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今日の天気  作者: RANPO
第五章 ~Revellion&Egotistic~
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Revellion&Egotistic その3

第五章 その2の続きです。

 自分は今まで、あのように何人かでまとまって生活するということを経験していませんでした。色々な宗教を経験する中で大人数、ざっと数百人の方々と共に生活することはありましたが、そこに繋がりはなく、ただ一緒にいるだけでした。サマエル様のもとに入った時も、ゴッドヘルパー同士が互いをライバル視していることが多く、成長する場所としては最適でしたが、あのような温かさは少なかった。中には……そう、青葉とリッド、メリオレとアブトルのように恋人、友人関係を築いていた方はいましたがね。

 彼女と過ごした一カ月は自分にとって特別な時間でした。そう……《時間》でした。ある程度の年齢を超えると、それ以上はあまり変化がないようで、自分と彼女の価値観はよく似ていました。しかし生きる目的が決定的に異なった。ですが、それは当然のこと。まったく同じ考えの方がいるわけがありませんからね。

 その後、彼女の仲間……いえ、家族と共に過ごした短い間。とても楽しかった。その彼らが、自分の前に立ちふさがっている。悲しいものですね。

 ですが自分にも貫く信念があります。

 サマエル様に《常識》を手に入れてもらい、何の役にも立たず、人を救わない神を倒して新たな神となる。その時世界は変わる。何をどうしても救われないこの世界に救いが生まれる可能性がそこにはある。

 ならば……自分はそれを求める。

「……例え……幾千の骸を積み上げようとも。」

「む……骸だぁ?」

 肩で息をしている彼は……ホットアイス。ホっちゃんと呼ばれている方です。《温度》のゴッドヘルパーです。

 急激な温度上昇は瞬間的な空気の膨張を引き起こします。要するに爆発ですね。彼はそれを得意技としています。

「まいったのう……」

 かなり疲労しているはずですが、姿勢を崩さないあの紳士はリバース。リバじいと呼ばれています。《抵抗》のゴッドヘルパーです。

 周囲の空気の抵抗を極限まで引き上げることで一種のバリアーを作り出します。また、逆に地面の摩擦抵抗を最小にして、スケートの要領で高速移動を可能にします。

「何とかならないのかしら……ねぇ、ジュテェム。」

 腰に手を当てて呼吸を整える凛々しい女性はチェイン。《食物連鎖》のゴッドヘルパーです。

 ありとあらゆる生物の上下関係を操ります。

「わたくしに聞かれても……《重力》がここまで通じない相手は初めてですし。」

 弱気なことを言ってはいますが、諦めてはいない目をしているどこにでもいそうな青年はジュテェム。《重力》のゴッドヘルパーです。

 《重力》と言ってもただ単に下方向に力を加えるだけでなく、あらゆる方向に向きを変えることもできます。それゆえに非常に厄介な方です。

「はて……?」

 そういえば、自分は彼らの本名を知りません。彼女……メリーも本名を教えてはくれませんでした。

「ディグ。」

「はい?」

 名前を読んだのはホットアイス。

「お前……めちゃくちゃ強いんだな。」

「ええ。世界を変えない限り、自分は敗北しませんので。」

 輪廻の理のもと、《回転》の力で自分は死んでも生き返ることが可能となっています。少なくとも、今の世界で自分が消滅することはありません。

 自分を倒しうる可能性を持つのはメリーのみ。彼女の《時間》ならば……あるいは。

「くっそ、余裕たっぷりの顔しやがって……」

「ふふふ。無駄に歳をとっていませんよ。」

 自分は周辺の空気を《回転》で集め、それを高速回転させて彼らに投げつけました。

「むっ! 空気のノコギリじゃ!」

 音もしないし見えもしない高速回転する空気、その周囲の空気の流れを微妙な抵抗値の変化から捉えたリバースがそう叫びました。するとホットアイスが自分と彼の間の空間の《温度》を急速に下げました。

 この世界の物体は《温度》によってその大きさを変えます。固体、液体、気体の三つの状態は《温度》によって決まるのです。例えば水は、温度が上がって水蒸気となるとその体積を約二千六百倍にします。

 これはつまり、水蒸気を冷却するとその体積が二千六百分の一になるということです。

 ホットアイスが《温度》を下げたことにより、自分が放った空気のノコギリは人体を真っ二つにできる大きさから手の平サイズへと縮み、誰にも当たることなく飛んで行ってしまいました。

「おまけだ!」

 ホットアイスがそう叫ぶと、自分の周囲の《温度》が急激に下がり始めました。空気だって《温度》が下がれば液体となります。つまり、自分の周囲から気体の空気が無くなったのです。

 言うなれば宇宙空間に放り出された状態です。全ての生物は大気圧に潰されないように、常に身体の内側から力をかけています。その大気圧……つまり空気がなくなるとどうなるか。

 人間は身体の中から破裂します。

 ボンッ!

「……ちっ、またかよ。」

 ホットアイスが嫌そうな顔をしています。

「確かに今、お前は死んだ。全身バラバラになってな。なのにまばたきすっとお前がそこに立っている。意味わかんねーぜ……」

「わからなくはありませんよ。きちんと理屈の通った現しょ―――」

 突然、身体が重たくなりました。見るとジュテェムが右手をこちらに向けています。高重力がかかっているのですね。

「ですが……」

 自分は《重力》の方向、上から下にかかるそれを《回転》させ、上や右、左に散らします。

「まだまだ!」

 さらに強くなる《重力》。自分の周囲の地面はくぼみ、ひびが入り、メキメキと音をたてて沈んでいきます。

「自分には通用しませんよ。方向のある力はね。」

「ならばこれじゃ!」

 リバースが地面を滑るように移動し、近くの建物にタッチしました。すると一瞬にしてその建物が崩壊……いえ、分解されました。

 建物がどうやって建物たりえているのか。木が、鉄が、コンクリートが、部品となって組み上がり、床や壁を支えているからに他なりません。

 では部品同士をつなげている力とは何か。それは摩擦や作用・反作用といった物理的力。いわゆる《抵抗》です。その《抵抗》を操るリバースにとって、「組み立てられた物」をバラバラにすることは容易い事です。

「ジュテェム!」

「はい!」

 数百万という数の部品へと戻った建物は、ジュテェムの《重力》によって全て自分に向かって飛んできました。

 肉を引き裂く音。骨が砕ける音。腕がちぎれ、腹に穴が空き、頭蓋が砕け、脳しょうが飛び散る。肉片と鮮血が舞い、自分は死にました。

 しかし、自分が再び目をあけると、そこには飛来した部品が地面に突き刺さっている光景と立ちこめる砂煙だけがありました。自分の血の色は無く、自分の身体も元に戻っています。

 自分は風を起こし、砂煙をはらいました。その向こうには驚きを通り越してあきれ顔のリバース、ホットアイス、ジュテェムが立っています。

「まったく……恐ろしいのう……」

「やる気が失せるな、こりゃ。」

「そうですね……」

 世界が変わらない限り、自分を倒す事はできません。

 しかし……変ですね。そんなことは百も承知のはずです。特にメリーは自分の力の全てを知っている。メリーは《空間》との戦いで自分の力を見ており、その後の一カ月間の生活の中でも自分のことをよく観察していました。だというのに、彼らは何のひねりもなく攻撃をしてくるだけ。どうにもならないと諦めている?

 ……いえ、違いますね。自分の攻撃をかわしたりするだけで攻撃を仕掛けていない人がいる。《食物連鎖》のゴッドヘルパー、チェイン。彼女だけは何もしてこない。

 確かに、彼女の力はここ……都会の真ん中という環境では活かせないモノです。《食物連鎖》は生物に働く能力。しかしそれはあくまで本能に影響するモノですから、理性を持つ人間を操ることはできません。もちろん、都会にだって昆虫や鳥はいます。しかしそんな生き物が自分に襲いかかってきても問題が無い。仮に襲いかかるのならば、相応の数で挑む必要があります。ですが、この場は戦場です。昆虫も鳥も逃げてしまっている。数は見込めません。

 だから……何もしない? まさか、ありえません。彼女はメリー率いる《すごいぞ強いぞ頼りになるぞスーパーハイパーアルティメットジャスティスな私たちはみんなの笑顔を守るため悪い奴らをバッタバッタとなぎ倒し平和で愉快な世界を作ろうとがんばる絶対無敵の救世主だぜいぇい》の一人です。

「……あら、何かしら? あたくしをじっと見て。」

「この状況……あなたが何かを企んでいると考えることは妥当だと思いますよ。」

 自分がそう言うとチェインはニヤリと笑いました。

「正解よ。だけど気付くのが少し遅かったようね。」

 チェインは両の手を上に挙げました。すると、道路のあちこちにあるマンホールが空高く吹き飛び、そこから水が噴き出ました。その水はまるで大きな蛇のようにうねり、チェインの周りに集まりました。全部で五匹の水の大蛇……これはこれは。

「水……いえ、あなたが操っているのはその水の中に生息する……微生物ですね。」

「正解。」

「しかし……微生物を操ることでこれ程の量の水を持ってくるとは……そうとうな数の微生物が必要なはずです。下水道にはそんなにも生物が?」

「まさか。下水道にいる生物だけでこんなことができるなら、日常的に全てのトイレが逆流するわよ。遠くから来てもらったのよ。」

「どこからですか?」

「海や河からよ。」

「海? 河? 近くにありましたか?」

「無いわ。でも……ディグ、あなた知ってる? 下水は下水処理施設に行き、きれいになって海や河に行くのよ? そこのマンホールから水という道をずっと辿れば海にも河にも行く事ができるのよ。」

「繋がっている……それだけの理由であなたはここから数十キロ離れた場所に生きる生物を操れると……?」

「水だけよ。いくらあたくしでも空が繋がっているからといって地球の裏側の生物を操れはしないわ。だけど水なら……その繋がりを明確にイメージできる。でも魚は無理ね。微生物という単純な生物だからこそできる技よ。」

 五匹の水の大蛇を従えたチェインは他の三人に目配せしつつ、自分にこう言いました。

「あたくし、実は森の中とかよりも都会の方が力を使えるのよ?」

 大蛇が動き、自分に向かってきました。《回転》を使って高速移動し、それらを避けます。

「大人しく食べられるのじゃよ。」

 突如、地面の摩擦が無くなり、自分はつるりとすべってしまいました。そこへすかさずジュテェムが高重力をかけました。しかし自分はそれよりも早く、自分にかかる重力の方向を真横に《回転》させ、そこから移動しました。自分の後ろで、高重力で砕けた地面の音がしました。

「どこ行くんだよ!」

 自分の移動する先にホットアイスが立ちふさがりました。自分は《抵抗》のない地面を高速で滑っている状態。後ろには大蛇が五匹。

 ホットアイスを倒す他ないようです。チェインが長い時間をかけて用意したあの大蛇、自分への何かしらの対抗策があると考えて良いでしょう。受けないにこしたことはありません。

「圧縮!」

 自分は、自分の拳に《回転》の力で空気を圧縮し、透明なグローブとしました。これが触れたと同時に圧縮をやめることで、一気に膨らむ空気の力で相手を吹き飛ばします。一種の爆発です。

「おいおい、その技はメリーさんから聞いてるぜ!」

 と言いつつも、無防備に立つホットアイスに、自分は拳を放ちます。拳が触れた瞬間、空気は爆発的に膨らみ、ホットアイスを吹き飛ば―――

「爆発でおりゃに勝つ気かよ。」

 圧縮をとかれた空気が膨らむ前に、《温度》を下げて空気を再び縮小するホットアイス。つまり、自分の拳は爆発することなく、ただのパンチに変わりました。少々驚いた自分の一瞬の隙を見逃さず、ホットアイスは指を鳴らしました。すると自分とホットアイスとの間に小さな爆発が起きました。

「……!」

 ホットアイスは起こした爆発で自分から離れましたが、自分ももと来た道へ戻っていきます。その方向にいるのは……大蛇。

 自分は再び重力の向きを変え、方向転換を行いました。しかし完全には回避できず、自分の右腕が大蛇……水の中に入りました。

 その瞬間……自分の右腕の肘から下がなくなりました。

「これは……」

 自分は体勢を整えて着地します。右腕からは血が出ていますが……スパッと切断された時よりは出血が多くありません。断面を見ると、そこは小さい虫が食い散らかした葉っぱのようにボロボロになっていました。

「今現在、ディグ・エインドレフという人間は《食物連鎖》の底辺! 対して彼らは頂点なのよ!」

 なるほど……あの水の大蛇の中にうごめく数万……いえ、そんな数ではありませんね。億を超える数の微生物が自分の右腕を……食べたのですね。しかし……

「そうやって自分が食べられようと、自分が死ぬことには変わりません。結局同じですよ?」

「誰が殺すって言ったかしら?」

「と、言いますと?」

 迫る大蛇を避けながら、自分は問いかけました。

「あなたには再生能力があるわけじゃないわ。死んだ時初めて身体が修復される。なら、死なないけれど動けないくらいの傷を負わせてそのままにしておけば良いという事よ! 倒すのではなく、あなたという戦力を封じる! とりあえず四肢はもらうわよ!」

 なるほど。言うなれば、自分を封印するというわけですね。

「ですが……どうでしょうか。このまま四肢を切断しますと出血量も相当です。自分は出血多量で死んでしまうのでは?」

「よく見なさいよ!」

「?」

 自分は右腕を見ました。いつの間にか、血が止まっています。

「微生物の口の大きさを理解しているかしら? 血みたいな粘り気のあるモノが延々と流れ出るような大きさじゃないのよ。」

 それはそうですね。要するに傷口が小さすぎてすぐに塞がってしまうわけです。

「加えて!」

 複雑な軌道で襲いかかる大蛇。だんだんと動きにキレが出てきましたね。チェインがあの大量の微生物のコントロールに慣れてきたということでしょうか。

「ディグ! あなたは常人なら痛みでショック死するような傷でも……死なない!」

 リバース、ジュテェム、ホットアイスの三名の息の合ったコンビネーションで動きを限定され、そこに大蛇が来る。自分の左脚が飲まれ、無くなりました。残るは左腕と右脚……

「メリーさんから聞いたのよ。あなたは……死に慣れている。腕が千切れても、その痛みにもだえ苦しむことはないと!」

「確かに。自分は痛みには慣れてしまいました。胴体を真っ二つにされようともため息一つですませるでしょう。」

 自分は重力の方向を微調整し、右脚だけでなんとか立ちます。

「この世界には多くの宗教があります。多くの信者がいるモノから、一つの村だけで信仰されるモノまでたくさん。中には過激な流派がありましてね……腕を切り落とす、切り落とされるのもこれで数十回目ですよ。」

「そんなあなただからこの戦法が通じる!」

 五匹の大蛇が螺旋を描きながらねじれ、一つになりました。そして大蛇の頭にあたる部分が球状にふくれあがりました。

「サポートを!」

「「「了解!」」」

 ふくれあがった水の球体から無数の触手がミサイルのように放たれました。さすがにあの数は厳しいですね。

 回転軸設定。半径、前方に進むにつれ短く。角速度最大。

 自分の後ろにある石ころ、瓦礫、建物。短い時間ではありますが、捉えられる全てを一斉射出。

 あの触手はただの水です。中身の微生物が危険であるだけで、水は普通のそれです。いくら《食物連鎖》を操ると言っても微生物に無機物を食べさせることはできません。自分が射出した無数の物体で防ぐとします。

 ですが―――

「んな……」

 触手は、自分が射出した物体をするりとかわしていきます。あの数で、あの速度の物体をどうやって……そこまでのコントロール能力があるのですか……

 ……いえ……違いました。よく見ると触手は外的要因でその軌道を変えています。《重力》を操ることで方向転換し、《抵抗》で空気抵抗を操ることで速度を調節、触手では避けきれない物体は《温度》による爆発で触手の進路からどかす。

