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第95話 紫電清霜

 グルンと槍を風車のように回転させると、機械仕掛けの歯車のように確実に死を生み出した。海岸は糞と血の詰まった袋――魔族の破裂した死体で溢れかえった。頭上では鳥が飛び交い、早くも死体を啄ばもうと食欲を発散させている。食物連鎖の下位は臓物を食らい、毛の生え揃った皮膚は食らわないだろう。

 蔦のように臓物は地を這っている。

 空を行くものに地を這う者の気持ちは分からないだろうが、俺達は鳥の為に殺戮の歌を奏でていた。

 血を吸わなかった大地は存在しない――この海岸に新たなにえが現在進行形で更新されていた。

「唯一の逃げ道は正面だ! 立ちはだかる者は全て屠れっ!」

 怒号のような返事で、新参者たちは俺の後を追った。

 ここは完全なる死地だ。

 死地に活路が無ければ其処そこは墓場だが、活路があれば究極の戦場と化す。船への強襲、背後から騎馬隊の出現、戦争が始まってから数分しか経過していないので、こちらがどれくらいの勢力か把握出来ていないだろう。

「俺達は五万の軍勢だ!」

 適当な嘘も池に石を落とすように波紋が広がった。新参者たちも恐怖を殺すように威勢の良いことを言って敵を脅かしていた。

 横から兵士が飛び出てきた。

 その勇姿には感心したが、槍を頭蓋に叩きつけて凹ませ、子供が人形を壊すような傷を残して殺した。弱兵と一合たりとも打ち合う気は無かった。鋼鉄の盾で防御する兵も、盾に神速の打撃を与えて身体を吹き飛ばして、遠くの兵に打ち当てて衝突死させた。

 死体が生者への武器となる。

 惨憺たる現実の悲しさだった。

「突撃だ。突撃っ!」

 俺は標的に向けて突撃した。兵の侵入を妨げる柵を槍でへし折り、馬体で柵を押し退けて侵入した。

 ……いた。

 魔王第二子の女のような姿をした男が、其処そこにいた。第二子は弱そうだったが、取り巻きは精強な顔つきで百戦錬磨の実力を秘めていそうだった。

 だが、俺には関係のないことだった。

 百戦錬磨も数世紀の武人と比べたら赤子同然だ。

 俺は崩した柵を掴んで引っこ抜き、男女へ向けて放り投げた。兵士たちは為す術も無く木に倒されて、男女も一緒に木の柵の下敷きとなった。俺は馬を飛ばして、男女の腹へ蹄を叩き降ろした。

 グチャリと内臓が破裂して、唾液が口から溢れた。

「これで……終わり?」

「お前に天運は無かったようだな」

 虚ろな目に光は消え、俺の槍は男女を串刺にした。

「敵将……討ち取った!」

 戦争を開始してから数分、将棋ならば俺の完全勝利だった。

 だが戦争とは、盤上の戦いとは似て非なるものである。

「落ち着け! 俺がいるっ! 全軍亀甲陣、殺戮の嵐を回避せよ!」

 輿こしの上に乗った全身甲冑のダルシャンが億劫そうに大声を出した。輿を担いでいる兵士は必死の眼をしていて、俺に向って突撃してきている。

「コレ持って行け」

 俺は近くにいた兵士に第二子の死体を刺した槍を渡して、飾り物だった剣を奪った。宝石が散りばめられており、儀式に使用しそうな剣だった。

「お前たちは先に行け、俺は剣で語ってくる」

 俺はダルシャンへ馬首を向けて駆けた。

「やあやあっ! 久し振りだな! ダルシャン!」

 俺も全身を甲冑に包み込んでいたので、俺の声を聞いて誰だか確信がついたようだ。ちなみにだが、俺は吸血鬼なのが知れ渡っているから、偽装として日除けの甲冑をつけて日中活動をしていた。

