駆けるは黒き風 (2)
終章と書きましたがこの話の続編を書きます。
小説を終えるのは最初の頃の話を読み返して、これを超える話を‥‥より面白い話を書こうと思ったからです。
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夜にもかかわらず城周りは明るく昼のようであった。
点々と置かれた篝火が暗闇を照らし、見回りの目の届かぬ場所は砦上から消え去り、蟻一匹漏らさぬ警戒が敷かれている。
それもそのはず、つい先日まで城からそう遠くない場所に構えていた敵が、その数を倍近くまで増やし牙を突き立てる瞬間を待ちわびているのだから。
「援軍はいつくるんだろうなぁ‥‥」
ポツリとすれ違いざまに同じ巡回の兵が漏らす。
「明日には来るらしいし、それまでの辛抱だ。」
「だよなぁ‥‥、ここにいるといつ攻撃を受けるか怖いんだよなぁ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
ふと背中越しに聞こえていた声がきえた、声だけではない足音もだ。
「‥‥?どうかしたか?」
不思議に思い振り向く、しかし先程すれ違った同僚の姿はなく、ゆらゆらと篝火の火が揺れるのみである。
「お‥‥おい?どうしたん‥‥」
ぐらりと傾き体が砦の外へと引っ張られる、頭から下に落ちる瞬間俺は見た、全身を黒い服に包んだ影を。
また1人消した、これで地下に行く道はほとんど手薄だ。
「俺が合図を出す、その間に3人は地下へ行け。」
服どころか髪まで黒い影は低い声で他の影に指示を出した。
ちょうど見張りたちが別の方向を見ている瞬間を狙い合図を出す、合図を受けた3人は城内の地下へ続く道へとスルリと入って行った。
3人の背中を見送り、影は暗い城内へと侵入を開始した。
向かうは食料庫だ、通路は暗く灯り無しには真っ直ぐ歩く事も叶わないだろう。
だが影はまるで見えているかのように通路を歩く、足音を消しているのか音は何も聞こえず、常人にはこの通路には誰もいないように感じる筈だ。
ガチャッ
真っ直ぐ進む影の前方で扉が開き、中から燭台を持った女中が現れる、部屋の中からは灯りが漏れていないところを見ると、どうやらこの女中の部屋のようだ。
音もなく壁際に飛んだ影は柱の後ろに隠れ、女中がその場を去る、或いはその横を通るのを待った。
コツン‥‥コツン‥‥コツン
足取りは鈍い、恐らく眠っていたのだろう、そして女中には不運な事に此方へと足音は近づいていた。
コツン‥‥コツン‥‥コツン‥‥スラッ
女中が横に来た瞬間、腰から抜いた剣の腹を首に押し付け手で口を押さえる。
「落ち着け‥‥殺しはしない、食料庫は何処にある?」
哀れにも突然の事に声が出ない女中はスッと通路奥を指差した。
「そうか‥‥悪かったな」
ストンと首元に落とされた手刀に女中は意識を失った、手から落ちる燭台を落ちる前に慌てて掴む。
「危ない、危ない、‥‥この燭台は一応貰っておこうかな。」
片手に抱いた女中を出て来たばかりの部屋に横たえ扉を閉める。
灯りを持っていることで誰かに会えば、そのまま応援を呼ばれるだろう、自慢ではないが今の格好は怪しさ満点である。
素早く通路の奥に行くと恐らく食料庫とかかれているのだろう扉を見つけた。
「早めに文字も覚えないとな‥‥。」
口の中で呟きながら扉を開ける、幸運にも女中は嘘をついてなかったようだ。
「さてと、仕事に取り掛かるか。」
先程手に入れた燭台から蝋燭を取り、簡易な時限着火装置を作る。
先程の女中はきっと誰かが起こしてくれるだろう、適当に自分に言い訳をして食料庫を出ると影はまた闇に紛れ移動を始めた。
さて‥‥次は火薬庫を探すか。
その頃。地下を行くエヴァン達は真っ直ぐに地下へと続く階段を降りていた。
灯りなど無く手探りで下へと降り続けるなか下からは誰かのうめき声のような音が聞こえていた、空気の音であると思い無視して進むと、やがて灯りの漏れる扉がその姿を現した。
「俺が様子を見る、お前らは何時でも突入出来るように準備しろ。」
注意して聞いても殆ど聞こえないような声でエヴァンは囁くと扉の前に立った。
ドンドンドン
「!‥‥ようやく交代の時間か!?」
ノックの音に驚いたように立ち上がる音が聞こえる。
「こんな場所にずっといたから気が狂うかと思ったぜ!」
ガチャッ
「そいつはすまなかったな、もうしばらくここにいてもらうぞ?」
兵士が扉を開けて見たのは交代の兵士では無く、暗闇から突き出された一振りの剣であった。
