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第8話 炎上

 川の衝撃で数秒苦しんだが、すぐに回復して、距離を取るためにしばらく流され、川原に這い上がって潰された眼が治るのを待った。視力は完全に回復しなかったが、眼の傷は治った。

 俺は血と汚れを流すために、川原に近づいた。

 俺の中の祖が怒り狂い、俺の口を動かした。

「吸血鬼とあろうものが、人間如きにここまでやられるとは」

「油断しただけだ」

「私が愛したお前が、これほどまで落ちるとは思わなかったよ」

 俺は太陽を仰いで、日光浴しながら力が回復するのを待った。俺は太陽の下で生きることが出来るが、実は吸血鬼も太陽が必要だ。夜の月は太陽の光を反射しているが、月光にあたっても吸血鬼は負傷しない、つまり僅かな光なら害にならないということだ。

 いや、むしろそれは必要だ。

 吸血鬼は太陽が出ている間は寝るが、寝るときは人間と同じで休息している。その時に真っ暗な場所で寝ているわけではない。直射日光は厳しいが、ほのかに太陽光が届くところで寝ている。吸血鬼は棺の中で寝て、棺は太陽光を調整する機能を持ち、中で寝ている吸血鬼に太陽から得る養分を送っている。

 だから、俺は日光浴をして回復をはかっていた。

「吸血をしていないからだ。吸血をしていれば、力で負けることも無い。変身能力も完全に回復する。どうして血を吸わないのだ」

「どうして……」

 俺は川面に移る俺の姿を見た。

 祖が怒り狂い、唾を飛ばすように叱咤してきた。

「話を聞いていなかったのか? ミナの姉で、俺の母親と、それと戦うわけにはいかないだろ」

「話をそらすな! 何故、血を吸わない。私たちにとって血を吸う吸わないは、もっと根本的な問題だ」

「俺は太陽の下で生きたい」

「愚かな……私たちは所詮不死。呪われた身だ。この世が終わるまで、形を変えても、永遠に生き続ける。この世界で命が尽きても、異世界で再び生を得る。その世界が終わればまた別の世界へ、永遠に生き続けるのだ。永遠の腐りきった日常が続くのだ」

「嫌だ」

「結局、そうなるなら、血を吸った方がいい」

 祖の声音が優しくなった。

 本当に同情しているようだ。

「それは分からない。俺は太陽の下で生きている。これなら」

「無駄だ。これから血を吸うからだ」

 俺の体は隅々まで電気が走り、微動すらできなくなった。体が捻じ曲がり、久し振りの変身能力を発揮した。と言っても、ほとんど変わらず、男が女の体に変貌しただけだ。

「私がやってやろう。闇の王として、全身全霊であの者たちを粉微塵にしてくれよう。そしてその鮮血を飲み干して、永劫の闇の者として再び生きてくれようぞ」

「やめろ」

「久しぶりの生娘の生き血だ。胸が高鳴って狂いそうじゃの」

 背中から翼を生やして、全身の傷を再生させて、空へと飛び上がった。


 村から煙があがっていて、虐殺が行われていた。

「吸血鬼に関わった連中全ては燻蒸消毒か。人間ほど虐殺が似合う動物はいないな」

 俺は人間贔屓ではない、そんなことを言われても「その通りだ」としか言えなかった。

 だが、十年間暮らしていた村だ。

 その村を蹂躙されるのは、腹の底から燃えるように熱かった。


 生物は誰もいなかった。

 人間だったものは全て斬り伏せられて、火焔によって消し炭にされていた。新しくできた茅葺屋根も家具も全部燃えてしまったようだ。

 旅芸人の少女も、ミナも姿を消していた。

 俺の山羊と牛も殺されていた。

 一番悲しかったのは、山羊と牛の死かも知れなかった。

「吸う血も無いな」

 死ねば血は固まり、血液では無くなってしまう。

 そういうことを言いたいのだろう。

 祖は俺に体の支配権を返してくれて、つまらなそうに欠伸をした。

「これが人間だ。お前がこいねがうのはコレなのか」

「違うよ。俺は人間になりたくない」

「なら何になる?」

 俺は答えなかった。


 俺はハロハルハラの家へ行った。冒険者たちがハロハルハラの家に行っていたのを思い出したからだ。すると、そこには新たな死体が量産されていた。

 姿形からして冒険者たちだった。


 姥捨て小屋の前でババアが殺されていた。可哀想に。もう少しで、寿命を全うして死ぬところだったのに、運命とは無情なものだった。

 その傍らには、ハロハルハラが口から肉を垂らしながら、冒険者たちと殺し合いを興じていた。最後の一人を千切り殺して、ハロハルハラは舌なめずりをした。

「ハロ……」

「プレスター様、食べてしまいました……」

 眼光が赤く光り、生き血がどんどん体を巡回しているのだろう。

 屍人、それはゾンビ。

 哲学的ゾンビという言葉があるとおり、ゾンビになれば意識が無くなる。

「つい……ババアを殺されて、カッとなって……」

「分かっている」

「すみません。もっとお側にいたかったのですが……」

「どうして欲しい?」

「意識があるうちに殺してください……あれだけは耐えられない」

「分かった。えんがあれば、また何処かの彼岸で会おう」

「ありがとうございます」

 ハロハルハラの心臓を貫いた。

 屍人ならばこれで死ぬ――だが、何処かで生き返ることになるだろう。

 吸血鬼は違う。

 それでは死ねない。


 村の火事がどんどん広がっていく、周りの森に移り、この一帯を焼き尽くすことになるだろう。俺は二つの死体を埋葬して、森が燃えるのを眺めた。

 教団。

 冒険者ギルド。

 故郷と親友の命にかけて、俺は復讐を誓った。

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