2,「振り回される舞園勇輝。」
舞園くんの短い放課後その1です。
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散々お願いを拒否した僕は結局、ギリギリのところで折れた。いや、僕が弱いわけじゃない、決して。
「…っていうか桜川さん、以前僕のことをネタにしたもの、書いてたじゃないですか。」
「それは人間観察。今回は改めてモデルになってって、頼んでるんじゃない。」
「誰が良いって言うと思う⁉」
「舞園くん。」
「…。」
実際、桜川さんには、口では負ける、勝てるなど、一ミリたりとも思ってはいけない。
頬を膨らませながら、何度も「おねがい」とねだる彼女に惹かれてしまうボクなのだが。
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「なんて思うとでも思ったんですか⁉」
試しに書いた彼女の媚び字が敷き詰められた原稿用紙を見て、悲しくなってきた。そもそものことを言えば、中学三年生にもなって「僕」なんて使う人いるんですか桜川さん。
「まず、『僕』って一人称なんて、需要少ないですよ。」
「確かにそうね。需要は低い。でも、使っている人はいる。それも、私の目の前に、ね?」
桜川さんはお決まりのように、にやり、と笑う。そして、ボクに向けて指差した。
人を指差すなんて酷いじゃないですか。
「私の調査によれば、『僕』を一人称に使っている子は、大半がヘタレよ?」
「それって桜川さんの調査データだけですよね?」
「まあ、そうね。」
「でも、それは一般的に見て、偏りのあるデータでは?」
彼女は数秒間だけ、考えるように思考を巡らせてから、言う。
「だって、私の調査対象は一人だけだもん。」
…それって…。
「誰か、とは言わないけどね。だって言ったら悲しむでしょう?」
「それ、ボクっていうことですか?」
桜川さんは何も言わず、ただ満面の笑みを浮かべただけだった。それがどういう意味なのかは、ボクには察することができなかった。
「何しょげたような顔してるのよ。」
耳のすぐそばで声がした。
びくっとしたボクが顔を上げると、そこにはむすっとした桜川さんの顔があった。
「え、ああ、ええと…?」
「ああ、ごめんなさい。別に舞園くんのことを傷つけるつもりなんてなかったの。大丈夫、私は舞園くんをヘタレだなんて思ってなんかいないよ?」
「そ、そうですか…。」
「ただ単に、可愛いなって思っただけよ。」
…っえ、え、え…っ!?
ボクを混乱させた彼女の言葉に、振り回されるボクだった。