第35話 根源
これから語る話には、後から知った話も混ざっているが、分かりやすく話すために聞いた話も実体験も混ぜて語る。
鏡男の最期の話をしよう。
雄渾なる大河を渡る橋に、人柱として沈められた高級な鏡があった。この中には、俺が以前戦った鏡男が封じ込められていた。とある村の冒険者ギルドで戦ったときに、鏡の大きさに見合った物を出し入れする特異な技を使う男だった。彼はその力を利用して逃げたのかも知れないが、とにかく鏡の中から出られないように封じ込められて大河に沈められた。
それで終わりのはずだった。
だが欲望は誰にも変わらずにあるものだ。鏡が沈められたのを見たとある男が、夜更けに裸になり大河を潜った。幾度も潜水を重ねて、見つけたのは大河への供物だ。ここまで、その男は優秀だった。ありとあらゆる警戒網から逃れて絶対に見つからなかったからだ。だが、運はここまでだった。鏡の縛りを開放したときに、男が見たのは――屍人だった。
鏡男の本名は誰も知らないそうだ。何度も吸血鬼を倒した優秀な狩人だった。俺は簡単に一蹴したが、確かに彼の攻撃は恐ろしいものがあった。手鏡の中に光を集積して、不意打ちで吸血鬼に当ててしまえば、一撃で葬り去ることができる。
状況が変われば結果は違うものになった事だろう。勝ち負けに運は付き物で、それを認めたくないのは常に敗者だった。
夜になると、人が死んだ。
それは俺とレッドと同じくらいの年齢を狙った殺しで、レッドが通っている学校の子どももいた。多少気になったので、俺は夜の散歩をして、殺人鬼を探していた。一応、レッドとバロンには伝えていたのだが、レッドは気になってバロンに乗って夜歩きをした。俺が帰るときに、バロンの鳴き声が聞こえた。そちらへ向うと、バロンに乗りながら、頭をうなだれているレッドがいた。
虫が鳴いて雌を呼び寄せていて、月明かりがやかましかった。レッドとバロンへ近づいていくと、俺の鼻は死臭を感知した。鏡男は四肢をアサッテに曲げながら、それでも動いていた。眼は血走っており、ハロハルハラの最後のときと同じような眼光だった。俺は鏡男を無視して、バロンの上にいるレッドを抱きかかえて、地面に着地した。顔見ると傷は無いが気絶しているようだ。
「すまない。腹に木をあてられたようだ」
鏡男の魔技だ。たしかに、俺がいたとしてもそれは避けられなかっただろう。だが、バロンの過失は明らかだった。俺は睨みつけると、さすがに申し訳無さそうにしていた。
久し振りに怒りが内側から沸きあがってきた。
しばらくの間、無くしていた物がとうとう見つかったようだ。俺は闘う理由を無くして、闘う意味を探そうともしなかった。だが、今見つかった。
女に暴力を振るった仕返しだ――死ね。
身体が一変するように、筋肉と骨が鳴った。俺の八重歯は犬のように鋭くなり、背中から両翼が生えて、周囲の落ち葉を吹き飛ばした。完全に力が戻った。
「おまおまおままえの、せせせせーで」
「言葉を喋りな!」
滑らかに喋らず、一音ごとに喋っているようで不気味だった。腐りかけているのに喋れている方が凄いともいえる。屍人になったので記憶が定かではないのだろう。復讐するための唯一の記憶が、十歳くらいの少年に復讐する――ということなのだろう。レッドは短髪にしたばかりだったので、美少年に見えたようだ。
男の手の内にある鏡が煌き、何も消えなかった。次の瞬間、眼に光が飛び込んできた。月光をかき集めたようで、日中の陽射しくらいに眩しかった。俺は消滅しないが、目が眩んでしまって、男の殴打を簡単に受けてしまった。だが、それは俺の妥協案だった。眩んでいて見えないなら、触れてしまえばだいたいの体の位置が分かった。俺は男の服を掴んで、勢いに任せて地面に叩き付けた。追い討ちで、顔面を踏んだが、避けられた。頭は働かないが、戦闘感覚は衰えていないようだ。
数秒の間が命取りになった。
岩が頭上から落ちてきて、仰向けに転んでしまい、短刀で腹を刺されたが、男の腹を蹴って飛ばした。男は背中を樹に強くぶつけたが、ひるまず向ってきた。俺の視力は回復して、状況を把握できた。地面に大きな穴が開いていて、岩を取り出したようだ。
俺の腹は短刀で刺されて血がでているので、手で拭い、地面を掴んで、放り投げた。男の手鏡に当たり、壊れはしなかったが、鏡面を汚すことができた。腐った頭はそれを判別できないようで、拭おうとはせず、何かを吸込もうとして失敗したようだ。俺は一動作を見逃さずに詰め寄って、顔面を掴んで、大木に叩き付けた。
「すまないな。向ってくる相手に手加減をできるほど、強くないんだ」
「おおままま」
俺は翼をはためかせて、下から上へ頭を樹皮で擦りおろした。樹の上まで来ると、頭以外は下へ落ちていき絶命した。
教団は、人を屍人化する技術を持っているのだろうか。教団の執行官も不死者のような特性を持っていたので、持っていても不思議ではなかった。鏡に閉じ込めて、生き続けながらも、外へ出たら大河によって死んでしまう。生き地獄を味あわせるつもりだったようだ。
俺は洞穴に戻り、レッドの体をあらためて、怪我が大きくないのに安堵した。しばらくすれば元通りに戻るだろう。俺は酒場まで駆けて、ブランデーを取ってきた。ブランデーを口に含んで、レッドに口付けして、口の中に酒を入れた。少しずつ入れていき、最期の一口を入れようとしたときに、レッドは目覚めた。お互いの口の端から酒が垂れ落ちている。
「あれ?」
「起きたか」
俺はレッドとバロンに少しだけ怒った。
「面目ない」
「ごめんなさい」
「まあ、分かれば良いけど」
俺はレッドの髪を撫でた。
「お前は女なんだから、気をつけすぎたほうが良いんだからな」
「うん」
「可愛いんだから、十分に気をつけろよ」
そういうと、赤くなって黙ってしまった。




