Revellion&Egotistic その2
第五章 その1の続きです。
「ジューター! あたしが来たぞ、バーカ!」
ルーマニアと連絡をとってから数分後、私はそんな声を聞いた。
「晴香! あれ!」
翼が窓の外、校庭を指差す。見ると真ん中に一人の女性が立っていた。
手入れをしていないことがまるわかりの思い思いに広がる銀髪。きれいな白い肌。白いワンピースに白いジャケットを来た……それだけなら女優さんみたいな雰囲気のその人は全身に紐を巻きつけていて、そこに大量のメガネをぶら下げている。
「ジュータって力石くんのことだろう? ということはあいつが……」
「ルネット・イェクスですね……」
なんてことか。学校に鴉間組の一人がやってきたのだ。
「ここにいることはわかってんだ、バーカ! さっさと出てこいよっつー話だ、バーカ!ついでに他の三人もだぞ、バーカ!」
私、翼、しぃちゃん、そして力石さん。四人の通う学校くらい把握しているか。むしろ今までこうやって来なかったことが不思議なぐらいだ。
「どうすればいい!? 晴香!」
しぃちゃんが私に問いかける。ここで出ると面倒なことになることは確実だ。でも出なければルネットが攻撃をしかけるかもしれないし……私は何を優先するべきなんだ―――
『雨上!』
その時、ルーマニアの声が響く。それと同時に校庭にムームームちゃんが現れた。
『今屋上にいる! 三人とも教室から抜けてこっちに来い!』
私は二人に目配せをし、みんなが校庭に注目している間に教室から出た。階段を駆け上がり、屋上に出る。そこにはルーマニアとカキクケコさん、そして速水くんがいた。
「速水くん!?」
「ルーマニアに途中で拾ってもらいました。オレも戦いますよ!」
速水くんの《速さ》は実際とても頼りになる。心強い味方だ。
「十太! 戦うよ!」
校庭でムームームちゃんが叫ぶ。下を見るとムームームちゃんの隣に力石さんが瞬間移動で出現した。一部の教室からざわめきが聞こえる。
「ルーマニア! どうするんだ!?」
「ムームームの奴が任せろと言ってたが……ここは場所が悪すぎるからな……なんとかルネットを移動させねーとマズイ。《ネオ・ジェネレーション》の方はクロアとアザゼルが対応してる。」
「わたしたちはどうすれば―――」
しぃちゃんがそう言った時、校庭にいるルネットが叫んだ。
「おおー、見えてんぞ、バーカ。屋上に集まってんのがっつー話だ、バーカ。」
見るとルネットがこちらを見ている。
「とりあえずあたしはジュータ以外興味がないんだ、バーカ。んでもってチョアンの奴から伝言があるっつー話だバーカ。」
「チョアン……? 誰のこと言ってんだ?」
「名前の響き的に中国人っぽいわね。」
「『《金属》・鎧鉄心。あなたが青葉と戦った交差点で待つアル。』っつーわけだ、バーカ。」
それを聞いてしぃちゃんが表情を変えた。たぶんチョアンというのがしぃちゃんが出会った中国人の名前なのだろう。
「あんな風に言われたら……行くしかないな……」
「罠……かもしれませんよ、しぃちゃん。」
「それはないと思うんだ。一回会ったからわかるんだが、あの人は戦うことが好きな人だ。」
しぃちゃんは初めて家に行った時、剣道場で見せた武士の表情でこう言った。
「傍から見れば……そう、戦闘バカみたいに言われることがあるだろう。でもわたしにはわかる。あの人の気持ちが。『武』の世界でそれなりの実力を持つと思うんだよ……強い人と戦ってみたいって。あの人は一対一の真剣勝負を仕掛けてくるよ。」
「んま、実際に戦ったことある鎧が言うんだからそれが正解なんだろうぜ。」
ルーマニアが肩をすくめる。
「だがな、その交差点っつーのは今がいて、アザゼルたちもいる場所だぞ? まさかそのチョアンってのが全員倒して待ってるってのか?」
「鴉間が集めた精鋭の一人なんでしょ? あり得なくはないと思うわ。」
翼が腰に手を当ててため息をつく。
「だから、あたしも行くわ。」
「翼……」
「ぶっちゃけここにいてもね……あたしには直接的な力がないから。なら雑魚だけど面倒な《ネオ・ジェネレーション》がうじゃうじゃいるそっちの方がまだ役立ちそうよ。」
「よし! なら俺が鎧とつばさを連れていくぜ!」
カキクケコさんがドンと自分の胸を叩く。ルーマニアが頷くのを確認すると、カキクケコさんはパチンと指を鳴らす。すると翼としぃちゃんの足元が光り出す。
「魔法で飛んでくぞ。」
「それじゃ……行ってくるよ、晴香。」
「晴香は鴉間をちゃんとやっつけてよね!」
そう言って二人はカキクケコさんと共に数十センチ浮いたと思うとすごいスピードで飛んで行った。
「さて……私たちはどうする?」
「戦場を移動させたいが……良く考えたらあのルネットってのはテレビ局を襲撃したり、野次馬を殺したりする奴なんだよな。たぶん力石が何言ってもここで始めるだろうな……」
「それじゃ、オレたちは。」
速水くんが私を見る。
「そうだね……学校から生徒と先生を避難させよう。」
私は《C.R.S.L》の手帳を取り出す。
「これを見せれば私たちは私たちに見えないから……たぶん、みんなきちんと指示に従ってくれる。」
「そうだな。とりあえずそれだな。……あの裏口みたいなとこから連れ出すぞ。」
ルーマニアが後者の裏を指差す。
「わかった。のんびりもしてられないから……テキパキ行こう!」
私は階段へ向かって走り出し、二人もそれに続いた。
なんだか学校のみんなが騒がしくなった。
「ルーマニアたちが生徒の避難をさせてる。」
ムームームがそう言うとルネットが笑いだした。
「あっはっは! 賢明だな、バーカ! あたしはジュータがいれば満足だが……少し残念でもあるっつー話だ、バーカ。」
「何が残念なんだ?」
「ジュータがいるからここに来たのは確かだが……もう一つ理由があるんだよ、バーカ。あたしを楽しませてくれる可能性がここにはあるっつー話だ、バーカ。」
「楽しませる……?」
「あたしが考えるあたしと戦える奴が……ここにはいるんだよ、バーカ。」
先輩たちのことか。雨上先輩は第三段階だし、鎧先輩は単純に強いし、花飾先輩も感情系。どの人もすごい力を持ってるしな。
というか……こいつも戦いが好きな部類の人間なのか? 言葉の意味を単純に考えるならそうなるんだが……なんか違う気もするんだよな……
「さてと、んじゃ始めんぞ、バーカ!」
あの、何かが収束する感覚。オレはムームームの腕を引っ張りながら横に移動。その後、地面に穴があく。
「結局なんの予想もなく戦いになっちまったな、ムームーム。」
「そうだね。でもさっきの言葉……戦える奴がここにいるっていうのも大きなヒントだよね。」
「くっそー……つまりは戦いながら考えるしかないわけだ!」
オレはムームームの手を離し、ポケットの《ルゼルブル》に触れる。
エネルギー変換。熱エネルギー → 運動エネルギー
地面から数センチ浮いた状態でルネットの方に高速移動。《ルゼルブル》に蓄えてある熱エネルギーは充分な量だ。《エネルギー》には困らない。困るのは……
「あっはっはっは!バーカバーカ!」
感じる何か。その瞬間に方向を変える。一瞬前にオレがいた場所に放たれる何か。
《エネルギー》のゴッドヘルパーのオレが感じるんだからそれは《エネルギー》に間違いない。ムームームの特訓もあってどの《エネルギー》がどういう感じのものかというのはわかるようになった。でも、ルネットが放っているそれはイマイチわからない。今まで生きてきた中で一度も感じたことがない……というわけではない。感じたことはあるはず。なのに何故わからないんだ?
「さーてさて、お楽しみーっつー話だ、楽しめよバーカ!」
ルネットは楽しそうに身体に巻きついているメガネをとる。
「赤色は~♪」
オレが避けた後、そこには半円状にえぐれた地面。
「青色は~♪」
上に瞬間移動したオレの足元には、ドでかい剣でぶった切ったかのような切り口が地面に刻まれる。
「斬撃……」
オレの腕の中で(脇にかかえている)ぼそりとムームームが呟く。
「黄色は~♪」
あわてて移動するオレが一瞬前にいた空間が爆発する。
「緑色は~♪」
爆風にあおられながらも体勢を立て直してすぐに回避行動。一拍遅れて学校の時計が消滅し、そこから校舎を貫通する穴があいた。
「芸達者だなぁ、おい!」
「褒め言葉、ありがたく受け取んぞ、バーカ!」
とりあえず、逃げるだけじゃ勝てない……なんとかしないと。
「あたしはなぁ! お前との戦いが楽しみでしょうがなかったんだぞ、バーカ。だから普段やらない『調査』なんてしちまったよ、バーカ!」
「調査?」
オレはルネットの前に着地する。ルネットは両手を広げて堂々と告げた。
「お前は、上下方向には瞬間移動できても横方向にはできないんだろっつー話だ、バーカ!」
……ルネットの言う通り。オレは横への瞬間移動はできない。
《エネルギー》の一つである位置エネルギー。これは重さと重力と高さで決まる。重さはつまりオレの体重で、重力は地球からの力。この二つは不変だ。だから、《ルゼルブル》から得た熱エネルギーを位置エネルギーに変換すると、オレの高さが瞬間的に変わることになる。
それに対して運動エネルギーというものがある。これは動いている物体が持つ《エネルギー》でその値は重さと速さで決まる。《ルゼルブル》の熱エネルギーをこれに変換すると、オレの速さが変わることになる。
故に、上下には瞬間的に移動できるのに対して横には高速移動がやっとになるわけだ。
「逃げ回るには中途半端な力だっつー話だ、バーカ!」
「《エネルギー》の使い道は……移動だけじゃないさ!」
オレは校庭の砂を蹴りあげる。
「行け!」
《ルゼルブル》の熱エネルギーを運動エネルギーに変換し、蹴りあげた砂の一粒一粒に与える。運動エネルギー、つまりは速さを得た砂は弾丸のようにルネットへと飛ぶ。
一つ一つは小さくて威力はないが、集まれば砂嵐も同然だ。
「あっはっは! バーカ!」
ルネットはピョンと後ろに飛びながらポケットからコインをとりだして自分の前に放り投げた。次の瞬間、そのコインが爆発して砂を吹き飛ばす。逆にこっちに飛んでくる砂。
「障壁!」
ムームームが手を前に出すとオレの前にバリアーみたいなのが張られ、砂を防ぐ。
「くっそ!」
オレは砂煙から脱出。……一度退く!
「砂が邪魔っつーんだよ、バーカ……」
オレとムームームは砂煙で見えない内に、校舎の中に移動した。
「……どこ行った? かくれんぼって歳でもねーっつーんだよ、バーカ。」
ルネットも、ニヤニヤしながら校舎へと入ってきた。
まずい。このままじゃすぐに負ける。なんとか対策を……
「ムームーム。なんかわかんねーか? あいつの《常識》……」
オレとムームームは雨上先輩の教室に移動した。いつのまにやら生徒は一人もいない。たぶん、速水がスピードをあげたり、ルーマニアが魔法を使ったりして移動させたんだろう。ありがたいことだぜ。
「考えるんだよ十太。それなりにあいつも手の内を見せてるはず。分析だよ……」
「分析……か。」
リッド・アークとのバトルん時の雨上先輩の作戦はすごかった。あれくらいのアイデアとひらめきがあればなぁ……
「まず、十太が感じているんだから《エネルギー》ではあるよね。《エネルギー》にはどんなものがある?」
「えぇっと、運動、位置、弾性、化学、熱、光、電気、音……アインシュタインの相対性理論的には静止エネルギーってのもある。」
「その中で……あんな爆発を起こしちゃうようなモノ……あ、いや……これはゴッドヘルパーの上書きでどうとでもなるね。問題は十太が感じているのにそれがわからないってことだね。」
「そうだぜ。なんでわかんねーんだろう?」
「例えば……その《エネルギー》の量が微量だからとか……」
「それか……普段あまりに当たり前に感じてるからわからないか……」
「普段感じてると言ったら……太陽だよ。熱と光は常に感じてるはず。」
「でもさ、熱は……さすがにわかる。温度っでいうモンがあるから。一番感じやすいはずだ。」
「じゃあ光?」
「それも違うと思う。そもそも《光》は……相楽っていう人だろ?」
相楽光一。雨上先輩の先輩。《光》のゴッドヘルパーで、雨上先輩の最初の敵。今は記憶を無くして普通に生活している。
「《光》じゃなくても光エネルギーを使えるゴッドヘルパーはいるよ。」
「……仮に光エネルギーだとしても……感じ方が弱すぎる。ろうそくの灯でもオレは光エネルギーを感じとれる。なのにこんなに弱い感じ方……光だとしたらその光源に検討がつかない。」
光るモノっていうのは明るいことが目的なんだからそれなりに光エネルギーを発する。ルネットが何かを発射する前にオレが感じているモノが光エネルギーだとしたら……その光源は何万光年と離れたとこにある星の光以下だ。あまりに小さすぎる。
「だいたいそんな微少な光を操るゴッドヘルパーってなんだよ……」
「そうだね……またふりだしだ。」
「ずいぶんとお悩みだな、バーカ。」
オレとムームームが隠れていた教室の隅。そこから対角線上にある教室の入り口にルネットが立っていた。
まずい! 考えるのに忙しくてまわりを見てなかった!
教室の隅。そこはつまり逃げ場がない……!
「紫色は~♪」
ルネットが今かけているメガネを指差す。紫色のレンズのメガネだ。
「この建物には今ジュータたちしかいないからな、これですぐに見つけられるんだ、バーカ。」
言いながらルネットはメガネを黄色いモノに変える。
「さぁ……この状況をどう切り抜けんだ、バーカ!」
収束する何か。メガネの色で起こることが変化するなら、黄色は爆発。
なら一か八か! 《エネルギー》を奪う!
「くっそぉぉおっ!」
ドガァン!
オレとムームームがいた場所そのものが爆弾に変化したかのように、超至近距離で破裂する爆発。鼓膜を震わせる轟音。肌を波打たせる衝撃。
そしてオレたちは落下した。
「あん? ちょっと加減を間違えたぞあたしっつー話だ、バーカ。」
「いっつ……」
頭がグワングワンしている。背中も痛い。
「十太! 大丈夫!? 動ける!?」
「なん……とかな。」
オレは上を見る。そこにはぽかりと大きな穴があいていた。
オレたちがいたのは四階。つまりここは三階の教室だ。爆発で床が砕けたらしい。落下した時に頭を打たなくてよかった。
「よく生きてるな……オレ。」
「とりあえず動くよ! あの穴の傍にルネットがいるんだから! 上から狙われる!」
言いながらオレをひっぱって教室からでるムームーム。
至近距離での爆発。たぶんムームームがとっさに障壁を張ってくれたんだろう。でなきゃ生きてられるわけがない。
「助かったぜ、ムームーム。」
「それはこっちのセリフだよ。十太が爆発の《エネルギー》を吸収してくれなかったら危なかったよ。障壁を張る時間もなかったしね。」
「……え?」
ムームームは障壁を張ってない? そんなバカな。それだと……オレが爆発の《エネルギー》をほとんど奪ったから助かったってことになる。
「ムームーム……マジで障壁を張ってないのか?」
「? 何言ってるの?」
走りながらムームームは不思議そうな顔でオレを見た。
オレは手を開いたり閉じたりしながら、あの爆発が起きた時にオレが奪った《エネルギー》の量を確認する。
……爆発だぜ……? ろうそくがポッと灯るのとはレベルが違う。それが火薬を使うのであれ、薬品を使うのであれ、そこに発生する……いや、必要な《エネルギー》はかなりデカい。床を砕くような爆発なら当然、それ相応の《エネルギー》がいる。
なのになんで……オレが奪った《エネルギー》の量はこんなに少ないんだ?
