第64話 天命
篭城している間に鍛え抜いた馬たちが役に立った。土壁での攻防も塀の数で負けて押し切られそうだったため、俺は逃亡用の馬をエルフとドワーフに優先して売り払い、逃げる準備を推し進めていた。馬の持ち主に馬用の草鞋を作らせて、歩行する労力を減らすように心がけさせた。エルフとドワーフに馬が行き渡ったので、あまった馬は頭のマシな屍人たちに売ったが、屍人の大半に馬は行き渡らなかった。
俺たちは半分が騎兵、半分が歩兵の混成軍となった。騎兵は騎兵のみで行動するのが常道だけど、近代日本の騎馬隊の創始者の一人である秋山好古は歩兵に騎馬を補佐させていた。決して邪道ではなかった。
俺とハロハルハラは売り払った金を秘かに水脈に隠して、水蛇と交渉を行った。
「嫌だ。俺の家を壊すな」
水脈が唯一の家である水蛇は渋っていた。
「まあ、全壊ではないから」
「そういう問題ではない」
お堅い水蛇だ。
水脈広いじゃん。
広いなら、壊れてもいいじゃん。
「まあ、干し肉でも食いなさい、あらあらお腹減っているのか? だったら、持ち運べない食料をいっぱい置いて行くから、お前の家を爆破させてくれよ。それに、持っていけない金銀を置いて行くから守っていてくれよ。ついだよ。つ、い、で。後々、戻ってきて、ここから脱出させてあげるからさ。ねっ?」
「……別の場所へ運んでくれるのか? それなら、良いかな」
いつになるか分かんないけどね。
「なあ、頼むよ。お前の家を木っ端微塵にさせてくれよ」
「だんだん、表現が過激になっていくのが気になるんだが」
なあに、気のせいだ。
「頼むよ。大事なことなんだ。だから、お前の家を根こそぎ地平線の彼方まで吹き飛ばさせてくれよ」
「やっぱり過激になっている!」
俺たちは長い交渉の末、水蛇に金銀の管理と、爆破する許可を貰った。
早速、火薬の原料を詰めた瓶を持って、水脈を移動して、次々に爆弾の調合と導火線の設置をした。爆破役は死ぬかもしれないので、誰にするか迷っていたら、吸血鬼のオセロが役を買って出てくれた。
「任してくれ。最後くらいは手伝うよ。その代わりに――」
塔の吸血鬼たちを解放してくれとのことだった。
「吸血鬼たちに手伝ってもらえば、同時爆破も可能だ」
「それくらいなら、手伝える」
吸血鬼の尊厳の高さは人一倍だ。だからこそ、この戦争に参加していないし、俺たちも期待していなかった。自分たちより格下だと思っている生物と一緒に行動するのは嫌だそうだ。それはおかしいと思うが、そういう狂った連中がいるのが世界だった。
「一兆の命に一兆の世界、他人は全て狂気持ちなり」
前世でも思ったことだが、今世でも同じ事を思うとは……。
どこもかしこも変わらんものだ。
「では、頼む」
「まかせろ」
俺はオセロの眼を見て頷いた。
俺は吸血鬼たちの封印を解除して、全員で手分けして指定の位置に爆弾を置いていった。適当に置くのではなく、俺は考えながら設置した。目的は監獄の南側を陥没させるということだが、俺たちが逃げる方向も南側だ。
「馬の通る道を残して爆破する」
道の半分を爆破して、残りの半分を逃げ道とする。そうなると、敵兵も完全に無効化することができないので、馬の突進で蹴散らすことになる。逃げ道が狭すぎては逃げづらいが、逃げ道が広すぎては突進で押し切れなくなってしまう。地下にいながら地上がどうなっているか思い出しながら、俺は確実に設置した。
最後に、爆発は上と真横に行きやすいので、土のうを作って囲んで力の向きを制御して、万が一にも湿気ないように細心の注意を払い、あまった木炭で置いて湿気取りとした。
そして、決行の時間となった。囚人たちはそれぞれ荷物を持っているが、俺とハロハルハラは戦争と逃走に必要なものだけをもって馬に乗っていた。俺の馬は栗毛で、最初は駄馬だったが、日に日に成長していって名馬となった。
「いまから、全軍突撃を行う。立ちはだかる者は皆殺しに、あとは一目散に南だ」
