Revellion&Egotistic その4
第五章 その3の続きです。
先ほどからよく転びます。前に一歩踏み出そうと思ったら足が無かったりするので。
「ほっ。」
ジュテェムが足元に散らばっている石ころを数個投げ上げました。それらは次の瞬間銃弾となって自分の方に落下してきました。自分は空気を《回転》させ、それらを横に吹き飛ばしました。ですが――
「! 熱いですね!」
突然自分の周囲の《温度》が上がりました。
「かかったぜ! リバじい!」
「うむ!」
リバースが《抵抗》を操作して空気の壁を作り出し、自分を熱い空気の中に閉じ込めました。
恐らく、予めどこかの空気を熱くしておき、自分が空気を《回転》させるとちょうど自分の所にその熱い空気が来るようにしたのでしょう。自分に悟られずに熱い空気の中に入れるために。自分の行動の先を読んだ的確な攻撃ですね。
「サウナに入り過ぎて倒れる奴っているよな。脱水症状起こして気絶しろ、ディグ!」
「……随分昔に、これによく似た修行を行いましたので慣れていると言えば慣れているのですが。」
自分はリバースが作りだした空気の壁を高速回転させました。
「……ぬっ!」
物が《回転》するとそこには遠心力が働きます。空気の壁はその遠心力によって弾けました。
「なんという速度で回すのか……わしの力では抑えられんかった。」
「そりゃ、《回転》のプロだもんな。」
リバース、ホットアイス、共にまだまだ余裕のある表情です。ジュテェムも周囲の菌を操ることに集中しているチェインを守りつつ、油断なく自分を睨みつけています。
……正直なところ、とてもピンチのような気がします。時間をかければかけるほどに自分の身体が食べられるスピードが早くなります。
時計の針を回すイメージでもって時間を操ることはできますが……彼らのリーダーは《時間》のゴッドヘルパー、メリー。自分がある程度は時間を操れることは知っているはずでしょうし、その対策もばっちりと思われます。
一度試してみる価値は……いえ、危険ですね。彼らからしたらこれ以上ないくらいに予想できる自分の行動です。そこに何かしらの策をぶつけられ、あの箱の中に閉じ込められる可能性は高いでしょう。
となれば、自分が二千年使い続けた《回転》のみが勝機。
「……ふふふ。」
「んあ? なぁに笑ってんだ。」
「いえ、こんなに勝つためのあれこれ考えるということが新鮮でして。」
「……強すぎる故の発言じゃのう。」
「あまり戦いを長引かせてはいけませんね。力で押しますよ。」
自分は自分の後ろにある建物を捉えました。
「……!」
それをチェインへ飛ばしました。しかしそれはジュテェムの手前で方向を変え、空高くへ飛んで行ってしまいました。今頃は宇宙でしょうか。
「……なんだ……今の。」
ホットアイスが驚愕しています。無理もありませんね。今までとは段違いの速さですから。
「あんなに大きな建物だというのに速すぎて見えんかったぞい。」
「ふふふ。今の速さがこの場で出せる最速なのですよ。」
「最速だぁ?」
「《回転》は軸、半径、角速度の三つから成立する現象です。それぞれをどのくらいのモノにするかは自分で決めることができますが……自分が考えて出せる最速よりも、実際にある速度を使って出す速度の方が速いのです。」
「イメージによる最速よりも速い速度だぁ? んな高速で《回転》してるモンがあるかよ。」
「あはは。確かに実感はないでしょうね。」
自分は初めてあの《回転》を感じた時の興奮を思い出しながらホットアイスに問いかけます。
「ホットアイス、あなたはこの星……地球がどれほどの速度で《回転》しているかご存知ですか?」
「地球……?」
「地球の円周は約四万キロメートル。一回転するのに二十四時間。ホットアイス、あなたがそこで二十四時間立ち続けた場合、二十四時間かけて四万キロメートルを移動したことになるんですよ。その速度は単純計算、時速千六百キロです。秒速四百メートル……信じられない速度ですよね。」
「その速度で……《回転》させてるってのか。」
「軸は地球の中心、半径は地球の半径、角速度は地球の自転速度。これにより、目にも止まらぬ速さで物を飛ばせるわけです。勿論――」
自分はチェインの真横に移動しました。
「!!」
「自分も。」
自分は空気を《回転》させて圧縮し、それをチェインにぶつけようとしました。ですが――
「……手がありませんね……」
ええ、いつの間にか手が食べられていました。
「チェイン!」
ジュテェムの叫びと共に、自分は真後ろに強力な力で引っ張られました。そのまま近くのビルに叩きつけられ、骨や内臓がグシャグシャになりました。
「んだよあれ! もはや瞬間移動じゃねーか!」
「もっと性質が悪いぞい。姿を見せぬまま、わしらを全滅させることができるのじゃからな。」
「《速さ》の……速水くんでしたか。彼もあれくらいで移動できますが……彼の場合はきちんと走っていますので移動する前の動作などで次の動きを予測できます。ですがディグは自分を《回転》させています……予備動作がまったくありません。」
自分は瓦礫の中で立ちあがります。
さてどうしますか。鴉間との戦いで行った時間の巻き戻しはできないとして……隕石などを落とすにはさすがに自分自身、宇宙に出なければ捉えられませんし……
「むっ!」
「! どうしたリバじい。」
自分が彼らの前に出ていくとリバースが厳しい表情になりました。さすが《抵抗》ですね。
「二人にはわからんじゃろうが……今、ディグの周囲の空気が乱れておる。何か薄い……そう、ガラスのような物がディグの周囲を高速回転しておる。」
「ええ。そこのお店のショウウィンドウを拝借しました。」
「……その状態で先ほどの高速移動を行うわけですか。」
「おいおい、ちょっと横を通過されるだけでおりゃたちは真っ二つか。」
「それで済めばいいがのう。バラバラかミンチじゃよ。」
「ふふ、行きますよ。」
自分は数十センチ浮いた状態で移動を開始しました。そこらの石ころを浮かせて飛ばす要領で自分自身を飛ばす。それにより、手や足が食べられたとしても動けるのです。
キュインッ!
凄まじい速さで周囲の風景が後ろに飛んで行きます。しかし久しぶりにやったもので、少々方向を間違えました。リバース達の方向ではなく、彼らの後ろのビルに向かっています。
自分は地球の自転速度でビルに突撃しました。ですが……自分が周囲で高速回転させているガラスが壁を切り刻んでいくので、結局自分はビルに綺麗な大穴をあけて通過しました。
「なぁにがバラバラかミンチだよ。あんなん受けたらミキサーに入れられた果物とかみてーに原形を完全に無くすぜ。」
「来たぞい!」
「グラビティ・シールド!」
今度は間違いなく、リバースの方に突撃しました。視認できるような速度ではないのですが……空気に動きを感じることのできるリバースが自分の位置を捉えました。そしてリバースの指示した方向にジュテェムが重力の壁を作りました。それにぶつかると自分は進行方向と真逆に引っ張られます。ですが、自分の今の速度は《重力》の力で止められるモノではありません。
「ほいっ!」
壁を突き破ろうというその瞬間、ホットアイスが自分のいた場所を爆破しました。重力と爆風の力で自分は押し戻されました。
先ほどから感心してばかりですが……すばらしいコンビネーションですね。
自分は速度を落とさず、彼らの周囲をグルグルと飛びながら機を伺います。
……いくつかの建物に大穴を開けながら。
「まずいのう。あの技は……」
「そうかぁ? 確かにやべーけどよ、あいつよりも速く動ける奴らとも戦ったことあんだろ? 音速の何倍もの奴とか、光速とか。リバじいがいるんだ。見えなくても関係ないぜ。」
「わかっとらんの。確かに今のディグの何倍も速い奴はいるが……それでも戦うとなったら最も厄介になるのはディグじゃ。」
「んあ?」
「ホっちゃん。わたくしもそう思いますよ。」
「ジュテェムもか?」
「ええ。速く動くということは、それだけ機動性を失うということです。曲がろうと思った時と実際に曲がり終えた時の差は速度に比例します。しかしディグの場合、あれほどの速度だというのにその差はほぼゼロなのです。」
ジュテェムが自分への警戒は怠らずにホットアイスに説明しています。自分のこの移動方法の最大の利点を。
「高速移動を行うゴッドヘルパーの大半は……それを『直線運動』として行います。しかしディグの場合は《回転》故に『曲線運動』です。最初から曲がっている移動……方向転換に関して言えばディグに右に出る者はいないでしょう。」
「曲線て……あいつは真っすぐに飛んでんじゃんか。」
「そう見えるだけ……なんですよ。わたくし達が立っているこの地面は地球の上にあるんですよ? 曲線のはずじゃないですか。けれどわたくし達にはこれが『曲がっている』なんて思えない。スケールが大きすぎるんですよ。」
よくわかっていますね。しかしわかっていてもどうしようもないことというのはあります。
「! 来るぞい!」
自分はリバース達の周りをグルグル回ります。
「うおっ! 地面が削られてくぜ。かなり低く飛んでやがる。」
「しかも……わたくし達を囲む様に移動していますよ。ディグという竜巻の中心にいる感じですね。」
「……加えて……まずいの。」
自分はリバース達の周りを回りつつ、その円の半径を縮めていきます。
「おいおい! おりゃ達の方にドンドン迫ってくんぞ!」
「輪っかの中に閉じ込められ、その輪っかがドンドン小さくなっていく……じわじわと絞め殺すようですね。」
「ジュテェム、なんとかなるかの?」
「やって……みます!」
ジュテェムが両の腕を大きく開きました。瞬間、自分に横方向の力がかかります。リバース達を中心に周囲三百六十度全方向へ、外向きの《重力》が働いているようです。じわじわと内側へ向けて半径を小さくしているのですが……何か壁があるかのように、抵抗を感じます。
「うっし、そのままだぜ。リバじい、バリアーだ。周囲を爆発させる!」
重力の壁に止められている自分を吹き飛ばそうというのですね。しかし――まだまだ。
「……! ジュテェム、上!」
「!!!」
《回転》させられるのは一つだけではありませんからね。自分自身を移動させると同時にそこらの建物も動かしました。今、リバース達の頭上に降り注がせます。
「さすがにあれほどの重量ははね返せません!」
「おりゃがぶっとばす!」
「無理じゃ! ここは――」
ドドドドッ!
降り注ぐ超重量にジュテェムの重力の壁は破れました。同時に自分も半径を一気に縮め、降らせた建物共々リバース達を飲みこみます。
自分はその場所から少し離れた場所に着地……しようとしたのですが、脚どころか下半身が無くなっていました。
「おや……」
自分はそこで一度死に、五体満足の身体で今度こそ着地しました。
「……これで残るはチェインだけ……となれば楽なのですがね。」
さすがと言いますか……いやはや。
「よく生き残れましたね。」
おかしなことに、リバース達は建物を落とした場所から少し離れた所に無傷で立っていました。
「確かに重力の壁の崩壊は確認したのですが。」
「ええ……さすがに無理でしたから。」
「危なかったぜ。サンクス、リバじい。」
「……これは切り札じゃからな。相手にわしらが何をしたか気付かれる前に勝負を決めんとな。」
さて、リバースは何をしたのでしょうか。
「ジュテェム! あれやんぞ!」
「承知です!」
自分が考えに浸っている間に、ジュテェムが自分が先ほど降らせた建物を空高くへと浮かべました。
「リバじい、バリヤー! 行くぜぇ!」
ホットアイスが上空の建物に両手を向けました。すると建物は製鉄工場のドロドロの金属のように溶解し、超高温の雨となって自分に降り注ぎます。
「あれだけの質量を一瞬で溶かす《温度》……恐れ入りますね。」
自分は再びガラスを高速回転させつつ、自転速度での移動に入りました。文字通り雨のように落ちてくる高温の液体をかわし、そのままジュテェムに突撃します。
「んがっ! この雨をかわすのかよ! なんつー機動性!」
自分の攻撃にいち早く反応したホットアイスは標的であるジュテェムの前の空間を爆発させました。
「おっと。」
自分はそれをよけて上空へ。しかし、その判断は間違いでした。爆発なんて気にせずに突っ込んでいればよかったです。
「……これは……」
自分が移動した上空、そこには太陽がありました。地球から見る眩しい姿の太陽ではなく、宇宙から見た火の玉状態の太陽。
先ほどドロドロに溶かして降らせた建物はあれが全てではなかったのですね。一部を《重力》で浮かせておいた。全ては、自分がこうやって上空に移動してくるのを見越して……!
「何と言う……戦闘技術でしょうか。」
「はっ!」
ジュテェムの叫びと共にその太陽は自分へと落下し、自分を飲みこみました。全身に走るのは熱。熱いだの痛いだのを通り越した……身体が瞬時に溶かされていく感覚。二千年の人生の中にも、溶岩に飛び込んだことはありませんでしたね。
再びの輪廻転生。時間にすれば一瞬のことではありますが、自分はそのわずかな時に状況を整理しました。
自分は《回転》、彼らは《温度》、《重力》、《抵抗》、《食物連鎖》。
彼らのコンビネーションは完成されており、互いに弱点を補っています。すきなどというモノは存在しません。
《食物連鎖》により、現在自分は周囲の空気中を漂う菌類に捕食されます。捕食される速度はどんどん速くなっており、もはやまともに四肢を使えない状況です。それを何とかしようと思ってチェインを倒そうとしても、残りの三人が息の合った攻撃でそれを阻みます。
今の自分にできる最高の技……自転速度による突撃は彼らも危険視しており、全力で防いできますが……先ほど、確かに全員を攻撃したというのに彼らは無傷でした。何らかの方法で自分の攻撃を防いだのか……かわしたのか。
……先の戦いで得た《時間》を操る力。メリーとの共闘や生活で理解した《時間》操作……これほど絶対的な力があるというのにそれも通用するか怪しいところです。なぜなら彼らのリーダーがメリーですから。
自分が《時間》操作を行うであろうと予測することは容易く、《時間》のゴッドヘルパーが何の対策も授けていないなどあり得ません。自分が《時間》を操作した瞬間、勝負が決する可能性すらあります。
「ふ……ふふふ……」
「あん? 何笑ってんだ。」
自分は黒く焦げた地面の上に立ち、笑いました。
「いえ……なんと言いますか……今、自分は『追い詰められて』います。これまでの人生で一度も経験したことがないことなのです。自分の能力への対策をしっかりとしてきた相手との対峙などということはこの二千年間ありませんでした。」
笑みもこぼれるというものです。
「観念したか? んじゃ大人しくあの箱の中に入って封印されろ!」
「それはできませんね。自分は世界を救わなければなりませんから。」
自分は高速回転させていたガラスを止め、地面に置きました。
「……? どういうつもりですか。」
「ジュテェム、ホットアイス、リバース。あなた方は本当に強い。加えて両手両足が満足に使えないこの状況……気のきいた技や能力は自分にはありません。あるとすれば、あなた方についた一つの嘘でしょうか。」
「嘘じゃと……」
「自分はさっき、自転速度が最速だと言いましたね。しかし、あれは正しく言うと、自分で制御できる最速なのです。」
「なんじゃと!」
「もう一つ、この地球上で感じることのできる《回転》があります。それは公転です。」
「……地球が太陽の周りを回ることですね……その速度は……」
「地球は約九兆キロメートルの距離を一年で《回転》します。その速度は時速十万キロメートル。地球における速度など、宇宙においては止まっているも同じです。」
「さっきの速度のざっと一〇〇倍のスピードってか……」
「制御は不可能ですので、あなた方を狙って突撃することはできませんが……ヘタな鉄砲も数撃てば当たるそうですから。」
「おいおい、この辺一帯をチーズみてーに穴だらけにする気かよ。」
「そうでもしないと勝てそうにないので。それにあまりゆっくりしていると輪廻転生した瞬間に食べられるという状況になってしまいかねません。そうなってしまったら自分を箱に閉じ込めることは簡単でしょうから。」
「……ディグ・エインドレフの《回転》の真髄ってか? 普通の奴が十万キロメートルなんつー速度出したら曲がるなんてとんでもねーからな。まっすぐにしか移動できない。だがお前にはそれができる。」
……時速十万キロメートルによる完全無差別のランダム攻撃と言ったところですかね。再びガラスを高速回転させて突撃準備完了です。
「ではご招待しましょう、《回転》の宇宙へ。」
静かになりました。今の自分は音よりも遥かに速いのですから当然ですが。
周りの景色は……もはや何がなんだか。速すぎて白い壁にしか見えませんね。
彼らに突撃できたのかいないのか。実はすでに三人ともやっつけてしまっているのかもしれません。しかし、やっつけていないかもしれません。
この速度における自分の機動性から考えるに、恐らく彼らと戦っている場所から半径百メートルくらいの範囲を無差別に飛び回っているのでしょう。先ほどの自転速度においてはそれほど目立ちませんでしたが、十万ともなれば自分が出す衝撃波は無視できるようなものではありません。自分が穴をあけつつ、衝撃波で周囲を破壊していく……まさに嵐の中です。
しかし驚くべきは、こんな速度でも依然として自分の身体が食べられていることです。この高速移動を開始してから既に二回死んでいます。時速十万キロで動く物体に浮遊する菌がしがみつくなどということはありえないのですが……
もしかしたらチェインは、《食物連鎖》を使うことで対象の生き物そのものを変化……進化させているのかもしれませ――
「!!」
その時、強烈な違和感が自分を襲いました。同時に、突然地面が無くなってしまったかのような不安定感。今までそこにあるのが当然と思っていたモノが消えてしまったような……圧倒的な恐怖。
次の瞬間、地面に頭から突っ込んだ自分は鮮血を撒き散らしながら数十メートル転がり、そこで死にました。そして――
「…?……!?」
何なんでしょうかこれは。《回転》の力で浮かぼうと思っても浮けません。ガラスを《回転》させたらあらぬ方向へ飛んで行きます。一体これは……!?