 息の合ったコンビネーションであるとついさっき確認し、理解したはずでしたが……予想以上。この速度でそれをやりますか。

「まったく……メリーはとんでもない仲間を……」

 降り注ぐ水の触手。貫き、削り、包み。気が付くと自分の左腕と右脚はなくなっていました。小さい子供くらいの身長になった自分は地面に転がりました。

 ……前が見えませんね。いつの間にか眼も食べられていましたか。徹底してますね。

「おいおい……なんかちっこくなったぜ。腕と脚を除くとこんなもんなのか?」

「そうじゃのう……しかし痛そうでもない顔が気味悪いわい。」

 ホットアイスとリバースがある程度の距離を保ちつつ、自分の傍に立ちます。後ろからジュテェムとチェインも来ました。もちろん……足音からの想像ですけどね。

「重力の向きを操ってそのまま浮きそうですけどね。」

「……眼を塞いだから……見るだけで《回転》させることができたとしてもこれでいいはずだわ。ロープで縛っておこうかしら。」

 素晴らしい。このメンバーは本当にすごいです。《空間》一人よりもこのメンバーを敵にする方が大変です。

「いやはや……驚きました。」

「……その状態でしゃべりやがった……こえーぞ。」

「ひどいですね、ホットアイス。こんなにしたのはそちらだというのに。」

「……随分余裕じゃない、ディグ?」

 チェインが言いました。同時に水の音。どうやら自分を微生物がうごめく水で囲んだようです。素晴らしい念の入れよう。油断はありませんね。

「いえ……これは自分の敗北ですよ。」

「……あっさりね。」

「敗北……敗北ではあるのですが……すみませんね。普通の考え方には存在しない選択肢を、自分は選べるのですよ。」

「何を……言っているのかしら……」

「チェイン。あなたは、真っ暗闇の中でも……あなた自身の……そうですね、腕の位置とかはわかりますよね?」


 ボキ。


「!!!」

 気が付くと自分は、チェイン、リバース、ホットアイス、ジュテェムに囲まれて立っています。

「どうも。」

 四人は同時にバックステップで距離をとります。

「……ディグ……あなた……今……」

「戦いの中……いえ、子供の喧嘩でもそうですけれど、自分自身を攻撃することはしませんよね。不利にしかなりませんから。ですが自分の場合は違います。これは自分が自分だから持つ思考です。結果がどうあれ、あなた方の勝利で、自分の敗北です。……最終的な命の有る無しを考慮しなければ……ね。」

「なんて奴だ……こいつ……」

「ええ。自分で自分の首を……《回転》させました……!」

「四肢を失い、視界を奪われようと……自分の身体の位置はわかるからのう……じゃがだからといって……自殺して復活するとは……」

 随分ショックを受けている表情です。無理もありませんか。人間が……いえ、生物がその行動を決定する時、選択肢の中に「死ぬ」の二文字はありませんから。

「……まったく……」

 チェインがため息をつきながら頭を抱えます。

「こっちが駄目だったということは……あたくしたちにとっては相当危険なあっちの方をやらなければならないのね……」

「やはり、これでは終わりませんか。さすがですね。」

 自分がパチパチと手を叩くとチェインは自分を指差しました。

「メリーさんは言ったわ……ディグ・エインドレフには二つの弱点があるってね。」

「自分の弱点?」

「一つは……あなたは死ななければ傷も何も治らないということ。死ぬことに慣れているあなたは防御をあまりしない。油断しているところに死なないけれど動けないダメージを与えてしまえば実質、勝てるというのが……今の作戦。」

「残念でしたね。」

「ええ。あなたは自分で自分を殺す事が出来た。だからこれは失敗。」

 言いながらチェインは自分を指している指に加え、もう一本指を突き出しました。要するにピースの形ですね。

「もう一つは……あなたが死んで生き返る時、その場所が変わらないということ。」

「場所……?」

「そうね……ディグ、地面に印をつけて死んでみなさい。」

 自分は言われたように、傍に落ちている石ころを掴んで道路にバツ印を描き、その上で首を《回転》させました。

 目を開き、足元を見ると、先ほど立っていた場所から寸分たりとも動いていません。

「……これは……初めて知りましたね……」

「知らないという方がおかしいわ。二千年もその力を使っているのに。」

 それもそうですね。何故自分はこんなことも―――

「ああ……そうか。」

「何かわかったのかしら?」

「ええ。今まで……自分のことを倒すために、自分を研究する人がいなかったのですよ。大抵、研究する時間も何も、相対したその時に決着してしまいますからね。自分は結構強いので。」

 しかし、ここに来て初めて……自分と初めて会った時の立場が『共闘する仲間』という存在、メリーが現れた。そしてメリーは自分のこともいずれ倒す敵だとしてじっくり観察していた。

 なるほど……自分を客観視されて報告されるということが自分には珍しいことなのですね。

「こんなことを気にするのは自分を敵として見ている存在だけですよ。自分は気にもしたことありませんでした。」

「ふぅん……」

「それで……これがどういった弱点となるのでしょうか?」

「例えば……さっきみたいにあなたの四肢を奪って、あなたを小さな箱に閉じ込めたらどうなるかしら? とても硬くて頑丈な箱よ。」

「同じように、死んで生き返りますよ。四肢を取り戻すために。」

「でしょうね。さて、その時何が起きるのかしら。あなたが復活しようとするその場所には箱がある。まさかその箱と融合してしまうなんてことはないでしょう? もしそうだったら、あなたは復活する度に周囲のホコリとかと合体していることになってしまうわ。メリーさんは言ったわ、あなたの輪廻転生は、生前の五体満足、健康体の時と同じ状態、形で復活するとね。」

「そうですね。自分がこの力で身体の形とかが変化した事はありませんよ。」

「ならどうなるか。同じ状態というのはあなたがいた場所も同じになるということを示しているの。つまり、あなたは箱の中に復活するのよ。」

「それが何か?」

「四肢を無くしてやっと入るような箱の中に五体満足のあなたが入るわけがないわ。つまりね、あなたは復活した瞬間に箱によって圧殺されるのよ。そしてまた復活、死、復活、死……」

「なるほど。」

「あなたを倒すとしたら……物理的にか、《時間》的に動きを止めるか、生と死のループに放り込むだけ……これがメリーさんの結論。」

「んで、こっからが作戦その二だぜ。」

 ホットアイスがストレッチをしながらチェインの続きを話します。

「実は箱は既にあんだ。ジュテェム。」

「ええ。」

 ジュテェムがチラと上を見ると、空から四角い物体が落ちてきました。


 ドゴォンッ!


 相当重いようですね。今までジュテェムが宙に浮かせていたのでしょうか。だとすると、さきほどの高レベルな《重力》制御を片手間にやっていたということですか。さすがですね。

「作戦はこうだ。おめーからもう一度四肢を奪って小さくする。それと同時におめーを……気絶させる。んで箱に放り込んで鍵をかければ、おりゃたちの勝ちってわけだ。あ、この箱を壊せるとは思うなよ? メリーさんが《時間》を止めてっから何をしたって壊せねーかんな。いくらおめーが時間を操れるつっても本場第三段階のメリーさんの《時間》を上書きはできねーだろ?」

 確かに……今試しに《回転》させようとしてみましたが……無理ですね。

「気絶させる……言葉は簡単ですが、これはかなり難しいことです。」

 ジュテェムが自分を見ます。

「ディグ、あなたは強い。輪廻転生の能力がなくても充分に最強を名乗れるほどに。そんなあなたに……気絶させる攻撃をするのです。殺すのではなく、気絶させる。銃で頭を撃ちぬくのとはわけが違います。あなたのような強者に……手加減しなければならないのです。」

「ふふふ……」

 自分は笑い、少し偉そうにしゃべってみます。

「ええ、その通り。自慢しましょう。鴉間空がこの世全ての『場所』を支配し、メリーがこの世全ての『流れ』を支配するのなら……自分が支配するのはこの世全ての『動作』。」

 まぁ、鴉間空とメリーは本当にこの世界全てであるのに対して自分はこの星ですが。

「地球は《回転》しながら太陽の周りを《回転》しています。この星の上で戦う以上、全ての物は地球の上を《回転》しているのです。チェインが支配するのは生物。ジュテェム、リバース、ホットアイスが支配するのは物理法則。規模が違いますからね。」

 とは言ったものの、それは現段階の話ではあります。第二段階であるからそこで留まっているだけ。第三段階となればその規模は拡大します。

「自分は強い。ではどう戦いますか?」

「こうするわ。」

 チェインが指を鳴らしました。水の大蛇は下水道へと引っ込みました。今度は別の生き物でしょうか。

「……ディグ、あなたはあたくしの能力を理解しているかしら?」

「《食物連鎖》……その連鎖の順番を入れ替え、ひっくり返す。そして連鎖の中に存在しなかったものを引きこむことも可能。」

 ライオンが草を食べ、シマウマがアリに食べられ、植物が人間を捕食する。そんな世界を作れる能力……それが《食物連鎖》の力。

「それじゃあ、あたくしの本領はなんだと思う?」

「……水の中の微生物……ではないのですね?」

「そうよ。本領は……それよ。」

 チェインが自分の右手を指差しました。見てみると、いつの間にか自分の右手の各指が半分くらいの長さになっていました。

 先ほどの微生物の時とは違い、血は出ていませんし痛みどころか何も感じません。自分の身体がゆっくりゆっくり空気に溶けていくようです。

「……空気中の……菌ですか。」

「そう……空気一立方メートル辺りには数十万の菌が存在するわ。その菌を……この辺りの菌を《食物連鎖》に組み込んだわ。えさは……あなた。」

 ふとほっぺを触ると、いつもと違う感触がしました。ブヨブヨした感触ですね。

「おや、どうやら顔は表面から食べられているようですね。皮膚がありませんよ?」

 きっとチェインたちからは人体模型のように見えているでしょう。

「水と空気じゃ空気の方が圧倒的に広がる……液体と気体の違いはなかなか大きいのよ。だから菌を操るのはとても難しいこと。あたくしは相当集中しなくてはならないわ。けれど……やればやった分だけ菌は集められる。時間の経過と共にあなたの身体が食べられるスピードは早くなっていく。食べつくされてもあなたは復活するけれど……復活したそばから食べられていく。パンチしようとしたら手が無いような、走ろうとしたら脚がないような……そんな戦場に、この場は変化したのよ。」

「なるほど……この状態では全力で戦えませんね。」

「そこにわしらは勝機を見出す。お主程の強者を……気絶させる……」

「こっからが本番っつーわけだぜ。」

「行きますよ?」

 三人がニヤリと笑っています。かつて自分にここまでの自信を持って挑んできた人はいませんよ。

 素晴らしいの一言につきますね。本当に……素晴らしい。

 ……いえ……当然と言えば当然なのですよね。

「……そう……当然です。」

「ああん?」

「皆さんは……自分の目的をご存知ですね?」

「現在……神様と呼ばれている者では世界を救えないから……サマエルにその座を奪ってもらおうとしている……のですよね?」

 ジュテェムが眉をひそめながら自分に確認しました。

「ええ……そうです。しかし……サマエル様でも成しえない時は……また別の方に神になってもらおうと考えています。その時、神の候補となる者は……ゴッドヘルパーです。」

「なんじゃと?」

 自分は、ある少年を思い出しながら続けます。

「神という言葉が、一つの世界を支配する存在を指すのなら、各々の《常識》という世界を支配するゴッドヘルパーもまた神。この世界には神以外に神と呼ばれる存在が確かに在ります。今の神が駄目だというなら……交代させてしまえば良い。ふふふ……どう思いますか、この自分の考えを。」

 チェインも含めた四人は黙り込みました。そう……どうも思わない。良いとも悪いとも。考えた事のないことに対して意見を述べることはできませんからね。

 もしくは、自分のこの考えを、四人には想像もできない二千年に及ぶ自分の旅で見出した悟りか何かだと思っているのでしょうか。だから何も言わないのでしょうか。

 もしそうなら―――

「……一つ、言っておきましょう。自分のこの考えは悟りでもなんでもありません。ある……一人の少年が自分に示してくれた可能性なのです。」

「一人の少年ですって?」

「そうです。名前は知りません。名前の概念がない集落でしたから。しかし彼の《常識》……彼が何のゴッドヘルパーだったかは覚えています。いえ、覚えるなどと……違いますね。刻んでいます。脳裏に焼きつけました。彼が教えてくれました……他の神の存在を。」

「……そいつは何のゴッドヘルパーだったんだ?」

「ふふふ……この場にいますよ……彼の後任がね。」

 自分のその言葉に四人が驚きました。

「不思議なことではありません。二千年も生きていれば、あるシステムの前任、後任に会う事はあります。実は三百年ほど前の《重力》のゴッドヘルパーには会った事あるのですよ。ジュテェム、あなたの……遥か昔の前任者にね。」

「……そうですか。」

「彼と彼の後任の間には何人もの人が、生き物がいるのでしょうね。しかし、今この時、自分が彼から見出した一つの方法を試そうとするこの場に彼の後任がいる……運命を感じずにはいられませんよね。」

「誰なんだよ、そいつは! 気になるだろーが。」

 ホットアイスがイライラしていますね。ですがこれは自分の一番深い思い出話。じっくり語らせてもらいますよ。

「彼の後任に出会った時、自分の胸はかつてない高鳴りをしましたよ。神ではなく、世界が自分に世界を救うことを求めていると。」

「だーかーらー!」

「『彼を怒らせてしまった。作物が干からびた。』」

「あん?」

「『彼が喜んだ。お日様が顔を出した。』『彼が泣いている。嵐で作物が駄目になった。』『彼が悲しんでいる。空から白くて冷たい物が降って来た。』」

 そこでチェインが驚愕しました。

「!! それって……まさか……」

「彼は崇められていました。崇められるべくして……ね。彼が他の未来を左右していました。しかしそれでも彼は踏ん反りかえったりしませんでした。日常の中にいる支配者。彼は確かにその集落の神でした。そして今の神よりはずっといい神でした。彼に世界を預けたい。その思いが、自分の……神の交代という思想を生みだしました。彼が今も生きていたなら、サマエル様でさえ葬って彼を神の椅子に座らせたでしょうね。」

 自分がしんみりと語り終えると、チェインが神妙な表情で呟きだしました。

「……遠い昔、それは神様だったわ。温かい日差し、恵みの雨……人々を幸せにするモノだった。全てを破壊する嵐、時に森を燃やす雷……人々に恐怖を与えるモノだった。人々は感謝し、崇め、怒りを鎮め……そうやって共に生きてきた。」

「……それは……」

 ジュテェムがふと上を見上げました。つられてリバース、ホットアイス、チェイン……そして自分。

 視線の先には上空で鴉間空と相対する少女。

「ええ……彼は《天候》のゴッドヘルパーでした。」



 横向きに走る雷。前方に落ちる雹。球形の竜巻。

 私がそうしようと思ってそうしたわけじゃない。私が望んだ天気を『空』が実現させてくれているだけだ。

 過程は問わず、起きて欲しい結果を考える私とその結果を出すために力をつくす『空』。言わばこれが私の……戦闘スタイルという奴か。

『くる。』

 『空』が呟く。私は身構える。すると次の瞬間、私は空中をジグザグと高速移動。鴉間が《空間》を使った攻撃をしてきたらしい。

「なんっつーか……まずいっすねぇ……」

 鴉間は走る雷や吹き荒れる風を防ぎながら避けながら私に攻撃をしかけてくる。だけどその全てを、私はかわしている。

 そう、今の所は私が優勢なのだ。


 私と鴉間がいる場所は空だ。もちろん、《空》のゴッドヘルパーはいるだろうけどこの場所にはいない。

 《空》は《空間》の一部だ。だから、本来ならこの空における私と鴉間の戦いは鴉間の優勢となる。特に私の《天候》は《空》の影響を大きく受けるから、ヘタをすれば私の攻撃を全て打ち消すなどということも鴉間には可能なのだ。相性は最悪のはずだった。だけど、私と鴉間のゴッドヘルパーとしての段階がそれを変えた。


「……そのスタイル……厄介っすね。」

 鴉間がサングラスの位置を直しながらため息交じりに言った。

「第三段階であるあなたが《天候》=空の感情と捉えている故に、あなたは《空》という《空間》を認識できるようになったっす。対して今のあっしは力を第二段階に抑えている状態……あっしが《空》のゴッドヘルパーだったなら関係はなかったはずっすけど、あっしは《空間》っす。結局、《空間》の一部たる《空》を支配できる第二段階のあっしと《天候》の延長として《空》に干渉できる第三段階のあなたの……《空》の支配権は同等ということっす。」

 メリーさんの話によると、鴉間はサングラスをかけることで力を第二段階に抑えているらしい。どうやらサングラスを外すと世界中のありとあらゆることを把握できてしまうから頭がおかしくなりそうになるのだとか。

