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今日の天気  作者: RANPO
第五章 ~Revellion&Egotistic~
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Revellion&Egotistic その5

第五章 その4の続きです。

 わたしは……今まで色々なゴッドヘルパーを見てきた。色んな力があったが、大抵が超能力と呼べそうな力ばかりだった故、ゴッドヘルパーは人間の形をとどめていたと思う。

 しかしここに来て、文字通りの……怪物に出会った。

「あはははは。」

 無邪気な子供の笑い声。サリラが腕を前に出すと、その腕がギュンと伸び、さらに先端がいくつにも枝分かれし、その一つ一つが蛇となった。

 クロアもわたしも迫る蛇を撃ち落として切り落とすが受け切れず、数匹の突撃を許してしまう。しかしクロアは防御力に関しては最高と呼べる状態であり、わたしは蛇の体当たりの衝撃を逃がすことができる。加えて毒のある牙をわたしに突きたてようとも、わたしが身にまとっているコスチュームは《金属》で出来ているので不可能だ。

 今の所、二人とも大したダメージは無い。疲労もケガもない。しかしそれだけであって優勢ではない。未だにダメージの一つも与えられていない。加えて――

「……」

 わたしは周りを見渡す。あちこちに……色々な生き物の腕や脚が落ちている。サリラの攻撃を防ぐためにわたしが切り落とした物だ。サリラはどういう訳か斬っても血が出ないので血の海というわけではない。

 切り落とす……生き物の身体を切断する経験なんて今までなかった。わたしの刀は斬る相手の命を奪わない。そういう風に上書きした。だからどんなに全力で振っても、致命傷ではないけど動けない程度の傷になる。身体の一部が切断されるなんていう死に繋がる傷を与えることはなかった。

 だけど、このサリラという敵は切断されても死ぬことがない。だから切断できてしまうのだ。

 今まで何人ものゴッドヘルパーに天誅として刀による切り傷を与えてきた。それだけでも、感触としては楽しいモノではないというのに、いきなり切断だ。正直、気分が悪い。

「鉄心、顔色が悪いけれど、大丈夫かしら?」

「あ、ああ。大丈夫だ。」

 クロアは軽くため息をつく。

「……バカゼルが言った通りね。あの子供と戦えるのはこのアタシと鉄心だけ……」

 そうなのだ。サリラはわたしたちでないと戦えない。なぜならサリラは攻撃を受けて攻撃するのをやめるような敵ではないからだ。《身体》のどこがどうなろうとも前進できる。これはつまり、サリラの攻撃を受けてしまう可能性が極めて高いということだ。例えば晴香が雷を落としてもサリラは止まらない。鴉間が四肢を切断しようと止まらない。自分の身体を強化して防御力を高めることのできる者でないとすぐにやられてしまうのだ。

 だからわたしとクロアなのだ。

「そして確信しましたわ。あの子供にトドメをさせるのは……鉄心ですわ。」

「そう……なのか?」

「このアタシの武器は……ただのロウ家特製最高級銃。この武器ではあの子供は倒せないわ。けれど鉄心、あなたにはヒーローの力があるのでしょう?」

 クロアの言うヒーローの力とは……空想を現実に変える力のことだ。わたしの刀でもただ斬るだけで、サリラは倒せない。しかし正義の力でなら……勝機はある。

「鉄心。あんなデタラメな生き物だから難しいとは思いますわ。けど、少しでもスキを見つけたらすぐさま技を叩きこむのよ!」

「ああ! 正義は必ず勝つ!」

 わたしとクロアは走り出す。

「あは。」

 一瞬でその両脚をチーターか何かの動物のモノに変化させたサリラは文字通り人間離れした速度でわたしたちに迫る。

「そこ!」

 サリラとの距離が一メートルくらいになったあたりで身をかがめ、刀を横にし、そのままサリラの腹部に斬り込む。嫌な感触が手に伝わり、サリラの上半身は下半身を残して宙に舞う。

「くらえですわ!」

 舞い上がったサリラの上半身に銃を撃つクロア。銃弾はサリラの胸や腕、頭を貫く。

「あははは。」

 そのまま落下し、地面で一度はねたサリラの上半身は一瞬で一匹のオオカミに姿を変えた。

「!」

 残っていた下半身の方を見ると、そちらも一瞬で変化して二メートル以上ある……カマキリになった。

「この、獣の分際で!」

 獲物を狩るために迫るオオカミの前足に連続で銃弾を撃ち込むクロア。十発目あたりを撃ったところでオオカミの前足は《身体》からちぎれ、バランスを失ったオオカミはゴロゴロと転がっていった。

 わたしはカマキリの振り下ろす巨大なカマを受け止め、弾き、その首(首と呼んでいいのかわからないが)を切り落とす。頭を落とされたカマキリはふらふらとよろめく。そこにゴロゴロと転がってきたオオカミがぶつかる。すると双方が瞬時にスライムのような液体になり、互いに混ざり合ったと思ったら子供の姿のサリラになった。

「……わたしは夢を見てるんじゃないだろうな……」

「不思議を通り越して気色悪いですわ……」

「不思議?」

 サリラが首を傾げる。

「あー! サーちゃんのお洋服のこと? これはねー。変身したら丸めて《身体》の中にいれておくんだよー。」

「聞いてませんわ! そんな気持ち悪いこと!」

 言いながら銃を撃つクロア。するとその銃弾はサリラの《身体》の表面……皮膚で弾かれた。

「んなっ!?」

「あははは。グルグル巻きのおねーちゃんにクイズだよー。」

 グルグル巻きというのは……クロアの髪型のことだろうか。

「いつも空から鉄砲がバババーンってふってくる場所に住んでる生き物はどうなっちゃうでしょうーか。」

「死に絶えますわ! くだらないことを!」

「ブッブー! 違うよ。答えは鉄砲をくらっても死なないように進化するんだよ。」

「何を言っているのかしら? ありえないわ!」

「ありえるよー。」

 サリラはその外見とは裏腹に、とても……難しいことをしゃべりだした。

「知ってる? 砂漠に住んでるトカゲがいるんだよ。そのトカゲは砂漠の少なーい水を確保するために毛細管現象を起こす皮膚を持っているんだ。あんな水の無い場所に生き物なんているわけないって昔の人は思ってたのにねー?」

「いきなり何を言っているのかしら、このキテレツな生き物は。」

「《身体》に毒を持ってる生き物なんていっぱいいるよねー。電気を出しちゃうのもいるよ? 今じゃいるのは当たり前だよ? でも見つける前はそんなこと考えもしなかったよね。毒を持ってる生き物がいるなんて!」

 サリラの腕がビキビキと音をたて、鋼色になる。

「生き物は進化するんだよ。どんな環境でもね。鉄砲がふってくるならそれをうけてもぜーんぜん痛くない《身体》になるんだよ。数百度の世界なら数百度程度の温度じゃびくともしない《身体》になるんだよ。普通の何十倍も重力があるところなら、それに耐えられるだけの筋力を持った《身体》になるんだよ。生き物は進化するんだよ。」

 鋼色になった腕は次の瞬間トゲだらけの腕に、次にはタコのような軟体に、そして元の腕に戻る。

「何万年って時間がかかるけどねー? できないことはないんだ。サーちゃんはそれを一瞬でやっちゃうんだ。」

 すごいでしょーと言わんばかりのいい笑顔なのだが、わたしたちは笑えない。さっきアザゼル殿が言っていたことが少し理解できてきた。いるかもしれない、いたかもしれない生き物になれるということはつまりこういうことなのだ。

「鉄心、一つ頼んでいいいかしら。」

「なんだ?」

「このアタシの銃を銃剣にしてくれないかしら。」

「銃剣? 鉄砲の先っぽに剣がついているあれか? なぜそんな……」

「悔しい限りですわ。でもこのアタシの銃では効果が薄いの。身体に穴が空いても平然としていられる相手にいくら撃っても決定打にはなりませんわ。このアタシにも切断する力をくれないかしら?」

 わたしが《金属》の形を変えるとそれは必ず刀になってしまうが……クロアの銃の一部分だけを変えればできる……と思う。

「しかしクロア、慣れない武器というのは危険じゃないか?」

「ふふふ。それは承知してますわ。けれど、このアタシは無敵の防御力を持っていて、加えて刀を作るのが鉄心なのだから、慣れる慣れないの問題はありませんわ。」

「?? どういうことだ?」

「やってみればわかりますわ。」

 そう言ってクロアは銃をわたしに渡す。わたしはクロアの銃の銃口の下に二十センチ程の刃をつけた。しかしクロアはわたしにこう言った。

「もっと長くできるかしら? 鉄心の刀のように。」

「できるが……」

 そうして出来あがったのは、おまわりさんが持っているくらいの小さな銃に長さ八十センチ近くある刀がついているというバランスの悪い武器だった。

「すごいですわ。こんなに大きな刀がついているのに重くありませんわ! ついていなかった時と変わらない重さ……」

「だけどクロア……そんな長い刃はそれなりに使い方を知らないと……」

 素人と達人では、同じ刀を使っても切れ味がまるで異なる。それは達人が刀の使い方を知っているからだ。力の入れ方や、斬り込む角度……そういったことを身に付けて初めて斬れるのだ。

「だから、問題ないのですわ。見ていてちょうだい?」

 そう言うとクロアはサリラの方に走り出した。

そういえばわたしが銃剣を作っている間、サリラは何もしてこなかった。何故だろうと思ってサリラに目をやってわたしは驚いた。

なんと、サリラの両腕が刀になっているのだ。鋼ではなく、動物の骨を削って作ったような刀ではあるが、サリラの両腕はそうなっていた。わたしが刀を作るのをマネしたのか……?

「お笑いですわね! 道具を上手に使える生き物は人間だけですわ!」

 バババと銃を撃ちながらサリラに迫るクロア。その銃弾を骨の刀で弾きながらサリラもクロアの方に動く。

 互いの距離が縮まり、近接戦闘の領域。……例えではなく、本当に蛇のように両腕をうねらせ、骨の刀がクロアに迫る。だがその腕はクロアに到達する前に切り落とされた。

「……!」

 わたしはまた驚いた。クロアの動きは正直言って、刃物を振り回す人の動きではない。あんなんでは斬れる物も斬れないという姿勢、構えだった。けれどわたしが作った銃剣はサリラをスパスパと切り刻んでいく。

「あははは。」

 サリラの《身体》は十近い……肉片に分割された。その一つ一つが鋭いくちばしを持った鳥に変わり、クロア目掛けて弾丸のように飛ぶ。

「ふふふ。」

 迫る鳥に対して、クロアは銃を撃ちながらその場でクルクルと回転した。撃ち落とされていく鳥。撃ちもらした鳥は刀に斬られる。そうして全てを倒したクロアはわたしの横に戻ってきた。

「見たかしら? このアタシの舞いを。」

「今のは……クロアの力なのか? こう言うのもなんだけど、なってない動きだったのに……」

「ふふ、だから鉄心の力ですわ。」

「わたしの?」

「ご覧の通り、このアタシは刃物については素人ですわ。この刃がそこらの平凡な刃だったらこのアタシは今のようには舞えなかったわ。けれどこれは鉄心の刀……決して折れず、斬れないモノはない刀。」

「ああ。そういう風にわたしは上書きしているからな。」

「どんな刃物で、どんな素人が振っても、刃先が当たればそれなりに斬れますわ。ただ斬り方を理解して斬った場合とは段違いの結果というだけ。けれどその刃物が何でも斬れるのなら? 角度とか向きが斬るにはまったく向いていない素人の姿勢だったとしても、何でも斬れるのならそんなものは関係ありませんわ。刃先が当たりさえすれば斬れてしまうのだから。」

 ……そうか。なまじわたし自身が刀の心得があるばかりに考えたことなかったが……何でも斬れるということはそういうことなのか。

「これでこのアタシも接近戦ができますわ。」

「……ああ。」

 ……わたしが作った刀を誰かに渡すなんてことは初めてかもしれない。ああいや、リッド……なんとかを倒す時に晴香に刃を縮めて渡したことはあったか。

 あの時は深く考えなかったけど……わたしがした《金属》への上書きというのはわたしの手から離れて、他の人が使っても効果があるらしい。たった今、クロアが証明した。

 なら……わたしの力でクロアの銃そのものをパワーアップできないだろうか? クロアはサリラを倒すのはわたしだと言っている。それは自分の武器が普通の武器だからだろう。実際、あまり効果がない。その普通を普通じゃなくせば……今よりももっと勝機が見出せるかもしれない。

「あははは。すごい斬れ味だね。だけどそれでもサーちゃんの方が強いよー?」

 サリラの《身体》が一瞬にして二メートルはある大きな熊になった。そして爆発的なダッシュでわたしたちに迫る。

「ふふふ! 熊なんて毛皮しか使い道がない畜生のくせに!」

 クロアが走りだし、わたしも走る。わたしたちの手前で熊の腕が二本から六本になった。

「がおー!」

 よけながら一本を切り落とし、サリラから距離をとりながら極細の刀を放ってさらに一本を切り落とす。クロアは避けずに熊にとび蹴りをしながら残った四本を切り落とした。

「単調、単純! このアタシたちがあなたのような子供を倒すのに手間取っていることは悔しいですけど事実ですわ! けれどそっちもそっちですわね。戦い始めてから今まで、このアタシたちに一つも傷を負わせることができていないのをご存知かしら!?」

 豆腐でも斬るように、クロアは熊を縦に真っ二つにし、二つにわかれた《身体》それぞれに容赦なく銃弾を撃ち込む。

 ……これは勿体無いと思う。クロアはこのサリラ同様、自分の負傷を気にすることなく突っ込んでいける力を持っている。けれど攻撃が効かない。

「クロア!」

 わたしはクロアを呼ぶ。軽い身のこなしでわたしの横に来たクロアは不満そうな顔でわたしを見る。

「まったく、あれだけやっているのに効果がないというのも嫌ですわね。おでんに腕押しだったかしら?」

「たぶん、のれんだ。クロア、その銃をもう一度かしてくれないか。」

「?」

 クロアは二丁の銃をわたしに渡す。わたしはそれを手に取り、思いだす。ヒーローの活躍を。


 わたしが刀を使うから、《武者戦隊 サムライジャー》の技ばかりやるのだが……別に戦隊モノには刀を武器にしないヒーローもいる。銃と言えば、《未来警察 デカコップ》だろう。未来に大犯罪を行う連中を過去に行ってやっつけるお話だ。

 彼らの持つ銃、《ジャスティライザー》はとてもかっこいいデザインでクロアの銃とは全然違うし、もちろん銃剣でもない。だけど頑張って上書きする。

『この刀がついた銃は《ジャスティライザー》になる』と!


「鉄心?」

「クロア、次からは銃を撃つ時、こういうポーズをとるんだ!」

 わたしはデカコップが銃を撃つ時のかっこいいポーズをする。クロアは目をパチクリさせながら同じポーズをとる。

「そして撃つ時はファイヤ!」

「ふぁ、ふぁいや? わかりましたわ……?」

「あははは。今度は何を見せてくれるの?」

 バラバラだった熊はもういなくて、そこにはサリラがいるだけだった。クロアは言われた通りにポーズでサリラに狙いをつけた。

「ふっふっふ。何を見せるか? もちろん、正義の力だ!」

「ファイヤ!」

 クロアが叫ぶ。その瞬間、クロアの銃からは銃弾では無く、赤い光線が発射された。一筋の赤い線が空中を走ったかと思うと、サリラのお腹に十センチほどの穴があいた。

「!?」

「な、なんですのこれ!」

「《ジャスティライザーショット》だ! さらにこのポーズだクロア!」

「こ、こうですの?」

「叫べ、《ジャスティスチャージ》!」

「じゃ、ジャスティスチャージ!」

 何かを感じとったのか、サリラはまさに狼男と呼べる姿になり、わたしたちに向かって来る。

「狙いを定め! 《シュート》!」

「シュート!」

 おお……まさにデカコップそのままだった。先ほどとは段違いの強烈な光が放たれ、ボッという音と共に、狼男の上半身は消滅した。

「ビーム兵器! このアタシの銃がビーム兵器になりましたわ!」

 そう言いながら適当な方向に銃を撃つクロア。だがそこで発射されたのは普通の銃弾だった。

「あら?」

「クロア、ポーズだ。あと決め言葉。これはとても大事なことなんだ。」

「……なるほど……これが鉄心の真の力ですのね? その素敵なコスチュームと無敵の刀を作りだした力がこのアタシの銃にも……素晴らしいですわ!」

「今の《ジャスティライザーシュート》ならサリラを一撃で倒せるかもしれない。再生する《身体》を残さなければ確実に――」

 ……殺せる? いや、わたしの上書きである以上、殺すことはできない。チョアンの時のように、自然と一番いい終わり方に持っていけるはずだ!

