第62話 好色
食料輸送隊から強奪した馬が足かせとなっていた。とかく馬は食う。囚人たちの食料を確保するのも一苦労しているので、囚人たちからは殺して肉にする案がでた。俺はそれを無視して、馬の食事を用意して生かして、時間を見て責め抜いて駄馬から軍用馬へと成長させていた。
「馬が好きなんですね」
「ああ」
俺は前世でも騎馬隊を率いていたことがある。騎馬の扱いは天才でしか扱えないが、それに迫らないまでも俺と馬の愛称は昔から良かった。科学が発展してから馬の存在は薄くなったが、俺が馬を愛しているのには変わりは無かった。
そのうちに馬が好きな連中が集まり、馬を責めて訓練を重ねることができた。攻防は絶え間なく続いているが、同じことの繰り返しで、敵軍は防御設備の突破に苦戦していた。こちらは疲労しなくていいが、とにかく飽きてきたので、馬の訓練はいい暇つぶしになっていた。
同じような日々が過ぎて、俺たちは相手の陣容を知ることができた。相手の大将は若き軍人で、配下の者たちを操り、隅々まで指示をしている優秀そうな男だった。
双眼鏡で顔を見たときに、その顔に見覚えがあると思った。すぐに見当がついた。捕虜にしていた老兵とそっくりだった。おそらく親族なのだろう。老兵は優秀そうだったので幽閉したままにしているが、交渉する時にコマとして使えそうだ。
そして、もう一つ重要なことがあった。その若き軍人は事実上のトップだが、表向きのトップがいた。
「帝王の長男がいるって?」
俺はナユキに連絡は不要と言っていたが、ヴィトが首に手紙を結びつけて、監獄まで戻ってきた。俺は鶏肉を与えて、手紙の内容を熟読した。手紙には文字だけではなく、紋章がかかれており、敵軍の旗に同じ物があると告げていた。次の日の朝に確認してみると、たしかにその紋章はあった。ナユキは帝国の軍事関係に明るくて、傭兵の服装のデザインもナユキから教えてもらっていた。だから、間違いないだろう。
「帝王の長男は無能なのか?」
「それはナユキに聞いたほうが早いのでは?」
ハロハルハラが言ったが、ナユキに聞くまでも無いだろう。この辺境に派遣されて部下に全てを任せていて、現状を全く打開できていなかった。それは無能以外の何物でも無かった。たしかに上に立つものには能力よりも器量が必要だが、小規模な戦闘において全く動かないと言うのは、やはり無能にしか思えなかった。
「どうするか」
傭兵のフリをして潜入する準備は整っていた。戦いぶりから若い軍人を捕まえて、暗殺もしくは捕獲をしようと思っていたのだが、それよりも大物がでてきた。
狙うか……。
いや、むしろ手を出さないほうが良いだろう。
阿呆と言えど、帝王の息子に手を出したとなると、後々の外聞が悪くなる。
突如、怒声が響いてきた。
壁の外を見ると、防御設備の一部が突破されていた。スティムルスと落とし穴は一点突破されて、土や雪で道を作られてしまった。現在は土壁での交戦に移っており、弓矢や火槍を使って相手を押し返していた。
火槍とは槍に火薬を入れた筒をつけたもので、着火することで火炎放射をすることができる。
相手は梯子を使って昇ろうとするが、ほとんどは押し返している。
数回、煙が舞い上がった。俺の手製の爆弾だ。殺傷能力はほとんど無いが、石灰をふんだんに入れており爆発したら相手の眼を潰す。火槍も石灰爆弾も原始的な火薬兵器だが、簡単に作れて効果があるので山ほど作っていた。
今回も相手の攻撃をしのぎ切った。
攻防が続いたある日、若い軍人から矢文が届いた。
「人質交換をしたいだと」
戦闘が長引いてきて、こちらの囚人も何人か捕まえられていた。文面を見ると、あの老兵と交換したいという申し入れだった。
「どうしますか?」
「交換はしないが、すると思わせておくか」
俺は水脈を潜り、水蛇の力を借りて地上へと出た。ナユキたち別働隊と合流して、傭兵の服装に着替えた。ナユキは若い軍人と幾度か手紙のやり取りをして、近隣の村からの傭兵と騙っていた。俺たちはスンナリと受け入れられた。