 しかしだからってこの戦いの場でも外さないというのはどういうことなんだろうか。私くらいは外さないでも倒せると思っているのか……外せない理由があるのか。

「それでも……《空》が《空間》の一部なら、あっしとあなたの戦いはプロ対素人っす。あなた自身にはあっしの《空間》の攻撃は見えてないみたいっすしね。」

「……『空』のおかげでなんとかなってます。」

「あっしの名前も空なんすけどね……まぁ、それはそれとして、プロと素人の戦いを同レベルにしているのはあなたのそのスタイルっす。」

 鴉間は両手を広げて演説のように語る。

「《空間》を使ってあなたを全方向から攻めようとも、あなたの『空』がそれを一瞬で把握し、突破口を見つけて脱出するっす。あなた自身は何が起きているかもわかっていないけれど、あなたが命じた『攻撃を避ける』という天気は確かに実行されているっす。」

 突然私の身体が横に一メートルくらい動く。

「この通りっす。今あっしが放った攻撃を自覚も無しにかわしている。これを何かに例えるならそう……サッカーがいいっすね。」

「サッカー……?」

「あっしはプロサッカー選手っす。国内だけでなく世界で戦ってきたプロっすね。対するは最近サッカーを始めたばかりのあなたっす。場所はサッカーグラウンドでそこにはあっしとあなたの二人しかいないっす。一つのボールを奪い合い、互いのゴールにシュートする……あっしの方が圧倒的なはずっすよね。しかしいざ試合が始まるとどういうことか、あなたのフィールドには何人もの仲間が登場するっす。それらは皆がプロっす。あなたはそのプロ集団にお願いするっす……『私を勝利させて下さい』と。あっしがどんなに巧みな技術を使ってもプロ集団の妙技とコンビネーションの前には歯が立たず、気がつけば大きな点差っす。でも、願った本人は試合開始した時の場所から一歩も動いておらず、あっしや仲間のプロ集団がどんな高等テクニックを使っているかも理解できていないっす。だけど……結果はあなたの勝利となる……そんな感じっすね。」

「……その話だと、私はすごくいらない人ですね。」

「そうでもないっす。なぜなら、あなたのフィールドに登場したプロ集団には……技術があっても意思が無いんす。その力をどうしたらいいのか、何をするために使うべきなのか……それを与えているのがあなたっす。」

 鴉間はサングラスを少しずらしてじろりと私を睨みつけた。

「あっしやメリー、ディグ……その他大勢のゴッドヘルパーはその力を『操る』という方法をとっているっす。システムに命令を送って《常識》を上書きする……いわばシステムの操作っすね。でもあなたは、力そのものに『意思を与える』という方法をとったっす。システムに『空』という人格を与え、その人格と仲良くなることで、『力をかしてもらう』という方法に。それはつまり、あっしたちがせっせと掃除機で掃除をするのに対し、掃除機に人工知能を搭載して掃除をしてもらう感じっす。あなたがするのはただ一つ、スイッチを入れるということだけっす。」

「……私はそんなつもりでこうなったわけじゃないですけどね。」

「偶然でも何でも……あなたはそうしたっす。そして恐ろしい事に、その方法が最良なんす。あっしたちがシステムの力を百パーセント引き出せているかと聞かれれば、答えはノーっす。だけどあなたがシステムの力を百パーセント引き出せているかと聞かれれば、答えはイエスなんすよ。」

 ……要するに……こういうことだ。

 例えばAさんという料理の達人がいて、カレーを作ってもらうとする。鴉間たちはAさんにレシピや調理方法などを全部指定してカレーを作らせている。それに対して私はAさんにただ一言カレーを作って下さいと言っているだけなのだ。

 鴉間たちが指定する方法は間違ってはいない。Aさんは達人だからどんな方法でも作れてしまう。だけどAさんがその方法を得意としているかはわからない。

 私はただお願いしただけ。するとAさんは自分の一番得意な方法でカレーを作るだろう。

「重ねて……あなたにはさらにもう一段階上があるっす。」

「……なんのことですか?」

「『空』にやらせておくだけじゃないってことっす。『空』には把握できないこと……つまりはあっしという敵の状態……感情や殺気といった雰囲気なんかは同じ人間のあなたにしか感じ取れないモノっす。『空』があっしの攻撃をかわさせ、あっしに手痛い攻撃を放ってくる……そんな中であっしが焦ったり油断したりした瞬間、あなたがその右手から一撃を叩きこむっす。」

 私は自分の右手にある水色の球体、《箱庭》を見る。あらゆる《天候》がつまったこの球体からは風も雷も放つ事が出来る。

「一対一のようでいて実際は……一対二っす。しかも第三段階特有の《常識》を上書きした際の負荷もあっしたちと比べれば遥かに軽い……ますますもってやばいっすね。」

 ずらしたサングラスを戻しながら鴉間は言った。

「《時間》と《回転》っていう最強コンビを退けてあとは安泰だと思ってたんすけどね……こんなとこであの二人よりも厄介な存在っすか。」

「……サングラスをとればあなたが私を圧倒するかもしれませんよ?」

 鴉間は今私を厄介と言った。仮に第二段階の状態でも勝てると思って外さなかったというなら、もう外してくるだろう。もしもそれでも外さないのなら……それは外せない理由があるということだ。

「…………どうっすかねぇ……?」

 鴉間が手を前にバッと出した。

「場の支配っす!」

 鴉間が叫ぶと同時に、私と鴉間は周囲よりも一段階暗い球体に包まれた。

「サングラスを外さなくても、この中では第三段階と同等っす。全ての《常識》はあっしの支配下……まぁ《天候》は除くっすけどね。」

 私の周囲に光の球体がいくつも出現する。先輩が作ったやつに似ている。

「色んな《常識》で色んな攻撃をするっすよ? さて……一つくらいは避けられない攻撃があるんじゃないっすか、《天候》!」

 私は……というか私の身体はすぐさま上へ移動し、この《空間》からの脱出を試みた。だけど鴉間も同等のスピードで追ってくるのでこの暗い球体から出られない。

「逃げられないっすよ!」

 飛来する光の球体。それらはピンポイントで放たれた雷に全て撃墜される。

「さすがっすね。でもまだまだっす!」

 次々と《空間》から放たれるビーム。まるでどこかの歌手のライブみたいにビームが飛び交う中をスルスルと抜けていく私。

 いくら『空』でも限界はある。私が手をうたないといけない。

「なら……!」

 私は《箱庭》を鴉間の方に向ける。何かしらの《天候》が発射されると思ったのだろう、鴉間が瞬間移動で私の視界から消えた。

 でも……そうじゃない。

「広がれ!」

 私がそう叫ぶと手の平の上の球体だった《箱庭》が一気に膨張し、鴉間の作り出した暗い球体を飲みこんだ。周囲が水色に染まる。

「んな!? あっしの《空間》を上書きしたんすか!?」

「さっき自分で言ってたじゃないですか。《空》において、私とあなたは同等だって。」

「それは《空》の中での話っす!」

 鴉間は周囲に目を配り、私の攻撃を警戒している。《空間》を把握できるあの鴉間がだ。

「さっきまではあっしの世界……《空間》の土俵だったはずっす……それを上書きするということは……」

 私自身、できるかどうかよくわからなかったのだけれど……成功したなら好都合だ。

「第二段階のあなたじゃ私には勝てない……そろそろ第三段階になったらどうですか?」

 ちょっと自信があることを装って言ってみた。鴉間は追い詰められた状態……これでも第三段階にならないなら……

「……まったく……!」

 鴉間が消える。私は何も感じ取れないのだが、『空』が見つけ、雷を放った。でもその雷は鴉間に当たらなかったようだ。今度は別の場所に放たれる雷。

雷は私の周囲に一瞬で膨らんだ雷雲から放たれるからなんだか私は砲台になった気分だ。

私を中心に雷鳴を轟かせながら鴉間に向かって何発も落ちる雷。だけどどれも当たっていない……

「……瞬間移動を連続でやっている……」

 つまり、逃げているわけだ。《箱庭》から出ないのは……たぶん出られないからだ。今現在、この《箱庭》の中では《空間》よりも《天候》が優位らしい。

「……嵐……」

 私は右手を上にあげながらそう呟く。リッド・アークにぶつけた史上最悪の悪天候。それをこの中に……引き起こす……!

「はっ!」

 さすがに全力でやると……人間の身体なんて引きちぎれるほどの強風になるからそこら辺は上手く加減した。したにはしたんだけど……

「っつあ!?」

 瞬間移動で出現した瞬間横殴りの風に飛ばされる鴉間。暴風に混じる雹やらあられやらを空間の壁で防ぎつつも、《箱庭》の中をぐるぐるまわる。そして……

『あ、やっとあたる。』

 『空』の呟きの後、一筋の雷が鴉間に直撃した。

「……『空』……?」

『だいじょうぶだよ。しぬようないっぱつじゃないから。』

 とは言っても雷だしなぁ……

「ひ……皮肉っすね……」

 煙の中から鴉間が登場した。黒焦げになった右腕を前に出しながら。

『あれれ?』

 それを見た(たぶん見てる)『空』が驚いた。

『ぜんしんをまんべんなくくろくするくらいのいりょくはあったのに。』

「……その威力で人が死なないと考えていた『空』がビックリですけど……あの状態が変なんですか?」

『うん。まるで……かみなりがぜんぶあのみぎうでにすいこまれちゃったみたい。』

 ……どういうことだ?

「……サリラに感謝っすね。元を正せばメリーとディグっすか?」

 黒焦げの右腕、その手で拳をギュッと作った瞬間、黒焦げの右腕は健康的な肌色に戻った。

「!」

「さすがっすね……これなら逃げ切れそうっす。」

 鴉間はにやりと笑って私を見た。

「時間まではこのまま逃げさせてもらうっす。その後は……覚悟するっすよ?」

 時間? 何の時間だろう。パッと思いつくのは《常識》が発動する時間だけど……その時になったら《空間》のシステムは鴉間から離れてしまうから、この時間ではない。

 ならなんだ? 鴉間は何を待っているんだ?

「……《天候》。」

 鴉間が両手をポケットに入れながら私を呼んだ。

「提案っすけど……ちょっと休憩しないっすか?」

「何をいきなり……」

「認めたくないっすけど、今のあっしじゃあなたには勝てないっす。かといって時間前に第三段階の力を出すのはまずいんす。そこで……時間を稼ぎたいんすよ。あなたは、倒そうと思えば倒せる今のあっしをあえて見逃し、そこで浮いている。あっしは攻撃されないかわりに……サリラのことを教えるっす。」

「サリラ……」

 私は下を見る。《ネオ・ジェネレーション》と《C.R.S.L》のメンバーが倒れている場所の真ん中に、小さな子供がポツンと立って上を……私たちを見ている。

「さっきも言ったっすけど、サリラはあっしが集めた仲間の中でもダントツの規格外っす。あっしでも勝てるかどうか……知りたくないっすか? サリラの能力を。」

「……」

「ちなみに、サリラのことを話すと必然的にあっしの身体のことも話すことになるっす。気にならないんすか? さっき、あっしの腕が一瞬で治ったこと。あっしの身体が五体満足なこと。」

 気になる。サリラの力も知りたい。それを話してくれると言うのなら聞きたいと思う。だけど鴉間が真実を話すとは限らない。

「あなたの話が本当のことであるという……保証は?」

「あっしを信じてもらう他ないっすね。でも考えてみて欲しいっす。あっしは……あなたに追い詰められるなんて考えてなかったっす。それがこの様っすからね。あっしも必死なんすよ。」

「……」

「それに……うそをつく必要が無いっす。」

「?」

「サリラの力や性格……あっしの知るサリラの全てを洗いざらいあなたに話し、それをあなたが仲間に教えたところで……勝てないっす。それは例えば、いつ、どこに地球を破壊するほどの隕石が落ちてくるかわかっていても、それを止める術を持っていないのと同じっす。」

「……わかりました。でも一応保険をかけておきます。」

 私は片手を鴉間に向けた。

「今日の天気は『うそつきに雷が落ちる』でしょう。」

「……! そんなこともできるんすか……」

 ……正直、できないと思う。これはハッタリだ。でも鴉間は汗をふきながらこう言った。

「まぁ……それをできるできないかは問題じゃないんすよね。第三段階にまでなったゴッドヘルパーにはありとあらゆる可能性が秘められているっすから……できないことがあるとしても、それは今できないだけにすぎないっす。」

 鴉間は深呼吸をして話を始めた。

「まずはあっしの身体からっすかね。メリーとディグとの戦いであっしは……右腕と左脚を失ったっす。《時間》を巻き戻されて……初めから無かったことにされたっす。だから今あっしが使っている右腕と左脚は義手、義足っす。ただ……そこらの義手とかと一緒にしてもらっては困るっす。」

「……リッド・アークの身体も機械でしたけど、そうと言われなければ気付かなかったですし。もしかして青葉結が作った物ですか?」

「ほぉ、鋭いっすね。さすがリッド・アークを追い詰めた軍師さんっすね。確かに、青葉が作ってたリッド・アークの身体の予備部品はたまに使わせてもらってたっす。例えば相手があっしの右腕を切り落とすような攻撃をしかけてきたら、あっしは瞬間移動でリッド・アークの右腕を移動させ、《空間》を歪めてあっしの右腕を見えないようにしたりしたっす。つまり、切断されたように見せかけるんすね。それを見て油断した敵を攻撃するんす。でも……」

 言いながら鴉間は左手で指をパチンと鳴らした。すると鴉間の右腕が切断された。赤い血が噴き出す。私は思わず目をそらした。

「この通り、血が出るっすよ。敵を騙すときは血のりをぶちまけたりするんすけどね。ほら、これは切断面から血が出てるっす。見たくはないと思うっすけど、中を見るとちゃんと骨やらなんやらがあるっすよ。」

 再度パチンと指を鳴らす鴉間。切断された右腕は一瞬で元通りになる。

「……つまりその腕は本物……」

「本物ではあるっすけどあっしの物ではないんすよ。つまり、これがサリラの力なんす。」

「サリラの……《常識》……」


「サリラは《身体》のゴッドヘルパーっす。」


「《身体》……?」

「んー……そうっすね。例えばあっしやあなたが《身体》のゴッドヘルパーだったら……まずできることは他人に変身したりっすかね。慣れてきたら異性に変身できるようになって、次は人間以外、最終的には想像上の生き物……ってとこっすかね。第三段階になればの話っすけど。」

「自分の筋力をあげたり……腕を伸ばしたりも……ですかね。」

「そうっすね。でもこれは前置きしたように、あっしやあなたの場合っす。簡単に言えば……人間の場合っすかね。」

「……? どういうことですか。」

「サリラは人間じゃないってことっす。」

「……何を言ってるんですか……」

 じゃあ、妖怪か何かとでも言うのだろうか。

「忘れてるんじゃないんすか?」

「何をですか。」

「ゴッドヘルパーは人間だけじゃないってことっすよ。」

「……!」

 そういえばそうだ。そもそもゴッドヘルパーという仕組みは人間だけじゃなく、この下界と呼ばれる世界全てに影響するものだ。私の前の《天候》は……確かバラだったらしいし。そこら辺の虫も、ペットの犬、猫も、植物も、ゴッドヘルパーの可能性はある。だけど……

「……確かにそうですけど……人間以外で……《常識》とかを考えられるような知性を持った生き物がいるかどうかということです。」

「そうっすね。だから第二段階になれるのは人間だけっす。でも突然変異って現象もあるっす。 偶然という可能性も、奇跡という確率もあるっす。そんなあり得ないような現象がサリラには起きたんすよ。」

 私は下を見る。あそこに立っている小さな子供は……人間の姿をしているだけの別の生き物ということなのか……?