「メリーさんから聞いたのですが……」
倒れている自分に近付いてきたのはジュテェム。なんということでしょうか、彼は無傷です。
ちらりと周囲を確認します。そこままるで空襲を受けた土地のようでした。多くの建物が見るも無残な形へと崩壊し、地面はえぐれています。ジュテェムは確実にこの場所にいました。それなのに……周囲がこれほどの被害なのに彼は無傷です。《重力》の力では時速十万キロの速度は止められません。それなのに……
「ディグ、あなたは鴉間との戦いの際、空間を《回転》させることで鴉間の空間操作を狂わせたそうですね。鴉間が自分の前に出そうとした空間の壁が後ろに出てしまったりという現象があったのでしょう?」
「……それがどうかしましたか。」
「そこからヒントを得ました。だからこうしてあなたを止められた。」
そう言いながらジュテェムは小石を拾い、それをポイッと宙に放りました。するとどうでしょう、本来ならそのまま地面に向かうはずの小石は突然右に移動し、かと思ったら突然下、左、上……空中をジグザグに移動しています。
「ディグ、あなたの右腕に下方向の力、左腕に上方向の力が加わったとすると……あなたはどうなります?」
「その場でぐるりと《回転》す――まさか!」
「ええ。ここら一帯の《重力》をめちゃくちゃにしました。わたくしとあなたがいるこの場所は下方向にかかっていますが……こちらに少し移動すると真横に飛んで行きます。あちらに行けば空高くへ。」
「……その方法で……自分の《回転》を……」
「正直、《重力》がうんぬんという訳ではなく、力がめちゃくちゃなこの場所があなたにはまずいんですよね。右回転させようとしたら変な力がかかっているせいで左回転になってしまったり、ある物を動かそうとしたら別の物が動いたり。いつも通りの《回転》を起こせないわけです。」
ジュテェムの言う通りです。この世界の物体に等しくかかる力は《重力》……それと地球が《回転》していることで発生している遠心力。この二つが二つだけかかる世界が自分にとっての当たり前です。その中で《回転》を行ってきた自分には、今のこのめちゃくちゃな空間が理解できません。
「なんということでしょうかね。自分の作戦で自分が追い詰められるとは。しかし解せませんね。」
自分はちらりと周囲を見回しました。《重力》は全ての物に等しくかかっています。このめちゃくちゃな空間では、そこらの瓦礫はもちろん、建物でさえ空中を縦横無尽に駆け回っています。今もなお……
「こんな……スーパーボールがとびはねる狭い部屋のような空間で、あなたたちは何故そうも余裕なのでしょうかね。それ以前に、自分の攻撃をどのようにして防いだのか……」
「さっきのはさすがに驚きました。実際、何度もあなたはわたくしたちに突っ込んできましたよ。けれどリバじいが対処してくれました。」
自分は少し離れた所にいるリバじいを見ました。彼はそれに気付き、こちらに向かって歩きながらタネ明かしをしてくれました。
「わしはほれ、《抵抗》じゃからな。摩擦っていうモノを操れる。ディグ、お前さんをすべって転ばせたりの。あれをわしらの身体に行ったのじゃ。」
「身体の摩擦を無くしたというのですか?」
「足の裏以外をの。」
「……なるほど。つまり、自分があなた達に突撃しても、あなた達の身体の表面……服や肌に触れた瞬間、つるりと滑っていた訳ですか。」
リバース達の身体がそうなっていたとすると、どんな攻撃でも傷をつけることができません。剣で斬りかかろうとも、刃先が滑って刃が立たず、斬り込む事はできません。銃弾を受けようとも、つるりと滑ってあさっての方向へ飛んで行きます。
唯一有効なのは……服や肌の表面と、一度の狂いもなく直角に来た攻撃のみです。少しでも傾いていたら滑ってしまいます。しかしそれは事実上不可能な現象です。服も肌も、平らな板ではないのですから。
「欠点は、これをすると……転んだりした時に大変なことになるとこじゃな。どこまでも滑って行ってしまうし、二度と立ち上がれん。表面の摩擦をゼロにしながら戦うのは危険極まりない……故に、これは防御の時にしか使えんのじゃ。」
「ふふふ……これは敵いませんね。しかし次はどうしますか? 自分はまだ戦えます。この《重力》がめちゃくちゃな空間の外から物を持ってきてここに落とします。ロケットが《重力》をふり切れる道理で、それなりの速度を持たせればこの空間の《重力》に関係なく、あなた達を攻撃できます。なんなら地球の《回転》を一瞬止めましょうか? 遠心力によってみなさんは宇宙の彼方へ飛んで行きます。無論、地球上の全てですが。それに――」
「らしくないですね、ディグ。随分と余裕がないようです。もう理解しているはずです……今言ったことの全てが無理だと。」
「――!」
……ええ……《回転》を起こそうとしている自分がこのめちゃくちゃな空間にいる以上、この空間の外の物も操れません。距離感が狂い、軸の位置も半径の設定も狂ってしまいます。地球の自転という巨大な《回転》ですら、今は感じ取れません。
まるで、光が一切入らない……暗闇の中にいるかのよう……
「……完敗……ですね。」
「……ホっちゃん、頼みます。」
「おう。」
自分の周囲の《温度》が上がりました。サウナの中にいる感覚ですね……
いえ、それ以上の効率の良さです。既にのどがカラカラです。人体に支障をきたす部分を集中的に熱くしているのでしょう……
「……箱に閉じ込められる……無限の輪廻転生の中……ふふ、次に外に出られるのはいつのことか。」
「そう、遠くないと思うぜ。サマエルとか鴉間を止めれば問題は解決だかんな。あとはメリーさんが解決してくれる。」
「すぐに外に出られるとして……自分は自分でいられるのでしょうかね。なにせ経験した事の無いことが起きるわけですから……肉体はともかく、精神が先に死んでしまいそうですよ。」
「らしくないのう。」
「仕方……ありません……負けるのは……初めてですから……」
《回転》を感じられません。
体温が上がっていきます。
身体のあちこちが食べられていきます。
こちらの攻撃は効果がありません。
「二千年の……長旅……この先の数千年のために……仮眠すると……しましょう……」
「……ほれ。」
「ええ。よっこいしょ……」
バタン。ガチャ。
「……チェイン、もういいですよ。」
「ふぅ……」
「御苦労さまじゃったな、チェイン。」
「……変な感じだわ。今、その箱の中にディグがいる……のよね。」
「封印って感じだよな。いやー、強かったぜ。」
「これで第三段階ではないのですからね。それでも、ここまで自分の《常識》を極めたゴッドヘルパーは歴史上、いないんじゃないですかね。」
「さすがだったな。特に、《時間》を使わなかったぜ、こいつ。メリーさんがくれたこれ、必要なかったな。」
「そうね……」
「逆時限爆弾っつってたっけか。《時間》が止まると《時間》が動きだして爆発する爆弾。」
「《時間》を操れる相手にしか意味がない武器じゃの。しかし……ポケットに入れていたのでは自分にもダメージがあるんじゃないのかのぅ。」
「それは心配ないわ。相手が《時間》を止めたら起動して爆発するんだから。くらうのは相手だけよ。だってこれが爆発した時、あたくしたちは《時間》が止まっているのだから。」
「《時間》が止まるということは干渉できないということですからね。豆腐も切れなくなりますよ。」
「何にせよ、起動しなかったってことは、ディグが一度も《時間》を止めてないってことだよな。」
「考えてみれば、《時間》のゴッドヘルパーをリーダーに持つわたくし達に《時間》による攻撃をするなんて……無謀ですよ。わたくしがディグなら、何かしらの対抗策を持っているはずだと思いますし。」
「しっかしまぁ……疲れたぜ。でもまだ終わってないんだよな。」
「そうね。ハーシェル……雨上さんが鴉間と戦っているわ。それに、まだ誰とも戦っていない敵があそこに立っているわよ。」
「お姫様が相手をしているようじゃのう。」
「うっし、いっちょ加勢すっか!」
「……そろそろ、局面が動きますかね……この戦い。」
全身に走る激痛。オレ様にここまでのダメージを与えた奴はそういないぜ。
サマエルの毒がオレ様の身体のあちこちの存在意義を剥奪する。翼からは飛行能力が奪われ、身体を覆う鱗はその硬度を失う。
このままじゃあ……やべーな。
「んじゃあ……これはどうだ?」
「……!?」
オレ様は体内の魔力を黒い炎に変え、自分自身を燃やした。
「!!……っぐああああああああっ!」
そう叫んでサマエルは慌ててオレ様から離れた。肉体と精神を同時に焼くオレ様の炎……そういやこの戦いで初めてまともに食らったんじゃねーか? サマエル。
「ぐっ……あああっ……」
「ふぃー、あちちち。オレ様の魔力をオレ様が受けてもそんなにダメージはねーんだがな、お前はちげーだろう? いくらこの光の結界の中つっても密着状態の零距離攻撃だぜ。威力の減衰はねぇはずだ。」
「……御冗談を……そこらの低級の魔法ならともかく、ルシフェル様クラスの魔法ともなればその威力は自分の魔力だからと言って弱まるものではないでしょう……」
んだよ、ばれてんじゃんか。
「さて、どうかな。」
「さすがですね……私の毒を受けつつも、唯一私の身体に触れていない体内で魔力を燃やすとは……」
サマエルは……んまぁ蛇の姿だから微妙に表情がわかりにくいんだが、なんだが悔しいそうにした。
「……あの時……あの時ほど悔しく感じたことはありませんでしたよ……」
「あん?」
「《信仰》の力が無くなり、私たちと神との戦いが自然と収まった……収まってしまったあの時です。あの時、ルシフェル様とアザゼルは神に下りました。その理由はただ一つ……私たちを守るためです。」
「いや、あれは……」
「《信仰》の力は私たち悪魔にも力を与えていました。それが無くなったあの時、もしも神が率いる軍と戦っていたら……私たちは全滅したでしょう。それを防ぐため、ルシフェル様とアザゼルは神の軍に……そして私を次の悪魔の王に指名し、私に悪魔を任された。神からすれば、反乱の首謀者とその右腕の投降……申し分なかったのでしょう。そしてその姿勢に感化され、神は私を悪魔の王としていることを認めた。」
サマエルはそこで怒りをあらわにした。
「情けないことこの上ありませんでしたよ! なんと私の無力なことか! 私は知っていまいした! 今も改めて確認しました! 《信仰》が無くなったことで力を失ったのは神の軍も同じことです! ルシフェル様、あなたは《信仰》の力などなくともここまで強い! あの時、そのまま戦いを続けていても、ルシフェル様は神の軍を圧倒したはずです! しかしそうしなかったのは、私たちが無力だったから! 私たちを失うまいとあなたは投降した! あなたの手助けをするべき私たちが足枷となってしまった!!」
「……」
サマエルの言っていることは……半分半分だなぁ。
正直、《信仰》の力が無くなったあの時、妙に冷めちまったんだよな。オレ様は何をしてるんだってな。でもその考えが思い浮かんだことは当時のオレ様には謎だった。その謎を解くために、オレ様は神の下で一から頑張ってみようと思ったわけだが。
神に……サマエルと悪魔に手を出さないように言ったのは……オレ様のアホ踊りにつきあわせちまっただけだからだったんだが……
「……おい、サマエル。」
「はい。」
「次の一撃でお前を倒そうと思う。」
「っ!」
「だけどよ、その前にオレ様の話を聞け。オレ様の……二千年の答えをよ。」
「……答え?」
「サマエル、神ってなんだ?」
「……私たちの敵です。世界を作っておきながらろくに管理もしない。不平等、不条理……それに振り回される天使、悪魔、人間、動物……右往左往する彼らを見て楽しんでいる存在です。」
「……んまぁ、その考えをどうこう言うつもりはあんまねぇ。だけどその考えの前提には異議を唱えるぜ?」
「前提……?」
「世界を管理して当たり前、平等で皆が幸せ……完璧な世界を作るべきなのにしてないっつー考えのことさ。」
「?」
「簡単に言えばよ、神が全知全能って考えだ。」
「……何を……」
「下っ端天使として人間の世界を眺めてて一つ思ったことがあんだ。」
「……なんでしょうか。」
「『神様、どうか病気がよくなりますように。』『神様、どうかこの子に幸せを。』『神様、あの者に天罰を。』……多くの人間が神に祈ってる。普段は無神論者を気取ってても、どうしようもなくなると手を合わせる。一体一秒間にどれだけの願いが祈りと共に神に送られてるのやら。」
「それは神が不完全な世界を創ったから……」
「まぁ聞けよ。んでそういうのを眺めてオレ様は思わずツッコンだわけだ。『おいおい、んなにたくさんの願いを聞けるわけねーだろーが。』ってな。これっておかしいよな。」
「どこが……」
「だって神って全知全能なんだろ? なんでもできるんだろ? 全てが自由自在なんだろ? なのにオレ様は『んなの神にはできねぇよ』と思うんだぜ? 矛盾してんだよ。全知全能と思っておきながら一方ではできないことがあると思ってる。」
「……!」
「そこでよくよく考えてみた。なんでオレ様は神に挑んだ? 全知全能なんだろ? 勝てるわけねーじゃん。なんで勝てると思った? ずっと傍にいたオレ様がそれを理解できなかったのか?」
「ルシフェル様……」
「答えはな、サマエル。ずっと傍にいたからこそ、神が全知全能じゃないとわかったんだ。だから挑んだ。勝てると思った。神はな、サマエル。オレ様たちが思うほど絶対じゃねーんだよ。」
「……! そんなバカな! 神は……この世界を創った! 私たちも創った! 絶対的な存在!」
「証拠はオレ様たち自身だ。」
「んな……」
「オレ様たちは神の姿を元に作られた。人間もそうだな。ここで質問だぜ、サマエル。お前の目の前にお前とまったく同じ姿をした奴が立っていてだ、そいつが……そうだな、歩けば転び、泣きわめき、魔法の一つも使えないときたらどう思う?」
「……殺します……見るに堪えないでしょうから。」
「それだよ、サマエル。そう思うだろ?」
「?」
「仮に神が全知全能だったとしてだ、その力でオレ様たちを作ったとする。オレ様たちは……そう、不完全だよなぁ? 人間なんか魔法も使えない不良品ってことになる。神からしたらどうだ? 自分と同じ姿の奴が魔法は使えない、空も飛べないのクズっぷりだぜ? むかつくよな。」
「……」
「なのに神はオレ様たちや人間を作った。お前がさっき言ったように、楽しそうに眺めている。これがどういうことかわかるか?」
「……」
「神は最初にオレ様たちのような天使を作った。初めて作るのにいきなり欠陥品なんか作るかよ。全力で作るに決まってる。それでできたのがオレ様たちっつーならな……サマエル、神ってのはせいぜい『何かを創造する力』を持っただけの天使なんだよ。」
「……!」
「とりあえず自分と同じ姿の存在を作ってみた。しかしあんまり変化が起きない。天界という世界が出来あがったけど停滞している。そうだ、今度は自分とはちょっと違う感じで作ってみよう。あえて魔法の力を無くすのはどうだろう。おお、なんだか面白いのができたぞ。宗教? 文化? 技術? 自分には無かった物が生まれていく。うわあ、楽しいなぁ。」
「ルシフェル様!」
「これが神の正体だよ、サマエル。全知全能? そりゃオレ様たちが勝手に思ってるだけの偶像だぜ。だからな、オレ様がかつて覚えた怒りや今もお前が抱いてる怒り……不条理、不平等っつーのは当たり前なんだよ。神はそんなにできたやつじゃねーんだから。ガキが作った工作に芸術的センスがない! っつって怒るようなもんだぜ。」
「それでは……そんな……ありえない……」
「すぐに理解できるとは思ってねぇよ、オレ様も。何故ならオレ様が二千年考えて出した答えだ。お前もそれくらいの時間が必要だ。だから――」
オレ様は両の手に魔力を集める。
「とりあえずオレ様に負けろ。」
オレ様の両手から黒い炎でできた鎖が大量に放たれる。
「……!? 炎が減衰しない!?」
「減衰するとこから魔力を補充してんだ。オレ様の手から離れなければこの形を保てる。言ったろーが、オレ様の魔力なめんなってなぁ!」
「くっ!」
サマエルが迫る鎖の一本をその身体ではじいた。だが――
「ぐあああああっ!」
「黒い炎でできてんだ、触れるだけで燃やすぜ!」
「!! ならばっ!」
サマエルの口から紫色の針が発射される。その一本一本に白い光がまとわりついている。どーやらこの結界の光の力を自分の毒針にプラスしたよーだ。
「おらああっ!」
「はああぁっ!」
大量の鎖と毒針がぶつかり、互いに消滅させる。
「やるな!」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。」
「だけどなぁ、サマエル。オレ様はさっき言ったぜ?」
「?」
「次の一撃で倒すってなぁ!」
オレ様のその言葉に目を見開き、周囲を見るサマエル。
「! 鎖が結界内を覆っている!」
「その表現は正しくないぜ!」
オレ様は周囲に張り巡らせた鎖を一気に引き寄せた。サマエルの身体は鎖に絡め取られ、オレ様の元に引っ張られる。
「……! それならば、身体を毒で覆うまで!」
「学習しろよ、サマエル。さっきオレ様はそれをどうやってやぶった?」
「!?」
オレ様は鎖で自分の身体とともにサマエルを縛り付けた。
「何を!?」
「自爆に近いかもな。お前ほどの相手を倒そうっつーんだからな。」
「! まさか! 先ほどと同じように体内で魔力を!?」
「いくぜぇぇぇぇっ!」
ドカァアアンッッ!!