「あは。」

 いつの間にか子供の姿になっているサリラが満面の笑みを見せた。

「危ないね。そういえば鴉間が言ってたのを思い出したよ?」

 そこでサリラは一瞬で鴉間になった。服までも同じなのはどういう理屈かわからないが……とにかく、サリラは今晴香が戦っている鴉間の姿そのままになった。

「サリラ、あなたは世界最強の生き物っす。でも自然界の生き物には天敵がつきものっす。サリラの場合はチョアンと鎧鉄心っすよ。」

「おお。声まで同じだ……」

「チョアン……っていうのはあの中国人ですわね。ついさっき鉄心が倒したけれど……なぜ鉄心が天敵なのかしら?」

「わかんなーい。鴉間は教えてくれなかったんだよ。戦えばわかるって言ってた。チョアンはサーちゃん相手じゃ絶頂に向かえないって言って戦ってくれなかったし。」

 またもや一瞬で元の子供に戻るサリラ。

『なるほどなのだよ。それは確かかもしれないのだよ。』

 そこで響いたのはアザゼル殿の声だった。そういえばどこにいるのだ?

「バカゼル! どういうことなのかしら!?」

『サリラはまさに最強の生物なのだよ。知能だって人間並み……もしかしたら以上なのだよ。けれどそんなサリラでも……数万年の進化を一瞬で行えるサリラでも、あることだけは一朝一夕で会得できないのだよ。』

 会得できないこと。わたしは何となくそれがわかった。なぜなら、さっきまで戦っていた相手がそれを極めた人物だったからだ。

『それは技術なのだよ。不変の環境に対して行うのが進化だから、常に変わりゆく相手と戦う技術……つまり武術は一瞬では会得できないのだよ。その頂点たるチョアンが天敵というのはわかる話なのだよ。』

「では鉄心はなんなのかしら?」

『クロアちゃん、これは一種のテレパシーなのだよ。口に出さなくてもいいのだよ。ええっとね、もう一つ会得できないモノがあるのだよ。それが文明……文化なのだよ。』

 文化? 家にあがるときに靴を脱ぐとか脱がないとかのことだろうか? 戦いには役に立たなさそうだが……

『英語で言えばカルチャーなのだよ。鎧ちゃんが憧れる正義のヒーローはどこから生まれたのだよ? どうして生まれたのだよ? 答えはそういう文化だからなのだよ。』

 文化……

『子供たちに正しい心を教えたいだとか、きっとそんな理由で始まったのだと思うのだよ。じゃあなんでそんな風に考えたのだよ? それは人間が今まで生きてきた結果なのだよ。長い時間をかけて育った文明が生み出した文化なのだよ。これもサリラには会得できない……いや、理解できないのだよ。もともと人間じゃないみたいなのだよ。そんなサリラが生きているのは文明も文化もない世界、自然界なのだよ。つまり、サリラは究極の野性なのだよ。』

「それでどうして鉄心が天敵になるのかしら?」

『チョアンが武術の頂点なら鎧ちゃんは文化の頂点なのだよ。テレビで活躍する正義のヒーローなんて本当はいないのだよ。けれど、そんな創られた存在であっても、その生き様を胸に刻みつけ、憧れ、そういう風になりたいと望んでいるのだよ。そして、そんなヒーローの力を具現化してしまう鎧ちゃんはまさに、文化の化身なのだよ。人間が生み出した空想を現実に変える力を持つということはそういうことなのだよ。』

「ふぅん。まぁいいですわ。鉄心、あなたが天敵だとかそうでないとかはどうでもいいのですわ。あの子供に勝てるか勝てないかしか、今はないのだから。」

「……ああ。」

 今のアザゼル殿の話……わたし自身の力よりも、むしろサリラという敵を再確認してわたしは少し……恐怖していた。


「あはは。天敵だね。逃げないと食べられちゃうよ。」

「はぁ? 何言っているのかしら、この子供は。あなたみたいな気持ち悪い生き物を食べるバカはいないですわ。」


 究極の野性。文明とか文化の話は少し難しくてわからなかったが、要するに人なら当たり前に持っている……いや、逆か。当たり前に持っていないモノをサリラは持っているんだ。


「グルグル巻きのおねーちゃんは知らないの? 天敵は強いんだよ? サリラは弱いんだよ?」


 自然界の掟だとか、強い者が全てだとか、人は色々な場面で『あの言葉』を使う。けれどその本当の意味を理解できている人なんてこの世にいないと思う。わたしたちは技術の力で……ショクモツレンサ……だったかな? それから外れていると言ってもいいからだ。


「逃げなきゃ食べられちゃうんだよ。逃げられないなら食べられるんだよ。サーちゃんも怖かったよ。頑張って生きてたよ。それである日……サーちゃんはすごい力を手に入れたんだよ。」


 戦っている時に少し感じた……なんにでも変身できるサリラの本当の姿はなんなのか。あの子供の姿がそうなのだとぼんやり思っていたのだが、さっきアザゼル殿は人間じゃないと言った。本当は動物なのか、虫なのか、植物なのか。いや、それはきっと問題じゃないんだ。何であろうと、サリラは正真正銘の野性だ。あの言葉を本当の意味で理解しているサリラが、わたしを天敵と言った。そしてサリラには自然界ではあり得ないくらいに凄まじい……抗う力を持っている。

「クロア……これからが本番だ……」

「……鉄心? どうしたのかしら? そんなに怖い顔をして……」


「この世界はね、『弱肉強食』なんだよ?」


 サリラの顔から笑顔が消えた。同時に着ている服がやぶれ、筋骨隆々とした《身体》になっていく。そして、《身体》全てを甲羅のような物が覆っていく。

「サーちゃんは生きる。生きる、生きる、生きる、いきる、イキる、イキルイキルイキルイキル!!」

 その顔が狂暴な肉食獣の顔になり、ギラリと鋭い牙がその口に並ぶ。

「サーチャンハツヨイ! テンテキナンテイナイ! オマエナンテタベテヤルゥゥゥゥゥッ!」

 鉄壁の《身体》に鋭い牙、爪。長いしっぽに巨大な翼。ドラゴン……と呼ぶのが近いかもしれないが、そう呼ぶのは何かか違うと思う。

 たぶん、こういう生き物を化け物と呼ぶんだ。

「鉄心!」

「うむ!」

 互いに武器を構え、サリラを睨みつける。サリラの咆哮が響き渡った。



 信じがたいっす。なんなんすか。あっしは一体何と戦っているんすか。

 こんなことなら出会いがしら、第三段階を発動させたあの時、幅数十キロある空間の壁を作って、迷わずに殺しておけばよかったっす。まさか、あっしが後悔するなんて……

 連続高速の瞬間移動による……逃げ。あっしが出来るのはそれだけ……迫りくる無数の天気、そして真っ黒な巨人。その全てに、あっしの空間は通用しないっす。攻撃しようともそれらを形作っている物は自然そのもの。ダメージを与えられるわけもないっす。そして空間の壁も……すり抜けるっす。

 《空間》は初めに誕生した《常識》。それから数にするのもバカバカしい程の《常識》を包んできたっす。故に、それら全てを理解できるっす。全てに対抗できるっす。だからこその絶対防御、空間の壁。

 でも、今あっしに迫って来る奴らは理解できないっす。対抗できないっす。数千度の炎でも、数億ボルトの雷でも、それが炎で雷なら防げるっす。だけど……その自然現象が意思を持っているっす。あり得ないっす。意思を持った雷は、風は、雨は、もはやそれと呼べない新しい存在っす。

 ……時間をかければ、あれを理解し、空間の壁で防げるようにはなるっす。でもあっしはメリオレみたいに一度経験しただけで防げるようになるわけじゃないっす。少なくとも、この戦いの中で理解できるわけはないっす。


「そこだ!」


 鳥の姿をした風を受けて少しバランスを崩したあっし。その瞬間、もはや雷とは呼べない、ビームと化した電撃があっしに迫るっす。よく見ればその雷はオオカミの姿をしているっす。

 超速で迫ったそれを紙一重でかわし、再び連続の瞬間移動。少しずつ、あっしにたまる疲労。

 対してあちらは疲労しないっす。最も効率の良い形……もしかしたらあれが理想の形かもしれないっす。

 個々に意思を持ち、それぞれが判断して攻撃を加え、かつ命令に忠実な駒……『天気』。

 周囲を把握し、敵の動きを完璧に捉えて伝達する監視者……『空』

 そして全てを統括し、敵の一瞬のスキを見逃さずに指示を出す司令塔……『雨上晴香』。

 今あっしは、一つの軍隊と戦っているっす。


「『悪天候』さん!」


 渦巻く真っ黒な雲が形作る巨人。その腕では建物を木端微塵にできるくらいの大きさの氷の塊が高速回転しており、巻き込まれた物をバラバラにするミキサーのようになっているっす。その腕があっしに迫るっす。巨人にありがちなトロい動きではなく、文字通り風の如き速度で。

 全力回避。通常よりも体力を消費する無茶な瞬間移動でなんとか回避するっす。

 ……瞬間移動……あっしが最も得意とする《空間》操作っす。息をするかのように、やり方を考えずともできるレベルに得意なこの操作があっしを救っているっす。

 空間の壁は確かに天気には通じないっす。けどゴッドヘルパー本人は別っす。潰せるっす。簡単に……確実に!

 けれど空間の壁はそれなりに集中して行う操作……この猛攻の中ではそんな余裕はないっす。時間にすれば一秒もない集中だと言うのに……

 ほんの少しでもいいっす。スキを……作れれば殺せるっす!

「つあっ!」

 自分の瞬間移動と同時に、遠く離れた海から一軒家くらいの体積の海水を瞬間移動させたっす。《天候》の頭上にっ! これでスキができ――

 ……あれ? なんすかその目は。《天候》の目があっしから離れない? まさか頭上の海水に気付いていな――いや、『空』がいるならわかるはずっす。なんすか……なんすかその目は! 何も心配ないというその目は――

「!」

 真っ黒な巨人が動いたっす。降り注ぐ大質量の海水に向けて右アッパー。瞬間、排水溝に流れる水のように海水は巨人の腕に吸い込まれたっす。

「お返しです。」


 巨人の腕の上を、血管を駆け巡る血液のように海水が走るっす。巨人はそのままあっしに右ストレート。距離的に腕が届く場所にあっしはいなかったっす。けれどその腕から飲みこまれた海水が銃弾の如きスピードでガトリングのように放たれたっす。

「があああああああああああっ!」

 痛みのレベルで言えばゴム弾ほど。でもそれを数十発受けたあっしはボロボロ――


「これで最後です!」


 この機を逃すまいと、あっしに迫る天気。空間の壁では防げない……かと言って他の《常識》で防げる程のモノではない……

 あっしの負け――――


 これで終わりかと思った次の瞬間、オレ様は寒気を覚えた。

「ふざけんなあああああああああああああああああああああああああっ!」

 鴉間が叫んだ。同時に鴉間の目前に迫っていた雷やら雪やらが消えた。巨人の姿をした悪天候も腕の先から順々に消えていき、最後にはいなくなった。

「あの野郎、雨上の作った天気を瞬間移動でどっかに飛ばしやがった!」

 オレ様は思わず叫んだ。だがそんなオレ様を横目で見た雨上は相変わらずの半目でこう言った。

「……心配ない。」

 雨上の周りにたった今消えたばかりの天気の連中が現れる。『雷』、『雲』、『雨』、『風』、『雪』。そして『悪天候』。んまぁ……天気なんてどこにでも存在するはずの事象だからな。どっかに吹っ飛ばそうともすぐに雨上の傍に出現できるか。

「あああああああああああああっ!」

 鴉間が再び叫んだ。

 ちなみにだが、オレ様には《空間》の攻撃が見える。見えない物を見えるようにする魔法くらいアザゼル程の使い手じゃなくてもできることだ。

 だから見えた。雨上を押しつぶそうと出現した、数十キロに及ぶバカでかい空間の壁が。

「雨上!」

 あれだけ広範囲に及ぶ壁はいくら雨上の『今日の天気』でも避けられない! 風による移動には限界がある!

「るああああああっ!!!」

 鴉間の咆哮と共に、壁は雨上を挟んだ。

「雨が――」

 胸に走る絶望感。だがそれは一瞬で驚愕に変わった。

「……『空』……?」

 雨上の呟きが聞こえた。びっくりしている感じの口調だ。

『……あれ?』

 この場にいる三人の誰のモノでもない声がした。声の主は雨上の後ろに立っていた。そいつは両腕を広げ、まるで雨上に迫った空間の壁を止めるかのようなポーズをとっている。

 いや……まるでじゃない。止まっている。空間の壁が雨上の両脇で止まってやがる!

「――――!?」

 鴉間がなんとも言えない……不可解だという表情になる。

「『空』……『空』じゃないか。そんな……どうして?」

 雨上がああいう反応ということは少なくとも雨上の意思で起きたことではないわけだ。

 この場に現れた四人目の人物。そいつは青い……吸い込まれそうに青い髪を風になびかせ、白いワンピースを着た雨上より少し背の高い女だった。髪の毛のせいで顔が見えない。

『おい、雨上! そいつは……』

 雨上の頭の中にオレ様は声を送った。すると珍しいことに……雨上の妙に嬉しそうな声が帰ってきた。

『『空』だ……夢の中に出てくる『空』。私のこころの中にいて話しかけてくる『空』だ。』

『んな……んじゃそいつが……お前の生みだした『空』っつー存在か!』

 バカな、ありえねーぞ! それだけはありえない!

 天気はいい。あれを構成する成分っつーのは存在している、手で触れられるもんだ。『雨』なら水でできてるし、『風』は空気、『雷』は電気だ。実体と呼べるもんがある。だが『空』……この存在だけは形を持たないはずだ。

雨上は《天候》=『空』と呼ばれる存在の表情だと考えている。小難しく言えば、空という名がついている空間に『空』という意思があり、そいつの表情が《天候》だっつー話だ。つまり、雨上自身も思っているはずだ……『空』とは空間のことだと。

 空間っつーのはただの概念の名前だ。構成する成分とかはねぇ。だがら具現化することはありえない。ましてや、雨上自身が雨上の《常識》としてそう考えているんだからいくら第三段階でも起こり得ない。

 それがどうして!?

『わあ。からだがあるよ、はるか。』

「『空』……協力してくれるのか……?」

『もちろんだよ。いままでだってしてたでしょう? いまからはもっとちかくで、もっとつよくたすけられる!』

 雨上の背後に浮かぶ『空』が開いていた両腕を閉じた。すると、今まで雨上を潰そうとしていた壁が移動し、鴉間に迫った。

「がぁあっ!?!?」

 今度は鴉間が両腕を広げる。なんつー光景だよ……《空間》のゴッドヘルパーが空間の壁に潰されそうになってやがるだぁ!?

「お、俺が! この俺があぁああぁぁぁぁっ!!!」

 鴉間の口調が変わってる。なるほど、これがメリーとかの言ってたぶち切れ鴉間か。

 しかしわけわかんねーぞ。相手は第三段階の《空間》のゴッドヘルパー。鴉間以上に《空間》を支配できる存在なんてあるわけねぇ。

「……! まさか……」

 ……雨上の後ろに立ってる女が『空』であり、今オレ様たちがいるこの空と呼ばれる空間そのものなのだとしたら説明がつく……ついちまうぞ。

 要するに、あの『空』っつー女からしたら、空間の壁を動かすなんてことはオレ様や雨上が呼吸すんのと同じくらい……当たり前のことだ。なぜなら、地上ではともかく、この上空においては、《空間》=空、そして空=『空』の身体だからだ……!