「元々が何だったかは知らないっす。サマエル様が拾ってきたっすからね。最初は……俗に言う心を閉ざした子供みたいな感じだったっす。でもあっしらが色々教えるほどに人格が形成されていったっす。サマエル様が《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーっすからサリラが《身体》ということはわかっていたっす。だから……主に生物のことを教えたっす。学術的なことじゃなく、どういう生き物がいるのかということを。」

 元々人間じゃない他の生物だった……それが《身体》の力で人の形をとり、知識を収集できるだけの脳を手に入れた……それは……つまり……

「気付いたっすか? そう……ゴッドヘルパーにとっての最大の武器であり弱点である……《常識》と呼ばれるものはサリラには何一つないんすよ。リッド・アークが見せたと思うっすけど……彼の最終形態がそれだったっす。強かったすよね?」

 生まれてから今までに蓄積されていく色んな《常識》。それはシステムを通して《常識》の上書きをしようとする時に障害となる。

 良い例がしぃちゃんだ。しぃちゃんは《金属》だけど、どんな《金属》でも性質を鋼に、形を刀にしてしまう。それは《金属》=刀というイメージが……《常識》がしぃちゃんの頭にあるからだ。

 そういうものを一切持たない? それはつまり何でもできるってことだ。

「サリラはものすごい勢いで知識を溜めていったっす。過去、現在に加えてどこかの誰かが考えた空想上の生き物……そして最終的には《身体》の設計図であるDNAに辿り着いたっす。」

「DNA……!」

「それを辿ることでサリラはありとあらゆる生物に変身することが可能っす。現存している生物はもちろん、絶滅した生物や……この先の未来に存在しうる生物にまで。生物の持つ全ての可能性を操る……それがサリラっす。」

「生物の進化そのものってことですか……」

「そうっす。深海一万メートルでも、マグマの中でも、宇宙空間でも適応できる《身体》に進化することができ、最強の腕、最強の脚、最強の眼、最強の耳、最強の鼻といったように色々な生物が個々に持つ能力を一つの《身体》に持つ事が出来るっす。仮に《身体》をバラバラにされようともすぐに新しい《身体》を作って再生可能。原初の生物レベルの大きさの肉片さえあればサリラは死なないっす。」

 原初といったら……海の中にいたものすごく小さい生き物だ。倒すとしたら……サリラの身体を一撃で消してしまうような……攻撃のみ。チリの一つも残してはいけない。

「……サリラがすごいことはわかりましたけど……それとあなたの右腕、左脚と何の関係が?」

「要するに、この右腕と左脚はサリラが作ったんす。サリラがあっしに変身して切り落としたものをつけているんす。あっしの腕と脚ではあるんすがあっしの物ではない。わかったっすか?」

「なるほど……」

 つまり、サリラを倒せば鴉間は右腕と左脚を維持できなくなるわけだ。

「それに、あっしとサリラは取引をしている関係っす。パートナーっすね。」

「取引?」

「あっしはサングラスをかけることで第三段階の力を封じているっす。理由はメリーあたりから聞いてるっすね?」

「……周囲の全てを把握してしまい……そのままだと頭がおかしくなるから……」

「そうっす。でも、だんだんと……サングラスだけじゃ足りなくなってきたんすよ。眼ではなく、身体全体で把握できるようになってきたんすよ。だから……あっしは一定の周期で自分の身体の大きさを調節してもらっているんす。」

「大きさの調節……?」

「周囲を把握する際にはあっしの身体が基準になるっす。定規で言えばあっしがゼロセンチの場所ってことっす。長年使ってきた身体っすからね。基準としては申し分ないんす。だから、例えば手の長さを一センチ長くしてもらったり、身長を数センチ縮めたりすることで基準としての価値を無くし、身体による《空間》把握を抑えているんす。」

 ……ということは、今鴉間がサリラによって与えられた右腕と左脚を失うと……《空間》を上手く操れないということか……? 数センチの違いならともかく、腕一本、脚一本分の違いとなれば大きい。

「対してサリラは……時折《身体》が暴走するんすよ。今のサリラの知性や理性では制御しきれないんすよね……サリラの《身体》の中のあらゆる生物の力を。暴走するとサリラはこの世の生物を全てくっつけたような姿になってしまうんす。あっしはそれを《空間》の力で抑えつけてサリラをあの小さな子供の姿に留めているんす。」

「それが取引……ですか。」

 今得た情報はかなり大事だ。

 第三段階になった鴉間はたぶん圧倒的だ。私が相手をすることになるだろうけど……正直勝てるとは思わない。何の時間かはわからないけど、鴉間が待っているその時間までにサリラを倒す事が出来れば鴉間の力を弱まらせることができるかもしれない。

 今はみんなそれぞれの敵と戦っている。それが終わったら音切さんと音々に頑張ってもらって……みんなにサリラを倒してもらう。そうして私は鴉間を倒す。

 結構ハードなスケジュールだけど……やるしかない。

「ふふ、不気味っすね。」

 突然鴉間がそう言った。

「何がですか……」

「あなたっすよ。相当のキレ者っすよねぇ……あなたは。あっしもまぁ、ちょっと企んでる事があるっすけど、あなたにもあるんすよね? この戦況をひっくり返す程の何かが。」

「さぁ……どうですかね。」



 オレ様は視界の隅に雨上を捉える。鴉間といい勝負をしているみてーだが……鴉間の奴が何を考えてんのかがわかんねぇ。

 んでもってオレ様自身は結構まずい。

「お許しを!」

 サマエルが謝りながら振る剣は……昔、オレ様と唯一互角に戦っていた天使が持っていた剣だ。その切れ味はオレ様の身体が覚えてる。だが、なーんでこいつが持ってるかっつー話だ。

「サマエル! その剣をどうやって!」

「……この剣を気にしますか……ルシフェル様。」

 サマエルは空中で静止し、剣をオレ様に向ける。

「ルシフェル様! 何を恐れているのですか! 確かにこの剣はルシフェル様に唯一傷をつけた武器ですが、だからと言って逃げ回るルシフェル様ではないはず!」

「馬鹿言え。その剣をこの姿で受けるってのはな、確実に切断されるってことなんだよ。その剣からすれば今のオレ様は豆腐だ。」

「ならばなぜ、本気を出さないのですか。もしや、私を傷つけまいと……!」

「誰がてめーの心配するか!」

 本気を出さねーのは出せる状況じゃないからだ。オレ様とサマエルの戦いを隔離してくれる天使がまだ来てねぇ! どうなってんだよ!

「わかりました。私の成長を見ておいでなのですね。今後、ルシフェル様の御側にいられるかどうか……真の悪魔の時代にふさわしいかを!」

 なんでこいつはこうも盲信的なんだよ……

「はぁっ!」

 サマエルが剣を振る。すると剣先から何本もの光の矢が放たれる。オレ様は黒い炎を出し、それを焼く。

「お前が光の魔法とはな!」

「私の術ではありませんよ。この剣から出る力です。」

「どっちでも同じだろうが。」

「確かに……行使しているのは私ですしね。」

 サマエルの剣が輝く。真っ白に光る剣先はその長さを倍にした。

「はぁああぁっ!」

 ったく、デジャヴだぜ。昔はああやって斬られた。だが、ひるんでる場合じゃねぇ。サマエルはオレ様が倒さなきゃならねぇ相手だ。

 サマエルは……強い。オレ様たちは人間に手を出すと天界に強制送還されちまうが、こいつは天使じゃなく悪魔。そんなルールは適応されねぇ。だからこいつは、このゴッドヘルパーの戦いの中で唯一《魔法》を操れる存在だ。その上どういう方法か知らねーが《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーになってやがる。

 第三段階の鴉間はこいつの《魔法》とかを警戒した結果、自分の《空間》がリセットされるかもしれないっつー賭けをしつつも《常識》を発動させ、こいつを外におびきだし、オレ様と戦わせている。できるだけこいつを消耗させたいからだ。

 遅かれ早かれ、《常識》は発動した。それはつまり、どうあってもサマエルの手に《常識》が渡る事を意味する。鴉間としては是非とも《常識》を手に入れて欲しいわけだ。リセットされちまうからな。だから鴉間はどんな状況であろうと、《魔法》、《ゴッドヘルパー》、《常識》の三つを操る存在……対ゴッドヘルパー最強の存在となったサマエルと戦うことになる。

 どうせ戦うなら……オレ様とバトらせて弱らせたいっつーわけだ。

 そして……鴉間はオレ様がサマエルを殺さないと考えている。もし殺すと思っているのならこの戦いを止めに来る。

 ……んま、実際殺さないけどな。オレ様と同じように、下っ端から出直させてやる。

「ルシフェル様!」

「!」

 考えながら動いてたのがまずかったか、オレ様の肩に浅いが確かな傷がついた。

「動きが鈍いですね。いかがなされたか。」

「……ちょっとな……」

 ……単純な話、サマエルさえ倒せばオレ様たちの勝ちだ。そうすれば誰も《常識》を止められない。鴉間が止められる……つまり、《常識》を自分のモノにできるっつーなら、サマエルは《ゴッドヘルパー》のシステムを手に入れるよりも、《空間》のシステムを手に入れようとしたはずだ。

 まぁ推測に過ぎねーが……なんにせよ、サマエルと戦えるのは天使のみ。現状はオレ様のみ!

「せっかく雨上たちが他のゴッドヘルパーを足止めしてくれたんだからな、お前はきっちりとオレ様が倒す!」

「お言葉ですが、ルシフェル様。私も負けられません。ここで負けることは《常識》を手に入れられず、ただ発動させるだけになることを意味します。せっかく揃えた戦力も無駄になる。ですから負けられません。……そして――」

 サマエルは剣を持っていない方の手……正確には人差し指に魔力を集め出した。

「相手がルシフェル様と知ってなお、私がこう言っているということの意味……おわかりですか?」

「あ?」

「最強の悪魔の王相手に負けないと言っているのです。私には……今のルシフェル様には確実に勝てる術があるということです!」

 サマエルが魔力をこめた指で剣の先端に触れた。すると剣の先っぽが欠けた。

「? なにをし――」

 光があふれた。まるで太陽が目の前に移動してきたかのような圧倒的な光。それは一種のビームとなって、オレ様の腹を貫いた。

「がはっ!?」

 実際のビームがオレ様を貫いたなら焼けた臭いがするモノだが……この一撃にはそれはなかった。

「……なんだ……こりゃ……」

 確かにオレ様の腹には穴が開いた。痛みもある。だがそれに加えて……何かが……

「これは……光です。」

「……みりゃわかる……」

「いえ、そうではありません。明るい暗いといった類ではないということです。」

「……それが……その剣がミカエルの剣だっつーことと関係あんだろ……?」

「その通りです。」


 オレ様ことルシフェルこと……悪魔の王サタンと唯一互角に戦った天使の名をミカエルと呼ぶ。実際、人間たちの神話でも結構偉い感じで扱われてる。

 人間にとって、神が『救い』ならばミカエルは『勇気』。絶対の悪を滅ぼしてくれる正義の力。そういう《信仰》を受け、ミカエルは存在していた。オレ様を傷つけることのできるたった一つの武器がミカエルの剣だった。ミカエルが人間たちから受けていた《信仰》を考えると……その剣に秘められた力は――


「人間の願い……主に悪を許さない、敵を滅ぼすという力、勇気の願い……それがその剣の……言わば成分だ……」

「そうです。おそらく、そこらの悪魔にはただの剣なのでしょう。しかしルシフェル様が相手ではわけが違う。悪魔の王とは人間にとっての最大の悪。ルシフェル様が相手の時こそ、この剣は絶対の力を発揮する。究極の悪の否定。この剣の光は、ルシフェル様の魂を否定します。」

 魂……なるほど、オレ様は腹と同時に魂まで貫かれたっつーことか……

 魂が削られるからなんだっつー話だが……確かに、例えばゴッドヘルパーなら問題はねぇ。だが魔法を使うのなら話は別だ。魔法は生命力とかそういうものを使うからな……力の源を断たれるに等しい。サマエルと戦えなくなる……

「しかしご安心を。ルシフェル様の魂を削りきる気はありません。ある程度削ったところで、お休みいただきます。この戦いが終わった時には、その魂を完全に戻すまで、どうぞ私の魔力をお使い下さい。」

 ……かなりやばいが……どうしようもないわけでもねぇ。昔、ミカエルがあの剣から光を放つ時は剣を欠けさせてなんかいなかった。なぜなら、絶え間なく人間から《信仰》によって力がそそがれるからだ。だが今は……《信仰》なんて廃れて大層な力を放てはしねぇ。要するに、あの剣に貯蔵されてる光のみってことだ。チャージすることはできない。あの光は完全消費型。

 よーするに、当たらなきゃいーっつーことだ!

「は! んな剣一本でオレ様に勝てるとかよ! なめんなよ!」

 オレ様は天高く上昇する。

「逃げるのですか!」

 サマエルがオレ様を追う。

 逃げるわけじゃない。もうちょっと高いとこいかねーと被害が出んだよ!


 ……俺私拙者僕はクロアちゃんが閉じ込められた瓦礫の傍で、ルーマニア……ルシフェルくんとサマエルくんの戦いを見ているのだよ。もちろん、俺私拙者僕の視力が一〇とかあるわけじゃないから魔法で見てるのだよ。

 ルシフェルくんが空たかーく飛んだと思うと、右腕が黒い炎で包まれたのだよ。

「……なるほど。ちょこっとだけ力解放なのだよ。」

 ルシフェルくんの右腕はドラゴンのそれになったのだよ。大きさはいつものルシフェルくんのおてての大きさと変わらないけど、デザインが変わった感じなのだよ。かっこいーのだよ。

「……でも……」

 ミカエルくんの剣を持つサマエルくんにそれで充分とは言えないのだよ。やっぱり完全開放しないと心配なのだよ。

「結界を張る天使はまだなのだよ?」

 マキナちゃんに頼んだはずなのに……まだ来ないのだよ。

「……なんかいつの間にかマキナちゃんとも連絡とれなくなっちゃったのだよ。変なのだよ。」

 まるで《物語》が発動した時みたいなのだよ。でも……今の俺私拙者僕にはちゃんと自分の意思があるし、そもそも強制送還もされてないのだよ。だから俺私拙者僕は《物語》にとりこまれたわけじゃないのだよ。

「どうなってるのだよ……」

 ムーちゃんがいたら俺私拙者僕と二人でなんとか結界を張れるけど……ムーちゃんはムーちゃんの戦いをしているのだよ。

 ルシフェルくんに加勢したい気持ちもあるけど、クロアちゃんも心配なのだよ。俺私拙者僕は瓦礫に手をおきながら、上を見るだけなのだよ……


「おお……その右腕は……」

「喰らえ!」

 黒い炎をまとったオレ様本来の腕。その鋭い爪でサマエルに攻撃するが、ミカエルの剣で止められる。その衝撃でミカエルの剣が少し欠ける。

「――っつお!?」

 目の前で爆発する光。とっさに右腕でガードするが、オレ様の本気モードの腕は焼け焦げた。

「くっそ……うかつにあの剣には触れられねーな。また穴開けられちゃ敵わねーぜ。」

 さっき開けられた穴はなんとか魔法で塞いだ。だが魂を削られ続けると傷を治す魔法も使えなくなる……

「はぁっ!」

 サマエルの魔法が炸裂。オレ様を後ろへ押し戻す。

「……光の剣に……お前の魔法か……厄介過ぎるぜ。」

「ではお休みを。私もできれば万全な状態で鴉間に挑みたいのです。奴の作戦通りに弱った状態で戦うのは少々不安ですので。」

「は、そうかよ――」


 ……あ? ちょっと待て。今のサマエルの言葉はおかしい。

 鴉間は……できればサマエルを弱らせてから戦いたい。だからオレ様たちにけしかけた。

 サマエルは《常識》を手に入れたい。だが、今の状況はちょっと面倒。《常識》の前に陣取った鴉間を倒さなきゃいかんわけだが、鴉間と戦ってるスキをオレ様たちがついて攻撃してくる。なぜなら、オレ様たちの目標は「サマエルに《常識》を渡さない」だからだ。鴉間がサマエルの邪魔をするっつーならそれに乗っからせてもらう。当然だ。

 そこまでは……いい。問題は……「今」、オレ様とサマエルがバトってるっつーことだ。

 サマエルが《常識》を手に入れねーと鴉間の力はリセットされんだぞ? 弱らせるにしても、《常識》を手に入れる「前」にオレ様と戦わせてどーすんだよ。

 オレ様がサマエルをある程度ボコったらサマエルに《常識》を取りに行かせるとでも思ってんのか? オレ様はここでサマエルを倒す。そうなったら《常識》を止める奴がいなくなる。

