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第89話 女王

 竜は頭が良いが傲慢なことで知られている。噂の種をまけば最初に検証するのは竜族であり、最初に反応するのも竜族だと思っていた。ハロハルハラとナユキが暗渠で拷問をしているが、竜に乗っていた騎手――竜人は詳しいことは知らないそうだ。

 だが竜族の傲慢な動きはゴブリンたちを怒らせた。ゴブリンの領域内での大暴れはまずかった。どっかの吸血鬼によって被害が増大したが、事を起こしたのは竜なのは変わりなかった。

「おじさん、はい」

 フィオナが草原を跳ねながら、同じ種類の花を集めて束にして持ってきた。俺は何度か「おじさんではない」と言ったが、フィオナは直そうとしなかった。

「おばさんにあげなさい」

「誰がおばさんだ!」

 レッドは諦めていなかった。

「えー、おじさんに貰ってほしいのに」

「じゃあ、ありがとう」

 几帳面な正確なのか花束は綺麗に纏められていた。

「おばさんも待っててね」

「私はー……行っちゃった」

 フィオナは鼻歌混じりで飛び跳ねていた。踊りが大好きな妖精のように美しく飛び跳ねている。フィオナの周りでは虫たちも楽しげに跳ねている。

「おばさんじゃない!」

「年下から見たら年上は皆立派に見えるもんだよ」

 俺は花束を片手に地面から木の棒を拾った。レッドの横で呻いているアイビーを爪先で小突いて起こした。頭を抱えており涙眼になっている。俺はレッドと連れ歩いた時にある程度の護身術を覚えさせていたが、アイビーにはそれ以上にシゴいていた。

「ほれ、休んだろ」

「うりゃー」

 スパン、アイビーは頭に木の棒を打ち下ろされて前のめりで倒れた。

「一つ、わざわざ声をだすな」

 俺はアイビーの背中に座った。

「二つ、投げやりな姿勢は止めろ」

 尻を引っぱたいた。

「三つ、何故弱い?」

「知るかー!」

「お前なぁ。前から言っているだろ」

 俺はアイビーに何度もさとしていた。アイビーは具現化しているときに死傷すれば死ぬかもしれないが、それはまだ分からないことだった。実際に死傷して見なければ死ぬかどうかは分からないだろう。死への曖昧さが判断を鈍らせる。だから現実を突きつけてやった。

「お前はレッドが死ねば死ぬんだよ」

 力の根源が無くなればアイビーは死ぬだろう。

「だから、強くなれ」

 と言うわけで、ぶっ倒れても鍛えているが、どうにも根性が無かった。

「おばさん、はい」

 俺が何度かアイビーをしていると、花束を持ったフィオナが戻ってきた。レッドはおばさんと言われて嫌がっているが、花束を貰うと嬉しそうに笑った。

「ねえねえ、おじさん」

 俺がアイビーに踵固めしていると、フィオナが話しかけてきた。

「何だ?」

「お願い事があるんだけど」

 俺達はフィオナを利用して国を盗ろうとしていた。多少の無理なら叶えてあげるつもりだった。

「おう、何でも言え」

「本当? 嬉しい」

「何をして欲しいんだ」

「して欲しいって言うかね。なりたいものがあるんだ」

「なりたいもの?」

「うん……私、王様になりたい!」


「駄目でしょ」

 ハロハルハラが額を擦り付けて、俺に反論してきた。

「駄目か?」

「筋を通すならフィオナが王様になっても良いですが、承認させて王になるつもりだったんじゃないんですか」

「俺が王になろうがならまいが、俺が主導権を握るのは変わらない。極論を言えば、上に立つ者は誰でも良いんだ。それはハロでも構わない」

「私は上に立つ気はありませんが」

「真面目な話、俺よりもハロの方が上に立つ方が良いぜ」

「何を馬鹿な話を……」

「器の問題だな」

 俺が前世の時に領主から転落したのは苛烈過ぎたからだ。抜き身の刀には納まる鞘は無い、それは器が無いのと同じことだろう。それに比べてハロハルハラは大らかであり多少抜けているが頭は悪くない、抜けているところは愛嬌になるので下の者たちが慕う長所となる。

「まあ器が上に立つ者の素質の全てでは無いが、重大な素質の一つと言うことだ」

「だからと言って、フィオナにやらせるのは」

「俺たちはフィオナを利用しようとしている。フィオナの権力を再生させて、フィオナの権力により国を盗ろうとしている。彼女の意思を尊重させても良いだろう? それに今は子供だけど、もしかしたら良い王になるかも知れないぞ」

 フィオナは「王になりたい」――それに続けて、

「おじさんが王だと、皆怖がるよ」と言った。


 俺がゴブリンの王と謁見したのは、ハロハルハラお手製の活版印刷が完成して、半島中に『フィオナ』と言う思想の因子をばら撒き始めた時だった。竜族の事件はゴブリンと竜に深い溝を作り、俺たちが拷問をしていた竜人は逃がしてやったが、その竜人はゴブリンに拷問されたと報告した。

 そう錯覚させたのはハロハルハラの腕だった。

 竜人は己の正当性を主張するために、ゴブリンの国に滞在しているフィオナの身柄をよこすようにゴブリンの王へ伝えた。ゴブリンの王はフィオナを庇護していないが、この状況に複雑な心境だった。

「竜族が最初にフィオナと言う存在を認めてしまったのが愚かだ」

 俺は謁見の間で膝をついて頭を垂れながら、ゴブリン王の話を聞いていた。

「認めなければ良かったのだ。それを他の王たちに先取りされる前に事を起こしたのが悪い。あげくの果てに俺に対して正式にフィオナを寄こせと言ってくる。まったく、俺が困るではないか」

 その通りだ。竜は賢いが、賢いからといって正確な答えを出せるわけではなかった。その傲慢さから一番上の座から降りたくないため、竜は軽率な行動をとる。

「可否関わらず返事をすれば、フィオナに対して認めたことになってしまう。だからと言って無視することもかなわない。国と国同士で無視することなぞ有り得ん」

 そうだ。分かっているじゃあないか。

「それで……火種の宗教家よ。俺は貴様を殺したいが殺すことはできない。向後を考えると庇護するしか方法が無いということだ。これが……望みか?」

「何を仰っているか分かりませんが」

「まあいい、貴様を庇護しよう。だが他国へ行けば、命は無いと思え」

 頭を垂れて、床へ向けて笑った。

 この日より、戦火が半島を撫で始めた。

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