「まじかよ、雨上。今お前の後ろに立ってる奴ってのは、空っつー条件付きの《空間》のゴッドヘルパーだぞ……」

 ……いや……いやいやいや。言ってて意味わかんねぇ。それでもどうしたって、ゴッドヘルパーたる雨上がそう思っていない以上、起こらない上書きだ。ゴッドヘルパーの意思、《常識》を超えてシステムが勝手に上書きしたっての――

「……まてよ……」

 雨上は……《天候》のゴッドヘルパーだ。《天候》のシステムとつながっている。

 雨上は昔から『空』という存在を思い描いていた。《天候》とは、『空』の表情なのだと。

 《天候》のゴッドヘルパーが定義した。だから確かに、《天候》は『空』の表情という扱いに上書きされた。そして、必然的に『空』という……雨上の思い描いていた存在が誕生した。

 しかし『空』には形がない。故に、雨上のこころの中にしか存在できないモノとなった。

 そんな時、雨上は第三段階になった。第三段階とは、システムとのつながりがあまりに深くなったためにゴッドヘルパー=システムと定義できるほどになった状態のことだ。そうなったゴッドヘルパーは第二段階ではできなかったとんでもない上書きを可能にする。だがかわりに、システムにかかる負荷をその身に受けることとなる。それが第三段階の唯一の弱点。

 しかし雨上は歴史上の第三段階とは違う形になった。雨上のこころの中には『空』がいた。だから第三段階となった時、《天候》のシステムを操る権限の大半が『空』に移った。

 負荷がかかることを危惧してゴッドヘルパーたる雨上が無意識に行ったのか、それとも『空』が雨上に負担をかけないようにしたのか。それは不明だ。

 『空』とはつまり空のことだ。そんな存在が《天候》のシステムをゲットした。それは雨上一人ではできない《天候》の操作を可能にするということだった。『空』が自分で自分の表情を操るんだ、雨上がやるよりも上手にできて当然。

 故に生まれた『今日の天気』という技。雨上が願った結果を、過程はどうあれ、『空』が自分の表情を表現する『天気』と呼ばれる連中にお願いして引き起こす。

 そしてついさっき、『天気』の連中に雨上のイメージを元にして形が与えられた。『天気』という存在は雨上が定義したことで『空』と同様に生まれた連中だ。しかも『天気』には形を作れる成分がある。具現化するのは容易だった。

 そして……鴉間が空間の壁で雨上を潰そうとした。『今日の天気』では回避不可能な状態。

 『空』は自分を創った雨上を……もしくは友人としての雨上を助けたいと思った。より強力な《常識》の上書きを願った。たぶんその時起きたんだ。

 《天候》のシステムの権限が完璧に『空』のモノになるって現象が。

 『空』を生みだしたのは雨上の《常識》を受けた《天候》のシステムだ。権限が移るってことを言い換えるなら、《天候》のシステムが自分で作り出した意識、自我を自分でとりこんだということ。『雷』とかに意思が宿ったのと同じように……システムそのものが『空』という意思を持ったわけだ。

 それはもはやシステムとは呼べない。自我を持った機械やコンピューターはもはや一つの生き物だ。


 あの『空』という女は、《天候》のシステムが意思を持つことで誕生した……人間が空と呼ぶ空間が命を得た姿だ……!


「雨上……」

 オレ様は目をこらす。雨上とシステムとのつながりは……もはや薄皮一枚というレベルだ。そもそも、システムそのものの存在もあやふやだ。すでに『空』という生き物に変わりつつある。

 雨上はもうゴッドヘルパーとは呼べない。《天候》のシステムもシステムとは呼べない。

 システムとは神が数多の《常識》を管理する為に作り出した物。その力は神の力に等しい。

 今オレ様の目の前にいるのは……神の力を持った新しい命と、そいつの……ただの友達だ。


「なんなんだよそれはああああああああああああああああああっ!!」

 鴉間が怒り狂っていた。

「俺が! 俺が《空間》だろうが! てめぇはなんだこのクソあまがぁぁっ!」

『わたしは『そら』。はるかのなかでそだち、はるかのこころにすみ、はるかのちからでかたちをえた……はるかのともだちだ!』

「だまれ、だまれだまれだまれだまれぇぇっ! 俺が! 俺だけが! 俺だけの! 俺のおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」

 鴉間にとっての……アイデンティティーっつーんだろうか。たぶん、そーゆーものが今、『空』に奪われた。この空っつー場所だからこそできることなんだが、鴉間にとっちゃどーでもいいか。とにかく自分と同じことができる奴が現れた。

 たぶんそれは、メリーたちの言ってた、鴉間の超自己中っつー性格を生みだした環境を否定する。怒りと困惑……まずいな。

「気をつけろ雨上! ……と『空』? 今の鴉間は何をするかわかんねーぞ!」

「……! 『空』。」

「うん。」

 雨上と『空』が同時に右腕をあげ、振り下ろす。すると真っ黒な巨人、『悪天候』が蹴りを放った。

「がああああああああああああああああああっ!」

 鴉間が消える。瞬間移動したのだろうが、今の雨上……いや、『空』にはその位置が手に取るようにわかるはずだ。

「あれ?」

「どうしたんだ、『空』。」

「うん……なんか……あのひとすごいたかいところにいどうしたよ……?」



『でもね? アブトルが言ってたんだよ……』

『……何を?』

『物語の中で、《天候》はさらに強くなった。扱う《天候》の力もそうだが何より……あいつはあいつが空と認識している《空間》を把握できるようになったって。』

『……ほぅ……さて……どうするっすかねぇ?』

『……サーちゃんは思うんだけど。』

『? どうしたんすか?』

『今回の負傷……右腕と左脚を失ってサーちゃんの腕と脚をつけたことって良い事かもしれないよ。』

『……どういう意味っすか。』

『《空間》を使う時、一番大切なのは位置を把握することだよね。《空間》は目に見えないから、位置情報でもって攻撃とか防御をしなきゃいけない。だから鴉間が自分の身体を基準となるものさしにして《空間》を操っていることは……サーちゃんも知ってる。』

『なんすか、今さら。』

『でもねー。《身体》のゴッドヘルパーのサーちゃんは思うんだよ。』

『?』

『人間の《身体》の形状が《空間》を操るのに最適な形なのかな? ってね。』



「……《空間》の第三段階である俺は全てを操る……無論、《身体》もだ。とは言っても、サリラ、お前みたいに《身体》の形状を変えるのは無理だ。……《身体》のゴッドヘルパーであるお前が作り、俺にくれた右腕と左脚を除けばの話だがなぁっ!」



「! へんだよ、はるか!」

「どうしたんだ!」

「からすまのまわりのくうかんが……へん……」

 『空』の呟きと同時に、オレ様たちの前に鴉間が戻ってきた。

「んな……なんだあれ……」

 オレ様の視界に入ってきた鴉間は……おかしかった。鴉間は人間のはずだ。人間は……あんな形状ではないはずだ。

 異形なのは右腕と左脚。まるで幽霊の脚みてーに……足先、手先に行く程に透明になっている。そう……《空間》に溶け込むように。

 そして、溶け込んでいる手足の先に黒い球体が浮いている。何かのエネルギーの塊じゃない。ぽっかりと……《空間》に穴があいている。

「く……くくくくあぁあああっはっはっはっはっはっ!」

 鴉間が高笑いする。

「あぁーあっはっはっは。なんだこれは? すごい! わかる……わかるぞ! この俺にも見えなかった、ぼやけていた場所がくっきりと! サリラ……サリラ! 世話になるなぁ、おい! お前だけがこの俺と同等だ!」

 ……!! まさか!?

「雨上! 『空』! もうそいつはさっきまでの鴉間じゃねぇ! 気合入れろ!」

「どういうことだ、ルーマニア!」

「どーもこーも! あいつは自分の身体を変形させて最適化したんだ! 《空間》を操るのに適した身体に!」

 単純な話だ。とんでもなく重たい武器を扱うには平均以上の筋力を持つことが最適だ。十個の武器を同時に扱うなら、腕が十本あることが最適だ。極端に言えば、武器を扱うには腕があることが最適だ!

 どんな物でも、能力でも、それを扱うのに最適な形や環境ってのがある。今雨上がやってることもそれだ。《天候》の力を使うのは『空』であるのが最適だ。

 《空間》のゴッドヘルパーじゃねぇオレ様には理解できねーが、あの鴉間の今の形状が、最適なんだ!

「『雷』さん!」

 雨上がそう叫ぶとオオカミの姿をした『雷』が雷鳴を轟かせながら鴉間に迫る。

「無駄だぁあああっ!」

 『雷』には鴉間の空間の断裂や圧縮が効かない。だが――

「!」

 鴉間が黒い球体が浮いている右腕を『雷』に振り下ろす。すると……なんて表現すりゃあいいのか……オオカミの姿をした『雷』は黒い球体に……食われた。

「のみこまれたよ、はるか!」

「『雷』さんは……!」

 雨上が尋ねると同時に、雨上の横に再び『雷』が出現する。やはり、『天気』の連中は雨上がいる限り死ぬとか消されるなんてことはないみてーだな。だが、今の鴉間の攻撃はなんだ?

「あのくろいの……くうかんしかないよ! それでくうかんいがいをのみこもうとしてる!」

「それって、メリーさんたちが言ってた……《空間》以外の《常識》を吸い込む空間……」

 メリーたちが言ってたブラックホールみてーな技か。もちろん、警戒はしていたが……聞いてたのとなんかちげーぞ。

「ああ……《時間》と《回転》から聞いてるんだな。そうだ、これは俺が創った新しい世界。《空間》以外は存在しない世界だ。故に、他の《常識》を吸い込む。」

 鴉間はオバケみてーな自分の右腕の先端に浮いている球体を眺める。

「前は……この《空間》を生みだすだけで精いっぱいだんだがなぁ。移動させることもできねぇし、俺もその場から動けない。だがどうだ! 今の俺にはこの《空間》すら武器として扱える! 《空間》以外の全てを削り取る無敵の武器だ!」

「あれはあぶないよ、はるか!」

 雨上の後ろに立ってる『空』が両腕を広げる。すると『天気』が一斉に鴉間に向かって行った。

 だが……まずい。こうなる前の鴉間は、『天気』の連中の猛攻を避けるだけが精いっぱいだった。だが言い方を変えれば避ける事ができていた。そして今、奴は自分の《身体》を最適化したことで……今まで以上の空間把握能力を手に入れた。

 当たるのか? 雨上や『空』の攻撃が!

「あーっはっはっはっは!」

 鴉間が高速で瞬間移動を始めた。だがさっきまでの必死に避けてる感じじゃあねぇ。余裕だ。

「す……すごいはやさでくうかんをいどうしてる!」

「最早分身の術だな、これは。」

 雨上が呑気に例えたがそれが的を得ている。オレ様の視界にはぶれる鴉間が何十人と映っている。しかも瞬間移動をする度に空間の断裂や壁を飛ばしてくる!

「あわわわっ。」

 『空』が必死に腕を動かし、空間の攻撃から雨上を守っている。それを見た雨上はちらりと足元……地上の方を見ると『空』にこう言った。

「『空』、とりあえず逃げるよ。」

「?」

「攻撃はしなくていい。『天気』のみなさんも攻撃を防ぐことに集中するんだ。」

「雨上!? 何を……」

「鴉間のあの右腕と左脚をああいう風にしているのはきっとサリラだ。なら、サリラがやられらば鴉間のこの状態は終わ――」

「馬鹿がぁっ!」

 一気に雨上との間合いを詰めた鴉間の左脚が雨上の腹に突き刺さる。全てを削る球体がついた左脚が……!

「雨上ぃ!」

「この俺がそれまで待つとでも? そもそも、サリラが負け――」

 鴉間が言葉を止めたのは、貫いたはずの雨上がその場で幻のように消えたからだ。

「『悪天候』さん!」

 鴉間が後ろを振り向くと、そこには真っ黒な拳。

「ならああああああああっ!」

 鴉間は右腕をその拳に当てる。巨人の拳は鴉間の右腕に吸い込まれていく。だが、吸い込む速さと巨人の拳の速さが違った。

「ぐああああっ!」

 反発する磁石みてーに、鴉間が後ろに吹っ飛んだ。

「やっぱり。その何でも飲みこむ《空間》を武器にできるって言っても、サイズが小さい。たぶん、それ以上大きくできないだな。いくら《身体》を変形させたって言っても右腕と左脚だけだから。」

 いつの間にか、雨上はオレ様の横にいた。

「『悪天候』さんの風速の方が吸い込む速さより速いんだ。防ぎようはある。」

「雨上……お前、さっき……」

 オレ様の驚きをよそに雨上は平然と語る。

「知ってるか、ルーマニア。相楽先輩みたいな《光》のゴッドヘルパーでなくても、屈折は起こせるんだ。《光》は温度の違う空気を移動すると屈折するんだよ。んまぁ……相楽先輩に教えてもらったんだけど。」

「蜃気楼か! いやでも、相手は《空間》だぞ。それが虚像だってことくらい……」

「私の友達は空という《空間》を操れるんだ。私やルーマニアには感じ取れないけど、『空』が私の位置情報をコピーしてるんだ。一般人には何だか気配がするぐらいの感覚だろうけど、鴉間にとっては五感に勝る情報だ。それに加えて、屈折による視界への誤情報。私を見失うのは道理だよ。」

 なんてこった。最悪の展開に、もう活路を見出してやがる。こいつが慌てふためく時ってのはあんのだろうか。

「クソがぁああああ! バカにしやがって! この俺をおおおおおおおおおおおっ!」

 鴉間の背後に無数の断裂、壁。なまじ見えるから恐怖だな。

「……さっき、サリラが負けるわけないって言おうとしましたね。」

「ああっ!?」

 鴉間の憤怒の表情に合わない、極々冷静で、いつもの半目に少し笑みを浮かべた顔の雨上はこう言った。

「そんなわけはないですよ。私の友達の方が強いんですから。」



 あたしはしてやったりって顔でアブトルを眺めてた。

「花飾さん……今何が起きたんすか?」

「あんたにかけた《変》が問題なく働いただけよ。」

 速水がずいぶんまぬけな顔をしているのに対して、さすがの音切勇也は的確な質問をしてきた。

「花飾くん、数え間違えたというのは……?」

「あたしたちは……ちょっと勢いにのみ込まれていただけ……なんですよ。」

「と言うと?」

「アブトルのカウンター……これの手順を考えてみたんです。」

 ちらっと横を見ると、アブトル本人もあたしの話に耳を傾けていた。あたしが何を理解して何に気付いたのかを確かめようとしてるみたいだった。

「……カウンターの始まりは勿論、アブトル以外のゴッドヘルパーの《常識》の上書き。それに対応する……要するに書き直すって形でアブトルは神さまが書いた《物語》を編集する能力を得る。この世界の全てを操る力をね。」

「そう言ってたっすね。」

「大きな力が絡んでくるからややこしいんだけど、根本は文章の書き直しなのよ。ちょっとおかしなことになっちゃった所を修正する。なら……一つの間違いにつき、行える修正は一つよね?」

「そりゃあ……そうですけど。」

「つまり一回の上書きに対して一回のカウンター。これが大原則なのよ。」

「そうか!」

 そこで閃くのはやっぱり音切勇也。

「あの作家は、俺たちが《常識》の上書きを何回行ったかを数えなければならないのか!」

「そう……です。それをしないと、自分が何回カウンターをするべきなのかわからない。もしも数え間違えて一つ見逃したなんてことになったら、幻を見せることしかできないアブトルはそれをもろに受けてしまう。」

「え、そんじゃ時間がゆっくりになるのは……」

「修正時間である。」

 速水の疑問に答えたのは少し笑っているアブトル。

「執筆していた《物語》を修正する時、その《物語》に生きる登場人物たちは一時的に時間が止まることになるのである。彼らからしたら世界の改変であるからな。しかしこの神の書いた《物語》は止めることができない。小生が作者ではないからな。それでもなお、修正する時には《物語》の時間は止まるという小生の《常識》が働いた結果、登場人物以外の全ての時間がゆっくりになるという結果になったのだ。」

「そしてあんたはその修正時間の間に、相手が何回上書きしたのかを数えるってことね。」

「その通りである。お主らの場合であれば、周囲の石ころなどの動きから衝撃波がいくつ放たれたのか、いくつの音が放たれたのかを数えることになる。」

「ああ、そうか。それでさっきオレにあんな《変》をかけたんすね。」

 そこでやっと速水が納得した。音切勇也が速水を見る。

「オレがさっきかけられたのは、『腕の一振りで発生する衝撃波が一発だけって《変》じゃない?』だったんす。んでさっきオレ、アブトルに向けて一発だけ放ったつもりだったんすけど……」

「なるほど、実際は二発だったということか。おそらく、二発の衝撃波が重なって放たれたんだろう。それで……あの作家は数え間違えたのか。」

「はっはっは! こうもあっさりと攻略法を見つけられてしまうとは。」

 言う割に楽しそうなアブトル。むかつくわねー、ほんと。

 ……このアブトルっていうゴッドヘルパーは別に戦い大好き人間ってわけじゃないわ。変な能力を持っちゃった作家……

「なんなのかしらね。あんたからは敵意ってモノを感じないわ。余裕で座って、余裕で説明しちゃって。」

「はっはっは。小生、チョアンのように戦闘狂でもなければ、ルネットのように暴れることが好きなわけでもないのである。」

「おしゃべりついでに聞くけど、あんたはなんで鴉間についたのよ。」

 アブトルはあたしの質問に目をパチクリさせた。まるで、どうしてそんなわかりきったことを聞くのだろうかという顔。

「小生は作家である。ならば出会う事を……語らう事を渇望せずにいられようか。」

「誰とよ。」

「尊敬する神である。」

「神? あによそれ、作家として尊敬するってことかしら?」

「そうである。」

「作家が言う尊敬する作家ってゆーのは……なんたら賞を受賞するような作家なんじゃないの?」

 あたしのその一言に対し、アブトルは人を小馬鹿にした乾いた笑いを見せた。

「はっはっは……百年にも満たない時間しか執筆活動していない作家のどこに尊敬を抱けと言うのであるか? 神は登場人物など数え切れない程いるこの世界を何万年、何億年と書き続けている大作家である。作家を名乗るのであれば、尊敬すべきは歴史に残る名作を残した作家ではなく、歴史そのものを執筆している神であろう?」

