皮肉っぽく言うと音切さんはあっはっはと笑う。

「歌詞やメロディーを考える部屋は別にあるんだ。さて、これが噂の品物だ!」

そういって音切さんは大きな箱を床に置いた。

「《ヘクトべルゼルガ》……!」

私は少し……いや、だいぶ興奮してそう呟いた。箱に描かれている《ヘクトべルゼルガ》のカッコよさときたら……!音切さんが私の反応を見てふふっと笑い、箱を開ける。箱の中にはものすごい数のパーツが入っている。これは……作りがいのある……!

「これが説明書。見てくれ、この分厚さ!」

「教科書みたいな厚さですね……今どの辺ですか?」

「今はこの辺でな……ここからここへのプロセスがな……」

それから、私と音切さんはあーだこーだ言い合いながらパーツを切り取り、くっ付けては外し、色の相談をし、改造するならここだ!みたいな会話を延々と繰り広げた。

お姉さんが部屋に入ってきて時間を知らせてくれたときにはもう外は暗くなっていた。お姉さんが夕食を私の分まで用意してくれたので私は例によって例のごとく、お母さんに連絡を入れ、夕食をごちそうになった。


 「雨上くん。」

夕食の後、お姉さんがお皿等を片付けているのを見て手伝おうとした私を、音切さんが呼びとめる。

「ちょっといいかな。」

音切さんにつれられて入った部屋は……おそらく、さっき音切さんが言っていた歌詞とかメロディーを考える部屋だ。部屋の真ん中にテーブルがあり、音切さんは横のソファに座る。とりあえず私は音切さんの正面に座った。

「今日はな……《ヘクトべルゼルガ》の件と……もうひとつ用があったんだ。実際……昨日の今日という急な運びで呼んだのはこっちの件が急を要するからなんだ。」

音切さんが真剣な顔をするので私は真正面から音切さんを見た。

「この前は……すまなかった。」

音切さんが突然頭を下げてきた。

「……はい?」

「俺があいつを逃がしていなければ……君はあんなきつい戦いをせずにすんだんだ。君の力なら問題はないと思っていたんだが甘かった。」

その瞬間、私の中に衝撃が走った。「戦い」……今、「戦い」と言ったのか?

「おそらく……いや、確実に俺の力なら……あいつの《硬さ》に難なく対抗できた。」

「音切さん……?」


「俺はゴッドヘルパーだ、雨上くん。」


……最近はゴッドヘルパー関連で驚いてばかりの気がする。おかげで少し冷静になれた。

「……そう……ですか……」

「ああ。」

しばらくの沈黙の後、私はふぅっと息を吐き、音切さんを見る。

「なんだか……最近こんなんばっかりですね。」

「あっはっは!そうか、悪いな。」

「それで……音切さんは何の」

ゴッドヘルパーなんですか?と言おうとしたのだが……いや、言ったのだが……「ゴッドヘルパーなんですか?」の部分が私には聞こえなかった。

「こういう力さ。俺は《音》のゴッドヘルパーだ。音の大小、強弱……言いかえれば音という振動の周波数、振幅なんかをコントロールできる。そして……」

そこで音切さんの顔が少し曇る。罪を告白するかのような顔だ……

「俺が悲しい歌を歌えば……ほぼ自動的にシステムが俺のイメージを音に乗せ……聞いている人を悲しくさせる。楽しい歌も、喜びの歌も然りさ。ふふ……卑怯だよな。」

……なんとなく、今の音切さんの気持ちが理解できた。《音》のゴッドヘルパーの力を初めから知っているのならこんな顔はしない。つまり……純粋に歌を歌い、それがみんなに認められたと……自分の歌が伝わったと思って喜んでいたのに、それが特別な力のおかげと知り……罪を感じているのだ。しかし、私はそんな音切さんの気持ちがわかると同時にそうじゃないと思った。

「逆に考えてみるのは……どうでしょうか。」

「……?」

「神様が歌のすばらしさを人間に伝えるために音切さんをこっちによこしたんですよ。つまり……そういう力をもっているのに歌を歌わないのが逆に罪……みたいな……あ、すみません、知った風な口を……」

音切さんが少し驚いた顔になり、ふっと息をつく。

「……ありがとう。」

良かった、音切さんは笑っている。

「えぇっとな……本題はこっからでな。結論から言うと……雨上くん、俺を君のチームに入れてくれないか?」

「…………はい?」

「今、世界で何が起きているかは知ってる。俺もこの事態の収拾に尽力したいと思っているんだが……その……天使って奴が俺の元には来ないんだ。」

まぁ……天使からすれば、あんまり人間の世界で知名度が高い人を協力者にはしたくないんだろう……いざって時に動けないかもしれないし……いろいろと面倒なことになる。

「だから協力しようにも情報が来ないんだ……手に入れる手段はあるにはあるんだが……割高だから。」

「?情報を持っている人がいるんですか?」

「ああ……知らないのか。天使も時々力を借りるって話だが。だれかの協力者にはならずにただ情報を売るだけ……《情報屋》と呼ばれる男がいるんだ。今回に限った話ではなく、随分昔からいる知る人ぞ知る有能な情報屋。」

