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今日の天気  作者: RANPO
第五章 ~Revellion&Egotistic~
10/15

Revellion&Egotistic その1

遂に最終章です。一番長いです。

全五章のこの物語、第一章を書き始めてから第五章を書き終えるまでに四年を費やしました。

まぁ、その間にちょっと短編を書いてみたり、次の長編を書き始めたりと、浮気もしていますが。


長い付き合いをした雨上さんとの「一時的な」お別れとなる、最終章、第五章です。

『……ということですが、田口さん。このことについてどうお考えですか?』

『そうですねぇ。彼らの存在そのものが危険ですからねぇ。早急に手を打ってもらわないといけません。』

『しかし、彼らは「進化」した新しい形だと……そうおっしゃっている方もおりますが。』

『何をバカな。あれは異常ですよ?一種の病気と見ても良い。誰の目にも明らかな異常事態をどうしてそんな風に思えるのでしょうね?おかしな話です。彼らは今ある社会のあらゆる《常識》を覆します。数々のセキュリティも頑丈な金庫も突破出来てしまうのですよ?簡単に建物を壊せるし簡単に命を奪えるのですよ?全員が全員悪事を働くとは言っていませんが……少なくとも、その力と居場所などは明確にするべきでしょうな。』

『なるほど。……さて、最近になって現れた彼らに対する意見は賛否両論ですが、今後我々がどうするべ―――』

『死ねよ、バーカ。』

『な?なんだね君は!?ぐぁっ、離せ!』

『良い子ちゃんぶんなよ、バーカ。あんたもホントは力が欲しいんだろ?すねんなよ、バーカ。』

『な、なにを!?そうか、君は彼らの……超能力者の仲間か!』

『バーカ。』

『ぐあああぁぁっ!手、手がぁっ!』

『超能力者? んだよそのやっすい呼び方っつー話だ、バーカ。本質も理解してねー奴が語んなよ、恥ずかしいだけっつーんだよ、バーカ。』

『な、何をぐあぁぁっ!?』

『これで両腕が炭だな、バーカ。あっはっはっは!』

『おい!放送を止めろ!こんなん放―――』

『うるせぇ、バーカ。』

『ぎゃああああああああ』


ブツン。



世界は大きく変わった。

超能力者の出現によって。


鴉間の裏切りの対応に追われたサマエル。その影響でサマエルが呪いをかけて自分の戦力としていたゴッドヘルパーが暴走を始めた。現実のものとは思えない力を振りまわす彼らを見た人たちは感じた。世界にはまだ知らないことがあると。得体のしれない力があるのだと。もしかしたら自分にも……と。

 結果、急増した第二段階。天使とそのパートナーであるゴッドヘルパーが対応にあたり、なんとか増加を抑えていた。

 そこで攻撃を仕掛けてきたのが《物語》のゴッドヘルパー、アブトルさん。彼の攻撃によって一時的に天使たちは身動きが取れなくなった。それにより、第二段階の増加は抑えられないレベルにまでなった。

 そのまま《常識》のゴッドヘルパーが発動し、サマエルが力を手にするかと思われた。だが……幸か不幸か、世界はゴッドヘルパーを否定したのだ。

 超能力者と呼ばれることになった……ゴッドヘルパーという言葉すら知らない第二段階のみなさんは世間から冷たい視線を送られるようになったのだ。

 《常識》と呼ばれるものはたくさんあり、その分だけゴッドヘルパーもいるわけだが……その絶対数は地球上の全人口を超えないし、全員が第二段階になったわけではない。数で言えば超能力者は少ない。ならば……超能力者でない普通の人たちがとる行動は?答えは拒絶だ。

 人間は異常を徹底的に排除する。意味のわからないものは煙たがられる。説明できないものは嫌われる。

 一部の地域では神の力だとか言われて崇められていたりするが……私、雨上晴香がいる日本はそうではない。信仰心の薄い、科学の国……先進国の多くでは超能力者の扱いは酷いものだ。だがそれがいいブレーキとなった。最初は「自分もあんな力があったら……」と思っていた人たちも「あんなのただの異常者」という認識になったのだ。その考えが広まったことにより……非常に危うい状態ながらも《常識》のゴッドヘルパーは発動していない。……だが……



 《物語》の襲撃から二週間経った。中間テストは終わり、すぐにやってくる期末テストにテンションを下げられながらもその後の夏休みに思いをはせるこの時期。だが去年とはだいぶ雰囲気が違う。なぜなら超能力者なんていう存在が出現したのだから。

「……んまぁ、ゴッドヘルパーのことだけどさぁ……」

 教室。クラスのメンバーの会話の内容は超能力者。そんな中、真実を知っている私と親友二人は窓際に並んで座っている。今は昼休みだ。

「晴香。やっぱりわたしはじっとしていられないぞ。力を悪用している奴らがいるんだろう?」

「また天誅って刻むわけ?落ち着きなさいよ、鎧。あたしたちがここで動いたら面倒なことになるでしょ。」

 しぃちゃんは……そう、初めてあった時のように、力を悪用する人たちに怒りを覚えている。今すぐにでも街に飛び出して成敗しそうな勢いだ。だが翼の言う通り、今私たちが動いて仮に一般人から「超能力者」と呼ばれてしまったら私たちの動きは制限される。ここは知らないふりをしながら解決策を練るしかない。

 力石さんは相変わらずムームームちゃんのもとで修行をしている。どうも二人とも《物語》の時に何も出来なかったことを悔やんでいるらしい。そもそも私以外は全員何も出来なかったのだから気にする必要もないと思うのだが……ムームームちゃんがいつになく真剣にこう言ったのだ。

『今回は大丈夫だったけど……もしも今回が「いざって時」だったら後悔するでしょう?』

 まるで昔の経験を語っているような言い方だった。

 速水くんは未だにパートナーが決まっていない。というかルーマニアによると『こんな事態だから決まらねーかもな……』とのこと。だから時々私が声をかけてルーマニアなんかも含めて《速さ》に磨きをかけている。

 音々は……特に何もしていない。ただ身を守るためや連絡をとるためのアイテムをルーマニアから受け取っている。

 リッド・アーク戦で共に戦ったメンバーもそれぞれ頑張っている……らしい。

「そうだ……しぃちゃん、クロアさんは?」

「うん?クロアは元気だぞ。どうもアザゼル殿が家にいるとか―――」

 そこまで自分で言って何かに気付いたのか、突然しゃべるのを止め、数秒後、顔を赤くして私に問いかける。

「クロアとアザゼル殿は同棲していりゅのかぁ!?」

「いや、知りませんよ。だから聞いたのに……」

「て、天使と人間は結ばれるのか!?晴香!」

「どーでしょうね。でも……ルーマニアが人間に危害を加えられないって言ってましたからダメなんじゃないですか?」

「そ、そうか。」

「鎧はこーゆー話題に敏感ねぇ。修学旅行で恋バナする中学生みたい。」

「しょーがないだろう、こういう話題で話せる友達がいなかったんだから……」

「なら普通はそういう話題から遠ざかるものじゃないの?」

「逆に興味がわいたんだ……」

 さっきほどじゃないがまだ顔の赤いしぃちゃんはなんだか色んな食材が入っているテリーヌをモグモグと食べている。ちなみにテリーヌはフランス料理である。

「……んじゃあ……鎧。あんた好きな人いる?」

「いるぞー。」

「「えっ!?」」

 私と翼が同時に驚く。それに対してしぃちゃんは瞳をキラキラさせながらこう言った。

「吉田幸平さんだ。戦隊モノじゃあ常連の俳優さんでな、これがかっこ―――」

「そーゆーんじゃないわよ!恋してる人ってこと!」

「……いないな。」

「びっくりさせないでよ。意外にも程があるんだから。」

「ひどいな……」

「そんじゃあ好きなタイプは?こんな人がいたらいいなっていうやつ。」

「ふむ。それはもちろん正義のヒーローみたいな人だ。困った時に颯爽と駆け付け、助けてくれる……そんな感じ。」

「……意外と明確ね。でもその条件を満たす人って鎧より強くないとダメよね。いるのかしらそんな人。晴香は?」

「………………?」

「………………予想通りよ。」

 そんなどーでもいいような話をしているとチャイムが鳴った。午後の授業の始まりである。あちこちに散っていたクラスのメンバーが戻ってくる。

「うーっし、授業始めるぞー。」

 これから始まるのは化学……あれ?

「?おい、そこの席は全員休みか?なんか部分的にいないんだが……」

 見ると四人分の席がぽっかりと空いている。確かあそこに座っていたのは……

「だよなー。バカだよなー。」

「ちげーよ!ぎゃははは。」

 そうそう、あの面子だ。堂々と四人の男子が遅れてやってきた。

「お前ら、遅れたっていう自覚がないのか?」

 化学の先生があきれ顔で言う。普通なら『すみません』の一言も出るところなのだが……

「あ?なになに?俺に意見してんの?凡人のクセによー。」

 四人の中のリーダーっぽい男子が一歩前に出る。そして片手を前に出した。するとその手の平に小さな炎が……いや、火が出現した。

「俺、超能力者なんだけど?燃やすぞコラ。」

 超能力者に対する世間の目が冷たいのは確かなのだが……こういう連中はやっぱりいる。自分たちが選ばれた存在だと信じている……ザ・マジシャンズ・ワールドそのままの連中が。

 この場合、心配すべきなのは私たちからすれば『その程度』のことで威張っている男子でも、超能力を前にして少し後ずさる先生でもない。

「クズめ……」

 ぼそりとそう言って今にも机の脚を刀に変えんばかりのしぃちゃんだ。

「ちょっとちょっと、何よそれ?お約束にもほどがあるわよ、高田。」

 その時大きな声で悪態をついたのは翼だった。そうか、そういやそんな名前だったな、彼。

「ああん?花飾、お前も燃やすぞ?」

「やれるもんならやってみなさいよ。あたしの記憶によると高田はついこの前まで普通の学生だったんだけど?いつもそのメンバーで騒いでるだけの。」

「何が言いたいんだよ。」

「元々不良でもなんでもないただの学生が?超能力者だってことがわかったとたんその態度?かっこわるすぎ。」

「ぶっ殺すぞこらぁ!」

 高田くんが近くの椅子を蹴飛ばした。……しかしなんだな。きっと以前の私なら少し怯えていたんだろうけど、今の私には何の感情もない。妙に肝が据わってしまった。

「人殺したことあんの?出来もしないことを言うもんじゃないわよー?だいたいちゃんと授業に出席しようとここに戻ってきてる時点であんたは今までの高田とはなんら変わらないのよ?それなのに燃やすだの殺すだの……それってだいぶ《変》じゃない?」

 翼がそう言うと高田くんは舌打ちを一回して席についた。唯一誰にもバレずにゴッドヘルパーの力を使える翼に感謝だ。私じゃ教室の中を風で引っかき回すので精いっぱいだ。


 困った世界になってしまった。実に変な世界に。果たしてこの世界はサマエルや鴉間を倒せば元に戻るのだろうか?メリーさんは世界の時間巻き戻しが出来るけどそれにも限度があるはずだ。それに以前と変わり過ぎているし時間が経っている。いくらメリーさんでも……

「ありがとう、花飾。あそこで花飾が行動しなければわたしが何かしてたよ。」

「だから落ち着きなさいって……」

 放課後。靴を履き替えて校門に向かって歩いている。翼があきれ顔でしぃちゃんをなだめている。

「でもまぁ実際……すごくバカみたいに見えるのよねー。あんなちっぽけな火で何が出来んのよ。」

 私も翼もあれよりもすごいのをたくさん見てきた。がらにもなくそんな気分になるのは仕方がないというものだ。

「でもその火をずっと持続できるのなら《エネルギー》としては驚異ですけどね。」

 後ろでそう言ったのは力石さんだった。ちょうど帰る時間が重なったみたいだ。

「力石……そういえばあんた最近猛特訓してんだって?」

「はぁ……まぁ前からですけどね。ムームームが怖いんです……」

 そう言いながら小走りで先に行ってしまった。おそらく特訓場でムームームちゃんが待っているのだろう。

「さて……わたしもちょっと急ぐよ。」

「何かあるんですか?」

「おもちゃ屋さん……晴香と会ったとこの店長さんは情報通でね。ブレイブレンジャーの新商品の情報が入ったんだ。」

 ニコニコしながらしぃちゃんも走って行ってしまった。

「なんか晴香みたいね。」

「なにが?」

「鎧にとっての戦隊モノが晴香にとってのプラモデル。」

「なるほど。」



 オレ様はとある扉の前に立っていた。

「……はぁ……」

 天界にある人間で言うとこのマンションの一室なわけだが……ここに来る度にため息が出る。なんであんなめんどくさい奴の相手をオレ様が……

「入るぞー。」

 中には何もない。……正確には椅子しかない。いつもならそこに座っているはずの奴はどこだ?

「……」

 オレ様は何となく扉の裏を見た。

「きゃは!見つかっちゃった!」

 そこにいたのはビシッとしたスーツを着て頭に紙袋を被った……《情報屋》だった。

「えぇっと……アレキサンダー?」

「ちなうちなう!今のあたしはネココよん!」

 こいつ、性別も変わるのか……これで一体いくつのこいつを見たんだ、オレ様は。

「ふーふーふーん。」

 くるくる回りながら《情報屋》は椅子に座る。座った時のポーズだけは変わらねーんだよな。

「それでそれで?何が聞きたいのかしら?」

 ……たぶんこいつの本当の性別は男。なぜなら男声だから。そんな声で女言葉……

「お前気持ち悪いぞ。」

「ひどいわ!ルーちゃんたらあたしのこと嫌いなのね!」

「……あいつらの居場所はつかめたのか?」

 無理やり話を始めるオレ様。

「たっくさんある情報をいくら整理しても無理なの。だって誰の《記憶》にもいないんだもの。本人たちの《記憶》を見ようとしても見つからないの。まーるーでー……この世にいないみたいなのよ?」

 今《情報屋》がしているのは鴉間一味を見つけることだ。

 どうもサマエルは《常識》のゴッドヘルパーが発動するのは時間の問題と見たらしく、なんのアクションも起こさない。今まで確認されていたサマエル傘下のゴッドヘルパーも消息を断った。たぶんサマエルが魔法的な空間を作ったのだろうが。

 まぁ実際時間の問題だ。人間の道徳がギリギリの所で止めてはいるが……限界はある。なら発動するまで無理に動く必要が無い。それに戦力の低下もさほど影響しない。サマエルが《常識》を手に入れた時点であいつらの勝利なわけだしな。それだけを目指すのであればそこまで大々的な戦力はいらないかもしれない。

 よって現在できることは……そのサマエルが隠れている空間を見つけることとなるのだが……サマエルはあれでオレ様の右腕を務めていた存在。そうそう見つかるもんじゃない。捜索できるのは魔法の扱いに長けた天使のみであり、それ以外の天使は暇なわけだ。だからその『それ以外』は鴉間一味を見つけることに尽力している。

「あ、おい。そういえばメリーたちは見つかったか?」

「ダメだよ。メリーがあたしの力の対抗策を知ってるからメリーたちは見つけられない。ただ……見つけられないってことはメリーの力が働いているってことだからメリーは生きてるみたいだけど。」

 雨上に言われてすぐにメリーと共に行動していた四人を探したのだが……その時すでに消息を断っていた。つまり、あの時点でメリーはあの四人と合流していたことになるわけだ。

「一体メリーはあの戦いでどこに飛ばされてたんだかな。……お前が言ってた最強のゴッドヘルパーも見つからないのか?」

「見つかんなーい。」

「……まったく役にたたねーな。」

「ひっどーい!」

 ぶーぶー言っている《情報屋》を置いてオレ様は部屋を出る。すると誰かが横から声をかけてきた。

「あなたにとって、状況は良くないみたいですね。」

「ああ。だいぶ悪―――」

 オレ様はそこでかつてない衝撃に襲われた。

「おまっ……・!?!?」

 オレ様が驚愕している顔を見てそいつは子供みたいに笑ってこう言った。

「いいですねぇ。そういう感情があるからこそ生き物を眺めるのは止められない。この事態がどう収束していくのかはわかりませんが、この先も眺めることは止めませんよ?ふふふ。」

「な……ん……で……」

「あっはっは。かつて命を奪いに来た存在とは思えませんね?ルシフェル。」

 笑いながらそいつは去っていった。通りすがりにそいつを見た奴もオレ様と同じように驚愕していた。オレ様はかつてその命を狙った相手の名前を呟いた。

「……神……」



 わたしはおもちゃ屋さんの店主から情報を聞き、しばらく店内のおもちゃを眺めてから帰路についた。ブレイブレンジャーの新しいロボットはなかなか出来が良いみたいだ。これは買いだ!