待て……さっきムームームも言ってた。爆発そのものを引き起こすのは《常識》の上書きで引き起こすことができるから……《エネルギー》の問題ではないって。
つまり、あいつが放っている『何か』が持っている《エネルギー》が少ないってことだ。
再び奪った《エネルギー》の量を確かめる。やっぱり少ない。
種類で言えば……光エネルギーに近い。だけどこの量じゃ電球の明るさにも届かない。
明かりと感じられないほど微量な光エネルギー。
メガネで変わる効果。
《エネルギー》のゴッドヘルパーであるオレがこうやって直に手にしないと種類がわからないほど……普段から感じすぎているもの。
「……まさか……」
オレは立ち止まった。引っ張っていたムームームがオレの急停止のせいで少し宙に浮く。
「どうしたの、十太。」
多少焦り顔でオレを見るムームーム。
「……試してみたいことがある。」
「! 何か気がついたんだね?」
オレは頷き、まわりを見まわす。
「……よし……」
そしてオレは男子トイレに入った。
あたしと鎧はあの交差点に到着した。そこには《ネオ・ジェネレーション》の連中と、それの対応にやってきたアザゼルとクロアを含む《C.R.S.L》と、鎧をここに呼び出したチョアンという鴉間組の一人がいるはずだった。
実際、そいつらはいた。だけどあたしたちの予想とは異なる状況だった。
倒れ伏しているのはたぶん《C.R.S.L》の面々。天使とゴッドヘルパーの組み合わせが何組かいるけれどその全員が倒れている。
そこから少し離れたところにはアザゼルが立っていて、傍には山みたいに積み上げられた瓦礫。クロアの姿は見えない。
交差点の真ん中あたりで、あり得ない方向を向くか欠損している自分の身体の一部をおさえながらゾンビみたいなうめき声を上げている《ネオ・ジェネレーション》。
そして、倒れている《ネオ・ジェネレーション》の連中の真ん中で立っている人間がいる。
赤いチャイナドレスを着て腕を組んでいる女。両脇に少し大きめのアタッシュケースを置いていて、あたしたちの到着を見て笑顔になった。鎧の表情が少し変わったから、たぶんこの女がチョアンとかいう中国人ね。
そして、あたしたちの予想の中にはいなかった人物がチョアンの横に立っている。
男の子か女の子かよくわからない容姿の子供。一瞬人質か何かと思ったけどそうじゃないみたいね。なぜならその子はさらに隣に立っている男と手をつないでいるから。
真っ黒なスーツに身を包み、サングラスをかけ、髪をオールバックにしているその男の名前は鴉間空。あたしたちの最大の敵がそこに立っていた。
「あ、誤解しないでほしいアル。」
最初に声を出したのはチョアン。
「ワタシはあなたと一対一をするつもりアルヨ、鎧鉄心。」
名前が出た鎧は軽く深呼吸した後、声を張り上げて言った。
「それはわかっている。あなたは武人だ。だから尋ねよう、なぜそこに鴉間がいる。」
「それはっすねー。」
間延びした声で鴉間が答える。
……変ね。メリーさんが教えてくれた情報と違うわ。メリーさんは、第三段階になったって話をした後、鴉間が負ったであろうダメージを推測してくれた。
メリーさんと……ディグだったかしら? その二人との戦闘で鴉間は《空間》という《常識》が存在する以前の世界を体験したことで身体のどこかが消滅しているはずらしいのよね。腕がないとか、脚がないとか。
だけど、目の前にいる鴉間は五体満足。一体どういうことなのかしら?
「あっしの作戦のためっすよ。」
「……作戦?」
鎧が身構える。
「あっしからしたら……そちらのみなさんはもちろんすけどサマエル様も倒さないといけないんすよ。なのにサマエル様は隠れたまま。これはイカンすよね?」
言いながら鴉間は横を指差した。指の方を見ると、そこには野次馬に混じってテレビの撮影で使うようなカメラを持った人が見えた。ようはマスコミね。ま……こんだけの騒ぎだし、テレビ局の一つや二つ……
「きっとあのカメラの向こうにはこの交差点の光景を興味深く見ている人がいるっす。あっしはその人達にメッセージを伝えに来たっす。」
メッセージ……?
「聞くっす!」
そこで鴉間は声を大きくした。
「あっしは鴉間空! 超能力者っす!」
? なに言ってんの……こいつ。
「あっしもねぇ、超能力者こそが新しい時代の担い手だと思ってるんす。《ネオ・ジェネレーション》の思想は素晴らしいっす! でも、ただの人間に貧しい奴とリッチな奴がいるように、超能力者にもピン、キリがあるっす! 例え超能力者でも雑魚は雑魚! いらないっす!」
言いながら鴉間は指をパチンと鳴らす。すると鴉間のまわりに転がる《ネオ・ジェネレーション》の連中の身体が……真っ二つになった。
思わず目をそむけたあたしの耳に響くのは野次馬として集まった人たちの悲鳴。
噴き上がる鮮血の中、鴉間は両腕を広げて叫ぶ。
「あっしは《空間》を操る力を持っているっす! どこであろうと一瞬で移動し、一瞬で相手を殺せるっす! 今からあっしは……有能な超能力者だけを残して、他を全て殺すっす!」
!? 何それ!
「今テレビを見ている奴! あっしはお前の元にも行くっす! 死にたくなかったら有能な超能力者として目覚めるっす!」
鴉間……何が目的なのよ……!?
「! マズイぞつばさ!」
カキクケコが叫んだ。
「今のがテレビで放送されたなら……それを観た奴は必死で自分が超能力者であることを願う! 一気に第二段階が増える!」
「! まさか、《常識》を発動させてサマエルをおびき出すっての!?」
でもそんなに上手く……いや、あり得るわね。
鴉間組の一人と思われる力石が出会った奴。あいつはテレビ局を襲撃したりしていた。これによって超能力者への恐怖は確実に植え付けられている。
そして、《ネオ・ジェネレーション》という超能力者の組織をカメラの前で殲滅。本気であることもアピールした。効果は充分!
「……! 晴香!」
あたしはとっさに親友に連絡をとった。
私は先輩と戦ったあの公園にいた。
とりあえず、《C.R.S.L》として生徒を避難させた。速水くんの《速さ》の力で生徒の移動速度を上げて迅速に移動させ、ルーマニアが魔法でつくりあげた……ワープトンネルみたいなのに全員を誘導した。そのトンネルの先があの公園だったわけだ。そこからは、生徒全員に学校から出来るだけ離れるように指示をした。蜘蛛の子を散らすみたいに逃げていく生徒たち。瞬く間に、公園にいるのが私と速水くんとルーマニアだけになった。
「力石さんは大丈夫かな。」
「鎧さんと花飾さんも心配ですね。」
「雨上、どうする?」
ルーマニアはさも当然のように私に尋ねてきた。
「……私よりもルーマニアの方がこういうのには慣れてるんじゃないのか?」
「オレ様はいつも敵の最高戦力の相手をしていたからなぁ……」
「そうか……」
交差点には結構な人数がいるはず。なら力石さんの援護に戻るべきか。それとも相手の次の一手に備えるか。
……なんでただの高校生の私がこんなこと考えてるんだ? 使えない悪魔の王様もいたもんだ。
『晴香!』
そこで翼の声が頭に響いた。ルーマニアの腕輪による連絡だ。
「花飾だな? どうした。」
『まずいことになったのよ!』
「しぃちゃんが劣勢なのか?」
『まだ戦ってないわ。そうじゃなくて、ここに鴉間がいんのよ!』
鴉間が!? そりゃどこかの場面で登場するとは思ったけど……もっと最後かとばかり。しかも交差点にいる? 《ネオ・ジェネレーション》を直々に倒しに来たのか?
『しかもあいつ、テレビのカメラの前でとんでもないこと言ったのよ! 有能な超能力者以外を殺すって!』
「鴉間が? なんの目的があってそんなこと……それに鴉間が言った所で影響力が無さ過ぎるだろう。誰も知らないんだから。」
『あいつ、《ネオ・ジェネレーション》の連中をカメラの前で……全員殺したの! 自分は超能力者だ、今テレビを見ている奴だってすぐに殺せるって言ってね!』
「……つまりこういうことか? 鴉間の奴はテレビを見ている奴を脅したと? するてぇと何が起きるんだ?」
ルーマニアが私の方を見る。私はあごに手を当てて答えた。
「……テレビを見てる人が……超能力者になろうとする……」
「マジか!?」
「今までは超能力者が犯罪者みたいに扱われていたから良かったけど……鴉間の行動によって……逆にみんなが超能力者になりたいと思う……! 死にたくないからな……」
私はごくりとつばを飲み込んだ。
「第二段階が急増する……!」
「! 《常識》のゴッドヘルパーを発動させようとしてんのか!」
「サマエルをおびき出すのが狙い……だろうな。」
「サマエルが《常識》を手に入れても……《空間》の力なら対抗はできる。だがよ、もしもサマエルが手に入れるのを……例えばオレ様たちが阻止したら、《常識》が発動して総リセットだぜ!? もちろん《空間》の力もなくなる。《C.R.S.L》がかなり集まってるのにやるってのはだいぶリスクが高いのにな……」
そうだ……ルーマニアの言う通りだ。サマエルを倒すためにいずれは取る行動だろうけど……それをするのが今というのはおかしい。何か裏があるような気が―――
「先輩!」
速水くんが突然叫ぶ。見ると速水くんは交差点の方を指差していた。それに従ってそちらを見た私は目を疑った。
交差点がある場所、その上空が真っ赤に染まっているのだ。ペンキがぶちまけられたような赤ではなく、赤いライトで上の方から照らしているような光景。夕焼けなどではない……もっと鮮烈な……宝石のような赤だった。
「なんだあれ……ルーマニア。」
私はルーマニアを横目で見る。ルーマニアの顔は驚愕の表情だった。
「まさか……こんなに早く効果が表れるなんて……マジかよ……」
「ルーマニア……?」
私が呟くとルーマニアは赤く染まる空の少し上を指差した。
真っ赤な光。その光源が降りてきたのだ。空に少し浮いていた雲を見えない圧力で押しのけながら、とんでもない輝きを放つ赤い物体がゆっくりゆっくり地面に近づいてくる。形は球。かつて先輩が作り上げた光の球体に近い。
「まさか……ルーマニア、あれが……」
赤い物体が下降をやめる。ある程度の高さで停止したそれの後ろに、突然巨大な模様が浮かび上がった。音々が魔法を撃つ時に出現する魔法陣のようなそれは赤い物体を中心にして広がる。そして、まるで数珠のように、その魔法陣の左右にも同じような魔法陣が出現、さらにその隣にも出現していく。
まるで、この星を魔法陣の数珠で縛るように。
そして、ルーマニアが呟く。
「……《常識》のゴッドヘルパーが……発動した……!」
ドゴォン!
遠くの方で何かが爆発したみたいな音が響く。
「!? なんだ!? これも《常識》の……?」
「いや、違う!」
ルーマニアがバッとふりかえった。
「この魔力、サマエル!」
ルーマニアの視線の方を見る。そこには、空間に巨大な魔法陣が出現し、その真ん中から光の槍が飛びだすという光景があった。光の槍は一直線に赤い物体……《常識》のゴッドヘルパーに向かう。
「一点集中した魔力の壁! 一気に《常識》まで行くつもりか、サマエル!」
言うや否や、ルーマニアは光の槍を追うように飛んで行ってしまった。
「ル……」
『雨上は交差点に行け! 鴉間を頼むぞ!』
「……わかった。」
わかったけど……交差点まで遠いなぁ。
「……」
私は隣でポカンとしている速水くんを見た。
晴香に連絡を入れた数秒後、空がよくわからないことになった。と思ったらどっかから光の槍が飛んできた。それを見た鴉間は消え、光の槍の前に出現してそれを止めた。
ちょっとちょっと、一度にいろいろ起きすぎよ……
「ちょっとした『久しぶり』じゃないっすか? サマエル様!」
「いいのか? オレを止めてる間にお前の力はリセットされるぞ!」
「そんなソッコーでリセットされないっすよ。あっしにはわかるっす!」
「ほう、そうか。前回の発動の時、オレはルシフェル様と天界で戦っていたからな、発動するまでの時間などは知らなかったんだが……いいことを聞いたな。」
「知らずに突っ込んできたんすか。やるっすね!」
鴉間の手前で止まっていた光の槍はそこで消える。と同時にそこから結構な人数が降ってきた。そいつらは全員華麗に着地を決め、最後にサマエルが降り立つ。
交差点のど真ん中には血の海に立つチョアンと子供。そして瞬間移動で戻ってきた鴉間。
不自然に詰まれた瓦礫の傍にはアザゼル。
アザゼルからそんなに離れていない所にあたしと鎧。
あたしたちのちょうど真正面、鴉間たちを挟んだ反対側に……サマエル組。
そして―――
「サマエル!」
遅れて空から降りてきたのはルーマニア。
「おお、ルシフェル様。ご覧ください、あれが《常識》のゴッドヘルパーです。すばらしい輝きではありませんか。」
「サマエル、お前はオレ様たちが止める!」
「どうでしょうか。この場には最強とも言えるゴッドヘルパー、鴉間がいます。発動してしまったからには……鴉間は私に《常識》を手に入れてもらわなければ困る立場です。リセットされますからね。つまり、それまでは少なくとも私を助ける。しかしそちらの戦力と言ったら……せいぜい《天候》でしょう? メリーもまともに戦えなくなった今、私を邪魔する者はいません。」
「あんまり雨上をなめないでもらいたいもんだがな……結局鴉間は《常識》を手に入れた後、お前も倒すぞ。」
「倒せますかね。私はそのために戦力を集めたのです。」
サマエルがパチンと指を鳴らす。降りてきたサマエル組の中から一歩前にでる奴がいた。女ってことは顔つきでわかる。だけど男装してる変な奴。結構美人ね。
そんでもってもう一人、交差点にある建物の一つから何事もなかったかのように堂々と登場した男。神父の格好して首からアクセサリーをめっちゃぶらさげてるそいつは見たことがある。
「ディグとヘイヴィア。この二人と私がいれば鴉間も目ではありませんよ。」
「なんか安く見られたもんすね。」
鴉間がため息をつきながら呟いた。そしてディグに手を振る。
「その節はどうもっす。」
「いえいえ。」
ディグも本当にいえいえと手を振った。なにこれ? て言うかあの神父さんてメリーさんと一緒にいたんじゃなかったっけ?
「混戦極まる状態だな。」
そこで鎧が呟いた。んま、確かにそうね。サマエルは《常識》を手に入れたい。鴉間は是非手に入れて欲しい。あたしたちはそれを阻止したい。サマエルは……なんか魔法とか使うみたいだし、ルーマニアとかアザゼル(あとカキクケコ)に任せるとして……あたしたちは鴉間組とサマエル組の相手……? ちょっと重すぎる気がするわね。てか無理よ!
