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第49話 姉妹

 俺と同い年であり、俺の母親でもあるシェリダンの表情を忘れることができない。表情がまったく動かず、俺がミナを殺すのを見ていて、死の光が消失すると、膝をついて涙を流していた。そして、バキッバキッと音が鳴った。シェリダンは歯を噛みしめて、口から歯を飛ばした。血が流れ落ち、首筋に筋肉が浮き上がった。白目が充血している。あまりにも力を入れすぎているからだ。ここまで怒り狂った人間を、俺は見たことがなかった。

「たった一人の妹を殺したな」

「彼女がそれを望んだ」

 早い――反射神経が俺を動かして、心臓に拳がめり込む前に、左腕を捨てた。肘が明後日の方向へ向いたが、シェリダンはそれでは止まらなかった。吸血鬼に重傷は存在しない、絶対死のみが有効打である。だが吸血鬼といえど、心臓と脳は弱点だ。両腕をへし折られながら、俺は頭と胸だけは防御して、ひたすら後退した。

 腕が千切られたので、筋繊維を噛んで、頭を振って腕で鉄槌をくだした。だが、シェリダンは痛みによって強くなる。中途半端の反撃は、相手の勢いを増すだけだった。

「待て……俺はミナの願いを聞いただけだ」

「知るか! 知るかっ! 知るかぁぁぁ!」

 と言いながら、俺は弓矢を使い至近距離で眼球を狙った。だが額に弾かれて、そのまま頭突きをされて気を失いそうになったがそんな暇は無かったので、腕を伸ばして服を掴んだ。至近距離で聖遺物をねじ込めば、こちらが必ず勝つ……だが身体能力の差がミルミルうちに広がっていった。シェリダンの嵐のような攻撃は自ら傷付くのも恐れない速度があった。一合打ち合ううちに、お互いの骨にヒビが入り、お互いの心臓が生命活動を停止させようとした。

「お前は吸血鬼だろ? なら、分からないのか? 不死者にとって血の繋がった者に対する愛は、そこらへんの人間どもとは違うんだ! お互いの苦しみを知る唯一の存在を殺したな。お前らとは違って、私たちは本体を壊されたら、死んでしまうんだぞ。何故、そんな事を……」

「彼女がそう望んだから」

「そんなものは一時の気の迷いだ。自殺衝動なんて……」

 そうかも知れない、だが彼女は選んだ。

 それを俺は認めてあげたかった。

 ミナも果てし無く強かったが、シェリダンも恐るべき強さだった。特にミナ戦後にシェリダンは俺には荷が重すぎた。拳を交えるだけでお互いの肉体が朽ちようとしているのに、相手は痛みをかてにして強くなっていく、こうなってしまえば俺に勝ち目はなくなる。勝つことはできないが、逃げることは充分にできる。

「俺たちは主義主張をして他人を従わせても良いが――心だけは自由だ」

「私が……無理に従わせたと言いたいのか?」

「違うのか?」

「愛する妹が自殺するために子どもを育てていたら、どうにか切り離して、救いたいと思うのがおかしいというのか?」

「さあね? 俺は答えを知らん」

 この世界に唯一の答えがあるなら、俺達は思考すらしていないだろう。

「私は、お前が嫌いだ。だから殺す」

「どうぞ、ご勝手に」

 俺は翼を生やして、逃走しようと思った。

「甘いぞ。私が何故ここに来たと思うんだ?」

 それはミナが言っていた。

 吸血鬼を封印するためだと。

 ……なぜ、この都市に?

「お前がこの小都市に来たのは、運命のなせる技かもしれないな」

 空中で何かにぶつかり、俺は押し戻されそうになった。反転して、都市を見下ろすと、路地が光り輝いていた。

「この都市は、とある術師が作ったものだ」

 東北から南西に貫くように不気味な力を感じた。南西には城壁の外に古い教会が建っており、城壁の中には真新しい教会、東北にも古い教会、そして東北には大きな槍のような山があった。

「鬼門封じ……」

 陰陽道にもとづく封じ方だ。平安京や江戸でも同じように、聖域を東北から南西へと設置していき、悪鬼調伏の祈祷を行ったとされている。だが、これだけでは完成ではないはずだ。俺が都市の外へ出られなくなっているが、力はまだまだ出せる。

「馬鹿が。今から最後の完成だ」

 ミナは指で指環をはじいた。

「それは――」

 馬鹿な……。

「聖母マリアの結婚指輪だ」

 十四世紀末、フランスのペリー公ジャンが所有していたとされる聖遺物の一つだ。だが、ここにそれがあるはずが無かった。聖書が作られたのは、地球だ。

「どうした? 何を怯えている」

「鬼門封じを完成させたら、お前だって酷い目に……」

「死にはしないさ……私には仲間がいるからな」

 シェリダンが後ろを指差したが、隠れているようで仲間たちの姿は無かった。

「永遠に封印されろ」

 シェリダンが指環を地面において、指で押し込んだ。

 その途端に、都市の貫くように光が輝いて鬼門封じが完成した。俺とシェリダンは地面に倒れて、のた打ち回った。胃の中には何も無いはずだが、胃液があふれ出て、全身が萎縮するようだった。

「本当にやりやがった」

「勝つのに手段は選ばない」

 指先すら自由に動かない、動けなければ逃げることも闘うこともできない。

 教団の服を着た奴等がシェリダンを担いで、俺は四肢を切断されて運ばれた。まったく酷い扱いだ。吸血鬼だからって痛くないわけじゃあ無いんだぜ? と思っていると、どんどん形成は悪くなっていった。俺は美しい字が書かれた木の板の上に乗せられた。そして周囲を木の板で囲まれて、その表面にも文字が書かれていた。

 まずい……と言っても遅い。

 天板を置かれて、その表面にも文字が書かれていた。箱が作られた瞬間に、俺はバラバラのまま動けなくなってしまった。

 封印の魔法陣を四方八方からかけられてしまったようだ。

 俺の意識はどんどん薄れていき、死んだ時にすら味わえなかった深い眠りについた。

 それは、それで幸せだった。

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