それが人質交換の前日だ。
俺は皇帝の馬鹿息子を見学することにした。真夜中、陣の端に設営されたテントから息を殺して出ると、俺が動くのに気付いたナユキが一緒に同行した。さすがに警護が厳しいので、俺は聞き耳をたてていると、荒い息遣いが聞こえてきた。警備兵は平然としているが、何人もの女が出入していた。女は桃色の頬をして、愛おしそうに腹を撫でていた。
「荒淫か。色呆けは悪だな」
「悪ですか?」
「過剰なものは全て悪となるか、そう見える。外聞を気にするなら、過剰は止めたほうが懸命だ」
二人でしばらく観察していたが、まるで軍事に興味が無いようで、女たちが出入するだけだった。
「何歳って?」
「成人して間もないかと」
問題にならないな。
俺はテントへ戻り、起きたまま朝を迎えた。
次の日の夕刻まで、陣容の観察、食料品の置き場、火薬の置き場まで把握できた。俺たちは火事を起こすことにして、自分たちのテントに瓶につめて持ってきた火薬を設置して、同時に火を熾して混乱させることにした。
合図は人質交換が完了した時だ。
だが、その計画は破られることになった。
ナユキたちを散らばして、俺は人質交換の場にいた。その時、俺はある男から声をかけられた。
「最近の服の意匠は変わったのか?」
皇帝の長男――馬鹿息子が白馬から俺を見下ろしていた。
「青の染料が違うぞ」
いつの間にか、銃口を向けられていた。俺は避けるよりも先に、頭と心臓の前を腕で防御した。だが、放たれた弾丸は俺の足元の雪に埋まった。
周りが一斉にこちらを向いた。
「うん? 当たらんな」
俺は呆気に取られたが、反撃するために飛びかかった。不意を突かれたが、武芸には秀でていない、軽く潰してしまえる。だが、俺は空中で蹴り落とされた。馬鹿息子の周りには、夜伽していた女たちが軽武装で俺を睨みつけていた。
「若様に何をするか!」
……これは一息では殺せないな。
次の瞬間、後方で爆発が起こり、粉塵と灰色の煙を上げた。人質交換は完全に済んでいた。すでに火計の時は来ていた。ナユキたちは再び山に隠れるが、俺は監獄まで戻らなければならない、計画では俺の正体はバレ無いはずだったので、同じように山に隠れて水脈を通って戻ろうと思っていた。
俺はとっさに人質をとることにした。
俺は目の前の馬鹿息子から離れて、人質交換を見守り、爆発に呆気にとられていた若き軍人に背中から飛びかかり、馬から地面に叩きつけて背中に回りこみ首に剣をあてた。
「動くんじゃあない」
俺は若き軍人を盾にして後ずさりした。
老兵は呆気にとられていて、立場が逆転した若き軍人を眼を点にして見ていた。
土壁の所まで退くまでに、若き軍人は何度も「撃て!」と叫んだ。だが彼の配下はそんなことをできるはずも無く、俺のなすがままになっていた。
「おのれ……この屈辱は忘れん」
俺は一蓮托生になった若き軍人の悔しがる声を聞けて嬉しかった。
土壁に背がつき、俺は飛び上がって、最後の逃走をしようとした。
銃声が空に響き、土壁に銃弾がめり込んだ。
「どうした。皆の者。何故撃たないのだ」
銃が不得意な馬鹿息子が撃った銃が合図に、俺たちは一斉射撃された。俺は被弾しながらも飛び上がって、木の杭を越して逃げた。若き軍人は銃弾にさらされたが、配下の者たちはわざと外して撃ったので死ぬことは無かった。
だが、銃弾にさらされて思わず漏らしたそうだ。
その胆力の無さが彼の運命を決めた。
驚いたのは次の日の朝だ。
若き軍人は首を切られて、槍に突き刺してさらされていた。
「恥をさらしたから、殺したのか?」
俺は遠目に見えた皇帝の長男を見た。
その顔は青空のように晴々としていた。容姿は商人の若旦那のような優男、女色に溺れ、銃の扱いもままならぬ、一見して無能に見えたが、もしかしたら勘違いかも知れなかった。
一人を殺した帝国軍は、見違えるように強くなっていた。