晴香助けてー。
交差点の方を見ていた私に速水くんが話しかける。
「……どうしますか、先輩。」
「……どうしようか。」
ルーマニアが全力でサマエルを追ったことは別にいいんだけど私たちが困ったことになった。私たちも交差点の方に行かなきゃいけないのだけど移動手段がないのだ。
「速水くんにまた速くしてもらえばいいか……」
「でも先輩。速く動けるだけで交差点まで走った分の疲労はガッツリ来ますよ。」
今いる場所から交差点まではキロ単位で離れている。私にそんな体力は……
「ああ、そうか。何のための作戦だ。」
「先輩?」
「いや、何とかなりそうだよ。速水くんは携帯持ってる?」
「今の時代、携帯持ってない学生は皆無ですよ、先輩。」
速水くんはポケットから水色の携帯を取り出して見せた。……私が買ったのはつい最近なんだけどな。
「それじゃあこの番号に連絡して。緊急事態ってことはわかってると思うからすぐに来てくれると思う。その後は交差点の方に行って。」
「力石先輩は……」
「ムームームちゃんが言うに、あのルネットってゴッドヘルパーの攻撃をかわせるのは力石さんだけなんだと。私たちが行くと逆に足手まといかもしれないよ。」
「そうっすか。先輩は?」
「友達を呼んでくる。というわけで《速さ》の力をよろしく頼むよ。」
私がそう言うと、速水くんは五秒ぐらい静止してからこんなことを言った。
「知り合ってから数年、やっと先輩のパンツを見れるんですね!」
「……何がどうなってそうなるんだ?」
「だって先輩、この後その友達を連れて交差点の方に行くんですよね? それで先輩の敵といったら《空間》になるわけっすから空中戦じゃないですか。その格好ならパンツ丸見えですよ。」
私は今の自分の服装を見る。もちろん、制服だ。スカートだ。
「考えが及ばなかった……というか普通は及ばないか。ありがとう、速水くん。着替えてから行くよ。」
「うぇっ!? そのままでいいのに……」
ひどくガッカリした速水くんは私の頭に手を置く。すると私の身体が私のそれじゃないみたいに軽くなった。
「それじゃまたあとでね。」
「言わなきゃよかった……」
そんなセリフを残して速水くんは視界から消えた。
私はとりあえず自宅の方に走る。……とは言っても公園から家までそんなに距離が無いから今の私には一瞬だった。
堂々と玄関から入るとたぶんお母さんに呼びとめられるから……ルーマニアがよく来る窓から部屋に入ろう。最近は暑いから常に窓を開けているのだ。
「自分の部屋に侵入か……」
一応まわりを確認してから、風を使って舞い上がり、窓の高さまで来たら網戸を開けて中に入った。風のせいでスカートがめくれた。速水くん言う通り、この格好で戦ったら危なかったなぁ。
念のためそろりそろりとクローゼットを開けて服を取り出す。
着替えながら、私は今の状況を考えた。
《常識》のゴッドヘルパーを鴉間が発動させた。目的はサマエルをおびきだして倒すこと。ただ、発動してしまったのならサマエルが《常識》を《ゴッドヘルパー》の力で手に入れないと鴉間は困る。なぜなら自分の力がリセットされるからだ。
前にルーマニアは言った。あのサマエルが、従えているゴッドヘルパーたちと共に、全力で発動した《常識》を取りに行ったら止められないと。ルシフェルたるルーマニアとアザゼルさんの力を持ってしても止められないわけだ。
だけど、窓の外には未だに赤い輝きが残っている。ということはさっき光の槍の形で飛んで行ったサマエルは《常識》をまだ手に入れていないことになる。ルーマニアたちが止められないと言ったサマエルは誰かに止められた、ということになる。
考えられるのはもちろん鴉間だ。《空間》の力なら魔法を使うサマエルも止められるかもしれない。
でも……そうだとしたら何で「止めた」んだろうか。サマエルが《常識》を手に入れないとリセットされるのに。
考えられる理由は、《常識》を手に入れたサマエルを倒せるかどうかわからないから。《常識》の中には私たちの世界では存在しない《魔法》とかのシステムが含まれているらしい。これを手に入れたサマエルはものすごく強くなるのかもしれない。
《常識》が発動してからリセットを終える間の時間に倒すつもりなのか? さっき私が《天候》の力で風を起こせたことから、まだリセットされていないことがわかる。だから、発動したら即リセットというわけではないことは推測できる。もしかしたらサマエルと一戦できるくらいの時間はあるのかもしれないな。
……もう一つ考えられる理由は……鴉間が《常識》を手に入れようとしているということ。第三段階の《空間》の力なら可能かもしれない。
どちらにせよ……やっぱりタイミングがおかしい。結局、鴉間が戦う相手はサマエルなわけだから邪魔になる私たちはできればいない方がいい。日本に《C.R.S.L》が大勢来ていることがわからないわけはない。どう足掻いても今日発動してしまうとしてもその引き金を鴉間が引く理由がない。
逆に私たちにサマエルを倒させるつもりなのか? でもそれじゃあ……主人公になれない。鴉間の行動原理に反する。
違和感は残る。だけど……とりあえず行くしかないか。
「どうなってんの! 状況を報告しなさいよ!」
天界、突如関東上空に出現した物体を、マキナはモニターで見ていた。
「《常識》です! 《常識》が発動しました!」
「レーダーには反応なし……だけどもともとはシステムだしね。反応はないか。魔力の塊じゃないんだから。」
マキナは地上の天使と連絡をとった。あの場所には結構な数の天使がいたはずだけど、結果として、返事が返ってきたのはアザゼルとカキクケコだけだった。
『なんかめちゃくちゃ強い奴がいてね、ボッコボコにされたのだよ。』
「呑気ねぇ……サマエルは?」
『鴉間が止めて……雰囲気的にルーマニアくんが相手することになりそうなのだよ。』
「そう……援軍を送るわね。」
『援軍よりは……有能な魔法使いを頼むのだよ。』
「なんでよ。あのサマエルなのよ? 悪魔の王。」
『それを相手するのはあのルーマニア……ルシフェルくんなのだよ? サマエル相手なんだから本気になるのだよ? 結界張って二人のバトルを隔離しないと関東……というか日本が消えて無くなるのだよ。』
ああ、そういえば。《反応》との戦いの時はアザゼルとムームームが全力で防いだからよかったけど……あの二人が全力で防いだのってルーマニアからしたら軽い一発だったそうだしね。
「わかったわ。」
アザゼルとの通信を切る。マキナは改めてモニターに映る《常識》を見る。
「……前回はこんなにじっくり見れる状況じゃなかったものね。こうして見ると……なかなかヘンチクリンなモノなのね。」
マキナの呟きにモニターを管理している天使が応えた。
「そうですか? 格好きれいじゃないですか。」
「そう?」
んま、好みは人それぞれだしね。
「ねぇサマエル様。とっとと始めない? 私、ウズウズしてるんだけど。」
男装してる奴がそんなことを言った。
「そうだな。時に鴉間。」
「なんすか?」
「お前の感覚的に……リセットが始まるまであとどんぐらいなんだ?」
サマエルはあまり聞きたくない相手に尋ねる感じでそう言った。それに対して鴉間は……なんていうのかしら、あたしが感情系だから感じ取れるぐらいの微妙さだけど……少し焦った感じで答えた。
「そうっすね……三十分ぐらいっすかね……」
「そんなにかかるのか?」
「知らないっすよ。というか知ってなきゃいけないのはサマエル様っすよ?」
何かしら……この妙な違和感は。
「そもそも……なぜお前はオレを止める?」
「あっしとしては……魔法なんていう奇怪な物を使うサマエル様は……んまぁ出来れば他の奴に倒して欲しいんすよ。」
鴉間は肩をすくめて続ける。
「天使はあっしに攻撃を仕掛けることが出来ない。魔法を敵にまわすのはサマエル様が敵の時にしかあり得ないっす。あっしがここでちゃんと《常識》を守ってるっすから《C.R.S.L》と戦うっすよ。そんで消耗、良ければやられてくれっす。」
「オレはお前を倒さないと《常識》を手に入れられず、今それをやろうとすると……《C.R.S.L》の攻撃を受けつつということになると。つまりオレは先に《C.R.S.L》を何とかしないとダメなわけか。」
なんて作戦をたてるのかしらね、鴉間は! サマエルを倒すためにサマエルを利用するなんて。しかもそこには自分の力がリセットされるという可能性もある。
「リスキーな賭けねぇ……」
「お前たち!」
そこでサマエルが声を上げる。
「命令だ。《C.R.S.L》を殲滅しろ。できるだけ早くな。」
空から降ってきたサマエル組の面々がザッと一歩前に出る。
「オレ様たちは……どちらにせよ優先的に倒すべきはサマエル組だしな。鴉間があそこでボケっとしているのならそれはそれでいい。時間が経てばリセットされる。」
「だけどルーマニア殿。できればリセットは避けたいのでなかったか?」
「……サマエルに奪われるよりはマシだ……オレ様がサマエルをやる。お前たちはサマエルが集めたゴッドヘルパーを頼む。」
「……戦力が足りないわよ。」
今戦えるのはあたしと鎧。リッド・アークとの戦いで一緒に戦った面子が全員来たとしても……あの大軍と戦えるかは……
「おりゃ達も力貸すぜ。」
その時、変な一人称の声がした。後ろを見るとメリーの取り巻きがいた。
「わたくしも、お力添えします。」
「メリーさんから言われてのう。結局倒すべき敵はサマエル組と鴉間組。共闘できる人がいる時に倒しておこうとな。」
「口ではそう言っているけど、あたくしから見たらやっぱり心配しているのだと思うわよ。」
ホっちゃん、ジュテェム、リバじい、チェイン。この四人がやってきたのだ。
「……メリーはどうしたんだ?」
ルーマニアがそう聞くとチェインが応えた。
「メリーさんはひっそりと隠れているわ。安心して。」
「……それでもプラス四人。あれだけの手だれ相手に足りるとは思えないぜ……」
ルーマニアがそう呟いた瞬間―――
ズン!
ものすごい音がした。見るとサマエル組の連中が立ってる場所が大きくへこんでいる。そして連中は地面に這いつくばっている。数人何事もなかったように立っているけど……
「やっぱり……何人かは立てますか。」
ジュテェムがそんなことを言った。そう言えばこの人って《重力》だったわね……
「リバじい、ホっちゃん、よろしくです。」
「うむ。」
リバじいが手を前に出す。するとシャボン玉みたいな膜が重力でへこんだクレーターの淵に沿ってドーム状に展開した。ちょうどサマエル組の連中を閉じ込める感じに。
「ほれ。」
今度はホっちゃんが両手を前に出す。シャボン玉ドームの中の風景が揺らいだ。あっつい日に景色がゆがむ感じ。たぶんあのドームの中は今ものすごい高温なんだ。
ゆがむ空気の中、高重力の中でも立っていた数人の内のさらに数人が倒れていく。ものすごい汗をかきながら。
「……さすがに残りますね……彼は。」
神父の格好の男は普通に立っている。その隣に立っている男装の奴も。
リバじいが手をおろすとシャボン玉ドームが割れた。一瞬むわっとした空気を感じたけど、結果としてサマエル組の手だれは二人を残して倒れた。なにこれ、すごいわね。
「助かったわ、ディグ。」
「いえ……自分が《重力》の向きを変えたり空気を回して温度を和らげている所にあなたが勝手に来ただけでしょう。」
「あんたの傍なら大丈夫だろうと思ったからねー。」
「さて……自分とあなたで彼らの相手をするわけですね。」
ディグと……えぇっと、ヘイヴィアとか呼ばれてた男装女が残って、こっちはあたしとメリー組の四人。鎧は中国と戦うわけだし……
「人数的には有利っぽいけど……」
「花飾さん……ですよね?」
ジュテェムが話しかけてきた。
「わたくしたちはディグの相手をしますので……もう片方の方をお願いできますか?」
「……ディグってすんごい強いんだもんね。そうなるのは当然だろうけど……あたしに戦闘は―――」
そこまで言った所で突然突風が吹いた。
「な、なによこれ!」
「援護に……来ました!」
あたしからちょっと離れた所に速水がいた。超速で来たのかしらね。……肩で息してるけど。
「あんた……晴香は?」
「んにゃ!」
あたしが速水の方を見てると後ろで変な声がした。
「……晴香……」
あたしの親友、晴香がいつの間にかそこにた。尻もちをついている格好で。制服じゃなくて普段着で。
「翼、遅くなった。」
「今の声晴香? ずいぶんかわいい声したけど……」
「来たか、雨上。」
ルーマニアが近づいてくる。
「状況を―――」
「だいたいわかる。」
晴香はイテテと言いながら立ちあがる。
「……《常識》がリセットするまでどれくらいの時間があるんだ、ルーマニア。」
「鴉間が言うに三十分。」
「……ルーマニアは知らないのか……」
「ああ……前回発動の時、オレ様は天界で神様の軍と戦ってたからな……」
「……サマエルも知らないわけか……ということは……」
なんかブツブツ言ってる晴香。
「雨上さ……雨上。」
ジュテェムが晴香に話しかける。
「わたくしたちにディグの相手を任せてもらいたいのですが。」
「そうですね。短い間でも一緒にいたジュテェムさん達の方が適任でしょうね。」
晴香は……リッド・アーク戦で作戦を伝えた時の顔であたしたちに指示をする。
「ジュテェムさんたちはディグさんを。翼と速水くんは……あのディグの隣に立ってる……サマエル組の人……を。しぃちゃんはチョアンを。私は……鴉間を。」
晴香は鴉間を見上げて呟く。
「私が思うに……鴉間は何かを企んでいる。ルネットは力石さんが相手しているけど……ここにもあの二人がいないことが気になるんだ。三十分が経った時、鴉間は何かをするはず……それまでに私が鴉間との戦いで何かを得る。」
そして晴香は頼もしい感じにあたしたちを見た。
「私たちには奥の手があるから、みんな全力で頑張って下さい。」
私の言葉を合図に、ルーマニアが移動。サマエルの前に立つ。
「悪いがサマエル……止めるぞ。」
「ルシフェル様……今はそちらに利があるように思うからそちらにいるのですよね? ご心配なさらず、私があれを手に入れれば全ては私たちのモノです。そのために今のルシフェル様が敵になるのであれば……未来の悪魔の王、ルシフェル様のために、戦いましょう。」
サマエルの背中に翼が生えた。禍々しい……悪魔の翼と呼ぶにふさわしい翼が。そして、祈るように両の手を合わせた。
「……これを使うことをお許しください。罰は後でいくらでも。」
「!……サマエル、それは……」
ゆっくりと離れていく両の手の平の間に剣が出現した。白く輝く……悪魔の王が持つモノとは思えない光を放つ剣。
「偉大なる悪魔の王、ルシフェル様を相手にするのですから……これが最適でしょう。」
「サマエル……お前……!」
しぃちゃんはチョアンの前、五メートルぐらいの場所に立つ。
「待たせたな。」
「……嬉しいアル。でもその格好でやるのアルカ?」
しぃちゃんは自分の服装を見る。もちろん……制服だ。
「……むぅ……」
「この時間に仕掛けるから、こうなるとは思ったアルヨ。」
チョアンは持っている二つのアタッシュケースの内の一つを開け、そこから―――
「……なんでわたしの道着をもっているのだ……?」
「この前お邪魔した時に持ってきたアル。」
チョアンは丁寧にたたまれたしぃちゃんの道着を片手にパチンと指を鳴らす。
「うわ!?」
一瞬で……しぃちゃんの服装が巫女さん的なあれ……道着に変わり、チョアンの片手にはいつの間にしぃちゃんの制服がたたまれて置いてあった。
「何を……」
「ふっふっふ、さぁ、やるアルヨ。」
翼は速水くんの力を受け、パッと移動し、男の人の格好をしている女の人の所に移動した。
「ふーん。私の相手はあんたらってわけ。楽しませてよ?」
「もったいない! あんな美人が男の格好なんて……」
「あんたねぇ……」
「オレとしてはあっちの中国美人と戦いたかったんすけど……」
「んん? チョアン? あいつは変態よ?」
「え、そうなんすか。」
「MかSか……やっばいわよ。」
「それはまた……いいっすね……」
「晴香とあんたか同じ部活にいたなんて信じられないわね。……というかあんた、さっきまでゼーゼー言ってなかった? なんか今はピンピンしてるけどさ……」
ジュテェムさんたちはゆっくりとディグさんの前に。
「突然いなくなるから心配しましたよ。」
「そうじゃ、メリーさんが心配しておったぞ。」
「それはそれは。しかし、サマエル様から連絡が来ていましたので。すみませんでしたね。」
「……これからバトルする間柄とは思えねーな。」
「そうね。」
ディグさんはにっこりと笑いながらこう言った。
「それで……皆さんは自分にどのようにして勝とうと?」
「これから見せますよ……《回転》のゴッドヘルパー、ディグ・エインドレフ。」
私は……今日の天気、『私が空を飛ぶ』を設定して鴉間の所に移動した。ちょうど《常識》の下だ。
「……もう飛べるようになったんすか。」
「この前ジュテェムさんの《重力》で一度体験しましたからね。イメージはし易かったです。」
「そうっすか……」
鴉間が下をちらりと見た。その先にいるのは小さな子供。
「……メリーさんの話だと五体満足ではないはずなんですけどね。あの小さい子のおかげですか?」
少し驚いた顔で私を見る鴉間。
「それを推測できたのに……あっしの前にいるんすか? サリラを倒さずに。」
サリラというのか。
「私がそれをやるとしても……それをあなたは止めるでしょう? なら結果変わりません。それなら……しぃちゃんや翼が今、目の前にいる敵を倒した後でサリラを倒した方がいいです。私があなたを足止めしている間にね。」
そう言うと、鴉間は吹き出した。
「あっはっは! それはそれは! あっしをそれだけの強敵と思っていることっすね! 有難いっすね。でも……ちょっと間違ってるっすよ?」
「……?」
「あっしが仲間に引き入れた面々……チョアン、ルネット、サリラ、それとアブトル&メリオレのコンビ……全部あっしと同等に強いんすよ?」
《空間》と同等……!?
