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月の綺麗なこんな夜に  作者: 本の樹
第5章
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決意 (6)


一夜が明け決闘の日となった、カタストル兵団は戦準備を整え、兵団の要とも言える騎士達も剣を磨き鎧に油を注し、夜の奇襲に向け全ては整っていた。

しかしこれらはすべて結城がもしも勝った場合に戦いに行けるようにする為であって、一般兵はもとより騎士達、そして何より兵団最強である兵団長デリウス・フライアも自分の勝利を疑わず、誰もがこの戦準備の無駄を悟っていた。


日が高く昇り、中庭で行われる決闘を見ようと砦上には兵団の者が多く集まっていた、一体どこの馬鹿が我らが団長に喧嘩を売ろうというのか見てやろうと言うのが殆どであった。


既に石造の中庭には兵団長デリウスがいるのみで人払いは済んでいる、しかし挑戦者は未だその姿を現さなかった。

砦上で様子を見ていた兵達の中から逃げたのではと嘲笑がで始めた頃、挑戦者は城の入り口よりその姿を現した。


昨日到着した姫と我らがベルナ姫、そしてその間にいる背の低い珍しい黒髪の少女、それらの後ろに剣を携え背後に2人の子分と思われる青年達を連れて現れたその男、纏う空気は飄々としたものを感じさせるが明らかに強者であった。


「貴殿が俺に挑戦すると言う者か?なるほど‥‥これはいい試合が出来そうだ。」

長年連れ添った愛剣の柄をひと撫でして視線を合わせる、久しぶりの強者の感覚に身が昂る、戦いは既に始まっている様のだ。


「待ちなさいデリウス!貴方の相手はこの人ではないわ!」

勝負に水を差す様にベルナ様が言うが、‥‥おかしい、こいつ以外にはまともに勝負できそうな奴は見当たらないんだが‥‥。


「俺が相手だよおじさん。」

そう言って俺の前に立ったのはベルナ様とセレーネ様の間にいた黒髪の少女だった‥‥、何の冗談だ。


「ベルナ様ご冗談を‥‥、流石にこの小娘はないでしょう。」

思わず苦笑が漏れるが仕方ないことだろう、明らかに弱々しい小娘ではないか、白い動きやすそうな服装をしたほっそりとしたその様は、殺り合うどころか最初の一振りで飛んで行ってしまいそうだ。


「いやこの小娘よ、何でもそこの人を容易く倒したそうよ、決して油断しないで。」

そう言いながらベルナ様は先程の男に視線をやった、にわかには信じられない‥‥きっと夢でも見られたのだろう。


「そうだなぁ、‥‥じゃあおじさん、俺が勝ったら何かいい剣を買ってくれないか?」

「ふんっ!もし勝てたらこの剣をくれてやるわ!」

「でもそれじゃあおじさんに悪いし‥‥、」

凄く申し訳なさそうに言うその姿は決して負けることを考えてない様だ、最近の娘は自分の強さも分からないのか!?


「俺は本来槍を使ってるんだ、剣はあまり使わないから気にせず持っていけばいい。」

「そうかそれなら安心したよ。」

良かったと言わんばかりに胸をなで下ろした娘は腰からすらりと剣を抜いた、よく見ればその剣は我が兵団で配られる長剣で片手で御しきれる代物ではない、なるほど見た目通りの強さではないわけだな。


ここに来てデリウスは自分の心の隙に気づいた、手で顔を叩き気を引き締め娘の双眼に視線を合わせる。


「失礼した、俺はカタストル兵団団長デリウス・フライアだ。」

「こちらこそ悪かったな、俺は結城渡会だ。」

改めて仕切り直すために互いに頭を下げる。


「準備はできたようだな?」

セレーネ姫が俺と娘との間に立ち双方の準備を確認し距離をとった。


「では‥‥、始め!」


合図と共に前に出る、まずは力を見極める!