「ゴッドヘルパーですか……?」

「ああ。確か……《記憶》のゴッドヘルパーだ。人間の脳ってのは実はすごい容量を持っていて、生まれてから今までの全ての記憶が一応あるんだと。ただ俺達はそれを思い出せないだけ。その本人でさえ思い出せないような記憶をそいつは覗けるんだとよ。一人の人間が生まれてから今までに見てきたものの全てを知ることができるんだ……たくさんの人の記憶を覗けば……わからないことなんてないだろう。」

なるほど……おそらくチェインさんの言ってた《情報屋》もこの《記憶》のゴッドヘルパーのことなのだろう。……天使御用達って……ルーマニアも知ってるのか?

「それで……その《情報屋》から近く、大きな戦いがあるってことを知って……それに雨上くんが参戦するって聞いてな、力になれるかもって行ったんだが……あまりに激しい戦いで……はずかしいことにビビってしまったんだ……それで眺めていたんだが、君の仲間は天使と剣士だったろ?そこで俺は一人の天使につき一人の協力者じゃないんだってことを知って……是非君の仲間となりたいと……」

「うん?私がゴッドヘルパーだってことはいつ知ったんですか?」

「《情報屋》がこの関東にすごいゴッドヘルパーが現れたって聞いてね、そこで名前を聞いたんだ。君に出会ってから少し経った頃だね。」

「ホントに何でも知ってるんですね……」

「ああ……それで、仲間の件はどうだろうか?」

「ルーマニアが……あ、私が協力している天使ですけど、あんまり一つのとこに戦力を集中させるのはいたただけないと言ってましたけど……わかりました、聞いてみますね。」

「おおぅ、ありがとうな!」



 約束の日、要は「三日後」、私の部屋の窓にルーマニアがいつものように現れた。

「よう。さっそく行くぞ。この地域担当の顔合わせに。」

「……ちょっと話があるんだが。」

私とルーマニアはてこてこ歩きながら話す。目的地は……まぁ、少なくとも天使と人間を合わせて十人以上が入るような大きなとこだろう。まさかその辺の空き地で集まりは……・するかもしれないな。(あれ?)

「《音》か……それはまた強力な。さすがにオレ様のとこに三人は集まりすぎだからな……上に聞いてみるとしよう。しっかし……あの喫茶店で会った歌手がゴッドヘルパーだとは。お前が近くにいるとホントにわかんねーな。」

「今日の集まりにも呼んだ方がいいのか?一応時間が空くなら準備ぐらいはしておいて下さいと頼んでおいたけど。」

「そうだな……来れるなら。今日集まるのはここだ。」

ルーマニアがちらしみたいなものをよこす。

「…………飲み屋?」


 途中、しぃちゃんととカキクケコさんと合流し、飲み屋(居酒屋?)に向かう。なんでもゴッドヘルパーの一人が用意したとか。チェーン店らしく、なかなか大きい。まぁ……団体用の部屋とかもありそうだからここにした理由はわからんでもない。

「……《山本さま御一行》か。山本さんていう人が用意したのかな。」

「そういやさ、あたしたちは高校生だけど……フツーに大人の可能性もあんのよね?」

「そうか……だから飲み屋なのかもしれんな。何だか緊張してきたぞ。秘密の会議かぁ……」

一瞬憧れるような顔になったが「秘密の会議」ってどっちかというと悪者のすることということに気付いてしぃちゃんが表情を曇らせた。

「ここだな。」

ルーマニアが引き戸を開く。

広い部屋である。宴会用の部屋だろうか。真ん中に長いテーブルがあり、座布団がまわりに並んでいる。すでに何人か座っている。

見たところ……天使とその協力者が隣同士に座っているようだ。(天使はどことなく人間離れした雰囲気なので良くわかる。)

私とルーマニアはともかくとしてしぃちゃんはどうやって座るのがいいのか考えていると翼の隣に座ろうとしたカキクケコさんが鋭いボディーブローを喰らって悲しい顔で翼の後ろに立たされたのでしぃちゃんは翼の隣に座った。

