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月の綺麗なこんな夜に  作者: 本の樹
第5章
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決意 (4)


近付くにつれてカタストル城はその全貌を明らかにしていった、王城にサイズこそ劣るもののその美しさは勝るとも劣らず、堅牢さにおいては王城を遥かに上回るその城は、隣国との境を守るに相応しいものだろう。


城を守る門番もまた傷一つない鎧を見に纏い、その重さを感じさせないように石像の様にピタリと動かず大門の左右に立ち、兜の奥から城へと登りくるセレーネ達をじっと見据えていた。

セレーネが門に近よるにつれて門番達はその間隔を狭くし、とうとうセレーネの前に立ちはだかった。


「お前達何者だ?今日は来客の予定はないんだが‥‥。」

訝しげに此方を見つめる門番達は武器を構え、何時でも此方にその槍を突き刺せるようにしている、その中セレーネは一歩結城達の前に出て息を整えた。


「ベルナ・カタストルに第3王女‥セレーネ・ド・アステリルが来たと伝えよ!」


「っ!セレーネ様!?直ちに!」

王族の生き残りが来るとは思わなかったのだろう、先程迄の重苦しい雰囲気を置き去りに、1人は鎧を軋ませながら大急ぎで報告に走り、もう1人は肩を震わせ泣きながら王女の無事を喜びその場に跪いた。


「こうやって見ると確かに王族らしい高貴な雰囲気を感じるな。」

例え服装が平民の着るようなものであっても、動きの端々に感じられる気品のようなものが、今のセレーネを王女に仕立て上げていた。


「意外か?‥‥私も王女の端くれだ、剣の扱いの方が慣れているが、一応淑女らしい事も一通り習っている。」


「両親は何故剣を扱わせる事を許したんだ?普通王女に剣なんか持たせないだろう?」


「護身用に剣の扱いを習っていたのだが思いのほか性に合ってな‥‥、父上に無理矢理頼み込んだのだ。」


「お父さんも驚いただろうな‥‥、ちゃんと孝行しろよ。」


「必ずしてみせるさ。」

暫くはバタバタと城から騎士達が出てきては、その姿を見て歓喜する様をセレーネは見ていた。


「セレーネ様!大変失礼ながらそちらの方々はどなたでしょうか?」

城から出てきた騎士の中で、少し豪華な鎧を纏った1人が恐々とセレーネに尋ねた。


「この娘は渡会結城と言う、私の大事な友達だ。」

「はっ?お友達で?ではあちらの3人はどなたでしょうか?」

「途中で雇った護衛で、一応友達だ。」

「一応かよ‥‥。」

「「酷いっす‥‥。」」

騎士達が対応に困りエヴァン達が扱いを嘆くそんな時であった。


「セレーネ‥ちゃん‥‥?」

彼女は現われた、淡い藍色のフワフワとしたドレスを纏い、胸元にブローチを付けその女性は、緩くカールの掛かった茶髪に蒼い眼をしていた。


「久しぶりだなベルナ‥、こんな形で再会する事になるとは私も‥‥」

「セレーネちゃん!」

セレーネの言葉を遮り、感極まった様に彼女‥ベルナはセレーネに抱きつき、その胸に顔を埋めてスンスンと泣き出した。


「‥‥変わらないな、泣き虫なのは昔のままだ。」

「スン‥‥‥スン‥‥、いえ‥‥私も変わりました、もう昔の様に守ってもらうだけの私ではないわ。」

ベルナはそっとセレーネから離れると、取り出したハンカチで静かに涙を拭いた。


「王都からの長旅で疲れたでしょう?積もる話も有るでしょうし続きは中にしましょう。」

「すまないが仲間達が一緒でも良いかな?」

セレーネの指す先にいた結城達を見てベルナは微笑む。


「ええ、セレーネちゃんの仲間だもの歓迎するわ。」

ベルナは振りかえると、近くへ来ていたメイドに応接間の準備を命じ、城へと歩き出した。


少なくともここにいる間は女の子らしくしよう、そう結城は決意した。


歩き出すベルナに続くがままに城門をくぐると景色は一変、美しく輝く城の周りには砦が巡らされ、その上には弓を携えた軽装の兵が周囲に警戒を張っており、一定間隔で並べられた大砲は砦壁に開けられた穴より外を覗き、その迫力を示していた。


「みんな貴女が来るのを待っていたのよ、貴女が生きていると信じて‥‥、既に戦の準備は整えてあるわ。」

キョロキョロと辺りを見る結城達を横目に見ながら、ベルナの言葉を頭の中でゆっくり噛み締めた。




広い中庭を通って城内へと導かれたセレーネ達が通されたのは、他に比べれば少し小さめの部屋であった。

壁の所々には過去この城の主であったであろう人物画が掛けられ、また一つの壁一面を覆う刺繍の美しいタペストリーが飾られ、この部屋をまるで美術館のように見せていた、しかし暖炉の前にある机を囲むように並べられた豪奢な椅子が、この部屋の本来の目的を示していた。


