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第4話 屍人転生

 この十年間、祖が現れることは無かった。吸血鬼は生殖でも増殖することはできるけど、簡単な方法は自らの血を飲ませることだ。俺に血を授けたのは『祖』で、彼女の魂の欠片が俺の中をめぐっている。俺のような人間からの成り上がりは血を授けてくれた祖に逆らうことはできない、主人が下僕を自由自在に操るのは道理だ。

 強制的に体を操られたら、今までの苦労が水の泡になる。俺を血は吸いたくなかった。吸ってしまえば、再び俺は呪われてしまうだろう。

 それだけは避けたい、俺は太陽の下で愛されて生きたかった。

 この温かな陽だまりの下で生きたかった。


 村人たちが建物の修復をしていた。個人の建物とはいえ茅葺屋根かやぶきやねの修復は村人が総出で行う行事だった。毎年少しずつ修復を手伝っていき、自分の家になったら今度は周囲の人たちに手伝ってもらうことになる。

 俺は十歳の子どもながら家具作りを手伝っていた。土木と建築作業は前世の時にしていて、工具の取り扱いも慣れていたので、家具作りも何個か作ればすぐに物になった。それに俺には村人には無い前世の知識があったので、俺の家具は味があると評判になった。家具の最後の仕上げに昆虫の粉末を混ぜたもので磨く『フレンチポリッシュ』という方法で、長年使って木の油が表面に滲みでたアンティークのような雰囲気にしていたため、余った家具は旅商人が高値で買い取るほどの物に仕上げていた。

 屋根の修繕はあくまでも手伝いなので、いつでも止めることができた。俺は用事があったので工具を手入れして、木の箱に並べて片付けた。道具の丹念な手入れは職人の基本だ。家に戻り、牛と山羊を撫でて、工具を置いた。


 俺は村のさくを越えて、近くの森へ入り、き水で足を洗いながら、ハロハルハラを待った。足の裏に刺さった小石を洗い流すように、心のしこりも洗い流した。気分が爽快になる頃に、ハロハルハラは崖の上から飛び降りて現れた。人間なら死んでいるが、ハロハルハラは不死者だった。

「お待たせしました。プレスター様」

「いや、来たばかりだ。ハロ」

 ハロハルハラも前世の記憶を持つ女だ。だが、俺と違って赤子として生まれたわけではなく、ある日突然、女の死体になっていた。

 彼女は屍人――もしくはゾンビと呼ばれる魔物だ。

 ハロハルハラも俺と同じく、地球でも同じ屍人だった。何かあって死んだらしいが、これも俺と同じく覚えていないそうだ。永遠の安らぎに拒否された、俺たちは仲間だった。

「上で何かしていたのか?」

「お花を摘みに」

「何の花?」

「……用を足しに」

「屍人もクソをたれるのか」

「下品ですね。プレスター様」

「ハロが上品なだけだろ」

 襤褸ぼろの布で靴の汚れを拭った。


 ハロハルハラの肌は腐ったように浅黒くなり見た目が悪いため、全身を覆う服と、肌が露出する部分には包帯を巻いている。

 包帯を取ると美しい容姿をしていて、包帯を替えるとき以外に見ることは出来ないのが惜しかった。少女の面影がないので、おそらく成人した女性だろう。彼女の経歴を調べたいが、手がかりは一切なかった。

 二年前、野盗に襲われた隊商の中に彼女はいた。死んだ途端にハロハルハラは転生して、囲う男たちを相手に死人の怒り燃え上がらせて、彼女は野盗を皆殺しにした。

 そして――バリバリと歯触り良く、貪り食おうとした。


 食欲を非難することはできない。

 俺たちは呪われている――呪われた食欲から逃れることは出来ない。

 逃れられるなら逃れたい。

 だが、無理なんだ……。

 彼女は人を食うことでしか自分を維持できないはずだった。

 だが俺が何とか食い止めた。

 たまたま、その場に出くわしたのは運が良かった。俺も何人かの野盗を千切って殺して、加勢をしてあげた。ハロハルハラが人間を食おうとしたときに、俺はハロハルハラを押さえ込んで、無い知恵をしぼって、人間の肉は豚と良く似ていると言うことを思い出した。猪を食うまで暴れに暴れていたが、食わせた途端に人間のように喋り始めた。

 それ以来、ハロハルハラは猪を常食として何とか呪いを抑えている。おかげで彼女の思考は明晰であり、屍人には思えないほどで、人間だった時の仕草が出るのか優雅な動きをするときがある。地球ではどこかの令嬢だったようで、たまに気を使わない発言をすると、困ってしまってカラ笑いすることがある。


「ところで、転生者はどこにいるんだ?」

「あちらの山の上に飛んでいるヤツです。あれが、転生者だと名乗っていると噂で聞きました」

「誰に聞いたの?」

「近所のゴブリン」

 青空に墨を吹いたような影があった。

 悪戯好きのポルターガイストに良く似ていた。

「まだ、確認は出来ていませんが、やはり――転生者は全て」

「不死者か……」

 この世界に転生してから三人目だ。

 もっと事例があれば確定するが、今度も不死者だったようだ。


「おい! 話をしないか!」

 俺はポルターガイストへむけて話しかけた。

 その途端に、ポルターガイストは分裂して、雨のように襲い掛かってきた。

 俺は――血を吸わない――吸血鬼。

 能力は最大限に発揮されていないが、『鬼』なのは変わらなかった。

 ポルターガイストを握り潰して、地面と樹に叩きつけた。樹は粉砕して、粉微塵となり。ポルターガイストは頭をブルブルと振った。手加減したので当然消滅しない。

「話をしないか――と言ったんだが」

 ポルターガイストは見上げて、ケタケタ笑っていた。

「おい……どこから来たんだ?」

 それでも、笑っている。

 会話が通じていないようだった。

「……どうやら、偽情報だったようですね」

「そうか。まあ、仕方ないさ」

 俺はポルターガイストを離した。

 すると、ポルターガイストは青空へ消えてしまった。

 殺す必要は無かった。

 俺も所詮は呪われた魔物だ。

 同じ存在を無闇ヤタラに殺したくはなかった。


 俺たちは二人並んで、倒木に座った。この山ではたいした変化は無いので、取りとめの無い会話が、何度も繰り返された。

「最近の猪は味が落ちているんですよね」

「食い物が悪いのかな」

 とか。

「血への飢餓感は抑えられていますか?」

「人間の乳じゃないと、完全には抑えきれない」

 などの会話をしている。

「私も出れば良いのですが、残念ながら子供が出来る体ではないので」

「友達の乳吸うのはなー」

「そう言っていただけると、嬉しいです」

 ハロハルハラもミナのように幻術を使えば、出そうな気もするが、彼女は俺の部下ではないので、そこまで世話になる気は無かった。

「もしものときは、血を吸えば良い……」

「そうですね。もしもの時は、食えば良い」

 太陽の下から去るのは嫌だったが、運命なら受け入れるしかなかった。

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