第58話 和
一人、二人……足りない、を捕縛した数をかぞえて、書類に書かれていた人数と照らし合わせてみたが、二人足りなかった。三回数えてみたが、やはり足りなかった。俺はもう一度監獄を歩き回り、抵抗して殺した連中の頭数を数えてみたが、やはり足りなかった。
いない――逃げられた。
もしくは……、
「食ったか?」
「屍人たちにも確認してみましたが、それはあり得ません」
俺達は壁にのぼり、眼を凝らして見た。だが、外に出たような足跡は無かった。外は雪で包まれており、道を歩いたとしても南側の道に足跡が残るはずだ。あるのは昨日の手紙を運んだ馬車の車輪の跡だけだった。
「私が見てきます」
「頼んだぞ」
ハロハルハラは看守たちの塔からスキー板とスティックを持ってきて、壁から飛び降りた。新雪が綿のように舞い上がり、ハロハルハラはスキーを巧みに使って南へ向けて滑っていった。
「うひー! たのしいー!」
「……大丈夫か、アイツ」
ハロハルハラは超高速で姿を消した。
俺は屍人の監獄の集会所に全員を集めた。それぞれを整列させたが、屍人達よりもエルフとドワーフの方が言うことを聞かなかった。曰く、お前たちに頭を下げる理由が無い。なるほど、たしかに俺は勝手に反乱して、勝手にお前たちを解放した。その延長線上に支配を容認する理屈は無いと言うことだ。だが色々言葉を重ねても結局はこれにつきる。要は下等生物の従うのが嫌だ、ということだ。
「夏になれば我々は殺される運命にある」
俺が適当に創作した物語を再び語った。
「そして、生き延びるためには南の都市を越えなければならない、それを越えるまでお互い協力しないか? という簡単なことだ」
それぞれが発言をしているので、俺はエルフとドワーフの代表者を決めるように言った。それだけでも争いが起きて、傾き始めた太陽が落ちた。すると、吸血鬼オセロがやって来て、俺に耳打ちした。
「どういう感じだ?」
オセロの見た目は女だが、中身は男だ。声も太くて、心地よい低音だ。
「良くないな。それにそれぞれ所属している部族が違うようだ」
話がまとまらず、屍人たちが飽いて、床で寝始めていた。
「力で支配すれば良い」
「道徳、法律、思想、暴力……色々な支配方法はあるけど、力だけでは従わせることはできないよ」
「ふむ……なるほどね」
オセロはそう言うと、俺が勧めたチーズを食べながら、椅子に座って成り行きを見た。
全員が納得していないが、結論は明らかだった。事が成就するまでは従う。だが心は支配することはできない、従うといって必死になることは絶対にない、生きている者は自分だけは生き残れると確信していて、それが理屈に合わなくても生き残れると信じきっている。
ここは死地だが、精神的に死地ではない。
それを自覚させるのが、俺の最初の仕事になりそうだ。
「まずは、鉱山の採掘を優先する」
ざわついたが、俺は怒鳴った。
「聞け!」
俺の一喝に、静まりかえった。
「金と銀も以前と同じように採掘するが、優先するのは黄鉄鉱の採掘だ。屍人の半数と、ドワーフの半数はこれにあたってくれ。次に木の伐採と、食料の確保だ。これはエルフが担当だ。次に残りのドワーフと屍人たちは監獄南側の守備設備の設営だ。さらに硝石の確保は……」
俺は火薬をつくるためにそれぞれを班分けして、指示系統を明確にして、事細かに指示を出して、調理担当や警備担当なども指定した。
「我々の法律も後々決めるが、最初にこれだけは言っておく……『和を以て貴しとなす』、これを念頭において動いてくれ。我々は敵同士ではなく、生き延びるために手を取り合うのだ。和を乱すものは全て悪である。悪は排除されなければ、目的を達成することはできない。くれぐれもよろしく頼む」
すると、俺に矛先が向いた。お前は何で偉そうにしているんだ。お前には何の権利があって俺たちを支配しようとしているんだ。
「俺は、三か月分の食料をもうすぐ用意する。それをどう分配するかは俺の勝手だが?」
騒ぎはやがて治まった。
ハロハルハラが戻ってきたのが、次の日の朝だった。
「逃げた連中は、魅了にかかったままでした」
「そうか」
ナユキが窓を開けたときに、全員を闘い合わせたが目的は別にあったようだ。どうにか助けを呼ぼうとして、ばれないように操ったのだろう。
「殺しましたが、残念ながら……見られました」
「誰に?」
「旅の商人たちに」
「仕方ないな」
「すみません。一人、二人なら殺してもいいんですが、随分と大勢だったので」
「気にするな。そう簡単に、監獄に異常があったなんてバレ無いさ」
屍人が人間を殺すなんて良くあることだ。
「どこへ行くんですか?」
「ナユキだ」
ナユキは変態だが頭が回る、やはり欲しい人材だった。
俺は幽閉しているナユキと面会した。全身を銀の鎖で縛って塔の基礎に楔を打って止めていた。俺は猿轡を外して、面と向って顔を突き合わせていた。
「二人は殺したぞ」
「よく、わかったな」
俺はナユキの鎖を外してあげた。
「俺の仲間にならないか。それとも人間に何か借りがあるのか?」
ナユキは凝り固まった体を、ゆっくりと動かしてほぐしていった。
「かりはない、だけどここは、わたしのちからでえたばしょだ」
ナユキは服を両手で掴んで、左右に引き裂いた。背中を引き裂いてみたので、ツギハギだらけのフランケンシュタインなのは分かっていた。幼女の体は糸で繋ぎあわされていて、特異な技を発せられる体とは思えなかった。
だが、服が陰部まで裂けると絶句してしまった。
酷い有様だった。
「私はこれで成り上がった。この地位は、私に注がれたもので築き上げられている」
破滅的な表情で、俺に怒りを向けていた。
「私の生を否定しないでくれ」
何ともいえない闇の深さだった。俺は持ってきた食事をナユキの前に置いた。
「場所なら俺が作ってやるよ」
「お前が?」
「ああ、俺は国を作るつもりだ」
「……国?」
「こんな場所より、良い所を用意してやるぞ」
俺は髪を撫でて、鍵をかけずに外へ出た。




