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第81話 人攫

 ベルゼブルとの戦闘後、橋の守備隊に見つかって終日追い回され、命からがら逃げ出して、人通りの少ない山道を歩いていた。

「いやー危なかった」

「我輩、マジで死ぬと思った」

 火薬の臭いが取れたのは数日経ってからだった。

 旅の道連れは、レッドとバロン、アイビーは何処へ行ったかというとレッドが回収した。回収という言葉が正しいか分からないけど、直に触れると出し入れが可能になるそうで、姿が消えるように吸収された。

「結構便利だな」

「何かがあった時は瞬時に呼び出せるからね」

 アイビー自体はそれほど強くは無いが、透明になれるのは恐ろしいものがあった。

「何かあったときはアイビーを盾にして逃げろ」

「えー、死んじゃうよー」

「何? 能力なのに死ぬん?」

「試したこと無いから分からないけど」

 俺はレッドの耳元でアイビーを呼んだ。

 だが出てこなかった。

「もしもーし、吸血鬼ですよー、出て来て下さーい」

「止めてよ、ぷーちゃん」

「酷いことしないからでてきてくださーい。悪くて死ぬだけですよー」

「だから止めてってば」

 アイビーががくがく震えている様が想像できた。


 そんなこんなで旅は続いて……。

「あれ、なんだろー?」

 眼下に海岸が広がり、船が沖でとまっていた。小船が何艘も往復して人を海岸に吐き出していた。船の持ち主は奴隷商人にも思えるが、海岸にいる人々には悲壮感ではなく怒りが溢れていた。

「奴隷商人か」

 バロンが言ったが、俺はしばらく観察して言った。

「いや……運んでいるようだな」

「奴隷では……ない?」

「そのようだな」

 俺はバロンの手綱を引いて、海岸へと降りた。粒子の細かい砂に足を取られそうだったが、むしろの様な物をひいて道にしているところがあった。色んな荷物を持って、家族連れで歩いている人たちに話しかけてみると把握できた。

「魔王の国――バルティカ王国の大陸にいた住民を引き上げているようだ」

 幾度かの戦争で、領地を奪われたり、獲得したりとしていたそうだが、あちらの大陸に獲得していた領地を奪還されかけた――『かけた』ようで、恐怖の虜になり一気に引き上げたそうだ。

 その『かけた』がいけなかった。

 電光石火で引き上げたのは後々から見れば素晴らしい判断と言われそうだが、現時点では臆病者だと罵られているようだ。戦わない者たちから、死力を尽くせば勝てたはずだ、などと言われるのは、どの世界においても同じだろう。

 引き上げた土地は春を迎えて稲を植え、畑に種をまいたばかりだった。労力を無にする引き上げだ。住民たちの怒りを封じこめることはナカナカ難しいことだろう。

 だが、一方で――。

「魔族が船に乗っていたそうで」

 昨日の夜、怒りが充満した船内で悲鳴がおきた。船は距離を置いて、縦に並ぶように操行していた。悲鳴をあげた男は、前の船を指差していた。明かりが爆ぜ、波音に隠れた悲鳴が聞こえた。そして無音になり、指に誘われるように何かが来た。

 来た、それは浮いていた。

 髭面の大男が白目を剥いて、口の端から涎を垂らし、海面に汚れた体液を落としていた。

「いいいいいいいっ……」

 船に着地すると、額から角が生えるように盛り上がった。血煙、骨と肉、そして大きな蝗が額から飛んできた。そして次々に人を食い荒らし、生死構わずデタラメに齧りついた。死人は飛んできた髭面しかいなかったが、多くの人々が負傷して、怒気は恐怖へと移ってやっとここまでおとなしくなったそうだ。

 蝗――ヘドウィッグか……。

 自作自演というやつだが、民衆を抑えつけるためにしたことだろう。


「あんまり良い手とも思えないが」

 海岸から離れて、レッドに色々と説明した。

「ヘドウィッグは蝗になったんだ」

「しかも吸血鬼化している」

 子供の頃に人間だった頃のヘドウィッグと会っているので複雑な感情が渦巻いているのだろう。ヘドウィッグは俺を憎んでいるだろうが、憎んでいたとしてもダルシャンの次だろう。あくまでも標的はダルシャンだ。複雑な糸の絡み合いにはヘドウィッグの娘であり、ダルシャンの唯一愛した女のシルヴィアも絡んでくる。

 ――これが解けることは可能なのだろうか。


 さて、旅を急いでいる。

 人の気配が消え、魔物の気配が充満してきた。半島にはまだ辿り着かないが、深い森には到着した。調べてみると色んな道があるようだが、その道は通らずに地元の魔物たちに聞きながら、山道を粛々と歩いていた。