 鴉間の奴はオレ様が負けると確信しているとでも……? それなら納得できっけど……リスキーにもほどがあっだろ。

 どーにも腑に落ちねぇ。リスクが高すぎる。鴉間の奴は何を……


「また考え事ですか、ルシフェル様!」

 ハッとして上を見ると炎をまとった光の槍が降り注いだ。黒い炎を出す時間はなく、オレ様は横に回避する。

「――っつ!」

 槍の一本が右脚に突き刺さる。瞬間、刺さった痛みとは別の痛みが走った。

「! 毒か!」

 あわてて槍を抜くがもう遅い。オレ様の右脚はその機能を完全に失い、ただの飾りになった。

「……その右脚は完全に死にました。ですが、ルシフェル様が本来の姿となれば毒の効果も失せるでしょう。しばし、耐えて下さい。」


 ……雨上がいたらそれなりの解説をしただろうが……

 サマエルは死を操る。確か人間の神話じゃあ『神の毒』とか呼ばれていた。その毒は対象の機能を完全に奪う。それがなんであろうとだ。

 ハサミに使えばそのハサミで何かを切ることは不可能となり、服に使えば、いくら重ね着しようと温かくはならない。「生命の終わり」ではなく、「存在意義の剥奪」……それがサマエルの毒の力だ。


「……脚で良かったぜ。」

 空中戦となってる今なら、あんまし深刻なことにはなんねぇ。

 ……本気でやらねーとまずいな。

「サマエル。」

「はい。」

「お前……あれから進化したか?」

「……どういう意味でしょうか。」

「戦闘技術がっつーこった。なんか鍛えたりしたのか?」

「……強いて言えばこの剣を使えるようにした……ことぐらいでしょうか。」

「オレ様は……結構色々やったんだぜ。今まで見向きもしなかったがな、人間の技術っつーのも面白いもんが揃ってんだ。」

 手の平に黒い炎を生む。そこに結構な量の魔力を込める。

「……雨上のが《箱庭》……オレ様のは……んま、《明星》か。」

 黒い炎は球体となり、爆発的に広がり、オレ様とサマエルを包みこんだ。

「これは……」

「オレ様の記憶だな。天使の下っ端として見てきた数々のスゲー人間、そいつらの技術の記録だ。……それに形を与える。オレ様は欲張りだからな、いいと思ったもんは手に入れて自分のもんにする。」

「……これは……」

 黒い炎の球体。もちろん中は真っ暗だ。だがオレ様もサマエルも魔力を感じれっからあんま意味が無い。互いの場所はわかるわけだが――

「魔法の戦いの基本は相手の魔力を読む事だ。どんな攻撃が来るかを予測する。だがな、人間にはんなもんない。だから、そんな中で生まれた武術っつーのは見えなきゃ防御のしようがねぇんだ。どの攻撃にも魔力が使われないからな。となると、この真っ暗闇での戦いは……不利だよなぁ?」

「……一つ……二つ……どんどん増えますね。この黒い球体の中、炎で形作られた人間が出現していく……しかし……そこまでしかわかりません。どんな形をしているのか、どういう技を使うのか……」

「神には結構怒られたがな……世に言う達人たちと一戦交えてな……その技術を記憶していった。んで、今それを形にした。もちろんオレ様の炎でできてっから攻撃を受ければそれなりのダメージだ。」

 真っ暗闇、サマエルがいる方へ向かってオレ様は告げる。

「今からお前が相手にするのはな、《信仰》のために作られたはずだった人間っつー存在が生みだした戦う術……その結晶の数々だ。」

 術を使ってんのはオレ様。どこにどういう形でどんな使い手を具現化させたかはわかる。

 まずは小手調べだぜ。

「行くぜ、サマエル。」

 昔会った槍の達人。しなやかな槍を自分の身体の一部のように振りまわす男。

 槍が振るわれる音を聞いたか、サマエルが初撃をかわす。だが間髪いれずに男の一閃。サマエルの腹に……浅いが一撃。普通の槍ならそこで終わりだが、オレ様の炎で出来ているからな、さらに傷口を焼く。

「……!」

 サマエルから光系の魔力が感じられた。その瞬間、オレ様に穴を開けたあの光が放たれ、槍の達人が消滅し、黒い球体にも穴が開いた。

 だが、あれはオレ様が作った言わば魔力の塊。消滅させようとオレ様には関係ない。すぐさま黒い球体の穴を塞ぎ、もとの暗闇に戻す。

 オレ様の魂が削られなきゃ魔力はんな急激に無くなんねぇ。

「言っとくがな、サマエル。よく見えねーつって光を灯しても無意味だぞ。オレ様の炎が光に対してどんだけ効果のあるもんかはお前がよく知ってるよな。」

 剣使いの女とカンフー使いの男がサマエルに迫る。暗闇で周囲はオレ様が作った球体。オレ様の魔力の中でオレ様の魔力の動きを感じるっつーのはかなり難しい。混じっちまってわかりにくいわけだ。

 それでも……カンか何かか……サマエルは迫る二人の使い手を感じ取ったらしい。剣を弾く音がした。だがその後鈍い音が聞こえた。カンフー使いの拳が入ったようだ。

「……ぐっ……」

 ……当然の行動として、サマエルがこの球体からの脱出を試みるが……

「オレ様の魔力の量をなめんなよサマエル。この姿でもこの辺一帯を覆えるくらいはあんだぜ?」

 サマエルが移動した分だけ球体を大きくする。それを感じたか、移動するのを止めるサマエル。その隙をつくのは……日本刀を構えた男。

「……鎧のご先祖様だな……」

「があぁっ!」

 サマエルの声。斬られたな。

「なんということ……いえ、さすが……ですね。なるほど、人間の生みだす技術……私たちでは生み出せないであろうそれをもモノにしておいでとは……私はミカエルの剣を手にした程度でいい気になっていたようです。」

「お前の毒は強力だがな……オレ様の炎も性質が悪いぜ?」

「傲慢、強欲の黒き炎。その力は肉体と精神の同時焼却。動かなくなるわけではありませんが……精神を燃やしている故、しばらく激痛が走る……ええ、効いていますよ……」

 顔は見えないが、すこし声が震えてる。痛みに耐えながら……って感じだな。

「小手先の技術……そんなものでルシフェル様を止められるわけがない……しかし、成さねばなりません故……!」

 サマエルから再び光の魔力の気配。

「さっき言いましたね……この剣を使えるようにしたと。私も、もとは天使……成そうと思えばできないことでは……ありませんでした。」

「あん?」

「それは、悪魔として不完全であるということ……その不完全さ、私の恥……そんなものをも武器にしなければ戦えない相手……行きますよ、ルシフェル様!」

 光の魔力がサマエルから離れて上へ上へ移動する。どうやら剣を投げたみてーだが……

「破裂しろ!」

 瞬間、世界が光に満ちた。オレ様の黒い球体は消し飛び、気付くと真っ白な空間に浮いていた。

「これは光の結界……あの剣を消費することで持続される絶対的な光の魔力。」

「……結界か……ミカエルの剣を消費することで作られるとなると……オレ様が元の姿に戻っても外に影響がでないくらいの結界ってことだな……サマエル、どういうつもりだ。」

「決して、本気のルシフェル様と戦いたいなどと、無謀なことを考えたわけではありませんよ。」

 少し離れた場所に浮くサマエルの……色の異なる目がギラリと光った。そして、結界の中でなかったなら周囲に破壊が及んだであろう量の魔力が放出され、サマエルを包みこむ。


 ……基本的に、人間の神話で悪魔が人の形をとることはない。オレ様のようにドラゴンだったり、何かの動物だったりする。『神の毒』と言われるサマエルはどういう風に描かれていたか。それは……蛇だ。蛇は神話の中じゃ一番の悪者として扱われるもんだから……それほど邪悪っつーことだろう。だが、何も根拠なしにサマエルは蛇に描かれたわけじゃない。

 オレ様がそうであるように……サマエルの真の姿はまさしく――


「ぐるあああああああああああああああっ!」

 存在を否定する毒を持つ牙。

血のように、燃えるように、憎悪が渦巻きながらも美しい赤いうろこ。

 空を仰げば天に届き、頭を垂れれば地獄に達するその身体。

 特徴的な……左右で色の異なる目。

 堕天使サマエルは赤き大蛇となって……オレ様の前に現れた。


「この光の中! 私は一切の問題無く動く事が出来ます。それどころか、この光を我が力として扱える。しかしルシフェル様……あなたは違う。無論、そのお姿で戦おうとは思いますまい。ですが、元の猛々しい竜となられても、あなたにはこの光は邪魔でしかない。この中にいるだけであなたの魂は徐々に削られていく……」

「……確かにな……オレ様の魂を完全消滅させられるほどの力があるわけじゃあないが……オレ様の力をお前と同等にまで引き下げるくらいはできそうだな。」

「お言葉ですが……私以下にまでなっていただきます!」

「そうかよ!」


 力、解放。

 天を覆う黒き翼、一切の攻撃を受け付けない鋼の身体……オレ様は元に戻った。


「笑えるぜ! 怪獣大決戦ときたもんだ!」

 口から漆黒の業火を放つ。その昔、多くの天使を……葬った最悪の炎。だがそれは、光の力を受けてみるみる小さくなり、サマエルに届く頃には火の子程度になった。

「お解りですか。この光の中ではあなたの力は全て削られる!」

 サマエルがそのでかい口から紫色に光る槍を何十発も放った。サマエルの放つ力は光の影響を受けず、威力を保ったままオレ様に届いた。

「っぐ……」

 本来ならあの程度の攻撃、オレ様の身体に傷一つつけられないんだが……今回はその全てが突き刺さった。身体の硬度まで落ちるたぁな……

「確かに……この中じゃあオレ様はかなりヤバいな……だがな、サマエル。この結界はミカエルの剣を砕き、消費することで成り立っている……結界が解けるのは時間の――」

 オレ様のしゃべりを遮ったのはサマエルの尾だった。地面を叩けば数キロにわたって大地震が起きるであろうその威力を、オレ様は腹に受けた。

「承知のことです。その前にあなたを!」

「そう簡単に負けるかよ!」

 結界の中を飛翔、サマエルにとびかかる。

「申し上げたはず! 絶対に勝てる術であると!」

 超速で動くサマエルの尾がオレ様を横に殴り飛ばす。このまま飛んで結界の外に――

「がはっ!」

 ――なんてことはなかった。結界の壁にぶつかる。

「……んま、この姿で外に出ると全員死んじまうからな……」

「しぇあっ!」

 サマエルの口から見るからに身体に悪そうな煙が出る。あれは確か毒だったか。いや、なんつーか見りゃわかるか……

「おらぁ!」

 炎を放つ。だが半分くらいを焼き尽くしたとこでオレ様の炎は消えた。

「くっそ……」

 毒に囲まれる。オレ様の身体が煙を上げながら……溶ける。意味がないとわかりつつも腕を振りまわす。そんなオレ様のもとに、身体を紫色の魔力で覆ったサマエルが迫り、その身体でオレ様を締め付ける。

「く……が……」

 ミシミシと嫌な音が身体中に響く。

「今は……今だけは倒れて下さい、ルシフェル様! 私の部下が神の手先となったゴッドヘルパーを一掃します! 私が《常識》を手に入れます! 私が鴉間を殺します! そして神に挑みます! あなたと共に! あなたでなくてはならない! 悪魔の王は! この光の中で動けてしまうことが私の未熟な証! 再び導いて下さい! 私の神への怒りを!」

「おま……えの……その怒りは……何が……」

「……神を見たこともないディグでさえ、神に落胆しています。この私の引き起こす……この騒ぎにも無関心だ。創るだけ創ってあとは傍観者……ディグではありませんが、創ったのならその全てに幸せがなければならない! 救いがなければならない! 私を救ったのはあなただった! 私の神はあなただった! 何がしたい、何を望む! あいつは一体何がしたい!」

「サマ……エル。お前は――」

「さぁ、お休み下さい!」

 オレ様を締め付けるサマエルの身体から凄まじい魔力が放たれる。針の山に寝そべるような、零度の水に浸るような、溶岩の中に沈むような……何とも言えないが、確かな苦痛が全身を走る。

 いってーなぁ……まったく。

 しかし……昔から謎だったことがわかったぜ。なんでサマエルは神に挑むのか。何故……嫌うのか。

 オレ様は……自分の力を無くしたくないがために神に反乱した。身に覚えのない適当な噂話で失った《信仰》の力……その理不尽への怒りの矛先を神にした。それだけだ。今思えば、どーでもいいこと過ぎる。

 そしてサマエルも……オレ様と同じ勘違いをして神に怒りを覚えた。

 まったく……ちょっと考えればわかることのはずだ。

 神は自分の姿を元に天使や人間を創った。その時点で気付くべきなんだ。

 人間が神の姿をしているんじゃない……神が人間の姿をしているんだ。

 サマエル、神はな――



 よく……見えない。

 だが、身体は動く。もはや反射に近い。

 わたしの視界に映るモノは、わたしの刀と赤い閃光。

「アーッハッハッハッハ!」

 赤いチャイナドレスを着ているチョアン……その動きはもはや視認不可能。ただただ赤い何かが閃光のごとき速度でわたしに迫るだけ。

 チョアンは、人間の動きなら当然あるはずの「踏み込み」だとか「溜め」といった力を出すための予備動作がまったくない。いや、無いわけではない。しかし速すぎる。

 故に、わたしの前には赤い閃光の嵐が一瞬の間も空けずに荒れ狂う。

 何も考えず、作戦も無く、ただ自分の力を信じて刀を振る。余計な何かを考えてしまったら、全ての攻撃が一撃必殺のチョアンに瞬く間にやられてしまうだろう。

 だけど――

「これはどうアル!」

 逆縮地……とでも呼べばいいのか、勝又くんがやった瞬間移動みたいに一瞬で後ろにさがったチョアンは地面をダンッと踏んだ。するとチョアンを中心にその場にクレーターができて大量の瓦礫が宙に舞った。その瓦礫は一瞬でその形状を古今東西あらゆる武器に変え、わたしの方に銃弾のように放たれた。

 わたしは地面を蹴る。後ろに下がったらあれを受けてしまう。選択肢は一つ、前進あるのみ。

 大半がわたしの頭上を通り過ぎていくが、何本かはわたしに向かってきた。それを自分でも理解できない太刀筋で切り裂いていく。

 チョアンに迫り、刀を振るった。チョアンはそれ片腕で防ぎ、もう一つの腕で拳を放つ。わたしは止められている刀の根元から刃をのばす。枝のようにのびた刃はチョアンの拳を防ぐ。だが威力を殺せたわけではない故、わたしは後方へ飛んで行く。

「……だめだ……」

 わたしは呟いた。チョアンの攻撃を一発受ける度に両手両足が痺れる。チョアンの攻撃に対応できる技術があっても身体が限界らしい。

極細の刀を後ろに張ることで勢いを抑えたが、わたしはどこかのお店に突っ込んだ。どうやら洋服店だったらしく、大量の服が良いクッションとなった。

「いいアル! 最高アル! 今まで感じた事の無い……んはぁ……感覚アル。次は何を見せてくれるアルカ!」

 スタスタとゆっくり迫って来るチョアン。……チョアンはわかっている。わたしも気付いている。過言でもなんでもなく、無敵の力を持つチョアンに、わたしは追いついただけだ。いや、正確には追いつけてもいない。

 かけっこで言えば、チョアンの数歩後ろまでは追いつけるけど、横には並べない。

 未だかつていなかった強者。チョアンはわたしをそう認識している。自分の数歩後ろまでは辿り着いたわたしが、まだ何かしてくるんじゃないかと。ついには横に並ぶのではと期待しているのだ。だから勝負を焦っていない。

 別に期待に応えたいわけじゃないけど、確かに横に並ばなければ勝てる見込みは無い。このままではわたしは負ける。善戦で終わる。

 何かが足りない。チョアンを倒すにはまだ足りないモノがある。

 わたしが目指す正義の味方たちはこんなものではなかった。もっとすごい。苦戦することはある。敗北することもある。だけど彼らは最後に勝利する。正義だからだ。

彼らを目指しているわたしにはまだ欠けているモノがあるから彼らのようになれていない。それは一体なんだろうか。

 未熟ではあるが……力は持っている。

 正義を貫く信念もある。

 この場にはいないが、共に戦う仲間もいる。

 あとは――

「……あ。」

 わたしは自分の格好を見た。道着だ。そう……これではいけないんだ。

 彼らは一目で彼らとわかるコスチュームをまとっている。あれはかっこいい。変身することには誰だって憧れる。だが、あのコスチュームはかっこよさのためだけにまとっているわけではない。あれは彼らの証だ。あれをまとった者は正義であるという証。

「……正義の味方、ヒーローのコスチューム……!」

 服の作り方なんて知らないが……極細の刀を糸みたいに編み込めば……

 イメージするんだ。空想を現実にする力……いや、空想なんかじゃない。彼らは確かにいる。正義のコスチュームは確実に存在する。

 光を斬るより簡単なことだ!