 アブトルは天を仰いで呟く。

「事実は小説より奇なり。小生、この言葉が好きで嫌いである。事実とは神の書く《物語》であるゆえ、小生のような平凡な作家らが作り上げる《物語》より奇であることは当然であろう。しかし、そんな一言で表現して良いわけもない。一体どれほどの《物語》を書いてきたのか。命を持つ者全てに一生という《物語》があるのだから、神は星の数ほどの結末を書いてきたはずである。小生など、思いも寄らぬ展開、背景、人物……知りたい……小生のまだ知らぬ世界……神の《物語》の登場人物の一人に過ぎぬ小生が神に出会いたいなどと、おこがましいとはわかっている。しかし小生は《物語》のゴッドヘルパーとして設定された。神が言っておるのだ、会いに来いと。」

 アブトルが立ちあがる。

「サマエル殿に出会ったことで、小生は神という存在に確信を持つことができた。しかし、サマエル殿は神を殺すと言っている。そんなことは許さないのである。だから、世界の支配を望んではいても、神の殺害を目的としていない鴉間殿についたのである。」

 あたしは軽くアブトルを睨みつけながら言ったやった。

「あんたがやられるシナリオが神さまの《物語》でも、あんたは戦うの?」

 アブトルは本を開きながらこう言った。

「その時は、作家に思った通りの《物語》を書かせぬ、暴れるアイデアとなるまで。」

 おしゃべりはそろそろ終わりという風に、アブトルがペンを動かす。

「『脚を持たぬ鉄の馬が、彼らを踏みつぶそうと疾走する。』」

 キュルルル……

「? なんの音よ。」

「そうだな。俺に言わせれば、ゴムとコンクリートがかなりの速度でこすれあった《音》だ。」

「それってどういうことなんすか。」

「車の急発進の《音》だ。」

 はっとして周りを見渡す。するとあたしたちが立っている所に続く道の一本から、一台の車がこっちに迫ってきた。

「うわっ! あれはやばいっすよ!」

 速水の一言であたしたちは思い思いの方向に全力で移動した。

「はっはっは、どうであるか。お主たちがどうにかせぬ限り、それは追い続ける。」

 あたしたちがさっきまでいた場所を一発で免許停止というくらいの速度で通過する車。その後、ドリフトをかまして方向転換。

「ちょ、なんで俺の方に!」

 速水の方に迫る。

 まずいわ。音切勇也の共振による破壊っていうのは、単純な構造の物に限られる技。鉄球とかならともかく、車みたいな複雑な構造の物はすぐには破壊できない。リッド・アーク戦でずっと音切勇也がカスタネットを叩いていたのは、リッド・アークのキャノン砲の、どの部品を破壊すれば全体的に破壊できるかを調べるため。もしあの車を破壊しようとしたなら、同様の手順を踏まないと無理だけど、そんなひまはないわ。

 加えて、さっきまでの……銃弾とか弓矢みたいに軽くない。速水の衝撃波でも音切勇也の《音》の振動でもあんな重たい物は止められないわ!

「……車そのものは無理だが……!」

 あたしが焦っていると音切勇也がパチンと指パッチン。すると車の進行方向の道路が砕けた。

 なるほど! 道路はただのコンクリだもんね! ひっくり返りなさい!

「はっはっは。無駄である。」

 アブトルが本を開いてペンを動かす。車は神がかったテクニックでドリフトをして砕けた道路を回避した。

「さて、この瞬間にその車は幻から本物になったである。」

 速水の方から音切勇也の方に狙いを変えた車。

「これは……厳しいな!」

 横に飛んで車を避ける音切勇也。

「……これじゃジリ貧ね……」

 いつか全員ひかれるわ……折角アブトルの欠点を見つけたとこなのに……!

「もう! あいつに《変》をかけられれば――」

 ……あれ?

 あたしは余裕でつったってるアブトルを良く見た。サングラスをかけてるわけでも、ヘルメットをかぶってるわけでもない……

 あたしの《変》への対策をとってない!?

 さっき戦ったヘイヴィアは鎧の中に引っ込むことであたしが目を合わせられないようにしてた。リッド・アークは青葉の力で感情系が効かないような《仕組み》を持ってた。

 最近戦った相手はみんなあたしの《変》への対策をとってた。だからこのアブトルもそうだと思ってたけど……してないじゃない! 対策!

 でもそれはそれでおかしいわね。あたしの力はわかってるはずだもの。そして、それが厄介極まりないからこそ、今までの敵は対策をとっていたはず。つまり、アブトルはああ見えてきちんと対策をとっていると考えるべきね。

「……見る限りじゃそうは見えない……やろうとすればいつでも目を合わせられる……」

 ということは……まさか?

「花飾くん!」

 あたしがはっとした時、視界に入ったのは音切勇也があたしにとびかかってくる光景。

「!」

 視界の隅に車が映る。音切勇也に抱きしめられ、あたしはそのまま横に倒れた。

「大丈夫か! 油断しちゃいけないぞ!」

「ふぁ……ふぁい。」

 やばいわ。こんな時に場違いなドキドキが……ほんと、晴香はすごいわね。

 冷静になんのよ、あたし。

「音切……さん!」

「む?」

「アブトルに集中攻撃して下さい! 連続で!」

 音切勇也は一瞬思案顔になったけど、すぐに動きだした。その辺に転がってる瓦礫を二つ拾い上げ、少し大きめの瓦礫の前に立った。

「俺、ギターだけじゃないんだぜ?」

 まさにドラマー。高速のスナップで瓦礫をドラムみたいに叩きだした。その一打一打が《音》の振動となってアブトルに迫る。

「む、さすがにこれは……」

 速水みたいな速度でアブトルが移動を開始する。たぶん、迫った《音》の内の一つを上書きして自身の速度をあげたのね。

「速水! 今の内! ヘイヴィアの時みたいに走って!」

「! 了解です!」

 速水が高速移動を開始する。

「させぬぞ――うおっ!」

 その加速を否定しようとするアブトルを音切勇也が足止め。

「――ぬっくぅ! しかしこれはどうするであるか!」

 暴れる車はあたしと音切勇也に狙いを定めて爆走してくる。砂埃をあげながら迫る車は……怖すぎるけど……

「速水!」

「おまたせっす!」

 ベコォォンッ!

 車があたしたちの数メートル手前に迫った時、車は周囲の地面と共にペシャンコになった。

「ぜーっ……ぜーっ……」

 潰れた車の上に、肩で息をしている速水が立っている。速水は助走距離さえあればいくらでも加速できる。さっきの戦いで空を走れるようになった速水は、ほんの少し時間をかければ車を一撃でペシャンコにする衝撃波くらいは撃てるというわけね。

「空を走るのはいいんすけど……今のはかなり無理して加速したっす。脚がやばいっすね……」

 なんだかマラソンを走った後の人みたいに脚がガクガクしてるわね。

「んじゃ大丈夫ね。次に使うのは腕よ。」

「はい?」

「アブトルに向かって出来る限り連続で衝撃波を撃ち続けて!」

「鬼っすか!」

「いーからやんのよ! これで最後だから!」

「うーっす……」

 速水はアブトルの方を向き、両腕でジャブを始める。

「どおおおおおりゃあああああっ!」

「むぅっ!?」

 アブトルが慌てた声をあげる。

 一つの上書きに対して一つのカウンター。つまり、一つの衝撃波を防ぐために一つの盾を出したら、その盾は一つ防いだ時点で消えるってこと。あたしの《変》で無意識に何発も撃ってしまう速水の攻撃を前に壁を出すことは危険すぎる。故に避けるしかない。

 そう……『あれ』をアブトルとして見せたいなら……ね。

「選手交代です、音切さん!」

「! ああ!」

 音切勇也がドラムを止める。それでも速水の攻撃が残ってるから、相変わらずアブトルは攻撃を避けまくる。

「花飾くん! 手数勝負はいずれこちらの体力が無くなって終わるぞ! あの作家の能力的に、逃げに徹したら絶対に攻撃を当てることはできない!」

「いいんです。『あれ』には当てなくて。そもそも当たらないと思いますし。」

「何を……」

「あたしの予想通りなら……音切さん、人間が不快になる《音》って出せますか?」

 あたしのその質問に、音切勇也は複雑な表情になる。

「出せない事は無いが……それだけでアブトルを倒せるとは思えない。せいぜいクラっとくる程度の効果しかない。」

「充分です。あたしや速水を巻き込んでいいんで、できるだけ広範囲にその《音》を響かせて下さい!」

「……わかった。耳を塞ぐんだ。」

 音切勇也がスゥッと息を吸い込んだ。

「速水! ちょっと我慢しなさいよ!」

「頑張ります! おらおらおらぁーっ!」

 口を開いた音切勇也は上を向いて大声で叫んだ。本来なら聞こえるのは音切勇也の美声。けれど今は――

「うっ……」

 耳にキーンという《音》が入って来ると同時に、いきなり地面が傾いたような感覚。平衡感覚がマヒして身体がぐらつく。

 あたしはそんな気分の悪い感覚の中、アブトルを見た。

 アブトルは……全然気持ち悪そうじゃなかった。

「こんのやろめがああああ!」

 気持ち悪いのを我慢して衝撃波を撃ちまくる速水。その衝撃波を避けまくるアブトルは……さっきと変わらない表情で避けている。

 あれだけの猛攻に対応しているアブトルに音切勇也の《音》を上書きする余裕はない。つまり、この不快な《音》は聞こえているはずなんだけど通じていないらしい。

 そして、あたしの予想を裏付ける決定的なことが起きた。

「……! やっぱり……」

 衝撃波を避けているアブトルの姿が……ノイズの入ったテレビ画面みたいに一瞬ぶれた。

「……!? 花飾くん、おかしいぞ!」

そして《音》を出している音切勇也もあることに気付いたようだった。あたしは音切勇也が何を感じたかを言う前にこう尋ねた。

「どこですか!」

「何が――」

「いないはずなのにいることになっている場所です!」

 その一言で音切勇也は全てを理解した。キッと顔つきを変えて少し離れた、誰もいない場所を指差した。

「速水! そっちはもういいからこっちを狙いなさい!」

「えぇええいもおおおお!」

 半分やけくその速水が音切勇也の指差す方に衝撃波を放った。

「……!! 何ぃ!」

 衝撃波を避けていたアブトルは、あさっての方に放たれた衝撃波を見て驚愕した。そして――

「があああっ!」

 何もない所に放たれた衝撃波がその場所を通過すると同時に、何も無い空間から一人の男が飛び出した。そいつは華麗な受け身をキメることなく、ゴロゴロと道路を転がっていった。

「な……あれは一体誰なんだ?」

 音切勇也が突然現れた人物に驚く。速水も自分の衝撃波が一体何に当たったのか、よく理解できていないという顔だった。

大の字に倒れた状態からゆっくりと起きあがるそいつは、ラグビー選手みたいな体格で、顔がフランケンシュタインの化け物みたいな男だった。

「ぬ……ぐぅう……」

 頭を押さえて片ひざ立ちになった男はあたしをぎろりと睨みつける。その顔を見た音切勇也と、衝撃波を撃つのを止めてこっちに来た速水は目をまんまるにした。

「え……えっ!?」

「これは……」

 あたしは再びしてやったりという顔で男を指差してこう言った。

「見つけたわよ、アブトル・イストリア!」

「花飾くん……これは一体……」

「えぇっ!? どーゆーことですか、これ!」

 そう、何もない所から突然出てきた男は、《物語》のゴッドヘルパー、アブトル・イストリアその人だった。

「……敵が幻使いだって時点で疑うべきだったのよ。今、目の前にいる敵が幻かもしれないってことをね。」

 ハッとした速水はついさっきまで自分が衝撃波を放っていた相手を見た。そこには確かにアブトルがいたけど、幽霊のように透明なっていき、やがて消えていなくなった。

「それじゃ……あれは幻だったってことですか? 全部?」

「アブトルの能力とかは本物よ。ただ、あたしたちが見ていたアブトルの姿は幻。幻なんだから攻撃を避けさせる必要もないんだけど……あれを本物だと信じさせるために色々したみたいね。ペンと本を持たせたのもその一つなんじゃないかしら。」

 いかにも《物語》のゴッドヘルパーっぽいことをして、ペンと本をなんとかすれば勝てる……なんて間違った戦い方を誘い、『あれ』を幻だなんて考えさせない。

 実際、今目の前にいるアブトルは手ぶらだ。

「なんてことだ。俺たちはずっと幻と戦っていたのか……本物はずっとここに……」

「幻を動かすには状況をしっかりと見てないとダメってことっすか。でもよくわかりましたね。」

 速水がマヌケな顔であたしを見る。

「……あたしの《変》の対策をとってなかったのよ。あたしと戦うなら、サングラスの一つもかけるもんよ。なのにしてなかったってことは、《変》をかけたとこで効かないってこと。それであれが幻なんじゃないかって考えに行きついたのよ。音切さんの《音》でどこにいるかわからない本体にちょっとした攻撃をしかけて、あれが幻だっていう確信を得るのと同時に、本物の位置を特定してもらったのよ。」

 『あれ』を本物と思わせるために、本物のアブトルは幻に速水の攻撃を避けさせていた。そんであの猛攻を避けさせるにはかなりの集中力がいる。そんな時にあんな不快な《音》を聞いたら……集中が途切れて何かしらのボロが出る。それが、一瞬『あれ』の姿がぶれた理由。

「敵の位置を特定するって……音切さんにそんな力があったんですか。」

「……俺は《音》のゴッドヘルパーだからな。自分で放った《音》がどういう経路を辿ったかなんてすぐわかる。それで気付いたんだよ。アブトルがいる場所になぜか人の反応がなく、逆に誰もいないはずの場所に誰かがいる反応があった。」

「なるほど! コウモリみたいですね。」

「いや……まぁ……うん。」

 あんまり嬉しくない顔をする音切勇也。

「……ふ……」

 あたしが説明を終えるとアブトル……本物のアブトルが笑った。本物のアブトルはさっきまで見ていたアブトルよりももっとフランケンシュタインの化け物みたいで怖い。けれど本物には華麗な身のこなしができないようで、速水の衝撃波のせいで一歩も動けないという感じだった。

「……小生としたことが……《変》がいると分かった時点でサングラスをかける動作を《物語》に加えるべきだったであるか……」

「そうね。でも……いずれは音切さんが《音》で気付いたかもしれないわ。結局、無敵に近いあんたは……相手が悪かったのよ。」

「そのようであるな……だが!」


 キィイイイン……ドカアアアアン!