数分後、しぃちゃんを含めた十五人がそろった。それぞれ飲み物を頼み、全部がそろったところでなかなか渋い顔をした男性がすっと立ち上がって司会をする。

「えぇ~……この度はお忙しいなか……いや、このあいさつは変かな?」

おそらくこの人が山本さんだ。

「とりあえず……自己紹介から始めますか。」

「すまん!遅れた!」

ものすごい勢いで引き戸が開いた。あまりにすごい勢いだったので折角開いた引き戸は跳ね返って再び閉まった。しばしの沈黙のあとゆっくりと引き戸が開いた。

「遅れた……」

「音切さん。来てくれてありがとうです。」

私は軽く手を振りながら言った。音切さんは中の様子をざっとみて座るとこがないことを判断し、カキクケコさんを見習って(?)私の後ろの壁によりかかる。

「……」

沈黙。

「ちょちょちょちょっ!!!何自然な流れで片付けてんのよ!どういうことよ晴香!」

翼に両肩をつかまれてゆさゆさと揺らされた。

「何で……音切勇也がいるのよ!」

ああ……そういえば音切さんは有名な歌手だった……

「じ……自己紹介の時に説明してもらえば……いいだろう……」

思いがけず現れた有名人にびっくりしつつも、司会の人は頑張る。

「で……では……じ……自己紹介を……はじ、始めます……よ?」

大丈夫か……?

「ま……まず、私から。私は山本 岳。山岳の岳で「たかし」です。えっと……《山》のゴッドヘルパーです。」

《山》とな。なんだかすごそうだ。すると山本さんの隣に座っていた……天使も立ち上がる。

「そしてこの俺がこいつの相棒、天使のジオだ。よろしく頼む。」

これまた渋い天使さんだ。山本さんとジオさん……なんか賞金稼ぎとかしてそうだ。きっと凄腕だ。(よくわからんイメージだが……)

「軽く……出来ることも教えておいた方がいいかな。私はその辺の山を……そうですね、火山とかにできます。」

軽くすごいこと言ったな!

「噴火させることもできますが……私ができるのはそこまでで……噴火後の、マグマとか火山灰とかは私の管轄外になります……半端じゃない被害をまわりに生んでしまうので使えない力ですね。それと……あくまで私は《山》のゴッドヘルパーなので……山のあるとこでしか……というか山の中じゃないとホントに無力です……まいったまいった。」

なるほど……如何に強力なものをコントロール出来ようと、それがその場にないと意味がないわけだ。……一体今までどうやって事件を解決してきたんだろうか……

「それじゃあ……こちらから行きますか。」

山本さんが自己紹介の順番をさっと決め、次の人が立ち上がる。

「オレは力石 十太!力に石で「ちからいし」!十に太郎の太で「じゅうた」だ!」

私と同じぐらいの年齢だろうか、山本さんの後だからすごく若く見える。運動部に入ってそうな元気な人だ。……ルーマニアほどではないが髪がとんがっている。

「オレが操るのは《エネルギー》!《エネルギー》のゴッドヘルパーだ!」

軽くみんながざわめく。私がちらりと翼を見ると、翼はコクンと頷いた。そうか、この人が翼の言っていた役に立つ人という奴だ。

確かに、《エネルギー》はすごい。何よりもその応用性だ。その昔、イギリスの物理学者ジュールにちなんで作られた単位……《ジュール》。これにより、いろんなもの、現象が持つエネルギーは同一のものと見なされ、一つの単位の下に統一された。《エネルギー》を操るということは速度、高さ、熱、電気等、いろいろなものをコントロールするということだ。

「オレの出来ることは……例えば!車が時速百キロで走ってきた時、オレがちょっとふれて運動エネルギーを位置エネルギーに変えると!その車は速度ゼロになって……えぇっと車を一トンとするなら……えぇっと……えぇっと……まぁそれなりの高さに一瞬で移動するのだ!」

計算をあきらめたな。

「ま……オレが全てを支配するわけだからエネルギーの変換効率も自在なんだけどよ!」

つまり……例えば彼……力石さんがカイロと小石を持っていたなら、カイロの熱を運動エネルギーに変換して小石に与え、小石を発射できるわけだ。その変換効率……要は力石さんのイメージ力によってはカイロだけで小石を銃弾並の速さで撃ちだすことも可能になるのだ。

「そして、あーたーしが十太のパートナー、ムームームなの♪」

力石さんの隣に座っていたのは小さい女の子だ。外見は……小学生くらいで、とても可愛らしい声で自己紹介をした。頭についた大きなリボンが目立つ。力石さんと並んで立つと兄妹のようだ。

「ムームーム……この地域にいたのか……」

隣でルーマニアがぼそっと呟いた。ちらっとルーマニアを見てからムームームちゃんを見ると目が合った。ムームームちゃんはとても愛らしい笑顔をくれた。

「次は……ほら、あなたよ。」

次の人の隣に座る……恐らくその人のパートナーの天使が優しく声をかける。もじもじしながら次の人は立ち上がった。

「えっと……その……し、清水 灯です……普通の清水に……街灯の灯で「あかり」です。」

メガネをかけたおとなしそうな女の子……たぶん、中学生ぐらいだろう。髪は短く肩あたりまでだが……なんとなく外見は翼に似ている。性格は真逆だろうが。

「わ……わたしは《明るさ》のゴッドヘルパーです。えぇ……っと……こ、こんな感じのことができます……」

清水さんの小さい声が聞こえなくなると同時に、私の視界は真っ暗になった。

「……!」

何も見えない……完璧な闇だ。《明るさ》と言ってたから……この部屋の明るさを下げたのだろうか?