「ヅゥエエイッ!」

気合い共に渡会の剣を払い上げるように切り上げた、一般兵程度ならば剣を弾かれて手から離れるだろう、しかし予想に反し娘は剣を傾けその上を滑らせ完全に受け流した、こいつ完璧に見切ってやがる!

背後に飛び距離をとる、しかしこちらの動きに合わせてこいつも距離を詰める。


「フッ!」

飛び込みながら真横に振るわれた剣に合わせるように俺は構えた、瞬間何が起きたか俺には理解できなかった、持っていた愛剣は宙を舞い離れた場所に落ちて甲高い音を上げ、俺の腕は岩にでも殴りつけたかのようにジーンと痺れている、そして俺の胸元には突き付けられた長剣が鈍く光っていた、‥‥‥完敗だ。


「そこまで!この勝負結城渡会の勝ちとする!」

勝負開始より数秒と経っていなかった、奇しくもその時間はデリウスが新米の相手をした時と同じような時間であった。






剣を振るわれた瞬間結城は驚いていた。


見える、右下より振るわれた剣はやけに鈍く感じられ、ただそれに合わせるように刃の通り道を作るだけでよかった、その事実に驚いたデリウスが飛び退くが‥‥遅い!


その後を追うように飛び出した俺はデリウスの剣に打ち付けるように剣を振るった、この怪力だひとたまりもないだろう、容易くデリウスの手を離れた剣は何処かへと飛んで行った、その先を確認する前に俺は剣をデリウスに突きつける。


瞬間の攻防に息を止めていたのか、セレーネの合図と共に大きく息を吐いた。

一瞬であったのに胸は大きく高鳴り呼吸は荒くなっていた。


「力でも技術でも俺の完敗だ、ほら約束の剣だ受け取れ。」

いつの間にか剣を拾ってこちらまで来ていたデリウスが剣を持った腕を突きつけた。


「んっ?どうした?勝者がどうしてそんな不思議そうな顔をしている?」

「ああ‥いやありがとう、大切にするよ。」

剣を受け取りふと周りを見渡す、そこで気づいたが辺りは静まり返り、よく見ると兵たちがポカーンとした顔で突っ立っていた。


ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ

次の瞬間中庭は兵達の声で湧き上がっていた。


「あの娘デリウス様に勝ちよったぞ!」

「珍しい黒髪をしているがなかなか可愛い顔をしているな!」

「セレーネ様とベルナ様と一緒にいたからあいつも姫なのではないか!?」

「黒髪の姫だ!」

「黒姫だ!」

「黒姫って何だ?」

「あの娘の事じゃないか?」

「あの娘黒姫って言うのか!?」

「お前ら団長が負けたのに何を喜んでいる!」

「黒姫様ー!!」

歓声の中憶測が憶測を生み、おかしな呼ばれ方をし始めた事に、この時結城は気づかなかった。


この後ガリナの街を、黒姫と言う黒髪の娘が、カタストル兵団のデリウス団長を、あっという間に片付けたと言う噂が立ち昇り、街中がその噂で持ちきりとなった。




兵達の昂りも冷めず一部の兵がこの事実を街に広めに行った頃、城に吉報が届いた‥‥。



一行が中庭を引き上げ談話室で各々過ごしていた時であった。

バターン!

部屋のドアを蹴破るように開けて兵が慌てて入って来た。


「ベルナ様!王国騎士団より伝令です!盗賊団を捕らえた後王都の悲報を聞き、国王を救出しようと決断したが戦力が足りない、国王の救出の為に手を貸してくれと、現在ゲール公の城より東に30ノールドの位置にて戦力を展開中との事です!」