「……! 花飾さん!」

 あたしはアブトルの後ろを見た。映画でよくある光景……墜落した飛行機が火花をあげながら地面を滑ってくる……そんなモノが見えた。

「あれは小生を通り過ぎてから本物にするのである。小生に影響は無く、お主らのみがダメージを受ける。」

 あんな物は止められないし、かといって普通の速度で逃げるのは無理。必然的に《音》か《速さ》の使用を迫られるわけだけど……

「……《物語》だけじゃなくて、自分も忘れたみたいね。」

「? 何を――」

 言いかけて、アブトルはその場に倒れ込んだ。同時にアブトルの背後の飛行機は消滅する。

「……あたしの《変》への対策を、よ。」

 幻同様、サングラスの一つもかけていないアブトルは、終わってみればずいぶんとあっさり……敗北した。


 《音》や衝撃波でボロボロになった街の一角で、あたし、音切勇也、速水は遠藤とチェイン、リバースと合流する。

「さてと、このあとはどうしようかしら。」

 気絶させたアブトルを隅っこに転がし、あたしはその場の面々に意見を求めた。

「他のとこの加勢に行きたいとこっすけど……」

 速水はさっきの連続衝撃波で腕が動かないみたい。あたしはともかく、速水と音切勇也は他のとこの加勢に行けるほど元気な状態じゃないわ。かといって、あたしは他のとこの加勢に行けるような能力じゃない。

 あたしたちがアブトルと戦っている間に、遠藤の護衛をしつつ情報を集めてきたリバースがみんなの戦況を教えてくれた。

 まず、空では晴香と鴉間。

 んであたしたちがいるとこからちょっと離れたとこで力石が《反復》と戦ってるみたい。一緒にジュテェムとホっちゃんがいるらしい。

 そしてあの交差点で鎧とお嬢様が《身体》とバトル中。

「鴉間は《天候》でないと勝てないであろうし、《身体》に関しては、加勢が逆に脚を引っ張ることになりそうじゃ。加勢に行くとしたら《反復》じゃが……」

「そうね。でも、あたくしたちに何かできるかしら? ボロボロ二人と感情系一人、援護が基本の二人と最も狙われる可能性が高い魔法使い一人。」


「にゃにもしにゃくていいにょよ。」


 そこで突然舌っ足らずの小さい女の子の声が聞こえた。

「メリーさん!? どうしてここにいるのじゃ!?」

 小学校低学年くらいの外見を持つ、リバースやチェインたちのリーダーにして《時間》のゴッドヘルパー、メリーさんが現れた。

「ちょっと、メリーさんはあとで《時間》を巻き戻すために戦いが終わるまで隠れてるんじゃなかったの?」

 あたしがそう言うとメリーさんが少し嬉しそうな顔で答えた。

「あにゃたたちが勝ったその瞬間、未来がちらっと見えたにょよ。あちゃしたちの勝利っていう未来が。」

 それを聞いてリバースが歓喜する。

「おお! あの《物語》を倒したことでその未来の確率が上昇したということじゃな! これは嬉しいことじゃ!」

「あに言ってんのよ。初めから勝つつもりだっていうのに。」

「ふふふ、まぁしょうにゃんだけど。そんにゃ未来が見えたものだからね、どうせなら勝つ瞬間を直に見ちゃいと思ったにょよ。」

「無茶をしますね、メリーさん。」

 チェインがやれやれという顔でそう言った。

「あっそう。そんじゃまぁ、あたしたちはここでゆっくりと待つとしようかしらね。」

 頑張んのよ、鎧、力石!

 そんでもってファイトよ晴香!



 オレは《ルゼルブル》に大量に蓄積された《エネルギー》を惜しみなく消費して高速移動を続ける。メリオレは連続で地面を爆破する。

「おいおい! 熱エネルギーとして吸収できるんじゃないのか、お前は!」

 さっきオレが叩きこんだ攻撃……その傷跡を片手で押えながらメリオレは爆発を繰り返す。

 メリオレの言う通り、オレに爆発そのものは効かない。熱エネルギーを吸収することで爆発そのものを無かったことにできる。

 だからオレがやってることは別に回避運動じゃない。メリオレを翻弄するためのモノだ。

『メリオレはさっきの攻撃を……十太の光エネルギーを利用した攻撃を警戒してるからこそ遠距離攻撃を繰り返している。これはイケるよ。』

 ムームームの幼い声が頭の中に響く。オレは声には出さず、頭の中でムームームと会話をする。

『でも、もうさっきの技は効かないだろ? オレ、光エネルギーをあんな風に使うの初めてだぜ? あれ以外の攻撃方法っつーのがあんま思いつかないんだが。』

 メリオレの手前、まだまだこれからだぜ! みてーなことを言ったが……どうする? さっきの攻撃で決められなかったのは確かにまずい。


 《反復》のゴッドヘルパー、メリオレ。自分がかつて行ったことのある行為を《反復》という形で何度でも繰り返すことのできる力。この力により、あり得ない体勢での移動、攻撃を高速で行うことができる。また、爆弾を爆発させたという経験を元に、爆弾そのものがなくても爆破という事実を繰り返してくる。

 だが本当の意味で厄介なのは防御としての《反復》。メリオレは一度経験した攻撃であれば、全ての攻撃を無効化できる。《反復》……繰り返しの否定という形で。

 ここで言う経験とは、ダメージを受けるというわけではない。一度でも、その攻撃のターゲットとなり、攻撃されるということだ。つまり、渾身の一撃を放ったとして、もしもそれが外れた場合、その攻撃は二度と通用しないモノとなる。

 よってメリオレを倒す条件は――


『メリオレの動きを封じて確実に攻撃を当てること、その攻撃がメリオレにとっての初経験となる攻撃であること、一撃でメリオレを倒せる攻撃であること。この条件、かなりシビアじゃねーのか?』

『クリアしなきゃ勝てないよ。封じるってことは、さっき十太がやった。初経験である攻撃はさっきのみたいに、ゴッドヘルパーでないと撃てないような攻撃。この場合は光エネルギーの一撃。その攻撃がルネットの最後の攻撃みたいな威力であれば全てをクリアできるよ。』

 軽く言うなぁ、オレのパートナーは。

『大丈夫。なにも全てを十太に任せはしないよ。』

 視界の隅にいるムームームはそう言うとタタタッと移動した。どこに行く――

「よそ見か、《エネルギー》!」

 気付いた時にはメリオレが正面にいた。とっさに蹴りを警戒したが、メリオレの構えはパンチ。右ストレートがオレの腹にめり込む。

「……!!」

 瞬間、メリオレの右腕が十本くらいに増えた。いや、そう見えた。ものすごい速さで右腕のストレートが連続で叩きこまれる。

「っ……っ!!」

 運動エネルギーを利用して慌てて後退。追って来るかとも思ったが、メリオレはその場で右腕をだらんとさせる。

「やれやれ、あんまやるもんじゃねーな。これの《反復》はよぉ。」

 腕を高速で出したり引いたりする。メリオレの筋力で行っているというよりは、何かに引っ張られてやるという感じなんだろう。それでも腕への負担はでかいはずだ。

「まったく、今のでお前を倒せれば嬉しかったんだがな。」

 オレは腹を抑えて咳き込む。熱エネルギーほど一瞬では奪えねーが、放たれた拳の運動エネルギーを奪うことは一応できる。メリオレの連続パンチの威力はある程度殺せたはずだが……それでも完全ではねーから、それなりにダメージ。まともに受けてたら腹ん中がグルグルのゴチャゴチャだっただろうな……

 オレはふと思った事をメリオレに尋ねる。

「あんた……さっきの光エネルギーの攻撃を喰らってたけどよ……あれ、ルネットの攻撃のパクリなんだぜ? あんたはそんな能力なんだから、仲間の攻撃を全て経験しておいたりしなかったのか?」

 オレがメリオレだったなら、知り合ったゴッドヘルパーには片っ端から攻撃をしてもらって、色んな攻撃の経験をする。ルネットのビームも、経験しとけばなんのその。

「はっ、できればやったさ。ここまで来れば、オレの力の条件もだいぶ見えてきたんだろ? オレは攻撃を経験する必要がある。経験ってのはな、オレが『攻撃されている』っつーことを理解しねーと意味がないんだよ。ルネットの攻撃は《視線》であり、光の速度なんだぞ。見えねーよ。だから攻撃されてるってことを理解できない。かといってオレの身体に向かって撃たれても、威力が高すぎてオレが一撃で死ぬ。」

「ああ……手加減できそうな奴じゃないもんな。」

「わかってるじゃねーか。」

 メリオレはだらんとさせている右腕を左手でもみながらこう言った。

「さてどうするよ? オレはお前がさっきみたいなスキを見せない限り近づかないことにした。パクったっつってもいきなりルネットみてーなビームを撃てるわけじゃないだろ? となるとお前はオレに攻撃を当てることができない。《重力》と《温度》はこの場においては役立たず。オレの勝利が決まったよーなもんだが?」

「それは油断というものですね!」

 ジュテェムの声が響き、上空から大量の瓦礫が降って来る。

「馬鹿は死ななきゃなおらねーみてーだな!」

 メリオレが《反復》による移動を開始する。コマ送りのような見ていて気持ちの悪い移動。

「十太くん!」

「うぇ!? オレ!?」

 ジュテェムにいきなり名前で呼ばれた。

「わたくしとホっちゃんは君の援護にまわります!」

 えぇ? なんだいきなり……あ、まさかムームームか。

『十太。これから《重力》と《温度》は十太の援護に入る。二人の能力が直接通用しないなら、十太が戦いやすい環境を作ってもらうよ。』

 ありがたいな。これでメリオレに接近できれば……

『それと十太。もう一回、光のエネルギーの攻撃をやって欲しいんだけど。』

『? いいけど、あれはもうあいつには効かないぜ?』

『いいからいいから。』

 オレは頭の上に?を浮かべたが、ムームームはオレなんかよりも経験豊富な奴だ。何か策があってのことだろう。

「んじゃ行くぜ。」

 一応、あさっての方にぶっ放すんじゃかっこつかないので……

「おお?」

 メリオレの方に高速移動。連続爆破を避けつつ、近づく。

「無駄だ、《エネルギー》。オレには追いつけねーよ。小回りが違うからな。」

 言葉の通り、メリオレはジュテェムが落とす瓦礫をすりぬけ、スピードを落とさずにジグザグと動く。だがまぁ、当てるつもりはない。

「ここだ!」

 光エネルギーを手の平に収束うぅっ!?

 ビビった。オレが予想したよりも大量の光エネルギーが手の平に集まっていく。自分でやってることにびっくりしてると、ムームームの声が聞こえた。

『《温度》が十太の周囲の気温を一気にあげてるんだよ。十太は熱エネルギーであれば、無意識に吸収できるでしょ? 今まで手の平サイズの《ルゼルブル》から《エネルギー》を得てたから、《エネルギー》を集めるのに多少の時間を必要とした。でも今は周囲からも《エネルギー》を得られるんだよ。手の平からだけと、身体全体。どっちが効率よく、かつ早く《エネルギー》を集められるかは明白だよね。』

 なるほど。要するに、オレに《エネルギー》をくれる熱源が手の平の《ルゼルブル》だけから、周囲の空気全てになったわけか。こりゃあ《エネルギー》の使い放題、変換し放題だぜ。

「くらえっ!」

 さっきよりもエネルギー量の多い光のエネルギーの破裂。手の平からものすごい衝撃が前方に放たれた。ジュテェムが降らせた大量の瓦礫も木端微塵にして吹き飛ばす。

「おおっ。こりゃさっきのを喰らっといてよかったな。」

 光の爆発に全てが吹き飛ばされる中、平然と立つのはメリオレ。威力が上がっても、所詮はさっきの攻撃のパワーアップ版。同じ攻撃と見なされ、《反復》の力によって否定されている。

「やっぱ効かないか。」

「なんだ、改めて確認か?」

 いや、そういうつもりじゃないんだが……ムームームがやれっつーから。

『オッケーだよ十太。これで感覚をつかめたはず。』

 何の話だ?

『それじゃ気合入れて、メリオレを追い詰めるよ! んで追い詰めたらもう一回光エネルギーの攻撃だよ!』

「お、おう。」

 んま、オレはオレのできることをやるまでか。行くぜ!

 ホっちゃんがオレの周囲の《温度》を上げてくれるおかげで、さっきよりも速く移動することができる。オレはさらに加速してメリオレを追う。

「おお、おお。速くなったな、《エネルギー》。ならオレも。」

 言葉の通り、移動速度がもはや瞬間移動と呼べる速度になるメリオレ。まばたきの度に別の場所に移動するメリオレの姿を必死で追う。

「くっそ、捉えられねぇ!」

「ほれほれ!」

連続で爆発を引き起こしながら後ろ向きでオレから逃げるメリオレ。オレに爆発は効かないが、それによって起こる砂埃なんかはどうしようもない。気がつくとメリオレの姿を見失っているオレのもとに――

「ちぇいっ!」

 いつの間にか死角に移動したメリオレの蹴りや連続パンチが放たれる。運動エネルギーを奪ってある程度威力を殺し、反撃に一発殴ろうとした時にはオレから遠く離れた場所に移動している。

 基本的にはオレから逃げるんだが、オレが爆発のせいでメリオレを一瞬でも見失うとその隙を逃さずに一撃をいれてくる。

「すばしっこいですね、まったく!」

 ジュテェムが瓦礫を絶え間なく降らせているというのに、メリオレは頭の後ろに目があるんじゃねーかと思うくらいスイスイと後ろ向きでそれを避け、オレに爆発をお見舞いしつつ逃げる。

「……うげ、またか!」

 メリオレの姿を再び見失う。どっから来る!?

「ぐっ!」

 周囲に注意を払っていると上の方でジュテェムのうめき声が聞こえた。見るとメリオレのとび蹴りが腹にめりこんでいた。

「ほう? てっきり油断してるかと思ったんだが、さすがにやるな。《重力》の向きをとっさに変更して後ろにさがり、オレの蹴りの威力を殺したか。」

「……っ! 無防備に受けていたらお腹の風通しがよくなっていたかもしれませんね。大した威力の蹴りです……」

 ジュテェムは蹴りの衝撃で少し後退し、メリオレは瓦礫の一つに着地する。

「そりゃまあな。仲間内に世界最強の格闘家がいるんでね。肉弾戦において最適な姿勢だとか攻め方だとかは学んだ。」

「わたくしの瓦礫をかわすのもその格闘家から学んだのですかね。」

「いんや? それは単にお前がバカなだけだ。」

「なんですって?」

「自分では気付いてないだろうがな、お前の攻撃には一定の周期がある。オレの右側に瓦礫を落としたら、次はその場所からやく四メートル離れた場所に落とすとか、オレの真後ろに落とした後には少し角度をつけて左斜め後ろに落とす……とかな。」

 そこでメリオレがオレの方を見る。

「《エネルギー》もそうだぜ? 単純にオレを追っているわけじゃねぇ。三回曲がるごとに通常の約一・五倍に加速する。」

「んな……オレたちのくせが見えるってのか!?」

「たっは、ちげぇよ。人間はな、単調な作業をやってるとどっかになんかしらの区切りをつけて、同じ行動を繰り返すもんなんだ。無論、凡人にはそうとわからない程度の繰り返しだが……オレは《反復》のゴッドヘルパー。それくらい気付く。」

 なんてこった。どーりで捕まえられないわけだ……

 高い近接格闘能力。機動性の高い移動能力。敵の動きをほぼ完璧に予測する力。加えて同じ攻撃が通じない? 雨上先輩からその存在を初めて知ったときは大したことないと思ったが……とんでもねぇ。改めて思うが、こいつめちゃくちゃ強い。

 メリオレの動きを止める方法として、《反復》の際の運動エネルギーを奪うってことを考えてたが……さっきやった技は、あいつの能力的には効果があったとしても、あいつ自身がそれを許すとは到底思えない。

 別の方法で動きを止める必要がある。

『ムームーム!』

『言いたい事はわかるよ。そうだね……押してダメなら引いてみるんだよ。』

 ……押してダメなら……引く? 逆に考える……

『! ムームーム! 今から言う事をホっちゃんに伝えてくれ。』

『んふふ? 何か思いついたんだね?』

 作戦を伝え、オレはメリオレを睨みつける。それに気付いてメリオレがニヤリと笑う。

「どうした《エネルギー》、またもやいい目じゃねーか。」

「あんたを倒す作戦を思いついたんだよ。」

「そうか。そいつは嬉しいな。」

「嬉しいのか?」

「ああ。」

 メリオレはどこか……昔を思い出すような顔になった。

「さっきも言ったが、オレは凡人じゃ気付けない《反復》に気付ける。つまりな、《反復》っつーモンに敏感なんだよ。」

「ゴッドヘルパーは自分の《常識》に対して……だいたいそんなもんだろ。」

「ああ。だからオレは余計に感じちまったんだよ。人生はどうしてこう、繰り返しだらけなんだろうってな。」

「繰り返し……?」

「中年のオヤジとかが良く言わねーか? 起きて、会社行って、帰って、寝て、起きて……同じことの繰り返しってな。学生もそーだろ? 毎日毎日同じことを延々と何年もよ。」

「……」

「普通の奴らは、『まぁ言われればそうですけど』くらいにしか感じてない。だがオレはそいつら以上に感じていた。同じことの繰り返しこそが平穏、それこそが人の望みと誰かは言うが、オレはそう思えなかった。つまらねぇ! もっと刺激を! 日々に変化をってな!」

「それで……あんたはこういう戦いの世界に来たのか?」

「まぁな。サマエルがオレの元に来た時は嬉しかったぜ。ゴッドヘルパー……それぞれが信じる《常識》に従って予測不能なことを起こす連中がわんさか! しばらく退屈しなかった。純粋に、仲間が増えてオレらが強くなっていくのも楽しかった。だがな、また来ちまったんだよ。繰り返しの毎日が。」

「え?」

「色んな奴と戦った。おかげでオレ自身、相当な強さを得た。だがそのせいでな……オレの力の、お決まりの必勝法みてーのが確立しちまった。オレは強くなりすぎた。同じことを繰り返すだけで大抵のゴッドヘルパーはオレの前に跪く。つまらねぇ……」