「あっしはチョアンには勝てないっすし、ルネットは……力を知ってる今なら大丈夫っすけど初めて会った時に敵だったら確実にあっしの負けっす。サリラは規格外、アブトル&メリオレが相手なら、一度登場人物に設定されるとあっしでも抜け出せないっす。二人が本気を出すと。」
「……!」
「計算ミスっすね。あっしが選んだ仲間っすよ?」
鴉間は少し前かがみになる。サングラスの奥にある鋭い双眸が私を射ぬく。
「弱いわけがないっす。」
「おーい、どこだっつー話だ、バーカ。」
セリフとは逆にルネットには探すつもりが無い。さっき言ってたしな……簡単に見つけられるって。なら……
「!」
オレは廊下の真ん中に立つ。後ろにムームーム、前にはルネット。
「んん? 堂々とあたしの前に立ってるってことは……何か気付いたな、バーカ。」
「まぁな。」
「そうかそうか! あっはっは! んじゃ見せてくれよ、バーカ!」
収束する感覚。ルネットから放たれようとしている『何か』。それが放たれる前に、オレはある物をルネットの方に向ける。
「っと……」
オレが出したそれを視認するとルネットは一瞬目を見開いてすぐに両の目を閉じた。
……何も起きない。オレには何も飛んでこないし、地面に穴も開かない。
「! 十太!」
「……ああ!」
つまりこれは……オレの推測が当たったということ。
「んんっふっふっふあっはっはっはっはっは!!」
ルネットが大爆笑した。
「ああ! あー! これがつまり自分の《常識》を見破られるってことか! あたしが苦手な物を敵が堂々と突き出してくるってか、バーカ!」
「やっぱり……これが弱点か。」
オレが手にしている物。さっきトイレに行って手に入れた。手を洗う場所の正面にデカデカと設置してある物……
「そうさ、バーカ! あたしの力の弱点はその鏡だ、バーカ!」
オレが手にしているのはデカイ鏡を割って手に入れた破片。手の平に収まる程度の大きさの鏡だ。しかし、こんなちっちぇーものでもとっさに攻撃をやめる程ルネットにとってはマズイものってわけだ。
「さあさあジュータ! あたしの力は何だ、バーカ! どうしてそれを弱点と考えた、バーカ!」
「んまぁ……キッカケはさっきの攻撃だがな。あの時オレは防げないと思ったんだぜ? 爆発を引き起こす程のエネルギーだからな。あんな一瞬で奪いきれるものでもない。なのにオレは爆発のエネルギーを奪うことができた。つまり、お前の攻撃は異常なほどエネルギーが低いんだ。」
「なるほどっつー話だ、バーカ。」
「しかしエネルギーはエネルギーだからな、オレが感じ取れないわけはないんだ。実際お前の攻撃が放たれる瞬間に起こるエネルギーの収束は感じられたんだ。なのにオレにはその種類がわからなかった。あまりに日常的に感じ過ぎているエネルギーだったからな。エネルギー量が微少でかつ毎日受けるエネルギー。それは光エネルギーしかあり得ない。」
「んっふっふっふ……」
「加えて、さっき……お前がコインを投げたこと。オレが放った砂、それに向けて今まで通り攻撃をすりゃあいいのにお前はわざわざコインを投げた。そして……お前が攻撃の種類をメガネで変えているということ。ここから一つの仮定をたてられる。」
「ぶっくっくっく……」
「お前は攻撃する時、対象を『見る』という行為を行っている。」
「見る?」
そこで後ろのムームームが反応した。
「攻撃する相手を見るって……当たり前じゃないの?」
「普通なら攻撃を『当てる』ために見るだろ? でもルネットの場合は攻撃『する』ために見る必要があんだよ。鉄砲は別に相手に向けなくても引き金を引きゃあ発射されるだろ? だけどルネットは銃口が相手の方に向いてないと引き金が引けないんだよ。そんで砂の時にコインを投げたのは砂を見ることができなかったからだ。」
「……?」
「目の前に舞う砂を払う時、オレらは別に砂の一粒一粒をどかすわけじゃないだろ? 適当に砂が舞ってる空間を払うことで砂をどける。だがルネットは適当な空間に攻撃するってことができないから砂に攻撃するしかないんだ。」
「どういうこと?」
「ルネットが攻撃を放って対象に当てるんじゃなくて、ルネットが対象を認識することで初めて攻撃が当たるんだよ。ルネットはな―――」
オレは笑っているルネットを指差して告げた。
「《視線》のゴッドヘルパーだ。」
「あっはっはっはっは!!」
「《視線》!?」
「例えばオレに向かって攻撃するなら、まずはオレを見るんだよ。そうするとルネットの《視線》がオレに向かって走るわけだろ? その走る《視線》こそが攻撃そのものなんだよ。だからさっきの砂もな、砂を見なきゃいけなかったんだ。だけど砂が舞ってる空間を見るなんてことはできないし、《視線》が定まらない。だからコインを砂の近くに投げて、それを攻撃することで砂を吹き飛ばしたんだ。」
そこでようやくムームームも合点がいったようだ。
「そうか。だから鏡なんだね? 鏡を見るとその時自分が見ているモノは自分自身だもんね。結局《視線》は自分に向かって走るから自分が攻撃を受けてしまう。」
そこで本日最大のルネットの笑い声が響いた。
「その通りだ、バーカ! ぶっはっはっはっは! なかなかいい応用の仕方だろっつー話だ、バーカ!」
お腹を抱えながらルネットは語る。
「さすがによ、あたしも自分の《常識》が《視線》ってわかったときはガックリしたっつーんだよ、バーカ。でもよ、やり方次第でとんでもねーことになんのがゴッドヘルパーだかんな、あたしはめっちゃ考えたんだよ、バーカ。」
笑いすぎて出てきた涙を拭くルネット。
「そもそも《視線》ってなんだっつー話だ、バーカ。《視線》を感じるって言うから少なくとも触覚で感じるもんだっつーわけだ、バーカ。《視線》に味はないし聞けねーし見えねーし臭いもしない……物理的なモノなんだとあたしは仮定したわけだ、バーカ。」
確かに第六感を考えずに仮定するなら、感じることのできる《視線》は触れることのできる物質だと考えるのは変じゃない。
「さて物理的なものとなるとそれはなんだっつー話だ、バーカ。《視線》を放つのは眼だろう? 眼に関係する物質っつったらそりゃ光だっつー話だ、バーカ。つまり例えば目が合うってことは相手が放った《視線》っつー光を自分の眼が捉えるってわけだ、バーカ。」
「《視線》は光か……」
明かりとしての光じゃなくてモノを『見る』ための光。そりゃ微少なわけだぜ。
「そこであたしは思ったわけだ、バーカ。眼から光を出すなんて眼からビームじゃねーかっつー話だ、バーカ!」
「ビームってお前……」
「眼からでる《視線》っつー光を《常識》の上書きでビームとしたんだよ、バーカ。んでもって《視線》が通るメガネのレンズの色とか形でビームの効果が変わることにしたわけだ、バーカ。」
「……それがお前の力の全貌ってわけか。」
ルネット・イェクス。《視線》のゴッドヘルパーであるこいつは《視線》を光とし、メガネによって強力なビームとする。その攻撃は元が《視線》ゆえに視認は不可能。かつ、物を見るという行為がそもそも光の速度で行われる現象……そのビームの速度は光の速度に等しい。
ルネットの力があらかじめわかっていないと対策は不可能。出会った瞬間にやられる。
対抗できるのはオレのように《視線》である光がビームとなる瞬間の光エネルギーの収束を感じ取れるゴッドヘルパーのみ。オレ以外なら《光》のゴッドヘルパーぐらいしか……戦える奴が思い浮かばない。
鴉間が仲間にしただけはある。そもそも鴉間でさえ……初対面なら空間の壁とかを作る前にやられる。ヘタすれば鴉間より強い。
「さてさて! お互いの手の内が明かされたとこで二回戦スタートだ、バーカ!」
とっさに近くの階段に跳ぶオレとムームーム。さっきまでいた所に穴が開く。
「……物を見て、放たれた《視線》がその後敵を追尾しないことは唯一の救いだね……」
階段を降りながらムームームが呟いた。
そう。ルネットが『見た』と認識して《視線》を走らせたあとなら避けるのは可能だ。ルネットの眼から放たれた《視線》がビームに変換されるその瞬間のタイムラグを利用してオレは避けていたわけだ。
攻撃は確かに光の速度だが、別に発射する速度までそれってわけじゃないわけだ。
「……あいつの力がわかっても……あんまり好転しねーな……」
さっきは不意に鏡が出てきたからルネットも攻撃をやめた。でもその鏡に自分を映さなきゃいいだけだから、鏡の大きさが小さければあんまり脅威じゃねぇ。
だがだからと言ってデカイ鏡を持って走るのは賢くない。
「どうする……ムームーム?」
「うん……そうだね……」
廊下を走りながらムームームはちらりと外を見た。
「……別に鏡だけが光を反射するわけじゃないよね。」
「あん?」
「ねぇ十太。」
そんとき、ムームームは初めてその容姿に似合う顔をした。
「不良少年になってみる気はない?」
イタズラをする子供みてーな、そんな顔を。
「っおーい!」
後ろからルネットの声がした。
「もうわかってんだろっつー話だ、バーカ! あたしからは逃げられねーってことをっつー話だ、バーカ!」
……《視線》のゴッドヘルパーが他人の視線を見ることができるのは当たり前だ。ルネットが言う所の目からビーム。それが発射された軌跡をたぶんあいつは見ることができる。つまりルネットからするとオレとムームームが走ってるこの廊下はオレとムームームが発射した《視線》が張り巡らされた空間に見えるわけだ。そりゃどこに逃げたかわかる訳だぜ……
「ムームーム! どこに行くんだよ!」
「校庭だよ。」
「んあ!? 逃げ場の無いとこにわざわざ行くのかよ!」
「そう、こうやってね!」
ムームームがオレの手を握った。瞬間、目の前が暗くなってオレは突然出現した壁に正面衝突した。
「んがぁ!」
「何してるの十太?」
鼻をさすりながらまわりを見る。あんまり来ないとこではあるがどこかはわかる。
「……なんで体育倉庫に……?」
校庭の隅っこにある体育倉庫の中に瞬間移動したらしい―――っておい!
「こういう魔法使えるなら最初から……」
「手の内はそうそうバラすものじゃないの。十太の力で逃げられるんだからわざわざ見せることもないでしょ。切り札はとっておかなくちゃね。」
「そうかよ・・んで、なんでここに?」
「これこれ。ここならあると思ったんだよ。」
ムームームがオレに手渡したのは金属バットだった。
「……これで不良っつったら……」
「うん♪」
「……どういうつもりっつー話だ、バーカ。」
校庭のど真ん中に立つオレは昇降口から出てきたルネットと対峙した。ムームームはオレの隣にいる。
さて、だいぶ勇気のいることをすんぞ……
「突然消えたかと思ったらこんなとこに立って……何を企んでんだ、バーカ。」
ルネットはまわりを見まわす。
「鏡をどっかに隠してるわけじゃないし、鏡を持っているわけでもないっつーのはどういうことだ、バーカ。」
ニヤニヤしながらオレに尋ねるルネット。
「そのバットでなんかすんのかっつー話だ、バーカ。」
「はん。今この瞬間にオレを攻撃しなかったことを後悔しろ!」
エネルギーを《ルゼルブル》から補充。運動エネルギーに変換。低空高速移動。
同時にムームームが魔法を発動。ルネットのまわりの砂を巻き上げた。
「目隠しか、バーカ!」
ルネットがコインを数枚放る音が聞こえる。だが、オレの目標はルネットじゃない!
「バーカッ!」
爆発の音。コインが爆破されていく。
「おおおおりゃぁあああぁぁあっ!」
校舎の端っこで方向転換、校舎に沿って移動開始。同時にバットを横に構える!
バットを横に突き出しながら校舎の壁に沿って移動すると何が起きるかって?
そりゃあ、窓ガラスが割れるのさ。
「だりゃりゃりゃりゃあぁあっ!」
バリンッバリンッ!
なかなか気持ちのいい音がオレの後ろでする。横では爆音がし、後ろではガラスが割れる音。ルネットには聞こえてない!
「ふんっ!」
一階の窓ガラスを割り終えたら位置エネルギーを補充して身体を二階の高さに移動させる。そうして再び横方向へ移動開始!
「なんだなんだぁ? 何をしてんだジュータ! あっはっはっは、バーカバーカ!」
舞いあがった砂を蹴散らし、煙の中から出てきたルネット。
だがその頃には、オレは移動を繰り返してジグザグに校舎の窓ガラスを全て粉砕し終わっていた。
もちろんただ単に割ったわけじゃない。割る時にバットを通して全てのガラス片に位置エネルギーを与えた。かなり骨が折れたが結果として―――
「!」
ルネットが両の目を見開く光景がそこに出来あがった。地面に着地したオレの頭上、校舎の屋上ぐらいの高さに大量のガラスの破片が浮いている光景が。
「ルネット、お前に最高の勝負を仕掛けてやるぜ。」
「……」
「今からオレはあのガラス片の位置エネルギー操ってオレのまわりまで高度を下げる。どのガラスをどの程度下げるかはランダムだ。何の統一性もない並び方のガラス片が大量にオレのまわりに展開されるわけだ。」
「……ぷっ……」
「そして、同時にオレはお前の方に急接近して攻撃を仕掛ける。普通ならオレが移動する前にお前のビームが来るが……今回はオレのまわりにはガラス片がある状態だ。」
「ぶくくくくっ……」
「ガラスは光を通すが夜とかに自分の顔が映るように、ガラスも多少は光を反射する。あのガラス片はオレが適当に割ったものだからな、その反射率は全部同じじゃないだろうし、オレのまわりに展開させたときのガラス片の向きもバラバラさ。光をどの程度、どの方向に反射するかはわからない。」
「―――ぶくっ!」
「言っておくがオレがお前に仕掛ける攻撃は一撃必殺だ。その目以外、お前は一般人だからな、耐えられるモノじゃない。だからお前はオレにビームを撃たなきゃいけない。でもまわりには、もしかしたらそのまま光を通すかもしれないがもしかしたら反射するかもしれないガラス片。お前の《視線》が最終的にどこに行くかは不確定。どうだ、面白いだろう?」
「あっはっはっはっはっは!」
「いい勝負が出来そうだろ?」
「最高だ! そうだよ、こういうのを待ってたんだよ、バーカ! あたしへの敵意があたしに形となって通るのか通らないのか! 相手は感情をぶつけられるのかられないのか! あっはっは、バーカバーカ! あたしの事でさえ不確定なこの状況! 見せろよ、ジュータ! あたしが何をしようとも変わらないその《視線》を!」
言いながらルネットはポケットに手を突っ込み、箱を取り出した。あれは……メガネケースか?
「とっておきだ、バーカ! 天才・青葉結が残したあたし専用の武器だ、バーカ!」
そこから出てきたのはやはりメガネだった。透明なフレームに透明なレンズの普通のメガネ。
「あたしが考える最強のビーム、そのイメージをより具体的にするために青葉が作ったメガネだ、バーカ! 計算されたレンズの厚さや角度があたしの力を最大限に引き出すっつー話だ、バーカ!」
そのメガネをかけ、身体に巻きついているメガネがぶら下がるひもを投げ捨てた。
「決めようぜ、バーカ!」
「行くぞ、ルネット!」
ガラスを移動。まわりに展開。自分の前に一列に並べて壁みたいにできれば最高だったんだが……この量のガラス片をそこまで制御はできない。だからランダムに配置される。
これはオレにとっても賭けだ。
「おおおおおおおおっ!」
高速移動開始。バットを捨て、拳を握りしめ、一直線にルネットの方へ。
だが―――
「―――んなっ!?」
信じられないエネルギー。今までとは段違いの収束の気配。
ルネットの目を中心に広がるエネルギーの……光の直径は軽くオレの身長を超え、家を一軒飲みこめそうな威力。
まるで太陽がそこにあるかのように、初めてルネットの攻撃が見えた。いや、見える程のエネルギーと言うべきか。
あのメガネをかけただけでここまでのモノに!?
「喰らえ、バーカ!」
放たれる《視線》。迫りくる光の壁。
オレが展開したガラス片なんて軽く飲みこむ面積のその壁が一枚目のガラス片に当たる。
ぶつかった光の壁の一部分が小さな光の反射を起こす。次のガラス片でも同様の現象。オレと光の壁の間にあるガラス片の一つ一つでルネットの《視線》が徐々に削られていく。
だが、オレはそんな現象を予想していたわけじゃない。ルネットの攻撃は手の平に収まる鏡を警戒するくらいに細いビームだった。だからガラス片を展開することで賭けに出た。だがそのビームがガラス片を超える太さになった。
完全に想定外。《エネルギー》のゴッドヘルパーであるオレには分かる。
ガラス片で反射できる……削り取れるエネルギーの量なんて微量だ。この光の壁は……オレを殺せるエネルギーを保持してオレにぶつかる……!
「くっそおおおぉぉぉおっ!」
ドガァンッ!
――――……た!
―――――……うた!
……音が……遠い……
「十太!」
「!」
オレは目を開けた。飛び込んできたのはムームームの顔。
「ムー……っ!?」
全身に激痛が走った。
「しゃべっちゃだめ! 今治してるからじっとして!」
激痛の中、あたたかい光がオレを包んでいるのがわかる。たぶんムームームが魔法を使っている。どうやら相当ひどいダメージを……ってあれ?
オレ、生きてる? あり得ないぞ!? あれだけのエネルギー、人間が耐えられるわけねーし、ガラス片程度で削り取れるモンでもない! ムームームが障壁を張ってくれたのか?
「……十太、とりあえず教えとくよ。」
ムームームは魔法をかけるのに必死そうだが、それでもニッコリと笑ってこう言った。
「勝ったよ♪」
……勝った? あの状況でオレが勝った? なんの冗談だ。
「……よし……とりあえず応急措置は終わったかな……起きれる?」
「……んああ……」
オレはゆっくりと身体を起こす。見ると着ていた制服が黒焦げになっていた。つかほとんど裸に近い。だがそんなことはどうでもいいぐらいに全身の皮膚がヒリヒリする。
「オレは……?」
「全身やけどだね。」
「……なんで生きてんの、オレ……」
ムームームは真面目な顔でこう言った。
「偶然と言うか……奇跡と言うか……これのおかげでもあるし、ルネットのおかげでもあるんだよ……」
そう言ってオレの前に出したのは《ルゼルブル》。ムームームがオレにくれた、《エネルギー》を溜めておける道具だ。そこにあらかじめ溜めておいた《エネルギー》を使ってオレは高速移動とかをしてたんだが……それのおかげ?
「ルネットの攻撃が……例えば十太の身体を貫くぐらいの太さのビームだったら確実に十太は死んでいた。でもルネットが放った一撃は十太を飲みこむぐらいのビームだった。」
「……それが……?」
「十太を飲みこむぐらい大きいってことは十太のポケットに入ってたこの《ルゼルブル》にも触れるってことだよ。《エネルギー》を溜める……言いかえれば吸収するこの道具にね。」
「!」
そうか……確かにあのビームはオレに当たった。だけど同時に《ルゼルブル》に触れたせいであの膨大な《エネルギー》が吸収されたのか。だからオレは全身やけどで済んだってことか。
「でもね十太。あくまで吸収したのはこの《ルゼルブル》に触れた部分。大雑把に言えば十太の周辺だけ。それ以外は普通に十太の後ろに流れたから……」
ムームームが顔を後ろに向けた。それを追うと、そこには半壊した校舎があった。
きれいにぽっかりと円形に削られた校舎。だが問題はそこじゃない。
「……軽く見ただけでも……ここから数キロは削られてるよ……」
校舎の後ろ。普通に住宅街だったはずのその場所は……消滅していた。《視線》である故に、対象に当たった時点で攻撃は終わるはずなのに……ただの余波でこうなったってのか……
「……たぶん、人がいたね……」
「死……」
「十太。自分のせいとか考えちゃいけないからね。どうなっていたってメリーが巻き戻すんだから……大丈夫だよ……」
「……そういう……問題じゃねーよ……」
オレはルネットに対する怒りを感じた。ふらふらと立ちあがってルネットを探す。
「ムームーム、ルネットは!」
「……そこだよ。」
オレの正面……そこに銀髪を扇みたいに広げて大の字に倒れるルネットがいた。
「ルネット! てめぇっ!」
オレは痛みを感じながらもルネットの方に移動する。一発殴ってやろうと思ったんだが、近づいてルネットの顔を見た瞬間に握った拳がほどけた。
「! ……ルネット……」
「ん? ああ、ジュータか。そこにいるのか?」
ルネットが軽い口調でそう言った。
「賭けに負けたのはあたしらしいな。《視線》の一部が反射してあたしを見た。見事に戻ってきて……この様だ。ぶはははは!」
ルネットの両目は……焼けていた。高温で溶けたまぶたが張り付いて目を開けられない状態。たぶん、眼球はない。
「ジュータが生きていようと死んでいようと……あたしの両目はこうなったんだからな、負けは確実だ。くっそ、悔しいなぁ。」
「……? ルネット、お前、口調……」
なんでバーカって言わないんだ?