白い結界の中で弾けた黒い爆発は、オレ様とサマエルを包みこんだ。
オレ様はこの爆発を起こすためと自分を守るために消費した魔力がでかすぎたらしく、人型……天使型に戻った。
立ち込める煙を振りはらい、オレ様は辺りを見回す。
「……おお。」
光の結界に亀裂が走り、そして砕けた。オレ様は光に満ちた眩しい空間から、人間の都会の風景の中に戻った。ふと下を見るとサマエルがいた。サマエルはその姿をこれまた天使型に戻して落下し、ビルの一つの屋上に叩きつけられた。
「……術者がやられたから結界が解けたか。」
オレ様は全身激痛の身体を動かしてサマエルの元へ移動した。
サマエルは黒焦げの姿で大の字に横たわっていた。
「……どうだ、いてぇだろ。オレ様の炎。」
なんてことのない問いかけをしてみたが。返事は無い。激痛で気絶したか?
「……あ……あぁ」
「んあ、まだ意識あったか。」
しかしその目にはオレ様は映っていないようだ。もうろうとしてやがる。
「まだ……足りなかったようです……私が……あれを…………ルシフェル様……私の……」
サマエルが手を伸ばした先には《常識》のゴッドヘルパー。赤く輝くクリスタルへ震えながら手を重ねる。
「ああ……この青い輝き……これ……を……」
そこでサマエルの意識は途切れた。
「……サマエル……お前、ついてく奴を間違えたんじゃねーかな。オレ様なんかじゃ――」
……ちょっと待て。今、サマエルはなんて言った?
「……青い輝きだぁ?」
どう見たって赤色だ。もうろうとしてたから見間違えた? あんな綺麗な赤色を青色に? んなバカな。
「……! まさか……!」
オレ様はすぐに雨上に連絡をとった。
「雨上! 雨上!」
『なんだ?』
普通に返事が返ってきて少し驚いた。雨上は鴉間と戦闘中じゃ……
そう思って雨上の方を見ると、何故か二人とも空中で静止している。
「……戦いは?」
『……鴉間が今世間話をしてる。よくわからないんだが、時間を待っているらしい。私としても、鴉間の力がリセットされる時間が迫るのなら……まぁいいかなと。』
相変わらず……相変わらずだ。
「なら丁度いい。変なこと聞くがな、雨上。お前には空に展開した《常識》のゴッドヘルパーがどう見えてる?」
『? 赤い――』
「赤い?」
『球体だ。それがどうしたんだ? というかそっちは決着ついたのか?』
球体? 球体ってのは……角がないアレのことだろ? いやいや、どう見たってクリスタルだ。もっとカクカクしてる。
「……雨上には『赤い球体』に見えてるあれな、オレ様には『赤いクリスタル』に見える。ちなみにサマエルには『青色』に見えてたらしい。」
私はルーマニアから変なことを聞いた。私が誰かと通信しているのに気付いた鴉間は世間話を中断して私をじっと注視する。そして周囲を見渡し、ルーマニアがいる方……いや、正確にはたぶん、サマエルがいる所を見た。
サマエルがどうなっているかはわからないけど、ルーマニアが倒したらしいから、それを見たのだろう。
「――あっはっは! ついにっすか!」
そして、大笑いしだした。
これは変だ。《常識》が発動した今、サマエルが《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーの力で《常識》を止めないと鴉間の《空間》の力はなくなる。
初めから変だとは思ってたけどそれがどういうことかはわからなかった。だけど今の鴉間の笑いとルーマニアからの変な通信。
その時、頭の中でもやもやしていたモノがピンと張った糸のように繋がった。
「……まさかですけど……」
私はルーマニアと鴉間、両方に言った。
「《常識》のゴッドヘルパーは発動していないん……ですね?」
『ああ? どーゆーこった、そりゃ。』
ルーマニアの反応と同様に、鴉間も驚いたが、それは感心を含んだ驚きだった。
「あれまっす。まさかこんな簡単に看破されるなんて思わなかったっす。もう少しこのままだったなら、あっしの力が無くなったって思ったそっちのスキをつけるはずだったんすけど……」
『おい、雨上、説明しろ。』
「だから、《常識》のゴッドヘルパーは本当はまだ発動してないんだ。空のあれは……幻か何かだ。」
『んなバカな。あれはどう見たって《常識》……』
そこまで言ってルーマニアも一つの矛盾に気づいたようだ。
「その、『どう見たって《常識》』って発言がおかしいんだ。だって、前に発動した時は、天界でルーマニアと神様が戦ってた時なんだろ? 天界のことに忙しくてほとんどの天使が下界で発動した《常識》を見ていないんだ。いくらかはいただろうけど……少なくともこの場にはいない。それじゃあなんで……誰もが『あれは《常識》のゴッドヘルパー』だと思ったんだ?」
『言われてみれば……そうか、あの形状とか色ってのは……』
「ああ、きっと私たち自身のイメージだ。《常識》のゴッドヘルパーってこんな感じだろうかと想像した姿そのものなんだよ。だから誰も疑わなかった。」
『これは一体……』
「たぶんアブトルさんの……《物語》の仕業だ。」
『はぁっ!? んじゃ今までのバトルは全部……』
「いや、それは本物だ。たぶん、あの空だけが《物語》に取りこまれてるんだ。前の攻撃にとらわれ過ぎたんだ、私たちは。別に人が登場しない《物語》だってあるのに……」
だから……この局面にアブトルさんとメリオレさんがいなかったんだ。
『なんのためにこんな……』
「全ては、《常識》が発動するまで出てこないサマエルをおびき出して……ルーマニアに倒させるためだ。自分にとって唯一の脅威となる……魔法を使うサマエルを……!」
『んな……』
そこまで言って鴉間が拍手した。
「すごいっす! いや、びっくりっすよ。その通りっす。どっかに隠れちゃったサマエル様を引きずり出すには《常識》が発動する以外ないっすからね。アブトルに頑張ってもらったっす。と言っても『空に《常識》のゴッドヘルパーが出現する』って一文を実現してもらっただけっすけどね。」
「そして発動するまでに時間がかかるとか色々嘘をついて……ルーマニアと戦わせた。」
「そうっす。魔法とは戦いたくないっすから。」
鴉間はそこでようやくサングラスを外した。瞬間、ものすごいプレッシャーが私を襲った。同時に、さっきまで光っていた《常識》のゴッドヘルパーが歪み、瞬く間に消えた。
「あっしが第三段階になるとアブトルの《物語》に影響が出てしまうんす。だからずっと第二段階でいたっす。時間っていうのはつまり、サマエル様が負けるまでってことっす。」
鋭い眼光で私を睨みつける鴉間。
「さぁて……もうどうしようもないっすよね。サマエル様の部下……ディグやヘイヴィアとの戦い、チョアンとルネットの健闘でそっちは勝ってはいてもボロボロっす。チョアンとルネットはしばらく戦えないと思うっすけど……こっちにはまだあっしを入れて四人いるっす。保険としてあっしの力が無くなったかのように見せかけてスキをつくなんて作戦もあったっすけど、いらなかったっすね。」
「鴉間、サリラ、アブトルさんにメリオレさん。《空間》、《身体》、《物語》、《反復》……」
「なんすか? 改まって。」
「いえ、別に……大した事ないと思いまして。」
私の言葉に、鴉間は一瞬すごく恐い表情になったが、すぐにいつものおちゃらけた感じになった。
「そうっすか?」
「そっちに作戦があるように、こっちにもあるんですよ。ルーマニア。」
『あん?』
「ムームームちゃんと力石さんは近くにいるか?」
『んああ……少し前からこっちに向かって移動してたみてーだな。空中に浮かんでるお前が見える位置にはいるはずだ。』
「わかった。」
私は携帯を取り出し、音々の番号にかけた。
『はいはい。』
「音々、出番だ。」
『ありゃりゃ。それじゃ頑張るよ?』
「……なんすか。」
鴉間が周囲を警戒する。
「あ、別にそっちにどうこうっていうことじゃないです。」
「?」
「私たちにどうこうするんですよ。」
ジャーンッ!
突然、大音量のギターの音が響いた。その音はだんだんとどこかで聞いたかもしれないメロディになった。
「ギター? 《音》っすか。音切勇也っすね。今さら……」
「いいえ、《音》は《音》でも《音楽》です。」
「……!」
「私の親友の力です。」
『ディヴァイン・ヒールッ!!』
ギターの音に混じって音々の声。これこそ、私の作戦だ。
オレはムームームに背負われていた。外見的には小学生のムームームに背負われるってのはなんか嫌なんだが、そうも言ってられない。オレもみんなにとこに行かねーと!
「ここまでくればいいかな。」
「? 何がだよ。」
「雨上ちゃんの作戦。」
「? なんだよ作せ――」
その時、誰かの叫び声が聞こえた。そして、オレの身体が光に包まれた。
「な、なんだ!?」
「! これはすごいね。」
ムームームがオレを地面におろした。全身やけどで服もボロボロだったはずなんだが……
「……治った……?」
やけどはもちろん、服も、体力も元通り。ルネットと戦う前の状態までオレは回復した。
「あのケガを一瞬で……あーたーしたちの魔法でもこうはいかないね。さぁ、行くよ。みんなのとこに。」
わたしはとても驚いた。
「……全快……?」
チョアンとの激戦で指先も動かせないくらいのダメージが身体にあったはずなのだが、今のわたしはピンピンしている。
だいたいさっきまで気絶していたはずなのに、よく寝たーというくらいに気持ち良く目覚めた。
「そうか、まさかこれが晴香の……!」
わたしの友達は何かすごいことをしたようだ。
あたしと速水はとってもあったかい光に包まれた。
「すごいですよ! 脚の疲労がない!」
「そうね……あんたの力で速く動けるようになると脚とかヤバくなるんだけどね。なるほど、これが晴香の。」
「やっぱり雨上先輩はすごいなぁ。それと遠藤先輩も。」
「そっか。これは《音楽》の……」
わたくしは突然の光に戸惑い、そしてその効果に驚愕しました。
「……ディグから直接的なダメージは受けていないですが……なんでしょう、心というか精神力というか……そういうモノも回復したような気がしますね。」
「んだこりゃ。おりゃたちの《時間》が巻き戻ったのか?」
「違うわよ。たぶんこれ、雨上の作戦よ。」
「おお! なんだか若返ったような気分じゃ!」
「何をしたんすか!」
鴉間が驚愕している。
「……音々と音切さんに……魔法をかけてもらったんです。音々は《音楽》を聞いてその《音楽》から連想できる現象を実現することができます。アブトルさんの《物語》の中ではゲームのBGMを聞いて魔法を使っていました。《物語》の中でなくてもそれはできますけど、その力は《物語》よりは弱いです。」
「……それで《音》っすか……」
「はい。音切さんは《音》に感情を込めることができますからね。そのBGMを聞いている時の音々の感情と同じ感情をのせて音切さんが演奏すれば、普段よりもはっきりと現象をイメージできます。ゲームの回復魔法をイメージできる音楽を音切さんが演奏し、それを聞いた音々が魔法を発動する。これでさっきボロボロと言った私たちはピンピンです。」
「……魔法と戦うのが嫌でやった作戦に対して魔法を使う作戦っすか。皮肉が効いてるっすね。」
「これで……まぁ、リセットですね。」
「スゲーな、雨上。」
私の横にルーマニアが来た。もちろん、ルーマニアも全快だ。
「……構わないっすよ。お望み通りの第三段階っす。さっきまでのように行くとは思わないことっす。」
鴉間の周囲の《空間》が歪む。
「これは確信っす。《天候》のゴッドヘルパー、雨上晴香。あなたを倒せばもう敵はないっす!」
「あ、ちょっと待って下さい。」
「?」
私はもう一度携帯を取り出した。
「さて、オレは次の仕事をしますね。」
そういって速水はきょろきょろし出した。あたしはふとあることを思い出した。
「ああ……あんたが学校からここまで走ってきてゼーゼー言ってたのにすぐに回復したり、晴香がなんか突然現れたりしたのって《音楽》の力だったのね。」
「そうです。んで、魔法が発動した後、雨上先輩はオレに大事な役割を与えたんす。」
「あによ、それ。」
「遠藤先輩の護衛です。あんな魔法が使える人を鴉間側がほっとくわけないっす。オレは知り合いですから、遠藤先輩も安心だろうって。」
「なるほどね。んじゃあたしはどうしよ――」
プルルル
「……晴香?」
あたしは突然の電話にちょっとびっくりしながら電話に出た。
『あ、翼。』
「翼よ。どうしたのよ。てか、晴香は鴉間と……」
『速水くんの手助けをしてあげてくれないか?』
「? あんであたし?」
『……さっきの魔法、元を辿れば《物語》……アブトルさんが仕掛けた攻撃がキッカケで生まれた作戦だからな。たぶん、音々を倒しに行くのはアブトルさんだ。』
「あんでそんなことわかるのよ。」
『……なんとなくだよ。そういうことに責任を感じそうな人だったから。《物語》でどういう風に戦うのかはわからないけど、鴉間が集めたゴッドヘルパーだ。一人でも強いと思う。そしてたぶん、その戦い方は速水くんとかしぃちゃんみたいな……肉弾戦って言えばいいのかな? ああいう感じじゃないと思うんだ。』
「あー……わかったわ。あたしの《変》みたいな……概念的な力がいるかもって話ね。了解よ。」
『ありがとう。』
「うん。」
あたしは電話を切る。
「雨上先輩ですか?」
「そ。あんたと一緒に行けってさ。」
「わかりました。急ぎますよ。」
速水とダッシュで……たぶん十秒くらい。交差点から少し離れた所に建ってる高めのビルにあたしたちは到着した。そしたらちょうどビルの中から遠藤と……音切勇也が出てきた。
「ん、花飾くんと速水くん。雨上くんが言ってた遠藤くんの護衛かな。」
「そうっす。」
「そう……です。」
未だにあたしは慣れない……てか! 慣れるってのが無理な話よ!