「えぇっと……たぶん……今みなさんは部屋の中が真っ暗になったと思ってるかもしれませんが……実際は変わって……ないんです。」

視界が戻った。実際は変わってない……?

「えぇっと……そのですね……あのぅ……」

「ごめんなさいね。この子、あんまり人前でしゃべれるのに慣れてなくて。私が説明するわね。」

すっと立った女性は……一言で言うと美人だ。とても美しい……それでいて優しい雰囲気の女性。

「私はセイファ。この子のパートナーよ。今この子がやったのはね、あなた達にとっての「明るい」を「暗い」に変えたの。」

認識の変換か……なら彼女は……例えば暗い空間にいてもその「暗い」を「明るい」に変えて自由に動きまわり、逆に相手の「暗い」を「何も見えない程に暗い」とかに変換して……一方的に攻撃できるのか。実質的な攻撃力というのはないが、援護としてはすごい力だ。

「次はぼくだね。」

青年……という感じ。二十代まっただ中という雰囲気だ。

「ぼくは南部 カズマ。南部って書いて「なんべ」、かずまはカタカナだ。」

柔らかい笑顔を振りまく。セールスマンに見えてきたな。

「ぼくは《数》のゴッドヘルパーだ。例えば……」

南部さんは自分の頼んだ飲み物にささっているストローを取り出した……と思ったら瞬く間にストローは一本から三本になっていた。

「マジックじゃないですよ?ホントに増えたんです。」

使い方によっては強力な力だな……

「カズマの力は……条件さえそろえば最強だと思うわね。」

隣の天使さんが立つ。鋭い目をした厳しそうな女性だ。

「あたしはナガリ。補足するけど、カズマは「数値」という概念もコントロールできるの。だから……ゴッドヘルパーの強さが何らかの方法の下に数値かされたなら……最強となるわね。」

おおぅ、確かに。いろんなものが数値化している今の世界じゃ……最強かもしれない……戦いを除けば。

「次はあたしね。」

翼が立ち上がる。むぅ、何だか緊張してきたぞ。

「あたしは花飾 翼。そのままの漢字よ。そして……あたしは《変》のゴッドヘルパー。変って変身とかの変ね。清水と同じ感じで相手の認識を操る……まぁあたしのこれはどっちかって言うと感情だけど。例えばあたしは……そうね、ここにいる全員に「生きていること」に対して「おかしい」、「変だ」という違和感、感情を与えて……自殺に追い込むことができるわ。」

全員が「えっ……」という顔をする。第一印象最悪だな……

「んで俺が翼のパートナー、カルバリオキクケゴールだ。よろしくぅ!」

絶対一度じゃ覚えられない名前だな……。二人ともクセのあることで。

「うん?……あぁ、わたしか。」

続いてしぃちゃん。やはり立ち上がり方がきれいだ。姿勢がいいんだな。

「わたしは鎧 鉄心。鎧に鉄の心で「あぶみてっしん」だ。そして《金属》のゴッドヘルパーだ!どんな金属もわたしにかかれば業物だ。」

……ちなみに業物とは名刀と同義だが……理解してる人は少ないだろうなぁ……

「ふぅ……私か。」

私は立ち上がる。……こうやって上から眺めると……まったくもって変な集まりだ。

「私は雨上 晴香。雨に上で「あまがみ」、晴れに香りで「はるか」。《天候》のゴッドヘルパーだ。」

言った瞬間、天使の皆さんの目の色が変わった。おそらく……第三段階とやらのことを聞いているのだろう。

「雨を降らせたり、雷落としたり、竜巻起こしたりできます。」

うん、我ながら簡単な説明だ。満足してルーマニアを見る。

「……短いな、おい。」

ルーマニアがめんどくさそうに立ちあがる。

「オレ様はル」

「ルーマニア!」

ルーマニアが名前を言おうとすると……おそらく本名を言おうとした瞬間、ムームームちゃんが大きな声でそう叫んだ。

「ルーマニアでしょ♪あーたーしは知ってるよ?」

「てめっ!オレ様はル」

「ルーマニア!」

「だからル」

「ルーマニア!!」

ムームームちゃんは楽しそうだ。ルーマニアは何かをあきらめた。

「……ルーマニアだ……雨上と鎧のパートナー……だ。」

「んふふ♪ルーマニア♪ルーマニア♪久しぶりだよね?後で遊ぼうねぇ~♪」

知り合いらしい。

「最後はおれだな。」

最後の人は……うん、きっと勉強ができる人だ。そんな感じの印象を受ける。おしゃれなメガネをかけた……女子にモテそうな男性だ。高校生……よりは上か?大学生?