「しかし……ヒーローか。」

 最近の超能力者の行動は目に余る。テレビ局にまで押し入った奴もいたとか。まぁ、そいつはどうも鴉間一味らしいのだが。

鴉間一味は……これといった大きな動きを見せていない。一味の人間らしい奴が少し騒ぎを起こしているが……それは独断専行なんじゃねーのか?とルーマニア殿が言っていた。

鴉間は別に気にしていないのか、それすらも作戦なのか。わたしにはわからない。一つだけ確かなのは、鴉間一味のゴッドヘルパーは間違いなく強いということだ。そんなのが勝手に暴れたりしたら一般人が被害を受ける。

すでにわたしは一般人ではない。守られる側の人間ではないのだ。そこのところを常に意識して最近は生活しているのだが……

「最近のわたしは……どうも力み過ぎているようだな。花飾に注意されるのも何度目やら。落ち着かねば。」

 我が家に近づくにつれ、いいにおいが漂ってきた。おじいさまは最近フランス料理ばかり作っている。作ってもらっている手前、なかなか文句も言えないのだが……たまには和食が食べたいなと思う今日この頃だ。


「ただいまー。」

 いつものように戸を開き、いつものように挨拶。だが何故か……いつものように「おかえりー」という答えが帰ってこない。んん?

「おじいさま?」

 台所を覗く。誰もいないが……見ると料理の最中のようだ。火はかかっていないが……あのおじいさまが料理を途中で止めるとは……何があったのだろうか。

「おじいさまー。剣ー。」

 家族のことを呼びながらわたしは進む。それなりに広い家なのに三人しか住んでいないからたまに誰がどこにいるのかわからなくなることがしばしばある。しかし声は聞こえそうなもんだが……

「ふむ。まさかドッキリでもしかけているのか?」

 わたしは少しニンマリとしながら捜索を続ける。


 十分くらい経っただろうか。家の中は全て見た。しかし二人の姿がない。どういうことだ?

「あと他に隠れられるとしたら……道場くらいだな。」

 わたしは道場へ向かった。古くてあちこちにガタが来ているが……この歴史の重さがわたしを奮わせる。

「さーて、ここにいなかったらあとはどこを探せばいいのやら。」

 そんなことを言いながらわたしは戸を開けた。

 確かにそこに二人はいた。だが―――

「んなっ!?」

 道場の床に二人は倒れていた。

「て……つ……」

 おじいさまが苦しそうにわたしの名を呼ぶ。わたしはとっさにおじいさまの所へ駆け寄ろうとしたのだがそこで気付いた。二人が倒れている場所よりも奥にもう一人いることに。そいつが立ってこっちを見ていることに。

「遅かったアルネ。」

 電気がついていなので倒れている二人辺りまでしか見えなかった……だからすぐに気付かなかった?いや、違う。こいつは今、明らかに気配を消していた。

「でも……なかなかいい暇つぶしができたから良しとするアル。」

 倒れているおじいさまの横まで来てそいつは立ち止まった。

 声からもわかったが女性だった。あまりわたしと年齢に差があるようには見えない『美女』という言葉がふさわしいその女性は赤いチャイナドレスを着ていた。しゃべり方も考えると……中国人か?

「何者だ!二人に何をした!」

「ちょこっと勝負を挑んだだけアル。ゴッドヘルパーと普通の人間。結果は明らかというものアル。でも剣術も武術の一つで、武術は弱者のモノアル。何が起きるかわからない面白さがそこにはあるアル。実際このおじいさんはなかなか強かったアル。ワタシを相手に十秒ももったアル。」

 わたしはおじいさまを見る。その手には木刀が握られていた。つまり無防備な状況でやられたわけではないということだ。おじいさまの剣術の腕はわたしを遥かに超える。《金属》の力があっても勝てるかどうかという達人。そのおじいさまが十秒しかもたなかった……?

 この中国人は強い。でもなんでここに……

「!まさか……この前みたいにみんなを同時に!」

「リッドのやったあれアルカ。違うアルヨ。これはワタシが勝手にやってるだけアル。本格的に戦いが始まる前にあなたに会いたかったのアル。」

「わたしに……?」

「あなたは青葉を倒したアル。突風を引き起こしたりビームを撃ったりするような超常的《常識》を使わない純粋な肉弾戦。その分野においてワタシと青葉はサマエル様の下で一、二を争っていたアル。あのスーツをまとった青葉はすごいアル。」

 確かに、あれはすごかった。すごすぎて本人にだいぶダメージがあったようだが。

「そんな青葉を倒したあなた。ワタシはゾクゾクしたアル。聞けば《常識》の使い方もワタシと似ているし……興奮したアル。」

 わたしと似ている……?これは大きなヒントだな。覚えておこう。

「それでつい……ここまで来ちゃったのアル。」

「……おじいさまと剣……弟は関係ないだろう。」

「言ったでしょう?暇つぶしアル。」

 ―――!

 いや、落ち着くんだわたし。こういう時こそ冷静さが求められる。

 ……今のわたしには武器が無い。この道場も古い建物だから木造だし……唯一あるとすれば中国人の後ろ、この道場の奥に置いてある真剣だ。なんとかしてあれを―――

「ほら、手合わせを願うアルヨ。」

 すると中国人は後ろにある真剣をこちらに投げてきた。

「……投げるなと言いたいところだがそれ以前に……なぜだ?」

「?あなたは剣士でしょう?」

 そう言いながら中国人は腰を低く構えた。チャイナドレスの……割れ目だっけか?あ、いやスリットか。そこから綺麗な脚が姿を現す。両側にスリットがあって……両脚が出て……なんかエッチだ。

「行くアル。」

 中国人が踏み込む。わたしとの距離は五メートルぐらい。勝又くんみたいに一瞬でその距離を縮めるようなことはなく、普通に走ってくる。

「ふっ!」

 タイミングを合わせて刀を抜き、そのまま中国人の胴を狙う。だが中国人はわたしの刀がその身体に触れる前に上に飛び、わたしを飛び越して道場の外に出た。

「そこは狭いアル。」

 道場の外にわたしも出る。時刻は夕方で、外は夕焼け色に染まっている。道場の中では暗くて見えなかったが中国人はバイクに乗る人がするような皮の手袋をしていた。本格的な格闘技をこの中国人は修得している可能性があるな。さっき気配を消していたことも考えるとなかなかの達人かもしれない。

……ん?なんか違和感を感じるぞ?なんだ?

「さってと!」

 その言葉を残し、中国人はわたしの視界から消えた。

 キュキュッ

 右側からかすかに靴の音。

「そこ!」

 いつの間にか真横に迫っていた中国人に向けて刀をふる。刀は中国人が突き出してきた拳に当たった。

ガキィンッ!

 ……え?

「おー!最高速じゃないとは言え、ワタシの速度についてきたアルカ!」

 わたしの刀は中国人の拳に止められている。わたしの刀は命を奪うような傷をつけるようなことはないが……まったく切れないわけではない。それが一ミリも斬りこめていない!?

「……クスリとの戦いを思い出す。」

「クリスだと思うアルヨ?」

 わたしと中国人は同時に距離をとった。

 ……あの手袋、普通以上の硬さがあるのか?それともそれがこの中国人の力か?

「うんうん。いいアルネー。」

 その場でトントンと足で地面を叩いている。……あ。

「そうか。なんか違和感があると思ったら……その靴か。」

 チャイナドレスなのに靴が運動靴なのだ。普通は……なんかもっと違う靴のはずだ。

「あっはっは。それはそうアルヨ、あんな靴で激しい動きしたらくつずれアルヨ。」

 あんな靴っていうのは……あのなんだかまるっこい靴のことか?名前はわからないけどチャイナドレスといったらあの靴だ。

「次行くアルヨ。」

 再び視界から消える。

 タタッ

 足音が左から来る。拳はダメそうだから次は脚を狙―――

「残念アル。」

 突然お腹に衝撃が走った。正確には右の横っ腹。

 足音は確かに左から来たのに右から!?

「ぐっ!」

 わたしはその場から十メートルほど飛ばされ、地面にゴロゴロと転がる。

 ……十メートル!?ただの蹴りでか!

「っ!」

 中国人の追撃に備えて体勢を立て直す。だが中国人はその場で立ったままだった。

「うん。今日はこのくらいにするアルカ。」

「んな……!?」

「ここで終わらせる気はないアルヨ。あなたにはもっと強くなって欲しいアル。ワタシが全力で戦えるぐらいに。だから今日は教えに来ただけアル。今のあなたじゃワタシには勝てないアル。」

「なんだと!」

「ワタシが本気だったらあなたは今の一撃で死んでいたアルヨ。」

 そう言って中国人は再び視界から消えた。足音は聞こえない。どうやら去ったようだ。

「……くそぅ……」

 わたしはよろよろと立ちあがった。強力な一撃だ。あの細い脚のどこにこんな力が……

「そうだ、おじいさま!」

 わたしはあわてて道場に戻り、倒れているおじいさまを抱えるように起こす。

「大丈夫ですか?」

「ああ……大丈夫だ……」

 おじいさまはちらりと剣の方を見て、わたしを見た。

「……鉄、お前は大丈夫なのか?」

「一発重たいのをもらいましたが……大丈夫です。」

 わたしはふとおじいさまを見て気がついた。

 そう……この人は間違いなく剣の達人だ。それに加えて狭い道場。道場に穴が開いていたりはしていないから……あの中国人もそこまで激しく動き回らなかったみたいだ。そもそも十秒って言ってたし……

 ならばなおさら……何故おじいさまが負けたんだ?さっきのわたしのように広い所で戦っていたわけではないから中国人の攻撃は一瞬の出来事だろう。だが人間の腕、脚の長さはいきなり変わったりしない。ならば相手の間合いなんて一瞬でわかるし、どこまで近づかないとあっちの攻撃がこちらに届かないかなんて一目瞭然。そこにおじいさまという剣の達人。間合いに入った瞬間に勝負が決まるようなものだ。

「おじいさまは……その、どうして負けたのですか?」

 わたしがそう尋ねるとおじいさまは少し驚いた顔をした。

「あやつと戦ったんだろう?それならあやつの異常な目の良さに気付いたろうよ?……」

「目ですか?」

「ああ……あやつな、わしの攻撃を全てかわしやがったのよ。」

「!おじいさまの剣を!?」

「それも……壁際に追い詰められ、逃げ場のない状況で……わしが得意とする剣舞をの。」

 おじいさまの剣舞は《雨傘流》の奥義とも呼べる技が絶妙に組み合わさり、如何なる状況にも対応できる必殺の剣舞だ。それを全て……!?

「まるでわしの攻撃の軌道が全て見えているかのように……な。あれがゴッドヘルパーとかいうもんの力なのかのう……」

 ……正直わたしにはあの中国人の操る《常識》が想像もつかない。至って特殊なことはしていなかった。ただ速く動いて強烈な一撃を放っただけ。

「……とりあえずおじいさま、家の中に。おい、剣!起きろ!」

「…………扱いが違いすぎない?鉄……姉さん……」

「どうせお前は何も出来ずにやられただけなんだろ。」

 わたしがおじいさまに肩をかしながら立ち上がると剣も少しふらつきながら立ちあがった。

「な!お、おれだって……」

「何かしたのか?」

 わたしの問いに数秒間、動きを止めた剣は思い出したかのように言った。

「……そうだ!あの中国人のパンツは白だった!こう、スリットからちらっと―――」

「……」

「……悪かったって、だからそんなクズを見るような目はやめろよぅ……」

「実際クズだ。」

「あ、でもあいつの弱点はわかってんぜ!」

「弱点?」

「ああ。あいつ、たぶん目が悪いぞ。近視かな?じいちゃんに追い詰められた時によ、『良く見えないアル。』っつってメガネをかけたんだ。」

 ん?メガネなんかかけてたかな?



 とあるホテルの一室。普通の部屋よりも数倍高い値段のその部屋に一人の女性が帰って来た。

「ただいまアル。」

 チョアンがドアを開けてまず目に飛び込んできたのは片足立ちでお手玉をしている鴉間だった。

「リハビリアルカ?」

「そうっす。右腕と左脚を早いところ使いこなせるようにならないとまずいっすからね。」

「……他のみんなはどこ行ったアル?」

「それぞれがそれぞれにどっか行ったっす。あ、でもサリラはそこっすよ。」

 サリラは奥のテーブルでトランプタワーを作っていた。

「……でもびっくりしたアルヨ?やっと帰って来たと思ったら『右腕と左脚がなくなったっす。』って五体満足の状態で言うから。」

「サリラには感謝っすよ。前々からお世話にはなってたっすからさらに感謝っす。」

 チョアンはベッドに腰掛け、鴉間を見る。

「……なんすか?」

「《金属》はワタシが倒すアル。」

 どこか楽しげに、別の言い方をすれば得物を見つけた狩人のようにチョアンは言った。

「なんだ、そんな話っすか。別にあっしの許可を取らなくても……」

「リーダーには言っておかないとと思っただけアルヨ。」

 フフフと笑いながらそのままベッドに寝転ぶチョアンを見て鴉間が呟いた。

「……スカート……というかスリットのせいでだいぶセクシーになってるっすよ?」

 実際チョアンのチャイナドレスはかなりきわどいラインまでスリットが入っているので普通に立っているだけでもセクシーである。

「そういう服アル。仕方ないアル。」

「恥じらいはないんすか……」

「あるアル。でもそんなものを通り越して遥かに素晴らしい効果が得られるなら関係ないアルヨ……」

 妖艶な笑みで唇を舐めるチョアン。チョアンを良く知るものでなければその美しい顔立ちからは想像がつかないその邪悪とも言える笑みに驚愕するだろう。それをしかめっ面で眺める鴉間は軽くため息をついた。

「……あっし、《回転》や《時間》は殺せてもチョアンには勝てない気がするっす。」

「ワタシが女であなたが男だから……その時点で遺伝子レベルに勝負がついてるアル。」

 ベッドからぴょんと起き上がってキッチンにあたる場所へ行くチョアンを見ながら鴉間は呟いた。

「まったく……アダムとイヴにリンゴ食わせた奴を恨むっす。」

 チョアンはあははと笑いながらコップにお茶を注ぐ。

「そういえば……それぞれがそれぞれにどっか行ったって言ったけど……ルネットもアルカ?確か今ルネットは指名手配されているはずアル。」

「ああ、テレビ局の襲撃っすか。別にいいんじゃないっすか?ルネットを捕まえられる警察なんていないっす。」

「そうアルカ?中国じゃあの部隊があったアル。」

「ここ日本にはないアル。……うつったじゃないっすか。」

 鴉間はお手玉を空中に静止させ、腰に手を当てる。

「なーんでチョアンはそんなエセ中国人みたいなしゃべり方なんすか?変な日本語っすよ?」

「誰のせいだと思ってるアルカ。」

「…………あっしっすか?」

「そうアル。ワタシが日本語勉強している時にあなたが『中国人っていったら語尾にアルっすね。』って言ったからそれを信じてワタシはこうなったアル。」

「そうだったっすかね……バベルには頼まなかったんすね……」

「アブトルみたいにワタシは勉強家なのアル。」



 「十太もだいぶ強くなったよねー。」

「ムームームのスパルタのおかげだよ……」

 ムームームの特訓の帰り道。自販機でジュースを買って一服しているとこだ。オレとムームームの特訓は最早日課だから苦でもないし、良い運動でもあるんだが……どうしようもなく時間を食う。そろそろ期末テストなんだけどなぁ……

「……オレ、テストがあんだけど。」

「テストは日頃の勉強の成果を見るものであって数日の勉強の成果を見るものじゃないよ?」

「……ごもっともです……」

 くっそぅ……

「勉強も大事だけど……今の世界の方が危ないからね。ごめんね。」

「いいけどさ……なぁムームーム。」

「なぁに?」

「こういうことって前にもあったりしたのか?その……ゴッドヘルパーの存在が公になるような事態。」

 世界……人間が生まれてからの歴史は長い。こういう事態が過去に一、二回あってもおかしくないような気がすんだが。

「今みたいな世界規模クラスはないよ。でもある地域っていう感じならあったよ。」

「へぇ。それはどんなんだったんだ?」

「……いくつかあるけど……有名なのは魔女狩りかな。」

「聞いたことあるぞ、それ。ヨーロッパとかであったって言う……」

「昔……いや今もだけど男性と女性だと女性の方がやっぱり下に見られていた。それが今よりも顕著な時代にね、一人の女性が第二段階になった。彼女が使った《常識》は《流れ》。」

「《流れ》……流体とかのことか?」

「それも含む。彼女は水や空気の《流れ》を操ることができた。でもそれ以上に影響を及ぼしたのは……時代の、世間の《流れ》。流行といってもいい。そういうものを後押しできるってことだった。」

「流行……」

「彼女はその力で組織を作り上げた。男性に対して反乱する女性の組織を。格差に不満を持っていた女性はすぐに集まった。そして彼女の力を目にした。」

「すると……集まった中でゴッドヘルパーの奴がまた第二段階に?」

「そういうこと。そんな連鎖と彼女の《流れ》の力で一気に第二段階の女性ゴッドヘルパーが急増したの。」

「魔法として……か。それはどうやって解決したんだ?」

「その地域の国のゴッドヘルパー部隊と協力して―――」

「部隊?なんだそれ。」

「ああ……そういえば十太には話したことなかったね。」

 飲んでいたいちごミルクの缶をゴミ箱に入れてムームームは話す。

「ゴッドヘルパーの事件っていうのは結構あるからね。毎回毎回協力者を見つけてっていうのはなかなか大変でしょ?だから……こっちで選んだいくつかの国にはゴッドヘルパーのことを教えたんだよ。それでその国がゴッドヘルパーの部隊を作ってくれると……仕事がはかどると。」

「おいおい、教えていいのか?」

「もちろん知ってるのはその国でもトップのトップだけ。超トップシークレットだね。」

「その……教える国っていうのはどうやって?」

「信心深い国だね。神様のお願いを素直に聞いてくれそうなとこ。」

「なるほど……日本はダメなわけだ。」

「そうだね。んで魔女狩りはそのゴッドヘルパー部隊と協力しておさめたんだけど……歴史上では結構残酷な事件になってるでしょ?」

「生きたまま燃やすとか……」

「あれはね、女性の組織が予想外に強かったからなんだ。こっちにもあっちにも死人が出た。しかも《常識》的じゃない死にかたでね。だからああやって隠したわけ。」

「……オレって今、歴史の真実を一つ知ったんだな……」

 ……案外、オレが当たり前に知っている歴史はほとんどが嘘なんじゃないか?