「王国騎士団は此方の協力を得られない場合も突撃するつもりか‥‥!」

信じられないことを考えている王国騎士団に対してエヴァンが押し殺したような声を漏らす。


「団長のクロスが忠義に厚い奴だからな、王族処刑の報を聞いて責任を感じているのだろう‥‥。」

守るべき者を守れずかといって救うことも出来ない、そのやり切れない現状の改善に命を賭けて挑むつもりなのだろう。


「‥‥セレーネ‥‥、王族処刑ってどういう事だ?」

今初めてもたらされた事実に驚愕を示す結城。


「‥‥言った通りだ、王族は国王‥王妃‥そして私を除く全員が処刑されたらしい。」

坦々と話すセレーネの姿に結城は気づいた、家族の死を乗り越えようと今も必死に頑張っている事に。


「ベルナ!兵を中庭に集めよ!今から向かえば明日の暮れには合流できる筈だ!」

「分かったわ!」

セレーネは駆け出したベルナを見送り此方を振り向いた。


「結城‥エヴァン‥ザブ‥ゴブ‥当日は皆の働きにこの国の存亡が掛かっている、皆を死地に送るだけで私には何もしてやる事が出来ない‥‥、無力な私をッ‥‥許してくれ‥‥。」

途中まで言ったところで堪えられなかったのか嗚咽を漏らしだすセレーネ。


そっと近寄り身体を抱きしめて囁く様に結城は話し出した。


「許すも何もセレーネは充分頑張ったよ‥‥、安心して‥‥俺たちは絶対に死なないから‥‥。」

「ッッ‥ウッ‥クッ‥済まない!!‥‥。」

肩に顔を埋め必死に涙を噛み殺すセレーネの嗚咽が部屋に響くが、誰1人一言も言葉をもらしはしなかった。



「セレーネちゃん!兵達を行軍準備整えて中庭に集めたわ!」

部屋に入って来る音に気づいたセレーネは素早く肩から頭を離した。


「分かった、今行く。」

セレーネに付いて部屋を出る瞬間セレーネは此方を振り向いた。


「ありがとう‥‥。」



そう一言言うとセレーネは部屋を出て行った。


「‥‥俺たちも行くか。」

「そうっすね‥‥。」

「行くっす‥‥。」

「‥‥‥何時までぼんやりしてんだ結城、ほら‥行くぞ。」

何時までも動こうとしない結城にエヴァンが結城の手を握り歩き出す。


「俺たちがやるんだろう?そんな元気ないと街出る時心配されるぜ?」

「エヴァン‥‥、セレーネの家族はどうなったんだ?」

「‥さっきも言っただろ、セレーネと国王と王妃を除く全員が処刑された、セレーネの母親も‥妹達も‥‥。」


(「なんだか妹の相手をしているようだな‥‥」)

昨日大浴場でセレーネが言っていた言葉を結城は思い出した。


「あいつ‥‥、これだけのものを背負って1人で戦っているのか‥‥。」

「‥‥お前は何時まで1人で戦わせるつもりだ?分かったら早く行くぞ!」

「!、すぐに行く!」

エヴァン達と共に中庭に急いで行くと、既にセレーネが城から演説をしているのが聞こえてきた。



「‥‥故に我らはこの戦いに勝利し、王国を取り戻さねばならない!この戦いは王国を取り戻す為の聖戦である!同じ国の同胞を倒す事は苦しき事だろう!しかし!‥‥」

その瞬間確かにセレーネと目があった。


「しかし!必ずやリラ神は我らに勝利をもたらすだろう!その証拠に、豪傑で知られるかの団長デリウスを凌ぐ強さを持つ者をリラ神は遣わされた!もはや我らの勝利は揺るぎない!」

兵達が鬨の声をあげ士気は更に高まっていた、兵達の声は圧力となり辺りを包み込んでいる。


「私はもう‥‥迷わない、信じてるから‥‥‥。」

誰に言うともなく呟いた言葉は歓声に飲まれ聞こえたものはいなかった。



「任せろ‥‥。」

「ん?何か言ったか?」

「いや何でもない、さぁ俺たちも行こうか‥‥。」

街は出陣する兵を見ようとお祭り騒ぎである、そして結城達もそのパレードに参加するのであった。

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