「……あたしの昔話をしていいか?」
「……ああ。」
悪態ついて人を馬鹿にしたようなさっきまでの口調が嘘のように、静かにルネットは語る。
「目は口ほどにモノを言う……この言葉は真理だ。」
「……いきなりことわざかよ外国人。」
「あたしもな、鴉間と同じ境遇なんだ。ガキの時から第二段階になっちまった。他人の《視線》を普通よりも敏感に感じ取った。あたしって美人だろ?」
「いきなり話を変えるなよ……」
確かに、黙って立ってれば……というか今の静かなルネットはかなり美人だ。
「こんな容姿だからな……学校とかじゃ色んな奴があたしを見た。憧れの《視線》、嫉妬の《視線》、欲情の《視線》……色々な感情を乗せた《視線》で。」
「……!」
「別にそれだけなら良かったんだ。問題はな、その《視線》がころころ変わることだ。あたしが何かをミスればあこがれは落胆に。優しく接すれば嫉妬は好感に。告白を断れば欲情は恨みに。ぐるぐるぐるぐる……」
《視線》がわかるってことは……心を読めるに等しいってわけか……
「ガキだからな、みんなとは仲良くしたいと思った。こいつはどうすればあたしに好感を抱くのか。あいつはどうすればあたしに憧れるのか。そればっかを考えて行動してたんだけどな……耐えられなくなったんだよ、感情の渦に。結局、あたしは引きこもった。」
「……それで……?」
「そんなあたしをサマエルが見つけた。サマエルの《視線》は語ったよ……同情、憐れみ、利用価値、期待……中でもあたしが興味を抱いたのは……この力の正体。あたしはサマエルについて行った。そしてゴッドヘルパーを知った。んでそこで……鴉間に会った。」
「鴉間……」
「自分と同じ感じの人生だったあたしを鴉間は気にかけた。そして、鴉間はあたしにアドバイスをしてくれたんだ。」
「アドバイス……?」
「誰かに好かれるために行動する。それであたしが苦労するのは間違ってるってな。ころころ変わる感情が嫌なら、いっそ全ての人間から受ける《視線》を統一してしまえばいい……と。」
「統一……?」
「不快、嫌悪。この辺りは他人に抱かせやすい感情。鴉間から日本語を学んでたあたしはそれを機に、そういうしゃべり方をするようにしたんだ。」
「それって……」
「ああ。語尾に相手を罵倒する言葉をつけるってしゃべり方だ。楽になった……全員があたしに向ける《視線》が統一されたんだからな。そんで気付いた。好かれようと思っていたのだって結局全員からの《視線》を好感とか友好で統一したかったからなんだってな。んで、好かれるよりも嫌われる方が気が楽ってことがわかったからな……好かれるのは止めたんだ。真にあたしを理解してくれる奴が数人いればそれでいい。」
「……なんでオレにそんな話……」
「気まぐれ……ってわけでもないか。あたしはあたしで恩人の鴉間についていただけだってことさ。んまぁこうやって暴れるのが楽しいってのもあるが主は鴉間だ。一応教えておこうと思ってな……お前らが敵と考えている奴らにもその立場にいる理由があるってことをな。」
「……そうかよ。」
……今の話を聞いたところですることは変わらない。遠くで戦ってる仲間がいる。
「ムームーム。」
「うん、十太はここでしばらく休憩だよ。」
「ああ、急いで援護に―――ってなにぃ!? 休憩!?」
「そんな身体で何ができるの。ちゃんと完治させてあげるからもう少し待って。」
「……くそ……」
「ぶはははは! 結局、しばらくはあたしとおしゃべりタイムなんじゃねーか、バーカ!」
「うるせぇ!」
「くくく……あ、そうだ。」
「んあ?」
「一人だけ。お涙頂戴の物語を持たずに敵っつー立場にいる馬鹿がいるな。」
「……?」
「チョアン・イーフ。こいつは正真正銘、ホンモノの戦闘狂だ。」
わたしは息をきらしていた。呼吸がし難い。呼吸ってどうやるのかを忘れてしまったようだ。
刀も重い。重くない《常識》を当てはめているはずなのに……重く感じる。
あまりに不可解なことが起こり過ぎて集中力が切れかかっている。まずいな……
「どうしたアル?」
中国人……チョアンがニコニコしながらわたしのまわりを歩いている。
「んー……ワタシの力のことを考えるあまり、動きにキレがなくなっているアルヨ? リラックスするアル。」
チョアンの装備は手袋。だけどその手袋がまったく切れない。わたしが放つ攻撃は全て受け止められる。加えてチョアンの動きは武道の達人のそれだ。
青葉のようなアクロバティック……というよりはありえない速度と動きをするわけではないが、洗練された無駄のない動きというのも厄介なのだ。
「だめアルネ。これじゃぁ楽しめないアルヨ。」
チョアンは近くの瓦礫に座る。
「うん、一つ昔話をするアルヨ。」
わたしは警戒をしつつも少し力を抜いた。敵の前だというのにそんな行動をとれたのは、本当にチョアンにやる気がなかったからだ。
「《雨傘流》という流派があるアル。」
「……そうだな。」
「この流派は鬼を倒したという話が代々受け継がれているアル。」
「……そうだな。」
よくおじいさまが話をする。《雨傘流》の開祖は鬼を倒したと。わたしも半信半疑ではあったのだが、悪魔や天使がいるんだから鬼くらいはいるんじゃないかと最近思っている。
「その鬼の正体、ワタシは知っているアルヨ。」
「んな……」
「不思議なめぐり合わせだと思うアルヨ。開祖が戦った相手が、今では子孫の仲間アルヨ。」
「なにを言って……」
「開祖が倒したという鬼は……その昔に悪魔の王と呼ばれた存在アルヨ。その名はルシフェル。」
「!? 何を馬鹿な―――」
そこまで言って、ある記憶がわたしの中に浮きあがってきた。
「あぶみ……?ああ、そうか。ここは《雨傘流》だったな。」
「鎧のとこの剣士は強かったな……はは、おかしな運命を巡らせるなぁ……神様は。いや、これは向き合えということか?」
わたしがルーマニア殿に自己紹介した時、ルーマニア殿は確かにそう言った。
長く生きているから《雨傘流》のことを知っていると。
「うん? その顔は心当たりがある顔アルネ。」
「……なんでルーマニア殿が……」
「《雨傘流》と接触した時、ルシフェルは悪魔の王から下っ端天使になってせっせと働いていたアル。天使が人間に害を与えることは禁止されているアル。後で怒られるとわかっていてもルシフェルは《雨傘流》の剣士に挑んだアル。」
「どうして……」
「さぁアル。そこは本人のみぞ知るアルネ。ところで落ち着いたアルカ?」
わたしはハッとする。あまりに唐突な話だったのですっかり戦っているということを忘れていた。しかしグルグルしていた頭がスッキリしたのは確かだ。
「……おかげさまで。」
「よろしいアル。それじゃ続けるアルヨ?」
ダンッ! と踏み込み、こちらに迫るチョアン。座った状態からのこの動きは称賛に値する。しかし見えない程ではない。
一直線にわたし目掛けて放たれるチョアンの拳。腕と刀ではリーチはこちらが上。わたしはなんなくその拳をいなす。しかしその程度の使い手ならここまで苦労しない。わたしが動いた先にはすでにチョアンの脚があった。高速で接近するその脚はわたしのお腹あたりを狙っている。
「っつ!」
とっさに大きく身をかがめる。少し髪の毛をかすった音がしたが、ダメージにはならない。
蹴りをからぶった所を狙うため、すぐに立ちあがって刀を振るが、そこにチョアンはいなく、すでに数メートル先に移動していた。
「うんうん、いいアルヨ。」
……折角頭がすっきりしたんだ、情報を整理しよう。
まずあの手袋。あれにわたしの刀が触れた時に金属音はしない。ただまぁ……硬いモノを叩いたような音はする。つまりあの手袋は別に鋼鉄製ではない。材質は確かに手袋のそれだ。でなきゃ手を握ったり開いたりできない。
硬いから刀を当てた時に音が鳴る。これはクリスとの戦いで学んでいる。だからあれはそう、本当にただ硬いだけの皮の手袋ということだ。……だからなんなんだ? いや、それ以前にわたしの刀で斬れないことが問題なんだ。
チョアンが視界から消える。再びその姿を見せた場所はわたしの真後ろ。きれいな軌跡を描いてわたしの首に迫るチョアンの脚。
……下着が見えるのがいちいち気になってしまう……はしたない。
しかし近距離のチョアンの動きは達人級。ならば遠距離攻撃だ。
わたしはその蹴りを後ろにさがることでかわす。そして刀を振る。完全に間合いの外ではあるが、わたしの刀から極細のワイヤー状の刀がチョアンに放たれる。
たぶん、その極細の刀は視認できていない。だがチョアンは何かが放たれたことを感じたのだろう、上に高く跳んだ。放たれた刀はチョアンの遥か後方の瓦礫を切断した。
「おお、危ないアル。」
華麗に着地するチョアン。その時も……下着が……
「……その服はなんとかならないのか……?」
「ん? なんのことアルネ?」
「その……下着が……」
「んん? あなたはそっちの趣味アルカ? 困るアルヨ。」
「違う! というか趣味であろうとなかろうと気になる! 恥ずかしくないのか!」
「恥ずかしいアルヨ? でも……それ以上にあなたとの戦いが楽しいのアル。」
むぅ……
……とりあえず、相手が止まってくれている今こそ、考えるんだ。
確かにあれは硬い。でも……わたしの刀に斬れないものはない。なのに斬れない。クリスと戦ったときはまだまだ未熟だったがあれから成長した。今のわたしに斬れないモノは……
いや……そう言えばこれ、あれに似ているな。
わたしは自分の刀を見る。これは鋼で出来ている。確かに切れ味は凄まじいが……何でも斬れるわけじゃない。ただ単に……わたしが何でも斬れるようにしているだけだ。
それが何であれ、ゴッドヘルパーの《常識》は現実を上書きする。
青葉との戦いで、わたしは青葉の光の剣を初めは斬れなかった。あれはわたしの何でも斬れるという《常識》と青葉の剣の……温度が高いから刀なんて溶けてしまうという当たり前が衝突していたからだ。温度が高いと金属は溶けるがそれをわたしの《常識》が上書きしたために光の剣と刀の打ち合いという現象が成立した。
あの手袋とわたしの刀の衝突もそういう衝突なのかもしれない。つまりあの手袋もそういう《常識》が上書きされている。「斬れない」という《常識》が。
そういえばわたしと力の使い方が似ているとチョアンは言っていたな。
すると何だ? チョアンは《手袋》のゴッドヘルパーで手袋にそういう《常識》を……?
いや、それだとあの高速移動がわからないが……手袋と同様に考えるなら……あの運動靴に「はくと走るのが速くなる」みたいな《常識》を上書きしている……?
「……なんか見えてきたな……」
「うん? パンツアルカ?」
チョアンがチャイナドレスのすそを持ち上げる。
「ち、違う!」
「アッハッハ。でもワタシ的にはあなたの方が恥ずかしい……いやらしいと思うアル。」
「……?」
「確か和服って下着をはかないんじゃなかったアルカ?」
チョアンが顔を赤くして「きゃー」という表情をする。
「……何か勘違いしているな。わたしのこの服は和服とは違うぞ。」
「そうなのアル?」
「和服の時には下着をはかないというのは……というか別にはいていないわけではない。和服用の下着というのもあってだな……」
「?」
「えぇっとつまり……」
なんでこんな話をしているんだ、わたしは。
「和服を着ると身体のラインが出るんだ。その時に下着をつけているとそれがラインとして出てしまうんだ。それを良くない……美しくないと考えているから下着をつけないんだ。何かやらしい理由があるわけではないから恥ずかしがるモノではないんだ。そしてわたしが着ているのは袴だからラインが出ない。だから下着をつけていても問題な―――ってまるで下着をつけることがダメなことみたいになってる!? えぇっとだなぁ……」
「……つまりそういう風習ってだけアルネ?」
「そう! そうだ! 決していやらしくない!」
「ならワタシのこの服もいやらしい理由でこうなっているわけじゃないアルヨ。」
「ん、そうなのか……?」
「というかこれをいやらしい風にしちゃったのは日本人アル。まったく心外アルヨ。そもそもこれは馬に乗る時にまたがりやすくするためにスリットが入っただけアル。」
「……そうだったのか。てっきりいやらしい服かと……」
「まぁ、ワタシがこれを着ているのは大抵の国でそういう認識が強いから、着てると色々便利だからアルネ。」
「結局そういう理由か!」
「ワタシは女アルヨ? 女は男の性欲を利用できるアル。使わない手はないアル。」
そこでチョアンは憂いの表情になった。
「でも……そのせいでワタシは苦労しているアル……」
「……?」
「ほら、ワタシって美人さんアルヨ。」
「……そうだな。」
……認めざるを得ないな。こればっかりは……しかし自分で言うのはどうなんだ?
「だから男が本気で戦ってくれないアル。胸が揺れればそっちに目が行き、服が破れればそこを見るアル。まったく本能だからと言って困ったものアルヨ。そして強い人っていうのは大概男アルヨ。どうしてワタシは女に生まれちゃったアル?」
本気で嘆いている顔だ。本当に戦う事が好きなんだな……
しかしチャイナドレスのスリットにそんな意味があったとは驚きだ。そういえばうちの高校は違うがセーラー服の背中のヒラヒラも意味があってああなっていると聞いたことがあるし……今となってはただの可愛い服、きれいな服になっている服にも相応の意味があるのかもしれ―――
「……意味……?」
そこでわたしがそう呟いた時、チョアンの表情が少し変わった。
そうだ、さっきの考えに戻すぞ。
手袋……手袋をする意味ってなんだ? 普通に考えれば……まぁ寒い時にするぐらいだから寒さ対策だ。しかし工事現場とかにいる人がつけている手袋はそういう意味でしているわけではないだろう。掴んだものが滑らないようにとか、手を……ケガしないように……
寒いから手袋をするということは……言いかえれば温度の低い空気から手を守るってことだ。
……運動靴はどうだ? 運動靴をはく意味は……その名の通り、運動をしやすくするためだ。靴の裏にゴムをはっつけることで踏ん張りが効くようにし、グッと踏み込めるようにした。その目的はつまり、速く動くということじゃないのか?
「……表情が変わったアルネ?」
……確かめる。もしもあれをしたら……たぶん、わたしの考えは当たっている。たぶん……
「ふぅ……」
身体に意識を送る。血液をひっぱるイメージ。運動を加速する……!