 急いでいるが、余計な事に出くわしたくなかった。

 そんな中、余計な事に出くわしてしまった。

 後から考えると、それは余計なことではなかったが――。

 突然、あざが現れた。どんな場所でも人は暮らせることはできるが、自然に包み込まれた場所に石造りの神殿のようなものが現れれば驚くだろう。この森は魔物の巣窟だ。建築の装飾から考えると人間の技と分かるが、どうしてこのような場所に建っているのだろうか。

「古いね」

「ああ」

 蔦が神殿を覆っており、静謐な雰囲気が漂ってきた。バロンを連れて神殿の中に入ると、新しい焚き火の跡が残っており、部屋の中も清潔に掃除をされていた。書斎もあり、俺は古ぼけた本を壊さないようにペラペラとめくった。レッドが一人で散策しようとしたので、それを止めて俺の傍らに座らせた。

「むーっ」

「むーっ、じゃない。俺の側から離れんな」

「はーい」

 俺はじっくりと本を眺めた。文字は読めないが、どうやら人間ではなく魔族の神殿のようだ。人間の文字の名残が無かったからだ。

 突然静寂を切り裂く悲鳴が聞こえた。

 俺はバロンにレッドを任せて、猟刀を取って、悲鳴の元へと向った。神殿の裏の森で男たちが少女を捕らえていた。耳が尖がっており、亜人間――もしくは魔族といった風貌だ。

「こっちへ来い、お前しかもういないんだ」

「いやっ! 止めて! お母さんはどうしたの?」

「たっぷりとな」

 下種な笑い声、五人の男たちの顔をみて、少女の顔は豹変した。

 掴んでいた手に噛み付いて、小指を引き千切った。鮮血を頬に受けて、少女は歯向かったが、投げられて背中を踏みつけにされた。

「おい、ガキ」

 俺が話しかけると、突然の出来事に全員が絶句していた。

「こいつらを殺したいのか?」

 歯に肉を残したままで、「うん」と少女は答えた。

「なら、手伝ってやろうか」

 こくん、頷いた。

 良いだろう。

 俺には闘う理由はないが、助力を乞われたなら闘う理由はできた。

 俺は男の一人の腕を猟刀で切断して、驚く男の耳を掴んで地面に叩き付けた。止めに頭を踏んで、隣にいた男の顎に膝蹴り、顎が木の根に落ちて、俺の両腕は少女を捕まえた。

「誰だ?」

 俺?

「吸血鬼だぁよ」

 敵、残り三人。

 短槍を突いてきたので、掴んで、回転させて、持ち主を倒して、槍を奪って逆に叩き付けた。風車のように回転して絶命。

 残り、二人。一人は少女の背中を踏みつけたまま固まり、もう一人は前と後ろから漏らしていて汚かった。

「次はどっちだ」

 背中を踏みつけていた男が向ってきた。これが意外な手練で二合だけ打ち合ってしまった。三打目に膝を切り抜き、髪を掴んで顔面に膝を打ち込んだ。

 糞尿を垂らしていた男は逃げたが、俺の石礫で前のめりに倒れた。俺は少女に猟刀を渡した。すると、憐れな男は猟刀の餌食になり絶命した。



「フィオナ」

 と言うのが名前だそうだ。

「おい、出て来い」

 レッドの両耳を持ち、しばらく出ていなかったアイビーを呼び出した。フィオナはレッドに任せて、俺とバロンとアイビーは死体を片付けた。俺とバロンは男たちを捨てて、アイビーにはフィオナの母親と姉たちを綺麗にさせた。

「酷いことをするね」

 アイビーが女たちの体を洗いながら言った。

「序の口だ」

 俺とバロンはフィオナの父親を探して埋めてあげた。ズタボロだった。最後の一人であるフィオナの妹は最後まで見つからなかったが、ある場所で少なくなって見つかった。フィオナに見せるのも可哀想なので父親と一緒に埋めてあげた。

「見たい」

 フィオナは母と姉たちに別れを告げたいと言った。多少傷は残っていたが、アイビーが上手いこと化粧を施してくれた。


 一人になったフィオナを預かることになった。

 というよりも、俺が望んだ。

 神殿にあった本の内容を教えてもらうと、半島の歴史を知ることができた。

 半島の魔物たちは人間たちに迫害されたものたちもいるが元来は魔族に追放されたものたちが最初だそうだ。そのなかで、魔族の一部族が魔物たちに同情してついてきた。それがフィオナの一族だ。最初期の頃は魔族の言うことを聞いて、神と崇めながら魔物たちは繁栄していたが、魔物たちの数は増えるに連れてフィオナの一族は表面上尊敬されていたが、権力は形骸化していき数十年前から没落してしまい、今に至るそうだ。

 神殿の古びた馬車を修繕して、書籍を積み込んだ。

「我輩がひくの?」

「お前以外いんのかよ?」

 バロンは馬車馬のように働き、俺たちはハロハルハラの元へと向った。

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