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第67話 黄昏

 私は襲いかかる手を避け、腕を掴んで、全身の筋肉を震わせて力を込め、根本から引き千切った。巨人の悲鳴が雪山に轟き、鼓膜が破れそうなくらいだった。私は次の腕に飛びついて、体を反転させてもう一本腕を引き千切った。反撃は何度もされたが、その度に拳で弾き飛ばして、抜根作業を続けて、十の腕が雪原に横たわった。腕から川のような血が流れて、凍土にさらされて赤黒く固まり、粗悪なイチゴシロップのように見えた。

「はっ、ざまあみやがれ」

 祖はピースサインをした。

 それはギリシャ式の侮辱をこめた物だった。

「……馬鹿な、こんなことはありえない」

「ありえないなんて……現実を見てないのね」

 巨人の肌は汗で覆われて、熱過ぎるのか湯気を出している。ここまで負傷したことは無かったのだろう。だが、これは始まりだ。未来にはもっと残酷な結果が待っている。

「私に少しでも勝てるとでも思ったのか?」

「たかが吸血鬼が、巨人に……勝てるわけがあるかぁ」

 巨人は地鳴りのような歯軋りをして、大きな腕で私を殴ってきた。人差し指の第二関節に触れ、体を回転させて力をいなして、腕の表面を転がるようにかわした。そのまま、腕の皮膚を掴んで、力任せに接近した。百手巨人ヘカトンケイルは腕に近接していれば自分自身を攻撃する恐れがあるので、僅かな間だけ躊躇した。

 それがアダとなった。

 私は巨人の顎の所まで行き、顎関節症が発症するぐらいに蹴り上げて、ハロハルハラが投げた槍を掴んで喉から抜いた。そして首の動脈を狙って突いた。手が近寄ってきたので、すぐに抜いて飛び上がり、距離を保った。消防が放水したように血が飛んで、太陽の光で虹ができた。

「少し遅いんじゃあないか?」

「遅いだと?」

 私の中のジョンが首肯した。

 吸血鬼は血を飲むべき存在である。代用品とはいえ人工血液を飲んだら、その力は確実に戻ってきた。常用すれば力は全盛期まで戻ることだろう。私の力はすでに巨人を問題としていなかった。

 唯一心配なのは、執行官が使う特殊な技だ。目の前の百手巨人ヘカトンケイルは、あのミナとシェリダンの父親だ。恐るべき技を使ってきそうだった。

 まあ、今の私なら遅れを取る事は無いだろうけど。

 私たち吸血鬼には吸血鬼の特殊技能があるが、それ以外にも隠している固有技がある。それは執行官たちが使うような超能力と似たようなもので、人工血液を飲んだためにその力も戻って来ていた。

「どうした。とっとと殺して欲しいか。早く本気を出したほうが良いんじゃないか?」

 百手巨人ヘカトンケイルの両眼が光り、突如世界が反転した。いつの間にか、体に拳を叩き込まれて、空を飛んでいた。燃える監獄の上空でやっと静止でき、百手巨人ヘカトンケイルがいた方向を見るといなかった。

 空が黒くなった。

 上を見ると、両足を合わせて百手巨人が落ちてきた。

 翼を動かし避けると、瞬時に巨人が落ち、両手を合わせて、地面に叩きつけられた。


 ……早すぎる。

 今までの速度とは段違いだった。あの巨体が眼にも止まらぬ速さになれば、その脅威も段違いの物となる。

 大丈夫ですか。

 まだまだ平気よ、ジョン。

 俺は同じような経験をしたことがあります。前世の特殊部隊がよく使っていた加速装置アクセラレーターと似ている気がします。

 なるほど、そういうことか。

 肉体の速さだけではなく、脳の活動も同時に加速させるので、とても厄介な能力です。そのため、罠にはめるということもなかなか難しいので、足を止めて勝負した方がいいのでは?