「さ、帰るよ♪」

 ムームームが歩きだした方向はもちろんオレの家だ。


 先輩たち……と言っても三人しかいないんだが、雨上先輩と花飾先輩はゴッドヘルパーであることと日々世界のために戦っていることを親に話していない。つーかたぶんそれが普通なんだろう。

 だが、オレの家は違う。ムームームからこの世界の仕組みを教えてもらったあの時、オレは喜んだ。こんな展開を待っていた。選ばれた存在。かっこよすぎる!と。そんな感じで協力することをオーケーしたらその後ムームームは笑顔でこう言ったのだ。

『よし。それじゃぁ次はご両親に説明しないとね♪』

 おかしいおかしい。そんなんおかしい。だって選ばれた存在だぜ?世界の裏でこっそりと秘密に頑張るヒーローなんじゃ?

『なに言ってるの?君を危険な世界に引き込むんだから、ちゃんとご両親にも説明しないと。』

 そんなこんなでムームームはオレの家にやってきた。さすがに最初はびっくらこいてた両親もムームームが見た目とは違う存在であることを理解した途端、お辞儀をしてこう言った。

『息子を、よろしくお願いします。』

 そうして両親の信用を手に入れたムームームはオレの家に転がり込んだ。無論、そうそう空き部屋があるわけでもないのでムームームはオレの部屋で寝泊まりしている。天界にも家はあるだろうになんでこっちにいるんだか……


「十太。」

 オレが回想にふけりながら歩いていると突然ムームームに手をつかまれた。

「ん?」

「あっち。なんか騒がしい。」

 オレ達がいるのは住宅街。だが道を二~三本外に行けばある程度の町がある。どうもそこで何か起きているようだ。見るとそっちに向かっていく野次馬らしき人がチラホラ。

「……ゴッドヘルパーか?」

「わからない。でも一応行ってみよう。」

 ゴッドヘルパーとして動くには今の情勢はいただけない。超能力者だなんだと言われてしまうと行動に制限が生じる。だから本当に危険な時以外はなるだけ何もしないというのがムームームのいう「上」からの指示だそうだが……ま、そうは言ってられねーよな。


 それなりに大きな通り。バカでかいビルがあるわけじゃないがそれなりに都会してるとこだ。そんなとこの道の真ん中に人だかり。何かを中心にして輪ができる形で人が集まっている。

「……警察が来てんぞ……」

「だいぶ大ごとみたいだね。」

 オレは人だかりをかき分けて中心に進んだ。そうやってたどり着いた先には映画のワンシーンのような光景が広がっていた。

 警官が銃を構え、パトカーの扉を盾にして何か叫んでいる。

『おとなしくしろ!超能力者!』

 銃が向いている先にいるのは一人の女だった。

 長い銀髪に白い肌。さらに白いワンピースに白いジャケット。それだけなら雪だるまなんだがそうはいかない。女には……なんつーかメガネが巻きついてる。ひもを巻きつけてそこに大量のメガネをぶら下げている。そしてメガネをかけている……なんだありゃ?

 その女はめちゃくちゃ不機嫌な顔で立っていた。オレは隣の人に事情を聞く。

「あいつだよあいつ!テレビ局を襲った奴!」

 ……そんな事件があったのか。最近新聞もテレビも見てねーなぁ。いつ見ても超能力者で見る気が失せた。

「もう何人も殺してんだと。こえぇよなー。超能力者って―――」

 そこで隣の人の言葉は切れた。なぜなら……

「だっせー呼び方すんな、バーカ。」

 隣の人は……首から上が無くなったからだ。

 悲鳴があがる。それを合図にするように警官が引き金を引こうとする。だがその前に警官隊は全員上半身が消滅した。ついでにパトカーも吹き飛んで宙に舞う。

 オレはポケットに手を突っ込み、そこにある《ルゼルブル》という熱を溜めておく天使の道具に触れた。

 十メートルほど上空に瞬間移動したオレは下の惨状に息を飲む。

「見っけたぞ、バーカ。」

 着地したオレの前に女がにんまりと笑って立っていた。

「リッドのバトルの資料は持ってるからな、お前のことは知ってんぞ、バーカ。お前だろ?《エネルギー》、カセキタスタっつーのは、バーカ。」

「……は?」

 なんだ最後の呪文は?

「あぁ?読み方違ったか?ったく漢字は難しいんだよ、バーカ。フランスにはんなもんないっつーの、バーカ。」

 野次馬が逃げる中をすり抜けてやってきたムームームが呟いた。

「ああ……力石十太。『力』を『か』って呼んで『石』を『せき』、『十』を『たす』って読んだんだよ。」

「どんな奇跡だ!」

「んま、どーでもいーんだよ、バーカ。チョアンが先に始めやがったからさ、あたしも大急ぎでパーティーの準備っつー話だ、バーカ。誰が来てもよかったんだけど……ま、今回はお前ってゆーことだ、バーカ。」

 女がメガネをクイッと動かす。その瞬間、オレは何かを感じた。何かの……動きを。

「!」

 オレはとっさにムームームを抱きかかえて横に飛んだ。

「あ!?」

 次の瞬間、オレがさっきまでいた場所に穴が開いた。

「……何だ今の。」

 オレはだいぶ驚いたんだが……それ以上に驚いたのはメガネの女の方だった。

「おいおいおいなんだそりゃなんだそりゃなんだそりゃっつー話だ、バーカ!あっはっはっはっは!避けやがった!こいつあたしの攻撃を避けやがったぞ、バーカバーカ!」

 何故か女が大爆笑していた。なんだこいつ。

「初めてだ初めてだよ、バーカ!ヤッバ!楽しすぎるんだよ、バーカ!」

 また何かを感じた。何かが一瞬で集まる感じ。さっき同様、オレは横に飛ぶ。するとさっきまでいた場所に穴が開く。

「偶然じゃねーのな!あはははははは、バーカバーカ!」

 女は腹を抱えて笑っていた。……オレが避けた?オレは何を避けたのかもわかってねーって言うのに。

「最高だ、バーカ!お前、名前はなんだ、バーカ!」

「……ちゃんと読めよ、オレは力石十太だ。」

「チカライシジュウタ?んじゃジュータでいいな、バーカ。」

 ムームームと同じ呼び方かよ……

「あたしはルネット、ルネット・イェクスだ、バーカ!お前とは楽しめそーだ、バーカ!」

 また感じる何か。しかも今度は連続で何回か。

「ムームーム!」

 オレはムームームを抱きかかえて瞬間移動し、再び上空へ。今度はさらに上、あいつが点に見えるぐらいに。

「まじか……」

 下の光景は一瞬で変わった。建物が崩壊し、地面が剥がれる。近くにいた人が宙に舞い、落ちていく。その中心で女……ルネットが大笑いしている。

「あーっはっはっはっはっはっはっは!バーカ!バーカ!」

「十太、ここは逃げるよ。」

 小脇に抱える感じのムームームがそう言った。

「なんで!あんな危険な奴を放っておくのかよ!」

「冷静に、十太。」

 ムームームがたまに見せる真剣な顔でオレを見る。

「今ここで戦ったら確実に被害が広がる。あいつの攻撃は強力、十太が避けるイコール何かが壊れるだよ。」

「……!」

「それに……避けたと言ってもなんのことか十太もわかってないでしょ?そして避けたのは十太が初めてって言った。つまりあいつを倒せるのは十太しかいないってこと。なら十太は今より強くなる必要があるし……まずあいつの攻撃を知らないといけない。考える時間が必要だよ!」

 ……ルネットの攻撃でこの一瞬に何人ケガを……いや、死んだか……わからない。だがだからと言ってここで飛びだしても……

「……その人たちがマジで無駄死に……か。」

「耐えるんだよ、十太。」

 歯を食いしばり、オレはそのまま瞬間移動―――しようとした。だが背筋を走る悪寒を感じた。さっきとは雰囲気が違うが……同じような感覚。それを感じたと思った瞬間、オレの頭上で爆発が起きた。

「うああああああああ!」

 爆発と言うよりは瞬間的な突風。爆風と言った方がいいかもしれない。とにかくそれに押され、オレは地面に向かって吹っ飛ばされた。

「十太!」

「わかってる!」

 地面にぶつかる瞬間、運動エネルギーを熱へと変換、オレは地面から一メートルくらいの高さで一度静止し、そこから着地する。

「逃げんなよ、バーカ。」

 ルネットがスタスタと歩いてくる。ん?……メガネのデザインが変わってる?

「そういう《常識》だから通用しない、効果が無い……そんな相手とのバトルはつまらないし、かと言って普通の奴じゃ瞬殺っつー話だ、バーカ。」

 オレはそこでルネットの顔をはじめてちゃんと見た。そこにあった感情は……快楽……?

「あたしを見ろ、敵意をこめて見ろ!怒り、恨み、殺意!全てがあたしにとっては心地いい意思なんだよ、バーカ!ゾクゾクするだろう?怒りに我を忘れて襲いかかってくるゴミを蹴散らすのは!ワクワクするだろう?恨みを抱いたまま死ぬ姿を見るなんて!今までの奴はその感情が熟す前に死にやがるし、余裕ぶっこいてくたばったりで寂しかったんだ、バーカ!お前は感じさせてくれるんだろう?しぶとく生きてあたしに敵意を抱いてそれでも勝てずにバカみたいに死ぬ姿をあたしに見せてくれんだろう?さぁ、感じさせてくれよ、バーカ!」

 狂気。そんな言葉がしっくりくる表情だった。

 ゴッドヘルパーはその《常識》の影響を受けて人格が形成されるとか。それが日常的に絡むモノであればあるほどその影響は大きい。こいつは一体何の《常識》の影響でこうなった!?

「っ!!」

 オレは本能的にルネットから離れようとした。だがそうしようとした瞬間、ルネットは目にも止まらぬ速さでかけているメガネを身体にぶら下がってるメガネの一つと交換した。すると……

「なっ!?動けねぇ!」

「だから逃げんな、バーカ。じっくり楽しもうぜ?いいとこに連れてってやるからおとなしくしろ、バーカ。」

 まずいまずい!こんなよくわからん奴のよくわからん行為に付き合うなんて!


「そこまでですわ!」


 突然誰かの声が響いた。イマイチどこから発せられた声なのかわからずオレはキョロキョロとまわりを見る。するとずっと抱えた状態のムームームが上を指差した。それに従って上を見る。

「んな!?」

「あぁん?んだありゃっつー話だ、バーカ。」

 オレたちの上にいつの間にかヘリコプターが浮いていた。バタバタとやかましい音を出しながら徐々に降下してくる。よく見るとヘリコプターの扉の部分にメガホンを持った人が立っていた。なんかどっかで見たことある人だぞ……?

「はっ!」

 オレが記憶を検索しているとその人はまだ十メートル以上はある高さから飛び降りた。空中でくるくると回転し、オレの数メートル後ろに華麗に着地した。

「ちっ、めんどくせー奴だ、バーカ。」

 ルネットが舌打ちをした。それに応えるかのようにその人物はフリフリの洋服を揺らしながら胸元に手を突っ込み、そこから警察手帳のようなものを取り出してルネットに突き出した。

「対超能力者特殊部隊《C.R.S.L》ですわ!大人しくするのですわ!」

 リッド・アークとの戦いにおいて、そのとんでもない力でリッド・アークを苦しめた《ルール》のゴッドヘルパー、クロアがそこに降り立った。

「うっせ、バーカ。」

 ルネットがそう言った瞬間、クロアを包む爆発が発生した。

「クロア!」

「呼び捨てるなですわ!」

 爆炎の中をクロアは無傷で走り、オレの横を通り過ぎてルネットの方へ向かう。拳銃を前に突きだしながら。

「空気読めねぇ女だっつーんだよ、バーカ!興ざめしちまったよ、バーカ!」

 ルネットがまたもや目にも止まらぬ速さでメガネをチェンジ―――した瞬間、ルネットの姿は幻のように消えた。

「む。」

 走っていたクロアはそれを見て走るのを止め、立ち止まった。しばらくキョロキョロと見まわした後、軽くため息をついた。

「逃げられましたわ!まったく、このアタシは敵に逃げられてばっかりですわ!」

「まぁまぁ。」

 やんわりとした声で歩いてきたのはアザゼル。

「ムーちゃんたち、大丈夫なのだよ?」

「大丈夫だ。助かったぜ。」

「感謝して崇めるがいいですわ。」

 クロアはプンスカしながら降下してきたヘリコプターに戻っていく。

「……アザゼル。これはどーいうことなの?」

 ムームームがオレの腕から抜け出してアザゼルに問いかける。

「うーん……めんどくさいから一度に説明したいのだよ。みんなを集めるのだよ。」

 言いながらアザゼルはクロアが持っていたのと同じ警察手帳的な何かをポケットから取り出してブラブラと揺らした。



 土曜日、私はしぃちゃんの家に向かっていた。となりにはルーマニア。

「今さらだが、鎧にパートナーがいないのはやばいんだな。」

「一応ルーマニアになってるけどってことだよな。なんだかんだでルーマニアはしょっちゅう家に来るからなぁ。そういう意味じゃいい監視役というか……私の家族に害が及ばないような効果があるんだよな。」

「制度の見直しがいるかもな。」

 しぃちゃんが襲われたという話はすぐに私の耳に届いた。幸い大事には至らなかったらしいが、無視できる話じゃない。それに力石さんのところにも敵が来た……というかこっちはだいぶ騒ぎになったから知らない方がおかしいくらいなんだが。

「力石さんが会った……ルネットだっけか。だいぶヤバイ奴なんだな。テレビ局を襲ったのもそいつだって……」

「んああ。ことがデカくなりすぎだぜ。どう後処理すんだか……」

 今日は作戦会議みたいなものだ。クロアさんがこっちに戻ってきたとか。いや、『戻ってきた』はおかしいか。とにかくクロアさんがこの事態に対する対策をしてくれたとかで、その説明を受けに行く感じだ。とりあえず私としぃちゃん、翼、力石さん、速水くんという近場のメンバーが集まった。それに加えて……音々だ。音々はしぃちゃんや力石さんが襲われたということで私が心配になって声をかけた。ま、いざとなったら協力を頼むかもしれないわけだし、紹介をしといた方がいいだろう。本当ならリッド・アークとの戦いで一緒に戦った人全員が集まればよかったのだが同じ関東と言ってもみんなそれなりに距離が離れているし、全員が聞かなければならない用件でもないそうで。というか……私たちが鴉間組の主な標的になっているみたいだし。

「はーるかー。」

 しぃちゃんの家に向かう途中、事前に言っておいた待ち合わせ場所に遠藤音々はいた。

「ありゃりゃ。その人が……ルーマニア?なんか……とんがってるね?」

「どーゆー表現だ……」

 ルーマニアが半目になる。

「とんがってるのは確かだろう。待ったか?」

「んーん。十分くらい前に来たから大丈夫だよ?それよりもボク、こんな格好でいいのかなって不安に思ってたんだよ?」

「……いつも通りの短いスカートだな。」

「ドレスとか着た方がよかった?」

「なんでだよ。」

「だって……すっごいお金持ちの人が来て、しかも場所は歴史ある流派の家なんでしょ?ボク、場違いじゃないかな……」

「大丈夫だよ……それに、速水くんみたいな顔なじみもいるし。」

「エロス大王か……だから晴香は今日、ズボンなんだね?」

「私は基本的にズボンだ。」

「そういえばそうだね?晴香がスカートのとこなんて学校でしか見たことないよ?」

「おい、歩きながらしゃべれよ。間に合わなくなんぞ。」

「そうだな、行こう、音々。」

「うん。」


 しばらく歩いたところで二人目の待ち合わせ人と合流した。

「お久しぶりです。」

 エロス大王こと速水くんである。

「あの頃の天文部が復活ですね。ちなみにお二人とも今日の下着は何色で?」

「速水……君は相変わらず背が低いね?ボクとあんまり変わらないよ?」

「うっ……気にしてることを……」

 そういえばあまり触れなかったが速水くんは背が低いことを気にしている。イケメンという奴なのにもったいないわけだ。

 久しぶりのメンバーに少し楽しくなってきた私はルーマニアが難しい顔をしているのに気付く。

「どうしたんだ?」

「いや……同じ部活だったメンバーがこうして集まった理由がゴッドヘルパーっつうのは……あれか、類は友を呼ぶっつーのか。それとも、実はこんな感じでゴッドヘルパーが集まる理屈でもあんのかと思ってな。」

「雨上先輩みたいなすごいゴッドヘルパーがいるとそうなるんじゃないですか?」

「なるほど、一理あるな。」

「天文部って怖いね?」



 しぃちゃんの家に到着した。玄関の前に大きな黒塗りの車が停まっていたので少し入りにくかったが、なんとか扉の前にたどり着き、チャイムを鳴らす。

『はいなのだよ。』

「その声はアザゼルさんですね。私です。」

『おっとっと!私私詐欺なのだよ!俺私拙者僕はひっかからないのだよ!』

「雨上晴香です。」

『おっとっと!雨上晴香雨上晴香詐欺なのだよ!俺私拙者僕は―――』

『遊ばないの!』

 ムームームちゃんの声が聞こえてきたと思ったら玄関が開く音がした。

「どうぞー。」

 しぃちゃんが開けてくれた。


 相も変わらず広い家の広い部屋に通される。とりあえず驚いたのはクロアさんが座布団の上に正座していたことだった。

「このアタシは和に目覚めたのですわ。鉄心のおかげで。」

 前は座布団の上に椅子をおいてそこに座っていたのに……

「緑茶を冷やしておいたよ。これで全員だろう?」

 部屋(というか広間?)の中には私、翼、しぃちゃん、クロアさん、力石さん、速水くん、音々というゴッドヘルパーとルーマニア、アザゼルさん、ムームームちゃんという天使がいる。あとカキクケコさん。そしてクロアさんの後ろには大きなホワイトボードが浮いていた。

「……鉄心。このお茶菓子はなにかしら?」

 しぃちゃんがお茶と一緒に持ってきたお茶菓子をクロアさんが指差す。

「西瓜饅頭だ。面白いだろう。」

 直径五センチくらいの小さなスイカがそこにあった。これ、お饅頭だったのか。

「さてとなのだよ。」

 みんなで西瓜饅頭とやらの不思議な味を味わっているとアザゼルさんが立ちあがってホワイトボードの前に立った。

「本題に入るのだよー。まずは《C.R.S.L》について話すのだよ。」

 しーあーるえすえる?