「はっ!」
わたしは駆けだした。それを見たチョアンはにやりと笑った。
「その構え……あのおじいさんの技アルネ?」
構えだけでそこまで予測するチョアンの目は恐るべきだが……逆に都合がいい。
わたしの技はおじいさま程ではないが、それなりの速度がある。
「雨傘流四の型、攻の一から六まで混成接続! 《翠嵐》!」
抜かれた刀が曲線を描いてチョアンの首へ走る。だが、いつの間にかメガネをしていたチョアンはすっと後ろにさがってそれをかわす。
さらに一歩踏み込んで袈裟切りを放つがそれも余裕でかわすチョアン。
まるで刀の軌跡が見えているかのように。おじいさまの技とは組み込む技の順番を変えたから予測は不可能。それでも全てをかわしている。
技が出終わった瞬間、チョアンの拳が一直線にわたしの胸に放たれたが既に後退していたわたしには当たらない。
「……さて……今ので何がわかったアルカ?」
チョアンは腕を下ろしながらにっこりと笑う。
「今の技は相手を追い詰めた時や、相手がバランスを崩した時なんかに放つべき必殺技アル。それを単発で放ってきた……何かを確かめるためアルネ?」
「……つまり、わざわざ技を受けてかわしてくれたわけか。」
「そうアルネ。」
ゆっくりとメガネを外すチョアン。
そう……メガネ。剣の話にあったメガネ。チョアンはおじいさまの攻撃を受ける前にメガネをしたという。メガネはどんなときにするのか。目が悪い人がつけて視力を底上げする時だ。それはつまり、ぼやけている視界をはっきりさせるということ。見難いモノを見やすくするということ。
かなりの速さで繰り出される技。別に刀は透明でないから決して見えないわけではない。ただ単に見難いだけだ。それを見やすくした。
「さぁ、ワタシの《常識》はなんだと思うアル?」
「……ズバリこれだという所までは至っていない。わたしはそんなに賢くないからな。だけど何をしているかはわかってきた。」
わたしは息をすぅっと吸ってチョアンに告げる。
「あなたがやっていることはモノの持つ意味や目的を大きくするということだ。」
チョアンは目をつぶってうんうんと頷く。
「例えばその手袋。手袋の意味は『手を守る』ということだ。わたしの刀が手に迫った時、そのまま行けば手は傷つくことになる。だが『手を守る』という意味を持つ手袋がそれを阻止した。たぶん、その意味が実現した結果、硬くて斬れない手袋になったんだ。」
「なるほどアル。」
「そして運動靴。運動靴の意味は『速く動く、走る』ということだ。だからそれをはいているあなたの移動速度は速くなった。視認不可能なほどに。メガネには『見難いものを見やすくする』という意味がある。だからあなたはわたしの攻撃を避けることが出来た。見えるから。」
「正解アル~」
チョアンがパチパチと手をたたく。
「ふふふ、やっぱり互いの能力が分かった状態の方がいい戦いになるアル。だからネタバレするアル。」
チョアンはスタスタと歩き、瓦礫の近くに置いておいた二つのアタッシュケースのもとに移動する。
「モノの意味……確かにそうアル。だけどそれらには共通点があるアル。」
アタッシュケースの真横まで来て、チョアンは両手を腰にあてて言った。
「ワタシは《服装》のゴッドヘルパーアル。」
「《服装》……」
「手袋も靴もメガネも《服装》の一部アルヨ。身につけるもの全般にワタシの力は影響するアル。服はもちろん、帽子やアクセサリーなどなど、それぞれが持つ意味を拡大させることがワタシの力アルヨ。」
「意味の拡大……」
「ヘルメットをかぶれば上から何トンという瓦礫が落ちてこようと頭は絶対に傷つかないアル。マスクをすれば細菌だらけの部屋でも有害な菌は絶対にワタシの中に入って来れないアル。そして……」
言いながらアタッシュケースの一つを開け、そこから筒状のモノを取り出し、それをつなげていく。最終的に出来あがったモノは……槍だった。
「鉄心。あなたは、戦場で槍をもった男を見たら、その男は何の武器の使い手だと思うアル?」
「……槍だろう……」
「そうアル? ただ持っているだけかもしれないアルヨ?」
「……!」
「そう……特定の条件がそろえば、それを持っているだけでそれの達人という意味になるモノもあるアル。ワタシはそういう意味も拡大できるアル。」
そう言って手にした槍を慣れた手つきでクルクルと回す。
「ちなみにワタシが槍を使うのはこれが二回目アル。練習とかは一切していないアル。」
「……武器を持つだけで……その武器の達人になると言うのか……」
「そういうことアル。」
アタッシュケースの中からさらに武器を取り出すチョアン。どういう風に入っていたのかよくわからないが、刀、剣、銃、斧、鎚にノコギリやヌンチャクまで。ざっと三十近くの武器がチョアンにまわりに並んでいく。
「これからあなたが相手にするのは人類の歴史で生み出された数々の武器。それらを全てマスターした達人アル。」
「……一つ聞くが……」
「何アル?」
「あなたの拳法……それも……?」
「これはワタシの技術アルヨ。」
ダンッと踏み込み、わたしに迫るチョアン。その姿は……槍の達人。
……ゴッドヘルパーの力ではない。わたしが今相手にするモノは……人間が作り出した技術そのもの。何千何万という数の人間が使い、受け、死んでいった……長い歴史によって磨かれた、相手を殺すための技術。
威力が高いとか、防げないとかそういう類の力ではない……だけどそんなものを遥かに超える精度で相手を殺す……技術、その集大成。
間違いなく、わたしが今まで相手にした中で……最強の敵!
「ハッ!」
わたしの手前まで来て一気に加速する槍。
……槍を相手にした時、そこに横方向の移動はありえない。人間が一瞬で移動できる距離なんてたかが知れている。その程度の距離は槍を持つ手を少し動かすだけで埋めることが出来てしまう。それに人間は横歩きするように出来ていない。必ず生まれる「動作の停止時」を狙われたらそこで終わる。
故に、槍に対して行うことはただ一つ。
前に進むということ……!
「むん!」
迫る刃先の軌道を刀でそらしながら前進。槍の攻撃は「点」攻撃だから少しズラすだけで避けることが出来る。そして槍の刃の部分よりも奥に入り込んだなら、少なくとも致命傷を受けることはなくな―――
「!」
避けた先に、何故かチョアンの手があった。そしてその手に握られているのは……ナイフ。
とっさに刀から片手を離し、その手を迫るナイフに向ける。
「あら?」
ナイフを振りぬいたチョアンはわたしの後ろに、わたしは前のめりに倒れたがでんぐり返しの要領ですぐさま起きあがった。
「……今のはなかなかすごいアルネ。」
それはこっちのセリフだ。槍は両手で持って扱うのが基本だ。だから両手は塞がっていると思い込んでいたが……その実、片手で持っていた。そして空いた方の手にナイフ。避けられた時のためにと言うよりはわたしがよけることが前提の攻撃だ。
「結構意外だったと思うアル。だけど……なるほどアル。そういえばあなたは《金属》だったアルネ。」
チョアンの手には直角に折れ曲がったナイフ。わたしを突き刺そうと迫るナイフに手を伸ばし、切っ先が触れた瞬間に《金属》の力でナイフを直角に曲げ、最終的には刀で言うところの峰がわたしの方を向くようにした。結果、わたしは少し細い金属の棒で手の平をなぞられただけ……という結果に持って行けた。
「一瞬の判断力……青葉に勝てたのも頷けるアルネ。彼女の奇想天外な動きについて行けたのもその応用力……と言ったところアルネ?」
「……そうかもな。」
「武道っていう型にはめられたあなたにはこういう意表を突く技がいいと思ったアル。だけどそれは勘違いアルネ。逆に正統な武術こそがあなたには効くのかもしれないアル。」
チョアンは槍とナイフを捨て……日本刀を手に取った。
「……剣術でわたしに挑むのか……?」
「《雨傘流》。」
わたしの問いに謎の答えを返したチョアン。
「持ち手をずらし、歩幅を変え、自由自在の間合いを操る剣術アル。その名の由来は剣士を上から見た時にまるで開いたり閉じたりする傘のように間合いが変化するところアルネ。」
ゆっくりと日本刀を構えるチョアン。その姿には隙が無い。
「ワタシがこれを持つことで得られるのは一般的な剣術アル。さて、《雨傘流》にどこまでついていけるのか……楽しみアルネ。」
じりっと足をすらせてこちらに近づいてくるチョアン。
「ほぁっ!」
一瞬でわたしの間合いに入り込んできたチョアン。今チョアンが行ったのは縮地と呼ばれる剣道の移動方法だ。重心移動と足の運びで移動する手段だが……素人がやると倒れたり足の腱が切れたりする。それをまさか運動靴でやってのけるとは……
わたしの刀とチョアンの刀がぶつかる。チョアンの刀は剣術の基本の斬り方。それに対してわたしの《雨傘流》は特殊だ。刀を片手で持って振りおろしたりする。しかしその全てを難なく防ぎつつ反撃してくるチョアン。まさに達人。
「うん……うんうん! 素晴らしいアル!」
とても楽しそうに刀を振るチョアン。表情や声色からかなり興奮していることがわかるが刀はぶれない。心ではなく身体が達人へと変化しているということか。
しかし……それなら攻めようがある。
わたしは少しずつチョアンの刀の間合いを変化させていく。チョアンの技が達人の……一般的な剣術の達人のものならば、間合いが変化するなんてことには対応できない。
刀が触れ合うごとに、わたしは自分の刀を通してチョアンの刀を縮めていく。少しずつ、少しずつ。
「どうしたアルカ! この程度ア―――」
チョアンの言葉が途切れたのは、チョアンの刀がわたしの刀に数センチ届かずに当たらなかったから。
まぁ、本来の長さだったら届いたのだが。
思いっきりからぶったところに斬り込むわたし。
「っつ!」
しかしすんでの所でチョアンの拳がそれを防いだ。
「いいアルネ……でもまだアル!」
つばぜり合い。……普通ならチョアンの刀を真っ二つに斬れているはずだが……刀の意味は『斬る』ことだ。結果としてわたしと同じ上書きをしているわけだから互いに互いが斬れないんだろう。
「次アル!」
一瞬でわたしから離れ、もはや瞬間移動と呼べるスピードで移動し、武器を別のモノにチェンジする。
再び視界から消えるチョアン。姿は見えないが足音は右から……
「……同じ手はくわない!」
左に刀を出した瞬間、チョアンの持つ斧がぶつかった。
「―――んんっああ……」
妙に色っぽい声を出したチョアン。
「……気付いたアルネ?」
「……わざと右で足音をたてて左に移動する。もちろんその時は足音を消して。今のスピードなら可能……別に不思議でもないトリックだ!」
斧を弾くわたし。しかし弾かれた斧はチョアンの絶妙な捌きによって回転、再びわたしの方へ迫る。
おそらく刃の部分は刀同様に斬れない。なら!
「ハッ!」
斧は先端に刃がついていてそれ以外は棒。そこへ刀を振りおろし、刃の部分を切り離した。しかしそれで戸惑うチョアンではない。おそらく斧の達人から棒の達人に変わった。とんでもない速度の指の動きでただの棒と化した斧を適切な場所で持ち、切れのある棒術を繰り出す。
「あはぁ……」
「むん!」
わたしが繰り出される棒を弾き、防ぐたびにほっぺを赤くしていくチョアン。今が戦闘中でなければ私も見とれていたであろう表情だ。
赤くなると同時に少し棒から力が抜けていくチョアン。
「スキありだ!」
棒の嵐をぬって袈裟切り。浅くではあるが、手ごたえが手に伝わる。
「―――んんっ!」
肩からお腹辺りまで走る鮮血。とどめの一撃をお見舞いしようと一歩踏み込むがそれよりも速くチョアンがバックステップでさがる。
「―――いいっ! 最高アル!」
そこからさらに高速移動、さっき武器を出したアタッシュケースではないもう一つのケースに近づき、それを開いた。
「熱いアル……」
とりだしたのはトイレットペーパー……なわけないか。あれは包帯か?
紙がグルグル巻いてあるそれから一定の長さを切り、それを素早く傷口に巻いたと思ったらすぐに外す。すると傷口が治っていた。
「包帯の意味……アルヨ。」
すごい能力だが……それ以上にチョアンの表情がすごい。ほっぺを赤くし、舌を出して唇をなめている。目はうるんでいて……ものすごく……妖艶だ。
「あぁ……んん……でも……もう少しアルネ……」
チョアンはアタッシュケースの中から……ボロボロの赤いハチマキみたいなものを取り出した。そしてそれを右手首に結びつける。同じようなモノを左手首、右足首、左足首にもつける。
「当たれば確実に死ぬ……そんな攻撃の応酬……スリリングな一瞬一瞬……んぁあああっ! たまらないアル!」
そう言いながらチョアンが右の拳を真横に突き出した。その瞬間、ものすごい轟音が響き、右手の先の地面からコンクリートがはがれ、さらにその先の建物が崩壊した。
「んな……」
まるで巨人の拳が放たれたかのような光景だった。
「この布には……全てが上書きされているアル。」
「……全て……?」
「この布をつけることで……この世に存在する全ての武道を身につけ、全ての武器を扱える。この拳が放たれる対象は確実にその存在の死を迎える。空気を叩けば大気は爆散し、ビルを叩けば崩壊する。ワタシに見えないモノはなく、ワタシに出来ない動作はない。そういう《常識》を上書きしたアル。」
「なんだと……」
それが四肢に巻かれたということは……これからチョアンが繰り出す技はその全てが一撃必殺であるということだ。そして……できないことはない……だと……
「でもさすがにいつでも装備できるわけじゃないアル。今みたいに……鼓動が早まって、体温があがって、身体の奥から何かが湧きでるような状態でないとここまでの上書きは出来ないアル。」
「……要するに……興奮した時か……」
「ワタシをここまでドキドキさせるなんて……青葉以来アル。久しく感じてなかった絶頂アル。でもまだまだ……上があるアル。さぁ……続きアル……」
異常な雰囲気。狂っているという言葉が今のチョアンにはふさわしい。戦いという行為でここまでの興奮を見せるなんて……
ならば……その目的は……
「……あなたは……死ぬまで戦うことが目的なのか……」
わたしが驚愕の声と困惑の表情を見てチョアンは首を振る。
「違うアル。戦って死ぬことが目的アル。だからこの布をつけると……ワタシも一撃で死ぬアル。」
「なにっ!?」
「さっき見せたような包帯の力も無いアル。ワタシは全てを可能にしているアル。でもそんなワタシもあなたの刀の一振りで死ぬアル。あなたもワタシも一撃で死ぬアル! んあああっ、っく、あはん……楽しみアル!」
「何を……考えているんだ……」
わたしがそう言った瞬間、チョアンはとんでもなく妖艶な笑みを浮かべ、そして両腕を広げて空を仰いだ。
「言ったアル! 戦って死ぬことアル! 絶頂の中で終わりを迎えるアル! 病気? 老衰? あり得ないアル! 心と身体が高ぶる中で、満足をしながら死ぬことこそが幸せな死に方アル! さぁ……ワタシを絶頂に連れていくアル! ワタシは戦いの中でしかテッペンに行けない人間アル! 理解しているからこそ求めるアル! ワタシを最高の快楽に導く死神になるアル!」
「……残念だが……わたしはあなたを殺すつもりはない。それがわたしの《常識》だ。戦うのは構わないが……結果はあなたが倒れる。それだけだ。」
「んんんああああっ! つれないこと言うアルネ! でも無理アル! ワタシの《常識》はワタシの欲求から来る上書きアル! 対してあなたはただの信念アル! どちらがより強い上書きかは一目瞭然アル! あなたがワタシに一撃を入れた瞬間、ワタシは死ぬアル!」
……そうはさせない。絶対に。
「っああぁあっ、んんはああぁ! 駄目アル駄目アル! あなたを見ているだけで……想像するだけでイってしまうアル! 始めるアル!」
直後、背後の地面と建物を粉々にしながらチョアンがとてつもない爆速で接近する。とっさに刀を前に出すが繰り出された拳を受けた瞬間、折れるかと思うぐらいの衝撃が腕に走り、耐えきれなくなったわたしの身体は後ろにすっとんでいった。とびかけた意識の中、目にしたのは空中を走って接近してくるチョアン。
「……はああああぁああっ!」
刀から極細の刃を自分がとんで行く方向に放ち、勝又くんとの戦闘でやったように、空中に足場を作る。その足場になかば突っ込む形で真横から着地する。スピードを相殺できずにゴムを引っ張るように、わたしは極細の足場をしならせる。しかしある点まで来た時、ワタシの進む方向は逆転し、パチンコ玉のように放たれ、迫りくるチョアンへ突撃する。
全身全霊でチョアンに刀を振る。チョアンの拳と刀がぶつかった瞬間、目の前で爆弾が爆発したかのような衝撃が走り、周囲に飛散する。しかし均衡は一瞬で崩れる。わたしの刀が拳を押し返し、チョアンを弾き飛ばした。
鋭角で地面に突撃するチョアン。足場を上手く使いながら着地するわたし。
……一撃で死ぬという言葉通りなら今のでチョアンは死んでしまう。しかし……そんなことで死ぬことを良しとはしないだろう。たぶん、わたしの刀に斬り込まれて初めてそうなる。つまり……
「素晴らしいアル!」
瓦礫の中から身体を震わせながら出てくるチョアン。やはり無傷。
「ワタシの目に狂いはなかったアルネ! 今の一撃、『相手を弾き飛ばす』という点において、あなたの《常識》がワタシのそれを上回ったアル! あなたのその信じる心、空想を現実に変換するというゴッドヘルパーにおいて最強の力……最高アルヨ!」
青葉にも言われたこと。空想を現実に変える。ゴッドヘルパーとして、最も力になるのはこの力だ。ルーマニア殿も晴香もそう言っていた。
「なら……わたしはあなたに勝てるな。殺さずにな。」
「そうは……んはああぁ……いかない……アル!」