「あら?」
あたしが音切勇也を直視できずに横を向いたらそこに見覚えのある二人がいた。
「なんじゃ、わしらの出番はなかったの。」
「そうね。あたくしとしたことが、雨上をなめてたわ。そりゃ護衛の一人もつけるわよね。」
メリーさんのチームの二人、リバースとチェイン。
「んっと……君らは援軍ってことでいいのかな?」
音切勇也が尋ねるとリバースが答えた。
「うむ。わしらはどうしようかと考えた時にの、あんなすごいことをやらかした《音楽》が狙われるのは明らかだいうことで一応来たのじゃよ。」
「心強いわね。晴香の予想だと、ここには《物語》が来るそうよ。」
「それは驚きであるな。」
あたしたちがちょろっと和んでるとまた誰かが来た。
男だった。結構なガタイの厳つい奴。なーんか……そう、フランケンシュタインって感じ? あー、違うわ。正確にはフランケンシュタイン博士が作った怪物ね。……どーでもいいわ。
ハードカバーの本を片手に来たそいつはあたしたちを一人一人見た。
「花飾翼、速水駆、音切勇也、遠藤音々、チェイン、リバース……であるか。小生の《物語》のせいで生まれたであろう先ほどの現象……小生なりのけじめで来たのだが……ここまで人がいるとは。」
晴香の予想、的中ね。さてと……
「……リバースとチェインの二人は遠藤を守ってくれないかしら?」
「そうじゃの。わしらの力はコンビネーションで活きるモノじゃからの。コンビを組める相手がいないのであれば、その能力は何かを守ることにのみ働く。わしとチェインでこの魔法使いは守るとしよう。」
「そうね。こっちはあたくしたちに任せてあなたたちはその《物語》を倒してちょうだい。」
あたしは頷いて《物語》を睨――あら?
「《常識》が消えてるわよ?」
発動したはずの《常識》が空から消えてる。え、なんで? どゆこと?
「ああ……あれは小生が作った《物語》であったのだ。サマエル様をおびき出すための。」
その一言でなんとなく一連の流れがつかめた。なるほどね……
「え、どういうことっすか。」
速水は頭の上に?を浮かべてる。説明がメンドイわね。
「速水、気にしない気にしない。やるべきことは目の前のあいつを倒すことよ。」
「お、かっこいいな。花飾くん。」
「ほぇ!? え、あ、はい……」
うわ、音切勇也が! 音切勇也が!
「ふむ。《変》、《速さ》、《音》……であるか。よかろう。」
《物語》は器用に片手で本を開き、あいている手に万年筆を持った。
「そなたらはすでに原稿用紙の上である。筆を手にしているのは小生故、ここからは小生の《物語》が始まるのだ。」
あたし、速水、音切勇也はぐっと身構える。
「小生はアブトル・イストリア。ようこそ、神の無い世界へ。」
全快したオレは「さぁ、助太刀にいくぞ!」と意気込んでいたのだが……
「十太、誰か来たよ。」
「……知らない顔だ。」
オレがいる所はあの交差点からちょい離れてるとこだ。てことはオレのとこに誰か来るってのはつまり、オレを狙ってきたってことじゃないか?
そいつはイケメンだった。イケメンなんだが……なんでそんな地味な服装でかためたかな。ちょっと残念なイケメンだなぁ、おい。
「はぁん……お前がいるってことはルネットを倒したってことだよなぁ……」
そいつは腰に手をあてながらオレをじっと観察する。
「……誰だ、あんた。」
「オレか? オレはお前の敵だ。」
「だろうな。」
「……? そうか。オレに会ったことあんのは《天候》だけだったか。アブトルと一緒に《物語》を見てたからな、オレはお前のことを結構知ってるわけなんだがな。」
「何言ってんだ?」
「オレはメリオレ・モディフィエル。《天候》から聞いてないか? 《反復》だ。」
そういえば……《物語》を編集する人……だったか?
「鴉間の作戦が終わったからな、オレとアブトルもこうやって戦場に出たわけだが……ルネットが興味を持ったお前に興味を持ってな。ここに来た。」
「……ルネットの彼氏かなんかか?」
「ちげーよ。何かとつっかかって来た奴だったんでな。気になっただけだ。」
「はぁん。」
「連戦で悪いとも思ったが、さっきの魔法で全快みてーだしな。存分にやれるな。」
「まじか。」
「オレは役割上、こういうバトルはなかなかしねーんでな。楽しませてくれ――ん?」
残念イケメンのメリオレはオレの視界から消えた。同時に、さっきまでメリオレがいた場所の地面が陥没した。
「ん、速いですね。」
オレの横に、今度は見覚えのある奴が来た。確か雨上さんと一緒にロボットと戦ってた奴だ。《重力》だったか。
「んん? 《エネルギー》じゃんか。」
そしてもう一人、こっちは確か《温度》。
「あれ? どうして二人がここに来たの?」
ムームームがそう尋ねると《重力》……ジュテェムが答えた。
「あなたの仲間の天使に教えてもらったのですよ。」
「いやーな、おりゃたちも最初っからここを目指したわけじゃねーぞ?」
《温度》、ホっちゃん(確かそう呼ばれてた)が肩を回しながら言った。
「あの回復魔法? が発動した後な、確実に今魔法を発動させた《音楽》は狙われるってんでチェインとリバじいがそっちに向かったんだ。んでおりゃたちはとりあえず交差点に向かった。そしたらこの前リッド・アークとのバトルん時に活躍してたお嬢様が……」
そこまで言ってホっちゃんは言葉に詰まった。なんだ?
「……なんて言えばいいのやら、とにかく変なのと戦っててな。それにおりゃたちは加勢しようとしたんだ。そしたらそのお嬢様のパートナーの天使に止められたんだ。」
「ええ……とても申し訳なさそうに彼は言ったんですよ。わたくしたちでは役不足だと。」
「はぁ? 《重力》と《温度》で役不足? どんな敵だよ……」
オレがそう言うとホっちゃんは「だよなー」という顔をした。
「それで、その天使が教えてくれたのです。さっきまで上空にあった《常識》が消えた瞬間、この付近に突然二人のゴッドヘルパーが出現したと。」
「その内の一人は《音楽》の方に行ったらしくてな、そいつはチェインとリバじいに任せて、おりゃたちはもう一人の方に来たってわけだ。」
あん? そういえばいつの間にか《常識》が消えてる。止まったのか?
「交差点……」
オレが空を見上げているとメリオレが呟いた。
「ああ、サリラか。は、確かに。サリラ相手じゃ《重力》も《温度》も意味が無いか。」
「んだと?」
ホっちゃんが睨みつけるとメリオレはため息を軽くついた。
「ちなみに言っとくがな、お前ら二人にとってオレというゴッドヘルパーも相性最悪だぞ? オレが興味あるのは《エネルギー》だけだ。その辺ぶらついてろよ。」
「ほぉ? おりゃとジュテェムが? やってみなけりゃわかんねーぞ?」
「それは経験の浅い奴のセリフだな。トーシローが。」
「あぁん?」
ホっちゃんは見た目通りのガラの悪さでメリオレを睨みつける。
だけど確かにそうだ。なんだ相性って。《重力》と《温度》だぞ? この世の物全てが受けている力と現象だ。《水》と《火》とかならまだわかるけどよ……
「……そうだね。この男……《反復》とは相性が悪いね。」
するとムームームまで認め出した。
「《反復》……はっ、まさか……」
そこでジュテェムが何かに気付いた。
「おい、どーゆーこったよ。」
「思い出して下さい、ホっちゃん。リッド・アークとの戦いの際、青葉結というゴッドヘルパーがいました。彼女は《仕組み》でしたが普通とは違う方法で戦っていました。」
「?」
「つまり、自分が操れる《常識》を操らず、否定するという形で。《仕組み》を否定した彼女は原因と結果だけで成り立つ物を作り上げた。故に生まれたのがあの度を超えた科学力です。ゴッドヘルパーは自分と繋がっているシステムが管理する《常識》を否定することができます。」
「……わかりやすくしゃべれよ。」
「《反復》とはつまり繰り返しです。それを否定できるとしたら――」
「おいおい、おしゃべりはその辺にしとけよ。」
メリオレが頭をポリポリかきながらそう言った。
「マジシャンがマジックする前に観客が種明かしすんなよ。しらける。」
メリオレは……そのイケメンにある意味ぴったりな凄みのある表情をしつつ片手をあげる。
「さっき言ったぞ。オレが興味あるのはルネット……《視線》を倒した《エネルギー》だけだ。お前らはオマケだ。外野は黙ってろ。」
メリオレはあげた手でパチンと指を鳴らす。
次の瞬間、ジュテェムとホっちゃんが立っていた地面が爆発した。
わたしは立ちあがった。全ての傷、疲労は回復している。そうとも、まだ終わっていないのだ。わたしが……わたしの力を必要としている仲間の元に行くのだ。
「……さて、みんなはどこに――」
その時、銃声が聞こえた。その音が銃声だとわかったのは、前に聞いたことがあるからだ。そして、この場にいる者の中で銃を使う者は一人だ。
「クロア!」
わたしは音のした方向に駆け出した。
「鎧ちゃん!」
チョアンとの戦闘で、わたしは交差点から随分離れていたようだ。音のした方向、つまり交差点に来ると、アザゼル殿が立っていた。
「クロアは!」
わたしがそう言うとアザゼル殿はわたしをじっと見つめ、頷いた。
「……鎧ちゃんなら大丈夫なのだよ。クロアちゃんはあそこなのだよ。」
アザゼル殿が指差した方向にクロアはいた。傷の一つどころか服も汚れていない。わたしにはあんまり理解できていないのだが、《ルール》のゴッドヘルパーであるクロアは如何なる攻撃も通用しないのだとか。
ただし、攻撃できる力ではないらしく、銃による射撃が唯一の攻撃手段だそうだ。百発百中にはなるみたいだが……
「一人なのか! アザゼル殿、他のみんなは――」
「他では……役不足なのだよ。」
「役不足……?」
「ちなみに、今のままの鎧ちゃんでも駄目なのだよ。さっきちらっと見たけど、チョアンとの戦いでなったあのカッコイイ姿でないと駄目なのだよ。」
「……アザゼル殿がそう言うのであればそうなのだろう。よし!」
わたしは刀を天に向け、高らかに叫ぶ!
「変身っ!」
交差点の周囲にある街灯や車から細い線状の《金属》が伸び、わたしを包みこむ。そしてわたしはサムライレッド柄のコスチュームとなった。
「……すごいのだよ。」
「うむ。だが、この《金属》をあとで戻さないといけないな。」
「メリーがやってくれるのだよ。」
「そうか。それで……クロアは見えているのだが、肝心の敵は……」
「クロアちゃんの所に行けばわかるのだよ。」
わたしはとりあえずクロアが立っている所に向かった。衝撃を吸収して放出するこのコスチュームのおかげで、まるで足の裏にバネでもついてるかのような感じで走れた。
「! 鉄心!」
「助太刀するぞ、クロア! 敵はどこだ!」
「……腹立たしいのだけど、あの子供、周囲に溶け込んでいるわ。」
「子供? それはど――」
次の瞬間、先ほどのチョアンの蹴りと同等の衝撃がわたしの背中に叩きこまれた。だが、その衝撃はわたしのコスチュームに吸収される。
「むん!」
吸収した衝撃を脚や腕に送り、普段の数十倍の速度で後ろへ斬りかかった。確かな感触を手に覚え、わたしはクロアを引っ張ってその場から離れた。
「……なんだ……? わたしの刀で命を奪う事はできないから、切れた場所は身体の表面や四肢の程度のはず……だがこの感触はなんだ? まるで分厚い肉の塊を切断したかのような……」
「その通りのようだわ。鉄心、あれを。」
クロアが指差した方に……巨大な熊かなにかの腕が転がっていた。なんだあれは? 今切断したのはあれなのか? あれが腕だとしたらその生き物は優に五メートルを超えている……! それに、血が一滴も……
「すごーい。サーちゃんのパンチ、痛くないの?」
突然聞こえる幼い声。振り返ると、わたしとクロアから少し離れた所に子供が立っていた。
「鉄心、正義に味方のあなたからしたらあの子供は救うべき対象かもしれないわね。けれど、あれは間違いなく、このアタシたちの敵よ。」
「あの子供が……ゴッドヘルパーなのか。」
『ちょっと違うみたいなのだよ。』
頭の中にアザゼル殿の声が響いた。おそらく、ルーマニア殿との通信のために持っていた……天使の道具の力だ。
『さっき、ルーマニアくんから教えてもらったのだよ。んまー、そのルーマニアくんは雨上ちゃんから聞いたらしいのだよ。その雨上ちゃんは……鴉間から。敵が情報を流すっていう状態がよくわからないけど、雨上ちゃんがサリラと戦う人に伝えろってルーマニアくんに言って鴉間とのバトルに入ったらしいのだよ。だから伝えるのだよ。』
「んな、このバカゼル! このアタシには!」
『一人じゃ勝てないのだよ。協力者は絶対必要なのだよ。同じことを二回も説明するのは面倒なのだよ。』
「……それで、晴香からの言葉は……」
『よく聞くのだよ。あ、でも頭の中に送ってるから耳をかっぽじる必要はないのだよ。』
「うむ。」
耳に伸ばしていた指をひっこめるわたし。
『その子供の名前はサリラ。《身体》のゴッドヘルーなのだよ。』
「《身体》か。肉体を強化できそうだな。」
『それに留まらないのだよ。あの子供は生物の進化そのものなのだよ。むかーしむかしから遠い未来、存在したことのある、存在するかもしれない全ての生物の能力を持っているのだよ。』
「……アザゼル殿、簡単に言ってくれないか?」
『動物図鑑に載ってる動物、恐竜図鑑に載ってる恐竜、お話の中に出てくるようなドラゴンとかユニコーンとか、とにかく生きているのならなんにでも変身できるってことなのだよ。』
「なるほど。それは確かに強そうだ。……なぜわたしやクロアでないと役不足なのだ?」
『それは戦えばわかるのだよ。』
「うむ。」
『それと最後にもう一つあるのだよ。これが大事なのだよ。』
「もったいぶらずにいいなさい、バカゼル。」
『鴉間はメリーとディグとの戦いで大けがしたんだけど、その傷を治しているのがあのサリラなのだよ。だから、サリラを倒せば、鴉間のパワーもダウンするのだよ。』
「む! つまり、あの子供を倒すことは晴香の助けになるということだな!」
『いくら第三段階って言っても相手は《空間》なのだよ。戦えるのは雨上ちゃんだけだけど、俺私拙者僕たちにも出来る事があるってことなのだよ。』
「おお! これは頑張らねば! 行くぞ、クロア!」
「もちろんですわ!」
わたしとクロアは身構える。刀と銃……すごくかっこいいな。
「あはは。サーちゃんも頑張るよ。」
子供……サリラは見事に隙だらけの構えをとった。
だが……なんだこの威圧感は。まるで数千、数万の凶暴な獣を前にしたかのような……
「……武術の極みの次は野生の頂点。まったく、恐ろしい敵だ。」
私は上へ上へ移動する。交差点が小さな点になるほど高く。
「どこまで行くんすか!」
少し下に鴉間。
「ギリギリまで上に行け、雨上!」
横にはルーマニア。
鴉間が第三段階になり、ルーマニアが私の援護に来た。そしてルーマニアが私に言ったのだ。できるだけ上に行けと。
「鴉間とのバトルはスゲーことになると思うからな、出来るだけ周囲に被害を及ぼさねーよーにしねーとな。それに、雨上も空であればあるほど力を使えると思うぜ。」
……空と宇宙の境目はだいたい上空一〇〇キロメートルだと言われている。だけどそこまで言ってしまうと私の領域を超える。雲がそんなに高い所にできないからだ。
だから、私の《天候》の力が使えるのは飛行機が飛行するくらいの高度。上空一〇キロメートルといったところだ。
「……この辺だ。」
なぜ高度がわかるかというと、雲から下を見たらどんな風に見えるのかと疑問に思ってその高度の写真を小一時間ほど眺めていたことがあるからだ。今、私の視界に映る感じで……まぁ、このくらいだ。
「あっはは、さすがっすね。」
少し遅れて鴉間も同じ高度に来た。
「こんな高さじゃ呼吸も難しいはずなんすけどね。その球体の中は快適そうっすね?」
私は《箱庭》の中にいる。だけど……
「……この高さならこれは必要ないですけどね。」
私は《箱庭》を解いた。瞬間、冷たい空気が肌に触れたが、すぐに快適な温度になった。
「《箱庭》は手の平や自分の周囲に空を生みだすモノです。だけどここ……この高さまで来たらそれをする意味はないんです。だってここは空なんですから。」
「……なるほど? 《山》のゴッドヘルパーなら、山の中。《海》のゴッドヘルパーなら海の中。環境系とか自然系とかに分類されるゴッドヘルパーはその場所でこそ真の力が出るもんす。《天候》であるあなたは……空というわけっすか。」