 そこでメリオレの目がオレを射ぬく。

「そんな時だ。鴉間が行動を起こした! サマエルの配下っつー状態から鴉間の裏切りの同志っつー立場! 居場所が変わればきっと新しい変化に出会えると思った! 案の定出会えた……お前に!」

「オレ?」

「そうだ。オレと同様に、強くなりすぎて楽しいバトルを久しくしてなかったルネット……あいつを負かした男! ルネットの必勝法を覆した男! こいつならオレの必勝法も覆してくれるだろう! 繰り返すだけで同じ勝利を得るオレの《反復》に刺激をくれるだろう!」

 メリオレの高速移動が再び始まる。

「さぁ、オレの《反復》を止めてみろよ、《エネルギー》!」

「……別にあんたを喜ばせるためにするわけじゃねーぞ!」

 オレも移動を始める。直線的にメリオレを追うのではなく、回りこむように動く。

「おお? なんだその動きは!」

 オレを追うようにして爆発が起きる。オレの後ろ、時には正面の地面が砕け、衝撃と砂埃がオレを包む。

「たっは、何を企んでやがる?」

 相変わらず、メリオレはジュテェムの攻撃をかわしつつ、後ろ向きで移動している。だが、オレの動きを上から見たジュテェムはオレの目的に気付いたようだった。瓦礫の降らせ方が若干変化している。そう、メリオレに動いて欲しい方向に動くように。

「ん? 《重力》の攻撃も変わったか。何が来る……」

「メリオレ!」

 オレは移動しながら、メリオレの爆発を避けながら叫んだ。

「あんたの期待に応えてやる! 受け取れよ!」

「何っ!?」


 メリオレの移動方法は機動性が高く、速い。オレと同じような移動方法ではあるが、あっちの方が性能はいい。だが、オレの移動方法とは決定的に違う点がある。そしてそれはかなり大きな……弱点だ。


「おりゃああ!」

 オレは地面をパンと叩く。

「位置エネルギー注入!」

 瞬間、オレとメリオレが走り回っている地面が轟音と共に直径二十メートルほどの円形としてはがれ、一メートルほど上に移動した。

「……バカなっ!」

 突然せり上がった地面に、メリオレは大きくバランスを崩した。


 もちろん、普通に地面に位置エネルギーを与えたところで浮くわけがない。なにせ、それは地球を動かそうとしていることになってしまうからだ。そんな途方もない《エネルギー》は存在しない。

だから、地面……つまりコンクリートを切り取った。メリオレの爆発を利用し、オレたちが戦っている場所を円で囲むように地面を砕いた。結果、オレが位置エネルギーを与えれば浮く程度の大きさと質量に切り取られた地面は一メートルほど上に移動した。

……仮に、メリオレがオレとまったく同じ方法で移動していたなら、あまり効果はなかっただろう。だがメリオレには効果がある。

なぜならメリオレの移動は脚が地面についているからだ。

オレは常に少し身体を浮かせた上で移動している。地面がどうなろうと関係ないが、メリオレは違う。あいつの力は浮くことじゃない。過去に行ったことのある移動を高速で繰り返すことだ。メリオレはどう見たって鳥じゃねーから、『過去に行ったことのある移動』ってのも当然、地面を踏みしめて行っているはずだ。なら、どんなに速度をあげようと、脚が地面についている事実は変わらないわけだ。

さっきジュテェムを蹴り飛ばしたみたいに一瞬、宙に移動することはできても、そのまま停止することができない。よって、基本的に地面を走っているメリオレは、例えば今のように地面が急にせり上がったりした日には……バランスを崩す。


「スキあり!」

 バランスを崩したメリオレに接近し、その肩に触れる。

「はっ! またオレの運動エネルギーを奪う気か!?」

「ちげーよっ! 運動エネルギー注入!」

「!?」

 次の瞬間、メリオレが真横に吹っ飛ぶ。オレがやったのは、運動エネルギーを与えること。前にやったみたいに、ただ単に遠くに吹っ飛ばすための運動エネルギーの注入ではない。メリオレを強制的に移動させ、ある場所に運ぶためだ。その場所とは――

「! これは!」

 運動エネルギーを与えられるなんて経験を理解できないメリオレは《反復》で否定することもできず、ただただ飛んで行き、その場所に近づく。

 そこにはグツグツと煮えたぎり、風景をゆがませる溶岩の池があった。ホっちゃんに頼んで作っておいてもらった、コンクリートをドロドロに溶かして作った灼熱の池。直径五メートル程の地獄に、メリオレは頭から突っ込んだ。

 真っ白な蒸気が立ち上り、視界をもやが覆う。

 オレはその池の真横に着地する。すると池の中からメリオレが顔を出した。

「……これが作戦なのか?」

 公園の池で水遊びでもしているかのうように、脚を半分ほど池の中に入れ、髪の毛から溶岩を滴らせてたたずむ。

 効いていない。熱そうなそぶりも見せない。そりゃそうだ。例え溶岩だろうがなんだろうが、それが《温度》変化による攻撃であるならメリオレには効果がない。

「馬鹿言え、これが作戦だ!」

 オレは片腕を溶岩の池に伸ばす。それを見たメリオレは一瞬不可解だという顔をしたあと、オレの目的に気付いて目を見開いた。

 だが……遅い――

「固まれ!」

 溶岩に手が触れると同時に、その熱エネルギーを残らず奪う。

オレはリッド・アークとの戦いの時、《山》のゴッドヘルパーが起こした噴火から熱エネルギーを奪ってただの岩にし、奪った熱エネルギーを運動エネルギーに変えて戻すことで、空を飛ぶリッド・アークに攻撃を仕掛けた。

今回は運動エネルギーにして戻しはしない。岩にすることが目的だからだ。

「……なるほどな……」

 メリオレがニヤリとオレを見る。

 溶岩の池に脚を入れていた状態で、その溶岩が固まった。それはつまり、メリオレの両脚が地面に固定されたということだ。しかも瓦礫に脚が挟まれたとかそういうこととはわけがちがう。型をとったかのように、ピッタリとメリオレの脚を固定しているのだ。

 メリオレの移動はパッと消えてパッと現れる瞬間移動ではない。両脚が完全に固定された状態で無理に《反復》を行えば、最悪脚が千切れる。

「《温度》が通じないオレにだからこそ仕掛けることのできる作戦だな。だが――」

 メリオレがちらりと視線を動かす。もちろん、これで終わる男ではない。自分の脚を固定している固まった溶岩を爆発させれば抜け出せる。だから――

「その前にくらえ!」

 手の平に光エネルギーを集めながら、右手を前に出す。

「無駄だ! それはオレには効かない! 光で目くらましでもする気か!?」

 オレの行動を横目で見てそんなことを言うメリオレ。

「ちげーよ! これであんたを倒す気だ!」

 光のエネルギーの破裂。オレとメリオレとの距離は三メートルくらいしかない。普通に破裂させればかなりの衝撃がメリオレを襲うことになるが、それは効かない。

 ……こっから先は知らない。こっから先はムームームの作戦だ。ただオレは、追い詰めたからこれをしただけだ。

「!」

 かなり人任せな気分で放った光エネルギー。だが……それは破裂しなかった。いや、正確には破裂したんだが、力の向かう方向が一方向となった。爆発ってのは、爆弾を中心に三百六十度に衝撃をばら撒くもんだ。だがオレの手の平で破裂した《エネルギー》は……三百六十度に広がらず、ただ一つの方向。メリオレに向かって《エネルギー》が破裂した。そしてそれは、まるで透明な管を通るように、一筋の光となってメリオレに迫った。

 要するに……オレの手の平から光のビームが放たれた。

 驚愕の表情のメリオレを飲みこんだビームは、メリオレの後ろにある建物を貫いた後、空高くへ伸びていき、やがて流れ星のごとく消えた。

 視界に光の軌道が微妙に残る中、全身から白い煙を出しながら《反復》のゴッドヘルパー・メリオレはその場に倒れた。


「……なんだったんだ?」

 ダメージとしては全身火傷を負って気絶したメリオレを地面から引っこ抜いて横にするムームームに尋ねる。

「なにが?」

「さっきのビームだよ。撃った本人が一番わけわかんねーってどーゆーことだよ。」

「ふふふ。《重力》だよ、十太。」

「え?」

 オレはメリオレを見降ろしているジュテェムを見る。するとジュテェムはニコッと笑って説明する。

「ブラックホールを知っていますか? あれは、あまりに《重力》が強すぎて光さえも引きこんでしまうから黒いのです。」

「はぁ……」

「つまり、《重力》は光……光エネルギーに影響を及ぼすのです。あなたが光エネルギーを破裂させた瞬間、高重力をかけて爆発が一方向にのみ行くようにしたのです。」

「……つまり……光エネルギーの破裂をビームにしたと。」

「そうです。ただの爆発とビームではまるで異なる攻撃……メリオレにとって未経験の攻撃だったそれは見事彼を貫き……こうしてわたくしたちは勝利したのです。」

「勝利……そうか、オレらは勝ったのか。」

 そう思うと妙に嬉しい。いやー、強かった。

「んで、ムームーム。この後はどうするんだ?」

「うーん……」

 ムームームが人差し指をピンと立てる。すると指先に光の輪っかが出現した。何をしているのかと思って見ていると、ムームームはうんうん唸りながら独り言のようにしゃべりだした。

「……《物語》のゴッドヘルパーはやっつけたみたいだね。みんな無事だよ。残りは……《身体》と《空間》だね。」

 どうやら魔法で周囲の状況を確認しているらしい。

「おりゃたちは加勢した方がいいじゃねーか? 大きなケガもしてねーし。」

 ホっちゃんがそう言うとムームームは首を振った。

「ダメだね。こう言うのもなんだけど、《身体》は……君や十太じゃ相手にならない。《金属》と《ルール》が戦ってるけど、あの二人じゃないと足手まといもいいところだよ。加えて、《天候》と《空間》の戦いは……うわ、これはもう次元が違うよ。」

「そっか。んじゃおりゃたちは……なんだ? 待機か?」


「しょうね。」


 舌っ足らずな声。見ると《時間》のゴッドヘルパー、メリーさんがいた。

「あれ? 《時間》は隠れてるんじゃなかったの?」

 ムームームが尋ねる。

 ……しかしこの二人、外見はどっちも小さな女の子なのに、その実どっちもおばあちゃんなんだよなぁ……

「ちょっといりょいりょあってね。他の二つの戦いにはあちゃしたちじゃ手を出しぇにゃい。あちゃしたちはかたまっておいた方がいいと思うにょよ。」

 メリーさんの後ろには、チェインとリバース。そして花飾先輩、音切勇也、速水、遠藤さんがいた。あ、あとカキクケコ。カキクケコが運んでいる大柄な男は……そうか、あれが《物語》か。

「……《時間》、何か見えたのね?」

「勝利が。もうすぐだと思うにょよ。」

 ……勝利か。あとは鎧先輩とあのお嬢様と雨上先輩だけか。

「いよし。いざってときに備えて、オレらは身体を休めよう。」

 オレはドカッと地面に座り込み、大きくため息をついた。

「十太。いくらなんでも油断しすぎだよ。」

「だってよ、ムームーム。雨上先輩と鎧先輩とお嬢様だろ? 負けるとこが想像できねーよ。」



 耳に響くのは牙や爪がこすれる音。身体を震わせるのは獣の唸り声。文字通り、化け物と化したサリラはわたしの想像を遥かに超える存在だった。

「ファイヤ!」

 クロアが《ジャスティライザーショット》を放つ。空中を走る赤い閃光を、その巨体からは想像できない敏捷さで全てかわすサリラ。

「まったく! 普通に狙っても当たりませんわ! このアタシの攻撃は外れるわけがないというのに!」

 クロアが撃った銃弾は必ず敵に当たるが……今は《ジャスティライザーショット》だ。クロアの力が働いていないのかもしれない。もしくは、単純にサリラが速すぎるのか……

「わたしが動きを止めよう。」

 建物の壁を飛び回るサリラに向かって走り出す。極細の刀を放ち、それを足場に空中へ。

「ルオオオオオオッ!」

 サリラのしっぽが痛々しく、つぼみが開くように裂けて中から大剣のような骨が出てくる。一瞬、それで応戦するのかと思ったのだが、サリラはしっぽを振りまわし、その大剣で自分がしがみついている建物を真横に一閃、切断した。

「ガアアアアアアッ!」

 切断した建物に筋肉が盛り上がる腕を突き刺して思い切りふり、わたしへと飛ばす。わたしは刀を鞘におさめて目を閉じ、正義の姿を思い出す。

「『瞬雷絶刀! 蒼斬!』」

 目を開いた時、わたしはサリラの目の前にいて、わたしの背後ではサリラが飛ばした建物が真っ二つになっていた。

「グルッ!?」

「雨傘流一の型、攻の三、《扇》!」

 一閃、サリラの両脚を切断する。サリラは特に痛がりもしない。それどころか、サリラの腹部に裂け目が入り、ガバッと開いた。そこから何かが出てくる気配を感じたわたしは、サリラのおでこに刀の柄頭を叩きこむ。コスチュームによる補助もあって、かなりの威力の柄当てを受けたサリラは腹部から何かを出す前に地面に叩きつけられる。

「ジャスティスチャージ! シュート!」

 放たれた《ジャスティライザーシュート》は地面から顔を出したサリラに直撃するかと思われた。だがサリラの頭部から何かがのびたかと思うと――

「なにっ!?」

 《ジャスティライザーシュート》がサリラの手前でカクンと角度を変えてあさっての方向に飛んで行ったのだ。

「このアタシのビームが曲げられましたわ!」

 クロアがわたしに説明を求める目を向けたがわたしは首をふった。《ジャスティライザーシュート》が曲がるなんて見たことない。

『やや、良く見るのだよ。』

 頭の中にアザゼル殿の声が響く。クロアの横に着地し、サリラの方を見る。

「む? サリラの前に……何か透明な物が見えるな。」

「あれはレンズですわ! まさかあれでビームを曲げたというの!?」

 サリラの前に……というよりは、頭部から伸びた触手の先端に大きな虫めがねのような物がぶら下がっているのだ。

 ああ……そういえば光というのはレンズとかを通るとくっ……くっ……

『たぶん、あれでビームを屈折させたのだよ。』

 それだ! くっせつだ。理科の授業で習ったぞ。

「そんなバカなですわ! あのゲテモノは《身体》のゴッドヘルパーですのよ!? どうしてレンズなどという機械的な物を出せるのかしら!?」

『確かにガラスのレンズは無理だろうけど……クロアちゃんの《身体》の中にだってレンズはあるのだよ。その名も水晶体なのだよ。』

 すいしょーたい? なんの部隊なのだろうか。

『水晶体は眼球におけるレンズの役割を担う部位なのだよ。成分はいくつかのタンパク質なのだよ。それを特大サイズで作ったのだよ。』

「あんな大きな水晶体を持つ生物がいるとしたら怪獣しかいませんわ! まったくデタラメなガキんちょですわね!」

「……すいしょーたいとかはよくわからないが……要するに《ジャスティライザーシュート》を受けずに避けたのだろう? ならば、今のサリラにとっては《ジャスティライザーシュート》が防ぐことのできない脅威だということだ。」

「そうですわね。次は当てますわ!」

「グルル……」

 サリラは数秒わたしたちを見つめたあと、左腕をクロアの方に向けた。瞬間、左手の指が蛇のように伸び、クロアをグルグル巻きにした。

「クロア!」

 急いで伸びた指を切断しようとしたが、残った右腕がギュンと伸びてわたしをはらう。

「くっ!」

 衝撃波はコスチュームによってわたし自身には届かないが、はらわれた事実は変わらず、わたしはクロアから遠ざかる。

「……またですの? 中国人といいこのバケモノといい、どいつもこいつもこのアタシを動けなくするのが好きなようですわね!」

 クロアは握っていた銃を器用に回し、銃剣で自分をしめつけるサリラの指を切断する。

「ルルルオオオオオ!」

 サリラが叫ぶ。すると全身から電流が放出され、クロアを襲った。雷が落ちたみたいな音がしてクロアが眩しい光に包みこまれる。けれどクロア本人は何事もなかったかのように堂々としている。

「ヘタな知恵だけあって、学習能力はないのかしら!」

 クロアが振るった銃剣でサリラの両腕は斬り落とされる。

「ジャスティスチャージ!」

 両腕を失ったサリラの前でチャージのポーズをとったクロア。それを見たサリラは危険を感じたのか、ものすごい跳躍力で後ろにジャンプし、建物を一つとび越えてその背後に身を隠した。

「馬鹿ね! 建物ごと撃ちぬいてあげますわ! シュート!」

 放たれる巨大な赤い閃光。それはサリラが隠れた建物の一階から三階あたりを丸ごと消滅させた。

「すごいな、クロア。」

 わたしはクロアの横に戻る。如何なる攻撃も効かず、今や正義の力を手に入れたクロアに敵はいないのではないだろうか。

「……命中した気がしませんわね。どこに行ったのかしら、あの化け――」

 わたしとクロアはバランスを崩した。突然地面が盛り上がり、そこから巨大な腕が出てきたのだ。

「地面の中を通ってきたか!」

 わたしたちが左右に飛ぶのと同時に地面からサリラが出てきた。と同時に、大量の水が噴き出した。

「水道管を壊したのね! 迷惑極まりない害虫ですわ!」

「……! 偶然壊したわけではなさそうだぞ。」

 飛び出してきたサリラをよく見ると、おなかが膨れている。わたしは《武者戦隊 サムライジャー》の第八話を思い出す。ミズデッポウ魔人がダムの水を吸って、それを使ってサムライジャーを倒そうとする話だ。水を吸ったミズデッポウ魔人はおなかがたぷんたぷんに膨れていた。

「水を発射してくるぞ!」

 わたしの言葉と同時に、サリラの口から水鉄砲のように水が放たれる。いや、あれは水鉄砲と呼ぶにはあまりに……

『あれま。高水圧カッターみたいなのだよ。』

 サリラが水を放ちながら首をふると、水が当たった建物が綺麗に切断されていく。

「なんですのこれ!」

 すいあつ……というのか? ものすごい勢いで発射された水に押されてクロアが吹っ飛ばされた。そしてサリラがくるりと回転し、わたしの方を向いた。いくら衝撃を吸収するコスチュームでもあの勢いをまともに受けてはただでは済まない。そう思ったわたしは迫る水を刀で受け止めたのだが――

「ぐわっ!? しまった!」

 あまりの勢いに、刀が手から離れてしまった。サリラがその凶悪な口でにやりと笑みを浮かべるのが見えた。わたしとサリラの距離と、わたしと飛ばされた刀の距離では、サリラとの距離の方が短い……!

