第47話 親子
小都市と言っていいだろう。外周部には背が低いながら壁が囲ってあり、外部からの侵入者を防ぐようになっている。だが壁は近寄ってみると風化が進んでおり、遠目から見ても、壁の表面にデコボコがある。人間でも慣れている者なら昇れるし、吸血鬼にとっては朝飯前の障害だ。俺は壁を歩いて昇り、歩いて降りた。都市の建物は高さを制限されており、ある程度ごとに屋根の色が合わせられている。外観は美しく統一されているが、それに囲まれて生きているのは聖であり邪でもある……人間だ。
闇を失踪するのは、真祖の吸血鬼だった。都市の地下水道に隠れて、生き延びようとしていたが、とうとう決着の時が来た。美しい女が闇夜を飛びまわり、針と糸で縫うように、吸血鬼をボロクズのように壊しつくした。吸血鬼は屋根に落ちる前に、粉々に散り風となった。
ミナは漆黒の服を着て、返り血も浴びずに吸血鬼を倒した。何の感慨も無い無表情な顔は、見ていられないほどの苦しみが宿っていた。肌は光沢があり玉のように輝き、髪の毛は純金のようで、表面上の美しさだけではなく、内側にも高貴な精神を持っている。
「ミナ……俺だよ」
炯眼が韜晦して、親身の表情を向けられた。
「やっと来たのね。遅かったわね」
「ごめんね。決意がつかなくてさ」
大きな屋根だ。下の看板を見ると、劇場と書いてあった。
「もう少しだけ、育ててあげたかったわ。十歳で親離れは早かったわね」
「大丈夫だよ。吸血鬼だから」
「そうね。そうだったわ」
ミナが笑みをくれた。
「私が何故、あなたを育てたか分かる?」
「……姉の子どもだから?」
「それが全てではないわ。私は、私を殺せる者を探していた。それがプレスターだったんだよ。シェリダンを感染させた吸血鬼は本当に強かった。彼はこの世界の吸血鬼の大元……数千年生きる真祖だった。その子どもなら、私を殺せるかと思ったんだよ」
ミナが俺の髪を撫でて、服の埃をはたいて落としてくれた。
「きっと吸血鬼なら、不死者なら、私の気持ちを分かってくれると思った。案の定、プレスターは私を殺しにきた。だが、だけど、私は自殺をする気は無い」
屋根が震えているかと錯覚した。幻術をかけられたのかと思ったが、そうでは無かった。ミナから発せられる殺意が俺を射ていた。
「私は強いぞ。強いゆえに、何回も生に絶望して、何度も自殺して、そのたびに強制的に蘇らせられた。私はこの世界から消えてなくなりたいんだ」
俺は聖遺物のトゲをミナに見せた。
「それは良い……それは最高だ。そして、私が育てたお前なら、必ず私を消失させてくれる」
「ミナ。俺は君を愛しているよ」
嬉しそうに表情を和らげた。
「私もよ。だから、私を殺してね」
「できるかな……」
「やって貰わないと困る。私は絶頂のうちに死にたいんだよ。私は果てし無く強いから、果てし無く強い奴に殺されたいんだ」
俺は猟刀を抜いてぶら下げるようにした。
ミナは銀の長剣を振り子のように動かした。
「『悪霊』」
ミナが唱えると、徐々に分裂していき、数十体のミナに囲まれた。祖を通じてアルルの戦闘は見たので分かっている。幻術は幻術でも、相手に傷つけることをできる危険な術だ。
俺は翼を生やして、最初にミナがいた場所へ突撃した。
肉を斬ったと思ったら、スカだった。俺は反転すると、人間の最高速度で数十体のミナが襲ってきた。足の動きで、翼の速度に追いつくとは恐ろしいものだ。十回弾いて、一回も反撃できなかった。屋根を横断して走り、その場で猟刀を突き刺して、屋根材を刀で弾いて礫を飛ばした。さすがの幻術も石の無い物質には通じないのだろう。半分は通り抜けて、半分は避けた。避けたミナの首目掛けて刀を薙いだが通り抜けた。
「くそっ」
「甘い」
勢いよく斬ったので体勢が崩れてしまった。
足を引っ掛けられ/刺す/刺す/刺す/刺す/刺す/刺す、体に大きな穴が開いて中身が出てきてしまった。内臓を掴んで、穴の中に押し入れて、俺は退きながら身体を修復させた。
「だから、甘いって」
後ろにいた。首に腕を絡まれて、耳にキスをされた後に、屋根に叩きつけられて投げられた。そして、踏まれた。足の裏が視界から無くなると、空から大きな物が落ちてきた。
都市のように大きい塊が落ちてきて、俺を押し潰して殺そうとしてきた。それは徐々に近づいてきて、大きなヌメヌメとした大蛙が、胃からオクビを出しながら俺を潰した。俺は劇場の屋根を壊しながら、木が爆音をたてながら折れて、俺は劇場のステージに落ちた。肉が千切れて、骨が粉砕しながらも、俺は観客席に飛び込んで、陰に隠れた。
あれも幻術だろう。
となると、俺は蛙に押し潰されないように、自ら下へ落ちて行き、大怪我したわけだ。天井も一人分の穴しか開いておらず、俺の建物を無理矢理壊した怪我しかない、だが相手は俺を圧倒して優勢だと勘違いしている。
だが、俺が切り札を持っている。一撃必殺の機会は何度でもある。
数分が経った。
いくら待っても劇場に気配は入ってこなかった。臭いが届いた。それは木が焦げる臭いだ。俺は観客席から廊下へ出て、急いで外へ出ようとしたら、体に火がついた。そこには何も無かった。だが、俺の体に火がついた。
「幻術か」
実際に火をつけているが、俺には普段の映像を送っているようだ。
「一筋縄にはいかないな」
俺は鼻をきかせて逃げ道を探した。