 ……それ、採用。

 あっ、来ますよ。


 私は四足で走り、燃え上がる監獄を疾走して、私と吸血鬼たちが封印されていた塔に逃げ込んだ。吸血鬼たちが被っていた皮を作るために、人間たちの皮を剥いだのは私たちが逃げる前だろう。ということは、人間の死体があるはずだった。

 私の固有技は、人間の体を自由自在に操ることだ。

 塔が揺さぶられるなか、階段を駆け上り、一つずつ部屋を覗いた。

 あった。

 オセロの部屋に死体が積み重なっていた。私が到着して死体に手をかけると同時に塔が崩壊した。百手巨人ヘカトンケイルの怒声と共に、石造りの塔は砂の楼閣のように容易く壊れてしまった。


「ほう、そんな力があったか」

 私は人間の肉を壁に、体の回りに球体状に展開して、塔の崩壊から身を守った。肉は私の腕に定着して、百手巨人の腕のように長く太かった。

「一本だけで勝てるとでも?」

 肉の腕は百手巨人の腕を数十合防いだ。百手巨人ヘカトンケイルは加速せずに余裕を持って攻撃してきたが、こう着状態を打ち砕くために神速の攻撃をしてきた。

 それを待っていた。

 私の足元から秘かに伸びていた肉は、地面を通って巨人の足を掴んでいた。神速の攻撃が私の左肩から右脇腹に裂傷を与えたが、百手巨人を加速させたまま転倒させることができた。掴んでしまえば、こちらの物だった。怨念こもる肉を切り離して、巨人の腕と腕を結びつけ、足と足を結びつけ、完全に捕縛した。巨人の力ならすぐに千切ることはできるだろうが、その『すぐに』の時間があれば十分だった。

 私は走って、巨人の股間を踏んで飛び、額に着地した。

「ばいばい、デカブツ。あっけない最後だったな」

 私は両足を踏ん張って、額に拳を何度も叩き付けた。頭蓋骨は岩盤を打ち砕くような音をたてて、みるみるうちに額は陥没していった。

「壊れろ壊れ壊れろ……ううううUuuurarararaaaaaaaaaaaaaaa!」

 骨を砕き終えて、裂け目に手を入れて、両側に裂いた。

 そこには脳は無く、白濁した液体も無かった。眼を凝らしてみると、後頭部側の頭蓋骨に穴が開いていた。

 負けると分かって、百手巨人から逃れたようだ。

「そういう逃げ方もあるのか」

 私は百手巨人の首の動脈を斬り、手と足の腱を切り、百手巨人は捨て置くことにした。翼を広げて、ハロハルハラとナユキたちの元へ戻ると、予想に反してナユキは善戦したようだ。煙幕のような物が戦場にあふれていて、私がナユキの横に立つと私の体を見て驚いたようだ。

「執行官は退けたか」

「は、はい」

「よくやった。良い娘だ」

 私は雪原に膝を立てて、ナユキと同じ目線の高さにして、唇を重ねて舌を交わした。さすがの変態も真っ赤になった。

「私の体はジョンと同じだ。まあ、ご褒美というヤツだ」

 私は体を元に戻そうとした。

 だが、オセロが私の所まで駆けてきて、土下座をした。

「待ってください。お約束をお守りください」

「約束? お父様に会うということか」

「そうです。これを」

 オセロが皮の下から差し出したのは、魔女が描く魔法陣のようなものだった。

「なんだこれは?」

「離魂の術でございます」

「離婚?」

「これを体に刻み込めば……プレスターの体から貴方様の魂を抜き取ることができます」

 私は驚愕の後に、歓喜した。

 今まで諦めていたことだ。

 私をジョンから抽出することが可能なら、私たちは再び肉体を交えることができる。

 それは喉から手が出るほど欲しかった。

 なぜなら、私が唯一本当に愛したのは、この体の持ち主だからだ。

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