V.D.は恋の始まり!?
「よぉ、偶然だな」
“ばったり”
正にその言葉の通りの状況で、彼の言葉に私は頷くことしかできなかった。
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今年のバレンタインデーは日曜日で、先輩と相談の上「今年は何もしない」ということに決まった。
男性が女性の倍以上いる。という職場で、義理とはいえ人数分配るのは毎年大変だったので、その提案に由佳を含め全員異論は無かった。
ただ、貰えないことを嘆く声もあったので、いつもなら用意しないお茶うけに徳用チョコを割り勘で買ってきて男性陣に配る。という小さなサプライズは行った。
これはなかなか好評で「毎年コレで良いんじゃない?お返しも楽だし。」という意見が多数出たため、来年からはこの形に落ち着きそうだった。
そんなこんなで由佳の手元にはチョコに消えるはずだったお金が丸々残っている。
「なに買おうかな~♪」
臨時収入が入った気分で、由佳は都内のデパートに向かっていた。
配るのは面倒だが由佳だって女の子だ。
可愛い形や丁寧に作られていると分かるチョコレート達を見ているだけでもウキウキしてくる。
「これも…あ、こっちも美味しそう~」
あっちへフラフラ、こっちへフラフラと由佳は催事場を見て回った。
午前中から見て回り、休憩もかねて早めのランチをとる由佳の手元には未だに戦利品は0。
食後のデザートと紅茶を楽しみながら由佳はこの後の予定を立てていた。
『やっぱり海外の有名所は売り切れ多かったよね。なら、このまま売り切っちゃう可能性の方が高いなぁ。
デパートだと値引きもしなさそうだし。しても閉店近くか明日になりそう。
やっぱり狙い目はスーパーかコンビニか。メーカーにさえこだわらなければ美味しいのは一杯あるしね!』
そう、由佳の狙いは【値引きチョコ】
バレンタイン当日の日曜日に一人でフラフラしている由佳に彼氏などいる訳もなく…自分用のチョコに正規の金額を出すのは少しためらわれるがチョコは食べたい。
ならば、値引き品だ!!
という思考にたどり着いた由佳は朝っぱらから行動を開始し、お一人様を満喫しているのである。
「さて、と」
チン、とカップを皿に戻し、由佳は混んできた店内を抜け出した。
デパートに来るから…と、今日は少しおしゃれをしている。
お気に入りの少し甘めのワンピースにふわもこのコートをはおり、足元も側面に着いたぽんぽんが可愛いニットブーツ。
職場には絶対に着ていかない全体的に甘めのコーデは由佳の好みバッチリで、ただでさえ浮き立った気持ちが更に上昇する。
「まだちょっと早いし~どこにいこうかなぁ~♪」
るんるん♪と端から見てもテンションの高い由佳は、目についた商品を適当に見ながら催事場に戻るべくエレベーターに乗った。
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「ふっふっふー!買っちゃったぁ~♪」
由佳が手に持っているのは有名ブランドの限定品。
少しお高いそれは他の商品がことごとく売り切れているなかでまだ少しだけ残っていて…誘惑に負けて手に入れたものだ。
値引き品?それはそれ、これはこれだ。
『だって欲しかったんだもん。仕方ないよねー?』
自分で自分に言い訳をして正当化に成功したところで、由佳はデパートを後にした。
このあとは予定通り地元のスーパーとコンビニで狩りを行って帰宅するだけだ。
「待っててね~♪愛しの貴方~♪」
ここに来て由佳のテンションは最高値まで達したため、周りも気にせず(でも小さな声で)歌いながら改札に向かう。
くんっ、と服のフードを突然掴まれたのはそんな時だった。
「うわっ!!?」
ビックリして振り替えるとそこにいたのは会社の同僚で…
「よぉ、偶然だな」
思いもよらない所での出会いに、由佳は大口をあけたまま頷くことしかできなかった。
「何してんの?…デート?」
じろじろと、由佳の格好を見つめていた彼がポツリと呟いた。
驚きすぎて思考停止していた由佳は、慌てて再起動をかける。
「いや、そんな訳ないでしょ知っての通りお一人様よ?
今日はチョコレート買いに来ただけ。」
「んな可愛い格好して?」
「休みに何着ようと私の勝手でしょー。
似合わないの知ってるけど好きなのよね。」
内心では『可愛いって言われたぁぁ!!うわぁぁぁ!!!』と絶叫しつつ顔に出さないように心がけて由佳はあえてクールに振る舞う。
そう由佳の会社でのモードは【クールなOL】なのだ!
「じゃあそれは?」
「ん?自分用よ。」
由佳の手元に輝く一つの袋。現在ただ一つの戦利品となっているそれを彼はじっ…と見つめてくる。
「…あげないわよ?」
「何で」
「自分用だもの」
「バレンタインデーに偶然とはいえ出会った同僚。
自分の手元にはチョコレートがある。
さて、その時にする行動は?」
「挨拶して帰る!」
男の期待をばっさりと刈り取り、由佳は堂々と言いきった。
「そんな訳で、また明日ね」
これ以上絡まれて大切なチョコレートを奪われでもしたらたまらない。
由佳はいそいで改札をくぐると、その場を立ち去り大事なチョコレートを守れたことを満足していた。
★★★これが、その後に続く由佳と彼との攻防戦の始まりだとは知らずに★★★