「おれは愛川 透。透明の透で「とおる」だ。」

頭良さそうなんだが……しゃべりかたはなんだか……チャラい?カキクケコさんみたいだ。

「そんで、《視力》のゴッドヘルパーだ!出来ることは……お前にまかせた!」

そう言って隣に座る人にバトンタッチする。

「あぁ?んだよ、まったく。え~っと、オレはランドルト、こいつのパートナーだ。」

「ぷっ!」

思わず笑ってしまった。

「あん?なんだよ。」

「い…いえ……」

ルーマニアみたいなしゃべり方だな。翼としぃちゃんが不思議そうに私を見てくる。どうやらこの場には私しか知っている人間がいないらしい。

「こいつは……まぁ視力を望遠鏡並にしたりできる。相手に触れることができれば相手の視力もコントロールできる。それと……「視力がものすごいと透視ぐらいできるだろ」っつうこいつのイメージのもと、こいつは透視ができる。」

「その通り!おれには透視能力があるのだ!あんたらの服も透視できる!」

そう聞いて翼と清水さんがびくっとする。私としぃちゃんは一拍遅れてびくっとなる。

「ああ、安心しろ。こいつの透視は不完全なんだ。」

ランドルトさんが笑うのをこらえながら言う。どういうことだ?

「こいつな、「女性の服」だけは透視できねーんだ。こいつ自身は見たくてしょうがないんだが……こいつの中にある「道徳的常識」っつうのが変にまじめに働いてな、それだけは透視できないんだぜ?笑えるだろ。」

「そうだ!他の奴のは見えるのに!なんつー生殺し!くっそー!」

本人にとってはだいぶ都合の悪い力となってるんだな。ふむふむ、そういう心の働きかけで出来ることに制限がかかることもあるのだな。

「さて……これで基本的に……終りなんですが……」

山本さんがおずおずと音切さんを見る。私は気をきかせて音切さんに話しかける。

「……音切さん。」

「ん?……ああ、俺か!俺は音切 勇也!」

たぶん……みんな知ってるんだろうなぁ……

「雨上くんの友達だ!」

全員の視線が私に……!

「《音》のゴッドヘルパーだ!今はチーム雨上に入っている!」

「何ですかそれ!」

ツッコンでしまった。よくよく考えたら有名人と仲良くしている私はだいぶ珍しい存在なのだ。あんまり目立つのは嫌なのだが……

「今は相棒となる天使を待っている感じだ。まぁ……仕事もあるから、いつでも力になれるわけではないが……よろしく頼む。ちなみに仕事は歌手だ。」

たぶん……みんな知ってるんだろうなぁ……

「はっはっは、雨上くんが俺のことを知らないと言ってからというもの会う人会う人に確認するようになったんだ。」

「私のせいですか……」

音切さんの紹介が終わり、なんとなくみんなの視線が司会、山本さんに行く。

「ん……では、まぁ?親交を深めるために……乾杯しましょうか。」

山本さんがそう言うのでみんな飲み物を片手に持つ。

「乾杯!」


 やはりというかなんというか、天使組と人間組に自然と分かれて会話が始まった。

「鎧さんって……あれですよね、剣道日本一の。」

力石さんが問いかける。やっぱり有名なのかな?

「そうだが……よく知ってるな。剣道でも何でも、それに対してある程度の興味を持っていないといくら近くにナンバーワンがいても気付かないものなんだが……」

「いやー、オレが通うことになった高校にすごい人がいるって聞いて……それで知ったんです。」

そのセリフに目ざとく反応した翼が言う。

「ということは……あんた、中三?それでうちの高校に?」

「そうですよ……この春から……って、えぇっと花飾さんも同じとこなんですか?」

「あたしと晴香と鎧は同じ高校、同じ学年。ちょうどあんたの一個上になるわね。」

「それはそれは……すごい状況になりますね……」

南部さんが興味深そうに私たちを見る。確かに、このまま行くと一つの高校に《天候》、《金属》、《変》、《エネルギー》というなかなかに強力なゴッドヘルパーが集うことになる。

「いやでも、オレは電車通学になりますから……担当する地区は全然ちがいますよ。」

高校生が四人(春になれば)か。……他のひとはいくつなんだろう?

