第53話 水蛇
俺の独房の窓から外を覗くと、屍人たちが列になって鉱山へ向かった。死んでいるので服すらない連中が多い中、比較的頭がしっかりしている奴等が色々と差配している。ハロハルハラもその中にいて、吼えるような言葉で細かく命令しているようだ。
ときどき屍人達の首もとが輝いた。全員に首輪がつけられており、遠目でよく見えないが魔法がかけられているのだろう。ハロハルハラもつけているが、昨日はつけていなかったので解除する方法を知っているのだろう。
魔法をかけられている推測は当たっていた。
看守の一人が手をかざして、動きが遅かった屍人を止めた。その屍人は左足が破損しており、手当てをしてあげれば普通に動けるはずだった。次の瞬間、屍人は木っ端微塵に消し飛んだ。酷い男だ。自分たちが相手に立場になったら――そういう想像力が無い連中の所業だ。
昼間はハロハルハラは動けないので、俺は鼠になって色んなところを探索して、監獄内の地理関係を把握した。俺がいる塔と一般監獄は、塔が西側、一般監獄が東側に位置しており、大きく壁が囲ってある。看守たちは壁に組み込まれた塔に壁の四隅に設置されていた。一般監獄は俺が侵入した他に三つあり、それぞれ屍人、エルフ、ドワーフが収監されており、地下水脈からは屍人の監獄しか入れなかった。これは屍人が優遇されているわけではなく、食堂や体育館みたいなのがあるからだそうだ。
他の監獄とは連携を取れないので、決起始めは屍人のみでやらなければならないのが辛いところだった。
日々、調べ続けて、探っていないところを思い出した。
水脈の中を探索していなかった。
俺は魚となり水脈へ飛び込んだ。ハロハルハラの言った通りに、保管庫として掘ったが途中で水没したので、思った以上に広かった。地上の地理関係を把握しておいたので、水脈が建物の下にあるのは一部分だけだと分かった。水脈は壁の外側まで伸びており、西から東へ広範囲で入り組んでおり、調査していると保管庫だけではなく居住地域として使っている形跡があった。土中は季節問わずに一定の温度に保たれるので、最初に開拓しにきた連中が掘って住んでいたのだろう。
しばらく調査していて、何度か空気がある場所を見つけた。そこにあがってみると、ひんやりとして気持ちよかった。腐朽した机と椅子があったが、朽ちていない木の扉があった。力任せに開くと酒が保管されていて、蒸留酒が山ほど積まれており、味を確かめてみると不味かったが、ジャガイモやトウモロコシの風味がしたのでウォッカ系統の酒だろう。俺は一瓶だけ持って、扉を閉めて、場所を移した。すると何かが動く気配がして、水が勢いよく動いて寒気がした。俺は別の空気溜まりに浮上して、同じように扉を見つけた。農機具や工具、少ないが武器や防具が入っていた。屍人に使わせれば人と戦うのに戦力になりそうだった。
再び気配がした。
俺は人型のまま、水へ飛び込み逃げる何かを追いかけた。地上とは勝手が違うので、最初は追いつけなかった。だが、相手がこちらに興味を示しているのはわかったので、水から離れて、何かが動くのを待った。何度も何かを見つけようとしたが、いつまで経っても現れなかった。俺は元の場所へ戻ろうとして、息継ぎ無しで潜水を続けた。何かが襲ってきて、俺を噛み付こうとした。息継ぎができない所で襲おうとしたようだが、俺はこれぐらいの我慢はできる。嚙みつかれたところを首に剣を回して、背筋を使って締め上げた。襲ってきたのは巨大な水蛇で反撃されたのに驚いて、急いで逃げ始めた。俺は水蛇の尻尾をつかんで追いすがった。水蛇は遠くまで逃げて、突き当りの空気溜まりで浮き上がった。
「俺を殺したいのか?」
水蛇は喋らなかったが、口をパクパクと動かして、変な音を出していた。しばらくすると、声が出てきた。人の言葉を思い出したようだ。
「殺さないでくれ」
「お前が先に殺しに来たんだろ」
「違うだろ。お前が最初に俺を追いかけた」
……そうだったな、水蛇は興味を示して俺を見ていただけだ。
「それは……悪かったな」
俺は水蛇と話しをした。
水蛇は開拓民に連れられて、ここに来たそうだけど、地下水の浸水により、ここに住み着くようになったそうだ。地下水脈は人間の手だけではなく、水蛇が掘った場所もあるそうで、水蛇も掘った場所を忘れてしまい規模が分からないそうだ。
「寂しくないのか?」
「寂しいが、別の場所に移れないんだ」
水が無いと生きることのできない水蛇にとって地下水は命の恵みだった。
「調べてみたら、壁の外部へも広がっていた」
「脱出するならうってつけですが」
夜にハロハルハラがやって来た。
「いや、これは逃げ道には使わない。使うとしても最後の手だ」
「あくまでも全員を救出して、配下に加える……ですか?」
「ああ……俺は時間を見て、水脈から見つけた物をこの部屋に持ってくる。どうせ、この部屋に入ってくるのは、食事係だけだしな。念のために、部屋の前にいる衛兵には邪視をつかっているから安全だし」
「決起と同時に看守と衛兵の武器も封じてしまえば、こちらの勝利ですね」
「ああ、ただ殺すなよ。人質にとって交渉材料に使うから」
「相手が交渉してきますか?」
「しないなら、それまでだ。だが、人間は食ってはいけない」
「それは、大丈夫ですか?」
ハロハルハラのように人を食っていなければ呪われなかった。人の代替え品として豚を食っているのだが、他の屍人にとっては人間が一番の食い物だ。
「屍人の食料は魔物の肉を与えられていますが、力は出ないようです。人を食えば、それだけ力が出るかと」
「いや……俺は人間が可愛そうで言っているわけじゃないんだ」
「というと?」
「今後、必ず人間と交渉する。もしくは対等に話をするようになる。その上で屍人たちは大きな足かせになるだろう。人は、人を食う生物と同等と思いたくないだろうからな」
「国を作るにしても……」
「周辺国に対等の扱いをしてもらえるようにしなければならない……ここから悪習を断っていきたいものだ」
俺の憂鬱な表情に、ハロハルハラは苦笑いをした。




