第94話 逆落とし
魔族の王――魔王軍が半島に食指を伸ばしてきた。その噂が千里を駆け、俺たちの間に電撃を走らせた。半島の平定は完全に終わらず、西側には嫌がらせをするように執行官のシェリダンが軍事活動をしていた。
しかも俺たちが基盤にしているゴブリンの国にも不審な動きが見えている。ゴブリンの王は兵站の確保を渋り始めたのだ。生物は食わなければ生きていけない。それを途絶させられると、俺達は現地調達をしなければならない、現地調達は強奪に繋がる恐れがあり、俺達は食料を買うことで現地の魔物たちの反感を買わないように配慮した。
運が良いことにハロハルハラが率いている死者の軍団の兵站は確保されていた。予想通りハロハルハラはゴブリンの王から信頼されており、フィオナのみが警戒されている。
刻一刻と状況は悪化していた。
これ以上不安分子を半島に入れさせるわけにはいかなかった。
「奇襲を行う」
「私は?」
レッドが尋ねたが、
「今回はお留守番してなさい」
「えー、夜が寂しいー」
「はいはい……」
俺はすぐに海越えをするはずだった――が。
「魔王軍と刃を交えることを禁じる」
そんな時にゴブリンの王から衝撃の一言が発せられた。魔物は本能的に魔族を恐れているのだろうか、それとも魔族を引き入れて自分の基盤を強固にするためか、フィオナの義兵の急激な増加がゴブリン王を恐慌させたのだろう。
「動きますか?」
ハロハルハラが尋ねてきた。
ゴブリン王との関係を保つなら命令に従うほうがいいだろう。
だが――戦いは生物であり、しかも消費期限がある。
「ハロは残ってゴブリン王との関係を保て。ナユキは来い。率いる兵隊は精鋭百名、夏に仲間に入れた連中で構成しろ」
「監獄の連中で無くて……」
「良い。監獄の連中は俺の強さを知っている。新参者に一騎当千と言うもの教えてくれる」
俺達は電光石火で動いた。
俺は水蛇に乗りバルティカ王国の大陸に行き、先行して現地人を買収して、地理関係の把握に努めた。その間にナユキたちは商船を買って百人を輸送した。兵を半分に分けて、俺は騎兵を率い、ナユキは魔王の船を強襲する兵を率いることにした。
俺はナユキと一緒に魔王軍を見下ろした。
その数、一万。
「まあまあだな。悪くない感じだ」
「兵力差は百倍……」
ナユキが苦悶の表情を浮かべていた。
「全滅させるわけでは無い。単純に百倍とは言えん」
「ですが」
「将の怯えは兵に伝わる。その怯えが兵を殺すのだ」
ナユキは苦悶を飲み下して、魔王軍を観察した。魔族たちは弛緩しきっており、酒を飲みながら女たちと宴会を繰り広げていた。兵の質はかなり低いだろう。その中でも顔が引き締まっている連中がいる。
「あいつらが将を守っているな」
明らかに錬度の差があった。
現地人に金をばら撒いて情報を集めて、軍を率いているのは魔王の第二子なのを知った。軟弱な見た目の男だそうで、ルイ14世が美脚を見せびらかしたようにハイヒールを履き、中世から近世にかけて西欧で流行したシルエットを大きくした服装をしているそうだ。見た目も女っぽく、化粧を施して色白として、軍を率いるに足る能力を有しているか疑問視されている王子だそうだ。
気になるのは魔王軍の大将ではなく、目付け役のように来ていたもう一人の王子だ。
単独の武力では並ぶものがいなかったほどのダルシャンが来ていた。軍を率いる能力は低いと自嘲していたが、俺にとって最大の障壁となるだろう。
二人のうち確認できたのは、ダルシャンだけだった。
ビィが付き添うように歩き、全身を甲冑に包んだダルシャンが現れた。
「なんてことだ」
悲しみが身体を寒くした。
ダルシャンは歩くのも億劫そうに、部下達に輿で担がれて移動していた。日本の戦国時代の武将大谷刑部のように痛々しかった。
「あの時の火傷が思ったより酷かったんだな」
ヘドウィッグに復讐をしたときに、自らを燃やしてしまった。自業自得とは言え、天下無双ともいえる武力が潰えたのは悲しいものがある。
まずい――俺の本能が警鐘を鳴らした。
ナユキの頭を掴み、地面に伏せさせた。
ダルシャンの眼がこちらを向いた気がした。久し振りに会ったため彼の能力を忘れていた。王の眼と呼ばれる――全てを見通す眼術だ。俺は暫く時間をおいてから覗いたが、ダルシャンの背中が見えるだけだった。
「危なかったな」
「あの男がですか?」
「弱々しく見えても殺気は衰えないものだ」
次の日、奇襲は開始された。
魔王軍は船に兵を詰め込み、続々と半島へと航海を始めた。ナユキは船まで泳いで行き、短刀を船体に刺しながらよじ登った。ナユキは船首に乗り、海岸へ向けて大声を出した。
「我は半島の王の代理なり、半島の王より悪しき王へ告ぐ!」
ざわめきが魔王軍に広がり、軍の奥で何かが蠢いた。
「これは宣戦布告である! 何人たりとも我が王に無断で我が土地に入ることは許さん!」ナユキの大声の宣戦布告を聞き、船の中の兵士が剣を持ってナユキを切りつけた。
ナユキは仰け反って剣の腹を拳でたたいて、抜刀して首をはねた。
「諸君……戦争を開始する!」
それが魔王軍の奥で蠢いていた俺への合図だった。
俺は昨日の夜から軍を強行させて、魔王軍の裏側へと回っていた。何度も夜道で立ち往生したが、地元の住民を何人も買収することで成功した。魔王軍は海を越えるためだったので、崖を背にしていても何も思っていなかったのだろう。
俺は崖の上で、船の動きを観察していた。
「諸君……戦争を開始する!」
この距離では小さな声だったが、それが火蓋を切った。
「諸君、今から崖を降りる。俺を見本にして降りろ」
源義経の逆落としと同じ戦法だ。俺は馬を巧みに動かして、崖を飛ぶようにして降りた。馬も成功したことに驚いたように嘶いた。
俺は見上げて、
「諸君、戦争は始まっているぞ」
新参者の兵士たちは怒号と共に坂を下りてきた。何人かは馬の足を折ったが、馬がいなければ歩兵として敵を殲滅するのみだ。俺は槍を持って恐怖で顔が歪んでいる魔王軍の兵を吹き飛ばした。
「帰り道は正面、敵軍の船だ。我々は突撃するしか生きる道がない」
最初から知っていたことだ。
「俺に続け。だが、余り近づきすぎるなよ。俺の殺戮の嵐に巻き込まれるぞ」
兵士たちは恐怖を殺すように叫び声をあげて手当たり次第に敵を殺した。俺は馬を操り、槍の先を片手に持ち、振って、振って、振りまくった。甲冑は砕けて周りの兵に刺さり、人体は血煙を巻き上げて目隠しとなり、兵士が兵士を殺す殺戮兵器となった。何度か槍を振っている間に槍は曲がり、俺は敵兵の槍を強奪した。それは2階建ほどの高さと同程度の長さの槍だった。直径十mの殺戮の嵐が、馬の速度で移動した。
まさに竜巻だった。
俺は夜に確認した魔王軍の第二子へ強襲した。一般兵は次々と粉微塵となり、恐怖が魔王軍全体に波のように広がった。動揺していない兵は俺が目指す方向にあった。
もう一つ動揺していない男がいた。
ダルシャンは輿に担がれて俺に向って来ていた。




