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第83話 虚構

 暗渠あんきょという言葉がある。きょとは水路のことであり、暗い水路という意味になる。ゴブリンのジノは俺の教えに従い、湿地帯に碁盤目状の暗渠を作って、排水を完了していた。石で作られたアーチを歩きながら、俺は地図を作っていた。付き添いのレッドは最初躓いていたが、徐々に慣れていき仕事を手伝ってくれた。お互いに歩数を数えていき、ときどき照らし合わせて数値をすり合わせた。

「あー、臭かった」

 三日月が川面を照らしている。暗渠の果てに川があり、格子で侵入できないようにされていたが、俺には障害にならなかった。企画者がジノなので聞けばいいようにも思えるが、俺は自分で見たものだけを信じるので実際に調べてみた。

 実施の結果、王宮まで通じる暗渠を発見した。格子を幾つも重ね、偽装するように壁を作ってあったが、水に足を浸していれば流れを感じることが出来た。

「一列にしか歩けないほどだが十分だ」

「あー、悪いこと考えている」

 レッドが俺の鼻先を指で触った。

「ああ、俺は悪いさ」

「うん、悪い悪い」

「善悪なんぞは本人の性質と周りの状況に左右されるものだ。周りの状況が善を要求するなら、俺は善を為すが、悪いことをしろと要求されるなら躊躇わずにする」

 汚れた服を脱いで、月を仰いだ。

「洗いっこするか?」

「やだよー」

 欠伸をして、

「朝には旅立ちだ」

 最初は龍――ドラゴンの国に行こうかと思っていた。

「えっ、もう?」

「ああ、だから」

「私行くからね! 絶対についていくからね」

「あのな」

「あああ! あああ!」

 レッドは耳を塞いでいた。

「最初から一緒に行くつもりだから」

 俺は手を摘まんで囁いた。

「えっ、本当?」

「当たり前だ。夫婦だろ。離れんなよ」

 俺が手を広げると、レッドは嬉しそうに握り返してきた。



 まどかな太陽が草原を青々と照らしている。草原を横切るように真新しい街道が続いており、中心部が両端部より少し盛り上がっていて、街道の両端には溝があった。朝早いうちに旅立った俺達はハロハルハラたちが新しく作った街道を歩いていた。

「分かった。水はけを良くするためね」

「正解。上から下へ水は流れる。文化と同じだ」

 俺がハロハルハラたちと離れたのは僅かな日月なのでたいして事業は進んでいないようだった。だが聞くところによるとゴブリンの王は国中に街道を巡らせる案を採用してくれたようだ。半島の土地は狭いので総延長距離は大して長くならない、それにゴブリンの国の中だけのことなので舗装できる範囲は限られていた。特に国境間際まで伸ばしてしまうと、防御の面で不利があるので、国境から歩いて半日を限度としたようだ。整備された街道は軍事活動を有効にするが、相手国に使われたら負の点が多くなってしまうので仕方の無いことだろう。

 負の点を挽回するには張り巡らせることしかない。

 街道を複数用意すれば相手に万が一利用されたとしても、後ろをついて挟撃することが可能だった。自然災害が起きて行軍が不能になったとしても複数あれば挽回はいくらでもできるので、動脈のように国家に張り巡らせるのが肝要だ。

 それパクス・ロマーナの原動力だ。

 真新しい街道が尽きた。振り返ると美しい街道、前を望むと轍だらけの汚らしい道が続いた。雨が降れば何度も足の取られる道となり、移動速度も極端に下がるだろう。

「うへー」

「そう、嫌がるな」

 街道は丁度断層になっていて、レッドに説明するのに丁度良かった。

「一番下はただの地盤――元々あった土とか砂だ。これが軟弱なときは――湿地とかね――掘り起こして置き換える」

「えー、大変」

「そう、これを重いもので突いたりして敷き固めて、次に砕石を敷く。次に握りこぶしくらいの石を重ねる。凸凹しないように綺麗に敷き固めるんだ」

 レッドは俺の指差した先を見て頷いた。

「その上には、砕石と石灰を混ぜて、十分な厚さを見込んで敷き込みます。敷き込んだら搗き棒をつかって、搗いて突いて敷き固めるんだよね。ちなみに砕石と石灰の比率は砕石の種類によって違うから気をつけてね」

「うん、わかった」

 レッドはいつかやりそうな返事をした。

「次に瓦と石灰を混ぜたもの、最後に切り板石で水平に舗装して終わり。左右の溝は水はけを考えて溝が作られている。はい、終わり」

「へー、凄いね」

 目の前にある街道は古代ローマの舗装の方法だ。紀元前からの技術とは言え、その強度は日本の高速道路と同等と言われている。あとは定期的な補修を行えば、数百年は維持することが可能だろう。



「この半島はとある魔族の所領だった。バイロン卿は迫害された魔物たちのために、領地を分け与えて、この土地に生きることを承認した」

 魔物たちは幾つかに分かれていたが、最初にドラゴンの領地に来たのは理由があった。

「フィオナ・バイロンは唯一人血を受け継ぎ、我等が国の基本原理の継承者であり」

 レッドが朗らかな声で通りに向けて声を出していた。

「基本原理を無視した国家には、この半島で生きることを承認されていない」

 ドラゴンは頭が良いが、頭の良し悪しは傲岸を抑えられるものではない。

「フィオナ・バイロンは秤の持ち主であり、秤を無視するものは死して魂の軽重を計られることも無く、地獄を母にするだろう。だが安心しろ。信仰篤きものは魂の軽重を計られ、天国にて薄荷のように香る天国の泉を杯に重ねることができるだろう」

 なかには笑うものがいたが、興味深そうに聞くものもいた。

「笑うものよ。ならば教えてくれ! 誰がこの半島に国家を承認したかを!」

 俺達はその夜、勢いで演説したレッドの頭を撫でながらご飯を食べていた。その場所はどんな魔物でも受け入れる宿屋であり、人間でも自由に泊まることができた。

「良い子だね。レッドは」

「えへへー」

 マブイ子じゃのー。

「今でも少し熱いよ」

「そうかそうか」

「ねえねえ」

 レッドが胸に飛びついてきた。

「さましてー」

 その時、俺の自重の気持ちは吹き飛んだ。

「熱を冷ますには、熱くした方が良い!」

 俺はレッドをお姫様抱っこしたが、途端に殺気を感知して床に降ろして、隣の部屋に飛び込んだ。剣を抜いた男の首を捻って殺して、剣を奪って他の三人を惨殺した。剣を負って血を払い、反対の部屋から出て来た男へ向けて剣を投げて殺した。

「誰だろう?」

 レッドは落ち着いていた。

 こういうところのある女――いや人間はナカナカお目にかかれない。

「刺客だ」

 レッドは検討がついていないようだが、俺にはついていた。フィオナと会った時に、魔族バイロン家は滅ぼされようとしていた。誰かがバイロン家の価値に気付いていたのだ。もしかしたら命運を絶とうとした勢力かもしれないし、俺と同じで利用しようとした勢力かも知れない、どちらにしろ俺の敵だった。

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