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第9話 赤髪

 村の火事はおさまり、一息ついてから村人たちの埋葬を終えた。焼けた場所から色々な物を探したが、筒状の着火装置とトコロドコロ焼けた布を集めた。運が良い事に裁縫道具と糸も見つけた。ツギハギだらけの外套――雨合羽をつくり、背負う鞄もつくった。少々時間がかかったけど、これで物を運ぶことができる。道具はほとんど見つからなかったが、半溶けになった銅貨が見つかったので鞄に入れた。

 俺は故郷を後にして、転々と村を移動した。時には牛の乳泥棒をしながら、山の麓にあった街で教団の儀式に遭遇した。いわゆる魔女裁判というものだ。顔を隠した異端審問官が大声を上げて、魔法を詠唱するように振舞っている。


 何人もが裸で磔にされており、中には少女もいた。十字架が川原に並び、見物人は橋から処刑を見守っていた。次々に罪状が読み上げられていき、姦通した女の番に来ると見物人が歓声を上げて卑猥な単語を羅列した。

 処刑は娯楽だ。キリスト教は古代ローマでの剣闘士の戦いを終幕させたが、異端者に対する処刑を後年見世物とした。ミイラ取りはミイラになる。権力の在りどころは変わっても、やることはほとんど変わらなかった。

「この者は、教団の教義を忘れて、魔法を使った」

 磔にされた赤髪の少女だ。毛すら生えていないのに真っ裸にされて汚れていた。

 小さく呟いていたので、耳を澄まして聞いた。

「神様、何故私を見捨てるの。遠くにいて、救おうともせず、呻きも言葉も聞いてくださらないの……」

 少女の声は誰にも届いていないが、魔女とは思えない詩を歌っていた。

 ダビデの詩だ。

 異端者たちの処刑がはじまり、川原から磔のままで、川に投げられて沈むがままに任せられていた。目の前で命がどんどん尽きていった。橋の上から歓声が上がり、楽しそうな声で話し合っていた。下世話な会話は、胸や尻の大きさに集中している。聞いていて不快になる連中も当然いるのに、口数は減らなかった。

 赤毛の少女の出番になったが、彼女はひたすら詩を歌っていた。目を見開き、血走っているが、精神は崩壊していないようだ。

 死刑執行人がその言葉に気付いて、戸惑っていたが、異端審問官がそれを許さなかった。


 少女の磔が担がれ、川から落とされた。

 吸血鬼は川を渡りたくないものなのだが、少女を助ける気になってしまった。

 俺は橋の手摺の上に立った。

「どうしたガキ、あれを助けるのか」

「そうだよ」

「おい! 飛び下りるぞ」

 髭面の男の叫び声と共に、俺は川に飛び込んだ。眼を瞑って死を覚悟した少女は口の端から泡をこぼしていた。俺は少女へと近づいて、磔を引き千切って壊した。俺の行動に気付いた兵士が矢を放ってくるが、不死者にとって潜水はたいしたことではなかった。

 少女を抱きかかえて、ひたすら潜水して下流へと急いだ。途中少女の息が続かなくなったので、口をつけて息を吹き入れた。何度も息を吹きいれて、街の外まで出てから森へと逃げた。少女は疲労していたが、やがて話すことができた。


「あ、ありがとうございます」

 少女はぺこりとお辞儀をしてきた。

「悪かったな。助けてしまった」

 つい――もしかしたらここで死んだほうが良い人生だったかもしれない。

「悪かったなんて……本当に嘘みたいです。命があるなんて」

「恩義になんて感じなくていいぞ。助けたくて助けただけだから」

 道すがら助けた赤髪の名前はレッド、見たままの名前だった。

「あの……どこへ行くんですか」

「うーん、とりあえず首都を目指している」

 教団の本拠地までね。

「かなり遠いらしいですよ」

「分かっているよ」

 聞いた話によると徒歩では数ヶ月かかかるそうだ。

 ちなみについてくるなと言ってはいないが、レッドは当然のようについて来ていた。

「足が痛いです」

 レッドは裸足だった。

 足裏は硬かったのでほとんど裸足で過ごしていたようだけど、山道を歩くのには不便だろう。

「布を巻いてあげるよ」

 俺はレッドを座らせて、爪を切るような姿勢で布を巻いた。

「どうだ?」

「ありがとうございます」

 幼いながら可愛らしい少女だ。成長すれば色んな男から求婚されることになるだろう。

「あの……何歳ですか」

「十歳だけど」

「同い年ですね」

「そうなの?」

「……好きな人いますか?」

 こいつ……うるさいな。

 子どもはさかる前に、もっと楽しむことがあるでしょ。

「いないよ」

「じゃあ、私が恋人になってあげるー」

「嫌だ。俺は美女が好きなのだ」

「なによ、それー」

「いやいや、そのままの意味だけど」

 中国では珍しい感覚がある。それは助けたものは、助けられたものの世話をしなければいけないと言う感覚だ。勝手に助けたのだから世話をしろ、という厚かましさがあるが、それを聞いて以来助ける時は世話をしても仕方が無いと思うようにした。


 俺たちはとある村について、赤ん坊の泣き声を探した。

 二人で扉を叩いて、赤ん坊を持っている奥さんを尋ねた。

「すみません」

「どうしたの。坊やたち」

「赤ん坊がいるんですが、お乳が無いんです」

「あら、そうなの。分かったわ。少し待っていて」

 俺はお椀に注がれた白濁した液体を飲んだ。植物ばかり食べているようで、草と土の香りが漂ってきて、なかなか美味しかった。

「あわわ。変態だ」

 誰が変態だ。

 俺は吸血鬼なのを白状した。

 隠していても仕方が無いし、同行するのだから知っておいたほうがいいだろう。

「でも、太陽平気だったよ」

「だから母乳」

 母乳の説明をした。

「なるほどー。ということは、私と同じ異端者なのね」

「というと」

「私は――本物の魔女です」

 えっへんと無い胸を張られた。

「何かできるの?」

「これを見て」

 地面にあった雑草を指差した。

 レッドは手をかざして、唸った。

 すぽん。

 雑草は抜けて、浮遊した。

「はいー!」

 得意満面だった。

「使えん」

「そんな、これで魔女裁判にかけられたのに」

 俺は小さき同行者を得た。

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