「ん?」

 チョアンが周囲を見渡す。

「……周辺の《金属》が……集まっていくアルネ。何を見せてくれるアルカ!」

 ひも状になった《金属》が光を反射しながらわたしのもとに集まっていく。

 極細の刀……わたしが《金属》を変形させると全て刀の形になるが、刀には峰がある。それを自分の方に向ければ編み込んで服にしても自分が斬れることはない。

「……よし!」

 これでわたしは彼らにまた一歩近づいた。

「……かっこよくなったアルネ。」

 外見的にはあまり変わっていない。わたしが着ている道着の上に薄く一枚羽織った感じだ。ただ、とてもかっこいい。和風でしなやか。真っ赤な生地に《武者戦隊 サムライジャー》のコスチュームと同じ模様が入っている。

 これはまさにサムライレッド!

「服が真っ赤になってかっこいい模様が入ってるアル。ただの《金属》にそこまでの色をつけて……それにはどんな力があるアルカ!」

 かなり近くまで迫っていたチョアンが踏み込み、わたしに拳を放った。さっきまでなら、わたしが後ろへ飛んで行ったところだが……

「……!」

 チョアンの拳から放たれた衝撃はそのままチョアンへと返った。チョアンは弾き飛ばされ、かなり離れたところに着地した。

「あはぁ……ううぅん……なんてことアル。あなたには驚かされてばかりアル……ワタシの力をそのままはね返すアルカ……」

「……ヒーローのコスチュームはすごいんだ。どんな攻撃を受けても破れたりしない。」

「アッハッハ。それは番組の都合というモノアル。それをそういう形で……たまらないアルネ。《金属》で出来た服なんて、ただの鎖かたびら程度に思ったアル。それが!」

 再び赤い閃光となって拳と蹴りを乱れ撃ちするチョアン。それを同様に刀で防ぐわたし。

 だが、さっきまでとは違う。手足に負担がほとんどない。

よく見ると、わたしのコスチュームは受けた衝撃をばねのように吸収している。そしてそのまま返しているのだ。チョアンからの攻撃の衝撃を吸収、わたしが刀を振ると同時にその衝撃が放たれることで刀の威力が上がる。

「あぁん! だめアル!」

 攻撃の手を止め、チョアンが後退した。

「自分の防御力と攻撃力を同時にあげる……まさに武神アルネ! んああ! 今までの欲求不満がこの戦いで解消されていくアル!」

 とろけそうな表情をしながら天を仰ぐチョアン。

「ここまでキタアルカ。あぁ……迷うアル。」

「……何をだ。」

「ワタシの目的は絶頂の中で死ぬ事アル。そしてあなたに出会ったアル。あなたならワタシを最高の状態で殺してくれる死神になってくれるアル。そう思ったアル。実際いいアル。ああ……もう……だけど駄目アルネ……いいものを知ってしまったらよりいいものを求めてしまうのは人間のどうしようもない本能アル……」

 自分の身体を抱きながら身もだえするチョアン。

「鴉間についたのも、こういう戦いをするためアル……サマエルよりも鴉間についた方が最高の敵に出会える確立が高くなるアル。だってサマエル側と天使側のゴッドヘルパーと戦えるようになるアルヨ?」

 チョアンが……まるで恋する乙女みたいなうるんだ瞳でわたしを見る。

「今のであなたは確実に……ワタシと同等になったアル。この状態のワタシと同等……あなた以上の敵はいないと……そう思うのと同時に、あなたという最高の敵を知ってしまったからこそ、浮かんでしまう考え……もしかしたらあなた以上の存在が……どこかに……」

 ……わたしがもしもチョアンに負けると……チョアンはわたし以上を求めてさらに突き進む。その内天使に戦いを挑むかもしれない。

 勝つ。チョアンに必ず勝つ!

 だが、普通に攻撃しては……チョアンの《常識》によってチョアンが死ぬ。ならばどうするか。答えは出ている。

 倒すということは再起不能にすることじゃない。戦闘不能にすることだ。刀を持った武士を倒そうと思うのなら、武士を斬るのともう一つ、武士の刀を奪う、破壊するという方法がある。

 つまり、チョアンの……『相手も自分も一撃で死ぬ』という上書きされた《常識》を斬る。もしくは、チョアンからシステムを斬り離す。チョアンを倒すにはこれしかない。

 青葉が言った言葉、空想を現実に変えるということ。

 わたしは青葉の光の剣を斬る事が出来た。《常識》だって斬れる!


「わたしの刀は決して折れない。」

 どんな攻撃も受けてみせる。正義をまとったわたしを倒す事はできない。

「わたしの刀は命を奪わない。」

 相手を殺してしまうこと。それはわたしにとっては敗北だ。望んだ結末ではないからだ。わたしの正義に反するからだ。

「わたしの刀に斬れないモノはない。」

 わたしが正義であるかぎり、その道を塞ぐことは出来ない。

「正義は勝つ! あなたを死なせてしまうことはわたしの敗北だ。だから決してあなたを死なせることなく、わたしが勝つ!」

 行くぞ。さっきまで受けてばかりだったが……次はわたしからだ!


「!」

「はあああああああっ!」

 刀を構えてチョアンの方に走る。走る際もわたしのコスチュームの力が働き、脚への負担を最小限にしつつもさらに加速させる。

 準備は万全。こころと身体に正義がある! 迷う事は無い。勝つ! ただこの想いを現実にするために!

「! これは……!」

 チョアンにどう見えているかはわからないが、わたしの太刀筋はかつてないほどに澄んでいた。

 さっきと違うのは何か。さっきと同様、今も無心だ。作戦もなにもない。ただ自分の身体に染みついた技を披露しているだけだ。

 違うのはこころ。さっきは、「何も考えないようにしなければ負ける」だった。だが今は「無心に、ただただ勝利を目指す」だ。

 負けないようにすることと勝とうとすることは違う。

 白い尾を引きながら流れるようにチョアンに迫っては離れ、また迫っていくわたしの刀。

 放たれる極細の刃は一筋の光となってチョアンを襲う。

 変幻自在の間合いから繰り出される《雨傘流》はチョアンの戦闘技術に迫る。

 切落、袈裟、胴、右斬上、逆風、左斬上、逆胴、逆袈裟、刺突。加えて一辺として放たれる言わば面上の攻撃たる極細の刃。振るわれるごとに、わたしの正義を象徴するかのように光り輝きだすわたしの刀。

 対するは一撃必殺の赤い嵐。奇しくも今のわたしも赤だが、チョアンのそれは欲や快楽……宗教などでは禁止されるようなモノが混じった混沌とした赤。その暴力は圧倒的。チョアンと撃ち合うだけで周囲に衝撃が爆散したものだが、今はわたしのコスチュームがあらゆる衝撃を吸収し、わたしの力としてくれている。

 わたしとチョアンの戦いは打って変わって静かなモノになったが、そのレベルは格段に上がった。

「さいっ――こう――アル――」

 チョアンが放った拳を刀の腹で受け流す。その隙をついてもう一つの拳が迫るが、刀をその場で回転させ、二発目に対応。

 二つの拳をかわされたと分かると、チョアンはそのまま体勢を一気に崩し、鋭い右の蹴りでわたしの首を狙う。わたしは大きくのけ反ることでそれを回避。勢いそのままにバク転に入り、空中で回転しながら刀で斬り上げる。

 残った左脚で後ろにさがるかと思いきや、空中で回転するわたし以上の速度で、斬り上げられた刀に触れぬ距離を保ちつつ、わたしの上を飛び越すチョアン。

 二人の着地はほぼ同時。ただわたしはチョアンに背を向けている。その隙を逃すチョアンではなく、着地した時に舞いあがった小石を長槍へと変化させてわたしを突く。

 コスチュームの防御力と受け流しの動きでもってその槍をかわしながらチョアンの方へ方向転換。同時に刀を振る。なんの未練もなく槍を捨てたチョアンは片腕で刀をガード。すかさず放たれる左脚のひざ蹴り。そして奥にはそのひざ蹴りが防がれた時のための拳。

 さきほどのように刀を回転させて対応するには時間がない。故に、今わたしの刀を防いでいるチョアンの片腕に思いっきり力を込めてさらに斬り込む。

 片足をあげている状態で横から押されたため、ひざ蹴りは空を切り、バランスを崩して倒れこむ。だがそれしきで地面に両手をつくようなら苦労はしない。空気を拳で叩き、チョアンの《常識》によって爆散した空気は倒れ込むチョアンをその爆風で支え、立て直させた。

「くっ、はぁん!」

 さらに、その爆風の勢いで加速された左拳を放つ。

 どんな状況でも攻める事に繋げる……恐ろしい戦闘技術だ。

 だが――!


 《武者戦隊 サムライジャー》、第三十六話。サムライレッドが光速の剣術でのちに味方になるサムライブラックと決闘をした話。サムライレッドは光り輝くサムライブレードを手に、サムライブラックを倒した技――

 今のわたしはまさにあの時のサムライレッド。彼らの技もまた、わたしの身体に染みついている技に他ならない。頭に、身体に、何度もまねをしたから叩きこまれている。

 あれができないわけがない!


「一閃! 赤龍断!」


 真っ赤な一閃がわたしとチョアンの間に走った。

「!!」

 とろんとした表情を一瞬驚愕に変え、チョアンが出した拳をひっこめて後退した。そしてゆっくりと自分の左腕を見た。すると、全てが上書きされていると言っていた赤い布……左手首についていたそれがはらりと地面に落ちた。

 なるほど。別にわたしはあれを斬ろうとしたわけじゃないが……わたしがさっき考えた勝つ方法……チョアンの《常識》を斬るということ。わたしが赤龍断を放ったことでその考えが現実になったのか。

 チョアンの命を奪わずに倒す方法……両手両足についていた赤い布を全て斬ればいいのか。

 たぶん、あの布はすぐにもう一つ作れるようなものじゃないんだろう。あれだけの《常識》を上書きしたのだから。

 あれを全部斬ればチョアンがわたしの攻撃で命を落とすことはなくなる。そうなれば遠慮することなく、気絶する程度の一撃を放つことができる。

 わたしはチョアンを見た。自分の最終兵器とも言えるモノが斬られたのだからかなりのショックのはずなのだが……いや……予想通りだが……

「あぁあぁぁん! もぅう! いいアル!」

 余計にとろんとなった。

「まさか……まさかワタシの《常識》が破れるだなんて、びっくりアル。ワタシがさっき言ったことを覆したアルネ? ワタシの欲望をあなたの信念が上回ることはない……あの言葉をうそにしたアルネ!」

 赤い布がとれた場所を艶めかしく舌で舐める。

「あぁ……ワタシは今すぐにでもあなたに斬られて死ぬべきアルカ? 最高の感覚で死ねるアルカ? いや、だめアル! ワタシの想像をことごとく上回るあなたアル……まだ隠していることがあるアルネ? まだ見せていない技があるに違いないアル! それを……それを見てから……それから……それからアル!」

 チョアンが視界から消えた。来るかと身構えたが変化があったのはチョアンが立っていた場所の近くにあった建物だった。それは粉々になりながら空高くに舞いあがった。同様の現象がわたしとチョアンが戦っていた場所の周囲の建物全てに起きた。砕かれ、粉々になった建物が見えなくなるくらいの高度に飛んで行く。

「……?」

 一瞬の静寂の後……何かが……高速でとんでくる音がした。戦闘機とかが飛ぶとするような……かん高い音。音のする方を探して上を見る。

「な、なんだあれは……」

 わたしの真上……わたしの上の空が黒いのだ。

「鎧鉄心んんんっ!」

 遥か上空からチョアンの叫びが聞こえた。よく見ると黒い部分の真ん中がぽっかりとあいていて、そこにチョアンがいた。パラシュートも何もなしに落下してくる。

「これが! ワタシの! 全てアル!」

 「全て」という言葉にわたしはハッとする。黒い部分をよく見ると……大量の物が空を埋め尽くしていることがわかった。その物とは……武器だ。

 古今東西、対人、対騎馬、対戦車、対城、対空、対海……歴史上に存在したありとあらゆる武器が降って来る。

 しかも、槍なら槍の、刀なら刀の、その武器の威力がもっとも発揮される向き、角度、速度で降って来る。

 ……どうしてあんな上空のモノがこんなにはっきり見えるのかわからないが、とにかくそうなっていた。

 銃弾、砲弾、ミサイルや爆弾まで……とにかく全て。対象を倒すために生み出された物が全て降って来る。

 さっき空に飛ばした瓦礫を、石ころを槍に変えた要領で全て武器に変化させたのか。

「……あれが落ちてきたらわたしはもちろん、周りが……」

 わたしは刀を構える。ああいった物をどうすればいいか。全ては彼らに教わっている。

 青葉との戦いで使った……あの技を!

 そう思った瞬間、わたしのコスチュームはサムライレッドからサムライブルーになった。


「瞬雷絶刀! 蒼斬!」


 叫び終わるとわたしは、遥か上空にいた。チョアンの後ろ、数メートル上に。

「……な……」

 チョアンがそう呟くと同時に、空を覆っていた全ての武器が真っ二つに切断された。

「彼らは、周囲を巻き込むような攻撃は必ず防ぎ、みんなを守る。」

 刀を鞘におさめる。それに応えるかのように、真っ二つになった全ての武器が元の瓦礫に戻り、地面に落下していった。

 わたしとチョアンも同様に落下し、着地した。落下の衝撃を難なく吸収したわたしのコスチュームはサムライレッドのそれに戻る。


「……あぁ……」


 少し離れた所に着地したチョアンが何か呟いた。

「やばいアル……楽しすぎて……気持ちが良すぎて……壊れてしまい……そうアル!」

 周囲に破壊をばらまきながら爆速で迫るチョアン。高速の右の蹴りが放たれる。

 タイミングを合わせて抜刀。すれ違いざま、チョアンの右脚の赤い布を斬る。

「――んん!」

 わたしの背後にまわったチョアンは空気を爆散させて蹴りの着地状態から宙に飛びあがり、空中で一回転して左のかかと落とし。それを回避しながらも攻撃、白い三日月を宙に描きながら、左脚の赤い布を斬る。

「――あぁああっ!」

 かかと落としで左脚を地面にめりこませたが、そこからしなやかな動きで脚を抜き、わたしの真横に瞬間移動とも呼べる速さで移動。

「――くああっ!」

 まっすぐに放たれる右拳。わたしはすり足を使い、青葉の最後の突きを避けた時のように拳の横に移動。

 右腕の赤い布を……斬った。

 拳を放った勢いで数歩進み、立ち止まるチョアン。拳をよけたことでチョアンの真後ろにつけたわたし。


「「はああああああっ!」」


 振り向きながら繰り出される鋭い蹴り。

 さっきまでの威力も圧力もない。

 だけどこの一撃がもっとも危険だと感じた。

 蹴りの軌道を読み、かわし、刀を振る。

 確かな手ごたえ。

 一拍置いて、チョアンの赤いチャイナドレスの肩から横腹にかけて赤いラインが走り、鮮血が噴き出た。

「あ……」

 チョアンが膝をつく。わたしは刀を振って血を飛ばす。

「……なん……て……勿体無い……こと……アルカ……」

 刀をおさめると同時に、チョアンは倒れた。

「……終わったか……」

 そう呟いた瞬間、頭の横が切れた。チョアンの蹴りを避けきれていなかったようだ。

 刀が急激に重たくなった。あまりの重さに手から落とす。

 サムライレッドのコスチュームがバラリと崩れ、元の《金属》の形になって散る。

 両脚から一気に力が抜け、わたしもその場で倒れた。

「――しん!」

 誰かの声がしたような気がするけど……

 だめだ……身体に力が入らない。



「鉄心! 鉄心!」

「クロアちゃん、あんまりゆすっちゃダメなのだよ。」

 俺私拙者僕は鎧ちゃんを膝枕するクロアちゃんの横で、鎧ちゃんに治癒の魔法をかけるのだよ。


 ……すごい戦いだったのだよ。クロアちゃんが閉じ込められた瓦礫から遠目で見てたけど、とんでもない戦いだったのだよ。

 鎧ちゃんもチョアンもデタラメな程に《常識》を上書きしたのだよ。システムの仕組み上、確かになんのゴッドヘルパーであっても全員が神様に等しい力を手に入れる可能性を持っているのだよ。でも、それは容易じゃないのだよ。生まれてから今までに経験した数々の《常識》がその可能性を限りなくゼロにするのだよ。

