4,「かまちょの意味。」
部活に遅れてしまった桜川さんがいない部室で、舞園勇輝は桜川さんへの気持ちを知ってしまった。
その感情に、舞園勇輝はどう応える…?
「桜川さん…ッ⁈」
「ただいまぁー…って、舞園くん…?」
そう、入ってきたのは、ボクが待ちに待っていた、あの特徴的なポニーテールを備えている少女、桜川さんだった。
彼女はスタスタとボクに寄ってきて、心配そうな半面、驚いたような顔をした。
「え、な、なんで涙目なのよ…。もしかして…本当に寂しかったの…?」
「え、あ、いや…。べつに、涙目なんて…」
彼女の言葉にふとして、ボクは目を細めた。同時に視界がぼやけ、潤っているはずの自分の目が、渇きをボクに訴え始めた。何度か瞬きをして、うっすらと残る泣いた後の乾燥の感覚を確かめる。本当に、涙目だったらしい。
「舞園くん、私今日は10分で切り上げてきたんだけど…そんなに寂しかったの?」
「え、10分?そ、そんなに短かったんですか…?」
「うん、10分。」
そんな短時間、桜川さんがいなかっただけで寂しかっただなんて。…なんて情けないんだ、ボクは…。
「じゃあ、作業に入ろっか。」
彼女はそういうと、ボクの隣の席に移動しようとした。
なぜかそれに耐えられなくなったボクは、次の瞬間には立ち上がって、彼女を止めていた。
「あの、桜川さん…ッ。」
「え?急に何?」
あ、あれ。何を言おうとしたんだっけ…。
や、やばいぞボク。頭が真っ白になっちゃったじゃないか…。
何も考えずに桜川さんを言葉で止めたボクに、彼女は戸惑いの表情を浮かべた。そりゃそうだ。目的なんてわかるわけがないだろう。
だって、ボクですらわからないのに。
そして、彼女は再度、一息ついてから、口を開いた。
「何?用がないならさっさと―――」
「用がないわけじゃなくてッ―――」
「だったら何よ…ッ。」
早くして、と促す桜川さんより、ボクの鼓動は先へ行く。彼女の片手はボクを指し、バッグを掌にまでおろしていた。早く作業に取り掛かりたいのだろうが、ボクはそんなことに気づく暇さえない。
深呼吸を一回半して、自分の心に勇気づける。何も言わないより、思ったことを言ってみよう。
ボクは、自分の右手を伸ばして、ボクと桜川さんの間に位置する机を越える勢いで、ボクを指している桜川さんの左手を掴んだ。…いや、握った。ピンと伸ばされている人差し指を、ボクの人差し指と中指で挟んで絡めるように。
「……ッ⁈⁈」
桜川さんは、驚くように一度手を引っ込めようとした。だが、次にはその抵抗をやめ、寧ろ受け入れるかのように力を抜いていた。
そのかわりに、彼女は顔を仄かに赤く染め、俯きながら言う。
「な、なによ…、急にこんなことして…ッ///」
桜川さんの鼓動が、ボクの右手を通じてボクの中に入ってくる、伝わってくる。ボクの方が遥かに速いのだが、桜川さんも負けないくらいだった。
ドキドキと高鳴るのと緊張するのの両方を兼ねそろえた心臓を操るように、ボクの口は開く。
「桜川さん…。」
顔が、火照る。
「桜川さんのモデル役が終わっても、ボクは桜川さんに、いじって…かまってもらえるんですか…?」
「…え?」
…しまった。台詞間違えた…。
桜川さん、かまちょじゃないんです、かまちょじゃないんですってぇ。
ボクの言葉を聞いて数秒した後に、彼女はまた、あのにやり、とした笑みを浮かべた。
「あ、あの、別にかまちょってわけじゃないんですよっ⁈」
「いや、別にかまちょって意味で捉えているわけじゃないんだけどな?」
「じゃあなんなんですか…?」
「えっと…」
桜川さんは、ちらっとボクの顔を見て、視線をまた下に逸らす。
「えっと?」
「…求愛行動。」
……。
…ストレート⁉
すこし羞恥はしているけど、そんなにきっぱり言う⁈
「ほえっ⁈⁈そ、そんなッ、そんなことないです…ッ!!」
「だ、だって知ってるものっ、舞園くんの求愛行動って甘えることで…ッ。」
「いつどこでそんな情報を…っ⁈」
「い、いつもの舞園くんを観察していればわかるわよ…。」
そんな、日常生活にボクの性癖が表れているのか…⁈次から気を付けよう…。
「う、ご、ごめんなさい…。」
「じゃあ、作業始めてもいいのね?」
「はい…。」
ボクはそっと桜川さんの左手を放した。
「じゃ、席について、今日も質問と舞園くんいじりをはじめよっか?」
彼女の言葉を聞いて、ボクは元気よく返事をした。
「はいっ」
そんな楽しそうな会話を交わすボクら(おもにボク)には、痛い視線が集まっていたことなど、気にもしていなかったボクだった。