「そしてあなたは《空間》。あなたの場合、どこにいようとも真の力とやらが出ますよね。この場所でももちろんです。だから、この場所でようやく私とあなたは同じ条件なんです。」
「ふふ、そうっすね。でもよく考えるっすよ? そんな場所にあっしがわざわざ来ている理由。」
鴉間はゆっくりと両腕を広げる。
「条件が同じでも! 操る《常識》に圧倒的な差があるからっすよ!」
瞬間、私は目にも止まらぬスピードで後ろに飛んで行く。私がやっているのではなく、『空』がやっている。
……鴉間が小さな点に見えるくらいに移動し、私は止まる。同時に、ものすごい轟音が正面の空間に響いた。
『びっくりした。なんかいきなりすごいめんせきのかべがふたつでてきてね、はるかをつぶそうとしたんだよ。』
鴉間があんなに小さく見えるくらいに後ろにさがらないと避けきれないほどの大きさということだ。
「さすが第三段階だな。さっきとはまるで違う。」
第三段階になった鴉間はものすごい距離の《空間》を把握できる。今の私の呟きも聞こえているのだろう。
今の攻撃だって、本気でやったら数十キロ単位の壁を作れるのかもしれない。そうなったら、いくら『空』でも避けきれない。
それなら……
「『空』、頼む。」
『うん。』
『空』が頷くと同時に、周囲が暗くなった。夜になったわけではなく、雲に覆われたのだ。私と点に見える鴉間を一瞬で包みこんだ雲。その中に、かつてリッド・アークにぶつけた史上最悪の悪天候を再び引き起こす。
表現するなら、『神の怒りを買った』だろうか。さっきは《箱庭》の中だけだったが、いまは周囲数キロを巻き込んでいる。
「あっはっはっは!」
姿は見えないが、鴉間の声が聞こえた。
「なんすかこの悪天候! 牛が飛ぶとか、車が宙を舞うとか、そんなレベルじゃない暴風! 一撃で建物を木端微塵にできそうな氷の塊が銃弾のように飛び交う嵐! 雨粒の一つでさえ、人を殺せる威力! そして一つの街を丸焦げにできそうなくらいに走りまくってる雷! こんなものをリッド・アークはくらったんすか! そりゃバラバラになるっすよ!」
たぶん、鴉間は空間の壁で自分を包んでいる。メリーさんによると、鴉間は自分を空間の壁で包んでしまうと周囲が把握できなくなるらしい。だけど、それは第二段階の話だ。あんまり期待しない方がいいだろう。
「いくらあっしが、第三段階になると全ての《常識》を操れるって言っても……それはせいぜい第二段階レベル。初心者じゃないっすけど達人でもないレベルっす。そんな付け焼刃がこの第三段階の《天候》が引き起こした天災の中で通用するわけもなく、結局あっしが使える力は《空間》のみっす。あっはっは! 見事にあっしの手数を減らしたっすね!」
第二段階でも少し見せてきた、他の《常識》を操るという力はこれで封じた。思うに、これはかなりいいことだ。
鴉間は《空間》のゴッドヘルパーだ。だれが見たって最強クラスの圧倒的な力だ。だけど……それだけだったりする。
空間の壁。次元の境目を利用することで物理的には決して破ることのできない壁を作る。二次元の世界に三次元の物が存在できないのと同じ現象だ。紙の上に立方体の絵を描いた所で、それはそう見えるだけの平面だ。
空間の断裂。空間の中に亀裂を作り、それをぶつける。硬度は関係ない。斬れないモノは存在しない。
空間の振動。空間を震わせて衝撃波を生む。
空間の圧縮。文字通り、空間ごと圧縮する。潰せないモノは存在しない。
瞬間移動。空間と空間をつなぐことで、長距離を一瞬で移動する。短冊状の紙の両端に点を描いた時、そのままなら短冊分の距離が二点にはあるけど、紙を折り曲げればその距離はなくなって、二つの点はくっつく。
どれもすごいことだが、今あげた程度のことしか鴉間はできないのだ。
『ルーマニア。』
私は心の中……頭の中でルーマニアに話しかける。ルーマニアは魔法で作った障壁で身を守っている。
『あん?』
『絶対的な攻撃力、絶対的な防御力、絶対的な移動方法。それらが揃えばそれだけで最強なのか?』
『鴉間のことか?』
『ああ。』
『……少なくとも、オレ様はそう思わない。んなパーフェクトな存在がいるかよ。』
『そう思う根拠はなんだ?』
『この世界やオレ様や雨上を創った神でさえ完全じゃないからだ。』
『……そうか。それなら安心だ。』
『雨上、お前の強みは第三段階の力を『空』として自分から切り離していることだ。力を使うことで疲労することが無い。対して鴉間は《空間》だ。あのメリーでさえ、第三段階になったとたんに戦闘ができなくなるほどに燃費が悪くなったんだ。あいつの疲労も相当なはずだ。』
『それに、私には……手段がたくさんある。鴉間の言う所の手数が。《天候》は『空』の表情なんだ。人の表情が数えられるほどしかないなんてことはない。同じことだ、《天候》で出来ることも数多くあるってことだ。』
『加えて、鴉間は《空間》を操るための基準となる自分の身体が五体満足じゃねぇ。あのサリラっつー《身体》のゴッドヘルパーを倒せばあいつは……』
『……つまり私は……』
『勝てる。余裕だぜ?』
『でも鴉間は……《空間》以外の《常識》を吸い込む空間を作れるんじゃなかったか?』
『そーだな。でもあれ、近くの《常識》から吸い込むんだろ? 《時間》や《回転》は接近戦が主体だったからアレだったがな、雨上は完全遠距離タイプだ。キロ単位で距離を取っておけば、まぁ大丈夫なんじゃねーか?』
『……元、悪魔の王の言葉を信じるよ。』
『おま……ったく。』
『それじゃあ、元悪魔の王。私ができる最高の攻撃だと思うこの悪天候の中を余裕で進んでくるあの敵を倒すにはどうすればいいと思う?』
鴉間の姿は見えない。けれど『空』には空のことが把握できる。『空』が言うには、鴉間はこの悪天候の中をゆっくりとこちらに向かって進んでいるらしい。余裕と警戒……その二つのためだろう。
『そうだな。んじゃ、まずはあいつの絶対的な防御力を破るぞ。』
『できるのか?』
『やるしかない。だが、雨上なら可能性は大いにある。自分のパートナーが《空間》との最終決戦に臨むかもしれねーってわかった時からな、それなりに情報を集めてたんだぜ? マキナとかから。』
『そうか。どうすればいい?』
『この世界に存在した事の無い物を創れ。』
『……なんだって?』
『《空間》はこの世界に最初に生まれた《常識》だ。その力で生まれた空間の壁っつーのはつまり、この世界に存在した全てを防げるってことだ。んまぁ、空気みたいに鴉間が無意識の内に通るようにしてる物もあるみてーだし、鴉間側から壁の外に一度でも出た物は通過可能みてーだが、正直第三段階相手にそんな攻撃は通用しないだろう。』
『まて、ルーマニア。話が唐突過ぎて何がなんだか……』
『こまけーことは忘れろ。重要なのはさっき言った、存在した事のない物だ。』
『……?』
『……かなり昔の話になるがな、鴉間のずっと前の《空間》のゴッドヘルパーにとある鳥がいた。そいつは第二段階になり、《空間》の力を使うことができた。主に移動手段として力を使っていたそいつは、獲物を狩れば一〇〇パーセント仕留め、どんな敵からも確実に逃走できた。だがそんな鳥はある時人間に捕まった。鳥かごに入れられたそいつは、《空間》のゴッドヘルパーにも関わらず、そこから逃げることができなかった。』
『……なんでだ?』
『鳥かごなんてものは自然界に存在しない。その鳥にとっては見たことも聞いたこともない代物だったっつーわけだ。本人が知らず、理解できないモノに対して、《空間》の力は無力だ。《空間》ってのは何かを包みこむモノだろ? だから、包めていないモノには弱い。《空間》が《空間》だからこその弱点だ。』
『…そうか、だからサマエルと戦いたくなかったのか。《魔法》は天界にしか存在しないから――ってあれ? それじゃあ……あの《常識》の偽物が出現した時、突進してきたサマエルを鴉間はどうして止められたんだ?』
確かあの時、サマエルは《魔法》の壁が何かでその身を包んで突進していたはず。《魔法》を止められないなら、どうして鴉間はあの時サマエルを止めることができたんだ?
『そもそもの目的を思い出せ。サマエルはゴッドヘルパーを率いて天界にケンカ売るつもりだったんだぞ? 鴉間が魔法を防げるように訓練とかした可能性は充分ある。それでも、サマエルはディグみたいな、鴉間にも教えてない切り札を持ってたからな……鴉間はサマエルが《空間》の力で防げない特殊な魔法を使えるかもって考えたのかもしれない。』
『なるほど……でもこの世界に存在した事のない物なんて……』
『おいおい、そんな珍しくもねーぞ? さっきの《音楽》の魔法、たぶん鴉間は防げないぜ? それに鎧がやる戦隊モノの技だって元を辿れば空想のモンだ。たぶんあれも防げない。』
『え……なら私じゃなくてしぃちゃんとかが戦った方が……』
『駄目だ。鎧とかじゃ、空間の攻撃を避けられない。』
『……私がやるしかないんだな……』
『だから、珍しくねーって。そもそも、雨上のこころの中にいる『空』だって、《天候》の力で生まれた、この世界に存在した事のない物だぜ?』
『! そう……だな……』
『そっからちょちょいと考えを変えればいいだけだ。雨上なら出来る。』
……私は頭の中を整理する。
鴉間の空間の壁を破るには、この世界に存在した事のない物で攻撃するしかない。なぜなら、《空間》とはこの世界を包みこむモノだからだ。包んでいるモノに対しては絶対的だが、その外側から来るモノには弱い。要するに、鴉間が知らないモノ、理解できないモノは防げない。
鴉間が知っている、理解しているからこそ、私の悪天候が一切効いていない。
存在した事の無い物。私の中にいる『空』はズバリそれにあたる。でも『空』に身体はない。パンチやキックができるわけじゃ――
「……ああ。そうか。」
私は『空』と会話をする。イメージを確固たるモノに昇華させる。
『あはは。すごいねぇ、はるか。』
「……よし、行くよ。」
私は鴉間の方を指差す。すると、私の真横から雷が放たれた。
いや……正確には、『雷』が駆けだした。
「あっはっは! 好きっすねぇ、雷。」
まだ届いていないが、《空間》を把握し、私が雷を放ったことを感じたようだ。
「けど無駄っすよ。あなたが《天候》である以上、放たれる攻撃はすべ――」
そこで鴉間の言葉は途切れた。同時に、私の身体が真横に移動し、さっきまで私がいた場所の目の前に出現した鴉間の攻撃(空間の断裂とかだろう)を避けた。
「……!! なんなんすか! まさかそこの天使!」
「んあ? オレ様は何もしてねーぞ?」
「馬鹿な! それじゃああれはなんなんす――」
鴉間はその場で瞬間移動。少し離れた所に出現する。そして、鴉間が一瞬前にいた場所を、さっき放った雷が通り、私の前で止まった。
雷……ああいや、『雷』さんはオオカミのような姿をしている。三メートルくらいある大きさの黄色い、ビリビリしているオオカミだ。
「なんなんすか、その生き物!」
「『雷』さんです。」
「んな……」
鴉間は相当びっくりしている。実は私も驚いている。こんな簡単にできるとは思わなかったからだ。でもまぁ、すでにそういう存在はイメージしていたから。
「……私が、空間の攻撃を避ける……『今日の天気』の仕組みを知ってますか?」
「……あなたの中に、《天候》によって生まれた『空』という存在がいるっす。そいつが周囲の空間を把握して避けるっす。」
「半分正解ですね。」
……何を丁寧に説明しているんだと怒られそうだが、言葉にすることで、私のイメージはさらに強固になる。
「正確には、『空』が空間を把握し、その情報を元に天気のみなさんが私の願い……『攻撃を避ける』を実現させてくれるんです。」
「……何を言ってるんすか……」
「私の《常識》ですよ。この空には『空』という人がいるんです。その人は私たちを高い所から眺めているんです。そして、その人も喜んだり悲しんだりします。そんな『空』の感情を……表情を私たちに伝えてくれるのが天気と呼ばれるみなさんなんです。《天候》とは、『空』の表情を指す言葉なんです。」
「……! まさか、その……天気を……」
「ええ。私の中には『空』がいます。そしてさっきから、私をあなたの攻撃から守ってくれている存在が天気です。その天気の……姿をイメージしてみました。空は、あなたが言う所の《空間》の一部です。私たちは触れることができません。けれど、天気のみなさんには触れられる。なぜならその身体を形作る成分は自然そのものですからね。」
私の前にいる『雷』さんがくるりと鴉間の方を見る。それを合図にしたかのように、私が起こした史上最悪の悪天候の中から、それぞれの形を成して天気のみなさんがぞくぞくと登場した。
もこもことした羊の姿をした『雲』さん。
流水で形作られた龍の姿をした『雨』さん。
渦巻く大気が形を成し、鳥の姿をした『風』さん。
ひんやりと冷気を身にまとい、光を反射する透明な馬の姿をした『雪』さん。
今まで私が願うことを、『空』を通して叶えてくれていた天気のみなさんが私の周りに集まった。
「ば……ばかな……あり得ないっす! 《命》のゴッドヘルパーであるならまだしも、《天候》が自然に命を与えるなんて……」
「与えてませんよ。最初からいたのを見えるようにしただけです。それと……」
私は鴉間をビシッと指差す。
「さっき、『雷』さんを避けましたね? つまり、空間の壁では防げないということですよね。」
「っつ……!」
鴉間の表情が変わり、それを見ていたルーマニアがしてやったりという悪い顔で言った。
「そりゃそうだろうな。自らの意思を持った天気に会うのは初めてだろーしな。」
「そういうことです。行きますよ。」
私は片腕を上に挙げて言った。
「今日の天気は、『史上最悪の悪天候』でしょう。」
私が腕を振り下ろすと同時に、天気のみなさんが一斉に動いた。
「くっ!」
迫りくる龍……『雨』さんに攻撃する鴉間。空間の断裂だったのだろう、『雨』さんの首が切断された。だが『雨』さんを形作っているモノは水だ。切断しても意味が無い。
「がああぼぼっ!」
『雨』さんの体当たりを受ける鴉間。弾き飛ばされることはなく、ただ単にびしょぬれになるだけだ。無論、息はできないだろうが。
「……!」
『雨』さんの体内から瞬間移動した鴉間を待っていたのは『雪』さん。『雪』さんが口から出す息はまさに吹雪で、びしょぬれの鴉間を凍らせていく。
「っつああああ!」
自身にへばり付く氷を空間の振動で弾き、私からかなり離れた場所に移動する。
「……こりゃあ、効果てき面だなぁ、おい。」
「そうだな。」
「……調子にのらないで欲しいっすね!」
鴉間は再び瞬間移動を行い、天気のみなさんから離れた場所に移動した。
私も鴉間もまだ悪天候の中にいる。悪天候によって起きる雷や雹などは、鴉間が周囲に展開している空間の壁で防がれている。
だが、天気のみなさんの攻撃は空間の壁に阻まれることなく、鴉間に届いている。このまま行けば、いつかは鴉間が空間の壁を展開させるだけの体力を失い、この悪天候をまともに受けて倒れるだろう。
だが、あの鴉間がそう簡単に終わるわけもなかった。鴉間はポケットに手をつっこみ、何かを探しながら叫んだ。
「この悪天候そのものに対しては、あっしが「場」の支配で得た全ての《常識》は通用しないっす。けど、あっし自身を強化することは可能なんす! 空間の壁で防げないのなら別の《常識》で防ぐまでっす!」
「別? 時間でも止めますか。」
内心ヒヤヒヤしつつもそう尋ねた。
「あはは。あれは無理っすね。知ってったっすか? 時間を止めるということは空気や光の時間も止めることっす。息は出来ないし、動けないし、何も見えないんす。あれは止めてこれは動かすって感じに止める対象を選択するにはメリー並の使い手にならないと無理っすよ。」
「ならどうしますか!」
私の声に反応して、『風』さんが竜巻を伴いながら鴉間に突進する。
「はっ!」
鴉間がポケットから何かを投げた。それは瞬く間に大きな岩の塊となり、『風』さんを防いだ。
「あれは……」
「《質量》操作っす。さっきまで下で戦ってたヘイヴィアの十八番っすよ。」
「……そうか。あなたはもともとサマエルの下にいた。あなたが第三段階の力で全ての《常識》を操れるというなら、サマエルの下にいた他のゴッドヘルパーの技術を参考にしないわけがないですね。」