 なのに二人とも、その限りなくゼロである可能性を掴み取っていたのだよ。

 ただ……鎧ちゃんがチョアンを上回ったことは……当然と言えば当然だったのだよ。

 この前戦ったリッド・アーク。彼は自分の頭を一度リセットすることでゴッドヘルパーの可能性を掴んだのだよ。だけどその時の彼はまさに暴走状態。決められた一つの目的に向かって一直線だったのだよ。

 そしてチョアン。彼女は自分の欲望を爆発させて可能性を掴んだのだよ。だけど彼女は狂ったように戦っていたのだよ。

 両者とも、人間が人間である所以……本能を抑える理性がそっくり欠けていたのだよ。ただの暴走なのだよ。

 それに対して鎧ちゃんは自分の信念で可能性を掴んだのだよ。悪く言えば、正義に対する狂信。だけどそこには理性があるのだよ。だから途中で「このままでは勝てない」と気付き、あのかっこいいコスチュームをまとうことができたのだよ。

 天界では「昔こんなすごい奴がいたんだよ」と語り継がれるゴッドヘルパーがいるのだよ。それは第三段階に到達した者であったり、あり得ない程に《常識》を捻じ曲げた物であったりと理由は様々なのだよ。

 確実に、この鎧鉄心という《金属》のゴッドヘルパーは名を刻んだのだよ。天界の歴史に。


「アザゼル! 治療は終わりましたの!」

「うん。応急措置はしたのだよ。でも完治は難しいのだよ。」

「どうして!」

「青葉との戦いの時みたいに大けがをしているわけじゃないけど……今回の方がダメージは深刻なのだよ。」

「え……だって、すり傷とかだけじゃない……何がそんなに……」

「身体の中がひどいのだよ。あのチョアンの攻撃を受け止めた時に起こる衝撃は刀から腕、胸や腹、そして脚……全身にまんべんなくダメージを与えていたのだよ。それに、チョアンについていくために結構無理をしているのだよ。俺私拙者僕は治癒系の専門家じゃないのだよ……だから難しいのだよ、ここまでのダメージは。」

「それじゃあ鉄心は……」

「応急措置はしたから命がどうってことはないのだよ。でも、この戦いにおいては……ここでお休みなのだよ。」

 俺私拙者僕はそう言うとクロアちゃんは大きく息を吸って言ったのだよ。

「なら、このアタシが鉄心の分も戦いますわ。あんな中国人に足止めされてしまって……このアタシがもっと冷静であったならあんな屈辱は……ともかく、鉄心が中国人を倒したことでこのアタシも復活ですわ! 名誉挽回ですわ!」

 鎧ちゃんをその辺に転がってたお洋服(たぶんどっかのお店から飛んできたのだよ)で作ったお布団的な感じの物に寝かせてバリアーを張ったのだよ。

「さぁ! まずは状況を確認ですわ! アザゼル!」

 クロアちゃんがやる気なのだよ。

「うん……まず、この交差点から結構離れてるけど、あっちの方で翼ちゃんと速水くんがヘイヴィアって言う《質量》のゴッドヘルパーと戦っているのだよ。サマエルの隠し子……じゃなくて切り札? みたいな奴だから結構強いと思うのだよ。」

「《質量》……日本のオスモウサンみたいな奴かしら。」

「そんで、こっち方ではメリーのチームと《回転》、ディグが戦っているのだよ。メリーのチームはたぶんメリーからディグに対する対策を色々聞いてると思うのだよ。」

「ああ、あの神父様ね。あの人も変な立場ですわね。この前は味方みたいにいましたけど。」

「あと上の二つなのだよ。」

「上? あら、なんなのあの球体。太陽みたいなのと……水色の。」

「太陽みたいなのは……うん、俺私拙者僕もちょっとよくわからないのだよ。昔の知り合いの魔力を感じるけどこの場にいるわけないのだよ。たぶん中ではルーマニアくんとサマエルくんが戦っているのだよ。」

「天使の戦いですわね……あら? 悪魔だったかしら。」

「あっちの水色は……微妙に透けて見えるけど、雨上ちゃんと鴉間が戦っているのだよ。」

「鉄心の親友でしたわね。あの眠そうな。」

「そして……学校の方で力石くんとルネットが戦っているのだよ。そろそろ決着がついてるかもなのだよ。」

「? 連絡は?」

「無いのだよ。こっちから連絡して戦闘中だったら変な隙を作るきっかけになっちゃうから連絡はしてないのだよ。向こうからしてくるのを待つのだよ。」

「……あまっている敵はいないのかしら?」

「三人……いるのだよ。」

 俺私拙者僕は水色の球体の下を指差すのだよ。

「あそこにいる子供……鴉間が連れてきたから間違いなく敵なのだよ。」

「あんな小さな子供が敵……いやですわね。」

「子供に見えているだけな気もするのだよ……あとの二人は《物語》と《反復》なのだよ。」

「このアタシに断りも無く攻撃してきたという二人ね。」

「実際に起きた事を記憶しているのは雨上ちゃんだけなのだよ。その二人は姿を見せていないのだよ。」

「妙ね。けれど、例え何かの罠のために隠れていたとしても、あの子供は確実に相手にするのだから、目先の相手はあの子供ですわね。」

「……クロアちゃん、相手の力を見極める程度の気持ちで戦って欲しいのだよ。」

「はぁ? なぜ?」

「たぶん、クロアちゃんじゃああの子供には勝てないのだよ。みんながそれぞれの戦いを終わらせて集まった時、みんなで挑むべき相手なのだよ。だからクロアちゃんはあの子供の力を――」

「なぜ! このアタシがそんなお試しみたいなことを! あんな子供相手に!」

「チョアンみたいな戦い大好きっ子ではないと思うのだよ。だけど……なんていうか、嫌な感じなのだよ。今のクロアちゃんは一切のダメージを負わない身なのだよ。それを生かしてあの子供に出来る事を調べて、あとでやってくるみんなに伝えるのだよ。」

「……本気で戦ってはいけないの?」

「もしも本気で倒そうと攻撃したら……あっちも相応の反撃をすると思うのだよ。あの子供はちょっと得体が知れないのだよ。様子を窺って欲しいのだよ。ぼちぼちの気持ちでやればあっちもぼちぼちの反撃ですませてくれると思うのだよ。」

「あんな子供……どうしてそこまで……」

「うーん……あの激動の時代を戦い抜いて、こうして生きている――」

「?」

「――俺の勘だな。」



 あたしと速水は相も変わらず逃げ回る。要塞と化したヘイヴィアから発射される銃弾、砲弾に剣に槍。まったく、槍を降らすなんて晴香にもできないわよ?

「速水! なんとかなんないの!」

「無茶言わないで欲しいっすね……」

 あたしと速水はなるべくジャンプしながら逃げる。ヘイヴィアは地面に触れているモノの《質量》を感じ取ってその位置を特定できるから。

「あの砲弾とかを遅くできないの!?」

「あー……あれは遅くすると運動が飛んでくるっていうことから落下に変わっちゃうので……」

「んもー! めんどくさい《常識》ね!」

 鎧を着てた時のヘイヴィアは何とか攻撃できたし、一度は倒せた。だけどあれは無理よねぇ。確か《フェルブランド》とか言ってたわね。鎧以上の硬度で身体を完全に覆ってる。カメみたいだけど完全防御。あたしや速水には晴香や鎧みたいな……なんて言うの? すっごい攻撃力っていうのが無いのよね。速水の衝撃波はそれそのものというよりは、相手をふっとばして壁とかにぶつけてダメージを与える感じなのよね。だからあんな重い奴はふっとばせない。まぁ、助走距離があれば大丈夫らしいけど……こんなごちゃごちゃした街中に走りやすい真っすぐな場所はないわ。道路は瓦礫だらけだし。

「万事休すじゃないの……」

 リッド・アークが機械って知った時くらいの絶望だわ……

「……花飾さん、オレにちょっと考えがあるんすけど。」

「あによ。」

「オレは……なんというか、感覚的に無理だと思うから《速さ》を遅くすることは極限られた物にしかできない。それがオレの《常識》。」

 砲弾があたしたちが一瞬前にいた場所を破壊する。それでも速水は落ち着いて、真地面な表情であたしを見る。

「さっき、花飾さんは《変》をこう言いましたよね。その人間にとって思いも寄らないことや、思ってもその人間の《常識》がそれを否定するモノだって。」

「それが……?」

「その考えも……花飾さんの《常識》っすよね。」

「……?」

「だから、それをクリアできれば『ヘイヴィアに勝たないと変』みたいなことができるようになるんすよね。」

「……この戦いの最中にあたしの《常識》を変えろって言うの? 無理よ、そんなの。あんただって自分の《常識》を否定することの難しさは知ってるでしょ?」

 リッド・アークみたいに頭をリセットでもしなけりゃ無理なのよ。

「一時的にでいいんですよ。花飾さん、《変》の力で自分の《常識》を否定できませんか?」

 《変》の力であたしを……? 自分で自分に《変》を使えってこと?

「オレ、リッド・アークとの戦いの後にふと思ったんですけどっとと!」

 飛来したバカでかい槍を衝撃波で逸らして避ける速水。

「感情系の《常識》を操るゴッドヘルパーって……自分を強くできないのかなって。」

「自分を?」

「だってそうじゃないすか。例えば……そう、鎧さんは《金属》の力で……なんていうか、すごい戦闘力を持ちました。力石さんも、《エネルギー》の力で瞬間移動できたりします。敵の鴉間も《空間》の力でそれができます。あのヘイヴィアは自分の身体を大きくできます。」

「なにが言いたいのよ……」

「色んなゴッドヘルパーがいますけど、大抵、自分にその力を使うことで強くなってるんすよ。オレだって《速さ》のおかげでこんなに速く走れます。もしくは、自分の武器とか、まわりの空気だとかに力を使ってすごいことをします。感情系だけなんすよ、力を使う対象が完全に他人なのは。」

 ……つまり、あたしら感情系は力をアップさせたりだとか、出来る事を増やしたりして自分自身の能力の向上を行っていないってことかしら。んまぁ、言われてみればそうだけど……

「でも、それはしょうがないじゃない。そういうモンなんだから、感情は。」

「そうなんす。感情は人じゃないと持たないから、使う対象は人以外ない。でも自分の感情を操るってことは意味わかりません。感情を抑えたりなんてことは誰でもできることです。だから自分には使わないんすけど……そこが落とし穴だと思うんす。」

「はぁ?」

「だって……オレたちゴッドヘルパーにとって一番厄介な『自分の《常識》』を何とかできる唯一の力だと思いません?」

 ……確かに……あたしは《山》のゴッドヘルパーの《常識》を否定したことで都会のど真ん中に火山を生みだした。あれこそが……ゴッドヘルパーの可能性……よね。

 それを自分自身にかける。感情に対する《常識》を感情を操ることで否定する……? それこそ意味わかんないわ。

 けれどもし、さっきあたしが言った《変》ってことの定義を否定出来たら……速水を強くして……いえ、むしろ自分自身を強くしちゃってヘイヴィアに勝てる……

「……でもあたし、《変》を使うには相手の眼を見るのよ? どーすんのよ。」

「……鏡とか……?」

 そこまでは考えて無かったみたいね……

 けど、このままじゃ勝てない。何かをしなきゃいけないのは確かなのよね。

 ……このヘイヴィアの攻撃もちょっと引っかかるのよね。あたしたちがどこにいるか把握できて、そこまで届く武器を持ってる。サマエルが切り札みたいに連れてきたし、この戦いではっきりわかったことだけど、ヘイヴィアはかなりの……使い手。

 そんなすご腕が、あたしたちへの攻撃を外すかしら?

 いくらあたしたちが速く動いてるって言っても……ヘイヴィア程の使い手なら当てられるんじゃないの? と思ってしまうのよ。

 単に弱いあたしたちをなぶって楽しんでいるのか。何か作戦があってこうしているのか。それとも本当に……あたしたちが速いんで当てられないのか。

 とにかく、ヘイヴィアにはまだ何かありそうなのよね。とっとと反撃に出ないと次に何が来るのやらって感じ。

「……はぁ。わかった、やってみるわよ。自分に《変》をかけるってこと。でも、それには集中が必要よ。こんな逃げながらじゃ……」

「オレが時間を稼ぎます。これを。」

 そう言って速水はポケットから……んまぁ、たぶん晴香や鎧は持ってないだろうけど、女子の必需品、手鏡を取り出した。パカッと開くコンパクトでおしゃれなやつを。

「……なんでこんなもん持ってんのよ、男子。」

「え……今は男子も持ちますよ、これくらい。」

「そうなの?」

「スカートの中を覗くために。」

「あんただけよ!」

 ……とりあえずあたしはその鏡を受け取った。なんか嫌。

「それじゃ……ちょっとかっこよく行きますか。」

 そう言って速水はさっきから逃げ回っている路地から抜け、ヘイヴィアが視認できる大通りに出た。

「んんっふっふ。どうしたのかしら? そんなに堂々と。」

 ヘイヴィアからは結構離れたはずなのに……まるで地面そのものが震えて伝えているみたいに、ヘイヴィアの声がはっきり聞こえる。

「あらあらぁ? 《変》は路地に隠れたまま? 《速さ》が飛びだしたのは何かの時間稼ぎってところかしら。」

「お見通しすか……」

 速水は道路の真ん中で衝撃波を出す構えになる。

「言っておくけど、私はこの状況を面白いとか思って《変》が何かをするまであんたに攻撃を集中させたりしないわよ?」

「それは残念すけど……何がなんでも時間を稼ぎます!」

「んんっふっふ。勇ましいことを何か言っているのかもしれないけれど、残念ね。あんたの声は私には聞こえないのよ。私の声が届くだけの一方通行――よっ!」

 ゴゴォンッ!

 鈍い音が響いた。次に聞こえたのは何かが飛んでくる音。

「はぁっ!」

 速水が文字通り、目にも止まらない速さで拳を前につきだす。衝撃波が発生して飛んできた物……砲弾が速水の手間五メートルくらいの所で停止して地面に落下した。

「……はね返すつもりだったんすけどね……」

「んんっふっふ。もっといくわよ?」

 連続で響く鈍い轟音。

「つあああああああああああっ!」

 速水の両腕が見えなくなった。たぶん、両方の腕でボクシングでいうとこのジャブをしまくってんだわ。一瞬しか出ない衝撃波も連続で出せば壁……飛んできた砲弾はことごとく止まる。

「んんっふっふ! いつまでもつのかしら!」

「だああありゃあああああっ!」

 ……っと、こうしちゃいらんないわ。あたしはあたしのやるべきことをするのよ。

「この鏡で――」

「つばさ!」

 あたしが鏡に映った自分を見た瞬間、横から声がした。

「……カキクケコ……」

 そういえばあたしの担当天使はこいつで、そういえばこの戦場にもいたわね。晴香が来たあたりから見てなかったわ……

「あんた今までどこにいたのよ。」

「ここにいた!」

「はぁ?」

「だから、ここにいたんだってば! いや、やっと話せた。最初はつばさが俺のことを無視してるだけかと思ってたんだけどさ。」

「何言ってるわけ?」

「やっぱり……見えてなかったのか。ずっとつばさの傍にいたんだよ! ヘイヴィアとの戦闘中もずっと! ヘイヴィアの鎧だとか《質量》を使った技とかも全部言えるぞ! 信じてくれ、ずっとここにいたんだ!」

 ……てことはなに? こいつはいつの間にかいなくなってたんじゃなくて、いつの間にか見えなくなってたってこと? なんで? どーして?