「やはりお前か」

 輿の担ぎ手が躓き、輿からダルシャンが投げ出された。

 彼は地面に降り立つと、先ほどまでの億劫そうな態度は消えてユルリと歩き始めた。

「なんだ、歩けるのか?」

「いいや、今歩けるようになった」

「プレスター様、何でこんな事に」

 輿の横にビィがいたようで、こちらへ来ようとしたがダルシャンが止めた。

「お前は邪魔だ。そっちで待っていろ」

「優しいんだな」

「優しい? 殺戮の邪魔扱いが……邪魔?」

 俺は馬から降りて剣を構えた。

「その甲冑はどうしたんだ?」

「これか? 見るが良い」

 ダルシャンが甲冑の胸辺りを掴み、引っ張った。

「いいいいいいだああいいいいいいっ!」

 甲冑が悲鳴をあげた。

 そして中から焦げた肌が現れた。

「これは俺の生命維持装置だ。復讐のために愚かにも火達磨になった俺は、日常の活動もままならなくなった。これは魔王が戦争のために作った魔具だが、俺の生命を維持するにも役に立った」

 ダルシャンは地面を蹴り、俺に剣を振り下ろしていた。

 油断――ではない。

 あまりにも早すぎて、防戦一方となった。

 火花が散り、退くごとに力強くなった。

「普段は全く動けないが、この甲冑は装着者の絶望を原動力にする。お前の武力を見せ付けられて、俺の絶望は加速した。最高に気分が悪いぜ」

 俺は叩きつけられた力を利用して、間合い外に跳んだ。

 ダルシャンは追撃してきたが、俺も剣を振り下ろすことが出来た。

 剣がぶつかり合い、衝撃で砂浜に波紋が広がった。

「これだ。この感覚だ。俺が持っていた実力はこれだった」

 ダルシャンの絶望が積み重なり、膂力が増してきた。

 俺は甲冑を着けてきたことを後悔した。

 動きづらくて、俊敏なダルシャンに遅れを取ってしまう。

 俺は思わず退いてしまった。

 ダルシャンは剣を地面につきたてて、振り上げた。

 砂煙が舞い上がり、俺の足元も浮いて、宙に飛ばされた。

「冗談だろ?」

 砂の奥からダルシャンが突撃してきた。

 剣が俺の胸を突こうとしている。

 俺は形振り構っていられなかった。兜を即座に取って、ダルシャンの頭に投げた。ダルシャンに当たる前に、ダルシャンの兜が蠢いて、手で叩くように弾き飛ばした。

「取った!」

「舐めんな!」

 俺はダルシャンの刀を拝むように抑えた。

 俺の胸には刺さらず、俺とダルシャンは一緒に空を飛んだ。

 俺は掴んだ剣を支点に、腹に蹴りを入れて、甲冑越しに胸を殴りつけた。

 ダルシャンは地面に叩きつけられる前に、クルリと回転して見事に着地した。

 俺も自由落下の途中に自分の甲冑を千切って、何度も投げつけたがダルシャンは簡単に避けてしまった。

「時間だ」

 ナユキは船を制圧して、周りの船にも大砲を撃って沈め始めていた。最後の仕上げとして俺たちが乗ってきた商船が敵船に激突した。商船はたっぷりと油を含ませており、華麗に炎上しながら船団に次々とぶつかってピンボールのようだった。

「おい、闘わないのか」

「また後でな」

 俺は馬に乗り、ナユキたちが舞っている船を目指した。


「ただいま」

「おかえりなさい」

 俺が船に乗ると同時に出発した。

「いやー、疲れたなぁ」

 俺が甲冑を脱いで、体の汗を拭いているとナユキが何かいいたそうだった。

「どうした?」

「いえ……失礼なこと言っていいですか?」

「駄目だ。言うな」

「では、お言葉に甘えて」

 全然話し聞いてねー!

「本当に頭おかしいですよね。百人であの軍勢と闘おうなんて」

「正気でこの世を生きていられるか」

 ナユキは苦笑いをした。

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