「いいっすよ、もっと直球で言ってもらっても。技術を盗むって。ま、そうは言っても完璧にはモノにできないっすけどね。あっし自身の向き不向きもあるっすし。今の《質量》操作だって、ヘイヴィアならもっと早いっすし、あっしはヘイヴィアみたいに触れずに操ることはできないっす。」
「……それでもすごいですね。」
今まで戦ってきたサマエル側のゴッドヘルパーの力を多少の劣化で使用できる。《硬さ》、《反応》、《仕組み》、《優しさ》……そして、今鴉間側についているゴッドヘルパーの力。
もしかしたら、私たちの力だって使えるかもしれない。
『雨上。』
ルーマニアの声が頭の中に響く。
『それでも、この悪天候の中じゃどんな《常識》の攻撃だろうと、減衰してお前に届くことはないし、《空間》の攻撃をかわせるお前には当たらない。未だに、鴉間の攻撃手段は《空間》のみだ。そして、防御する手段が他にあるっつっても、最強の盾じゃ相性が悪いからぼちぼち強い盾を出したってだけだぜ。あの岩だって、その気なら砕けた。だから――』
『心配はしてない。私には元悪魔の王と『空』と天気のみなさんがいる。』
『そ、そうか……』
『それに、やっと形がまとまったところだ。』
『なんの?』
ルーマニアの疑問とほぼ同時に、悪天候が埋め尽くすこの暗雲の中に巨大な手が出現した。
「!? なんすか!」
鴉間はその手に警戒し、さきほどと同じように岩を出現させる。今度は同時に五つ。
だが……おそらくそんなものは意味がないだろう。
巨大な手の主の全体が明らかになった。渦巻く暗雲で形作られた雲の巨人。全身を雷が走るその巨人は……たぶん、青葉結が作った《カルセオラリア》くらいの大きさだろうか。私がイメージできる巨大な人型というとあれのイメージが強いから。
「紹介します。」
「!?」
「『悪天候』さんです。」
「雨上……この悪天候そのものに命を与えたっつーのか……」
「与えてない。さっきからいた。」
私の素っ気ない答えに対し、鴉間は目を見開いて何かを呟いた。
「ここまで来たら……もはや……《天候》のゴッドヘルパー、雨上晴香は――」
あたしたち……あたしと速水と音切勇也は一人の男、アブトルを身構えながら囲んでる。
「や……やばいっすね。あの作家。」
囲んでるのはあたしたち。傍から見たら優勢はあたしたち。でも速水は「こいつはやばいぜ」という表情でそう言った。
「ああ。雨上くんが花飾くんをここへよこしたのは正解だったかもしれないな。」
音切勇也も同じような顔。てかかっこいい。イケメンはどんな顔でもイケメンだわぁ。
ちなみにあたしは特に構える必要もないから立ち尽くしてる。
あたしたちがそんな感じで攻めあぐねてる中、アブトルはカキクケコを見て驚愕してた。
「ああ! なんということか。小生としたことが、お主の存在をすっかり忘れていた。こころのどこかで『そんな天使いただろうか?』という考えがあったのだろう。そのせいでお主だけ、小生の《物語》の影響を受けて『いないこと』にされておったのだな!」
「お前の仕業かこの野郎!」
敵にまで忘れられていたカキクケコって一体……でも、そのおかげでヘイヴィアを倒すヒントを得られたんだし、いいことだわ。
「……ずいぶん余裕っすね!」
速水が衝撃波を放った。
「ふむ……」
速水が放った衝撃波はかなりの速さのはず。だけどアブトルは……なんて言えばいいのかしら、アブトルが本を開いた瞬間に……時間の流れが遅くなって……
「『彼は得体の知れない恐怖を感じつつも、己を奮い立たせてその一撃を放った。しかし、その一撃は風に溶け、彼の瞳に映る男に届くことはなかった。』」
速水の放った衝撃波はアブトルに届かなかった。衝撃波なんてものはあたしには見えない。けど、アブトルに何も起きてないってことはそういうこと。
「すごいっすね……それ。」
「何を言うか。お主らもすごいではないか。」
アブトルはパタンと片手で本を閉じてあたしたちを順番に見る。
「お主は風のごとき速さで動ける。お主はどんなに硬い物でも振動で破壊できる。お主は人間のこころを操ることができる。ゴッドヘルパーは総じてすごいのだ。」
「はっ!」
音切勇也は指を鳴らす。すると一瞬キィンって高い音がして、アブトルの後ろの建物の壁が崩れた。瓦礫はもちろん、真下のアブトルへ。
「ふむ……」
アブトルが再び本を開く。また……時間の流れが遅くなる。別に身体が動かなくなるわけじゃない。さっきから見る限り、あたしたちには影響がない。でも……それ以外はイライラするほどに緩慢に動く。なによこれ。
「『彼が放った音は、建物を崩し、男に瓦礫を降らせる。しかし、なんと不思議なことか。男は万に一つの可能性を掴んだのだ。降り注ぐ瓦礫は一つとして男に当たらなかった。』」
アブトルが言った通り、瓦礫はアブトルの周囲に落ちた。アブトルは一歩も動いてない。
「……あんたの力……《物語》の力ってかなり面白いわね……」
「そうであるか? しかし、ここまでできるようになるまで、少なくない時間をかけた。そう言ってもらえるのであれば、努力した甲斐もあったというものだ。」
「よかったら、説明をしてもらってもいいかしら?」
「はっはっは。随分単刀直入に尋ねるのだな。別に構わないがな。」
「あら、いいの?」
「ゴッドヘルパーには二種類あるであろう? 自分の《常識》を知られると対策をうたれてしまう者と、知られたところで困りはしない者の二種類が。ルネットやクリスのような者は前者、鴉間やチョアンのような者は後者。小生は後者である。」
「へぇ?」
「では……まずは物書きについてであるな。」
アブトルは呑気な事に、音切勇也が落下させた瓦礫に腰を落とした。こいつむかつくわね!
「物書きには二種類ある。はっはっは、またもや二種類だな。」
知らないわよ。
「この場合は、『思った通りに書く者』と『思う通りに書く者』である。共に主語は物書きである。」
「難しい言いまわしですね。さすが作家さんってとこっすか?」
速水が眉をひそめながらそう言った。まったくもって同意だわ。
「時間、場所、人物、関係、出来事、感情、方法、結論、終末……《物語》を構成するあらゆることが物書きの『思った通り』に進む場合、その物書きは前者である。よい例が推理モノであるな。例えば殺人事件が起きたとする。その時、登場人物や殺し方、動機などは綿密な計画の元、順序良く記される。」
「つまりどういうことだ?」
音切勇也が……ちょっと意外だけど、興味深そうに尋ねた。アーティストとして何か思うとこでもあるのかしら? 歌手も作家も、自分の世界や想いを形にする人を指す言葉だし。
「こういう《物語》を書こうと決め、始まりと終わりを確定させ、少しの脱線もなく《物語》を書き終えるということである。だから、『思った通りに書く』のだ。」
「では、『思う通り』とは?」
「平たく言うのであれば、自らのアイデアに振り回されるということである。好きで振り回される場合と、毎度振り回されて困る場合があるが、結局のところ、始まりは『思った通り』であっても終わりがそうならないのだ。大いに脱線し、大いに迷走する。」
「アイデアに振り回される?」
「ふむ……こればかりは経験せんと理解し難いだろうな。よくあるのは登場人物に振り回される場合だ。役割を与え、動かし方も決めたはずが、この人物ならこの場合はこう動くのでは? と物書きが途中で疑問を覚え、人物が暴走を始めるのだ。その時々に物書きは『思う通りに書く』。これが後者の物書きである。」
「……正直、よくわからないな。そもそも、なんでそんな話を?」
「小生は……どちらでもあるが、大半は後者である。いつもアイデアが暴走し、始めと異なる方向へ進む《物語》への対応を迫られる。ああ、勘違いしないで欲しいのだが、別にこれは悪いことではない。その作業は非常に楽しいモノであるしな。」
「あなたは『思う通りに書く』物書きである……それがつまり?」
「そう急かさんで欲しいところだ。お主、『思った通りに書く者』と『思う通りに書く者』、それぞれどういう能力が優れていると思う?」
「……前者は計画性、後者は対応力……だろうか。」
「その通りである。小生は大半が後者故、対応力だけには自信がある。これでも多くの《物語》を書いてきたのでな。」
「! まさかあんた!」
そこであたしはそう叫んでしまった。アブトルが過去にやって来た《物語》を使った攻撃と、さっきの不思議な現象。そしてこいつの考え方……組み合わせるとかなり……やばい《常識》を持ってることになるわ……
そしてそうである場合、こいつがこんなにのんびりと座ってしゃべってる理由の説明がつく。
「花飾くん?」
「……あんたに一つ尋ねるわ。」
「どうぞ。」
「あんた、この世界をどう思ってんの?」
あたしの質問に、アブトルはめちゃくちゃ嬉しそうな顔になった。
「いやはや、実に聡明な女の子であるな。ずばり核心を突く質問である。」
アブトルはその顔のまま、上を見上げてこう言った。てか女の子って……
「この世界は、神が書く《物語》である。」
「やっぱり……」
「ん? どういうことだい、花飾くん。」
「オレ、ちんぷんかんぷんなんですけど。」
あたしは身体から力を抜いてため息をついた。こいつの前で身構えることは無意味だわ……
「……アブトルは、この世界を神さまっていう作者が書いてる《物語》だと思ってる。これはアブトルの《常識》。そしてアブトル自身は《物語》のゴッドヘルパー。」
「まさか……自分もこの世界を自由に書けるとか思ってるんすか? あいつ。」
「思っていないわ。この前あたしたち全員を巻き込んだやつも、さっき空に《常識》を出現させたやつも、ぶっちゃけただの幻覚に過ぎないわ。幻よ。たぶん、神さまの《物語》に対して自分ができるのはその程度と……思ってるのよ。」
これは完璧にあたしの推測。本当はどう思ってるかなんて知らないわ。やばいのはこの先。
「でもあいつはさっき言ったわね。対応力には自信があるって。ここで言う対応力ってのは暴走したアイデアに対応する能力のことよ。」
「だからなんだってんすか?」
「んじゃ聞くけど、この世界が神さまの書いてる《物語》だとしたら、暴走するアイデアって何を指すと思う?」
それに答えたのは速水じゃなかった。
「暴走……つまり、神という物書きが書く前に『思った』ことと違うことを行うモノだろう?」
「そう……です。」
ああんもう! 音切勇也にため口なんか無理よ!
「ああ! それってゴッドヘルパーじゃないすか!」
そこで速水が叫んだ。それを聞いた音切勇也は手をあごに当ててなかなか様になるポーズ。
「神様が決めた《常識》を上書きしてしまう存在……なるほど、確かにな。」
「この世界を《物語》とするなら、アイデアが暴走するってことはつまり、ゴッドヘルパーが《常識》を上書きするってことに等しいのよ。」
「それに対応することに自信を持ってるってことは……オレたちゴッドヘルパーの上書きに対応することが得意ってことっすよね。」
「そうよ。普段は神さまの《物語》をいじるなんて出来ないけど、暴走したアイデアへの対応だけは、あいつの自信によってそれが可能になるのよ。」
アブトル……いえ、神無月世界と言えば、色んなジャンルでたくさんの本を書いてるってんで有名。発刊した本の総数はかなりのモンになるはず。そりゃ自信もつくわよ。
「……つまりあいつはどういうゴッドヘルパーなんすか?」
「あいつ、アブトルはねぇ、あたしたちが《常識》を上書きした瞬間だけ、それに対応するという形で……一瞬だけ神さまになれるゴッドヘルパーなのよ。その瞬間だけは、鴉間も超える。」
「つまり、俺たちが攻撃した時だけ無敵の存在になるということか。普段は幻を見せる程度しかできないのに……か。」
「でもっすよ? 攻撃に対応するだけってことは、攻撃できないってことですよね?」
「はっはっは。」
そこでアブトルが笑った。
「確かにその通りである。全てそこの聡明な女の子の言った通りであるよ。ゴッドヘルパーというアイデアが《常識》の上書きという暴走をした時のみ、小生は周囲のありとあらゆるモノの支配権を得るのだ。さながら鴉間の第三段階のようにな。まぁ、生き物以外の……ではあるがな。」
「へぇ、そうなの。」
「他の生き物というのはつまり他の登場人物であるからな。それをいじるということは話の本質を変えかねない。極端な話、登場人物の登場する《物語》から登場人物を消してしまったら《物語》は進まぬだろう? 初めから登場人物がいない《物語》ならともかくな。」
だから……アブトルが本を開いた時、時間の流れがゆっくりになるのにあたしたちには何も起きないのね。
「でもですよ。やっぱりそんなにすごくないっすよ。さっきも言いましたけど、あんたはオレらの攻撃を防ぐだけしかできないんすよね?」
「はっはっは。攻撃は最大の防御と言うであろう? ならば、最大にはならぬかもしれぬが、防御も攻撃になる理屈ではないか。簡単な話、相手の拳を盾で防いだなら、身を守ると同時に相手の拳も砕くであろう?」
「んな……じゃオレの衝撃波はどうしてたんすか! オレのとこに跳ね返ったりはしてこなかったっすけど……」
「速水、あいつのさっきまでの対応は手加減してたってことよ。むかつくけど。」
「はっはっは。それは違うな。対応自体は簡単だが、それを攻撃に転ずるにはお主たちの攻撃の性質をよく知らねばならぬのだ。もっとも、既に把握は終えたが。」
「……ふむ、要するに、あのゴッドヘルパーの……戦闘スタイルはカウンターなのだな。」
音切勇也がアブトルを見ながら言った。
「こちらから攻撃しなければあちらは何もしてこない。しかしいざ攻撃をしたのなら、時間さえも操って俺たちの攻撃を無効化し、カウンターを返してくる。だからあんなにのんびりと座っているわけか。」
「そんな……どうするんすか。」
「あによ、簡単じゃない。」
あたしがそう言うと二人はびっくりしてあたしを見た。あたしは当たり前のことを言う。
「ゴッドヘルパーの力を使わないで倒せばいいのよ。そうすればあいつはただの作家よ。あたしたち三人でボコボコにすればそれで終わりよ。」
「花飾さん……ひどいっすね。」
「あによ。」
「だが事実だな。あの作家が武術の達人でなければ……それで倒せるが。」
あたしたちは揃ってアブトルを見た。アブトルは一度目をパチパチさせ、その後にっこりと笑った。……どうでもいいけどにっこり笑われても怖いわよ、その顔じゃ……
「もっともであるな。確かに、小生はチョアンのような武術の達人ではない。しかし、相手が動くまでただひたすらに待つだけの小生ではないのだ。それなりの策はあるのでな。」
「へぇ?」
あたしがそう言うと、アブトルは本を開いてこう言った。
「『男は指示を出す。眼前の数人を排除するために、数万の矢を。』」
「……! 花飾さん!」
速水が上を指差す。アブトルの後方の空から大量の矢がこっちに迫って来た。
「速水くん、心配ない! あれは幻覚だ!」
音切勇也の言う通り。あれはただのまぼろ――
――ドクン――
「……!!」
「はっ!」
「おりゃっ!」
……ほんの数秒前、アブトルはカウンタータイプだって……あたしたちが《常識》を上書きした瞬間に神さまになるって……言ったのに……
速水は衝撃波を、音切勇也は《音》の振動をそれぞれ矢に向かって放っていた。そしてあたしも、その二人のうしろに隠れていた。
矢が降り注ぐ。衝撃波と《音》の振動であっちこっちに散った数え切れないほどの矢。あたしたちが立っている場所以外に突き刺さり、地面を埋め尽くしていく。
矢の雨が止んで数秒後、あたしは音切勇也の右腕から血が出ているのに気付いた。
「そんな……今のは……本物……」
「……確かに痛みがある。それに、はね返す時に感じた重み……あれは間違いなく……」
「どういう……ことっすか。」
あたしたちはアブトルの方をおそるおそる見た。
「はっはっは。どういうことも何も、きちんとしたカウンターである。」
「何ですって!?」
「小生が《物語》で作り上げた降り注ぐ矢の幻覚にお主たちが攻撃をした瞬間に、小生は幻覚を現実のモノへと変換したのである。その矢はさっきまでは幻覚で、今は本物というわけである。」
違う。そこじゃないわ。そんなことだろうと思ったわよ。問題は、幻覚だってことを理解してるはずのあたしたちが、攻撃しちゃったってことよ!