「南部さんはおいくつなんですか?」

「ん?二十五ですよ。留年してるから……まだ大学生です。」

南部さんがふふふと笑った。あんまり笑いごとじゃないような気がするんだが……

「愛川さんは?」

「おれは二十さ!これから楽しい大人の世界に入って行く年齢だな!留年はしていないから大学二年だ!」

「ふふふ……これからですよ……」

不敵に笑う南部さんであった。

「清水さんは?中学生ですか?」

「えっ……は、はい……二年生です……」

「……山本さんは……?」

「うん?私は三十四だよ。」

「お仕事とかで……忙しいんじゃないですか?」

「私の仕事は暇の多い仕事……というか一定の期間に沢山働くお仕事だよ、はっはっは。」

「そ……そうですか。」

「するてぇと……」

愛川さんが指折り数えながら呟く。

「中学生一人、高校生四人、大学生二人、社会人一人……になるわけだ。力石が高校生になんと。」

「俺を忘れてないか!」

音切さんがぬっと入ってくる。

「そういえば音切さんはおいくつなんですか?」

「というかサイン下さい!」

翼がどっから持ってきたのか、色紙とマジックを音切さんに渡した。

愛:「おれにも!」

力:「オレにもお願いします!大ファンなんです!」

南:「ぼくにもいいですか?」

清:「わ……わたしにも……・」

山:「私にも!」

ああ……やっぱり有名人なんだな……音切さん。

「うーむ。そうなんだよ、これが……俺がデビューしてからの普通の反応なんだけどなぁ……雨上くんは「誰?」って顔してたんだよなぁ……」

さらさらと慣れた手つきでサインを書いていく。そしてふとしぃちゃんを見る。

「……君はいいのかい?」

「うん?わたしはあなたを知らないから。」

「雨上くん二号だと!?」

私が変な意味を持つ代名詞になりつつある……

「というか……晴香、何でこんなに……仲いいのよ。あの音切 勇也と!」

「はっはっは。なかなか他人には理解できない世界を共有できる数少ない人物なのだ、雨上くんは。」

「……趣味が合ったんだよ。」


「ルーマニア♪すごい協力者を見つけたね!」

ムームームがオレ様の背中によじ登ってそう言った。

「運がよかっ……つーかおりろ!重たい!」

「女の子に重たいはひどいよ?」

最終的にオレ様はムームームを肩車する形になった。それを見ていたランドルトがニヤニヤしながら言った。

「お前もずいぶん丸くなったなぁ、おい?ル……ルーマニぶぁははははは!」

今度雨上に雷を落としてもらおう……

「ルーマニアよ、第三段階は……どんな感じだったのだ?」

「あのまじめなで堅いジオまでがオレ様をルーマニアと呼ぶのか!?お前本当にジオか!?」

「ふふ……マキナの命令だからなぁ……仕方ない。」

そのやり取りを見てセイファが笑う。

「でも、ルーマニアの方が親しみ易いではないですか。だれが命名したのです?」

オレ様自身とは死んでも言えん!!

「あ……雨上……オレ様のパートナーだ。」

「へぇ……天界最凶の天使にそんなお茶目な名前をつけるとは……やるじゃない。」

ナガリがシニカルな笑みを浮かべる。くそう、こうなったら!

「カ……カキクケコも結局はこっちでもカキクケコなんだぜ?」

道連れだ、カキクケコ!

「俺は!カルバリオキクケゴール!!」

ル:「だからカキクケコじゃねーか。」

セ:「カキクケコの方が可愛いですよ?」

ム:「カーキクッケコー♪」

ナ:「一度じゃ覚えられないような名前なんて要らないじゃない。(笑)」

ジ:「おもしろいニックネームじゃないか。」

ラ:「アイウエオとかサシスセソとかも探してチーム組めよ。」

「お前らぁぁあああ!」

「それで……第三段階は?」

ジオが再び聞いてくる。

「ジオは……第三段階と戦ったことはないのか?」

「俺が思うに……この面子でそれを経験しているのはお前とムームームだけだろう。」

「そーだね。あーたーしとルーマニアが一番戦闘に駆り出されてたね♪」

ムームーム……こいつはアザゼルと同じような存在。つまりはオレ様の友達なんだが……アザゼルとは違ったやりかたでオレ様の「あの行動」を見ていたから……一度距離が離れた。だが、こいつは離れていた時間なんてものともせずにオレ様に飛びついて来た。こいつの明るさにはだいぶ救われているな……

「第三段階……とりあえず、格が違う。うまく言葉じゃ伝えられないんだが……一度感じればわかる……圧倒的な力ってのを。それを……雨上が発したわけだ。」

「上からの調査もはいるでしょう?あの子には……少し辛い思いをさせてしまうかもしれませんね。」

「手は打ってある。一応な……」



「メリーさん、鴉間と戦ってどうでした?」

「うーん……にゃかにゃかだったにょよ。《空間》であれをされてたらあびゅにゃかったかもしれにゃい。次はあちゃしの対策を考えてくりゅと思うにょ。」

白い、お城のような建物である。その建物の横、庭のように手入れされた空間で五人のゴッドヘルパーは紅茶を飲んでいた。

「ジュテェム、お前、何で鴉間なんぞに腕とばされたんだよ。おりゃならそんなヘマはしねーぜ?」

「ホっちゃんが鴉間に勝てるとは思えませんけど……」

「あぁ!?たかが《空間》だろう?おりゃの力なら関係なしに攻撃できるぜ!」

「な……ホっちゃんは戦ったことがないからそんな大口がたたけるんですよ!まったく、無知というのは愚かですね~。」

そんな二人の睨みあいを笑いながら見ていたチェインが呟く。

「誰が強いとか……そういうのは考えるだけ無駄ってものよ?ゴッドヘルパーは何であれ、この世界の成分の一つを支配するんだから……状況によっては全てが最強になりえるの。」