「今世間は超能力者に対して嫌な印象を持っているのだよ。それにより、超能力者として分類される未熟で無知なゴッドヘルパーをなんとかしようとしている俺私拙者僕らにも影響が出ているのは知っていると思うのだよ。下手に目立つと行動が制限される可能性がある……これの解決策がクロアちゃんが作った《C.R.S.L》という組織なのだよ!」

 上品に緑茶を飲んでいたクロアさんがそれについて説明をする。

「問題はこのアタシたちが超能力者と呼ばれる存在と同じ存在と見られていること。ならば違うのだということを示せば良い。ということで国に働きかけて全世界公認の対超能力者特殊部隊というのを作ったのですわ。それが《C.R.S.L》ですわ。」

 そこで珍しく黙っていた翼が声を出す。

「なるほど。キチンと認められた存在であるということを言えば問題はないわね。政府が超能力者に対抗するために用意した超能力者……とでも思ってくれれば、少なくとも危険な存在だって理由で何かされたりはしないわ。」

 力石さんがおずおずと手をあげる。

「……軽く流しましたけど……『国に働きかけて』ってなんすか……」

「別にそのままですわ。このアタシを誰だと思っているのかしら?」

 世界有数の超お金持ち。ともすれば顔がきく権力者の一人や二人はいる……か。すごいな。

「今日、明日にでも大々的に発表されますから……すぐに動けるようになりますわ。」

 そういってクロアさんはパチンと指を鳴らした。するとどこから出てきたのやら、執事というかボディーガードというか、そんな感じの人が突然現れ、全員に警察手帳のようなものを配った。

「それが組織の一員である証なのだよ。同時に全世界の味方のゴッドヘルパーにも配ってるから、これでやっと今まで通りに……いや、今まで以上に仕事が出来るのだよ。」

 壁によっかかっていたルーマニアがニヤニヤしながら呟く。

「お前のことだから……もちろんこの組織にはこういう効果とは別に意味があんだろ?」

「さすがルーマニアくん。」

 ニコニコ笑うアザゼルさんはその笑顔を一瞬で真面目なそれに変えた。

「ルシフェルの言う通り。この組織の意味は今後の作戦に大きく関わってる。でなきゃ上から許可が出ないからな。」

 ……突然誰だかわからない人が出現したがこれはアザゼルさんである。

「まず明確にしよう。俺らの敵はサマエルと鴉間だ。」

 ホワイトボードの上でマジックが勝手に動き、『サマエル組』と『鴉間組』と書く。

「サマエルの目的はもちろん《常識》のゴッドヘルパーの発動、その後それを手に入れること。発動の条件はある一定数以上の第二段階の数だが……これが今だいぶ危ないところにあることは知っていると思う。予想してなかった世間の批判のおかげでなんとか限界値には達していないというのが現状だ。そしてサマエルは鴉間のせいで戦力を大きく削られた。故にサマエルは《常識》の発動までその身を隠すことにしたらしい。最早時間の問題だからな。」

「《常識》が発動したら全戦力を集中させて、サマエルの奴は《常識》のもとへたどり着くだろうな。サマエル自身も強いし……オレ様たちでも難儀するぜ。」

「そして、削られたと言っても精鋭のゴッドヘルパー達。こちらの防御網をかいくぐって到達する可能性は高い。よって発動したらサマエルがそれを手にすることは確実と考えていい。」

「確実……ですか。じゃあ私たちは何を……」

「俺らがするべきは《常識》を手にしたサマエルを倒すということなんだが、問題はそこで同時に鴉間たちと戦うことになるかもってことだ。サマエルの目的が達成されるような大きな出来事の瞬間に鴉間たちが何もしないというのは考えにくい。」

「どうせバトることになんなら……各個撃破がいいっつーわけか。」

「ああ。つまり俺らは《常識》が発動する前に鴉間たちを倒さないといけないんだ。」

 時間の勝負か。……時間と言えばメリーさんたちはどうなったんだろうか。あれ以来見つけられないみたいだが。

「これは時間との勝負。だから俺はその時間を出来るだけ稼ぐっていう理由もあって組織を作った。」

「どういうことよ。」

「はっはっは。花飾、そんなこともわからないのか?」

 しぃちゃんがフッと笑った。

「なぜ犯罪がいけないことなのだと、やってはいけないことなのだとわたしたちは思っている?それは学校で教えられたからではなく、やったら罰を受けると知っているからだ。世界が認める公式の、超能力者に対する警察。これの存在は超能力者に対する世論が『異常者』から『犯罪者』に格上げされることを意味する。すると、今まで以上に超能力者というものに抵抗を覚え、ゴッドヘルパーが第二段階になりにくくなるのさ!」

「その通りですわ。さすが鉄心。」

 呆然とする翼だが……しぃちゃんがこういう『組織』とか『敵の目的』などのなんとも分類し難い分野に対して異常な観察眼を持っているのは確かだ。強いて分類するなら『正義の味方と悪の軍団の理論』かな?

「この組織の存在がさらなるブレーキとなり、時間を稼ぐ。だがあくまで稼いでいるに過ぎないことを理解しないといけない。俺たちにはどちらにしろ時間が無い。」

 そこでアザゼルさんはムームームちゃんの頭をポンと叩く。

「俺私拙者僕の説明はここまで。ここからはムーちゃんからの『対鴉間組』についてのお話なのだよ。」

 もとに戻ったアザゼルさんは畳の上に「どっこいしょー」と言いながら座る。そしてムームームちゃんが前に出た。

「さて。それじゃあーたーしから行くよー。今現在判明してる鴉間組のメンバーから。」

 キュッキュと音を立てながらホワイトボードの上をマジックが動きまわり、鴉間組の面々が書きだされた。


 鴉間空 《空間》

 アブトル・イストリア 《物語》

 メリオレ・モディフィエル 《反復》

 ルネット・イェクス 《?》

 中国人 《?》


「鴉間は知っての通り。アブトルとメリオレはこの前来たんだけど……雨上ちゃん以外は襲ってきたことすら認識できていない。ルネットはこの前あーたーしと十太のとこに、この中国人っていうのは鎧ちゃんのとこに来た。会った人にどんな奴か教えてもらいましょう。まずは雨上ちゃんから。」

 突然ズビシと指をさされた私はあわてて答える。

「えっとですね……アブトルさんは……強いんだか弱いんだかわからない人でメリオレさんは意外と仕事してた人です。」

「意味わかんないわよ晴香。」

「意味わかんないよ?晴香。」

 翼と音々に同時につっこまれた。そうか、中学時代の私に対するツッコミ役が音々で今が翼なのか。

「《物語》は……確かに発動するとその中の人物を思い通りに動かせますけど完璧にというわけでもなく、それにその中で攻撃しようともあくまで《物語》の中での出来事なので現実世界にはなんの影響も与えません。実際に出来ることはこちらの足止めとか時間稼ぎ程度らしいです。」

「……弱いんじゃない?それ。」

 翼がボソッと呟いた。

「だがよ、その《物語》の中の出来事が現実に反映されないっていうのはそいつの《常識》なんだよなぁ?」

 ルーマニアが難しい顔で尋ねる。

「ああ。だから……もしもあの人が第三段階とかになったら……この世界の作者、つまり神様に匹敵する。それにこの前は全世界を巻き込んだ攻撃だったからあれだけど……一対一の場合、《物語》の力の精度が上がるかもしれない。アブトルさんが私に話したことだけが出来ること全部っていうのはないと思う。」

「手の内全部見せて説明までするわけはないってか。確かにな。それ以前にオレ様たちを強制的に天界に送るって時点で脅威だしな。」

 ふと見るとムームームちゃんの後ろのホワイトボードに私が言ったことがなんとなくまとめてあった。すごいなぁ。

「ふんふん。それで雨上ちゃん、《反復》は?」

「メリオレさんは……アブトルさんの《物語》を編集するためにいた感じでした。アブトルさん本人の《常識》のせいで一人だと《物語》の修正とかが難しいそうです。」

「ということは……戦闘力は未知数ってことだね。なるほど。んじゃ次はあーたーしたちが会ったルネットね。はい十太。」

 指名された力石さんはすごい困り顔だった。

「どー説明すればいいんだか……」

 しばらく黙ってから力石さんはやはり困り顔で話す。

「あいつは……見えない何かを発射してくる。そしてその何かはかけるメガネによって効果が変わるみたいだった。」

「メガネで変わるってなんなのかしら?」

 翼がクイッとメガネをあげて呟く。

「わからない。ただ……あいつの攻撃を避けたのはオレが初めてらしい。」

「すごいじゃない。ってことはあんたには何かが見えたってことなのよね?」

「そうじゃないんです。何かこう……わからないんすけど何かが集まる感覚というか……収束するというか、何かを感じたんです。」

「十太くんは《エネルギー》のゴッドヘルパーなのだよ。なら感じる何かは《エネルギー》に決まっているのだよ。」

「ですよねー。でもなんつーか……あまり感じたことのないというか……反応が薄すぎるというかなんというか。」

「肝心の十太がこんなんだけど、たぶんあいつと戦えるのは十太だけ。」

「このアタシにも効きませんでしたわよ!」

 クロアさんがすごく偉そうなポーズで叫んだ。

「ん?そういえばクロアはどうして効かなかったの?攻撃が見えないとそもそも否定もできないんじゃ?」

 ムームームちゃんは説明を求める感じでアザゼルさんを見た。

「クロアちゃんはあのリッド・アークとの戦いの後、一時的に無敵モードが使えなくなったのだよ。でもそれを乗り越えたからもうクロアちゃんには何も効かないのだよ。それが何かわからなくてもクロアちゃんに害が及ぶならその『害が及ぶ』という結果を否定するから。」

「んだそりゃ!完全無敵じゃねーか!」

 ルーマニアがつっこむ。クロアさんは勘違いして使っていた自分の力をコントロールできるようになった。ということは文字通りの最強なんじゃ?

「でもでも、RPGで言えば防御力9999の攻撃力1みたいな感じなのだよ。自分に関することはやっぱり自分のことだから完全に否定できるんだけど、例えば銃弾の威力とかを操るのはまだ慣れないのだよ。」

「ありゃりゃ、慣れたら攻撃力9999の防御力9999のチートキャラだね?」

「そうなのだよ……って君は……誰だっけなのだよ。」

 アザゼルさんがそういえばという感じで音々を見る。

「ああ……そう言えば先に紹介すればよかったですね。こいつは遠藤音々。《音楽》のゴッドヘルパーで《物語》の時のラスボスでした。」

 我ながら何を言ってるんだか。文面だけ見るとだいぶ変だ。

「ああ!ラスボス!なるほどなのだよ。確か《音楽》のイメージを具現化する……だったのだよ。すごいのだよ。」

「ありゃりゃ。そんなに褒められてもボクは晴香のためにしか動かないよ?危ないのは基本的に嫌だしね?」

「無理強いはしないのだよ。ところで音々ちゃん、君はどんなゲームが好びぃや!?」

 趣味の世界に入ろうとしたアザゼルさんにムームームちゃんのとび蹴りが決まる。

「ふん!まったく!話がそれたよ。どこまで行ったんだっけ?」

「このアタシにも効かないというところまでですわ。」

「うん……でもやっぱり十太だね。攻撃力が1だし……それに君にはもっと違う所で頑張ってもらうよ。」

「まぁ!まぁまぁまぁ!このアタシを随分と下に見ているようね!」

「クロアちゃん、落ち着くのだよ。というかムーちゃんだけは怒らせないで欲しいのだよ。怖いのだよ。」

 プンスカしながらソッポを向くクロアさんを横目にムームームちゃんは続ける。

「んじゃ次はこの中国人を鎧ちゃんから。」

「うむ!」

 スッと立ちあがるしぃちゃん。

「一つ、わたしと力の使い方が似ていると言っていた。二つ、《常識》のせいかどうかはわからないが恐ろしい運動能力だった。三つ、こいつもメガネをかけるらしい。四つ、チャイナドレスがやらしかった。五つ、なんかすごい美人だった。六つ、パンツは白だったらし―――」

「なんすかその素晴らしい女性は!」

 速水くんがものすごい反応をした。というか途中からどうでもいい内容に……

「是非オレがお相手をします!やらせて下さい!」

「うん。実際あのスピードだからね。速水くんの《速さ》は役に立つ気がするよ。」

「鎧さん!ありがとうございます!」

 速水くんが涙を流し始めた。

「うーんと……こんなもんかな?」

 ムームームちゃんがざっと私たちを見まわしたその時、チャイムが鳴った。

「うん?誰か来たな。ちょっと待っててくれ。」

 しぃちゃんは早足で玄関へ向かう。一瞬の沈黙のあと、そういえばいたカキクケコさんが呟いた。

「なんで鴉間は裏切ったんだ?サマエルを。その理由がわかれば……もしかしたら鴉間と戦わずに済むかもだぜ?」

「んなこたぁねーと思うが……確かに気になるとこだな。たぶんこの前直接やり合ったメリーとかが知ってんだろうけどな。あいつらは今どこにいんだ―――」

 そこでルーマニアの言葉が途切れた。何故か知らないがその場の天使、つまりルーマニアとカキクケコさんとムームームちゃんとアザゼルさんが一斉にひとつの方向を見たからだ。

「……どうしたんだルーマニア?」

「……噂をすれば、だ。」

 戻ってきたしぃちゃんの後ろにぞろぞろと人が続く。先頭はその中でも一際小さな女の子だ。

「おひしゃしぶりね。」

 メリーさんが突然現れた。

「今までどこにいやがったんだ?《情報屋》でも見つけられなかったんだぞ?」

「あたりゃしい仲間が軽く空間遮断ができてね。」

 メリーさん、ホっちゃんさん、ジュテェムさん、チェインさん、リバースさん。それなりに見慣れた人たちの後ろに見慣れない人がいた。その人はやんわりと笑ったたぶん大学生くらいの人で神父さんの格好をしていた。そこまでならまぁ、どこにでもいそうな神父さんなのだがその首に何か色んなモノがぶら下がっている。十字架、六芒星、月に太陽になんとも言えない不思議なモノがとにかくたくさんだ。色んな神様を信じている神父さんなのか?