チョアンは近くに落ちていた建物の瓦礫を軽々と宙に放り投げ、それに向かって拳を一撃。砕けた瓦礫の破片が砲弾のようにわたしの方に飛来する。それらをかわしながら斬りながらわたしはチョアンの方へ前進する。
「さすがアル!」
チョアンの目の前まで来たところで一閃、極細の刀を撃ち出す。それを片手で弾くチョアンだが、その一瞬にわたしはチョアンの懐に入った。
「あれだけの攻撃力を見ておきながらワタシに接近戦を挑むアルカ!」
「はぁっ!」
ぶつかる拳と刀。人間の手と金属の刃がぶつかっているとは思えない音が響く。わたしは今まで身につけてきた技術の全てを叩きこみ、チョアンは一撃必殺の拳と脚をそれにぶつけてくる。
一撃ぶつかるごとに放たれ、飛散する衝撃は瓦礫を吹き飛ばし、地面をはがす。
バカバカしいほどの威力のぶつかり合いだ。実際、チョアンの力は言葉では言い表せない程のプレッシャーと力を持っている。だが、訳が分からないほどの力だからこそ、わたしはまともに戦えているのだと思う。
さっきの瓦礫の砲弾も、普段のわたしならたぶん防御するだけで手いっぱいだった。とてもじゃないが前進はできなかっただろう。そう、あれだけだったなら。
問題はチョアンが強すぎるという点だ。イメージできるレベルの強さだったなら、わたしは敗北していただろう。だがイメージできないレベルの強さ故に、戦略も何も考える気にはならず、ただがむしゃらに戦うということができている。勝つための戦略も何も考えないで戦っているという状況がゴッドヘルパーとしてはプラスになっているんだろう。
頭で考えて可能不可能ができるようなモノを相手にしていない。だから考えることなく、純粋にわたしだけの《常識》を使えているのだ。
この状態を持続させることが必要不可欠。考えてはいけない。勝つための手段なんて考えても意味が無い。何故なら相手はそんなことでどうにかなる相手じゃないからだ。
「何も考えるな!」
視認不可能な速度の拳をかわす。
「ただ刀を振れ!」
どう動いたのかもわからない動きで刀を振り下ろす。
「ただ倒せ!」
「!」
よくわからない速度で放たれたわたしの突きを大きく後ろにとんでかわすチョアン。
「なんてことアルカ……自分自身でもできるかどうかわからない動きを自然にしているアルネ? その動きをして当たり前だと……そういう《常識》をその刀の《金属》に上書きしているアルカ。」
チョアンはひどく嬉しそうに呟く。
「頭で思った動きをそれができるかどうかは無視して実現させる……戦略も何も考えていない戦い方……素晴らしいアル! 今この瞬間、ワタシの前に武神と呼ぶにふさわしい存在が立っているアル! 戦えば戦う程にその力を磨いていき、不可能を無くしていく存在がここにいるアル!」
「武神……神様か。それは違うな。」
わたしはこれだけは確実に言わなければならないと思った。
「わたしはヒーローに憧れるだけの人間だ。今も憧れるヒーローの強さに近づいているだけだ。」
わたしは無意識に、サムライジャーの構えになる。
「だがこれだけは言っておく。わたしの今の敵はあなただ。世界の秩序を乱そうとする悪者だ。」
セリフを言うたびに胸が高鳴る。そう、わたしは今ものすごく……
「ヒーローは悪者に決して負けない。」
正義……だ。
「正義は勝つ!」
チョアンはわたしの言葉を聞き、目を細めながら、おそらくこれが最後であろう、落ち着いた表情でこう言った。
「正義と悪……色々な見方でちょくちょく変わる物アル。だけどそれを何の疑いもなく信じ、それを信念として生きているあなたは……きっと正義アルネ。」
拳を構え、再び恍惚とした表情に戻ったチョアン。
「さぁ、正義の味方! ワタシを楽しませるアルヨ!」
チョアンは地面をコツンと片足で叩いた。するとそこからコンクリートで出来た槍がせり上がって来た。それを掴んでわたしの方に刃先を向ける。そして爆音と共に超速で突っ込んできた。
「楽しませはしない。さっきも言った、ただ倒す!」
構えた刀、その刃が光り輝く。
「はぁぁああああぁぁっ!」
ぶつかる刀と槍。その二つの接点を中心に広がる衝撃が、またもや周囲を粉微塵にした。
あたしは正直どうしようもない。だってあたしは直接戦える人じゃないし。
「うわわ! なんすかこれ!」
速水があたしの横を走っている。あたしも走っている。速水の力であたしの走る速さはかなりのモノになってる。でもこれ、やったあとの筋肉痛がひどいのよね。
「速水、なんとかしなさいよ。」
「は、花飾さんもなんか考えて下さいよ!」
「……なんで晴香は雨上先輩であたしはさん付けなのよ。」
「えぇ……だって雨上先輩はホントに先輩ですけど……花飾さんは別に同じ学校ってわけでもないですし……」
「まぁ……そうよねぇ。」
「ちなみに花飾さん、今日の下着は何色なんすか? 結構スカートはためいてんで見えそうなんすけど。」
なんか知らないけど晴香は私服だったし、鎧もいつの間にか道着みたいなのになってる。あたしだけ制服のままなのよね。
「残念ね、あたし、今日は下に体操着はいてんのよ。」
「うぇっ!? なんでそんなこと!」
「今日、何もなかったら今頃は体育の授業だったからねぇ。普段ははかないんだけど。タイミング悪いわねー。」
「えっ!? 普段はノーパンなんすか!」
「体操服をはかないって言ってんの!」
「ちょっと……」
あたしと速水がそんなことをしゃべりながら走ってたらあたしたちを走らせてる男装の女が呟いた。
「いい加減にしなさいよね。私、つまらないんだけど。しかもパンツの話ってどーゆーこと? 変態と痴女が私の相手なわけ?」
「失礼ね! こいつは変態だけどあたしは普通よ! いたって。」
「えぇ……《変》が何を言ってるんですか……」
「あんた……何を堂々とあたしの力をバラしてんのよ。」
「あ……」
「おまけに馬鹿ってわけね。まぁいいわよ、私は気にしない方だから私の力も教えたげるわ。」
男装女の力……確かサマエルがヘイヴィアとか言ってたかしら。あたしたちはこいつの攻撃から逃げるために走ってた。
どんな攻撃かって言うと……上から剣が降ってくんのよね。
あいつがその辺に転がってる石ころを上に投げるとそれがでっかい剣になって降ってくるってわけ。
「ていうか、私はあんたらの力は知ってんのよ。リッド・アーク戦は私らの間でも結構話題になったから。《変》のゴッドヘルパー、花飾翼と《速さ》のゴッドヘルパー、速水駆。んー、はやい男はもてないわよー? ちゃんと女の子も楽しませなくちゃね。」
「下品な女ね!」
「オレは趣味じゃないですけど、ああいうのが好きな男子ってそれなりにいますよ?」
「何の話よ!」
「漫才するのは結構よ? でも私の自慢話も聞きなさい。」
ヘイヴィアは足元の石ころを拾う。てか、なんで交差点にこんなにたくさん石ころが転がってんのよ。正確には瓦礫が! 誰よこんなに壊してんのは……
「私は《質量》のゴッドヘルパー。」
ヘイヴィアの手の平の上で石ころがみるみる大きくなっていく。ヘイヴィアがそれを地面に落とすとさっきまでの小さかった石ころとは思えない大きさと重量感でズシンッという音をたてた。
「んんっふっふ、やらしい現象よねー。どういうことかわかる?」
「知らないわよ!」
「あんたらって高校生と中学生なんでしょ? 《質量》くらい知ってるわよね。」
「当たり前っす。これでもオレ、成績いいんですよ。」
「え、そうなの?」
あたしは疑いの目で速水を見る。
「クラスで上から七番す!」
「微妙ねぇ……あたしは……この前の中間はクラスで下から二番だったわね。その前の期末は学年トップだったけど。」
「なんすかその波!」
「成績なんてどうだっていいわ。女に必要なのは上の大きさ、男に必要なのは下の大きさよ。」
ホントに下品な女ね……ま、それは置いといて……
《質量》っていうのは重さのこと。この世界にあるもの全てが持っている数値ね。ただし体重計で計る重さとは少し違う。
例えば体重六十キロの人が体重計を持って月に行くとする。月の重力は地球の六分の一くらいだからそこで体重計に乗るとその人の体重は十キロとなる。でもだからってその人の《質量》が六十から十になったとは言えない。あくまで変わったのは重さだから。
よーするに《質量》ってのはどこでどんな風に計っても変わる事のないその物体の重量ってことね。
「《質量》は不変の値。これが増えたり減ったりするってことはつまりその物が大きくなったり小さくなったりするってこと……ここまではいいかしら?」
ヘイヴィアがさっき大きくした石……今じゃ岩を指差す。そう、絶対に変わる事のない値だからその値が変わったなら、それは物質そのものが別の物になるか、大きさが変わったことを意味する。
「でもねぇ……別に《質量》が増した時に増す前の形と同じでなきゃいけないなんて決まりはないわよね?」
「……はぁ?」
「水と同じよ。《質量》十キロなら例え四角い容器の中だろうと丸い容器の中だろうと十キロには変わりないじゃない。」
「……それがあんたの考え……《常識》ってわけかしら?」
「そうね。私は《質量》を増やすことで物体の形状を自在に変えることができるのよ。」
「それって……結構強くないっすか……」
速水がやばそうな顔をする。だけど残念、あたしにはわかる。これの弱点が。
「でもそれは……急激な変化にのみ適応することじゃないかしら?」
あたしがそう言うとヘイヴィアがニンマリと笑った。
「そうよ? 十キロの物を十キロのまま形を変えることはできないわ。加えて、十キロの物を十一キロにしたからって原形を留めないような大きな変形はできない。私がその形状を決められるのはあくまで増えた分のみ……同じような理屈で物を小さくする事……《質量》を減らすこともできないわね。」
つまりヘイヴィアが大掛かりな変形を行う時に使う大元の物体は小さくないと駄目ってわけね。
……そんなことわかってもどうしようもないけどさ。
「初めは小さくて大きくなるって方がステキじゃない?」
ヘイヴィアはさっと地面の石ころを拾い上げて空高く放り投げる。宙に舞った石ころは一瞬で大きな剣に形を変え、その重さのせいでかなりの速度で落下してくる。
あたしと速水はダッシュでその場から離れる。数秒後、何本もの剣が地面に突き刺さった。
「あの剣がオレらを追ってこないなら避けるのは簡単っす。花飾さん、イケますね!」
「そう上手くいくかしらねぇ……だってサマエルが自分の切り札みたいに紹介してたのよ? この程度なわけがないわ。」
それに、よくよく考えるとヘイヴィアはすごいことをしてんのよね。だって石ころの変形は宙に投げた後に起こってるんだから。触れずに《質量》の変換と形状の操作をしてるってことになる。
あいつ、目で見るだけで……もしかしたら見もしないで《質量》っていう《常識》の上書きができるのかも。
「あっはっは! もう一つ私の弱点を教えてあげるわ!」
あたしたちが必死に逃げ回る中、一歩も動かずにヘイヴィアは叫ぶ。
「私、生物の変形はできないのよ。石とか金属とかは削ったり溶かしたりすることで変形できるってことを《常識》で知っているから簡単よ! でも生物の変形なんて見たことないもの! だからいきなりあなたたちの腕を三本にしたりなんてことはできないわ!」
「……なんであいつあんなにベラベラとしゃべるのかしら……弱点……」
「馬鹿か、余裕かのどっちかっすね。」
「聞こえてるわよー。私、罵倒されて感じるタイプじゃないからね。」
また変な事を言って……と思ってヘイヴィアを見たあたしは少し驚いた。いつのまにかヘイヴィアがこっちに迫ってる。ゆっくりと。
「あいつ、足を動かさずに移動してるわ。地面の変形でもしてんのかしら!」
「……! 花飾さん、違います!」
速水が驚愕の表情でヘイヴィアを指差した。
「遠近法でそう見えるだけっす! あいつ……」
あたしはもう一度ヘイヴィアを見る。……あら? ヘイヴィアの近くのあの瓦礫、あんなに小さかったかしら……
「……!」
そこであたしも気付いた。
ヘイヴィアが大きくなってることに。
「あんた……まさか自分の《質量》を……」
「変形できないだけで《質量》は操れるもの。形はそのままに大きくすることはできるわ。」
大きくなるのが止まった。ざっとあたしの身長の二倍ほど、三メートルはある巨体になったヘイヴィア。まるで虫めがねで覗いたように……カメラでズームしたように……
「んんっふっふっふ。あんたたち、《質量》っていうのをなめていないかしらね?」
さっきから降らせていた剣を軽々持ちあげるヘイヴィア。今の大きさであの剣を持つと何の違和感もない。あの大きな剣がちょうどいい大きさに見えるってどういうことよ……
「ボクシング、柔道、空手、プロレス……体重で階級を分けてる格闘技がどれだけあることか……知らないわけでもないでしょう? なんで分けてるか理解してるかしら?」
剣をぐるぐるまわすヘイヴィア。ブオンブオンって空気を切る音がする。
「身長が二倍ってことは……」
「体重は八倍……っすかね。五十キロとしても……四百キロ……」
「女の体重を計算するなんていやぁねぇ。でも、体重の差……《質量》の差っていうのはイコール力の差だものね。ましてそれに大きさの違いまで加わったら……成す術ないわよねぇ?」
ヘイヴィアの言ってることは真実……鎧じゃないけど、地球にやってきた怪獣にどうして人間が苦戦するかと言ったらそれは大きいからよ。光の巨人がどうして戦えるかと言ったら怪獣と同等の大きさだからよ。
昆虫界じゃ強くてカッコイイかぶと虫もライオンからしたらただの虫。そのライオンも恐竜の時代じゃあ草食恐竜の一匹だって狩れやしない。
大きさが違う、重さが違うっていうのはそれだけで大きな力の差なのよ。
「んんっふっふ、小さく見えるわねー。世界が。」
「あんた……元に戻れんの?」
「自分で増やした《質量》なら減らせるわよ。私ができないのは元々ある《質量》を減らす事よ。面白いわよねー、ゴッドヘルパーって。」
なんなのよ、もう! ゴッドヘルパーってこんなんばっかりよね! 法則性があるのかと思ったら「そうは思わないから」って理由で別の現象を軽々と引き起こすんだから。
「……まずいわね……」
「でも大きいってことは的としては最高ですよ!」
速水が拳を引く。それと同時にヘイヴィアが持ってる剣を自分の前に投げた。次の瞬間、速水の拳が見えなくなって、宙を舞っている剣が砕け散った。
何が起きたかって言うと速水が《速さ》の力で衝撃波を放ったんだけど、ヘイヴィアが投げた剣で防がれた……って感じね。
「んんっふっふふ。見え見えな考えねー。」
「だったら!」
あたしの横から速水の姿が消えた。でも、またもやそれと同時にヘイヴィアを囲むように壁が出現した。数秒後、その壁全てに亀裂が入っていって……あたしの横に速水が戻って来た。
えっと……これは、速水が見えないくらいのスピードでヘイヴィアの周りを走りながら衝撃波を放って、全方位から攻撃したんだけど、壁で防御されちゃったって感じね。
「経験値が違うのよ。あんたたちと私じゃぁ、戦闘経験がね。」
「まったく……なんであんたたちってそんなに戦闘経験豊富なのよ。どっかの軍隊じゃあるまいし。」
「んんっふっふ、何か勘違いしているみたいね?」
「何をよ。」
「私たちは正真正銘、軍隊よ。」
「はぁ?」
にやけ顔で敬礼するヘイヴィア。
「兵士はゴッドヘルパー、指揮官は悪魔の王・サマエル様。対するは神の軍勢。目的は世界征服。ほら、軍隊じゃない。」
ダンッと地面を踏むヘイヴィア。その衝撃で宙に舞うビルや道路の瓦礫の破片。それらが一瞬で形を変えていく。
「今は鴉間のアホのとこに行っちゃってるけどねぇ、あのイカレ中国人と物語コンビの力で私たちは戦闘訓練ってのを結構積んでるのよ。」
形を変えて大きくなっていくコンクリートがヘイヴィアの身体を包んでいく。
「あの中国人は素人を一瞬で達人にする力を持っているの。力を解いたらまた素人に戻るんだけど、達人になっている間に武術や格闘技の動きを身体に叩きこむことでかなり効率良く戦闘力を上げられるのよ。」
腕、脚、腰、腹、胸、首……全身がコンクリートに隙間なく包まれていく。
「そしてあの物語コンビの力で疑似戦闘を繰り返す……私たちが戦闘経験豊富なのはそういう理由よ。」
ヘイヴィアを包んだコンクリートはその形状を攻撃的な物に変えた。それはまさに……鎧。
「は、花飾さん……あいつ……」
速水が一歩下がる。あたしも身体が震えている……
今目の前にいるのは男装した下品な女じゃない。屈強な肉体を強固な鎧で包んだ……猛者。
「どーお? 私の目、見えないでしょう。これで《変》は通じないってわけね。」
声と外見が合わな過ぎるわよ……なんかめちゃくちゃカッコイイ鎧なんだけど。言う通り、目も見えないし……
「……そんな格好になって、重くないのかしら……?」
「必要な所に必要な分だけ《質量》を使って、別にどうでもいいとこは極限まで軽く……私は《質量》のゴッドヘルパーよ? 博物館にあるよーな無駄だらけの鎧と一緒にしないで欲しいわね。それに、身体を大きくしてるからその分筋力も上がってるのよ。」
両手に私の身長くらいある剣を出現させてあたしたちを見下ろすヘイヴィア。これだけ見たら中身が女とは誰も思わないわね……
「……いくら鎧っていっても元はただのコンクリートですよね……ならまだなんとか……」
「……馬鹿ね……いくら砕いてもあいつはすぐに修復できるのよ。あれを粉々に砕いてなお威力があいつ自身に通じるぐらいのパワーが必要よ。」
「……かなり加速しないと駄目っすね。」
「なら……とりあえずは。」
「んんっふっふっふ。どーするのかしら?」
あたしと速水は同時にヘイヴィアに背中を向ける。
「逃げるのよ!」
全力疾走。とにかく離れて、作戦会議よ!