「ほっほっほ。お主が言うと説得力があるのう。チェイン。」

「リバじい……またアイス食べてるの?」

リバじいが手にしたアイスバーを見てチェインが眉をひそめる。

「もうお歳なんだから……そんなもの食べてるとすーぐにお腹をこわすわよ?」

「わしのお腹はそこまでゆるゆるじゃないわい!」

楽しいひと時。一つの目的の下にそろったゴッドヘルパー。彼らの存在はゴッドヘルパー関連のあらゆる組織から一目置かれている。そう、彼らは強い。


だから……その男はやってきた。


「……?」

メリーさんが空を見上げる。耳に響く高音……ジェット機のような騒音が遠くから聞こえる。そしてその音はだんだんとボリュームをあげる。

「にゃにかしら?」

刹那、一筋の雲が空にかかる。同時に、凄まじい衝撃が彼らのいる庭に届き、机や椅子をひっくり返し、食器を破壊した。

「な!?なんですか!?」

「誰か来たようじゃのう……」

先ほどの衝撃をものともせずに立っているリバじいが呟いた。


「見つけたぜぇぇぇぇぇいっ!」


再び空に細い雲が走る。そしてその雲はまっすぐに庭へとむかい、落下してきた。

ズドォン!

庭の芝生がとび、土が舞う。ジュテェムが重力を操り、バラバラに立っていた他の面々をメリーさんのまわりに集める。突然の重力変化に驚きもせず、彼らは見事に着地してメリーさんを囲むように立ち上がった。

「無粋な輩じゃのう、一体どこの馬鹿じゃ?」

「バカとはひどいんじゃねーかぁ?」

もうもうと立ちこめる土ぼこりの中から男が出てくる。目が隠れるくらいの長さにのびた鮮やかな赤毛。爛々と輝く赤い目。赤や黄色で彩られたアロハシャツ。そして目を引く、背中からはえるウイング、右腕に装着されたキャノン砲。その装備品の色も赤く塗られている。

「これまた……一体どこのアニメから出てきたんだ?てめぇは。」

ホっちゃんがうへぇっという顔をしながら言うと赤い男ははっはっはと笑う。

「んなこといったらお前らはどこの超能力集団だよ。」

赤い男はざっと目の前に立つ五人のゴッドヘルパーを眺める。

「お前らが……《すごいぞ強いぞ頼りになるぞスーパーハイパーアルティメットジャスティスな私たちはみんなの笑顔を守るため悪い奴らをバッタバッタとなぎ倒し平和で愉快な世界を作ろうとがんばる絶対無敵の救世主だぜいぇい》の面々か。」

「「「「覚えたのか!」」」」

「にゃかにゃか見どころがある奴ね。」

四人が盛大にツッコム中、メリーさんは赤い男は褒めながら聞く。

「そりぇで?あにゃたは誰で、ここにはにゃにしに来たにょ?」

「ん~?何人かを戦闘不能に、あわよくば全滅させに来た。」

瞬間、赤い男はすさまじい高重力を受けた。

「うぉ!?」

「やっぱりですか。なら……このまま潰されても文句はありませんね?」

ジュテェムが赤い男を睨む。

「へ……後悔しろ?今お前は俺を潰すべきだった。」

ジュテェムが言葉の意味を理解する前に、地面が大きく揺れる。

「む!?なんじゃ!」

揺れがだんだん大きくなり、次第に地面に亀裂が走る。

「……!リバじい!バリアーをだせ!やばいぞ!」

ホっちゃんが叫ぶと同時に、地面を突き破ってきたのは何本もの光の柱だった。すさまじい高温をまとった……SFの世界でしかお目にかかれない……「ビーム」のようなものが地面の中から放たれたのだ。