「お仲間さんも寛いで下さいな、セレーネちゃんの仲間は私にも大事なお客様ですもの。」

セレーネは慣れた様に椅子に座ったが、結城やエヴァン、ましてやザブとゴブには、壊してしまいそうで気が気ではなかった。


「失礼するぜ。」

「失礼します。」

「「失礼するっす。」」

見た目通りのか弱い女の子を演じながら椅子にゆったりと腰を下ろした、椅子は見た目に違わずふわりと身体を受け止め、やはり落ち着かない感覚を覚えた。


「早速だけどセレーネちゃん、此れからどうするの?」

「‥‥どうするのとは?」

「この戦力でゲール公に戦争を仕掛けるか、それともこの城に立て籠もり私の元で匿われるか。」


「はっきり言って前者は無謀よ、仮に運良く王国騎士団と合流出来ても此方は私の5000に騎士団の6000の総力11000になるわ、でもゲール公の戦力は恐らく10000を超える‥‥、この戦力差では城に立てこもるゲール公を討つ事はできないわ。」


籠城を攻略するには相手方戦力の10倍は必要であると言われている、戦力差1,000の現戦力では到底勝ち目など無い。


「私はね貴女には後者を選んで欲しいの、今の私なら絶対に貴女を守りきれる、前にも言ったけど私は貴女を愛しているの、だから貴女には私の元で平和に暮らして貰いたいのよ。」

「おい!ちょっと待てよ!それじゃあセレーネに親を見殺しにしろって言うのかよ!」

「‥‥勝てない敵に立ち向かって、無駄に戦力を浪費して撤退なんて事になりかねないのよ?」


先程までとの態度の変わり具合にベルナが驚きながらも事実を突きつける、だがそれがどうした?此方にはこの世界のイレギュラー要素である俺がいる!


「俺に攻城戦の手伝いをさせてくれないか?」

「手伝い?貴女の様な女1人に何ができるの?」


「俺が中に侵入して火でも付けて騒ぎを起こす、その隙をついて城を攻めてもらいたい、何も起きなければ攻城戦を取りやめればいい、悪い話じゃないだろう?」


「ふざけないで!貴女みたいな華奢な女が、難攻不落で知られるゲール公の城相手にそんな事ができるわけ無いでしょ!」

「いや、結城ならば出来るかも知れない。」

「セレーネちゃんまで‥‥、そんな事ありえないでしょ!?」

セレーネの言葉に驚いたベルナが目を見開く。


「私も最初は自分の目を疑った、だが今は結城ならば出来ると信じてる。」


「ベルナ嬢、俺も長年荒事で稼いできたが、結城にはあっさりとやられちまったよ‥‥、信じてみる価値はあると思うぜ。」


「っ!」

明らかに戦闘慣れして見えるエヴァンが、あっさりとやられるほどの強さと豪語したのだ、驚くのも仕方あるまい。


「それでも国王様と王妃様の救出は如何するの!?1人でも厳しいのに2人を背負っての脱出なんて不可能よ!」


「それなら俺が付いて行こう、ザブ!ゴブお前らもついて来な!」

「「了解っす!」」

「これなら2人くらい問題無いな?」

エヴァンが文句は無いだろうとニヤリと笑いながらベルナに視線をやった。


「ッッ、でも‥‥‥!」

「良い加減にしろ!失敗しても華奢な女の子1人と傭兵が3人死ぬだけだ、全体の戦力に変化なんか無いだろ!?少しの可能性で良いんだ、セレーネに親を救うチャンスを与えてやってくれよ。」

最後には声が小さくなってしまったが結城は言い切った、そこまでの全てを聞いていたセレーネは囁く様に話しだす。


「結城こそ良いのか?無事に帰ってくる事は普通にはありえない場所だ、それでもやるのか?」

とても苦しそうに問いかける、普段からは考えられない暗い表情、死地に仲間を送るのだ‥‥その心境は張り裂けんばかりだろう。


「セレーネにはちゃんと日本に帰る為の方法を王族権限で探してもらわなきゃいけないんだ、失敗しても死んで帰れるかも知れないし結果は一緒だろ。」

「結城‥‥‥すまない。」

セレーネが机の上で頭を下げた、自分には何も出来ない苦しさがその姿からは溢れていた。



「わかりました、城の撹乱を頼みます、ゲール公の城は裏にタンガ山脈があって、軍を送り込む事はは出来ないけど単独でなら越えて侵入出来るでしょう。」

タンガ山脈は結城とセレーネが道に迷い、途中にエヴァン達に襲われた山である、ゲール公の城はタンガ山脈を越え西に山脈に沿って進み、タンガ山脈の端に地形を利用する様に建てられている。


「でもその前に一つ、まだ私は貴女の実力を確かめた事が有りません。」

「つまりなんだ?」

「明日我が城最強の騎士と一騎打ちをしなさい、それで勝てたならその時は認めましょう。」

確かに実力を示す必要はあった、それに騎士1人位難なくこなさなければ今回の作戦は無理であろう。


「受けて立とう!」

ここが結城のスタート地点、今‥ここから後の黒姫の伝説が始まろうとしていた。

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