「速水、あんたは何で攻撃したの!」
「オ、オレは……つい……」
「俺もそうだな。強いて言えば……つい……なのか?」
あたし自身、あの矢から身を守ろうとして二人の後ろに移動した。
いくら幻覚とわかっていてもいざ視界に入ったら恐怖を覚えた? いいえ、そんな生易しいことじゃないのよ。あれは……あの矢は……
あたしは地面に刺さっている矢を一本引っこ抜く。やじりがあって、羽があって……本物の矢。けどなんなの……この感覚。
確かに手に持ってるわ。触ってるわ。見てるわ。けど……妙に……存在感が……ない。確かな現実、リアルだと認識しているのに、あたしの頭がこの存在を認めていない……?
ありえない……?
「その矢に違和感を覚えるのは当然である。この世には存在せぬモノ故な。」
「えっ……?」
アブトルは相も変わらず座ったまま説明を始めた。
「お主らも座ってはどうだ?」
と、言われてもあたしたちは座らない。座れるわけないわ。
「……お主ら、ミロのヴィーナスを?」
ミロのヴィーナス? あの……腕のない女神像? あれが今なんだってのよ。
「知っての通り、あれには両腕が無い。不完全であるわけだ。しかし、あれは何人もの芸術家、王を魅了してきた正真正銘のヴィーナスである。なぜだかわかるか?」
「知らないわよ……」
「両腕が無いからである。あれを見たとき、人は想像する。どんな腕なのだろうと。あの欠けた部分には、どんな素晴らしい両腕がつくのだろう……と。その想像が不完全な像を美の女神にしておるのだ。」
アブトルは真剣そのものという表情であたしたちを見た。
「人を喜ばせ、悲しませ、恐怖させ、戸惑わせるモノ。人の感情を引き出すモノの究極は想像にしかない。故に、理想という言葉があるのだ。」
「理想……ねぇ?」
「例えば、理想の男性、理想の女性を思い描いてみるのだ。人によって、様々な人物像が想像されるだろう。しかしどうだろうか? その人物を絵に出来るだろうか? 目や鼻の位置を具体的な数値で言えるだろうか? 声の高さは? 肌の色は? 性格は? 人を形作る全ての要素を、想像の外に出して具体的に考えようとすると、例外なく破たんせぬか?」
……アブトルの言ってることは……わかるわ。理想の男の条件を並べていって、あてはまる男を探そうとしたら……その行動はいつだって「そんな奴いるわけないわ」で終わるものだわ。近い男はいても、一〇〇パーセントは……ない。
「理想は理想の範疇を出ない。これは想像……イメージも然りである。矢と聞いて思い浮かべる矢のイメージ。だいたいこんな感じだっただろうかというレベルの想像。その想像も決して現実には存在しないのだ。」
「何言ってるんですか。矢は存在するっす。」
「いや、存在しない。お主らが矢の形をイメージする時、そこにはお主らの記憶が影響してくる。あの映画であの人物が使っていた、ゲームの中のあのキャラクターが使っている、やぶさめを見た事がある、破魔矢の形は確かこういう形だった……などといったその者にしかない記憶で形作られるその者にしか想像できないイメージである。故に現実には存在しない。」
「……なるほど。確かにそうかもしれないな。」
「ふむ、やはりアーティストともなれば似たような感覚を覚えるのであろうな。」
アブトルは満足気に笑う。ていうか、んなことはどーだっていーのよ! なんだってこの男はこんな回りくどい説明をすんのかしら!
「理想も想像も頭の中から出る事はない。しかしだ、それがもし可能だったらどうなる?」
「? 何を言っているんだ?」
「自分のイメージと寸分たがわぬ物が目の前にあったとき、それをそれではないと否定できるだろうか? 答えはできないである。否定する要素がないのだから。」
「だから何を……」
そこで音切勇也は何かに気付いたみたいだった。慌てて周囲の矢を見まわした。
「まさか……この矢は……」
「単純な話、お主らのイメージする矢そのままの姿をしているのである。故に、三人が三人とも、見え方が異なるはずである。」
「!」
あたしたちは目を合わせた。
「速水! あんたにはあの矢は何色!」
「黒っす。」
「あたしは茶色……」
「俺は白だ。なるほど、これを使ってさっきも《常識》のゴッドヘルパーを見せていたのか……」
そういうことね。誰も一度も見たことない《常識》……イメージしてたままの形で登場されたらそれが《常識》だって信じるしかないわ。疑うことなんかこれっぽっちもせずに……
「小生は大量の矢の幻を見せたわけではないのである。正確には、『大量の矢』という一言を書いただけである。その一言を読んだお主らがイメージした矢が降ってきたのである。イメージと寸分違わぬ矢の出現……幻覚だと知っているということ以上にそれを本物だと認識してしまうのである。頭でどうにかできることではない……熱い物に触ったら手を引っ込める反射に近いのである。」
「なるほどな。さすが作家というわけだ。」
音切勇也が不思議な感心の仕方をした。
「えっと……どういうこと……ですか?」
「花飾さん、何で敬語なんすか?」
うっさい、速水。
「小説とかがさ、映画になったりするとよく言うだろう? イメージと違うって。つまりあれは、文章から想像される世界観とか人物とかと違うなって意味だ。小説は読む人によってイメージが変わる……言葉一つで違いができるんだよ。自分の思い描いた世界を伝えようと、作家は文章を書く。多くの人ができるだけ同じイメージをする言葉を選ぶ。そんなことを仕事にしているんだ、こういう戦法も思いつくはずだろ?」
「そうっすね。そんで……今オレたちって結構ヤバめですよね?」
「……幻覚だとわかっていても本物だと認識しちゃう幻覚であたしたちの攻撃、《常識》の上書きを誘って……カウンター。そうね、かなりまずいわ。でも勝機ゼロってわけでもないと思うわよ。」
「まじすか。」
「あいつ、本と万年筆を持ってるじゃない? 別にカッコつけるために持ってるわけじゃないと思うのよ。」
「確かにな。あれは……《物語》を操る上で必要な行為なのかもしれない。あれを奪えば……」
「うっす。とりあえずそんな感じで……!」
なーにがそんな感じなのかわかんないけど、速水がうんうん頷いた。
「作戦会議は終わったようであるな。では……」
アブトルが本を開く。
「『男は構える。その手にはあまる無数の砲身を。』」
アブトルの横、両サイドに無数の鉄砲が出現した。
鉄砲……拳銃って言えばいいのかしら。クロアが持ってるのは見たことあるけどじっくりなんて見たことない。映画とかでしか見ない代物だもの。でも想像しろと言われたら何かしらのイメージは浮かぶ。その何かしらのイメージそのままの姿があたしの視界に入ってる。
あれは幻覚、幻……
「あは、どうみたって本物よね。本物見たことないけどそうとしか思えないわ。」
「それがイメージの力である。」
同時に火を吹く拳銃。それに対して衝撃波を、《音》の振動を放つ二人。……あたしには見わけがつかないけど、その瞬間に放たれた銃弾は幻覚から本物に変化した。
「うおっと!」
さっきの矢と同じように周囲にばら撒かれる銃弾。あちこちの壁に無数の穴が空く。
「……正直な話、銃口を向けられて平然と反撃できるってどーなんすかね。オレたち。」
「昔なら異常だろうな。だが今は、超能力者が闊歩する時代さ。」
「そうですね。」
言いながら速水はかけっこのスタートラインに立った人みたいな姿勢になった。
「どうせ本物になる幻覚なら最初から本物と思えばいい。そんでもって……衝撃波とかとは違う、オレ自身にかける《常識》の上書きは操れるんすかねっ!」
速水が消える。
「はっはっは。確かに、それは微妙に登場人物への干渉であるからな。しかし、できないわけではないのだ。」
アブトルがそう言った瞬間、あたしたちとアブトルの間に速水が突然現れて……転んだ。
「速水?」
「痛っ! いきなりオレの《速さ》が……なくなった?」
「こういうことだけはできるのだ。」
つまり、その上書きを変化させることはできないけど、無かった事にはできるってことね。
「『男は落下させる。視界から敵を消すために、クロガネの塊を。』」
「落下……上か!」
音切勇也とあたしは同時に上を見た。でっかい鉄球が降って来るのが見えた。
「むん!」
音切勇也が指を鳴らす。鉄球は一瞬震えたかと思うと粉々に砕けた。リッド・アークの武器を壊した時と同じ、共振現象ね。
「おおおおおっ!」
速水がアブトルの横にまわりこむ……普通の速さで。
「『男は遮る。迫りくる獣から身を守るために。』」
速水の前に分厚い壁が出現。速水は止まらずにその壁に向かって衝撃波を叩きこむ。けれどその壁はビクともしない。
「くっそ!」
速水は……これまた普通の速さであたしたちの場所に戻ってきた。なんかかっこ悪いわね。
「……んん?」
何かしら。なんか引っかかるわね。
「? どうしたんすか? 花飾さん。」
速水があたしを見た。あたしは速水をじっと見た後、音切勇也を見た。ああ、やっぱかっこいいわねぇ。
「……もしかして……ちょっと速水。」
「なんすか?」
「あたしの目をみなさい。」
「あ、なんかいい作戦を思いついたんすね!」
あたしは速水に……《変》をかけた。
「……なんすか? 今の。」
「いいから。速水、あいつに一発でかいのをぶちこんでやって。」
「うっす!」
体育会系の返事をした速水は拳を引き、アブトルを狙う。……あんた天文部じゃなかったっけ?
「はっ!」
放たれる衝撃波。見えないけど風が吹くからわかる。
「む。」
アブトルが本を開く。するとアブトルの前で何かが弾けた。たぶん、衝撃波が散らされたのね。けれど――
「!!」
突然ふっとばされたアブトル。
「あれ?」
「な……」
速水と音切勇也が驚きの声をあげる。あたしはニンマリする。
「ぬっぐあ……っつ!」
武術なんか使えないとか言ってたクセに。猫みたいな身のこなしで綺麗に着地するアブトル。サマエルの下についた奴って全員こうなのかしら。さすがねー。
「な……なんということであるか。」
アブトルがあたしを目を見開いてみた。そこであたしはさらにアブトルをびっくりさせる為にこんなことを言った。
「久しぶりに……数え間違えたんじゃない?」
あたしの言葉に二人は首を傾げる。対してアブトルは……
「……そちらのキレ者は雨上晴香かと思っておったのだがな……ここにもいたであるか。」
驚き半分、喜び半分な顔をしてた。
オレはかなり驚いている。正式名称は忘れちまったけど、チームメリーさんの二人、ジュテェムとホっちゃんが……地面に横たわってるからだ。
「雑魚……とは言わねぇよ。相性が悪いだけだ。」
メリオレは頭をポリポリかいてる。オレはその隙を狙い、近くの石ころを蹴りあげて運動エネルギーを与えた。石ころは銃弾のようにメリオレの方にとんでいく。
だが石ころがメリオレにぶつかる一瞬前に、メリオレが真横に移動し、石ころは外れる。ここで驚くべきは避けたことじゃなくて、避け方だ。
メリオレは、避ける前と後でポーズが変わってない。まるで地面が勝手に動いたかのような避け方だ。
「はん。まるで念力だな。」
「そういうあんたは瞬間移動かなんかかよ。」
「たっは、ただの《反復》だ。」
《反復》……《反復》だから《重力》とかが効かないって? 意味がわかんねー。そういやムームームは何かに気付いたみたいだったな。
「ムームーム、どういうことだ?」
「自分で考えなさい……っていつもなら言うところだけどね。そうも言ってられないよね。」
「おいおい、さっき言ったろうが。種明かしすんなって。」
一瞬でメリオレがオレの目の前に移動してきた。同時に上体を大きく傾けながらのハイキック。オレは《ルゼルブル》からエネルギーを取り出して運動エネルギーに変換、後退する。
「おお。」
感心しながら……ハイキックを出した後の体勢のままオレの目の前に滑るように移動、かかと落としを繰り出すメリオレ。正直かなり気持ち悪い移動方法だぜ。
「ほりゃ!」
オレは落ちてくるメリオレの脚に片腕を添え、軌道をそらした。メリオレのかかと落としは硬いコンクリの地面に――
「ふん。」
かかと落としをしていた足が地面に触れるや否や、その脚を軸に強烈な回し蹴り。オレはとっさに腕でガードしたが、そのまま蹴り飛ばされた。
「いって!」
受け身をとりつつ着地したオレの横にムームームがやってきて――
「はい。」
そのままにしといたらハレてきそうなオレの腕をポンと叩く。すると一気に痛みが引いた。たぶん魔法だ。
「ふぅん? お前、結構いい動きすんのな。」
「……この小さい天使に日々鍛えてもらってんだ。あんたこそすげー動きすんな。」
「オレは――」
メリオレが何か言おうとしたその時、メリオレの周囲の地面が一気に陥没した。メリオレが立っている部分だけが何事もなかったように残る。……しゃぶしゃぶの鍋みてーだ。
「……学習しろよ。」
「ならばこれはどうです!」
メリオレを挟んでオレの反対側にジュテェムが立っていて、両手に……なんか黒っぽいエネルギー弾みたいな物を持っている。
「グラビティ・ボール!」
「ん? それは初めてだ。」
メリオレはその場から消え、ジュテェムの攻撃が唯一残った地面を粉砕する。それとほぼ同時にジュテェムが立っている地面が爆発した。
「ジュテェム! 平気か。」
「ええ。感謝します。」
爆炎の中から悠然とジュテェムが出てくる。その横に並ぶのはホっちゃん。
「なるほどな。今の爆破は《温度》が防いだのか。爆炎の《温度》を下げて爆風が起きないようにしたか。」
陥没した地面の淵に立つメリオレがそう言った瞬間、メリオレは巨大な爆発に巻き込まれた。
「あのなぁ、人がしゃべってんだろうが。」
地面にヒビが入り、砕けている……メリオレが立っている場所を残して。
『十太。』
突然頭の中に響くムームームの声。
「なんだ?」
思わず声に出して答えたオレ。ムームームはあきれ顔。
『バカ。返事しないでいいの。あいつは種明かしを嫌ってるからこうやって教える。よく聞いてね。』
オレはこくんと頷いた。
『さっき《重力》が言ってたけど、ゴッドヘルパーは自分が操る《常識》を否定することもできるの。メリオレに《重力》と《温度》が効かないのはそのせい。そしてあの奇妙な動きは《反復》の応用。順番に説明するね。』
メリオレは乱れた髪の毛をなおしている。オレはそっちを見つつ、ムームームの話を聞く。
『《反復》とは繰り返し。《反復》の否定は繰り返しの否定に他ならないわ。つまりメリオレは一度経験した事なら、それがもう一度起きた場合に否定できるってこと。』
一度経験したことを否定する? 要するに無効化するってことか。
『この世界に生きてる限り、《重力》は常に感じているモノだよね。そしてジェットコースターにでも乗れば、身体がふわっとなる感覚と押し付けられる感覚を感じることができる。それはつまり《重力》の減少と増加を感じること……経験することに等しい。』
んん? 厳密にはジェットコースターの力は遠心力……いや、でも「Gがかかる」とか言うか。この「G」ってのはグラビティの「G」だもんなぁ。
『メリオレは《重力》が増加するってことを経験したことがある。だからジュテェムが十倍、百倍の高重力をかけても効かない。それはメリオレにとっては繰り返し、《反復》だからね。同様に、《温度》が上がるとか下がるなんてことは日常的に経験することだから、メリオレには《温度》の操作が効かない。周囲の《温度》を急激に上昇させて爆発を起こそうとしても、メリオレの近くだけは《温度》変化が起きず、爆発が起きない。』
そうか。あの二人が相性悪いってのはそういうことなのか。要するに、どっちもあるのが当たり前の日常的な《常識》なんだ。
『でも何でもかんでもって訳じゃないところが救いだね。例えばさっき、十太は石ころをメリオレに飛ばしたでしょ? メリオレからしたら『石を飛ばされた』って経験だから、《エネルギー》の操作を否定されることはないんだ。二度と石を飛ばして当てることは出来なくなったけどね。』
あくまで、あいつが経験することだけってことか。オレが《エネルギー》を操ることはあいつの経験じゃねぇ。
『ここまででわかることは一つ。十太の力が否定されることはないけど、攻撃すればする程に十太の攻撃手段が減っていくってことだね。全ての攻撃のチャンスが一度しかない。』
シビアだなぁ、おい。
『次にメリオレの奇妙な動きについて説明するね。《反復》を操るメリオレにとって、一度やったことのあることを《反復》させることは簡単なことってのはわかるよね。』
さっきとは逆に、自分がやったことのあることを繰り返すってことか。
『例えば、『右に二メートル移動』したことがあれば、メリオレはそれを繰り返すことができる。体勢に関係なく、結果として自分が右に二メートル動けばそれで繰り返しになるんだね。そして、その繰り返す速度……《反復》させるスピードもメリオレは操れる。前は移動に五秒かかっていたとしても、《反復》させる時に五秒かかるわけじゃない。その時間は瞬間移動と呼べるくらいに短くできるんだよ。』
……普通に生活してりゃ大抵の動作はやったことあるはずだ。前後左右だけじゃなく、三百六十度全方位に高速で移動できるはず。その上で『蹴りをしたことある』だとか、『パンチしたことある』とかの経験を高速で《反復》すれば……型とか構えが全然ダメでも、体勢が無茶でも、達人みたいな速度の攻撃を放てるってことか。
『たぶんさっきからやってくる爆発も《反復》だね。『爆発を起こしたことがある』んだね。最初の一回は爆弾本体が必要でも、《反復》の段階なら爆弾そのものが無くても爆発するって現象を繰り返すことができるんだ。』
……うぇ!? それってかなりやばいんじゃ……
『ただし……これは推測だけど、『誰かを殺したことがある』ってだけでいつでも誰かを殺せるわけではないと思う。それができるならメリオレは鴉間なんか目じゃない最強のゴッドヘルパー。たぶん、人や物に何かをするって経験だけは《反復》できないんだと思う。この世にまったく同じ人は存在しないから、仮に十太を殺したという経験があっても、繰り返せるのは十太を殺すってことだけなんだよ。』
縁起でもねぇ!
