第57話 怪物
「わたしのなまえは、ナユキ・ユハタだ」
ナユキは生足を交差させて、部下たちに舌で舐めさせていた。唾液が柔肌を濡らして、水を舌で舐めるようにピチャピチャと音をたてている。椅子から勢いをつけて飛び下りて、部屋を横切って窓際まで歩いた。唾液の足跡と濡れた音が卑猥だった。
「プレスター・ヴォルデンブルグだ」
「なるほど」ナユキは窓を開け放った。「きゅうけつきのとうの、さいじょうかいのおとこか。すうねんまえにかおをみたが、ずいぶんとおとこまえになったものだ」
俺はナユキが窓の外へ魅了を放つ物だと思っていたので、そのままにして置いた。どうやって匂いを放つか興味深かったからだ。
「早くしろよ」
「なに、すこしだけでもはなそう」
窓から風が入りナユキの髪をなびかせた。美少女の領域が目に見えるとしたら、目の前の少女はさらに上の領域に位置していた。中国の言葉で言うなら傾国、国が傾くほどの美しさだった。人生経験豊かな俺でもなかなかお眼にかかれる美しさではなかった。人間は外見の美しさが内面まで影響していると錯覚するが、俺は違う。俺が欲しいのは、一息で何百人も操った魅了の技だ。
「どうやってかねをうばい、どういうもくてきなんだ」
「手紙を細工してもらった。そのヴィトにも手伝ってもらった」
目的は言わない。
狼のヴィトは目が点になり、合点がついたのか小さく唸った。
「まさか、あれが……」
「ヴィト。何をした」
「……手紙を交換した」
「何故?」
「日付が新しかったから」
「駄犬が」
ヴィトの戦意は目に見えて衰えた。
「目的は俺の仲間になったら教えてやる」
「仲間? ああ、さっきの欲しいといったのは、私の体では無くて命のことか」
意外な反応だ。少し迷っている。
「お前の貧相な体で、俺は満足できないので」
ナユキは口を押さえて、笑いを堪えきれないようだ。
「ふふふっ、ここにいるれんちゅうは、ロリコンばかりでやりやすかったが、ぷれすたーはちがうようだな。さて、どうするか、まような」
ナユキは陰部に手を当て、吐息を漏らした。甘い香りが外へと舞い出て行った。
「興奮すると、匂いを放つのか」
「ばれた?」
外では生物が入り乱れて殺し合いを始めて、悲鳴と喜悦の声が入り混じっている。
「何が目的でこんな事をしたかは体に聞くことにしよう」
「やってみろ」
ナユキの手下が銃を向けて一斉に撃ってきた。肉を貫通されたが、重傷ではなかった。ヴィトは本棚の影に隠れて、ナユキは宙を跳んできた。
俺は試しに拳を打ち合わせてみたが、幼女の姿のわりにかなりの圧力だった。床に衝撃が伝わり、石が壊れる音が鳴った。
ナユキも意外だったようで、少し眼を細めた。
「つよい」
俺は壁を走って、天井を蹴り、予測のつかない軌道で飛び蹴りをした。腕で防御されて、ズボンを掴まれて、床に叩きつけられた。肺がビックリしたけど、ナユキの腕を掴むことはできた。下から腕を引っ張って床に倒して、横から圧し掛かるように腕を掴んだ。足で腕を挟むようにして、腕を引っ張った。
腕挫十字固めだ。
体が小さいから技をかけづらいが極めている。
「か、かんせつわざ?」
「おら、どうした」
関節技をしている間も、ナユキの取り巻きに鈍器のようなもので叩かれているが、俺にはまったく無意味だった。吸血鬼を倒すには超強大なダメージを一気にしないと意味が無い。
「うううっ……」
ナユキは俺を持ち上げて、壁に叩き付けた。
さすがに――痛い。
「いたい……ひどいよ」
「俺の頭も酷いことになっている」
ここまで力があるとは思わなかった。俺はナユキが不死者だと思っていたけど、どういった種族か分からなかった。だが、なんとなく分かったような気がする。
「……止めないか。お互い、地球から来たんだぞ」
「えっ!」
戦意に満ちていた顔が和らぎ、玩具を手にしたように喜色に満ちた。
「どうしてそれを?」
「ああ、お前の『小説家になろう大作戦ノート』を見た」
おまえこのやろー、小説パクんなよなー、と言おうとしたら、様子が変わった。
「あれを、読んだのか?」
ナユキの下にいる床がひび割れた。
「読んだけど」
『変身』をね。
「後ろもか?」
「後ろ? 読んでいないけど」
「……嘘をつくな」
……何か、黒歴史でも書いていたんですか?
「殺すっ!」
ナユキが体当たりしてきて、塔の石造の壁をぶち破り、外へと落ちた。俺はナユキの服を掴んで、空中で首を脇で締めて、頭を地面に叩き付けた。周りで乱闘していた連中も動きを止めて、俺たちの戦いを見始めた。
「あぶねぇなぁ!」
「殺す!」
腕を離して、勢いをつけて蹴り、壁に突撃させた。人間だったら死んでいるはずだが、ナユキは再び突撃してきた。正気を失った相手は弱い、土を掴んで投げつけて、スライディングして足を蟹バサミして倒した。ナユキは頭から地面に倒れたので、俺は背中側の服を掴んで左右に引き裂いた。
「うわっ! へんたい!」
肌に縫ったあとが生々しく残っていた。
予想通りだった。
ナユキは『フランケンシュタイン』だった。
「話を聞け、馬鹿」
尻も丸出しになったので、掌で神速で叩いてやった。
「いたーい!」
「魅了を止めたら、止めてやる」
「だれがやめるかっ!」
「言うことを、聞け!」
パチーン! と良い音が鳴った。
一発、二発、三発……何か叩いているうちに、甘い香りが漂い始めた。
「あっ、きもちいっ……」
た、楽しんでいる……。
「……きもい」
その後、変態は猿轡をして、人間たちと一緒に幽閉することにした。
「あれ? 子供所長を仲間にするじゃ」
ハロハルハラに言われたけど、
「そんなやついたかな」
俺はシラをきった。




