第39話 懇願
俺が吸血鬼オセロと出会う前後に、ダルシャンは戻ってきた。残念ながらヘドウィッグは入れ違いで吸血鬼討伐に出て行ってしまい、せっかく戻ってきたのにダルシャンは狙いを外していた。
「どういうことだよ!」
「俺に言われても……」
それよりも俺は言いたいことがあった。最初は俺とレッドが洞穴で二人暮らしをしていたので広かったけど、今では馬と魔族と人間の女が追加されている。バロンは仕方が無いけど、ダルシャンとビィは呼んでいなかった。
理由は分かる。
ダルシャンはヘドウィッグを襲うどころか逆に強襲される恐れがある。戦いとは常に守る側が不利だ。闘うことは同じでも、こちらが有利な状況を選ぶのは兵法だ。姿をできるだけ隠して、有利な状況を作って敵を倒す。何も間違っていないけど、俺を巻き込むことはしないで欲しかった。
「ご飯が美味い」
ダルシャンはビィの料理を褒めている。レッドとバロンも飯を食べているけど、俺は乳製品のみの男なので恩には感じなかった。夏野菜をふんだんに使ったスープが特に良い塩梅の味をしていたそうだ。
「言いづらいんですけどー」
「このパン、美味い」
「ありがとうございます。ご主人様」
「ほんとうだ。おいしー」
「ヒヒーン」
俺は咳払いをして、大きな声で言った。
「言いづらいんだけど」
「このソーセージ美味しいぞ」
「それは店で買ってきました」
「それぞれ味が違うよ!」
「ぶるるるっ」
俺は大きく息を吸い込んで、洞穴内に超音波を出すように叫んだ。
「出てけーっ!」
予想外のことが起きた。俺はダルシャンとビィに向けて言ったのだが、レッドは自分が言われたと思って、俺に抱きついて泣き始めた。
「私、何か悪いことした?」
服が涙と鼻水まみれになったが、俺には本当の敵が目の前にいた。
「レッドのことじゃない!」
俺は両脇を持って、いったん横に置いた。
「本当?」
「どう考えても、後ろの二人だろうが!」
二人は天使のように微笑んだ。
「どうして? コイツはともかく、ビーちゃんは良い人だよ」
レッドはダルシャンのことが嫌いだった。それを知っているダルシャンは唇を尖らせて、ぴーぴー口笛を鳴らして知らんフリをしている。
「ご飯作ってもらっているし」
「俺食ってないし、ついでに言うと頼んでないし」
「ひっひーん!」
先ほどからバロンが馬の物まねをしているが、誰もツッコミをいれないのでスネたようだ。草をムシャムシャ食って、口を洗い流すために水をガブガブ飲んでいる。ユニコーンも言いたいことは同じなのだろう。ユニコーンは人間の飯は食わないので、青臭い草ばかりを食べていた。
「頼む。俺を泊めてくれ」
「断る」
俺はダルシャンが「頼む」と言った直後に言い放った。ダルシャンは目を細めて、俺とレッドを交互に見て、ゆっくりと座った。膝をつけて、額を地面につけた。これぞ、土下座である。しかも、土下座しているのはレッドに対してだ。
「許してください。そして、泊めてください」
「良いよー」
……軽いな。
「だから、駄目だって。面倒ごとが起きるぞ」
「私からもお願いします」ビィが頭をさげた。「どうか、この場所の一隅をお貸しください」
俺もレッド――子どもがいなければ、平気で場所を貸してあげる。教団の執行官は勝てない相手ではないけど、打ち倒すには少々時間がかかるし、そうなればレッドの身の安全も考えなくてはいけない、洞穴の場所が見つかってしまったら攻撃される恐れがある。バロンが俺を探して洞穴を訪ねた例もあるので、不安要素をこれ以上増やしたくはなかった。
だが、やはり見捨てても置けなかった。
「わかった」
それだけ言って、俺はふて寝をした。
朝露が肌に溜まり、ゆるりと流れて足元を濡らした。食べられる木の実を採集して、鍋につめて煮立たせた。熱で少量ある毒は消えて、柔らかくなって食べやすくなる。煮ている間に暇だったので、ふと地面の草を引っ張ってみた。ズルズルと引きずられて、地面に埋まっていたモノがでてきた。
「牛蒡だ……」
日本以外ではほとんど食用にされていないけど、豚汁に入れると汁に良い味を出してくれる。俺は手首を使って振ってみると、鞭のように風を切る音がした。バロンは音につられて洞穴から出てきた。
「ひひーん」と鳴いてふざけているので、牛蒡鞭で尻を叩いた。
「どうしたんだ?」
「……我輩、喋っていいのか?」
あっ、そういうことか。
ダルシャンもビィもいるから話していいか分からなかったのか。
ふざけているのかと思っていた。
「それは悪かった」
俺はダルシャンが魔族なのを話した。
「だったら、話してもいいか」
「いや……ビィもいるから、止めておこうか」
というのも、ユーリの家で働いているので、ビィの口からバロンが喋れるのを知れてしまえば、アルルの死の理由を聞かれるからだ。
「分かった。なら、しばらく黙ることにしよう」
バロンは不満そうにいなないた。