「おや、その顔は自分のことを覚えていないという顔ですね。まぁ無理もありませんか。」

「えっ……?」

 会ったことがあるらしい。こんな人一度会えば二度と忘れないと思うんだが……

「ほら、小説の話をした。あの中華料理のお店でです。」

「……!あ!あの時の!」

「思いだしてもらえましたか。あの時はどうもありがとうございました。おかげで鴉間空に対抗できました。」

「こにょ人はディグ・エインドレフ。鴉間を追い詰めた張本人よ。」

「つーことはこいつが《情報屋》の言ってた最強のゴッドヘルパーか。」

「ああ……そういえばそんなこと言ってたな……」

 メリーさんはホワイトボードの前に立つ。

「しょうだんがありゅにょ。こにょ前みたいにね。」

「この前?リッド・アーク戦の時のことか?また時間を巻き戻すってのか?」

 ルーマニアがメリーさんを半目で見る。

「しょのとおり。」

「ああ?ふざけんな、いくらお前でも無理だろが。一時間の巻き戻しであれだけバテたんだろ?もしも今回も同様にやるとしたら―――」

「鴉間が裏切ったことによってサマエルの統制が乱れ、結果として呪いを受けたゴッドヘルパーが暴れたのだよ?そう考えるのなら戻すのは鴉間が裏切る手前までってことになるのだよ。何時間、何日じゃない、何カ月っていうレベルなのだよ?」

「あちゃしは……もう以前にょあちゃしじゃにゃいよ?」

 メリーさんがそう言った瞬間、私は一秒ぐらいの時間で生まれてから今までの経験を全て思いだした。一気に時間が遡って生まれる前に戻ってそこから一秒で今の状態に育ったかのようなおそろしい感覚。

「な……メリー、お前……」

「あちゃしはもう第三段階にゃにょよ。」

「すごいですね……こんなことができるんですか……」

「……?こんにゃことって?」

「え……今私にしたことですよ。」

「?」

「?」

 私とメリーさんは互いに首を傾げた。

「……第三段階だからこそ感じる何かがあったのかもな。ちなみにオレ様たちにはただ圧倒的なオーラが感じられただけだったぜ。」

 なんだそりゃ。つくづく思うが第三段階ってそんなに違うものなのか。

「……あちゃしが一度に戻せる《時間》はざっと十年にょ。」

「十年……そりゃ数カ月なんか余裕か……」

「でもそにょ代わりに一日に出来る《時間》の操作は二、三回ににゃったけどね。」

「システムと直結状態だからな。無理もない。つーことはメリー、お前はもう『戦闘』って行為ができなくなったわけか。」

「しょうね。こにょ前鴉間とやったような戦いはもうできにゃい。」

「つまりこーゆーことか?倒すべき敵を全部倒してくれれば後始末は完璧にやってやると?」

「うん。」

 そうか。それなら多少の無茶もできるっていうものだ。最終的に無かったことになるのなら……ん?待て待て?

「それなら今すぐにでも鴉間が裏切る前に巻き戻して……まだサマエルの下にいる鴉間をなんとかすればそもそもこんな事態にもなりませんし、サマエルが隠れてしまうこともないんじゃ?」

 私の発言にしぃちゃんや翼が「おぉ!」と言ったがメリーさんは困った顔をした。

「しょれができればいいんだけどね……じゃんねんにゃがら鴉間とサマエルにはもう《時間》のしょうしゃが効かにゃいにょよ。」

「サマエル様は《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーですし、鴉間空は《空間》の第三段階。よって二人とも《時間》の操作が効かないのです。」

 ディグさんがやんわりと理由を教えてくれた。

「そうか。結局は二人を倒さないと始まらないわけですね……というかディグさんはなんでここにいるんですか?あなたはサマエルの……」

 私がそう聞くとにっこり笑っているその顔を少し真剣なものに変えてディグさんは答えた。

「自分がサマエル様から受けた命は鴉間空たちを倒すことですので。そこだけは目的が同じなのですよ……みなさんとね。ですが……鴉間を倒した瞬間、自分はサマエル様のため、みなさんの敵になりますのでご安心を。」

 最強と言われる存在……そんな人が味方で敵……

「まぁ、あにゃたは味方である内に攻略法をみちゅけて倒すよ。」

「怖いですねぇ。」

 不思議な協力関係だなぁ……と私が二人を眺めているとまたまたそういえばいたカキクケコさんが呟く。

「メリー側の戦力を使えるなら鴉間組なんか余裕なんじゃね?」

「油断は禁物だよ、カキクケコ。」

 ムームームちゃんがため息交じりに呟き、私たちに向かって言う。

「とにかく、まずは鴉間組だから。各自、いつ来ても大丈夫なように準備しておくこと。仲間との連絡手段は常に持っておくこと。いいね。これで今日のところは解散かな?」

 ムームームちゃんの最後の問いにルーマニアが手をあげた。

「メリー。鴉間が裏切った理由わかるか?」

「……鴉間が《空間》のゴッドヘルパーだかりゃ。」

 さっき気になった疑問に対する答えは至極単純に返ってきた。

「かなり早い段階で第二段階ににゃった鴉間は子供の時にすでにまわりの《空間》を把握できてたにょ。しょうなったりゃ誰でも思う……自分は神様だって。」

 ……確かメリーさんも子供の頃に第二段階になったから子供心に思った『大人になりたくない』っていう考えのせいで身体の成長が止まっているんだったな。

「鴉間にとって世界の中心は自分。常に自分がまんにゃか。それが鴉間にとってあたりまえにゃにょ。だって神様だから。故に、鴉間は……例えるのなら『超自己中心的』な性格ににゃったにょ。」

「それが裏切りと関係すんのか?」

 ルーマニアの疑問に答えたのはアザゼルさんだった。

「……俺私拙者僕たちは最初敵の組織の指導者は鴉間だと思ってたのだよ。それがサマエルの出現によって俺私拙者僕たちはサマエルに視点を変えたのだよ。たぶん、それがキッカケなのだよ。『ボス』っていう位置づけから『敵の中で強い方』っていう位置づけになった……きっとそれが我慢ならなかったのだよ。」

「ああそうか。敵のトップっつーのは見方を変えりゃぁ主人公だもんなぁ……」

 ゴッドヘルパーはシステムの管理する《常識》に対して特別な感情を抱く。それによってゴッドヘルパーの性格というのは少し変になるという。私はせいぜい空をよく見上げるぐらいのものだが……鴉間の場合は効果を実感できてしまったから余計だったんだな。

「……ゴッドヘルパーらしい裏切りなのだよ……」

「ったく……めんどくせぇな。」

 本当にめんどくさそうな顔のルーマニア。だが『めんどくさい』ということはやればできるということだ。ルーマニアはあんまり鴉間やサマエルとの戦いに不安を覚えていないようだ。

「さすがというか何と言うかだなぁ……」

 一人呟きながらなんとなくさっきもらった《C.R.S.L》の証を見る。

「ねぇ晴香。」

 顔をあげると翼も《C.R.S.L》の証を眺めていた。

「これで世間から冷たい眼で見られることはないとしてもさ、人前に出ることにはかわらないんだから結局有名になっちゃうわよね?」

 そうか……超能力者としてでなく、《C.R.S.L》としてバレるわけだから変な眼で見られることはなくとも一度人前に出れば写真とかをとられて一気に『雨上晴香は《C.R.S.L》である。』という情報が広がることになる。クラスの人とか親に何を言われることになるやら……結局めんどくさいことになるなぁ。

「あら、それは心配いりませんわ。」

 私たちの会話に入ってきたのはクロアさん。

「実はそれ、ただの証じゃありませんの。特別な魔法がかけられていてそれを持っていない人からはあなたはあなたに見えないのですわ。」

「つまり……別人に見えるということですか。これを持っていると。」

「だからそう言いましたわ。写真や映像として記録されても別人に見えますわ。」

 なるほど……なら安心だな。



 「鴉間殿。」

「なんすか?」

「すでに全員が準備万端。いつ実行に移すのであるか?」

「予想通りにあっちが動いてるっすから……もう少し待つっす。タイミングが大事なのはアブトルも理解してるっすよね。」

「それは理解しているが……どうも焦ってしまうのであるよ。《常識》が発動してしまうのではないかと。」

「心配ないっす。今のペースならまだもうちょっとかかるっすから。」

「わかるのであるか?」

「あっしは《空間》っすよ?」



 クロアさんが言った通り、翌日のニュースに《C.R.S.L》という言葉が登場した。国……というか国連で大々的に超能力者への対抗策として作られることが決まった組織……みたいな感じで紹介された。どんな人がメンバーかなんてことはさすがに発表されなかったがクロアさんだけは違った。なぜならクロアさんが記者会見みたいなことをしていたからだ。


『超能力者。彼らは自分たちが新しい存在だと……そう言っていますわ。ですが考えてみましょう、仮に彼らが普通の人とまったく違う姿で生まれたのなら……恐竜から人間に地球の代表が代わったように、世代が代わるのだと思えたりもしますわ。ですが彼らは確かに人間であり、普通の人となんら変わりがないのですわ。なら彼らと普通の人との違いは力があるかどうか。拳銃を持っているかいないか程度のことなのですわ。その力を使って悪さをするのなら、法の下に罰するのは当然。そのための組織ですわ。』


 テレビに映っていたクロアさんは別世界の住人に見えるのだが……私と彼女は知り合いなのだと思うと私がどれだけ非日常にいるのかがわかる。最初のころは昼間普通に学校に行って、事件があれば夜に出動……そういう感じでキチンとわかれていたのにリッド・アーク戦からこっち、どうも日常と非日常の境目があいまいだ。

「なんだかなぁ……鴉間とサマエルを倒せば元に戻るのか?」

 というか……終わったら私の『協力』は終わりだ。ゴッドヘルパーのことを記憶から消されて全てなかったことにされてしまうのだろうか?


 ニュースで発表があった次の日、学校の雰囲気が少し変化していた。例の高田くんのように偉そうにしていた超能力者はしぼんだようにその存在感が薄れた。頑張って目立たないようにしている感じだ。悪さをすれば捕まる……普通の警察なんか怖くないとか思っていた超能力者もさすがに捕まえに来る人が熟練の超能力者と聞けば目立ったことはしなくなる。キチンとした後ろ盾がある組織というのはやはり影響力も大きいらしい。

「極端よねー。わかりやす過ぎだわ。」

 翼がざまぁみろという感じの顔でニヤニヤしながら呟いた。今は朝の先生が来るまでの暇な時間である。

「気持ちのいい効果じゃないか!すばらしい!やはり正義の組織というのはいいなぁ!」

 少しテンションの高いしぃちゃんがやって来た。クロアさんから《C.R.S.L》のメンバーである証の警察手帳みたいなものをもらってからというものこんな感じである。

「なぁなぁ、これを出す時はどうやって名乗るとかっこいいと思う?」

「んー……普通に『警察だ。』のノリで『《C.R.S.L》だ。』じゃだめなの?」

「そんな普通の名乗り方があるか!もっとかっこいいものにしないと!晴香、わたしはどうすればかっこいいかな!」

「しぃちゃんの好きな戦隊の名乗り方を参考にすればいいんじゃないですか?」

「《武者戦隊 サムライジャー》の名乗り方は……」

 そう言いながらしぃちゃんは何やらかっこいいポーズをする。

「『悪即斬!極悪非道を斬り捨て御免!武者戦隊!サムライジャー!』」

 クラスの何人かがしぃちゃんを見たがしぃちゃんは気にしない。

「でもなぁ、サムライジャーはサムライという土台があるからこそのセリフのかっこよさだからな。なかなかこれをマネするのは難しいぞ。《C.R.S.L》という組織名から思い浮かぶイメージと上手くマッチするかっこいいセリフが必要だ。」

「とゆーかさぁ……《C.R.S.L》って何の略なのかしらね。」

「ん?クロアから聞いてなかったのか。《C.R.S.L》は《クロア・レギュエリスト・セッテ・ロウ》の略だよ。」

「自分の名前なの!?」

 翼が驚愕する。すごいクロアさんっぽい名前の付け方に私は納得だ。



 「ハクション!」

 俺私拙者僕が最近手に入れた携帯ゲーム機で遊んでいるととなりで紅茶を飲んでいたクロアちゃんがくしゃみをしたのだよ。

「ふふふ!このアタシの噂をしている民がいるようですわ!」

 日本での行動拠点の……びっぷごよーたしのホテルの一室で俺私拙者僕とクロアちゃんはソファに座って暇つぶし中なのだよ。三人は座れるはずなのにクロアちゃんのふりふりもこもこの服がこれでもかってくらいに広がって二人しか座れないのだよ。席取りにぴったりのお洋服のお値段はずばり俺私拙者僕のこのゲーム機二百個分くらいなのだよ。

「この時間、鉄心たちは学校かしら?」

「そうなのだよ。クロアちゃん、学校は?」

「このアタシは超エリートを何人も育ててきた最高の家庭教師の下で勉学に励んでいますので学校なんていう鳥かごには行きませんの。」

「学校をなめちゃいけないのだよ!」

 俺私拙者僕は立ち上がるのだよ。ちょっとびっくりして俺私拙者僕を見上げるクロアちゃん。

「学校にはイベントがあるのだよ!出会いがあるのだよ!友達作るのだよ!恋するのだよ!テスト勉強でさえ楽しい事なのだよ!」

「それって全部ゲームの話なのでしょう?」

「でも!現実があるからこそゲームがあるのだよ!ならば逆説的にゲームにあることは現実にもあるのだよ!」

「でも確か……以前屋上がどうとか言ってなかったかしら?」

「……っ!……っ!…………っ!でも……なめちゃいけないのだよ!」

 呆れて紅茶をすするクロアちゃ―――ってあれれ?良く見たら紅茶じゃなくて緑茶なのだよ。ティーカップに緑茶をいれて飲んでるのだよ!?

「クロアちゃん……カップを間違っているのだよ……普通緑茶は湯飲みなのだよ。」

「そんなこと誰が決めたのかしら?バカゼル、このアタシたちは《常識》を捻じ曲げる存在なのよ?」

「鎧ちゃんが見たら嘆きそうなのだよ?」

「残念ね。鉄心は理解のある人間ですのよ?この前ようかんをナイフとフォークで食べましたけど『ははぁなるほど。普通にそっちの方が食べやすいかもな。』と言っていましたわ。」

「鎧ちゃん……」

 鎧ちゃんはヒーロー以外にはあんまりこだわりがないかもしれないのだよ。それはそれでなかなか面白いキャラクターだけど……むぅ、困ったものなのだよ。

「それにしてもこのアタシたちはこんなに暇でいいのかしら?」

「めずらしく働く気満々なクロアちゃんなのだよ?」

「ふふふ。このアタシもここまで大きなことをしたのは初めてですの。ワクワクしているのですわ。」

「それは良いことなのだよ。でも今は……そうだね、《C.R.S.L》という存在が世界を走っている状態なのだよ。今まで暴れていた超能力者が出方を伺っている時期……次にあっちがどう動くかで《C.R.S.L》の今後も決まってくるのだよ。」

「でもこのアタシたちの目的は鴉間とかいうのを探すことですわよ?時間もないというのに……」

「鴉間たちの動きを待っている時期でもあるのだよ。サマエルはともかく《C.R.S.L》というこちらの動きを前にして何もしないとは考えにくいのだよ……こっちの方も動き待ちなのだよ。」

「めんどうですわぁ……」

 うーんと伸びをするクロアちゃんは可愛いのだよ。どうも鎧ちゃんと仲良くなってからトゲトゲした感じがなくなってきたのだよ。

「……やっぱり持つべきものは友達なのだよ……」

 ねぇルーマニアくん?



 放課後。学校を出た瞬間、ルーマニアから連絡がきた。頭の中に。

『街で厄介な奴が暴れてる。速水が相手してんだがちょいと相性が悪い。すぐ来てくれ。』

 連絡が来たと言うとしぃちゃんも行くと言った。翼は私たちとは担当地域が違う故、そちらでの事件に備えるとのこと。

「どうしよう晴香。名乗り文句を考えてない!」

 走りながらしぃちゃんがそんなこと言った……というかしぃちゃん、走るの速いな!

「……晴香、急がないと。」

「で……でも私は……その…………先に行って下さい……」

「了解!」

 そう言ってしぃちゃんは加速。すぐに視界から消えた。

「……こればっかりは……・どうにも……ならな……い……」

 第三段階の力でなんとかなったらいいのに……体力。


 オレ様と速水は道路の真ん中に立っていた。目の前にはドーム状に展開された車やらなんやらでその身を隠す男。

「大丈夫か?」

「なんとか。でもオレだとあいつには近付けない……いくら速くてもあんなに障害物があったんじゃ……」

 そう、敵は自分のまわりに壁を作っている。完璧な壁があるわけではないが、障害物が多いのは確か。いくら速水のスピードでも潜り抜けることが出来ない数だ。相手の攻撃は避けれないものじゃない。だが速水ではあいつにパンチの一つもお見舞いできないわけだ。

「まーたせたぁ!!」

 よく響く声が聞こえた。振り向くと鎧が走って来るのが見えた。

「ルーマニア殿!速水くん!わたしが来たからにはもう大丈夫なのだが!名乗り文句がないとカッコがつかないんだ!なんとかしてくれないか!」

 どーでもいーことを……つーかダメだ!鐙は一番相性が悪い!