放たれた場所は五人のいる位置。仕留めたと赤い男は思った。だが……

「……さすがにそうはいかねーか。」

目の前の光景は赤い男の予想したそれではなかった。一瞬の内に、五人は違う場所に移動していたのだ。まるで……最初っからそこにいたかのような雰囲気で。

「潰れなさい。」

ジュテェムの冷たい言葉の後、赤い男は何十倍にもなった自分の体重に潰され、地面にクレーターを作った。

「ジュテェム……あんなとこで潰すなよ。後片付けがめんど」

ホっちゃんが途中で言葉を切る。ジュテェムが何か信じられないものを見たような顔をしているのだ。

「……?」

ジュテェムの視線の先を見て、ホっちゃんも驚愕した。

「いてて……なるほどねぇ……これが《重力》。」

赤い男はクレーターの中から首を鳴らしながら立ちあがった。

「……人間に耐えられる重さではなかったんですがね。」

「俺の鋼の肉体には余裕の重さだぜ!」

左腕に力こぶを「むん!」と出しながら、赤い男は何事もなかったかのように一歩を踏み出す。

「それじゃあ……これはどうかしら?」

チェインが言うと同時に、まわりに立つ木々の枝が鞭のように伸び、赤い男を縛りつけた。

「ん?てめぇは植物を?」

「少し違うわね。ただ、そこらの木が捕食者として目覚めただけよ。木があなたを食べようとしているだけ。それと……彼らも。」

赤い男の足元におびただしい数の虫が集まってきた。蟻にダンゴ虫にムカデなど。森に住むありとあらゆる虫が赤い男を捕食しようとやってきたのだ。

「あなたは今、この森の中じゃ一番底辺の生物として彼らに認識されているのよ。」

「気持ちわりぃなぁ、おい。ほれ。」

虫にまとわりつかれ、今まさに彼らの牙がその肉体に食い込もうとした時、赤い男の体に目で見てわかるような電流がほとばしった。

虫達は残らず赤い男の体からはがされ、黒焦げとなり、赤い男を縛っていた木の枝には電流のせいで火がつき、木々を燃やした。

「《電気》……かのう?」

リバじいが油断なく構える。

この来訪者は……存外に強いかもしれない。そう思ったのだ。

「リバじい。これ頼む。」

ホっちゃんがリバじいの目の前に変な色をした液体の入ったペットボトルを投げてきた。

「む。」

リバじいがちらっとそのペットボトルに視線を送る。するとペットボトルは突然何かの衝撃を受け、赤い男のいる方へと飛んで行った。

「んあ?」

赤い男が気付くと同時に、ペットボトルが赤い男の眼前で破裂して中の液体が赤い男にかかった。

「んだこれ!?くっさ!……んん?この臭いは……ガソリンか?」

「正解。」

ホっちゃんがニコッと笑うと赤い男の周囲の光景が一瞬歪む。刹那、紅蓮の炎が赤い男を包んだ。火と呼ばれるものの温度は最低でも四百度。それに対して人間の皮膚は七十度の熱を一秒受けるだけで組織が破壊される。故に、炎に包まれた時、人間は耐えられない……はずなのだが。

「あっちぃな。てめぇは……《炎》のゴッドヘルパーなのか?」

赤い男は紅蓮の炎の中、片手でパタパタと顔を煽いでいる。

「ダメダメじゃねーかよ。こんなんで俺を倒そうってか?期待はずれもいいとこだぜ。」

背中からのびているウイングに火を灯し、赤い男はその場で、凄まじい速さでぐるっと一回転した。

炎は一瞬でかき消される。

「次から次へと力の披露、御苦労だな。今度はこっちだぜ?」

瞬間、赤い男の右腕……キャノン砲が何の予備動作もなしにメリーさんたちに向けられ、流れるように砲弾が発射された。


外見的にはとても重たそうなそのキャノン砲を、あり得ない速度で構えるこの赤い男は一体何なのだろうか?単に腕力があるというだけの話ではないだろう。ジュテェムの高重力も、ホっちゃんの炎も効かないその体は……一体何の力に守られているのだろうか?そういえばさっき地面から放たれたビームはこの男の力なのか?もしかしたら仲間が近くにいるのかもしれないなぁ。

「でもまぁ……あちゃしたちも……本気じゃにゃいしね。」

メリーさんがふふんと笑いながら他のメンバーを見る。

「も……もちろんだぜ!その気になりゃああれくらい!なぁ、ジュテェム?」

「そうですねぇ。でも、今までにないタイプの力ですよね、あれは。一体なにをどう応用したらああなるんでしょうね。」

「ふむ、おもしろいのう。ゴッドヘルパーの力は本人のイメージが強ければ強いほどに多彩なことができるからのう。はてさて、あいつは何を操っているのか。」

「みんな楽しそうねぇ……ジュテェムとホっちゃんはともかく、幼いメリーさんと老いたリバじいがそんなに好戦的じゃあ……ねぇ?」

「ふふふ……いいにょいいにょ。たまにはね。しゃて、そろそろ……行くよ?」

「この家ともお別れですか……さびしいですねぇ。」

「また作るさ。」


砲弾は超高速で着弾し、轟音を森の中に響かせ、その場にあるもの全てを破壊した。

読んで下さった方々、ありがとうございました。


このシリーズはこんな感じで進んでいく物語です。

ちなみに、あと三章あります。

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