「グルウウウウアアアッ!」

 武器を失ったわたしに勝機をみたのか、クロアに切断されたはずの腕を一瞬で元に戻し、わたしに迫るサリラ。

「……確かにわたしは……クロアみたいに無敵ではない。握りつぶそうと思えばわたしは潰れるだろう。しかし……」

 わたしは《武者戦隊 サムライジャー》の第四十一話を思い出す。サムライレッドが敵に刀を奪われる話だ。象徴とも呼べる武器を失ったサムライレッドを見て、わたしはひどくがっかりしたのを覚えている。だが彼は諦めなかった……

「正義はわたしの刀にやどっているのではない! わたしのこころにあるのだ!」

 突きだされる右腕。指が開かれ、わたしをその鋭い爪で斬り裂こうと迫るその腕を軽く身をかがめて避け、左肩に乗せる。流れに逆らわず、相手の力の方向をそっと回転させる!

「はっ!」

 自分の力だけでは足りない分はコスチュームの力を重ねることで補い、わたしはサリラの巨体を投げ飛ばした。

「ガルアアッ!?」

 わたしに迫ってきた勢いとわたしが加えた力を持って、サリラは倒壊した建物に突っ込んだ。その隙に刀を拾い、構える。

「て、鉄心……」

 飛ばされたクロアが戻ってきた。クロアにしては珍しく、間の抜けた顔をしている。

「なるほど……あれの弱点が武術だというのは確かなようですわね。」

「はっはっは。まぁ、これは勝又くんに教わったのだが……」

 剣術とは異なる、その身一つの武術を学んでいる彼は空手以外にも詳しかったのだ。

「しかしまずいですわね。このアタシの攻撃の際のポーズを理解していますわよ、あのガキは。」

「そうだな……離れた所から撃っては避けられてしまうし、動きを止めてもレンズで向きを変えられてしまうし……今の投げ技ももちろん効いていないだろうし……」

「折角有効な攻撃ですのに。やっぱり鉄心のヒーローの技でないと無理そうですわね。」

「うむ……」

 敵をやっつける技と言えば、《武者戦隊 サムライジャー》の《真・ダイケンゴー》の必殺技、《勧善懲悪・剣の舞》しかない。クスリ……なんとかとの戦いの時はこの技で勝利した。しかしあれは晴香がわたしの刀に雷を落としてくれないとできない……

「キュルアアアア!」

 建物の瓦礫の中からサリラの声が響き、そこから紫色の煙が噴き出した。

「見るからに毒ですわ! 鉄心、さがるのですわ!」

「毒……」

 毒を使う敵もいた。わたしは《武者戦隊 サムライジャー》の第二十一話を思い出す。街に毒ガスをまこうとした敵をやっつける話だ。

 なんだろう……さっきからサムライジャーに出てくる敵と同じ攻撃ばかりだ。そしてサムライジャーはその全てに打ち勝ってきた。だからわたしは……その攻撃を前にしても落ち着いていられる。彼らと同等の力を持っているとは思っていない。けれどどうすれば道が開けるかは、しっかりと教わったのだ。

「……わたしの刀に……」

 刀を鞘におさめ、身をかがめる。

「斬れないモノはない!」

 抜刀。紫色の煙が二つに斬れ、やがて消えて無くなった。

『んな……煙を斬ったのだよ……完全に毒ガスが消滅したのだよ……』

 びっくりしているアザゼル殿に尋ねてみる。

「アザゼル殿。どうもさっきから見覚えのある攻撃ばかりなのだ。これはどういうことなのだろう?」

『……サリラは《身体》のゴッドヘルパーなのだよ。その攻撃方法は超能力や魔法のようなモノではなくて、生物的なモノなのだよ。』

「……つまりどういうことなのだ?」

『鎧ちゃんの好きな戦隊モノの敵といったら怪人とか怪物なのだよ。彼らは一目見て攻撃とわかるモノでばかり攻撃するのだよ。それは観ている人……視聴者にそれが攻撃であると、危ないモノであると教えるためなのだよ。だから戦隊モノの敵は毒を吐いたり、火を吹いたりするのだよ。例えばクロアちゃんみたいな能力の敵が出てきたって、見ている人にはその能力は見えないのだよ。それじゃつまんないのだよ。』

「……うむ……」

『そして生物が行うことのできる攻撃方法というのはまさに見てわかるような攻撃だらけなのだよ。だからサリラの攻撃っていうのは、怪人や怪物の攻撃と似るのだよ……』

「……うむ……?」

 正直よくわからない……あとで晴香に教えてもらおう。

「ガルルルルルッ!」

 毒を消されたサリラは見てわかる程に怒っている。

「ふふふ。あの化け物、かなり苛立っていますわね。」

「油断してはいけないぞ、クロア。きゅうす、猫を飼うだ。」

「そうですわね。」

『きゅうすは猫を飼わないと思うのだよ。だけど窮鼠は猫を噛むはずなのだよ。』

 アザゼル殿が何か言ったが頭には入らなかった。サリラの《身体》がまた形を変え出したのだ。

「さて、次は何になるのかしら?」

「……! あれは……」

 立ちあがった熊くらいの大きさがあった《身体》は小さな子供のそれになり、サリラの姿は最初に会った時の子供の姿になった。

「マケチャウ……タベラレチャウ……」

 追い詰められ、何かに恐怖する表情のサリラはぶつぶつと何かを呟き、そして上を向いて叫んだ。

「カラスマアアアァァァッ!」



 下の方から声が聞こえた。私たちがいる高さまで聞こえる声ということは、かなり大きな声だ。私と『空』とルーマニアは思わず下を見る。

「サリラ……!」

 そして私たちを《空間》の攻撃で攻めていた鴉間が手を止めてそう呟いたのが聞こえた。見ると、鴉間はじっと下を見ている。

「……いいぜ。責任持って元に戻してやる。だから暴れろよ!」

 鴉間は左手の指をパチンと鳴らし、私を見た。

「はっ、残念だったなぁ? お前のお友達はこれで確実に死ぬ。」



 何かが破裂する音が聞こえた。サリラの周りで……何か、バリアーみたいなモノが割れたような気がした。

「グル……」

 子供の姿のサリラが獣の唸り声をもらす。


 ドクンッ


 心臓の鼓動が聞こえた。しかも、近くで太鼓が叩かれた時みたいに全身に振動が伝わる程の大きな鼓動……


 ドクンッ、ドクンッ


「な、なんですの!?」

「わからない……」


 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ!


「ガアアアアアアアッッ!!!」


 サリラの《身体》が突然大きくなる。お腹の中で風船が膨らむみたいに……突然太っていくみたいに、ぶくぶくとサリラが大きくなっていく。さっきまで戦っていた熊のような大きさではない。すごい勢いで大きくなっていくサリラは近くのお店の大きさを超え、建物を超え――

「な! これはいったいなんですの! あの化け物、何をしたんですの!」

 周りが暗くなる。夜になったのではなく、サリラの影で暗いのだ。

「ギャアアアアアルアアアアッ!」

 丸く膨らんでいったサリラの《身体》が形をおびていく。それは人型だった。巨大な腕が二本と頭。脚とかはなく、上半身だけ。

 いや、それは正直どうでもよかった。衝撃的なのは……《身体》の表面……だめだ、わたしにはこれをどう表現すればいいのかわからない……



「なんだ、ありゃあ!」

 ルーマニアが叫ぶ。普通なら下で起きていることなんて見えない程高い所にいるのだが、『空』の力で私も見る。

 それはまさに巨人だった。高さは周囲の高層ビルを軽く超える上半身だけの巨人。まるで地面からはえているかのようにそこに存在している。

 ……大きさには驚愕する。けれどそんなことより衝撃的なのは、その《身体》がどのように形作られているかだ。

 生き物だ。大量の……生き物。鳥だとか、魚だとか、ライオンだとか……動物図鑑に載っている生き物を片っ端から集め、積み上げて人型にしたようだった。遠目には巨人。近くで見れば大量の生き物の集合体。人間で言う肌の部分に鳥の翼やワニの口、トカゲのしっぽ、サメの背びれ……色んなモノが見える。

 唯一異なるのは……顔にあたる部分だ。巨大な二つの眼と大きな口。大量の生き物の塊を一体の生き物たらしめているのはそのパーツだけだ。

「あっはっは! さすが俺のパートナーだ! 最高にイカす格好だな、おい!」

「あれは……サリラ?」

「ああ? モノ覚えの悪いやつだな。さっき言ったろうが。」

 ……そういえば、鴉間がサリラの力を説明しているとき、こんなことを言っていた。


『サリラは……時折《身体》が暴走するんすよ。今のサリラの知性や理性では制御しきれないんすよね……サリラの《身体》の中のあらゆる生物の力を。暴走するとサリラはこの世の生物を全てくっつけたような姿になってしまうんす。あっしはそれを《空間》の力で抑えつけてサリラをあの小さな子供の姿に留めているんす。』


 そうか、さっき指を鳴らしたのは……

「さっき、サリラを抑えつけていた力を取り払った! サリラは下にいるお前のお友達を危険な奴と判断した! だから全力で潰しにかかったのさ!」

 ……しぃちゃん……



「生理的に受け付けませんわ……このアタシが……嘔吐しそうですわ……」

「確かに……あまり気分のいい光景ではないな……」

 人型であることはなんとなくわかるが……全体はまったく見えない。大きすぎる……

『こんなバカなことがあるというのか……』

 アザゼル殿が別人のように呟いた。

『生き物が……一つの命を与えられている生命が細胞扱いされているだと? ……万……いや億か。大量の命がここにある。そしてそれをたった一つの命が統率している……! そんなことが可能なのか!? これが、《常識》という枷を持たないゴッドヘルパーの可能性だというのか……』

「バカゼル! こんな時に真面目になって驚愕しないで欲しいですわ! 対策は!」

『……悪い……強制送還覚悟で俺が魔法を放ったとしても倒せないと思うほどだ。ルシフェルの全力全開の攻撃でやっとってとこだろう。防御力だとか、大きさだとか、質量だとかの話じゃない。命の数が圧倒的だ。殺しきれない……!』

「……! ジャスティスチャージ! シュート!」

 クロアが《ジャスティライザーシュート》を放つ。それはサリラの《身体》を貫くが、すぐに塞がる。大きさが違いすぎる。

「こんなこと……」

『なんてことだ……』


 クロアとアザゼル殿が元気のない声を出す。しかしわたしは……何か違う感情を覚えていた。何故だろうか……ワクワクしている……?



 ものすごい大きさになったサリラと、それを見て勝ち誇る鴉間。しかし私は別の可能性を考えていた。そしてそれが、かなりの確率で起こると思っていた。

「まずいぞあれは! オレ様でさえ倒せるかどうか……」

「そうか?」

 私がそういうと鴉間が目を見開いてこちらを見た。

「またか……? またお前は何かを! なんだ、何を考えてやがる!」

 鴉間の空間の断裂が飛ぶ。それを『空』が片手で弾く。私は鴉間の異形な右腕を指差してこう言った。

「……その力で私を倒そうとしているのなら、早くした方がいいですよ。」

「なんだと?」

「それはサリラの力で可能となっている……サリラはもうすぐ負けると思いますから。」

「ふざけたことぬかすな! 何を根拠に!」

「えぇっとですね……しぃちゃんの前で巨大化するということが大きなミスなんですよ。」



 胸が高鳴っている。何故だろう。

 敵が……巨大化したのだ。戦隊モノに出てくるような敵が、わたしの目の前で巨大化したのだ!

 身を乗り出してテレビ画面に顔を近付ける瞬間。一番ワクワクする場面。敵が巨大化すると何が起きる? 次に何が起きる?

 決まっている!

「出撃だっ!」

 わたしがそう叫ぶと、周りの建物から《金属》の紐のようなモノが大量に伸びた。わたしのコスチュームを作った時のように、極細極薄の刀がわたしの横でみるみる編み込まれ、よく知る形になっていく。

「て、鉄心! これはなんなのかしら!」

「クライマックスだ!」

 どっしりと地面を踏みしめる脚は神速の縮地で敵の間合いに入り込む! 武士の鎧を元にデザインされた腰、胸、肩は敵の邪悪な攻撃をことごとく弾く! 太くたくましい腕は鋭い斬撃を正確、精密に繰り出す! かっこいい兜を装備した頭は我ここにありと示し、人々に希望を、敵に終焉を示す! そして左腰に伸びる二本の刀は不義に天誅を下す!

 正義の象徴! 正義の化身! 正義の体現!

「完成! 《真・ダイケンゴー》!!!」

 巨大化したサリラと同等の大きさを誇る、わたしの部屋にもいるわたしの正義の原点、《真・ダイケンゴー》が立ちあがった!

『きょ、巨大ロボット……! そうか、サリラが巨大化したことによって鎧のイメージが完全なモノとなって……』

「すごいですわ……」

 さっきから振るっている刀と、無意識の内に作りだしたもう一本の刀を握り締め、わたしが二刀流の構えをとると、《真・ダイケンゴー》が刀を抜き、わたしと同じ構えをとった。

「ギャルアアア!」

 巨大化したサリラが拳を放つ。だがわたしが一歩さがると、《真・ダイケンゴー》も一歩さがり、サリラの拳をかわす。まるでわたしの動きを虫めがねで大きくしたように、わたしと同じ速度で《真・ダイケンゴー》が動く。

「はあああぁぁっ!!」

 わたしがその場で刀を振ると、《真・ダイケンゴー》が同じように刀を振り、サリラに一太刀決める。火花が弾け、サリラがよろめく。

『……鎧のイメージ力が最高潮だ……テレビと同じように、血とかではなく火花が出ている。しかもなんだこれは! 今の一太刀であの《身体》にうごめく数億という命が全て、同時に同じ分だけのダメージを受けた!』

「おおおおっ!」

 よろめいたサリラを《真・ダイケンゴー》で十文字に斬る。下から見上げれば眩しいほどの火花が散り、サリラを後退させる。

「グルアアアア! ギャルアアアア!」

「観念するのだ! サリラ!」



「あはは。さすがしぃちゃんですね。」

 すごい光景だ。街の真ん中で巨大怪獣と正義のロボットが戦っている。

 ああなったら誰にもしぃちゃんを止められない。勝利に向かって正義の力を行使する一人のヒーローとなったしぃちゃんは無敵だ。

「《天候》! 何をしたっすか!」

 再び瞬間移動を繰り返し、私への攻撃を再開する鴉間。天気のみなさんと『空』と一緒に逃げに徹する。この鴉間の攻撃もあと少しで終わる。そしてその為には、私があることをしなければならない。

「別に何もしてませんよ。まぁ、これからするんですけど。」

 しぃちゃんの部屋で見たことのある《真・ダイケンゴー》を指差し、私は叫ぶ。

「『雷』さん! 『雲』さん!」



 反撃をかわし、防ぎながらサリラに攻撃を加えていると、急にあたりが暗くなった。サリラの巨体の影によるモノではない。上を見ると真っ黒な雲が立ち込め、雷鳴が轟いている。これは……晴香だ!