「鐙先輩!敵は―――」

「心配ご無用!わたしの刀に斬れないものはない!あんな壁は!」

 鎧は走りながら路上の車に触れる。するとそこから引き抜かれるように金属の棒が出現し、鐙の手に収まった瞬間、それは鋭利な刀になった。

「雨傘流六の型、攻の一!《竹》!」

 一番外側にある障害物の前で刀をふる鎧。次の瞬間、鎧の刀から極細の刀が撃ち出され、展開された壁を切り裂いていく。だが―――

「何!」

 全ての壁を切り裂いて敵本人へと到達した極細の刀はそいつの手前で停止した。そしてそのまま地面に落ちる。

「一体奴はなんの、おわわわ!?」

 突然鎧が刀を振ります。正確には刀が鎧を振りまわしている。

「なんだなんだ!?刀が勝手に!?」

「鎧!お前じゃ相性最悪だ!あのゴッド―――」

 おっとっと……そういや今のオレ様たちは《C.R.S.L》であって敵は超能力者なんだったな。

「―――あの超能力者が使うのは《磁力》だ!」

「《磁力》……磁石のことか!」

「……ああ……そんなとこだ。」

 暴れる刀を仕方なく手放す鎧。その瞬間、刀は車の……どっかのパーツに戻った。

「あれ?おかしいな……」

 《磁力》のゴッドヘルパーが呟いた。

「いくら力を入れても曲がらなかったのに君が手放した途端ただの金属になっちゃったよ。君はいったいどんな超能力を?」

 相変わらず壁を浮かばせつつこちらに近づいてくるそいつはなかなか余裕の表情。むかつく表情だぜまったく。

「《C.R.S.L》……せっかく超能力を手にしているのに……もったいない使い方してるよな。」

「……力を手にしただけでそういう行動に出る方がよっぽどもったいない気がするんだがなぁ?」

 オレ様の言葉を鼻で笑い、そいつは片腕をあげる。すると展開されていた車や瓦礫なんかが一つの塊になっていく。

「超能力者は選ばれた存在なんだ。当たり前の行動だろう?」

 宙に浮かぶ巨大な塊はオレ様たちに当てるためのものだろうが……残念、発射する前にこっちの主力が来たみてーだ。

「!?なんだ!?」

 突如突風が吹き荒れた。通常ではありえない複雑な軌道を描きつつ駆け抜ける風はその塊を徐々に削って小さくしていく。《磁力》がだいぶ慌てているとこを見ると……あいつが操れる《磁力》の力を超える風速で削られてるみたいだ。

「遅かったな、雨上!」

 オレ様は後ろを振り返る。そこには堂々と立っている雨上―――がいない……?

「す、すみませーん。通して下さーい。」

 集まった野次馬の中から声が聞こえる。

「どいて下さーい、《C.R.S.L》なのですがー……」

 やっと野次馬を抜けて登場したのが雨上だった……

「……かっこわるい登場しやがって……」

「なんだルーマニア。しぃちゃんみたいなこと言って。」

 雨上は片手に《C.R.S.L》の証を、片手に水色の球体を持っていた。確か《箱庭》。

「相手は何の?」

「磁石なんだ晴香!わたしは相性が悪いんだ!」

「《磁力》ですか……そうですね、《金属》……特に鋼はもろにくっつきますしね……」

「良く知ってるな、晴香。」

「……この前授業で言ってましたよ……」

 オレ様は雨上に尋ねる。

「んで、どーすればいいと思う?」

「《磁力》かぁ……ん?ちょっと待ってくれ。」

 雨上は目をつぶる。

「?」

 数秒後、目を開けた雨上は少し上を向いてこう言った。

「今日の天気は『磁力が弱まる』でしょう。」

 次の瞬間、オレ様たちと《磁力》を霧のようなものが包んだ。

「な!?」

 バラバラにされた塊を再び作り直していた《磁力》が驚愕する。浮いていた壁が全て落下したのだ。まるで……《磁力》を操れなくなったかのように。

「なんだ!?どういうことなんだ!?力が……!?」

「速水くん。」

 雨上がそう呟くとすぐさま速水が身をかがめた。

「はい先輩!」

 あたふたしている《磁力》へ超速で迫った速水はそいつの鳩尾に一発拳を叩きこんだ。《磁力》はその場で気絶した。

「おお!速水くん、すごいな。」

「雨上先輩とルーマニアとの特訓のおかげですよ。」


 ちょうど霧が出ていたので全員に魔法をかけ、空へと飛び上がり、その場所から離れた。後始末は《C.R.S.L》の面々がやってくれるらしい。まじでそういう組織を作ったわけだから別にゴッドヘルパーしかいないというわけでもなく、こういうことの事後処理のプロがいるらしい。

とりあえずあの公園に降り、いっしょに連れてきた《磁力》の記憶の消去を行いながらオレ様は雨上に尋ねる。

「さっきのは?」

「さぁ……突然『空』が話しかけてきてな、『かみなりくんがまかせろっていってるよ?』って言うから適当に天気を言っただけだ。実際に雷が何をしたのかは知らない。」

「雷?ってことはあれですかね。」

 速水がひらめいたという感じに話す。

「電磁石っていうものがあるぐらいですから電気と磁力はそれなりに深い関係なんですよ。だからたぶん雷を上手く使って磁力を使用不能にした……みたいな。」

 それを聞いて雨上がなるほどという顔になる。

「そうか。さっきの霧は霧じゃなくて雲だったんだ。そこで弱い幕放電を起こして磁力を狂わせたんだな。人間に害を与えないぐらい弱いやつ。」

「まくほーでんってなんだい、晴香?」

「雲の中で起きる雷ですよ。」

「良く知ってるな、雨上。」

「……《天候》だからな、いろいろ調べてると知識もつくさ。」


 そのあと、家に帰った雨上はパソコンでさっきの事件のことがどう報道されたのかを調べた。それをオレ様も横で見ていたのだが……

「……これ、オレ様か?」

「……私はこれだぞ……」

 クロアの言った通り、オレ様たちはまったく別人で写真とかに映っているわけだが……オレ様はさらさらヘアーでメガネの秀才イケメンに、雨上はものすごく元気な表情をしたツインテールの活発な女の子になっていた。

「「真逆じゃねーか(だな)……」」



 《磁力》のあとにも色々な超能力者が現れた。私にしかわからないことだが、面白い事に全員言うことがザ・マジシャンズ・ワールドと同じで『俺たちは選ばれた人間だ!』なのだ。それしか言うことがないのかと思うほどだ。

「……そのうち超能力者の組織が出来たりしないだろうなぁ……」



 《C.R.S.L》という存在が世界に浸透してきた頃、事件は起きた。

『我々は抗う!《C.R.S.L》の横暴を許さない!我々は次世代を担う存在なのだ!』

 世界中の超能力者が《C.R.S.L》に対して文句を言いだした。そしていやなことに、私の予想通り超能力者が集結して一つの組織を作ったのだ。

 その名は《ネオ・ジェネレーション》……

「ザ・マジシャンズ・ワールドと変わんねーな……」

 ネットで超能力者の組織について調べていた私。そのパソコンの画面を横で覗いているルーマニアがそんな風に呟いた。

 そんなこんなで出来あがった《ネオ・ジェネレーション》という組織は日本に本拠地を構え、現在世界中の超能力者がそこに集まってきている。おそらく《C.R.S.L》の責任者であるクロアさんが日本にいるからだろう。

「まさか……これも《物語》ってことはねーか?雨上。」

「違うと思う……雰囲気が変わってないから。」

「雰囲気?」

「《物語》の中は……例えるならファンタジー世界の住人だった。」

「意味わからん。」

「ファンタジーは非現実的だからファンタジーだろう?でもその中の登場人物にとっては現実だ。《物語》の中だとさ、こういう大変な状況をまるで当たり前みたいに扱ってたんだよ……リアルで宇宙人が来たらパニックだろ?なのにあの世界だと『あー大変だねー。』くらいの感じだったんだ。」

「なるほど……んじゃこれはリアルか。めんどくせー!」

「逆に言えば……現実でこういうことが起こり得たからこそアブトルさんが《物語》を展開できたのかもしれない……」

 私は椅子の背もたれに身体をあずけ、ルーマニアに尋ねる。

「ほっとくわけにもいかないけど……《C.R.S.L》のおかげで第二段階の増加速度が遅くなってる今こそ鴉間を倒すチャンスなんだろ?どっちを優先するんだ?」

「ああ……それなんだがな、逆にこれもチャンスなんじゃねーかと思ってる。」

「どこら辺が?」

「メリーが言ってたろ?鴉間っていう人間は超自己中だってよ。なら、この状況は面白くないんじゃねーか?」

「……そうか。もしも私たちが超能力者の相手をするのを優先したら……鴉間は一時的とは言え、蚊帳の外みたいな扱いになる。」

「常に主人公・ラスボスを望むのなら……な?」

「……超能力者の集団に鴉間か。日本が戦場になっちゃうなぁ……」

「逆に心配なのは超能力者の集団だがな。」

「?」

「今言ったろうが。鴉間はこの状況を良しとしないって。鴉間が行動に出るとしたら?」

「……《ネオ・ジェネレーション》を潰す……か。」

「だろ?超能力者たちは所詮本質を理解していない連中……鴉間が相手じゃ触れることすらできずに皆殺しにされるだろうぜ……」



 「ルネット。ちょっと仕事を頼みたいっす。」

「んあ?なんだよ、バーカ。あたしに細かいことはできねーぞ、バーカ。」

「暴れて欲しいだけなんすが?」

「なら大丈夫だ、バーカ。」

「喜ぶっすよ、ルネット。あなたが戦いの始まりとなるんすから。」

「残念だな、今のあたしはあいつとの戦い以外望んじゃいねーんだよ、バーカ。」

「あ、チョアンにも同じことを頼むっすから伝えて欲しいっす。」

「はは、喜ぶのはむしろチョアンだろ、バーカ。」

「そうっすね……戦闘狂っすからねぇ、彼女は。」

「一対集団なんてなかなかねーからな、バーカ。」



 《ネオ・ジェネレーション》の存在を確認した後、雨上は誰かに電話をかけ、誰かにメールを送った。

「何してんだ?」

「作戦だよ。この前の時みたいな。」

 この前の作戦と言うと……リッド・アーク戦の時の作戦のことだろうな。また何か思いついたってのか、こいつは。いい加減天界の戦術顧問にでも推薦するか。

「《常識》って組み合わせることで出来ることが増えたり精度が上がったりするだろう?そういうのを今の内に考えておくのは悪い事じゃないだろ。」


 リッド・アーク戦の時から……いやそれよりも前から、雨上の観察力というか……応用力は驚くべきものだ。ついこの前まで普通の女子高生やってた奴とは思えない。いい加減理由があるはずだと思ったオレ様は雨上のことをマキナに軽く調べてもらった。だが特筆すべきことはなく、本当に普通の学生だった。


「なぁ、雨上。」

「ん?」

「お前のそのひらめきとか……作戦とかはどこから来るんだ?」

「ああ……たぶん私が《天候》のゴッドヘルパーだからだな。」

「ああ?」

「選択肢の数さ。ルーマニアはこの世界には何種類の《天候》が……天気があるか知ってるか?」

「晴れと曇りと雨と雪と雷……それと台風くらいじゃねーか?」

「あはは。私はずっと空を眺めていて……そこに感情を見出したんだぞ?ルーマニアは人の感情がたった六つしかないって言うのか?」

 ニンマリと意地悪な顔で笑う雨上。

「一口に晴れと言ってもな、快晴なのかどうなのか。風は?気温は?湿度は?色んな要素が追加されてやっと『今日の天気』は言葉になるんだ。『今日は晴れてるけどじめじめするね。』『昨日も晴れだったけどはカラッとしてたよね。』……同じ晴れでもそこには色んな種類がある。私は「空」の感情を借りて戦っているわけだから……私の中には大量の選択肢があるんだ。」

「……そこから自分の望む天気を引っ張り出してきたお前だから……応用力がついたってのか?」

「最初に「空」と会話した時から、私の中にはそういったものがグルグル渦巻くようになったんだ……それを整理してたらいつの間にかって感じだ。」

 雨上晴香。まったく、なんて頼りになるパートナーなんだかな。

「あ。」

 そこで雨上の携帯電話が鳴った。

「はい。……はい、そうです。会わせたい人がいるんです。はい……わかりました。」

 雨上は電話を切り、オレ様を見た。

「今回もすごいことが出来そうだ。」


 次の日、オレ様は雨上の横を歩いていた。

「《音》と《音楽》を会わせる?」

「ああ。」

 雨上とオレ様は《エクスカリバー》に向かっていた。そこで遠藤と合流し、音切に会いにいくのだそうだ。

「組み合わさったらすごいことになると思うんだ。」

「……雨上、字面は似てるが……《音》は物理現象で《音楽》は人間の創作物だぞ?似ているようでまたく別物なんだが……」

「音々はBGMを聞くことで記憶にある映像を引っ張り出し、それを具現化することができる。そして音切さんは……《音》に感情を乗せることができる。」

「それが?」

「それなら音切さんが感情を乗せながらBGMを演奏して音々に聞かせたらどうなるかなと思ってな。」

「なるほど……感情がこもることでBGMはより具体的で鮮明なイメージを引き出す。」

「そんなかんじだ。あ、おーい。」

 雨上が手を振った先に遠藤がいた。

「《エクスカリバー》で晴香と待ち合わせなんて久しぶりだね?」

「そうだな。」

「それで……晴香、ボクをこれからどんな重要人物に会わせるの?天使の偉い人?それとも神様?」

「……私、重要人物に会わせるなんて言ったか?」

「『会って欲しい人がいる。』なんてメールが来たんだもの、そりゃそう思うでしょ?」

「……それもそう……か?いや、そんなに重要人物ってわけじゃない。ただこれから始まる戦いに向けて会っておいて欲しいってだけで。」

「ふーん。」

「久しぶりね。」

 突然二人の会話に一人の女が入ってきた。メリーんとこのチェインっぽいんだがあれよりは軽い感じの女だ。

「あ、お姉さん。」

「うん、お姉さんよ。こっちが遠藤さん?」

「そうです。」

「それじゃ車に乗って。」

「……晴香?この人は……?」

「音切さんのお姉さん。」

「ふーん。音切さんの―――」

 そこで遠藤の顔色がいっきに青くなった。

「うえぇっ!?それって!それって!!」

「行くぞ音々。」

「ちょちょちょ!はりゅか!音切って!ましゃか!?」

「?音切勇也さん。」

「ありゃりゃー!」


 十数分後、オレ様と雨上とガチガチの遠藤は音切の家に着いた。オレ様はここに来るのは実は初めてじゃない。なんどか音切のパートナーの件で来ている。相変わらずぬいぐるみとプラモデルが散乱している家だ。

「いらっしゃい、雨上くんにルーマニアさん。それと……遠藤くん?」

「はひっ!」

 遠藤はもう何が何だかという顔だ。

「《音楽》だってね……オレがそれだったらどうなってたんだろうな。」

 音切がスタスタと自室へ向かうのについていくオレ様と晴香。そしてロボットダンスを極めつつある遠藤。

「適当に座ってくれていいよ。」

 ガチガチの遠藤を引っ張りながらソファに座る雨上。オレ様は壁によりかかる。すると雨上がオレ様を見てこう言った。

「……今ふと思ったけど、ルーマニアって基本的につっ立ってるよなぁ?」

「あ?そうか?」

「作戦会議とか……なんか立ってるイメージが強いぞ。痔なのか?」

「バカ言え。痔の天使なんて笑えねーぞ。」

「なんで二人ともそんなにいつも通りなの!?あの音切勇也の……自宅……」

 遠藤が倒れそうだ。

「……こういう反応が普通なんだぞー……雨上くん。」

 音切が目を細くして呟いた。

「そう言われましても……」

「んまぁ、いいけどな。本題に入ろうか?」

「はい。《音》と《音楽》のですね―――」

 そこからは雨上の作戦の説明、《音》と《音楽》が今できることの確認、具体的な行動を話しあった。



 隔離された空間。どこにもなくてどこにでもあるその空間には一人の男がいた。だだっ広い空間のど真ん中に豪華な椅子を置いてそこに座っているそいつは真っ白なスーツに身を包んだ男だった。

「サマエル様。」

 座っている男の後ろにいつのまにか一人の男が立っていた。名前を呼ばれた白いスーツの男、サマエルは振り向く。

「……なんだ?」

「『先見』が観測致しました。発動は三日後でございます。」

「そうか。いよいよか。」

 サマエルは椅子から立ち上がり、男の方は見ずに問う。

「後悔はないか?」

「……熱でも?」

「冗談だ。オレは悪魔、人間の都合なんか知らん。オレはお前らに褒美を用意し、お前らはそれに釣られた魚。」

「その通り。ですがそれが全てとは思わないでいただきたい。」

「ん?」

「あなた……そのものに惚れこんでいる者もいるということです。」

「……オレに?冗談を言うな。オレはそんな大そうな存在じゃない。オレがやっていることはあの方の意思の続きだ。そして最終的にはあの方に継いでいただくのだ。オレにはこれの先を築けない。」

「ルシフェル……ですか?」

 男がそう呟いた瞬間、男の腰から上はなくなった。血が噴き出すことはなく、もとから上半身など無かったかのように、男の下半身は倒れた。

「人間ごときがあの方を呼び捨てるな。」

 誰もいなくなった空間でサマエルの声が響く。

「それなりに有能な奴だったんだがな……残念だ……ヘイヴィア。」

「うい。」

 男の下半身が転がる場所の横に女が現れた。女はどこかの喫茶店のウェイターが着ているような服装を身に着けていた。長いとも短いとも言えない長さの髪型であり、パッと見でもわかるが、その女は男装している。

