第38話 再来
太陽が空のてっぺんに近づいてきたので、俺たちは昼休みを取った。
「ここに二つの鋸があるけど、何が違うと思う?」
俺はレッドの目の前に二つの鋸を見せた。
「うーん、とね」レッドは二つを見比べた。「作った人の違いかな」
俺はレッドを抱きしめて、グルグル回転した。
「そういうことじゃ……無い!」
ポーンとレッドを上へ放り投げて、落ちてきたところを捕まえた。
「あぶねーよっ!」バロンはユーリがいないので抗議してきたけど、吸血鬼の愛情表現は激しいのである。これぐらい普通だ。
「楽しかった! もっと投げて!」
「……」
バロンは何とも言えない表情をした。俺も薄々気付いていたが、レッドはずれていた。これぐらいやっても平気なのは、今までの旅で証明されている。
「まあ、待て。もう一度、よく考えなさい」
「えー……。分かったよ」
レッドは真剣な表情で鋸を見ていた。
「ギザギザの部分が違う」
「そう。それは何でだ?」
その形になっているのは色々と理由がある。それはこの世界にあふれているものにも言えることで、それを掴むことができるのは本質を見抜く力にもなる。
「使い方が違う」
「合っているが、俺の欲しい答えじゃない。もう少し詳しく言って欲しいね」
「……分からない」
「時間はまだあるから諦めないで」
ユーリが鋸で、木の板を切った。これは水を買う客用の長椅子を作ろうとしていたためだが、レッドはそれを見て、唸り始めた。
「鋸は木を切るためにある……」
レッドは樹の板を掴んで、クルクル回転させてじっくりと見た。
「分かった。木を切る方向で、二種類あるんだ」
「……正解」
「やったー!」
俺は絶対に正解できないと思っていたので、心底驚いた。レッドは得意満面の顔をしていたので、ヨーシヨシと頭を撫でて褒めてあげた。学校に行っている効果が出たのか、元々頭が良いほうなのか分からないけど、悪いより良い方がマシだ。
「こちらが縦挽目、木の繊維に対して平行に切断するための道具だ」
縦挽目のギザギザは鋭角だ。
「こちらが横挽目、木の繊維に対して直角に切断するための道具だ。」
横挽目は交互に表裏が変わる、歪な四角形のようになっている。
「考えられて作られているんだね」
「そう言うことだよ」
当てたのが凄かったので、もう一度ナデナデしてあげた。嬉しそうに頬を染めているのを見ると、こちらも嬉しくなってきた。
「ただ、使い手の手入れが悪い。いくら昼休みだからと言って、刃に木くずがついたままで放置してはいけないよ。道具の手入れでその人の実力が分かるからね。こんな事をしていると、下の者に舐められるよ。ですよね。ユーリ」
「……おっしゃる通りで」
ユーリが気をきかせて水を持ってきてくれたが、意気消沈して奥さんのところへ戻っていってしまった。
「さて、次は型枠設置です」
「はい! それは何ですか」
「つまりは基礎のコンクリートが、その形になるために固定する物と考えてもらおうかな。今回の基礎は大きな床を作るように打ってから、柱となる部分の下に床から立ち上がらせる部分を作ります。なので、コンクリートは二回にわけて打つことになります」
「一回だと駄目なの?」
「それには理由があって、基礎の外周部周りは全て立ち上がらせるんだけど、内側に型枠は設置できないでしょ。だから最初に床――底盤を打って固まってから、内側にレンガを建てこみます」
現代では木の板で型枠を建て込むことが多いけど、古代ではレンガが良く使われていたので、煉瓦を用意して次々に設置した。ここで捨てコンクリートに描いた線が役に立つ、煉瓦の面と線を合わせて設置した。
「煉瓦と煉瓦はモルタルで接着しよう」
「なーに? モルタルって」
「モルタルはセメントと水と砂からできます。コンクリートから砂利を抜いたものだよ。これを接着剤代わりにすれば、コンクリートを打ったときも壊れなくてすむよ」
「壊れるの?」
「コンクリートは液体に近いから、打設しているときは結構力がかかるんだよ。だから煉瓦が倒れないように突っ張り棒を地面から取って置いた方がいいかも知れない」
レッドとユーリは指示通りに働き、なんとか煉瓦の設置が終わった。モルタルの接着を期待して、明後日にでもコンクリートが打設できそうだった。
夕暮れ間近の風が、彼を運んできた。
ビィが嬉しい悲鳴をあげたので、何となく誰が来たか分かったが、ダルシャンが戻ってきた。多少汚くなっているが、王子たる気品は失われていなかった。
「生きていたのか?」
「ああ……」
軽口をたたかなかった。
「ヘドウィッグの取り巻きが少なくなったと聞いて戻ってきた」
彼はまだやる気のようだった。