「なんかわからねーけど……感覚的には《物語》で天界に強制送還されて一切連絡とれなくなった時に似てんだが。」

「え……ここが《物語》の中って言うの? それはないわよ。あたしは……きちんとあたしだし。仮に今のあたしが誰かを演じてるあたしだったとしても、晴香には効かないんでしょ? しかも晴香からしたら二度目……なんの対応もしないで鴉間と戦うわけないわ。」

「いや、俺もここが《物語》の中とは思ってねぇよ。なんせ俺がこうしてここにいるんだからな。だけどなんか……急に『いないことにされた』感じだったんだよ。無視とかシカトとかそーゆーレベルじゃなくて……」

 ……どういうこと? カキクケコが突然いないことにされた? 誰に? 何のために?

 結構重要な何かに片足をつっこんだ感じがした。だけど、あたしの思考はカキクケコの次のセリフで止まった。

「それよりつばさ、それ、やめろ。」

 カキクケコが指差したのは速水の鏡。

「……ずっといたならあたしが何をしようとしてるかはわかってんのよね……」

「ああ。俺はそれを止めさせるためにさっきまでより必死に呼びかけたんだ。だから話せたのかもな。」

「……なんか問題あんの? これであたしの《常識》を上書きして、速水を強くできるようになんのよ。」

「やめろ。頼むからそれはやるな。」

 カキクケコがいつも以上に……てか、こんな顔見た事ないわってくらいにマジな顔であたしを見てる。というか睨んでる?

「説明しなさいよ。」

「今つばさがしようとしてることは……感情系のゴッドヘルパーにしかできないけど、絶対にやっちゃいけないタブーだ。それをやったらつばさが死ぬ。」

「死ぬ? たかだが……あたしの上書きの邪魔をしちゃうあたしの《常識》、言わば記憶を上書きするだけよ? そう思ってたことを忘れるだけじゃない。」

「《常識》と記憶を一緒にするな、つばさ。確かに、その人間の《常識》っていうのは過去の経験や知識から自然と身につくことだから記憶と言い変えてしまいそうになる。だけど全然違う。」

「意味わかんないわよ。」

「記憶はただの過去だから、別に上書きされてもいいさ。実際、人間は昔のことほど、美化して記憶する傾向があるからな。自然とやってることだ。だけど《常識》は絶対に変わらないし変えちゃいけないんだ。その者にとっての当たり前、ルール、常識……そういったものはその者をその者たらしめる部品だ。言いかえれば『らしさ』だ。数十年ぶりに再会した友人を『相変わらずだね』と感じるその部分だ。」

「……」

「もし、つばさが今『できない』と感じていることを『できる』と思えるように《常識》を上書きしてしまったら、その時に生まれるのはまったく違うつばさだ。今、俺の目の前にいるつばさと瓜二つだけど中身がまったく異なる人物になる! その変化の度合いはちょっとかもしれないし劇的かもしれない。けど確実に今のつばさは消える!」

「あによ。今までだって他の奴にこういう上書きはやってきたじゃない。そいつらも昔のそいつとは別人になってんの?」

「自分自身に行うことが危険なんだ。つばさは誰かに《変》を使う時、無意識に『あとで元に戻る』と思ってる。だから戻るんだ。だけど自分にやっちまうと元に戻してくれる存在がいなくなる!」

「……まじなのね……」

「……実際、前のつばさと後のつばさ……俺では気付けない変化かもしれない。だけど……恐らく、つばさの親友である雨上晴香あたりが感じると思うぞ。その違和感に。だからやめろ。」

 ……一度上書きしちゃったら、あたしは元の『できない』ことを『できない』と感じるあたしには戻れない。要するに、《時間》を止められる奴が自分の《時間》を止めたら誰がそいつを動かすのかって話。《変》はあたしだからあたしにしか上書き、修正はできない。今は……上書きしたあとに戻せばいいかなと思ってても、上書きした後のあたしが戻さなきゃと思うかどうかという話。まったく別人になってしまうのなら、そーゆーことが起こり得る。

「それじゃどーしろってゆ――」

 あたしがカキクケコにぶつけようとした言葉はカキクケコの胸の辺りから出現した物によって遮られた。

 それは針だった。裁縫用のサイズじゃなくて……身体を刺し貫ける程の大きさ。

「カキクケコ……?」

 カキクケコの胸から針が引っ込む。同時に赤い液体が吹き出した。

「ぐぁ……俺としたことが……」

「カキクケコ!」

 地面に前のめりに倒れ込むカキクケコ。広がる赤い……血。

「な……なにが……起こったのよ……」

「んんっふっふっふ。どうやら命中したみたいねぇ。」

 地面が振動して、ヘイヴィアの声が聞こえる。まさか砲弾が……? いえ、それは速水が止めてるわ。それじゃ今のは……

 あたしは慌ててカキクケコが立っていた位置を見る。そこにはちょうど、縮んでいく鋭い針をはやした石ころがあった。真っ赤に染まった石が。

「んんっふっふっふ。いきなり登場したから驚いたわ。《変》の傍に突然人間らしき《質量》……でもすぐに思い当ったわ。あんたらのお仲間、天使だって。」

「だ、大丈夫だ。この程度じゃ死なない……」

 カキクケコが自分に魔法をかけだした。だけどすぐに治るような傷には見えない……

「んんっふっふっふ。このくらいで充分かもね。」

 ヘイヴィアのその言葉と同時に、さっきから響いていた轟音が止んだ。

「っつ……花飾さん……?」

 両腕をダランとさせて速水があたしを見た。

「なんかしたんすか……?」

「まだ何も……してないわよ。」

「?……それじゃどうして攻撃が……って、カキクケコさんじゃないすか!」

 速水はほぼ瞬間移動って呼べるくらいの速さでカキクケコの横に移動した。

「何があったんすか!」

「そこの……石ころが変形して――」

 ……あれ……?

「んんっふっふっふ! 気づいてなかったのかしら? それとも気づいてても何もできなかったのかしら?」

 地面から響くヘイヴィアの声。ヘイヴィア自体はあたしたちがいる所からかなり離れてる。

「いくらすばしっこいっていってもねぇ……私が砲撃を外すわけがないわ。理解している? わざと外していたってこと。」

「! そんな……!」

 速水が驚きの表情を見せる。

「私はねぇ、見ただけで、感じただけでその物体の《質量》を操れるのよ。んんっふっふっふ、感じるっていうのはアレじゃないわよ? あんたらの居場所を突き止めている私の力のこと。地面に乗っかってる物ならなんであれ、私は感じ取ることができて、操れる。生き物以外だけど。実は私は――」

「速水。」

「なんすか?」

 地面からヘイヴィアの声はまだするけど、ヘイヴィアが言おうとしていることはわかった。

 地面に乗ってる物を感じ取る……一種のレーダーみたいなもんね。それに捉えられた物は《質量》のコントロールが可能。ここら辺のビル、全てを操れるんでしょうね。

 でもそれは意味が無い。元々の《質量》が何十トンもある物を数キロ重くしたとこで目立つ変形もできない。ヘイヴィアの力の利点は小さい物を瞬時に大きくできることなんだから。

 だから……わざと外して周りの建物を瓦礫っていう小さい物に変えていった。気付けばあたし達はヘイヴィアの武器に囲まれているってこと。

 ヘイヴィアの合図一つで周りの瓦礫すべてがあたしたちを貫く武器になる。もしやられたら絶対絶命。

 だけどそれは――

「ヘイヴィアは油断しているわ。」

「えっと……今、そのヘイヴィアが何かしゃべってるんすけど……」

「聞かなくていいわ。というか、これこそが勝機なのよ。」

「どういう……」

「あいつは自分のあの状態に絶対の自信を持ってる。当てられる砲弾を外したりしてわざわざ面倒な攻撃方法をやろうとしてるのは、あいつがあたしたちを格下だと思ってるから。」

「実際そうっすよ。オレの衝撃波はあんなのには効かないですし、花飾さんだってあんなのに閉じこもられたら《変》も使えない……」

「絶対の防御と相手の場所がわかる力。たぶん……いえ、はっきりと言えるわ。ヘイヴィアは外が見えていないわ。……見る必要がないと言うべきかもだけど。最低限、呼吸できる程度の穴だけ開けてあとは完全密閉よ。」

「《質量》の力でこっちの場所はわかりますもんね。でも、それが……?」

「そんなヘイヴィアも、焦ることがあるのよ。それがこれ。」

 あたしは血を流してるカキクケコを指差す。

「これって……つばさ、ひどいぜ……もっと優しくしてくれないのか? 俺はケガ人な――」

「なんでヘイヴィアはカキクケコを攻撃したのか。」

「そりゃあ……敵ですから。」

「あたしたちはこんなにじっくり時間かけて料理してるのに? カキクケコだけは登場と同時に攻撃されたのよ。」

「……カキクケコさんが……魔法を使うから!」

「そう……ヘイヴィアに直接攻撃をすることは無いにしても、あたしたちのサポートはできる。例えば……宙に浮かすとかね。」

「そうか、それをやられると居場所がわからなくなる。」

「そして、あいつは《変》と《速さ》には飛ぶ力がないと思ってる。それを覆してあいつを慌てさせる。ヘイヴィアをあの要塞から引張り出すわよ。」

「でも……どうやって。カキクケコさんがあんな状態なのに。」

 魔法に詳しくなくたってわかる。今のカキクケコは自分のケガを治すのに手いっぱい。

 飛ぶための魔法をかけるのは……あたしだ。

「……ねぇ、速水。水の上を走る方法って知ってる?」

「突然なんすか?」

「片方の足が着水したら、その足が沈む前にもう一方の足を前に着水させるのよ。それを繰り返す。」

「いやいや。無理ですよ。物理的にそんなこ――」


「どうして? それって、《変》じゃない?」


 速水が目を見開いた。そしてあたしを困惑顔で見た。

「ねぇ、速水。同じ理屈でさ、空気の上も走れるんじゃない?」

「……やってみます……というか、出来ないわけがないじゃないですか!」

 速水の姿が消えた。その数十秒後。

「……え……?」

 地面から響くヘイヴィアの困惑の声。

「落ちてこない!? ジャンプしたんじゃないの!? 《速さ》の《質量》がどこにもない!? まさか天使への攻撃が浅かった……」

 あたしは全力疾走、ヘイヴィアに迫る。

「! これは《変》の方……こっちに突っ込んでくる……《速さ》は……? 《速さ》はどこにいるの!」

 ヘイヴィアの《フェルブランド》に動きが見えた。たぶん、どこかに穴を開けて外を見ようとしている。それはちょっと待ってもらうわ。

「ヘェェイヴィアアアアアアアアッ!!!」

 あたしはありったけの声でそう叫んだ。ヘイヴィアにその声は聞こえたらしく、一瞬フェルブランドの動きが止まる。びっくりしたのかなんなのか知らないけど、その一瞬の躊躇であたしはヘイヴィアの目の前まで移動することができた。

「外が気になるかしら? でも残念、あんたがどっかに覗き穴を作ろうもんなら一瞬でそこに移動してあんたに《変》をかける!」

「んんっふっふっふ! それは無理だと思うけれど、そんなことをしなくてもいいのよ。《速さ》が何かしてくるにしても、私の《フェルブランド》を砕く程の力を出すことはできない。このまま待ってればあんたらの企み損! そしてその前に!」

 あたしがいる場所に面した壁から剣が生えてきた。

「砲撃だから近くに行けばくらわないと思ったのかしら? 甘いわ!」

 だけど残念、その剣が振るわれるよりも速くあたしは移動した。

「……!?……《変》も消えた……!?」

 ヘイヴィアの慌てる声が少し聞こえた。んま、そうよね。あたしは今速水の肩にかつがれてる。その速水は……空中を走っているんだから。

「す、すごいっすよ花飾さん。道が……見えない道が無数にある感じです。縦横無尽に駆け回れるっすよ!」

「んじゃ、その道で出来る限り加速しなさい。助走距離が長いほど、あんたの衝撃波はすごくなるんでしょ。」

「こんなに道があるんじゃあ……どこまで加速できるか、オレ自身にもわかんないっす……」

 待つべきはタイミング。ヘイヴィアはとりあえず周囲の状況を目で見ようとする。

 でもあたしの場所もわからないのにむやみに覗き穴を作って見ようとはたぶんしない。

 やるなら、最初に見せた鎧で身を包んで、あたしの《変》への対策を充分してから周囲を見るはず。

 だからってあの《フェルブランド》の中で鎧を着ることはないわ。鎧を着た状態で覗き穴なんか覗けないもの。

 つまり、あいつは鎧の姿であの中から出てくる……!

「花飾さん。」

「あによ。」

「ちょっと……一回離しますね。」

「は? あたしは空中を走れないんだけど……」

「こうします。」

 その時、あたしはなんかものすごい……Gを感じた。きっとスペースシャトルの打ち上げってこんな感じなんだわ。

「きゃあああああああああああああっ!」

 あたしはものすごい速さで空高く放り投げられた。尋常じゃない速さと高さ。

あ、あたし死ぬわ。

「……!」

 幸か不幸か、あたしの叫び声に反応したらしく、ヘイヴィアが予想通り鎧の格好で《フェルブランド》から出てきた。身体の大きさも同様に二倍くらい。小さな箱から巨人が出てきた感じね……

「!? 《変》が空中に……?」

 あたしも予想外なこの光景。空高くから落ちてくるあたしがいる光景。もちろん、空中を走る速水は見えない。速すぎて。

「んんっふっふっふ。何をしたのかわからないけど……恰好の的ね。」

 ヘイヴィアが剣を投げる体勢に入った。速水のことは気にしていないのね。速水の衝撃波じゃその鎧は砕けないと思ってる。確かにそうだったけど……今は――

「壊れちゃうような一撃をあげるわ!」

「そこまでです。」

ヘイヴィアの投てきの動きが止まった。いつの間にか速水がヘイヴィアの頭の上にいた。片手をヘイヴィアの頭に当てて……逆立ちの状態。

「な……」

 速水は頭の上から移動、落下してくるあたしをキャッチして着地した。

 ――ィィィ――

「速水……あんたどんだけ加速したのよ……」

「……かなり。」

 ――ィィイイイ――

「んんっふっふっふ。一体何がそこまでなのかしら?」

 ヘイヴィアはズンッと一歩踏み出してあたしたちを見る。

「オレたちの勝ちってことっす。」

 ――キイイイイイイイイイイ――

「ヘイヴィア、あんたの敗因はあたしたちを格下に見た事よ。」

「何を……」

「あんな要塞モードにならずに鎧でガンガン攻めてればよかったのよ。砲弾を当てればよかったのよ。わざわざあたしたちの周りを武器で囲んで……絶望するあたしたちでも見たかったの? あんたはあたしたちよりも戦闘経験がある。もしもあたしたちがあんたと同等の経験を積んでいたなら、あんたは初めから本気で来たんでしょうね。」

――キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!――

「…! この音!」

 ヘイヴィアが上を見上げた。それを合図にしたかのように、周囲の瓦礫が一斉に変形してヘイヴィアを覆う壁となった。

「無駄ですよ。速すぎて衝撃波が後から来るくらいなんすから。」

「普通はそうなのよ。」

 あたしと速水はその場からダッシュで離れる。次の瞬間――


 ズンッ!!


 空気をぶち抜きながら落下してきた衝撃波は組み上げられた壁をものともせず、超速という表現でも生ぬるい速度でヘイヴィアに直撃し、周囲の物体をチリに変え、その場に深さ十数メートルと思われるドでかいクレーターを作りだした。


「……だはぁー!」

 速水がその場で倒れた。両脚が痙攣してるのかなんなのか、ビクビクしてる。

「もう駄目です。しばらく歩けません。」

「……カキクケコは使いもんになんないし……他の天使に回復してもらいましょう。」

 あたしはクレーターの方を見る。中心には瓦礫に囲まれて大の字に倒れるヘイヴィア。気絶してるみたいね。

 ……なんか視界の隅っこに目を回すカキクケコが見えたけどまあいいわ。

「速水が動けないとなると……あたしも動けないわね。あたし一人じゃ何もできないし。とりあえず一度休憩かしらね。」

「そんな呑気なこと言ってて大丈夫なんすか?」

「大丈夫よ。晴香が言ってたでしょ? 奥の手があるから全力で戦えってね。」

「ああ、そういえばそうでしたね。なら安心です。」

 何でかわかんないけど、速水は晴香のことをかなり信頼してる。天文部時代に何があったのやら。

「……交差点からかなり離れちゃったけど、他のみんなはどうなってるのかしら。」

第五章 その4へ続きます。

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