「ってうわ。何これ。下半身だけとかやらしー。私に何をさせるつもりよ。」

「勿体無いから保存しておけ。」

「あいにく私には男の陰茎を収集する趣味は無い。」

 女……ヘイヴィアが指を鳴らした瞬間、その空間の遥か上の方から大きな黒い立方体が落下し、男の下半身をつぶした。

「あっは! とんだMプレイね。こいつ、地獄で感じてるかもよ? 女王様に踏まれるよりも刺激的!」

「お前も死ぬか?」

「やめてよ。私はまだ死にたくないもの。それより『先見』から聞いたわ。三日後だって?」

「ああ。」

「……まったく……折角いいポジションにいたのにねぇ?鴉間もアホだわ。別にディグが殺すのを待たなくてもいいんでしょ?私が殺してもいいんだよね?」

「できればの……話だがな。別に構わない。」

「んんっふっふっふ!ご褒美を期待してるわ。」

 そういってヘイヴィアは消えた。

「……もうすぐですよ……ルシフェル様。」



 極々平均的なマンションの一室、ジュテェムとホっちゃんがテレビを見ているリビングでメリーは何かを書いていた。

「何を書いているのじゃ?メリーさんは。」

「アドバイスだそうよ。」

 キッチンで紅茶をいれているリバじいとチェインがそれを眺めがら会話をしている。

「今現在、鴉間と戦えるのはディグとハーシェル……雨上さんだけ。ディグはともかく雨上さんはあの戦いを知らないから、あれで判明した鴉間の弱点とかそういうのをまとめているんですって。」

「ほう。……これから始まるであろう大きな戦い。わしらは何をするべきなんじゃ?」

「メリーさんを守る。でしょ。」

「きちゃいしているにょよ。」

 メリーが紙から顔をあげる。部屋の中を見まわした後、チェインに問いかけた。

「?ディグは?」

「近くの教会に行きま―――帰ってきましたね……」

 ドアを開けて入ってきたディグは雨上と初めて会った時のような普通の格好だった。

「いやはや……本当にこの国はおもしろいですね。」

「にゃにが?」

「教会に行ってきたのですが……神父さんはともかく、そこに来ている人たちの信仰の薄さ。なんだが都合のいい時だけ利用しているような感じでした。」

「お気に召さないってか?」

 テレビからディグへ視線を移したホっちゃんが悪そうに笑うがディグは首をふる。

「自分はすでに宗教などでは人が救えないと言うことを知っていますから。それに固執して縛られるよりも気の向いた時だけ信じてみるという形態はなかなか良いですよ。」

「……そんなもんなのか……」

「そもそも、あともう少しでサマエル様の世界になりますし……世界中の宗教も一変しますよ。」

「鴉間を倒したら敵になる……か。変な関係だよな、おりゃら。」

「まぁ……一カ月も一緒に暮らした人がいますしね。気も緩むというものです。」

 言いながらメリーさんを見るディグ。

「しかし一カ月じゃろう?何もなかったのか?男女が一つ屋根の下。」

「十代二十代ならともかく、二千歳と百歳ですからね。別になにも。」

「しょうだよ。せいぜい一緒におきゃいものしたり海に行ってみちゃりピクニックしちゃぐらい。」

「だいぶ遊びましたね……」

 ジュテェムが笑いながらつぶやく。

「あちゃしはともかく……ジュテェムはいいにょ?」

「何がです?」

「雨上ちゃんのこちょ。」

 メリーがそう言った瞬間、ジュテェムの顔が赤くなる。

「そ、そうですね……この戦いが終わったら……その……」

「お?『帰ったら告白するんだ!』みたいな感じか?青春だなおい!」

 ホっちゃんが茶化す中、ディグだけ真剣な顔でこう言った。

「そんな風なセリフを残して戦死した人間をだいぶ見てきたのですが。」

 なんとなく顔色が悪くなったジュテェムを見ながら、ホっちゃんはふと思いついたようにメリーに尋ねた。

「そういやメリーさん。《常識》っていつ発動するんだ?メリーさんならわかるだろ?」

「……いくらあちゃしが《時間》でも完全な未来予測はふかにょうってにゃんども言ってるでしょう?」

「その正解率は七十パーセントくらいって話か。確かに何度か賭け事もはずれたことがあっけど……少なくとも一番起こる可能性が高い未来なんだろ?参考程度にさ。」

「それに、今のメリーさんは第三段階ですものね。もしかしたらより正確な未来が見れるようになっているかもしれませんし。」

 チェインがそう言うとメリーはため息をつき、両の目をつぶって口を閉じる。

「未来予測ですか。便利なものですねぇ。」

 ディグが感心して独り言を呟くとリバじいが目を細めて言った。

「お主の不老不死の方がよほど便利じゃろうが……」

「いえいえ。サマエル様が世界を手にすれば自分も不老不死ではなくなる可能性がありますから。それに……メリーがいる限り、あなた方も不老ではあるでしょう?」

「他人任せの不老にゃんて不老とはいわにゃいんじゃにゃいかしら。」

 そこでメリーさんは目を開けた。

「ざっと……三日後ってとこね。」



 天界。急増する第二段階の対応に追われる天使が走りまわっている中、資料室の隅っこでマキナはある機械がはき出した数値とにらめっこしていた。

「どうしたのだよ?突然呼びだして。呼ぶならルーマニアくんにするのだよ。その方がマキナちゃんも嬉しばがぁっ!」

 分厚い本の直撃をくらって倒れるアザゼル。

「たまたまあんたが天界にいたから呼んだのよ……これ見て。」

「むむ。ルーマニアくんとのデートの予定表なら俺私拙者僕は惜しむことなくチェックするのだよ!この恋愛マスターに任せるのだよ!」

 手渡された紙を見るアザゼル。そこに書いてあったのは日付だった。

「これは……えっと……うん!?今日から三日後なのだよ!いやいやマキナちゃん、何もこんな忙しい時にデートしなくても!」

「……いつ《常識》が発動するかわからない今の状況。第二段階の増加の仕方なんてちょっとしたことで変わるから予想がしにくい……マキナはちょっとでも情報が欲しいと思ってある機械を起動させたの。」

 アザゼルは資料室の隅っこに置いてある機械を見た。

「あれって……未来予測機なのだよ?でも確かそれって……」

「そう、未来を予測できる存在はこの世にはいない。例え神様でもそれは不可能。未来とは現在の行動の連鎖の結果だからね。未来を予測するという行為そのものも未来を変える要因になる。《時間》や《未来》のゴッドヘルパーは高確率の未来を予測することが出来るけど……百パーセントはあり得ない。」

 マキナは未来予測機と呼ばれた機械に手を置く。

「これは……ずいぶん昔に技術部が作った未来予測機。魔法の力で時間を少し捻じ曲げて観測する。でもその正答率は良くて五パーセント。技術部も無理とわかって作ったものだからしょうがないと思っていた。でもね、さっきマキナがこれを起動して……未来予測をしたら……何が起こったと思う?」

「……《常識》の発動を予測した……そうなのだよ?そして結果としてこの日付が出たのだよ?」

「そう。そして同時にそれが起こる確率もはき出されたんだけど……それがこれ。」

 マキナがつきだした紙に書いてある数値を見てアザゼルは驚愕した。

「な……九十八パーセント!?なんだよこれ!」

「だからあんたを呼んでみたの……理由がわかるかと思って。」

 アザゼルは真剣な顔で呟く。

「……その機械は魔法によって予測された未来を一度分析し、不確定要素の分だけ確率を下げていって最終的な確率をはじきだす機械だ。不確定要素っていうのは……例えば俺が階段を右足から降りるか左足から降りるかっていうぐらいの要素だ。どうでもいいようでいて未来に大きく影響を与える予測不可能な事象。」

「つまり……?」

「九十八ってことはな、その機械が最初に出した予測に不確定要素がほとんどなかったということだ。その機械が故障していないのなら……この予測は九十八パーセントの確率で当たる。」

「……機械をチェックしてみるわ……」

「頼むのだよ。」

 マキナは機械の方を向くと一拍置いてから大きくため息をついた。

「どうしたのだよ?」

「……あんた……いきなり真面目な口調にならないでよ。緊張するでしょ。」

「なんでマキナちゃんが緊張するのだよ。俺私拙者僕には惚れちゃダメなのだよ?」

「あんたは神様の傍に立てるほどの大天使だったのよ!今はこんなんだからいいけど突然口調が変わったら昔のあんたを思い出しちゃってヒヤッとすんの!」

「あっはっは!まだそんな風に思ってくれる人がいるとはびっくりなのだよ。」

「何に言ってのよ……いまだにすれ違ったらあんたに頭を下げる奴だっているし……ルーマニアを見るだけで震えあがる奴もいんのよ?自分の影響力を考えなさいよ……」

「そのルーマニアっていう呼び方で態度を変えた人もいるのだよ。おもしろいのだよー。」

「あんたねぇ……」

 そのまま帰ろうとしたアザゼルはふと足を止めて尋ねた。

「そういえば《常識》ってどこに出現するのだよ?」

「それはもう確定しているわ。日本の関東……ルーマニアの担当地域ね。」

「……なんでわかるのだよ?」

「普通に考えればわかるわよ。《常識》が発動する理由は?」

「第二段階が多すぎるから一度ゴッドヘルパーをリセットする!ためなのだよ。」

「なら、出現地点は第二段階が多い地域に決まってるでしょ。」

「ああ、なるほどなのだよ。」

「今あの辺りは超能力者って呼ばれてる第二段階が集結してるからね……一番多いの。暴動とか起こらなきゃいいけど。」

「まったく、なんて規模の大きな事件なのだよ。」

 やれやれという感じにアザゼルは資料室を出た。




 音切さんの所に行ってから三日後。事件は唐突に起きた。

 お昼の時間。お弁当を広げる私としぃちゃんと翼は教室にあるテレビにくぎ付けになる。

「なんだよこれ!」

「まじかよ……」

 普段テレビはつけないが、あまりのことに先生がつけた。リポーターの人がしゃべる内容はこんなんだった。


『本日正午、渋谷のスクランブル交差点において《ネオ・ジェネレーション》を名乗る集団が超能力を使用し、その場を占拠しました。』


 テレビに映るのはリッド・アークとの戦いの場だった交差点。地面にひびが入り、火の手があがり、かなり大勢の人が真ん中に集結していた。

「あやつら……!」

 怖い顔になるしぃちゃんを翼が止める。私は腕輪に目をやり、ルーマニアに連絡をとる。

『ルーマニア!ルーマニア!』

『ああ。わかってる。』

 ルーマニアはすぐに答えてくれた。

『何だ、どうなってるんだ!?状況は―――』

『落ち着けよ、雨上。ちゃんと話すから。……花飾と鎧もそこにいるか?』

『いるぞ。』

『ちょっと待て……』

 ルーマニアがそう言うと腕輪が一瞬光る。

『……聞こえるか?』

「うわ。なによこれ!」

「この声はルーマニア殿。」

 どうやら二人にも聞こえるようにしたらしい。

「二人とも、心の中でしゃべって。」

『……これでいいのかしら?』

『おお!なんかかっこいいぞ!』

『よし。状況を報告するぞ。』

 ルーマニアは一息ついて一気に話す。

『今日の十二時に《ネオ・ジェネレーション》の奴らが《C.R.S.L》に対して宣戦布告した。人数は数百人ってレベル。今は他の奴らが対応してる。だがこれだけ大きなアクションに対して鴉間が蚊帳の外を決め込むわけはない。きっとあいつも動く。だからお前たちは次の指示を待て。今オレ様たちも今そっちに向かってる。』

『ちょっと待てルーマニア。対応してるのって……その地域担当のゴッドヘルパーなんだろ?多勢に無勢じゃぁ……』

『いや……こっちもそれなりの人数で相手してる。なんせ世界中から集まった仲間がいるからな。』

『どういうことだ?』

『オレ様もイマイチ理解してねーんだがな。三日前、アザゼルの奴が「上」の連中に進言したらしいんだ。三日後に事態が大きく動くってな。しかもいつものアザゼルじゃなくて真面目な方のアザゼルでな。あれでもかつての大天使だからな、「上」の連中も無視できなかったらしい。さすがに全員を集めることは出来なかったが、少なくとも三日で日本のこの場所に来れる奴らは全員来た。』

『どうして日本に集めたのよ。』

『《常識》が発動するとしたらそこだからだ。ゴッドヘルパーのリセットが目的なんだからな、第二段階のゴッドヘルパー多い場所に出現することになる。《ネオ・ジェネレーション》もいるから今現在、日本の関東にゴッドヘルパーが一番いるんだよ。』

『なるほどな。』

『……雨上。』

『なんだ?』

『メリーが戦闘できない今、こっち側の第三段階はお前だけだ。ディグは強いがあいつはサマエルの駒だ。実質オレ様たちの最大戦力はお前ってことになる。』

 私は……そんな重たい言葉に自分でも驚くことにずいぶん冷静に答えた。

『わかった。……《物語》の中での扱いと同じだな。』

『サマエルはオレ様たちが相手をするとして、鴉間は……お前がやることになる。』

『……こんな時にプレッシャーをかけるなよ。』

 私はふふっと笑う。そう言っているルーマニア本人がこの戦いをあまり心配していないからかもしれないなぁ……私が今笑えたのは。

 鴉間の強さも、サマエルの力も知っているのにメンドクサイと言える奴がパートナーなのだから、私もそれなりに自信を持てるというものだ。

『大丈夫さ。私たちにはその昔神様に喧嘩を売った大天使様がいるんだからな。』

『やかましい。』



 俺私拙者僕は戻って来たのだよ。

「ふっふっふ……なつかしいのだよ。」

「そんなに経ってないですわよ、バカゼル。」

 クロアちゃんが横で呟いたのだよ。

 ここは新宿、池袋と並び、山手線のターミナル駅を中心に繁華街が広がる街。ヤングマンの街として知られ、有名デパートや飲食店・専門店が立ち並び、駅前にはワンちゃんの銅像があるその名もSHIBUYA!その歴史は古く、昔々平安時代から鎌倉時代にかけて名をはせた渋谷さんのお家が―――

「なんでこのアタシがこんな場所に駆り出されるのかしら!? 組織のトップは後ろでドッシリ構えるものではなくて?」

「そうだけどそうも言ってられないのだよ。この大きな事件を前にして鴉間組とサマエル組が動かないってのは考えにくいのだよ。俺私拙者僕たちの本命はもちのろんでそっちなのだよ。でもでもだからと言ってこの騒ぎをほっておくのはマズイのだよ。」

「なら他の人にやらせなさいよ。なんでこのアタシなのかしら?」

「彼らが怒っている対象は《C.R.S.L》。ならそこのトップが来ればひとまず矛先は決定するのだよ。余計に暴れて欲しくないから……だからクロアちゃんがここにいるのだよ。」

「このアタシがそんな扱い……屈辱で―――」

「クロア・レギュエリスト・セッテ・ロウ!」

 俺私拙者僕たちが立ってる場所は交差点の端っこなのだよ。そして今叫んだ人がいるのは《ネオ・ジェネレーション》が集まっている真ん中なのだよ。それなりに距離があるのにここまでクッキッリハッキリ声が届くとは……さては応援団出身の人なのだよ。

「……」

 クロアちゃんが億劫そうに自分を読んだ男を見たのだよ。

「それっぽっちの仲間だけでおれたちに挑む気か!」

 ちなみに俺私拙者僕たちの後ろには《C.R.S.L》のメンバー。つまりは世界中にいた仲間なのだよ。それでもせいぜい二十組だから……人数的には四十とちょっとなのだよ。それに対して《ネオ・ジェネレーション》のみなさんは……うん、百人は超えてるのだよ。少なくともー。

「……」

 クロアちゃんはふんわりスカートの横にくっついてるホルダーから愛用の拳銃を抜いたのだよ。

 バキュン。

 クロアちゃんが発砲したのだよってクロアちゃん!?

「呼び捨てるなですわ。そしてこのアタシの話に入るなですわ。」

 銃弾は男の足元に穴を開けたのだよ。

「いきなり撃つとはひきょ」

「バカゼル。」

 男の喚きを完璧に無視してクロアちゃんは尋ねるのだよ。

「なんだか随分と……あの集団の年齢層が広い気がしますわ。」

 《ネオ・ジェネレーション》のみなさんは……確かに広い年齢層なのだよ。ぼっちゃん、お嬢ちゃん、お兄さん、おねえさん、おじさん、おばちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん。

「別に不思議じゃないのだよ。ゴッドヘルパーは基本的に生まれてから死ぬまでの役割なのだよ。」

「でもこのアタシのまわりにいるゴッドヘルパーは若いですわ。」

 クロアちゃんは後ろに並ぶ他のゴッドヘルパーを指すのだよ。

「別に不思議じゃないのだよ。協力者として動くにはそれなりの時間的余裕が必要なのだよ。社会人になるとそういう時間は少ないのだよ。だから学生とかが協力者としては適任なのだよ。そして俺私拙者僕の呼び方はいつからバカゼルで定着したのだよ?」

「アザゼル、バカゼル。母音は一緒ですわ。」

「イギリス人のクロアちゃんが日本語の母音の話してるのだよ!? これは驚きなのだよ。」

「それで……このアタシはあの連中を殲滅すればいいのですわね?」

「殲滅しちゃダメなのだよ。倒すのだよ。」

「面倒で―――」

 クロアちゃんの言葉が途切れたのだよ。なぜなら顔面に火の玉がぶつかったからなのだよ。

「やったわ!やっつけたわよ!」

 向こうの方でとても喜んでいるおばさんがいるのだよ。《火》か《熱》か……それとも他の応用か……とりあえず火の玉をぶつけたのはあのおばさんなのだよ。

「平民の分際で……」

 顔面に当たった火の玉を片手ではらってクロアちゃんは銃を向けたのだよ。

「上流でも中流でも下流でもない下々! 地べたを這いずりまわるゴミ虫以下の『モノ』が! このアタシの顔に何をしたのか理解できているのかしら! 釣り合う代償を持っているのかしら! 高貴な血も家も名もないあなたが差し出すのは命のほかありませんわよ! 服をはぎ取り、恥辱の限りを尽くした後にアイアン・メイデンに放り込んで全身の血液をぬきとってそれと同じ量だけのプラチナをあなたの子孫に要求しますわ!」

 後半とんでもないことを言いながら銃を乱射するクロアちゃん。その数、実に百と三十七。その全てを受けた例のおばさんはその場で倒れたのだよ。

「ク……クロアちゃん?」

「大丈夫ですわ。死ぬほど痛いゴム弾ですから。」

 死ぬほど痛いのを百三十七も受けたらさすがに死ぬと思うのだよ。

 でもしかしバット、クロアちゃんは恐ろしいセリフとは裏腹に落ち着いた表情なのだよ。

「う……うわ……」

「なんだよあれ……」

 《ネオ・ジェネレーション》の皆さんが後ずさりするのだよ。なるほど、ああやってビビらせて無駄な戦いをしないようにというクロアちゃんの作戦なのだよ。鎧ちゃんと仲良くなってやっぱり丸くなってきたのだよ。嬉しいことなのだよ。

「あれだけの人数……アイアン・メイデン、足りるかしら?」

 ……クロアちゃん?