「他にお仲間はいるかい?」
「‥‥敵しゅ‥‥」
中にいる仲間に敵が来た事を伝えようと腹に力を入れようとした声は、貫かれた喉から空気となり闇へと散っていった。
「中にまだいるようだな、お前ら行くぞ。」
闇から姿を現した2人は、エヴァンの背後に着くと看守がいると思われる部屋へと足を踏み入れた。
部屋の中は天井から吊るされたカンテラ以外には簡易な椅子位しか見当たる物はなかった。
流石に騒ぎに気付いたのだろう、部屋の奥から姿を現したのは歳のいった老人だった、どうやら他には看守はいないようだな。
「爺さんここに他に仲間はいるか?」
先程使ったばかりのように血を滴らせる剣を持った者に言われた老人は、哀れにも震えながら首を横に振った。
「そいつは好都合だな、爺さん悪いが国王の場所まで道案内頼むぜ?」
「適当な事したら命は無いっすよ?」
震える老人に刃物をチラつかせ脅す姿は悪党そのものであるが、それを嗜める者は此処にはいない。
老人は壁に掛けていた鍵束を持つと部屋の奥に行き、分厚い扉に鍵を差し込んだ。
扉が開いた瞬間、部屋に不快な音が流れる、階段を降りている途中や部屋に入ってからも聞こえていたあの音、あれは空気の音ではなかった。
ォォォォォォォォォォ、‥‥ォォォォォォォォ
扉の先にはまた階段が続いており、明らかに誰かの声と思われる音が響いていた。
「爺さん‥‥こいつは誰の声だ?」
「‥‥国王様じゃよ」
老人はエヴァン達から顔を背け、辛そうに目を瞑った。
「王妃様が亡くなられた日から、ずっとこうじゃ。」
「王妃は死んだのか‥‥」
「国王様がおかしくなられた日に、王妃様の牢屋に食事を持って行った時にわしが見つけた、舌を噛み切られておったよ。」
助けるべき王妃はすでに死に、国王は王妃の死に気が狂っているなんて‥‥
「セレーネに何て伝えりゃいいんだよ‥‥!!」
母を亡くした悲しみをまだ越えられてないセレーネにはあまりにも残酷な現実である。
下へ下へと降りて行く、蝋燭一本だけでは照らしきれない闇のなかへと降りて行く、聞こえる声は段々大きく、したから漂う腐臭はより酷く、こんな場所に閉じ込められては普通は気が狂うだろう。
「着いたぞ」
突如現れた扉は地下の湿気からか腐食が酷く、鍵は扉の物ではなく大きな錠が掛けられていた。
腐った扉を開ける真っ直ぐと通路が伸び左右には幾つかの牢があった、腐臭は全てそこからしていた。
「死体は捉えた者のためにわざと残しておるそうじゃ」
「マジで趣味が悪いな‥‥」
牢屋には白骨化した死体や腐る途中の死体がポツポツと転がっていた。
そしてその奥に鉄製のズッシリと重い扉が見えた。
オオオオオオオオオオオ、‥‥オオオオオオオオオオオ
「此処が国王様の牢じゃ‥‥」
老人は扉に鍵を挿しこむ、カチャリと澄んだ音がし老人は鍵を抜いた。
エヴァンが重厚な扉を開けると中は凄惨な様子であった。
壁には手錠で壁に吊るされた国王、上半身の服をひん剥かれたその身体には切り傷や鞭の後が酷く残り、俯いたまま唸り声を出している。
部屋の中央には血が塗りたくられたように広がり、その中央には口周りを血で濡らした裸に剥かれた王妃の姿があった、苦悶の表情で目を見開いている、恐らく下を噛み切った後辺りを這いずりまわったのだろう、全身の至る所に血がこびりついていた。
「‥‥‥‥‥ジジイ国王の枷を外せ」
老人は国王に近寄ると手足の枷をはずした。
その場に倒れ伏した国王が唸り声を止めているところを見ると気絶したようだ。
「兄貴、王妃様は如何するっすか?」
部屋に入ったザブとゴブが部屋の様子に恐怖しながら尋ねる。
「この姿をセレーネに見せるわけにはいかんだろ、一旦此処に置いていく、今の最優先は国王だ。」
王妃の遺体を多少整え部屋の隅に移動し、倒れ伏した国王を担いだ瞬間であった。
「あっ、兄貴!」
担ぎ上げた国王の顔を見たザブが悲鳴を出すように叫んだ。
ザブの視線のままに国王の顔を見たエヴァンは戦慄した。
国王の両眼の部分が黒く焼かれていたのである。
「‥‥これが人間のやることか!?」
国王は拷問された後に目を焼かれ、更に目の前で王妃が犯される音を聞かされ、最期には王妃が自殺するのを聞き心を壊したのだろう。
あまりにも惨い仕打ちである。
「早く‥‥ここから出してやろう」
もう一度国王を背負い直しエヴァン達は牢屋をあとにした。
それを見送る王妃の遺体は部屋の隅で上着をかけられ、見開いていた目を閉じられた状態で座っていた。
その姿はまるで捨て置かれた人形のようであった。