「うおおお! 行くぞ!」

 わたしはよろめくサリラを見ながら叫ぶ。

「いつの時代、どんなとこでも、必ず悪と呼ばれる存在が現れる。それは自然の理、誰にもそれをどうにかすることはできない。だからその時々に必要なのだ! 正義が!」

 テレビの前で何度もやったポーズをとる。同時に、雷鳴が激しさを増す。

「人々を脅かす悪め! この《真・ダイケンゴー》の刀で成敗してくれようぞ! 必殺!」

 《真・ダイケンゴー》が持つ二本の刀に雷が落ちる。その光を受け、刀は白く輝く。

「勧・善・懲・悪!」

 《真・ダイケンゴー》が踏み込み、サリラに迫る。サリラはその巨体に似合わない速度で《身体》を動かし、防御の姿勢をとる。だがそんなことに意味は無い! 正義の力を阻むことなど、誰にも、どんな物にも出来ない事なのだ!

「剣の舞ぃぃぃっ!!!」

 走る閃光。サリラの《身体》に刻まれる一筋の光。ゆっくりと倒れていくサリラの巨体。

「滅っ!」


 ドカアアアアアンッ!!


 大爆発。吹き荒れる爆風はしかし、周囲の建物を崩すことはなく、クロアを吹き飛ばすこともない。倒すべき敵のみを倒し、まわりに被害を残さないなど、正義には当たり前のこと。

 サリラの巨体は欠片も残さず消滅し、あたりが一気に明るくなった。

『い、一撃……あの規格外の生命を一撃……これが……これが……』

「かっこいいですわ! 鉄心! あなたは本当にヒーローですわ!」

 わたしの所に駆けよるクロアだが、わたしはそれを手を伸ばして静止させる。

「まだだ!」

 わたしは一本に戻した刀を水平に持ち、脚を一歩前に出す。

 わたしは見逃さなかった。《勧善懲悪・剣の舞》が当たる一瞬前、あの《身体》から何かが飛び出す所を。


「イキルンダアアア!」


 そんな叫びが響く。あの巨人が立っていた場所から、怪物の姿ではないあの子供の姿で、サリラがわたしの方に走って来る。その小さな手から熊のような爪を出し、草原を駆ける一匹の獣のように迫る。

「サーチャンハシナナイ! イキル! タベラレルコトナンテナイ! サーチャンハアアアァァ!」

「……わたしにはその感情が理解できないが、君がしていること、君が手伝っている相手が悪いことはわかる。」

 だから止める!

「雨傘流終の型、攻の九!」

「サーチャンハアアアアアアアアアアアッ!!!」

「《鬼斬り》!」

 すれ違いざま、高速回転しながら姿勢を上げていくことで、瞬時に三太刀斬り込む。

 切断はできなかった。つまり今斬ったのは……

「サー……チャン……イキ……」

 斬られたサリラは鮮血と共に、バタリと地面に倒れた。


「や……やったんですの?」

 クロアが銃を構えながらゆっくりと近づいてくる。

『……あの巨大化を一撃で破られたのだよ。一時的に《身体》の能力が低下したのだよ。それで……本体とも言える部分に攻撃が入ったのだよ……』

 刀をおさめ、倒れるサリラの横に立つ。そこには子供の姿はなく、サリラが着ていた服だけが残っている。

「あら? 消滅したのかしら?」

「いや……」

 シャツが少し膨らんでいる。わたしは服の中に手を入れ、そこで気絶している一匹の生き物を掴み、外に出した。

「……! まさかですけど……これがサリラの……正体ですの!?」

 わたしの手の平の上にいる生き物。わたしは動物に詳しいわけではないから、この生き物がどういう名前の生き物なのかはわからない。けれど、この生き物が何の仲間であるかはわかった。

「……《身体》のゴッドヘルパーは……このネズミだったんだ。」

 茶色の毛と長い尻尾を身体から生やした、わたしの手の中に収まるほど小さい生き物……まさか、これがあの怪物の正体だったなんて……

「おやおや、はからずもズバリ的を得たことわざだったのだよ。」

 頭の中で響いていたアザゼル殿の声が近くで聞こえた。いつの間にか、クロアの横に立っている。

「窮鼠、猫を噛む……のだよ。」

 アザゼル殿がネズミ……サリラに触れると、サリラが光る球体に包まれた。

「うーん……人間以外のゴッドヘルパーが第二段階になった前例はないのだよ……記憶を消したりするべきなのかどうなのか……神さまに聞いてみるのだよ。」

「そうか……だがこれで……」

 わたしは空を見上げる。

「鴉間の《身体》は……!」

「……勝利は目前なのだよ。」



「ぐあああああああああっ!」

 瞬間移動を繰り返していた鴉間が突然動きを止めた。

「ああああああっ! ば、ばかな!」

 右腕と左脚の先に浮いていた黒い球体が消滅する。

「サリラ! サリラあああ!」

 そしてそのまま右腕と左脚が消えてなくなった。血は出ない。かといって、腕や脚を失った人……のようでもない。表現しにくいのだが、目の前にいる鴉間という人間はこの状態こそが自然であると思えた。左腕と右脚の二肢のみが……鴉間の生まれた時からの姿であり、それは病気でもなんでもない……不思議な感じだ。

「なるほどな。《時間》と《回転》とのバトルで……鴉間の右腕と左脚は無かった事にされたんだ。雨上やオレ様に三本目の腕がないのと同じように、あいつには二本目の腕と脚がないんだ。」

 鴉間はふらついていた。自分をその場にとどめることも難しくなったようだ。

 《空間》は目に見えないし、実体がない。ただの概念、言葉上のモノだ。だからそれのコントロールは非常に難しい。鴉間は自分の身体をものさしの基準とすることで、《空間》の位置制御を可能としていた。その身体が形を変えてしまったのだ。今まで直線だった定規が突然曲がってしまったら距離なんて測れない。

 たぶん、「場」の支配とかはできるんだろう。だけど、瞬間移動をしたら出現する位置が思っていた場所とずれるし、空間の断裂、空間の壁などを出せばあさっての方向に飛んで行く。

「……あなたの負けです。」

 私がそう呟くと、鬼のような形相で私を睨み、空間の断裂をとばしてきた。『空』が防御の体勢をとるが……

『あれれ?』

 空間の断裂は私にではなく、ルーマニアの方に飛んで行った。

「おわ! なんでオレ様なんだ!」

「―――!!」

 鴉間が怒りと驚き、そして恐怖をごちゃまぜにしたような顔になる。

「違う……違う違う! 俺は! 俺が! 《空間》が……俺の……力が……」

 私はゆっくりと片腕をあげ、『雨』さんにお願いをする。龍の姿をした『雨』さんはこくりと頷き、口から水を発射した。大した威力はない、水鉄砲程度の攻撃。

 それに反応した鴉間は左腕を前に出した。周囲の空間の動きが『空』を通して私に伝わり、鴉間が空間の壁を出したことを知る。けれどその位置はあまりに的外れの場所だった。

「っ!!」

 鴉間が出現させた空間の壁は『雨』さんの水にかすりもせず、水は鴉間の顔面に当たった。

「鴉間……今のが雷だったら、それで終わってたぞ。」

 そう呟いたルーマニアを睨みつける鴉間。

「は……はは……おいおい、んなわけねーだろうが。俺は……俺は第三段階の《空間》のゴッドヘルパーだぞ! 最強の《常識》だ! 最強の力だ! 終わり? 負ける? あり得ない……あり得ない!!」

 鴉間が左腕をいっぱいに広げると、周囲の色が少し変わった。「場」の支配だ。さっきと同じように球体状の空間が広がっているのだが……さっきとは違い、球体の中心が鴉間では無い。少しずれた場所に中心がきている。

「おい……何をもう終わったような顔をしてやがる? 何を! 俺に勝ったような顔をしてやがる!」

 何か決定的なモノが崩れかかっている……そんな顔で私を見る鴉間。

「……そう見えますか。そう見えるのなら、それはもうあなた自身がそうであると思っているからなんじゃないですか?」

「!!! ざっけんなああああああああああああああああっ!!!」

 鴉間の周囲に大量の……《常識》が展開される。鴉間が操ることのできる全ての《常識》を並べたのかもしれない。一つ一つが砲弾のような形をとった、数えるのもバカバカしくなる程の《常識》が私の視界を埋め尽くしていく。

「ちげーだろ! なに、俺を見下してんだバカが! 俺が中心だぞ! 俺が神だぞ! 俺の思い通りに動けゴミが! 逆らってんじゃねーぞこのアマが!」

「「み」が足りませんね。」

「―――!!!! 死ねええええええええええええええええええええええええっ!」



 ああ、なるほど。女を罵倒する時によく使う「このアマが!」ってセリフと、自分の名前の雨上をかけて、「み」が足りないってか。怒れる《空間》の支配者を前に挑発とは恐れ入る。オレ様のパートナーはホントにスゲー奴だ。

 鴉間が放った大量の《常識》。それはつまり、火や水、風や電気っつー自然の力はもちろん、剣やらハンマーやら、ただの石ころやビームと化した光とかだ。相手に放つことで相手に傷を負わせることのできるモノは全てと言ったところか。

 こんな光景をちょっと前に下界で見たことがある。人間が戦争をしている時だったな。一つの戦艦が、持てる武力を一斉に放つ攻撃。銃弾、砲弾、ミサイル……とにかく全てをぶっぱなして標的を殲滅しようとしていた。

 んまぁ、それと比較するには規模に差があり過ぎるか。鴉間がやっている一斉発射を……かつてオレ様が引き起こした戦争でぶっぱなしたとしたなら、天使の軍勢を数秒で壊滅できるだろう。悪魔側の大勝利だ。

 だがそんなとんでもない攻撃は雨上にかすり傷の一つもつけられない。放たれた《常識》は雨上の手前で止まる、吹き飛ばさる、砕かれる。『天気』の連中と『空』の空間操作によって鴉間以上の絶対防御を実現している。今の雨上には……下界に存在しない《常識》である《魔法》以外は効果がないだろうな。

 正直、とんでもない。鴉間の攻撃はオレ様も受け止められる自信が無いんだが……


「落ちろ! 落ちろ! 落ちろ落ちろ落ちろおちろおちろおちろおちろおおおおおお!」


 鴉間が叫ぶ。持てる全てを叩きこんでいる鴉間の必死さと、汗の一つもかいてない雨上のいつも通りの半目。

 は、なんだよ。思い出しちまうぜ。

 自分は強いと思っていた。最強だと思っていた。そんな自分の全力全開、出し惜しみなしのフルパワーの攻撃を涼しい顔で防がれる。

 そう、あの感覚に似ている。天使の軍勢を突っ切って一度だけ迎えることができた、あいつとの一対一。必死なオレ様を笑いながらあしらうあいつ。

 今の鴉間があの時のオレ様であるなら、今の雨上ってのはあの時の……神の立ち位置だ。

 雨上が神さま。んまぁ……間違ってないと思う。

その昔、人間は空を見上げて祈った。

『どうか恵みの雨を。』

 度が過ぎた大雨となればこう呟いた。

『どうか怒りをお治め下さい。』

 稲妻が走り、風が吹き荒れれば、供物を捧げて生贄を差し出した。

『どうかお許し下さい。』

 昔の人間は天気を神の意思だと思っていた。天気を『空』と呼ばれる存在の表情だと思っている雨上とどこか似ている思想だ。

 雨上は気付いているんだかな。雨上の言う『空』ってのは……今、雨上の後ろに立っているそいつは、昔の人間からしたら、神そのものだってことに。


「ん?」

 考え事をしていたらいつの間にか静かになっていた。雨上は相変わらずの状態。鴉間は――

「――っ! ――!! ――!?!?」

 声にならない叫びをあげている。頭を抱え、目はどこを見ているのか。

あれは、どうしようもない状況に放り込まれた人間の顔だ。要するに、絶望。


「俺が……俺……ああ……ちがう……負けてない……」


 鴉間の人格を形成した《空間》の力の絶対性。それが崩れた今、鴉間の精神はかなり不安定なはずだ。力の強い《常識》のゴッドヘルパーであるということは、システムからの影響を大きく受けるっつーことだ。

「ふぅ……決定的だな。」

 オレ様は雨上の横に移動した。

「雨上、とどめを頼む。」

「気絶させろってことだよな……?」

「んああ。」

 雨上が『雷』の方を見ると『雷』がこくりと頷き、鴉間の方を見た。


「………!! ぐ、があああああああああっ! まだだああああぁぁっ!」


 『雷』が動く前に鴉間が叫び、同時に鴉間が高速で雨上から離れ出した。

「んな! あいつ! 逃げる気か!」


「俺がぁ! この俺が負ける、わけが無いんだ! サリラが! サリラが復活すればそれで! もう一度あの力が! 俺の最強がああああっ!」


 あの力……身体を《空間》を操る為に最適化するあれか。第三段階の強さのもう一つ上。

 強いて言えば第四段階か。鴉間のあれと今の雨上の状態には一つの共通点がある。

 それは、《常識》を操るための最適な形をとるという点だ。

 雨上はシステムそのものに自我を与えた。《常識》を管理するシステムに自我を持たせて自分で《常識》を操らせる。これ以上の最適はあり得ない。料理人が誰かにレシピを教えて、その誰かが作る場合と、料理人本人が作る場合とでは、同じレシピでも後者の方が確実に美味しいってわけだ。

 そして鴉間は自分の身体を変形させて、《空間》を操るのに最適な状態になった。

 そう……ついさっきまで、この二人のバトルは歴史上初の、第四段階に到達した者同士のバトルだったわけだ。

 だが、鴉間の第四段階を支えていた《身体》が負け、鴉間は……上手く力を操れない第三段階になった。そんな鴉間が、今の雨上に勝てる可能性は万に一つも……ない。

 そりゃ逃げるしかねーわな。サリラの復活っつーほとんどありえねー希望にすがって逃げることしか出来ることはねぇ。


「あああああっ!」


 鴉間が逃げながら壁を作っていく。自分と雨上の間に、あらゆる《常識》でできた無数の壁を出現させていった。空間の壁、岩の壁、鉄の壁、炎の壁……一つ一つが数キロ四方もある巨大な壁が何重にもなっていく。

 雨上の追撃を防ごうとしているんだろう。実際、この壁をオレ様がぶち破ろうと思ったなら、全力全開の黒い炎を放つ必要がある。だがなぁ、鴉間よ。お前を倒そうとしている奴ってのは、オレ様を軽く超える力を……まさに神の力を手にした一人の眠そうな女なんだぜ?

「みなさん。お願いします。」

 雨上が右の手の平を今もなお分厚くなっていく壁に向ける。すると背後に立っていた『空』が雨上の左に移動し、雨上の右手に左手を重ねた。続いてまわりに浮いていた『天気』の連中の姿が動物の姿から一筋の線となり、雨上の右手の前で渦を巻いていった。最後に黒い巨人である『悪天候』が加わり、グルグルと中で雲が渦巻く手の平サイズの小さな球体が雨上の右手の前に出来あがった。

 それは雨上がリッド・アークに叩きつけた史上最悪の悪天候に似ているが、その力、エネルギーは段違いだ。

『あはは。はれいがいぜんぶだね。』

「……そうなるな。」

あの球体には『晴れ』を除く、この世界で起こるすべての《天候》が入ってると言っても過言じゃない。

『はるか、きょうのてんきは?』

「ああ……」

 雨上との間にすさまじい距離と膨大な壁を作っていく鴉間を見据え、雨上は言った。


「今日の天気は『私以外、全て』でしょう。」


 《天候》渦巻く一発の球体が放たれた。鴉間の作った壁を、まるでそんなもの無いかのように一切の減速なく貫いていく。鴉間の移動速度を遥かに上回る速度で距離と壁を破壊していく。

 鴉間が何かを叫んでいるようだ。だが、あまりに遠くで聞こえない。

 よもや、こんな大きな事件の決着を、相手の最後の言葉が聞こえないような場所で迎えることになろうとはな。


「―――――――!!」


 遠くの空で空間が弾ける。一瞬の出来事ではあったが、大雨、暴風、雷、吹雪、氷塊……全てが巻き起こり鴉間を飲みこんだ。


 自らを中心であると信じ、神であると豪語した《空間》のゴッドヘルパー、鴉間空は、正真正銘、神の力を行使する《天候》のゴッドヘルパー、雨上晴香によって撃破された。

 皮肉にも、自分と同じ名前の存在に。

第五章 その6へ続きます。

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