 ちなみにアイアン・メイデンとは……うん、棺桶の裏側にトゲがめちゃくちゃついてて中に入ってふた閉めると『ギャー』ってなる感じの拷問器具なのだよ。

「く……くっそー!」

 一人がこっちに走りだしたのだよ。そんでそれを合図に《ネオ・ジェネレーション》のみなさんがダッシュ!

「来たのだよ。後ろのみんなも気合入れるのだよー。」

 みんなが頷くのだよ。

「……気合を入れる必要はあるのかしら?」

 クロアちゃんが走って来る《ネオ・ジェネレーション》の面々を見て呟いたのだよ。

 瓦礫が浮いていたり砂が舞っていたり目が光ってたり腕が長かったり。いろんな《常識》を捻じ曲げたゴッド……超能力者がそんな不思議な光景を撒き散らしながら来るのだよ。でもやっぱり……そんなに脅威を覚えないのだよ……

「……言い方があれだけど……俺私拙者僕たちと彼らじゃ実力に差があり過ぎなのだよ……」

「あら、わかっているじゃない。」

 クロアちゃんは《ネオ・ジェネレーション》の面々を横目に銃をパカスカ撃ちまくるのだよ。その全てが脚やら腕やらに命中して相手の動きを鈍くしていくのだよ。

「では残りは私が。」

 後ろで気合を入れた仲間の内の一人、どこの部族の出身ですかい? と聞きたくなる格好の男の子がそう言ったのだよ。すると走って来る《ネオ・ジェネレーション》のみんなが……なぜかその場で土下座したのだよ。

「あら。すばらしい力ですわね!」

 嬉しそうなクロアちゃん。

「負けてたまるかー!」

「超能力者の世界を!」

 強制土下座に力づくで対抗する数人が立ちあがるのだよ。

「はぁ……こんな簡単なことをなぜこのアタシが……」

 クロアちゃんががっくりとしたその時、俺私拙者僕の視界の隅に何かが映ったのだよ。

「?」

「どうしたのです?バカゼ―――」

 次の瞬間、土下座体勢の数人が……宙に舞ったのだよ。

「うがぁっ!」

「きゃぁっ!」

 悲鳴をあげながら落下してくる彼らはひどいケガなのだよ。ある人は歯がほとんど折れて口から血を吐きながら。ある人は変な方向に向いた腕を振りまわしながら。

「なんなんですの!?」

「……こっちの味方には極力ケガをさせないようにと言ってあるのだよ……だからこれは……」

 何かが目に見えないほどの高速で《ネオ・ジェネレーション》の人たちをまるで竜巻に巻き込まれたかのように宙に吹き飛ばしていくのだよ。


「甘いアルネ。」


 半分ほどが無残な姿になって地面に落下する。その人間雨の中に悠然と立つ一人の女性。

 赤いチャイナドレスを着こなし、長い黒髪の美女。両手に少し大きめのアタッシュケースを持つその美女は一撃で男を惚れさせる笑顔でこんなことを言ったのだよ。

「折角挑んできたのアル。ちゃんとした攻撃をしてあげないと失礼アルヨ?」

「チャイナドレス……鉄心が言っていた中国人ですわね。」

「やっぱり鴉間組が動いたのだよ。」

「鴉間組?なんだか……そう、日本で言う所のヤクザみたいアル。悪そうアルネー。」

 にこにこしている美女は痛みに呻く人たちの真ん中であははと笑うのだよ。

「ふふ! んま、退屈していたところですわ。このアタシが相手になって差し上げますわ。後ろのみなさんは手を出さないように。」

 そう言いながら後ろを向いたクロアちゃんは絶句したのだよ。

「大丈夫アル。今立っているのはあなただけアル。」

 さっきまで元気一杯で後ろにいた仲間達が……全員倒れているのだよ。無論、天使も。

「あなた以外はそんなに面白そうじゃなかったアル。だから掃除したアル。折角残したんだから……それなりの暇つぶしをさせて欲しいアルネ。」

 その言葉にクロアちゃんがカチンとした。

「あら……あらあらまあまあ! このアタシで暇つぶし!? 何様なのかしら!」

「そう言われても……ワタシの狙いはもう決まっているアル。《金属》との戦いのためのウォーミングアップ程度にはなって欲しいアルネ。」

「《金属》? 鉄心のことかしら?」

「ああ、そうそう。なかなかカッコイイ名前アルネ。」

「鉄心は……このアタシの友達ですわ。」

 クロアちゃんは両手に握った銃をぴたりと美女に向けたのだよ。

「黙って通しはしませんのでそのつもりで。」

「友情アルネ?いいアルネー。でもこればっかりは譲らないアル。久しぶりの―――」

 その時、美女はその容姿からは想像もできない邪悪な笑みを見せた。

「獲物アルヨ。」

「……このアタシはクロア・レギュエリスト・セッテ・ロウ。頭に刻みなさい? あなたを倒す者の名前ですわよ?」

「ワタシはチョアン。チョアン・イーフ。覚えるアルヨ? あなたに屈辱を与える名前アル。」

「マネするなですわ!」

 慣れた手つきで弾を実弾に変え、銃を乱射しながら走りだすクロアちゃん。でもその銃弾が美女……チョアンに届くことはなく、クロアちゃんはとんでもない速度で近付いたチョアンの蹴りを受けて数十メートル真横に飛んで行ったのだよ。

「!? 見えないのだよ!」

 建物の方に飛ぶクロアちゃん。勢いは止まらず、クロアちゃんは激しい音を立てながら窓ガラスを割り、店内へと突っ込んだのだよ。まるでこの前のリッド・アークなのだよ。

「すごいアルネ。」

 両手にアタッシュケースを持ったまま、どこかの旅行者みたいに、いつのまにやら俺私拙者僕の真横に立っているチョアンは右足を、つま先を中心にしてグネグネ回しながら感心したように呟いたのだよ。

「全然手ごたえがないアル。こういうのって……のれんにクギだったアルカ?蹴ったのに蹴った気がしないアル。これが《ルール》の否定の力アルカ。」

「……腕押しなのだよ……」

「そう、それアル。」

 チョアンは俺私拙者僕の方を見るとジロジロと観察し出したのだよ。

「天使が珍しい……わけでもないと思うのだよ?」

「あなたの仲間を攻撃した時、ホントはあなたも含めて全員一撃で倒すつもりだったアル。でも《ルール》がいたからそれはできなくなったアル。まぁでもそれ以外は大丈夫かなって思って一人一人に重たい一撃をお見舞いしたアル。もちろん天使もアルヨ?でも、あなたに攻撃する時に感じたアルヨ。」

「……何をなのだよ?」

「あなただけ格が違ったアル。」

 ……人間には魔力を感知する力はないのだよ。せいぜい天使独特の雰囲気を感じる程度なのだよ。だから……俺私拙者僕が他の天使よりも多くの魔力を持っていることはわからないはずなのだよ。なのに―――

「バカゼル! なにを仲良さそうにしゃべっているのかしら! 裏切り者!」

「誤解なのだよ……」

 クロアちゃんが散らかったお店の中から出てくるなり銃を乱射するのだよ。

「うにゃぁ!? 危ないのだよ!?」

「うるさいですわ!」

 真横にいたチョアンは当然のようにもういないのだよ。

「なんの力なのかしら! 瞬間移動なんてして!」

「クロアちゃん。それは違うのだよ。今真横でチョアンが移動する瞬間をチラッと見たけど……普通に走ってたのだよ……」

「はぁ? じゃああいつは『目に見えない程のスピードで走ってる』ってことなのかしら!?」

「別に珍しくなないのだよ……速水くんだってそうなのだよ。」

「……肉体を強化するタイプかしら……」

 こっちの出方をうかがってるのか、からかっているのか、チョアンは消えたまま出てこないのだよ。

「いいですわ。それなら……」

 クロアちゃんは両腕を広げたのだよ。右と左、それぞれの方向に銃口が向くのだよ。

「『銃弾は真っすぐ飛ぶ。』そんなこと誰が決めたのかしら?『きちんと狙わないと当たらない』そんなこと誰が決めたのかしら?」

 目をつぶりながらクロアちゃんが呟く。

「結論、『銃弾は敵を追尾する』! そういう《ルール》ですわ!」

 そう言って左右の拳銃を乱射。それぞれ十発ずつ放たれた銃弾は本来直進しかしないはずなのに途中で軌道を変え、一つの方向へ飛ぶのだよ。

「あら、これはすごいアルネ。」

 突然現れたチョアンは身体の向きを百八十度回転させて急停止、持っていたアタッシュケースを下に置き、飛んでくる銃弾に向けて両腕を動かしたのだよ。まるで銃弾を捕まえているみたいに……

「一度はやってみたいこと……アルネ。」

 チョアンが両手を開くとそこから銃弾がパラパラと落下するのだよ。その数二十発。

「どこのアニメなのかしら……」

「うん。……というかいつの間にかメガネをかけているのだよ。オシャレなのだよ。」

 いつのまにかかけていたメガネを外しながらチョアンは言った。

「すごいアル。怖い力アル。でもやっぱりあなたは暇つぶし要員アルネ。」

「こ! このアタシを!」

「だってあなたはそこから微動だにしていないアル。これじゃ『ワタシ対あなた』じゃなくて『ワタシ対高性能な拳銃』アル。なんてつまらない戦いアルカ……」

 チョアンは……そこで男が十人いたら十人が胸をときめかせる憂いの表情で呟くのだよ。

「つまらない時代に生まれたアル。昔は戦いと言ったら魂を燃やしながら互いの技を、想いをぶつけあうものだったアル。なのに今ときたら……爆弾一つで終わってしまうアル。キチンと持たないと切ることすらできない武器、筋力が無いと持てない武器、そういう物を使いこなす達人が己の限界を魅せ合う……今はそういうのができないアル。」

「あはは! 何かと思えば……あなた、戦闘バカなのね!」

 クロアちゃんがものすごく偉そうに笑うのだよ。

「そうアルヨ?みんなからは戦闘狂って呼ばれてるアル。だから……ワタシは《金属》……鎧鉄心と戦いたいのアル。しかもあっちはオサムライサンアル。ワタシは中国拳法……異なる文化で生まれた戦闘技術のぶつかり合いアル!」

 そこでチョアンは……何と言うか、ものすごくいやらしくて色っぽい表情と動作でこう言ったのだよ……

「あぁ……ゾクゾクするアル。」

「変態ですわね! あんな変態を友達に近づけさせはしませんわ!」

「ワタシも、ワタシの邪魔はさせないアル!」

 再び消えるチョアン。その数秒後、近くの建物が崩壊したのだよ。ガラガラと落ちてくる瓦礫の中から悠々とチョアンが登場。

「なんていうパワーとスピードなのだよ……」

「ふん! このアタシには何の意味もありませんわ。」

 何のために建物をバラバラにしたのかはわからないけど、とりあえず蚊帳の外になってた《ネオ・ジェネレーション》の人たちがあんぐりとしているのだよ。

「ああ……」

 随分なマヌケ顔になっている《ネオ・ジェネレーション》の人たちを見てチョアンがにっこりとほほ笑むのだよ。

「安心するアル。このお嬢様を片付けたらあなたたちの番アル。」

 ゾッとするみなさんを横目にチョアンは瓦礫を思い切り上に蹴りあげるのだよ。

 ……盛大なパンチラなのだよ……チャイナドレスは危険なのだよ……

「何してるのかしら? あれ。」

 続けて数発、崩した建物の瓦礫を片っ端から蹴りあげるチョアン。蹴りあげられた瓦礫はそれはそれは空高くに飛んで行くのだよ。一メートルくらいの大きさの瓦礫が豆粒になるほどなのだよ。

「! クロアちゃん!」

 いつの間にか消えているチョアン。次の瞬間、俺私拙者僕たちの正面に出現したチョアンは白いパンツを見せながら地面に向けてかかとおとし。まるで隕石が落下してきたみたいな衝撃が走ってコンクリートに亀裂が走ったのだよ。

「わっとと……」

 バランスを崩すクロアちゃんの前、ぐるりと空中前回りをしながら再びかかとおとし。クロアちゃんの頭上に迫るチョアンの足。

同様にバランスを崩していた俺私拙者僕。その時反応出来なかった自分を後で恨んだのだよ。

「ふっ!」

 クロアちゃんの頭に直撃したかかとおとし。クロアちゃんにダメージはないけど、あまりの威力にさっきできた亀裂に足が沈みこむクロアちゃん。

「! クロアちゃん!」

 気付いた時にはもう遅かったのだよ。俺私拙者僕が手を伸ばすと同時に俺私拙者僕の腹に食い込むチョアンの拳。俺私拙者僕はその場から十メートルほど飛ばされたのだよ。

「残念だったアルネ。」

 バク転をしながらクロアちゃんから離れたチョアン。

 そこに降り注ぐのはさっき蹴りあげられた瓦礫。

 クロアちゃんは足が亀裂に挟まり……動けない。

「クロアちゃん!」

 ドドドドッ! と音を立てて積み重ねっていく瓦礫。数秒後、クロアちゃんが立っている場所には瓦礫の山が出来あがっていたのだよ。

「超プリティミラクルチェンジ! アル。」

 その時チョアンが発した場違いすぎる言葉……いや、セリフの意味がわかる人はなかなかのつわものなのだよ。

「それは! 『ピュアピュア魔女・ミラクルつぐみちゃん』の変身セリフ!」

 見るといつの間にか、チョアンの格好がチャイナドレスからミラクルつぐみちゃんの魔女っ子衣装になっているのだよ。

 しかし! つぐみちゃんは中学生! ナイスバディなお姉さんであるチョアンが着ると違和感しかなくて―――ってそうじゃないのだよ!

「マージーカールーマジック!」

 チョアンはこれまたどっから出したのやら、ミラクルつぐみちゃんの魔法のステッキを振り、お馴染みの魔法を発動……

「! まさか!」

 俺私拙者僕はクロアちゃんが生き埋めにされている瓦礫の山を見るのだよ。それなりに魔法に詳しい俺私拙者僕にはわかる……今、あの瓦礫の山に魔法がかけられたことが。

「これでチェックメイトアルネ。」

 一体どうなっているのやら、元のチャイナドレスに戻って相変わらずアタッシュケースを両手に持っているチョアンが俺私拙者僕に言ったのだよ。

「あの魔法は……あなたには解除できないアル。」

「……確かに……術式から原理までさっぱりなのだよ。あんな魔法は見たことないのだよ。」

「それもそのはずアルヨ。あれは日本のアニメに登場する魔法アル。アブトルに教えてもらったアル。」

 チョアンはにっこりと笑ったのだよ。

「本来どこにも存在しない空想の魔法……あれを解除する方法は二つアル。ワタシを倒すかミラクルつぐみちゃんを連れてくるかアル。でも天使は人間に対して手は出せない。手を出せるのは記憶を消す作業の時のみアル。できるだけ干渉しない……それが天使の掟アル。」

「……俺私拙者僕は何もできない……のだよ。」

 瓦礫にかけられた魔法は……あの瓦礫をあそこに固定しているのだよ。つまり魔法を解除しないとあれをどかせないのだよ。

 クロアちゃんは生きているのだよ。もちろん無傷で。

 クロアちゃんは一切のケガをしない……でもそれ以外は普通の女の子。重みで潰れることはないけど……あの瓦礫をどかす力は持っていないのだよ。集中すればなんとか《ルール》の力で脱出できるだろうけど……完璧に身体が動かない状態に加えておそらく真っ暗。今はきっとパニック状態……とても集中なんかできないのだよ……!

「さて……ワタシはここで待機アルからこの雑魚を暇つぶしに潰すアル。ルネットは上手くやったアルカ?」

 ルネット……? まさか、他の場所にも襲撃を!?

第五章 その2へ続きます。

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