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第60話 淫夢

 肉置ししおきの良い女だった。真紅の髪は太陽のように輝き、口唇から春の匂いが漂う。滑肌ぬめはだを合わせると、肌が潤滑して、奥底まで埋没した。

「プーちゃん……」

 夢の相手は、大人になったレッドだった。

 その瞬間、パチリと眼が覚めた。

 俺は掛け布団を井戸水で洗い流して、寒空のなか体も洗浄させた。木炭を作る場所で体を温めながら、煙草を吸い、紫煙を空まで飛ばして、水気が熱で飛ぶのを待った。

「風邪ひきますよ」

 ハロハルハラが俺を見て、干してある掛け布団を見た。

「こんな寒いときに布団なんて干して、どうしたんですか?」

「むせー」

 俺が遠い眼をしていると、ハロハルハラは口元を隠して笑い始めた。いつまで経っても笑っているので、飛び蹴りして地面に転がしてやった。

「ひひひっ、何百年も生きている吸血鬼が夢精なんて」

「体は十六歳だ。俺の下半身は童貞青年なのだよ」

「体が子どもなんなら、煙草も止めた方がいいですよ」

「俺は食の幅が狭いんだから、このくらいの嗜好品勘弁してくれよ」

 プカプカと煙を吹いた。

「ふふふっ、むせー」

 俺は石を投げつけて、ハロハルハラを追い払った。ハロハルハラの気持ちは分かる。俺も他人だったら、笑って馬鹿にする。それに俺の内側にいる祖も笑っていた。久し振りに出てきたと思ったら、祖は俺のムセーを目撃して、腹を抱えて笑っていた。

 あんまり笑わないでくださいよ。

 いやぁ、すまないね。おかしくて。

 女性にはそういう経験が無いから笑えるんですよ。

 ……あるよ。

「ええっ! 嘘」

 どんな感じで? と聞くと、祖は笑いながら黙ってしまった。


 さて、この監獄では実は給金を払っていた。監獄で保管されていた金銀も、発掘している金銀も俺が掌握している。普通の軍隊なら全ての金を俺が牛耳って、食料だけを食わせるだけでも従わせることができるはずだが、ここにいるのは混成軍で、いつでも崩壊できる泥舟だ。

 泥舟でも補強すれば使うことは出来る。

 後々でも使うことのできる金や銀を給料として払い、俺は食料を買わせていた。これで何が起きたかと言うと、囚人間で金銭のやり取りが起きた。賭け事も、物の売買も起きて、他者から金を奪い稼ごうとする連中が現れた。ドワーフたちは時間を見て武器や防具の製造などの鍛冶を始めて、設備の整備、売買し始めて、小金を稼ごうとした。エルフたちも負けておらず、魔法の護符や、雪を掘り起こして薬草などを集めて、商売を始めた。屍人たちは消費者となり、金銀を奪われ続けたが、監獄内は活気に溢れた。

「俺がただ指示するよりも、活気は溢れただろ?」

「……ムセー」

「まだ言ってんのか! ハロ!」

 大きなタンコブがハロハルハラの頭に浮かび上がってきた。

「痛いですよ。プレスター様」

「痛いように殴ったからな」

 俺は殴った後に、内職に取り掛かった。裁縫道具を使って、強奪した服をバラして、新しい服を縫い合わせていた。同じ服を十着つくるつもりだ。

「君も手伝いなさい」

「……これは何を作ろうとしているんですか」

「手紙を二通出したのを覚えているか?」

 その一通はすでに効果を発揮して、食料を大量に確保することができた。

「そういえば……誰に手紙を出したんですか?」

「冒険者ギルド」

「ムキーッ!」

 ハロハルハラは前回死んだ時、冒険者ギルドのせいで死んだ。

「あいつらに何のようなんですか! あいつらなんてそびえ立つ糞より糞ですよ」

「よ、う、へ、い。だよ」

 冒険者ギルドは雑多なものまで仲介役をしていた。傭兵もその一つで、常備軍が足りなければ、傭兵を頼むのは当然のことだ。

「手出しするなと、金を渡してお願いした」

 ハロハルハラは唖然としていた。

「俺たちはこれから南の都市の常備軍と戦うが、おそらく防衛にも、従軍にも傭兵を頼むはずだ。防衛したときは、俺たちには絶対に手を出すなと言っておいた。その代わりに、俺たちも南の都市を略奪しない約束だ。そして従軍……これは山賊に妨害されて行けない事にしろと言った。金はかかったが、相手は兵を損耗しなくて金が貰えるんだ。悪い条件では無いだろ?」

「それと服に何の関係が?」

「俺も含めてだが、ナユキたちに服を着させて、傭兵のフリをして内部に入り込む……もしかしたら、傭兵の従軍は頼んでいないかも知れないから、村の連中に雇われたと言うことにしよう。略奪された腹いせに……とね。やつらだって食料は現地調達をするはずだから、村が襲われているのは分かるはずだ。そう簡単には、バレないよ」

 俺は煙草に火をつけて、深々と吸った。味はしないが心は落ち着いた。

「どうだ。悪くは無いだろ?」

「……プレスター様が、ナユキたちと一緒に行くのは反対です。プレスター様もこちらの大将なのですから、何かあったら……」

「作戦が失敗することはあっても、俺は絶対に死ぬことは無い」

 教団の執行官さえ来なければな……。

「しかし、蛮勇は」

「会社と同じだ。社長の趣味に、部下たちは迎合して、趣味を合わせてくる。下は上のやることを見ている。今回の戦いで必要なのは、一人ひとりの蛮勇だ。そして、俺を英雄と錯覚させることだ。俺が命の危険をさらして、運命の勝者と思わせるほどに強さを見せつける。それが必要だ」

 下の人間とは上司に神がかり的な能力を求めるものだ。

「では、私も」

「ハロは人間に見えないから、監獄の防御を頼むことになる」

「不安です……」

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だ」

 肉体が変わって性格も少し変わったが、素直なところは全く変わっていなかった。


 俺たちは城壁の上に立ち、遠くから蒸気が沸き立つように軍隊がやってくるのを見ていた。思った以上に兵隊は多くて、三千ほどの兵士と、大砲を運んで来ていた。

「大砲か」

 監獄の壁は城壁ではない、大砲を防ぐには厚さは足りないし、基礎の深さも足りない、何発か食らえば崩壊するだろう。だからこそ、南側に距離を保つために防御設備を整えた。

「さて……戦いを始めようか」

 俺は金刺繍を施したマントを着て、部屋を出た。

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