第84話 暗闘
日本刀は鎌倉時代の品が一等と言われたことがある。それは砂鉄の生成方法の変化や、鋼玉の作り方の変化、鍛練方法の変化など、何かしらの喪失技術があったとされている。その製造過程は忘れられても、最初の製造原理は形として残っている。日本刀は家屋内で闘うために作られた長さをしており、梁や柱にぶつかって邪魔をされないように作られている。家屋内で闘うには刀が最適と言う所だろう。俺は愛用の猟刀を抜いて、手入れされている刀身を眺めた。
惨殺するには十分耐えられるだろう。
「おい、貴様ら。お前らのせいで夫婦の営みが邪魔されたじゃあないか。どうツケを払ってくれるんだ?」
部屋の隣から続々と人間が現れた。数は少ないが精悍な顔つきをしており、幕末の頃に見た人斬りたちや、暗殺教団を思い出した。眼付きが狂っている。人間は人間を殺すと独特の狂いが生じる。それは直接手をくだした者のみに宿る狂気だった。
だが、俺には狂気に似た威圧感は無意味だった。
「喋らんのか?」
俺はレッドを担いで、背中に腕を流させた。顔の横に尻があり、頬を摺り寄せて笑わせた。猟刀は左手に握られているが、片手だけで十分だと判断した。
「えー、この格好?」
「残念だが、お姫様抱っこは無理だ」
後ろの男が飛び出してきた。重量の変化による床の軋みが伝わり、問題なく心臓を貫いた。まずい、突きは悪しだ。俺はすかさず蹴り飛ばして、男の死体で柱を粉砕して、血糊のついた刀で続けて襲ってきた男の頭蓋を叩き切った。刀の損耗が激しく、刃こぼれが起きた。
相手の動きが止まり、生唾を飲む音が響いた。
「滾っていたが、お前らの死体で冷ますことにしよう」
喉が渇いてきた。
血という絶好の食料に、胃袋が悲鳴をあげている。
「俺は怒っているぞ。食料たるお前らが、断食中の俺の前に現れて、血を流して滴り死んでいるとは、腹立たしいほどに殺してやりたいぞ」
話しているうちに、敵の数を把握した。
残存四人。
いずれも精強で武芸に秀でているが、上に立つ器量は無い、同族を殺すために生まれた悲しき人間たちは、百戦錬磨の武芸を散らした。
猟刀を左の男へ向けてなぎ払い頭蓋に弾かれた。刀は頭蓋と打ち合わされ砕けたが、俺は諦めずに根本で眼窩を貫いた。残存三人。右側にいた男――今は後ろにいる男が三日月刀を振り下ろしてきた。俺は左腕を上げて、後ろ向きで三日月刀を受け止めた。手探りで刀を掴んで奪い取り、半円を描きながらなぎ払って二人を牽制した。三日月刀を奪われた男は呆然としたまま、拳で顎を砕き抜いて、壁に飛ばした。一挙に戦意を無くしたのを見て、俺はその男を殺すのを止めた。だが、残りの二人は殺気が漲っていた。一人が飛び掛り、俺ではなく剣を抑えてきた。もう一人が猿声のような悲鳴をあげながら振り下ろしてきた。一人が抑えて、もう一人が殺人剣――素晴らしい戦術だった。
俺は三日月刀を離して、猿の鳴き声をする男の胸を掴んで筋肉を握り締め、爪を心臓に突きたてた、そのまま浮かせて俺を抑えていた男に叩きつけた。
「人間が吸血鬼に勝てると思ったのか?」
だが――加勢がまた増えた。次々に男たちが現れて、抜刀して向ってきた。俺はこれ以上無駄な殺し合いをするのが面倒だった。俺は猿男の刀を拾って、威嚇するように次から次へと柱を壊して、続いて外へ向けて走った。走り抜けるついでに、最後の柱を切り抜いて、外へと跳んだ。振り返ると屋根が倒壊して人間たちの潰れる音がした。
「はっ、馬鹿め」
「酷いなぁ」
「殺しに来た連中に手加減ができるか」
闇夜に降り立つと、眼を見開いた男が俺を見つめていた。家屋の中にいた連中と同じで黒装束であり、家屋内で不利な短槍を担いでいた。
「まだ、いたのか」
俺はこれ以上闘いたくなかった。
疲れるからだ。
「お前、中の人たちを全員殺したのか」
「最後のが決まっていれば死んだな」
黒装束は呆然として、次に向けた瞳は怒りの炎で燃え上がっていた。
「おのれ」
一対一の殺し合いにおいて強者が勝つとは限らない、勝った者が強者とも言えるが、後から考えても絶対に勝てそうにも無い人が勝つことは良くあることだ。その点、不死者である俺は運に左右されることがほとんど無い。
おそらく俺が人間なら、目の前の黒装束の執念に圧されていただろう。
短い槍を扱いて繰りだした突きに、俺はレッドをかばって心臓を突かれてしまった。だが浅い。俺はレッドを置いて、槍を掴んで持ち上げた。黒装束は諦めが悪いことに槍を離さなかった。このまま地面に叩きつけて殺そうとしたが、黒装束は両足を回転させて勢いをつけた。俺の掌から槍が離れて、気付いた時には一方的に槍を叩きつけられていた。盗んだ刀で守勢一方になりながら、相手が疲れて隙ができるのを待ったが好転しなかった。
俺が怯んだのには理由があった。
一つは道具の力で銀の槍だったからだ。それを心臓に刺されて、思わずビックリしてしまった。もう一つは恐ろしいほどの執念だった。黒装束は人生最大の能力を発揮して俺と死闘を舞った。だが、やがて俺は冷静になった。冷静になれば、実力差は優劣の基準に戻る。
背中に木が付いた時に俺は反撃に転じた。
槍を壊すほどに上へと弾いた。
空に短槍が回転しながら舞った。
その時、黒装束が笑った気がした。
黒装束は勢いのまま俺に体当たりした。
歯が胸を噛み付き、食い千切られそうになったが、この距離は身体能力の差がでる。腕を取り、捩じ上げてから、背後を取り、首を後ろから締め上げた。
観念したのだろう。
黒装束は仰いで、
「あはっ」
舞っていた槍が落ちてきて、黒装束の胸に落ちて刺さった。
「あはははっ」
嬉しそうに笑いながら何かを飲んだ。俺は唇と歯をこじ上げて、吸ったり舌で探ったが、毒薬を飲み込むのを阻止できなかった。どちらにしろ胸を貫かれたから死んだだろうが、念入りな自殺だった。
俺は駆け足でレッドのところへ戻り、無事なのにホッとした。
「すまない。油断した」
「それよりも、傷大丈夫?」
「ああ」
嚙みつかれた場所から血が流れていた。
「凄い強い人だったね」
「女だった」
レッドは眼が点になった。
「楽しそうだったな」
これだから人間は良く分からない、なんで最後笑ったのかも分からなかった。大人が子供の気持ちを分からないように、元々人間だった吸血鬼は人間の気持ちが分からないのかも知れなかった。
崩れた屋根を除けて死体を調べたが、全員が死んでいた。死者の中には毒物を飲んで死んでいる者もいて、結局誰からも情報を取ることができなかった。そもそも俺は逃げようとしていたから尋問するつもりは無かったのだが、暗殺者たちは服毒するほどだったので何か重い情報を知っていると思って考え直した。でも無駄だった。見つかった連中は死んでいた。
だが――。
「一人、足りん」
屋根を壊す前に、見かけた連中の一人が姿を消していた。