『そして、例えば『車を高い所から落としたことがある』って経験があっても、いつでも車を落とせるわけでもない。それは車を創造することになっちゃうからね。車が落下したことで生じる衝撃とか、地面の陥没とかは《反復》できるんだろうけど。』
簡単に言えば……何かをしたことで生じた結果を繰り返す事が出来るってことか。
「さってと……」
ムームームの説明が終わったあたりでメリオレがこっちを見た。
「しかしお前の戦い方は普通だな。《エネルギー》ってんだから、ビームとか撃てるんじゃねーの?」
「できるか、んなこと。」
「おいこら!」
メリオレの中ではもういないことにされていそうなホっちゃんが叫ぶ。
「お前、おりゃたちをあの程度で封じたとでも思ってんのか?」
「あ?」
「力は応用するもんだって話だ!」
次の瞬間、オレはすごい熱を上から感じた。真夏の日差しをダイレクトに浴びてるような――
「――って、なんだあれ!」
オレとメリオレの真上に……太陽としか表現できない物体が浮いていた。真っ赤に光る……マグマみたいな何かがすげぇ熱を発している。
「んん? ああ、さっきアブトルと一緒に《物語》を操作してる時に見たぜ。《重力》が浮かせた瓦礫やらなんやらを《温度》がドロドロに溶かしてそれを降らす。なるほど、確かにこれならオレにも通る攻撃だな。」
「ちょちょちょ! オレもくらう! それ!」
オレが抗議するとホっちゃんはあごでオレの近くに立ってるムームームを指した。守ってもらえってか。
「くらえ!」
降り注ぐ赤く輝く雨。オレはムームームのバリアの中でそれを眺める。
「は、さすがにこれは初めてだな。」
メリオレはそう言いながらあの気持ち悪い動きで雨から遠ざかる。
「逃がしません!」
空から地面に垂直に降ってた雨は突然軌道を変え、真横に飛んでってメリオレに襲いかかる。
「っと。」
移動速度がさらに加速するメリオレ。もう動きがコマ送りみたいにしか見えねぇ。
……あの雨は降り止んだら最後、次からはメリオレに効果が無くなるわけか。その辺のところをジュテェムは理解しているようで、次から次へと空中に浮いてるドロドロの太陽みたいな塊に新しい瓦礫とかを補充している。たぶん、メリオレがやられるまで降らせるつもりだ。
「……あんなんくらったら死ぬよな。」
「そうだね。困るね。だからできれば十太にやっつけて欲しいんだけどな。」
「簡単に言うなよ……」
「だいたい、こんな温度の雨、十太なら《エネルギー》を奪いながら走れるでしょ。」
「まぁ……」
オレがそう返事するとムームームはバリアを解いた。
リッド・アークの時からそれなりに時間は経った。あの時点も触れればマグマの熱エネルギーは瞬時に奪う事ができた。そして今は――
「……熱を奪うってことは元の瓦礫に戻すってことだぜ……」
オレは自分に触れた熱エネルギーはほぼ無意識に奪えるようになった。ルネットの攻撃は光エネルギーだったから微妙に成果が出なかったが、この高温の雨の中を悠々と歩けるくらいにはなっている。
「いたた……石ころが絶えず上から降って来るような状況になったんですけど、ムームームさん。」
「がまんだよ。《ルゼルブル》にはルネットの最後のビームの《エネルギー》もたまってるからね。この降り注ぐ熱エネルギーもあわせれば《エネルギー》には困らないよ。ほら、行くんだよ十太。」
「ほいよ。」
降って来る高温の雨から熱エネルギーを奪い、運動エネルギーに変換。高速移動、開始!
「どおりゃあっ!」
雨から一生懸命遠ざかるメリオレの正面に移動。
「んなっ!?」
「ふっとべ!」
オレはメリオレの腹に拳をうちこむ。同時に運動エネルギーを与える。
「!!」
運動エネルギーを得たメリオレはまるでオレのパンチで飛んで行くようにふっとんだ。別にかっこつける為にやったわけじゃない。パンチは普通の威力だが、そこに『壁に叩きつけられる』っつーダメージをプラスしたわけだ。
「甘いな。」
ふっとびながらメリオレが呟いた。次の瞬間、メリオレの姿が消え――
「ぐわっ!」
突然背中に衝撃を受けた。見ると、オレの前方にふっとばしたはずのメリオレがオレの背中にぶつかってきていた。
「……!! 自分の体勢とかに関係なく、移動できるってのは……便利だなっ!」
振り向きざまにひじ打ちをかましたが、あっけなく空振り。
「くっ!」
続けてジュテェムの真横に移動したメリオレはオレがふっとばした時の勢いを使って蹴りを放った。その蹴りがジュテェムに当たるや否や、蹴りの体勢のままホっちゃんの頭上に移動、ホっちゃんの頭を蹴っ飛ばした。
「っつ! てめぇっ!」
ホっちゃんを蹴った後、スタッと着地し、メリオレは動かなくなった。
「辛抱強くねーなぁ。ほれ、雨が止んでんぞ。」
オレははっとした。今の蹴りでジュテェムとホっちゃんの手が一瞬止まった。つまり、一度雨が止んでしまった。
「まさか……」
ジュテェムが半信半疑で腕を振る。赤い雨が降り、メリオレに直撃したが……
「理解したか? オレに同じ手は二度と通じない。」
まったく効いていない。熱そうでも痛そうでもない。赤い雨なんて降っていないとでも言うようだった。
「……理解はしたつもりでしたが……こうもあっけなく……」
「マジかよ。ふざけた力だぜ。」
高温の雨が降るという経験をしたメリオレに、もう二度とさっきの技は通じない。やべぇ、想像以上にマズイ能力だぞ、これ!
『気付いてる? 十太。』
頭の中にそんな声が響いた。ムームームが軽く首を傾げながらオレを見てる。
「?」
同様に首を傾げて何のことか動作で尋ねると、ムームームはその容姿に合わない鋭い目つきでメリオレを横目にこう言った。
『同じ攻撃が二度と通用しないって言ってるけど……理論上、一つだけ二度目が通用する攻撃……経験があるってことにだよ。』
二度目が通用する攻撃? なんだそりゃ……
『《反復》を封じられるって経験だよ。』
オレは一瞬ムームームが何を言っているのかわからなかったが、しばらくしてハッとした。
あいつに二度目が通用しない理由は、二度目が繰り返し……《反復》だからだ。経験した事のある経験を再びした時、《反復》の力で無効化している。リッド・アークの《反応》と同じだ。それを無効化するには一瞬でもなんでも、それを経験する必要があるってことだ。
要するに、パンチを受けるってことを無効化するとしても、相手がパンチの体勢に入ってもいないのに無効化はできないってことだ。
そこで《反復》を封じられるという経験だ。二度目が来た時、それを無効化するにはその二度目も少しは経験しなきゃいけない。だが経験するってことは封じられるってことだ。無効化しようと思ってもできない。
《反復》の仕組上、この経験だけは確かに二度目を無効化することができない。
「でも……どうすんだよ?」
つい口に出してしまったがそこが問題だ。《反復》を無効化?
『メリオレのあの気持ちの悪い移動方法……あれって誰かさんに似てると思わない?』
……! なるほど。
「……どうした? 目の色が変わったな、《エネルギー》。」
メリオレがニヤリとしながらオレの方を向く。
「あんたに一発お見舞いする策が浮かんだんだよ。」
「ほう?」
問題はタイミングだ。二~三回見ればつかめると思うんだが。
「そんじゃ、お手並み拝見だ。」
オレの前に瞬間移動したメリオレは身体全体を回転させながら回し蹴りを放つ。身をかがめてそれを避けるオレ。しかしからぶったメリオレは突然身体の回転速度が上がり、ありえない速度で一回転して元の向きに戻り、勢いそのままにしゃがんでいるオレを蹴り上げようとする。
オレは《ルゼルブル》から熱エネルギーを得て、それを運動エネルギーに変換、その場から後退する。
しかしオレが移動した先には既にメリオレが脚を蹴りあげた状態で移動しており、オレが近づいてくるスピードに合わせてかかと落としをかます。
このかかと落とし、さっきもやってたな。こいつの得意技と見た。
オレはその場で熱エネルギーを位置エネルギーに変換し、メリオレの真上に瞬間移動。かかと落としをからぶりしたメリオレはオレを見失い、その場に留まる。オレはそんなメリオレの頭を蹴飛ばした。
蹴りの反動で後ろに飛び、メリオレから離れたオレはさして痛そうにしてねぇメリオレを視界に捉えた。おそらく、『頭を蹴られた』経験があるんだろう。
つーか、こうやって接近戦を仕掛けてくるわけだし……パンチ、キック、タックルやチョップ、あらゆる攻撃を一度経験して無効化できるようにしていると思う。
となると、メリオレに叩きこむ攻撃は……やっぱあれしかないか。ぶっつけ本番だが……やるしかねぇ!
「はっ!」
足元に落ちてた石ころを飛ばす。結構な速さで飛ばしたんだが、一度経験しているからメリオレには効果が無く、おでこに直撃したってのに平然としている。
「ふん。もう攻撃手段がなくなったか? 《エネルギー》なんて一番応用力のある《常識》じゃねーかよ。もっと見せてくれよ。」
「言われなくても!」
運動エネルギーと位置エネルギーの変換を繰り返してメリオレの周囲をランダムに動きまわる。タイミングを見計らい、わざとメリオレの正面から突撃する。もちろん、メリオレは接近してくるオレを視界に捉え、身構えた。
オレは体勢を低くし、メリオレの腹に拳を叩きこむ格好で飛んで行く。この低さなら恐らく――
「はん! 甘ぇ!」
スーパーマンみたいな姿勢で迫るオレの真横に《反復》で移動したメリオレはオレのがらあきの腹めがけて蹴りを放つ。さっきと同じ、脚を大きくあげる感じだ。
それを予想していたオレは運動エネルギーを操って蹴りをスレスレで回避する。メリオレから距離をとらないようにした。なぜなら――
「おりゃっ!」
メリオレの脚を掴むためだ。オレはメリオレの蹴りの軸足となっている方の脚を掴んだ。
さっきまでなら、次の瞬間メリオレはオレの背後に移動してかかと落としを決めてきただろう。だがそうはならなかった。移動してかかと落としをしようとしていたはずのメリオレは……移動せずにその場でかかと落としをした。
「!?」
移動せずにっつーよりは、移動できずにだがな!
困惑の表情のメリオレの腹に、オレは手に平を押し付けた。
ついさっき、何度も感じたあの感覚。光エネルギーが収束して放たれるあのプロセス。いきなりビームとまではいかないが収束したエネルギーを破裂させることはできるはず!
《ルゼルブル》から熱エネルギーを得て、それを光エネルギーに変換しながら手の平に移し、収束させ――
「ふっとべっ!」
収束した光エネルギーは一気に弾け、メリオレを吹き飛ばした。
「がはっ!」
結構な勢いで壁に激突したメリオレ。リッド・アークみたいに身体が機械でもない限り、あれは相当なダメージのはず。だがメリオレには効いてないんだろう。
腹に叩きこんだ一撃を除けば。
「な、なんだよ今の! 爆発か!?」
ホっちゃんがオレの方を見た。《温度》を操作して起こす爆発は確かに通じないが、今のは《エネルギー》の破裂だ。日常生活で経験するようなことじゃない。
「今のは……どういうことです? 爆発もそうですけど、メリオレが相当困った顔をしていました。」
ジュテェムが目を丸くしている。オレはメリオレの方を見ながら今したことを説明した。
「あいつのあの気持ち悪い瞬間移動なんすけど……あれ、オレがやってる運動エネルギーを利用した移動と似てるんですよ。だから思ったんです。」
「何をです?」
「《反復》の力だって言っても、質量を持った物体が距離の離れた場所に移動してるんですから、そこには運動エネルギーが生じていて当然なんすよ。そのエネルギーがどこからやってくるかは知りませんけど、とにかく無きゃおかしい。」
「まさか……メリオレが移動をしようとする時に生じる運動エネルギーを奪ったんですか。」
おいおい、ものすげー察しが良いな……
「そうです。運動エネルギーを奪われたメリオレは当然、移動できない。だからその場で留まった。そしてルネットとのバトルで覚えた……《エネルギー》の収束と爆発……それで攻撃したんす。」
「でもよぉ、今のでとどめをさせてなかったら……その運動エネルギーを奪うって行為はもう二度と通用しないんじゃねーか?」
「大丈夫だよ。」
そこでムームームが話に加わる。
「あいつが今経験したのはね、自分の《反復》が発動しなかったとか、移動ができなくなったとかそういうモノになるんだよ。決して『運動エネルギーを奪われる』という経験じゃない。だって《エネルギー》のゴッドヘルパーでもない限り、《エネルギー》の移動や変換を感じることは不可能だから。要するに経験できないんだよ。経験っていうのは、体感できて理解できるモノにしか当てはまらない。」
「……なるほど。考えましたね。『運動エネルギーを奪われる』という経験は彼には経験できないモノ。故に『自分の《反復》がキャンセルされた』というような経験と捉えるしかない。そして原理的に、理論的に、《反復》のキャンセルという経験だけは二度目が通用する……そういうことですね。」
「あ? は? 意味わかんね。」
「いいんですよ、ホっちゃん。要はあの男に勝てそうだという話です。」
「そう思うのは早いんじゃねーのか?」
壁に倒れ込んでいたメリオレが立ちあがった。《エネルギー》の破裂って経験はやはりしたことなかったらしい。服が破れ、腹にオレの攻撃の跡が残ってる。
ただし、それでふらふらというわけではない。分類で言えば火傷に近い痛みのはずだから、そういう痛みは経験したことあるかもしれない。となれば、痛みを無効化できる。だが、腹にああいう傷を負ったことが無い限り、傷を治すことはできない。ダメージは確かにある。
「オレはまだまだやれるぜ? それに、もう二度と今の攻撃は効かない。」
「わかってるさ。こっからだ!」
第五章 その5へ続きます。




