第72話 不穏
吸血鬼生活数世紀の性技術を持ってすれば、初体験の女を開発するのは簡単だけど、俺は思い出の中に痛みを介入させたくなかった。一から千のスイッチを端から一つずつONにしていき、俺じゃなければ絶対に満足できない良い女にしてくれる……。
と、ほくそ笑んでいたら、また粗相をしてしまった。
俺は腕枕をそっと外して、急いで外へでて体を洗うフリをして、ついでに服を洗濯した。紙巻煙草で一服していると、ユーリの奥さんが裸族の俺を見つけてくれて、服を貸してくれたので粗相を何とか誤魔化すことができた。やはり好きな女と一緒に寝ていたら、思春期の爆発するような性欲を抑えるのは難しかったようだ。ユーリの子供としばらく遊んでいると、見たことの無い女が庭の雑草を抜いていた。青い髪をしているけど、染めたような不自然さは無かった。
「子供たちがいるので煙草は止めてください」
目線を合わせずに、俺に忠告してきたので、大人しくしたがった。
「お久し振りですね」
「お久し振り?」
青髪の女はコクリと頷いた。
「私は――」
名乗ろうとしたけど、俺は手で制した。
「わかった。レッドの能力だろ。前は手だけだった」
俺は手を取って、肌を撫でた。
「そうそう、この滑々した感じだ」
良いお手てと思って撫でていると、ペシッと叩かれた。
「何をするかぁっ!」
拳が飛んできたが、俺はここで容易く殴られるほど甘くは無かった。右手の拳で弾いて、一気に懐へ入り、足を引っ掛けて地面にゆっくりと倒した。そういえば、手だったときも中指を立ててきたほど気が荒かった。俺は身体を回転させて、背中の上に尻を乗せて押さえつけて、たわわな尻を手で何度か叩いた。
「痛い! 痛い!」
「突然殴ってくるほうが悪い、お仕置きである」
和太鼓を叩くようにペチンペチンと叩いた。
うははははっ……良い気分である!
「あっ、ぷーちゃん! 止めてよ」
レッドは俺が青髪の女に折檻するのを見て、抱きついて止めてきた。
「ううっ……痛いよ」
「大丈夫? アイビー」
アイビーはレッドに尻を向けて、スカートをおろされて尻を確認されていた。
「もう! 腫れているじゃないの! ぷーちゃん、少しは手加減してあげてよ」
「すまないねー。ちょっと楽しくなっちゃってさ」
俺は欠伸しながらアイビーの腫れた尻を見た。面白いことに赤面して黙ってしまった。能力の中には色々なものがあるけど、これほど自立して人格を持つ能力はナカナカお眼にかかれなかった。
「女の子なの! お尻見ないで!」
「悪かったよ。アイビー」
俺は真っ赤になって黙るアイビーの頭をポンポン撫でてあげた。
俺は橋を眺めおろす場所で煙草を吸っていた。ユーリには色々話を提案していて、バロンの代わりに馬を買う約束をしたので、良さそうな馬がいないか探していた。
そんな時だった。
たゆんたゆん、と音が出そうな女が橋を歩いていた。
豊満と言えば良い意味に聞こえるだろうけど、丸々肥った豚よりも脂肪が溢れていて、橋を独占するように歩いていた。一見すれば、醜いと言えそうだが、女の脂肪は美しさを表しているようで肥満界の絶世の美女のように見えた。
驚いたのは、その影から現れた女だ。
「あれは、ビィ……か?」
数年ぶりに見たが、間違いなくビィだった。六年半前に賭け金代わりにされた女だった。魔王の王子であるダルシャンの傍らにいて、ヘドウィッグへの復讐を終えたときが最後だった。美しい服装で金刺繍が施されていた。豊満な女と一緒に橋を渡りきり、丁寧に挨拶をしていた。
あの女もダルシャンのことも気になったので、先を急ぐビィの前に俺は飛び下りた。
「誰だ!」
ビィは短刀を取り出して、鍛えられた動きをした。六年半の間で覚えた技なのだろう、普通の人間になら多少は通じそうだった。
だが――、
「俺に勝てるとでも」
「プレスターさんですか?」
「お久し振りで。ビィさん」
積もる話はあったのだが、ビィの口は重かった。それはビィがダルシャンの元にいることの証拠で、何かしら重要なことを握っているのだろう。あの肥った女の話も聞くことができなかった。
「はあ……何も教えてくれないのか?」
「すみませんが、話すことはできません」
「だったら、ダルシャンは大丈夫か?」
ダルシャンはヘドウィッグの蝗に勝つために全身を燃やした。その火傷が気になっていた。
「はい、一時は重態でしたが、もう随分と良くなっております」
「そうか」
それは良かったと言いたいけど、俺にとっては大敵になる可能性のある男だった。
「なら、教えておきたいことがある」
俺はこの前、ヘドウィッグとシルヴィアに会ったことを告げた。ビィは少し蒼ざめていたが、静かに頷いて眉をしかめていた。
「そうですか……」
ビィはダルシャンのことを愛してそうだから、告げるのも辛いことだろう。
「ありがとうございます。なら……」
ビィは代わりに肥満の女について教えてくれた。
彼女は執行官ではなく、教団の司教の一人だった。七つの大罪の一つである『飽食』を司り、彼女の腹の肉は貧しき民に分け与えるためにあるそうだ。
肥満の女の名前はベルというそうだ。
俺はビィと別れを告げて、橋の所まで戻ってみた。すると、ベルが貧しき子供たちに肉を分け与えていた。笑みを浮かべたまま、掌で腹の肉を抉って、ギブミーチョコレートさながら肉を与えている。それはとても甘いようで、子供たちはへらへらと笑っていた。
「なんともなぁ……」
頭を与えるヒーローのキモイ版と言った所だろう。救世主も麺麭を肉、葡萄酒を血と言っていたので、そういう感じだろうか。




