第87話 Eater
茹だる暑さが夜中まで続き、童子たちの元気すら奪いそうな灼熱だった。外回りをしていた俺達は集まることにした。場所は地下に張り巡らされている暗渠の一角だ。俺は吸血鬼の眼があるので灯りも無く歩けたが、レッドは真っ暗闇で歩けるはずもなく、俺に手を引っ張られて歩いた。
「痛いっ!」
何度か躓いて、やがて歩くのを止めた。
背中にしがみついてきて、首に両腕を絡めた。
「背負ってー」
「はいよ」
尻を押し上げて、両膝の裏を持って背負った。
「ありがとう」
「軽いから平気だ」
「軽いほうが好き?」
「平均的な体重が良い」
「じゃあ、肥った方がいいの?」
「今のままで良い」
俺達は雑談を重ねながら、以前作った地図を頼りに、暗渠の端から集合場所まで歩いた。灯り無しで歩いたのは、地上に明かりが漏れないようにしたかったからだ。暗渠の中には空気取りと、排水溝が間隔を置いて設置されているため、完全な暗闇ではないが人間の目では足元も見えなかった。
「こんなに真っ暗でも見えるの?」
「当然」
視界だけではなく他の感覚も人間以上なので、よほど注意散漫にならない限り、転ぶことすらないだろう。
「じゃあ」レッドは巻きつけていた腕を離した。「これは?」
背中で直接触れているので筋肉の動きと、空気の流れでなんとなく見当はついた。
「口を左右から引っ張っているだろ」
「……不正解」
その間は当たったな。
まあ、言及はしないけどさ。
「もう一回」
身体が動くのが伝わり、風の動きで検討をつけた。
「あかんべーしてるだろ」
「……正解」
どうやら負けを認めたようだ。
「旦那にアカンベーをするかね?」
「可愛くない?」
「そこそこね」
俺達は歩く暇つぶしに、何度か同じ事を繰り返していると目的の場所に着いた。いつの間にかレッドは寝ており、寝息と心臓の鼓動が聞こえた。吸血鬼と人間の体力の差だろう。知らず知らずのうちに無理をさせていたのかもしれなかった。
そこは湿気が充満しており、蝋燭すら消えそうなくらいな密度だった。地下の一角に広めの場所があり大人数を収容できそうだった。おそらく資材置き場として使っていた場所なのだろう。蝋燭を並べて照らしていて、思った以上に広いと分かった。
俺とハロハルハラは仲が悪いと言うことにしているので、待ち合わせ場所を人目がつかない場所となった。
「迷いましたか?」
ハロハルハラが最初に気付いた。
「いや、少し遅れただけだ」
ハロハルハラの顔色を見ると、少し憔悴しているようだった。
「何かあったか?」
「それは後で」
「分かった」
暗渠の汚い水路に水蛇がいて、体が汚れて辟易していた。
「久し振りだな」
「ああ」
水蛇は長旅で疲れているようで調子が悪そうだった。この土地は気候も暖かいため、慣れるまでは時間がかかりそうだと呟いた。ナユキは眠そうにしており、ヴィトも大きな欠伸をしている。元気なのは、俺ぐらいだった。
「お前ら体力無いな」
「大将が元気なだけだよ」
ナユキは大きな欠伸をした。
俺はハロハルハラに早速活版印刷の件を話した。
「役に立つのは分かりますけど、一朝一夕では作れませんよ」
「そんなことは分かっているさ。作れるか作れないか……」が問題だ。
「それは問題ないです」
「よし、なら頼む」
「あと……」
「どうした?」
「ゴブリンの王がプレスター様の活動を聞きつけたのですが……」
「魔族のバイロンが現人神というなら、我々がこの半島に来る前の神々の方が正統ではないか?」
「ほう……」
「記録には残っていないそうですが、土俗の神がいたそうで、名前はイーターというそうです。敵を食らう暴力的な神のようで、特に創世神話とかも無くて、恐怖の対象となる神――精霊と言って良いでしょう」
「イーター……Eater……英語か」
しかも神々といっているので多数なのだろう。
「俺たちの先輩の遺物かも知れないな」
「先輩の遺物と言うよりは、後輩の遺物かも知れません」
ハロハルハラは具合が悪そうに言った。
「……と言うと?」
「プレスター様は知らないかもしれませんが、私の前世ではイーターと言う化物が吸血鬼の手によって作られました」
「……それは初耳だな」
「私が知っている段階から何回改良が重ねられたか知りませんが、イーターは屍人を科学的に進化させた改造屍人です」
「吸血鬼がそんなことをしたのか?」
「ほとんど改良されて性質は残っておりませんが、唯一継承されているのは人食いの性質です。徹底的に人を食うのに特化しており、消化器官も効率的に人を食らうのを手助けします」
「死体の処理は意外と大変だからな」
吸血鬼は基本的には血しか吸わないので、血を吸い尽くして殺してしまった人間は肉塊のみとなる。殺人鬼が死体を隠すのに苦労するように、死体の処分は大変だ。だからこそ、屍人がいるのだ。だが、人型の屍人には胃の限界がある。
「イーターは人型ではないな?」
「はい、大蛇のような姿です」
胃袋を極限までに大きくしようとした結果だろう。
「……しかし、やけに詳しいな?」
「イーターを作ったのは、私の地球の時の主ですから」
「そうか」
ハロハルハラが地球の話をしなかったので、俺は話を続けた。
「イーターに危険性は?」
「残念ながら大食らいということしか。ですが、私の知らない間に変貌している可能性はあります」
「ナユキは知らないか?」
「残念だけど知りません。私が死んだのは丁度ミレニアムなので、そんな科学が発展していなかったと思われ……」
「俺より随分と前に死んだんだな」
「そうなんですか?」
「俺より十年くらい前だな」
「へー、となると。死んだ順で転生するわけではないということですね」
そういうことになる。
だからイーターが俺たちより先にこちらにいてもおかしくないという事だ。
「しかし……」俺はハロハルハラを少し見てから、「ただの屍人が神になるか!」
「むきーっ! 人種差別だ!」
「ハロさんが知らない間に、滅茶苦茶強く進化したとかじゃあないですか?」
「吸血鬼の敵ではねーな」
鼻ホジホジ……。
「屍人舐めんなっ!」
ハロハルハラはイライラしているようだが、その表情の裏には憔悴した感情が隠されているように見えた。もしかしたら、ハロハルハラはイーターがどのようなものか知っているのかもしれなかった。
隠すのには理由があるのだろう。
放って置こう。