「んふ、いやぁねぇ。焦らしちゃやーよ。それとも放置プレイ?」
交差点から離れて路地に入る。リッド・アークの時みたいに一般人はいないからいいわね。
「さて、どうするっすかね。」
「あいつに《変》はかけれない。というか、こっちの力を知ってるんだしね……あたしと目を合わせないようにするだろうからどっちにしたって難しいわ。だからあたしに出来るのは《変》であんたのパワーアップをすることぐらいよ……」
「んじゃ……『ヘイヴィアに負けるなんて《変》』……みたいな?」
「それができたらリッド・アークの時にもやってるわよ……それは無理。」
「なんでっすか?」
「別に《変》じゃないからよ……」
あたしがそう言ったら速水はそれこそ変な顔になった。
「……どういうことっすか?」
「そもそもあたし達はあいつに勝つために戦ってるのよ。そんであいつがだいぶ強いってことが分かったから『負けるかもしれない』って思ってる。今のあたし達にとって、あいつに勝つ事も負ける事も《変》じゃないじゃない。」
あたしは腕を組んで条件を話す。
「《変》ってのはその人間にとって思いも寄らないことであるか、思ってもそいつの《常識》がそれを完全否定する事象を指すのよ。あたしは《変》で奇跡を起こしてるわけじゃないわ。ゴッドヘルパーなら理論的には可能だけどそいつがそいつの《常識》のせいで出来ないと思ってることを否定することなのよ。」
「つまり……今のままのオレだとできない《速さ》の可能性ってのを《変》で引き出せるようにするってことなんですね……」
「そゆこと。あんたの中の何を否定して何を出来るようにすればいいのかわからないから困ってるのよ。」
「《速さ》の……オレが知らずに出来ないと思ってしまっているこ―――」
そこで速水の言葉が途切れたのは、いきなり周りが暗くなったから。とっさにあたしと速水はその場から移動した。その一瞬後、さっきまでいた場所にデカイ剣が突き刺さった。
「んふ、出てきたわね。」
路地から出たら、五十メートルくらい向こうにヘイヴィアが立ってるのが見えた。たぶん、剣を投げたのね。
「でもなんで居場所が……」
「んんっふふ。私から逃げるなんてことは不可能よ。空でも飛ばない限りね?」
ズシンズシンと足音をたてながらゆっくりと近づいてくる。
「私は《質量》のゴッドヘルパー。それを操るのは勿論だけどね、それを感じることも得意なのよ?」
勢いをつけて歩くことで周囲の石ころなんかを宙に舞わせて、それの《質量》を操作……ヘイヴィアの周囲に何本もの剣が作られていく。それらは地面に突き刺さる形じゃなくて、横たわる感じに並べられていく。剣先が向いているのはあたしたち。
「私を中心に一定の距離の中にある物体……地面に接している物なら私はその全ての《質量》を把握できるのよ。あんたらの《質量》は記憶したからねぇ……どこに移動したってその《質量》がかかっている場所に行けばその《質量》の持ち主であるあんたらに出会えちゃうのよ。」
ヘイヴィアが片手をあげると、周囲の剣の剣先が一気に伸びた。つまり、あたし達に向かって無数の剣先が迫ってきた。
「花飾さん!」
速水があたしの手を掴んで上に跳んだ。動きが速くなるだけでジャンプ力とかは変わらないけれど、速水は器用に伸びてきた剣先の上を走ってヘイヴィアから遠ざかった。
「あら、意外とテクニシャンね。」
ビルとビルの間に隠れる。まぁ、ヘイヴィアの話が本当なら意味はないけど……
「まずいですね……」
「幸いなのはあいつの移動スピードが遅いこと……」
……ん? 遅い?
「ねぇ、速水。あんた、相手を遅くすることはできんの?」
そんなあたしの問いかけに、速水はちょっと目をそらして答えた。
「……めちゃくちゃ限られた物だけです……人は無理です。」
「あによそれ!」
「できるならリッド・アークとの戦いの時にあいつの動きを遅くしてましたよ……」
「そりゃそうだけど……なんで? 速くすることは出来て遅くはできないの?」
あたしたちの《速さ》をいじって、高速移動できるようにしたのは速水。なら、同じ要領で敵の動く《速さ》を遅くできれば余裕で勝てるわ。
「これは……オレの《常識》ってやつなんすけど……生き物は遅く動くようにできてないんですよ。」
「は?」
「例えば『歩く』っていう行動……速く歩くことはできますよね。さらに速度を上げればそれは『走る』になる。でも遅くは? 速度をどんどん遅くしてった時、生き物は歩けなくなります。」
「……わかんないんだけど。止まるってこと?」
「違います。止まっていたら『歩く』じゃなくなりますから。『歩く』が『走る』になるのは別にいいんですよ……身体の動きは同じなんすから。でも『止まる』と『歩く』じゃ決定的に異なります。」
ヘイヴィアの足音が近くに聞こえた。あたしと速水は移動しながら会話を続ける。
「『歩く』っていうのを言葉で説明すると、自分の体重を前方にかけ、それによって身体が前に倒れるよりも速く脚を前に出すって行為なんす。オレが操るのは動きの《速さ》ですから、重力によって発生する『倒れる速度』を操ることはできません。あらゆる物の速度を操れるならそれは《時間》ですからね。」
「確かに……」
「つまり、『歩く』速度を遅くしていくと、ある時点で『歩く』から『倒れる』に変わるんですよ。自分が前に倒れる《速さ》よりも遅く脚を出してたら……そうなりますよね。」
足音が聞こえなくなったところで一時停止、あたしたちは肩で息をしながら物陰に隠れる。
「オレは、腕や脚の動く《速さ》を速くすることで高速移動を可能にします。でもそれを逆に遅くして相手の動きをノロくすることはできません。なぜなら、生き物は遅く動くようにできていないから。野生の獣が速く走ることはあっても遅く走ることはないように。ある一定以上遅くするとその生き物がしようとしている動作そのものができなくなる。だから……できないんす。」
「ふぅん……」
要するに……自転車ね。自転車をこいでいる人に「速くこげ」って言ったらそれは可能。乗る人によっちゃめちゃくちゃ速くこげるでしょうね。そんな風に、速くすることは簡単なことだわ。
じゃあ「遅くこげ」は? どんな人が乗ろうと、ある一定の速度以下になったらこげなくなる。だって自転車が倒れるから。
結局、上限の問題なのよね。速く移動することの上限なんてほとんど無いわ。だからこそ、余計な《常識》が邪魔をしない。でも遅くする時は上限=ゼロって決まっちゃっているのよね。一般的な教育を受けてきた奴なら誰でも理解できる《常識》。だからこそ……遅くするって行為は実現できない。どこまで遅くすればいいのか。その行動を保ったままでの限界の遅さ……どのくらい遅くしたら倒れてしまうのか……そういうことを感覚的に知っているから……《常識》が邪魔をして実現できない。
あくまで行動の《速さ》を操る速水にとって、その行動は保たれないといけない。それが途中から『倒れる』とかの別の行動になってしまうというのは速水にとって……矛盾みたいなもの。だから速くはできても遅くはできない。
良く知っている、理解している故に《常識》の上書きができない。あたしたちゴッドヘルパーにはよくあること……自分の中の《常識》のせいで不可能や矛盾がイメージできてしまうから……それをイメージできない。
「なら……逆に遅くできるのはなんなのよ。人以外は?」
「動物も無理です。それ以外は……」
速水がほっぺをポリポリとかく。
「正直、どういった定義で遅くできる物とできない物を区別しているかはわからないんす。ひどく感覚的なんすよね……」
「…………じゃぁ、速水。」
「はい?」
「あれは遅くできる?」
あたしは迫りくるヘイヴィアの方を指差した。
「んんっふっふ。何か秘策を思いついたのかしら?」
あたしと速水はヘイヴィアの前に立つ。距離は十メートルってところかしら。
「まさか……あんた、それを投げつける気?」
あたしの両手には手におさまるくらいの瓦礫がある。ヘイヴィアがでかい剣を落としてきたりするせいで、まるで爆撃でもあったみたいに道路には瓦礫が散らばってる。
「んんっふふ、今の私に近接格闘で挑まないところはまぁ、わかるけど……だからって石ころで遠距離攻撃をするの? あんたの細腕じゃ満足に投げられるかどうかも怪しいわね。」
「それに、私の鎧を砕けるのかしら? とでも言いたいところでしょうけど……見てから言うのね!」
あたしは全力で瓦礫を投げつけた。それはプロ野球選手の投げる球の速度なんて軽く超えてヘイヴィアの鎧にぶつかった。
「あら?」
ヘイヴィアがちょっとぐらつく。瓦礫が当たった場所は少し砕けた。
「意外と威力あるわね。」
「《速さ》で動きを速くしてんのは何も脚だけじゃないのよ。」
そう、腕だってそれなりの速度で動かせる。だから剛速球が投げれるのよねー。……肩こりそうだけど。
「でも、この程度はすぐに修復できるわよ?」
言うや否や、ヘイヴィアの鎧はすぐに修復された。
「だから……こうすんのよ!」
瓦礫を拾う。投げる。拾う。投げる。拾う! 投げる!
速水が速くするのは動作。瓦礫を拾って投げるっていう動作を高速化しているあたしは、たぶん傍から見ると分身でもしてるように見えるんじゃないかしら。
「んんっふっふっふ!」
ドガガガガって音がするくらい物凄い速度と威力で放たれる瓦礫を全身に受けながら、ヘイヴィアは笑った。
「修復するよりも速く次を投げればいいってことかしら? 私は速くて多いよりもじっくり質のいいのを希望するけどねぇ。」
実際、砕けた部分はすぐに修復するし、あたし自身野球部でもないからコントロールよく投げれるわけじゃないわ。砕けた部分が修復するよりも速く、次の瓦礫をまったく同じ所に投げつけるのは難しいわ。
「私、この力との付き合いはかなり長いのよ。《質量》の操作速度はかなりのもんよー!」
「わーかってるわよ! うりゃうりゃうりゃうりゃーっ!」
「諦めの悪い女は嫌われ―――」
そこでヘイヴィアのセリフは途切れたわ。なぜならば……
「な……なんで……?」
ヘイヴィアの鎧じゃなく、ヘイヴィア自身に瓦礫が直撃したからよ!
「そこだぁー!」
あたしは鎧に空いた穴に向かって瓦礫を投げまくる。
「っぐ! がっ!」
ヘイヴィアのうめき声が聞こえた。
「ど、どうして! 鎧が修復しないのよ!?」
数撃ちゃ当たるの原理で投げまくっていると、空いた穴にいくつか瓦礫が入っていく。入っていく度にヘイヴィアが声をあげる。
「うりゃー!」
「ちょ、ま、そ、そんな!?」
突如、ヘイヴィアの鎧が砕け、二倍の身長のヘイヴィアが出てくる。でもその身長もすぐに縮み、気付いた時には元の大きさになったヘイヴィアが地面に倒れていた。
「作戦成功ね!」
あたしはその場でガッツポーズ。自分の役目を果たした速水もあたしの横に戻って来た。
「身長まで戻ったすけど……」
「中身はただの人間だもの。あんな瓦礫くらったらかなりのダメージよ。《質量》を操るだけの集中力が削がれたんでしょ。」
あらまぁ、結構簡単に勝てたわ。とりあえずヘイヴィアはふんじばっておこうかしら。
「な……なんで……」
そこで、倒れているヘイヴィアからか細い声がした。あたしと速水はヘイヴィアの横に立って種明かしをした。
「簡単よ。あんたが鎧を修復する《速さ》を遅くしたのよ。」
「あ、ありえないわ……《質量》のゴッドヘルパーが《質量》を操作しているのよ……どうしてそこに《速さ》が入って来れるのよ……」
ヘイヴィアは苦しそうにあたしに尋ねた。
「確かに《質量》の増加を指示しているのはあんたよ。でも、その上書きを受けて実際に変化するのは鎧……コンクリートっていう物質よ。この場には《コンクリート》のゴッドヘルパーはいないんだから、それ自体に起こることへの操作権はあんたも速水も平等よ。」
あたしは自信たっぷりに話す。
「あんたは《質量》の増加速度までは考えたことないでしょ。ただ単に、慣れているから速いだけで、それを常に意識してるわけじゃない。なら、《速さ》のゴッドヘルパーが指示した《速さ》が優先されるのは当然でしょ。」
「ああ、なるほどねー。」
あたしと速水は……たぶん、かなり間抜けな顔になった。
……は? なんでいきなりフランクになってんのよ……
「勉強になったわ。ありがとー。」
信じられないことに、ヘイヴィアは何事もなかったように起きあがった。あたしと速水はとっさに後ろにさがる。
「な……なんでよ……あんなスピードの瓦礫をくらっておいて……」
「んんっふっふ。」
ヘイヴィアはポケットに手を入れ、そこから飴玉サイズの鉄球を取り出した。
「私がコンクリしか操れないとでも思ってたのかしら?」
その鉄球は一瞬で《質量》が増加し、鎧とまではいかないけれど、プロテクターみたいに身体の急所を覆った。
「実は……私、鎧を二枚重ねしていたのよ。だからあんまり痛くはなかったのよね。鎧で見えなかったでしょうけど? でもまぁ……それなりに衝撃はあったから……声が出ちゃったけれど。」
言いながらヘイヴィアは上着を脱いだ。そして脱いだ上着をさかさまにしてバサバサと振る。そしたらさっきの鉄球みたいなのがジャラジャラ出てきた。金色、銀色、変な光沢の金属から宝石みたいにきれいなもの、プラスチックみたいなもの、スーパーボールみたいなものと色々。
「あによ……それ。」
「んんっふっふ。この私が行き当たりばったりでその辺の物体の《質量》を操るだけの脳なしとでも思っていたの? 甘いわよ?」
ということは……この球はヘイヴィアの武器になる材料ってところかしら。
「……操る《質量》の大元は常に持ってるってことね……」
「そうよ。それも色々ね。ところであんたら……」
ヘイヴィアは周囲に散らばった球を一瞥した。そして片腕を上にあげてこう言った。
「からくりは好きかしら?」
散らばった球が全部大きくなる。
「また鎧!?」
あたしは思わずそう叫んだ。だけど鎧じゃないみたいだった。《質量》増加で大きくなったそれらはヘイヴィアを包んで大きな直方体の塊になった。横幅は十メートルくらいで高さは三メートルくらい。その塊の中から、ヘイヴィアの声が響く。
「からくりってのは電気とか蒸気機関とかじゃなくて、物体……特に金属の性質を使ってバネとかぜんまいを利用して動力にするあれのことよ?」
綺麗な四角、その表面から何本もの円柱がまるでハリネズミみたいに突き出た。
「物の形は思いのままなんだからね。そこに動力を加えれば立派なからくりになるのよ。」
突き出た円柱は徐々に形を変えていく。それはまるで……
「た、大砲っすか……」
速水が呟く。そう……直方体は段々と威圧感のある形に変化していき、突き出た円柱は巨大な砲身へと形が変わる。
こういうのを最近見た覚えがある。リッド・アークとの戦いで、青葉が持ってきて……晴香と《重力》が戦った……《カルセオラリア》。
あたしと速水の前に、まさに戦艦と呼べるような代物が出来あがっていった。
いえ……戦艦と言うよりは……要塞。
「ねぇねぇ、あんたら。すっごく狭いとこに放り込んだちっちゃい物質をその場で大きくしたら……どうなると思う? 周りをぐいぐい押すわよね。だって狭いんだもの。わかるかしら? 《質量》を操ることで私は物を動かすことのできる動力源を作れるのよ?」
「ど……どういうことすか……」
あたしはあんまり考えたくない結論を言葉にする。
「あいつ……さっき色んな物を出したわよね。たぶん、ゴムとかプラスチックとか……金とか銀とか鉄とかさ。それぞれの材料を適切な場所に、適切な形で配置して……今あいつが言った動力源と連動させれば……大きな物を動かせるし……発射もできる……!」
「じゃ……じゃあやっぱりあれって……」
「んんっふっふ。すごいでしょう? 名付けて《フェルブランド》……私の必殺モードってところかしら?」
もうヘイヴィアの姿は見えない。それどころか人の形でもない。大量の砲身を持つ要塞。それがあたしたちの前にある物。
「私がさっき説明した相手の位置を知る方法とこの大砲。プラス、動く事なんて考えてないからありったけの硬い物質で覆った私自身。最強の矛と盾。」
大砲の一つがキリキリと音を立てて動き出した。向いた先はあたしと速水の後ろの建物。
「花飾さん!」
速水の声であたしは動く。ダッシュでそこから離れた瞬間、ものすごく鈍い音が響き、大砲から砲弾が発射された。それは建物に命中して……その建物を粉砕した。
「んんっふっふ。火薬を一切使わない原始的な機構……まぁ、バネで発射したようなものだけど……なかなかの威力でしょう?」
いくつかの大砲が同時に動き出す。
「あんたらの敗因はねぇ、私の鎧が砕けた瞬間に《速さ》が全力全開の衝撃波を撃たなかったことよ。甘いのよね。だから私の、さも大ダメージをくらったみたいな演技にも騙される。こちとら世界征服を目指している軍隊よ?」
それらの大砲は……あたしと速水をとらえた。
「大きくて太いのを、あ・げ・る。」
第五章 その3へ続きます。