俺は大きな扉を開門させて、監獄の壁と土壁の間に兵を散開させた。土壁の西側の部分だけは兵に近寄らせずに、俺とハロハルハラは単騎で西側の土壁に馬首を向けた。そこには大量の火薬が積まれており、長く導火線が伸びていた。
「敵の正面に全軍突撃による撤退戦。古今まれに見る蛮勇と言われるだろうな」
俺は笑っていたようで、その不気味な笑みに不思議と勇気付けられたそうだ。
「火をつけろ」
導火線に火がつき、爆弾に吸込まれていった。爆音が合図だ。その合図と共に、吸血鬼たちは水脈で爆破工作を行い、ナユキたちは山から敵軍になだれ込み俺たちに合流、そして監獄には火が上がる。
土壁は大量の爆弾により穴が穿たれた。
囚人たちは監獄が燃え上がるのを唖然としながら振り返った。
「我々には帰り場所は無い。安息の地はただ正面にのみある」
俺は馬を走らせて、土壁の穴から突進して、手当たり次第に人間を切り倒した。俺が外に出るのと同時に、俺の左側の大地が爆音を起こして陥没した。土が水と化したように、泥沼と化して、次々と人間が埋まって行った。
逃走経路は馬が三頭並べたらいっぱいになるくらいに狭くて、予想以上に破壊してしまった。発奮したのはハロハルハラで次々に槍で人間を屠った。
「矢、次に爆弾」
歩兵たちは矢を掃射して、足をとられている人間たちを射殺した。石灰を混ぜた爆弾も何個も投げて、死なないが完全に無効化とした。敵兵の半分が水脈の罠にかかり、残りの半数は混乱していた。
「いないのか」
皇子がいれば混乱した兵士たちをまとめて、俺たちを迎撃しただろう。俺たちは爆破地帯を通り抜けて、後方で混乱していた兵士たちを蹴散らし始めた。
「功名を得ようとするな、立ちはだかる者だけを殺せ」
ナユキたちも合流して、相手の食料庫と火薬庫を今度こそ破壊した。これで敵を全滅させなくても、俺たちと再び戦争を起こすことはできないだろう。俺はハロハルハラに先頭を任せて、ナユキたちの元へ行った。
「皇子は?」
「あそこに」
指差した先を向くと、ぬかるんだ場所で皇子は流氷のようなものに乗っていた。運が良い男だ。怪我一つ無く、体すら濡らさなかったようだ。突然の出来事に反撃の指揮は取れなかったようだが、大声を出して指示を出し気持ちを落ち着かせようとしていた。
「殺しますか?」
「おい、ナユキ」
俺は皇子に馬首を向けた。
「神を試してみるか?」
「何をするんですか」
俺は単騎で走り、皇子目掛けて全速力でかけて抜刀した。
神を試すことはしてはいけない。だが、神に愛された男が殺されようとするなら、神はいったいどうするのだろうか、それを試してやろうと言うのだ。
泥濘の中、俺は浮いた氷を足場に突進した。
足元悪し、だが馬の体重を剣に乗せることは可能だ。
皇子は俺に気付いて、守ろうとする女を腕で退けた。
女に守られていた男のする行動ではなかった。
「来いよ。俺の運命を試してやる」
「良い度胸だ!」
馬を跳ばせて、俺は上から剣を振り下ろした。
皇子は腰が引けながらも剣を、俺の剣に叩きつけてきた。
剣はぶつかり合い、お互いの剣が砕けた。
まだだ……。
まだ、終わっていない!
俺は砕けた剣を皇子の頭上に叩き付けた。
皇子の命を救ったのは、瞬時に頭を横にかわしたからだ。だが、その後が不可解だった。運命が皇子に微笑んだのだろう。俺の剣は皇子の肩の肉を切断したが、骨に当たった途端に剣は再び砕けて、鉄塊に当たったような衝撃だった。俺の手から剣が飛んで行き、泥の中に沈んでいった。
「はははっ、やはり駄目か! 参った! はははっ!」
運命が皇子を殺さないのだろう、俺は思わず笑ってしまった。
反撃はその直後から来た。泥に埋まりながらも、女たちは攻撃してきたので、俺は一目散に逃げた。
「よし、逃げるぞ」
俺はナユキの所まで戻り、手を掴んで後ろに乗せた。
「……あれは」
ナユキは生唾を飲み、南を指差した。囚人たちの軍隊の向こう側に、何か大きな物があった。一見して、それは大きな顔に見えた。月が闇夜に浮かぶように、顔が空に浮いていた。
「なんだ、あれは?」
「もしかして、巨人では」
ナユキの一言に合点がついた。
なるほど。確かに巨人だ。




